深淵の剣   作:足洗

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後付けというより思い付いた設定を順次ぶちこんでいる始末で、すみません。ご都合ですね。
なにより、個人的に思う原作最大の魅力である例の不可避の大原則をかなり冒涜しております。



39話 身に過ぎた今

 

 

 

 

「ってぇ~ッ! くっそぉ、お前の手当ていっつも雑なんだよ!」

「しょーがねぇだろ。オイラべつに医者じゃねぇし。処置してもらえるだけ有り難く思えよな」

「一応は医者見習いだろ!」

「まなー」

 

 ナットの抗議も何処吹く風とナナチはてきぱき清拭布を捨て鉗子を消毒する。

 ナットが怖々と額のガーゼを弄る。それを見て取り、思い出した。

 

「うぅまだズキズキする……」

「ナット」

「なに、ミナ兄ちゃん」

 

 不貞腐れた様子の少年に軟膏の器を手渡す。

 

「アーシャからだ。怪我したらちゃんと手当てしろとよ」

「うへ、またかよ……なぁ、兄ちゃんから姉ちゃんにさ、いちいち構うなって言っといてよ」

「心配してくれてんだから素直に言うこと聞いとけよ。ガキじゃあるまいし。あ、ガキだったわ」

「お前もな!!」

 

 真っ当な忠告にしっかりと毒を添えることも忘れない。ナナチとナットはおおよそ同い年の筈だが、口の達者さはナナチに軍配だ。

 

「かっかっ、まあそう怒るな。おぉそうだ、晩飯にな、ツチバシでもう一品何か拵えてもらおうと思うんだが、何がいい?」

「マジかよ。オレ唐揚げ!」

「ぷっ、やっぱガキじゃん」

「あ! じゃあナナチは要らねぇってことだな。兄ちゃん、ナナチの分はオレが食うから寮母さんにそう言っといて!」

「んなっ、オ、オイラ食わねぇなんて言ってねぇだろ」

「知らねぇー。はい決定! じゃオレ行くわ!」

 

 ナットは勢い、丸椅子から跳ねるように立ち上がり医務室を走り去った。

 リコが連れ込んだ例の“子供”を見に行くのだろう。

 

「んなろー……日に日に生意気になりやがって」

「お前さんもなかなかいい勝負だぜ」

「うっせ」

 

 ナナチは唇を尖らせた。あからさまに不機嫌そうな渋面で、なにやらじっと己の全身を見渡す。

 

「……あんた、また深界に潜ったのか」

「いや? ちょいと一層の辺りをぶらついただけだ」

「そのわりには随分汚れてんな。ズボンの腿の泥土、地面転がったり滑ったりしたろ。袖に血が付いてる。あんたがツチバシくらいで返り血浴びるわけねぇし。大物相手に大立周りしてたってとこか」

「ははぁ……よっく見てやがらぁ」

 

 昔から目端の利く童だったが、孤児院で学ぶようになってからは一層眼力に磨きが掛かっている。元が聡明なのだ。

 

「上、脱いで。んでそこ座れ」

「ふっ、こんな姿(なり)だが何処も怪我は負っちゃいねぇんだぜ。いやいや我ながら軽やかな身躱しでな、こう、しゅたた! っと」

「ドヤんな。こちとらあんたが不養生っつうか無頓着っつうか、いろいろ雑なことなんざもうとっくに知ってんだよ。ほら、こんなことで駄々こねんな」

 

 この言われ様である。至極真っ当な童の指図に、大の男がすごすご従うより外ない。

 

「……『腕』も。一応見せなよ」

「うん? おいおい己がいっくら無頓着ったって、流石に『こいつ』の点検までは怠けんよ。お前さん今日は探窟で疲れたろう」

「いいから。オイラが診ときてぇんだ」

 

 黄金の瞳が己を見上げる。揺らぎ、微かに翳り。

 幼子は決然として、同時にひどく悲しげだった。それは実に如何ともし難く。

 ────決して、こんな顔をさせたかった訳ではない。

 能う限りの手段、執るべき術を執った。これはその結果に過ぎない。これは己の選択である。そこに一片の後悔もない。百度相対したとて百度同じ決断を下すだろう。

 まあ、単にそれ以外の道を模索できない己が阿呆なのだと言われてしまえばそれまでなのだが。

 

「……わかった。手拭いを寄越してくれるか? 床が汚れちまう」

「うん……」

 

 上着を脱ぎ、上衣も脱ぎ、籠に放り込む。

 宣言の通り身体には直近に受けたような生傷はない。

 しかして一処、奇異なるは左腕だった。左の上腕から先の皮膚の色味が他の部位とは明らかに異なっている。継ぎ足したかのように。

 ナナチから金属の(へら)を受け取り、上腕に刺し入れた。皮膚と皮膚、その継ぎ目へ。

 左腕の表皮を捲る。それこそ腕長の手袋を外すかの所作で。

 

「っ……」

「……」

 

 幼子の震える視線がなにやらこそばゆい。

 原生生物から培養したこの人工皮膚は、色や質感こそ多少の違和が見られるが、使い心地はそう悪くない。特に鞘の掴みと鯉口を弾く触感の差異は大きな懸念であったが、それも今や随分と馴染んだもの。

 のっぺりとした皮膚はべりべりと剥がれ、その内部が露になる。

 絡繰仕掛けの義手。言わずもがな、遺物である。称して『意識で動く腕(サードワークス)』とか。

 手拭いを当てる。やはり接合部からは血が滴り落ちてきた。

 

「……ん、壊死はしてねぇ。でもやっぱり傷口は閉じねぇんな……」

「仕様ゆえ仕方あるまい。神経や筋肉ではなく繋げるのはあくまで意識だ……とは、オーゼンからの受け売りだ」

「痛みは」

「相変わらずだ」

「…………」

 

 当人などより余程、子は痛ましげな顔をする。

 

「……やはりこいつも原生生物の生体ほど適合するそうだ。人間の手指を模しておいて人間向きじゃねぇんだと。かっははは、可笑しな話だな」

「いや、笑えねぇから」

 

 奈落の遺物はどういう訳か等級が高いものほど人体ではその使用に耐えられないものが増えていく……ように思われてならない。意図してか、悪辣なまでに。

 

「痛みがあるということは、呪いはきっかりこの身が肩代わり出来ているという証左よ。まさかあのがめつい虚穴めに支払うもんがこの程度で済むたぁ思わなんだ。いやこれぞ無上の望外、まさしく最高の僥倖だ。俺ぁな、心底からそう思う。だからよ、ナナチ」

「……」

「そんな顔するんじゃあねぇよぅ」

 

 今にも泣きそうな面をする童の、灰色の髪を撫で付ける。

 ナナチは暫く声を殺した。何かを飲み込んでその分だけ代わりに息を吸い込む。

 

「……き、今日は血も採る。あんた免疫系の臓物ももう無いんだかんな」

「存外、無くても困らんものだな」

「感染症一発でアウトだっつうの。あと片肺無ぇ癖にやたらと動き回んじゃねぇよ!」

「ははは、あぁすまんすまん」

 

 己が牧歌的に笑うほど、幼子はぷりぷりと怒り顔になっていく。それがなんとも愛らしく、ついつい軽口が零れて落ちる。

 良い子に育ってくれた。ムタめの育て方が良いからだ。

 幼子が右腕の関節をアルコールで拭う。駆血帯を巻き、採血用の針を静脈に打つ。いずれも手早く、淀み無い。

 

「なぁナナチ」

「ん、なに」

「そろそろミーティに会いに行くか?」

 

 きょとんとした丸い目が己を見、数回の瞬きを経て、幼気な面差しにしっかりとした呆れ顔を浮かべる。

 

「あんたさぁ、オイラが赤笛だってこと忘れてねぇか」

「無論、見りゃわかるさ」

「じゃあそんなぽんぽん限界深度越えさせようとすんな。赤笛の二層下りは自殺扱い。知ってんだろ」

「流石に道行きが危ういか……うぅむ儘ならんものよ」

「あんたががっかりしてどうすんだよ……」

 

 賢しい子の至極常識的な正論を浴びて、肩を竦めてお道化る。

 阿呆が阿呆らしく振る舞うと、呆れながら童は吹き出した。

 

「なにか土産を見繕わねばな。お前さん、また文でも(したた)めちゃどうだい」

「うん……マルルクにもよろしく言っといて」

「おう、承ったぞ」

 

 ナナチは採血管に収めた己の血を保管庫に仕舞う。後々、組合出入りの医者を交えて検査だの分析だの諸々この子自身が着手するそうだ。

 医者見習いとは自称だが。きっとすぐにでも望むものになれよう。

 これは決して欲目などではない。

 

「……オイラ」

「ん?」

「オイラ……すぐ青笛になって、二層まで行けるようになるからさ。その」

 

 こちらを振り仰ぐ幼子の顔は、朱を差したような血巡りで。恥ずかしげにナナチは口をまごつかせた。

 

「あんたと、一緒に、ミーティに会いに行きたい。一緒にアビスを冒険したい、って」

「……」

「んなぁ」

 

 その灰色髪をくしゃくしゃとこねる。ナナチはなんとも小動物のような声で鳴いた。

 愛らしいと思った。健気な言葉に胸奥は暖まる。

 

「そうだな。そいつは、楽しみだ」

 

 幼子の成長に喜びなど噛み締めている。

 しかし、その喜悦と同じほどに、腑の底より滲み出るこれは。

 悲哀に似て懐しく、予感めいておそろしい。

 この黄金の瞳が直向きであればあるほどに、その望みが純粋であることを知るほどに。

 奈落の虚の昏さを知るのだ。それは深く、深く、光を喰らうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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