リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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時空管理局アンチってわけではないんですが、曖昧な部分が多いし、それはどうよってトコが個人的にあります。
拙作では、原作同様になのはたち女性陣が表の脅威と戦っていきますが、男性陣はその裏で、原作では描かれなかった~みたいな感じで次元世界の歪さに立ち向かうのがメインになる……予定です。
なので、今回は2人の視点を通して時空管理局の歪さを描き出すことを目指しました。
かなり重いシリアス回ってことになりますかね。全然リリカルっぽくないな。敢えて言うならロジカルでしょうか。


LOCUS 1

 時空管理局に数多ある職種において、『花形』と称されるものはいくつかある。

 本局武装隊の司令部である武装総隊司令部隷下に位置し、平時の仮想敵役(アグレッサー)を務め、戦時は最精鋭部隊として機能する『戦技教導隊』。

 同じく武装隊に所属し、空戦魔導師やヘリ部隊を始めとした航空戦力の集中運用を図った航空武装隊にて、各世界の首都を始めとする重要地点・拠点の防衛を担う『首都航空隊』。

 過去に伝説の3提督が所属して幾度も次元世界の危機や苦難を振り払った名誉の艦隊であり、常に最新鋭の艦艇を配備される、本局次元航行隊が有する主力艦隊第1方面隊『第2艦隊群』。

 地上本部が有する、陸上警備隊の司令部である総隊司令部直属の『首都防衛隊』。

 本局・地上本部のいずれにも存在する救難隊の中でも、一握りの救難の腕利きのみにて構成され、災害救助から最前線での戦闘救難も行う『特別救助隊』。

 

「…………」

「…………」

 

 また、これら部隊単位とは別に、個人単位で該当する役職が『花形』と称される場合もある。

 その筆頭が、本局法務部に所属する法務官であり、裁判においての検察ないし弁護を務め、捜査を行うのみならず、さらには魔導師として現場に赴き、逮捕権を行使し、必要とあらば他部隊・他部署への指揮命令権も持ち、現場での部隊指揮や直接戦闘など非常に広範かつ多岐に亘る任務を遂行する『執務官』。

 

「…………」

「…………っ」

 

 軍隊・警察・裁判所という、本来ならば分権されるべき機能を兼ね備えている時空管理局であるが、その『本来ならば』という考え方は、第97管理外世界の常識から見ればというものであり、現在の次元世界においてはそれほど問題視されていない。それに一応ではあるが、他所の部署への指揮命令などは厳格に制限されている。

 そんな中で、唯一その全てに関与する権限を有している特別職が、執務官なのである。

 

「…………」

「…………あ~」

 

 ゆえに、執務官の入り口となる執務官試験は時空管理局、いや、次元世界全体で見ても最難関の試験と言えるだろう。法学はもちろんのこと、一般常識から語学・数学・魔導科学・考古学など各学問の高度な知識を筆記試験にて要求され、実技では捜査・裁判・戦闘などの試験が課され、さらに面接試験が行われて心理学者などがプロファイリングまで行い、知識や技量だけではなく、人格に問題がないかも徹底して見られる。

 

「…………」

「……もう……」

 

 そんな花形の執務官。

 しかし。どんな『花形』と呼ばれる仕事でも言えることであるが。

 

「…………」

「……ええ加減にせえっちゅうねええええん!」

 

 

 

 

 

 普段の仕事は、実に地味というのが、お約束なのである。

 地味も地味な執務室での大量の書類処理に、ついに傍らの席の1つに座っていた少女がキレた。

 

 

 

 

 

「…………」

「スルーせんといてくれへん!? そこの執務官殿!」

 

 しかしこの部屋の一番の主は、少女の我慢の限界の悲鳴にも反応しない。ただカリカリと目の前の書類に何やら書き込んでいる。

 彼の机には少女の机にある書類よりも倍はあろう資料や報告書。さらに彼は投影モニターを3つほど立ち上げており、時折書類から目を離し、モニターの情報を参照している。

 仕事量が圧倒的に彼の方が多いのはわかる。忙しさも、かかる重責も。わかるからこそ、我慢して自分もと取り組んでいたが、終わったと思った直後に新たに資料や報告書が届いたり、通信や来客で幾度も作業を中断せねばならなかったりで、ストレスが溜まって仕方がない。

 

「……うるさい」

「…………はい」

 

 そこで無視されるのは結構頭にくるものがある。

 が、それでも。

 目を向けることさえなく、低く重たい声だけで少女を引き下がらせる彼。

 いつもなら溜息の1つも盛大に吐き、もうちょっと軽めに『うるさいぞ、はやて』とツッコむなり、『気持ちはわかるが我慢してくれ』と冷静に諭したりと、絶対に無視はされなかった。

 その時点で気づくべきだったのかもしれない。今の彼は、どうやら機嫌が悪いのだということに。

 スルーしたのは単に新たな対処法できたかと思い、今のストレスが溜まった少女にとっては一番やられて嫌な対応だったのでちょっとムキになって怒鳴ったが、それがまずかったようだ。

 

「はあ……」

 

 はやてと呼ばれた少女――八神はやてがその身を縮こまらせて座ると同時、彼女の今の上司に当たる執務官の彼が、大きなため息をついた。その溜息は、彼女が今まで聞いたことのある呆れのものではなく、本当に重たい、怒気を孕んでいた。

 

(怒ったクロノくんを見るのは初めてやないけど、こんな静かな怒り方は初めてやなあ……怖っ)

 

 目を合わせたくないので、チラチラと視線を送りつつ、はやても書類に向き直る。

 クロノ――時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンは、やや乱暴に頭をかいていた。その顔も眉間や鼻筋あたりが時折ひくついており、どうやら相当お怒りらしい。はやては思った以上に自分がまずいことをしでかしたことに、今更ながら気付いた。

 

(うあ~、こんなときにフェイトちゃんはおらんし……こういうときに限って誰も来んし通信もないし)

 

 クロノには執務官補佐としてエイミィがいたが、エイミィは次元航行隊で管制司令としての腕を認められ、闇の書事件から1年ほどが経過した時期に昇進した。おかげで忙しくなり、クロノの補佐まで最近手が回らなくなっている。

 折しもアースラ艦長であったリンディは、ジュエルシードを巡るP・T事件、続く闇の書事件と、大きな事件の続けざまの解決から、功績を重ねた形となり、更なる昇格が決まった。ただリンディはその昇格を断っている。フェイトという義娘もできたことで、長期任務ともなれば家を空けることも多くなる次元航行隊から後方に下がることとなり、次元航行隊に惜しまれながら現場から引退し、本局総務部へと移った。とは言え、有能な人材を遊ばせておくわけもなく、リンディは総務統括次官として事務方の上層部入りをしている。長期任務こそなくなったものの、忙しいことには変わりがない。

 クロノは執務官見習いとしてフェイトを受け入れている。執務官試験を目指すフェイトは、受験資格を得るために、執務官の下で研修を受けなければならないのだ。そのため、この部屋には上座の位置にクロノ、左右にはやてとフェイト、そしてクロノの横にエイミィの席がある。

 しかしエイミィは忙しくて朝方に顔を出して本日のクロノの仕事をまとめるだけまとめてすぐにアースラへ戻ってしまったために不在で、フェイトも定時を迎えると申し訳なさそうにしながら退席していた。執務官試験もどんどん迫ってきている。追い込みのための勉強があるし、重そうな荷物を持っていたから、海鳴の自宅ではなく無限書庫へ行ったのだろう。

 そんなわけで援護射撃は得られず、謝らなければと思うも、何だか声をかけたらそれだけで怒りを助長しそうで。はやてはどうすればいいかわからずに、ただただ縮こまるだけだった。

 

「……いや、すまなかった、はやて」

「へ?」

 

 すると、眉間に手をやって軽く揉んでいたクロノの方から謝罪が来た。はやては咄嗟のことに間の抜けた声を出してしまう。

 

「みっともない八つ当たりだよ。だから君が負い目に思う必要はないんだ」

「あ~、そうなんや。まあけど、私も確かにふざけが過ぎたし。あいこやね」

 

 これ幸いとはやては両手を数度叩きながら謝罪合戦にはならないようにさっさと終わらせる。

 

「せやけど、クロノくんが周囲に当たるほどっちゅうのも珍しいなあ。どないしたん? よければ教えてほしいわあ」

 

 はやては贖罪の意味もあって時空管理局に入局している。なのはやフェイトとは違って士官候補生とはならず、特別捜査官として別のキャリアを積むコースを選んだ。同じ砲撃型とは言え、なのはと違って単独で戦えるタイプではなく、基本的に誰かと共に戦い、護ってもらいながら大技を放つのがはやての戦闘スタイル。なので戦闘をメインとする武装隊ではなく、あくまで戦闘もできる程度の魔導師でいようと決めたのだ。

 ヴォルケンリッターもそれぞれの職場を得ており、時空管理局としてもはやてとヴォルケンリッターが一ヵ所に集中しているのは避けたいらしく、シグナムは首都航空隊、ヴィータは航空武装隊の一隊、シャマルは医務官、ザフィーラは護衛官として離されていた。

 

「なに、ちょっと目論見が外れてね。思い通りにいかないものだから当たってしまったというだけさ」

「あらま。この世はこんなはずじゃないことばっかりっていう名言の生みの親であるクロノくんがか?」

「……いや待て。名言なんてほどのものじゃないだろう? と言うか、なぜ君が知っている?」

「ユーノくんから聞いた」

「口の軽いフェレットもどきが……!」

「あ~まあまあ、抑えて抑えて」

 

 クロノとユーノの仲の良さ――本人たち曰く、悪い――は仲間なら誰もが知っていること。嫌味で始まり、遠回しな罵詈雑言が怖い笑顔から発せられて飛び交いまくり、本題が終わると最後の嫌味と共に別れる。

 それに、はやてたちの前では総じて真面目で冷静なクロノが、唯一感情を見せるのがユーノだ。ユーノもまた然り。素直になれない同士、いい男友達だとはやてたちは思っている。

 が、クロノの覇気が再び萎えていく。気軽な会話で少しは気が紛れたかと思いきや、またクロノの顔に苦いものが混じり始めたのだ。どうやらユーノ関係らしい、とはやてはようやく最近、少しは身についてきたかなと自覚できるようにまでなってきた、捜査官として必要な『勘』でアタリをつける。

 そしてそれは、見事に的中。

 

「……無限書庫への当たりがまた強まっていてね」

「え、何でや? 最近、ようやく認められてきたて、この前言うてたばっかやん」

「ああ、そうなんだが……時期尚早だったかもな。急ぎ過ぎた」

 

 はやてから見た以上に、クロノも疲労が溜まっていたのだろう。はやてとの会話にも面倒くさそうな、脱力した感じがある。それはそれで失礼な態度なのだが、クロノがそのくらい落ち込んでいるというのがわかるだけに、はやても今度はさすがに気分を害するようなことはない。

 無限書庫の立て直しは、闇の書事件以降、クロノとユーノが率先して取り組んできた課題だ。

 ジュエルシード、続く闇の書で、ロストロギアに対する危険意識は次元世界全体に広がった。そこに加えて、ほぼ同時期に起こったとある重大事件が拍車をかける。

 

「例の、聖遺物盗難事件が絡んでるん?」

「無関係、とは言えないだろうね。まあ、可能性がないことを証明することは、あることを証明するより難しいからな。何と言ったか……?」

「悪魔の証明?」

「ああ、それだ」

 

 先ほどまで張り詰めていた緊張がこの会話で解けてしまったからか、クロノは唐突に眠気に襲われたように両目をこすった。そしてコーヒーカップを持って立ち上がり、メーカーの下へ。もう5杯以上飲んでいるはずだ。「あまり飲みすぎると体に悪いで」と声をかけるが、「少しくらいなら大丈夫だ」という回答が返ってくるだけだった。

 

「聖王教会も血眼になって探してるって言うやん。教会騎士団まで動いてるんやろ?」

「管理局にまで協力要請をしてくるくらいだからね。相当切羽詰ってるんだろ」

 

 時空管理局と聖王教会の関係は悪くない。むしろ良好な関係を築いていると言えるだろう。地上本部も険悪とまでは行かないまでも、不仲程度で済んでいる。今はまだ。最近、首都防衛隊の次官に就任した例の武闘派少将が聖王教会に対する当たりが強いのが懸念材料なのだ。

 それはさて置いて。

 

「聖王の聖遺物……聖骸布だったか。そこに付着していると思われる聖王の遺伝子情報なんて悪用されれば、どうなるかわかったもんじゃない」

「遺伝子情報がキーになってるロストロギアとか、普通にありそうやしな」

「ああ……フェイトの前じゃ言えないが、もしそれがプロジェクトFのような人造魔導師や戦闘機人研究なんかと結びついたら、ロクでもないことになる」

 

 この次元世界では、クローン技術ははるか昔に確立している。厳しく規制されているものの、どこにでも悪いことを考える輩はいるもので。

 古代ベルカの聖王の遺体を包んでいた聖骸布。そこに付着している遺伝子情報で聖王のコピーを作り出しました、なんてことになったら、公式には未発見の古代ベルカのロストロギアが悪用されるかもしれない。ロストロギアの起動条件は様々であり、生体認証は有力な条件の1つ。

 こんな事件を起こしたのが、その古代ベルカの遺産を管理し、聖王を崇める聖王教の総本山、聖王教会の司祭だと言うのだからタチが悪い。聖王への信仰自体に陰りはないが、聖王教会に対する信用は完全に失墜した。信用回復、そのための聖骸布探しは、現在の聖王教会の最優先事項。

 良好とは言え、ある程度の距離を置いて互いを牽制もしている時空管理局に対しても協力要請を行うのだから、その焦り具合は容易に見て取れる。

 

「まあ、おかげでこっちに対する干渉はちょっとマシになったっぽいねんけど」

「そうか。それは何よりだ。さすがに僕1人では防ぎきれないからな……」

「ありがとな、クロノくん」

「気にするな」

 

 はやてに対する聖王教会の干渉は当然に予想されていた。何しろ夜天の魔導書は本来ベルカの遺産なのだから。

 聖王教会との関係もあるので露骨な妨害はできないが、やんわりと聖王教会に対する牽制は入れていた。はやてをクロノの部下ということにしているのも、はやてをそうした輩から守るためでもある。

 

「カートリッジシステム、融合デバイス……これらはベルカの技術だ。闇の書事件まで、カートリッジシステムは未採用。管理局は技術そのものこそ知っていても、聖王教会がその使用に対して認めなかった」

「けどなのはちゃんのレイジングハートとフェイトちゃんのバルディッシュへの装着を認めてくれたんやろ? うちの子らが使ってたし、やむを得ないからて」

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「何や、その思いっきり裏がある言い方は? 気になるやん。まさかそこまで言うて教えないなんて言うつもりとちゃうやんな?」

「取引だよ。管理局上層部が聖遺物盗難事件で協力を要請する聖王教会の足下を揺さぶったんだ」

 

 時空管理局に管理を委ねず、自分たちで管理を主張しておきながら、あろうことか司祭が危険な情報を流出させた。その責任は重く、しかも盗まれてすぐに事態を公表せず、世間にばれてから協力を要請してきたところも問題。折しも闇の書という、多くの犠牲者を出してきた魔導書が現れ、その守護騎士はカートリッジシステムを使いこなしており、優秀な我が管理局の魔導師が、それも子供が、被害に遭った。古代遺物管理部の機動部隊を聖遺物盗難事件に当てるが、闇の書事件にも早急に対処せねばならない。盗難事件以降、テロが増加しており、充分な人員が避けない以上、闇の書事件に対抗するためには装備の強化が必要。協力する代わりにカートリッジシステムと闇の書の情報を公開し、カートリッジシステムの使用を認可せよ。

 

「うわあ……世間の裏を見てしもた気分や。ニュースとかやと、危機とあれば管理局と聖王教会は全面的に協力し合いますってええ感じになっとったらしいのに……」

「聖王教会のイメージ回復のためだろうな。元々秘密主義的なところがあったし」

「いやいや、人が生きるか死ぬか、世界が滅びるかどうかやったねんで? いや、まあ、私らが起こした事件なんやけど」

「そういうものなんだ、はやて。世界の危機より自分たちの益を取ることなんて、政治の世界じゃ珍しくもない。上を目指すのなら覚えておくんだね」

「…………」

 

 思いっきり顔に不満や不快が現れてしまっても、文句は出ないだろう。実際、クロノは肩を竦めるだけだ。

 

「で、この話と無限書庫の状況悪化の関係は何やの?」

「思い出せ、はやて。闇の書の情報を実際に齎したのはいったい誰だった?」

「……ユーノくんやね。てちょい待ち! 聖王教会は教えてくれなんだん?」

「教えてくれなかったのか、教えられなかったのか。どちらかはわからない。とにかく、あのときの僕らはフェレットもどきの情報だけが頼りだった。それは厳然たる事実だ」

 

 クロノは、おそらく教えられなかったのだろうと付け加えた。

 聖王教会と言えども、全ての古代ベルカの遺産を管理できているわけではない。はるか昔に起こった次元震による未曾有の大規模災害。そしてベルカの戦乱。いろんな要素が絡まり、古代ベルカのすべてはわかっていない。失われている文献もあり、空白の時期というのも存在している。その失われた情報の中に、夜天の魔導書の情報も含まれるのだろう。知らないものは教えられない。

 ところが、時空管理局は自らで夜天の魔導書の情報を集め、さらには見事解決してしまった。八神はやてという、夜天の王まで健在という結果で。

 

「融合デバイスにしても、現在、使い手ははやて、君1人だ。とは言っても、まだ管制人格がいない以上、完全に使いこなしているとは言えないが……」

「そう言えば、融合デバイスの情報も全部ユーノくんからや……」

「もうわかっただろう?」

 

 時空管理局が聖王教会と、特に本局が良好な関係を維持しようとしているのは、ロストロギアやベルカ関連の事案について、聖王教会が持つ情報が欲しいからだ。

 だが時空管理局は、自力でどうにかできるかもしれないということを知ってしまった。

 無限書庫という、ロストロギア級の、情報が埋没する『遺跡』によって。

 

「聖王教会は無限書庫を危険視し始めているんだ。管理局に対する自己の優位性、存在意義を損なわせかねないからね」

 

 ベルカが存在した世界は次元災害や戦乱の中で滅び、人が住める場所ではなくなっている。かつてミッドチルダと次元世界を二分したベルカは、今やミッドチルダに自治領を与えてもらっている立場。

 それでもミッドチルダを始め、次元世界において強い影響力を今なお維持しているのは、次元世界最大の聖王教という宗教と、ベルカの遺産や情報を管理している聖王教会によるものが大きい。ベルカ自治政府はあるものの、実質的には聖王教会こそが現在のベルカの顔であり窓口である。

 その強い影響力を維持する存在である聖王教会が、聖遺物盗難事件という身内の不祥事に見舞われて信用を失い、その混乱のためにベルカの負の遺産たる闇の書に対してまったく関与できずに立場を失い、さらには無限書庫の存在により情報的優位性を失い、カートリッジシステムや融合デバイスという技術的・軍事的優位性さえも失った。

 カートリッジシステムはもはや量産体制に入っており、止められない。融合デバイスは何とか防ぎたいが、そも聖王教会さえ使い手はおらず、失われた技術だったはずが、時空管理局の方が今ではその技術解明で先を行っており、聖王教会は何とか共同研究という形で置いてけぼりを防いだ形だ。はやても時空管理局に入局してしまい、教会騎士団からは退団する騎士が続出し、信者を決して少ない数で失い、聖王教会は苦難の時期を迎えている。

 

「聖王教会のベルカに関する情報的優位性を脅かす存在。それが無限書庫というわけだ。無限書庫の使用規則や情報機関としての整備、禁書等の扱い方など、体制を再構築する動きに対し、露骨に待ったをかけてきたよ」

「いやいや、ユーノ君を批判したり、無限書庫の立て直しを妨害したりするんはちゃうやろ? かつての聖王様がそんなん見たら嘆かはるで」

「くっくっく……!」

「いやいや、笑てる場合とちゃうで、クロノ君!」

「いや、すまない。そこまではっきり言ってくれると、正直に言って愉快痛快でな」

 

 クロノもぶちまけたい気持ちがあったのだろう。はやての歯に衣着せぬ物言いに、止めるどころか本当に面白そうに笑う。ざまあみろ、なんて聞こえてきそうだ。

 

「そして敵は聖王教会だけでもなくてね」

「今度は何やねん?」

「無限書庫の重要性や有用性は闇の書事件で証明された。ロストロギアに対してはそれまで場当たり的な対応でしかなく、聖王教会も全てを開示してくれないこともあったし、情報の小出しなんてこともあった。それでどれほどの人的・物的被害を生んでしまったか……」

 

 クロノの歯痒い表情に、父親のことを言っているのだろうなと、はやては何とはなしに理解した。

 もし聖王教会が夜天の魔導書について知っていたとすれば、クロノの父、クライド・ハラオウンの死は防げたかもしれないのだから。もし無限書庫を時空管理局が物置状態で放置などせず、きちんと運用していれば、事前に正しい知識を得て、正しい処置を施し、対応のしようもあったのではないか。

 その悔しさが、もう絶対にそんなことは起こさせないという願いであり決意が、クロノを無限書庫の立て直しに取り組ませたのだろう。

 

「2年だ。2年かかったが、聖王教会の妨害も躱しながら、ようやく無限書庫の人員増加に漕ぎつけた。大きなロストロギアによる事件はなかったが、小さいながらも役立った事案は多い。すでに封印処理を施していたロストロギアも、実は間違った処置をしていたなんてわかってすぐに対応できたことだってある。これは間違いなく、無限書庫の、フェレットもどきの功績だ」

 

 情報の依頼などクロノがほとんどだったが、無限書庫に埋もれている情報の整理も本当に遅々としたものではあるが進んでおり、その過程で決してロストロギアだけではなく、いろんな技術に転用できる情報があったり、もはや失われたと思われていた学問上の損失を覆せるかもしれない発見もある。

 いきなりそれらすべてを公表したら体制の整っていない無限書庫では捌ききれないことはわかりきっていた。だからタイミングを見計らいながら、少しずつ。同時に人員増加と司書の教育も行っていった。

 

「管理局は後方軽視の風潮がある。実際、僕もP・T事件や闇の書事件では、情報をあまりあてにしてはいなかったし、後方にそれ以上を求めようとはしなかったし、自分で現場を見た方が早いとさえ思っていたよ」

 

 その驕りが、クライドの死を招いたのかもしれない。そう思うと、クロノは急速に頭が冷えた。自分がどれほど危ない橋を渡っていたかを痛感させられた。

 

「だが闇の書事件で、リインフォースという尊い犠牲はあったものの、僕らはそれ以上の犠牲を出さずに終結させることができた。解決できたんだ」

「……そうやね」

 

 リインフォースの名前を出すべきではなかったかもしれないが、敢えてクロノは口にした。犠牲を数で判断したくはないが、上に立つ以上は人の命を数で判断せねばならないこともある。それが上に立つことの覚悟の1つでもある。それをはやてに教えておかねばならないから。

 はやても、決していい気はしなかったが、クロノの言うことがわからないわけではない。グレアムの助けがあったからとは言え、伊達に闇の書事件まで1人で生きてきたわけではない。世間の荒波に揉まれながら生きてきたはやては、ある意味、同級生のなのはたち以上に、大人で現実的であると言える。クロノと気が合うと思うことが多いのは、そういうところにあるのかもしれない。

 

「的確に闇の書の闇の存在、そして突くべき点を言い当てたフェレットもどき。あいつの情報があったから、はやてを救い出せた。あいつの情報があったから、作戦が立てられた――無限書庫。あれは物置などではない。運用できさえすれば、必ずなくてはならないほどのものになる」

 

 時空管理局のため、ではない。

 次元世界と、そこに生きる人々のためになる。

 『こんなはずじゃなかった』ことを、防げるかもしれない。

 

「ついにロストロギアの事案に対処する専門部隊である古代遺物管理部も依頼をしてくるようになった。それは喜ぶべきことだった。そのはず、だったんだ……」

 

 クロノ本人が知らず知らず熱く、力強くなっていた言葉が、唐突に力を失っていった。

 

「何が、あったんや?」

「…………」

 

 クロノは何も言わない。代わりに、はやての前に表示されている投影モニターに1つの情報を送った。

 目を通すと、それが無限書庫に依頼された内容のリストであることがわかった。いつ、だれが、どの程度の期間を設定し、何の情報を求めたのか。結果はどうだったのか。

 最初は機動2課だけだったらしい依頼が、最終的には5つの課すべてに広がっていることが分かったが……やがてはやての眉間に皺が寄り始める。

 

「……何やの、これ?」

「異常だろ?」

「同じロストロギアのことをそれぞれが別々に要求しとるし、かと思えばそんなことはもう知ってるから別の情報を寄越せとか……は? 『他の課が知らない情報はないのか?』やて? 競争でもしとんの?」

「……競争、か。はやて、そんな小奇麗な言葉を使わなくていい。もっとはっきり言えばいいさ」

「ほな言うわ――――ただの手柄争いの道具やんか!」

 

 机を思い切り叩いて立ち上がるはやて。椅子が後ろに弾き飛ばされて壁に当たり、耳障りな音を立てながら倒れる。それを直すこともなく、振り向くこともなく、はやては投影モニターに映った情報を睨みつけたまま。

 

「これなんか最悪や! 被害が出たのを無限書庫のせいにしとるけど、これ、機動3課からの依頼に応えた資料にきちんと対処法書かれとるやん! なんでユーノくんのせいにされとるん!?」

「各課で争われても困る。だからユーノは機動1~5課で情報を共有するよう、資料に必ず記載していたし、直接出向いて頼んでもいた。だが得られた情報を、どこかの課が独り占めしようとしたんだろうな。このことはすでに査察部に報告してある」

「これ、いつのことや?」

「2週間前だよ」

「ユーノくんが倒れとるってフェイトちゃんが慌てて言うてきたんが確か……」

 

 クロノが頷く。

 はやてはもう一度机に拳を叩き付けた。

 

「P・T事件でも闇の書事件でも、古代遺物管理部はロストロギア専門部隊でありながら対応できなかった。表向きは聖遺物盗難事件に全力を向けていて対応できなかったということになっているが、実際は初動の遅れと情報の少なさ、そして部隊員の損耗を嫌って、担当をどの課にするかで揉めに揉めただけさ」

「アホちゃうん……!」

「ああ、その通りだ。古代遺物管理部はP・T事件以前まで『花形』の1つとされていたが、P・T事件と闇の書事件で無能ぶりを露呈し、肩身の狭い思いをしている。だから挽回するために躍起になってるのさ。なりふり構わずにな。それが無限書庫への無茶苦茶な依頼に繋がり、依頼方法や規則が明確になっていないがゆえに、無限書庫は割を食う形になったわけだ」

「聖王教会の外圧だけやのうて、味方のはずの管理局内部からも圧力かけられたんか……」

「フェレットもどきは期限を守るために必死になった。くだらない手柄争いのために、依頼のたびに期限が短く短く設定されてきたからな」

 

 後方を軽視する風潮は、情報探し『くらい』という認識に繋がる。それまで探すために探索チームを組んで数ヶ月、ひどいと年単位で探さねば見つからなかった無限書庫に、1週間などまだいい方で、数日程度で探せと言ってきたのだ。

 スピードを優先するあまり、雑な内容になったらまたつつかれる。速度と質を絶妙なバランスで保たねばならない。それは司書の負担に直結する。ようやく増員した司書が、その激務に嫌気が差して異動願いを出してくるのは自明の理、時間の問題だった。目の前で同僚が倒れていたら、そうもなるだろう。まして情報通りだったとして、それを褒められることなどないのだ。合っていて当たり前、なのだから。

 

「……僕が無限書庫にヘルプに向かったら、あいつはすでに復帰していた。強引に眠らせたがな」

 

 その時のことをクロノはよく覚えている。

 

――『すまん。見通しが甘かった、なんて言い訳であることはわかっているが……』

――『謝る必要はないよ。それでも謝るなら、僕よりも司書のみんなに謝った方がいいんじゃない?』

 

 何人かの司書はすでに辞職するか異動になっていた。残る司書たちがだいたいいつもの面子。増員組は1人も残っていなかった。

 

「何とか査察部に依頼の一時停止措置を進言して、何とかやってもらえたが……直接古代遺物管理部に乗り込んだときは、話も聞いてもらえなかった」

「クロノくんでもアカンの?」

「執務官と言えども、武装隊の階級で言えば一尉相当だ。機動部隊の課長は最低でも三佐。僕が所属する法務部の部長なら階級は上だが、法務部が他部署に指揮命令権を行使できるのは、事件に関わる内容についてのみだ。他所の人事ややり方にまで法務部の人間が口出しはできない。それは査察部の仕事だ。彼らに任せるしかない」

 

 そもそも無限書庫の立て直しについても、執務官の仕事ではない。執務官は事件に臨む役職であり、組織の構造改革を取り仕切る者ではないのだ。そのクロノが無限書庫について進言しても、それは一執務官の意見具申でしかない。構造改革ができるだけの上層の人間には、声が届かない。

 

「それに……第97管理外世界で、海鳴で過ごすようになって2年。すっかり僕も日本や地球の考え方が染みついてきたらしくてね」

「ええことやん」

「まあな。そのせいか、時空管理局の持つ歪さが目に付いてきたよ」

 

 別に、クロノは時空管理局が絶対善などとは最初から思っていない。絶対悪とも思っていないが。

 だが本来なら危険視すべき、今の時空管理局の歪みに、目が行くようになったのだ。

 

「日本で言えば、軍隊と警察と裁判所、だったか。法治国家は立法・行政・司法の3権分立が基本。時空管理局は、立法以外の権限に跨っている」

「軍隊と警察は防衛と治安維持を担う組織で、防衛と治安維持は行政権。裁判所は司法権……これらを時空管理局が一手に握っとるさかいね」

「次元世界の仲間入りを果たす条件の1つが、『管理』を受け入れることだ。そうしなければ、世界間の交流は許されない。そして時空管理局が『管理』する世界は、独自の軍隊や警察を持つことが原則として禁止されている」

 

 各世界の防衛と治安維持を担うのが、時空管理局の各世界地上本部の役割だ。各世界が独自の軍隊や警察を組織する場合は、地上本部が特例として認め、かつこれを指揮統率することが大前提となっている。

 独自戦力の保持禁止はまあいいとしても。

 軍隊と警察と裁判所が一緒くたにされているのはまずい。

 

「時空管理局が善と言えば善。悪と言えば悪――これを止めることができなくなる」

 

 犯罪者を捕まえるのは行政権の範囲。しかし裁判は司法。捕まえた者が裁くことができたら、冤罪を防ぐことはできなくなる。行政権を振るう者が司法権まで握れば、反対する者や意に沿わぬ者を牢に放り込むことができてしまう。

 

「なんでこんなことが認められてるん? ベルカは元々、王とか盟主とかが治める君主制やったわけやし、専制政治にも慣れてるんかもしれんけど。ミッドは共和制の民主主義やろ?」

「時空管理局が設立された当時は、戦乱が続いていてな。強権もやむなし、だったんだ。伝説の3提督だって強権を振るう立場にあった。実際、それで平和が成ったのも事実だ。ただ問題は、その体制のまま現在にまで至っていること。3提督が最大の失敗だったと悔やんでいるってのはグレアム元提督から聞いているよ」

 

 クロノの師であり、はやての元保護者であるギル・グレアム。現在は一切の権限や名誉を剥奪され、時空管理局からも追放処分を受け、二度と第97管理外世界から出ることを許されない身となっている。それでも、今以って彼を『英雄』と呼ぶ者は多いし、彼の教えを受けた局員を中心に彼の名誉回復を図る者もいる。クロノとてグレアムを師として仰ぐ姿勢に変わりはないし、はやてもグレアムに対して憎しみなど持っていないし、いずれ必ず親孝行をすると決めてもいる。

 グレアムの名声は3提督にも並ぶ。そんな彼が3提督と交流を持っていても、何らおかしくはない。

 その3提督は、騒乱の黎明期を乗り切って平和を実現させた直後に、実質的な権力はない今の地位に自ら下がっている。

 

――かつて戦乱の時代にあった老兵の自分たちは、これからの平和な時代にとって無用な存在。次世代に託し、後方から力添えと助言をするのが適当。

 

 3提督が叙勲式にて前線からの引退を表明した際、ミゼット・クローベルが代表して語った言葉は有名だ。

 しかし後に、3提督は時期尚早だったかもしれないと嘆いている。せめて時空管理局の、戦時ゆえに許されていた歪な体制を一度壊し、本来の正常な形を構築してから下がるべきであったと。

 彼らとしても想定外だったのかもしれない。こんな歪な状態が平和な時代でもずっと残り続けるなどとは。

 

「『創業』、『建設』、そして『発展』か」

「何やそれ?」

「君の世界で偉人と呼ばれる人の言葉だよ。大久保利通という人物だそうだが」

「ああ、維新三傑やね。て言うか、よう知っとんなあ、クロノくん」

「フェレットもどきの受け売りだ」

「なるほど。納得や」

 

 大久保利通は暗殺される直前に語ったという。

 維新は一応の達成を遂げたように見える。だが真の維新はここから。明治の第1期の10年は戦乱も多く、混迷した創業の時期。次の10年は内治を整え、下地を作る建設の時期。そして最後の10年が発展の時期。そして自らは第2期の建設までを完遂し、第3期からは後進の賢者に譲る。その時こそ、真の維新は成るのだと。

 

「いやに今の状況と当てはまるなあ」

「僕も驚いている。大久保という人物が3提督。彼も3提督も、暗殺と引退という差はあっても、建設の直前に一線からいなくなってしまったことに変わりはない。彼が悔やしかったかどうかはわからないが、3提督は少なくとも悔しがっている。引退の時期を見誤ったとね」

 

 世界こそ違えど、結局同じ人間。同じ道理が当てはまることは、そうおかしいことではないのかもしれない。

 

「この歪さが、いずれ大きな災いを呼ぶような気がしてならない」

「怖いこと言わんといてや」

「いや、冗談じゃない。実際、最近のテロの増加は見過ごせない。魔法至上主義と取られかねない今の風潮に、魔法がない世界において質量兵器の復活を主張する勢力も勢いを増すばかりだ。実際、テロなどに対応するために臨時に組織される特務隊が、このところ頻繁に組織されていて、ほとんど常設部隊のようになっている」

「テロを裏で支援するのがそういう勢力やって噂は現場じゃよう聞くけど……なんぼなんでも、それはないやろ?」

「どうだろうな……明確な魔法対質量兵器なんて戦争はやっていないが、その代理戦争みたいなことは起こっているよ。『オルセア』という世界を知っているか?」

「え~と……内戦やってるっていう?」

「そうだ」

 

 地方世界『オルセア』。

 次元世界を認識し、渡航技術も獲得している世界なのだが、時空管理局の『管理』を受け入れるか否かを巡り、内戦にまで発展した世界だ。あの世界にも魔法はあるようだが、元々あの世界では、先天的な資質が物を言う魔法に対して、魔法を使えない者たちとの差別意識が高く、魔法対質量兵器の構図が出来上がっていた。そこに時空管理局が介入し、軍・警察の解体と質量兵器禁止条約の受け入れを迫り、受け入れを肯定する魔法側と、受け入れを拒否する魔法を使えない側に分かれている。最大の争点は受け入れの是非だが、その裏には魔法対質量兵器の代理戦争という面がある。

 

「魔法を選んだ今の次元世界は、必然的に魔法が使えるかそうでないかが出世に影響する。だからそれを推し進めた時空管理局は魔法至上主義の権化と揶揄されるのさ」

「魔法を使えない人らにとっては、質量兵器を取られたら魔導師に抵抗する術を奪われるわけやもんなあ……」

 

 魔法至上主義。

 特に時空管理局では戦闘系魔導師が優遇される。それは魔導師ランク制度にもよく表れている。

 あれはどの程度の任務に対応可能かを図る1つの指針として採用された制度だが、どこでどう捻じ曲がったのか、魔導師の強さを示す階級のようになっている。しかも、それが正しく示しているのならともかく、非常に偏っているときている。

 いい例が、なのはとクロノだ。

 フェイトはともかく、なのははP・T事件当時、戦いのたの字も知らないような普通の小学生だった。なのに彼女に付けられたランクはAAA。一方、クロノは戦闘経験が豊富で、戦闘系のみならず、多岐に亘る魔法を使いこなす。戦闘系のみをとっても、砲撃の威力を調整して発射までのチャージ時間を早めたり、威力より連射速度を上げたり、本来の威力重視にだって戻すことができる。そんなクロノでさえ、AAA。なのはと同じだと言うのだ。

 要するに、今の魔導師ランク制度とは、先天的な魔力の大きさや資質が決定の大きな要素となっており、実際の戦闘能力や技能などは付録でしかないのだ。

 そんな制度が大手を振って闊歩する現在、魔法を使えるだけ、魔力を持っているというだけで大きな顔をする魔導師は多い。それと質量兵器禁止条約が結びつくと最悪だ。魔法を使えない人は仕事が限られてしまったり、魔法の無い世界などは時空管理局の『管理』を受け入れないこともある。それはそうだろう。魔法が使えないのに質量兵器を奪われてしまったら、身を守る術がない。そのため、次元世界を認識して渡航技術を持っていても、次元世界と敢えて交流を取らない世界もあるし、オルセアのように内部分裂してしまう世界もある。

 

「……魔法は比較的安全でクリーン。確かに非殺傷設定ができる点は質量兵器には無理だ。だがそれは本当か? 本当にそう言えるか?」

「けど、ボタン1つで発射できるミサイルなんて、確かに危険やで。子供でも撃ててまう」

「だが、僕や君みたいに強大な魔力を持つ子供が魔法を放つことは、本当に安全か? 殺傷設定にするか非殺傷設定にするかどうかを決めるのは魔導師自身。僕たち魔導師の意思1つだぞ? その点、質量兵器ならば、セーフティを用意しておくことで防げる」

「けど鉄砲とか、大きいと戦車とか戦闘機とか、隠蔽すれば発見しにくいやろ? その点、魔力反応ってのは隠しにくい。その点はどうや?」

「時間の問題だとも思うがな。技術力の発展は日進月歩だ。いずれ魔力反応を隠蔽する手段ができるかもしれない」

「質量兵器には暴発って危険性があるんや。それが核兵器やってみ? シャレにならんで」

「人間1人が大砲撃なんて撃ててしまうのが魔法だ。なのは・フェイト・はやて……君たち3人が揃えば街1つ、簡単に吹き飛ばせてしまう」

「失敬な! 私らはそんなことせえへんわ!」

「――というのが、質量兵器の有用性と魔法を否定する連中の主張だ。怒らないでくれ」

 

 あとは、魔法を行使可能な武力として選ぶということは、限られた魔導師という戦力を取り合うことを意味する。そして時空管理局は、幼い子供であろうと優秀ならば採用する。前科を持った者でも、司法取引などで時空管理局の名の下に更生と称して引き入れることもある。ある意味、フェイトもはやても魔法至上主義であるがゆえに罪が減刑されたと言える。

 巨大な組織である時空管理局が次々に魔導師を引き入れ、巨大な魔導戦力を有してしまい、その軍事的優位性は圧倒的だ。

 さらには艦隊戦力まで有し、魔導砲アルカンシェルという魔導兵器まである。

 軍事とは、政治や外交にとって大きなカードだ。時に言外に、時に演習と称してあからさまに、軍事力を誇示する。それは持たざる者からすれば脅威の一言に尽きる。

 

「はあ……どっちもどっちなわけやね。まあ、魔法をとっても質量兵器をとっても、議論すべきはそこやないやろ?」

「そうだ。真に議論すべきは、戦力の形じゃない。その戦力を正しく運用するための組織とルールの成立、そしてその厳守だ」

 

 魔法を使うにせよ質量兵器を使うにせよ、あるいは併用するにせよ、それらは『力』であり、『力』は正しく管理・運用されなければならない。魔法至上主義という選民思想のようなことになってもいけない。

 その体制が歪だからこそ、問題なのだ。

 

「加えて軍隊・警察・裁判所。軍事権と警察権と司法権。これらは分権されなければならない」

「……せやけど、執務官ではできひんと」

「ああ……できない。広範で多岐に亘る職務を遂行できるとはいっても、それも管理局の中での話だ。管理局そのものを変える必要があるとなれば執務官でも無理だ。まして無限書庫の問題1つをどうにかできないのでは、夢のまた夢だろうな」

「せやったら、上を目指すしかないんちゃう? クロノくん、いろいろ誘いが来てるんやろ?」

「知っていたのか」

「自分の上司のことやしな~」

 

 実際、今のクロノには各方面から勧誘の声がかかっていた。

 次元航行隊からは提督候補として。法務部からは次期執務官長として。そして捜査や査察、機動部隊などからも。有能な人材は引く手数多なのである。都合の良いことに、軍隊・警察・裁判所と、そのいずれへの道も開けている。

 だがクロノは迷っていた。

 上を目指したい気持ちはある。だが執務官でも内勤派だっている中で、ずっと現場主義として前線に立ってきたクロノは、現場に到着するのが遅れがちであったり、末端を時に切り捨てたりしなければならない上層部に身を置くことに対して躊躇いがあるのだ。

 

「1人で全部するんは無理やで」

 

 はやては、悩むクロノに声をかける。この『みんなの頼れるお兄ちゃん』スタンスにある彼は、真面目で冷静で確かに頼り甲斐があるのだが、たまに視野が狭くなるのが欠点である。

 

「私らを忘れてもろたら困るわ」

「……はやて」

 

 だから自己の存在を主張する。自らの胸を、はやては力強く叩いて見せた。

 

「生憎な、なのはちゃんもフェイトちゃんも上を目指すには向いてへん。うちの子らもや」

 

 なのはが目指すのは戦技教導隊。フェイトは執務官。シグナムやヴィータは特に目指すものがあるわけではないが、現場で戦い続ける騎士だ。シャマルは医師として、ザフィーラも護衛以上のことをする気はないだろう。

 

「かく言う私は上を目指すで。現場もええけど、ちょっと思うところもあるし、今の話聞いてたら一層その気が強うなったわ。まあ、クロノ君ほどドでかいことをしようとは思てないんやけど。せやから、私は、現場はみんなに任せようと思とる」

「……そうか」

「そうや。せやから、クロノ君。みんなのお兄ちゃんとして現場で戦い続けるのもええけど、たまには弟妹に任せてみるんも悪くないんとちゃう?」

 

 ちょっとは兄孝行もせんとな~と、はやてはおどける。

 そんな彼女を見ていると、悩んでいる自分が馬鹿みたいだった。クロノは、これではみんなの兄だなどと言えないなと、ため息を吐く。

 もう少し考えてみるよと返すクロノに、はやても満足そうに頷いた。クロノもはやてもまだまだ10代なのだ。先は長い。

 

(しかし……はやての奴、よく考えてはいるが、はやての歳で次元世界を憂いたり罪を背負おうなんて、どうにも生き急ぎ過ぎだ)

 

 明るい子なのでそんな素振りも見せないが。きっと周囲からの非難やプレッシャーに耐えているところもあるだろう。

 可能な限り、この子も守らなければならない。この子の心が摩耗しないように。

 そう内心で、なのはやフェイトにもそうであるように、クロノは思う。

 

「ちなみに、はやてはどこを目指すんだ?」

「ん~、まだおぼろげではあんねんけどな。軍隊は肌に合わんし、ドンパチは苦手やさかい、武装隊や次元航行隊はないわ。やり手の検察官や弁護士みたいなんには憧れるけど、内勤の多い裁判所もちょいと窮屈やし。やっぱ私は警察系やね。捜査官をこのまま続けて、まずは上級キャリア試験合格を目指すわ」

「ふむ……ならば僕は軍隊系か。やはり内勤ばっかりは、な」

「てことは、次元航行隊?」

「そこが最有力だな」

「ほな、内勤はユーノ君に頼もか。情報面でのバックアップは前線でも後方でも必要やろ?」

「ふん。まあ、あのフェレットもどきではそれがせいぜいだろうしな」

「相変わらず仲のええことで」

「違う。悪いんだ」

「そないでっか」

 

 はやての苦笑に、クロノは憮然としながら書類を整理し始めた。

 

「はやて、今日はもういいぞ?」

「うう……この書類、もうちょっとは片づけんと明日が厳しそうで」

 

 大きな目標を語ったのはいいが、今はとりあえず、目の前のこの難敵をどうにかせねばなるまい。はやては若干涙目である。

 

「無理をするな。僕に回してくれたらいい。それに明日はフェイトに回す仕事も少ない。手伝ってもらうといい」

 

 そう言いつつ、クロノは部屋に備え付けてある時計を見上げつつ、少し急いでいるようにS2Uやデュランダルの状態を確認していた。

 

「なんや、今から訓練とか?」

「なのはに模擬戦の相手を頼まれていてな」

「なのはちゃん?……大丈夫かいな」

「……はやてもそう思うか?」

「みんな思とるよ。ここ最近のなのはちゃんの訓練量は無茶やて」

 

 2人して顔を顰める。

 それは今の仲間内での密かな悩みであり心配事。

 このところ、なのはの様子がおかしいのだ。

 なのはは武装隊に入ると、すぐにその才能を如何なく発揮し、最前線で任務に当たり、一気にエースの1人へと上り詰め、その性格も相まって人気も急上昇中。ちょっとした有名人の仲間入りだ。

 トレードマークの白いバリアジャケット。そしてなのはの笑顔。前線の局員を勇気づける彼女の存在は、今や仲間内だけではなく、局員の希望となりつつある。

 

「学校じゃ休み時間のたびに寝とるし、授業中にもうとうとしとってな。成績も何や得意の理数系でも落ちてるらしゅうて。この前なのはちゃんの家に遊びに行ったら、桃子おばさんも寝坊が余計ひどなってきとるて愚痴っとったわ」

「フェイトも心配していたな。たまに見せるのっぺりとした無表情が怖いと」

「ああ、あれな……何か決まって考えこんどるんよ。声かけても気づかへんし。気づいたかと思えば笑いかけてくんねん。周囲はその笑顔が可愛いとか何とか言うとるけどな。私らから見ると、どこかなあ……」

「……そうだな」

 

 なのはの笑顔は見慣れたものだ。かつてはクロノでさえ、その笑顔に戸惑ったことがある。

 だが……今のなのはの笑顔に、あの頃とは別の意味で戸惑わされている。

 

「今日の模擬戦も軽めにしておくよ」

「そうしたってや。できればシャマルかユーノくんに回復かけてもらうとええねんけど……いや、ユーノくんはまず自分やなあ」

「そうだな。あんなクマを作った奴に介抱してもらおうなんて、誰も思わない」

 

 とにかく、なのはにしてもユーノにしても、充分な休みを取るように言い、何とか無理をやめさせなければならない。仲間たちとも話し合ってみようということにして、クロノはもう少し残るというはやてと別れ、約束している訓練場へと向かうのだった。

 

 

 

 

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