ようやく書きたかったシーンが書けたという感じです。
最後の方は何ともありがちな展開ですね。王道と言えば聞こえがいいのでしょうけれど。
でもこの王道はやっぱり好きなんですよね……皆様は如何でしょうか?
にしても、Forceは休載中なんですよね。というか本当に再開するんですかね……?
いずれ再開されたとして、そうなるともう拙作で決めざるをえなかった設定とかに食い違いが起きるかと思います。
そのとき修正できるものなら修正対応もしたいものですが、難しいだろうなあと諦めがちです。
施設から遠く離れた丘の上。先ほどサイファーたちがいた丘とは施設を挟んで反対側で、しかも更に距離があった。
『
「効果を確認する。〝ワイドエリアサーチ〟」
『Rojer』
索敵用の青いスフィアが3つ。手元から離れ、立ち昇る黒煙と巻き上がる砂煙の舞う施設上空へと高速で飛んでいく。空間モニターを開き、スフィアが送ってくる映像を確認。森林が映っていたが、ややあって施設上空に達し、開けた大地を映し出した。
いくつもの小さなクレーターが穿たれ、一際大きな穴は彼らが仕掛けた爆弾によるものか。火災が発生していたようだが、魔力爆撃によって巻き上がった砂で上手く鎮火できたらしい。森林火災になるのは気が引ける。鎮火できてよかったと安堵。
直後。地上で動く影を捉えた。
「……それほどダメージがあるようには見えないな」
3人の人影。
金色と言うよりはクリーム色の長髪の女性剣士。すずかの髪よりは薄い紫色の髪を無造作に伸ばしている、凶悪な形の刃がついた銃を持つ少年。そして大きな戦斧を持った上半身裸の青年。少年はおそらく自分に近い年頃。あとの2人は年上だろうか。
第一印象として最も目についたのは、やはりその目。鷹のように鋭く、視線だけで人を殺せるのではないかとさえ思わせる、濁った目だった。これまで出会ってきた犯罪者たちの中でも、最上級に危ないと直感が訴えていた。プレシアや暴走していた際のリインフォースを一瞬髣髴とさせるが、彼女たちともまた違う。世界に対して悲観していた彼女たちとは異なり、この3人は世界を敵に回して本望とでも言わんが如し。
彼らの目はまだまだ死んでなどいなかった。むしろこちらを射殺すばかりに睨み上げている。少年は完全にブチ切れているのか、銃を乱射してくる。それほど射撃の腕は良くないのか、簡単に躱せるけれど。
『
『
少し前方に展開した魔法陣の上にいる『クロノ』の周囲に、『スティンガースナイプ』の弾丸が次々に現れる。どちらも遠距離攻撃用の『スティンガースナイプ』だ。索敵魔法による敵の位置情報を入力すれば、その座標へと自動で向かう。同じ遠距離用で途中まではクロノかデバイスによる手動での誘導が必要な『フェニックスシフト』とは違い、一度ロックした敵や座標へ自動で向かうが、そのぶん機動性が犠牲になっている。相手を動けない状態に追い込まなければ『トマホークシフト』は動く目標への攻撃には向かない。ただし、索敵スフィアを展開することで、リアルタイムに位置情報を取得できるようにすると、誘導の途中で位置情報を更新することができるし、一発の威力は『フェニックスシフト』より大きいという利点もある。
「S2U、〝トマホークシフト〟を〝フェニックスシフト〟へ変換。デュランダル、索敵スフィアからの位置情報をS2Uと連携し、あの3人をロック。そのまま待機」
『OK, Boss』
『Rojer. Enemy three targets――lock on』
弾丸のプログラムを一部修正。それだけで見た目は変わらない弾丸の性能が様変わりする。
指示の間も、クロノはモニターに映る3人から視線を外さない。
この3人の正体は不明だが、爆発物は明らかに火薬。つまり、質量兵器を彼らは保有しているということ。真っ当な者たちではあるまい。
覚悟していた通り、自分を殺しにきた。生かして捕らえるなんて生温いことも期待しない方がいい。問題は、彼らが誰に指示ないし依頼されたのか。彼ら自身の所属も聞き出したいところだ。まず時空管理局の局員ということはなさそうだが、その可能性も完全に否定できたわけではない。
そんな相手に対し、今のクロノは完全なアドバンテージを握っている。こちらは位置を完璧に把握。向こうはこちらの位置もわかっていないだろう。彼らは待ち伏せしていたのに完全に裏をかかれてしまったわけだ。戦いの腕は悪くないが、頭は良くないらしい。殺しのプロ、というわけでもないのだろう。これまで戦ったことがあるそうした曲者は、こんな簡単に引っかかってはくれなかったのだから。
こちらから敢えて身を曝すのは愚策と言ってもいい。見たところ、遠距離攻撃はできないのだろう。今も索敵範囲外にいたはずだが、狙撃も砲撃もなく、わざわざ距離を詰めてきたのだから。ということは、距離の有利もある。クロノは索敵魔法を併用することで遠距離攻撃が可能。その利を捨てる道理はない。
「索敵スフィアを通じて念話を行う。逆探知は必ずされる。『AEGIS』はこのままだ」
『OK, Boss』
『Rojer』
上半身裸の青年。先ほどの高速連続転移。あれが厄介だ。あの転移の速さ、術式の起動から発動までのタイムラグがほとんどない。転移魔法は座標を間違えるととんでもない所に出てしまうことがある。間違って壁があるところに転移したら、壁に体が挟まってしまうという転移事故になるように。非常に複雑な計算が必要で、それをタイムラグもほとんどなしに発動させてしまうのだから、逆探知などの細かい芸当も素早くこなしてしまう可能性がある。
(やってくれたな。クロノ・ハラオウン執務官)
と、こちらから繋げる必要はなかった。女性の声がクロノの頭に届く。
(公僕がいきなり攻撃を仕掛けてもいいのか? 普通は警告から入るべきだろう?)
「爆弾を仕掛け、幻とは言え斬りかかっておきながら今更だな。交戦規定は満たしている。問題ない」
(なるほど。さすがは歴戦の執務官。そのくらいは考えているか)
ここで死ぬ気などない。生き残って帰る。そうしなければ意味がない。
こうでもしなければ決定打がなかった。これで何の反応もなかったら本当に断念することを考えねばならなかったのだから、これは望むべくして成ったこと。あとは、どれだけこの3人から情報を引き出せるか、そして必ず生還してみせることだ。
正直に言えば、3人揃って頭の方はそうよろしくない印象を抱く。青年は魔法の細かい調整ができそうだが、こうしたやり取りまで頭と口が回るかは不明。と言うより、まずくなれば無言を貫く黙秘タイプと映る。同年代と見られる少年はもはや論外。短気なチンピラそのものだ。真っ当な話は期待できない。とすれば、やはり話はこの女性が一番いいだろう。
(しかし【
距離が離れれば離れるほど、魔法の制御は困難となる。基本的に魔法は自身のリンカーコアに蓄えてある魔力を使うので、一番楽なのは魔法をすぐそばで使うことだ。離れると自分の魔力が大気中の魔力と混じり合って自身の制御下から離れてしまう。砲撃が遠くになればなるほど威力が減衰するのもそのためだ。だから遠隔で魔法を発動するのは高等技法の1つと位置付けられている。
『聞いていない』。そう彼女は言った。さて、クロノを暗殺するに当たってクロノの情報を仕入れておくのは当然のことだろうが、暗殺の依頼者に聞いたと取れる言葉だ。もちろん、クロノはそれなりに知名度のある執務官だから、噂で聞いただけとも取れる。
少し探りを入れることに。
「生憎と【リモートドライブ】は使えないな。使える奴を知ってはいるが」
(ここで嘘を吐く必要はないだろう? お前は今、どこか遠方にいるのだろう? にもかかわらず、幻を制御していたではないか)
「ああ、〝フェイクシルエット〟のことかな? あれは【リモートドライブ】ではなく、【ディレイドドライブ】に過ぎない」
(……何だと?)
『ディレイドバインド』のスフィアに『フェイクシルエット』をかけてクロノの姿に変え、予定の時間になったら自動で発動し、クロノが施設に向かって歩いているかのようにセットしただけだ。索敵魔法の展開にしても、このスフィアや幻が直上にやってきたら発動するようにしただけの話。だからクロノは、先ほどはあくまで『スティンガースナイプ』だけを制御していたのであり、『ディレイドバインド』も『フェイクシルエット』も索敵魔法も、すべて【ディレイドドライブ】で動いていたに過ぎない。
遅延術式を施した魔法の発動には、対象が一定の空間に侵入したときといった条件式以外に、何分後や何時何分指定という時限式がある。
昨晩のうちに、ここに仕掛けておいただけのこと。
場所と時間を教えてしまう以上、対策が必要だった。奇襲・強襲の類を警戒すべき状況。先手を相手に譲るリスクを、何とか回避せねばならない。
この手法は、証拠がなかなかなくて現行犯で捕らえるしかないというときの囮捜査などで使われるものだ。特段、珍しいものではない。だからこんなものに引っかかってくれるかは賭けのようなもの。それにあっさりと引っかかってくれたので、逆に拍子抜けしたくらいだ。
「君たちも爆弾をわざわざ仕掛けていたようだな。いや、遅延術式の発動条件を時限式にしておいて本当によかった。君たちのような不審人物の接近なんて条件式にしていたら、間抜けにも爆弾を仕掛けている君たちの前で発動してしまうところだった」
(人をおちょくってんのか!?)
「そう怒るなよ。こんな初歩的な罠にかかってしまった自分が恥ずかしいという気持ちはわかるが」
(てめえ、ぶっ殺す!)
念話に乱入してきた少年ががなり立てる。モニターでも少年が青年に羽交い絞めにされながらも銃を乱射している様子が鮮明に映し出されていた。
やはり彼は話し相手としては向かないなとクロノは溜息をつく。こういう、すぐに冷静さを損なう輩は、うまく誘導すればポロッと聞きたいことを口にしてくれることもあるが、すぐに手が出るタイプは話そのものがまずできない。クロノにとって最も自分自身がなってはならない姿そのもの。見るたびに自分はこうなってはならないと、より冷静になれる。その意味では感謝してやってもいい。そう言ったら、彼はさらに暴れるだろうけれど。
――湧き上がる怒りを抑えるのにクロノも必死なのだから。
時空管理局に『敵』がいる。こんな手を使う者が。そんな者たちが、なのはを傷つけ、フェイトを悩ませ、はやてを追い込み、ユーノを苦しめ、仲間たちを手駒として利用している。それに抵抗すればこうして口封じをしようとする。
こんなことを、どうして許せようか。何が『ぶっ殺す』だ。それはこちらのセリフだ。
この3人はただ依頼ないし指示を受けただけかもしれない。だが同じだ。彼らは『裏』に繋がり、『裏』の思惑に加担する者。許し置く道理はない。
一つ深呼吸。煮えくり返るマグマの如き嚇灼とした憤怒を、鍛え上げた精神力という氷で抑えるようにして、クロノは冷静さを維持する。
「どう出てくるかわからない。静観されたら最も面倒だったんだけどね」
念話で話しかけてきたり、狙撃されたりと、その程度であると正体がわからない。相手が動くその一瞬で何とか位置を特定しなければならないだけに、かなり準備をしていた。索敵魔法を森中に放ったり、それこそ捕縛魔法を設置しておいたり。それらがすべて無駄になった。喜べばいいのか虚しく思えばいいのか複雑だ。
「まさか爆弾攻撃の挙句、あそこまで思い切り襲いかかってくるとは。豪快すぎて予想外だよ」
(待ち伏せるのは我々だったはずが、逆に我々が待ち伏せされたというわけか……)
爆弾を仕掛けていた時点で待ち伏せなのはわかっていた。加えて今の発言は待ち伏せを明確に認めるものだ。間違いなく、誰かからの指示ないし依頼で動いている。
こうも簡単にペラペラと喋ってくれるとは思わなかった。その辺をおちょくってやろうかと思ったが……やめておく。いい気になって冷静さを損なうな。なのはを、フェイトを、はやてを、ユーノを、仲間たちを、苦しめてきた相手がこの3人の背後にいるのは確実だ。怒りを感じるのは事実。だがここで怒って冷静さを損なってしまってはならない。冷静さこそを武器にする自分やユーノのような者が冷静さを損なうことは、勝ちを捨て、命を諦めるのと同義。
どこまでも冷静に。落ち着け。思考を巡らせろ。
「さて、こちらとしても気になることが多々ある。さきほどの索敵魔法に君たちの反応はなかった。だが爆弾攻撃の直後に君たちの反応が現れたとなると、僕の索敵魔法のギリギリ外にいたということになる」
(視野が狭いな、公僕。ずっと離れた場所から転移してきただけだぞ?)
「それこそ嘘だ。そこの男は高速転移魔法の使い手だろう? さっきも短距離転移を繰り返していた。1回の転移距離は数十メートル。そこから逆算したらいいだけだ」
どうやら交渉事の類は不得手らしい。なのはもフェイトもはやても嘘をつくとわかりやすいが、この女性たちも大概わかりやすい。
このことから、この女性たちは暗殺者などではないと判断。おそらく、戦うことこそが仕事。細かい工作などは苦手。こういう腹の探り合いにも慣れていない。慣れていないのなら黙り込んだ方が利口だ。中途半端に相手をするからクロノのような、長年いろんな相手と交渉や取り調べに臨んできた者にいいように喋らされる。
攻撃にしても雑すぎる。何らかの訓練などを積んでいるとも思えなかった。我流で鍛えてきたのだろう。少年は荒削りにもほどがあるし、女性の剣も達人というものではない。身近で恭也やシグナムという、本物の剣の達人を知る身として、この女性の剣にはそうした『理』のようなものを感じない。
「僕の索敵範囲を知っていなければできないことだ」
(…………)
自分たちの背後に誰かがいることがばれた、とでも思ったのか、返ってくる念はない。とっくにばれているのだが、そこは指摘する必要もないだろう。
なんて情報を引き出しやすい相手だと、やりやす過ぎて逆に不安になってくる。もうちょっとくらい隠し方もあるだろうに。
――だが、こんな口が軽い、わかりやすい者を派遣してきたからには、相応の理由があるはず。
これまでまったく影を掴ませなかった気配。巧みにクロノの調査を妨害し、組織の圧力などを上手く使ってクロノの行動を制限し、抑圧してきた。その巧みさ、強かさなどを鑑みれば、いざクロノを暗殺するという段になって、情報をだだ漏れにしてしまうだけの馬鹿を派遣するとは思えない。
――確実にクロノ・ハラオウンを殺せる者を送り込む。
少なくとも自分ならそうする。これで生還するようなことになったら、それこそ問題なのだから。ここまでの行動を起こした以上、確実にクロノの口を封じようとするはず。
つまり、この3人はそう見込まれたからこそ送り込まれた刺客。
実際、青年は一言も口を出してこない。意図的に青年を話に出して振ったのだが、青年はまったく反応がなかった。モニターを見ても青年はじっとスフィアを通してクロノを睨みつけているだけ。おそらくは逆探知を行っているのだろう。直接ではなく、スフィアを介して念話をしているので、時間はかかるだろうけれど、このまま話していれば逆探知されることは間違いない。
「誰に頼まれた?」
回りくどいことはやめて、一度ストレートに問うてみる。
(言うと思うか?)
モニターの先でニヤリと笑う女性。不敵で、不気味で、モニターを介していてもクロノの背中に嫌な冷たさを感じさせる。伝わる念話も、首に刃を突きつけられているかのような錯覚を抱かせるほどだ。
(知りたければ、私たちの頭の中でも覗いてみることだな。まあ、覗いたところで私たちも知らないから、結局無駄に終わるが)
ただの手駒か。
今の言葉が真実かどうかはまだわからないが、クロノは彼らがただ手駒として派遣された者と判断した。
やはり、どう見ても頭が回る切れ者には見えない。ただの戦闘狂だ。自分が『裏』の幹部ならば、果たして思惑を教えているかと考えると、とてもそんな人間に教える気にはなれない。
「…………」
まだ足りない。
この状況、この心境とはまるで正反対の、透けるような青空を、クロノは睨んだ。次いで周囲を見渡す。どこまでも深い森林が続き、山や丘はあるが、ほぼすべて緑に覆われている。
――敵がこの3人だけとは限らない。
クロノは森中に配置してあった索敵スフィアを、デュランダルに命じて動かし、広域を密かに操作させていた。ただでさえ『AEGIS』という、性能が高いがゆえに非常に負荷も大きい防衛プログラムを展開しているのだ。おかげでデュランダルの極めて高性能な処理能力も限界ギリギリで稼働し続けている。無理をさせている。あとでマリエルに頼んできちんと整備してやらねばならないだろう。
「……デュランダル、いけるか?」
『OK, Boss. No problem』
「S2U、デュランダルの補助をできる限り頼む」
『Rojer』
昨晩、ここで魔法を仕掛けてから帰宅した後、デュランダルから『エターナルコフィン』を一時的にアンインストールした。そもそもデュランダルは『エターナルコフィン』を制御するために作られたストレージデバイス。元々処理能力という点ではインテリジェントデバイスをも上回るストレージデバイスを、さらに改造した特注の代物。『エターナルコフィン』を除くと、記憶容量も処理能力も余力がたっぷりとある。
それでも、今のデュランダルの処理能力は限界ギリギリ。それだけ膨大な数の索敵スフィアを張り巡らせている。
クロノの魔力量が持つのかという問題もあるが、それは昨日の内に仕掛けておいたものもあるので、それを【ディレイドドライブ】で使用することで魔力は使わずに済んでいる。使った魔力も、今日ここに来るまでの間に回復している。すべて計算している。デュランダルの言う通り、問題はない。
(どうした、公僕? 私たちの頭を探る術でも思案中か?)
「……黙れ」
(はっはっは。黙られると困るのはそちらではないのか?)
「…………」
故意に。クロノは黙り込んだ。すると念話の先から伝わる感覚に、優越感のようなものが混じり始める。
――こういうタイプか。
ならばとクロノはやり方を変えることにする。
「いいからさっさと吐け……! お前たちの背後に大きな思惑が隠れているのはわかっているんだ……!」
怒りを抑え込むような、やや早口口調。誰が聞いても、追い込まれているなとわかるような。言っていることにしても、それまでの理路整然としたものではなく強引なものだ。クロノ自身、それをわかっている。
(まるでわからんな。私たちも情報屋を通じて頼まれただけだ。その先にいる者など知らん)
「ならばその情報屋とは誰だ?」
(貴様も聞いたことくらいはあるのではないか? 〝グラオ〟――)
(サイファー)
(……おっと。喋り過ぎたか)
初めて入り込む思考がサイファーと呼ばれた女性を止めた。
一番冷静なのはやはりこの青年かと、クロノは一番の警戒対象を定める。
しかし今だけでも充分な情報だ。サイファーという名前。そんな名前の犯罪者には覚えがない。それに『グラオ』と言いかけた。それが情報屋の名前の一部。今の言葉は全て録音してある。あとで情報部に……いや、時空管理局そのものが信用ならない今、解析はアースラの面々やマリエル、そしてエイミィに頼むべきだろう。
「……ふん」
本当に、単純な奴らだ。
押してダメなら引いてみろとばかりに余裕のない追い込まれた風を装ってやると、途端に威勢が良くなった。クロノの幻に襲いかかってきたときもそうだったが、この女性は優越感を感じると高揚するタチらしい。そして口も軽くなる。型通りの戦闘狂、ということだ。
冷静を旨とするクロノは、必死に抑えなければならないほどの怒りを抱いているとは言え、まだまだ余裕がある。思考はむしろいつも以上に回転し、相手の言葉、行動、表情、声など、あらゆる要素に目も耳も肌も敏感に変化を感じ取っている。
表向きはクールだが、戦闘や相手への優越感などで高揚してしまう。戦闘狂であり、相手を見下しがち。高圧的に来られると反発し、弱い相手には嘲笑を浮かべて睥睨する。
ならば。馬鹿を装えばいい。それだけで情報が引き出せるのなら安いものだ。
ただ……まだ、足りない。もう一息。もう1つ。
『裏』に繋がる決定的な証拠が、まだ見えない。
もうちょっと。ほんの僅かでいい。あと少し。
『裏』に、もう少しで手が届きそうなのだ。
もうひと押しが、欲しい。
このままでは、終われないのだから。
なのはを、フェイトを、はやてを、ユーノを、仲間たちを、そして尊敬する恭也を、悲しませ、傷つけ、苦しめる敵。本当にクロノが追わねばならない相手。何とか影を感じるところまでは来た。だがまだ定かではない。せめてその影に少しでも手をかけるくらいまでは。この2年間、彼らのためにできたことなど微々たるもの。せめてこのくらいせねば。頼りにしてくれた仲間たちのためにも、その期待に応えずして何が『みんなのお兄ちゃん』か。
嫌われてでも、為すべきことがある。
(――見つけたぞ)
寡黙だった男が、そう零した。
途端、モニターの先から、3人の姿が消えた。すぐに視線を前にやると、高い木々の上に、現れては消え、現れては消える人影。
「攻撃始め!」
『〝STINGER SNIPE PHOENIX SHIFT"』
青い弾丸が一斉に発射される。高速で向かい、高速転移を繰り返す3人を狙い始める。もちろん高速転移で彼らも躱す。本当に早い。タイムラグがまったくない。弾丸が空を切り、消えては現れる3人に戸惑ったようにウロウロしている。
この敵に狙撃は困難。そう判断したクロノの行動もまた早い。
「デュランダル、S2U、近距離及び中距離戦に移行する。デュランダル、『STANDARD』を中断して処理能力を回せ」
『Long-Range-Intercept program 〝STANDARD〟, stanby mode』
『〝STAND-OFF-DISPENSER SHIFT〟 cancel. 〝SIDEWINDER SHIFT〟,〝SPARROW SHIFT〟 and 〝STINGER RAY〟 ready』
「S2U、もうしばらく攻撃魔法、捕縛魔法もお前任せだが、よろしく頼む」
『Rojer』
現在、クロノはある2つの魔法を行使中だ。他の魔法は使えない。従って、攻撃魔法はすべてS2U任せになっている。
敵は高速転移を武器にしている。狙撃の命中率は低い。ただ短距離の転移であるため、機動性が一番高い〝サイドワインダーシフト〟と〝スパローシフト〟なら捕捉できないことはない。それに他の2人も近距離戦の思考が強い。銃を持っている少年は中距離戦もできそうだが、怒りに任せて突撃してきそうだし、近距離戦をより重視してもいいと判断する。
そうしている間にも、転移で迫った3人は、それぞれで『スティンガースナイプ』の弾丸に対処していた。サイファーは切り伏せ、少年は散弾で数に物を言わせて撃ち落とし、青年は戦斧で地に叩き落として。『クロノ』を中心に、3人は取り囲むように地に降り立った。
「ふふ。ようやく戦いらしい戦いができそうだ」
『クロノ』は微動だにせず、ただ正面にいる女性――彼女がサイファーなのだろう――を見据える。不敵な笑みを湛えて『クロノ』を見返していた。
「よう、舐めた真似してくれたじゃねえか、クソ野郎」
「…………」
「おまけに無視かよ。一層いけ好かねえな」
右斜め後ろに陣取った少年は、銃を突きつける。『クロノ』が反応を見せないことに、眉をピクリと動かして口角をさらに上げ、瞳には狂ったような殺気を宿らせた。
「…………」
そして左斜め後ろには寡黙な青年。振動が伝わってくるほど大きな音を立てて戦斧を地に突き立てる。寡黙に怒っているらしい。
(……まず狙うべきはこの男)
警戒すべき対象を定め、クロノはじっとその場に
1対3。対複数戦闘。数の利はこの3人の方にある。まとめて相手にするのは少々厄介だ。こういうときは各個撃破。
1人ずつ戦えたら一番いいんだがと思いつつ、そんな好都合な展開などあるわけがなく。どうやって仕掛けていくか、それとも向こうから仕掛けてくるのを待つかと戦術を組み立てていると。
少年が、一歩前に出た。
「おい、サイファー、ドゥビル。こいつは俺にやらせろ」
好都合な展開が、まさに目の前にあった。クロノはしめたと思いながらも、決して顔に出すことはなく、少年は放置してサイファーと青年――ドゥビルにとにかく注意を払う。
「やめておけ。お前が1人で敵う相手ではないぞ、ヴェイ」
「うるせえ!」
困った奴だとサイファーが頭を振る。ドゥビルは口出しこそしないが、止めもしなかった。むしろただ『クロノ』を訝しむように視線を外さずに睨みつけたまま。
もしかすると、気づかれているのかもしれない。油断ならない相手だ。やはり彼を如何にして抑えるかが制圧のキーになりそうだ。
「おい、せめてこっちくらい向けよ!」
うるさい奴だな。
そう言いたくなったクロノは、スッとS2Uを持った右手を前に出し、人差し指を『クロノ』の背中へと向け、右へくいっと動かしてやる。すると『クロノ』はそれに従って少年の方へと振り向き。
『うるさい奴だな』
思っていることをそのままに、『クロノ』に喋らせる。
その瞬間。
ドゥビルが動いた。
注意は決して外さなかったクロノでさえ、一瞬彼を見失った。
そしてその一瞬で、ドゥビルはクロノのすぐ真後ろへ。戦斧を大上段に構え――一切の躊躇も呵責も感じさせず、振り下ろす!
が、その斧は『クロノ』の頭上で止まる。
「なっ……!?」
ドゥビルがそこで初めて、クロノに驚愕の顔を見せた。
クロノもまた、ドゥビルの動きにやや驚いていたのだが、『ディレイドバインド』がドゥビルに見事反応しきった事実に安堵を覚えつつ、S2Uの反応に感謝する。
と同時に、クロノもまた動いた。これほどの好機、逃してはならない。
「ああ!?」
「くそっ! また幻か!」
彼らの目には、いきなりもう1人クロノが現れたように見えたことだろう。
『クロノ』の後方、つまり3人が包囲していたその外側から、一気に距離を詰めてくるクロノがいたのだから。
「お前……!」
サイファーと少年が動くが、何もかもが遅い。
バインドで身動きが取れないドゥビルの懐へ飛び込み、クロノはS2Uの先端をドゥビルの脇腹へ押し付ける。解析。固有振動割り出し――完了。
「〝ブレイクインパルス〟!」
傀儡兵の強固な装甲さえ破壊する零距離射程の必殺の一撃、『ブレイクインパルス』を叩き込む!
「っがあ!?」
屈強な肉体を思い切り揺さぶられ、体をくの字に折ってドゥビルは吹き飛ばされた。戦斧を手放し、地面に叩きつけられ、それだけでは勢いも止まらず、ゴロゴロと転がって接近してきていたサイファーの足下へ。
「ビル!」
「ぐはっ……が、あ……!」
吐血し、脇腹を抑えて苦しむドゥビル。サイファーもしゃがみこんでドゥビルの身体を窺う。
そんな2人を、クロノは極めて冷静に、バインドで捕縛した。
「てめええええええええ!」
呆気にとられていた少年だったが、我に返り、怒声を上げて銃を構えた。銃口に集まる魔力。クロノはサイファーとドゥビルに向けてバインドを放ち、それに2人が対処しているうちに少年へと振り向く。同時に、視界すべてを覆い尽くすように、間違いなく殺傷設定の弾丸が散弾の嵐となって襲いかかってくるのを認めて。
「〝ラウンドシールド〟」
慌てる必要などまるでないとばかりにクロノは左手を突き出して防御陣を構成。次々にその防御陣に弾丸が当たるものの、まったく揺らぐことはない。
この程度の魔力弾、ユーノのプログラムを加えた防御陣の前には通用しない。散弾なんて派手に見えるだけ。対象が1人しかいないのに、不必要に魔力を撒き散らしているだけの無駄の多い攻撃。その場から動かずに防御すればいい。最低限の数だけ防げばいいのだ。動き回るから余計に危ない。
「涼しい顔しやがって!」
「それはそうだろう。こんなもの、ただ見た目が派手なだけの乱発だ」
「んだと、コラア!」
「はるかに重く、はるかに厄介な弾丸をいくつも操作する、誰よりも心優しい、誰よりも強い意志を持つ魔導師を、僕は知っているからね」
彼女のシューターに比べれば、まるで児戯。彼女と幾度も模擬戦をしてきたのだ。日を追うごとに成長し、鋭く、重くなるシューターに対処してきた。自信を持つ防衛プログラム『AEGIS』も、彼女との模擬戦を通して生まれたと言ってもいい。クロノにも魔導師として、男としての意地がある。力量を上げていく彼女に追い越されまいと、そして教える立場としても、常に精進し、自身の腕を磨いてきた。彼女に負けず劣らず、クロノとて負けず嫌いなのだ。
――『ありがとう、クロノくん!』
撃墜される直前、通信で話した彼女は、久しぶりに見せてくれた彼女本来の笑顔を向けてくれた。ユーノも頷いていた、反則級の笑顔。あれを向けられたら、もう何も言えない。
そんな彼女の笑顔を奪い、『みんなの笑顔を守りたい』、だからこそ『諦めない』彼女の意志を穢した敵を、クロノ・ハラオウンは絶対に許してはならない。
こんな敵如きに、負けてはならない。こんな敵に負けてしまったら、クロノ・ハラオウンを魔導師としての1つの目標と定めていた彼女にも申し訳がない。彼女ほどの魔導師に目標と定めてもらえた身として、クロノ・ハラオウンは負けられないのだ。
「撃ち抜け、S2U!」
少年にも負けない砲音の如き声を上げるクロノ。S2Uもすぐに応え、『スティンガースナイプ』の弾丸を少年に殺到させる。少年は迎撃するが、散弾の中を青い弾丸は捻り、躱し、避ける。時に直角に、時に楕円を描き。彗星のように青い軌跡を空中に引いて。鋭く。速く。避ける避ける避ける避ける避ける。撃ち抜け、というクロノの意思が乗り移ったかのように。この程度の逆境如き、撥ね退けてやらんとする意志のように。
少年は堪らず、撃ちながら走り始める。
が、そうはさせじ。
「〝スティンガーレイ〟!」
指先から、たった一発。それだけでいい。
「うおっとぉ!?」
クロノが持つ『スティンガースナイプ』の中でも最も高速でである『サイドワインダーシフト』でさえも上回る速度を持つ直射弾『スティンガーレイ』。たった1つの針が、少年の逃げ道を塞ぐように彼の目の前を走り抜けた。そのすぐ先にあった太い木の幹をぶち抜いて。
「殺す気かよ……!」
「安心しろ。今のは当てる気もなかった」
「嘘つきやがれ!」
本当に当てる気などなかった。単にクロノの『スティンガーレイ』は限界まで調整され、最大にまでその貫通力が底上げされているだけの話だ。非殺傷設定だから当たったところで死にはしない。
「苦しむ程度には痛いだけだ」
「てめえ、性格悪すぎだろ!」
「失礼だな。相手によるだけだ」
『スティンガースナイプ』の弾丸が追いついた。頭はともかく、運動神経はいいらしく、少年は拍手したくなるくらい見事に弾丸を身を捻って躱す。
「無駄な足掻きだね」
少年の方へとゆっくりと歩きながら、クロノは躱す少年の死角から弾丸を襲いかからせる。体勢が崩れたところに他の全弾が上から、右から、下から、左から少年にとびかかった。そのすべてを受けてしまい……。
「があああああ!」
体勢を崩した一発が最後に真正面から少年の腹を撃ち抜き、少年は背後の木に叩きつけられる。そこにクロノは容赦なくバインドをかけて木に縛り付けた。
「げほっ……くっそ!」
身体を動かし、バインドを強引に引きちぎろうとし、捕縛から逃れようとする少年は、自らの銃を逆手に持ち替えて木をぶち抜こうとする。
が。
その前に、銃が弾き飛ばされた。側面から振り抜かれた――クロノの蹴りで。
「っ、てめ――!」
「うるさいと言ったろう?」
「っ!」
見上げた少年の目を、心を、クロノの視線が撃ち抜く。
(こいつ……!)
優秀で、クソ真面目で、馬鹿正直。両親ともに提督という、絵に描いたようなエリートの家に生まれ、自身もエリート街道を進んできた神童。周囲に期待され、高い魔法の素質も持ち、師に恵まれ、仲間に囲まれ。
少年にとって、すべてが腹立たしい相手だった。すべてを持ち、神に愛されたかのような。自分とはまるで正反対。存在そのものが認められるわけがない、まさしく『敵』だった。
現実を知らないお坊ちゃんに、この世の汚さを。
世の中を知らないエリート様に、真の悪を。
苦労も苦痛も知らないボンボン野郎に、世界を殺せる猛毒の存在を。
知らしめてやる。
そう思って、この任務についてきた。例え首領が命じなくても許さなくても、始めからサイファーとドゥビルについていくつもりだった。
だが、少年は。ヴェイロンは、ようやく悟った。
――こいつは、クロノ・ハラオウンは、俺と同じだ。
現実を知らないなんてありえない。
世の中を知らないなんてわけがない。
苦労も苦痛も知らないなんて、そんなはずがない。
――そんな奴に、こんな目はできない。
少し前まではずっと低い背丈だったが、今では同年代の平均よりも高いヴェイロンとほぼ同じまで大きくなったクロノ。真正面からヴェイロンを射抜く目は、極寒の地より冷たく、そこに宿る冷徹な意思ははるかな大地の如く堅い。世界という巨大な敵を相手にするヴェイロンと同様に、いや、もしかしたらそれ以上の凄絶な覚悟を以って、クロノは戦っている。
世界と戦う覚悟を持った、持ったはずだったヴェイロンだからこそわかる。
クロノは自分など見ていない。自分を通して、何かもっと大きなものと戦っている。
――だからこそ、認められない。
同じだけれど違う。
クロノ・ハラオウンとヴェイロンは、同じものを持ちながらも違う。
正義と悪だとか、法の守る者と法を犯す者だとか、そんなレベルではない。
世界を敵に回しながらも、世界を守ろうとする者と、世界を壊そうとする者。
ヴェイロンにはクロノが何と戦っているのかはわからない。知る気もない。
ただ、自分と同じ巨大な何かと戦い、けれど壊そうとする自分とは違って守ろうとしている。
守る者と、壊す者。
その一点で、クロノ・ハラオウンとヴェイロンは違う。
だがその一点こそが、2人を絶対に相容れないものとしている。
クロノ・ハラオウンは、ヴェイロンを認めない。
ヴェイロンは、クロノ・ハラオウンを認めない。
2人の戦いは、あまりに一方的だった。力量が足りないという理由もあるだろう。冷静でいられなかったというのもあるだろう。
何よりも。
覚悟の『格』が、違う。
認めなければらない。認めたくなくても。
たった今、自分は負けたのだと。
ヴェイロンは、クロノ・ハラオウンの足下にも及ばなかったのだと。
惨敗したのだと。
「……くそが!」
「…………」
せめて。せめて睨みつけることが、ヴェイロンに許された最後の抵抗だった。
そしてクロノは、ヴェイロンの睨みになどまるで動じず、もう用はないとばかりに背中を向けてしまう。
その背中を見ながら、ヴェイロンは目に焼き付ける。絶対に許してはならない男の背中を。さらに心に刻みつける。叩きつけられたこの屈辱を。
「てめえは! 必ず! 俺が殺す!」
返答はなかった。もはや見向きもされない。それでもただ、ヴェイロンはクロノを睨みつけていた。
「
睨みの視線を感じつつも、クロノはそんなものを無視し、バインドを解除したサイファーとドゥビルに歩み寄った。10メートルほどの間隔を以って両者は対峙する。
「高速転移に加えて、そんな技能まで持っていたとはね」
「歴戦の執務官ともなれば知っていてもおかしくはないか」
まだ脇腹を抑えて倒れたままのドゥビルを背にして、サイファーが立ち塞がる。長刀はすでに抜かれている。クロノは右手のS2U、左手のデュランダルを持ち直し、強く握りしめる。
「ドゥビル、と言ったか。そいつは最も警戒していた。それだけに意外だ。彼ならもう少し頭が回るかと思っていたんだが」
「……軽率だったことは否めない」
最初にクロノに仕掛けた、爆弾攻撃からの急襲。あのときに幻に引っかかってしまったことを、考慮して然るべきなのだ。なのに不用意にクロノに仕掛けた。
3人が相手なのだから、数の不利に対する策は当然必要。そこでクロノが考えたのが、再び幻を利用した罠。
『フェイクシルエット』でクロノの幻を生み出し、クロノ自身は『オプティックハイド』を使ってやや離れた場所で不可視の存在となる。
それが、S2Uに攻撃魔法を一任していた理由。本来の防衛構想では、索敵と照準をデュランダル、誘導弾の操作をS2Uが行い、クロノ自身は司令塔となりつつ、至近に迫られた場合の『スティンガーレイ』やバインドなどの操作を担当する。
だが『フェイクシルエット』と『オプティックハイド』を使用するとなれば、それ以上のことはできなかったのだ。クロノがデバイスに頼らずに異なる魔法を同時に発動できるのは2つまで。まだまだ3つ以上は使えない。
「高等技法、【
「大したことじゃない。【デュアルドライブ】どころか【
少なくとも【リモートドライブ】は間違いない。闇の書事件の最中、クロノはユーノがそれを使ったのを知っている。リインフォースの破壊の雷から、離れた位置にいたなのは・フェイト・アルフを、ユーノは『スフィアプロテクション』で守りきっているのだ。
まったくを以って、これでどこが弱いのかわからない。攻撃魔法を使えないだけではないか。それ以外は一級の魔導師と言っていい。デバイスを使わずにこれだ。もし彼がデバイスを使い始めたらそれこそとんでもないことになりそうだ。
「ヴェイはともかく、ビルを一撃とはな」
「うるせえ!」
「うるさいのはお前だ、新入り。格の違いも見て取れないようではお前などまだまだ足手纏いだ。ディバイダーを得たからと言って調子に乗って振り回しているだけのガキに過ぎない」
「……ちっ」
サイファーが呆れたように言い放つと、それまでの反抗の態度が嘘のようにヴェイロンは舌打ちして顔を背けた。その反応に驚いたのはクロノよりもサイファーである。愉快そうに唇の端を吊り上げた。
「失礼したな、公僕。あの通りのじゃじゃ馬だ。私たちも扱いに困っている。灸を据えてくれたことに感謝しよう」
「手綱はしっかり握っておくんだね。飼い主の責任だ」
「次からは気を付けよう」
「てめえら……!」
言われ放題なヴェイロンは体を揺らして抵抗をまた見せるも、クロノのバインドは解けなかった。
「ビルの〝ショートジャンプ〟をこんな手で避けられたのは驚きだったぞ、公僕」
『
これは魔法ではなく、技術の1つだ。【ディレイドドライブ】などと同じ、技術なのである。
転移魔法にしても高速移動魔法にしても、もちろん攻撃魔法にしても防御魔法にしても、発動までに大なり小なりタイムラグが発生する。術式を構築し、展開し、詠唱し、発動するという段階を踏む以上、どうしてもこれからは逃れられない。
そこでこのタイムラグを無くすべく、段階ごとにかかる手間を省略ないし短縮する。
【
「僕もさすがに驚いた。〝ショートジャンプ〟の使い手と戦うのはこれが初めてだったんでね」
「そのわりに反応がいいじゃないか」
「〝ショートジャンプ〟ではないが、義妹が高速移動魔法の使い手だったからね。あとはS2Uの反応が良かったおかげだ。デュランダルもそうだが、S2Uも変わらず頼りになる相棒だよ」
『Thanks, Boss』
『Thank you』
フェイトとも模擬戦は重ねていたし、彼女を捕捉するためにプログラムもそれに対応したものを組んでいた。あとは処理能力が高いストレージデバイスだからというのもあるだろう。インテリジェントデバイスだったら反応しきれなかったかもしれない。
「考えられる手法の1つとしては、同じ魔法を複数同時に発動する中等技法【
その他にもやり方はいくらか考えられる。『ショートジャンプ』という高等技法が存在するのではなく、高速移動魔法や転移魔法を【ディレイドドライブ】などの高等技法を用いて実現させる、複合戦闘技術なのだ。
一度発動させた術式を固定して常時起動状態にすることで、あとはいつでも発動させることができる【
何度も反復すれば人間は反射的にその行動を取ることができるのと同じ原理で、自らのリンカーコアが完全にインプットしてしまうほどに反復し、何らかのキーによって反射的に発動させるまでに至った【
あとはプログラムを徹底的に改変し、もはや完全に術者のオリジナルにまでしてしまう【
「いずれにせよ、高等技法の使い手は総じて細かい制御技術に長ける。それだけにやりにくい相手であることが多いからこそ最大限警戒していたよ。そいつを真っ先に撃破できたのは僥倖だった」
「ヴェイにまず撃たせていたらよかったな」
「そうだな。『フェイクシルエット』は耐久性がほとんどない。あんな散弾でも1発食らえば消える。そのドゥビルという奴が仕掛けてくるのを意図したわけではないが、幻に余所見をさせたのは結果的によかったわけだ」
単にうるさいからと幻を動かしただけなのだが、この際それを言う必要はない。クロノは平然と計算していたかのようにのたまった。
何にせよ、うまく各個撃破できた。数の利は完全に崩れた。残るはサイファー1人。
「ふふ。クロノ・ハラオウン、どれほどのものかと思っていたが、予想以上じゃないか。公僕にここまでできる奴がいるとは、私は嬉しいぞ」
「……投降する気はなさそうだな」
クロノに長刀の切っ先を向けるサイファーに、クロノは半身を引き、左半身を前にして構える。『AEGIS』は展開中だ。サイファーは見ての通りの接近戦向きと見ていいだろう。ならば遠距離戦の『STANDARD』は待機状態のままでいい。『PATRIOT』と『CIWS』で対応する。
意を汲んだデュランダルとS2Uが〝サイドワインダーシフト〟と〝スパローシフト〟を周囲に展開する。
「依頼がどうのと、どうでもいい。お前を殺せばいいのだ。ならば愉しませてもらう」
「……本当に気分が悪い奴らで嬉しいよ」
一番嫌いなタイプだ。『父のような悲しい犠牲を、母のように哀しむ人を、もう出したくない』というクロノの想い、そしてなのはの『みんなの笑顔を守りたい』という想い、そのどちらにも真っ向から反する。
「多少痛い目に遭ってもらうが、文句はないな?」
「ふふふ。面白いじゃないか。やってみろ、公僕如きが!」
刀を思い切り振り、長髪を舞い上がらせ、サイファーが身を低くして突っ込む。満面の笑みを浮かべて。
『サイドワインダーシフト』が自動迎撃に入る。迫るサイファーを四方八方から襲う。サイファーは身を捻り、時に刀で切り伏せ、どんどんクロノとの距離を詰める。
クロノは動かない。『サイドワインダーシフト』の弾丸操作をS2Uに任せ、自身は1発の『スパローシフト』の制御を行う。『サイドワインダーシフト』に紛れて側面から突撃。
「おおっと!」
切り伏せにかかったサイファーだが、『サイドワインダーシフト』の弾丸よりも耐久力が高い『スパローシフト』の弾丸は斬れない。突撃の威力で弾かれ、撃ち上げられる。そこを『サイドワインダーシフト』が襲う。が、女性特有のしなやかな身体を活かし、サイファーはしゃがみ、捻り、軽く跳躍し、そのままバックステップで後退。息を整えるためか、すぐには攻め直さない。ならばとクロノもこの間に斬られた『サイドワインダーシフト』の弾丸を再生成。
「厄介だな、その防衛プログラム」
「少しは頭を使うことだね。馬鹿正直に突っ込んでも『CIWS』は破れないぞ」
「そのようだ、な!」
再び突っ込んでくるサイファー。芸がないなと思いながらクロノも迎撃。同じような展開が繰り返されようとして。
唐突に、サイファーが刀を振った。すると2発の魔力弾が発射され、クロノに向かってくる。
が、慌てることはない。
1発は『サイドワインダーシフト』の弾丸が撃ち落とし、もう1発はクロノ自身が『スパローシフト』で叩き落す。そのまま弾丸をサイファーへ。
「〝スナイプショット〟」
追加詠唱。弾丸が一気に加速する。
「おおっ!?」
顎狙いの一撃。体が相当柔らかいのか、寸でのところでサイファーは後ろに倒れそうなほど身体を反らせて回避。そのままバク転。
「容赦がないな、公僕のくせに!」
「公僕公僕、うるさいぞ!」
歴戦のクロノにさえ怖気を感じさせるほどの壮絶な笑みを浮かべながら、サイファーが突貫してくる。まるで蛇が一気に噛みついてくるかのよう。見つけた得物を逃さない、離さないと、絡みついてくる錯覚さえクロノに抱かせる。
『サイドワインダーシフト』の弾丸を斬り、躱し、斬り、避け、斬り、躱し。右に動き左に横っ飛び。サイファーは先ほどのように後退はしない。少しずつ前に、前に。弾丸に一瞬向けられた目も、すぐにクロノに戻る。
気持ちが悪い。一歩引きたくなる、本能からの嫌悪感に顔を顰める。
だがクロノもまた退かない。ここで一歩退くことが冷静な判断かもしれない。少しずつ距離を詰めてくるなら、クロノはその分後ろに下がればいい。そうすれば距離は縮まらない。サイファーの刀の間合いに入ることなく一方的に攻撃できる。
ただ、後ろに下がりたくない。恐怖を覚えて下がったようではないか。
ああ、冷静ではないな。そうクロノは頭の片隅で自分の状態を自覚していた。それでも、下がりはしない。
「おおおおおおおおおお!」
「!」
叫んだ。雄叫びを上げた。
それは威嚇ではない。自らへの叱咤だ。下がろうとする心を、奮い立たせるため。
「行くぞ!」
前に。
クロノは踏み出した。一歩踏み出せば、そこからは躊躇いなどなく。走り出していた。
デュランダルもS2Uも人間だったら怒ったかもしれない。何をしている、危険です、と叫んだかもしれない。それでも彼らは自らの主を支援した。青い弾丸がクロノの突撃を援護し、守るように周囲につく。クロノは『スパローシフト』に対し、手首から先を振り下ろした。突撃しろと。弾丸は忠実に従い、クロノより先行。
「射撃型が前に出てくるか!」
「公僕にもな、意地があるんだよ!」
何発も弾丸を撃ち出すサイファー。真正面から次々に『スパローシフト』に当たる。耐久性がある『スパローシフト』の弾丸はそうそう壊れない。とは言え、次々に命中していけば限界を迎え……10発目で、とうとう爆発。
2人の視界が、爆煙で封じられる。
それでも、2人の足は止まらない。得物を振り回し、邪魔だと煙を払い除け。煙が吹き散らされる。そして至近距離に迫った互いの姿を認め。
振った刀をそのまま引くサイファー。
クロノは退かず、自らも逆手に持ったS2Uを引いて。
「うおおおおお!」「うおおおおお!」
ともに、突きを繰り出した。
クロノの突きはサイファーの左肩へ。サイファーの突きはクロノの左肩へ。それぞれ命中!
が、クロノの方はデュランダルが直前で『プロテクション』で防ぐ。切っ先が防御陣に突き刺さる。ヒビが入るが、それでも防ぎきった。
「ぐっ!」
痛みに顔を顰めるサイファー。だがその口にはすぐに笑みが戻る。両者は真正面から睨み合って。
「なかなかいい面構えじゃないか、クロノ・ハラオウン……!」
「そちらこそ。もう少し大人しくしていれば美人なのにな」
「失礼な男だ」
「これは悪かったね。女性の扱いは苦手なんだ」
固有振動、解析。完了。
先ほどのドゥビル同様、本気では撃たない。本気で撃ったら殺傷・非殺傷の設定に関わらず、確実に殺してしまう。だから痛みはあるけれど、気絶する程度で放つ。
そのときだった。唐突にサイファーが隠し持っていたのか、もう1つの武器を取り出した。ナイフ。いや、小刀か。
防御魔法で防げばいい。クロノは冷静に判断していた。
だが違った。
サイファーは小刀を咥えたかと思うと、自らの左手へと――突き刺した!
「何を……!」
「〝リアクト〟!」
さすがに呆気にとられるクロノ。そんなクロノを見られたことが愉しいのか、サイファーは小刀を咥えたままで嗤う。
するとクロノの目の前で、サイファーの武器に変化が現れる。長刀は禍々しさを増し、柄の部分にナックルガードのような大きな輪が生まれ。さらに小刀の方もサイファーの口から落ちながら同じように変化を始め。
嫌な予感がする。だがクロノは退かなかった。『ブレイクインパルス』を放てばいい。それで勝負は決する。何をするにもこっちの方が早い。
「ふふ」
「!」
クロノが逃げるとでも思ったのか。サイファーは不気味に嗤いながら自らの左肩に突き刺さるS2Uを掴んだ。小刀は地面に落ちたままだ。
その嗤いを、クロノは真っ向から受けて立つ。耐えられるつもりかもしれないが、それはない。
クロノは騒ぐ心を振り払い、最後の発動キーを口にする。
「〝ブレイク〟――」
「はっ!」
サイファーに躱すような素振りはなかった。むしろ身体を前に押し出してくるではないか。
体重が乗った刀は、ヒビこそ入っているが、しかしクロノの『プロテクション』を砕くことはない――
――はずだった。
砕くのではなく。まるでスポンジでも貫くように。
「――ぐっ!?」
それまで固くクロノを守りきっていたはずの盾は、いとも容易く貫通を許し。
クロノの左肩に、突き刺さった。
「はっはっはっはっは!」
「この……!」
わけがわからず、さすがにクロノの頭も混乱していたが。
幸いなことに、嘲笑を上げるサイファーの見下す視線が、声が、クロノに今すべきことを思い出させた。
「――〝インパルス〟!」
サイファーの左肩を突いたままのS2Uを通じ、クロノの魔力が流し込まれ。必殺の振動攻撃が、サイファーの身体をぶち抜いた。
「ぐう、があああああ!」
サイファーが吹き飛ぶ。左肩の骨は完全に砕けたのだろう。吹き呼ぶ勢いに翻弄されて左腕は本来曲がってはいけない方向にまで振り回されている。地面を滑り、転がり、そのまま木に激しく背中を打ちつけてようやく止まった。
「はあ、はあ……っ!」
それを見届けて。サイファーが動かないことを確認し。
クロノは膝をついた。そして自身の左肩に突き刺さったままの長刀へと視線をやる。
それは刀なんてものではない。細い刀だったはずが、太く、禍々しい黒い大剣に。地面に突き刺さる小刀もだ。これがデバイスなのだろうか。しかしこんな禍々しい形に変化するデバイスなど聞いたことも見たこともない。
『ディバイダー』。
先ほどサイファーが口にしていた単語を思い出す。これも『ディバイダー』なのだろうか。
それはともかくとして、クロノは長刀の刀身に手をやると、一呼吸をして……一気に引き抜く。
「っぐ……!」
切っ先が傷を抉る痛みに歯を食いしばる。クロノの血を吸うような黒い大剣を憎々しげに見下ろし、地面に荒々しく放り捨てる。重い金属らしい音を立てて地面に転がる大剣。
すぐにクロノは治癒魔法を使った。完全な治療はできない。だが応急処置程度ならクロノでもできた。肩が熱い。傷口が早速熱を帯び始めている。唇を食いしばって痛みと熱さに耐えながら、クロノは乱れた息を整える。
やがて血が止まると、クロノは治癒魔法を止め、左手をゆっくりと開いたり握ったりを何回か繰り返す。若干の痛みが走り、少し力が入らない。デュランダルを持つことは何とかできそうだ。
『Sorry, Boss』
「いや……いい」
インテリジェントデバイスほどではないが、デュランダルはストレージデバイスながら通常より高度な思考を持っている。謝罪の言葉に抑揚はないながらも、相棒が本気で申し訳ないと思っていることはよくわかった。だからクロノは気にするなと返す。
インテリジェントデバイスだったら、相談や分析などもできたのだが、ストレージデバイスの応答には限界がある。いくらデュランダルでも細かな会話までは不可能だ。
「…………」
気にもたれて気絶しているらしいサイファー。地に倒れたままのドゥビル。木に縛り付けてあるヴェイロン。
そして彼らの武器、『ディバイダー』。
魔法をいとも容易く貫通した。例の『アンチマギリンクフィールド』だろうかと考えたが、そこにもう1つの可能性が脳裏に浮かぶ。
エクリプスウイルス。
その感染者たちは、魔力結合を分断するという。
阻害する『アンチマギリンクフィールド』と違い、分断する。その点がより脅威度が高い。
「……『ディバイダー』……ディバイド?」
ディバイドの意味するところは……?
「まさか……!」
「くっ、ははは!」
唐突に聞こえた耳障りな嗤い声に、クロノは反射的に顔を向けた。ヴェイロンだ。縛り付けられたまま、「こいつは傑作だ!」と両手が動くのなら腹を抱えていそうなくらいに嘲笑していた。
「何がおかしい?」
「ははははは! そりゃ嗤うだろ! 今更気づいてやがる!」
嗤いこけるヴェイロンを鬱陶しいと思いながら、クロノは立ち上がる。どうせ尋ねたところで答えはしまい。ヴェイロンとはそういうタイプだ。
それに、もはやクロノは察していた。
エクリプスウイルスの感染者であるエクリプスドライバーたち。サイファーはその1人なのだと。
ただ魔法を分断できるのならば、最初からどうしてしなかったのだろうかと、クロノは考えた。そこで閃いたかのように、クロノはすぐにサイファーをバインドで縛る。
「おいおい、気絶してる女を縛るのかよ?」
「……黙っていろ、負け犬」
「ああ!?」
ヴェイロンが再び暴れ始めるが、やはり彼にはクロノのバインドは解けない。それでも木ごと引っこ抜いてきそうなくらいに暴れていて、クロノはこいつも気絶させておこうかと本気で考えた。
そのときだ。
『――Boss』
デュランダルが呼びかけてきた。
展開されていた戦いに、トーレもチンクも驚いていた。3人を圧倒するクロノに。そしてクロノの防御を確かに貫いたサイファーに。
『ほう。ほうほう。これはこれは。ふはははは! 素晴らしい! これが『猛毒』の力! 魔力分断とやらかね!』
通信の先ではジェイルがようやく見れたエクリプスドライバーの脅威たる分断の力を確認し、喜びに沸いていた。あっさりとやられるどころか、逆にサイファーたちを圧倒していただけに、もしかすると分断の力を見れないのではないかと不満に思っていたところだったのだ。喜びも一入というところなのだろう。
ジェイルとしてはクロノに興味がない。だがトーレやチンクは違う。戦闘に身を置く者として、クロノの強さには大いに感心していたし、強者であるという認識が身を疼かせていた。
それでも、魔力分断の力を見て意識は完全にそちらに取られている。
トーレたち戦闘機人が使うものも魔法であることに変わりない。その術式が得意なだけで、魔法という大きな区分から見ればミッドチルダ式やベルカ式と同じなのだ。魔力分断の力は、確実にトーレたちの魔法も分断してしまうのだろう。
「ドクター。対策はできそうでしょうか?」
負けられないし、負けたくはない。闘争心がジェイルにそう問わせた。
『今すぐには無理だね。まだまだ情報も足りない。しかし魔力分断の力もいつでもすぐにでも、というわけでもなさそうだからね。もし今このとき戦いになっても、その辺を突けばどうにかなりそうだ』
ジェイルは嬉々として興奮しながらも、しかし思考は冷静だった。すでにその頭では、どういう理屈なのか、どういう対応が必要か、高速でシミュレートされていることだろう。
トーレもジェイルの指摘があって気づいた。
確かに、魔法を分断できるというならば、最初からしていればいい。サイファーもクロノとの戦いで、弾丸をわざわざ避けて戦っていた。分断できるのならば最初からそうすればいいのにだ。戦闘狂のような言動が見られるので、魔力分断のような一方的な力を好んではいないのかもしれない。とは言え、魔力分断の力をいざ使ったときの愉悦に満ちた表情は魔力分断を好んでいないとも思い難い。何か条件があるのだろうか。
「〝リアクト〟と、あの女はそう叫んでいましたが」
「うむ。あれの直後だったな。そうなると、あの武器がキーなのかもしれんな」
リアクト。反応・作用・反抗などの意味があるが、さていったいどういうことか。
すっかりジェイルもトーレもチンクも、そしてウーノもクアットロも魔力分断の力に魅入られ、意識も思考も持って行かれていた。
――だから、注意が薄れていた。
「……ん?」
望遠モードの左目が、クロノの妙な動きを捉えた。治療をしていたと思いきや、立ち上がって左手に持つデバイスと何やらしている。そして。
クロノがこちらを――振り向いた。
「トーレ姉様」
「まさか。いや、わかるはずがない。ここは奴の索敵範囲外だ」
森中に索敵のサーチャーを飛ばしていることは感知していた。それでもクロノの索敵範囲は把握している。
けれど。ならばどういうことか。
クロノはこちらを見ていて。そしてデバイスを掲げ、地面に突き刺した。
途端、青い魔法陣が一気に展張した。索敵魔法だ。魔法陣はどんどんと広がっていく。トーレたちに急速に接近してくるではないか。
いや、範囲外だ。もう止まるはず。実際、『猛毒』たちに対してもすぐそばまで展張したがギリギリで止まっていたではないか。彼らよりさらに距離を取ってある。
「届くはずがない……!」
「トーレ姉様、あれを!」
「っ!」
チンクがトーレの腕を取って意識を左やや下方へと誘導する。森の木々、そのわずかに上。
青い魔力の光球が、浮いていた。『ワイドエリアサーチ』のスフィア。だがスフィアにも索敵限界距離がある。情報通りならトーレやチンクを捕捉できる距離ではない。
「チンク、撤退だ!」
「だ、ダメですトーレ姉様! もはや間に合い――!」
展張する魔法陣は止まらなかった。後ずさるトーレとチンクを逃すものかと、彼女たちの足下にまで――ついに達した。
見つけた!
とうとう掴んだ。この手に。
押さえたのだ。この上ない証拠を。
あと一息どころか、追い求めていた決定打となるものを。
「戦闘機人に、ジェイル・スカリエッティ……!」
捕捉した情報を、余さず術者たるクロノへと索敵魔法は伝えていた。2人の戦闘機人。そしてそばに開かれている空間モニター。そこに映る1人の白衣を着た科学者の姿。それは紛うことなき、追い続けた男だ。
索敵魔法の限界距離。クロノは時空管理局を疑い始めたときから、自らの能力を正確に記載などしていなかった。最後に正しく記載したのはずいぶん前だ。魔法の鍛錬は欠かしていない。ユーノの術式も取り入れて修練を積み、練度を上げていた。そんなことをしても意味がないかもしれない。後で厳しく叱責されるだけに終わるかもしれない。無駄かもしれない。何度そう思ったことか。
だが今、これまでの努力は確実に実を結んだ。
「やはりいたか。いてくれたか……!」
3人だけのはずがないのだ。どこかにいるはずなのだ。
ここはジェイル・スカリエッティが潜伏していた施設。戦闘機人や人造魔導師を研究していた違法研究施設。地上本部が厳戒態勢を敷いているはずの。
だがこうして地上本部は早々に引き揚げた。以前、監視者の1人と会ったときもそうだ。そして今も、なかなか時空管理局部隊は来ない。各地に駐在している監視部隊が時空管理局にはあって、魔法戦など行われればすぐに察知することができる。だからこそジュエルシードや闇の書の反応にも時空管理局は対応できたのだ。
ジェイル・スカリエッティが潜伏していた施設は、厳重な警戒態勢が敷かれていて当たり前。舞い戻ってこないとも限らないのだから。なのにいくら初動が遅いとは言え、時空管理局のスクランブルはまだやってこない。
――意図的に止められている。
そう考えるのは至極当然で。
だから1人で戦う覚悟を決めていた。
とは言え。この世界を監視している部隊は実際にある。事前に調査したが、彼らに裏の繋がりなどは見当たらなかった。彼らが時空管理局上層部の誰かの息がかかっていないとしたら、この世界で魔法戦など行われれば必ず気づく。それでもスクランブル部隊が来ないのならば、そこには何らかの意図が働いているということ。
そうなると1つの問題が起こる。
監視部隊にこの世界の監視を解かせていたとしたら、ではどうやってクロノが暗殺できたかどうかを確認するのか。
サイファーたちがそう報告すれば信じるのか。だが彼女たちのような裏の存在の報告を信じられるのか。
いるはずなのだ。
サイファーたちとは別に、監視している者が。クロノが暗殺されたのを確認するために。
まさかそれがジェイルや戦闘機人であるなどとは思っていなかったけれど。これは予想外の僥倖と言える。
賭けに勝った。勝ったのだ。これほどの偶機にしてこの好機。逃すわけにはいかない。
「逃がすものか!」
「おいおい、ちょっと待てよ」
完全に意識の外にあったヴェイロンが、またもや声をかけてきた。もはや聞くまでもない。クロノは飛行魔法を起動して浮き上がる。
「俺たちを放置しておいていいのかよ?」
「大人しくしていろ。後で回収してやる。お前たちはお前たちで聞きたいことが山積みしてるんだ」
「そうかよ。けどそれはよ」
目を向けてやるとヴェイロンはまったく暴れもせず、静かに拘束されていた。だが浮かぶ笑みは変わらない。不敵で、愉快そうに。クロノの睨みを受け流すこともなく、平然と受け止めていて。
何なのだ、この余裕は。
「そいつらに言っておいてやれよ」
ヴェイロンの言葉に、クロノはすぐに視線をサイファーへ。彼女は――木にもたれたままだ。バインドもそのまま。そしてもう1人は地に倒れたまま……いや。
ドゥビルが――いない。
どこに、と。頭が認識し、思考するよりも早く。
ふと。後ろに。気配を感じて。
振り向こうとした。が、それは叶わず。
代わりに、激しい衝撃が、クロノを真横から襲った。
体があまりの激痛に痛覚と言わず全感覚を遮断させたのか、クロノは一瞬、周囲から音も色も消えたような錯覚を抱いた。
防御魔法を展開させるも、またもそんなものはないもののように。魔法陣を真っ二つに分断して。デュランダルが巨大な戦斧の刃をかろうじて受けたが、その圧力に折れ曲がり。止まらない勢いはクロノの左腕をへし折り、脇腹へと衝撃をぶち込んで。
「――がっ!?」
たったそれだけで、肺腑からすべての空気が飛び出す。漏れた苦悶の声は一瞬。クロノはまるで瞬間移動でもするかのような速度で吹き飛ばされた。次々に木々に衝突し、それでも止まらずに薙ぎ倒していき、ゆうに百メートルは飛ばされる。地面に叩きつけられて転がって。天地が何度もひっくり返り、胃が裏返り、気持ち悪くて吐いて。岩に叩きつけられる直前に、S2Uが張った『ホールディングネット』によって、何とか止まることができた。
「……は……あ……」
地面に落ちたとき、ビシャリと水たまりに落ちたような音がした。クロノにはもはやわからないが、自身の血が鳴らした音だった。口から、頭から、体中から流した血が、あっという間にクロノを赤く染め上げ、地面を濡らす。
デュランダルとS2Uが何とか『ホールディングネット』や『プロテクション』をかけて、木々や岩との衝突からクロノを守ってくれたからだろう。自身が常に装着していたバリアジャケットは、いつの間にかパージされていた。バリアジャケットも魔力で構成された防着だ。魔力分断の前には意味を為さない。だから咄嗟にデュランダルとS2Uがパージさせ、その衝撃で刃を押し返したのだ。クロノはまだ、何とか、生きていた。
けれど。口から漏れるのは、もはや虫の息。痛いはずなのだが、何も感じない。
たった一撃。たった一撃に過ぎない。
一撃で、クロノは死にかけていた。
首が動かない。腕も、足も。息も苦しく、おそらくは気管にも血が流れ込んでいるのだろう。苦しいのに咳き込み、僅かに取り込むことができた空気さえ出て行ってしまう。えずくような咳。女の子が聞いたら嫌悪しそうな咳声だなと、他人事のようなことを思った。
「生きてるか、公僕?」
自分は今、うつ伏せらしい。クロノはヒューヒューと、もはや呼吸とも呼べない、空気がどんどん漏れていっているだけのような音を口から零しながら、目だけを何とか動かした。
暗く、赤い視界に、人影が入ってきた。3つ。3人か。2つの影はかろうじて人間の大きさとして捉えられたが、最後の1つがやけに大きい。まるで熊のようだった。
霞む視界。気を抜けば閉じてしまいそうな瞼。それを必死に開きながら、クロノは3人の姿を見上げる。
先頭にサイファー。その後ろに銃を肩に置くヴェイロン。そして……その2人が並んで立ってもまだ体で覆い隠してしまえるほど大きく、しかも禍々しい装甲のような体を持った鬼。鬼の正体は、ドゥビルだった。かろうじて判別できた顔は、確かにドゥビル。
「私たちが軽率だったことは事実だが、お前も軽率だったな。私たちから意識を外すべきではなかった。何より、お前は私たちを殺しておくべきだったのだ。殺さずにおいたのがお前の敗因だよ」
サイファーは右手に長刀を、左手に小刀を持ち、左腕を肩まで持って来て、刀身で肩を叩いて見せた。
そう。『ブレイクインパルス』で骨まで砕いたはずの左腕。何でもなかったように、動かしていた。
なぜ。どうして。
そう問いかけたくも、口から言葉が出ることはない。言葉を紡げるだけの空気は肺腑に残っておらず、麻痺した声帯は言葉を形作ることができなかった。代わりに込み上がってきたものが口から吐き出される。赤い血が、クロノの命を支えるものが、草や花に飛散した。
「まあ、知らなかったのだろうな。私たちエクリプスドライバーが高速で体を再生することができると」
「……だから言ったろうが。放置しておいていいのかってよ」
「どうした、ヴェイ? 随分と意気消沈しているじゃないか」
「……うるせえよ。がっかりしてんだよ」
「ああ。そう言えば俺が殺すと豪語していたな。すまないな、獲物を取ってしまって」
「ちっ」
つまらなそうにヴェイロンが背を向けた。そしてもはや死にかけのクロノになど興味はないとでも言いたげだった。
「何やら監視者たちのことが気になっていたようだな。私たちの依頼者かどうかはわからないが、まだいるようなら殺しておいてやろう」
監視者。
その言葉を聞いて何のことだったかと、鈍くなっていく思考を巡らせて。
ジェイル・スカリエッティ。
その単語に行き着き、クロノは歯を食いしばった。
立て。起きろ。寝ている場合じゃない。
動かない身体を叱咤する。もちろん動くはずなどなかったが。クロノが認識できないだけで、クロノの身体はもはや見るも無残。四肢は右腕以外、完全に折れている。左腕に至ってはもはやどこが関節なのかわからないほど複数個所で折れ曲がっていた。
「しかし、私たちのことを無視するというのはいただけないな」
頭が重くなった。
サイファーがクロノの頭を踏みつけたのだ。
「お前も、『世界を殺す猛毒』である私たちを笑うか?」
『世界を殺す猛毒』。その言葉にはクロノも聞き覚えがあった。
『フッケバイン』と呼ばれる者たちが合言葉のように使う言葉。彼らに関する情報は極めて少ない。彼らが現れるところは、すべて蹂躙され、殲滅の憂き目に遭い、皆殺しにされているからだ。民間人も局員の区別はない。老人も若者も、男も女も、赤ん坊かどうかさえも関係ない。
サイファーだけではなかった。ドゥビルも、そしてヴェイロンまでも。3人が3人とも、エクリプスドライバー。エクリプスドライバーばかりの集団、『フッケバイン』だったのだ。とすると、高速再生以外にドゥビルの鬼のような姿もエクリプスウイルスの脅威が為せる業なのかもしれない。
「――ほう」
右手の感覚が僅かに戻った。同時に痛みもじわじわと回復する感覚と共にやってきて、クロノは苦悶の声を唇から出血するほど噛み締めて耐える。
右手に棒のような細長い感触。S2Uだ。相棒を握り締めると、治癒魔法が発動する。
「この期に及んでまだ戦うつもりか、公僕?」
治癒魔法が効くような状態ではない。死に瀕するクロノを救うには、もう治療ではなく蘇生を行わねばならないレベルだ。骨折や打ち身切り傷程度は治癒魔法でどうにかなったとしても、激しい衝撃に振り回され、強く打った頭は治らない。現に、流れ出る血は一向に止まらなかった。それでもクロノが治癒魔法を止めることはない。
「ふ、ふふふ、はっはっはっはっは!」
そんなクロノを見下していたサイファーが、心底面白そうに嗤い声を上げた。
「いいな、実にいいぞ。生に執着するお前を殺すのが改めて愉しみになってきた!」
エクリプスドライバーは、破壊や殺戮の衝動から自我を保ち、自己対滅から命を守るため、人を殺さねばならない。生きるために、殺さねばならないのだ。どんなに殺したくなくても、欲の有無に関わらず人殺しの衝動に駆られるのである。その意味では別に誰を殺そうと構わない。死にかけだろうと弱者だろうと悪人だろうと。
ただサイファーとしては、どうせ殺すのなら『殺し甲斐』のある奴を殺したい。強者。そして強く生にしがみつく者。そうしたものを殺した時こそ、満たされるのだ。
「ビル、ヴェイ。こいつは私がもらってもいいか?」
「好きにしろ。俺は監視しているらしい者を追う。先ほどこいつはジェイル・スカリエッティと言っていた。事実なら確かめなければならない。俺たちの依頼者なのか、それともどこかから情報を得て俺たちのデータを収集しに来たのかもしれん。逃がすわけにはいかないだろう」
「そうだな。任せる」
「…………」
「やはり殺したいか、ヴェイ?」
「……ちっ。勝手にしろよ」
鬼の姿を元に戻しながら、ドゥビルが踵を返して歩き出す。その背中についていくように背中を向けたヴェイロンだったが、すぐに歩みを止めてクロノを振り向く。サイファーに頭を踏みつけられながらも治癒魔法を使い続けている、死にかけの身で無様に足掻く姿。自分を圧倒的なまでに負かした男の最後にしては本当につまらない幕引きだった。
殺す。こいつは俺が殺す。そう思っていた気持ちが、急速に萎えていく。
自分が殺したいのは、圧倒的なクロノ・ハラオウンだ。こんなつまらない終わり方をする奴ではない。今のクロノを殺したところで、きっと全然満足できないだろう。むしろ苛立ちしか残らない。そう確信できる。
だから、ヴェイロンは再び背中を向けた。
「ということだ。ヴェイにも見放されたな?」
もう瞼を開けているのも難しくなってきた。一時的に戻った視界も、またどんどん霞み始める。治癒魔法を使っているが、段々右手にも力が入らなくなってきて。
死というものを、強く感じた。
不思議と恐怖はない。死に対する恐れは、なかった。
ただ……強くクロノを支配するのは後悔。そして……。
「……ま……い……」
「ん?」
サイファーが上半身を屈ませる。足はクロノの頭を踏みつけたまま。
「……す……な……」
「…………」
「……まな……い……」
「……く。くっくっく。なんだ、謝罪か? 家族か? 友人か? 仲間か? それとも恋人でもいたか?」
サイファーの言葉も、もうクロノには届いていなかった。聴覚はすでになくなっており、次いで嗅覚も味覚も。地面の砂の匂いも、気持ちの悪い鉄の味も。もうクロノは感じることができない。残る視覚も光すらぼやっとしか感じられなくなっており、そして皮肉なことに、痛覚だけは前進の痛みを今更ながらに伝えてきていて。おそらく死ぬそのときまで痛覚だけはこの身を苛むのだろうと。何とはなしにそう思った。
(申し訳ありません……恭也さん)
その背中に、いつか追いつきたいと思っていた。兄のようにも思えた、尊敬できるその人に導いてもらいながら結局守れなかったことは、曲がりなりにも教えを受けた身として、そして最後の問いにも答えを出せなかったことが申し訳ない。
(すまない……ユーノ)
こいつなら共に歩んで行けると信じることができた、初めての友。袂を分かってしまったことも、彼が導いてくれたこの機会を活かすことができなかったことも、やはり悔いずにはいられない。
(すまない……はやて)
もう庇ってやれそうにない。生き急ぐ彼女がやはり心配で、きちんと夢が叶って、そして彼女自身が家族と共に幸せに笑って、もう自分が守る必要がなくなるそのときまで支えてあげたかった。
(すまない……フェイト)
ここに来る直前にせっかく仲直りできたというのに、また悲しませてしまいそうだ。二度とあの子に、家族がいなくなってしまうという悲しい経験などさせたくはなかったのに。
(すまない……なのは)
心を抉るようなことを言ってしまった罪悪感は、彼女のつらそうな顔とクロノの顔など見たくないという言葉と共に、変わらずこの胸に在り続けている。叶うべくもない、自分勝手な望みだが……もう一度、彼女本来の笑顔を、見たかった。
(すまない……母さん)
フェイト同様、また大事な家族を失う悲しみを背負わせてしまいそうだ。母の悲しむ背中を見たくないからこそこの道に進んできたというのに、最悪の親不孝で終わってしまうことが、情けないことこの上ない。
(すまない……みんな)
涙はない。申し訳なさと情けなさ、悔しさと惨めさに侵されていくだけだ。
ジェイルを捕らえることもできず。
時空管理局の『裏』に迫ることさえできず。
賭けに勝ったと油断して、最後の最後で負けて。
惨めに、こんな想いと正反対の、まさに倒すべき敵に踏みつけられて、今まさに殺されようとしている。こんな奴らに負けたことが、悔しくてたまらない。
「これが、お前の勝利を揺らがせたEC兵器の起動状態。ディバイダー944『ケーニッヒ・リアクテッド』。『世界を殺す猛毒』だ。今一度、この言葉を脳裏に刻め。心に焼き付けろ。理解して絶望しろ」
禍々しい長刀と小刀を掲げて見せるサイファー。
「もはや聞こえていないか? ならば……死ね」
掲げた長刀を逆手に持ち、サイファーはこの瞬間をこそ待ちわびたとばかりにこの日一番の、最凶にして最狂な嗤いの表情を浮かべ。
その長刀を、問答容赦呵責の一切なく、むしろ嬉々として。
振り下ろした。
その刃が、森の奥から高速で飛来した何かに、側面から叩かれて。
殺意がふんだんに籠もった切っ先は、クロノの心臓を大きく外れ、地面に突き刺さる。
「――なに!?」
顔を上げる。そのサイファーの目に、何かの姿が映った。
が。次の瞬間。
その姿は、何者かは、まるでドゥビルの瞬間移動の如き動きで……いや、動きなどまるで見えなかった。とにかく、目の前に迫っており。
「くっ!」
咄嗟に地面から抜いた長刀で、突き出されたソレを止めた。
「何だ、お前は……!?」
刀身がかろうじて鍔に引っかかったらしい。突き出されたソレ――小太刀は、小太刀ゆえの短さのおかげで、サイファーの腹に届く直前で止まっていた。だが押される。力が強い。咄嗟にサイファーは小刀を持っている左手も長刀の柄に持って来て押す力に抵抗した。
突っ込んできた黒い服の男。その鋭い目は、サイファーですらも一瞬身震いさせるほどで。嚇灼たる怒りが、サイファーを捉え、射抜いていた。
「……どけてもらおうか」
「なに?」
「その汚い足を――どけろと言っている!」
二刀使いだ。もう片方の手に持っていた小太刀がさらに突き込まれてくる。速い!
小刀で防ぐ。が、片手ではこの男の一撃は防げない。重すぎる。それに――
「くっ……!?」
防いだはずなのに。手が震える。そして腕を通し、さらに腹を、胸を、貫通するように衝撃が走り抜けた。
「があっ!」
堪らず反射的に小太刀を跳ね上げ、その勢いで大きく後退。
「サイファー!」
「救援ってか! 面倒くせえ!」
異変を感じたらしい、ドゥビルとヴェイロンが走って戻ってきた。わけのわからない攻撃に多少混乱していたサイファーはそれで落ち着きを取り戻す。
が。
振り向いたサイファーの目に、ドゥビルの右から襲いかかってきた黒い影と、ヴェイロンの足を止めるかのように彼の目の前に突き刺さる何本もの翡翠の鎖が入ってきた。
ドゥビルは再び『リアクト』することで噛みついてきた影――犬の攻撃などものともしなかった。犬は効かないとわかるとすぐに身を離し、ドゥビルの反撃の振り下ろしを俊敏な動きで躱した。と同時に、犬の頭上を追い越して高速の誘導弾が駆け抜ける。戦斧。ダメだ、間に合わない。そう判断したドゥビルは左の拳で弾く。弾かれた弾丸は、しかしすぐにターン。再びドゥビルを襲う。後頭部に命中。
「ぐうっ……この!」
本来なら気絶ものの一撃。だが厚い装甲は物ともしない。さすがに多少の痛みはあるらしい。それでもドゥビルは弾丸を撃ち落とさんと戦斧を振り回す。それを悉く避ける弾丸。右に左に。上に下に。ドゥビルの動きなど遅い遅いと言わんが如く。
一方でヴェイロンは鎖に阻まれて立ち止まり、そこにさらに襲いかかってきた鎖を銃弾で撃って撃って撃ち落とす。だが魔法陣は空中にいくつも現れ、そこから鎖が次々に飛び出す。【リモートドライブ】による捕縛魔法の多重制御。これにはヴェイロンもたまらず退いた。
「せええええいっ!」
「っ!」
そこにさらに追撃。突然横合いに発生した魔法陣からいきなり飛び出す影。振り抜かれた攻撃に、ヴェイロンは銃を盾にして受け止めた。金属同士がぶつかる甲高い音が森林にこだまする。
「何だ、てめえ?」
「それはこちらのセリフです、よ!」
短く切り揃えられた、活発に見える小柄な女性。だがその割にヴェイロンとの押し合いにまったく動じない。ぶつけてきたのはトンファーか。さらにもう片方の手に持つトンファーで、急所である顎を的確に狙ってきた。それを生来の反射神経で躱し切り、ヴェイロンは長い脚で彼女に蹴りを繰り出す。それをトンファーで彼女は受けて。ヴェイロンは下手に追撃せず、反動で後退。
「…………」
温かい。
目を閉じてしまっていたクロノは、不意に身体に温かい何かを感じた。目を開けるのが億劫だったが、気になった。だから、ゆっくりと目を開けて。
「よし、生きてる。大丈夫だ」
「ふう……何とか間に合ったようね」
「間一髪でしたね。もう僅か遅かったらと思うとぞっとします」
聞いたことがある声に続き、2人の女性の声。左に視線をやれば、朦朧とする視界に、鮮やかな緑髪が一番に目に入った。次いで短髪の若い少女と、後頭部で髪を結わえてまとめ、地上本部の茶色の制服を着こなす中年の女性。
そして。
「ホント、何やってるんだよ、君は。何回約束を破れば気が済むのさ……!」
「……馬鹿者が。なのはに続いてお前までこんな無茶をやらかすとは。お前には言いたいことが山ほどある。覚悟しておけ、クロノ」
尊敬する人と、袂を分かったはずの、それでも今も信頼している友が、そこにいた。