「正気かい」
「オーゼンが手酷く扱うからだぞ。見ろ、脳が不具合を起こしてるじゃないか」
「てめぇらにだきゃあ言われたかねぇよ」
「口どころか穴という穴から火を吹いてるんだよ? 焼身自殺がお望みかい」
「焼け死ねるならまだマシだろう。あの火力を見る限り『尽きない火薬』の“再現度”は大したものじゃあない。問題は、あの肉塊は触れるだけで生き物を喰えることだ。まさに飛んで腑に入るなんとやらだ。もしやラーミナは蟲の一生とかに憧れる奇矯な人だったか……?」
真面目腐った二つの顔から四つの目玉が繁々と己を見る。
「まあ、馬鹿正直に喰われてやる前に一つ、段取りを踏むのよ」
「段取り?」
「おうさ」
策と呼ばわるのも憚る手短な手筈を突き合わせ、即座三者三様に走行。
敵さん待ちくたびれている。
一片の傷も残さず、どころか一瞬、また一瞬と
「『あぁ本当に、今宵この時間こそ光栄の極み』」
それは実に、男とも女ともつかぬ、あるいはそれらを混ぜ合わせ湿りと粘りを与えたような。不快な音色で、怪物は腐臭にまみれた感嘆の息を吐く。
六本の内、前足二本を広げ、それこそ歓待の様で。
「『お三方とも、どうぞご存分に為さってください』」
「不出来な肉塊が、賢しらに人の言葉を喋るんじゃない」
「ハッ、言われなくとも好き勝手にやらせてもらう。あんたの発想は毎度奇抜で面白いが、今夜のこいつは少しばかり品性に欠けるな、黎明卿!」
「死肉の味は堪能したかよ。血の色に腐った夜にはもう飽いた。そろそろ逝けぃ」
切られた三つの啖呵へ返礼とばかり数多の火球が降り注ぐ。弾速、なにより速射性が先刻までとは桁違いに上がっている。
周囲の家屋、路を地盤ごと吹き飛ばす爆風。散弾か榴弾の如くに爆散する瓦礫、砂礫、鉄片の雨霰。
あらゆる感覚器と体術、そして勘働きを総動員して戦火を鉄火を潜り抜ける。刻一刻、ここはまともな人間の住まうべき世界ではなくなっていく。ここはもはや戦狂い共の楽土。
「『あぁ、なんと勇猛な』」
感動と敬服。肉塊の漏らした一言に含有する主成分はその二つのみ。
山椒魚の全身が脈動した。表皮という表皮、そのあらゆる箇所が膨れ、鉤爪を備えた触手が飛び出す。山嵐同然に。
視界を殺到する。
右を己が、左をライザが、中央をオーゼンが、それぞれに進突。
謂わば肉の
かに見えた。
化物は舞の演目に一つ、工夫を凝らした。
前足二本、腕が肥大していく。それは幾重にも増え、分かれ、束ね巻かれ、さながらダイラカズラの支柱のように巨大に変貌した。
「『これなどはいかがでしょう』」
槌だ。
その運用想定は破城槌のそれ。
巨大な太い支柱と化した腕が伸びる。高速で空中に撃ち出され、奔る。
大路の両側に建ち並ぶ露店、店舗、家屋。突き崩し、摺り潰しながら、それらはライザと己目掛けて突き出された。
石畳を滑り、頭上にそれを躱す。
ライザなどは逆に壁面を走り上りながらその刺突を跳び越えた。
紙を破るような気安さで、尖端が建造物の壁や窓を突き破る。そうして、この通りのそのまた向こうの棟を隔てた通りで、槌の尖端が諸々を粉砕する音色を聞く。
この肉棒の腕力は、どうやら街一つ程度小一時間もあれば崩して潰せるらしい。
だが、超常の膂力は何もこの化物の専売ではない。
戦槌が瓦礫の中から立ち戻る。再び大路に、まるで抱擁するかのように、我ら皆諸共に挟み潰す為に。
だがしかし大路の中央を走るはオーゼン。怪力無双の不動卿だ。
女は肉塊の両腕を両手に受け止めた。事も無げに。
そして、掴み、持ち上げる。自身の両脚で石畳を抉り、固定爪として。
化物の巨体すら。
「アアァッッ……!!」
戦気を吹いて、オーゼンは巨体を地面に叩き付けた。地が震える。辛うじて崩れ残っていた幾つかの建屋が衝撃の煽りを喰らい、完全に瓦礫に変わる。
そして今、刃圏に至る。
尋常ではない打撃を受けて、それでもなお蠢こうとする肉塊。その肉の宮に火が入る。またしても砲火を吐くつもりだ。
好都合。
ライザは変わらず並走していた。手筈通りに。
刃を構える。左右から、両側面から、その口の両端から。
「咬筋を裂かれた動物はどうなるか知ってるか? 咬むことは勿論だが、口を
刀の物打ちが、鶴嘴の尖端が上下顎を繋ぐ筋肉を引き裂く。ライザは愉快げに笑ってそう蘊蓄を垂れた。
巨大な口、つまるところそれは発射口。奴が体内で練り上げた火を吐き出す砲口。その開閉機構を娘子と共に破壊した。
しかし、それも数秒後には元通り。傷など初めからなかったかのように、いずれ奴は意気揚々周辺を火の海に出来る。
もう一打。いやさ、もう一踏み。
怪力の脚力。一跳びに接近したオーゼンの蹴り脚が、強烈な地団太が、その顔面を踏み潰す。
斯くなればどうなるか。
吐き出す筈であった火球、および練り上げた燃焼物はその出口を失い。
内部で爆ぜる。
球形に膨れる肉塊。飛び散る血脂。飛び出る臓物。四肢は破断し、その悍ましい様はまるで爛れた睾丸だ。
だがこれで、奴の動き、侵蝕力と火勢が弱まる。
半開きの口から黒煙を上げ、肉塊は割れた石畳に傾いた。
刀身を上段に立て、飛び込む。
夥しい血とぐずぐずの肉を踏み越え、それを全身に浴びながら、奥へ。さらに奥へ。
視界など絶無。見えるものはない。この強烈な死肉の焼ける臭いの中では鼻も利かぬ。蠕動する肉と脈動する血の凄まじい音で鼓膜が破れそうだ。
五感はもはや頼りにならない。しかして委細問題はない。
「観えているぞ」
その悍ましい気配。隠しようのない存在感。
艶めくように生々しい。我慢などできないか。舌なめずりするような、その好奇心を。
「『おぉ、まさかそのような……!』」
腐肉の奥底に埋没する赤錆の女体。嫋やかな両腕が己を抱擁する。
「ズァァアアアアアアッ!!」
裂帛の咆哮。全身筋肉の
脳天を唐竹に割り、斬り、断つ。
女の微笑が縦二つに別たれた刹那、垣間見えたのは────黒い舌だった。奇怪な幾何学文様が深緑に光る。
「『おミ、ゴドでズ。ラァァ、ミ゛、ナァ────』」
二つに両断された女体、黒い舌が、奇声を発しながらぐずぐずと溶けていく。
そうして次の瞬間、肉の宮は弾けた。