リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

17 / 47
あけましておめでとうございます。
新年1つ目、投稿させていただきます。
拙い上にシリアス満載な作品ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。


LOCUS 9-1

 

 

 

 撃墜されたときのことは、よく憶えていない。

 

 

 

 ただ痛くて、寒かったこと。そしておぼろげながら泣き叫ぶヴィータの姿。そのくらいのもので、気づけばベッドの上だった。むしろそこで初めて自分が堕ちたのだと知ったくらい。

 自分が死に直面していたという事実は、正直なところ実感がない。気がつかないうちに直面し、気づけば死なずに済んでいたのだから。体中に巻かれた包帯や点滴の管、大仰にすら思えるほどの医療機器の数々と、体を少し動かしただけで襲いかかる激痛。堕ちたことはそれらでじわじわと理解できてきた。理解するとともに、湧き上がる恐怖も自覚せずにはいられない。

 だがその恐怖とは、死に対してのものではない。実感がないからやはりわからない。別にこの激痛を前に、死を知りたいとも思わない。

 

(情けない……!)

 

 むしろダメージが大きかったのは、死ではなく、リンカーコアの機能低下による魔導師生命の危機と、足が動かないという事実。

 そして。

 

――『エースと言っても、こんなものか』

――『笑顔を守りたい、ねえ』

――『どうしてもっと早く来てくれないんだ! 何が守るだ! 何がエースだ!』

 

 『アンチマギリンクフィールド』を標準装備していたとは言え、それ以外はすでに実戦配備されているものと大した差はない、言ってしまえば格下の戦闘機械に堕とされたことへの自己嫌悪。エースとして認知されているがゆえの、周囲の落胆に対する焦燥。

 

 自身にかかる圧力を、なのははひしひしと感じていた。

 

 別に直接的に失望や落胆の言葉を投げかけられたわけではない。所属する部隊の隊長や同僚たちも、フェイトやはやて、クロノやユーノたち仲間たちも。それでもそれとなく感じる空気というものがある。自分に向けられる視線や陰口の類に、なのはも鈍いわけではない。むしろ相手のそうした感情に敏い方だ。殊になのはは若手のエースとして時空管理局も広報していたくらいなのだ。だからその撃墜はすぐにAMF搭載の戦闘機械という新たな脅威と共に広まり、どのような状況だろうと対応してみせるエースとしては失格だという論調が出るのは自明の理だった。

 

(こんなことじゃダメだよ……!)

 

 魔法が通じない相手との交戦という状況は、訓練に組み込まれており、その比重も多くなってきていた。件の『エクリプスウイルス』とやらだろう。従って、まるで想定していなかったわけではない。その証拠に、なのはは『スターダストフォール』という、石などの物体を弾丸として加速・射出する物理的な攻撃魔法を習得していた。

 ただ、それだけと言えばそれだけだったことは否めない。

 そもそもこの魔法にしても、なのはが独自に必要だと思って身につけたものではない。士官学校在学時の3ヶ月間で、教官であり元戦技教導隊のファーン・コラード三佐から習得を勧められただけ。

 『エクリプスウイルス』への対策が急務とは言え、魔法を無効化するウイルス感染者や『アンチマギリンクフィールド』への対応はまだまだ不十分。戦技教導隊は戦術を構築中。技術部も次世代デバイスや融合デバイス開発に『対エクリプスウイルス』を見越したコンセプトを追加して開発をスタート。また、次期武装端末についても民間との共同開発研究の試みを考案し、カレドウルフ・テクニクス社やヴァンデイン・コーポレーションなどが共同先として名乗りを上げており、現在主契約企業を選定中だ。が、そのすべては始まったばかり。それらが技術や対策として確立するまで、楽観的に見積もっても数年は要する。それまでの期間は、個々の魔導師の力量で何とかするしかない。

 なのはやフェイトのような高ランク魔導師がそんな相手との戦闘の矢面に立たされることは容易に想定されるため、ファーンも何とか3か月という短すぎる教育期間で教えられる魔法や戦術を教えた。『スターダストフォール』は確かに『アンチマギリンクフィールド』に対して有効な魔法と言えるし、誘導弾とは違って制御もしやすいからこそ習得もしやすく、せめて何の手もないという状況だけは避けようとしての一環だった。

 

――『そんな魔法も使えたのか』

――『誘導性能がない直射弾だし、基本的に使うことは少ないんだけどね』

 

 クロノからはよく魔法に頼りすぎな姿勢について注意もされていた。恭也に身体強化メニューを組んでもらいながら疎かにしていた。ファーンからも、多様な魔法への理解と習得を勧められていた。

 今回のことを避ける道は、いくらでも用意されていたのだ。

 それでも、フェイトやはやて、アリサにすずか、クロノやユーノ、そして恭也たち家族の心配も余所に、今は必要なことだからと押し切り、間違っていないと我儘を通してきた。

 その代わりに、結果を、出さなければならなかったのに。

 

「ごめんね」

 

「諦めないよ、私。可能性がある限り」

 

「必ず復帰してみせる。どんなにリハビリが苦しくても」

 

 自分の状態をシャマルから告げられる中、なのはは今後を問われ、即答した。

 もはや魔法がない生活は考えられない。また無力だった頃へ戻りたくはない。二度と歩けないかもしれないことへの恐怖はある。魔法が使えなくなってたまるかという負けん気もある。恭也からも都度聞いてはいたが、戦うことや、実際に傷つき、死ぬかもしれないことへの躊躇もある。実際に死にかけたのだから、実感は少なくても痛みが否応なく教えてくれる。

 

 

 

「だって私は、諦めないが口癖の、不屈のエースなんだから!」

 

 

 

 高町なのはは『不屈』のエース。どんな戦場でも恐れずに立ち向かい、味方には笑顔で励ましてみなを勇気づける、ストライカーで在らねばならない。目指すは武装隊の最高峰たる戦技教導隊。

 だからなのはは、『笑顔』を浮かべて宣言してみせた。

 けれど。

 そのときのフェイトやはやて、クロノやユーノたちの反応を、なのはは覚えている。

 

「……そっか。なのははやっぱり変わらないね」

「……ほな、まずは怪我を直さんとな。それからやで!」

「……そうか」

「……なのはが決めたなら、僕は全力でサポートするよ」

 

 決意を認めてくれたけれど、どことなくその表情が固かったことを。

 

 

 

 

 

 そこでなのはが、自身の浮かべる『笑顔』について気づくことができれば、その後の展開も違ったのかもしれない。

 けれどなのはは、原因が自らの『笑顔』にあるとは思わなかった。

 なのはは、失望されること、落胆されることを恐れていた。過去の無力だった頃の自分に戻ってしまうことが怖かった。

 だから彼らの反応の鈍さも、そこに原因があると受け取ったのだ。無理をしているのではないかと心配されていると。

 結果として、なのはは前以上に『笑顔』であるよう心がけた。心配などさせてはいけない。明るく振る舞わなければならない。諦めてはならない。不屈の姿勢を見せ続けねばならないのだと。

 あの日、撃墜される直前に、フェイトにはやて、ユーノと笑い合うことができたときのようにと、そのときが来ることを信じて。

 

 

 

 

 

 それが、クロノに決意させたことを。

 

「……申し訳ありません、恭也さん。今のなのはにあんなことを言った僕が言えたことではありませんが、なのはのことを、お願いします」

「この前の問い、答えは出たのか?」

「いえ……まだ、わかりません。ただ、そばにいることだけが守ることのすべてではないと、そのくらいです」

「それが、なのはへのあの態度か」

「とても守るとは言えませんよね。正しいなんて思っていませんが、でも言わなければならないという判断は間違っていないと思います。ただ、なのはを深く傷つけたのは事実ですから、尚更ここで諦めて立ち止まるわけにはいかないんです」

 

 

 

 

 

 元々あった罪の意識を完全に固着させ、嫌われたくないという気持ちと『依存』の葛藤に苛まれたユーノにトドメを刺したことを。

 

「僕はもう、これ以上、あんななのはを見ていられない。これ以上、なのはとの繋がりが薄くなることに、耐えられません……!」

『なのはちゃんと何かあったのか?』

「わからないんです。通じ合えてたはずのお互いの気持ちが、わからないんです……どんどん余所余所しくなるばっかりで。もう、嫌われた……かもしれません」

『そんなことありませんよ。なのはちゃんがユーノくんを嫌うなんて』

「嫌われたくない……でも、それはなのはへの『依存』だから。だから……もう、これしか……!」

『おい、ユーノくん。何か勘違いしてないか? 確かに君の『依存』の根っこにあるのは嫌われたくないって気持ちだろうけどな。君の『依存』で問題なのは嫌われたくないあまりにやっちまう他人第一な完璧主義だ。そこを間違うなって』

『そうです。嫌われたくないと思う気持ちそのものを否定しないでください。誰だって嫌われたくなんてないんですよ』

「……嫌われてでも、為すべきことがある。だから……」

『コラ、ちょっと待てって!』

『ユーノくん! 早まっちゃダメですよ! もう一度ちゃんと話を――!』

「……ごめんなさい、勇吾さん、那美さん」

 

 

 

 

 

 なのはは、知る由もなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイトちゃん、そんな気ぃ落とさんでな?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 返答はそれほど重いものではない。わかっていたということもあるだろうし、覚悟ができていたこともあるだろう。元気はないが、それほどショックを受けている様子はなかった。

 なのはが堕ちてから早くも1ヶ月。

 今日は執務官試験の合否が発表される日だった。

 案の定というべきか、フェイトは不合格だった。点数などは公表されないが、自己採点でもいっそ苦笑が漏れてくるほどで。それでも筆記はまだマシだ。実地の戦闘や模擬裁判、面接などは0点でもおかしくはないのだから。いったい何をしに来たのだと試験監督官や面接官に思われていたかもしれない。

 そのくらい、受験時のフェイトは不安定だった。

 

(しゃあないわな。なのはちゃんがあんなことになって、その上、クロノくんとは喧嘩か何かで仲違い中。トドメにユーノくんまで行方不明になっとったんやし)

 

 フェイトの心の拠り所や頼りにする存在が揃ってフェイトのそばにいなかったのだ。これでリンディやアルフがいなかったら、フェイトも倒れていたかもしれない。

 なのはにクロノ、ユーノのせいにするつもりは毛頭ない。はやてもまた、フェイトのそばにはいられなかったのだから。はやてははやてで心を引き裂かれるような痛みに苦しんでいたし、それでもヴィータを始めとしたヴォルケンリッターたち家族を守らねばならず。フェイトのことも気にかけたが、フェイトのそばに居続けるのは難しかった。

 

「また次、頑張るよ」

「その調子や! 私は変わらず応援するさかいな!」

「ありがとう、はやて」

 

 あの後、クロノが迎えに行き、ユーノは戻ってきた。魔導師として終わりかもしれないこと、足が二度と動かないかもしれないこと、2つの可能性をシャマルから示された際、いつの間にかいなくなったと思ったら、海鳴に行っていたらしい。そこで倒れたところを、運よく恭也や勇吾の後輩の女性に助けられ、そのまま勇吾と彼女に保護・看病してもらっていたようで。精神的にはまだフェイト同様に引きずっていたようだが、それでも体調はすっかり良くなったようで、心配していたフェイトとはやてに、ぎこちないながらも笑みを見せてくれて、それからは毎日なのはの見舞いに訪れて。

 フェイトもはやても、ここ最近になってようやく立ち直ってきた。なのはが前を向いて諦めずにリハビリに励むと決めた以上、自分たちがいつまでも落ち込んではいられないではないか。フェイトの次への意気込みも、そういう意思の表れかもしれない。それは歓迎すべきことだと、はやてはフェイトの肩を軽く叩いて励ました。

 

 

 

 ただ、浮かべた笑みはすぐに消えて、顔が俯きがちになるあたりに、はやてはフェイトの不安定の原因が他にもあるように思えてならない。

 

 

 

「なのはちゃん、今日も変わらへんかったなあ」

「……うん。無理してる」

 

 1ヶ月前、なのはが堕ちる直前、ユーノも交えて無限書庫の司書室で夕食を共にしたとき。なのはが浮かべた笑顔がまるで嘘だったように。

 今のなのはには、またあの『笑顔』が張り付いていた。

 むしろ前よりひどくなった。『のっぺりとした無表情』か『笑顔』だけなのだ。それ以外の顔を、この1ヶ月、ロクに見ていない。

 恭也を始め、高町家の家族もいるのだが、今度はそれでもダメらしい。恭也に相談してみたところ、「俺に対して相談することさえ、今のなのはには躊躇いがあるようでな。今はとにかく、そばにいてやってくれないか?」と返された。もちろん一にも二にもなく頷いたが、恭也にさえ相談しないというのはかなり重い状況だ。幸い、恭也を中心にフェイトやはやて、そしてヴィータにシャマルと、常に誰かがなのはのそばにいるので、リハビリで無茶をしたり、無断で訓練をしたりなんてこともないのだが。だがその目がなくなった途端にやりそうだという懸念を誰もが抱いている。だからこそそばにいようとするのかもしれない。

 

「恭也さんとヴィータがおるさかい、今のところは安心しとってええけど……」

「ヴィータは大丈夫?」

「まだ夢で魘されてるときがあるんやわ。『ごめん、アタシのせいで』って……ヴィータは遠慮しようとすんねんけど、毎日一緒に寝とるんよ」

「うん、それがいいと思う。なのはもだけど、ヴィータも1人にしない方がいいよ」

 

 撃墜されるところを、どんどん冷たくなっていく様を、血まみれの姿を、その目で見たのだ。ヴィータの心に刻まれた光景、記憶は、生涯のトラウマになりかねない。その証拠に、なのはもヴィータの前では殊更『笑顔』だ。なのは自身が他人を慮っている状態でなかろうに。そしてヴィータもそれがわかるからこそ、自分はなのはのそばにいない方がいいのかと悩みながらも、なのはのそばに居続けようとするのだろう。

 なのはのそばから引き離した方がいいのではないかと、はやてはヴィータを除いた家族で話し合ったこともある。このままではなのはにとってもヴィータにとっても、良くないことになりかねないからだ。だが結論として、今のままにした。1人にすればまた無理を押すかもしれない以上、なのはを放置させるわけにはいかないのは事実で、ヴィータがいる意味は大きい。そしてヴィータにしても、なのはのそばにさえいられないとなれば、今度は何をしでかすか目に見えているからだ。

 

「1人で事件を追いかけるかもしれないからね」

「やっぱそう思うやんな」

「ヴィータは真っ直ぐすぎるし、激情家だからね」

「ヴォルケンリッターの突撃隊長やからねえ。いい意味でも悪い意味でも」

 

 フェイトもはやても苦笑する。

 アルフと並んで短気で冷静さを失いやすいのがヴィータの欠点。トラウマを刺激されるような状況――あの戦闘機械が現れでもしたら、今のヴィータは復讐の鬼と化してしまうのが容易に想像できてしまう。

 本来なら何百年と放浪し、多くの者たちと戦ってきた『歴戦の猛者』と言うべきヴォルケンリッター。闇の書事件において、戦い始めてわずか半年でしかないなのはに、いくらカートリッジシステムでデバイスを強化したとは言え、それだけで勝てるわけがないのだ。勝てたのは、ヴォルケンリッターに生まれた心が、躊躇させ、迷いを生んでいたからに他ならない。まだまだ自分の心について戸惑うことが多い彼ら。普通の人間でさえ自分の心がわからず、持て余すこともあるのだ。単なるプログラム生命体から人へと変わりつつある彼らを見守るのが、夜天の主であり王たるはやての責務であり、そして仲間であるフェイトの義務だと、彼女たち自身が強く意識している。

 

「こんなときやっちゅうに、クロノくんとユーノくんも、何か様子がおかしいし」

「っ……そう、だね」

「…………」

 

 まただ。

 フェイトがはやての方とは逆へと顔を逸らし、その身を小さく震わせたのを、はやては逃さない。

 もう何度となく言わずにいたけれど。はやてはいい加減に黙っていられなくなっていた。別にフェイトだけではなく、クロノとユーノに対しても。

 

「なあ、フェイトちゃん。クロノくんとはまだ仲直りできてへんの?」

「……別に、喧嘩してるわけじゃないんだよ? クロノも私のことを考えてくれてのことだと思ってるし」

「ほな、なんでクロノくんと会っても何も話さんの? 目、逸らしてるやん」

「それは……」

 

 クロノはフェイトに対してぎこちないながらも普通に話そうとしているのがわかる。ただフェイトが逃げるのだ。怖いものを見るかのように。耳を塞ぐように。

 はやてが見る限り、フェイトがクロノを嫌いになったというわけではない。どう距離をとればいいのか、何を話せばいいのか、それがわからないという感じだった。まるで、家族になったばかりの、どう接すればいいのか迷っていた頃に戻ってしまったかのよう。

 当時、どう接すればいいかとよく相談を受けたが、次第にそれもなくなっていった。後になって、不機嫌そうにクロノが「フェレットもどきによく相談しているらしいな」と零したことがあり、それが理由かと思ったことを覚えている。思い起こせば、フェイトの口からユーノの話が出てくるようになったのも、相談の数が少なくなっていったときと同時期だったように記憶している。

 

「それは、私には相談できんことなん?」

「そんなことないよ。そんなことはないけど……」

 

 特段はやては睨みつけたり不満そうに言ったりしているわけではないが、フェイトは慌ててはやてに向き直りながら胸の前で手を振って否定した。ただ言葉は続かない。

 フェイトはクロノに言われたことを思い出していた。

 

――『フェイト、君は自分を押し通す強さを失ってしまった』

――『誰が何と言おうと自分を貫く。その姿勢を、君は失っている』

――『たった1人でもやっていくというほどの芯の強さというものを、今の君からは感じない』

 

 仲間と一緒にいるのが心地いい。1人でいると不安になる。孤独は嫌だ。

 何でも話せる家族。絶対の信頼を寄せることが出来る親友。頼り頼られる深い関係に至った仲間たち。

 

――『君は多くの仲間を得た。友達を得た。家族を得た。だからかもしれないな』

 

 仲間を、親友を、家族を得たことで、1人ではなくなった。だが逆に、フェイトは彼らに『依存』するようになってしまった。

 クロノが指摘しているのはそういうことだと、フェイトの聡明な思考は回答を出していた。

 フェイトとて、1人で戦っていたあの時期のことをすべて悪いとは思っていない。プレシアに縋っていた、つまり『依存』していたときの、プレシアのためにという想いの全てが間違いだったとは思いたくない。

 ただ、1人の考えを貫いた結果として、仲間・親友・家族、そうした大切な人たちとの絆を壊してしまわないか。それが怖い。あのときはプレシアとアルフ以外、何を捨ててもよかった。というより、彼女たち以外のものなど、フェイトはなかったからだ。失うものがなかったからこその強さ。けれど今のフェイトは失いたくないものが多すぎる。だからあの頃のように自分を貫けば失ってしまうのではないかという懸念が拭えない。ましてプレシアを助けられずに失ってしまっただけに、自分1人の考えを貫くことに対する忌避感は強い。失いたくないものが増えれば増えるだけ、その懸念は大きくなるばかりで。

 クロノから指摘されて、フェイトは自分が大切な存在に『依存』していることを気付かされた。だから今、誰かに相談するということに躊躇いがある。

 

(やっぱり、できない……)

 

 フェイトは震えだす手をはやてに気づかれまいと握り締める。

 

――『僕に構わないでよ!』

 

 最も。最も自分が『依存』していたとわかった相手。その相手からかけられた、今までにない強い拒絶が蘇る。いつもなら彼はすぐにごめんと慌てて謝罪するのに、そのときは一切そんな言葉もなく、フェイトの存在を完全にシャットアウトしていた。

 『絶対に受け入れてくれる』と思っていた彼からの拒絶は、それだけ強い繋がりがあると信じていただけにあまりにも衝撃的で。ゆえに、はやてに相談することも躊躇ってしまうのだ。

 

「ごめん、はやて……これはきっと、私が1人で解決しないといけないことだから」

「ほうか。わかった」

 

 生憎と、フェイトが隠そうとした震えは鋭いはやての目に留まっていた。仮にも捜査官であり、上級キャリア試験を視野に入れている身。観察眼や洞察力という『目』は鍛えている。すぐそばにクロノといういいお手本がいることもある。

 それでもはやてはフェイトの言葉を受け入れた。

 弱々しくはあるが、けれどぐっと震えを堪えようとするフェイトが、ただ耐えているだけではないと信じることにしたからだ。1人で解決せねばならない、と言い切ったこともある。

 ただし、フォローは入れておく。

 

「けど、潰れるまで抱え込んだらアカンで? フェイトちゃんの悪い癖やしな。お願いやから、なのはちゃんみたいなことになるんはやめてや?」

「うん、それは約束するよ。私だって、はやてやみんなを悲しませたくないんだから」

「OKや。わかってくれとるんやったらええわ」

 

 フェイトの返答に満足するはやて。

 

「とは言え、クロノくんに探りを入れてもらうんはちょいと難しそうやね」

「う、ごめん……でも、はやてだってクロノの直属なんだし、話をする機会は多いんじゃないかな?」

「いやほら、最近クロノくん、妙に仕事減らしたり休み取ったりしてるやろ?」

「うん。たぶん……なのはの事件を追ってるんだと思う」

「あ~やっぱりな」

 

 それは仲間内でも予想されていたことだ。特にはやてはクロノの直属の部下という扱いで、職場もクロノの執務室だ。当然、クロノと一緒にいる時間は最も多いわけで。

 クロノはここ最近、仕事を減らしている。無限書庫の再編計画は執務官の仕事ではないが、それも除いてもクロノは元々がオーバーワーク気味であり、有能な執務官であるクロノを潰すわけにはいかないという懸念は法務部も抱いていた。なのはの事件をクロノは正式に担当すると訴え出たが、これを法務部長は却下。私情を挟んでおり、今最も名を挙げているエースと親しいということもあるため、クロノからの仕事の減量と休みの申請には、逆にちょうどいいと許可を出していた。

 クロノははやてに割り振る仕事を減らしてはやてがなのはの見舞いに行けるように取り計らい、ヴィータがなのはの看病に専念できるようにと休職する際に便宜を図るなどしているが、それでも定時には上がれるはず。しかしクロノは定時後も、むしろそれからが本番とでも言わんばかりに資料確認や調査に出かけている節がある。はやてがこのことを明かすと、フェイトも同意を示した。

 

「早く帰ってくるようにはなったけど、家でもずっと資料を確認したり、ちょっと目を離せば怖い顔をして考え事してるんだ。休日になると丸一日いなくなるし。その、言い訳になっちゃうけど、クロノと話せないのはそれもあって……」

「いや、わかる。すっごいわかるで、フェイトちゃん。私かてそんなんやからクロノくんに直接聞かれへんねん」

 

 職場でも不機嫌というわけではないが、真剣すぎる表情で、冗談どころか話の1つもできる空気ではない。息が詰まるとはまさにこのこと。

 

「義母さんが言うには、私が家族になってからはクロノも仕事を家に持ち込まないようになったみたいなんだけど、以前はそうじゃなかったみたいで。昔に戻ったようで嫌な傾向だって。この前、とうとう注意してたよ」

「それでもやめへんと」

「リビングでしなくなっただけかな」

 

 自室に籠ってやっているだけ。ご飯にしても一気に平らげ、早々に切り上げてまた籠って。何をしているか、おそらくなのはを除けば誰もが察していることだろう。

 

「そこまでなのはちゃんのことで真剣になっとるのに、数日前から全然なのはちゃんに会いに来うへんようになっとる」

 

 それが、フェイトに探りを入れてもらいたかったことであった。

 

 

 

 クロノとユーノはほぼ毎日顔を見せていたが、おおよそ1週間ほど前を境にクロノとユーノは揃ってなのはの元に来なくなっていた。

 

 

 

 なのはもヴィータも、2人の名前が出ると途端に顔を歪める。ヴィータに至ってはクロノに対して「あいつの話なんかすんな!」と怒り出す始末で、なのははかろうじて『笑顔』を維持するのだが、ヴィータを止めようとはしない。根気よく話をしたところ、どうやらクロノについてはなのはに対してひどいことを言ったらしい。ユーノについては来ないことを冷たいと怒っており、なのははユーノに対して「ユーノくんの温かい感じがしなくて……」と、怒っているというよりは戸惑っているといった感じだった。

 

「事故の前からクロノも結構なのはに厳しく当たることがあったみたいだから、ヴィータも我慢ならなかったんじゃないかな?」

 

 1ヶ月前にユーノも含めて夕食を共にした際、クロノのえげつなさが話題に上がっていた。もしかするとなのはからヴィータも聞いていたのかもしれない。ヴィータはなのはの看病のために休職するにも、闇の書事件の加害者ということもあって厳しい目に晒されるところを、クロノが便宜を図ってくれている。クロノに対する感謝の念があるから、クロノが悪い人間でないことはわかっているだろうに、それでもクロノがなのはに会うことを許さないのだから、相当なことだ。

 

「けど事故前のことについては、なのはちゃんも事故の直前にクロノくんとの通信の中で仲直りしとったし。そもそもクロノくんの戦い方をえげつないって最初に言うたんはヴィータやし、そのことを根に持ってクロノくんを弾き出すってのもなあ」

「そっか。ヴィータはそのへん、根に持たないもんね」

「アイスの恨みはずっと根に持つけどな?」

「それは勝手に食べたはやてが悪い」

「いや、あれは出来心でやね……」

 

 ヴィータはある意味、ヴォルケンリッターの中でもっとも人らしくなっていると言える。だからこそなのかもしれない。一本筋が通った性格だし、直情的とは言え、理屈もつかない怒り方はしないはず。

 

「まあ、ヴィータも『今あんなことを言わなくてもいいじゃんか!』って言っとったさかい、クロノくんが何を言うたのかだいたい想像つくけどな」

「あの『笑顔』と『無表情』のことだろうね……」

 

 十中八九それに関することだろう。これはフェイトもはやてもわかっていた。

 誰も彼もがこれは言わなければならないとは思っている。ただ、今のなのはに言うのは酷ではないかとの考えがあり、言い出せなかっただけ。

 それをあのクロノが沈黙を破るというのが信じられない。

 これがヴィータやアルフであれば、激情に任せて口を突いて言ってしまっても、まあ彼女たちの性格を考えれば納得できる。クロノは彼女たちと真逆なだけに、そんな彼が激情に任せてというのも想像し難いのだ。彼をそうさせるだけの『何か』がある。彼が1人でやっていること、見舞いに来なくなったこと、そこに関係していると考えるのは順当というべきだろう。

 

「クロノくん、元々1人であれこれと引き受けてたさかいなあ」

「恭也さんからもお願いされたしね。クロノのことは私もできるだけ見ておくよ」

「せやね、お願いするわ。私もちょっと何しとるんか調べとく」

 

 つい今しがた、合否発表に行く前、なのはの見舞いから帰る際のこと。恭也に2人は尋ねられていた。クロノはどうしているかと。生憎と2人もよくわかっていないことを伝え、ただクロノが何かをしているとだけ口にすると、恭也は険しい表情を浮かべながら、「こんなときに申し訳ないが、クロノのこと、少し気にしておいてもらえないだろうか?」と頼まれたのだ。

 正直、フェイトからすればクロノがなのはにひどいことを言ったのならば、恭也が怒っていても当然ゆえに妹として非常に申し訳がなかった。だが恭也に怒っているような様子はなく、フェイトは安堵すると共に2つ返事で恭也の頼みを引き受けた。

 

「そんで、フェイトちゃん。ユーノくんの方なんやけど」

「っ」

「…………」

 

 どちらかというと、クロノ以上にユーノの方か。

 またわかりやすく肩を揺らすフェイトの反応に、はやては訝しみつつ確信を抱いた。

 

「……行くん、やめとく?」

 

 はやての言葉に、フェイトは俯いて無言のままながらも首を横に振って『行く』という意思を示す。

 2人は今、無限書庫に向かっているのだ。

 クロノは今日も休みを取っていて自宅にもいない。どこに行っているのかもまったくわからないのでは探しようもない。クロノがなのはに何を言ったのか、よりにもよってなぜこのタイミングでなのはに厳しく当たったのか、聞き出す必要はある。ただ、クロノはなのはの事件を追っていると思われる以上、なのはのためと言えばなのはのために行動しているのはわかるし、それはまだいいとしよう。

 だがユーノが来ない理由がわからない。司書たちと交流があるフェイトにせよはやてにせよ、彼らと連絡しているので無限書庫にいるのはわかっている。だがユーノは直接の通信にも出ないし、彼らに繋ぎを頼んでも一向に出ない。しかも時空管理局内の自室にもほとんど戻っていないらしく、無限書庫にこもりっきりで、以前よりもずっと働きづめらしい。

 

(ユーノくんのことやし、絶対なのはちゃんのために探し物しとるんやろうなっちゅうのはわかりきってんねんけど……なんで会いに来なくなったんかがわからへん)

 

 このところのなのはとユーノは仲間の視線から見ても違和感があった。なのはのいう『温かい感じ』というのが関係しているのかもしれない。ヴィータと違って休職することは許されなかったため、ヴィータほど一緒にはいられないが、それでも空いている時間を捻出してリハビリにも食事にも付き添い、献身的になのはに尽くしていた。ただ2人の会話は以前ならツーカーだったというのに、今はどこかぎこちない。

 

(クロノくんとほぼ同時に来なくなったっちゅうのも引っかかるしなあ)

 

 クロノがなのはに何かを言ったとき、ユーノはいなかったとヴィータから聞いている。いればユーノのことだから絶対に止めただろう。いたにせよいなかったにせよ、それこそユーノはなのはを心配して見舞いに訪れそうなものなのに。

 クロノと行動を共にしているのだろうか。情報収集や解析をユーノが担当し、クロノが実際に動く。いつもの2人だ。その可能性が一番高いとはやては思っているが、それにしてもユーノまで来なくなるというのはおかしい。

 さらに。クロノのことを案じていた恭也が続けて2人に頼んだことがある。

 

(赤星さんと、え~と、神咲さん、やったっけ?)

 

 恭也が日本に戻っていたときに勇吾と那美がずいぶんと焦っていたと聞き、その2人から伝言があるとのことだった。本当なら恭也自身が伝えたかったようだが、ユーノが来ないし通信も出ないので伝えようがない。管理外世界の一般人なので、恭也は時空管理局内を自由には移動できないのだ。

 

(加えて……)

 

 チラリと横を歩くフェイトへと視線を送る。相変わらず俯いたままで、無限書庫に近づけば近づくほど、顔も強張ってきているようにはやてには見えた。

 

(フェイトちゃんのこの怯えっぷり。フェイトちゃんとユーノくん、仲良かったはずなんやけど……)

 

 むしろこの2年間でユーノといる時間が長かったのは、クロノと並んでフェイトが一番多かったはず。そのフェイトがこうまで怯えているのが不思議でならない。

 クロノとのことはフェイトの中である程度の答えが出ているようだし、きっかけさえあれば2人は仲直りもできるだろう。だがユーノのことはこの調子ではどうにもなるまい。

 

(きっかけか……そう言えば、そのきっかけを与えるんがいつも私らやったよなあ)

 

 相談して、誰かに勇気づけてもらって、それから行動する。それがいつものパターン。

 そしてその『誰か』が、ユーノであることが多かったはず。そのくらい、フェイトはユーノを頼りにしていたはずだ。

 だからこそ、余計にわからない。

 何にせよ、直接聞いたらわかること。フェイトとの会話がないままに無限書庫の重厚な扉の前まで来たはやては、肩に力を入れて、さあ行くぞと気合を入れる。

 

「あ、はやて。そのままじゃ入れないよ」

「へ?」

 

 重厚な扉の前にあるガラスの自動扉。いつも通りにくぐろうと近づいたが、そこでフェイトから声がかかった。フェイトは自動扉の前にいつの間にか設置されてある受付台へ。いちおう受付担当者が座るスペースも椅子もあるようだが、誰もいない。呼び出し用の端末と『こちらを押してください』という案内板だけ。

 

「いつから?」

「2週間くらい前かな。警備体制を強化したみたいなんだ。無限書庫って機密情報とか危険な禁書とか、そういうのがいっぱいあるらしくて」

「ほうなんや。それにしては粗末なもんやけど」

 

 クロノのお供で古代遺物管理部に訪れたことがあるはやては、管理部が封印処理しているロストロギアなどの危険物の保管庫にも入ったことがある。その際の管理は3重のロックや事前承認手続きなど、非常に厳格だったことを覚えている。何かあれば機動一課から五課が、必要とあらば本局防衛隊を始めとした武装隊も駆け付ける手筈らしい。それに比べると、何ともお粗末な警備と言わざるをえない。

 

「ユーノもクロノも不満みたい。クロノは『国1つ滅ぼす兵器が落ちてきていいのか』って愚痴を言ってたよ」

「物騒やな……」

「冗談かどうなのかわからないだけにね。でもユーノも以前からそんなこと言ってたし、ずっと前から独自に結界を張ってるよ」

 

 全然気付かなかったと、はやては端末を操作して中の司書に入館許可を得ようとするフェイトを余所に、扉を見ながら腰に手を当てて息を吐いた。

 

『はい。ああ、ハラオウンさんですか。今日も来てくれたんですね。ちょうどいいところに』

「こんにちは、クフィルさん。今日ははやても一緒なんですけど、どうかしたんですか?」

『今開けるからちょっと待っていてもらえるかな?』

「はい」

 

 本当にザルな警備である。変身魔法なんか使っていたらどうするつもりなのだろうか。はやてはそう思わずにはいられないが、フェイトに言うと「ユーノの結界でバレるんじゃないかな」と返ってきた。ごもっともである。ちょっと試してみたくなったはやてであるが、「どんなことになっても知らないよ」と言われて引き下がる。

 

「フェイトちゃん。今日もってクフィルさん言うてたけど、毎日来てるん?」

「あ、うん……勉強もあるし」

「……ほか」

 

 なのはのことがあってからもフェイトは執務官試験の勉強は欠かさなかったけれど、心ここに在らずでほとんど勉強になっていなかったと聞いている。ユーノもそのときはまだなのはの元へ行っていたし、フェイトももう試験間近とあって自宅学習がほとんど。執務官試験が終わってからはなのはの方にかかりっきりだったから、勉強のために無限書庫を訪れることもなくなっていたとはやては思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。だから警備の強化のことも知っていたわけだ。

 フェイトの様子から誤魔化しているとはやては推測。ユーノに会うのが目的だったのだろう。クロノとのことで相談したかったのかもしれない。この様子なので、会えずにいるか、それとも会っても話もできないか、そんなところだろうけれど。

 ややあって自動扉が開き、そして重厚な扉の方はいつも通り手押しで開けて。途端にふわりと浮き始める身体。2人はもう慣れたもので、飛行魔法も使わず、床を軽く蹴って身体を前へ押し出し、中へ入る。

 いつも通り、本当に広い広い書庫。今日は司書ではない運営担当のクフィル以外に、誰もいないらしい。

 ユーノを除いて。

 

「ああ、よかった。本当に助かりましたよ」

 

 近づいてくるクフィルにあらためて挨拶を交わすと、はやてとフェイトは何やら不安そうにしている彼に理由を聞いた。するとクフィルは無限書庫のずっと上の方を指さして、2人の視線をそちらへ誘導する。

 

「あれ、見えますか?」

「う~ん、かなり遠いけど、なんか丸いのは」

「っ!」

 

 手を翳して目を凝らし、はやてはかなり上の方に球体状の何かを捉えた。よくわからないが、その周囲を時折何かが飛び交っている。

 と、いきなりそこでフェイトが飛び上がった。飛行魔法を使い、一気に球体の方へ。

 

「ちょ、フェイトちゃん!?」

 

 魔法が使えないクフィルに断り、はやても追いかける。

 

「どないしたん、急に!」

「あれ、ユーノなんだ! ユーノ、また……!」

 

 高速魔法さえかけているのか、フェイトはぐんぐん上昇していく。何をそんなに、と思いながらはやても自分の持てる最高速度で後を追う。

 球体状のそれは、近づいていくとようやく判別できた。本だ。本が球状に幾重にも層のように重なり、ゆっくりと回転している。速読なんて言葉でも足りないほど高速でページはめくられており、ぐるりと1周するかしないかのうちに分厚い本でさえも最後までめくり終えて本棚へと戻されていく。そして次々に新たな本が空いたスペースにパズルピースのように入っていって。

 

 

 

 そして空いたスペースに本が入っていくわずかな間。その奥に、ユーノの姿をはやても捉えて。

 

 

 

「アカン……!」

 

 フェイトが急いだ意味を即座に理解し、はやても焦燥に駆られる。

 脱力して浮いているだけだ。気絶という言葉が瞬時に脳裏に浮かぶ。なのに魔法は止まらずに検索と速読を継続し続けている。

 

――『あいたっ……あ、やば、うわ何これ、わけわからん!? え、あれ、ちょ、ちょお待って!?』

――『はやて! すぐに魔法を止めて!』

 

 これほどの規模ではないが、同じようなことをしようとしたときのこと。はやては情報の津波に押し流されるような経験をしたことがあった。

 

――『あ~……ビックリしたわ~』

――『暢気なこと言ってないで。だから言ったでしょ? 膨大な情報を捌くんだから脳にかかる負担が大きいんだよ』

――『ちょっと制御ミスしただけなんやけどなあ』

――『限界いっぱいまでやっちゃダメだよ。敢えて限界より少し抑えた検索数と速読スピードにして。制御ミスをしてもそれなら余裕を持って対処できるからさ』

――『ユーノくん、デバイスもないのにあんだけやっとるもんやから……』

――『術式を調整して負荷を軽減したり、専用の術式を編んだスフィアを組んで分散処理してるだけだよ。ほら、いいから頭痛が収まるまで休んで。急がずにやろう。ちゃんと融合デバイスの情報は見つかるからさ』

――『うう、ごめんやで』

――『いいよ、気持ちはわかるから。なのはもフェイトも同じようにやっちゃったからね。ある意味、いい勉強になったでしょ? これに懲りてやめてくれるようになるなら、今回だけは許してあげるよ』

 

 はやてが展開中の術式に割り込んで強制的に中断させたことで事なきを得たが、ユーノがいつになく厳しい態度で注意したことを覚えている。下手をしたら廃人になるよと至極真面目な顔で言われれば、さすがにはやてもそれ以来絶対にしなくなった。

 だから焦るのは当然で。フェイトも同じことをしたことがあるとユーノも言っていたから、フェイトも同じ恐れを抱いたのだろう。

 

「ユーノ!」

 

 球体のそばに先に着いたフェイトは、本の、まるで檻とでも称するのが適当なものの中にいるユーノに声をかけた。ここまで近づけばもう隙間からユーノの姿は窺える。追ってはやても到着。フェイトの横からユーノを確認する。

 ユーノは体を弛緩させ、手足を放り出して横になって浮いていた。目は閉じている。胸がわずかながらも上下しているから呼吸はしているし苦しそうでもない。

 

「止めたいんですが、私は魔法が使えないので……」

 

 螺旋状の通路に掴まりながら遅れて上がってきたクフィルが困った顔をしながら言った。

 相手の術式に横槍を入れることは基本的にリスクを伴う。魔法陣が破裂してダメージを受ける可能性があるし、これが念話などの精神や脳へのダイレクトなものになると、そちらに後遺症が残ってしまうこともありうる。そうさせないために、術式にはたいていセーフティがかけられているのだが、破る手段というのも当然あるわけで、それが『バリアブレイク』や『バインドブレイク』に当たる。ただそれらは専用に組まれたもののため、一定の安全性は当然確保されているから一般的に認められて浸透しているのだ。

 ユーノがはやてやフェイトの魔法をキャンセルさせたのは、実はかなりの高等技術である。魔法をしっかりと『理解』しているからこそできる芸当だ。同じ魔法でも、術者によって多少の違いは出る。はやてはフェイトより多少検索数や速読スピードが上。それに合わせた調整もいるのに、一瞬で合わせてキャンセルさせたのだから。

 

「バルディッシュ、手伝って!」

『Yes, sir』

 

 以前ユーノが使っていたキャンセルの術式を浮かび上がらせるバルディッシュ。ブレイク系を使う場合と同様に、まず相手の術式の解析に入る。

 

「……やっぱちょっとかかっとるな」

「クロノもだけど、ユーノも結構カスタマイズしてるからね。オリジナルの術式も多いし」

 

 無限書庫に勤める恩恵か、どこから得たのか見たこともない理論や公式が使われていることもある。フェイトはユーノから『バインドブレイク』や防御魔法を直接教えてもらっていて、毎日練習しているだけに、普段使っていたりバルディッシュに登録されていたりする術式との違いを目にしていたから、余計にユーノのオリジナル性を認識していた。クロノもその有効性を認めており、不本意などと言いながらも参考にしたり流用したりするくらいなのだ。

 なかなか解析できずにいると、バルディッシュが代案を提示してきた。

 

「ユーノ、意識があるの?」

『Yes』

「え? ほな、何でや? 呼びかけても反応ないのに。無視されとるっちゅうこと?」

『No. Perhaps he is thought to shut out(おそらく、彼は五感をすべて) the senses and tilt the whole nerve(シャットアウトし、検索と速読のために) for searching and fast reading(全神経を傾けているものかと)

「そんなことまでできるんかいな……」

 

 検索と速読以外の脳に伝わる信号を意識的にシャットアウトさせているということ。つまり今のユーノは1つの検索エンジンだ。別にこれ自体は珍しいものではなく、魔導医療の現場でも麻酔の代わりとして痛覚遮断などに使われている。シャマルも習得しているものだ。

 バルディッシュもフェイトを助けるため、ユーノの講義は毎回記録しているので、ユーノが魔法の歴史や術式で語っていたことを取り出す。

 

――『これ、使い方次第じゃ戦いでも使えそう……』

――『使えることは使えるけど、積極的に使うことはしないでね、フェイト』

――『どうして?』

――『危険だから。古代ベルカ時代にはね、この術式は戦争に使われたんだ。兵士の痛覚を遮断して痛みへの恐怖を和らげることで、どんな怪我をしても戦う兵士を作り上げる。ブースト魔法に精神を高揚させる効果も加えて、これらを同時に兵士にかけることで、恐怖を和らげるどころか感じなくなる。こうなると脳か心臓でも破壊しない限り向かってくるリビングデッドの出来上がり』

――『……ひどい』

――『うん、それが正しい反応だよ。この魔法が持つ危険性をよく理解して多用しないこと。使わないに越したことはない類だよ。バルディッシュも覚えておいてね』

――『Yes』

 

 そこまではいかなくても、調整次第で他の感覚をシャットアウトして聴覚だけにすべてを振り向けると、はるか遠くの微かな音さえも捉えることができたりもする。偵察兵などが良く使う手法でもある。ただし現在ではそんなことをしなくても『ワイドエリアサーチ』などを使う方がよほど正確だしリスクもないので、滅多に使われることはないが。

 よくよく見れば遠巻きながらもユーノの目の下のクマはひどい。口もやや半開き。疲労を感じていないせいかもしれない。皮肉にもユーノ自身が口にしていた危険という言葉をよく理解できる状態だった。

 バルディッシュは下手に精神や脳に干渉してキャンセルするより、ユーノの聴覚なり触覚なりのみを復帰させ、自発的に起きてもらう方が安全だと示す。フェイトもはやてもそれを肯定し、バルディッシュに一部感覚の取り戻しにだけ動いてもらう。

 やがてバルディッシュの呼び起こしに反応したか、ユーノの眉や指がピクリと動いた。フェイトとはやては若干検索数が落ちて本が散らばったところを、やや強引に本を押しのけ、本の檻の中へと滑り込み、ユーノを揺り動かした。

 

「……うぅ……」

 

 ユーノは起きなかったが、検索と速読の魔法はそこで完全に停止し、本の回転やめくりが止まり、その場でただ浮かぶだけに。

 本は片づけておくと言ってくれたクフィルに礼を言いつつ、フェイトとはやてはすぐにユーノを宿直室へと運んだ。

 

 

 

 

 

 シャマルを呼んで介抱していると、ユーノは目を覚ました。無論、厳しい視線を向けるはやて・フェイト・シャマル・クフィルに、ユーノは目を合わそうとしない。

 

「ユーノくん、どういうことやの?」

「…………」

 

 ユーノが起きるまでに、はやてはシャマルから知らされていた。ユーノがこれまでにも何度か倒れていたことを。ユーノから口止めされていたとのことで、フェイトもそれは同じ。はやても幾度か倒れていたことは知っていたが、その回数は全体に比べて数分の一程度に過ぎない。実はその数倍倒れていたなんて寝耳に水だ。

 だから当然、怒っていた。当たり前の怒りであり、シャマルも喋ってしまったことへの罪悪感はあるが、それを謝罪した上でユーノにはっきりとドクターストップをかけて。

 

「……仕方ないんだ」

「何が仕方ないん?」

「わかってるでしょ? 無限書庫の状況を」

「知っとるよ。クロノくんからも聞いとるし、私も司書の人らと仲良うさせてもらっとるさかいな」

 

 激務の無限書庫。それはなのはの事故があろうがあるまいが変わらない。というより、なのはの事故で変わったのはなのはの周辺だけのことで、時空管理局も無限書庫も1人の若手エースの撃墜如きでいちいち麻痺するはずもないのだ。

 

「ですがクロノくんは無限書庫の再編を一旦止めているはずです。だからユーノくんもなのはちゃんの所に来る余裕があったんじゃないですか」

「再編は中断しても日々の業務は変わらない。他の司書の人たちが肩代わりしてくれていただけ。いつまでもそういうわけにはいかないでしょ?」

 

 シャマルがクフィルに視線をやると、事実だと頷きが返ってくる。だから今日はユーノ以外の司書がいない。全員定時に上がらせて休んでもらっているのだと言う。

 2年前ならいざ知らず、無限書庫はユーノとクロノの踏ん張りもあり、支援してくれる部署もできてきた。彼らからの信用を落とすわけにはいかない。日々の依頼をこなして信用を固めなければいけないのだ。書庫整理の業務を後回しにして、依頼への対応と資料編集を最優先に回っている。

 

「ある意味、僕とクロノが来なければ、無限書庫はここまで激務になることはなかったんだ。今の状態にしておきながら司書の人たちに任せっぱなしにするわけにはいかないでしょ?」

「ですがスクライア司書、今は私からハラオウン総務統括次官に依頼して、依頼数を抑えてもらっています。君があんな無茶をしてまで急ぐような状態ではないんですよ?」

 

 リンディもユーノが倒れていることは把握している。そもそもクフィルはある意味、リンディがユーノの補佐にと回してくれた人材だ。ユーノについての報告がクフィルから上がっていて当然。

 司書たちとて決して無能ではない。書庫業務、それも依頼への対応に限定して依頼数まで抑えている現状で、ユーノ1人がいないだけで回らないなんてことはない。

 だからユーノは、書庫業務以外に『何か』をしている。それは明らかだ。

 そしてそれが『何か』なんて、わかりきったことで。

 

「……ユーノ」

「……なに?」

 

 そこでおそるおそるフェイトがユーノに話しかける。ユーノの殊更冷たい返事に、フェイトは一瞬言葉を詰まらせながら。

 

「ユーノがいた辺りって、まだ未整理の区画だよね? その……」

「探す必要があった。それだけだよ」

「…………」

 

 毎日のように訪れていたフェイトだからこそ、現在の無限書庫の開拓・整理状況も自ずと把握できている。だからこその問いかけだ。

 整理や開拓の業務は停止中のはず。整理ができた書籍からの情報収集と資料編集が今の業務。ますます『何か』を示唆する行動でしかない。

 フェイトはそれ以上続けられない。だからはやては苛立ちを含ませながらはっきりと言う。

 

「なのはちゃんの治療法を探してるんやろ?」

「そうだよ」

「……あっさりと認めるんやね」

「知ってるものだと思ってたし」

 

 フェイトが教えたんじゃないのかとばかりにフェイトを見るユーノ。違うよとフェイトは慌てて首を振るが、ユーノは興味なさそうに視線を外すだけで。はやてには少し信じられない。ユーノとフェイトの間にいつの間にかできていたこの大きな溝に。

 

「あんな、ユーノくん。恭也さんから頼まれたことがあるんよ。伝言があるねん。赤星さんと神咲さんからの」

「っ……!」

 

 ユーノがそれまでで一番の反応を見せた。瞬きをして目を忙しなく動かしている。

 

『もう一度きちんと話をしよう。いつでもいいからこっちに来てほしい――』

 

 勇吾と那美からの伝言だった。それだけではない。

 

「なあ、ユーノくん。何があったんか知らんけど、どういうことなん? 『早まらないでほしい』って」

「…………」

 

 無限書庫にはやてを向かわせた何よりの理由。不安をこれ以上なくかき立てた伝言。

 それを聞いたユーノは、唇を引き結んで、ただ黙り込んだ。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。