リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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前回は恭也だったので、今回は赤星です。

赤星が優等生で草間一刀流という剣道流派に所属しているというのは公式のようですが、あとの情報がわかりません。
なのでそれ以外はオリジナルになってしまいますが、ご容赦ください。

次回はクロノとユーノの回になり、そこから次の展開へと移る予定です。


LOCUS 5-3

 恭也のことを聞くと、はやても素直になのはが休んだのも納得がいった。はやても恭也にはもう何度も会ったことがあり、なのはが目指す背中は恭也なのだろうということも想像がついていたのだ。

 

「こんなことなら最初から恭也さんに頼ればよかったわ」

「お世話になっていた人だから、みんなしてどこかに遠慮があったのかもね」

 

 なのはでさえ幸せの邪魔をしたくないと言うくらいだ。フェイトやはやて、アリサにすずかも遠慮していた可能性はある。それに加えて、自分たちは親友同士なのだから、この問題も自分たちで解決したいという気持ちもあった。だから正直、恭也に対して悔しい思いもある。頑なになっていたなのはでさえも自ら打ち明けさせてしまう度量に。

 

「そんで。ユーノくんは赤星さんと話してみたん?」

「うん。通信の最後に、今から勇吾さんに話を通すから10分後くらいにかけてみろって言われて」

 

 ユーノの返答に、はやてはちょっとだけ意外に思った。ユーノのことだから、考えておくなんて曖昧な返答をした場合、だいたいはしないで終わる可能性が高い。鋭い恭也のことだから、それをわかっていたのかもしれない。だからちょっと強引に出たのではないだろうか。

 それともう1つ。

 

「ユーノくん、赤星さんのこと、名前で呼んどったっけ?」

「ああ……うん。ちょっとね」

 

 またまたはやては驚く。ユーノが微笑んだのだ。もちろん、ユーノが笑っているところなど何度も見ているし、本当の笑顔ももう知っている。けれどその笑顔は、これまでとまったく違う。恥ずかしそうに微笑みつつも、まるで満面の笑みになりそうなそれを必死で抑えているかのような。大人しいユーノだから笑うときも静かに笑うことがほとんどなのに、今のユーノはまるでなのはが満面の笑みを浮かべているかのようだったのだ。

 

「聞いてもええ?」

「構わないよ。面白い話じゃないけどね」

 

 一言断りつつもユーノも拒否はしなかった。少しだけユーノの顔に余裕のようなものが見えた気がしたはやてである。

 またも意外。ユーノがなのはに好意を抱いていることは先ほど確定したこと。そのなのはが訪れてくれたことでユーノの心に癒しができたのかもしれないし、恭也の言葉が効いたのかもしれない。けれどもう1つの可能性もある。そう、赤星と話をしたことで、何かユーノの中の張り詰めたものに何らかの変化を齎したのではないかと。だから、どんな話をしたのかに興味が湧くのも当然で。

 

「ねえ、はやて。1つ聞きたいんだけど」

「何や?」

「僕って、完璧主義に見えるかな?」

 

 ユーノの唐突な問いに、はやては少し考えてみた。

 勉強はできる。ひょろっとしているが、遺跡発掘を生業とする一族なだけあって、体力もないわけではない。魔法についても詳しいし、実際、攻撃魔法を使えないだけでそれ以外の魔法については幅広く使えるし、さっきもその高等技法の一端を垣間見た。司書としても検索や速読の魔法レベルは高く、すでに無限書庫の主力。

 

「そうやね。そう言われるとそうかもしれんね」

 

 穴もあるけれど、完璧を目指すかのように高いレベルに収まっている。性格だって人に嫌われるようなものではなく、むしろ誰もが好感を持つ少年だ。だいたいのことはそつなくこなすし、誰の依頼にも応える。自分の仕事は自分で処理できてしまうし、責任も取る。

 嫌味でも皮肉でもなく、素直にはやては思ったことを口にした。するとユーノは、落ち込む様子はなかったが、考え込むように視線を下げた。

 

「もしかして、赤星さんにそう言われたん?」

 

 はやての問いに、ユーノは真剣な表情を浮かべながら頷いた。

 

 

 

 

 

 恭也から教えてもらった赤星勇吾の連絡先に、ユーノはきっかり10分を開けて連絡した。急なことだし、話せと言われても何を話せばいいのかもわからない。良くしてもらったとは言え、数度会っただけの人に相談を持ちかけるというのもなかなか無理からぬ話だ。だが恭也に強く言われては、ユーノも引き下がれない。引き下がれる性格でもない。

 

『――ユーノくんか?』

「あ、はい。ユーノ・スクライアです。お久しぶりです」

『おう、久しぶり』

 

 数コールで勇吾は出てくれた。以前会った時と同じく、親しげに。恭也からの連絡があったはずだが、勇吾にしても大した付き合いのある相手でもないユーノと話してやってくれと言われても訝しむものだろうに。それでも親しげに返してくれる勇吾に、ユーノはひとまず安堵した。

 とりあえず、まずは先日の昼食の御礼をする。恭也と同じく、勇吾もそんなことくらい気にするなと笑って返してくれた。

 が、問題はそこからだ。

 本当に話すことがない。さてどうしたものかとユーノが迷っていると、勇吾の方が助け舟を出してくれた。

 

『なあ、ユーノくん。ちょっと聞いていいか?』

「はい。何でしょう?」

『高町から話を聞いてると、君って働いてるみたいだけどさ。君、確かなのはちゃんたちと同じ歳だよな?』

「そうですが」

『どう考えても法律違反な気がしてな? それも職場が結構きついとか、悩んでるとか……ブラックすぎるだろ、それ。そういう話なら俺よりももう労基署行けって話なんだよな』

「あ~、いや、それはですね……」

 

 地球の法律のことはユーノもよく知らないが、少なくとも日本では未成年と呼ばれる年代の子供は就労について厳しい制限があることは察していた。実際、なのはたちが入局することについて、士郎や桃子の反応は否定的だったのだ。中学までは義務教育で、日本では高校・大学への進学は珍しくもなく、むしろ中卒で就職という方が少数派。

 魔法や次元世界のことなど知らない勇吾にすれば、常識とは日本で通じる常識のこと。そのへんを恭也は説明していないらしい。確かに説明するには難しいだろうけれど、もうちょっと何とかしておいてほしかった。

 仕方なく、ユーノは魔法や次元世界のことは出さず、無限書庫を1つの企業に置き換え、海外で雇われていることにした。地球でも確かに天才児が会社を開業させていることはある。そこの責任者を任されたが上手くいかず、失態を重ねていて、自業自得であるが、さすがにちょっと凹んでいる。それでなのはたちを心配させてしまっているが、ちょっと大袈裟になってしまっているだけ。

 

『――だから大丈夫ってことか?』

「はい。すいません、つまらないことで」

 

 そこまで親しいわけでもない人に何を話しているのだろうかと、途中でユーノも何度も思った。だが逆に、親しくない人だからこそ、今後そう何度も会うわけでもないし、むしろこれでもう一生会わない可能性も非常に高い。だからだろうか、これからも関係が続いていく――続かせていきたいなのはやフェイト、はやてたちとは異なり、話せてしまえた。

 それに、もう1つ。

 恭也から聞き、そして実際に会ってみて、勇吾が非常によくできた人だという印象がユーノにはある。頭もいいし、スポーツもできるし、剣道でも全国に名が通る結果を残している。人付き合いも得意で、男女問わず友人も多く、気も利く。だから、なのはが恭也を明確に意識しているように、もしユーノが誰を目標として掲げたいかと問われれば、勇吾は確かに最適の相手かもしれない。

 

『……なるほどな。高町が俺にふってくるわけだ』

「え?」

 

 それまで迷惑がらずに話を聞き、相槌を打ち、要所要所で質問をふって、決してユーノの話を聞いているだけではないという姿勢を見せてくれていた勇吾。親友の妹の友達、しかも一回り年下の子供の相談にも関わらず。

 そんな勇吾が、そこで初めて声色を変えた。軽くて調子が良くて、でも決してチャラチャラしているわけではなく、人を愉快にさせてくれる。そんな彼の、初めて聞く、重い声。

 

『ユーノくん。君、完璧主義だろ?』

「そんなことはないと思いますけど……」

『いいや、そうだ。だから無理をする。周囲にもいい顔をする。どんな失敗も完璧にできなかった自分が悪いんだと押し込める』

「……どうして断言できるんですか?」

 

 苛立ちがユーノの中に生まれる。心配される度に出てくる苛立ちだ。クロノと、そしてフェイトにだけはぶつけてしまったことがあるソレ。

 いつもの通り、抑え込もうとする。クロノやフェイトに対して抱いている嫉妬という感情は、勇吾にはない。他の仲間たちには感じていないその嫉妬こそがクロノやフェイトに対してだけ牙を剥けてしまった理由ならば、勇吾に対して嫉妬心などないのだから抑え込めて然るべき。

 そう、ないはず、だから。

 

――本当に?

 

 抑圧という名の蓋をされかけたソレが訴えかけてくる。勇吾に対して、嫉妬心はない……そんなはずがないだろう、と。

 今しがた思ったではないか。『もしユーノが誰を目標として掲げたいかと問われれば、勇吾は確かに最適の相手かもしれない』と。勇吾はよくできた人だと。

 自分が持っている勇吾の印象は、確かに『完璧』だ。なぜ『理想の姿は誰か?』という問いに勇吾が最適かもしれないと思ったのかと言えば、優秀で、有能で、人望があって、失敗ばかりして嫌われ続けている自分とはまさに対照的だからではないか。

 

(僕は無理なんてしてない。いい顔なんてしてない。何もかも自分のせいだなんて思ってない)

 

 勇吾の言葉に対するすべての反論は、しかしとうとうユーノの口から出ることはなかった。

 無理を押したから倒れたのではないのか。

 フェイトに対して嫉妬を抱いていたのに、何ともないように装って祝福の言葉をかけて、いい友達を演じていたではないか。

 本局と地上本部のいがみ合いが招いた問題なのに、自分のせいだとクロノに言っていたろうに。

 

――妬ましい。

 

 ないはずがないのだ。

 目の前の、自分にないものを持っている青年に対して、抱かないはずがないのだ。

 発掘という根気のいる仕事を生業にする一族だけあって、短気ではないユーノの性格を以ってしても抗い難い衝動がこみ上がってきて。

 

『俺がそうだったからさ』

「え?」

 

 まるで見計らったように答えた赤星の言葉に、かろうじて衝動を飲み込むことができた。

 

「過去形なんですか? 恭也さんや忍さんから聞く限り、今でも赤星さんは……」

『完璧なんかじゃないさ。考えてもみろって。剣の腕じゃ高町には勝てないし、頭じゃ月村の方が上だぜ? 俺が2人に勝てるのは、そうだな、器用さくらいだ』

 

 勉強も要領がいいだけ。体を動かすのは好きで、剣道はその中でも一番得意だから。人付き合いにしても器用に立ち回ることができるからで、人と関わっていれば嫌でも付き合い方はわかってくる。恭也や忍とて人付き合いが多くなってきた今は昔ほど孤立などしていない。ただ2人より立ち回り方が器用だから、人付き合いも多いだけ。

 

『なあ、なんで俺が高町や月村と親友でいられると思う?』

 

 恭也は不器用という言葉がこれ以上なく似合う人だ。付き合ってみれば頼りがいがあって優しい人なのだけれど、一見しただけでは無愛想で怖いと感じる。剣をやっているからか、どこか触れれば切れるような雰囲気を感じる。他人に厳しいというわけではないが、自分から親しくなろうともしない。まあ、武者修行の影響で学校では周囲より1学年遅れていて、同級生が1歳年下だったという事情もあるだろうけれど。

 そして忍は、昔は事情があったためか、人を寄せ付けない冷たさを纏っていたこともあり、高校までロクに友人がいなかった。恭也と知り合い、恋仲となってからは本来の茶目っ気溢れる人になったが、付き合う相手は気が合った人だけ。無理に誰彼と仲良くなろうとはしない。

 そんな2人と赤星は対極にいるような人だ。赤星のフレンドリーさで恭也とも友人になることは想像できる。ただ、交友関係が広い赤星が、どうして多くの友人の中でわざわざ恭也を選んで親友にまでなれたのか。確かに不思議だった。

 

『君くらいの頃の俺は、まあ、確かに完璧だったな』

「そ、そうなんですか……」

『いや、ツッコんでくれよ、頼むから。月村だったらロケットパンチ繰り出してくるところだぜ?』

「ロケットパンチって……」

『いやいや、マジだから! 以前、那美さんがやられたって言ってたんだって!』

 

 那美という人にはユーノも会ったことはない。ただ、何度かなのはの口から聞いたことがあった。久遠という友達である狐の飼い主で、神社の巫女をしていると。そこでふと思い出す。恭也が言っていた『後輩で巫女をしている人』というのがその人なのではないか。

 

『学校じゃ常に1位。勉強でもスポーツでも。文武両道を地で行く神童って感じさ』

 

 自慢話のようだが、勇吾の声に得意げな色はない。忌避しているという感じでもなく、ただただ事実を述べているという淡々とした口調。まるで第三者の話をしているかのようだった。

 

『俺の家は寿司屋でな。親父とお袋は揃って頭が悪いし、要領が悪いから店も流行らないし』

 

 ダメダメだろ、と自分の両親をこき下ろす勇吾。同意を求められてもさすがにユーノも言葉に困る。

 ただ、悪意は感じない。ダメな両親だが、それでも愛すべき人たちだと、その呆れ混じりの声には親愛が籠もっている。

 

『だからそのときの俺は、親父とお袋が大嫌いでさ。こんな大人にだけはなるものかって思ってた。それが完璧の原動力だったんだ』

「…………」

 

 ユーノは両親に捨てられたのではないかという思いから、嫌われないように完璧を求めた。

 勇吾は両親を軽蔑し、反発心から完璧を求めた。

 経緯は違えど、2人は共に、『親』を起点としていたのだ。

 

『器用だったもんだから、勉強も運動も良くできたし、友達も多かったし、先生たちからの受けも良かった。順風満帆。エリート街道まっしぐらってな』

「……それが、どこかで崩れたんですか?」

 

 自然と、ユーノの口から言葉が出た。すると勇吾の方はやや間を置いて肯定が返る。

 ユーノが思い出すのは、大学を卒業してからP・T事件に至るまでの過程。勇吾のような順風満帆とはいかないまでも、ユーノは天才児として大学ではそこそこ有名だったし、少なくとも知識は充分だったろう。そして卒業後は一族の下に戻り、大学で得た知識を利用し、実際の発掘技術も日々の発掘で身に付けていき、発掘責任者を任せてもらえるまでになった。

 そして、ジュエルシードが第97管理外世界にばら撒かれてしまうという一大事に至る。

 

『私立の学校に入ったのがきっかけだな。1位から滑り落ちた』

 

 勇吾より賢い子がいた。勇吾より走りの早い子がいた。勇吾よりユーモアのある子がいた。

 すると、簡単に勇吾の周囲からは人がいなくなった。今まで仲良くしていた友達が、邪険にはしないが、勇吾よりも彼らの方と親しくなっていた。

 

『そこからは一気にな。焦って勉強して、体鍛えて。けどそうすると遊べる時間は減るだろ? 付き合いが悪いと言われたら、そっちに顔出してつるんで。けどそうすると他のグループからは疎遠になっちまうし、遊んでばかりいたら成績下がるしよ。雁字搦めってのはまさにああいう状態を言うんだろうな』

 

 完璧を目指した神童は、1つの綻びを修復できず、絶妙なバランスによって保たれていた『完璧』は、1つの崩れが全体に影響を与えることになった。

 もしこのとき、何かを切り捨てることができれば、他のものは維持できたかもしれない。だが完璧を目指したばかりに、すべてを取りこぼすまいと必死になって、そうしてすべてを失ってしまった。

 

「……それで、どうされたんですか?」

『荒れた』

「っ……そう、ですか」

 

 赤星勇吾という、それまでユーノが抱いていたイメージとはかけ離れた冷たい一言。映像はない通信なのに、『Sound Only』と表示された通信画面の先に、まるでなのはが浮かべるのと同じ『のっぺりとした無表情』の勇吾が見えた気がして、ユーノは背中を震わせる。だから、それ以上は聞けなかった。非常にシンプルなたった一言。どう荒れたのかという具体性のない抽象的な一言だけれど、ユーノが想像できる荒れのすべてが集約されているかのようにも受け取れる。

 

『俺はな、ユーノくん。別に完璧主義が悪いとは言わない。ただな、何にでも完璧であろうとすることだけはやめとけ。身が持たない。持つわけがないんだよ。高町やなのはちゃんたちの話を聞いてると、君は俺以上に器用みたいだからな』

「……赤星さんは」

『ん?』

「赤星さんは、完璧ではないと仰いましたよね?」

『ああ』

「完璧であることを、やめたんですか?」

『1つを除いてな』

「それは、何でしょうか?」

『剣道さ。こいつだけはやめられない』

「じゃあ、他のことはどういうふうに?」

『適度に流す』

 

 勇吾も性格的にほったらかしにするのは気が引ける。勉強はできるに越したことはないし、友達も気が合う奴が多いと楽しい。だから無理にいい顔ばかりせず、気が合わない奴とは必要以上に絡まない。無理をするのはどうしてもというときだけ。

 それは決して卑怯でも冷たいのでもない。そもそも、すべてにおいて真正面から受けていたら身が持たないのだ。人の死は悲しいものだが、知りもしない親しくもない人の死に、人は同情や哀悼を捧げはすれど、いちいち本気で泣くようなことはない。そんなことをしていたら身が持たないのだから。

 

『もちろん、何でもすべて完璧にできるって奴もいるかもしれない。だが少なくとも俺は知らないしな』

「……それはわかります。わかってるんです、僕だって」

『頭で理解できても、心が納得しないってやつかい?』

「そう、なんだと思います」

 

 聡明だからこそ、理屈としては充分にユーノも理解できている。人には得手不得手があるし、この世には矛盾した事柄も多い。同じ対応を取っても喜ぶ人がいれば怒る人もいるし、誰かにとって利益があっても別の誰かにとっては不利益を被ることになることもある。

 万人に好かれることなんてできはしないのだ。

 それは、一種の割り切りであり、妥協とも言い換えられよう。

 

『ユーノくんはどうして納得できないんだ?』

「…………」

『完璧にできないと気が済まないのか?』

「そういうわけではありません」

『じゃあ、誰かに負けたくないからか?』

「それも違います」

『失敗するのが怖いからか?』

「……それは、少し」

『じゃあ、なんで怖いんだ?』

「…………」

『恥ずかしいのか?』

「別にそんなことは気にしていません。僕なんて失敗ばかりでしたし……」

『周囲の期待を裏切ってしまうからか?』

「……はい。まあ、僕なんかに期待してくれる人なんていないと思いますけど」

『自分を見る目が変わるのが怖いってことだろ?』

「……それは……」

『――OK。だいたいわかった』

「え?」

 

 通信の先で勇吾が大きな溜息をついたのがわかった。呆れられたのかと一瞬ユーノは怖くなったが、何を今更とも思う。そう大して親しいわけでもない相手だし、今後もう会わない可能性さえあるから話してみようとしているのではないのか。だったら嫌われ慣れていることもあるのだし、別にそれほどの痛みはないだろう。

 理屈の部分ではそう思う。

 だが、心は違う。

 明らかに、今のユーノは、勇吾に離れていかれるのを恐れているのだ。

 

「あ、あの、赤星さん……!」

『なあ、ユーノくん』

 

 何でもいいからとユーノが口を開くのに一拍遅れて、ユーノの言葉に被さるように。

 

 

 

『嫌われるのが怖いんだろ?』

 

 

 

 心臓が撥ねた。ごくりと、無意識のうちに喉を鳴らす。

 僅かなブレさえもなく、的確にユーノの『弱さ』の核心を突く一言。だいたいなんてどころではない。完璧に。そう、完璧なまでに、ユーノの本質を看破していた。

 言葉を返せなかった。豊富な語彙力を誇り、大人相手にも議論ができるほど回転が速く、話しながらも機転を利かせることができるユーノが、完全に言葉を失っていた。

 ユーノはまったく意識していなかったが、この状況は、フェイトがユーノに初めて相談した際に、ユーノが的確にフェイトの『何か』を言い当てたときの焼き直し。フェイトが言葉を失ってしまったように、今度はユーノがその立場に立っていた。

 

「……どう、して……」

 

 かろうじて、掠れるような声を漏らす。

 

『そんな難しいことじゃないさ。俺はただ、昔の俺がどうだったかを考えて言ったまでだからな』

 

 勇吾はそこから1つずつ、ユーノが落ち着くように語った。

 完璧にできないと気が済まないとか、誰かに負けたくないというのは、自信があり、自分を優先させる考え方だ。それらをユーノははっきりと拒否した。

 一方で失敗するのが怖いというのは、自信のなさを示す問いかけだ。自信がないから失敗を恐れる。

 

『当時の俺は言った通り完璧だったし、自分の器用さに自信があった。君は逆。君は自分に自信がないんだ』

 

 ではなぜ自信を持てないのか。

 失敗をし続けてきたとユーノは語ったわけで、もう失敗したくないから完璧を目指そうとしている。ならばそこで、失敗の何が嫌なのかという問題になる。

 恥ずかしいというのは、よくある答えだ。教師に指名されるのを嫌がる子供はどこにでもいる。間違えればからかわれるかもしれないし、なんでこんなことがわからないんだと馬鹿にされるかもしれないから。

 これをユーノは否定した。もはや慣れっこだとさえ言ったようなものだ。

 対して、次の周囲の期待を裏切るからという指摘を肯定した。

 

『恥ずかしいから嫌がるってことは、つまりは自分を守るためだ。君は自分自身を守ろうとする意識がどうにも薄い。だが他人の信頼を裏切ることには臆病だ。他人の視線を気にするところは俺も同じだが、俺は完璧から外れることは嫌いだった両親みたいになるから嫌だって気持ちがあったから、俺自身を守る意味もあったわけで、そこんトコは君とは違う』

 

 勇吾は、自分を守る意識も、自信も備えていた。それに加えて、周囲の視線も気にした。自分は完璧にできるという自信を以って、周囲の信頼を勝ち取るべく器用に立ち回った。

 ユーノは自分に対する意識が低く、周囲の視線こそを第一に動いた。自分はどうなっても、周囲にとって都合のいい存在であることを第一義としたのだ。

 そうした違いはある。違いはあるが、それはまるでコインの裏表のように似たものを持っている。

 

『ユーノくん。君は当時の俺が嫌った両親そのものだ。自信がなくて、他者の目を伺って生きてる』

「……嫌われるのを恐れることが、そんなにいけませんか?」

 

 ユーノがフェイトの『何か』を言い当てたときとは異なった。あの時の2人は完全に同調していたが、勇吾とユーノはそうではなかった。勇吾は同調せず、ユーノの弱さを突き続けたのだ。

 無意識でも、ユーノは期待していた。自身がフェイトを慰めることができたように、的確に言い当ててくれたこの人ならば助けてくれるのではないかと。

 だがそんな『傷の舐め合い』を、この青年は許さない。

 ゆえにユーノは、無意識の期待を裏切られた怒りを隠せなかった。無意識故に抑えようがなく、いつもの自制が働かない。画面に映るユーノの顔は、おそらく仲間たちの誰もが見たことがないであろう、暗い怒りに歪んでいた。

 

『そんなことはないさ。好んで嫌われる奴なんてそうそういないだろ。俺だって高町や月村に嫌われたくはない。あいつらとは今のまま面白おかしく、親友同士でいたい』

「僕にとってはそれがなのはたちなんです……! 僕には、もう、なのはたちしか……!」

 

 腹から絞り出した声で訴える。ソファーで眠るなのはへと視線を向けながら。そう、なのはたち……殊更、なのはには嫌われたくない。

 

『……先に謝っておくぜ、ユーノくん。ちょっと今から、きっついこと言うからさ』

「……なんですか?」

『君にとって、なのはちゃんたちは親友か?』

「おこがましいとは思いますが、僕はそう思っています。赤星さんにとっての恭也さんや忍さんがそうであるみたいに――」

『そりゃとんだ思い違いだ。俺たちの関係を、君となのはちゃんたちの関係と一緒にしないでくれ』

「な……!?」

『君は特になのはちゃんと仲良かったよな? 大事かい?』

「そんなの、当たり前でしょう!」

『俺と高町みたいに信頼し合ってるって?』

「そうですよ!」

『そいつも馬鹿にしてるな。俺と高町は、君となのはちゃんのような薄いもんじゃない』

 

 年上だということはわかっている。これが非礼であることも。

 だがユーノにとってこの『絆』を軽く見られることは、何よりも我慢がならなかった。何も知らない部外者に、こんなことを言われる筋合いはないのだ。

 自制心など効くわけがなかった。もう、とうにそんな段階は越えていた。期待を裏切られた怒りも相まって、ユーノは誰にも見せたことがない、いや、おそらくこれまでのユーノの人生で一番の憤りを以って、この青年を軽蔑し、罵倒しようとして――

 

 

 

『君が心の拠り所にしているそれは絆じゃない。絆という言葉を借りた、ただの『依存』だ』

 

 

 

「っ……!」

 

 機先を制された。怒鳴ろうとしていたユーノよりはるかに小さな声量ながら、言葉の1つ1つに力が籠められた揺るぐことのない断言は、ユーノの勢いと感情に任せた軽蔑の意思など、まるで意に介さないかのように、その場さえも制圧した。

 怒りの矛先は完全に逸らされ、激情は吐かれることなく、ユーノの胸の内で蠢く。それは幾度も吐き出してやろうとするも、正確に、完璧なまでに、この上ないほどにユーノの『依存』を射抜いた言葉の矢が封を成し、あらゆる反論を散らせてしまう。

 そこにいるのは、肩を震わせ、拳を握りしめ、唇を噛み締める……ただ、嫌われたくないだけの、1人の少年。まるで世界に隔離させられたかのように立ち尽くす。

 

『……ごめんな』

 

 今にも泣きそうなユーノを、しかし絶望から拾い上げる優しい声がかかる。

 誰か、なんて馬鹿げた問いだ。

 赤星勇吾。彼しかいない。

 

『11歳の子に言うようなことじゃないとわかっちゃいるんだ。正直、ここまで言う気はなかったんだけどな。高町の頼みだし、なのはちゃんの大事な友達とは言え、俺なんぞが軽々しく関わっていい領分じゃない』

「…………」

『俺は聖人君子じゃないし、博愛主義者ってわけでもない。面倒事は避けたいって思うときだってある。適当に流して終わりにしたいときもある』

「……赤星さん」

 

 けどな、と勇吾はそこで一旦言葉を切った。

 

『適度に流すにしても完璧主義を通すにしても、状況を弁えなければならない。目の前で、本気で苦しんでいる奴を放っておくことはしたくない』

 

 そんなことをすれば、必ず後悔する――それは言ってしまえば自分のための行為。

 けれどそれだけではなかった。

 

『んなことしたら、高町と月村に怒られちまうしな』

「…………」

 

 それもまた、嫌われたくないからとも取れるもの。実際、勇吾とて恭也と忍に愛想を尽かされたくはない。

 だがそれ以上に。

 恭也と忍が勇吾に向ける信頼を、勇吾は裏切りたくないのだ。

 何より、ユーノのことを頼むと任せてきた恭也。なぜ大して親しくもない子を任せてきたのかと、それもこんな重い心の病を抱えた子を、と恨まないでもない。けれど恭也が勇吾に任せたのは、何も面倒だからではない。恭也がそんなことをする男ではないことを、勇吾は知っている。不器用な親友だが、性根は本当に優しい。大切な人たちを常に見守り、いざとなれば必ず守ってみせる。そんな親友が、勇吾を頼ったのだ。その信頼、応えずしていられようか。

 

(……僕は、今どれだけ失礼なことをしたんだろう?)

 

 一方で、他人の目を伺ってきただけに、ユーノはその勇吾と恭也の間にある信頼を感じ取っていた。

 何とはなしに、わかった。

 勇吾が厳しい言葉を、敢えて向けてきた理由を。

 怒られなかっただけ、マシと思わなくてはならない。本来なら、その非礼に怒鳴られて然るべきところなのに。

 『依存』。

 自覚している。なのはたちに、何よりなのはに、依存していると。彼女との絆に、縋りついていると。そんなユーノだからこそ、フェイトが『依存』していることを察することができたのだ。

 そんなものと、本物の信頼で築かれた絆を、自分は同じだと言ってしまったのだから。

 

「……申し訳、ありません」

『ユーノくんが謝る必要はないんだけどな』

「いえ! 本当に、申し訳――」

『あ~、そこまでだ、ユーノくん。高町にも言ったんだけどな、君は謝りすぎなんだ』

 

 恭也にも先ほど言われたことを、勇吾にも言われる。そんなところにも通じ合っているものを感じながら、ユーノは本当に羨ましく思った。クロノやフェイトに対する羨望や憧憬を抱いたときは嫉妬心も混じっていたが、そんな混じり気など一切ない、純粋な羨望と憧憬。その眩しさに、嫉妬心など吹き飛ばされたかのように。

 

『気にすんな』

「…………」

 

 その一言が、今どれだけ自分を救ったのか、この人ははたしてわかっているのだろうか。

 ユーノにはわからない。わかることは、ただ、勇吾はユーノを嫌いになどなっていないということだ。

 

「…………赤星さん」

『おう』

「……僕は……」

『おう』

「…………」

『どうした? 気にせず言ってみなって』

「…………僕にも、できるでしょうか?」

『ユーノくんは、何がしたい?』

「……作りたい。赤星さんと恭也さんと忍さんのような、本当の、本物の、絆を」

『そか。じゃあ強くならなきゃな』

「……なれるでしょうか? 僕なんかに」

『おいおい、最初からそれじゃダメだ。よし、ユーノくん。君はまずその耳障りな『なんか』って言葉をやめよう』

「あ、は、はい。すいま――」

『こらこら、謝んな。そこも直そう』

「え、あ、はい。でも、何と言ったら……?」

『人から何かをしてもらったときは?』

「……ありがとう、ございます」

『おう、正解だ』

 

 それもまた、恭也とやったやりとり。本当に恭也も勇吾もツーカーすぎて、ユーノも笑みを零してしまう。

 それでいいと言ってくれた恭也。正解だと言ってくれた勇吾。

 ユーノを認めて、ユーノが自分自身を低く扱うことを許さず、窘めてくれる人たち。

 これ以上なく失礼なことを言ったにも関わらず嫌うことなく。間違いを叱って。そして……許してくれた。

 

 

 

 

 

 そこまで話した後、ただでさえ長い通信だったこともあり、また近いうちに必ず会おうと約束をして通信を切った。

 

「ただ切る前に、恭也さんのことは『恭也さん』と呼んでるから、俺のことも名前で呼んでくれていいぞって言ってくれてね。それで」

「……ほうか」

 

 さすがにユーノも自分がなのはやフェイト、はやてたちとの絆に依存していることについては言えなかった。いずれは言うつもりでいるが、今はそれで許してもらいたかった。

 はやてもその辺は濁されたことに気づいていたが、ユーノの『弱さ』の核心に触れる部分なのだろうと空気を読むことに。勇吾も言っていたようだが、軽々しく触れていいものではないのだから。興味本位に話を聞いた手前、その流れで聞く気にはならなかった。

 それに、今のユーノの笑みは本当に安心できる。今はそれで充分だった。

 

「にしても、恭也さんも赤星さんもカッコええなあ」

「うん、同感。あんなふうになりたいって思うよ」

 

 外見もそうだが、心も在り様も。男性として人としてはやても憧れるばかりだ。クロノやなのはが目標とするのも、ユーノが早くも慕い出しているのもわかるというもの。

 なのはがあそこまで真っ直ぐに育ったのは、きっと恭也や赤星の影響もあるだろう。士郎も桃子も美由希もそうだが、高町家もその周囲の人々も、本当に素晴らしい人たちばかりだ。そんな人たちに囲まれているのだから、なのはが羨ましいことこの上ない。ソファーでまだ眠っているなのはに、2人してちょっとした妬みの視線を向ける。

 と、そこで司書室の扉がノックされる音がして、ユーノもはやてもそちらへ意識を向けて。

 

『ユーノ、いる?』

「あれ、フェイト?」

 

 ユーノの声に、フェイトはゆっくりと扉を開けて中を伺ってきた。そこではやての存在にも気づいたか、フェイトは入りづらそうにユーノへと視線を移す。フェイトがはやてと喧嘩中であるということを思い出し、気まずそうにしているはやてに苦笑しつつ、ユーノはフェイトを中へと誘った。扉を閉めてもしばらくその場から動かないフェイトだったが、ユーノに促され、なのはが寝ているソファーの向かいに座る。はやてとの間には、まるまる1人分のスペース。緊張して俯いているフェイトと、明後日の方を向きながら頬をかいているはやて。体面から立ったまま見ているユーノからすると、2人には悪いが非常に面白かった。

 

「……ユーノ」「……ユーノくん」

「あ、ごめん」

 

 つい笑みを零してしまったユーノに、フェイトとはやての視線が突き刺さる。笑ってないでどうにかしろと言っているのは明白だったが、はてさてどうしたものかと、妙に余裕のある思考のままユーノはとりあえずフェイトの分の飲み物も用意しに向かった。それを逃げたと捉えたのか、フェイトとはやての恨みがましい視線はびしびしとユーノにより一層のプレッシャーを与える。

 

「そういや、フェイトちゃん知っとる? ユーノくんがなのはちゃんのこと好きやっちゅうこと」

「ちょ、はやて!?――って、熱っ! あっつぅ!?」

「うん、知ってるけど」

「ええええ!?――って、痛あっ!?」

 

 仕返しに出たはやてのいきなりのカミングアウトに、入れていた紅茶を動揺で零した拍子に手にかかって熱がるユーノ。さらにフェイトの今更何をと言わんばかりの即答に、勢いよく振り向いた挙句、膝を柱に強打。泣きっ面に蜂とはこのことか。悶えるユーノに、フェイトもはやても素知らぬ顔だ。

 

「そらまあ、わかりやすいしなあ」

「明らかに態度が違うもんね」

「それでいてバレてないとか思ってたっぽいし。あの驚きようから察するに」

「ユーノって案外周りが見えてないのかな」

「今なのはちゃん寝とるけど、そこ結界が張ってあんねん。"ラウンドガーダー・エクステンド"や。詠唱文句は聞いて驚け、『妙なる響き 光となれ 癒しの円のその内に 不屈を宿す心優しき白の少女を抱き 彼の者に休息を与えたまえ』ときたもんや」

「……ユーノ、大胆だね」

「……死なせてください……!」

 

 小さな悪戯があまりに大きなしっぺ返しになってしまったユーノは、失意に暮れながらもフェイトの分の紅茶を差し出す。律儀なのか惰性なのか。それはともかくも、フェイトはクスッと笑いながらお礼を言う。その横で、はやても自分の分の紅茶を飲みつつケラケラと笑っていた。

 代償は大きかったが、フェイトとはやての間から気まずさが消えている。それで強引に良しとするユーノであった。

 

「それにしてもフェイト、今日はもう来ないのかなって思ってたんだけど」

「あ……ごめんね」

「別にいいんだけど、何かあったの?」

「ちょっと、ね」

 

 クロノと喧嘩のようなことになっているとは言えず、フェイトは言葉を濁した。

 クロノと別れた後、フェイトは無限書庫に行こうとしたのだが、勉強道具はクロノが持ってくれていたことを思い出し、まさか返してもらいにまた舞い戻ることもできず。やむなく帰って今日は1人で勉強しようと思ったのだが、どうしてもわからないことができ、ユーノに通信で質問しようとしたが繋がらず、長い間話し中。

 

「それで、もしかしたらまた倒れてるんじゃって思って」

「急いできたわけやね」

「うん」

「ごめん、フェイト。勇吾さんと通信してて気づかなかった」

「『勇吾さん』?……ユーノ、何かあったの?」

「呼び方はともかく、そんなに僕、わかりやすい?」

「そらなあ。一目瞭然っちゅうか、わからぬは本人のみやね」

 

 鏡を見てみるかとコンパクトミラーをフェイトから借りるユーノだったが、やはり自分ではわからない。鏡に映るのは目の下にクマを蓄えた、不思議そうにしている不健康な顔。

 その様子に、フェイトとはやては目を合わせて笑う。

 

「ねえ、ユーノ。なのは、今日は夜間演習のはずだし、そろそろ起こさないとまずいんじゃ……?」

「あ、そうだね。恭也さんから、1時間で起こしてほしいってなのはが言っていたって聞いたけど……」

「……思いっきり過ぎとんで」

 

 2時間はオーバーしている。それにフェイトとはやてはまずそうな顔を浮かべた。今のなのはにとって訓練には何より力を入れたいもの。そのための時間を2時間失ったとなると、不機嫌になることは容易に想像がつくからだ。

 だがユーノは構わなかった。

 

「2人が心配しなくていいよ。元々ギリギリまで寝かせてあげるつもりだったし」

「……なのは、怒ると思うよ?」

「だろうね」

「だろうねって……ユーノくん、今のなのはちゃんを怒らせたら口聞いてくれへんくなるで?」

 

 はやてはまだユーノの『弱さ』の核心が何なのかはわかっていない。フェイトは嫌われることを厭うだけに、嫌われるかもしれないことに心配するが、はやてはそこまでわからずとも、好意を持つ相手に口を聞いてもらえなくなるという点で大丈夫なのかと問う。

 

「そんなふうにはなりたくないけど……なのはは、きっとわかってくれると信じてるからね」

「…………」「…………」

 

 起こすためにソファーを回り込んでなのはのそばへ歩いていくユーノ。

 嫌われることを恐れるユーノに唯一の例外があるとすれば、それがなのはである。自分自身がなのはとの絆に依存していることは理解しているし、勇吾にも指摘されたことだ。それでも、ユーノはなのはとの絆だけは、決して依存だけではないと『信じている』。

 

――『ユーノくん、いつも私と一緒にいてくれて守っててくれたよね。だから戦えるんだよ。背中がいつも温かいから』

 

 なのはが口にして伝えてくれた想いを、信じているから。

 それになのはも恭也と話していた際に、ごめんなさいと言っている。だからきっと、なのははちゃんと周囲が心配していることを理解しているのだ。

 だからユーノは、例え今はなのはが怒ったとしても、嫌われることはないと、なのはとの絆を信じている。

 嫌わず、間違いを指摘し、叱り、そして許してくれた勇吾の存在もある。彼とのやり取りもまた、ユーノの判断を後押ししてくれていた。

 

「なんや、なのはちゃんがホンマに羨ましいわあ」

「……そうだね」

 

 なのはのための魔法といい、暗になのはは特別だからと言っているに等しい今の発言といい。はやては皮肉でも嫌味でもからかいでもなく、純粋になのはを羨ましく感じた。1人の男の子にそこまで大事に想われていることを。「なのは、そろそろ起きよう」と優しく声をかけているユーノを、11歳の身で母性さえ感じさせる優しい笑みを湛えて見詰めていた。

 

「…………」

 

 一方で、フェイトはその光景を何とも言えない表情で見詰める。羨望・嫉妬・憧憬・悔恨……それらが入り混じるその状態を一言で示すのならば、寂寥感であろうか。この2年、ユーノと一番多くの時を過ごしたのはなのはよりもフェイトの方だろう。フェイトが相談相手として最も頼るのもユーノだ。代わりにフェイトはユーノ以上になのはと一緒の時を共有してきた。けれどユーノとなのはの間にあるこの信頼は、フェイトにも叶わない。ユーノがなのはに向ける優しい表情や、孤立しがちな今のなのはがユーノを頼りにしてここに来ている事実も、寂寥感を一層かき立てる。

 嫌われることを厭いながらも、なのはを信じて行動するユーノは、フェイトからすれば驚きだ。フェイトとてユーノの大丈夫という言葉を支えになのはのそばに居続けているが、結局なのはを止めるには至らなかった。なのはに避けられることを恐れるからだ。それを行動に移したユーノを、そうさせるだけのユーノとなのはの間の絆を、フェイトは心底羨ましく思った。

 

「2人とも、大袈裟だよ。僕からすれば2人の方がよっぽど感心する」

「私ら何もできてへんよ?」

「そうだよ。結局、そばにいることくらいだったし……」

「それでいいんだよ。2人は喧嘩してでもなのはのためを想ってる。口は聞けなくても、ちゃんと近くにいて見てる。なのはがここまで無理をするのも、できるのも、きっとどこかで1人じゃないってわかってるからだと思う」

 

 そうでなければ、とっくになのはは潰れてしまっている。そうユーノは断じた。元々なのはは寂しがり屋だから、1人を嫌う。自分の言動が原因で孤立しがちともなれば、なのはは精神的に相当参ってしまうはず。なのはの最大の支えである恭也がドイツに行ってしまったのが夏頃ならば、もう半年近い。そんなに長い間孤立していたら、なのははきっと耐えきれない。どんなに諦めずに進み続けても、諦める前に体と心が先に倒れてしまうだろう。そんな無茶がここまで続いているのも、ギリギリのところでフェイトやはやてがそばにいるからだ。

 

 

 

「だから2人とも、なのはのそばにいてあげてね」

「言われるまでもあらへんよ」

「うん」

 

 

 

 自分たちはなのはの親友なのだから。3人でその思いを共有し、自分のこととも知らずにスヤスヤと気持ちよさそうに眠り続けているなのはを見つつ、小さく笑い合う。

 

「さてと。ええ加減この眠り姫を起こさんとなあ。持ってきたお弁当、食べずに待つんも限界やで。フェイトちゃんも食べるやろ?」

「いいの?」

「司書のみんなのために作ったさかい、かなり量多いし、大丈夫や」

「……じゃあ、お言葉に甘えて。正直、お夕飯食べてないから、お弁当の匂いが気になってたんだ」

「う~ん、なのは、一度寝るとなかなか起きないからなあ。なのはの寝起きの悪さは筋金入りだし」

 

 これまでの疲れもあるから熟睡している。肩を揺さぶったり、普通に喋ったりしているだけでは絶対に起きない。ユーノもなのはの家にいた頃はなのはの目覚まし役を務めていたが、毎朝苦労した覚えがある。寝ぼけたなのはに背中を噛まれたのも忘れていない。

 

「くすぐり地獄の刑に処すんはどないやろ?」

「やめた方がいいよ。眠りを妨げる敵に対して暴れるなのはは容赦がないって美由希さんが言ってたし」

「……お試し済みかいな」

「結界張ってあるんだよね? その結界を軽く破裂させてみるとか?」

「目は覚ますだろうけど、すぐに何でもなかったように寝るよ、絶対」

「そ、そうなんだ……手強いね、なのは」

「寝てるなのはは最強だね、ある意味」

「厄介な最強やな! ん~、どないしょ?」

「恭也さんがいたら起きるのにね」

「そうなんだよね…………あ」

「お、何か思いついたか、ユーノくん! ほな、"ユーノくんアドバイス"に期待すんで!」

「久々の"ユーノくんアドバイス"だね」

「……それ、やめない?」

「ええやんええやん。実際役に立つんやし」

「早くしないとなのはがお弁当食べる時間なくなっちゃうよ、ユーノ」

 

 別に嫌なわけではないのだが、その名称は少々気恥ずかしい。最近、司書たちにまで言われたことがあるので、この分だとそのうち知らない人からも言われそうで困る。

 とは言え、面白がって止める気配のないフェイトとはやてには、何を言っても通じないだろう。早々に諦め、ユーノは思い出した手を開帳する。開帳などといっても、そう大したことではない。なのはのことは恭也に聞け、である。

 

「以前、なかなか起きないなのはに業を煮やして、家族揃ってなのはの部屋で朝食を食べ始めたことがあるらしいんだよね」

「なるほど。兵糧攻めっちゅうわけやね」

「……それ、つまり朝食の用意の最中も起きなかったってことだよね? それはそれですごいね、なのは」

 

 馬鹿馬鹿しいと言えば馬鹿馬鹿しい話だ。しかしそんな馬鹿げたことを、あの高町家の面々はたまに本気で実行するのだ。恭也はそれを止める高町家の常識人――人間をやめているとなのはには言われているが――なのだが、なのはの寝起きの悪さは恭也でさえも止めるのを諦めるレベルなのである。

 ちなみにさすがにそれをされたなのはは食事の開始からしばらくして目を覚まし、寝ぼけてそのままいただきますしようとしたらしい。もちろんそれを許す高町家ではなく、きちんと顔を洗って歯を磨いて着替えてきなさいと言って、それまではお預け。慌てて準備をするなのはが戻ってきたときには、食べ終わって片づけに入り始める恭也たち。

 

「さすがになのはも堪えたらしくて、それからしばらくは少しだけ寝起きがマシになったって恭也さんが言ってたよ」

「それ、トラウマになってるんじゃ……」

「…………」

「はやて?」

「最近、ヴィータも寝起き悪いんよな~」

「……やめてあげようよ」

「そやな。ヴィータは確実にトラウマになるわ。シグナムとシャマルは面白がってやりそうやけど」

「で、どうする?」

「ほな、それで」

「するの!?」

「他に手ぇあらへんし」

「じゃあ、お弁当温めてくるね」

「ほな、私はお湯でも沸かしてこよか」

「私は?」

「なのはを起こしてあげて。猶予を与えてあげないとね」

「……絶対起きないよ、なのは」

「ま、そこはなのはちゃんの自業自得ってことやな」

「頑張って、フェイト。なのはの食事は君にかかってるよ」

「2人ともずるいよ! 一番大変な役を押し付けて!」

「あはは、ごめんねフェイト」「あっはっは! 早いモン勝ちっちゅうこっちゃね!」

 

 そそくさと湯沸し室へと消えていくユーノとはやて。彼らを軽く睨みつけるフェイトだったが、これだけ騒いでもやはり目の前の眠り姫は目を覚ます様子が微塵もない。なかなかの強者であろう。溜息1つ、フェイトは回り込み、なのはのそばへ。しゃがみこんでしばしなのはの寝顔を見詰める。これまでの張り詰めた感じが消えていて、本当にフェイトが好きななのはの穏やかな寝顔がそこにある。自然と漏れる笑み。

 

「……て、そうじゃないそうじゃない」

 

 癒されている場合ではない。早く起こさないとなのはのトラウマが発動しかねない。

 

「なのは、起きて」

「……くぅ~……」

「なのは~」

「……にゃぅ……く~……」

「お願いだから起きてよ、なのは」

「……く~……」

 

 頬を突いたり肩を揺らしたり。もちろんそんなことで起きるわけもないが。それからも耳元で呼びかけたり、強めに体を揺さぶったり。しかしそれらも鬱陶しそうに手で払ったり、もぞもぞと体を動かして背中を向けてしまったり。

 

「……さすがにそれはないと思うんだ、なのは」

「……く~……」

 

 なのはに悪意はないのはわかるが、こうも邪険な対応をされると、寝ているとは言えフェイトもいい顔はできない。ちょっと高町家の面々がそういう行動に出たのも納得できたフェイトである。

 そのうちタイムアップ。ユーノとはやてが戻って来てしまう。2人の顔にはわかっていたと言わんばかりの苦笑い。そして温められたはやて手作りのお弁当のいい匂い。お腹が鳴りださないかフェイトが不安に思うほどであった。そして机の上に並べて準備完了。水筒に入れて持ってきた味噌汁まであり、否が応にも食欲を誘う。

 

「……ホンマに起きひんなあ。申し訳ないけど、ちょっと呆れるわ」

「もう知らないよ、なのは」

「あはは。フェイトにまで見放されちゃったかあ」

 

 ソファーに座り、お箸を取り、手を合わせる。

 

「「「 いただきます 」」」

 

 3人揃って味噌汁を手にし、一口。

 

「美味しい。やっぱりはやてのご飯は美味しいね」

「うん。これを毎日食べられるシグナムたちが羨ましいよ」

「いやいや、それほどでもないて。ありがとな~」

 

 散々待たされた空きっ腹に温かい味噌汁が染み渡る。3人とも未成年だからお酒はまだ飲めない身なので、酒が五臓六腑に何とやらという感覚はまだわからないが、ほっと一息つきたくなる感覚は充分に理解できた。

 

 

 

「……うにゅ……いい匂い……」

 

 

 

「お?」「あ」「あらま」

 

 何という現金な話か。嘘のように眠り姫が覚醒した。むくりと体を起こし、目をこすりながら匂いが漂ってくる方を見やる。

 そして、ユーノ・フェイト・はやてが視界に入る。

 

「…………」

 

 しばし目をシパシパとまだまだ眠たそうに瞬きしつつ。3人とご飯の間を視線が行き交い。

 

「……ふぇ?」

 

 そんな間の抜けた声が漏れた。

 そんななのはに、3人は合わせたように。

 

「おはよう、なのは」「おはよう、なのは」「おはよ、なのはちゃん」

「……あ、はい……おはようございまふ……」

 

 律儀に返すなのはだが、イマイチ状況を理解できていないのか。いや、単に混乱し始めているだけか。

 しかし目の前に広げられた美味しそうなお弁当に、3人が味噌汁とお箸を持っていることと、何だか面白そうな顔をしているしているのを見て。

 

「――にゃっ!?」

 

 一風変わった、しかしなのはらしい驚きの声を上げる。

 そんななのはに、3人は合わせたようにぷっと吹き出した。

 

「あっはっはっはっはっ! なるほど! さすが恭也さんやね!」

「ふふ。なのは、可愛い」

「あはは。やっぱりなのははなのはだね」

「――は、はやてちゃん! フェイトちゃん! ユーノくん! これ、どういうこと!?」

 

 混乱するなのはを他所に、ユーノもフェイトもはやても、久しぶりに思い切り笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

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