リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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なのはがユーノの気持ちに気づかない鈍感で、ユーノはなのはに対して罪悪感を持っているという設定は、よく見かけます。

私もユーノが罪悪感を持っているというのは同感です。ジュエルシードをたった1人で追いかけるほどですからね。なのはが撃墜されたときも、きっと罪悪感に苦しんだでしょう。

ですが、なのはが鈍感だというのは、違和感を抱きます。
幼い頃に寂しい思いをしたり無力感に苛まれたりした経験があるので、人の気持ちにはむしろ敏感だと思うんですよね。

原作では恋愛要素を意識して省いているようですが、もしそうではなくて、理由あってくっつかないんだとしたら?
なのはとユーノがなかなかくっつかない理由は、なのはもユーノも互いが最大の理解者であるがゆえに、ユーノの罪悪感をなのはは察していて、その罪悪感を大きくしてしまったのが自分の無茶と撃墜にあるために、なのはもまた罪悪感を抱いていて、ユーノもまたそれを察して、そうして互いに踏み込めなくなっている。

そんなことを思いついてしまった私は、ユーなのを書こうとしても書けないジレンマに襲われる羽目に。
拙作がクロなのであるのは、実はそれも一因だったりします。
まあ、一番の理由はクロなの好きだからなんですけども!


LOCUS 9-3

 おかしい。

 フェイトは足早に無限書庫に向かっていた。

 

――『え? ユーノ、来てないの?』

――『……うん』

――『もう3日も来てねえよ。あの馬鹿はどうでもいいけどよ、ユーノの奴は絶対に冷たい真似はしねえと思ってたのに』

 

 クロノがなのはの見舞いに顔を見せないようになって4日。今度はユーノもまたクロノ同様に来なくなっていると聞いたからだ。

 クロノは忙しいこともあり、それにここ最近は家でもずっと話しかけることを躊躇わせるような雰囲気を発しながらデータや書類と格闘している。仕事は減らしているはずとはやてからは聞いているけれど、とてもそんなふうにも見えなくて、リンディもアルフも心配していた。毎日来られていたわけではないクロノだったが、来られないときは直接ないし通信でフェイトなりはやてなり、もしくは恭也なりヴィータなりに伝言を頼むなど、決してなのはを蔑ろにはしなかったのに、それすらもない。仮に来たところで、ヴィータが病室に入れないだろうけれど。だから医療部の待合スペースまで来て、恭也や美由希などなのはの家族になのはの様子を聞いて、それで帰る。

 そんなクロノに対してユーノは欠かさず毎日来ていた。クロノの便宜もあって休職することができたヴィータほどではないが、事情を知った司書たちが気を遣ってくれることもあり、可能な限りなのはの見舞いに来る。朝の勤務前、昼休み、そして定時後。空いた時間はすべてなのはに会いに行く時間に使っていた。時折顔を見せない時間もあったが、それはシャマルと会ってなのはの状態を確認し、毎日なのはに施される回復の魔法のプログラムをシャマルと共に調整していたらしい。

 

――『さすがね。ここまで来るともう調整ではなくて新しい魔法よ。プログラム生命体の私たちでは為しえない『想像』だわ』

――『そんなことありませんよ。もう調整し過ぎてなのはにしか効果がないでしょうし』

 

 シャマルが感心しつつ照れるユーノが可愛かったと、はやてになのは、そしてヴィータと話のネタにしていた。

 なのはも頬を赤くしていたし、ユーノの来訪はきっとなのはにとって大きな支えになっていただろう。事故の前も、フェイトやはやてたちと微妙な距離が開いてしまっていても、ユーノの下にだけは自ら訪れたほどだ。なのはがユーノを特別信頼していたのは間違いない。

 

(……ユーノ、いつも無理して笑っていたみたいだけど)

 

 そのユーノの前でも、やはりなのはの『笑顔』と『無表情』はなくならなかった。それでも頬を染めたり、ユーノが謝罪するたびに若干『笑顔』が崩れかけるといった変化を及ぼしたり。ユーノだからこその変化が、なのはには見られた。だからある意味、仲間たちは揃ってユーノに期待していたところもある。

 ただ、誰も気づいていないようだが、フェイトにはユーノもまた無理しているのがわかった。

 

(まるで、なのはの『笑顔』……)

 

 なのはのソレほどではなかったけれど、ユーノの笑顔もまたどこかぎこちない。やはりこの2年間、クロノと並んでユーノと多くの時間を過ごしてきただけあって、ユーノの変化をフェイトも感じるようになっている。ユーノへの『依存』も、決して悪いことだけではなかったというところだろうか。

 ただ、時間が経てば経つほどに、ユーノの笑顔はだんだんなのはの『笑顔』に近づいていっている。だからだろうか。

 

――『あんなに温かかった背中が、何だか冷たいなあって……私のせいだから、自業自得なんだけど、ね』

 

 ふと、なのはが零していた言葉が気にかかる。その言葉を聞いたときはクロノもいた。クロノは毎回何かを堪えるようにしていたが、そのときはさらに顔を歪めていたのを覚えている。ヴィータがクロノを決してなのはの病室に入れなくなる、ほんの数日前のことだ。

 そして来なくなったユーノ。フェイトに嫌な予感を抱かせるのもむべなるかな。

 無限書庫は少し前から警備態勢が見直されたため、すぐには入れなくなった。フェイトは焦燥感を抑えながら呼び出しボタンを押す。が、なかなか返答がない。

 

「……まさか」

 

 ボタンを再び押す指に力が籠もる。今残っているのがユーノだったとして、もし倒れていたら。

 返答なし。もう一度。返答なし。さらにもう一度。やはり……返答なし。

 

「……だったら」

 

 フェイトは回り込んで受付の中に入り、司書専用のパスコード入力装置に触れる。

 フェイトは司書ではないから司書登録はされていない。専用のパスコードも与えられていない。クロノは特別に振られているようだが。

 

――『フェイトには僕のコードを教えておくね』

――『いいの?』

――『フェイトなら何も心配いらないし。それに……この前、フェイトに当たるようなこと言っちゃったからさ。その、お詫びと思ってもらえればいいよ』

 

 本来ならパスコードではなく、本人認証として声紋・指紋、または魔力認証などと兼ねるのが一般的だが、そこまでは必要ないと情報部部長が余計な出費と考えたか、パスコードだけの体制となった。相変わらず、軽んじられているのは改善されないらしい。

 律儀に周囲に誰もいないことを確認するのはフェイトらしいというところか。申し訳なさそうに教えてくれたユーノのパスコードを入れていく。ピーッという聞き慣れた電子音と共に、自動扉の横に備え付けの小さな制御灯が赤から緑に変わった。

 フェイトはすぐに扉をくぐり、その奥の重厚な扉を体ごと体当たりする勢いで開く。

 

「ユーノ、いる?」

 

 少し大きな声を出して無限書庫を見上げる。他の司書たちの姿もない。定時から少し経っているが、これまでの無限書庫なら誰かと言わず、ほとんどの司書がいたもの。クロノ曰く、理事官の1人が代わって無限書庫に対して寛容な姿勢を取ってくれるようになり、一旦無限書庫の再編も中断しており、司書の負担も一時的とは言え軽くなっているらしい。ユーノもなのはの撃墜事件後、海鳴から戻ってきてから無茶をする姿勢が少し改善されたこともあり、司書たちも安心して早めの帰宅ができているのだろう。

 返答はなく、司書室の方も確認するが誰もいない。

 

「いないのかな……ううん、そんなことないはず」

 

 念のため、給湯室や宿直室も確認。どこで倒れているかわからないのだから。

 部屋に帰っている可能性だってあるわけだが、フェイトはその可能性について最初から除外していた。ユーノが無茶をしでかすとしたら、必ず無限書庫。クロノのように家に持ち帰って仕事をするタイプではない。無限書庫に寝泊まりしてやるのがユーノだから。これまでもユーノが倒れるときは、いつだって無限書庫だったのだ。

 ふとユーノの机が目に入る。司書だけあってか、整理整頓はお手の物らしく、いつも机は綺麗なものだった。けれど今はずいぶん書類が散らばっている。大事な書類にせよ、別に誰に見られても構わないような書類にせよ、ユーノは几帳面に整えて片づけているのに。まるで慌てて出て行ったかのよう。椅子の上にまで書類が1枚落ちていた。

 

「……?」

 

 勝手に触るのはさすがにまずい。けれどちょっとくらい整理するだけならと、フェイトは机の上の書類をまとめ、束にして机の端に寄せる。椅子の上に落ちていた書類も拾って。

 そこで、その書類に載っていた画像が目についた。

 

「これ……ジュエルシード?」

 

 青い、菱形の宝石。間違いなくジュエルシードだ。

 2年前のP・T事件でプレシアに収集を命じられ、なのは・ユーノと取り合いになり、最後は次元震さえ起こしかけたロストロギア。フェイトにとっては忘れようがないもの。なのはとユーノと知り合い、友達になるきっかけになり、そしてプレシアと別れるきっかけともなった。温かい思い出と、今でも胸にチクリとした痛みを誘う。それでも『懐かしい』と思える程度にフェイトは当時に比べて立ち直れている。

 

――『この宝石は、古代ベルカ時代、エネルギー結晶体として取り合いにもなった。古代ベルカ時代のいずれかの国家が生み出したとの説はあるが、アルハザードの遺産であるとの説がやはり有力である。最後に保有していたのは、新暦65年にスクライア一族がジュエルシードを発掘したことで、古代ベルカの戦乱末期に存在した辺境国家トライアン皇国であることが確定したが、それまでは残存する資料で確認できる限り、古代ベルカ最初期頃まで遡り、当時の軍事大国グラティサント公国であった。グラティサント公国は自らがベルカ発祥の地であることを主張し、ベルカ正統を唱えて当時周辺諸国と戦争をしていたことがすでに知られている。この覇権戦争においてグラティサント公国は伝統のグラオヴェスペ戦法などで当初は優勢であったが、戦争中期頃より連合国側が反抗に転じ、後期には自国の領内奥深くまで追い込まれた。降伏勧告を受け入れないグラティサント公国は自国内でジュエルシードを使用、その結果、壊滅するに至っている。戦後、連合国がいくつかを回収したという記述が散見されるが、このあたりは信頼できる資料がなく、曖昧である』

 

 そう言えばジュエルシードについては詳しい過去の記録などを見たことがない。ただプレシアの命ずるままで疑問など持っていなかったし、P・T事件後も積極的に知ろうとは思わなかった。ユーノはこうして調べていたようだが、言わなかったのはフェイトを気遣ってのことだろう。

 そう思って、ユーノには悪いと思うが、少しだけフェイトはその書類1枚だけを読んでみた。国家1つを滅ぼしたとあって、改めてとんでもなく危険なものを自分は集めていたのだと思い知る。次元震さえ起こしかけるロストロギアなのだから、国家1つ滅ぼすことも充分に可能だろう。

 

――『ジュエルシードは次元干渉型のエネルギー結晶体であるが、望んだ内容を非常に単純な手法で限定的に叶え、かつ過剰な威力を発揮する。『背が高くなりたい』という願いに対し、高層ビル並みの巨大な体になってしまうなどがいい例であろう。このように、元の姿を失ったり、理性を失ったりと、どのような代償を負うかもわからないことも、このロストロギアの危険性を示すものだ。スクライア一族がこのジュエルシードの発掘を行った際、この代償の点を改良したと見られる別のエネルギー結晶体の存在を示唆する古文書が共に見つかっており、聖王家などの有力国家が乱立した覇権戦争の最中もトライアン皇国が中立を保っていられたのは、皇国が技術大国であったためという説を裏付けるものと見られる』

 

 知ると知らないとでは全然違うなあ、とフェイトは感嘆の息を吐く。知って対処するのと、知らないままに対処するのとでは、現場はやはり違ってくる。クロノとユーノが無限書庫の再編を熱望するのは、きっとこういうことなのだろう。

 

「でも、なんで今になってジュエルシードのことを調べてるのかな、ユーノ?」

 

 ふと。ぞくりと背中が震えた。

 まさか、とそう思わずにはいられない。

 

「……ううん、それはないよね。うん、ない」

 

 自分に言い聞かせるようにフェイトは首を振って、瞬間的に浮かんだ予想を否定した。

 

――ユーノが、ジュエルシードを用いて何かをしようとしているなんて。

 

 いや、何かなどとは愚問。なのはのことに決まっている。

 けれどそれは不可能なのだ。

 ジュエルシードは全部で21個。9個はプレシアと共に虚数空間に落ち、残る12個は時空管理局が回収して古代遺物管理部の管理課が封印処理を行った上で厳重保管している。保管庫はこの無限書庫のザルな警備とは違い、事前手続きと3重に亘る認証が必要なロックがある。いくらユーノでも簡単には入れない。まして持ち出そうなんてしたら、途端に機動部隊や本局防衛隊が突入して捕らえられる。

 それにこの資料にもある通り、ジュエルシードは基本的に制御できるものではない。怪我を治すなんて緻密なことはできないし、過剰な力を発揮してしまうから、どんな結果に終わるかもわからない。ユーノは身を以ってジュエルシードの危険性を味わっているのだから、独力でどうにかできないことなんてよくよくわかっているはず。

 

「……ユーノっ」

 

 それでも、安心できないのはなぜなのか。

 フェイトは不安に襲われ、その書類を咄嗟にポケットにしまいながら踵を返した。まずは古代遺物管理部の保管庫を身に行こうとして。

 

 

 

 いきなり、司書室の扉が開いた。

 

 

 

「わっ!?」

「…………」

 

 早足だったのでもう少しで開いた扉にぶつかるところだった。持ち前の反射神経で止まれたけれど。

 入ってきたのは……ユーノだった。

 

「ユーノ……どうしたの!?」

「…………」

 

 ユーノは珍しくバリアジャケット姿だった。ユーノがブレイク系の魔法を教えてくれているが、その際はお互いにバリアジャケットにまでなる必要はなかったし、たまに付き合ってもらう模擬戦くらいだろうか。それもここ最近はやっていないので、本当に久しぶりだった。

 左の脇腹を右手で押さえている。それだけならともかく、若干足を引きずっていて。薄暗い司書室ではわかりづらいが、顔も随分汚れている。

 目の前で騒ぐフェイトがわかっていないのか、ユーノは無言のままで部屋に入ってきた。扉も締めず、フェイトの横をすり抜けようとして――

 

「危ない!」

 

 がくんと膝が折れ、前のめりに倒れそうになって。咄嗟にフェイトが掴まなければ顔面を床に強打していただろう。

 細いユーノとは言え、完全に脱力した人間を支えるのは、如何に普通の女子よりは鍛えているフェイトにもきつい。ユーノの腕を取って自分の首に回し、ユーノを何とかソファーにまで連れて行く。

 

「ユーノ、しっかりして!」

「…………」

 

 急病人や怪我人に対する応急処置はフェイトも士官学校で習っていた。簡単な医療の知識や技能は執務官にも求められるものだからユーノとの勉強で身に付けている。

 熱はないようだったが、息は荒い。四肢に骨折等は見られないが、引きずっていた右足は捻挫だろうか。そして、ソファーに横にしてもずっと脇腹を押さえたままだ。血は見られないから出血はしていないはず。

 だがフェイトにわかるのはそれだけだ。治癒の魔法は練習中だが、ないよりマシだとバルディッシュに手伝ってもらいながらかけてみる。が、やはり効果が薄いのか、治癒魔法が効いている様子はない。

 

「どうしよう……!」

 

 ここまでは自分でも意外に思うくらい、冷静に対応できた。けれど具合が良くならないので、フェイトの焦りは膨らんでいくばかりだ。

 唐突に、苦しそうなユーノの様子に、なのはの姿が重なった。血まみれで運ばれてきたなのはが。

 嫌な想像を首を振ることで払う。大丈夫。死にはしない。そんな怪我ではない。

 

「えっと。そ、そうだ、シャマルに――」

 

 フェイトにできるのはここまで。ならばとこういうときは一番頼りになるシャマルを呼ぼうとして。

 突然伸びてきた手に、手首を掴まれた。

 

 

 

「――やめて」

「……っ!」

 

 

 

 ひっ、という恐怖からくる声を抑えられたのは偶々だ。それでも体がびくつくのはどうにもできなかったが。

 ユーノが、フェイトを見据えていた。幽鬼のような、暗い瞳で。司書室が薄暗いからではない。例え明るかったところで、その瞳に色も光もないだろう。綺麗なはずの翡翠色の瞳は、そこにフェイトを本当に映しているのか。それさえもわからないくらいで。

 

 

 

「誰にも、言わないで」

「……っ、っ……!」

 

 

 

 続けての言葉にも、力などない。意識も絶え絶えにかろうじて絞り出した声なのは明らか。けれど逆らえない。フェイトが咄嗟に頷いてしまうくらい、本能からの恐怖を誘う。

 ユーノが手を離すと、フェイトは掴まれていた手首を庇うようにもう一方の手で掴む。別に掴まれていたところに痕が残るほど痛かった、というわけではない。むしろ掴む力は本当に弱かった。

 

 

 

 けれど……冷たかったのだ。

 

 

 

 あの日。ユーノがフェイトを『理解』してくれたとき。そっとフェイトの手に触れてくれたユーノの手は、本当に温かくて。その温かさと『大丈夫』という言葉があったから、フェイトは勇気を出すことができた。それからも支えられてきた。

 

――『あんなに温かかった背中が、何だか冷たいなあって……』

 

 なのはの言葉が蘇る。

 背中だけじゃない。手まで冷たい。あの温かい手と同じ手と思えないくらいに。

 

「……もう遅いから」

「え?」

「帰った方がいいよ、フェイト」

 

 定時後になのはの見舞いに行ってからの訪問だ。確かに時間的にもう夕飯頃。アルフに無限書庫に寄ってから帰ると通信で伝えているとは言え、長居させるとリンディやアルフを心配させてしまうだろう。

 でもこのままユーノを放置などできるわけがない。むしろフェイトはそんなことを気にしている立場ではないだろうと、少し頭にくるものを覚えて。

 

「そんなことより、今は自分の心配をして」

「僕は大丈夫だから」

「全然大丈夫じゃない」

 

 ユーノの『大丈夫』は、ことユーノ自身についてはまったく信用できない。フェイトは立ち上がり、お湯を沸かして濡れタオルでユーノの顔を拭くことから。ユーノはもういいからと断ろうとするが、フェイトはどうせ口では勝てないからと黙ってやっていく。するとユーノも言うだけ無駄とわかったのか、されるがままに。その間もずっと脇腹は押さえたまま。

 

「ユーノ、何してたの?」

 

 自宅に湿布はあっただろうかと思いながら、一通りやり終わると、フェイトは気持ちがいいからとタオルをそのまま頭につけていたユーノからタオルを取り上げ、もう一度お湯につけてから渡してあげる。

 

「……何でもないよ」

「バリアジャケットまで展開しておきながら何もないわけないよ。それにその脇腹。ずっと押さえてるけど、見せて」

「……あとで治癒魔法かけておくから」

「見せて」

 

 もう一度、強い口調で言う。

 本当に保管庫に行ったんじゃないだろうか。そうフェイトは考えるが、保管庫に行ってこんな怪我をするわけがない。あるとしたらそれこそ保管されているロストロギアで何かしようとして取り押さえられること。とは言え、だったらここに戻って来れるわけもない。

 訓練だとしたらどこかの訓練室を借りてのことだ。訓練室の使用は当然ながら事前申請が必要。そのくらいならフェイトでも調べられる。ユーノが言わないのなら、すぐにでも総務部や武装隊に問い合わせて調べるまでだ。

 ただそれよりも今は手当てだ。本当なら無理やりにでもその手を引っぺがして確認したい。ただどうしても先ほどの冷たい手の記憶が蘇ってきて、触れるのを躊躇ってしまう。

 

「大丈夫だって言ってるじゃないか。もう充分だから」

「……いやだ」

 

 拒絶とも取れる言葉に、フェイトは身を震わせる。

 

 

 

 けれど……耐えた。

 

 

 

 いつもならそれで引き下がっただろう。ごめんと言って、ユーノもそれでごめんと返して。いつものパターンだ。

 

――『誰が何と言おうと自分を貫く』

 

 ずっと考えていた。クロノに言われたことを。

 クロノはあれからも気にかけてくれている。指摘されたときにクロノに反抗してしまったが、決してクロノはフェイトを嫌いになったわけではない。それはリンディやエイミィからも聞いている。クロノもぎこちないながらも挨拶はするし、フェイトに話しかけてくることもある。

 初めての兄妹喧嘩ね、とリンディもエイミィも心配いらないと言い、クロノに文句を言ってやるといきり立つアルフを抑えて。

 そう、クロノは反抗したフェイトを嫌ってなどいない。リンディもエイミィも。このくらいで、築いてきた『絆』は揺るがない。

 だからかもしれない。拒絶にも耐えられたのは。ユーノだって本気で嫌うようなことはない。わかってくれる。いつだってわかってくれたユーノなのだからと。

 

――『その程度で疎遠になるのならそれまでと言ったが、僕はユーノと『その程度』であるつもりはない。本当に『その程度』であったら、僕とユーノの関係は当の昔に切れているさ』

 

 本音で語って、喧嘩をして。そのくらいで絆は壊れない。これまでに築かれた絆は、『その程度』で崩れはしない。

 クロノはユーノとの関係をそう信じている。

 そしてそれは、フェイトとなのはを見ていたからわかったのであり、2人のおかげなのだと、クロノはそう言ってくれた。

 P・T事件でなのはと本気でぶつかり合い、今では無二の親友だ。シグナムだってそうだ。

 ならば。ユーノとだってそうなれる。なれないはずがない。フェイトにだって、ユーノとの絆は『その程度』ではないくらいの自信がある。

 

「こんな怪我をしたユーノを放っておくなんて、私にはできないよ」

「別に死ぬようなものじゃないよ」

「……ねえ、ユーノ。さっきユーノが倒れたとき、私がどれだけ怖かったかわかる?」

「…………」

「なのはの姿が重なったんだよ。怖かった……」

「……大袈裟だよ」

 

 ユーノが顔を逸らす。大袈裟なんかじゃないと訴えるも、ユーノはやはりそのままで、けれど何も言わなかった。

 無視されたことには別に何とも思わない。それよりも気にかかることが、もっと嫌なことがあったから。

 横顔ではあるが、今もそうだ。

 

 

 

 ユーノの顔は、なのはと同じ、あの『無表情』だった。

 

 

 

 ユーノが自覚しているのかどうかはわからない。笑顔のことだってそうだ。最近、なのはの『笑顔』にどんどん近づいていっている。

 違う。

 なのはが人を明るくさせる笑顔の持ち主なら、ユーノは温かい気持ちにさせてくれる笑顔の持ち主。

 最近の笑顔は、ユーノの笑顔ではない。この『無表情』だって、ユーノにはあまりに似つかわしくない。笑顔でいることを強要する気はないけれど、今はただ、それが我慢ならなかった。

 

「ユーノ。本当に何してたの?」

「……何でもないよ。ちょっと気晴らしに遺跡に行ってただけだから」

「1人で?」

「発掘するわけじゃないから。見に行ってただけ」

「うそ。見に行っただけでそんな怪我するわけない」

「ヘマしたんだよ。僕だって失敗くらいする」

「……ユーノ。お願いだから、本当のこと言ってよ」

「……本当も何も、言った通りだよ」

 

 埒が明かなかった。

 なのはがこんな大変なときにユーノが遺跡に行くこと自体が信じられない。気晴らしなんかしている場合かなどと責めたいわけではない。ただユーノの性格的に、そんなことをするとは思えないのだ。

 本当に行っていたと言うのなら、きっと行かなければならない何かがあったと考えた方が納得もいく。

 先ほどの資料のことが、ジュエルシードのことが、嫌でも頭に浮かぶ。でも何となく勝手に机の上の資料を見ましたなんて言える雰囲気ではなくて、卑怯だと自分でも思いながらフェイトは聞けずにいた。

 

「……なのは、寂しがってるよ?」

「っ」

 

 ユーノの『無表情』が崩れる。崩れて歪んだだけで、決して笑顔になるわけではなかったけれど。それでも『無表情』よりかはマシだった。自分がどんなに心配していることを伝えても崩れなかったのに、なのはのことだと途端に崩れる。それが何だか、フェイトには少し複雑だったけれど。

 

「私とはやてに、なのはのそばにいてあげてねって、ユーノ言ったよね。ユーノもいてあげてよ」

「…………」

「つらいのはわかるよ。私だって、なのはのあんな『笑顔』も『無表情』も見たくない。でもなのはだって、きっとつらい思いをしてる。だから今は、つらくてもそばにいてあげることが大事なんだって、私は思う」

「……フェイトは」

「え?」

「フェイトは、本当に強いよね」

「そんなことないよ。私は……まだまだ弱い」

 

 クロノに指摘されてようやく気付いて。なのはが堕ちて嫌でも痛感した。こんなときでも、自分は誰かに頼ろうとしている。1人では不安で、必ず誰かに保証してほしくて。正しいよと、合ってるよと、認めてもらわないと怖くて。嫌われたくないばっかりに、自分を抑え込んで。

 フェイトはなのはの撃墜から立ち直るのに時間がかかった。けれどユーノは、一時行方不明にまでなったものの、戻ってきてからすぐになのはに会いに行き、それからも毎日通い続けた。笑顔でなのはに接し、なのはのためにいろいろ調べて、それでいて仕事もしっかりこなして。その上でユーノは、フェイトもはやても支えようとする。なのはが撃墜された直後、行方不明になるまでは、クロノと一緒にフェイトやはやてを励まし続けた。フェイトはただただ落ち込み、涙するばっかりだったのに。

 

「クロノにも言われちゃったんだ」

「……なんて?」

 

 最初はユーノに相談することを考えもした、クロノから言われたこと。けれど相談することそのものが問題と言われている気がしないでもなく、なのはの怪我でそんな場合でもなくなって結局できず。

 今この話をするのもどうかと思ったが、フェイトは話してしまう。

 

「――大丈夫だよ」

「え?」

 

 するとユーノは、やはり顔はこちらに向けないまま、けれどいつも相談すれば励ましてくれる時と変わらず、『大丈夫』と、その言葉を口にした。

 

「フェイトはちゃんと自分の道を進んでる。ただフェイトは自己主張をあまりしないからね。そこさえ直せばいいんだよ」

「……そうかな?」

「たぶん、もっと我儘になれって。少しくらいなったところで、誰も怒りはしないって、そう言いたかったんだと思うよ、クロノは」

「…………」

「いちいち難しく言いすぎなんだよ、あの真っ黒クロスケ。ホント、性格悪いよね。うん、えげつない」

「……ふふ」

「フェイト?」

「何でもないよ」

 

 自己主張をしないことについてはユーノに言われたくない気もするし、クロノに対するいつも通りの態度に、フェイトは自然と笑みが零れた。本当に、2人は仲がいいなと、思わずにはいられない。

 そして、こんなときでも。ユーノの『大丈夫』は、本当に安心できて。その『大丈夫』には、いつも通りの温かみが宿っていて。これに頼ることこそが『依存』なのだろうと自覚できるのに、やっぱりこれにはそうさせるだけの魔性のようなものがあって。手は冷たいけれど、でもやっぱりユーノはユーノだと、この上ない安心感をフェイトに抱かせてくれる。

 

「ユーノはすごいよ。今もそうだし、なのはのことになると本当に。私もなのはの親友として負けないつもりだけど、ユーノには叶わないなって、結構悔しかったりするんだ」

「そんなこと、ないよ。僕なんか……僕は、弱い」

 

 行方不明の間、何があったのかは知らないけれど、勇吾と那美に会っていたらしいユーノは、戻ってきたからというもの、口癖であった『なんか』という言葉を言いそうになっては訂正することが多くなった。頑張って『なんか』という言葉を使わないようにしているのだろう。それが何だか面白くて、いったい何回繰り返すだろうかと、密かになのはとはやてとヴィータと一緒になって数えたこともある。それを指摘してやると、ユーノは「うぐっ!?」なんて言葉に詰まっていた。

 

「うん。ユーノだって弱くなるときがあるよね。でも、私はそれでいいと思う。私なんて何かあるたびに誰かに頼っちゃうから。ユーノにも、いつもいつも頼ってた。今だって怪我してるユーノに相談しちゃったし」

「…………」

「だからね。ユーノがつらいときは、頼ってほしいな」

「え?」

「頼ってばっかりだから。ユーノには勉強も見てもらってるし、魔法も教えてもらってる。少しずつ返していきたいんだ」

「……いいよ、そんなこと気にしなくて」

「うん。ユーノはそう言うだろうなって思ってた。でもダメだよ。ユーノだって大切な親友なんだ」

 

 フェイトはユーノの左手を思い切って取った。やっぱり冷たくて、その冷たさに胸が痛くもなる。

 目は口ほどに物を言うなんて言うけれど、手も心をよく示すものだとフェイトは聞いたことがある。その手を取れば、相手の心がよくわかると。握手をするのは、手を介して心を繋げる行為なのだと。

 ユーノだってつらいときがあって、きっと今のユーノは心が疲れているから。だから手も冷たいだけ。

 ならば今度は自分の番。あのとき支えてくれた温かさを、今このときに少しでも返せたらと、フェイトは両手で握り締め、あのときと同じようにそのまま額へ持っていった。

 

「……ふぇ、フェイト……?」

 

 ユーノの手が緊張しているのがわかる。手を通して、固まっているのがよくわかった。目を開けてユーノを上目遣いに見てみると、ユーノは右腕を支えにして上半身を少し持ち上げていて。額に乗せたままだった濡れタオルが、ずれてソファーの上に落ちて。それに気づいているのかいないのか、唖然とした表情をユーノが浮かべているのを見て、フェイトは今度こそ満足した。

 自分がどんなに心配しても崩れなかったのが複雑だっただけに、ようやく自分がユーノの『無表情』を崩すことができたのが、何だかちょっと気分がいい。

 だからフェイトは、ユーノにその嬉しさを伝えるかのように、笑いかけた。

 

 

 

 

 

 温かかった。

 向けられた笑顔の、握り締める手の、なんと温かいことか。

 なのはが自分を助けてくれたとき、なのはが笑ってくれたとき、なのはが触れてくれたとき。

 その温かさに、救われてきた。なのはに『依存』してしまったのは、その温かさに惹かれたためとも言えるだろう。

 あのとき。フェイトが涙を流しているのを見て、放っておけなかった。こんなに自分に近い境遇を持つ子が泣いていると思うと、とても他人事には思えなくて。差し伸べた手を、その子は必死に掴んできて。

 助けたい、この子を支えたいと、強く望んだ。

 それが今、まったく同じように掴まれながら、その子の温かい手に、今度は自分が救われようとしている。

 離したくない。この温かさを、もっと感じていたい。

 本当に、そう思ったのだ。

 なのはではなく、温もりを、このとき確かに――フェイトに、求めたのだ。

 けれど。

 

 それは、許されない。許されないのだ。

 

 なぜなら、それこそが、自分の中にある『依存』なのだろうから。

 

 フェイトの温かさと優しさの前に忘れそうになった、ほんの数日前に決めたはずの『覚悟』を、必死に手繰り寄せる。

 

 

 

――『嫌われてでも、為すべきことがある』

 

 

 

 クロノは決意していた。

 その姿が何だか、ひどく羨ましかった。

 この期に及んでなのはに縋ろうとしてしまう自分に比べて、クロノは本当になのはやフェイト、はやてのために心を鬼にして道を切り開こうとしている。例え嫌われてでも、彼女たちを守り、支えようとしている。巨大すぎる組織を相手に、闇に染まった不正を前に、それでも退かずになのはたちを守り、戦う意志を示して見せた。

 

 

 

 認めたくはないが、あの瞬間、同じ男として、ユーノ・スクライアは、本気でクロノ・ハラオウンを――――尊敬した。

 

 

 

 同時に、同じ男なのになぜこうも違うのかと、自分が惨めで、醜くて、卑しくて、堪らなくなった。しかも自分が取った行動は、クロノを追い出すこと。絶交を叩きつけること。そんな器の小さい自分がひどく情けなくて、自己嫌悪に苛まれた。

 もう引けはしない。謝ってどうにかなるものではない。

 事実、謝ったところで、なのはは喜ばなかった。クロノも、喜びはしないだろう。

 

 

 

 きっとまだ足りないのだ。なのはに嫌われたくないあまりに、まだまだなのはに『依存』しているのだ。

 

 

 

 なのはは人の心に敏いから、きっと自分の『依存』なんて当に見抜いていて。ただでさえ重い現実を突きつけられているのに、それでも笑っていなければと無理をさせている。更なる重荷になってしまっているのだ。

 それではいけない。支える立場に在るくせに、重荷になっているなんて言語道断。

 なのはに嫌われることを、恐れてはいけない。嫌われてでも、為すべきことを為さねばならない。

 クロノはきっと、結果を出して見せるだろう。生真面目で堅物で、実は性悪で腹黒な不良執務官は、腹立たしいけれど確かに優秀で、有言実行して見せる奴だから。提督どころか、いずれはなのは・フェイト・はやてたちが理想を叶えることができるような、そんな時空管理局へと本当に変えてくれる存在になるだろう。

 

――だから自分も、結果を出さなければならない。嫌われることを恐れていてはいけない。

 

 そう『覚悟』したのではなかったか。

 なのに今。自分が何をしようとしたのか。それを考えて愕然とする。

 

 

 

 ただ単に、なのはの代わりにフェイトに縋ろうとしただけではないか。

 

 

 

(フェイト……やっぱり君はすごいよ)

 

 ほんのちょっと強く言えばいつも引いていたフェイトが、押し返してきたのだ。

 だからちょっとだけ、今しがたのフェイトの相談は滑稽に思った。たった今、君は自分を強く出して押し返して見せたじゃないかと。それに気づいていないフェイトが、何だかおかしかった。

 わかっている。彼女はいつだってそうだ。迷いながらも、必ず前に進む。立ち向かっていく強さを持っている。

 

 

 

 だからこそ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンに、ユーノ・スクライアは憧れた。

 

 

 

 だからこそ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンに、ユーノ・スクライアは嫉妬した。

 

 

 

 勝手に憧れ、勝手に嫉妬した挙句、フェイトに八つ当たりをし、ひどいことを言い、彼女の心を傷つけてきた。

 それでもフェイトは、ユーノ・スクライアを嫌うこともなく、大切だと、親友だと言って、そばにいてくれる。

 そんなフェイトを――

 

(もうこれ以上、僕の『依存』の対象なんかにしちゃいけないんだ)

 

 『覚悟』を、思い出せ。

 もう勇吾にも、那美にも、別れは告げた。

 きっともう、嫌われただろう。昨日の今日でもう諦めるような馬鹿な奴など知ったことかと。

 そもそも会ったことなど僅かな回数。那美に至ってはまだ1回。それでも抱きしめ、手を握り締め、優しくしてくれた。なのに自分は裏切ったのだから、嫌われて当然。

 けれど――それでいい。

 

 

 

――『嫌われてでも、為すべきことがある』

 

 

 

 自分がしようとしていることは、嫌われていなければならないことだから。そうでなければ、余計な負担をかけてしまうから。嫌われてさえいれば、何とも思われないだろうから。

 だから。

 

(……ごめんね、フェイト)

 

 いや、そうじゃない。言われたはずだ。変に謝るなと。人に何かしてもらったときは――

 

(――ありがとう、フェイト)

 

 君がいてくれたから、僕は今日まで、頑張ってこれた。

 今更ながらに気づいた。気づくことができた。

 なのはだけじゃない。自分は、フェイトにもずっと救われていた。

 この2年、なのはは忙しくて、自分も1人暮らしを始めたこともあって、一緒にいる時間は急速に減って。寂しい、悲しいという感情を、無限書庫での激務に身を置くことで忘れようとした。ただの問題の先送り。いつかは潰れたことだろう。

 

 

 

 そうならなかったのは、他でもない、フェイトのおかげなのだ。

 

 

 

 きっかけはフェイトからの相談。そこから始まったフェイトとの交流。お互いが『依存』し合うという、お世辞にも真っ当とは言えない関係かもしれないけれど。それでも2年間も頑張ってこれたのは、フェイトの存在なしには語れない。

 八つ当たりをしても、ひどいことを言っても、傷つけるようなことをしても。フェイトはずっと、自分を頼り、そばにいてくれた。

 今だって、自室ではなく、誰もいないはずの無限書庫に戻ってきたのは、ここにいればいつもフェイトが来てくれたから。

 たぶん、そうなのだろう。きっと、そうなのだろう。

 そして本当にフェイトはここにいて。フェイトの姿を見たとき、何も言えなかったのは、言葉すら失うほど嬉しかったからだ。そしてやっぱりフェイトは心配して。拙いながらも介抱して。そして、笑いかけてくれている。

 

 

 

 だから、もう、終わりにしよう。

 

 

 

 こんな優しくて温かい、綺麗な笑顔を向けてくれる女の子を、これ以上『依存』の対象にしていいはずがない。

 不本意ではあるが尊敬する悪友の、大事な家族であり義妹を、これ以上振り回してはいけない。

 大丈夫。彼女はユーノ・スクライアなんかいなくても進んで行ける。彼女の周囲には、頼れる人がたくさんいるのだから。

 そもそもユーノ・スクライアなど、彼女の人生において、まったく無用の長物だったのだから。

 なのはのためにも。はやてのためにも。

 そして。

 フェイトのためにも。

 嫌われてでも……為すべきことを為す。

 今度こそ、『覚悟』を決めろ、ユーノ・スクライア。

 まずはこの、温かい手を――

 

(本当に、本当にありがとう――――フェイト)

 

 

 

 

 

――振り払う。

 

 

 

 

 

 自分が何をされたのか。フェイトにはわからなかった。

 

「……え……?」

 

 目の前にいるのはユーノで。その顔は俯いていて見えなくて。掴んでいた手は――振り払われていて。

 

「……あの、ユーノ……?」

「……帰ってくれないかな?」

「え……」

 

 何を言われているのか、まったく理解できなくて。

 

「帰ってって、そう言ったんだ」

「っ!?」

 

 忌々しげに放たれた言葉と共に向けられた顔に、フェイトは後ずさる。

 『無表情』。

 わからない。つい今、崩れていて、感情のある顔をしていたのに。何が、再びユーノにこんな表情をさせたのか。自分の何が悪かったのか、まるでわからない。

 

「あの、ユーノ? ごめんなさい、私、何か気に障ること――」

「もう、僕に構わないで」

「……え?」

 

 もう一度ユーノに手を伸ばそうとしたフェイト。だが、ユーノはその瞬間。

 

 

 

「僕に構わないでよ!」

 

 

 

「!?」

 

 その手を、拒絶した。

 これまでにないほどの、これ以上ないほどの、明確で、はっきりとした、拒絶。

 

「あ……その……」

 

 ユーノが顔を逸らした。もうその横顔さえ窺えない。

 無意識のうちに、フェイトは一歩、また一歩と下がって行き。

 

「……っ!」

 

 耐えきれなくなって。踵を返し、司書室から逃げるように飛び出した。

 

 

 

 だから、嫌われたという恐怖と途方もない喪失感に、体を震わせながら必死に耐えるユーノを、フェイトが知ることはなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんなにはやてが迫ろうとも、ユーノに答える気配はなかった。のらりくらりと質問を躱すユーノ。フェイトは何度か話しかけようとするも、やはりできなくて。不自然なほど、フェイトはユーノと距離を取っていて。

 

「……ユーノくん、そろそろ私も我慢の限界やで?」

「……だから?」

 

 目も合わそうとしない。いったい何なのかわからない。悪いことをしてしまったのなら申し訳なく思うし、その態度もわからないでもない。けれどはやてはそんなことをした覚えはないし、そろそろ怒ってもいいだろう。だから、ユーノがまるで挑発しているような態度を取ったとき、はやては宿直室の床を叩いて立ち上がった。

 

「何なん、自分!? わけわからんわ!」

「そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ」

「聞こえとるんやったらちょっとは忠告も聞きいや! 何でそんな無茶するん!? それも最近になっていきなり! 毎日毎日あんなことしてたとか、正気の沙汰ちゃうわ! ユーノくん、自分で言うてたやんか! 検索数と速読スピードは抑えておかんと、下手したら廃人になるて!」

「だから抑えてるって言ってるでしょ? 全力でやればもっとたくさん、もっと速くできるよ」

「五感を遮断してる時点でやり過ぎやっちゅうとんねん!」

 

 掴みかからんばかりの勢いに、フェイトとシャマルがはやてを羽交い絞めにする。クフィルはユーノとはやての間に入ることで止めに入るが、その目は明らかにユーノを責めていた。

 

「それにフェイトちゃんに対して、あまりにひどないか、自分!? 毎日毎日、フェイトちゃんがどんだけ心配してここに来てると思ってるん!?」

「頼んだ覚えはないよ。僕に構わないでって、そう言ったよね、フェイト?」

「っ……!」

「この……!」

「いけません、はやてちゃん!」

「スクライア司書、いったいどうしたんですか!? 貴方らしくもない!」

 

 ユーノとフェイトの間にあったことを、はやてもシャマルもクフィルも知らない。フェイトは喋らないし、もちろんユーノも喋らなかった。喋ったところで、結局のところ、どう見ても悪いのはユーノの方だ。ユーノのフェイトに対する明らかな冷たさは、はやてたちに向ける冷たさ以上だ。

 

「なのはちゃんがこれを知ったら、どう思うかわからへんの!?」

「……うるさいな」

 

 挑発的な返しを冷静に発していたユーノだが、やはりなのはの名が出た途端に苛立ちが籠もり始める。自覚している証拠だ。

 なのはをダシにするのは卑怯であることははやても重々承知している。けれど怒り心頭状態にある今のはやては、それでも続けた。

 

「なのはちゃんはな、ユーノくんのことをホンマに信頼しとんねん! 今のユーノくん見てるとホンマに納得いかんのやけどな、ユーノくんが来たときはなのはちゃんの様子も違うんやで!?」

「同じだよ。『笑顔』と『無表情』……それ以外なんて全然見せてくれない」

「わかってへん! 全然わかってへんわ、ユーノくんのドアホ!」

「じゃあ何が違うって言うんだよ!」

「ユーノくんが来たときはな、なのはちゃんが『笑顔』でいる方が格段に多いっちゅうねん! そやろ、フェイトちゃん!?」

「あ……うん」

 

 ユーノが口を噤んだ。

 ユーノがいるとそうなのだから、ユーノは自分がいないときのなのはを知らないわけだし、その反応も当たり前だろう。

 ユーノの前では笑顔でいたい。そんななのはの心の表れではないかと、はやてもフェイトも思っている。本当に信頼し合っていた2人の姿は、からかいたくもなるけれど、2人が本気で好き合っているのなら、是非とも応援してやりたい。そう思うくらいだったのに。

 

「なのはちゃんな、クロノくんと喧嘩か何かしたみたいなんや! だからすごく落ち込んどんねん! こんなときこそ、ユーノくんが支えてあげなアカンやろ!」

「……ユーノ」

「ユーノくんなら、なのはちゃんを支えられる。みんな、そう期待してるんです」

「スクライア司書。貴方がどうしていきなりそんな態度を取るようになったのかわかりませんが、高町さんは大切な子なんでしょう? 治療法を探そうと頑張るのは構いません。ですが、今貴方が一番彼女のためにできることは何か、わからないなんてことはないでしょう?」

 

 拳を震わせながら俯くユーノ。何かを必死に耐えているかのようだった。

 それを見て、少しだけはやても落ち着いた。今のユーノが、本気で口にした通りのことを思っているなんて、そんなことは露ほどにも信じていない。この2年、ユーノとはやても友達としての関係を育んできた。笑い、からかい、落ち込み、励まし、特に融合デバイスのことでは無限書庫で一緒に資料を探し、ああでもないこうでもないとプログラム構築でも意見を言い合い、必ず作り上げて見せると力を合わせた。なのはが堕ちたときも、行方不明になってしまうまでの数日間、クロノと一緒に自分たちを励ましてくれたのはユーノなのだ。

 きっと今のユーノはちょっと疲れただけ。一向に直らないなのはの『笑顔』と『無表情』に、無力感に苛まれただけ。それははやてやフェイトだって同じだ。それでも、誰1人なのはのことを諦めていない。なのはがいたから今のこの絆がある。だから今度は自分たちがなのはを助ける番なのだ。なのははもっとつらい立場なのだから、休憩はすれど、必ず立ってなのはを支え続ける。そう、はやては信じている。

 

「……わかってないのは、はやての方だよ」

 

 けれど、ユーノはそんなはやての信頼を自ら崩そうと言うかのように呟く。

 

「何がわかってないっちゅうねん?」

「僕がいて、何か変わった? なのはの『笑顔』や『無表情』がなくなった?」

「それはっ……変わってへんけど、でも!」

 

 ユーノがいると、なのはは頬を染めたり、ユーノの謝罪に『笑顔』が崩れかけたりと、ユーノがいてこその変化というものがある。はやてたちがユーノに期待する理由だった。

 ただ『笑顔』や『無表情』そのものが消えるわけではない。結果が出ているとは言い難い。そんなことはないとはやては否定するも、ユーノにはまるで届いていない。

 

「なのはが笑顔を失っているのに、それを助けることもできない。リンカーコアも、足も、僕には治すことができない。こんな無力な僕に、どうやってなのはを支えられるのさ?」

「そんなことあらへん! なのはちゃんが堕ちる直前、一緒にご飯食べたやろ? あのとき、ユーノくん、なのはちゃんが後で怒るかもしれへんのに長いこと寝かせてあげてたやん。そのとき言うてたやんか」

 

 忘れるわけがない。ユーノがどれだけなのはを大切に思っているか、それがわかった瞬間でもあったのだから。なのはの親友として悔しいような、そして乙女としてはなのはが羨ましいような、いろんな感情がはやての中に溢れたものだ。

 

――『2人が心配しなくていいよ。元々ギリギリまで寝かせてあげるつもりだったし』

――『……なのは、怒ると思うよ?』

――『だろうね』

――『だろうねって……ユーノくん、今のなのはちゃんを怒らせたら口聞いてくれへんくなるで?』

――『そんなふうにはなりたくないけど……なのはは、きっとわかってくれると信じてるからね』

 

 嫌われることを恐れるユーノが、唯一例外と言っていい存在がなのはだ。例え一時嫌われたとしても、なのははきっとわかってくれるからと。

 

――『ユーノくん、いつも私と一緒にいてくれて守っててくれたよね。だから戦えるんだよ。背中がいつも温かいから』

 

 その言葉があったからこそ、ユーノにとって、なのはだけは例外足りえた。

 しかしはやては知らなかった。

 そのなのはが、最近『背中が冷たい』と言っていたことを。

 そして、それを知るフェイトは、ユーノの顔からどんどん感情という色がなくなっていくのを感じ取っていた。

 

「信じているなんて、体のいい言葉だよ。僕はそんな言葉を使って、なのはを助けた気になっていただけだ。そうだよ、僕はそうやって結局、なのはに『依存』してたんだ」

 

 あのとき、なのはを休ませたのはユーノではなく、恭也だ。ユーノにとって、あの出来事は恭也の手柄であって、ユーノはそれに便乗して長めに休ませたに過ぎない。少なくとも、ユーノにとってはそれが『事実』だった。

 ここにきて、はやてもユーノの『異常』に気づき始めた。シャマルも、クフィルも。一番に気づいていたフェイト同様、ユーノが浮かべている顔が、なのはと同じ『無表情』であることに。

 

「それに、はやてはもう1つわかっていない」

「な、何や?」

「なのはが僕の前で『笑顔』が多い理由だよ。僕がいるから? そうだろうね、確かに僕がいるからだ。でも、はやてが思ってるような、そんなお気楽な理由じゃないよ」

「お気楽……ほな、何やっちゅうねん!?」

「……僕には、責任がある」

「責任て……せやからそれはユーノくんのせいやないって何度も言うてるやんか!」

 

 なのはを魔法の世界に引きこんだ責任。

 ユーノのなのはに対する責任の話となれば、誰もがこれであることは察していた。そしてその度に、それは違うと諭してきた。

 なのはは父の士郎から『自分自身に助ける力があって、そして助けを求める人が目の前にいるのなら、その時は迷ってはいけない』と教えられていた。ユーノだけでなく、フェイトやはやてを助けたのも、なのはに深く根付いたその教えであるところが大きい。もちろん、なのは自身が困っている人や助けを求める人を放っておけないという生来の優しさによるところも大きいけれど。そしてその教えはなのはだけではなく、恭也や美由希の中にも宿っている。

 けれど、ユーノはそれとこれとは話が別だと言う。

 

「なのはにも体調管理の怠りや無茶のし過ぎもあったと思う。士郎さんからの教えも一因だと思う。でもそれはそれだよ。管理外世界の人にみだりに接触してはならない。魔法のことを教えてはならない。次元世界や時空管理局の存在を明かしてはならない。これを破ったのは僕だ。なのはじゃない。僕がこの決まりを破らなければ、なのはは魔法を知らずに、あの世界で普通に生きていけたんだ」

 

 規則を破った。こればかりはなのはのせいではなく、ユーノの責任だ。厳然たる事実である。

 ただ何よりの問題は別にあって。

 

「なのははきっと、僕のこの罪の意識に気づいてる」

「!」

 

 はやてだけではなく、フェイトもシャマルもクフィルも一瞬息が止まるほどの驚きを示す。そしてユーノが何を以って『わかっていない』と言うのかを理解した。

 

 

 

 すなわち、なのはがユーノの前では殊更『笑顔』でいようとするのは、ユーノの罪の意識を感じ取っているからこそ、自分が堕ちたことでユーノのその意識を大きくしてしまったのだという罪悪感のせいなのだと。

 

 

 

――『あんなに温かかった背中が、何だか冷たいなあって……()()()()()()()、自業自得なんだけど、ね』

 

 

 

 思い至ったはやての横で、なのはが口にしていたことを思い出しながらフェイトは唇を噛んだ。どうして気付かなかったのかと。

 ユーノの言っていることはおそらく事実。だってなのはは言っているではないか。

 『私のせいだから』と。

 この言葉は、『心配させてしまった』という意味ではない。『ユーノが元々持っていた罪悪感を大きくしてしまった』という意味だったのだ。

 なのはとユーノ。2人はお互いを誰よりも信頼し、誰よりもわかり合っていた。

 それが、逆に互いの中にある罪悪感に気づかせてしまった。

 互いに『笑顔』を浮かべ、『なのはが悪いんじゃない』『ユーノくんが悪いんじゃないよ』と訴え続ける。お互いに自分こそが悪いと思っているから、相手にそんな『笑顔』をさせてしまうことが苦しくて。より一層『笑顔』で接し、そのうちどうすればいいのかわからなくなって。

 

「だから……僕はいない方がいい」

「ホンマにそんでええんか? なのはちゃんのこと、好きなんやろ? せやったら――」

 

 なのはへの好意。それはある意味、最後の歯止めだったかもしれない。

 けれど、今のユーノにはそれさえも通じなかった。

 

「好きだよ! 好きだからこそ……この罪を償わないといけないんだ」

「ほんならその罪は私らかて同じや! ユーノくんとなのはちゃんが出会うたからこそ、私はこうして今ここにおんねん!」

「わ、私だってそうだよ、ユーノ! 2人が会わなかったら、私は今頃……!」

「違う! それは結果がそうなったってだけの話だ。フェイトとはやてに罪なんてない」

「それこそちゃうわ! ユーノくん、言ってることおかしいわ! 自分1人で何もかも背負おうとして! 私ら、親友やんか! ちょっとは背負わせればええやん!」

「はやてにそれを言われたくないよ!」

「っ!」

 

 見据えてくる目に、はやてはたじろいだ。ユーノが何を言っているのか、何のことを指しているのか、嫌でもわかるからだ。隣でシャマルもつらそうに俯いた。

 そう、はやてもまた、背負っている『罪』がある。

 

――『闇の書』という罪を。

 

「はやてには何の罪もない。なのに、歴代の主がやったことまで背負おうとしてる」

「……私は、夜天の王なんや。なるって決めたんや。『私』自身に罪がなくても、『夜天の王』としてせなアカンことがある」

「なら僕だって同じことだよ。何が違うの?」

「…………」

 

 時空管理局ですら、はやてには居場所がほとんどない。庇ってくれているクロノやなのはにフェイトといるとき、そして無限書庫とユーノの所くらいのものだ。闇の書事件で犠牲になった本人や家族、そして時空管理局内でもはやてを危険視する者は後を絶たないし、根も葉もない噂や誹謗中傷さえ飛び交う。

 仲間の誰もが、はやてのことを心配している。はやてだってそれはわかっているから、普段は気にされたくないと明るく振る舞っていた。

 

「……ちゃう」

 

 自分と同じだと。そう言われて、はやては途端に怖くなってくる。目の前のユーノの『無表情』が。

 これがもし。自分を押し殺して押し殺して押し殺して、その結果として辿り着いたものなのだとしたら。

 いずれ自分も、こんな顔をするのだろうか。

 

「私は、ユーノくんとはちゃうで……!」

 

 だから否定する。ユーノとは違う。自分は家族を手放したくない、幸せになりたい。その気持ちを忘れてなどいない。とにかく自分を断罪しようとするユーノとは違う。

 

「同じだよ」

「っ!」

 

 瞬間、ユーノの頬を引っ叩いていた。

 叩いてから、じんわりと痛む手の平に、やってしまったと後悔の念が浮かぶ。

 わかっている。ユーノとまるで一緒ではなくても、確かにユーノと似通う部分があることを。だからこれは、単なる八つ当たり。こんな『無表情』になどなってたまるかという苛立ちの発露だ。

 認める心と、認めたくない心。その板挟みとなり、居たたまれなくなって。

 はやては涙を浮かべながら、勢いよく立ち上がり、早足で宿直室を出ていく。

 

「は、はやて!」

「はやてちゃん!」

 

 シャマルがすぐに追いかけていく。フェイトはユーノとはやてをそれぞれ見て迷っていたけれど、「……行きなよ」とだけ言ってもはやフェイトのことも眼中にないと言わんばかりのユーノから視線を外し、そのまま出ていく。

 

「……本当に、これでいいんですか、スクライア司書?」

「…………」

 

 残されたユーノは、クフィルからの問いかけには答えない。

 

――答えられるはずもないのだから。

 

 いいわけがない。全然いいわけがない。はやてにひどいことを言ってしまった。ごめん。本当にごめん。

 口を開けば、そんな言葉が、出てしまうのだから。

 だからユーノは黙り込む。

 勇吾、那美、フェイト。そしてはやてにもシャマルにも、これで嫌われただろう。

 つらい。泣きたい。悲しい。寂しい。

 でも……これでいいのだ。

 

――もう『覚悟』したことだから。泣き言など不要。ただただ自分を押し殺し、為すべきことを為せ。

 

 そうしてまた。

 ユーノの『無表情』は、一層深く、一層重く、一層暗く、 堕ちていくのであった……。

 

 

 

 

 

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