深淵の剣   作:足洗

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レグくんのヘソをいじくるのはアビス世界に課された不可避の運命(謎)




41話 護身術

 

 

 

 朝焼けの冴えを肺腑に送り込む。

 白んだ光輝がオースを包んでいた。

 早朝、日の出と共に塒を這い出し大穴を見下ろす。相変わらず光を嫌い闇を孕む巨大な口腔。今更その悍ましさの表に言葉を尽くすのも阿呆らしい。

 闇を見限り、荒野の只中に立つ。

 手にした刃渡り二尺少しの木剣を正眼に据え、気息を整える。

 踏み込み打つ、退き打つ。前後に揺れる振り子のように、身体の体重移動力を乗じた木剣を振るう。

 素振りは基本的に身体の馴らしと筋力鍛練でしかない。鉛の芯を埋めた木剣の重量はおよそ2kg弱。真剣の倍近い。

 とはいえ、体に型を覚え込ませ、無駄な動作を排し筋力を浪費させなければ、こんなもの百や二百振るったとて大した消耗はない。

 体が暖まり、それだけ周辺の冷気が遠退いた。

 日課の消化というなら、この後軽い型稽古をやってそれで終いであるが。

 ふと小屋を見やる。戸口の脇に据えた椅子に腰掛ける灰色髪を。

 

「おう、ナナチ。早いな」

「んにゃー」

 

 返事なのか欠伸なのか、童は奇妙な鳴き声を発した。

 

「どら、朝飯前に一本付き合え」

「んなっ、久々の休みなのにそれかよぉ……てか前々から思ってたけど、オイラが剣術なんて鍛えて意味あんの」

「探窟家なら護身の術は多いほどよかろう。まあこんなもの深界の怪物共相手にゃ些細な手妻だが、それが九死に一生を見出す切欠になるやもしれぬ。そら、怠けてねぇか見てやるから」

「うへぇ……」

 

 不平の呻き、不承不承と童は椅子を立ち、小屋の中に取って返した。

 そうして扉が開く。

 童の両手には小振りな木剣がそれぞれ握られていた。順手、逆手、また順手と、手の内で弄び、手掌に馴染ませる。

 小太刀二刀、もとい小剣二振り。その武装は、ナナチの矮躯と腕力を鑑みた末の選択であった。

 

「よしよし、では一手」

「ん、なっ……!」

 

 軽やかに地を蹴って童が跳ぶ。

 ナナチの間合読みはやはり正確であった。到達した瞬間の、敏速の右は小手調べ、左が本命と見せて転身から右斬り上げ。

 

「んにゃにゃなななッ!」

 

 まずまずの連撃。引き足を打ちながらに頷く。

 幻惑を織り交ぜながら、童は的確にこちらの急所、股座、内股に膝と、下段を狙い続けた。体格差で己より優る敵手に対して正しい攻め手と言える。

 しかし。

 

「単調になってきたぞ」

「んなら、こんなのはどうよ!」

「お」

 

 下へ、下へと来たなら次は上に来るか────などと単純な道を童は選びはしなかった。

 さらに下へ。地を這うように、腱と甲利に刃先を滑らせる。

 こちらも下段に置いた木剣を差し向け、斬撃を受ける。澄んだ大気を硬質な拍子木が打った。

 返す刀、こちらから打ち下ろす。

 

「もらった!」

 

 ナナチは左でそれを受け……受けながら己の左側面へ滑るように駆け抜けた。

 傾けた右の小剣が胴を薙ぐ軌道。瞬機、攻防一体の打ち込み。

 

「悪くねぇが、機を誤った」

「んにゃ!?」

 

 丁度、己の掌に右小剣の柄頭が収まる。

 受け太刀の刹那、己の左手が木剣の柄を手放していたことに気付けていれば、踏み止まれたろう。

 小剣を童の腕ごと引き寄せ、足を払った。

 

「んなぁ!?」

「動きの切れが上がってきたな」

「……地面に転がしといてよく言うぜ」

「くくく」

 

 その小さな手を取って引き起こす。

 良い時間だ。

 

「ん?」

 

 戸口に立つ小さな人影があった。

 眠たげに目を擦る少年の姿。

 

「ようレグ。おはようさん」

「ん、おふぁよう……二人とも、なにをしてるんだい?」

「虐められてんだよ。助けろーポンコツー」

「えっ!?」

 

 ナナチの減らず口に、レグは実に素直に胆を潰し狼狽を露わにする。

 どうやらこの小童めの中で、あの少年は恰好の揶揄(からか)い相手に据えられているらしい。

 

「阿呆言ってねぇで朝飯食うぞ」

「うぇーい」

「え、あ、うん、わ、わかった……?」

 

 

 

 

 豆と玉葱、根菜のスープ。ふわりと焼けたオムレツに、珍しく手に入った生のトマトを添える。慎ましやかな食卓を三人で囲む。

 対面でナナチはパンにたっぷりとバターを塗り込め、齧る。

 続いてスープを匙で掬い、口に運ぼうとして。

 

「んなちっ」

「そう慌てて食わんでも、誰も盗りゃしねぇよ」

「う、うるへぇな。ふ、ふ……なちっ、んなちぃ……」

「レグもほれ、遠慮せずどんどん食え」

「う、うん……おぉ、卵がふわふわだ。んむ……うまい」

「そうかい。いや我ながら今日はいい具合に纏まった。おっとそうだベーコンもあったな。まだ食えるだろう? パンに合うぜ」

「まむまむ、独身生活満喫してんなぁあんた。それってさ、不意に虚しくなったりしねぇの」

 

 いつかどこぞの大女に似たようなことを言われた気がする。

 こういった減らず口は一体誰に似たのやら。

 

「お前さん方のお蔭で虚しがってる間もねぇほど騒がしい毎日だよ」

「ラーミナは皆の兄貴分、みたいなものなのか」

「親父だよ親父。見た目あんなだけど、中身はすんげぇじじくせぇんだぜ」

「あぁ……それはなんとなくわかる気がする」

 

 フライパンを火に掛ける己の背中に、ナナチとレグの無体な言が刺さった。

 

 

 

 

 

 朝の街路を子供ら二人を連れて歩く。行く先はベルチェロ孤児院近くの物見台。今日はレグの今後の処遇について皆で協議するとのこと。

 

「孤児院に入っちまうのが無難っちゃ無難だろうなぁ。仕事してりゃ読み書きやら世界史やらいろいろ嫌でも教わることになるし。記憶がすっぽ抜けてるお前にゃ打って付けの場所じゃね? 実際」

「そう、なのか……何かを思い出す手掛かりが得られるなら、確かに」

「べつに急いで決めるこたぁねぇさ。身の振り方が決まるまで、あの小屋は好きに使えばいい」

 

 兜を脱いだ栗毛の髪に触れる。頭に付いた妙な金属の飾りがひやりと冷たい。

 レグははにかんだ様子で目を瞬いた。

 

「ありがとう、ラーミナ」

「いいってこと……と、偉そうに言っておいて早々なんだがな」

「?」

「ナナチ」

「んだよ」

「四、五日ばかり留守居を頼めるか。なぁに仕事の片手間で構わねぇからよ」

「はぁ? なんでだよ」

「ちょいと穴に潜ってくる」

 

 子らが足を止めて己を見上げた。

 ナナチの静かな視線が、己の真意を探ろうとしてるのを感じた。

 

「ミーティとマルルクの顔を見に行くついでだ。引き篭もってる女に、レグのことを知らんか尋ねてくる」

「引きこも……?」

「……人には用心しろ用心しろってうるせぇ癖に、自分はほいほい行きやがる」

 

 非難がましい口調でナナチは呟く。

 至極尤もな言い分だ。さて、なんと弁解しようかなどと考えあぐねている己に、ナナチはそっと近寄って来る。

 そうして軽く、腹に拳を呉れた。

 

「手紙書くから。ちょっと待ってろよ」

「ああ、急ぎじゃねぇんだ。そらもうじっくりと推敲してくれていいんだぜ?」

「アホ」

 

 屈み込んで微笑むと、その拗ね顔はそっぽを向いた。

 レグが朗らかに笑う。

 

「ナナチはラーミナのことを大事に想ってるんだな」

「あぁ? ニヤケ面で恥ずいこと言ってんじゃねぇよポンコツ」

「うひゃいっ!? へ、ヘソを指で突くなぁ!?」

「はははは!」

 

 

 

 

 

 

 

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