リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

10 / 47
今回こそユーノとなのは。

そろそろ恭也と赤星も出していきます。
この2人を出すかどうかは正直、かなり悩みました。
ですが、クロノ・ユーノ・ヴェロッサが成長する過程では、目指す背中があるといいなと思いまして。魔導師ではなくて、人として。何しろこの3人、公式でも実の親を失ってますからね。クロノにだけ母のリンディがいますけど。何話目かの前書きにも書きましたけど、親がいないってことは大きな影響を持ちますから。だからこそ父や兄のような立場になってくれる人が欲しいんです。
あとはまあ、かなり先の構想ですが、魔法を使えない人がいるってことが重要になってくる展開を考えているので。

とらハとリリカルはパラレルワールドの関係にありますが、それだけに、リリカルのなのはの生き方はとらハの恭也に非常に似通っています。とらハの恭也も無茶をして膝を壊していますし、美由希を鍛えたのも恭也ですから、教える者としても戦技教導官を目指すなのはと同じです。
なのでなのはが目指す背中は恭也以外にないと考えました。

同時にクロノの元ネタとなったとらハのクロノ・ハーヴェイも、恭也とよく似た性格をしています。1人でこなそうとしたところとか、固いところとか。
そういう意味でも、クロなのにしたんですけどね。

ちなみに、プロローグにてS2Uになのはの声で呼び出し音声が登録されているというのも、とあるSSをモチーフにさせていただきました。ユノフェで好きなSSと言えば、ユノフェ好きなら誰もが知ると言ってもいいあのSSですが、クロなのでどこのSSが好きかと言えば、ゆりかごみたいなある強力なロストロギアを抑えるために戦うクロノとなのはが描かれているSSが置いてあるところのが好きです。

赤星についてはとらハで実際に出てくる脇役で、よくある主人公の親友役です。
彼を登場させるのは、ユーノにとっての目指す背中を作りたかったからですね。クロノが恭也を、というのは似ている2人なのでわかるのですが、ユーノに恭也はちょっと合わないなと思いまして。なら爽やか好青年の赤星の方がいいなと。

ただ赤星については描写が少ないため、オリジナル設定による補足が必要な部分もあるかと思いますが。

恭也と赤星が出てくるのは、あくまでクロノとユーノが成長するため、構想上の展開のため。ですので、あくまでクロノとユーノとヴェロッサが主人公であるよう、気をつけて作っていきます。

以前書いたことがある二次創作が、オリジナル設定満載になってしまったので、可能な限り公式に出てきたキャラクターを中心に、できるだけオリジナルなキャラを出さないように気を付けます。オリジナルキャラ出す前に公式で出たキャラを上手く使えよって言われたことがあるので……。


LOCUS 5-2

 なのはが無限書庫のユーノの元を訪れたのは、はやてが訪れるよりも3時間ほど前だった。

 学校の制服姿だったので、学校の後でそのままやってきたのだろう。訪れてくれたなのはに、ユーノは疲れていたのも振り払い、高鳴る胸を必死に抑えながら喜びと共に迎え入れた。

 

「ユーノくん、早速でごめんだけど、これを見てほしいんだ」

 

 挨拶もそこそこに、なのははレイジングハートに記録していたらしい映像を見るように頼んできた。

 それが少し悲しくもあったが、ユーノは1も2もなく承諾した。

 見ていたくなかったのだ。何か近況などの話をしようとしても、まるで『今はそんなことをしている場合じゃない』とでも言いたげな、でもそんなことは言えなくて話に付き合う――

 

 

 

 張り付いた『笑顔』など。

 

 

 

 別に目が笑っていないとか、口元がひくついているとか、そんなわかりやすいものがあるわけではない。一見すれば、それは本当に笑顔だ。

 ただ、そこに『なのはらしさ』がない。

 他の誰が浮かべる笑顔とも違い、なのはの笑顔には言い表せない『明るさ』があり、それは暗く沈む夜の世界に太陽の光を灯すように元気にさせてくれるもの。

 その変化がわかるのは、親しい人間だけ。ところが最近、司書たちもなのはの様子を訝しむようになっている節があり、どうやらそろそろなのはの様子に誰もがおかしさを抱くようになってきたらしい。

 

(喧嘩のことは……今は聞かない方がいいかな)

 

 フェイトに対して怒鳴ってしまったお詫びと、なのはを原因とする喧嘩の仲裁ができないかと考えていたユーノだが、さすがにそれはできなかった。今のなのはにそれは逆効果にしかならない気がして。

 

「ありがとう、ユーノくん。レイジングハート」

『OK, my master』

 

 ソファーへとなのはを誘い、ユーノは飲み物を用意。その間にレイジングハートが『見てほしいもの』を準備していた。

 それは数日前のクロノとの模擬戦を記録したもの。空間に投影された映像は3つ。レイジングハートが記録していたものとS2Uやデュランダルが記録していたもの、そして遠方から記録していたもの。なのは視点とクロノ視点と第三者視点というところか。

 

「……えげつないね、クロノ」

「そうだよ! そう思うよね、ユーノくんも! ホンット、えげつなさすぎだよ、クロノくん!」

 

 2人はソファーに横に並んで座っていた。フェイトとよりも、もう体半分程度、その距離は近い。まして同じ投影モニターを見ていて、なのはは構わず身を乗り出して「ここだよ」とか「あ、ここなんだけど!」とか指し示してくるのだ。その度に近づくから、ユーノも変に避けてしまわないようにするので精一杯。そうとも知らず、ぷんすかなんて言葉が文字となって見える気がするほど、なのはは肩を怒らせて頬を膨らませる。

 身体には一切のダメージを与えない、あくまで魔力的なダメージを与えるだけの、非殺傷設定をさらに強くした訓練設定だったようだが、クロノの魔力が割れたガラスの破片のように飛び散る中を逃げるなのははかなり痛々しい。血が流れないだけマシとは言え、青い魔力の破片がバリアジャケットに突き刺さっている様は、視覚的にかなりえげつないものがある。

 ただその際、モニターに投影されているクロノが浮かべる表情は、彼本来の冷静さを少し欠いたものであって。

 

(……怒ってるなあ)

 

 なのはの戦い方に対しての怒りがあるのだろう。何度も言っているのに悪い癖を直さないというのはユーノも感じていたことだし、直接クロノから愚痴を聞いたこともある。攻撃に傾注していることも、ブースト魔法をなのはが自分自身にかけたことも。

 ただ……どうもクロノの怒りはそれ以外にも向いているように感じる。なのはに対する攻撃のえげつなさは、確かに戦いの厳しさや、戦闘巧者としてのクロノの実力を見せるためでもあろう。だがそれだけではあるまい。

 

『だいたい、このくらいで喜んでなんかいられないよ、私』

『……いい向上心だと、そう思っておこう』

 

 気を引き締めるなのはに対して浮かべる顰めっ面も。

 

『今の君に言っても直そうとしないからね。その欠点がどれほどまずいものになるか、身を以って知ってもらう』

 

 力の差を見せつけてやると言わんばかりのやり方も。

 

『何度言わせる気だ?』

 

 罠にはまるなのはに向けた威圧感が籠もった一言も。

 みな、どこかなのはに対してというより、どこか別のものに向けたがっている怒りがなのはに向けられているようにも見える。所謂、八つ当たり。それがわかるのも、無限書庫のことでクロノが愚痴り、どこに向ければいいかわからない憤りをユーノに向けてくるからだ。もちろんユーノもまた同じようなことをしているが。

 いくらなんでも無限書庫で上手くいかない鬱憤をなのはにぶつけるのは筋違いにも程がある。それはさすがにないとユーノも否定する。

 それでも怒っているのならば、それはやはりなのはに関わることなのだろう。

 

「ユーノくん、聞いてる?」

「――あ、ごめん、なのは。うん、どうしたの?」

 

 肩を叩いて呼びかけてくるので、おそらく何度か呼びかけられていたのだろう。軽く潜りかけていた思考の海から意識を引き上げ、なのはに戻す。

 

「それでね、クロノくんに魔力運用とか戦術とか、相談したんだけど教えてくれないんだよ! 今はダメだとか、休めとか、そればっかり」

「なのは、ここ最近頑張り過ぎてるから、クロノも心配して言ったんだよ」

「心配するわりにはえげつないよ?」

「そ、そうなんだけどね……」

 

 別にクロノを庇うわけではないのだが、ちょうどいいからとなのはに休むよう言いたかった。しかしそれもクロノのえげつなさの前に封じられる。

 

「リベンジしたいんだ。せめてもうちょっとくらいクロノくんを驚かせなきゃ気が済まないよ」

「なのはらしいね」

 

 なのはは負けず嫌いだ。素直で聞き分けもいい反面、そうした頑固さもあり、そうなると素直さや聞き分けの良さをどこかに置き忘れることがある。

 それらすべて、高町なのはという少女が持つ個性。ユーノはそれを知っているからこそ、らしいと言って笑いかける。

 けれど。

 

「ユーノくん、茶化さないで。私、真面目に聞いてるんだよ?」

「……ごめん。そんなつもりはないんだ」

「あ……うん。ごめんなさい」

 

 これだ。

 いつもなら「そうかな? えへへ」とか「む。それどういうことかな?」とか、それくらいの反応なのだ。ユーノも決して非難する色など籠めていないしそんなつもりも毛頭ないから、なのははそれを読み取って恥ずかしがったり冗談交じりに怒って見せたりと、その程度。

 なのにここ最近、そんなツーカーだった意思の疎通ができない。ユーノはそれを苦々しく思いながら感じていた。

 無理もない。かつてとは違い、なのはのそばにずっといられるわけではない。食い違いが生じてくるのも当然……と、そんなふうに考えることもある。いや、そういうふうに考えるようにしていると言った方が適切だろうか。

 幸い、なのはもすぐに自分がムキになっていることに思い至ったらしく、少しユーノから体を離して身を縮こまらせた。困惑したような、寂しそうな、そんな雰囲気を漂わせて俯いている。

 なのはのことが好きだから、そんな顔をしてほしくなくて、そんな雰囲気を払拭してあげたくて。ユーノは気にしていないように、意図して元気な声を出す。

 

「よし。じゃあ、クロノを見返すべく作戦会議といこうか、なのは!」

「え、あ、うん!」

 

 少しばかりわざとらしいかなと思わないでもない。それでも、なのはもちょっと驚きながらも応じてくれた。

 

 

 

 

 

「う~ん、厄介なプログラム組んでくれたね、クロスケ……」

「やっぱり、突破するの難しいかなあ」

 

 それから対クロノを意識して映像を何度も見返しながら2人で対策を練る。ちなみにユーノによるクロノへの悪言はスルーするなのはである。普段なら嗜めるところだが、えげつない目に遭わせてくれたことへの恨みがなのはにもあるのだから。

 模擬戦の緒戦から問題はある。まずはクロノの近接迎撃網だ。彼が『CIWS』と名付けた防御プログラムは、"スティンガー"系の攻撃魔法と索敵魔法、そして捕縛魔法を使った複合魔法迎撃プログラムであることが見て取れた。どうもクロノは第97管理外世界の軍事情報をよく参考にしているらしく、おそらくこれもアメリカ海軍などで採用されている、レーダーと20ミリ機関砲を合わせて敵のミサイルなどから艦艇を防御するための迎撃システム『Close In Weapon System』から取ってきたのだろう。実際、クロノの横に生じている球体はどうやらサーチャーのようだし、これで索敵と照準を行い、その情報を基に"スティンガーレイ"が迎え撃つという寸法だ。

 

「今回は前後から攻めただけだけど、全方位からがベストだと私は思うんだ。迎撃しなければならない範囲が広がるから対処が大変になるし」

「そうだね。それは僕も同感。このときはクロノが前方からの攻撃を担当して、後方はS2Uに一任したみたいだけど、全方位からとなるとクロノ本人じゃ制御は難しいだろうからS2Uに任せるだろうね。デュランダルは索敵と照準で固定だろうし」

「どうして固定ってわかるの?」

 

 教えて教えて、と言わんばかりになのはが近寄ってくる。その目には期待が籠められており、それは昔なのはに魔法を教えたときにもよくあった。まだ懐かしむほど時間は経っていない気もするけれど、ユーノは弾む心臓を自覚しながらも懐旧の念にこそ意識を向けることで照れ隠しとする。

 

「いくらインテリジェントデバイス以上の高速処理が可能なストレージデバイスと言っても、速度も速くて機動性もいい20発以上の"アクセルシューター"すべてに迎撃しようとしたら、少なくともデュランダルかS2Uのどちらかは索敵と照準に集中しなければならなくなるよ。いいかい、なのは? この防御プログラムの核は索敵と照準なんだ」

 

 レーダーを請け負う索敵魔法と、索敵結果をまとめて照準指示を行う司令塔の役割が中枢。先日の模擬戦で言えば、それを担ったデュランダルだ。デュランダルはS2U以上の性能を持つストレージデバイス。だから核となる中枢を担うのは性能が高い方がいいに決まっている。それゆえに、基本的にデュランダルになるだろう。

 そして実際に迎撃する攻撃魔法。"スティンガースナイプ"は本来、非常に制御が難しく、強化してより高い性能を持つだけに、尚更その制御はクロノであろうとも高い集中力を必要とする。そうなればデバイスの助けは絶対に必要だ。まして同時に全方位から攻撃されれば、いくら"スティンガースナイプ"でも1発では無理なのだから。

 

「"スティンガーレイ"は直進しかしないだけに制御は簡単だからね。多弾迎撃には向いてるよ。直進しかしないからこそ"アクセルシューター"に当てるのは至難の業だから、そこは数。弾幕を張って防ぐんだ」

 

 どんなに"アクセルシューター"の動きが良かろうとも、逃げ場のない面制圧で来られれば避けきれない。参考とした第97管理外世界の『CIWS』も、単発による精密狙撃ではなく、20ミリ機関砲による弾幕を張っての迎撃なのだ。

 

「全方位から狙えば、確かに処理しなければならない範囲が広がって、デュランダルの同時処理に負荷をかけられる。そうすれば照準に僅かなタイムラグや誤差を生じる可能性は高いね」

「なるほど~! さっすがユーノくん!」

 

 両手を胸の前でぐっと握り締める仕草をするなのはに微笑みつつ、「デュランダルには迷惑な話だろうけどね?」と付け加えると、なのはも「うっ……」と途端に困った笑みを浮かべる。デバイスのことを単なる武器ではなく、友達・戦友・相棒として捉えるなのはだけに、デュランダルに負荷をかけるということに対する罪悪の念が湧き上がるのだ。ニコニコと笑って「どうする、なのは?」と聞けば、なのははう~う~唸った挙句、最後にはユーノを軽く睨んで「ユーノくん、意地悪だ」と拗ねる。

 そんな、いつものやり取り。それができることが、ユーノは嬉しかった。

 

「ここで1つ助言」

「来た、"ユーノくんアドバイス"!」

 

 拍手しそうな勢いのなのはに、ユーノもやや困りつつも笑う。

 そのままと言えばそのままなのだが、なのはが勝手に付けた『ユーノくんアドバイス』。曰く、わかりやすく、絶対に無駄にならない。だからそれは必ず聞いておけ、だそうだ。闇の書事件の折も、なのはに思い切り行ってと指示したユーノのアドバイスがあり、それは確かに的を射ていただけに、フェイトやはやての信頼も得ているらしい。実際にフェイトやはやてに教えるときも、『ユーノくんアドバイス』はないのかと聞いてくる始末。

 

――『で、ユーノくんアドバイスとやらはないのか?』

――『帰れ』

 

 クロノまで言ってきたときには殴らなかった自分を褒めてやりたかったものである。たまたまそこにいたなのは・フェイト・はやては大笑いしていたものだが。

 

「何発かだけなのはが直接制御して、弾丸の後ろに弾丸を隠して突撃させるといいかも。そうすれば索敵を誤魔化せる可能性もあるよ。誤魔化すのは気が引けるかもしれないけど、クロノも自分で虚実織り交ぜてフェイントも有効って言ってるしさ」

「あ、それいいね!」

「あとは、わざと迎撃させて煙幕を張るとか。少なくともクロノの目はそれで潰せるしね」

「レイジングハート、今の"ユーノくんアドバイス"、記録したよね?」

『Of course』

 

 さすがですと付け加えるレイジングハートに、ありがとうと返すユーノ。

 

「たくさん問題点があるけど、ユーノくんがいれば全部解決しちゃいそうだよ」

「あはは。あくまで案を出すだけだよ。実際に操作するのはなのはなんだから」

 

 他にもなのははユーノに次から次に相談を持ちかける。その全てに、ユーノは答えていった。

 頼られること。それに依存するユーノにとって、それだけでも嬉しいことだというのに、相手がなのはならば尚の事だ。

 クロノが言っていた、なのはは索敵は相手の姿を視覚的に捕らえることに拘り過ぎというところにしても、ユーノは魔力を感知するという感覚的な手法は、むしろなのはの方が向いていると断じた。

 

「なのはは理論というより感覚で魔法を組むくらいだからね。むしろクロノより優れているはずなんだ」

「えっと、それは褒められてるんだよね?」

「もちろんだよ。調整能力は戦技教導隊に必須の能力だから、理論で魔法も組めるようになる必要はあるけどね」

「むう……頑張ります」

 

 索敵魔法については魔力源を探し出すものがあり、それを教えてあげることにする。ただこれは本当に感覚的なものなので、目隠しをしてするといいことをアドバイス。人間は視覚情報に一番頼っているので、それを封じることで他の感覚を鍛えるのである。

 

「ていうか、僕はなのはの世界の人ってその辺の感覚が鋭いと思ってたけど違うんだね」

「へ? どうして?」

「いや、だって恭也さんとか士郎さんとか、あと美由希さん――」

「おにーちゃんもおとーさんもおねーちゃんも人間をやめてるところがあるから」

「そ、そうなんだ……なのは、結構手厳しいね」

「だ、だって! おにーちゃんに『だ~れだ?』ってやろうとして、一度も成功したことないんだもん!」

 

 物陰に隠れていようが後ろから忍び足で近づこうが、恭也はかなり離れた位置から気付くのだ。それも『何をしているんだ、なのは?』となのはであるとまでわかって。

 それが悔しくて、もっと小さな頃、意地になって恭也を驚かそうとし、その全てを躱された挙句、逆に驚かされるわ、からかわれるわで、ついには「おにーちゃんのバカ~!」と叫んで泣いたこともあるらしい。その時のことを、なのはは頬を赤くしながら打ち明けた。

 永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術。通称、御神流。

 なのはの父・士郎、兄・恭也、そして姉の美由希は、いずれも御神流の剣士。完成された御神流の剣士は、重火器装備の100人が揃ってようやく倒せるかどうかと言われるほどである。その極意の1つに『心』と呼ばれる気配感知の術があるが、魔法ではなく、あくまで技術である。感覚を鋭敏に研ぎ澄まし、日々の真剣での訓練でようやっと身に付けられるものだ。現在も夏休みなどの長期休暇になると、恭也・美由希は山奥に鍛錬に行っている。

 

「でも、何なら一度聞いてみたらどうかな? 話を聞くだけでもさ。もしかすると何かヒントのようなものを得られるかもしれないし」

「う~ん、それ、ちょっと難しいかも」

「どうして?」

「おとーさんは怪我をしてからあまり剣を握らなくなっちゃって。もうおにーちゃんにすべて教え込んだって言って、あまり御神の剣については教えてくれないんだ」

「じゃあ、恭也さんか美由希さんは?」

「おにーちゃんもおねーちゃんも今いないの」

「どこか行ってるの?」

「おねーちゃんは冬休みの間、海外の香港に。おねーちゃんのもう1人のおかーさんがそこで働いてるから。で、おにーちゃんだけどね……」

「なのは?」

「……おにーちゃん、夏頃からドイツに行っちゃった」

「……そっか。ごめんね、なのは」

「ううん、いいよ」

 

 ユーノは失敗したことを悟った。なのはの浮かべる顔には明らかに『寂しい』と書いてある。

 なのははかなりのお兄ちゃん子だ。昔は家の中で疎外感を抱いたこともあるようだが、兄の恭也だけは特になのはを構っていたらしい。甘えるにも頼るにも相談するにも泣きつくにも、なのはは恭也に向かうことが多かった。少しの間だがなのはと一緒に過ごしていた頃、ユーノも度々なのはが恭也に構ってもらっていたのを覚えている。

 そしてユーノに出会い、魔法を知り、なのはは家族に対するわだかまりも解けてきたらしい。それまで以上に素直に恭也にべったりになった。ユーノが苦笑いを浮かべてしまうほどに。

 恭也は、なのはの親友であるすずかの姉、月村忍と恋仲である。今年で大学4年の恭也は、すでに卒業に必要な単位を全て取得しているらしく、夏休み頃から忍と共にドイツへと旅立って行ったのだ。2人の関係は両家公認であり、忍はすでに技術者としての地位を確立していて、今はその腕を磨くべくドイツへと向かい、恭也は婚約者兼世話役兼護衛としてそれに同道したのだ。

 ユーノは激務続きでここ最近はロクに高町家の面子と会っていない。なのはを通して桃子がよく差し入れなどをしてくれていて、その度にお返しやお礼の言葉もほとんどなのはにお願いしていただけ。日本は管理外世界なので、次元転移も通信でさえも厳しく制限されているからだ。ただ恭也のことをクロノは知っているらしく、今度クロノに愚痴ってやろうと決める。

 

(……にしても、夏頃、か)

 

 ふと考える。

 

 

 

 なのはの無茶が始まったのは、だいたいそのくらいではなかったか、と。

 

 

 

(一度、恭也さんと連絡取ってみるといいかも)

 

 恭也はなのはを支え、時にストッパーともなっていた存在だ。何しろなのはの目指す戦技教導官という夢は、恭也の影響を受けたのではないかというところが多い。

 恭也はストイックに剣の道を突き進んできた。かつて士郎が大怪我を負って生死の境を彷徨った際、家族を守ろうと恭也は無茶な鍛錬を積み、膝を壊した。それからは家族を心配させないために、無茶を可能な限り避けるようになったが、大切な人たちを守ろうとする姿勢はまったく変わらない。

 そして同時に、恭也は『教える人』でもある。大怪我をした父、開店したばかりで苦労していた母に代わり、恭也は家を守り、なのはの面倒を見ながら、美由希を鍛えていた。士郎自身、美由希を育てたのは恭也だと言うし、美由希も恭也を師として慕っている。なのはの訓練メニューにしても恭也が立てているし、なのはの身体をよく理解して考慮された的確にして繊細なメニューと、それによって無理なく出来上がるなのはの身体は、元戦技教導官のファーン・コラード三佐ですら感心しているほど。しかもクロノもどうやら恭也に鍛錬メニューを組んでもらったことがあるらしく、『君は本当にひょろいな。恭也さんに鍛えてもらえ。3ヶ月後には自分でも驚くから』と薦めるくらいだ。

 なのはが恭也を目指す理想の姿としているのは明らかなのだ。ゆえに、他の誰の言うことを聞かなかったとしても、恭也の言うことは聞いてくれるかもしれない。

 恭也のことだからなのはのことは今でも心配しているに決まっているというのもある。

 

「ねえ、なのは。その、恭也さんと連絡してる?」

「ううん、あんまり。時差もあるし、おにーちゃん、今一番幸せな時だと思うから。邪魔、したくないんだ」

 

 それはなのはの本音なのだろう。足をぶらぶらと前後に揺らしながら、なのはは俯いている。

 だが、本音は1つだけとは限らない。

 会いたい。話したい。甘えたい。

 お兄ちゃん子だったからこそ、そしてわだかまりも解けたからこそ、恭也ともっと一緒にいたいという気持ちは絶対にあるはずだ。そのくらい、ユーノもわかる。

 けれど同時に、なのはは優しい子なのだ。誰かを気遣える、心優しい女の子。自分を犠牲にできる……できてしまう、優しい優しい少女。

 

(なのは……)

 

 今のなのはの浮かべる笑顔は、あの『笑顔』ではない。

 なのはは気付いていないのだろうが、模擬戦でもなのはは上手くいけば笑みの1つも浮かべていた。それが油断だと言われてしまうことはあれど、それはなのはのなのはらしいところ。そしてその笑顔は、誰にとっても封印してしまいたいものなどではない。

 そんな笑顔を、なのははほとんど浮かべていない。見ている模擬戦でも、ほんの一瞬、それらしいところはあったが、それもすぐに引っ込め、次の瞬間にはあの『のっぺりとした無表情』。

 

「ユーノくん、おにーちゃんに何か用事?」

「用事っていうほどのものでもないんだけどね。僕にも良くしてくれたから。ほら、恭也さんの友人の人と一緒に食べに連れて行ってくれたりしたし。そう言えばちゃんと御礼してなかったなって」

「ああ、赤星さんだね。うん、そう言えば赤星さんはしょっちゅううちの店来てくれるよ?」

「え、そうなの? 翠屋ってこう言うと失礼かもしれないけど、女性のお客さんが多いから……」

「にゃはは。そうなんだけどね。臨時にバイトが必要になったとき、よく助けてくれるの。男の人だから力仕事とか助かるっておとーさんもおかーさんも言ってる。おにーちゃんがいなくなって、男手が足りないからね」

 

 ユーノも何度か会ったことがある恭也の友人、赤星勇吾。彼もまた剣を振るう人間らしく、それもかなりの腕らしい。と言っても、御神流ではなく、剣道だそうだが。恭也以上にガタイがいい人で、恭也が技や速度を一番の武器とするのなら、彼はパワー系だ。

 恭也は言葉の少ない人だが、逆に勇吾はよく喋る。話題が豊富で、女の子を笑わせるのが上手い。食べに行ったのは、なのは・フェイト・はやて・ユーノ・クロノが家族が不在で昼をどうしようかと相談していたときだ。帰宅した恭也と遊びに来た勇吾が、自己紹介と親交を深めるためにと奢ってくれた。その席で、勇吾は話題の提供者になり、話を聞くのも上手く、なのはたち少女組は食べながら話が弾み、残る恭也・クロノ・ユーノはちょっと疎外感を味わった覚えがある。勇吾は面子の中で唯一魔法を知らないが、そんなことは関係ないと言わんばかりのもてっぷりだ。ユーノもちょっとその話術を教えて欲しくなったくらいである。

 

――『ん? ユーノくん、それだけでいいのか?』

――『え、あ、はい』

――『遠慮してるだろ? 子供がそんな遠慮するなって。ほら、食え食え』

――『あ、あの!……申し訳ありません。いただきます』

――『気にすんな。ほら、クロノくんも』

――『ああ、いや、すいません。ですが、その、それは恭也さんの……』

――『気にすんなって』

――『……赤星。俺の分を勝手に取って気にするなとはどういう了見だ?』

――『お前は一食くらい抜いたって大丈夫だろ』

――『ならばお前もこれをなのはたちにやれ』

――『おっと、そうはいかないね。だいたい女の子たちはこれからデザートもあるんだ。満腹にさせたらお待ちかねが食えなくなるだろ。そこんトコ考えてやれよ、お兄ちゃん』

――『お前が俺をお兄ちゃんなどと呼ぶな』

――『おい見ろって、みんな! この仏頂面が照れてるトコはレアだから!』

――『赤星! お前という奴は! 少し黙っていろ!』

――『はっは! やなこった!』

――『おにーちゃん、こっち向いて! 赤星さんも!』

――『な、なのは、撮るんじゃない。やめなさい』

――『おし。俺はカッコよく頼むぜ、なのはちゃん。クロノくんとユーノくんも入れ入れ』

――『なのはちゃん、後で私にも画像送ってや~。イケメン揃いの待ち受けとかアリサちゃんとすずかちゃんが悔しがるで』

――『わ、私にも……!』

 

 その時のことを思い出す。その写真はユーノももらっていて、端末の中に残っている。

 チラリとなのはを見ると、なのはもそのことを思い出していたのか、携帯を触ってその写真を表示させていた。ムッツリとした恭也を中心に、やや困った笑みを浮かべるクロノとユーノを巻き込んで恭也の左右に寄せ、勇吾は恭也の頭の上でさわやかな好青年そのものの笑みを浮かべている。

 それを見てクスクスと笑うなのはと、頬をかいて照れるユーノ。ただ……すぐになのはの顔に寂しさが戻ってしまう。

 それを見て、ユーノは決めた。後で連絡を取ってみようではない。今だ。

 

「ユーノくん?」

「思い立ったが吉日って言ったっけ? なのはの世界では」

「え? あ、もしかして……だ、ダメだよ、ユーノくん! 後で怒られちゃうよ!?」

「いいんだよ。僕が恭也さんに御礼を言いたいだけだし。それに日本とドイツの時差を考えたら、今ならちょうど出勤前ってところでしょ?」

 

 ユーノは無限書庫の司書。地球の地域の時差を調べるくらい、何と言うこともない。端末を開いて地球で得たデータを用い、ささっと緯度を調べて計算。結果、日本とドイツの時差はおおよそ8時間。夕方の今なら、向こうは朝方。始業時間にはまだ時間もあろう。それに忍はお嬢様なのだし、すずかがいつも車で通勤通学してるよと言っていたことがあるので、向こうでも通勤はおそらく車。ならば問題はない。

 ユーノを止めようとするなのはだが、ちょっと手を伸ばす程度で端末から呼び出し音が鳴り始めるとすぐに引っ込めてしまう。

 

『――もしもし?』

 

 久しぶりに聞く声が数コールで出た。ユーノの番号を教えていなかったためだろう。警戒していると思しき低い声。

 その声に、なのはがピクリと反応する。

 

「恭也さん。お久しぶりです。ユーノ・スクライアです」

『ああ、ユーノだったのか。すまんな、誰かわからなかった。俺の番号、教えていただろうか?』

「ああいえ、これは赤星さんから聞いてて」

『赤星から? あいつはまた勝手に人の番号を……』

「すいません。この前、桃子さんにお電話する機会があって、その際に翠屋にかけたら赤星さんが出られて」

『ふむ。店番でもしてくれたのだろうな。また礼を言っておこう。それで、今日はどうした?』

「あ、はい。この前の御礼をちゃんとしてなかったなと思いまして」

『この前?……ああ、昼飯のことか? 律儀なことだな。気にしなくていい。それより、どうにも声に力がないが、ちゃんとした生活をしているのか?』

「……声でわかるものですか?」

『声と言うか、声に宿る雰囲気だな。人を騙そうとする者の声にはそういうものが宿る。まあ、これは知り合いの受け売りだが』

 

 後輩に神社の巫女をしている人がいるらしい。聖職者ならそういう勘の鋭い人もいるだろうとユーノも納得する。

 無理をしていることや、心配させまいとしてのこととは言えども空元気を装うということは騙そうとしているのだからと、1つ2つ軽い説教をされて、ユーノもちょっと本題を忘れそうになる。が、横で気になって仕方がない様子のなのはを見て思い出す。気になるけどいいのかどうかと迷っているようだ。けれど瞳に宿る『期待』は誤魔化せない。そう、なのはは本来、嘘の付けない素直な子なのである。

 

『ところでユーノ。そこに誰かいるのか?』

「……なんでわかるんですか?」

『気配がしてな』

「……なのはの言うことがよくわかりました」

 

 確かに、人間をやめているのかもしれない。この分だとその気配がなのはだとわかっていてもおかしくなかろう。ユーノは苦笑しながら代わりますと伝え、『Sound Only』と表示された空間モニターをなのはの方へ。

 なのははパッと笑顔を浮かべつつも、何を話していいのかというふうに瞬き。

 

『……なのはか?』

「あ……う、うん! なのはだよ、おにーちゃん!」

 

 本当にわかっていたのだろうか。それとも勘なのだろうか。

 ただそんなこと、なのはにはどうでもいいことだ。大好きな兄が自分だとわかってくれた。それだけでいい。

 

『久しぶりだな』

「うん! おにーちゃん、今お話しても大丈夫なの?」

『通勤の車の中だ。何も問題ない。敢えて言うならば目の前でさっきから代われとうずうずしている輩がいるくらいだ』

『恭也、コラ! 婚約者に向かって何なのよその言いぐさ!』

『兄妹の久しぶりの会話を邪魔するのは無粋というものだろう』

『私にとってもなのはちゃんはもう妹だっての! ほらほら、早く代わりなさいよ!』

『お前は会議資料の確認が先だろうが。一夜漬けどころか今初めて目を通すとは愚かにも程がある。なあ、ノエル?』

『否定できませんね』

「あはは……相変わらずだね、忍さんとノエルさんも」

 

 電話の先が賑やかなことになっている。忍は恭也と違って勇吾に近い性格だ。すずかによれば、昔はもっと物静かで冷たい感じがあったそうだが、恭也との出会いがそれを変えたとのこと。恭也と勇吾は中学から――当人たち曰く、腐れ縁だそうだ――であり、高校からは忍も含めて3人は親友同士であり、今でもよく連絡を取っているらしい。

 今のなのはを見たら、フェイトにはやて、アリサにすずかも怒りを通り越して呆れることだろう。そして同時に肩を落とすかもしれない。自分たちがどんなに止めても問い質しても一向に変わらなかったなのはの『笑顔』が、本当のなのはらしい笑顔へと変わっているのだから。それはユーノも例外ではない。恭也の存在がそれだけなのはの中で大きいということだろうが、少々恭也に嫉妬するユーノである。

 

『それで、なのは……最近、生活が乱れているとかーさんから聞いたぞ?』

 

 少し声のトーンが落ちる。と言っても元々低い声なので僅かなものだが、これが恭也の言う『声に宿るもの』なのか、確かに恭也の声の雰囲気はがらりと変わった。少し言葉を選ぶような間があったが、それまでのような茶化す色はまったくない。

 通勤中ならばそれほど長い時間話し込んでいるわけにもいかないだろうし、機を見計らってなのはを何とか無理しないように言い聞かせてほしいと頼まなくてはならない。それもストレートに言うとなのはが怒るだろうし、遠回しな言い方になるから伝えるにも時間がかかるだろう。

 そんなことを考えていたのだが、杞憂だったようだ。ユーノはやはり恭也に連絡をしたことは正解だったと安堵した。

 

「はう……そ、それは、その~」

『今度のクリスマスのプレゼントはなしになりそうだな』

「待って待って! なのは、おにーちゃんからのプレゼントが毎年の楽しみなのに! ひどいよおにーちゃん!」

『ふむ。サンタなる好々爺は良い子にしかプレゼントをやらないと言う。なのはももうサンタの正体を知っているわけだが、正体を知るともらえなくなるから代わりに俺がやっているとは言え、俺も良い子にしかやらないというのは賛成だからな』

「良い子にしてます! 良い子にしてるから! だからおにーちゃ~ん!」

 

 空間モニターを掴みかねない勢いでなのはは顔を寄せる。

 11歳なのだから子供と言って何ら差し支えないわけだが、今のなのははさらに幼く見える。普段は自分のことを『私』と呼称するのに、『なのは』と言っているあたりが特に。

 

『ならばなのは、兄の言うことを聞けるな?』

「うん、ちゃんと聞くよ!」

 

 

 

『では無理をしないように。それだけだ』

 

 

 

 兄というのはすごいものだな。

 素直に、ユーノはそう思った。それもそうかと納得はする。何しろユーノの無理さえ声で気づいた恭也だ。実の妹であるなのはの不調がわからないわけがないのだ。

 

「……無理なんてしてないよ」

『そうか』

「……してないよ?」

『ならばいい』

 

 なのはの顔に『のっぺりとした無表情』が張り付く。ユーノの顔がつられたように歪む。この顔、この顔こそを恭也に見せてやりたい。生憎と恭也への連絡は海鳴のハラオウン家に置かれている通信機器を介して地球の通信網にアクセスしているので、恭也は普通の携帯電話で応答しているから映像までは送れない。それがユーノには歯痒くて仕方がなかった。

 なのはの回答は誰でも嘘だとわかる。なのは自身もわかっているだろう。けれど恭也はそこを指摘することがなかった。それを信じたかのように短い応答があるだけ。

 

『ではなのは、プレゼントは何がいい?』

 

 ユーノでさえ、恭也にそれだけなのかと言いたくなった。兄ならもっと言わなければならないのではないかと。どうせユーノが何の目的で連絡を入れてきたのかも、この鋭い人はきっと察したであろうに。

 ところが、黙り込んだのはなのはの方だった。さっきはあれだけ欲しがっていたプレゼントの話になったのに、逆になのははつらそうに両足の上に置いた手を握り締めて俯いている。

 

「…………」

『…………』

 

 無言が続く。ユーノの方が溜まらずに喋りそうなほど。だができるわけがない。この兄妹の会話に、入り込めるはずがない。その証拠に、通信の先にいるはずの忍やノエルも口を出してこない。

 

「……おにーちゃん」

『なんだ?』

「…………」

『……話しづらいことか?』

 

 チラリとなのはがユーノを見る。申し訳なさそうにしているが、ユーノは気にしないでと小さな声で返し、司書室を出て行くために立ち上がる。

 

『……ノエル。悪いけど、着いたらそのまま私を警護してくれる?』

『承知いたしました』

『恭也、業務命令よ。ここで下ろすから、これ買ってきて。会社まではゆっくり来てくれればいいわ。午前中の半休ってことにしといたげる』

『……すまんな、忍、ノエル』

『お気になさらず。なのは様とのお時間を大事にされてください』

『そうそう、たまにはちゃんとお兄ちゃんらしくしてあげなさい。あ~あ、私もすずかに電話しよっかな~。お姉ちゃんらしいことしたくなっちゃったし』

『構いませんが、会議の後にお願いします。さすがに外部の重役も参加する会議ですので、お嬢様は遅延が許されません』

『はいはい、わかってるわよ~。ノエルのバカ』

 

 車が止まって扉が開く音。街中なのか、朝の通勤ラッシュの喧騒が聞こえてくる。

 通信のこちらでも向こうでも気遣い屋だらけらしい。そのことにユーノは笑いつつ、司書室から出ていく。

 

「……おにーちゃん」

『なんだ?』

「……ごめんなさい」

『それは心配させている人たちに言いなさい。俺の妹はそれがきちんとできる子のはずだ』

「……うん」

『さて、時間もできたことだ。散歩でもしながら話すとしよう。サボるのもたまにはいい』

「にゃはは、いけないんだ、おにーちゃん。妹の前なのに」

『なに、なのはが黙っていてくれればいいことだ』

 

 そんな兄妹の会話を背に、ユーノは和やかな気分になりながら扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 それから30分は経ったろうか。なのはが呼びに来ないのでそろそろいいかなと思って様子を見に行くと、なのははすでに横になって眠っていた。通信モニターは空間に投影されており、まだ通信は繋がったままのようだ。

 

『ユーノか?』

「恭也さん。なのは、いつの間に寝ちゃったんですか?」

『つい今しがただ。いや、通信を切ってしまっていいものか迷っていてな』

 

 恭也からかけ直そうにも、恭也の方からは次元を超えた先のユーノの下へ通信を寄越すことはできない。基本的にユーノたち側からしかかけられないのだ。

 

「緊張の糸が緩んだんですね、なのは。僕も最初は通信することになるなんて思ってなかったから、安定効果のあるハーブティーを出しちゃったし」

『そうか……礼を言わせてくれ、ユーノ』

「いえ、そんな。どうしてもと仰るなら、この前の御礼とでも思ってください」

 

 通信モニターを自分のそばに張り付かせつつ、ユーノは宿直室からシーツを持って来てなのはにかける。穏やかな表情を浮かべていて、ユーノはこんななのはを見るのはいつぶりだろうかと思う。

 

「あの……なのはと、どんな話を?」

 

 なのはが聞かれたくなかったことのはずだから、聞くのはマナー違反だとわかっていた。それでもユーノは聞いてみた。答えは期待していないが、全然期待していないかと言われれば嘘になる。

 

『……無理をしている訳を聞いた。悪いが、それ以上は話せない』

「そうですよね。申し訳ありません」

『いや、いい。いずれなのはの方から話すだろう。なのははお前のことを信頼しているからな。こうして通信を繋げるのも勝手にしてはならないことだと聞いた。それでも連絡をしてくれたお前に、なのはも謝りながらも嬉しそうだったよ』

 

 なのはのためになった。恭也から伝え聞けるということはお世辞でも何でもなく、本当になのはがそう言ってくれていたのだろう。ならばユーノとしては別にどうということはない。どうせ、いろんなことで怒られまくっている身だ。それがまた1つ増える程度。

 そう言うと、少し恭也が黙り込んだ。

 

『……ユーノ。なのはもだが、お前も少しは自分を労われ』

「僕は大丈夫ですよ。みんな大袈裟に言うだけで――」

『これは忠告だ、ユーノ』

 

 正直なところ、ユーノはもう何度も言われたことなだけにイラッとした。この人も同じことを言うのだなと。

 だが、ユーノはいつものような苛立ちを抑えようとする。クロノとフェイトにだけはぶちまけてしまったことがあるこの苛立ちを。しかし抑えるよりも早く、恭也の凄味のある声に苛立ちは瞬く間に一掃される。

 

『クロノにも話したことがあるが、俺もかつて無理をして体を壊した。そうなってからでは遅い。遅いんだ、ユーノ』

「…………」

『誰かを悲しませたくないのならな。経験者の言だ。聞いておけ』

「……はい。すいません」

『……赤星も言っていたが、お前もクロノも謝りすぎだ。俺としてはありがとうと言われた方が安心できるんだがな』

 

 怒られて謝って。謝る必要がないことでも頭を下げて。

 それが変に身に付いてしまったのかもしれない。嫌な癖ができてしまったなあとユーノは頭をかく。

 それにしてもだ。

 ユーノの苛立ちを吹っ飛ばしてしまうところといい、なのはの頑なささえも彼女自ら解いてしまうところといい、恭也の不思議な『そうさせる』力にユーノは驚きを隠せない。ある意味、ユーノやなのはの意思を曲げてしまっているわけで、ユーノもなのはも、クロノやフェイト、アリサやすずかがそうしてきたから反発してしまったというのにだ。

 これが恭也のいう経験者ゆえか。それとも年長者だからか。はたまた剣の道をストイックに進んできたがゆえの愚直さや達人ゆえの達観した雰囲気ゆえか。

 

『ユーノ、お前もクロノも、一度赤星と話してみるといい』

「赤星さんと、ですか?」

『俺も昔は、剣しかできないし、これしか俺にはないと思っていた。剣に縋っていたと言ってもいいかもしれん。そんな気の持ちようが大いに変わった。それは忍や赤星の存在が大きい。他にも先ほど言った後輩や、美由希の母である方、たくさんいるがな。同性という点もあるから赤星が適任だろう。あいつはあんな男だが、良い奴だ』

 

 恭也が婚約者である忍と並べるほどなのだから、勇吾のことはそれだけ信頼しているということなのだろう。気の持ちようなんて、と思うユーノであるが、恭也の不思議な力を考えると一度そうしてみるべきではないかと考えた。無駄に終わるかもしれないけれど、やってみなくてはわからないという言葉もある。勇吾の性格から考えて、恭也からそう言われたと言っても言わなくても相談に乗ってくれるだろう。そういう人だというのは恭也やなのはの勇吾に対する信頼を鑑みればよくわかる。

 

「考えておきます。すいません、お気遣いをいただいて」

『……やれやれ。お前もなかなか強情だな』

「え?……あ、すいませ――って違う。えっと、あ、ありがとうございます」

『それでいい』

 

 最後の恭也の含み笑いに、ユーノは恥ずかしくて何も返せなかった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。