想定外。
今の状況はまさにその一言に尽きる。
「……3提督め。何という隠し玉を持っているのか」
ヴェロッサとシャッハはいい。想定の範囲内と言える。ユーノはむしろ想定して然るべき増援だ。むしろ最初からユーノがいなかったことの方が不可解だったくらいであり、クロノと共に抹殺してしまいたいところである。
だが恭也とファーンは完全に想定外だ。
元とは言え戦技教導隊の教導官。彼女を引っ張ってくるとは思わなかった。ファーンは3提督と同世代だが、特にこれといって結びつきがあったという報告はない。戦技教導隊や執務官といった時空管理局における『花形』は、局内における絶大な影響力を鑑みれば、最高評議会にしても3提督にしても、互いに譲るわけにはいかない存在。牽制し合うことで結果として中立のような状態にあった。だが『元』戦技教導隊所属であったファーンを味方につけているとは。3提督も昔は最前線で戦い、指揮を執っていた身。どこかで縁ができていたとしても確かにおかしくはない。その点では、常に安全なところから指示を出していただけの最高評議会の面子にはできない縁だろう。
「デバイスの全盛期とも言える現状では〝マスタードライバー〟の名もかつてほどではないとは言え、ファーン・コラードの存在は大きい。彼女の教えを受けた者たちの支持も厚い。彼女を味方につければ、彼女を慕う教え子どもも味方に取り込むことができるというわけか。3提督め、強かな手を使う」
決して綺麗とは言えない手ではあるが、時空管理局を変えるために何十年と戦い続けているだけはある。実に老獪。清濁併せた策を講じている。
老いたとは言え、〝マスタードライバー〟の称号を未だ譲らぬだけの高等技法の使い手。魔力量や威力のある魔法など、見た目や先天的な能力ばかり重視されがちな風潮が蔓延する中、高等技法やこれを用いた多種多様な戦術という『腕』で戦技教導隊の副隊長にまでのし上がって見せた超一級の技巧派魔導師。そんなファーンを前に、『フッケバイン』の女性剣士は圧倒されている。
「……当然か」
魔力分断の力に、『病化』による身体能力の強化と驚異的な再生能力。確かに脅威ではある。
だが、どんな脅威を前にしても、『花形』として、時空管理局最高戦力として、戦技教導隊は対処し、勝利せねばならない。勝利が義務付けられていると言ってもいい。引退したとは言え、ファーンの実力はまだまだ一線でも充分に通じる。まさしく歴戦の強者。
ウイルスによって与えられた力に驕っているようでは、ファーンに敵うはずもない。ファーンは3提督と同じく、混乱していた黎明期を支え、現在の平和を実現させた世代。質量兵器や殺傷設定の魔法など、現在では当たり前の技術や魔法でも、当時としては未知の脅威が飛び交う多くの戦場を戦い抜いてきた彼女を前にして、その程度の脅威は通用しない。いくらでも対応のしようがあるだろう。
「少しばかり『猛毒』どもを買い被り過ぎたか。これなら〝グラオファルケ〟をぶつけるまでもない」
ファーンが相手をしてくれたことでエクリプスドライバーと『フッケバイン』の脅威度を測る必要はなくなった。手間が省けてちょうどいい。
ただし。別の問題が出てきた。
局内における影響力という点では皆無だが、意外性という点ではファーン以上のこの男。
「局員データベースに該当なし……誰だ、この男は?」
現地からのリアルタイム映像に映る、『フッケバイン』所属の、鬼のような姿をした青年と戦う男。見たところ、まったく魔法を使っていない。両手に持つ小太刀と、たまにナイフのようなもの、それに糸だろうか、それらを射出している。暗器の類だろう。魔法を使わないのなら、エクリプスドライバーの魔力分断の力も意味を成さない。ある意味、一番エクリプスドライバーにとって相性の悪い敵であろう。
とは言え。ただの小太刀に暗器の類ではエクリプスドライバーは殺しきれない。魔力分断以外にも、エクリプスドライバーたちは『病化』による身体能力の強化と驚異的な再生能力があり、他にも何か個別の能力を持っていることが判明している。今のところその個別の能力は3人のいずれも見せてはいないけれど、それにしても魔法もなしに互角……いや、押していることは驚愕の事態。
『――〝グラーバク〟』
正面に投影させた空間モニターを、組んだ手で口元を隠しながら睨みつける〝グラーバク〟。その脇に、もう1つの空間モニターが開いた。『Sound Only』と表示されたモニターの先から聞こえる声の主は〝グラオファルケ〟か。
「君か。てっきり〝グラオカーター〟かと思ったぞ」
『なに。今回は〝
「どういう意味だ?」
『見ているのだろう?』
「現地の映像か? ああ、見ている」
相変わらず主語や目的語を省く癖のある〝グラオファルケ〟に、会話がしづらいなと内心で思う〝グラーバク〟。一度理由を尋ねたことがあるのだが……。
――『貴様と違うからな』
――『……言ったそばから省くな。
――『得手不得手。喋らぬようにしている』
――『……つまり、腹の読み合いのようなことは苦手だから自身が余計なことを口にしないため、と言いたいのか?』
――『そうだ』
言いたいことはわからないではない。ただ、よくそれで『暁の鷹』という、次元世界でも最大級の武装組織を率いることができるものだ。彼にそれをやらせているのは『グレイバック』の自分たちなのだが。
とは言うものの、『暁の鷹』は犯罪組織でありながらよく統率のとれた集団だ。偏に首領たる〝グラオファルケ〟のカリスマ性にあるのだろう。寡黙ながら時空管理局や聖王教会に対する闘争の意思は本物にして苛烈。猛禽類たる〝
『おそらく御神流』
「ミカミリュウ? 何だ、それは?」
それはそれとして。統率能力は本物でも、これでは意思疎通に問題があるだろうに。せめて同胞に対してくらい、もうちょっと話しやすい喋り方をしてほしいと思いつつ、〝グラーバク〟は聞いたことがない名称に問い返す。
『我が組織は次元世界各地に拠点を構えている』
「わかっている」
『そのうちの1つ。第97管理外世界。彼の地にデータがあった』
管理世界にも管理外世界にも、『暁の鷹』、ひいては『グレイバック』は拠点を構えている。真っ当な会社に偽装している場合もあれば、犯罪組織として認知されている場合もある。管理外世界は時空管理局の管理が及ばないことが多く、拠点を構えやすい。『暁の鷹』に限らず、多くの次元世界の犯罪組織が同様に拠点を置いている。
『爆弾で吹き飛ばしたはずだったのだが』
「……データはあるのか?」
『送った方がいいか?』
「そうしてくれ」
このまま1つ1つ問い返すのも面倒くさい。データがあるのならそれを見た方が早そうだと判断し、〝グラーバク〟は早々に送られてきたデータを開く。仕事は早いし頼りになるから文句は言えない。まったくを以って面倒な同志である。
データをさらにもう1つのモニターで開く。テキストに、いくつかの画像。
「……ほう。魔法がないにもかかわらず、組織を相手にこの被害を」
魔法を使えばさすがに時空管理局も勘付く可能性があるため、管理外世界においては現地住民を雇い入れていることが多く、武装も現地調達が基本だ。もちろん上層部は『暁の鷹』の幹部などが務め、秘匿部隊として魔導師を配置していることもある。
第97管理外世界の中で主要な文明を持つ惑星、地球。その極東の島国、日本。御神流とは、正式名称『永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術』の略称らしい。日本において古流武術を伝える流派の1つ。地球全体でいろんな秘匿流派が存在するが、日本には御神流以外にも神咲一灯流など、『暁の鷹』隷下の現地組織はいくつかの流派や組織を危険指定している。組織の活動にかなりの支障を及ぼしたらしい御神流は、地球全体を見ても警戒度合いが高い。組織は10年ほど前、御神流を爆弾によって壊滅させたようだ。索敵魔法すら使わずに気配を読むことができるという、信じられないデータがある御神流。その本家にどうやって爆弾など仕掛けたのかという問題が生じるが、おそらくはそれこそ魔法を使ったのだろう。幻術魔法で姿を隠して侵入したか、遠方から砲撃でもぶつけたか、そんなところだろうと踏んだ。
「壊滅しきれていなかった、ということか?」
『そのようだな。すでに処分した』
「……仕事が早いことだ」
御神流を処分したのか、不正確な情報を上げた担当の幹部を処分したのか。リアルタイム映像に御神流の剣士が映っている以上、後者だろうと判断し、〝グラーバク〟はこの分ならばもう御神流の生き残りについても再調査させているだろうと踏み、それ以上は言わなかった。
『で、どうする?』
本当に必要最低限のことしか言わない。溜息をつくくらいは見逃してほしい。
現地の御神流のことについては一任する。現時点で真っ先に対処しなければならないのは、今まさに行われている戦闘の方だ。目を戻すと、鬼の姿をした青年が打ち合いに負けたように上空へとついに退避したところだった。見た目からして強靭な装甲があるのに、何を逃げる必要があるのかわからない。
『不思議な術を使うようだな』
「だからきちんと説明をだな……」
『……データを見ろ』
「……ああ、これか? ふむ、〝徹〟というのか。衝撃を敵対象の内部にぶつける技術。ほう、そんなことが可能なのか」
もはやツッコミを入れる気にもなれない。むしろツッコミを入れる方が負けなのだと理解し、〝グラーバク〟はデータで検索をかけて調べる。このくらいは口で言った方が早かろうにと愚痴ってしまうのは仕方がないことだろうか。
防御の上からでも敵に衝撃を与える技法。あれほどの装甲であっても例外ではないということか。魔法がない代わりに、恐ろしい技術があの世界にはあるらしい。
とは言え、魔法が使えないことはやはり魔法世界とも言える次元世界の常識においてはネックになろう。
御神流の剣士は魔法が使えない。だから空に逃げられたら追うことができない。厳しい表情を浮かべながら空に上がった鬼を睨んでいる。
と、そのとき。
翡翠の魔法陣が次々に空中に現れた。御神の剣士を空へと誘うかのように、彼の足下から鬼の青年の元へ。
『……〝フローターフィ―ルド〟』
「ユーノ・スクライア? 治療をしながら御神流の剣士の援護までする気か」
見た限り、シャッハがまだ治療を継続している。ユーノに医療の知識や高度な治癒魔法は不可能だから、もうできることはないということかもしれない。ユーノは恭也に向けて何か言っているようだ。生憎と言葉までは聞き取れないが、応えるように御神流の剣士は頷き、魔法陣を足場に空へと登っていくではないか。
もちろん鬼の青年も黙って見てはいない。魔力分断の力を使い、そばの魔法陣から戦斧で砕いていく。だが砕いた先から魔法陣が出来上がり、イタチごっこの様相を呈している。
さらに。よく見ると御神流の剣士の小太刀、そして足に翡翠色の魔力が宿っている。おそらくはブースト魔法。
「……ファーン・コラードの前では霞むとは言え、高等技法をここまで使いこなすとは」
多くの『フローターフィ―ルド』を維持しながら、ブースト魔法を使用する【デュアルドライブ】。それも【リモートドライブ】で。
しかもここでさらに結界を張り始めたではないか。
『何の結界だ?』
〝グラーバク〟は、魔導騎士であると共に、結界魔導師だった。映像で見えた術式から、結界の効果を読み取る。結界範囲内の何らかの情報を読み取ろうとしている。映像を切り取り、静止画として別のモニターへ。拡大してさらに詳しく。
「……ふむ」
『どうした?』
「探査結界。なかなか抜け目ない小僧だ。魔力分断の情報を収集し、解析しようとしている」
『まさか、魔力分断を破るつもりか?』
「そうそう上手くいくとは思えんが。高等技法の中でも最難度とされる【トリプルドライブ】に【ユニークドライブ】を使いこなすほどのマルチタスクかつ高い制御能力の持ち主だ。もしかするともしかするかもしれんな」
その間にも御神の剣士が鬼の青年の元へ。再び打ち合いが始まる。が、かかっていたブースト魔法が、やはり魔力分断の前に無効化された。鬼の青年に当たる前に、魔力分断の効果範囲に入ったためか、魔法陣が発生して翡翠色の魔力を小太刀から吹き飛ばしてしまう。それで勢いに乗ったか、鬼の青年がさらに仕掛ける。
「……押されているな」
『慣れない空中戦だろうからな』
いくら御神の剣士と言えど、空中戦の経験などあるはずがない。足場はあるが、鬼の青年が足場に触れたら最後、魔法陣は魔力分断の力の前に散らされてしまう。足下の心配まで御神の剣士はしなければならないとなると、やはり空中戦を挑むのは無謀だろう。
御神の剣士もそう判断したか、大振りの戦斧の一閃を躱すと同時、自ら地上へと飛び降りた。鬼の青年は空における自身の優位性があるためか、あえて深追いはしない。優位性が余裕を齎し、正しい判断をさせたのだろう。深追いはせず、鬼の青年は指からレーザーのような攻撃を放つ。地上に降りた御神の剣士は素早い身のこなしで右へ左へ。
と、鬼の青年の側面、さらに背後からいきなりバインドが。翡翠色の魔法陣から伸びて青年に一直線に伸びた。御神の剣士の回避を援護しようというのだろう。しかしそれもすべて魔力分断の前に蹴散らされる。鬼の青年は回避などまるで考えておらず、無視して御神の剣士への攻撃を続けていた。それでもユーノが続けようとすると、さすがに目障りだったのか、ユーノに対して攻撃を仕掛けた。指先を向けて、高速のレーザーを一発。ユーノはそれを魔法陣を幾重にも張って防御を試みた。過剰なほどの『ラウンドシールド』と『プロテクション』の重ね。しかしそれを容易く突き破り、防御陣に穴を開け、ユーノの脇腹に当たる。
『……逆転したな』
攻守が。
脇腹を押さえて膝をつくユーノを見ても、〝グラオファルケ〟の声はまったく変わらない。ただ淡々と戦況を分析している。その冷たいまでの戦況を俯瞰する様こそ、まさに猛禽類の『
「……ふむ」
一方で〝グラーバク〟も治癒魔法を使い始めるユーノを見ながら口元に手をやりながら思考していた。
(何重もの魔法の盾、それも対物理・対魔法の2つの盾をすべて貫通するほどの一撃。あのレーザーのような攻撃にも魔力分断の効果があるということか)
恭也に向けて放たれたレーザーは、木々の太い幹をも貫通しているから、それなりの貫通力があると見ていい。だがユーノの防御の固さは、ユーノが張った防御陣の術式を見れば〝グラーバク〟にはわかる。すべてを貫通してユーノにダメージを与えた。貫通力が高いだけでは無理だ。何しろユーノの防御陣には貫通力に対する耐性もあるのが術式から見て取れるのだから。クロノが貫通力の高いスティンガー系を使うだけに、ユーノはクロノと模擬戦をすることもあったというのだから、スティンガー系への対策ということだろう。
しかしそれはそれとして。〝グラーバク〟はユーノへと視線を戻す。
(小僧には、
盾は魔力分断で無効化できたのだとしても。ユーノを貫くことはできなかった。太い幹などよりよほど脆い人体1つ、貫けなかった。
(……小僧の盾は、まるで意味がなかったというわけではない)
普通なら魔法攻撃には『ラウンドシールド』だ。なのに『プロテクション』を混ぜている辺り、物理的な攻撃に変換されていることを考慮したのだろうか。命を狙われているというのに、大した判断力である。〝グラオファルケ〟ほどではないが、ユーノも随分と冷静なようだ。
『時間の問題だ』
「どちらにとってもだろう。女剣士はファーン・コラードが圧倒。銃を持っている少年の方もヴェロッサには勝てまい。あれも教会騎士団
血は争えんなと苦笑する。
ヴェロッサはああ見えて過去に辛い目に遭っている。現実の冷たさというものを知っているだけあって、あの優しげなスマイルの裏に狼を飼っているのだ。その狼を飼い慣らしてやればいい。あの銃の少年はどうやらチンピラとしては強いのだろうが、実戦経験はロクにないのだろう。どうやら魔力分断についても発動できないようだし、これでは教会騎士団に鍛えられたヴェロッサには勝てるはずもなかろう。
御神流の剣士も上空に逃げられては仕留めようがない。勝利はなく、体力の限界を迎えたら敗北する。だがファーンとヴェロッサがそれぞれの敵を片づけて加勢しに来たら、この青年も敗北は必至。
「御神の剣士は後ろにクロノ・ハラオウンやユーノ・スクライア、それにシスターを抱えている。鬼には『ショートジャンプ』があるからな。発動の瞬間を一瞬でも捉え損なえば、いかに『神速』とやらの歩法を以ってしても間に合うまい」
『3人に防ぐ術もない』
「クロノ・ハラオウンは治療中だから動かせんからな。回避も防御もできん。御神の剣士にかかる重圧は相当だろう」
魔力分断で防御も無効化される。ユーノやシャッハでは防げない。躱したくても、重傷で動かせないクロノがいては無理だ。そもそも彼らでは『ショートジャンプ』を使われたら躱そうとしても次の瞬間には叩き斬られているだろう。
『〝
「どうやらそれしかないようだ」
すでに〝オヴニル〟からは〝グラオヴェスペ〟が出撃したと報告が入っていた。おそらく、現地には間もなく到着することだろう。間違ってもヴェロッサにだけは下手に接触しないようにさせねばならない。
それに、どうやら時空管理局部隊も本格的に動き出したらしい。最高評議会の裏からの妨害を跳ね除け、3提督が救出部隊を差し向けたようだ。3提督もこの件でファーン・コラードを始め、かなり多くのカードを切っている。最高評議会には、3提督の影響が及ぶ部隊や部署、人員を知られたことだろう。それだけのカードを切ってでも、クロノを助けることに意味を見出したということか。
『猛毒』がクロノ抹殺に失敗した場合、〝グラオヴェスペ〟が代行するという案ももちろんあったのだが、やはりそれは難しそうだ。彼らの到着と時空管理局の救出部隊の到着はおそらくほぼ同時。こうなると〝グラオヴェスペ〟に仕掛けさせても、抹殺する前に時空管理局に抹殺の現場を押さえられてしまう。
「……さて、あとは」
もう一組。見逃すわけにはいかない連中がいる。
「知的好奇心とやらは抑えられなかったようだな」
今この時も戦いを遠くから眺めている、戦闘機人。そしてジェイル・スカリエッティ。
最高評議会からはジェイルのことについては何も聞き出せていないが、何らかの関係性があるのはもはや疑いようもない。『聖王のゆりかご』に連なる大事な情報源だ。逃すわけにはいかない。
「結果的に事が上手く運んだだけとは言え、それでも充分にお手柄だ、クロノ・ハラオウン。敬意と感謝の意を表し、お前を助けてやろう」
映像に映る、治療中のクロノを見ながら、〝グラーバク〟は心からの称賛をクロノに贈った。
恭也とドゥビルの張り合いが続いている。少なくともクロノやユーノ、シャッハを護る上では空中にドゥビルを縛り付けておくことができるのなら充分だ。だがドゥビルは攻撃を魔力だかレーザーだかよくわからない光線による遠距離攻撃に変えて恭也を襲う。空にいれば恭也の剣は届かず、飛針や鋼糸も装甲の前には脅威にならない。そうわかって冷静さを取り戻したか、遠距離攻撃でひたすら恭也を撃ち続けている。恭也はそれを見事に躱し、時に小太刀で光線を弾く。高速の光線にもかかわらず一撃ももらわないのは本当にすごい。しかし防戦一方であることに変わりはない。いくら恭也でも体力の限界がある。防ぐか、攻撃に転じねば。
とは言え、魔法は魔力分断で弾かれてしまう。魔法しか戦闘手段がないユーノ。しかもロクな攻撃魔法も使えない身。探査結界を張り続けながらも、手が出せない悔しさと脇腹の痛みに唇を噛み締める。
「スクライア司書、大丈夫ですか!?」
「は、はい……威力を削れたのか、それほどではありません」
痛みは強い。喋りにくい程度には。
ただこの痛みは、『アレスターチェーン』の訓練で痛めた脇腹に当たったがためというのも大きい。フェイトにも心配された痣。ようやく治りかけていたのだが、これはまた悪化したことだろう。
それでも。貫通はしなかった。そして実際に食らったことで、理解できたこともある。貫通していたら出血多量で死んでいたかもしれない。にもかかわらず、自分でも驚くくらいにユーノの頭はまだどこかで冷静さを保っていた。
「……何か掴めましたか、スクライア司書?」
「あの光線は魔力素を押し固めた直射弾の一種ということくらいは。『スティンガーレイ』が近いですね」
「魔力を分断する力の方は?」
「……残念ながら」
ユーノは力なく首を振った。
探査の結界で魔力分断の情報を集めてみたけれど、如何せん見たこともない術式だ。定義も理論も公式も、何もかもがわからない。似たような定義や公式を見たことはあるが、そのどれにも一致しない。『
「ただ言えることは、魔力分断も魔法だってことです」
「理由をお尋ねしても?」
「僕のブースト魔法がついた恭也さんの小太刀。あれがあの人に近づいたとき、魔法陣が発動してました。『ストラグルバインド』に対しても。一定範囲内に近づいた自分以外の魔法を分断する。結界のような、一種のエリア系かつデクライン系の魔法じゃないかと思うんですけど……」
相手の魔法の効果を無効化する結界という点では、AMFと似ている。ただ、データをS2Uから見せてもらったのだが、どうやら武器に纏わせることも可能らしく、クロノは戦斧に魔法陣を散らされてやられた。武器に纏わせることも可能という点ではAMFとは異なっている。AMFは類別すると高位防御魔法となる。魔力分断は防御と言うより、より攻性的なものと考えた方がいいだろう。
「『ヴァリアブルシュート』と『ストラグルバインド』。どちらも防がれたというより、消し飛ばされたって言った方がしっくりきます」
「確かに……まるで磁石が同極同士で反発するような反応ですね」
映像を見返すと、『ヴァリアブルバレット』も『ストラグルバインド』も、ただ防がれたとは思えない反応をしている。
通常の防御魔法、例えば『ラウンドシールド』で魔法を防いだ場合は、単に受け止められただけだから、弾丸もバインドも接触面に沿って火花が散るように魔力素が弾かれる。雪玉を壁に当てたとき、雪玉は吹き飛ぶけれど、壁にいくらかの雪が張り付くし、吹き飛んだ雪も消滅したわけではなく、あくまで散って地面に落ちただけ。
AMFの場合は魔力の結合を阻害することで魔法を解除させるというものなので、まるで吸収されたかのように魔法は消える。結合を次々に解かれ、ただの魔力素に返されてしまうためだ。先ほどの雪玉に例えれば、すべて細かい雪の結晶にまで解体されるようなもの。
だが魔力分断はそのいずれとも違う反応を見せた。魔力素そのものが消滅させられている。雪玉で言えば、壁に当たった瞬間に、当たった箇所の雪が弾け飛び、その衝撃で直接壁に当たっていない部分も消し飛ばされているのだ。
そこに魔力分断の謎が隠されているようにユーノには見えた。
「それに今の、僕の防御を貫通した攻撃……」
まだ消していない、1つの穴が空いたままの『ラウンドシールド』と『プロテクション』へと、ユーノは手を伸ばす。細いレーザーだったから、小さい穴ができるだけのはずなのに、周囲にまでヒビを残し、ガラスが割れたかのように砕けている防御陣。
自分の魔法であり、自分の魔力だ。防御陣に当たった瞬間、貫かれた瞬間に伝わった感触は、ユーノの手に残っていた。
今まで受けた、どんな攻撃とも違う。クロノの『スティンガーレイ』が貫通してきたときの感覚が最も似ているけれど、それとも違う。
きちんと、自分の魔法陣は防ごうとした。接触点に特に魔力を集中させることで防御しようとした。なのに弾き飛ばされた。衝突点の魔力を、消し飛ばされて。その衝撃で防御陣全体が震えてしまうほどだ。
まるで。
そう、まるで。
物質と反物質が、衝突した途端に激しい反応を起こして消滅するように。
「クロノの交戦データを見ると、どうやら制御は彼らというより、あの武器。ディバイダーって彼らは呼んでるみたいですね。『断ち切る者』ってところですか」
ユーノたち魔導師ならば誰もが持っているリンカーコア。『リンカー』には『繋げる』という意味があるから、『ディバイダー』は魔導師の象徴や証とも言えるリンカーコアへの当てつけなのかもしれない。
そこで。
ユーノはチラリと、ファーンへと視線を向けた。サイファーを圧倒している〝マスタードライバー〟を。
「……シャッハさんは、コラード三佐の基本戦術をご存知ですか?」
「ええ。今まさに見せておられる、高等技法と転移魔法を主軸に据えた翻弄戦術ですね」
「では、コラード三佐が全盛期に使っておられた、コラード三佐一番の戦術は?」
「もちろん存じております」
シャッハもシスターながらカリムの護衛を務める身でもあるため、ヴェロッサ同様に騎士団に鍛えてもらっている。ヴェロッサと違って真面目な性分なので、古今東西の戦闘技術を調べ上げたこともある。時空管理局で有名な魔導師の魔法運用技術ももちろん含まれる。戦技教導隊の所属者など、そんな魔導師の集まりだ。研究対象にするのは当然の流れである。
ファーン・コラードの基本戦術は高等技法と転移魔法を用いた翻弄戦術。
基本があるのならその先もある。
「むしろその戦術こそ、コラード三佐の名を有名にしたと言ってもいいでしょう」
――『
レーダーなどの電波的な武装に対して電波妨害などを仕掛ける手法を、『
クロノとヴェロッサが初めて会った際、ヴェロッサがクロノの索敵魔法に対してジャミングを仕掛けたのも、このMCMに該当する。ちなみにこれに対してクロノがさらに対抗手段を取ったが、それがカウンターに対するカウンターということで、『
「理屈としては簡単ですね。相手の魔法を解析し、それに対応した妨害を行うことで、相手の魔法を弱めたり破壊したり暴走させたりする」
「ですが実際にやろうとするのは困難極まります。現在ではデバイスによってほとんど一瞬で術式が組み上がり、魔法が発動します。発動前に止めることはほとんど無理です。せいぜい相手の集中を乱すジャミングが使われる程度」
「加えて解析できたとしても、相手の魔法に対する知識がいる。その魔法を『理解』していなければ、効果的な妨害は行えませんからね」
要するに、相手の
ハッキングを行うには、当然ながらコンピューターの詳しい知識がいる。コンピューターだけではなく、今起動しているソフト、例えば文書作成ソフトや表計算ソフトについても知っていなければならない。そのソフトが持つ脆弱性を知り、そこを突いた悪性プログラムを作らなければならない。
探査や検索の魔法を使って相手の魔法を解析し、妨害プログラムを調整し、これをぶつけることで相手の魔法の効果を弱めたり破壊したりする。その間も敵の攻撃を防ぐなり回避するなりしないといけないなら、必然的に【トリプルドライブ】、最低限でも【デュアルドライブ】の習得は必須だ。
「コラード三佐の場合、基本的にセンターガードやフルバックとして守られながらでしたが、当然単独での戦闘も想定されていました。【トリプルドライブ】で魔法を同時使用しながら、【サイクルドライブ】や【ディレイドドライブ】で術式を待機状態にしておられたと聞きますが……」
「いちおう、僕は習得しています。あとは習熟度の問題と魔法に対する知識や理解度……コラード三佐とは比較になりませんけど」
シャッハとクロノの前に立ち、ドゥビルの方を向く。相変わらず撃ち続けており、恭也を疲弊させる気なのだろう。卑怯と言えば卑怯であるが、確実に勝つためという視点で見れば実に堅実であろう。
それでも恭也の目に諦めの色はない。その目は常にドゥビルに向けられている。
恭也には御神流奥義『神速』が、ドゥビルには『ショートジャンプ』が。発動のタイミングを見逃せば、次の瞬間には勝敗が決まっている。特に恭也の場合は自分のみならずユーノたちを守らなければならない。魔力分断の力がある以上、防御も回避もできないから、失敗はクロノにユーノ、シャッハの死を意味するだけに、恭也は一瞬たりとも気を抜けないのだ。
「まさか、魔力分断に対してカウンターを行う気ですか? だから探査の結界を?」
「ええ、まあ。全然わからない定義や公式が使われていたので、正直なところ、効果的な妨害は行えないと思いますが。ただ、偶然というか幸運というか、とりあえず知識の量だけは自信がありますから」
MCM戦術に求められるもの。
まず、相手の魔法を『理解』できるだけの知識量。
相手の魔法を『理解』した上で、効果的な妨害手段を選択し、必要に応じて妨害プログラムを調整する技能。
相手の魔法を探るための探査魔法。
相手の術式に妨害プログラムを打ちこむ魔法か、相手の魔法を無効化させる魔法。
この4つだ。
ファーンは魔導師ランクAA。魔力量は平均よりは多めという程度。なのはのような収束の才も持ち合わせておらず、砲撃はできても得意ではないし、なのはのように連発はできない。誰でも使えるような魔法を組み合わせ、その威力や効果を最大限にまで引き上げ、魔法が持つ特性を巧みに活かして戦う魔導師だ。
このMCM戦術においてジャミングなどは基本的なものであり、ユーノと言わず、この場の誰でも使える。ただファーンが極めたMCM戦術の極みである『カウンター戦法』は、ジャミング程度の児戯などではない。的確に相手の魔法を打ち消し、時に暴走させて自滅を誘ったり、索敵効果を弄って誤情報を与えたり。にもかかわらず、使う魔法はまったく高度なものではないのだ。ファーンがこの戦法を使うために必要としたのは、探査魔法と、ある1つの捕縛魔法。
『ストラグルバインド』。
「あまり使い道のない魔法……クロノはそう言ってました。僕も、正直、捕縛魔法としてはあまり使えないかなと思ってました」
射程・発動速度・拘束力など、捕縛魔法としての性能は、お世辞にも高いとは言えない。捕縛魔法の基本である『リングバインド』レベルと言ってもいい。単に捕まえるだけなら『チェーンバインド』や『レストリクトロック』の方が使い勝手がいい。
ただ、『ストラグルバインド』には、他のバインド系捕縛魔法にはない『特性』が存在する。
「捕縛対象にかけられた魔法を打ち消すのでしたね」
「その通りです。そこにリソースを割り振っているために、捕縛魔法本来の性能が犠牲になっている形ですね」
ブースト魔法や変身魔法、幻術魔法。対象にかけられた魔法を無効化する、『バリアブレイク』や『バインドブレイク』のようなブレイク効果があるのだ。特に、魔力で構成された存在――シグナムやヴィータたち守護騎士も該当する――にとっては攻撃にもなり、彼らにとっては天敵とも言うべき効果であろう。
コラード三佐はこの点に着目した。プログラムを徹底的に弄り、捕縛魔法でありながら捕縛魔法としての拘束力を無にし、ほとんどのリソースを『魔法を無効化する』効果に割り振ったのだ。
より精確に言えば、『魔法を無効化するプログラムを相手の魔法に打ち込む』機能に。
「『ストラグルバインド』に使われている、相手の魔法を打ち消すために、相手の魔法のプログラムに妨害プログラムを打ち込むための術式。実は『バインドブレイク』と同じなんです」
「そうなのですか?」
「相手の術式に妨害プログラムを送り込んで拘束力を緩め、弱まったところで魔力を放出することでバインドを破壊する。それが『バインドブレイク』の基本的な流れです。それと同じなんですよ」
探査魔法で相手の術式や魔力の流れなどを把握し、これを妨害するためのプログラムを『ストラグルバインド』の『魔法を無効化するプログラムを相手の魔法に打ち込む』機能に組み込む。そして転移魔法で相手を翻弄しつつ、隙を見て相手に『ストラグルバインド』をかけ、相手の魔法を打ち消す。
それが、ファーンが得意とした『カウンター戦法』。
クロノをして『反則級』と言わしめるユーノの索敵魔法。『プロテクション』と『ラウンドシールド』が、対物理防御か対魔法防御の違い以外ほぼ同じ術式で構成されているように、索敵は検索や探査の魔法と共通点が多い。どれか1つに強くなれれば、後は応用するだけですべてに適応できる。要は何を調べるか、何を探し出すのか、その差だけだ。本を探すのか、敵を探すのか。いくつ探すのか、どのような形状のものを探すのか。探し出すものの指定を変えてやればいいだけ。その程度の術式調整はクロノもユーノもお手の物。『ストラグルバインド』だって使えるし、術式調整も問題ない。プログラムを編むことだってできる。
『カウンター戦法』を使えるだけの条件は揃っている。
ただ1つ。
魔力分断を『理解』するだけの知識がないことを除いて。
「……知識量なら、ちょっとくらい自信があったんですけど」
大学だって出ているのだ。専門は考古学や民俗学だったが、フェイトが執務官試験のために頼ってくれる程度には法学や経済学、魔法学だって勉強してきた。その土台があるから、高等技法の使用や魔法の『理解』もできる。
ユーノにだってプライドがある。それを真っ向から否定されたような気分だった。
「これ以上は危険です。貴方の堅い防御陣さえ貫くような攻撃です。今はほぼ無視されていますが、これ以上手を出したら狙われかねませんよ」
「大丈夫ですよ」
「え?」
「あのレーザーのような攻撃。少なくともさらに倍の防御陣で護り抜けばかなり威力は減衰できます。あれでは、僕を殺しきることはできない。僕を本気で殺したいなら、下りて直接あの斧で叩き殺すしかないんです。でも下りてきたら恭也さんがいる。そして恭也さんなら絶対に護ってくれます。ほら、何も問題ありません」
ドゥビルが狙ってきたとき。恭也が横合いから戦斧を弾いて助けてくれた。
あのとき、ユーノも恐怖はあったけれど、防御も回避も何も考えていなかった。どうせ防げないし躱せない。ならば背中を護ってくれる恭也を信じ、ただクロノを治療するのみ。実際に、恭也は護ってくれた。だからこうして生きている。
「それに」
ユーノは振り向いてクロノを見る。
怒りに飲まれるな、むしろ飲み込めと。そう言われたけれど。
ああ、でも。やっぱり自分はまだまだだ。とても恭也のように自分の感情をコントロールしきれない。
「……この馬鹿をこんな目に遭わせてくれたんです。せめて一矢報いなきゃ、悔しいじゃないですか」
クロノをやったのはドゥビルだということはS2Uの交戦データからわかっている。そしてドゥビルは恭也の力量を探る意味もあったのだろうが、再びクロノを狙った。一度ならず、二度までも。恭也もそれに怒り、ドゥビルを自らの敵と定めて。ならば同じ怒りをユーノが持っても、何らおかしいことはない。
自分に攻撃が当たったのに、それでも冷静に状況を分析し、相手の魔法の秘密を探ろうとしている。混乱しそうなものなのに、頭は冷め切っている。
その理由が、ようやくユーノにも分かった。
悪友が、こんな目に遭わされた。その怒りに、最初は飲み込まれてただ暴れようとした。けれど恭也の言葉を受けて、その怒りを飲み込んでとにかく冷静にあろうとして。その力のおかげかもしれない。怒りのエネルギーが、ユーノの混乱する心を強く抑え込んでくれている。
(恭也さん)
攻撃を躱し続けている背中へ、念話で話しかける。
(魔法のことはよくわからないが……一矢報いたいという気持ちは同感だ)
(……わがままを言ってすいません)
(構わんさ。お前に覚悟があるのなら、その策、乗ってやる)
(ありがとうございます……!)
ドゥビルに向き直る。ユーノが睨み上げても何ら動きを見せない。こちらが向ける敵意を悟れないほど鈍感というわけでもないだろう。ただ余裕があるだけだ。空にいる限り、恭也にもユーノにも何もできないと高を括っている。
その余裕、なくしてやるまで。
ジェイルは空間モニターを宙にいくつも投影させ、これまでの攻防で得たデータをすべて表示させていた。途方もない数の情報が羅列されているが、ジェイルは目をせわしなく動かしてすべての情報に目を通している。そしてその目はとても輝いていた。未知の情報に遭遇して、『
「……ふうむ、この定義は私も見たことがない。古代ベルカ文字だろうが、どのあたりの地方言語かな? ルーメン? バルトライヒ? それともスーデントール?……いやいや、違うねえ。これはおそらく、〝ベルニッツの法則〟に使われている文字。ということは、これはディンズマルク文明の文字か。古代ベルカでもかなり初期の文明だね。その時代の定義ということかな?」
目の前の戦闘よりも、リアルタイムで送られるデータの方にこそジェイルの意識は向けられていた。戦闘において無力なユーノがデータを集めようとしていることは探査結界からも明らかだ。ジェイルにとってもデータを集めようとするユーノの行動は渡りに船。できる限りのデータを集めてくれたまえよと、ユーノの行動を歓迎していた。
そんなジェイルの頭の中には、以前ユーノが作成した資料も情報も思い起こされていた。遭遇した局員たちは皆殺しにされてしまっていたため、ロクな情報がない。死体や魔力素の状態など、残されていた僅かな情報から少しでも『フッケバイン』の情報を拾い上げるため、地上本部の技術部が資料請求をしてきたことに対するユーノの回答。情報が足りな過ぎてどんな資料を探せばいいのかも判然としない中、ユーノの推測もかなり混じっていたが、医療の観点からだけではなく、生物兵器や魔法の産物ではないかという点からも調べ上げ、最終的に技術部のみならず、医療部にも報告書を上げていた。その内容をジェイルは全て確認し、頭に叩き込んでいた。
「この定義は……魔力素を結合させる基礎部分の術式か。分断させるのが目的なのに結合させる術式が使われている? それにこっちの術式は……魔力素を収束させる術式? これはこれは、なかなかに興味深い。分断という効果とはまるで逆の術式が含まれているじゃないか。なのに実際に魔法は分断されている。ふ~~~~む。未知の部分にこそ分断の秘密があるのか? この『無限の欲望』の私に対する挑戦かね? ふふふふふ、いいね。実に面白い……!」
定義や数式を拡大しながら確認する。だがどうしてそんな繋げ方をしているのか、いつできた理論なのか、どう見ても不要にしか思えない公式が配置されているのはなぜなのか。さっぱりわからない。わからないからこそ、知りたい。知り尽くしたい。この欲は抑えられない。
「元が魔力でも魔力変換で氷水や雷撃といった物理エネルギーに変換すれば通用するのはファーン・コラードが実証済み。ユーノ・スクライアのブーストを吹き飛ばせてもあの男の小太刀はまったく止められなかったから、どちらかというと対物理の『プロテクション』より対魔法の『ラウンドシールド』寄りかね?」
武器に纏わせることができるからブースト系の可能性もある。もしくはエリア系の防御魔法とブースト魔法の複合。いや、あの装甲がバリアジャケットのようなものだとしたら、フィールド系の防御魔法の可能性も。
そもそもにして、魔力そのものを分断するのに、なぜ本人たちは飛べるのか? 魔法が使えるのはなぜだ? 魔力か何かで認証してるのか?
「ディバイダーの持ち主以外の魔力を分断する……すると『リアクト』というのは認証行為? 認証しないと魔力分断は使えないということなら、魔力分断の制御は使い手ではなくディバイダー本体。そうなるとディバイダーこそが敵の本体で、ドライバーは単なる魔力タンク? いやいや、さすがに飛躍しすぎか」
飛躍し過ぎだと思う半面、それなら納得がいくこともある。
エクリプスドライバーたちの殺戮衝動。殺さずにはいられないのは、ディバイダーが本体で、ドライバーが単なる操り人形に過ぎないのであれば、ディバイダーがドライバーに殺しをさせていると解釈できる。ウイルスはディバイダーがドライバーを操るための媒介という考え方だ。ユーノが以前に作成した資料も、その可能性について論じていた。
けれど。やはり違う。
ジェイルはヴェロッサと戦うヴェイロンを一瞥する。
「ディバイダーこそが本体なら、さっさとアレを操って魔力分断をやればいい。それをしていないし、アレは自ら世界を憎んでいる。ディバイダーが命じるまでもない。殺戮衝動は元々本人たちが持っていたもの。ウイルスはせいぜいそれを増幅させているというところかね」
ヴェイロンが魔力分断を使わない理由が成り立たない。ヴェイロンにはまだ何かが足りない。だからディバイダーが起動しない。それでもヴェイロンは殺人に対して、世界を壊すことに対して、一切の躊躇を見せない。彼らの非道は、彼ら自身が意図してやっているもの。操られているわけではない。
『ドクター』
「何かね、トーレ? 今は邪魔をしないでほしいんだが」
大事な娘たちだが、研究の邪魔をされたくはない。ジェイルは眉を寄せながらトーレへと視線を向けた。
『申し訳ありません。しかし、これ以上ここに留まることは危険と判断しております。我々の存在はすでに知られているのです。撤退の許可を』
「ふむ……」
「ドクター。ドゥーエからも報告が。3提督が救出部隊を派遣したようです。『暁の鷹』が察知したか、そちらへの対処も兼ねているようですが。それと、真偽のほどは不明ながら、聖王教会からも教会騎士団第3部隊が動いたとの情報を入手いたしました。さすがに潮時かと」
ジェイルが最も信頼を置いているウーノも進言したとあって、ジェイルも無視はできない。
ここでのことは潜入中のドゥーエが伝えてきてくれたから知れたことで、最高評議会としてはジェイルを動かさないつもりだったらしい。動かせば時空管理局とジェイルの関係に対する1つの証拠になってしまうからだ。ドゥーエが知らせてくれなければ、ここでのこと自体、ジェイルは知らずにいただろう。
だからジェイルは最高評議会に救出部隊の引き返しを請うことができない。ここにいることが最高評議会に知られるのは時間の問題だが、最高評議会にはどのみち救出部隊を止めることはできまい。ここまで3提督を妨害しただけで精一杯だ。残念だが、ここで引き上げさせなければ大事なトーレとチンクを失ってしまいかねない。
とは言え、貴重な『猛毒』たちのデータが得られる機会だ。ましてユーノは、何かをしようとしている。せめてそれだけでも確認したい。ジェイルはユーノをそれだけ高く買っているのだ。
しかし。
それが戦場に身を置く者としては致命的な気の緩みになることを、研究者でしかないジェイルはわかっていなかった。
『――がっ!?』
その声に、ジェイルは高速で動く思考の渦の中から意識を戻した。
『な……チンク! 貴様……!』
空間モニターに映るトーレ視点の映像。彼女の目が捉えているもの。
チンクの腹から、刀身が覗いていた。彼女の腹を、貫通して。
『そう言わずにごゆっくり、と言ってあげたいところだけど。そういうわけにもいかないのよね、これが』
刀身が一気に引き抜かれる。その衝動でチンクの身体はくの字に折れ、ふらふらと踏鞴を踏んで。倒れ込む前に、その体は後ろから伸びてきた細い腕に首を掴まれて支えられたけれど。
トーレの視点が捉えた、1人の人物。刀を右手に、そして左手に魔導書のようなものを携えている1人の女性。エクリプスドライバー特有の紋様が首に、腕に、腹に、そしてスリットの深いスカートから除く脚部にも表れている。
「……どちら様かね?」
自身の生み出した戦闘機人。戦闘機械などとは違い、ジェイルが『作品』として認める大事な存在。にもかかわらず、回避もさせずに後ろから串刺しにして、なおかつチンクを人質にしてしまった人物に、ジェイルは目を細めて問いかけた。
問いかえられた本人は刀に付いた血やオイルなどを、刀を振って払いつつ、片目を閉じてウインク。トーレが身体を低くして身構えたか、視点がやや落ちるものの、彼女の方に構えを取る様子はない。
『人に名前を聞くときは、それも女性に名前を聞くのなら尚更、まずは自分から名乗るべきよ』
「これは失礼したね。不意を突いたとは言え、私の娘を串刺しにして人質にしたのだ。称賛の意を示す意味でも、確かに私が無粋だった」
『自分の娘という割に落ち着いたものだけど。もうちょっと焦ってもらわないと、人質を取った意味がないじゃない』
まあいいけど、と彼女はチンクを抱え直し、口から一筋の血を流しながらも抵抗の意思を見せるチンクに対し、首の骨をへし折るかのような力を腕に込め始めた。チンクも戦闘機人だ。見た目がどんなに小柄で細身でも、宿るパワーはただの人間のものとは段違い。なのに、振り解くことはできない。エクリプスドライバーの腕力もまた、常人のそれではないことの何よりの証明か。
「察するに、わざわざ人質を取るということは、何か取引をしたいということかね?」
『正解。戦闘機人と言っても見ていた感じじゃ使うものは魔法みたいだし、気配を消していたとは言え、私に気づかないくらいに私たちの情報を得ることに集中していたってことは、私たちの魔力分断の力を知りたかったんでしょ? それはちょっと困るのよね』
戦闘機人2体を相手に不意打ちを仕掛けても1体を倒すのが限度。そうなればもう1体とは戦闘になる。完全に壊してしまうと取引などは到底できないだろう。だから人質を取ったわけだ。
「取引を持ちかけるのであれば、せめて自分の素性くらい明かしたまえ」
『あら、そうくるの? 抜け目ないのね』
自分の娘と捉えるチンクを人質にされて、ジェイルにそれでも紳士として振る舞う気はなかった。それに自己紹介と言っても、ジェイルは次元世界中に名前も顔も知れている。自己紹介など、そもそもにして必要がない。こちらは知られていて、素性がわからないのはむしろ向こう。さらに取引を持ちかけるのであれば、自分からそれを明かして然るべきだと、実に合理的で論理的な回答がジェイルには出来上がっていた。
彼女もそれ以上吹っかけるような真似はしない。肩を竦め、刀を地面に突き立てて。トーレから注意は逸らさず、チンクを抱える腕にはもう少し力を入れれば折れるくらいの力を込めたまま。
『初めまして、広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。私は『フッケバイン一家』の首領、カレン・フッケバイン。世界を手玉に取る悪名高い貴方に会えて嬉しいわ』
「初めまして、カレン・フッケバイン。私が『無限の欲望』ジェイル・スカリエッティだ。こちらこそ、『世界を殺す猛毒』の首領に会えるとは、今日はとても良き日だよ』
後に次元世界中を揺るがす存在同士が、互いに笑顔を浮かべ合った。