今回はユーノとフェイトに焦点を当てています。
プロローグだけで3話になりそうとか……やっぱプロローグは1話に収めるように書かないといけませんね。
無限書庫は時空管理局が誇る次元世界最大のアナログデータベースである。
誇る、などと言うと、古参の司書たちは時空管理局に対してどの口が言うかと不満をぶちまける。何しろ10年前まで『物置』などと公然と称されており、まったく活用されることもなかったのだ。闇の書事件でユーノ・スクライアが無限書庫を利用し、無限書庫の有用性に気づき、司書としてこの10年をかけ、今ではなければならぬ情報部門にまでしたものの、当初は『お荷物』『金の無駄遣い』『穴倉』などと蔑まれ、ロクに予算も人員も回されなかったのだ。この無限書庫において司書長を務めるユーノ・スクライアも、最初の数年が最も苦しい時期だったと語っている。
『――以上の資料を集めてもらいたい。期限は1週間で依頼したいのだが、できそうかね?』
「フィリス顧問の依頼ですし、優先順位を付けるのならこれは1級。最優先ですから、他の依頼を後回しにすればできます」
『後回しにする依頼の提出先には私から謝罪しておく。あとでその部署をメールで教えてくれたまえ』
「承知いたしました」
それでも、クロノを始め、リンディ・ハラオウン総務統括官にレティ・ロウラン提督もその有用性には早々に気づき、次いでロストロギアを専門に扱う古代遺物管理部などが目を付け始めて、伝説の3提督が無限書庫の本格的な整備に動き出してからは改善していく。
そして10年が経った今では、本来の情報部門である情報部と並ぶ、一大組織として認知されている。時空管理局外からも依頼や利用者が増え始めており、無限書庫が機密資料をも蒐集してしまうことから、実はやろうと思えば世界の情報を牛耳ることができるとさえも言われるほどだ。
『それと無限書庫の、本局から統合幕僚監部への異動の件。これは我々で押し通す。すでに法は成立しておるし、今更妨害はさせん。君たち司書の苦労もこれで少しはマシになるだろう。少なくともクローベルが統合幕僚長をしておる間は間違いあるまい』
「本当に感謝しております、フィリス顧問」
『いや……むしろ今まで本当に苦労を掛けた。とは言え、これからも苦労は絶えないと思うのだがね』
その重要性に気づいた上層部や各世界の政府は、無限書庫を自らの手元におきたい、もしくは影響力を持ちたいとばかりに動き始めたが、いずれも遅きに失した。それを見越し、無限書庫の独立性と中立性を図るべく、本局から切り離し、本局と地上を束ねる上位機関たる統合幕僚監部、その最高機関である統合幕僚会議直下の情報部門とすることになった。
本局が大反対をしているが、これまで無限書庫をぞんざいに扱ってきたことが大きなマイナス要素となった。また地上本部はあのレジアス・ゲイズ中将が無限書庫をかなり早い時期から目を付けて本局下から切り離すべしと主張しており、本局と地上本部の主導権争いに利用されそうなことから、地上本部への異動もありえないため、更なる上位機関たる統合幕僚監部がその異動先となった経緯がある。
もちろん、統合幕僚監部、その長たる統合幕僚長ミゼット・クローベルにも打算がある。
本局と地上本部の仲違いのせいでその戦力の統合的な運用がまったく行えず、統合幕僚監部はその存在が実質的に名ばかりのものとなっている。だからこそ、伝説の3提督と呼ばれたミゼットがそんな名ばかりの『閑職』に追い込まれたのは、彼女を邪魔に思う者たちによる左遷人事だという噂は絶えない。
本局や地上本部の機密資料をも収集しかねない無限書庫を手にすれば、統合幕僚監部は本局と地上本部の『膿』を除去でき、本来の役割を取り戻すことができる――そういう狙いもあるのだ。
『ところで、書庫長への昇進打診の件、まだ了承はもらえないのかね?』
「お言葉ですが、僕は民間協力者です。本来、司書長としてこんな機密資料まで触れていい立場ではありません。それがさらに上の書庫長なんて……」
『管理局員ではならんのだよ。各世界の政府は時空管理局の存在が年々強大化していることを恐れている。ミッド政府でさえだ。無限書庫は今や、彼らが隠したい情報さえも収集している可能性が濃厚なのだ。管理局員が管理することは、絶対に許さんだろう』
「とは言え、僕はまだ19の若輩者です。それが少将相当の権限を有するというのも」
『別にそれは変わらんだろうに。今も司書長には准将相当の権限を与えていよう』
「いえ、将官クラスともなれば1つの差は大きいかと……」
『スクライア司書長』
「はい」
『謙遜は美徳なれど、何事も過剰に過ぎれば不評を買う。君はそこを自覚したまえ』
「……過剰とは思っていないのですが」
『物事を客観視できない君ではあるまい。何人の有力者が君を認めていると思っているのかね? 無能者をここまで掲げるわけもないだろう。無能に准将相当の地位を与えるかね? 世辞ならばともかくも、もはや今の地位は世辞で与えられる範疇にはない。君をその地位に推した我々はそこまで愚かではないつもりだよ』
「……失礼しました」
伝説の3提督と呼ばれるレオーネ・フィリス法務顧問相談役、ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥、ミゼット・クローベル統合幕僚長。ヴィータをして『気のいい爺さん婆さんたちの老人会』と称される彼らだが、その実はやはり伝説と呼ばれるだけの凄腕であり、頭の回転も早く、時に辣腕を、時に穏便に、そしてきっちりと成果を上げて見せる。
ユーノやクロノが如何に有能とは言え、彼らだけではとても無限書庫を今の地位にまですることはできなかった。無限書庫の背後に彼らの影響力があったからこそとも言える。
『実際、そのくらいの地位を与えておかなければ気が気でない……そういう事情もある。それと、中途半端な地位では、権限で君に迫る者も出てこないとは限らない。君が拒否できるだけの権利を与えておきたい』
「なるほど……やはり僕は苦手です、組織の中で生きるというのは」
『ふふ。そんな君だからこそだ、スクライア司書長』
放浪の一族、スクライア。彼らは一所に長く執着しないことで知られている。どんな権利も、その権利が及ばない場所では意味を成さない。ユーノはスクライアの血を引く者ではないが、その在り方考え方はスクライアだ。時空管理局を以ってしても、彼は留め置けないだろう。彼が時空管理局に留まっているのは、無限書庫という場所が持つ神秘性や情報の宝物庫という性質に加え、『発掘し甲斐のある場所』だからであり、そしてフェイトやなのはたちが働いている職場だから。
情報社会である現在、世界の情報を牛耳るということは、世界を支配できることと同義と言ってもいい。そこを管理する司書長――ゆくゆくは書庫長――は、それを悪用するような人物であっては絶対にならない。その選定には幾度もの精査が必要であるし、その後の監視も必要だろう。とは言え、雁字搦めにすると運用に支障をきたすし、誰もなりたがらない。また物置に逆戻りさせるわけにもいかないのだから、非常に緻密なバランスが必要になる。
人格的に問題なくても、次は部署の管理責任者としての資質や、司書としての能力、そして無限書庫が情報を『発掘』する場所である以上は『発掘技能を持つ者』という能力も求められるし、発掘した情報をまとめる情報官としての面もなければならない。さらに言えば、空間が捻じ曲がっていてその全容が掴めず、捜索隊が過去に未帰還にもなっていて、これが結界のような空間に効果を及ぼす魔法であると思われる以上、結界魔導師としての技量と知識も必要になる。その全てを兼ね備える者が、この広い次元世界と言えど、いったい何人いるだろうか。
それをすべて兼ね備えた人物を、まさかレオーネが手放すわけがない。彼が浮かべた笑みには、こんな上等な得物を決して離さないぞという狙いがふんだんに籠もっていた。
『それと……無限書庫が手に入らない、ないし、押さえておけないのならばと良からぬことを画策する者がいる。そういう話も上がってきている。警備態勢は強化するし、セキュリティは君の提言よりさらに一回り厳格化するが……護衛は本当に要らんのかね?』
「大袈裟ですよ」
『……それは自信の現れと受け取っても良いのかな?』
「自分の身一つ守れないようでは、誰かを守り支えることなんてできない。違いますか?」
『ほう、ずいぶんと吠えるみせるではないかね。よかろう。慢心せず、くれぐれも注意してくれたまえ』
「はい」
『では、失礼するよ。先ほどから待たせている女性もいるようだからね』
「はい。失礼いたします」
チラリと視線を横にずらしたレオーネは、つい今しがたの獰猛とも言える笑みを消し、嘘のように好々爺そのものの温和な表情を見せて通信を切った。
やれやれと、ユーノは失礼な依頼をしてくる者たちに対するのとはまったく別の緊張感から解放されて肩を竦めた。
「お疲れさま、ユーノ」
そんなユーノにかかる声は、ユーノの緊張を解してくれるのに一役どころか二役も三役も買ってくれる。
「本当に疲れるよ」
「ふふ。でも凄いね、伝説の3提督と普通に喋ってるんだから」
確かに凄いことなのだろう。本来なら雲の上の存在なのだから。だが何度も話していると慣れてくるのだから、人間の適応能力は侮れない。ただ担架まで切ったのはやり過ぎだったかもしれない。
私だったらいつになっても慣れないと思う、と彼女は苦笑する。元々人見知りの気があるし、今でもそれは抜けない彼女だから仕方のないことだろう。
「でも私が聞いていて、本当によかったのかな? 結構、と言うか、かなり重要な話だったと思うんだけど……」
「だったらフェイトに退出をお願いしてたよ。フィリス顧問がそのままでいいって言うんだし…………あ~、そういうことかな」
「どうしたの、ユーノ?」
「いやあ、やっぱりあの人は曲者だなあと」
「?」
小首を傾げる彼女に、ユーノはそういうちょっとした仕草がぶりっ子とかわざとらしいとか批判されないのが、彼女の彼女たるところだろうなあと思う。
見た目に美人。そこらのアイドルなど十把一絡げ。美人と呼ばれる人たちを並べても際立っている。実際、街を歩いていても彼女に振り向くのは男女問わず。付き合っている男の目線という贔屓目を除いても、彼女は自分とはあまりに不釣合いなほどの美人だ。昔から美少女ではあったが、今では親しい3人娘の中で最も女性らしくなったと評すべきだろう。
「それにしてもユーノ、そんな昇進話、私初耳だよ」
そら来た、とユーノは頬をかいて目を逸らしながら構えた。目の前の女性――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの目が不満を投げかけてきたのだ。
レオーネはきっとこれを狙っていたのだろう。さっさと昇進しろ、そしてもっと自分の身を鑑みろと外堀から埋めにかかってきたのだ。
レオーネはユーノを時空管理局に留め置いている理由を察している。殊に今、ユーノの中でその比重が誰にあるのかも。その人物が丁度ユーノの隣にいる。これを利用しない手はあるまい。まったくを以って老獪な狐である。
「これ以上の権限なんていらないんだけどね。権限なんてものが上がると、その分の義務も背負わなければならないし。周囲との折衝だってややこしくなるし。余計な妬みも買うし……」
「ぼやかないの。それだけユーノが正当に評価されてるってことだよ。私は、鼻が高いよ?」
「正当でない理由もあるみたいでしょ、今のフィリス顧問の言葉を聞いているとさ」
「そうみたいだね。でも私はユーノならって思うよ?」
「フェイトは僕に対する評価が高すぎるよ」
「ユーノの自己評価が低いだけ」
フィリス顧問に対して心中で恨み節を唱えるユーノである。フェイトを使って外堀を埋めようとするのは、策としては確かに絶妙だ。
実際、フェイトのユーノに対する評価はこの上なく高い。そしてユーノの自己評価に対するやり取りはもう何度したかわからない。フェイトはユーノを高評価し、ユーノはそんな評価は身に余ると主張する。それで何度喧嘩にまで発展したことか。
だからユーノはいつもの堂々巡りになる言い合いは避けようと、強引に話を変えることにする。
「それでフェイト、本題に戻るけど――」
「ユーノ、話を逸らさないで。むしろ今はこっちが先だよ。だいたいどういうこと? 身の危険があるってことだよね、フィリス顧問の最後の話って」
「ま、また後でちゃんと話す時間を取るから」
「……約束できる?」
「約束する。絶対」
「ユーノの絶対は当てにならない」
「ひどい……まあ、自業自得なんだけどね」
「はあ……」
結構フェイトもきつい態度取るようになったよね、とユーノは苦笑い。
それだけ彼女が本音で喋れるようになったということであり、未だ人見知りが完全には直らない彼女がここまで素を曝け出せる相手になれていることを光栄にも思うけれど。それも時と場合によりけり。今はその態度がきつい。まあ、ユーノが言う通り、すべて自業自得だから仕方がない。
「今回は倒れることもなく、きちんと食べるもの食べてるみたいだし。許してあげる」
「ありがとう、フェイト」
「でも寝てないことは許してないからね?」
「……きちんと寝ます」
「今度寝てなかったら……」
「ね、寝てなかったら……?」
「"スマッシャー"か"ザンバー"、どっちがいい?」
「絶対に寝ます、サー・フェイト!」
ユーノがつらかった時期だと語る無限書庫立て直しの最初期。幾度も無理をして倒れた。その度にフェイトたちには心配された。最初に気づいたのはフェイトだった。別にあの頃は恋愛関係にはなかったし、まさかフェイトとこういう関係になるなんて思ってもみなかった頃だ。ただ、フェイトは執務官になるための勉強で無限書庫に来ていたので、そこでユーノが倒れているのに気付いたに過ぎなかった。
あの頃は無限書庫を立て直さなければという義務感や責任感もあったし、なのはの事故や失恋、情けない自己嫌悪からくる自己犠牲心を大いに発揮してしまった、語るも思い出すも恥ずかしい時期。
だがそれから解放されて以来、ユーノは純粋に無限書庫に向かうことができた。ここを発掘しきってやるというスクライア魂を刺激され、知識欲をこれ以上なく満たすこの空間を好きになれた。穴倉のモグラと蔑まれようが気にもならなくなった。その切欠となった事件を経て、そしてそばにいてくれる人を得て、今、ユーノは幸せだと思う。
だからと言って。砲撃魔法も大剣でホームランも、どちらも御免蒙るが。
「まったくもう。昔みたいに思い詰めての無理じゃないから、少しくらいならって思ってたけど、これじゃ別の意味でダメだよ」
「面目ありません……」
「ホントだよ。無限書庫を発掘してやるっていう気持ちはわかるし、その熱意も知識欲も私は尊敬するけど……だからって寝る間も食べる間も削ろうとするんだから」
「たはは……」
「反省してるの、ユーノ?」
「反省してます、はい」
趣味が高じて、と言うが、まさに今のユーノはそれだった。
発掘の研究者、考古学者としての面が、無限書庫という『遺跡』を目の前にじっとなどさせてくれないのだ。発掘したい。発掘したい! 発掘したい!!……と、1日中どころか2日も3日も徹夜で資料を漁り、発掘計画を立てる。それに加えて他の遺跡などにも向かい、論文を書き、学会に参加して。
いい笑顔で「やあ、フェイト」と迎えてくれるのはいいが、一歩引くほどのクマを目の下にでかでかと作っているのを見たときは、さすがに温厚で知られるフェイトもブチキレたものだ。
「えっと、それでまた話がずれてきたんだけど……本題に戻ってもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。えっと……何だっけ?」
「…………」
「…………そんな目で見ないで、お願い」
なのはもそうだが、フェイトもやっぱりどこか抜けている。それで執務官って務まるんだとクロノに言ったことがあるが、クロノはそんなわけがあるかと頭が痛そうにぼやいていた。単に補佐官のシャリオがそこら辺を補佐してくれているというだけである。まあ、仲間内きっての天然なところがあるフェイトだ。それも愛嬌のうちとしておこう。しておきたい。させてください。
とまあ、ちょっと仕返しとばかりにからかうのはこのくらいにしておくことにするユーノである。
「やっぱり意地悪だよ、ユーノ……」
恋人の特権だよと返しておく。途端に顔が赤くなるフェイトを見て、いつまで経っても初心な彼女に、ああ君はずっとそのままでいてほしいと思うのは……ただの惚気か。
フェイトは綺麗だ。外見もそうだが、何より心が。その心にこそ、ユーノは魅入られている。だからそう思うのは当然なのだと正当化するユーノである。
「新人の子たちとの模擬戦でしょ? いいよ。戦闘魔導師じゃない僕が参考になれるとは思えないけど、出来る限りのことはする」
「あ、ありがとう、ユーノ」
ここのところ『例の部隊』を含む事案が大詰めを迎えており、クロノ・ヴェロッサや3提督などと共に調整する日々。もちろん、無限書庫の業務も停止させるわけにはいかない。一方で、体が鈍っていることは否めないのも事実。感覚を取り戻す意味でもちょうどいい。
……いつ戦いになるか、わからないのだ。ちゃんと備えておかねばならない。
「さっきなのはから通信があって、クロノも了承してくれたって。それで、明々後日にクロノと会うはずだったんだよね? なら時間も取れるだろうってことなんだけど」
「確かに明々後日の午後から丸々空けてたね。じゃあ、それで。昼から行くよ」
「うん」
ユーノは座っていた司書長用の立派な椅子から立ち上がり、目の前のソファへフェイトを誘導し、自身はコーヒーメーカーからコーヒーを2つのカップへ注ぐ。そしてフェイトの前にカップを置き、彼女の横に座った。
「エリオとキャロはどうしてる?」
「頑張ってるよ。ユーノたちに追いつくんだって言って」
「キャロならともかく、エリオは僕を目標にしても仕方がない気がするんだけどなあ」
「そんなことないよ」
キャロは召喚魔導師でもあるが、基本的にはフルバックで戦う支援役だ。ユーノが戦いの中で担う役割と同じ。
しかしエリオはガードウィング。前線でフォワードと共に戦い、時にはセンターガードとフルバックを守る役割でもある。機動性と汎用性が問われる中、攻撃力も問われるし、生存能力も必要だ。役割面でユーノを目指すのは少し異なっているだろう。
そんなことはフェイトもわかっている。それでもユーノの言葉を即座に否定した。
「エリオが目指しているのは『守る』っていう姿勢だよ」
「それなら勇吾さんと恭也さんを目標にすべきなんだけどね。僕やクロノのそれは、あの人たちに教えてもらったことなんだから」
「勇吾さんや恭也さんも目標の1つにしてるよ。でもやっぱりね、エリオにとってはユーノこそ目標の1人。同じ『守る』でも、やっぱり違いがあるから。それに、ユーノやクロノが勇吾さんと恭也さんを目標にしてるところも、エリオにとってはよりユーノとクロノの方を目標とする理由みたい」
「フェイトも目標とされるでしょ。それを忘れるのはいただけないな」
「忘れてないよ。失礼だよ、ユーノ」
「ごめんごめん」
フェイトが保護しているエリオとキャロとは、ユーノもすでに面識がある。面識があるどころか、いろんな所に連れ出したし、結構な頻度で会ってもいて、かなり懐かれている。エリオは遺跡の話や探検の話にはよく食いついてくるし、キャロは色んな知識を披露するユーノに、分からないことがあると何でも聞く。
ユーノは彼らの親ではない。親ではないけれど……そうなりたいと思っていた。最初は孤児で本当の親を知らない自分が親になれるのかと自問したけれど、子供は純粋で、ユーノの悩みなどどこ吹く風、ユーノに近づいてくる。
「ねえ、フェイト。これからますます厳しい戦いになっていきそうだけど……エリオとキャロ、大丈夫そうかい?」
「……大丈夫だよ。私が絶対に守る」
「うん。それは疑ってない」
フェイトの強さはよく知っているし、戦場はそれでも危険ではあるけど、信じている。
だから、そうではなくて。
「今はまだいいけど……あの子たちに、このまま戦場を経験させていいものだと思う?」
「…………」
かつて、なのはの時空管理局入局に対し、両親の士郎と桃子が反対していたことを思い出す。表向き、桃子はなのはの味方をしていたけれど、それはあくまでなのはの思いを完全に否定するわけにはいかなかったからで。
自分の子供を、危険に晒したくない。
自分の子供に、戦場の凄惨さを知ってほしくない。
今、ユーノとフェイトは士郎と桃子の気持ちを痛感していた。
「ちょっと後悔してるんだ。エリオとキャロが望んだからとは言え、機動六課入り、それ以前に、時空管理局への入局を許したことを」
「それは、私もだよ……甘すぎたんだ、私」
「私たち、ね」
「うん……」
もし。
もしユーノがスクライア一族で何事もなく過ごし、成長していたら。なのはたちに会わずにいたら。子供が働くのならまだしも、危険な戦場にも能力があれば平気で投入する時空管理局や現在の次元世界の風潮に対しても、何も思わなかったかもしれない。
けれど、ユーノは地球で過ごした。なのはに出会い、学校に通う子供たちを見てきた。ユーノ自身、学院に通っていたこともある。ユーノは優秀で、飛び級を果たし、さっさと卒業していたとは言え、学校に通わせてはもらっていたのだ。
フェイトも特殊な生まれ、特異な過去を持ってはいるが、リンディに娘として迎え入れてもらってからは中学卒業までは学校に通った。時空管理局で働きながらではあったが、そのおかげで、現在の次元世界の風潮に対して、時空管理局の姿勢に関して、賛同できない気持ちが強まったのだ。
「エリオもキャロも、つらい過去を背負ってる。時空管理局に入局したのも、そうせざるを得ない面があった。でも、僕らならそれを防げる立場にあったんだ」
エリオとキャロが保護された当時、すでにユーノは無限書庫司書長で、フェイトも執務官になっていた。それほどの立場があったから、保護し、後見人となることができた。
ただ、当時の2人はまだ『息子』『娘』を持とうとすることができなかった。そもそも親を知らない孤児だったユーノに、親に捨てられたフェイト。その2人の間には、同じような境遇だったから、そして『孤独』を嫌うという共通点もあり、傷を舐め合うような関係があったのは事実。そんな『依存』の関係も、『あの一件』を通じて改めることができ、本当の意味での親友となり、そしてその後も仲を深めていったけれど。
「自分たちに子供を育てることができるのか……リンディさんに言われて反論できなかった。それで結局、2人を保護するに留めて、保護施設に任せっきりになって」
「私も、怖かったんだ。また『依存』しちゃいそうで」
自分たちが『依存』から始まった関係だからこそ。それを振り切って成長できた気でいたけれど。
――本当に?
その疑問は、常にユーノとフェイトを突いてきた。
「あの子たちが向けてきてくれる目が、怖かった。そこに『依存』しちゃいそうで。もうそんなことはないって、私とユーノは昔とは違うんだって、そう思っても……」
「うん。僕とフェイトはあれから何度も喧嘩もしたし、すれ違いもあったけど、こうしてやってこれた。それは、あの一件があって、僕たちはその程度じゃどうにもならないって確信があったからだけど」
それが、他の人にまで通用すると思えなかった。
喧嘩をしたら、すれ違いでも起こしてしまったら、嫌われて終わってしまうんじゃないか。それを恐れて、ユーノとフェイトは2人の絆に、また縋ってしまうんじゃないか。
――だから、逃げた。
エリオとキャロが向けてくれる親愛から、逃げてしまったのだ。
やってはならなかった。
エリオの親と同じことを、自分たちはしてしまった。
もちろん、体を張ってフェイトは説得したし、ユーノも真正面から向き合い続けた。
けれど。最後の最後で。『家族になろう』と、なかなか言い出せなかった。
「いい機会だと思うんだ、フェイト。僕は、エリオとキャロに言うつもりでいる。僕たちの子供になってほしいって」
「うん」
「それで、2人には学校に通ってほしい。一度戦場から離れて、いろんなことを知って、いろんな場所を知って、いろんな人を知って、いろんな経験をしてほしい。その上で、将来を決めてほしい」
「その結果が、管理局だったら? 戦場だったら?」
「複雑ではあるけど、認めるだろうね。もちろん、徹底的に話してからだし、生半可なことなら許さない」
「私がエリオとキャロの味方になっちゃうかもしれないよ?」
「それでもだよ」
「逆になるかもしれないけどね」
「そうだね」
「私も、一緒に言うからね」
そうでないと意味がないよとフェイトに笑いかけると、フェイトも頷き返してきた。
エリオとキャロは断るだろうか。あの2人はどうにも遠慮することが増えてきたから。甘えると迷惑がかかるからと。
そうなったのは間違いなく自分たちのせいだ。あの歳の子が甘えて迷惑なんてわけがない。その甘えがいいのか悪いのかなんて、それは甘えてきてから教えればいい。最初の甘えさえ封じ込めてしまったら、自分たちのようになってしまう。甘えてもいいのに甘えられず、自分を抑えることを覚えて。
そんなことを、終わりにするのだ。
ただし。
その前に。
やっておかなければならないことがある。
「……フェイト」
「なに?」
一旦フェイトから視線を外して前を向く。隣に座るフェイトが不思議そうにしているのがわかる。真剣な話を続けてするとわかったのだろう。コーヒーを一口飲んだフェイトは持っていたカップをテーブルに置いて、姿勢を直し、体を少しユーノの方に向けて次の言葉を待っている。
「家族になってほしいってエリオとキャロに言うわけだけどさ」
「うん」
「その前に……やっておかなきゃならないことがある」
「そうだね」
真面目な顔で頷くフェイトに、うわこれはこれから何をするかわかってるんだと、ユーノはプレッシャーが圧し掛かるのを覚える。
一世一代の大告白だ。
そこで、フェイトに告白したときも一世一代なんて思った記憶が蘇る。うん、これは『大告白』だから一世一代という言葉の使い方は間違ってないと、無理やりに正当化する。
「一緒に住む家、考えないと」
「あれ?」
「へ?」
フェイトの言葉に、互いに間の抜けた声を上げる。
別に忘れていたわけではない。フェイトがやや天然であることは。
フェイトが目に見えて慌てだした。何か変なことを言ったのか、ごめんなさい、とそんな感じのことを言いながら混乱した様子で。
何だかいつものノリで、ユーノは「うん、そうだね!」と言って流されてしまいたくなったが……そういうわけにはいかない。それは逃げだ。逃げないと決めたのに今逃げてどうするというものではないか。
ただ、ユーノは少し気が楽になった。いい意味で、気が抜けた。余計な緊張が削ぎ落とされた。
だから気が付くことができた。
そもそも渡すものがあるのに。これが必須なのに。
まずかった。一世一代の大告白なのに、『アレ』を取りに行くために中断せざるを得なくなるところだった。
フェイトの天然に、ドジに、今は感謝を。
小さな笑みと共に無言で立ち上がるユーノに、フェイトは怒らせたとでも思ったのか一緒に立ち上がろうとするが、ユーノはそうじゃないからと手で制する。中腰になっていたフェイトは再びゆっくりと座り込み、ユーノを少し不安そうに見つめていて。
ユーノはその視線を感じつつ、執務机から『アレ』を取り出す。片手に収まる、小さな箱。
フェイトの目が見開かれたのがわかった。
そのままユーノは笑みを浮かべたまま、茫然としているフェイトの前まで来て……すっと腰を下ろし、片膝をつく。
「フェイト」
「ひゃいっ!」
背筋をこれでもかと伸ばすフェイト。その反応にはどうしても笑いそうになるけれど、それを堪えてフェイトの左手をそっと取って。
「家も考えないといけないけど、そのさらに前にね、これはやっておかないとさ」
「あ、あの、ユーノ、えっと、その」
「家族になるんだから、僕はお父さん、フェイトはお母さん。なのに、その2人の関係が夫婦『みたい』なものじゃ、ね」
「そ、そうだね……うん、そう……」
「とは言っても、今は情勢が情勢だし、式もすぐには挙げられなくて本当に申し訳ないんだけど」
「そ、そんなことない!」
「ありがとう――フェイト」
「は、はい……」
小箱を開け、指輪を取り、フェイトの左手、その薬指へ……通す。
「僕と、結婚してください」
そう、プロポーズ。
これをせずに、家族になってくださいとは言えない。自分たちは夫婦として、エリオとキャロを子供に迎えたいと。でないと名前についても困る。
じわりと。
フェイトの両目に、涙が浮かぶ。それはすぐに一杯になり、彼女の頬を伝って落ちていく。
フェイトは空いていた右手で口を隠すようにしていて。
「……このタイミングで言うのはどうだろうかって、考えはしたんだ」
返答しようにもできない。そういうことだろうと、ユーノは沈黙していると答えを急いているようでフェイトがつらいだろうと、口を開いた。
「大変な時期だしさ。今はそのタイミングではないんじゃないかってことも考えた。それに、まるでエリオとキャロにお母さんが必要だからって意味で、フェイトに母親役をしてあげてって言ってるように聞こえるんじゃないかって。フェイトを蔑ろにしているように見えるんじゃないかって」
「~~~~!」
フェイトが頭を振った。横に。
そんなことない。ユーノが自分をそんなついでのように思っているなんて考えたことはない。今この時も。
そう言ってくれているのが、ユーノにはわかった。だから、続ける。
「それでも今言わないとって思ったんだ。これからますます厳しくなる。そんな中で、少しでも、君たちが帰ってくる、帰るんだって気持ちを強く持ってくれたらって。帰ってくる場所になれたらって。どんなに厳しくても、必ず君たちを帰らせる強い絆を持ちたいって」
エリオが、キャロが、そして……フェイトが。
「僕はきっと、君たちがいる戦場には立てない。僕には僕の戦場がある。歯痒くて、悔しくて、つらいけど、エリオとキャロは必ずフェイトが守ってくれるし、フェイトは必ず僕の下へ帰って来てくれると信じてる。だから僕も、僕の戦いをするよ」
「ユーノ……私……私っ……!」
「愛してるよ、フェイト。だから、必ず、帰ってきてほしい――って、うわ!?」
フェイトがユーノに思い切り飛びついた。その勢いに、ユーノは支えきれず床に背中から倒れ込む。
つい取り落としてしまった小箱がカーペットの敷かれた床に落ち、ユーノは箱も大事なものだと拾おうとして――その顔を両手で挟まれた。フェイトの手で。
「フェイ――」と、その名前を呼ぶことはできなかった。その口は、少し痛みを感じるくらいの勢いで封じられる。フェイトの、唇で。
感極まって言葉が出ない彼女の、それが精一杯の回答だった。