深淵の剣   作:足洗

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29話 刀刃舞踊

 

 

 

 そう広くもない通りに、よくぞこうまで、と。

 呆れと失笑の気息が鼻を抜けた。

 誘蛾灯に集る羽虫の如く、多勢で大の男達が通りに面した店屋、露店に群がり、通行人に集り、金品を巻き上げているのだ。

 

「おらおらもたもたするんじゃねぇ!」

「逆らうやつは容赦するな!」

「殴り殺されてぇか! あぁ!?」

 

 手に手に様々な凶器を携え、怒号と猿叫、時には実際にその凶器を振るい、誰も彼も区別なく脅しつける。

 あるいはこれぞ面目躍如。愚直とも言える無頼、この悪党っぷり。

 獣、いや尻に火の着いた毒蟲共。見境などとうの昔に見失っていた。

 結構。

 上等だ。

 

「おい! そこのお前だ。金目のものを」

 

 ふらふらと出歩くカモを見付けた男が一人寄ってくる。

 手には刃渡り三尺ほどの木剣。諸刃の直刀を模したもの。

 なんとまあ実に、お誂え。

 殺し難い武器が欲しかったのは何も彼奴らばかりではない。

 

「なにシカトこいてんだこの────」

 

 貫手で脇腹を突く。丁度、第十肋骨の真下を掬い上げるような入射角。

 

「げは」

 

 指先は胃の腑を直撃した。

 もはや自然の摂理で、男は嘔吐し、くの字に体を折る。

 引き抜いた手を返す刀、打ち出す。拳はその鼻っ柱を存分に砕いた。

 気の利いた男だ。きちんと木剣をこちらに放ってから、男は路上で大の字を晒した。

 有り難く失敬した木剣を二度、三度振るう。赤樫だがそれにしては重い。どうやら鉄芯が埋められている。

 今しがたの仕儀を目撃していた幾人かが一斉に己を見る。信じ難いものを見るような目だ。

 笑止。

 

「殴り返されたのがそんなに意外か」

「なんだぁてめぇ!?」

「無頼よ。おのれらと同じ」

 

 誰何するだけその男は律儀であり、悠長だった。

 事実、隣からこちらに踏み込んできた大男は問答無用。大上段、夜天に凶器を振り被り、来る。

 この場における最速の判断能力を発揮したといえよう。もしくは迅速にそれを破棄したとも。

 何にせよ正しい。逆らう者はとっとと黙らせる。それが最適解。

 頭上に、棒の先に棘を群生した紡錘形の金属塊が見えている。鎚鉾、またの名を戦棍(メイス)

 本来それは甲冑を鎧った敵手を屠る為の武器。生身の人体など挽き潰して余りある。

 それは男の腕力と鉄器の落下重量が乗じ、石畳の表層を粉砕した。

 

「ぎゃ」

 

 擦れ違いに胴に一閃。抜き胴。

 男の驚愕と苦悶、戦棍の鉾先を左側面へ駆け過ぎる。

 通りに重く降りる沈黙。液体のような無音。その中に、徐々に波及する。理解が。

 “敵”が現れたのだ、と。

 店屋の中から、通りの路地から、持ち場を離れてまで男達は通りに姿を見せる。続々と。

 

「なんだ」

「あのガキだ」

「歯向かいやがって」

「あれにやられた」

「さっさとやれ」

「潰せ」

「片付けろ」

 

 “敵”、自分達の仕事を邪魔立てする敵を、ぶち殺す為に。

 

「殺せ!」

 

 いや、いやよかった。彼らが勤勉な暴力集団であったことは今この時、己にとり無上に幸いである。

 なにせ手間が省ける。

 居並ぶ一同へ向けて笑み。

 

「来いよ、ダニ共」

 

 易しく易しくどこまでも易しくを心掛け、選び抜いて発した挨拶兼号令は極めて有効に眼前の破落戸共の神経に響いてくれたようだ。

 それらは獣の群と化し、咆哮と殺気を吹いて、大挙する。

 

 

 

 

 

 屋根の上から眼下を望む。狭苦しい闇市のうらぶれた飲み屋通り。

 実に冴えない。掃き溜めのようなその場所で、しかして劇的に闘争が幕を開けた。

 一対多。数的な差は一見しても数十、ないし百倍を超える。だが。

 だのに。

 刃圏に踏み入った者から順当に、丁寧に、容赦なく、かの青年は打ち倒していく。

 それは、葦の叢を鉈で刈り取る様に似ていた。最小の労力で最大の破壊力を以て最高効率の伐採────鏖殺を実行する。

 殺戮機械とはああいうものか。

 我ながら素朴な、陳腐な感想に失笑する。

 無論この感想ほど実態は単純ではない。かの男の踏み込みの一歩、体重心の移動()()()にしても常人には、まして機械などには到底不可能だろう。

 況んやそれを相手取り戦い、勝つことなど。万に一つも。

 あるいは、アビスに巣食う原生生物共ならばどうか。未来予知にも匹敵するあの“感知能力”ならば、かの男を捉え得るかもしれない。

 それは、ひどく。

 

「……」

 

 見たいな。

 どう戦う。人間など足元にも及ばない獣の強靭な躯体と動体視力、そして人知の及ばぬ異能。

 それを前にした時、かの男ならどう戦う。どのようにして敵を殺す。

 好奇心。久しく動かなかった胸奥のその器官が、なにやら疼く。

 近頃の探窟行ですら、この臓器は動こうとはしなかった。慢性化した退屈は心臓の内側の肉を硬くする。その硬化した筈の部分が、熱を持ち、躍るのだ。

 あの男は嫌がるだろう。徹頭のアビス嫌い、なにより探窟家の救い難いこの執着を、この性を嫌っている。

 当然ながらそんなもの知ったことではない。

 奈落へ引っ張り込んでしまえば、容易には戻れない。あの度し難いアビスの呪いが男の帰路を阻み、己の目論見に味方する。

 それはなんとも奇妙な、痛快な話だった。

 

「くふふ」

「……なんだい。人の顔を見て笑うなんて、いい度胸じゃないか」

「これは失敬。いやなに、隣に立つ偉丈夫のニヤケ面があんまりにも面白かったものでな。つい」

「……」

 

 ライザの笑みに冷厳と睨み返す。当然、娘の表情はちらとも怯まず、変わらず、なんとなれば一層綻んでいく。

 

「ラーミナはやっぱり面白い奴だ。あんたもそう感じてきたんだろ、オーゼン」

「知らないよ」

「あいつは私達を、白笛を恐れないし、畏れない。なんなら敬いもしない! ハハハ」

「だからなんだってんだい」

 

 娘は真っ直ぐにこちらを見ていた。そうして真っ直ぐに、衒いも含めずに。

 

「あんたには、ああいう男が似合いだと思ったのさ」

「…………馬鹿も休み休み言いな」

「どうして? いいじゃないか! 老いらくの恋は今だぞ! オーゼ────」

 

 軸足で屋根瓦を抉り、身を捻る。

 娘の小尻に背足を蹴り入れた。

 屋根からぶっ飛んだライザが通りに落ちる。

 

「蹴るよ」

「蹴ってから言うな!」

 

 喧騒が絶ち消え、静まり返った通りに娘の叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

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