街外れの茫漠とした荒野に己の些末な塒はあった。
岸壁街、貧しき民草と貪欲な盗窟家とその他犯罪者共の温床は目と鼻の先。一攫千金を夢見る荒くれ蔓延る表オースの熱っぽい街景からもまた程近い。
表と裏、双方の境。緩衝地帯。容易には相容れぬ両界の狭間は人気なく実に静か。住まうにはなかなかどうして悪くない。
己のような偏屈者には相応しい場所だ。
宵の口を過ぎた頃。月がなく星が火花の如く眩い夜。
気配を覚え戸口に立つ。いやに低い位置から響くノックに扉を開けるとそこには、場所柄に似合わぬ面子が居並んでいた。
「こんばんは! ミナおじさん!」
「リコ。おめぇらまで、こんな時間にどうした」
リコを筆頭にナナチ、ナット、そしてシギーと馴染みの顔ぶれだった。
「なんだなんだ、悪戯仲間揃い踏みだな」
「ん」
「おっす、兄ちゃん」
「こんばんはー。ラーミナさん、実はちょっとご相談がありまして」
前置き少なくシギーが切り出す。向こう見ずで率先して無茶無謀を働くリコとそれを茶化すナット。騒々しさを担うこの二人に比してシギーは大分理知的、に見える。当人もそのように振る舞うが、実際のところこの三人の問題児具合は三者然して変わらぬ。知恵が回る分シギーこそは主犯、首謀者の地位に在ることも屡々だ。
ナナチが補佐役に加わったことで手口が日々巧妙化している、とはジルオの苦々しい言だ。
「夜にここへは近付くなと言ったろうに」
「とりあえず中、入るぜ」
「わーい!」
「兄ちゃんちに来んの結構久しぶりだな」
「リーダーが特に怒るからね。他の悪戯の比じゃないくらい」
「……」
勝手知ったるナナチが己の脇を摺り抜け、リコ達が続く。そうして、最後尾にもう一人。
矮躯だ。背恰好はナナチらとどっこい。外套か目隠しに襤褸の布を被せられている。
「……邪魔をする」
声変わり前の幼子の声音。遠慮がちに、件の“少年”は拙宅へ足を踏み入れた。
子供らに蜂蜜入りのホットミルクを配る。甘ったるいミルクの香り、あちあちと旨そうにカップを啜る子らの様に満足する。
とりわけナナチは昔からこういった衒いの無い甘味を好んだ。ほろほろと顔を綻ばせ、かと思えば慌てて引き締め取り繕いを繰り返している。
そうして人心地ついて早々に、リコはその場に立ち上がり、勢いよく頭を垂れた。二筋の金髪が振り子となって空を切る。
「おじさまお願い! この子を暫くここに置いて欲しいの!」
「構わねぇよ」
「はお。あ、あっさり……」
昼間、昏倒していたその少年の運搬を手伝った時点で、リコがこの種の頼み事をしに来るだろうことは予想がついていた。
少年に向き合う。
角の付いた兜、褐色の肌に赤い刺青、手足は生身ではなく絡繰仕掛けの義手だ。親近感でも抱けばよいのか。
「俺ぁラーミナってんだ。お前さんはなんてんだい」
「レグ! この子はレグだよ!」
少年を抱き寄せながらにリコは言った。
「すまない。僕には記憶がないんだ。自分のことも、孤児院の部屋で目覚める前のことも、何も思い出せない……僕としても呼び名はレグで構わない」
「そうか。そいつぁ難儀だな」
気後れした風の少年に同情が湧く。娘が数年前まで飼っていた犬の名前を付けられる気分とは、果たして如何なるものか。
「やっぱ電気椅子がまずかったんじゃね」
「リコが目盛り間違えるからだぞ」
「街一つ分の感電だしね。丸焦げにならなかったのが不思議なくらい」
「さっきの停電はてめぇらの仕業か……」
「はおぉ、反省してます」
反省はあっても、それが次なる悪戯の抑止に繋がらないのがこの娘の厄介なところだ。それは道端に落ちた食い物を拾い食いする意地汚さに始まり、遺物のちょろまかし、限界深度を越えた探窟、白笛に対する飽くなき夢。そして迷い無き────絶界行への憧れ。
好奇心の権化だった。あの日、あの奈落の深みで生まれたその時から。未知や神秘を暴き求めることに一切の躊躇がない。その過程に待つ痛みも、恐怖も、甘受する。果てに至ることが叶うならば。
ああ、紛れもない。この子はあの婆娑羅娘の血を引いている。間違いなく、ライザの子だ。
「……」
「お、おじさま? その、わたくしめの本日の行いはですね、決して褒められたものではないということは重々承知しておりますので、本当に、ほんとーに、リーダーにだけはご内密に、こ、告発だけはどうか……お願いしますぅぅぅう!!」
「泣くほど恐ろしいんなら最初っからやらなきゃいいだろうが。きちんと事情を通じりゃ、ジルオとて話の分からん男じゃねぇんだ」
「だ、だってだって! リーダーに言ったら絶対レグを取り上げられちゃう! レグはね、アビス最高の遺物、
「尤もらしい理由でっち上げるんならせめて最後まで頑張れよ」
ナナチの尤もな言に苦笑を一つ漏らす。
「どうせ寡男の独り住まいだ。ガキの一人寝起きするくれぇならまあ、支障はあるまい。レグ、お前さんがそれでいいんならな」
「僕は平気だ。あ、いや、そうしてくれるとありがたい」
あわあわと言葉を選ぶ少年の様に、心根の優しさと思慮深さを覚えた。
「おうおう、お前さん方なんぞよりよっぽどしっかりしてるぜ。いや礼儀ってぇものが成ってる。感心感心」
「そ、そうだろうか」
「へっ、こっちは岸壁街育ちだぜ。ま、アウトローってやつ? 礼儀なんて生まれる前に落っことしてきてんだよ」
「そんなだからアーシャさんに叱られるんだよ。いつまでも子供っぽいってさ」
「う、うっせぇ! 姉ちゃんはカンケーねぇだろ!?」
「さて、戯れ合いもその辺にして、てめぇらそろそろ帰んな。あんまり遅いとそれこそジルオの雷が落ちるぜ」
夜が更けるほど夜気が冷える。
奈落の闇を視界の端に望み、星明りの降り注ぐ荒野を歩く。来訪を許しておいて今更だが、せめて街路まで子供らを送り届けねばならない。
ふと、傍らを共に歩く灰色髪があった。
「……あんた、相変わらずガキには甘ぇな」
「なんだ藪から棒に」
「べつに。お人好しな糞野郎にちょっと呆れちまったってだけだ」
ナナチはそう吐き捨てるように言った。
口調の荒さについては、己はそもそも他人を詰れた筋ではない。どころか少なからぬ悪影響をこの子に与えてしまった科すらある。
それでも、童がこのようにあからさまな悪態を吐くのは稀なことだった。
言葉の強さに反して、表情は弱まるばかり。ひどく、寂しげな。
「お前さんの寝床、レグに使わせてやってもよいか?」
「……勝手にしろよ」
「ありがとうよ。代わりにお前さんは己のを使え。俺ぁ床でいいからよ」
「は? いや、なんでオイラまで泊まることになんだよ」
「いいじゃねぇかよぅ偶にゃあ。ああそれか、久しぶりに一緒に寝るか?」
「ば、ばっかじゃねぇの……もうガキじゃねぇっての」
「寂しいこと言うなよぅ」
そうしてナナチを抱き上げる。
「んなぁっ!? ちょっ、お、下ろせよ!」
「あー! ナナチ抱っこされてやんのー!」
「うるせぇぞナット! おい、やだっ、糞親父、んぅ……!」
「すまねぇな」
胸に置いた童の頭を撫でる。嫌がり、悪態を吐きながら、ナナチの手は己の腕を掴んで離さなかった。
「いつでも来ていい。や、まあなるたけ夜以外でな。ちんけな
「…………知ってる」
「そうか。ならいい」