深淵の剣   作:足洗

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アニメ版メイドインアビス続編製作決定ッッ!!



6話 帰還祭

 あの一夜の悶着から暫く。代わり映えもしない日々が過ぎていった。

 屑を拾い、時には(不許可の)増改築の人足となり、時には刀を使って大道芸の真似事をした。食う為に必要な分を一日一日と捻出する。明日をも知れぬその日暮し。刹那的な、しかしこれ以上ないほど生きる実感に満ちた毎日。

 相変わらず周りも己自身も貧しかったが、生きていた。

 ひたすら生きていたのだ。

 

 

 

 

 その日も、家屋に圧迫されるような通りを歩いていた。さて今日はどうやって稼ごうかなどと考えつつも、結局はゴミ溜へ向かう足を自覚しながら。

 ふと、気付く。何やら騒々しい周囲の様に。

 行儀良く、などとは遥か縁遠い地域性であるから、騒々しくないことこそ珍しがるべきなのだろうが。今日この日に限っては、街の其処彼処からどこか浮付いた気色を感じた。

 肌に馴染まぬ空気に首を傾げながら歩を進める。

 なんであれ、日銭を稼がねば干上がってしまう。世知辛い現実というやつだ――

 

 

 

「……」

 

 ――などと嘯いていたのがおよそ一時間前。

 己の足は結局、塒へ向かって動いている。何故か。仕事がないからだ。

 拾った屑を売ろうにもスクラップ屋は朝から店を閉めている。日頃絶えず行われている筈の街の普請すら今日は募っている様子がない。

 

「いよいよ妙だな」

 

 塒の暖簾を潜り、中へ入る。

 窓辺のベッドでは老人が身を起こし座っていた。

 

「おう爺さん」

「……今日は早いな」

「それがなぁ」

 

 事の仔細、と呼ぶほどのものでもないが。街の奇妙な様子を老人に語って聞かせる。

 意外なことに、その答えは老人が知っていた。

 

「そりゃあ帰還祭だ……そうか、もうそんな時期か」

「帰還?」

「帰って来る。白笛が」

 

 吐息を零すような声で男は言った。感慨深くもあり、重苦しげでもある。

 然もあらん。ウィローにとって、否、探窟家にとって白笛とはそれほどに価値重き存在なのだろう。況やかの老人には尚一層。

 皺枯れの声が言を継ぐ。

 

「白笛の帰還には二種類ある。探窟家自身の帰還と白笛という“証”だけの帰還。今回は、どうやら探窟家本人らしい」

 

 老人が枕元から紙片を取り出した。ガリ版印刷の、如何にも粗末な号外記事。題字は『不動卿、近日凱旋』とある。

 半ば寝たきりの老い耄れが何時何処でそんなものを手に入れていたのか。抜け目のないこと。

 

「深界二層から電報船が届いて三日目……まあ、今日辺りだろうな」

「なるほど、仕事なんざやってられん訳だ」

 

 祭騒ぎとあってはオースの表も裏も関わりあるまい。皆が皆、浮かれて街へ繰り出そうというもの。そわそわとした空気感の中、人通りが然程見られなかったのはそれが理由か。

 ならば仕方ない。

 戸棚から徳利を引っ張り出し、どっかりと座り込む。ここぞとばかり昼酒と興じよう。

 

「ラーミナ」

「爺さんもやるかぃ。一口二口ならまあよかろうさ」

「街へ行って来い」

「んん?」

 

 意気揚々と盃に徳利の口を合わせ、合わせたところで手が止まる。

 振り返れば、ウィローがこちらを見下ろしている。

 

「どうしてだ。祭見物でもして来いってか」

「そうだ」

 

 にこりともせず老人は頷いた。

 

「今日はな、白笛の為に街総出でその帰りを祝う日だ。だから、見られる筈だ。白笛というものがどんな存在かを……」

「かっ、またその話か。お前さんも懲りねぇな」

 

 とりあえず一杯、注いだそれを呷る。

 

「ふ……白笛なら、ほれ、前に一度会ったぜ。猛虎のような女子によ」

「それだけでは分からん。白笛が街にとって、いや、人類にとってどれほど重く、大きな意味を持つのか」

「何度も言うておろう。俺ぁそんなもんになる気はねぇよ」

「ラーミナ」

 

 静かな目が己を見る。穏やかな静けさではなく、老いと疲れが齎す固化。石のような静謐がそこにある。

 しかし、その内側には確かに、老人の願いが未だ息衝いている。

 願い。

 無念への応報。

 未来への期待。

 己にそれを望むのは筋違いだ。血縁でも養親でもない赤の他人だから、などという事実はこの際些事であろう。問題はそこにはない。

 未来だの、希望だの、期待だの、先行きの諸々をこの(ラーミナ)に託す。その行為の無意味さこそ問題なのだ。どうしようもなく思う。己に将来(さき)などないのだと。

 老人の願いは筋違いで、叶う当てのないそれがひどく……ひどく哀れだった。

 盃を手渡す。半瞬の間を置いて、老人はそれを受け取った。そのまま盃の中の水面をじっと見下ろす。所在なさげに、まるで深淵に落とす目と同じ。

 

「……しょうがねぇな、まったく」

 

 大儀大儀と立ち上がる己を、ウィローはぼんやりと見上げた。

 

「摘みが欲しいな。ちょいと街へ出てくらぁ。爺さん何が食いてぇんだ?」

 

 身支度というほどの事もない。解れた革靴を紐で縛り(・・)、包んだ剣を背負い、襤褸布同然の外套を纏う。

 振り返ると、老爺がこちらを見ていた。真っ直ぐに、静かな目で、。

 

「……ありがとうよ」

 

 石のようだった目の奥に、やっと見えた熱、光、人がましさ、のようなもの。

 それに安堵する己の内心を隠して、肩を竦める。

 

「行ってくる。日暮れまでには戻るぜ」

 

 

 

 

 

 

 

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