『
ファーン・コラードが体系づけて確立した妨害戦術である。
とりあえず不快な魔力波動を流して相手の術式構築の集中力を乱す程度の初歩的なジャミングから、相手の術式に対して妨害プログラムを打ち込む高難易度のダイレクトアタックまで、複数の戦法が確立している。
『カウンター戦法』は、この『MCM戦術』における極みである。相手の術式を探知して解析できるレベルの探査魔法の腕と、その魔法を『理解』できるだけの豊富な知識を持ち、これに対抗するための妨害プログラムを編み、『ストラグルバインド』の『相手の魔法を打ち消す』機能に組み込むことで、相手の魔法を発動前もしくは発動中に弱体化や遅延化、可能ならば無効化する。
ただ、ファーンでさえ、この戦術は常に使えるものではなかった。膨大な知識が必要になることや、即座にプログラミングできるだけの調整・編集能力など、条件が多すぎる。そのため、中程度の難易度に該当するMCM戦術と併用することが多かった。
その方法とは、術式に対するカウンターとは別に、魔法そのものに対してカウンターを仕掛けるものである。
例を示すのならば、火炎の砲撃魔法があるとして、その術式に干渉して弱体化・無効化するのが最高難易度の『カウンター戦術』であり、火炎と真逆の性質を持つ氷水の砲撃で対抗するのが中難易度の手法だ。
(魔力分断の解析には失敗。僕の知識も不足している。『カウンター戦術』は……悔しいけど僕にはまだ使えない。けど、空間に関する定義や術式が使われているのはわかった。だったら、結界魔法と同じだ)
結界魔法。
一定の範囲内を切り取るなど、空間に対して何らかの効果を及ぼす類の魔法。
魔法によって内部と外部に分けられ、内外を隔絶させるのが『スフィアプロテクション』などの防御魔法で、人払いの効果がある封時結界もこれに当たる。
そしてもう1つは、結界内部に対して何らかの効果を与えるもの。これには結界内部の情報を探る探査魔法などが該当する。他にも結界内部の特定のものに対してブースト効果を与える魔法や、内部のものを閉じ込める封鎖結界もこちらに類別される。
両方に該当する結界魔法もあり、防御と治癒の効果を持つ『ラウンドガーダー・エクステンド』がいい例だ。
(『空間』に関する法則や定義が必ず使用されているはず。だったら……空間そのものを、歪めてしまえばいいんだ。そうすれば、座標軸がぶれて結界には綻びが生じる)
空間に対して作用する結界魔法は、総じて扱いが困難になる。
言ってしまえば、結界魔法とは、1つの小さな世界を構築することに他ならないからだ。その空間を、術者の思う効果を持つ世界へと作り変える。結界規模が大きくなればなるほど、術者は遠距離に放った自らの魔力を制御せねばならないため、自ずと【
まして。空間を歪めるなどという危険な行為は、ただでさえ困難な空間制御をより複雑なものとしてしまう。
(知識はある。順序もわかる。たった一度だけど、この目で見てもいる。この儀式魔法ならいける)
儀式魔法。
魔法はすべからく起動から発動までの段階を踏むものである。その一連の流れを儀式と称してもいいだろう。だが一般に儀式魔法と言えば、およそ1人で制御するような魔法ではない、大規模なものを指すことが多い。
(大丈夫。フェイトだって使ってた。1人でも使えないわけじゃない)
P・T事件で海中のジュエルシードを故意に発動させるべく、フェイトが放った一撃。あれも儀式魔法だ。無茶な手法であることは間違いないが、制御しきったフェイトとバルディッシュは、まさに一級の魔導師であることの証明と言えるだろう。魔力変換資質で雷と相性が良かったこともあろうが、それでもだ。
(デバイスは持ってないけど、僕も結界魔導師。結界に対しての相性は悪くない)
儀式魔法と結界魔法。その両方に該当する魔法ももちろん存在する。
その中でも、Sランクという高ランクに位置付けられる魔法がある。結界内部に特殊な歪みを生じさせることで、内部にあるものを捻じ曲げ、抑え込むというものである。
時空管理局でもこの魔法は艦船の防御に使われており、艦船の動力である駆動炉から得た魔力と、高度に制御されたシステムによって維持されている。空間を歪ませることで、敵の攻撃を捻じ曲げようというのである。この防御兵装があるため、時空管理局が採用する艦船の装甲は薄い。質量兵器であろうと魔法だろうと防げるからだ。
ゆえにこの魔法は、AMFやエクリプスウイルスの魔力分断に対しても有効ではないかと言われている。
ただし、この魔法は儀式魔法であり、ただでさえ空間を制御するのは難しいというのに、空間を故意に捻じ曲げて歪ませるというもののため、結界魔導師でさえも扱える者は限られている。
直近で個人がこれを使ったのは、2年以上前のP・T事件で次元震を抑えるために発動したリンディ・ハラオウン。だがリンディでさえ、アースラの駆動炉から得た魔力と、アースラの人員によるフルサポートがあってこそできたものである。リンディが担ったのは、あくまでアースラの魔力とアースラ人員のフルサポートを背景に、自らが発動と維持の媒介になること。つまり、あくまで魔力を上手く制御していただけで、空間の制御はエイミィたちクルーとアースラのシステムなのだ。一言で言えば、術者がリンディ、デバイスがアースラだ。
Sランクというランク付けは、それほどのもの。だから単体の戦闘でAMFやエクリプスウイルスの魔力分断に対して使用するのは難しく、非効率的としてあまり見向きされていない。
当然だが、なのはを撃墜した要因ともなったAMFや、問題となっているエクリプスウイルスの魔力分断に対して資料を作成したことがあるユーノは、結界魔導師ということもあって、このことを知っていた。
だから。
印を組み、詠唱を唱える。詠唱文句は何十節にも亘り、用いられる定義や公式、理論や法則も多岐に亘る。文字1つ間違えたくらいでは問題がない初歩の魔法とはまるで違い、1つの間違いが結界の外の空間までも侵食し、捻じ曲げてしまいかねないだけに、ユーノであっても起動から発動までの省略はできない。
「くっ……!」
それほど広域を覆う必要はない。かつて一度見た、次元震を抑え込む規模での行使ではない。それでも多くの魔力が取られ、ユーノはふらつきそうな足をしっかりと地に固定するように踏ん張った。だが、足に意識をやったためか、公式の1つが法則の中で上手く繋がらないエラーが生じてしまう。そのため、ユーノは詠唱を続けながらもそちらに意識を振り向けた。公式と法則を繋げるための定義の入れ忘れを修正。その次は空間の固定だ。結界魔法ゆえ、範囲の指定が求められる。そしてこの座標の登録がまたややこしい。細かく設定しないと、内部で発生させる歪みが結界の外にまで及んでしまう。
「何をしても無駄だと気づかないのか?」
ドゥビルが張り巡らされた結界に目をやり、ただの結界でないことに気づいたのか、再び意識をユーノに向けた。多少恭也から注意を外したところで、空にいる以上、自身を傷つけることはできない。
だがユーノにはドゥビルに注意を払っている余裕はない。目を閉じ、印を組み、詠唱を唱え、術式を構築していくので精一杯だ。
それを見越したか、ドゥビルがユーノに向けて攻撃を仕掛けた。魔力分断の効果がある魔力レーザーだ。
「スクライア司書!」
シャッハはクロノの治療中だ。彼女にも防御に回る余裕はない。したところで魔力分断の効果が宿っている以上、防ぎようがない。乱暴ではあるが、シャッハは咄嗟にユーノを蹴り飛ばそうとした。
が、その前に。ユーノの前に何重もの、それこそ先ほどの倍はあろう『ラウンドシールド』と『プロテクション』の盾が発動した。【ディレイドドライブ】によってユーノがあらかじめ仕掛けておいたものだ。
そのすべてを。無駄だと言わんが如く。レーザーが貫いていき。
ユーノの肩に、命中した。
「うっぐ……! メ、〝メビウスの輪〟固定修正。第二結界式、挿入。ひずみの理論にて指定領域内のベクトルをランダム操作。位相空間の捻じれを調整。指定範囲内に及ぶ空間の歪みは許容範囲内。このまま――あぐっ!」
さらに一発。今度はユーノの右膝に。膝を折り、地面に手を突いて。
「ま、まずい……! 〝メビウスの輪〟が狂った……! 第二結界式、補正。ひずみの理論に〝アンダーセンの定義〟を一時的に適用!」
痛みに目を開けてしまう。目に映る空間の捻じれが途端に揺れ出していた。森がグニャグニャと渦巻き、目を開けていると酩酊感に気持ちが悪くなりそうだ。目を瞑れば攻撃がいつ来るかもわからない。それでも今、制御を手放すわけにはいかない。中途半端に手放すと、歪みはあらゆるものに対して影響を及ぼし始める。これに巻き込まれれば、歪む空間に巻き込まれてユーノも恭也もシャッハもクロノも、誰も彼もが無事ではいられないだろう。
本来、1人で使うものではない。何人かの魔導師で安定させて使うものだ。もしもの場合も誰かがバックアップできるようにして。
そんなことはわかっている。
「1つだけでいい。1つだけ歪ませることができればいいんだ……! たった1つ、それだけを歪ませることができれば……!」
次元震を抑えようというのではない。ドゥビルの使っている魔法、それだけを歪ませる対象として使う。
次々に襲う攻撃に、ユーノの防御陣はあっという間に穴だらけ。膝をついたユーノにも容赦なくドゥビルの光線は襲いかかる。右肩に、腹に、腕に。その都度、精密な制御が必要な術式にエラーが生じる。痛みを堪え、歯を食いしばって。ユーノは必死にエラーに対処し、構築を続けていく。
恭也は相変わらず回避し続けている。ドゥビルは右手で恭也に、左手でユーノに対する攻撃を続けるだけでいい。『神速』を使えばユーノの元に駆け付けられるだろう。だが『神速』は身体にかかる負荷が大きい。鍛えている恭也と言えども、膝に爆弾を抱え続けており、まだ完治しているわけではないのだから、日にそう何度も連発することはできないのだ。
護り抜くと決めたユーノが傷を負っていく。それは恭也にとって歯痒いことこの上ないはずだ。本当ならば無理を押してでもユーノのそばに駆け付けたいところ。そうしないように頼んでいるのはユーノだ。どうしてもドゥビルに一発お返しがしたい。クロノの決死の行動に報いたい。クロノにこんな怪我を負わせたドゥビルに、せめて一撃を与えたい。その我儘に、恭也は付き合ってくれている。
だからこそ。せめてサポートくらいは。これくらいできなければ、自分がここに来た意味など何もないではないか。
もう何発目かわからない攻撃がユーノの左足に当たり、堪らずユーノは前のめりに倒れた。痛い。どれも死ぬようなものではないが、普通に殴られ蹴られを繰り返される程度には痛い。いっそ気絶できたらどれだけマシだろうか。
そんな弱気を、ユーノは拳を握りしめ、頭を振って払い除ける。
――クロノが受けた痛みは、こんなものではない。
思い出せ。クロノがどんな状態だったか。右腕以外の四肢が折れ曲がったような状態で、血だまりに倒れて、頭を踏みつけられながら。それでも治癒魔法を使ってまだ戦おうとしていた。それに比べれば、この程度が何だというのだ。
「……〝メビウスの輪〟の、安定を、確認……!」
震える腕に力を入れて、体を起こす。結界内部の歪みが許容範囲内の間で安定していることを確認する。
が、無慈悲に、術式がエラーを知らせた。
「やっぱり、魔力分断の影響を受けてる……!」
魔力によって起こされた現象も魔力分断の影響を受けるらしい。未知の脅威に対する効果的な定義や法則がわからないため、やや強引にエラーを抑えるしかない。強引な術式はどこかで別のエラーを起こす。それに対処していたらまた次。その繰り返しだ。
「くそっ、あと少しなのに……!」
構築の一歩手前まで来ている。歪みを発生させる根幹となる〝メビウスの輪〟と呼ばれる術式は正常に稼働しているのだ。これを安定して稼働させることがこの魔法の最も難しいところだ。それをクリアしているのに。魔力分断があと少しのところで完成を妨げている。生じるエラーに対処するので一杯一杯になり、そこから先に進めない。エラーを上回る速度で構築が進めば何とかなるのに、速度が並んでいてイタチゴッコになっている。
もうあと少し。あと少し、リソースをこの魔法に回すことができたら。
ドゥビルの攻撃を軽減している『ラウンドシールド』と『プロテクション』の防御陣。さすがにユーノと言えど、20以上の防御陣を維持するのは骨が折れる。【ディレイドドライブ】によって支えている防御陣だが、穴だらけになった以上、さすがに修復せねばならない。一切の減衰なくドゥビルの攻撃を受けたら、痛い程度では済まない。それこそユーノの身体に穴が空くだろう。穴だらけになり、血まみれになって倒れる自分の姿が脳裏に浮かぶ。
だが泣き言は言っていられない。多少痛みは強くなるだろうけれど、防御陣を減らして少しでもリソースを回すしかない。
頬を伝う冷や汗を感じながら、ユーノが覚悟を決めてそうしようとした、まさにそのときだった。
「……ユ……ノ……」
シャッハがかけてくる声は聞こえなかったのに。その声を、聞き流すことはできなかった。
咄嗟にユーノが振り向くと、見返してくる目と、確かに合った。
「クロノ……!」
治療のために仰向けに寝かされていたクロノが、微かながら目を開いてユーノを見ていた。まだどこか焦点が覚束ないが、ユーノの顔をしっかりと捉えている。
「……ぶざま……な……なき……ごと……だ、な……」
「……君って奴は」
ユーノは強張っていた顔を唖然とさせ、そして一気に弛緩させてガクリと項垂れる。ああもう大丈夫だと、嫌でも理解した。開口一番減らず口が叩けるのなら死にはしまい。
あとはとにかくムカつく。クロノの悪態を聞いて妙に安堵している自分がいるからだ。嬉しいとまで思っている自分がいることにユーノは必死に否定する。自分は罵られて喜ぶような趣味は持ち合わせていない。こんな奴でも一応は戦友なのだ。仲間なのだ。だからほっとしただけ。
別に誰が聞いているわけでもないけれど、ユーノは誰にともなく内心で弁明した。
「……また……無茶、を……する……」
「ハラオウン執務官、喋らないでください」
お前に言われたくないよと返すユーノ。クロノはシャッハからの注意に対して、それ以上は喋らなかった。その代わり、右腕を動かして、もうロクに力も入らないだろうに、手首のスナップでソレを投げた。まっすぐ飛ぶほどの力はもうない。小さな放物線を描いて、ユーノの元へソレは飛んでくる。そしてユーノは、震える腕で何とかキャッチ。
「……これ」
1枚のカード。中心に青い宝石――コアがある、黒いカードだ。
「S2U……」
呼んだわけではないが、青い宝石が光った。クロノとずっと共に在った相棒が。
今一度、ユーノが目をクロノに向けると。クロノは右腕をぱたりと落とし、頷く力さえないからか、代わりに1つ瞬き。
――使え。
それでも確かに。ユーノには届いた。
真っ直ぐな視線が、ユーノの目を射抜き、心に届く。
使っていいのか。絶交を叩きつけた相手の大事な相棒を。そんなユーノの躊躇など、意にも介さずに。
「……ありがたく、使わせてもらうよ」
カードに目を落とす。悪友の大事な相棒。デュランダルよりも昔からクロノを支え続けてきたデバイスに、ユーノは静かに話しかける。
「……僕は君のマスターじゃないけど。君の力を、貸してほしい」
君のマスターをあんな目に遭わせた奴に一発お返しするためにも。今この時だけでいいから、助けてほしい。
「S2U」
『Rojer』
するといつも通りの返答があり、カード型の待機状態だったS2Uが、起動状態の杖へと姿を変える。羽の意匠が根元から折れてなくなってはいるものの、本体にはまったく問題ない。
『Yuno Scrya. Starting your master registration』
「あれ? ちょ、ちょっと待って、S2U! 別にマスター登録までは……!」
『――Complete』
デバイスはマスター登録をしておかないといけないわけではないが、しておいた方が自動での防御発動などもしてくれるので普通はしておくものだ。とは言え、別に一時的に使うだけなのでマスター登録までする必要はない。ただ防御を受け持ってくれればそれでいいだけで。
そんなユーノの考えを知ってか知らずか、S2Uはユーノをマスターとして認識してしまう。
間違いなく、S2Uはクロノの相棒だ。この強引さ、ストレージデバイスなのにクロノそっくりだ。
「……ありがとう。今だけだけど、よろしくね」
『Rojer』
ユーノの魔力を使って、S2Uが『ラウンドシールド』と『プロテクション』を修復していく。ユーノ独自の強化プログラムが施されているが、クロノも理論派魔導師として術式を弄っているからか、S2Uも学習能力を以ってユーノの術式を取り込んで対応していく。
早速いい仕事をしてくれるS2Uに、ユーノも少しだけ自分のデバイスを持ってみたいという欲求が出てきてしまうほどだ。
「エラーへの例外処理をプログラミング。空間座標を歪曲させることだけに集中。攻撃に対する歪曲は一切無視でいい。ただあいつの周囲の空間だけを歪曲させて」
構築に専念できる。不本意ではあるが、クロノの意識が戻ったことも、ユーノの弱気を吹き飛ばしてくれた。相棒を託してくれた悪友の信頼、裏切るわけにはいかないのだから。
発動に至るまでの全ての工程をクリア。まだまだ強引なところはあるし、エラーは例外処理で無視させているだけ。理論派としてはとても納得できる出来ではないけれど。今は、最低限でもいい。
ドゥビルを見据える。S2Uを握り締め、悠然と攻撃を続ける敵を。
――この空から、引きずり下ろしてやる。
S2Uを掲げ、肩に当たる攻撃も何のその。ユーノは最後のキーワードを唱える。
「――〝ディストーションシールド〟!」
翡翠の魔法陣が一際大きく輝いた。
「っ、なんだ?」
がくんと。いきなり体が落ちた。
ドゥビルは飛行魔法に意識をやることで何とか安定を保つ。だが今のでぶれた粒子弾は、あさっての方へ。
「空間を……歪めているのか?」
結界を成す翡翠色の魔力。内部の空間が粘土でもこねくり回すように揺れている。
ドゥビルはぶれた飛行魔法に、一抹の不安を抱く。だがすぐにそんな懸念などあるはずがないと切り捨てる。そう、こんなものは無駄な足掻きだ。自分たちの魔力分断には、魔力で起こした現象も通じない。
実際、ドゥビルが放つ粒子弾は、歪みの中を突っ切って防御陣を貫通し、ユーノに当たる。
一歩二歩と後ずさるユーノだったが、痛みに顔を顰めながらも、ドゥビルを睨みつけてくる。その視線が、やけに気になる。先ほどまで何ともなかったのに。クロノのデバイスを手にしているが、それがいったい何だというのか。何を自分はこんなに不安に思っているのか。
「小賢しい真似をするな!」
ドゥビルは歪む空間に対して戦斧を振るう。別に恐慌状態に陥ったわけではない。魔力分断の力が宿る戦斧を振るうことで、歪ませている結界、そこに宿るユーノの魔力を分断しているのだ。戦斧が振るわれると、まるで風が切り裂かれたように、そこだけが歪みから解放される。さらに振るえば次々に歪みの波動は振り払われて。
ユーノがすぐに対応し始めた。再び歪ませようとする翡翠の魔力が漂う。
「虚しいな」
その力を、薙ぎ払う。あまりに薄く、あまりに脆く、あまりに弱い。
魔導殺しの力を前に、魔導は無力。
ユーノが頭を押さえて膝をついた。どんな魔法かは知らないが、空間を歪めるなどという魔法だ。制御も魔力も求められるものは大きいのだろう。あの小さな身、非力な力では、放っておいても自滅する。
だが。一度でも不安を抱かせたことは許し置けない。
不安を抱いたという事実を無くさせるかのように、ドゥビルは立て続けに指先から魔力弾を放った。防御陣を次々に貫通し、あっという間に穴だらけヒビだらけにし、最後の一発はついにすべてを砕いて。
「うあああああああ……!」
頭に、顔に、肩に、胸に、腹に、腕に、手に、腰に、腿に、膝に、足に。
貫けずとも、撃ち叩く。
そして最後の一発が、左胸を、貫通する。
ユーノが空に顔を向け、ドゥビルへと震える腕を伸ばして……後ろへと、倒れていく。
――殺した。
胸がすく。これ以上ない充足感。満たされる欲求。
殺人衝動が大きく引いていく。殺したという事実が、エクリプスウイルスに侵された身にこの上ない心地良さとなって伝わる。
「さて。次だ」
ずいぶんと時間をかけてしまった。そろそろ双剣使いも片づけなければ。厄介な敵だが、空にある以上、優位は揺らがない。
「覚悟しろ、双剣使い」
「何の覚悟だ?」
「間抜け。殺される覚悟に決まっているだろう」
「間抜けはお前の方だろうに」
「なに?」
悠然と。
見下ろしているのはこちらのはずなのに。
悠然と。
見上げてくる双剣使い。
その目に怒りは宿っている。だが護るべき者を殺されていながら、更なる怒りが宿った……ようには見えない。
気に入らない。その悠然さも。そして、この胸に今一度宿る『不安』も。
「見誤るな。あいつらの覚悟を」
「っ!」
指を差す双剣使いに誘導され、ドゥビルは視線を向けた。
ユーノが、倒れている。間違いなく、倒れている。
S2Uを掲げている、ユーノの横で。
「この……!」
倒れているユーノが――消えた。
――幻。幻術魔法。
今日だけで3回目。騙した張本人を、ドゥビルは睨みつけた。
『フェイク・シルエット』。
ユーノに向ける注意が疎かだったドゥビルだからこそ、空間が歪んだ瞬間に発動した『フェイク・シルエット』と『オプティックハイド』で、ユーノ本人の位置を誤認させることができた。
「……せ……わが……や、ける……」
痛む身体。一語一語、口にするたびに喉が痛む。肺が苦しむ。骨が軋む。
それでも、クロノは減らず口を叩く。叩きながら、真ん中から折れ、コアだけは何とか無事ながらも損傷だらけの、自らと同様に満身創痍のデュランダルと共に、悪友をサポートする。
「世話が焼けるのはどっちなのさ? 何度約束破れば気が済むんだか。誰も頼んでないし」
「は、ハラオウン執務官! 無茶です! スクライア司書も止めてください!」
知らないシスターには申し訳ないと思うが、この無茶をする悪友を放っては置けないのだ。それに、このまま寝ているのも癪だ。一撃、お返ししなければ気が済まない。なのはの世界でも言うではないか。
目には目を。歯には歯を。右の頬を叩かれたら左の頬を叩き返せ。
いや、この際、ユーノと共に両の頬を殴ってやろう。そして恭也には正面からグーパンチでトドメを刺してもらおう。
「……さっさ、と……しゅう、ふく……しろ……フェ……レット……もど、き……」
「フェレットもどきって言うな、真っ黒クロスケ」
久しぶりのこのやり取り。不本意なことこの上ないが、どこかで喜んでいる自分がいる。認めたくはないが認めねばならないらしい。
やはり。ユーノ・スクライアは。心から信頼できる、悪友であり、戦友なのだと。
――〝ディストーションシールド〟の維持に専念しろ。防御は引き受けてやる。
――言われなくてもわかってる。任せるよ。
念話など必要ない。自分のやるべきことはわかっているのだから。
今のやり取りだけで充分だ。
だから。
2人は、互いに意識しないうちに。
……いや。
離れた所で動き回る恭也と3人で。
――勝つぞ、ユーノ。勝ちましょう、恭也さん。
――勝つよ、クロノ。勝ってやりましょう、恭也さん。
――ああ、勝とう。勝ちに行くぞ、クロノ、ユーノ。
不敵な笑みを、鬼へと向けた。
がくんと。
また高度が落ちた。
足跡をつけた砂浜が寄せる波に晒されてあっという間に元に戻ってしまうように、歪みの波動が先ほどよりもはるかに早く、より強く、歪みの空間へと戻してしまう。
「そんなはずがない……! 魔導殺しのこの力が……!」
何を不安に思うのか?
言うまでもないことだった。どんなに無視しようとしても、落ちていく高度が無視を許さない。
――魔導殺しが、破られる。
双剣使いの男にやられるのならまだわかる。質量を持った物質は魔導殺しの力と言えども防げはしない。それは百も承知していた。
だが魔導師に、魔導殺しの力を破られた経験はない。
経験がないからこそ。
この魔導殺しに絶対の自信を持っていたからこそ。
初めて。この魔導殺しの力を。揺さぶられていることが。
それも、あんな。
あんな小さな子供に。
――認められるものか。
常に冷静に状況を分析する点では仲間の誰より自信があった。この固い装甲と高速再生による耐久力と防御力、そして『ショートジャンプ』は、自身が誇る力だった。
なのに、執務官に裏をかかれて罠に嵌められ、痛撃を食らい。双剣使いには装甲と高速再生が意味を為さない衝撃を浴びせられ、『ショートジャンプ』にさえも対応されてしまい。トドメにはあんな小さな魔導師に魔導殺しの力を削がれようとしているなどと。
「ふざけるなああああ!」
鬼が、咆哮した。その咆哮で歪みを吹き飛ばそうというかのように。
「この俺が! 魔導殺しが! 『フッケバイン』が! 『世界を殺す猛毒』が! 貴様らなどに破れるはずがない!」
世界を憎み。憎み。憎み抜いて。いつか必ず、この世界を殺すと決めた。なのにこんなところで。こんな連中に。敗北を喫するなどと。どうして認められようか!
「破れるさ!」
「なにぃ……!」
痛みに、怪我に震える身体を必死に立たせて、小さな魔導師が吼えてきた。ピクリと眉を動かし、ドゥビルは身体ごと振り向く。
「実際、この歪んだ空間で『ショートジャンプ』は使えない! 鬼みたいな化け物の姿をしながらチマチマ攻撃することしかできないくせに! 何が『猛毒』だよ! お前なんて、攻撃魔法もロクに使えない僕で充分だ!」
「小僧……!」
「お前の魔力分断よりも、僕の歪曲空間の方がよほど『猛毒』じゃないか! 『毒を以って毒を制す』って言葉、知ってる?」
「……よく言った、小僧!」
魔力分断という『猛毒』を飲み込もうなどと、慢心以外の何でもない。甘く見過ぎだ。
確かに、空間が歪んでいては、真っ直ぐ走ったつもりでも、実際にはどこへ向かうことになるかわからない。『ショートジャンプ』を使っても、捻じ曲げられた空間のせいであらぬ所へ行ってしまいかねない。
だが、それで『ショートジャンプ』を封じたつもりになっているのなら、実に滑稽だ。
『ショートジャンプ』は転移魔法ではなく、あくまで高速で移動しているに過ぎない。そしておそらくだが、魔法を使っていない双剣使いも、同じく高速で移動しているだけだ。
つまり。『ショートジャンプ』を封じたということは。
同じくこの歪曲空間にいる双剣使いもまた、あの動きを取れないということ。
(自ら攻略の糸口を与えてしまうとは。所詮、子供だ)
慢心は足元を掬う。駆けつけたシスターはそう言っていた。
その言葉、そっくりそのまま返そう。
この程度で『猛毒』を制することができるなどと、思い上がりも甚だしい。
「そんなに死に急ぎたければ、今すぐに死ね!」
大きく足を広げ、巨大な戦斧を思い切り後ろに引き。
「ディバイダー695、ランゲ・リアクテッド! 如何なる魔導も、この魔導殺しという名の『猛毒』の前にはひれ伏すのみ!」
その慢心を、この『猛毒』と戦斧によって、叩き潰してくれる。
引ききった戦斧を、ドゥビルは咆哮と共に――投擲!
巨大な戦斧は、歪曲した空間に飲み込まれてあらぬ方へと飛んで……いかない。真っ直ぐ、真っ直ぐに、ユーノへ向かっていく。
魔力を分断して。歪みを切り裂いて。魔力分断が宿っている戦斧は、ドゥビルとユーノの間に、正常な空間の『道』を作る。
「くっ……!」
ユーノがその『道』を塞ぐべく、歪みの波動を操作すれど。
「遅い!」
それよりも早く。ドゥビルは動く。歪みが『道』を塞ぐよりも、はるかにドゥビルの方が早い!
『ショートジャンプ』。
ドゥビル本人にさえ、移動中は周囲の景色が光のように流れていく。あっという間に後ろに。ユーノの表情が変わる一瞬。その一瞬で。
ドゥビルはユーノの真正面に至っていた。
戦斧に追いつき。手に取って。高速で移動してきた勢いを強化された足が完全に受け止めて。ユーノの前で振りかぶり。
突然目の前に迫った
「っ!?」
抱く、はずだった。
死の恐怖か、何が起こったのかもわからない自失か、それとも自分の失態への後悔か、そんな表情を浮かべているはずだった。殺す前に浮かべる、いつもの獲物の表情に、勝利と殺しの充足感に満たされるはずだった。
なのに。
こいつは。
なぜ、しめたとばかりに。
笑っているのか。
「うおおおおおおおおお!」
僅かな。本当に僅かな一瞬のやり取り。それがこんなにも長く感じたことはない。感覚の延長か、時間の遅滞か。理屈などわからない。ただ一瞬のはずなのにその笑みはドゥビルの目に刻み込まれ、愉悦から不安や恐怖の泥沼へと叩き落とされて。
認められるわけがないそれらを振り払うように、ドゥビルは雄叫びを上げてユーノへと戦斧を振り下ろした。逃げられるわけがない速度。子供1人殺すにはあまりに過ぎた、強化された肉体のすべてを込めた一撃。実際、その振り下ろしの一撃は、誰の目にも止まらぬほどの勢いで。
魔力分断の前に、防御は不可能。幾重に防御陣を張ろうと、この一撃は防げない。叩き斬るどころか、完全に圧し潰す。
回避とて、この速度の前にはもはや間に合わない。
そう思っていたからこそ。
その認識があったからこそ。
ユーノの姿を、見失った。
戦斧が地面を叩き割った。文字通り大地を揺らし、大地を割った。木々が何本も倒れ、岩石が舞い、土煙が巻き上がる。
動けなかった。
――ありえない。
臓腑をぶちまけ、血が飛び散って、もはや人の原型も残さない状態になっていたはずだった。
なのに目の前にあるのは、ただ罅割れ、割かれた地面のみ。血の一滴さえも舞ってはいない。
完全な、思考の停止。
「遅すぎるよ」
だから。その声にも。反応が遅れた。
瞳を動かし。次いで顔を動かし。
視界に入った声の主は。いつの間にか。数メートル離れた木に。背中をぶつけて尻餅をついていて。
そしてこの場で浮かべるにはあまりにも。あまりにも不似合いな。年相応の。満面の笑みを浮かべていて。
「……こ……小僧……!」
絞り出した声は、自分でも情けないほど驚愕に揺れていた。
「お前なんかより、もっと鋭く、もっと綺麗に、もっと速く動ける子を、僕は知ってる」
弱いはずの存在に。『猛毒』の前には意味を為さないはずの魔導の使い手に。
「強くて、温かくて、優しい彼女が得意なこの魔法は……僕のためにと教えてくれた、彼女直伝の『ブリッツアクション』は、お前なんかには追いつけない」
手が震えた。顔が強張った。心が……退いた。
「よそみ……を……して、いて……いい……のか……?」
3度に亘って幻で騙してくれた執務官が、唯一動く右腕を上げて、指差してくる。真っ直ぐ自分を――いや、違う。差しているのは、自分ではない。自分を通り越して、その後ろ。
「――馬鹿な……なぜ……!?」
ゾクリとする背中の冷たさに振り向いた瞬間、映ったのは、黒の双剣使い。
「クロノとユーノ。2人の覚悟を侮った時点で、お前の負けは決定事項だ」
双剣使いが、両腕を広げて、懐に迫っていて。その目が、鋭く射抜いてくる。咄嗟に戦斧を地面から抜くが。左右から振り下ろされた刃は、鈍重な戦斧の動きなどよりはるかに速く。
「きょ……う、や……さん……!」「――思いっきり! やっちゃってください!」
クロノとユーノの、絶対の信頼と応援を受け。刃は煌めきを残して、空を奔る。
「小太刀二刀 御神流 奥義之肆――」
両の刃が交わる一点。その一点に、御神流の技術、敵の防御を通り抜けて内部に衝撃を伝える『徹』は籠められていて。
「う……うおおおおおおおおおおおおお!?」
2つの刃で放つ『徹』は、交わった一点で増幅される。
「〝雷徹〟!」
爆発的な衝撃が、斬られたその一点から襲いかかる。強固な装甲も無意味。伝わる衝撃は、身体の中で炸裂する!
「ぐがああああああああああああ!」
皮肉にも装甲に傷はない。それでも、装甲に覆われた重量のある肉体が地面から浮き上がるほどの衝撃をまともに受け、体内を思い切り打ち叩かれ、振り回され。例えエクリプスウイルスが急速に体を修復しようとも、激痛の前に鬼の精神の方が持たず。
「があ……あ……あ…………っ…………」
ドゥビルは、地面に落ちる前に、意識を失った。
「――ありがとう、フェイト」
浮き上がる鬼を目にしながら、ユーノは笑みを浮かべて呟く。
「君が教えてくれた魔法が、僕を、僕たちを、生かしてくれた」
S2Uが、デュランダルが、クロノが、援護をしてくれたおかげで、『ディストーションシールド』を維持しながらも
「君のおかげで、このチャンスを作ることができたよ」
そしてこの魔法を躊躇いなく、喜んで教えてくれたフェイトに、心からの感謝を。
「まあ……相変わらず、上手く止まれないんだけどね」
ぶつけた背中の痛みも、今は気にはならない。これも勝利を実感させてくれるものだと思えば。
見た目にはまったくダメージがないのに、浮き上がり、背中から落ちていく鬼の形相は、苦悶に歪んでいる。他者の苦しんでいる様を見てざまあみろと笑うのはいいことではないけれど。大事な仲間を傷つけた相手なのだから、このくらいは許されて然るべきだ。
背中から鬼が地に落ちた。見た目通りの重量があるのか、ユーノにもその振動が届き、太い幹を持つ木が軽くしなるほどだった。ドゥビルは……ユーノの方に顔を向けていた。ただし、完全に白目を剥いて気絶している。
「……勘違いしてたようだけど、初めから魔力分断の妨害なんて考えてないよ」
歪みの現象さえも無効化してしまうのは驚いたけれど。想定はしていたこと。だからユーノは、魔力分断そのものを無効化することなど、考えていなかった。
「知識がない僕では、魔力分断を妨害することはできないから……だから、僕が歪める対象にしていたのは、お前の
飛行魔法は魔法使いなら使えて当たり前のようなイメージを持たれることがある。しかし実際のところ、誰でも使えるわけではない。飛行魔法の使い手は貴重な存在であるくらいだ。
なぜなら飛行魔法は、結界魔法と同じように、空間制御を行っているからだ。
空間制御の難しさが結界魔法の制御を複雑にしている理由ならば、同じ事が飛行魔法にも言える。
要するに、空間を歪めて乱すことで、飛行魔法の制御は一層困難になるということ。
「魔力分断が歪みという現象をも跳ね除けようと、跳ね除けられるのはお前の魔力分断の膜に接触した部分だけ。結界に覆われた内部空間全体を歪まされれば、空間座標は散り散りに乱されて、お前の飛行魔法は維持できなくなる」
コップを満たす液体をイメージすればいい。その中にできた気泡は、上へ上へと向かっていく。だがこのコップにふたをして、振り回せばどうなるか。裏返されれば気泡は今度はさっきまでコップの底だった方へと向かう。そうして振り回されれば、気泡自体は潰れなくても、液体の中を右往左往させられる。
どんなに自分の周囲だけは正常を保てても、空間という大きな概念の中に存在する以上、周囲の影響は必ず受けてしまう。
それを可能にしてしまうからこそ、『ディストーションシールド』はSランク指定の儀式魔法なのだ。
「お前は魔法をまるで回避しないし、ここぞというときには『ショートジャンプ』を多用する。依存している僕だからこそわかるんだ。お前の戦い方は、魔力分断や『ショートジャンプ』に依存しているってね」
ドゥビルもサイファーも、魔力分断に絶対の自信を持っている。だから魔法を回避しない。攻撃は受けるよりも、躱せるなら躱した方が安全なのだ。だからこそ、ユーノはフェイトに高速魔法を教えてもらった。強固な盾を持っていようと、それを破る手段はあるのだから、自分の防御の堅さに『依存』しないために。
ドゥビルに至っては、クロノに最初に仕掛けたときも、クロノを包囲してからの強襲も、そしてクロノに痛撃を与えたときも。すべて『ショートジャンプ』を使っていた。S2Uに記録されていた交戦データを見ていたらわかることだ。
絶対の自信があるからこそ。それを破られるという危機に直面すれば、高確率で焦る。そして『依存』している者は、危機に陥れば『依存』しているものに縋ろうとする。ましてそこに、絶対の自信を持つ魔力分断の優位性を揺らがす元凶と捉えたユーノが挑発してきたのだ。加えてそこに、この歪んだ空間では恭也も『神速』を使えないと思い込んだこともあるだろう。恭也が間に合わないならば、地上に降りても問題ない。『ショートジャンプ』で一気に距離を詰めて殺す。瞬時に殺し、そしてまた上空に退避すればいい。焦った人間の思考など、怒りのエネルギーを暴走させることなく勝利へのエネルギーに変えている今のユーノには、読み取ることは容易い。
それは恭也とファーンの教えにも通じる。
――怒りに飲まれるのではなく、飲み込め。怒りに振り回されることなく、己の力として使いこなせ。
――心が熱くなるのはいいけれど、頭は冷やしておくこと。心が熱くなればなるほど、頭は冷やしておきなさい。
クロノもユーノも理論派の魔導師。如何なる状況においても冷静さを保てるかが勝敗を決めると言ってもいいのだから。
「お前の粒子攻撃は真っ直ぐに僕に当たった。だから気付くと思っていたよ。魔力分断で歪みを払えば、僕を狙えるって」
何のためにわざわざ回避もしないで攻撃に当たり続けたと思っているのか。それをきちんと、冷静に、考えていれば。思い至ることもできたはずだ。
恭也の『神速』についても同じこと。『ディストーションシールド』で何を捻じ曲げるか。それを決めるのは術者であるユーノだ。恭也の動きに歪みの影響を与えるかどうか、選択権はユーノの手にある。
「恭也さんにも歪みの影響があるなんて、どうして思ったのさ? あるわけないでしょ? 恭也さんは問題なく『神速』を使える」
これだって、ユーノを侮らず、冷静に対応していれば、簡単にわかったはずだ。結界魔法は術者の望む効果を結界内部に与える魔法でもあるのだから。
これこそが、ユーノの覚悟。身を挺してチャンスを作り、攻撃を加えることができる恭也に任せるための覚悟だ。だから恭也は、必死に耐えたのだ。ユーノが傷つけられていても、そのチャンスを待ち続けた。そして見事、恭也はクロノとユーノのサポートを受けながら、2人の期待に背くことなく応えて。
クロノが、震えながらも拳を掲げた。その手にはデュランダル。ユーノも、S2Uを持つ右手を握り締めて前へ。そして恭也も愛刀『八景』を突き出して。
3人で得た、3人の勝利だと、示し合う。
ヴェロッサも、ファーンも、シャッハも。その3人の姿に、思わず笑みを浮かべてしまうほどだった。
けれど。
それが、その場の全員の、若干の気の緩みに繋がってしまったのかもしれない。
次の瞬間、反応できていたのは恭也とファーンだけで。
「勝利に水を差すようで悪いんだけど、動かないでね~」
その恭也も、顔を顰めて動きが鈍ったために。ファーンも、距離がありすぎたがために間に合わず。
クロノとシャッハに刀を突きつけ。
体中に紋様を持つ女性が、不敵な笑みを浮かべていて。
「『フッケバイン』首領、カレン・フッケバイン。ただいま現着」
おどけるようにウインクまでして、しかし一片の隙もなくこの場の全員の注意を自分に向けて。
「サイファー、無事?」
「……殺す」
その隙に、助け出したのだろう。
ファーンが仕掛けた転移魔法にかかり、生き埋めになりそうだったサイファーが、転移魔法でごっそりと切り抜かれた場所から離れた地面に横たわりながら、ファーンを睨みつけていた。
そのそばには……青いスーツに身を包む戦闘機人が。
「トーレ、だっけ? どうもありがとねん」
「……黙れ」
不本意極まりない。そう言いたげに、トーレはカレンへと殺気すら籠った視線を向ける。が、まったく効いていないのか、カレンは「あら、怖い」などと茶化すばかり。そして溜息1つ。カレンはクロノを、ユーノを、恭也を、シャッハを、ファーンを、ヴェロッサを1人1人見回して。
「さて、時間もないことだし。取引しましょう、善良なる管理局の皆々様?」