深淵の剣   作:足洗

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5話 白笛なる者

 

 

 手早く、その言に偽りはなかった。

 二十八名からなる武装集団をものの十分で殲滅せしめ、辺りには人型の襤褸が黒山を作っている。

 鶴嘴をぐるり一回し、女は軽く息を吐いた。まるで一仕事終えたことを満足するかのように。つまるところかの女にとってはその程度(・・・・)の労力でしかないと表している。

 己もまた得物を布に包み、再び背負った。

 女は目聡くそれを認め、笑みを浮かべる。

 

「最近の岸壁街は、そんなものを担いでなきゃならないほど荒れてるのかい?」

「護身用に何かしら忍ばせるのぁ珍しくもねぇ。だがまあ、己のこれはただの虚仮脅しだ」

「虚仮脅し?」

「長物なんざ持ち歩く阿呆にゃ、相応の阿呆しか近寄っては来ねぇのよ」

 

 随分前に行き会った三人組はマシな阿呆、というか愉快なバカだが。多少なりと考える頭があればこれ見よがしに武装した人間になど近寄るような真似はしまい。武器を持っていようが、そしてそれをガキと知ってなお……否、だからこそ(・・・・・)襲い掛かってくる者。救いようのない外道とそうでない者を選り分ける、(これ)は謂わば試金石だ。

 

「くふふ、さっきの身の(こな)しを思うとそうは見えないね」

「そりゃおめぇ、お互い様であろうさ」

 

 鶴嘴一本で大の男をばったばった薙ぎ倒す、一見には齢若い女子が何をか云わん、という話だ。

 女はますます愉しそうに笑った。立ち回りを演じる最中にも思ったが、あるいは躁の気があるのやもしれん。

 呆れるやら感心するやらの心地で息を吐く。そこで。

 

「おぉ、そうだ随分待たせっちまったな」

「?」

「ほれ、探し人がおったのであろうが」

 

 手で示してやると、女はその小さな人影に気付いた。

 所々に朽ちた小屋の物陰からおずおずと出てきたのは、散々連れまわした幼い少年。そうしてジルオもまた女の姿を認め、目を丸くする。

 

「ライザさん……!」

「ジルオか!」

 

 少年は駆け出した。そうして女もまた少年の方へ進み出る。

 数多の障害を除き、今ようやく再会の叶った姉弟分ら。感激するのも無理はない。

 ジルオが両手を伸ばす。

 女もまた手を差し伸べる。

 もうあと一歩、少年は女の腕に抱かれ安堵と喜びに涙を浮かべる――――などという光景を己はどこかで夢想していたようだ。それこそ夢幻であると、直後に悟る。

 

「こんの……」

 

 最後の一歩、両者が接触する直前で、女は地を踏み込んだ。一枚の絵画のような美しい構え……そう“構え”だ。左脚が地を噛み、右腕を引き絞っている。丁度弓の弦を引くのと同じ型。それが意味するところはつまり、打突。

 前進していた身体延いては体重が停止したことにより慣性が働き、減衰し損ねた運動力が体内を伝達。力の到達点は一つ、握り固められた拳である。

 射出器――肘で折り畳まれていた腕が解放され、弾頭――拳の(かしら)が空間を貫く。

 真っ直ぐに走る拳打の行方、あたかも時間が遅延したかに錯覚する中で、それを見付ける。柔らかな白銀糸の髪、少年の小さな頭頂だ。

 

「大馬鹿もんがぁぁああああああ!!」

「へぐぅ」

 

 鈍い打撃の音響。賢しい少年のその小さな頭には中身がみっちり詰まっているということの証であろう。

 膝を付いて頭を抱える様は実に痛そうだ。見て分かったことだが、やはり加減など一切しておらぬらしい。

 腰に両手を添えて女は仁王立つ。

 ただでさえ力強い光を宿した両瞳が怒りによってさらに爛々と燃え盛っていた。

 

「岸壁街に近付いてはダメだと常日頃教わっていただろう。そしてその理由も」

「……はい」

「自分のしたことがどういうことか分かるか?」

「はい……」

「私に言うことは」

「ごめんなさいっ!」

「許す!」

 

 下げられた少年の頭に、威勢も鋭く女は言を落とした。ぽかん、とジルオが女を見上げる。

 

「心配したぞ。無事で何よりだ、ジルオ」

「っ」

 

 そのまま女は少年を抱きすくめる。程なく、腕の中からすすり泣く声が聞こえ始めた。

 どうやらそれで落着らしい。

 

「おうおう」

 

 暫時繰り広げられるその仄温かな光景がなんともこそばゆい。まるで擽りを逃れる体でその場から離れる。

 温かさからは程遠い。打ち倒された多くの者共が転がる更地へ。

 黒衣を撫でる夜風さえどこか寒々しい。女の爆撃によって燃え上がっていた家屋の残骸もいつしか鎮まり、焦土の苦味ばかりが鼻腔を満たした。

 手近な一人を選び、装束と中身(・・)を検める。一人が終われば近くのもう一人、それが終わればまた一人……傍から見ればまるきりの屍肉漁りであろう。

 

「ふむ、腐っても隠密か」

 

 黒塗りにされた短刀類、幾らかの金銭、黒い外套の下の衣服はごく一般的な造りだった。

 身の証となるようなものは何一つ持っていない。

 

「当然だぁな」

「こぉら悪ガキ。何をしているんだ?」

 

 おどけた声が背に掛かる。粗方調べを済ませてからその女へと向き合った。ジルオはといえば、配慮されたか遠巻きにこちらを見ている。

 丁度よい。どうやらこの女こそは問いを投げるべき相手だ。

 

「こやつら、何故あの子を狙った」

「十中八九私への人質、交渉材料に使う為だろう」

 

 ひどくつまらなそうに女は鼻を鳴らした。

 そうして、胸元に下げた笛に指先で触れる。その手付きはともすると壊れ物を扱うかのような繊細さだった。

 

「見た通り私は白笛なんだが、地上では(・・・・)まだ日が浅くてな。こいつらはその利用価値と危険度、二つを秤に掛けて結果前者を選んだ度し難い奴らだ。ああ、舐められたものだ。まったく」

「ほぅ」

 

 アビスに入ることを国家より許諾された探窟家。その中でも人の限界を超えたとされる者にのみ与えられる称号、それこそは白笛。英雄、鉄人、伝説、超越者……あるいは奈落の星(ネザースター)などとも呼び習わされているとか。

 彼らが大穴の深きより持ち帰る遺物の価値は、事実国の趨勢を左右する。影響力という意味ではあらゆる国家のどのような要人にも引けを取るまい。

 なればこそ、この襲撃か。

 

「何処の手下(てか)だ。目星は付いてんのかい」

「予想くらいはな。確証を探すのは組合の仕事だ。そしてもし、予想が事実と判明したなら、そこからがようやく私の出番になる。二度とこんな真似ができないように、そんな気を起こすことさえできなくする。徹底的に」

 

 女は微笑する。凶暴なその意志を隠そうともしない。虎か獅子か、放つ威圧は猫科の大型肉食獣のそれ。

 なるほど。

 

「さっき宣言した通りさ。決断は何も変わらない。奴らは……根絶やしだ」

 

 気負いも迷いも不純もない。決意は澄み渡り、戦気は微塵と衰えを知らず。

 この女はやると言ったらやる。間違いない。確信できる。

 助勢は、どうやら元より不要であった。本日二度目の杞憂に溜息が漏れる。

 

「無茶はせんように……なんてのぁおめぇさんには無理があるか」

「ん? なんだ、手伝ってはくれないのか?」

 

 さも手を貸して当然のような言い草であった。内心を見透かされている。あるいは、本当にただ人手を欲しているだけか。

 

「天下の白笛殿御自らの御出陣。己のような下賤輩が出る幕などありますまい」

「むー、なんだか矢鱈に嫌味だぞ」

「ふっははは。あぁそうだ。岸壁街の方にも幾らか転がしてある。引き取りは任せたぜ」

 

 膨れ面の女を横切り、一人待つ少年に近寄る。

 

「ジルオ」

「? なに」

「ここでお別れだ」

「え……」

 

 理知的な顔に呆けのような表情が浮かぶ。

 僅かに身を屈めて、その丸くなった目を覗き込んだ。

 

「もうここへは来ちゃいけねぇよ。貧民窟ってのがどれだけ危ねぇかは今日で十分解ったろう?」

「で、でも」

「約束してくれるな?」

「……」

 

 半ば少年の言を遮って一方的な結論を迫る。この少年がこちらの意図を読み誤るようなことはあるまい。

 未だ涙の痕も消えないその目に、再び滲んだ光を見る。まるでそれを隠すように、少年はこくりと頷いた。

 もう一度、少年の頭を撫でる。その心根の優しさを掌で直に感じた。そんな心地がする。

 

「達者でな」

 

 少年と擦れ違いに己は往く。在るべき場所、今の己の居所へ。

 薄闇を自ら発する岸壁街が口を開けて待っている。

 

「ラーミナ!」

 

 背を叩く声にも振り返らず、真っ直ぐ歩を進める。

 それにも関わらず少年は声を上げた。

 

「ありがとう!」

「……」

 

 飾り気のない言葉はむしろ深く、より強く。

 我慢が利かず、ついつい手だけは振っていた。

 愛想も未練もないと気取りたかったのだが、己もまだまだ青いらしい。それが少しばかり可笑しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな背中が遠ざかっていくのをジルオはぼんやりと見送った。自身より少しだけ年長とはいえ、子供には違いないはずのその姿がどうしてかとても頼もしい。

 ほんの短い交流でしかなかったのに、こんなにも自分は動揺している。それが不思議だった。

 

「まったく、名乗りもせず名乗らせてもくれなかったな」

 

 傍らに立ったライザが、溜息混じりに苦言を漏らす。口元には笑みが浮かんでいたが。

 

「確かラーミナと、そう言っていたな」

「うん」

「ふふふ、そうかそうか。ラーミナ……ふふ、ラーミナか」

「?」

 

 何が可笑しいのか、彼の名を口ずさみながら彼女はくすくすと笑声を上げる。

 物問いたげなジルオの視線に気が付いて、ライザは少年の頭にぽんと触れた。

 

「いや、実にぴったりな名前じゃないか」

「そうなの……?」

「そうとも、“lamina”。異国の言葉だ。意味は、そう」

 

 彼女を仰ぎ見る。笑みを湛えたその、いつだって超然とした彼女の顔を。

 そこに浮かぶ色をジルオは何度も見たことがあった。アビスに挑み、未知を求め、窮地すら歓待する、どこまでも愉しげな、愉しげな。

 今、ライザの瞳が見据えるのは。

 

「“刃”」

 

 純粋な、あまりにも純粋な好奇心で彼女の碧眼は輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜半も過ぎて、静かな街を潜り抜ける。

 いつもの道を歩いていけば、狭苦しくも馴染んだ塒が己を出迎えた。暗い室内、光源は窓から差し込む盛り場の灯といやに白んだ月明かり。

 家主たる老爺は既に床に着き、微かな寝息を立てている。上下する胸を見なければ、あるいは生死を見誤るほど、微かで穏やかな寝姿だった。

 一度寝入るとそうそう目を覚ますことはない。その時間も少しずつ長くなってきた。明日の朝、果たしてこの老人は目を覚ますだろうか。ここのところ、よくそんなことを考える。

 

「なぁ爺さん。今日は妙な廻り合わせがあった」

 

 ベッドの縁に背を預け、聞かせるでもなく駄弁を始める。いつものように、日課をこなす。

 

「えらく賢いガキと、(かぶ)いた女子と知り合ってな。女の方は白笛だ。おめぇさんがあんまり執こく言うからどんなもんかと思やぁ、はっ、ありゃとんだ婆娑羅者だったぜ」

 

 大穴の闇に魅せられ、魅せられ過ぎればああなるのか。それとも生来ああいった気質なのか。

 

「まったく、なんともはや悔しいが、面白ぇ奴だったよ。くっふふふ、はははは……」

 

 この老人の言にまんまと乗せられ始めている。そんな己をただ笑った。

 夜も更け、街の灯も徐々に消えてゆく。

 そろそろ朝が近かった。

 

 

 

 

 

 

 







BDをボックスで販売してくださるの本当に助かります。
やっぱりオーゼンさんはイイ……。
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