深淵の剣   作:足洗

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申し訳ありません。時系列がぐいーんとずれ込みます。
1話の続きです。




37話 奈落の子供達

 

 

 十三年。光陰などはそれこそ矢の如く。

 あの岸壁街の奥地、露台の闇の淵で“己”が始まってから、およそそれだけ経った。ウィローに拾われ、あの坊と出会い、騒々しい女性(にょしょう)共の巻き添えを食わされ、縁遠き者、親しき者、数多の人々と縁を結び────そうしてその数に匹敵するだけ、彼ら彼女らを奈落へ送った。

 弔いの花の香。トコシエコウが虚に舞う。

 皆、奈落へ落ちていく。衝き動かされ、断じて止まぬ、その憧れに身を委ねて。

 

「……どいつもこいつも」

 

 深淵はより深く、より暗く、口を開けて待っていた。次の贄を、挑む者を、貪食の餓鬼の如くに待ち侘びていた。

 ここへ。底へと。

 あの女は、笑ってそこへ行った。憧れ、それが人を蝕む悍ましい呪戒に過ぎぬことなどとうに承知で。一切合切を地上に残し、それでも。

 それでも、と。

 烈日のようなその瞳が望むのはただ一つ、奈落の暗黒の、最奥の果て。

 あいつは行っちまいやがった。

 

「トーカ、てめぇの女房は本当に……」

 

 度し難い。度し難い女だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光条。

 それは天を衝く柱であった。轟音、爆風、熱量を伴って円柱状に無際限に伸び行く光の束。

 空間を貫徹し、その進路上のあらゆるものを、質量の有無さえ問わず消し飛ばして進む。

 辛くも助けたナットを帰還コースへ蜻蛉返りさせ、あのお転婆娘──リコを追う途上においてのこの仕儀。

 

「なんだぁ……!?」

 

 頭上を光の川が流れているようだった。

 およそこの世の事象とは思えぬ。一見には火のようである。似て非なる。これは実に澄んでいる。空気の燃焼によって発生する火炎とはその成り立ちからして違う。ひどく、ひどく純粋な光。強いて言えば太陽光に近い。

 ────いや。

 一つ、知っている。

 

「……」

 

 これと同質の、純粋なる光。万物を滅却し無へ帰さしむる恐るべき閃光を。

 あの男が使っていた遺物。かの威力、この肌の粟立ちを思い出す。

 ともあれ、性質は同じであってもこれは明らかに異なる。そして意図だけは明白だ。これの用途。使途と言ってもいい。

 

「こいつは」

 

 砲火だ。

 狙い定めた対象へ撃ち放たれたもの。撃ち殺し滅する為の機構。

 何者かの意思によってこれは撃ち出された。発砲されたのだ。

 何に対して、何を狙って。

 深界一層。樹住まいの化石群。周囲には原形のまま珪石化した樹木が林立する。

 力場の光が木漏れ日となり差し込む、苔生した岩場のさらに先。

 紅色の滑りを帯びた体表。翼膜を広げ、空中で藻掻き暴れる巨体。

 ベニクチナワ。

 本来このような浅い層で出くわす筈のない原生生物である。一体何をとち狂ったか、あるいは奈落で……何かが歪んだか。

 理由は知れぬ。

 しかし、すべきことは変わらぬ。いや己に(あた)う仕業など。

 腰帯に吊るした笛を咥え、吹き出す。けたたましい音色が化石の木々を木霊する。

 赤蛇はしかとこちらを認めた。

 翼膜を翻し、気流に乗って直滑降。

 その怒りを気取る。

 接近と共に、奴の顎から腹に掛けて、削り取られたような傷が見えた。

 手負いの化物(けもの)、とりわけ原生生物共の厄介さは筆舌に難い。まずもって獲物を諦めるようなことはあり得ない。

 ()()()()

 

「よくぞ逃げずにいてくれた」

 

 お蔭で確実に、殺しておける。

 ここはなにせガキ共の稼ぎ場なれば、こんなデカ物にのさばられては不都合なのだ。

 己は駆ける。

 大顎が迫る。

 刀刃を抜き放ち、いざや一太刀────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、え、え、え、これ人間じゃない! き、機械!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 探窟家稼業の花形は蓋し、遺物の発掘に他ならない。

 が、奈落において金を稼ぐ方法は何もそれだけではなかった。

 主戦たる探窟を妨げる種々数多の危険な原生生物を討伐し、脆弱な人間の安全圏を確保することもまた、穴潜りの仕事の一つである。

 

「まさか一層の、それもアビスの淵でベニクチナワが出るなんて。原生生物ってホント油断ならないね」

「一応組合には報告を上げといてくれ。お前さんも、本業の時は精々気を付けな」

「こんな大物を剣一本で仕留めちゃうような凄腕の狩人が一緒に潜ってくれたら、アタシとしては安心なんだけどな~?」

「討伐報酬は承知したが、この蛇体はどうだ。値は付きそうかい」

「ふつーに流すし……ん~っと、肉は無理。ベニクチって固いわ臭いわ毒抜きは手間だわ、食用にはならないんだ。研究用に欲しがるとこはあるけど、あそこ遠いから。運搬費が馬鹿になんないよ?」

「どの程度だ」

「今回の報酬がほとんど消えるくらい」

「おいおい丸損じゃねぇか」

「あ、ベニクチナワって確か腹に固形物を溜め込みたがるの。もしかしたら高等級の遺物とか呑み込んでるかも」

「捌いて取り出せってか……それならいっそ孤児院にでも投げるか。ガキ共の教材にゃ丁度いいだろう。運搬の算段は、そうさな、ベルチェロあたりに掛け合うゆえ。悪いがあのデカ物は暫くここに置かせてくれ」

 

 轟轟と巻上機の駆動音が床板に響く。つるべの錘が奈落の霧に消え、代わりに人を乗せたゴンドラが現れる。

 大ゴンドラの船着き場。探窟家の待合所兼遺物検査場にて、受付の娘子は用箋挟(バインダー)の書類に馴れた手付きで必要事項を書き込んでいく。

 事務所の建屋のすぐ外には広場があり、今そこを占有しているのは先刻己が仕留めた赤蛇の巨体と、断崖で吊るしたまま忘れていたツチバシである。

 

「ラーミナは遺物とかホンっト興味ないよね。ここに寄るのだって毎回なにかの討伐か捕獲だし。あははっ、あんたホントに探窟家?」

「食う為の活計(たずき)に過ぎぬでな。ついでに肉が食えれば儲け儲けってなもんで。宝探しはまあ、やりてぇ奴に譲るさ」

「ふふ、相変わらずだなー」

 

 二つ結びのオレンジ髪が揺れる。娘はころころと悪戯っぽく笑った。この組合事務所で遺物検査官を務める顔馴染みの少女、名はアーシャ。

 誰あろうナットの姉御である。

 

「あ、そだ。孤児院に寄るならこれ、あの子に渡しといて」

「なんだ?」

 

 小さな丸い器を手渡される。蓋には走り書きに「塗っとけ」の文字。

 

「軟膏。今回……危なかったんでしょ。あの子またどっかしら擦り剥いてるだろうから、ちゃんと処置しとけってラーミナからも言っといてよ」

「……ああ、承った」

「それとラーミナも。浅い層だからって傷とか放置しちゃダメよ。もしかして今隠してたりしない? 念の為診たげよっか? アタシね、今サバイバル環境下の救急医療講座受けててさ」

「あぁいぃいぃ。どっこも怪我なんざしてねぇからよ。ほぉれ、次が(つか)えてるぜ」

 

 今し方到着したゴンドラから草臥れた様子の一隊が降りてくる。背には、その日の成果と思しい大荷物。

 隊の長が受付から声を張った。

 

「あ、はぁい! ただいま! ごめんラーミナ、また今度ね」

「おう、頑張りな」

 

 はきはきと大の男達を相手取り仕事をこなす小さな背中を見送って、事務所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 日暮れも間近。赤く昏い孤児院への道をツチバシを担いで歩く。

 先へ行かせたリコとナット、そして……“もう一人”。あるいはもう一機は、そろそろ部屋に辿り着いた頃合いか。

 ジルオはともかく院長にだけは見付からぬことを祈るばかりだ。

 刻刻、影がその色濃さを増す逢魔の時分。林道を一つ越えた辺りで孤児院の鐘楼が、その屋根の尖端で回る風見鶏が見えてきた。

 ベルチェロ院長に目通りする前に、先にツチバシの脱羽と処理を済ませてしまいたい。今からなら、ガキ共の夕飯に一品増やしてやれるだろう。

 勝手口から鍵を使って厨房に上がる。

 湯沸かしの為に、大鍋を見繕っていた、その時。

 

「痛ってぇえええ!! この、雑にやんなよ! 痛っ! くぅぅう、痛ぃった……!」

「んなぁ、うるせぇなぁ。大袈裟なんだよ。チビでも男だろ。こんくらい我慢しろよな」

 

 扉を隔ててもわかるほどのナットの元気な絶叫と、それを揶揄う落ち着いた声。

 

「チビ関係ねぇよ! くおっ、し、沁みるぅ……!?」

「怪我した時、すぐ処置しねぇからだ。傷口の奥に土が入っちまってる。ちょっと()()()から今度は痛ぇぞー」

「ちょ、ちょちょ待て、待ってくれって!」

「随分と賑やかだな、おい」

 

 医務室の扉を開く。ナットの涙目が天の助けとばかり己を見る。座った椅子の座面の縁を掴み震えている。余程痛かったようだ。

 そして、そんなナットの額の傷口を、鉗子とガーゼで器用に清拭する童が一人。ナットと同じサバイバルジャケット姿。

 子は、灰色の髪を揺らしてこちらに振り返る。黄金の両瞳が己を見上げる。

 

「なんだよ、糞親父かよ」

「おう、お前さんも今帰りか? ナナチ」

 

 ナナチは答えず、ただ口をへの字に曲げる。そして手にしたガーゼを乱暴に傷口へ貼り付けた。

 ナットの悲鳴が院内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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