リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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 今回、エクリプスウイルスの魔力分断効果に対しての独自の見解が含まれています。
 Forceがなかなか再開されないし、その辺の設定が不明なままなので、これまでの漫画の描写から考察しています。
 なのはやヴィータたちが馬鹿でかいデバイス引っさげてきてましたね。あれは魔力を物理的な力に変えているようですが、それって要するに魔力砲をプラズマ砲みたいな光学兵器に変換しているってことなんじゃないかと思います。いやいや、それって質量兵器じゃんって思わなくもないですが、まあ、いいんでしょうねえ……使っているってことは。質量兵器禁止の風潮はどこ行った~?
 とにかく、あの時期にそういう対策が取られているってことにしても、それが有効だと過去に情報を得られたからこそでしょう。ですので、今回の戦いで得られたデータが後に活かされ、ああいう形になったという流れにする予定です。
 では、毎度毎度クセの強い拙い文章ですが、よろしければどうぞ。

2/13 ファーンのセリフを修正しました。
 ①『私のの教え子』→『私の教え子』
 ②『世界の殺す猛毒』→『世界を殺す猛毒』


LOCUS 15-3

 

 

 

 他者に殺意を抱いたのは、生まれて初めてのことだった。

 

 

 

「生きてはいますが重傷です。すぐに搬送しないと……!」

「こういう時に備えてクローベル提督たちが手配してくれてる。応急処置をしてすぐに運ぼう」

「ハラオウン執務官。すぐに帰還しますから、もう少し耐えてくださいな」

 

 ヴェロッサ・アコースと名乗る、自分たちの監視者であった少年。自らそう口にした彼の『悪友の危機』という言葉をまともに聞く気などなかった。まして、自分から絶交を伝えた悪友のことだったのだから。けれど悪友が提出したという書類を見せられた瞬間、悪友が何を考えているのかがすぐにわかった。

 

「…………」

 

 自分が最後に渡した資料。『聖王のゆりかご』に連なる情報。これを使ったのだろうことは。

 もう絶交した相手。今でも約束を破ったことを許したわけではない。

 けれどそれは。

 本気で嫌いになったということではないから。

 

「……何、やってるんだよ……」

 

 こいつなら。

 不本意極まりないとは言え、こいつなら。

 絶対に。なのはを、フェイトを、はやてを、そして仲間たちを、守り通してくれるだろうと。支えてくれるだろうと。

 本当に時空管理局を変えてしまうだろうと。

 尊敬の念さえ覚えるほどに信じられたからこそ、託したのだ。託すことができたのだ。

 だからこそ、自分は後顧の憂いなく『嫌われる』という行動が取れた。

 だというのに。

 

「……何をやってるんだよ……!」

 

 こいつは。自分が渡した情報を律儀に使って。あまりに危険な手を使ってでも闇を掴もうとして。

 すべて、なのはのためで、フェイトのためで、はやてのためで、仲間たちのためで。

 そして。

 これが、自分のためであることも、容易にわかってしまう。

 もし上手くいったとしたら、こいつは間違いなく、無限書庫がきっかけを作ってくれたのだと主張し、無限書庫の立場を向上させようとするのだろう。勲章ものの手柄なのに、こいつは馬鹿正直で、クソ真面目で、ドの付くほど律儀な奴だから。

 ユーノ・スクライアが見つけてくれた。彼のおかげなのだと。そう言うのだろう。

 

「……僕は」

 

 司書の仲間たちには悪いけれど、別に無限書庫の立場を良くしてもらおうなんて思ってのことではない。

 なのはのため、フェイトのため、はやてのため、仲間たちのため。そして……腹立たしいけれど、こいつのためにやったことで。

 何より。決して。自分のためなどではないのに。これから嫌われ、忘れられる自分の存在などのためではないのに。

 なのにこいつは。こいつは……!

 

「僕は……!」

 

 だからヴェロッサから提出したという書類を見せてもらった瞬間、駈け出していた。本気で怒って。本気で殴ってやりたくて。何をやってるんだと。また約束を破って何のつもりだと。そのつもりでいたのに。

 

「――――」

 

 駆けつけてみれば。

 もうほんの一瞬でも遅ければ、殺されていたところで。虫の息で。血の海の中で倒れていて。右腕以外の四肢はどこかしら折れていて。特にひどい左腕は滑落でもしたかのように折れて折れて折れまくっていて。デュランダルは真ん中から折れていて。S2Uも特徴的な羽の意匠を失ってしまっていて。

 

――『……僕は、お前なんか大嫌いだ』

――『お互い様だ、フェレットもどき』

 

 最後まで自分たちらしい言葉を吐き捨てて別れたはずなのに。

 次に会ったらこれか。

 ふざけるな!

 

 

 

「僕は! こんなことのために! あの情報を渡したわけじゃない!」

 

 

 

 なのはの、フェイトの、はやての、仲間の、みんなのためになるからと。

 自分などのためではなく。無限書庫のためではなく。

 クロノ・ハラオウンを危険な目に遭わすためでも、ましてや死なせるためでもない。

 クロノ・ハラオウンが、クロノ・ハラオウンを活かすために。そのために、渡したというのに。

 

――『悪かったな、フェレットもどき』

 

 言葉ではない。念話でもない。

 けれど、わかってしまう。

 お前がくれた情報を活かせなくてすまない。約束を破ってすまない。迷惑をかけてすまない。

 こいつが、そう言っていることが。思っていることが。

 

「――――」

 

 そしてさらに頭にくるのは。

 見えているのか、聞こえているのか、わかっているのか、それすらも定かではない状態なのに。

 まるで安心したように。

 笑っているではないか。

 

「~~~~!」

 

 人の気も知らずに。

 一片の疑いもなく、絶交を突きつけてきた自分などの来援を。『遅いぞ、もうちょっと早く来い』とでも言いたげに。もはや何も案じることはないと。ああ助かったのだと。

 仲間が、来てくれたと。

 心の底から、こいつは、信じきっている。

 

 

 

「ふふ。まさか、我ら『フッケバイン』を前にして、生きてここから帰れるとでも?」

 

 

 

 ……うるさい。

 

 

 

「……誰一人、生かして帰さん」

 

 

 

 うるさい。

 

 

 

「そいつはもう助からねえし、お前らもここでくたばるんだよ、バカが」

 

 

 

 うるさい!

 

 

 

「……場を弁えない者がいるようですね」

「大した自信です。慢心は足下を掬いますよ?」

「とりあえず、この状況を何とかするのが先決……スクライア司書?」

 

 さっきから目障りな連中。喋れば耳障りなことをぬかすときた。

 ああ、そうか。こいつらだった。こいつらが、この馬鹿をこんな目に遭わせてくれたのだった。

 許さない。許し難い。許すことなどできるものか。

 立ち上がり、ヴェロッサを押しのけ、ヴェロッサが連れてきたシャッハ・ヌエラという名のシスターと、なのはとフェイトから何度か聞いたことがファーン・コラード三佐が、ヴェロッサの声に顔を向けてくるのも無視して前へ。そのまま前へ。

 

「いけません!」

「落ち着きなさい、スクライア司書!」

「ダメだ、完全に頭に血が上ってる!」

 

 肩に誰かの手が。邪魔だ。払い除ける。

 ようやく目の前の3人が意識を向けてきた。3人揃って鋭い目。悪友をこんな目に遭わせた張本人ども。こんな目に遭わせておきながら、むしろ得意げですらある。

 

「なんだ、クソガキ? いや、メスガキか? どっちでもいいけどよ、お前から死ぬか?」

「……ふん」

「ビル、ヴェイ、子供はお前たちに任せる。私の相手はもう決まっているのでな」

 

 つまらなそうに見向きもしない、剣を持って眼帯を付けた褐色肌の女。鼻で笑う鬼のような姿をした青年。そして銃を向けてくる悪友くらいの年頃の少年。

 その言葉が、その行動が、その存在が、そのすべてが癇に障る。同じ目に遭わせてやらねば気が済まない。いや、それでは生温い。それ以上の苦痛を。悪友が味わった以上の地獄を見せてやる。

 

 

 

 人を傷つけるのが怖いと思っていた。それが攻撃魔法を使えない理由の1つでもあるのだろうと。

 

 だがそんなことは関係ない。

 

 こいつらは、許してはならないのだから。

 

 悪友を、殺そうとしたのだから。

 

 何をされてもこいつらは文句など言えないほどのことをしたのだから。

 

 傷つけたくないなんて恐怖よりも、傷つけることは法も倫理も許してくれないという理性よりも、今は本能からの憤怒の方がはるかに勝る。

 

 ああ、そうだ――

 

 

 

――殺してやる。

 

 

 

「ユーノ」

 

 魔法を発動させようとした、まさにそのとき。横を通り過ぎようとしていた『彼』の手が、頭の上に乗せられた。

 先ほどから止められようとも押しのけ払い除けてきたけれど、なぜかその手と言葉は無視することができなかった。悪友が尊敬している人だからなのかもしれない。

 けれどだからこそ、悪友があんな目に遭わされて、よりにもよって悪友が尊敬するほどの『彼』が止めるなんて信じられない。これを見逃すことができなかったのかもしれない。

 激情と共に、なぜ止めるのかと追及しようとして――『彼』の顔が目に入った瞬間、自らの愚かさに気づいた。

 

 

 

 静かに。自分以上に。『彼』も……高町恭也もまた、怒りを宿していた。

 

 

 

 そもそもにして、クロノが殺されかけているその瞬間、誰よりも真っ先に動いたのは恭也だった。

 恭也とてクロノを弟のように思っていたことはユーノも知っていた。なのはがたまに愚痴っていたからだ。お兄ちゃん子のなのはだから、独り占めしていた恭也を取られたように感じたらしい。恭也も周囲に女性が多かったから、弟のような存在は新鮮で、ましてなのはと同じように自身の背中を追ってくるとなれば嬉しかったのだろう。

 そんなクロノが、殺されかけていた。大切な弟分の頭に足を乗せるという侮辱付きだ。怒らない方がおかしい。

 3人から目を逸らすことはない。ユーノ同様に怒りの気配を漂わせている。

 けれどその目は。殺意に支配されてはいない。なのはやクロノが憧れる『守る者』の光を宿したままの目。

 

「恭也さん……でも」

「怒るなとは言わん。クロノを、大事な友がここまでされて、しかも殺されかけたんだ。お前の怒りはもっともだ」

「だったら……!」

「飲まれるな、ユーノ」

「っ!」

 

 そこで恭也が顔を動かし、ユーノを見下ろした。

 厳しい目。けれど不思議と恐怖や戦慄といった感情は起きなかった。嘘や誤魔化しなどは絶対に通じないであろう、心に訴えかける、真っ直ぐな目だ。むしろ目が離せなかった。友達ではないとか、大事だからではないとか、いつもなのはたちにからかわれて返すときの言い訳も出てこない。無粋な言い訳など、この誠実な目を前にして挟めるわけがない。

 

「怒るのはいい。友のために怒るその気持ちは否定する必要などない。だが怒りに身を任せてはいけない。怒りに飲まれてはならない」

「…………」

 

 ああ、そうか。

 唐突に、理解できた。

 なぜ、なのはもクロノも、この人に憧れるのか。何とはなしに、理解できた。

 

「その怒りはお前がクロノを友と思う心から生まれたものだ。否定はしなくていいし、抑える必要もない。ただ、飲まれるのではなく、飲み込め。怒りに振り回されることなく、己の力として使いこなせ」

 

 その言葉は綺麗ごとかもしれない。けれどそれを体現しているから。言葉以上に行動を以って示しているから。だからこの人の言葉には諭す力があって、聞き逃すことも見逃すこともできない。見続けていたいと惹き込まれる。

 怒りとは、人の持つ感情の中でも大きなエネルギーを持つ。正常な認識が吹き飛び、気がつけば周囲を破壊し、傷つけていたなんてこともあるほどの。それがいわゆる『ブチギレ』の状態だ。その力に飲まれれば、見境なく敵と定めた者を潰すまで止まらないだろう。

 そんな途轍もない力、ただぶちまけるのではなく、然るべきベクトルに向けてやることができれば。それは間違いなく、大きな助けとなってくれるだろう。暴風ではなく、力強い追い風となって、背中を押してくれる。

 飲まれることなく、飲み込んでやれ。他でもない、自分の中から湧き上がったものなのだ。御せないはずがない。

 

「お前もクロノも、常に冷静で在ってこその魔導師なのだろう? クロノのために、今一番に自分の成すべきことは何だ? こいつらを叩きのめすことか?」

「……いいえ」

「俺はクロノを助ける力がない。できることは、クロノを助けるために時間を稼ぐこと。お前たちを護り抜くことだ。ユーノ、お前が今できることは何だ?」

 

 ゆっくりと振り返る。血の海に倒れたままのクロノが視界に入る。そのまま放っておいたら確実に死んでしまうだろう悪友が。

 自分は馬鹿か。クロノでさえこんなことになってしまう相手を前に、まして後衛の自分が前に出て、勝てるわけがない。むざむざ殺されにいくようなものだ。

 今自分ができることは何だ。

 

「頼むぞ、ユーノ。クロノを、助けてやってくれ」

「はいっ!」

 

 3人の敵へと向き直る恭也に任せ、ユーノは踵を返す。敵に背中を向けることにもまったく躊躇はない。何しろ背中は恭也が護ってくれるのだから。魔法が使えないとか、異世界の人だからとか、そんなことはまったく意味のない心配だ。この人は護ると言ったら護る。そういう人だ。だからこそ、なのはもクロノも憧れているのだから。

 

「ヌエラさん、と仰いましたよね?」

「あ、はい。シャッハで結構ですよ」

 

 ここに来る前に名前くらいは教え合っていたが、ユーノはあまり覚えがない。それくらい頭に血が上っていた。クロノのそばで治癒魔法を使っていた彼女に、クロノを挟んで座り込みながら話しかける。

 かなりの使い手なのだろう。その治癒魔法のレベルは間違いなく自身よりも上だ。すっかり冷静になった頭で、ユーノは一瞬で見抜き、ならば自分がここでできることは何かを高速で導き出す。

 

「治療のご経験がおありですか?」

「ええ。こう見えてもシスターですので。教会の治療院で怪我の軽重を問わず対応していました」

「道理で。僕も治癒魔法は使えますが、治療どころか蘇生が必要なレベルとなると無理です。その代わり、探し出すことなら自信があります」

「確かに。貴方はスクライア一族で無限書庫の司書でしたね。では怪我のひどい箇所、特に命に関わりかねないところを弾き出してください。最優先で治療します。その間に止血を行いますので」

「わかりました。ただ、止血程度なら僕でもできますから。現時点で最もひどそうな箇所の治療に集中していただけますか?」

「もちろん構いませんが……」

 

 自分の得意分野を互いに確認し、ユーノはすぐに行動に移した。地面に手をつき、魔力を流す。慣れた魔法だ。なのはへの治療のためにすっかり身に付いた。

 術式展開。構築してから式を調整するところを省略。構築段階から独自の理論や概念を入れ込んで、一旦無理やりに術式を立ち上げる。今は一刻を争うのだ。止血を最優先。それ以外の機能は後回しでいい。防御機能もいらない。すべてを止血効果に回す。構築完了。『ラウンドガーダー・エクステンド』発動。

 

「……なるほど。聞いていた以上ですね」

 

 シャッハが呆れたような苦笑を零すが、そこでユーノから視線を外し、治癒魔法に専念し始めた。何の心配も必要ないと判断できたからだ。

 翡翠の魔法陣が一瞬で結界を成した。たった数秒で、クロノの頭や腕から流れ出していた血の量が減少する。

 さらに検索魔法を同時発動。クロノの身体をくまなくサーチする。出血箇所、内臓の損傷や脳内出血の有無、骨の状態、筋肉の断裂、神経の損傷……それらを高速で、かつ精確に。

 その上で、言葉よりも念話によって直接伝えた方が正確なので、シャッハに念話で情報を共有する。シャッハもその情報を基に、すぐに治癒魔法の重点を最優先で治療すべき箇所に置き、相応しい術式に調整していく。

 検索と念話を維持できたら、『ラウンドガーダー・エクステンド』の調整に戻る。無理やりに構築した術式の不具合に対して正しく繋げるための定義を挿入。止血が遅いと感じる。やはり調整がまだ不足しているのだろう。

 

妙なる響き 光となれ 癒しの円のその内に 皆を護る蒼天の如しバカを包み込んで 今一度立ち上がるための力を与えたまえ

 

 遅まきながら詠唱をすることで、詠唱の言霊が持つ力を追加し、術式の調整不足なところをやや強引に抑え込みながら治癒の効果を上げることでカバーする。

 止血ができてきたら次に骨折箇所の修復だ。術式をあらかじめ組み、待機させる。

 

「……まったく。何でお前なんかのためにオリジナルで術式なんか組まなきゃならないんだよ」

 

 なのはのために調整したように。この短時間のうちに、クロノのために最適化された『ラウンドガーダー・エクステンド』が出来上がっていた。

 

「死ぬな。死ぬなよ、クロノ……!」

「――――」

 

 まるで眠っているように穏やかな表情を浮かべるクロノを見下ろしながら、ユーノは自分でも意識せずに呟いていた。

 

「管理局を変えるんだろ。なのはにフェイトにはやてたちのために戦うんだろ。こんな所で死んだら、あんな連中に負けた大法螺吹きの大馬鹿だって笑ってやるからな。嫌なら絶対に死ぬなよ。お前は、絶対に生きなきゃならないんだ」

 

 止血が終わり、骨折箇所の修復を開始。待機させていた術式へと変換し、次に自分にできる治療を見つけては術式を組んで待機させる。

 絶対に、クロノ・ハラオウンを、死なせない。一発殴るためにも。文句を言ってやるためにも。

 必死に。全力で。怒りのエネルギーをすべて回して。シャッハと共にクロノの命を繋ぎ止める。

 だから気付かなかった。

 クロノの口が、『当たり前だ』と、微かながらも動いたことに。

 

 

 

 

 

 ミゼットたち3提督が気に入るわけだと納得する。

 クロノのやったことは非常に無茶な賭けだ。あまりに分の悪い賭け。ファーンが聞いていたクロノ・ハラオウン執務官は、もっと理知的で理論的、むしろ理詰めすぎて堅苦しい上に冷たいという噂だったのだが、どこがなのかと言いたくなるほどの。自らを囮とし、命を狙われることも覚悟して敵を誘き出す。簡単に言えば、クロノがやったことはそういうことだ。

 それだけならばミゼットたちが気に入る理由にはならない。度胸はあっても、蛮勇なのだから。それで迷惑をかけているようでは、ただの向こう見ずに過ぎない。

 若さゆえの甘さ。若さゆえの青さ。若さゆえの無謀。

 けれどそこまでしてでもクロノには成したかったことがある。仲間のために、時空管理局を変える。警告されても覚悟の上だと『裏』に立ち向かった。ミゼットたちが気に入るのも無理はない。彼らとて昔は前線で戦った身。今でもその気概を忘れていない彼らだからこそ、この若者を気にかけたのだろう。

 そしてクロノは決して1人ではなく。危険と知って助けようとする仲間がいた。クロノの行動には理由があり、クロノならば間違ったことはしないと本気で信じているからこそだ。

 ファーンも教官としてこういう若者を見捨てることはできない。助けることができて本当によかったと思う。なのはとフェイトのことは卒業後も気にかけていて、なのはの事故についてはやはり3ヶ月で卒業させてはいけなかったのだと悔いてきた。悔いるだけではなく、あれ以来、短期卒業の制度についても見直しを働きかけている。

 それにもう2つ、意外な発見もあった。

 

「にしても、あの歳で【トリプルドライブ(鼎時制御)】と【ユニークドライブ(固有制御)】を使いこなすなんて」

「しかもさりげな~く【サイクルドライブ(循環制御)】と【トレースドライブ(後行制御)】使ってますね、あれ」

「あら、おわかりになるの?」

「いちおう査察官なんで」

 

 肩を動かしてヴェロッサが言う。軽い態度に見える少年だが、その『目』は一級品か。目に見える結界はともかく、念話や頭の中で組まれているプログラムなどを外から確認するのは難しいからだ。

 教官として、なのはやフェイトのほかにも才能ある人材を見てきたファーンから見ても、ユーノの歳でこれほど多くの高等技法を使いこなす者はかなり珍しい。その意味ではデバイスを持たないヴェロッサも同じだが。

 

「1年ほど前、あの子がフェイトに連れられてランク試験を受けに来た際、試験官を務めたもので憶えていたのだけれど。まさかまだほかにも使える高等技法があったとはね」

 

 ユーノ本人はあまり乗り気ではなかったのだが、何かにつけ控えめなフェイトが強引だったことが、印象に残っている理由の1つでもある。

 【トリプルドライブ】は高等技法の中でも難易度トップクラスに位置付けられる技法。それだけでも驚きなのに、同じく難関とされる【ユニークドライブ】まで使えるとは。試験のときは【トリプルドライブ】しか見せなかったので――それでも2ランクアップには充分な要件だったが――これで【ユニークドライブ】まで見せていたらもう1ランクは確実だったろう。

 多少の調整程度なら魔法を『理解』している魔導師でもできること。クロノのレベルになると『理解』しているだけでは不可能で、やはり相応の技術力や調整力がなければならない。しかしユーノの場合は調整の域を超え、改変が加えられてしまい、もはやオリジナルに近い。同じ魔法なのだが、発動に至る工程や詠唱が別物で、それによって高速起動や効果の上昇が見込まれた場合、それは術者固有の制御として【ユニークドライブ】の使い手と認定される。

 加えて、同じ魔法を固定して起動状態にしながら、後付けで効果を変えているその手法は【サイクルドライブ】に違いない。そして無詠唱などで一旦は発動させておいて、後から本来の工程に従って詠唱などを行うことで強化する手法は、【ノンキャストドライブ】などを使えることが前提となる【トレースドライブ】。

 1年でこれらを使えるようになったとは思えない。ファーンの教官としての、そして元戦技教導隊の教導官としての目は誤魔化せない。ユーノの高等技法のレベルは1年そこらで身に付く習熟度ではない。

 

「デバイスが魔導師の標準装備となって以降、急速に技能保持者はいなくなっていたのにねえ」

「やはり、嬉しいですか?」

「ええ。今では戦技教導隊ですらデバイス持ちが普通ですもの。でも、そうねえ……やっぱり、普通じゃなかった時代の私からすれば、デバイスに甘えている今の子たちを見ていると色々と言いたいことがあるわね」

「『デバイスはあくまで補助。これを忘れた魔導師は魔導師に非ず』……現役時代の貴女の言葉でしたね」

「今では私もデバイス持ちだから、もう大きなことは言えないのだけど」

「ご謙遜を。今でも〝マスタードライバー〟の称号は譲られておられないでしょう?」

「称号に未練はありませんが、衰えた今の私でさえ越えられないようでは、この称号はおいそれと譲れないわ」

 

 不敵に笑ってみせると、「おお怖い」とヴェロッサはおどけた。

 そして最後の1つは。

 血が上って我を失っていたユーノを言葉だけで引き戻した、この二刀使いの青年。教え子である高町なのはの実の兄。

 

「なのはさんの、年齢に見合わない覚悟と真っ直ぐさ、その理由がよくわかったわ。一度お会いしたいと思っておりましたの、高町恭也さん」

「自分も、なのはをたった3ヶ月という短期間で、あれほど理解して育て上げてくださった貴女にお会いできて光栄です。コラード三佐」

 

 なのはもよく恭也のことは口にしていたから、ファーンもなのはの身体を無理なく育てるメニューを組み立てた恭也のことを知っていた。絶妙なメニューには舌を巻いたものだ。教育者として、優れた教育者に興味を持つのは至極当然の成り行き。

 

「魔法を使えない管理外世界の方を連れていくというのはどうかと思っていたのだけれど……なかなか興味深いものをお持ちのようね」

「まだまだ道の途中です」

 

 それこそご謙遜を、と返しておくファーン。

 先ほどの、クロノを助けた突進。瞬きの1つもしていなかったのに、恭也の姿は次の瞬間にはクロノのそばにあった。魔法を使った様子はない。魔法を使うにしても、起動から発動にまで至る工程をすべて省略しても間に合わない、そんなタイミングだったのに。『ショートジャンプ(短距離瞬間移動)』が最も可能性としては高いのだが、これも魔法を利用して成す戦闘技術だ。そもそも魔法を使えない管理外世界の住人には無理な話。

 元戦技教導隊員として、教官として、ファーンは非常に興味がそそられる。

 

 

 

 が、それは後回し。

 

 

 

 背後で行われているハイレベルな治療に、口出しも手出しも無用だと判断し、ファーンは恭也の横に並んで立つ。ヴェロッサも同じらしく、3人の敵を前に3人で壁を作って示す。すなわち、ユーノ・シャッハ・クロノには手を出させないと。

 

「あのクソガキ。あんな連中、とは言ってくれるぜ」

「殺意に飲まれた君たちのようにはなりたくない。そういうことじゃないかな?」

「ああ?」

 

 ヴェロッサの挑発的な態度にヴェイロンが食いつく。あっさりと乗ってしまうヴェイロンにサイファーがやれやれと頭を振るが、別段ヴェイロンを止めようとはしなかった。気まぐれなヴェイロンが自分の定めた獲物を狙おうとすると厄介だからだ。

 

「ビル、お前は老いぼれの方をやれ」

「…………」

「ビル?」

 

 サイファーがドゥビルへと振り向くと同時。

 

 

 

 その姿が掻き消えた。

 

 

 

 そして次の瞬間、サイファーの耳に金属の衝突した甲高い音が森に響き渡る。

 反射的に目をやれば、ドゥビルはユーノの背後に回り込んでいた。振り下ろされたらしい巨大な戦斧は、しかしユーノを大きく外れて地面に突き刺さっている。そしてドゥビルの横に、恭也がいた。サイファーに背中を向け、右の小太刀を突き出している。

 

「……ほう」

 

 目を細め、サイファーは興味深く、脅威度をさらに上方修正する。

 この男は、危険だ。

 はっきり見たわけではない。が、この男はドゥビルの『ショートジャンプ』に反応し、『ショートジャンプ』のような動きを用い、一瞬でドゥビルのそばまで移動。ドゥビルのユーノたちへの攻撃に対し、横合いから小太刀で戦斧を弾き飛ばしたのだろう。

 魔力的な感じはやはりない。なにより、どのような高速の動きであろうと、小太刀で攻撃するにはドゥビルに迫らねばならない以上、ドゥビルの魔力分断の効果範囲に入り込むことになる。魔法を使って加速などしていたとしても、その魔力分断にかかれば強制的に解除される。ドゥビルの魔力分断の効果範囲は広い。近接戦となれば間違いなく範囲内となり、あらゆる魔法は魔力を分断されて使えなくなるはず。そのはずが、あの男はドゥビルに攻撃するまで不可思議な動きが解除された様子がない。

 

「……一度ならず、二度までも俺の弟分たちを殺そうとするか」

「……お前。その動きは何だ?」

「答える義理はない。どけ!」

 

 恭也は怒鳴って左の小太刀を突き込んだ。ドゥビルは回避……しない。装甲の前に小太刀など効くはずもないし、強化されていたとしても魔力分断の効果範囲内では解除されているからだ。実際、ドゥビルの装甲は小太刀を難なく受け止めた。

 受け止めたのだが。

 

「――ぐっ!?」

 

 仁王立ちしていたドゥビルの表情が、歪んだ。

 

「このっ!」

「ふっ!」

 

 ドゥビルが戦斧を持ち上げるが、その間にさらに恭也の蹴りが入る。もちろんそんなもの、何ら脅威になるはずもない一撃。そのはずなのに、再びドゥビルは体を曲げて苦しそうな顔をする。そこに更なる追撃。両の小太刀での薙ぎ払い。ドゥビルを左右から狙う小太刀。が、その小太刀は空を切るだけ。

 

「くそ……!」

 

 大きく距離を取った先にドゥビルの姿。『ショートジャンプ』だろう。

 

「おいおい、あんな小さい武器を相手に何を必死こいて避けてんだよ?」

「……防御してもその上から衝撃が来る。ドゥビルの装甲を以ってしても同じか」

 

 ヴェイロンがわけがわからないといったふうに声を荒げるも、わけがわからないのはサイファーも変わらない。長刀を持っていた手の平を見下ろせば、まだわずかに震えている。恐怖などではなく、純粋に痺れているのだ。拳を握り締めることで、その痺れを止める。

 クロノの頭から足をどけろと言って繰り出された恭也の攻撃を受けたとき、防いだのに体中に衝撃が走った。ドゥビルも同じなのだろう。

 魔法を使ったようにしか見えないあの動き。それを見定めるためにドゥビルは仕掛けたのだろう。装甲にも自信を持っているがゆえに。しかし動きにしても、不可解な衝撃にしても、理解不能。ドゥビルが『ショートジャンプ』を使ってまで距離を取るのも仕方ない。

 

「理解不能、といった感じかしら?」

 

 視線を恭也の背中に向けていると、視界の端にファーンが入ってくる。サイファーは目だけを向けたまま、視界の端では恭也を捉え続けながら応じる。

 

「貴女、先ほど『フッケバイン』と言いましたね。魔力を分断するという力を持つエクリプスドライバーのみで構成された一団。間違いはないのね?」

「それがどうした?」

「不機嫌そうね。獲物を彼に横取りされたからかしら?」

「それもある。まあ、ビルが相手をした方がいいというのもわかるだけに複雑でな」

「あら。凶悪犯にしては意外と冷静なのね。こちらとしても彼の相手は高町さんにお願いした方が一番良さそうだもの」

 

 凶悪な笑みを浮かべるのはヴェイロンも同様だが、禍々しさで言えばやはりサイファーの方が上だ。動きや立ち居振る舞いからしても、ヴェイロンはまだまだ素人レベル。

 力量は現役時代と比べてどうしても年齢と共に衰えては来ても、年齢と共に積み重ねられてきた実戦経験と観察眼、洞察力などは、恭也でさえも敵わない。穏やかな目をしていても、ファーンの持つ『目』もまた鷹の如き鋭さを保っている。豊富な経験に支えられたファーンの思考は、現在の配置こそ最善であると導き出していた。

 剣を持つサイファーに剣士である恭也を当てた方がいいとも思えるが、やはりドゥビルの『ショートジャンプ』は脅威だ。これに反応でき、そして魔法を使えないからこそ、魔力分断という魔導師にとっての脅威が脅威とならない点で、恭也をドゥビルに当てた方がいい。

 ヴェイロンは荒削りが目立ち、実戦経験はそれほどないと判断した。散弾は脅威であるが、銃の腕そのものはそれほどよろしくない。銃弾の数に任せた力押しだ。この3人の中で戦闘能力は最も低い。ヴェロッサの力量はわからないが、ヴェロッサもなかなか鋭く、そして自分が最も弱い奴の相手をするということに対しても不満を言わない。その方が楽というずる賢い思考もあるかもしれないが、冷静であることに変わりはない。ならば任せておいてもいいだろう。

 ならば残るサイファーの相手を、ファーン自身が務める。

 

「ごめんなさいね。こんな年寄りが相手で」

「まったくだ。活きの無い奴を殺しても、まるで面白くない。これならそこの死に体の執務官の方がよほど殺し甲斐がある」

「……最後まで諦めなかったのね、彼は?」

「ああ。あの状態でまだ治癒魔法を使っていたからな。清々しさという点ではまるで褒められないが、醜く足掻き、生に執着する姿は、殺し甲斐という点ではすっぱり諦める奴よりはるかにいい」

「そう」

 

 ファーンがデバイスを起動する。腕輪の状態だったデバイスが、これといった特徴のない、時空管理局が支給する標準かつ量産型のストレージデバイスへ。

 それもまた、サイファーをがっかりさせる要素だ。

 

「始めましょうか、お嬢さん」

「…………」

 

 そんながっかりさせる輩が口にする、小馬鹿にした言葉が腹立たしい。挑発とわかっていたが、サイファーは構うことなく乗ってやることに。

 サイファーの意識はまだ恭也、そしてクロノにある。エクリプスウイルスの影響で、殺人への欲求がかなり強くなっている。まして恭也という強者と、クロノという殺し甲斐のある獲物がいるのだ。早く殺したくて堪らない。こんな老いぼれなど早々に片づけてしまえばいい。

 ドゥビルほどではないが。サイファーとて速度にはそれなりに自身はある。リアクトした状態で身体強化がかかっているというのもあるし、エクリプスウイルスですでに『病化』にまで至ったこの身は、下手なブースト魔法を上回る強化が常時かかっているようなもの。

 

「どうせ生きていても残り少ない命だ。お前はここですっぱり死んでおけ」

 

 わずか5、6メートルの距離など、一挙手一投足の間合い等しい。長刀を肩越しに構え、一気に突撃をかける。ファーンの細い首を捉え、刃が残光を残して吸い込まれるように奔る。

 一瞬。魔法の光を感じて。

 刃が、切り裂いた。

 

 

 

 魔力の残滓だけを。

 

 

 

「!」

 

 直感的に振り向く。振り向いた先に……ファーンは、いた。別段、攻撃をかけてくる気配はない。魔力は感じるが、一切の魔法を起動していないように見える。穏やかな、まるで大気中の魔力に同化しているような静けさ。

 

「残り少ない命だからこそ、大事に使わないといけないの」

「……お前も『ショートジャンプ』の使い手か」

「不正解よ、お嬢さん。『ショートジャンプ』の使い手がそうそう転がっているわけがないでしょう?」

 

 生徒に言い聞かせるように、ファーンは小さく頭を振った。サイファーは馬鹿にしているのかと睨みつけるが、それで揺らぐこともなく。困ったものねと言いたげに、頬に手を持って来て溜息をついて見せる。

 仕掛けたい衝動を抑え、サイファーは今の動きにもう一度思考を巡らせる。

 サイファーの魔力分断の効果範囲はドゥビルほど広くはない。広くはないが、長刀・小刀ともに魔法を切り裂く分断の力が宿っており、起動した魔法も切り裂くことができる。そして今の一閃、首に当たる直前まで、魔法発動の気配はなかった。魔法にはタイムラグが発生する。起動から発動までの段階を踏む以上はどうしても。ならばファーンは起動から発動までのタイムラグを何らかの手段を使って縮めた。いや、縮めたと言うより、もはやないにも等しい。

 

「高速移動の魔法を【ディレイドドライブ】で発動したのか?」

「どちらも違うわ。ヒントは【サイクルドライブ】よ。あらかじめ発動直前にまでして、そのままの状態にしておいたものを発動させただけ。【ディレイドドライブ】はどうしても発動にタイムラグができるのよ。その点、【サイクルドライブ】は常に起動状態にしておく分、維持のために魔力を消費してしまうけれど、任意ですぐに発動できるしタイムラグも少なくて済む。使い分けが大事」

 

 魔力的なものを感知できなかったのではない。サイファーはきちんとファーンの魔力の流れを感知していたのだ。感知していたけれど、常時その状態にあったものだから、まるでそれが起動していない状態であるかのように錯覚しただけ。

 コンピューターで言う、ウインドウが別のウインドウの後ろに隠れているのと同じだ。起動してはいるのだが、見えないだけで、きちんと前のウインドウの後ろで立ち上がっている。開いているのでコンピューターはその分の負荷がかかっているが、任意のタイミングでユーザーはすぐにそのウインドウを前に出してこられる。その状態が【サイクルドライブ】だ。

 一方の【ディレイドドライブ】は、いわばデスクトップに張り付けられたショートカットのアイコンである。開いてはいないからコンピューターは負荷がかかっていないし、ユーザーがクリックするという条件を満たすことで立ち上がってくる。あらかじめデスクトップにショートカットのアイコンを置いておけば、わざわざファイルが置いてある所までフォルダを開いていく必要がない。ただし、アイコンを選択して起動させても、しばらく立ち上がりに時間がいるのと同様に、【ディレイドドライブ】は発動に若干のタイムラグがある。

 どちらも長短があるので、使い分けができれば一番いい。使い分けができてこそ、使いこなすと言える。

 

「……転移か?」

「そうよ」

 

 拍手すらしそうな気配を漂わせ、ファーンはニッコリと笑った。それこそ優しい教師のように。

 

「貴女の言う通り、私もこの歳だから。高速魔法で縦横無尽に移動するなんてフェイトのような真似をしたらすぐに息が切れてしまうわ」

 

 歳は取りたくないものねと同意を求めるようなファーンを、サイファーは笑みを消して見据える。

 自分はずいぶん思い違いをしている。この老いぼれは、ただの老いぼれではない。

 【ディレイドドライブ】は条件を付けることで発動を遅らせる技法。【サイクルドライブ】も起動状態を維持する技法。どちらとも発動に至るまでの術式構成や詠唱の手間がなくなるわけではない。つまり、準備が必要である。だがファーンがいつ準備をしていたか。ファーンが先ほど立っていた場で魔法陣を発動させていたことはない。まして転移魔法はしっかりと座標を登録しておかないと、転移事故で地面や木と同化してしまうなんてことも起こりうるのに。

 

「どうしたの? かかってこないのかしら? 私はどちらかと言うと後衛で、センターガードタイプなの。あまりこちらから動き回ることはしたくないのだけれど」

「…………」

「途端に口数が少なくなったわね。貴女、案外正直者なのかしら?」

 

 自分が上だと思っているときは舌に油が乗っているかのように喋るのに、不可解なことや脅威を感じると途端に静かになる。笑みも消えるし、余裕がなくなる。

 ファーンからしてみれば、ポーカーフェイスをしろというわけではないが、感情を見せるなら見せるで、そこにフェイクを交えるように言いたいところ。心境があまりに分かりやす過ぎる。どうすれば相手の余裕を奪えるのか簡単にわかるし、わかってしまえば容易に挑発して怒らせたり、逆に余裕のないふりをして調子に乗らせることもできる。魔法は冷静さが大事。戦いも冷静さを失ってしまったら自滅しかねない。常よりファーンが教え子たちに言い聞かせていることだ。心が熱くなるのはいいけれど、頭は冷やしておくこと。心が熱くなればなるほど、頭は冷やしておきなさいと。

 

――今のファーンが、そうであるように。

 

「仕方ないわね」

 

 一歩、ファーンが進む。続いてもう一歩。さらに一歩。やや遅めに、歩みを刻むように。

 サイファーは身を低くして刀を構えた。

 それでいい。近づいて来い。近づけば魔力分断の効果範囲に入る。言う通り、冷静になって考えてやる。そうだ、押してダメなら引いてみろと言うではないか。また転移で来るかもしれない。だからいつ転移されてもいいように構えて待つ。魔力の動きを逃さないよう、意識のすべて、感覚のすべてをファーンに振り向ける。

 

「顔に出ているわよ」

 

 なのに。

 かけられた言葉に、ついはっとして。つまり、僅かながらも意識を取られ。

 その僅かな意識の間隙を突くように。

 一歩踏み込んだファーンがまったく予兆なく消えて。

 

「――ぐあっ!」

「遅いわね」

 

 いきなり背後に現れたファーンの突きに、体勢を崩してしまい。たたらを踏みながらも、サイファーは何とか持ち堪えて振り向く。

 

「この……老いぼれ風情が!」

 

 振り向きざまの勢いを乗せて長刀を突き込み――

 

「〝スティンガーレイ〟」

 

 いきなり足下の地中から飛び出してきた何十本もの銀色の針。地面が揺れ、崩れ、否応なくサイファーは足を取られてしまう。おかげで突きも大きくぶれる。ファーンの肩を浅く切っただけだ。

 

「〝トランスポーター・ハイ〟」

 

 さらにサイファーの直上に現れた魔法陣。『スティンガーレイ』は吸い込まれるように魔法陣の中へ。

 直後、背後に現れた魔法陣から飛び出してくる!

 

「うおおおおお!」

 

 刀を振り乱して針を切り裂き、さらに魔力分断の力で切り裂ききれなかった針も消し去ってやる。

 

「いい反応よ」

「っ!?」

 

 おちょくられている。斬り殺してやる。

 激しい怒りと共に振り向くも。真っ先に目に飛び込んでくるのは、ファーンではなく。

 大小様々な石。

 先ほど『スティンガーレイ』が地中から飛び出した際に巻き上げたもの。それらが銀色の魔力光に覆われて浮いている。

 

「〝スターダストフォール〟」

 

 ファーンの詠唱と共に、四方八方から石礫が襲いかかった。魔力分断の力が魔力を無効化する。が、石そのものはどうにもできない。

 頭に、肩に、背中に、腕に、足に。次々に石が当たる。

 

「ぐううああ……こ、こいつ……!」

 

 顔だけは守るサイファー。『病化』によってこの程度の攻撃など見る間に直るが、それでも苦痛がなくなるわけではない。顔だけは守りながら、腕の間の隙間から、殺意と憤怒に染まった目を覗かせてファーンを射抜く。

 

「もうちょっと加速をつけようかしらね。煌めく閃光 星の彼方より来たりて 降り注げ

 

 『スターダストフォール』の後述詠唱を行いながら、ファーンはデバイスを持った左手でそこらじゅうの石を操作する。さらに右手を掲げ、その手の平の上に1つの光球を形成していた。1つの弾丸。そこに結界のような外殻が生じて弾丸を覆う。さらに同じものが2つ。3つ。4つ。5つ……それ以上、サイファーに数えていられるだけの余裕はなかった。

 

「AMF対策用に戦技教導隊で編み出したものだけれど、エクリプスドライバーの魔力分断にはどうかしら。試しをさせてもらいましょうか。〝ヴァリアブルシュート〟」

 

 石礫に混じらせ、外殻に覆われた弾丸を放つ。

 何か知らないが、本命はこの弾丸。そう判断し、サイファーは痛みを堪え、小さな石礫は一切を無視。腕を広げて顔に当たってくる石礫を弾きつつ、意識を弾丸へ向ける。するとディバイダーたる長刀と小刀が応え、魔力分断のフィールドを発動させた。弾丸がフィールドに衝突。衝突点で魔法陣が。が、弾丸はすぐには消えない。まず外殻が飛び散り、そして弾丸が弾き飛ばされた。

 

「老いぼれがあ!」

「失礼なお嬢さんね」

 

 そのまま石礫に構わず、サイファーは突っ込んだ。額に青筋を浮かばせながら。

 が、ファーンが焦ることはなく。

 

「そこ、危ないわよ」

 

 そんな忠告さえする始末。頭に血が上ったサイファーが従うことはなかったが。

 途端、魔法が発動する。サイファーの下、地中から。

 だがどのような魔法が発動したところでサイファーの魔力分断によって効果は発揮しない。サイファーは今度こそ笑みを浮かべてファーンに迫り……。

 次の瞬間。

 足下に、大きな穴が穿たれた。

 

「――なっ!?」

 

 転移魔法によってサイファーを中心とした周囲の空間が転移の対象となり、サイファーは魔力分断によって効果を及ぼさなかったが、地中で発生した転移魔法は地面ごと転移したのだ。サイファーが転移しなくても、サイファーが立っていた地面が転移させられ、サイファーは半ば必死になって飛行魔法を発動した。

 

「魔力分断。その力は確かに脅威だけれど。別に、対処できないわけではないわよ」

「っ! ば、馬鹿な……!」

 

 さて。

 転移した地面は、土砂は、岩石は。

 どこに行ったのか。

 

「貴方たちが殺した局員の中にはね、私の教え子もいたの」

 

 答えは、上空。

 サイファーの、直上。

 銀色の魔力光が包み込んでいる。浮遊する大地を。

 

「皆殺しにしたのは、自分たちの情報を与えないようにする意味もあったのでしょう? ハラオウン執務官の執念を嘲笑ったように、貴方たちは彼らの執念も嘲笑ってきたのでしょう?――甘いわね。私の、私たち(戦技教導隊)の教え子たちを、侮らないでちょうだい」

 

 元戦技教導隊、教導官。ファーン・コラードは――冷静に、怒っているのだ。

 自らの教え子を、無残にも殺されて。教導官時代の、そして現在の訓練校の。たくさんの教え子たち。なのはとフェイトだけではなく。ファーンの、ファーンたちの教えを受けて羽ばたいた、未来の次元世界の護り手たち。

 彼らは死しても。死体が残してくれる情報は少なくない。デバイスが壊されていても、ファーンの教え子たちは何も戦闘員だけではなく、技術者の道を進んだ者もいれば、司書の道を進んだ者もいる。彼らは同僚の、同期の死を悼み、彼らの死を無駄にしないために足掻いてきた。仲間が遺した情報を、必死に活かそうとした。

 彼らの心に、彼らの在り方に、彼らの魂に、ファーンの教えは宿っている。

 

――心が熱くなるのはいいけれど、頭は冷やしておくこと。心が熱くなればなるほど、頭は冷やしておきなさい。

 

 復讐心を宿す者もいるだろう。泣いて泣いて悲しみに暮れる者もいただろう。

 それでも、ファーンに導かれてきた教え子たちは、自らを強く保ち、為すべきこと、成せることを、模索して。

 いつか必ず。然るべき方法で。

 仲間の仇を、取ってやる。

 涙を堪え、悲しみに耐え、怒りをエネルギーに変えて。

 そんな彼らを、死んでいった教え子たちも含め、ファーンは誇りに思う。

 思うからこそ。

 ファーンもまた、彼らに恥じぬ戦いを。自分にできることを、模索してきた。

 戦技教導隊には今でもファーンを慕う者が多い。ファーンも彼らと戦術や戦略の研究を重ねてきた。『アンチマギリンクフィールド』にしても、魔力分断の力にしても。

 

「あの子たちが遺してくれた情報はたくさんある。あの子たちが遺された情報から見出してくれた対処法もある。私の教え子の中に魔力変換資質を備えた子がいたわ。その子の攻撃、受けた覚えはある?」

「くっ……!」

「私に魔力変換資質はないけれど、変換の術式を組めばできるわ。手間がいるから、そこはデバイスの力を借りているけれどね。そして今、私の攻撃魔法は、いずれも変換を行っている。私は水が最も相性が良かったので、水や氷に変換しているのだけれど、実際それで攻撃して彼の後頭部に当たった時、確信したわ」

 

 

 

 たかが魔力を無効化させるというだけのことで、いい気になるな。

 

 積み重ねられた経験は。怠ることなく続けてきた努力は。歯を食いしばって耐えてきた執念は。

 

 その程度のことで折れ曲がるほど、軟弱でも脆弱でも貧弱でも惰弱でもない。

 

 そしてここに立つ自分は、戦技教導隊の仲間たちと、多くの教え子たちの魂と、共に在る。

 

 

 

「その程度の力で『世界を殺す猛毒』を謳うなど、慢心が過ぎるのよ――()()()()

 

 

 

 顔の前に出していた手を――下へと落とす。

 土砂が、岩石が、大地が。サイファーへと降り注ぐ。銀色の魔力光によって加速しながら。『スターダストフォール』の名の如く、隕石のように、降り注ぐ。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 魔力分断のフィールドを形成すれど。『スターダストフォール』の影響はそれで排除できようと。

 土砂や岩石、木々などには意味を為さない。魔力弾を打ち、両の刀を振り回し、サイファーは抵抗しようとするも……飲み込まれる。

 

 大地が、揺れた。

 

 その揺れの中でも、ファーンの体勢は揺らがない。大地がファーンに味方するように。ファーンには影響を与えないというかのように。まるで最初の配置のように。ファーンはクロノとユーノ、シャッハを背後にして。デバイスを地面に立てながら。

 元戦技教導隊教導官、ファーン・コラードは。

 悠然と、そこに在った。

 

 

 

 

 

「いやあ、やっぱりすごいね」

「なに余所見してやがる!」

 

 振り向けば迫る弾丸の雨霰。が、もう見飽きた。ヴェロッサはベルカ式の三角形の防御陣を張ってすべて受け切ってしまう。さっきから突っ込んできては凶悪な形をした銃剣を振り回し、離れれば散弾。それだけだ。どうやら魔力分断もヴェイロンは使えないらしく、単純な魔力弾さえいちいち斬るか弾くか受け止めるか。一番楽そうな相手だからとヴェロッサはヴェイロンの相手を引き受けたが、正直、もう少しくらいは手応えが欲しい。

 

「余所見もするさ。見てみなよ、あれ。魔法を『理解』している魔導師からすれば、あれは絶対に見逃せない戦いだよ?」

「そうかよ。俺は魔導師じゃねえんでよ」

 

 これ見よがしに溜息をついて両手を広げて見せる。ヴェイロンの眉が痙攣したように動いた。何ともわかりやすく、扱いやすいことだろうか。ヴェロッサはサイファー以上に感情を揺さぶりやすい敵に、これだけわかりやすいとある意味素直でいいことだと思う。心の内を見せない腹黒い、時空管理局や聖王教会の重鎮たちと、査察官として向き合ってきただけに尚更。

 

「ファーン・コラード三佐。ミッドチルダ第4陸士訓練校の学長にして教官。魔導師ランクはAA。けれどその経歴は、元戦技教導隊の教導官。あの戦技教導隊の副隊長にまで上り詰めた、〝マスタードライバー〟の称号を持つ、超一級の魔導師」

 

 再びヴェイロンから視線を外し、ファーンとサイファーの戦いに目を向けるヴェロッサ。ヴェイロンを挑発する意味もあるけれど、言葉通り、純粋にファーンの戦いに目を奪われているというのもあった。実際、その戦いは『理解』している魔導師には堪らない戦いだ。目を向けてみればユーノも意識を向けているほどなのだから。

 

「〝マスタードライバー〟。それは、あらゆる高等技法(ドライブ)を使いこなす魔導師(ドライバー)に贈られる栄誉でね。ファーン・コラード三佐は時空管理局始まって以来の〝マスタードライバー〟なんだよ」

 

 今では魔導師ランクも、魔力量や攻撃魔法の威力など、そこばかりに重点を置かれ、その者が持つ技術力などは二の次三の次にされているけれど。デバイスが発達し、デバイスを持つことが魔導師にとっての当たり前になっているから、わざわざ高等技法を習得する必要性も薄れてしまって、〝マスタードライバー〟の称号に憧れる者も少なくなってしまったけれど。

 わかる者にはわかる。その腕の凄さが。

 

「今の攻防だけでも、高等技法のオンパレードだ。【ディレイドドライブ(遅延制御)】、【リモートドライブ(遠隔制御)】、【サイクルドライブ(循環制御)】、【リフレクトドライブ(反射制御)】、【デュアルドライブ(双時制御)】、【トレースドライブ(後行制御)】……さらに難易度最高レベルとされる【トリプルドライブ(鼎時制御)】に【ユニークドライブ(固有制御)】まで」

 

 最後の『スターダストフォール』も凄いが、あればかり目につくようでは、まだまだだ。

 ファーン・コラードの真骨頂は、あらゆる高等技法を、使いこなしていることにこそあるのだから。老いて衰えたなどと、どの口が言うのかというもの。

 あの転移魔法は常に準備されている。【サイクルドライブ】で設置する際、足下ではなく【リモートドライブ】によって遠隔に仕掛けているのだ。さらに仕掛ける際に発生する魔法陣を、『オプティックハイド』によって隠蔽している。これもまた【リモートドライブ】だ。しかも転移魔法と幻術魔法の同時使用ということで【デュアルドライブ】。

 その上で『スティンガーレイ』を【リモートドライブ】で地中から放ち、『スターダストフォール』をこれまた【リモートドライブ】で四方八方から。『スターダストフォール』に至っては後から詠唱を行っているから【トレースドライブ】である。

 

「加えて、転移魔法は非常に手間がかかる魔法だ。本来なら戦闘に向かないし、戦闘向けに設計されたプログラムでもない。だからその術式を完全に弄って戦闘に使えるように改変してしまっている。他の誰も使えないような、彼女独特のプログラムだ。何でそこでその定義を使っているのか、なぜ構成の仕方が逆なのに転移事故に繋がらないのか……もはや僕にもわからないね」

 

 つまり、転移魔法の【ユニークドライブ】。彼女しか使えない、彼女固有の制御によって成り立っている。

 そしてその転移魔法を、一瞬で構成してしまえるほどの技術。それはおそらく、その制御を意識せずとも発動させてしまえるほどに徹底して繰り返すことで、反射的に発動してしまえるほどにまで身体に、リンカーコアに刻み込んだということ。刻み込まれたがゆえに、彼女はもう危機を感じた瞬間にはプロセスを無視して発動してしまうほどになっている。それこそ【リフレクトドライブ】。

 彼女が持っているストレージデバイスは、あくまで対エクリプスドライバーや対『アンチマギリンクフィールド』用に物理的な力への変換を行っているだけだ。魔力を実体化させるのは一種の『錬金術』みたいなものなので、非常に難しく、ファーンのような〝マスタードライバー〟と言えども手間がいる。いずれはファーンもデバイスなしでできるかもしれないが、今は研究を始めたばかり。現状ではデバイスの補助を必要とした。それでもあくまで補助だ。ファーン自身の過去の言葉通りであることは変わらない。デバイスはあくまで補助というスタイルは、一切変わらない。

 

「転移魔法をそこらじゅうに張り巡らせているのさ。【サイクルドライブ】ですぐに発動できるものもあるし、【ディレイドドライブ】によって仕掛けているものもある。そしてそれらを隠蔽し、それでもすべての位置や状態を把握し、時に自分を、時に敵を転移させ、翻弄する。あれが〝マスタードライバー〟、ファーン・コラードの基本戦術だよ」

 

 顔を戻し、ヴェイロンに軽い笑みを向ける。笑みを浮かべているのがヴェロッサの基本スタイル。

 

「何だか彼女1人でも充分な気がしてきたね。やれやれ。僕の正体まで知られちゃったのにさ。まったく、あのお三方もとんだ切り札を持っていたもんだ。それならそうと早く言っておいてほしいよ。そう思わないかい?」

「知るかよ!」

 

 また飛び込んでくる。銃を振りかぶって。わかりやすい横薙ぎ。それをしゃがんで躱す。さらにしゃがんだ反動でヴェロッサは一気に跳躍。長身、そして長い脚で放たれる、美しいまでのムーンサルト。確実にキックはヴェイロンの顎を捉えていたが、反射神経だけはいいらしい。かろうじて左手を顎の前に挟み込み、ヴェロッサのつま先を受け止める。

 

「う、お……!?」

 

 甘い。それで止めたつもりか。

 ヴェロッサの勢いは止められない。籠められた力は長身と言っても華奢な体格からは考えられない力だった。ヴェイロンの身体が浮く。足を振り抜き、華麗に一回転して着地したヴェロッサはそのまま地を蹴る。爆発的な脚力が、地面を抉り、土砂を後方に巻き上げて。

 

「〝猟兵戦舞(ヤークトタンツ)〟」

「テメ……!」

「〝迫撃(ヴィーゼル)〟」

 

 今度は宙で前転。突っ込んだ勢いそのままに、上方からの回し蹴り。ヴェイロンは銃を両手で掲げて盾に。

 

「ぐぅお……!?」

 

 ミシリと。銃が嫌な軋みを上げた。

 何だこれは。まるで鋼鉄の塊ではないか。足が地面に陥没している。およそ人の足が放つ重みではない。鉄筋の、それこそ列車のレールでも振り下ろされたと言われた方が納得できる。

 歯を食いしばり、震える腕に力を込め、押し込まれる重みに耐え、むしろ押し戻そうとする。ヴェイロンの身体もエクリプスウイルスによって『病化』し、常人よりもはるかに肉体は強靭なのだ。負けてなるものかと。クロノに負けて、さらにヴェロッサにまで負けるというのは、プライドが許さない。この足をぶち抜いてやるとばかりに、憎悪と共に足を睨み上げて。

 ギロリと。

 赤い瞳と目が合った。

 ヴェロッサの足に取りついている、その影と。

 

「くそがっ!」

 

 生物としての本能からくる怖気。背中にゾクリとする寒気。

 強者たりえんとしてのプライドは、それらを感じたことさえも認めない。湧き上がる苛立ちを隠さず、ヴェイロンは吠える。地面に押し付ける力に反発し、重い足を地面から離し、前へ。ヴェロッサの足を押し戻し、銃を振って払い除ける。「おっと」なんて気楽な声を出すヴェロッサに、ヴェイロンは体中の血という血を煮え滾らせ、銃剣を振りかざして突っ込む。

 

「だからワンパターンなんだって」

「うるせええええ!」

 

 袈裟斬り一閃。強化された肉体で振り下ろされた一撃は地面を抉る。のみならず、さらに衝撃が地面を割っていく。

 が、所詮、地を抉ったのみ。ヴェロッサは軽やかな身のこなしでステップを踏んで躱しており、着地した足を軸に回転。その回転の遠心力を利用して。

 

「〝猟兵戦舞・猛撃(ヤークトタンツ・トーネード)〟!」

 

 かろうじて見えたのは――3つの流星。

 と、見紛うほどに、速すぎた。

 3発すべてを左半身の肩、鳩尾、腰に食らってしまう。ほとんど同時。

 苦悶の声さえ上げられなかった。鳩尾への攻撃で肺の空気をすべて吐き出してしまったから。

 木々をいくつか吹き飛ばし、ヴェイロンは地を転がって。一際太い木に激しく背中をぶつけ、その木を少し曲がらせて。ヴェイロンはずるずると地面に尻餅をついた。

 

「本来なら肩の骨は外れ、内臓のいくつかは損傷してしまうはずなんだけど」

「て……め……ころ、す……!」

 

 一歩一歩近づいてくるヴェロッサに、ヴェイロンは尻餅をついたこと自体が認められず、木を支えにゆらりと立ち上がる。左腕は動かない。ヴェロッサの言う通り、肩の骨が外れている。さらに激しい嘔吐感。地面に向けてせり上がってきたものを吐き出す。気持ち悪さと、酸っぱい胃液の味に眉を顰め、こうしてくれた原因であるヴェロッサに殺意を向ける。ウイルスがすでに回復を開始している。腕はしばらくすれば動くようになるし、内臓だって治る。けれど気持ち悪さだけはどうにもならない。それがまた腹立たしい。

 

「ふうん。エクリプスドライバーのそれは治癒でも回復でもない。もはや修復と言うべきかな。宿主はいわばウイルスの手足というわけだ」

「はっ……局の、人間が、人を……ごふっ!……モノみてえに、言いやがって」

「何だい? 真っ当な人間扱いしてほしいのかい?」

「そういう、上から目線が、気に入らねえって、言ってんだよ!」

 

 動く右腕で銃を放つ。例の如く、防御陣によって防がれてしまうが。涼しい顔で。ポケットに手まで突っ込んで。地面を抉り、木の幹を穿つことができるのに。憎いこの世界のあらゆるものをぶちのめす力を持っているはずなのに。肝心の、今一番ムカつく目の前の1人の少年を、それも同世代のヤツを、倒せない。その事実が、ヴェイロンの頭を沸騰させる。心を暴れ狂わせる。ヴェロッサの姿に、クロノの姿が重なる。クロノと同じように、冷たい目で、『格』の違いを見せつけてくる。

 

「エクリプスドライバーは人を殺す衝動に突き動かされる。そう聞いているけど」

「ああ……テメエを、殺したくて……堪らねえよ」

「君は殺したくて殺しているようにしか見えないね」

「憎いからな……この世界の、すべて、がよ……ごほっ!」

「エクリプスウイルスによってそう思わされている……そういうわけではないようだね」

 

 ヴェイロンが血を吐き出しても、何でもないようにヴェロッサは見下ろしていた。こいつはこいつでどこか狂ってやがると、ヴェイロンはヴェロッサの危なさを感じ取る。クロノ同様に、このヴェロッサも、普通に生きてきたわけではないのだろうと。

 

「どうだっていいんだよ、んなことは。例えそうだとしても、この世界をぶっ潰せりゃそれでいい」

「そうかい。助かるよ」

「ああ……?」

 

 どういう意味だと、ヴェイロンは少しずつマシになってきた身体でしっかりと立ちながら訝しげな視線をヴェロッサに向けて。

 再び、背中に走る冷たさに身を震わせた。

 

 

 

「――罪の呵責なく、君をぶっ飛ばせそうでさ」

 

 

 

 ヴェロッサの冷たい視線によって。

 木陰のせいもある。だが違う。ヴェロッサの顔にかかる薄暗さは、木陰によるものだけではない。

 目は口ほどに物を言う。心の中で思っていることそのままにヴェロッサは言っているのだろう。ただの威嚇などではなく。言葉以上に、その目の冷たさが、何よりもヴェイロンの心臓を鷲掴みにする。

 

「だってそうでしょ? 『人を殺さなければ生きられない。殺したくても殺さなければならない。そんな自分にお前らは殺すなと言う。つまりは自分に死ねって言うのか?』……なんて言われたらさ、色々とやりにくいでしょ? こっちは見過ごすわけにもいかない。でも死ねとは言いづらいじゃないか」

「……テメエ」

「でも君は好き好んで人を殺している。どんな事情があるのか知らないけど、世界を潰そうとしてる。まあ、その気持ちはわからないでもないけどね。僕も一時期、この世界を本当に憎んだものだし。でも僕は君のようにはならない。今の僕はこの世界が、まあ悪くないって思っているし、生きて幸せになってほしい人たちもいる。潰されちゃ困るんだよ」

「……ははっ。テメエ、ヘラヘラといけ好かねえ面して、ずいぶんと狂ってやがんな。俺よりひでえじゃねえか」

「なんだ、今気づいたのかい?」

 

 今更こいつは何を言っているのか。そう言うかのように、ヴェロッサはさらに一歩踏み出した。

 

「裏に関わる人間なんてね、みんなどこかしらおかしいものさ」

 

 最高評議会も。伝説の3提督も。聖王教会も。クロノも。ユーノも。そして自分さえも。

 ただ、カリムとシャッハだけは、裏に関わってほしくない。シャッハはこうして連れてきてしまったけれど、それでもシャッハはこれ以上の闇に関わらせるつもりはない。カリムも覚悟を決めているようだけれど、きっと怒るだろうけれど、それでも。このヴェイロンのようになっていただろう自分を救い出してくれた大切な姉だけは、この闇には関わらせない。

 

「……はは。違えねえ」

 

 ヴェイロンは左腕を回す。ぐるりと。痛みは多少あるが、戦闘に支障はない。

 少しずつだが、回復が早まっているようだ。エクリプスウイルスの『病化』具合が深まったのかもしれない。戦えば戦うほど、傷を追えば追うほど、ウイルスは宿主を強くしていくのではないだろうか。そう思うほどに。

 

「妙な技使いやがって。自分で自分にブーストをかけるのは危険って話じゃなかったか?」

「いやあ、僕は自分にはかけてないよ?」

 

 片足をひょいと上げるヴェロッサ。白いスーツを着ているヴェロッサだが、ふくらはぎから下だけが黒くなっている。スーツが汚れているのではない。

 ギロリと。

 あの赤い目が覗く。

 

「……召喚獣にブーストをかけてんのか」

「正解」

 

 ヴェロッサが足を下ろす。すると、黒い影がヴェロッサの足から離れて狼の形を取る。赤い目をした狼に。さらにもう片方の足からも、青い目をした狼が。

 

「偵察に長けた『ウンエントリヒ・ヤークト(無限の猟犬)』だけど、猟犬の名の通り、戦闘をこなすこともできる」

 

 召喚魔法のレアスキルだから、召喚された獣は実体を持つ。リアクトしていたドゥビルには魔力分断のフィールドが張られているようなものだから、魔力だけで構成された状態であれば即座に散らされてしまっただろう。猟犬たちがドゥビルにかみつけたのは、猟犬たちが実体を得られていたからだ。

 だが元々は魔力による召喚獣。実体から再び魔力体に戻ることもできる。魔力体に戻れば、魔力という本来は形のないものであるため、ヴェロッサの足に取りつく影になることも可能。

 

「猟犬たちにブーストをかけた上で僕の足に取りつかせる。これによって、間接的に僕はブーストをかけた状態での戦闘が可能になるというわけさ」

「細かい芸ができるもんだな」

「後衛がいない状態で1人で戦う状況は当然に想定されるべきだろう? ベルカの歴史は長いからね。こういう戦闘手法も当然に考えられているさ」

 

 聖王教会騎士団に伝わる、ベルカ騎士団流蹴撃闘法。それと召喚術とブーストの組み合わせ。これらをアレンジして取り込むことで、ヴェロッサが会得したのがこの『猟兵戦舞』だった。

 カリムとシャッハを護るため。恩義あるグラシア卿、そしてグラシアの家に報いるため。闇と戦うと決意した日から、1人ででも戦えるようになるために身に付けた、ヴェロッサ・アコースの『覚悟』。

 

「いい情報も手に入れられた。どうやら魔力分断の力も、実体化させてしまうことで防げないようだね。それが例え、元が魔力であったとしても、実体化させて質量を持つ存在に変換すれば君たちにも効く。まあ、それってつまりは質量兵器化してるようなものだから、法や倫理面で色々と大変そうだけどさ」

 

 研究を開始しているとは言え、『アンチマギリンクフィールド(AMF)』や魔力分断の力に対して何が効くのか、どういう対策を取ればいいのかはまだまだ不明点が多い。この情報は大きな進展に繋がることだろう。

 

「さあ、続きをしようか、『世界を殺す猛毒』? 僕1人倒せないようじゃ、世界なんてとてもじゃないけど殺せないよ?」

「いいぜ。テメエからぶち殺して、それからあの執務官にトドメを刺してやる」

 

 雄叫びを上げ、再び2匹の猟犬がヴェロッサの足に取りつく。身を低くするヴェロッサに対し、ヴェイロンは銃口を向け、魔力を収束し始める。

 

「来なよ、『猛毒』!」

「死ね、似非スマイル野郎!」

 

 絶対に相容れないであろう2人が、互いを認めないとぶつかった。

 

 

 

 

 





 ヴェロッサの『猟兵戦舞』は完全にオリジナルです。ストライカーズの決戦時に、アジトの所でシャッハと共にヴェロッサが猟犬を出して身構えていたので、おそらくあの猟犬は偵察だけでなく戦闘もこなせるのだろうと判断しました。まあ、実体化やブーストのくだりが完全にオリジナルですが。彼にも戦ってほしかったので。
 サイファーやヴェイロンが一方的にやられていますが、意図してそうしています。拙作の現時点は、Forceより10年以上前になりますから、サイファーもヴェイロンもまだまだ力量は低くしています。彼らは今後も幾度の戦闘を経験し、シグナムを倒したり、なのはたちと互角にやり合うほどに成長するって寸法です。
 そもそもファーンは元戦技教導隊員ですし、いくらサイファーたちと言えども勝てるわけがありません。なのはやフェイトが勝てなかったように。10年後はわかりませんけどね。
 敵も味方も成長していくから面白いわけで。その辺を上手く描ければと思います。
 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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