リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

12 / 47
クロノとユーノ。
この2人が本当に好きです。

長くなりましたけど、今回の話が今後のクロノとユーノ、そしてまだ登場していませんが、ヴェロッサを加えた3人が立ち向かっていく課題になります。


LOCUS 6

 仕事の進みがいい。

 すでに時間は22時を過ぎており、他の司書たちも帰っている。心配して手伝いを申し出てくれる人たちばかりだが、明日は休みだし、今回ばかりはきちんと帰宅するつもりでいる。それを聞いた司書たちは驚きながらも顔を見合わせて小さく笑い、それでも本日中には帰るようにと、それだけはきつく言い含めて帰宅していった。

 

「う~ん。そうは言ったものの、もうちょっとやろうかなあ」

 

 繰り返すも仕事の進みがいい。疲れはたしかにあるのだけれど、本当に進みがいいのだ。対応に迷っていたことには思い切ってこういこうと割り切れるし、どう書き出せばいいのかわからなかった報告書も嘘のようにスラスラと書けてしまった。見直しても完璧だ。そう、完璧だと思う。これなら情報部部長も文句のつけようがないだろうと言い切れるほどに。

 ここまで手応えを感じてしまうと、これで切り上げてしまうのがもったいない気がしてならない。溜まっている仕事を進めたくなる。明日になればまた進まなくなりそうで。

 しかしきちんと休むとも言い切った手前、反故にしてしまうのも気が引ける。

 

『適度に流す』

 

 勇吾の言葉を思い出す。

 真似をすればいいものではないだろうけれど、流し方なんてわからないから、まずは模倣からやってみるしかないのではないか。ならばここでいう適度というのは、キリのいい所で切り上げるということではないだろうか。

 

『ほな、帰るわ。ユーノくんももう帰りや? ホンマやったら家に帰るん見届けんと気が済まへんねんけど』

『明日は私も家で勉強するよ。クロノもいるし。だからユーノ、ちゃんと帰って寝ること』

 

 数時間前に帰った親友たちにも念を押された。本当に喧嘩していたのかと言いたくなるほど、フェイトもはやても頷くユーノを信用できないと揃って溜息をつくツーカーぶりを見せてくれたもので。きちんと帰って寝ているか、翌日に連絡を入れるからとまで言われてしまった。

 そして何より。

 

『ユーノくん。ありがとう!』

 

 なのはが満面の笑みでそう言ってくれたことが、何より大きいのだろう。自分でも現金なものだと呆れるが、この調子の良さはそれ以外には考えられない。

 1時間で起こしてほしいそうだと恭也から伝えられたものの、結局3時間起こさなかったことを、なのははからからわれたこともあって最初は怒った。けれど最初だけだ。その後はフェイト・はやてと共に4人で弁当を食べ、笑い合った。

 恭也と話せたことが何よりの特効薬となったのだろうが、たった3時間と言えども休ませることができたのも効いたのかもしれない。少なくとも起きてから別れるまでの間に、なのはの『のっぺりとした無表情』も『笑顔』も表れることはなかった。それどころか満面の笑顔を見ることができるなどとは露ほどにも思わなかった。

 あの笑顔こそ、本当のなのはの笑顔。周囲の人を元気にさせる太陽。元気をわけてもらうという言葉を疑うならば、なのはの笑顔を見てみればいいとさえ言えるほどの。

 だから、そんななのはが最後に『私もきちんとお休みするから、ユーノくんも明日はちゃんと休んでね!』と付け加えたとあれば。

 

「うん、帰ろう」

 

 空間モニターをきっぱりと閉じ、机を軽く叩いて立ち上がる。自分のカバンを取り、肩に担いで……しばし思考。ややあってカバンに入れていた、3つの大事な報告書を除き、家でできるような細々とした仕事の書類や資料も思い切ってすべて出して机にしまう。そして照明を消し、火の元確認。全て問題なし。司書室を出てロックをかけ、さらに独自に張っている警戒のための結界の状態を確認。禁書や機密書類もあるのだから当然にするべきものだ。そして広い広い無限書庫を見上げてから、ほう、と溜息をつき、微笑すら浮かべて無重力の中を出入口へ向かう。再び重力のある空間に戻ると、重厚な扉を閉めて施錠し、さらにこちらにも張ってある警戒の結界を確認し、自動扉から出てさらにこれをロック。

 

「これでよし」

 

 本局の端にあるために人が通ることのほとんどない区画を歩いて行き、やがて人が多くなる場所へ。

 本局は広いので端から端まで歩けば相当に時間がかかる。なので縦に細長い本局の中心を貫くように、高速エスカレーターが備わっている。攻め入られたときのことを考慮し、即座に移動できてしまう転移装置はない。転移装置は本局外部との連絡用であり、その使用もかなり厳重で、すぐそばに武装隊の本局防衛隊が控えているくらいだ。

 高速エスカレーターで無限書庫とはほとんど反対側の階層まで上がる――次元空間に上下の概念は通じないが、不便なので上下を定めているに過ぎない――と、ユーノは迷うことなく目的の場所へ。

 

「無限書庫司書、ユーノ・スクライアと申します。クロノ・ハラオウン執務官に依頼されていた報告書をお持ちしました」

「はい?……ああ、情報部の」

 

 一瞬、どこのことだという怪訝な顔だったが、法務部の受付嬢は間を置いて思い出したらしい。それは単に思い出しただけか、それとも『あの問題の部署かあ』という意味でのものか。どちらにしてもいい気はしないが、もはや今更で慣れたもの――と、そんなふうに考えられるのが我が事ながら不思議に思うユーノ。勇吾と、そしてなのはたち。今晩の彼らとのやり取りがなければ、またここで心が揺れていたかもしれない。それだけ自分の中で彼らとの語らい、彼らとの時間は大きいのだと痛感するばかりだ。

 受付嬢は特にクロノに連絡することなく、法務部の入り口を案内する。

 

「ハラオウン執務官は執務室にいらっしゃいます。在室時はスクライア司書ならいつでも通して構わないと伺っておりますので、どうぞお通りください。部屋はおわかりになりますか?」

「はい。何度か来ていますので」

 

 会釈をして法務部の廊下を進んでいく。時空管理局に昼も夜もないとは言え、いちおうは昼こそが通常の勤務時間であって、夜は休むというスタイルは第97管理外世界と変わらない。それでもこの時間だというのに多くの人が働いていて、執務官の黒い制服を着ている者も多い。執務官の忙しさが目に見えるようだった。

 目的の部屋の前に到着する。執務官は他の法務官とは違い、その役割の重さと機密情報にも触れる機会の多さから1人1部屋の執務室を与えられており、この『CHRONO HARLAOWN』と名札がかかった執務室がクロノに与えられた部屋だ。スライド式の自動扉の横にある呼び出しボタンを押すと、すぐに返答があり、扉が開いて。

 

「――なんだ。今日は〝アクセルシューター〟と"プラズマランサー〟に加えて〝ブルーティガードルヒ〟でも降るのか?」

「いきなりだね。3人が聞いたら怒るよ?」

 

 いつもの減らず口に迎えられ、苦笑を返す。

 自分の執務机ではなく、フェイトやはやて用の机に挟まれるように部屋の真ん中に備え付けられている2対のソファーの片側に座っていた、無限書庫の敵なのか味方なのか司書たちの間では微妙な立ち位置にいる悪友。屋内だというのに雨が降っているかのように手の平を出して天井を仰ぐ仕草をしている。

 

「お前がそんな憑き物が落ちたような顔をしていれば疑いたくもなる」

「憑いてるのは君の生霊じゃないのかと思う今日この頃だよ。そろそろ除霊を頼もうかと思案中でね」

「人を何だと思ってるんだ」

「労働法違反ギリギリのところで人をこき使う黒い悪魔。法を知っている分、タチが悪いよね」

「…………いや、すまなかった」

「…………君、本当にクロノか?」

「どういう意味だ」

「いや、君が素直に謝るとかありえないから」

「謝ってばかりのお前が久しく言い返してきた点に驚いただけだ。お前こそ本当にフェレットもどきか?」

「フェレットもどきではないね。正真正銘、ユーノ・スクライア本人だよ、えげつないSっ気疑惑のある執務官」

「変な疑惑をかけるな。名誉棄損で訴えるぞ」

「残念、なのはという証言者ありだよ。なにあのCIWSとかいう厄介なプログラムに絨毯爆撃みたいな〝スティンガースナイプ〟? 性格の悪さが滲み出てるね。執務官試験の適性検査を厳しくすべきじゃないかな?」

「くっ……それを言うならお前こそ女泣かせだろうに。不埒な」

「そっちこそ人聞きの悪いことを言わないでほしいな」

「証拠はある。人の義妹に何をした、この野郎?」

「うぐ……」

 

 許可をもらうことなく対面に腰掛けるユーノと言い合うクロノ。馬鹿2人の、いつもの応酬。ある意味、恒例ではある。しかしここ最近はなかっただけに、ちょっとヒートアップしそうになりつつあって。ただ、ほどよく疲労が溜まっていたのが幸いしたか。疲れさせるなとばかりに2人は大きな大きな溜息をついて肩を竦めた。

 

「で、今日は帰りか?」

「うん。その前にこれだけ届けようと思って」

 

 バックから出さずに入れておいた報告書を取り出すユーノ。それを待っていたとは言え、見た瞬間はさすがにクロノも嫌そうな顔をする。

 

「……相変わらず多いな」

「文句言わないでよ。これでもまとめたんだから」

 

 両手で取り出したものの、その重さにやや乱雑に机の上に置いてしまうほどの分量。ピンなどで留められる厚さではないので、茶封筒にそれぞれ入れた束3つに、クロノの顔が辟易したように歪む。

 だいたいにしてこっちのセリフだと言いたいユーノである。依頼する量が多いのだから結果も自ずとそうなるのだ。自業自得だと付け加えておきたい。

 

「電子や魔力媒体で扱えないのがつらいところだな」

「デジタル化なんてまだまだ先の話だよ」

 

 そもそも依頼への対応で手いっぱいで、整理業務なんてできやしない。未整理区画や未知の領域への探索もロクにできないというのに、デジタルデータベース化など夢のまた夢だ。

 

「それに、デジタル化できたとしても、基本的には紙媒体で扱うべきだね」

「紙だろうと拡散するときはするぞ?」

「電子や魔力媒体による拡散よりかははるかにマシだよ」

 

 情報の拡散を止めるのは難しい。次元世界でも情報戦は激しく、クラッキングなどどこでも行われている。時空管理局も情報防衛体制にはきっちりと予算を組んで対処しているが、それでも漏れるときは漏れる。

 無限書庫は禁書や機密情報の塊でもある。今は物置なんて言われているからまるで注目されていないが、もしこれらの情報がふんだんにあると知れれば、善悪を問わず多くの意思が干渉してくることとなろう。ユーノが独自に結界を何重にも張っているのはそのためだ。

 

「はやてから人員の件は聞いている……すまない」

「もういいよ。時期尚早……そういう見解で一致したでしょ」

 

 増員した司書がすべていなくなったことについて謝るクロノに、ユーノはもう終わったことだと頭を振る。

 

「それはそうなんだがな、だからと言って諦めるわけにはいかないだろう? 今日も唐突に理事官に会う機会を得てな」

「フェイトとはやてから聞いてるよ。ベルカ自治政府の枢密院顧問でしょ? 聖王教会にもパイプがあるらしいね」

 

 聖王教会は聖王やその血族、騎士たちを信仰の対象とする。彼らを偉大なる存在として崇めているものの、神格化しているわけではない。そのため、教会の最高位は信仰の対象たる『聖王』なのであり、伝わっている彼らの言動こそが経典であり教えそのもの。ゆえにキリスト教における最高位たる『教皇』や『法王』のような位階はない。代わりに、各世界の司教や司祭から選出された『枢機卿』たちによる合議制により聖王教会は運営されている。

 あくまで宗教組織なので、直接的にベルカの統治はしていない。ベルカ自治領の統治はベルカ自治政府の役目。自治政府には代表と閣僚が選出されている。ただし、自治政府の諮問機関として『枢密院』が存在し、枢密院を構成する顧問に聖王教会関係者が複数参加しているため、実質的に聖王教会の意向は強く反映される。

 そしてその顧問の1人が、時空管理局の理事官を務めていた。時空管理局の部署や部隊への直接の指揮命令権は持たないが、運営に少なからざる影響力を持つことができる。この席の1つが、代々ベルカ関係者のために用意されているのだ。

 

「あれこれと無限書庫の立て直しに難癖をつけてきたよね、あの人……」

「ああ……聖王教会の意向もあるだろうが、あからさますぎたからな。元々強引な手法を取ることで有名だった人物だ」

 

 2人して辟易した表情を浮かべる。クロノがはやてに話した聖王教会の妨害というのは、その多くがこの理事官によるものとあってはそんな顔にもなるだろう。

 聖遺物盗難事件という前代未聞の身内の不祥事で信用を失い、そのゴタゴタでベルカの負の遺産たる闇の書事件には関与さえできずに立場を失い、カートリッジシステムや融合デバイスという技術的・軍事的優位性を失い、無限書庫の存在によって情報的優位性までも失いつつあって。そんな聖王教会が妨害工作に出ることは、まあ致し方ないことだと、納得はできないが理解はしよう。

 しかしそれにしても、この人物は厄介だった。

 老獪というより、剛腕で事を運ぶタイプ。威厳だけは無駄に持っているのでタチが悪い。クロノもユーノも理屈が通じない相手を数多く経験してきたが、その中でもトップであることは間違いないだろう。皮肉なことだが、2人してこの人物に苦労させられた結果、難儀な相手のあしらい方といった『処世術』を鍛えられ、裏での動き方や人の使い方、こじつけや三段論法などの強引さから、嘘をつかずに人を騙すなどの『権謀術数』を経験させられた。その点だけは感謝してやるのも吝かではないというところ。

 

「この度、めでたく任期をお迎えあそばれた次第でな」

「へえ、それは本当におめでたいね。任期延長だとか2期目続投だとかってことは残念ながらないんだよね?」

「ああ、まったくを以って残念極まりないことこの上ない限りであるがな」

「うん、君の残念ぶりが無駄に長い言い回しからもよくわかるよ。心からの労いを伝えてくれたんだろうね?」

「当然だ。翠屋の菓子折り持ってしっかりとな。お前の分も伝えておいたが構わないだろう?」

「それは重畳。実によくやってくれたよ、クロノ」

「返礼代わりに最後まで嫌味ったらしい説教をいただいたが、あまりのめでたさにすべてスルーしてしまった」

「ダメだよ、嫌味だなんて言っちゃ。目上の方の含蓄ある言葉をスルーしちゃうんだから、せめて嘘でもありがたい説教って言わないとさ」

「うむ。真面目に反省しよう」

「気持ち悪いけど、反省することはいいことだよ」

「一言余計だ、フェレットもどき。はっはっは!」

「フェレットもどきって言うな。あっはっは!」

 

 今のクロノとユーノを見たら、なのはもフェイトもはやても揃って引くこと間違いなしだろう。それくらい、彼らのさわやかな笑みからは、表情とは真逆の腹黒さが滲み出ていた。

 ひとしきり笑うと、ユーノは続けてクロノに問う。まさかそんな説教という名の嫌味を言うためにその理事官はクロノを呼んだのかと。それもあるのだろうけれど、もちろんそれだけではない。

 

「次の理事官がすでに内定していてな。カリム・グラシア女史だ」

「グラシア? グラシアって言うと、あのグラシア?」

「その通り。現枢機卿たるグラシア卿の1人娘さ」

 

 自治政府や聖王教会など、ベルカに関係する場所ではいくつか有名な家がある。ベルカには爵位制度を持っていたところもあり、グラシアは公爵の家系に当たる。他にもアコース侯爵家も名が知られている。

 グラシア家は聖王教会の枢機卿を幾度も輩出しており、その家系には聖王教会の崇拝対象として認定された者もいる、まさにベルカの筆頭とも言うべき家系である。現在の当主は枢機卿を長く務めている人物だ。カリムはグラシア卿の実子であり、聖王教会騎士団にも籍を置いていた。

 

「会ったの?」

「いや、音声だけの通信だ。理事官に会った後、こちらに直々の連絡があった」

「なんでクロノに?」

「それは僕も思った。たかが1人の執務官に、次期理事官でグラシアのご令嬢がいったい何の用なのかとな」

「……やっぱり、はやてと無限書庫?」

「ああ。ユーノ、覚悟しておけ。彼女は……ある意味、彼より厄介かもしれないぞ?」

 

 クロノはソファーにもたれながら、腕組みをしながら鋭い視線をユーノに向けた。

 本来、理事官という時空管理局上層部の人間が、交代するからといっても一介の執務官に直接挨拶をすることなどない。

 偏に、クロノとユーノが無限書庫を立て直しているからに他ならない。加えて、クロノについては夜天の主たるはやてを部下にして庇っていることもあるだろう。聖王教会は幾度もはやてを勧誘しているからだ。時空管理局でははやての肩身が狭いし、ベルカの技術であり遺産である夜天の魔導書はできれば手元に置きたい。そういう意図があるのは明白だ。クロノはその勧誘を断つことはできないが、行き過ぎたものにならないように牽制している。

 

「はやてには手を出さないと確約をもらい、無限書庫の立て直しについては協力を申し出てきた」

「なるほど。懐柔策か」

 

 クロノの視線の意図するところを読み取り、ユーノは顎に手をやりながら少し考える。

 今の理事官は強引な手法であからさまに無限書庫の立て直しを妨害してきた。確かにクロノもユーノもその妨害に心身ともに疲れ切ったが、耐え抜いた。そこにカリムは協力すると言ってきたのである。疲れ切った身には、その言葉は救いにも似て、クロノもユーノも一瞬心が傾いたのは否定できない。が、生憎とクロノもユーノもすっかり警戒心ができている。その言葉を本気で受け取りはしない。

 

「まさかグラシア卿のご令嬢がその程度で僕らを懐柔できたとは思っていないだろうがな」

「どうするの? 素直に受け入れる? それとも拒否?」

「今後の態度次第だな」

「はっきりしないなあ」

「そう言うな。お前だってわかってるだろう?」

 

 渋い顔をするクロノに、ユーノも肩を竦める。

 全面的に受け入れるようなことはまだできない。そこまで信用できない。

 かと言って、拒否もできない。ここで拒否をして再び無限書庫の立て直しに妨害をされたら、何も前に進まなくなる。

 今の理事官はその強引な手法から時空管理局側には人望が薄く、彼のやり方に賛同する者は少なかった。それどころか一部では反感さえ買っている。特に問題がなければ理事官は任期を延長して2期目3期目の在籍も可能。それをわずか1期で交代するのだから、聖王教会やベルカ自治政府としても、おそらくは彼を適当ではないと判断したのではないか。そんな彼は幾度もクロノやユーノをその権力で抑え込もうとしたが、他の理事官を始めとした時空管理局上層部が賛同しなかった。

 ところが今度の相手は聖王教会の枢機卿の娘。その協力の申し出を無碍に断れば、時空管理局と聖王教会の関係に波紋を起こしかねない。時空管理局上層部としても、カリムのやり方が今の理事官のように強引でなく、理知的で合理的であるのなら、クロノとユーノが反発していると2人の方が悪く見えてくる恐れもある。そうして上層部を味方につけることができれば、カリムが本気でクロノとユーノを追い落とそうとした場合、一介の執務官と司書でしかない2人は軽く飛ばされてしまうだろう。

 だから厄介なのだ。強引に来られるのもきついが、耐えることはできるのに、今度の相手はアメとムチを使いこなすかもしれないし、その立場も無視できない。微妙なバランスを保って互いの腹を読み合うことになるだろう。心労が溜まることこの上ない。

 

「ただ、悪い話と一概にも言い切れないよね」

「わかるか?」

「それはさすがにわかるよ。本当に聖王教会の力添えが得られれば、無限書庫の立て直しは本格的に前進できるだろうからね。地上本部と聖王教会の関係は悪いけど、本局は聖王教会と友好を維持しているし。表向きだろうとさ」

「彼女の立場もその場合は大きな意味を持つしな。枢機卿の娘だ。彼女の協力が得られれば、聖王教会の上層部とのパイプができるということでもある」

「まあ、管理局外の組織である聖王教会だけを後ろ盾にすると、無限書庫と聖王教会の癒着だの何だのと言われることは間違いないだろうから、そこは気をつけないといけないけどね」

「そうだな。後になって協力した見返りを寄越せだのと言ってきても困る。無限書庫の後ろ盾はあくまで時空管理局。聖王教会はあくまで外部の協力機関という形に持っていくべきだろう。時空管理局内にもっと無限書庫を支援してくれるところを増やす。これが先決だ」

 

 根回しが必要。カリムの情報が少ないから収集の要あり。一度直に会って真意を計るべき。

 今の理事官とのやり取りで、不本意ながら身に付いた政治的な手法や裏の思惑の読み合いなどなど、クロノとユーノは今後の無限書庫再編計画を練り直す。 

 

「小さなことだが、事務方の総務部や人事部では無限書庫の評価が上がっている。やはり後方には理解を得られやすいな」

「それは何より。僕の方は、微々たるものではあるけど、多少整理も進めたよ。それで思ったんだけど……クロノ、今のうちに無限書庫の警戒態勢を強化した方がいい」

「また何か見つかったか?」

「うん。その資料の1つ――これを見てほしい」

 

 机に広げられた束の1つを示すと、クロノは身を乗り出した。ユーノがめくっていくと、だんだんとクロノの顔が険しくなってくる。

 

「……質量兵器の設計図か」

「正解。たぶん、なのはの世界にかなり近い技術を持つ世界のものだね。ちなみにこれはMIRV。多弾頭搭載型の大陸間弾道弾だよ。弾頭に核を使うことを想定してるから、これ1発で国が1つ消えると言っても過言じゃない」

「これにあとは次元間を渡る技術を導入すれば、大陸どころか次元を超えて他世界へ攻撃が可能というわけだ」

「こんなものが旧暦の時代は飛び交ってたなんて思うとぞっとするね」

「まったくだ。司書に等級を付けて、機密情報は司書と言えども閲覧を制限させるべきだな。司書以外の閲覧は原則として禁止だ。そうなると資格制度の整備も考案すべきか……」

「まあ、まずは整理を進めて機密情報とそうでないものを分けないとね。区画整備で立ち入り禁止区域も設けるのがいいかな」

 

 以前は禁書指定とすべき魔導書が見つかっていた。さすがは『探せば見つからない物はない』と言われる無限書庫であると今更ながらに改めて納得させられる。感心ばかりもしていられないことではあるが。

 ユーノが独自に警戒の結界をいくつも張っているのはこのためでもある。残念ながら、それら結界もあくまで警戒だけで、侵入された場合に何かしらトラップが発動するというわけではない。クロノとユーノ、そして司書たちに警報が届くというだけだ。現在の無限書庫は基本的に誰でも入っていけるので、そんなトラップを張れば捕まるのはユーノになる。

 

 

 

 そして1回だけではあるが、その警戒の結界が警報を知らせたことがあるのだ。

 

 

 

「わかったことは?」

「残念ながら。特に盗られたものはない。でも何かを閲覧した可能性はあるね」

「そうか。こちらも捜査はしているが、監視カメラに映った不審者はなし。はやてにも協力してもらって広域捜査を行ったが、魔力的な反応もなかった」

「不思議なことなんだけど、侵入したのは間違いないのに、出ていく反応がなかった。この件については……ごめん。何もわかってない」

 

 深夜。すでに誰も無限書庫に残っていない時間だった。その日は久しくユーノも仕事を早めに切り上げていた。

 警報に驚いて駆けつけてみたが、特に無限書庫に異変らしい異変はなく、一見して侵入された形跡もない。だが確実に結界は反応していたし、結界は異常を知らせ続けていた。

 唯一現時点で判明していることは、警戒の結界が送ってきた侵入者のイメージ。

 

「あの黒い影。動物のように見えたね」

「犬、だろうな」

 

 1匹の黒い犬。イメージを思い出し、2人は頷き合う。

 

「出て行った形跡がないというのが不気味だな」

「無限書庫内に隠れているかもしれないから入念に索敵したんだけど、何の反応もないんだ」

「お前の反則的な索敵魔法にも引っかからないとなると、本当に何もないということか……」

 

 反則的ってどういうことさと、やや不満そうにするユーノだが、クロノは事実だろうとだけ返して視線を無視する。

 本局は広大で、ここで寝泊まりをしている職員は非常に多い。だから居住区があり、そこでだけは動物を飼うことが許されている。無限書庫のある区画はもちろんその対象外。動物がいていい場所ではない。

 とすると、何者かが変身魔法で化けてでもいるか、それとも魔力的な存在、つまり使い魔や召喚獣の類。

 

「お前の指摘はもっともだ。この資料を情報部長に提出して警備の強化を促す」

「お願いするよ。いちおう、警戒の結界は術式を組み直して強化してはいるけど、こういうのはイタチごっこだからね。許可さえ下りれば、結界に警告機能や捕縛機能を組み込むよ」

「プログラムはお前に任せる。法的な問題と情報部長との折衝は僕が引き受けた」

 

 互いの役割を明確にしたクロノに頷きを返し、ユーノはソファーに身を任せながら1つ間を置く。

 

「それで、話は変わるけど、はやてからもうなのはの話は聞いた?」

「ん? ああ。グラシア女史との通信の後にはやてからも通信が来てな」

「疲れているわりに無駄に言い合いできる元気があると思えば、そういうことか」

「その言葉、そっくりそのまま返してやろう、フェレットもどき」

 

 話を聞くと、そばにフェイトと、そしてなのはもいたらしい。ユーノの推測だが、おそらく無限書庫を出てからすぐにクロノに連絡を入れたのだろう。

 だとすれば、クロノが元気な理由はユーノが元気なそれと同じはず。

 

「何があった?」

「恭也さんに連絡を入れて、なのはと話をしてもらった」

「なるほど。納得した」

 

 たったそれだけのやり取りだけでわかってしまうあたり、そしてグッジョブだと言わんばかりに頷くところからも、クロノの恭也への信頼はやはり相当なのだろう。

 

「いきなり謝られたものだからな。何が何だかといったところさ」

 

 あの模擬戦の後、クロノはなのはに詰め寄られた。戦術や魔力運用を教えて欲しいと。だがクロノは今のなのはにあれこれと詰め込みすぎても効果は薄いと思ったことと、今のなのはに何より必要なのは休息であるとして教えなかった。別に教える気がないわけでは毛頭ないが、今はただ心配だっただけ。けれどなのははそうは受け取らず、怒ってしまった。そのことをなのはは謝ったのだ。これまで心配させていたことも含めて。不思議ではあったが、気にしないでほしいと伝え、また今度戦術や魔力運用を教えるし、模擬戦にも付き合うからと言うと、なのはは満面の笑みで御礼をしたのだ。

 

「あれは反則だ」

「あ~、わかるよ、それ」

 

 クロノが肩を竦めると、ユーノも困ったような顔で頷いた。

 なのはのトレードマークとも言える笑顔。あれを見せられたら、それだけで安堵してしまう。

 

「お前の所で少し休んだと言っていたが」

「3時間ほど寝ていてもらったんだ。その後、フェイトとはやてと一緒に、はやてが作って来てくれたお弁当を食べながら話をしていたよ」

 

 それは何より。そう零しつつクロノはソファーの背に両腕を乗せて、らしくもなく尊大にも映る態度で天井を振り仰いだ。そんなことができるほど体格はよくなかったのに、この2年の間にクロノは一気に大きくなっている。まだまだ背は伸び、体も大きくなるだろう。それが悔しくも羨ましいユーノである。

 

 

 

「だが、これで問題解決とは思っていないんだろう?」

「まあ、ね」

 

 

 

 息を吐きながら再び体を起こしたクロノは、とりあえず手にしていた報告書の1つを机に置き、コーヒーでも淹れようと立ち上がった。ユーノが「砂糖は1個で充分だからね?」と念押しすると「言われなくてもわかっとるわ」と即答が返る。

 

「なのはがああなった原因はわからないままだからね」

「そうだ」

 

 クロノは中身の入った湯気を上げる2人分のコーヒーカップを机に置いて再び座った。

 原因は不明なまま。それが何よりの問題である。

 恭也と話すことでなのはは落ち着きを取り戻した。それは喜ぶべきこと。だが原因となったものが取り除けたわけではない以上、これは気休めでしかない。

 フェイトとはやてとてそれはわかっているだろう。だからユーノのことを心配しながらも、なのはの見送りについていったのだ。なのはは夜間演習があり、今まさにその演習が行われているはず。翌日が休みだからこそ、こんな時間の演習参加もしぶしぶ士郎たち高町家の面々も許したのだ。ヴィータが同じ演習に参加するという安心材料もあった。

 なぜなのはがあんなに気を張り続けていたのか、恭也は話をしたから知っている。だが恭也の口からは教えてもらえなかった。いずれなのはが話すだろうと。きっと今のなのはなら……とは思うが、気になるものは気になる。

 

「少しの間、管理局から距離を置くべきじゃないかな?」

「……難しいな」

「どうしてさ?」

「なのははすでにエース級だ。局が容易く手放すわけがない」

 

 人手不足は常のこと。

 それは仕方がないこととも言える。魔法至上主義とも揶揄されるが、それは決して時空管理局にとって恩恵ばかりではない。魔法の資質というのは基本的に先天的なもので、生まれながらに才能があるかないかが物を言う。後から身に付けられるのは技術だけで、魔力量の総量が増えることや、魔力変換資質が身に付くことはない。

 魔導師は後天的には増やせないのだ。だからこそ限られる。優秀な才能であればさらに。

 

「クロノの指揮下には置いておけないの?」

「なのはもフェイトもはやても、すでに正式な局員だ。P・T事件や闇の書事件では嘱託だったから手元に置いておけただけに過ぎない。過度な戦力の一極集中を避けるのが通例だからな。すでに僕の下にはフェイトとはやてがいて、片方だけでも文句を言われることがあるというのに、この上なのはまで手元に置くことは局が許さないさ」

「まあ、クロノ自身がAAAランクだしね」

「それに……しつこいが僕は階級が一尉相当でしかない執務官だ。将官クラスならまだしも、尉官クラスにそんな強大な戦力を常時持たせることはない」

 

 部隊や部署ごとにランク保有制限というものがあり、これに引っかかる場合は高ランク魔導師の異動を行うか、制限に引っかからない程度にリミッターで抑制する。リミッターは解除の手続が面倒なこともあり、基本的には異動だ。

 軍隊・警察・裁判所。それらの職域を跨いで職務を遂行することが可能な執務官といえども、何でも許されているわけではない。

 

「魔導師の絶対数が少ない。だから取り合いになる。管理局が魔導師をかき集めるのはそのためだ」

「そのわりに管理する世界は増えるし、新たに発見される世界も増える一方。手を広げ過ぎってことだね」

 

 管理外世界の住人さえも魔法の資質があれば管理対象に入り、あわよくば戦力に組み込もうとする。それが今の時空管理局だ。もし本当に管理外世界の住人は関わらせないとするならば、フェイトはともかく、なのはとはやては魔法の使用を禁止して第97管理外世界から出ることがないようにするべきなのだ。まして罪を犯した者でさえも軽い刑に処す程度で、更生と称して抱え込むなんて、普通ならば考えられないことだ。フェイトとはやての場合は情状酌量の余地が大きいから無罪となっているし、ずるい話ではあるが、クロノたちにとってはそれが功を奏して2人を助けられたと言えるけれど。

 そこまでしても人手不足の弊害は深刻で、次元世界の中心とも言えるミッドチルダ首都クラナガンでさえ犯罪検挙率は低く、決して安全とは言えない状態なのだ。

 

「質量兵器を禁じること自体が悪いわけではないけど、武力行使を魔法に限定すれば、戦える人材は魔導師に制限される。戦力を増やすことが難しいから、今ある戦力を使い回すよりほかない。その負担は個々の魔導師にかかるってわけだね」

「そういうことになる。人造魔導師だの戦闘機人だの、そういうものが常に取り沙汰されるのは、何とかして質量兵器に頼らないまま魔導戦力を増やしたいがためだ」

 

 質量兵器を禁じることが正しいと一概には言えないけれど、決して悪い選択肢というわけでもない。

 少なくとも危険な力を1つ抑え込むことに成功しているのだから。もちろんそれを振るう者や密かに違法開発に手を染める者は後を絶たないけれど。

 別に断つのは魔法でも質量兵器でもどちらでもいい。クロノとはやてが以前に話していた通り、どちらを禁じようとも使おうとする者はいるし、許された方の力で時空管理局は戦うことになるだろう。重要なのは、どちらの力を使おうが、それを正しく使うための秩序と、規律ある組織を成立・維持させることだ。

 

「僕はなのはがあんなふうになっていたのは、その辺に事情があるような気がしてな」

「……使い潰そうとしていたってことかい?」

「貴重な戦力をみすみす失うことは管理局としても避けたいだろうが、どんなに言い繕ったところで現在の運用を見ていればそう非難されても反論はできないな」

 

 第97管理外世界で過ごしたためだろうか。クロノもユーノも、子供を平気で戦場に送り出して戦わせるということに対して忌避感を抱くことが増えた。それが当たり前の日常で成長してきたけれど、第97管理外世界で過ごしたために、自分たちの日常が『正常』とは思えなくなってきたのだ。

 それに、クロノやユーノは『普通』とは違う。いくら次元世界、管理世界と言えども、子供が重要な地位について働いているということは決して普通ではない。基本的には学校に通っているものだ。文明というものが発展すると、教育というのは行われるもので、学校という場所が無くても、子供はどこかしらで学ぶ機会を得る。

 クロノもユーノもそうだが、普通ではない少年少女たちは、魔導師であることが多い。それも優秀な。

 

「それになのはは、求められれば応える子だ」

 

 目の前に困っている人がいて、自分に助ける力があるのならば、迷わず助ける。

 それが、高町なのはという女の子。

 助けを求められれば、そしてその者自身が助けを求めていなくても実は必要としている者がいれば、なのはは率先して手を差し伸べる。前者はユーノであり、後者はフェイトが当てはまる。助けを求めたユーノを助け、自分を追い込みながら無理をしていたフェイトを助けた。

 だとすれば。

 人を助けることを標榜する組織が求め、そして現場に出れば実際に大勢の助けを求める人がいて、まだまだ手の届かないところにはもっと大勢の助けを求める人々がいることが想像できてしまうのならば。

 

 

 

 なのはは、応えるために、無理を通すのではないか。

 

 

 

「だとしたら皮肉なものだね。管理局こそがなのはを追い込んだってことになる」

「なのはだけじゃない。フェイトにしてもはやてにしてもそうだ」

 

 フェイトとはやては罪の意識がある。時空管理局が求めなくても自ら罪を償うために動くだけに厄介だ。時空管理局としてはこれ以上なく都合がいい。

 フェイトはなのは同様にたった3ヶ月の即席のようなコースで士官学校を卒業した。そもそもこの即席のようなコースは、教官などの現場の者からは問題視されている。その士官学校の学長であるファーン・コラード三佐もその1人だ。

 

「はやては言わずもがなだ。わかるだろう?」

「もちろん。局内ではやてが気を許せるところは、ここか無限書庫だけだろうね」

 

 はやては夜天の書の主。ヴォルケンリッターを従える夜天の王。

 それゆえに、歴代の主たちが為した行為の責任や、闇の書の暴走によって出た被害者やその家族たちからの非難を背負わなくてはならない。いや、背負う必要が無かろうとはやては背負っただろう。

 そしてはやての事情を知るものが極端に少ないことも原因の一端だ。はやてが自ら夜天の王になることを選んだのは事実だが、闇の書は勝手にはやての下に来たのであり、はやては自らの命が惜しくて魔力蒐集をシグナムたちに命じたわけではない。だがそれを知らない者が多すぎる。知っているのは関わったクロノやユーノ、なのはやフェイトなど身内くらいだ。グレアムがその後いなくなったことについても、グレアムを慕っていた者を中心にはやてのせいだと言う者さえいる。

 

「それでも僕は弱音らしい弱音を聞いたことがない」

「はやてはある意味、なのはやフェイトよりも現実的だからね。言っていても仕方がないって割り切ってしまうんじゃないかな」

 

 はやては闇の書が自分の下に来るまで、たった1人で生きてきたのだ。弱音を吐くにしてもその相手がいない。だから弱音など吐いていても何の意味もないと思っている可能性は高い。

 現実とは、受け入れるものではなく、唐突に突きつけられるもの。そんな言葉を聞いたことがあるよとユーノが言うと、クロノもその言葉の重さを痛感するように頭を下げて俯いた。

 

「加えて、はやてはシグナムやヴィータ、シャマルにザフィーラ、彼ら守護騎士を従える王という立場だ」

「つまり、『自分は彼らを守るべき立場にある』という意識が、誰かに助けを求めることを良しとしないと」

「そうだ」

「だとすると、クロノには余計言わないだろうね」

「……そこまで頼りないか、僕は?」

「そうじゃないよ。クロノは現在進行形ではやてを庇っているわけでしょ? そんなクロノにこれ以上負担をかけたくないって考えてもおかしくないんじゃないかなってこと」

「そんな思いをさせるためにしてるんじゃないんだぞ……お前にも言わないのか、はやては?」

「残念ながらね。たぶん、融合デバイスや新たな管制人格の件で情報を探したり、マリーさんとプログラム構築をしたりしているから、かな」

「自分の問題は内に抱え込んで、そのくせ管理局を変えるため尽力するか……嫌われてでもやる覚悟があるとは言え、生き急ぎ過ぎだろう」

「僕たちが言えることじゃない気もするけどね」

 

 まったくだとガシガシと頭をかくクロノ。

 それを見て、ユーノはクロノとなのはの模擬戦の映像を見たときに感じたことを思い出す。あのとき、クロノは明らかに怒っていた。その理由が何となくわかった気がしたのだ。

 あの怒りを捉えたとき、その怒りがなのは以外に向いていると感じた。それがいったい何なのかわからなかったが、今のクロノとの会話の中でふと気づけたのだ。

 時空管理局。その体質。そして現在の風潮。なのはやフェイト、はやてに向けられる悪意。さらに無限書庫のこともあるだろう。それはユーノのためということでもある。

 クロノが苛立っていたのは、なのはにでもフェイトにでもはやてにでもユーノにでもなく、皆を苦しめている根本的な原因であるものに対してではないかと。なのに、なのはもフェイトもはやても、そしてユーノも、ただ自分を追い込む。それをクロノは見ていられなかったのではないか。

 

「この際だから言うが、フェイトが執務官試験を受けることについても、資格要件が緩和されたことに僕は納得していない」

 

 執務官試験を受ける前提条件の1つである、実務経験。『法務官としての実務を2年以上』、『捜査官としての実務を3年以上』、『指揮官としての実務を4年以上』、『魔導師としての実務を5年以上』。これらのうち1つ以上を満たすこと。

 フェイトは最後の『魔導師としての実務を5年以上』という条件を2年に緩和してもらっている。だからこそ今度の執務官試験を受験できることになった。

 

「僕としては、どの資格でもいいから、条件を満たすまでじっくり時間をかけてほしかったんだ」

「もしかして、フェイトと何かあったのはそれが関係してる?」

「無関係……とは言えないな。フェイトから聞いたのか?」

「いや、フェイトは言葉を濁してたよ。けど、やっぱりそうなんだね」

 

 法務官は法曹資格保有者なので、法曹資格の勉強が必要だ。取ろうとすればそれだけでそれなりの勉強時間がいるだろう。そして取得したとしてもそれから2年は実務が必要。

 他の資格にしても同様だ。法曹資格ほど難易度は高くないが、捜査官も指揮官も試験があるし、その試験を通過できてもそれから3年ないし4年の実務をこなす必要がある。結局のところ、どの資格を狙おうとも、最終的には、どの試験を受けなくても済む『魔導師としての実務経験5年』という条件とだいたい同じ期間になるのだ。

 そのくらいの時間的余裕があれば、フェイトは少なくとも中学生くらいまではじっくりと時間を重ねていける。その間も任務に駆り出されることはあろうが、クロノを見ていればわかるように過密スケジュールの執務官よりかははるかにマシだ。友達との大事な時間を過ごせる。それはフェイトの中に未だ燻る精神的な問題を癒すことにも繋がるし、一種の猶予期間にもなるだろう。

 そんなクロノの目論見は外れ、フェイトはもう次の執務官試験を受ける。時間がない。だからこそ、フェイトにあんな厳しいことを言わねばならない羽目になった。

 

「フェイトの『依存』は、戦場だろうが別の場所だろうが、必ず問題になる。時には自分の考え、自分の生き方を押し通す強さも必要だ。そうでなくては、すぐに揺らいでしまう」

「……僕が言えたことではないけど、確かに危険だね」

 

 ユーノは勇吾に指摘されたときのことを思い出す。あのとき、思考が完全に止まってしまった。もしあれが戦いの場であったとしたら、致命的な隙になっただろう。

 フェイトと話していた時に感じていた嫉妬などもそうだ。冷静さを損なっていた。魔力で強引に押すという力押しの戦法はユーノには取れない。頭をフル回転させ、戦略を練って戦術を組み立て、魔法を理論的に構築して戦うタイプ。冷静さを損なうことは敗北に直結する。

 ユーノはまだ後方だ。だが最前線で、それも前衛として戦うであろうフェイトの危険性はユーノの比ではない。

 

「…………」

「ん? なに、クロノ?」

 

 ユーノが思考の海から戻ってくると、そこには眉間に皺を寄せて不可解なものを見る目でユーノを凝視しているクロノ。

 

「……突然得た面会の機会といい、なのはといい、お前といい。今日はいったい何だ? 揃って僕を振り回す日なのか?」

「そんなわけないだろ。そこまで暇じゃないよ」

 

 何を言い出すのかとユーノは憮然として答えた。だがクロノからすれば聞かないわけにもいかない。

 ユーノが自ら『依存』を認めたようなものなのだ、先ほどの発言は。前々から察してはいたが、ユーノはクロノに反抗しながらも、そこは決して明かさなかったのだから。不可解に思うのも当然であろう。

 執務官として鍛えられた、相手の思考を読んでやるとばかりの強い視線に、ユーノはしばらくの間は流していたが、無言の威圧に首をカクンと下げて投降した。

 

「……なのはにフェイト、はやてどころか、クロノにまで気付かれるなんてね。そこまで僕ってわかりやすいのかな?」

「何の話だ? さあ、何があったのかさっさと吐け、フェレットもどき」

「偉そうだな!」

 

 いつもの応酬が始まりかけるも、もはやそれさえも面倒と言わんが如く、ユーノはぶすっとしたままコーヒーを一口啜り、カップを置いて。

 

「恭也さんと勇吾さんと話した。それだけだよ」

「……そうか」

 

 またそれだけで納得してしまうクロノ。それがなんだかすべてを理解されたようで居心地が悪いユーノである。

 とは言え、ユーノも何か文句が言えるわけでもない。あの2人には、そうさせるだけの何かがある。

 腕組みしながらジロッと睨みつけるクロノは、詳しく話せと言いたいのだろうが、これ以上はユーノもまだ話す気はない。はやてにもフェイトにもなのはにも喋っていないのだ。だからこれ以上はまだ話さないからねと念を押し、手元の机に広げられた報告書へとクロノの意識を視線で誘導する。

 

「頼まれていた1つ目のやつがこれね」

「助かる」

 

 残る2つの報告書のうち、薄い方を机の真ん中に持ってきて、残る1つと質量兵器の設計図を記していた先ほどの報告書は一旦横へ。

 

――『第97管理外世界についての第3次中間報告』

 

 もう3次になるのかと思いつつ、クロノは報告書をめくっていく。

 

「資料が少なくてあまりよくわかっていないというのが実情だよ」

「第97管理外世界の資料は無限書庫にもないのか?」

「正確に言えば、現状では少ない、かな。整理できている区画なんて無限書庫の広大さからすればほんの僅か。爪の先程度ってトコじゃないかな。だから未整理区画や未知の領域にある可能性が高いね」

 

 第97管理外世界の地球は、文献も遺跡も何千年も昔のものが残っている。保存状態も概ね良好ときている。発掘家にすればたまらない世界だ。現在の次元世界は僅か数百年前のベルカ戦乱時代さえも『古代』などと呼称する。戦乱と続く大規模次元災害によって失われた技術や情報は多く、文献や遺跡も損傷していたり、最悪消滅していたりなんてこともザラだ。だから地球の遺跡や文献の保存状況には感動さえ覚える。クロノもすごいとは思うものの、感心するほどなのかと首を傾げるのだが、ユーノには堪らないらしい。スクライアはどこまで言ってもスクライアなのか。

 

「そっちの調査の方はどうなのさ?」

「定期的に計測しているが、やはり魔力の分布状況や密度の動きに異常なものがある。まあ、専門家からすれば闇の書の暴走という早々例のない大事件があったから、一般の例が通用しないことを考慮するとまだ何とも言えないとのことだが」

 

 クロノは空間モニターを表示させ、ユーノも開いたそれに情報を転送する。

 映っているのは地球の魔力の大気中における分布状況や密度の変遷。地球の状態を示す線や棒のそばに、平均や一般的な値を示すものが色違いで比較対象として表示されている。

 現在の地球の状態は、平均や一般例からは確かにズレが大きい。それもかなり不定期に入れ替わりや増減を繰り返しており、これまで同じような魔力事故や事件があった場合のケースと比較しても、どのパターンにも当てはまらない。

 事故や事件があった場合、主に観測隊によって事後の状態が安定するまで監視させているのだが、状態が安定しないという報告を受けたことでクロノも関与するようになった。何しろその世界で過ごしているのだから、何らかの悪影響を被る恐れがある以上、放置するわけにはいかない。

 それにもう1つ、闇の書事件の時から気になることもあったから。

 

「とりあえず僕の方でわかったのは、報告書にある通り、あの世界には独自の魔法文化はないってこと。魔力密度も一般よりむしろ低め。僕もあの世界では回復に時間がかかったしね」

「むう……ん? おい、フェレットもどき。この但し書きに書かれたHGSというのは何だ?」

「ああ、それ? 僕もまだよくわかっていないんだ。遺伝子障害ってことになってるみたいだけど、現地でもよくわかっていないらしくてね。魔法みたいなことができたり、羽が生えるような見た目の変化があったりするらしいよ」

「羽……」

「リンディさんがあの時見せてくれたような感じみたいなんだってさ」

 

 クロノがまさに思い浮かべていたものを、まるで心を読んだかのように言うユーノ。

 事実かどうかは不明だが、その見た目のために天使だの悪魔だのという噂もあれば、転移したなんて話もある。ただそれが事実であったとしても魔法なのかどうかまでは不明だ。魔力が遺伝子に影響を与えるかどうかというと、リンカーコアの状態によって影響を与えることもあるようなので、可能性としては挙げられるだろう。

 

 

 

「アリサとすずかがそうだと?」

 

 

 

 そう、気になることのもう1つというのが、アリサとすずかだ。なぜ闇の書事件の折、2人は結界内で動いていられたのか。結界の綻びなんて結論付けられているが、どうしてあの2人なのかが気になった。もちろん、偶々でしかないかもしれないけれど。

 

「違うと思うけどね。HGSは世界でも年に数人程度の発症らしいし。確率的に言うならどちらかってトコかな。2人ともそうだなんて確率はかなり低いと思うよ?」

 

 魔力の件は観測隊も動いていることだから調査はできるが、アリサとすずかの件については時空管理局ももうノータッチだ。勝手にクロノとユーノが調べているだけなので、まさか2人に調べさせてくれとは言えない。

 

「アリサとすずかは保護した際に身体検査もしているからデータが残っているんだが」

「クロノ、まさか2人のデータを見たとか言うんじゃないだろうね?」

「見ていない! 変な疑いを持つな! エイミィに見てもらったんだ!」

「わかってるよ。冗談だから」

「冗談にしてもタチが悪いぞ……」

「フェレットもどきって言われ続けてるお返しとでも思ったら?」

 

 さすがに子供とは言え、女性の身体のデータだ。クロノもユーノも見る気はない。

 ただエイミィから伝え聞いたところによれば、アリサはともかく、すずかはちょっと気になる数値だったらしい。何か異常があるというわけではないらしいのだが、普通の人体に比べて一部の数値が妙におかしいらしい。まあ、ちょっとした先天性の疾患があるのかもしれないし、持病ということも考えられる。変な勘繰りは入れないに越したことはない。そんなことをすれば翌日にはなのは・フェイト・はやてから視線の針のムシロになることは避けられまい。

 これについては優先度が現状最も低いので、クロノは憮然としながら次の報告書へと手を伸ばす。

 

――『違法開発研究の実態と捜査状況』

 

 表紙にそう記載された報告書をめくって目次。ここまでしなくてもよく、クロノとしては資料をドンとくれるだけでもよかった。無限書庫の資料は探すだけでも大変なのだ。資料があるだけでも助かる。そこをユーノは律儀にわかりやすく報告書としてまとめてくれるので、クロノも口にはしないが非常に助かっている。

 目次の一番上には概要があり、そして次からは早速具体的な1つ1つの違法開発研究が並ぶ。そしてその筆頭には『人造魔導師』『戦闘機人』とあり、次いで『ロストロギア』『リンカーコア移植』『質量兵器』などが続く。さらに違法ではないが、はやてと夜天の書という唯一の融合デバイスの運用データを用いた『融合デバイス量産計画』と『融合デバイスによる非魔導師の魔導師化計画』も付録程度に記載がある。さらに軍需企業が開発を競う、人間と機械を融合させた戦闘機人とは異なり、完全に機械でできた人型の戦闘機械の開発状況。最後に、違法開発研究に該当するかどうかは不明ながら、可能性として『エクリプスウイルス』が挙げられていた。

 

(……さすがだな)

 

 嘆息が漏れる。

 クロノはこれを依頼したとき、戦闘機人や人造魔導師などとは一言も口にしていない。ただ単に、違法開発研究の資料が欲しいと言っただけだ。まして捜査状況まで調べてくれなどとは頼んでもいない。

 数ある違法開発研究。挙げていけばきりがない。その中で、クロノが最も望んでいたものが優先的に記されている。

 こういうところもまた、クロノがユーノを当てにする理由である。口にはしないものの、クロノの心中での称賛を浴びている当のユーノはコーヒーを飲んで「これ、もしかして翠屋のブレンド?」などと聞いてきている。

 

「ああ、そうだ」

「ふうん。僕も今度お願いしてみようかな。でさ、クロノ?」

「なんだ?」

「さっきのフェイトの件。時間をかけてほしいのはこれも理由の1つ?」

「……こんな報告書を作成できている時点で、その質問に意味はないだろう」

 

 当てつけるようにジロリと目だけをユーノに向けて睨みつけるクロノ。何となく恥ずかしいのだ。義妹のためとは言え、最近シスコン気味じゃないかとエイミィにからかわれたから。

 ユーノはその睨みを受けても平然としている。別にクロノをからかうようなことはない。至極真面目な顔をしている。だからクロノも睨むのを止め、報告書から一旦意識を外す。

 

「君は他の人と違って、基本的に調べてほしいことを具体化してまとめてくる。それが今回は具体性に欠けていたからおかしいと思ったんだ」

 

 違法開発研究の何が知りたいのか。どこまで知りたいのか。今回のクロノの依頼には、そんな具体性がない。そして実のところ、クロノが持ち込む依頼にはたまにこういうことがあった。そしてそのどれもが、違法開発研究に関わることだったのだ。

 悪いとは思うが、ユーノが勝手に調べたところ、クロノは別に違法開発研究の摘発に力を入れてきたわけではない。ジャンルを問わずに事案に対処してきた。敢えて言うならば、ロストロギア関連についてはやや比重が高かったというところか。そして違法開発研究を気にし始めたのはおおよそ2年前。その時期と違法開発研究という2つの要素を重ねて考えれば、自ずと答えは見えてくる。

 

「フェイトのことを考えてのことだというのはわかるし、僕もこれについては過保護だなんて言う気はない。執務官になれば嫌でも関わることになるからね」

 

 執務官が携わる事件は多いが、総じてその高い能力から難易度が高い事案が回ってくる。違法開発研究ともなれば時空管理局としては絶対に見逃せないことだ。

 ユーノとしてはクロノの依頼の真意を見抜くのはそう難しいことではなかった。

 

「フェイトの性格を考えれば、むしろ自分から関わろうとする可能性が高い」

「ああ」

 

 フェイト本人が人造魔導師研究に連なるプロジェクトFという記憶転写型クローン技術によって生まれた存在。自らの生い立ちを知ろうとすることも充分考えられるし、自分のような存在を無暗に生み出すことは絶対に見逃せないだろう。

 だがこれはかなりシビアだ。凄惨な事案もあるし、かなりショッキングな事実も多い。仮に人造魔導師を前にして、世界に恨みでも抱いていたら、そんな彼ないし彼女をフェイトが検挙することができるかどうか。俺を捕まえるのか、お前だって嫌われたことがあるんじゃないのか、貴方は助けてくれる友達がいてくれていいよね――そんな言葉を投げかけられて、果たして強く自分を保ったまま対することができるのかどうか。

 仲間がそばにいれば大丈夫かもしれない。闇の書事件のときのように。

 けれど執務官は単独行動を取ることも多い。いつまでもなのはやはやて、クロノにユーノがそばにいられるわけではない。そのとき、たった1人で、フェイトは戦えるのか。

 だから『依存』を解消したい。けれどすぐにはできない。時間が必要だ。だから実務経験の条件は都合が良かった。

 それこそが、クロノの目論見だった。だがその目論見は崩れてしまった。早急に何とかしなければならない。

 

「クロノ、1つ聞くよ。こうも何度も違法開発研究について資料を求めてくるからもしかしてと思ってたけどさ。フェイトが執務官になる前にどうにかしようって考えてない?」

「…………」

「このまま執務官のままでいるのか、提督になるのか、武装隊の幕僚になるのか、それともリンディさんのように後方の上層部入りをするのかどうかは知らないけど、まだ迷ってるなんて言ってるのは、その前にまずこの問題をどうにかするためじゃないの?」

「……鋭すぎるってのも考えものだな」

「クロノ」

「――ああ、降参だ。その通りだ、フェレットもどき」

 

 はやてと話して、自分たちに現場は任せてくれと言われたことがあるクロノ。なのはやフェイト、はやてにヴォルケンリッターたち仲間のことはもちろん信用しているし信頼もしている。目指すのならば次元航行隊の提督かなと、漠然とだが決めてもいる。

 ならばどうしてそうしないのか。現場に拘りたいのはなぜか。

 

「なのはやはやてのことを問題にしていたよね。それについてどうにかしたいなら、クロノ、君はさっさと上に行くべきなんだ。執務官では無理でも、将官クラスである提督になれば、君の下になのはを配属させるのだって無理なことじゃない。なのに現場に拘るのは、喫緊の問題としてフェイトのことがあるからだね?」

「大切な家族であり妹だ。そして僕は義理とは言え兄だ。果たすべき役割というものがある」

 

 なのはやはやてのことは現場レベルでどうにかできることではない。時空管理局の体質や風潮を変えたければ、それを変えることができるだけの権限と影響力を持たざるを得ない。必然的に上層部入りすることが求められるのだ。現場にはなのはもフェイトもはやてもいる。シグナムにヴィータ、シャマルにザフィーラにアルフもいる。彼らを信じ、上へ駆け昇るべきなのだ。

 だがフェイトのことは、上層部でどうにかできることではない。現場に出て捜査せねばならない。今現実にある脅威を排除できるのは現場なのだ。体質や風潮を変えるにはどうしたって時間がかかる。一旦は今ある脅威を排除し、それからじっくり取り掛かる。

 それが、クロノの考えだった。フェイトが執務官になるまでの時間的猶予さえあれば、クロノはその間に上り詰めていくこともできただろう。その目論見が狂ったがための焦りだ。

 とは言え、フェイトを責めるだけ責めてそれで終わりにするのは無責任だ。フェイト任せにしたのと同じなのだから。だからクロノはクロノでできることをしようとした。それが、違法開発研究に歯止めをかけることだった。

 

「君1人でどうにかできる問題だと思ってる?」

「……はやてにも言われたな、それは」

 

 苦笑を浮かべながらクロノは思い出す。

 

――『1人で全部するんは無理やで』

 

 だからこそ、自分たちを頼ってくれと。

 

「もちろん僕も違法開発研究を1人で止められるとは思っていない。その程度のものなら、他の執務官や捜査官を筆頭とした管理局がここまで苦労するはずがないんだからな」

「なら君はどうするつもり?」

「……それもわかっているんじゃないのか?――ユーノ」

 

 『フェレットもどき』ではなく、ようやくここに来て名前を呼ぶクロノ。

 そしてそれだけで、ユーノには充分だった。

 

 

 

「「ジェイル・スカリエッティの逮捕」」

 

 

 

 2人の声が、見事に重なった。クロノは面白くなさそうに失笑し、ユーノもやっぱりかという意味で天井を仰ぐ。

 誰かを、どこかの組織を、1人なり1つなり潰したところで違法開発研究が終わるわけがない。10人を捕らえようが、100ヶ所を潰そうが同じことだ。旧暦よりもはるか昔からそんなことは行われ続けてきたのだから。

 

 

 

 だが。

 

 唯一。

 

 違法開発研究に大きな歯止めをかけられるかもしれない。

 

 そんな例外がいるとしたら。

 

 クロノではなくとも、フェイトも同じようにその男を追うだろう。

 

 ましてその男が、旧暦の時代から存在した記憶転写型クローン技術をプロジェクトFという計画の下、一気に進展させてしまったともなれば。

 

 プロジェクトFの落とし子たるフェイトは、自らの人生を賭けてでも、この因果を断ち切ろうとするだろう。

 

 

 

 ただ天才というだけの犯罪者なら、別にここまでクロノが無理を通す必要はない。そうするだけの理由があった。

 

「昔からよく話題に上がる違法研究者だったけど、改めて調べたのは僕も今回が初めてだった。調べていくたびに驚いたよ……それと同時に薄気味悪く感じたね」

「そうだ。この男はただの違法研究者や犯罪者じゃない。言い知れない脅威を感じるんだ」

「長年執務官として犯罪者に向き合ってきた君が言うんだ。どうやらこの感覚は僕の過剰反応ってわけじゃないみたいだね」

 

 ユーノもスクライア一族として遺跡に向き合ってきて、入る前からその遺跡が持つ危険性や異質なところに敏感になった。それと同じことだ。体験してきたからこそ分かる、第六感。直感。経験則とも言い換えられよう。それが反応しているのだ。この男、ジェイル・スカリエッティに。

 

「年齢不詳。出身地も不明。親兄弟・親類等も不明。わかっているのは、あらゆる分野で画期的な研究成果を披露しているということ。特に……人体と機械の融合を始めとした、生命操作技術においてそれは顕著」

「プロジェクトFの推進者。現在は戦闘機人関連に手を出していると言われる。というより、元々この男のメインは戦闘機人だろうな。人造魔導師の研究は戦闘機人の素体となる魔導師を生み出すためだったとも言われているし、そういう証拠も見つかっている。わざと残したのではないかという説も有力だ」

 

 生い立ちも過去もよくわからない彼は、どこかの学会や大学等に所属していたこともない。今から17年前の新暦50年に、彼は人体と機械の融合技術をいきなり公表したことで一気に知られることとなり、そしてそれからも唐突に研究成果を見せつける。時にどこかのメディアをジャックして。時にネット上に誰もが閲覧できる形で。

 時空管理局も捜査を重ね、広域次元犯罪者として指名手配し、執務官や捜査官を筆頭に、時には武装隊や次元航行隊も出張って追跡しているが、まったく影を踏ませない。影自体はちょくちょく表れていると言える。だが踏もうとして近づくと、ふっと消えてしまうのだ。まさに振り回すという言葉が相応しかろう。

 自己顕示欲が強いのか、自らの研究成果をあからさまに公表し、証拠を揃えさせてやろうと言わんばかりに違法な研究成果を放棄した施設に残していくこともある。だから時空管理局は、ジェイルかどうかわからなくてもその影が少しでもチラつくようならば、調べにいっては大規模で徹底した捜索を行っている。それというのも、一度その捜索を軽んじた結果、放置されていた兵器の情報を欲して時空管理局に先んじて施設に踏み込んだテロ組織に渡り、後に武装隊や次元航行隊の脅威となる戦闘機械を量産させてしまうという事態が起こったからだ。

 

「この人、写真や映像に映っている姿を見てるとまだまだ若いよね」

「そうだな。17年前ともなれば、だいたい今の僕、下手すれば君くらいかもしれない」

 

 そんな若い人間が、どこの学校にも通っていた形跡がない子供が、どうやって人体と機械の融合などという高度で違法な研究を為し得たのか。それこそ時代の最先端技術を用いねばならないだけに、1人では到底できるものではない。少なくとも17年、逃げ続けているということも鑑みれば。

 

「間違いなく、バックに誰かがいるね」

「ああ。ジェイル・スカリエッティ自身は自己顕示欲こそあるが、金には興味を示さないと見られている。金にこだわるのなら、開発した兵器を売り込むだろうに、それを放置していくんだからな」

「資金の提供者。かなり潤沢だ」

「何度も研究施設を変えているからな。その度にこれだけの研究機器を揃えているんだ。相当なものだぞ。単独であれば国家規模だ」

「僕としては複数という気がするけど」

「同意する。こいつが今までいたと思しき施設は次元を跨ぎ、管理世界・管理外世界も問わない。1つの国家、1つの組織ではとても庇いきれない」

 

 協力者も今のところわかっていない。疑いというレベルならば、それこそ反次元世界・反時空管理局を掲げる世界や政府もあるし、犯罪組織であることも考えられる。民間の企業だとしてもおかしくはない。

 

 

 

「……これは口外するな」

「なに?」

「管理局も無関係ではないと見ている」

「……執務官が言うセリフじゃないね」

「そうだな。自分の組織を疑うのは査察官の仕事だ」

 

 

 

 査察官は時空管理局外の組織や施設を監査する役割であり、法律違反などの場合、捜査官などと共に踏み込むことがある。だが違反しているかどうかが疑わしいときも査察に踏み込むことができるのは査察官だけだ。捜査官は実際に違反があったときだけ。

 そしてもう1つの大切な役割は、時空管理局内部の監査である。軍隊で言えば憲兵であり、会社で言えば監査役。内部の規律を維持するための重要な部署だ。無限書庫も遺憾ではあるが1年前の件で査察の対象になったし、逆に古代遺物管理部の機動部隊の失態に関しても査察と処罰を依頼したことがある。

 

「お前こそ、それほど驚いている感じがないじゃないか」

「僕は民間協力者だしね。管理局を全面的には信用してないってのもあるかな」

「……察するに、P・T事件か?」

「……君の言う通り、鋭すぎるのも考えものだね」

 

 今度はユーノの方が降参とばかりに両腕を上げて手の平を見せる。

 P・T事件はまだまだ謎が残っている。

 第一に、ジュエルシードを輸送していた輸送船の事故。事故としているわりには、事故原因がはっきりしていない。ジュエルシードがばら撒かれるような大きな事故だったのに、どうしてきっちりとした原因追及が為されていないのか。

 第二に、何者かの攻撃の可能性を考慮していないこと。ジュエルシードを狙った攻撃は充分に考えられる。プレシアは次元跳躍で魔法を放つこともできた。プレシアとは断定できないが、攻撃の可能性は否定できないはず。なのにどうして『事故』で片づけているのか。

 第三に、ジュエルシードのことをプレシアはどこで知ったのかがわかっていないこと。発掘したスクライア一族はもちろん発掘許可を求めて現地政府に申請しているし、その際にその世界の地上本部に対しても報告がいっているはず。だがそれ以外には知らせていないし、スクライア一族もそこまで注目されるほどの一族ではない。

 

「プレシア・テスタロッサはどこでジュエルシードの情報を知り得たのか……当の本人が虚数空間に落ちた以上、真相は謎のまま」

「こう言うとフェイトには申し訳ないんだけど、あのプレシアさんに人との繋がりなんてもうなかっただろうしさ」

「そうだな……ヒュードラの事故で人間不信になっていてもおかしくはない」

 

 最後に直接顔を合わせたときの狂気を2人して思い出す。もはやアリシアのことしか見えていないプレシア。フェイトのことでさえも嫌いだと断言し、虚数空間に身を投げた。彼女に、まともな人との繋がりなどあるようには到底見えない。

 時空管理局ならばスクライア一族のことを知り得た。あとは時空管理局の人間がプレシアに直接伝えたのか、それともそこから漏れた情報がプレシアに渡ったか。

 もちろんこれはかなり極端な推論だ。だが最初にスクライア一族とジュエルシードの情報を仕入れることができたのが時空管理局である以上、被疑者として時空管理局が上がるのは避けられない。

 

「闇の書事件にしたって、ロストロギアに対処すべき古代遺物管理部機動部隊はロクに機能せず。ジュエルシードも含めて初動は遅いし情報は正確に扱えないし管理も杜撰だし……」

「……同意する。同意はするから勘弁してくれ」

 

 クロノとて機動部隊の無能ぶりは甚だ不愉快なことであるが、同じ時空管理局所属であり、身内の話だ。あくまで民間協力者という外部の人間であるユーノの指摘は耳が痛い。

 ともかく、これらを通してユーノは時空管理局を完全には信用していないし、どんな組織にだって暗い部分があることはわかっている。その暗い部分をもうこの2年で充分に味わってきたのだ。これでわからない方がおかしかろう。

 

「で、お前はプレシア・テスタロッサとジェイル・スカリエッティに繋がりがあったとでも?」

「そこまではわからないよ。プロジェクトFという共通点がある以上、繋がりがあってもおかしくはないと思うけどね」

 

 とりあえず問題はそこじゃないでしょ、とユーノが片手で振り払うような仕草をすると、クロノも頷いて話を戻す。

 

「時空管理局とジェイル・スカリエッティが裏で結びついている、か」

「そうだ」

「理由は?」

「不明点が多すぎる。長年追ってきているにもかかわらずだ。しかも管理局の捜索、奇襲強襲の類もすべて空振り。おまけに来るとわかっていたように施設に足跡をこれ見よがしに残す手法。管理局の動きを事前に得ている可能性を否定できない」

「……頷くことはできるね。でもまだまだ2者が繋がっているとするには足りない気がする」

「ふむ。どこがだ? 〝ユーノくんアドバイス〟に期待するぞ」

「だからそれやめろって。言うのやめるよ?」

「悪かった。そら、謝ったから早く言え」

 

 ユーノの意見に、クロノは特に怒るわけでも不機嫌になるわけでもなく問うた。それに対し、ユーノは渋々ながら教え聞かせるように人差し指を立てる。

 1つ目に、空振りの数が多いことは事実だが、その全ての施設にジェイルがいたわけではない可能性もあること。要するにフェイクということだ。実際、本当にジェイルがいたのかどうかがわからないこともある。ただでさえ情報軽視なところがある時空管理局なのだから。

 2つ目に、魔力の動きは勘付かれやすい。魔法と質量兵器の話をすると、魔力というのは隠しにくいからこそ、質量兵器のような隠蔽がしにくいので管理もしやすいという利点が挙げられる。が、これは逆さに取ると、魔力を持つモノの動きは感知されやすいということだ。ゆえに、どんなに情報を隠匿して部隊を動かしても、魔導師部隊という魔力の塊がわんさかと近づくわけだから当然に察知される可能性が高まる。事前に情報を得ていなくても警戒網を張り巡らせておけば感知できるし、ジェイルのことだから当然に脱出の準備もしているだろうし、逃げることは決して不可能ではなかろう。

 3つ目に、これ見よがしに証拠を残していることがある点。慌てていてそうなっただけかもしれないし、ジェイルを追っていたのは何も時空管理局だけではなく、彼の頭脳を狙って拉致を図る犯罪組織もあり、別に時空管理局だけを意識してやったことではないとも言える。自己顕示欲が強いという事前情報があるから、単に時空管理局を馬鹿にしているように錯覚してしまっているだけではないかということだ。

 4つ目に、時空管理局の情報を得ているからと言って、それがすなわち時空管理局そのものとジェイルの結びつきを証明するものにはなりえないということ。局員が漏らした情報を得ている情報屋がいる可能性もある。クラッカーがクラッキングをして情報を得ている可能性もあるし、そうした第三者を通じてジェイルが情報を得ているだけかもしれない。また、ジェイルに部下がいるのなら、その者がスパイとして潜り込んでいるのかもしれない。

 そしてユーノは最後の親指も立て、全ての指を立てた状態をクロノに示しながら。

 

「最後に、長年追っているにも関わらず不明点が多すぎるということにしても、『フッケバイン』の例もある。彼らについても追い続けているけど、まだまだよくわかっていないでしょ?」

「3つ目以外は概ね僕も考えていた通りだな。ふむ、錯覚か……なるほど、いい指摘だ」

 

 与えられた情報が常に合っているとも限らない。情報の全てが正しいとも限らない。それありきで考えていると他の可能性は無意識のうちに除去してしまう。

 だが人間は注意していてもなかなかそれを意識することが難しい。『それが当たり前』という常識や概念は深く根付くものゆえに。人から指摘を受けて初めて気づくことは多いものだ。

 

「ただ、時空管理局とジェイル・スカリエッティの関係を疑うだけのものは確かにあるんだ」

「是非聞きたいね」

「戦闘機人がすでに完成していると裏付ける『噂』がある」

「それは?」

 

 身を乗り出して声を潜めるクロノに、ユーノも身を乗り出して耳を近づける。

 

「地上の部隊が戦闘機人を保護したというものだ」

「……本局はそのことを?」

「知らないだろうな。本局・地上関係なく、あらゆる職域を跨いで活動ができる執務官の僕だからこそ得られたものだ」

 

 もっとも、まだ確証を得られたわけではないが、とクロノは付け加えておく。

 だがユーノは、クロノがこんなことを言うのであれば、確証こそないにしても確信を得るだけの何かがあるのだろうと判断した。

 

「でも戦闘機人だからと言って違法研究をしているのはジェイル・スカリエッティだけじゃないよ?」

「今の戦闘機人の研究で最先端を行くのはあの男だ」

「それはわかってるけど、ジェイル・スカリエッティはいつも何らかの形で研究成果を公表してる。その情報を基に別の誰かが製造したところでおかしくないじゃないか」

「だとすれば、少なくともあの男は製造など当の昔に終えている可能性があるな」

「……やけに持論を曲げないじゃないか」

 

 身を引いて腕組みをしながらどっしりと構えるクロノに、ユーノは半目で威圧をかけてやる。

 堅物ではあるが、意見を素直に聞けないクロノではない。昔はそんなところもあったが、なのはたちと出会い、フェイトが家族となってからはかなり柔軟性もついた。実際、先ほどもユーノの反対意見にもまったく怒ることなどなかった。そんなクロノが意見を曲げないのだから、そこに自信があるのだろう。それが確証来ないにしても確信を得るだけの『何か』なのだろうことは想像に難くない。

 だから、もったいぶるなとユーノは迫った。

 

「保護したのは地上の首都防衛隊の一隊。ストライカーとして名のあるゼスト・グランガイツ隊長が率いる部隊だ」

「その名前には聞き覚えがあるね」

「彼の部下に、クイント・ナカジマという捜査官がいるんだが……その彼女の遺伝子が、戦闘機人の遺伝子と高い一致率を示している。そう言えばわかるか?」

「……なるほどね」

 

 そこでようやくユーノも身を引いてソファーに身を沈める。

 確かに、クロノが自信を持つ理由足りえるだろう。

 

「管理局員の遺伝子情報が犯罪組織に渡っている。それも首都防衛隊のストライカーの配下。ロクでもないね」

「加えて地上は現在、質量兵器に対する締め付けが緩い。僕にとってもお前にとっても苦々しい1年前の公開意見陳述会で地上本部が発表した構想、覚えているか?」

「アインヘリヤル、だったっけ?」

「そうだ。地上固定式の3連装砲塔を持つ巨大兵器。魔力をエネルギー源としてはいるが、質量兵器と見紛う外見に反発は大きい」

「本局の持つアルカンシェルに対抗する意味もあるんだろうね」

 

 実際、本局が出した次期主力戦闘艦XⅤ級と次期巡航艦LS級の開発と建造の計画について、地上本部はどちらもアルカンシェルを搭載できることを引き合いに出し、アインヘリヤルを正当化している。

 

「地上の戦力不足は本局以上に深刻だ。ここ最近、人造魔導師や戦闘機人のみならず、質量兵器の復権を望む声まで出ている。そんな折にストライカー配下の優秀な捜査官の遺伝子情報が漏れ、それを元に戦闘機人が作られ、地上が保護」

「……できすぎだと言いたいんだね?」

「僕はな、ユーノ。アインヘリヤルなんて地上は別にどうでもいいのではないかと見ているんだ」

 

 アインヘリヤルは行き過ぎている。それは誰の目にも明らかだ。

 よくある交渉術の一環として、まず提案側もやりすぎな提案をするというものがある。相手はそれに対して断る。そこで程度を落とした提案をし、それならばと相手も納得する。5万は高いからダメ。なら4万はどうでしょうと提案し、それならばと相手が頷く。断ることに対する罪悪感と、安くしてくれたという相手への感謝などを利用した手だ。

 もちろんそんな容易い話ではないが、理屈としてそれを応用したのではないかとクロノは考えている。

 

「アインヘリヤルは断られることを前提として、そこまでではない戦闘機人や人造魔導師を認めさせようってこと?」

「そうなる」

「質量兵器という観点ではそれでクリアできるかもしれないけど、生命操作という倫理の問題ではアインヘリヤルよりも反発は大きいよ?」

「地上の検挙率低下が問題視されて久しい。衣食住に不安が起これば、人の世界の倫理も左右されるさ。お前の持ってきたこの資料にある人型の自律戦闘機械兵器。通称、『ラプター計画』。これだって一昔前までは過剰戦力だと大反対されていたんだぞ?」

 

 質量兵器が禁止されて伝説の三提督が活躍し、次元世界に平和な時代を作り上げた。しかし世界が発見され、交流が活発になってきて、時空管理局の管理が行き届かなくなって。平和な時代が長く続くとかつての悲惨な戦争も物語と歴史の中だけの存在となり、忌避感もやがて麻痺。かつてならば絶対に認められなかった兵器が、倫理観の変化によって認められてきた。この流れがこのまま続けば、確かに人造魔導師や戦闘機人が許容されることにはならないとは言い切れない。

 

「しかも歯痒いことに、『エクリプスウイルス』という、魔法を無効化する脅威まで現れ始めた。質量兵器は通じるという、質量兵器推進派にしてみたら何よりの根拠だ」

「時空管理局は戦力増加を望み、その都度、倫理や過剰戦力という批判を浴びてきた。けれど脅威が都合よく現れ、やむなく許容され、そして既成事実化されている……時空管理局にとって、都合が良すぎると言いたいわけ?」

「そうだ」

「はあ……とりあえず、1つ聞いていいかい?」

「なんだ?」

「さっき噂って言ったよね? 噂とか推論とか、そういうレベルじゃないでしょ。どこで聞いてきたのさ?」

 

 ユーノは今一度クロノを睨みつける。クロノの話は彼個人の妄想にしてはできすぎている。誇大妄想と切り捨てるのは容易いが、下手に証拠のようなものを並べられてそうもできない。クロノは噂と言いながら、遺伝子情報が流出していたことを事実として話していた。そんな事実、もし時空管理局が関わっているのであれば機密事項として絶対に隠蔽するだろうし、ばれたら口封じに動いたところでおかしくない。

 それを聞いた以上、ユーノももう共犯ということだ。ユーノの溜息や睨みには、自分の許しもなく勝手に深入りさせられたことへの恨みが籠もっていた。

 ところがクロノはニヤリと笑って返してきた。これだからこいつは嫌いなんだとユーノは思う。

 

「なに、グランガイツ隊長に直に会って話を聞いた。その場にナカジマ捜査官もいた。それだけの話さ」

「……どこが噂だよ」

「察しの悪い奴だな。彼らのためにも『噂』にしておけと言ってるんだ」

 

 別にユーノにだけ情報を探させているわけではない。クロノは昔から執務官として捜査もしてきた身だ。自分の足で探し回って証拠を掴んできた。違法開発研究についても例外ではない。その過程で彼らに行き着き、話を聞きに行ったのだ。

 もちろん彼らも簡単には口を割らなかった。事が事だし、ナカジマ捜査官は保護した後、その戦闘機人を自身の子として引き取っていたと後で分かり、大事な子として育てているのならば、親として庇いたくもなるだろう。クロノとてフェイトという、過去に重いものを抱える義理の妹がいる身だ。その気持ちは大いに理解できる。

 

「彼らも今の地上の動きについて危機意識を持っている。連携できるなら連携したい。ストライカーだからな、人望も厚い」

「腹黒な君と違ってね」

「やかましい。お前ももう同じ穴のムジナだ」

「ええ~……それは本気で嫌なんだけど」

「……ユーノ」

「なに?」

 

 と、そこでクロノが腕組みを解き、真面目な表情でユーノを真正面から見据えた。嫌だという意思を隠すことなく顔に出すユーノは、これから言われることも何となく想像がついていたからこそ、その顔を変えない。

 

「……もう1つ聞くけどいいよね?」

「なんだ?」

「なんで僕?」

 

 頼られている。それはユーノにとってこの上なく嬉しいことだ。

 だがクロノにだけは複雑なところ。これがどういう意味かは分からない。嬉しいけど嫌だ。力になってやりたいけれど嫌だ。

 これがフェイトならば、ユーノは一にも二にもなく頷いただろう。なのはでもはやてでも同じことだ。

 けれどクロノにだけは、『依存』したくなかった。それがなぜなのか、それはわからない。ただ、自分が思うまま、ユーノは嫌な顔をする。相手に構うことなく。

 

「なのはにフェイトにはやてたちに話さないのは理解できるよ。組織の持つきな臭い部分、人の持つ暗い部分を見せたくないっていうのはね」

 

 いずれはなのはたちだって大きくなり、組織に属する以上は大なり小なりそんな部分を知ることになるだろう。誰も彼もが例外ではないのだ。クロノもユーノも彼女たちにそんなものは知らないままでいてほしい。いつまでも純粋で、幸せに生きていってほしい。

 

「無限書庫のバックアップが得られるから?」

「もちろんそれも込みだ」

 

 クロノは隠すことなく告げた。これから言うことは、相手に信用してもらわなければならない。信頼してもらわなければならない。だからこちらがまずその意思を見せなければ始まらない。まあ、ユーノにこんなことを頼むのは甚だ不本意ではあるが。

 

「すでに僕はそういう部分を嫌ってほど味わってるから?」

「それもある」

 

 味わわせたいわけではなかった。ユーノのことは嫌いだが、クロノもユーノを不幸にしたいなんて気は一切ない。

 

「お前は今言ったな。組織の持つきな臭い部分と。そして僕のここまでの話に、お前は驚きを見せなかった。つまりそれは、お前自身がすでにそうした裏に無意識だろうと気づいていたということだ」

「驚きがなかったわけじゃないんだけどね」

「僕1人では叶わない。はやてに言われ、先ほどお前にも言われたな。あれで決心がついた。認める。僕1人ではどうしたって無理だ。今現場でやりたいことにしても、将来上を目指してすることにしても。協力者がいる」

「他にもいるでしょ、クロノなら」

「人脈という意味でならな。が、生憎と僕は昔から堅物だし、友人らしい友人もいなくてな。信頼という意味ではほとんどいない」

「寂しい人生だね、クロノ」

「やかましい。お前に言われるのは心外にも程があるぞ」

「……まあ、そうなんだけどさ」

 

 エイミィやアースラのスタッフであるアレックスにランディなど、信頼している人はきちんといる。だが、クロノは彼らに協力を求めようとしても求められなかった。女性に求めるのは気が引けたし、アレックスやランディはこんなことに付き合わせるには荷が重すぎるだろう。エイミィはともかく、アレックスやランディは友人というより、まだまだ同僚というレベルということもある。

 ユーノはどうかと言われれば、まあ、友人というカテゴリに入れてもいい。エイミィやマリエルのような友人とはまた別だが。そう、悪友。ユーノは悪友だから、悪友らしく悪いことには付き合わせてもいい。

 

「お互い、迷惑をかける相手が少ないってことでちょうどいい」

「本当に失礼だな、君は」

「事実だ。だから――頼む、ユーノ」

「…………」

 

 頭を下げるわけでもお願いしますと頼み込むでもない。普通ならそんな頼み方があるかと突っ撥ねても文句など出まい。ましてこんな、時空管理局そのものを下手すれば相手にすることになるかもしれないのだ。

 さすがに『依存』するにしても相手が悪すぎる。この頼みにうんと即答することはユーノにもできなかった。

 なのはやフェイトやはやてならばまだしも、クロノ相手に。

 が、そこまで考えて、これがクロノのためではなく、なのはやフェイトやはやてのためと思い直す。それならば協力してやるのも吝かではない。実際、彼女たちのためになるのは事実なのだ。

 それに。

 これは大きな貸しになる。

 

「条件がある」

「なんだ?」

「協力してもいい。ただ、不本意だけど、君が無理をすることでなのはもフェイトもはやても悲しむんだ。それはわかってるよね?」

「……ああ」

「僕は無理をするなとは言わない。ただ、3人に心配させないようにすること。本当に不本意も不本意なんだけど、3人のそばにきちんといてあげること」

「……なかなかに難しいことを言うな、おい」

「そりゃそうさ。管理局を相手にするようなことなんだ。難しい条件じゃなきゃ釣り合わないでしょ」

「管理局を相手にするよりも難しいと言ってるんだ」

「まあね」

「この野郎、いけしゃあしゃあと……」

「君はみんなのお兄ちゃんなんだろ?」

「……やめろ。お前に言われると身の毛がよだつ」

「あ、そういうこと言うんだ? まあいいけど、それで? 飲むの? 飲まないの?」

「……飲もう。不本意だがな」

「僕だって不本意だらけなんだよ」

 

 互いに溜息を漏らす。

 ロクでもないことに巻き込まれたなあというユーノと、こいつはこんなときでも自分のことよりなのはたちのことかというクロノ。

 

「ユーノ、お前も3人のそばにいてやれ。これは条件とか頼みとかじゃない」

「3人が僕なんか……いや、僕を必要としてくれるならね」

 

 無自覚にも程があるだろうとクロノは呆れる。今日とてなのはもフェイトもはやても、3人揃って示し合わせるでもなく無限書庫に集まっていた。フェイトは勉強のためもあるだろうが、ユーノのことを頼りにしているのは察していたし、なのはもはやても無限書庫の空気が好きだから、そしてユーノがいるから行っているのに。

 ユーノが『依存』していることはクロノも察している。フェイトを見ていたら自ずと気づく。フェイトを心配するのは、ユーノを心配してのことでもある。もちろん、それは絶対に言わないクロノであるけれど。

 

「不本意だが必要にされてるんだ。絶対にそうしろ」

「命令される筋合いはないよ」

「お前が今しがた言ったことだ。僕はみんなの兄だそうだからな。ならば兄としてそう命じるまでだ」

「……そうくるか、お兄ちゃん」

「ぐはっ!? やめろ、気持ち悪い!」

「うん、ごめん。言ってて僕もすごく気持ち悪い……!」

「くっ……いかん、本気で寒々しい。風邪を引きそうだ。フェレットもどき、明日の朝、模擬戦に付き合え。バインドで縛り上げて振り回して汗をかいてから帰る」

「君のバインドくらい、簡単にブレイクできるよ。フェイトには補助魔法も教えているからね。教える側として不出来じゃいけないし」

 

 なのはだけではなく、フェイトやはやても模擬戦の相手をクロノに求めることは多い。クロノはバインドなどを使ってフェイトが得意な近接になかなか踏み込ませないため、フェイトはバインドを破るための〝バインドブレイク〟をユーノから教わっていた。ユーノがプログラムを加えてより強化されたものだ。扱いはその分難しいが、フェイトは苦手な防御魔法と共に辛抱強く練習を重ねている。

 

「やけにここ最近、フェイトのブレイクが早いし防御も固いと思ったら、あれお前の仕業か。ふん、ならばよりプログラムを強化するまでだ」

「やってみなよ。すぐに改良してやる――ん?」

「なんだ、通信か?」

 

 いつもの言い合いがまた始まり、それまでの深刻さや真面目さなどまるでどこに行ったのかという雰囲気になりだしたところに、2人同時に通信の呼び出し音が鳴る。

 

「フェイトか」

「僕もだ。あ……そう言えば、ちゃんと帰ったか後で確認するって言ってたっけ……」

 

 通信は2人揃ってフェイトだった。2人への同時通信だろう。2人が一緒にいるとは知らないからこそだ。

 まだ帰っていなかったことに怒られそうだなあとユーノは思いつつ、ざまあみろと言わんばかりの憎たらしい笑みを浮かべるクロノを無視。

 

「……フェイト? あの、ごめん。まだ帰ってはないけど、これはね……?」

「どうした、フェイト? 僕は今日も遅くなると言っておいたはずなんだが……」

『……あ……クロノ、ユーノ……』

 

 2人揃って通信に出る。

 が、すぐに2人はただの通信ではないと悟った。

 空間モニターに映るフェイトの顔は、見るからに蒼白。血の気がない。おまけに体が震えており、視点も覚束ない。その様子に、クロノもユーノも顔を見合わせ、眉を潜め、できるだけフェイトを刺激しないように声をかける。

 

「どうしたの、フェイト? 落ち着いて」

「フェイト。ゆっくりでいい。何があった? 今どこにいるんだ?」

『家、だけど……今、連絡で……な、なのは、が……』

 

 混乱しているのだろう。ぶつ切りだからよくわからない。しかもフェイトはなのはの名前を出してからさらに震えを強め、言葉を失ってしまっていた。

 尋常ではない。そう判断したクロノは、咄嗟にフェイトのそばにいるはずのアルフを呼んだが、アルフも今日はリンディの手伝いに呼ばれていたことを思い出す。するとユーノの方が思い出したように『彼』――バルディッシュを呼んだ。

 

There was an urgent call(先ほど、八神はやてから) from Hayate Ygagami earlier.(緊急の連絡がありました。) So, Nanoha Takamachi(高町なのはが)……』

 

 喋れないフェイトに代わり、いつもの冷静沈着な声でバルディッシュが応じる。デバイスであるにもかかわらず、このところ人間臭さをレイジングハートと共に身に付けてきていた彼。口籠ったように、言い難そうに、なのはの名前を出して一度言葉を切り。フェイトの身を案じてか、言葉には出さず、クロノとユーノの空間モニターに、文字で表示させた。

 

 

 

 そして。

 

 2人は。

 

 思いもかけぬ、最悪の事態を、知らされる。

 

 

 

 

 

――高町なのはが、本局への帰還途中に発生した遭遇戦にて……。

 

 

 

 

 

――撃墜されたとのことです。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。