暇だ。
とにかく暇だ。
ここまで暇であったことは、この2年の間ではついぞ覚えがない。
「……フェイト」
「…………」
「……頼むからそろそろ許してくれないか?」
「…………」
加えて見舞いに来てくれている義妹が一言も口を聞いてくれない。そのくせ、ちょっとトイレに行くだけでも後ろをついてくるときた。完全に信用がないらしい。
もちろん自業自得なのはわかっている。なのはが生死の境を彷徨ってから1ヶ月程度しか経っていないのに今度はクロノ。しかも仲直りをした直後に危険な行為に及んだのだ。もう僅かでも救援が遅れていたら殺されていたともなれば、フェイトがクロノの言葉を信用しないのはもっともだろう。裏返せば、それだけフェイトがクロノを家族として大事に思っているということなので、嬉しくないわけではない。
とは言え、あれから1週間だ。毎日見舞いに来てくれるのに会話が1つもないのは正直居心地悪いことこの上ない。しかも飾られている花の世話や着替えの取り換えなどを一通り済ますと、あとは離れた椅子に座ってジトッと睨んでくるのだ。そのくせ、目を向けるとフイッと顔を逸らす。はやての言葉で言い換えるのならば『どないせえっちゅうねん』状態である。
そこで、クロノはもう1人、面会謝絶が解けた本日、早々に来てくれた仲間に援護を要請することに。
「はやて」
「知らん」
こちらは一言で切り捨ててくれましたとさ。
「……まだ何も言ってないんだが」
「フェイトちゃんのことは自分でどうにかしい。仕事やったらさせへん。他に何か?」
「……暇なんだ」
「寝とき」
取りつく島がない。
フェイトと違って会話はしてくれるし目も合わせてくれるが、出てくる言葉の全てが針だらけ。いや、針なんてものじゃない。チクチク、なんて可愛いものではない。ドスドスと刃を突き立てるが如く、精神に深いダメージを与えてくるときた。
フェイト同様、かなりの怒り心頭状態のご様子。1週間経とうが、まったく冷めないらしい。
が、それはクロノにも原因がある。
――『失礼するで、クロノく……何しとん?』
――『ああ、はやて。来てくれたのか……いや、そう睨まないでくれ』
――『何しとんねん?』
――『暇すぎてね。ちょっと調べ物を』
――『…………』
――『お、おい、はやて。いきなりモニターを閉じるな。せめて保存を……』
――『休まんかい!』
暇だろうと思って持って来てくれたらしい本をブン投げて、クロノの顔にクリーンヒットさせてきたものだ。赤くなった額が痛々しい。重傷患者にその対応はまずいだろうと言いたいが、藪蛇なのはさすがにわかっているので言えるわけもなく。以降は空間モニターさえ開かせてくれない。仕事を持って来てくれるはずもなく、直近に迫っていた案件については他の執務官に任すなり、はやての方でやれるものはやっているとのことで、本当にクロノには仕事が回ってこなかった。
S2Uなりデュランダルなりがいればいいのだが、どちらの相棒もマリエルに頼んで修復の最中。クロノの手元にはない。
ユーノとシャッハの応急処置の手際と腕が良かったようで、命に別状はなかった。左腕の複数個所骨折、両足も骨折。全身に切り傷と打撲。内臓、特にドゥビルの蹴りを受けた左側の臓器の損傷が激しく、開腹手術が行われた。左の肺には肋骨が刺さっていた跡があり、流し過ぎた血の量以上にそれが一番まずかったらしい。ユーノの的確なスキャンとシャッハのハイレベルな治療が行われていなければ、手術前に死亡していただろうとシャマルははっきりと告げた。皆が聞いている前で。眉を急角度で吊り上げながら。
ユーノの骨折に対する治療のおかげで、唯一動かせた右腕は問題なく動かせるし、残りの左腕と両足も、やや痺れがあったり力が入りにくかったりするものの、動くことは動く。それなりの痛みが走るので、あまり動かせないが。食欲はあまりないし、食べてもすぐに吐きそうになるので、臓器の回復は少々よろしくない。それでも1週間で集中治療区画から一般区画に移れた上、普通に会話をして普通に食べて自分で用を足しにいけるのだから、充分驚くべきこと。シャッハと、不本意だがユーノにはどれだけ感謝しても足りない。
「…………」
「…………」
とは言え。
2人の少女に無言で糾弾されるのはかなりきつい。こんなことならもう少し意識を失っていた方がマシだったかもしれない。もちろん贅沢なことを思っているのはわかっているのだけれど。
フェイトに睨まれ、はやてに睨まれ。クロノは逃げるように視線を窓の外へ向ける。
雲1つない快晴。こんな日に空を飛んだらさぞや気持ちのいいことだろう。こんなことを考えたのは、いったいどれほどぶりだろうか。もしかすると、まだ飛行魔法さえ習得していなかった頃以来かもしれない。クライドの死からリーゼ姉妹への弟子入り、グレアムに師事して執務官になり。気づけば17歳だ。ずいぶん遠くに来たような、あれから全然成長してないような、そんな相反する気持ちが胸の内を交錯する。
とにもかくにも、この2年間もオーバーワークをしてきたけれど、それまでの人生と何が違うかと言えば、やはりこの2年間のことは記憶によく残っているということだ。それ以前のことは曖昧。それだけ日々がただ過ぎ去っていくだけで、心が疲弊し、摩耗していたのかもしれない。この2年間もそれまでにない大変な日々だったのに、仕舞いには命さえ落とすところだったのに。それでもこの2年間の方が悪くないと思えるのだから、仲間や家族の存在は本当に大きいということか。同時に、それまでの人生がどれだけ危うい生き方をしてきたのかと今になってようやく自覚させられる。
「……よく生きてたもんだ」
「そうだよ。馬鹿だよ、クロノ」
「ホンマや。もっと言うたり、フェイトちゃん」
ようやく口を聞いてくれたフェイト。だがさらに睨みが厳しくなった。はやてもだ。
どうやら認識の齟齬があるらしい。クロノはかつての自分の危うさについて言っているのだが、2人は今回の無茶についてようやくクロノが自覚したかと受け取ったらしい。
訂正しようかと思うも、別にいいかと思い直す。反省しているのは本当なのだ。嘘はついていない。
「『ユーノやなのは、はやてたちのこと、頼んだぞ』なんて言うから、嫌な予感がしてたんだ」
「思いっきり死亡フラグ立ててるやん。ホンマ、よう死なんかったな」
「…………」
言わないでほしい。今になって冷静に思い返せば、どう考えても死にに行く者の言葉にしか聞こえない。死ぬ気などなかったが、もしもの覚悟はしていた。それが無意識のうちに言葉になって出てきてしまったのかもしれない。不安をフェイトに与えたことだろう。
あと、非常にキザだ。言ってて恥ずかしくないのかと自分でツッコミを入れたくなるほどに。
クロノは聞こえていないフリをして、敢えて無視。もう何とでも言ってくれればいい。この恥に耐えることが義妹や守るべき仲間を悲しませ、不安にさせた罰なのだと自分に言い聞かせる。
もちろんクロノが知らぬ存ぜぬな態度を取っているのを、恥ずかしがっているのだとわかっているフェイトとはやては、不安にさせられたせめてもの仕返しとばかりに、聞こえるように言い募っていく。
「だいたい、ユーノもだけど、クロノも普段から無茶するなって言っておきながら自分が無茶してるし」
「典型的な仕事人間やしな。こういう男が将来家庭を放っておいた挙句、愛想尽かされるねんで」
「義母さん、いっそのこと糖尿病患者にしてしまえば、ちょっとは自分を労わるかしらって言ってたよ」
「いやいや、それはちょっと……と普段なら止めるところやけど。アカン、もうそれでええ気がしてきたわ」
「私は……あれはさすがに飲めないけど」
「あれはお茶に対する冒涜やさかいな。日本文化好きなんか恨みでもあるんかわからんわ」
「そうなったって、助けてあげないんだから」
「むしろ砂糖菓子添えたるわ。ケーキもええな。砂糖尽くしのお弁当でも作ってきたろか、今度」
本当にされたら甘い物がトラウマになりそうだ。身震いしてしまう会話の内容に、本当にこのまま無視していていいのだろうかと疑問を持ったが、それもすぐに振り払い、もはや諦観と共に意識をフェイトとはやてから外す。それでも耳に入ってくるので、こういうときは考え事に耽っていた方がいい。
考えなければならないことは、山ほどあるのだから。
(……カレン・フッケバインか)
あの戦いの最後。唐突に現れ、クロノとシャッハに刃を突きつけながら、『フッケバイン』の首領、カレン・フッケバインは、居並ぶ面々を相手に笑顔さえ浮かべて取引を持ちかけてきた。
結論としては、その取引に応じた形になる。時空管理局は『犯罪者に屈せず』が原則。とは言え、クロノは時空管理局の裏に繋がる貴重な証拠を掴んだのだ。それを知るだけに、恭也もファーンもユーノも容易に否とは言えなかった。
――『管理局はやっぱり頭が固くてダメよね。じゃあ、小太刀使いの貴方と、そこの少年。貴方たちは、管理局の人じゃないでしょ?』
どうやら首領というだけあって、カレンは頭が回るらしい。クロノは命乞いなどしなかったし、ファーンは手を出せないけれど局員として犯罪者からの取引に応じることもできない。そこで目を付けたのが民間協力者である恭也とユーノだ。2人は訝しみ、そして状況を歯痒く思いつつも応じた。クロノを助けに来たのだから、クロノを見捨てるという選択肢は最初からない。あくまで応急処置を施しただけだから、一刻も早く搬送せねばならないという事情もあった。
クロノとシャッハは殺さないから、自分たちを見逃せ。カレンがもちかけた取引は、クロノやユーノが想像した通りの内容だった。
目を合わせた恭也とユーノ。民間協力者だから時空管理局の暗黙の原則につき従わなければならない義務はない。クロノの救出、仲間の救援こそが恭也とユーノがここに来た理由だ。そこを見失うほど2人も冷静さを欠いてはいない。
が、そこに介入してくる者がいた。
「カレン! 取引など不要だ! 全力でこいつら全員を殺せば済む話だろう!」
サイファーだ。生き埋めにされそうになったのがよほど腹立たしいらしく、ディバイダーの長刀を突き立てながら立ち上がり、まだ自分が戦えることをアピールする。
そばのトーレはもはや我関せずであったが、隙あらば討ち取るとでも言わんが如く、恭也やファーンから目を離さない。
恭也もファーンも、前後をカレンとサイファー、そしてトーレに挟まれた格好だ。クロノとシャッハは動けないし、ユーノも同様。ヴェロッサはヴェイロンと睨み合っている。立ち位置が不利なだけに、下手に手は出せない。ただ恭也のそばには気絶したままのドゥビルがいる。互いに人質を取っている立場だからこその取引。
その取引に真っ向から異を唱え、激昂するサイファーを黙らせたのは。
「全力は出すなって指示したでしょうに」
他でもない、カレンだった。
「ここで全員殺せば情報が漏れることはないだろうが!」
「はあ……いい加減にしろって言ってんでしょうが。察しなさいな……
やや顎を引いて俯きがちの状態から、サイファーを睨み上げるカレンから目に見えない不吉なオーラが飛び出した。恭也やファーンでさえも眉をピクリと動かしたり拳を握り締めたり。ユーノは目を見開いて息が止まってしまったし、クロノはただでさえ重症で身体が限界だったこともあり、もう少し気を張っていなければ、あっさりと意識を持っていかれただろう。
それほどに、カレン・フッケバインの放つ殺気は、格が違った。
サイファーよりも。ドゥビルよりも。ヴェイロンよりも。
ただ欲に従い、殺したくて殺すのではなく。明確な殺意を持ち、殺すと決めて殺しにかかる。
彼女は、確かに『世界を殺す猛毒』なのだと。そう思わせるほどに。
そんな殺気を向けられたのは、仲間のはずのサイファー。サイファーもまた、返す言葉を失ってしまっていた。
「この場の誰1人として殺せなかったアンタが、全員を殺す? 寝言ほざいてんじゃないっての」
「っ……」
「ヴェイ、ビルを担いで。引き上げるわよ」
「いいのかよ、姉貴?」
ヴェロッサに視線を向けつつ、ヴェイロンはカレンに尋ねた。今まで誰1人として、相対した者も、そこにいただけの者も、自分たちを見た者で生存した者はいない。だからこその『猛毒』。だからこその悪名。それが誰1人殺すことができなかったなんて、悪名に傷がつくのではないか。そう思っての問い。
「別にいいわよ。皆殺しにすることが目的なら問題だろうけど、皆殺しは事のついででしかないんだから。私たちにはするべきことがあって、引き際を見失うほど馬鹿じゃないつもり。ねえ、サイファー?」
「くっ……」
カレンの殺意という冷や水で一気に頭を冷やされたサイファーは、カレンから向けられた、同胞とは思えない見下しの視線に、反射的に目を逸らす。
仮に。仮にここで全力を出したとして。切り札でもある『対鋼破蝕』を以って襲いかかったところで。恭也とファーンを抑えられるかどうか。
答えは……否だ。
そう、冷静に考えればわかることだ。
実力が違いすぎる。
恭也ならまだしも、ファーンは斬り合いをするスタンスの魔導師ではない。相手の武器をまるで魔力分断のように破壊できるこの特殊技能であろうと、結局のところは懐に入って斬り合いをしなければならない。ファーンが下手に懐に入れるわけがないし、入れるとしたら何かしらの策があってのことだ。恭也とて、あの『神速』という高速移動のような技術がある。武器破壊ができようとも、それが活かせない相手なのだ。
「魔力分断ができようと、腕一本斬り落とされても即座に再生できようと、生き埋めにされちゃあねえ」
「……その通りだ」
もしカレンがジェイルと取引をして、トーレにサイファーを救出させなかったら、今頃サイファーは土砂の下だ。いくらエクリプスドライバーの生存能力が驚異的なものであろうと、身体能力を増強されていようと、膨大な量の土砂に生き埋めにされれば生きてはいられない。土砂は魔力ではないから分断できないし、『対鋼破蝕』も土砂にはまるで無意味だ。
――『その力は確かに脅威だけれど。別に、対処できないわけではないわよ』
――『その程度の力で『世界を殺す猛毒』を謳うなど、慢心が過ぎるのよ――
老いてなお、一線を退いてなお、戦技教導隊の教導官だったファーンの実力は本物だ。ファーンにとって、『魔力分断』も『対鋼破蝕』も、対処法などいくらでもある、『たかがそれだけ』のもの。その力を振るうだけの者など、彼女の敵にはならない。彼女はあらゆる高等技法を使いこなす〝マスタードライバー〟で、相手の術式の弱点などを瞬時に把握して対抗手段を講じる『カウンター戦法』の使い手。『魔力分断』も『対鋼破蝕』も、ユーノ以上に対応して見せることだろう。彼女の敵になるには、自らの力の長短を知り、最大限に活かし、完全に我が物とせねばならないのだ。
「……やけにあっさりと見逃すんですね」
と、木にもたれたままのユーノが口を開いた。カレンがクロノとシャッハから刃をずらすことなく、チラリとユーノを一瞥する。
「クロノを殺せという命令が来てたんじゃないんですか?」
「探り合いはやめないかしら、少年?」
「…………」
ニコリと、重犯罪者とはとても思えない、綺麗な笑みを浮かべるカレンに、やはりサイファーともドゥビルともヴェイロンとも違ってやりにくいとユーノは思った。
命令を受けていたとすれば、『フッケバイン』は何者かの傘下にあるものと考えられる。今回クロノが掴んだ情報は、時空管理局の裏に繋がるものだ。ここでさらに一押しすれば、その何者かの正体も明らかにできるかもしれない。そう思って何気なく聞いてみたのに、探りを入れていると即座に看破されてしまったのだ。
「確かに殺せという依頼は来てたわ。それが誰だかは、さすがにわからないけどね?」
「…………」
知っていたところで言うつもりはない。知らない以上は答えられない。
どちらにしてもカレンから『依頼主』のことは知れそうにない。『依頼主』、つまり、時空管理局の暗部の正体という疑問を解決させる前に機先を制されてしまい、ユーノは唇を引き結んだ。それでも、このチャンスを不意にすることはできない。何でもいい。ちょっとでも前進しなくては。クロノが掴んだこの好機を活かさなくては。その強い思いが、このまま黙りこくることを許さなかった。
「……殺そうと思えば今まさに殺せる立場にありながら、そうしないのはなぜです?」
「まあ、殺せるっちゃ殺せるんだけどさ。そうしたら、さすがに私も無事じゃいられないでしょ? このお兄さんの剣、人を殺せるみたいだし」
「…………」
暗に恭也が人を殺せる人間であると指摘している。御神の剣は護る剣と恭也は認識している。しかし恭也が振るう剣術は護るために殺すという、矛盾しているかのような理念を持つ『御神不破流』だ。暗器などを使うあたりからそれを察したのかもしれない。
カレンはどこまでも冷静だった。殺人衝動があるはずなのに、それに飲まれていない。まさに恭也がいう、『飲み込まれるのではなく、飲み込め』という言葉を体現しているかのようにユーノには映る。殺人衝動を抑え込んで力にしているのではないかと。完全にコントロールできているのではないかと。
「このお兄さんだけならともかく、元戦技教導隊の教導官までいるとなると、さすがの私もきついわね」
恭也とファーンに目を向け、互いに相手の隙を探るかのように睨み合う。
恭也だけではなく、元教導官のファーンもいる。ヴェロッサもまだまだ戦える。サイファーとヴェイロンもまだ戦えるが、2人ではファーンとヴェロッサを下すことはできまい。逆にやられ、恭也と3人でカレンにかかることになるだろう。そうなればカレンも勝てない。ましてや気絶しているドゥビルを助け、サイファーとヴェイロンとともにここを離脱せねばならないとなれば、カレン1人ではさすがに荷が重い。冷静に、彼女はそう判断しているのだ。だからこその取引。
「依頼に失敗したとなれば、私たちの仕事への信頼はいくらか落ちるでしょうけど、別にいいわ。サイファーたちの『驕り』を払拭できるのであればお釣りがくるもの」
「……姉貴。まさか今回の仕事は」
「そうよ?」
驕り高ぶったサイファーやドゥビル、ヴェイロンの鼻っ柱を折るため。
ヴェイロンの疑わしげな視線にも、飄々と答えるカレンは、非常に満足げだった。
「クロノ・ハラオウン執務官。貴方には本当に感謝するわ。たった1人でサイファーたちを抑え込んだその腕、噂に違わぬといったところかしら」
「…………」
「3人がかりなら抑えられるかな~と睨んでたのよね。まずくなったら私が出ればいいとも思ってたし」
クロノはもうまともに反論する気力もない。ただ黙って突きつけられた刃を睨み返すだけだ。
やりようはあるだろう。冷静さを保っていれば、ドゥビルのあの一撃にしても回避はできたはずだ。とは言え、『魔力分断』を使い始めれば、3人を相手にするのはかなり危ういだろうけれど。カレンの戦力分析は、悔しいが正しいと言わざるを得ない。
「さすがにこのお兄さんと元教導官にレアスキル持ちの査察官、それに儀式魔法を個人で使っちゃうような子に、治癒魔法の使い手まで来ちゃうってのは想定外だったけど。ま、結果オーライよね」
「あのトーレって人、戦闘機人ですよね? 貴方たち『フッケバイン』とジェイル・スカリエッティが手を組んでいたとは、僕も驚きです」
「いやいや、手は組んでないわよ。一時的な協力」
「何が協力だ。無理矢理に手伝わせただけだろうに」
トーレがようやく口を開いた。恭也やファーンに向ける視線とは違い、明確な敵意をカレンに向ける。
クロノにもユーノにも関知できないことだが、チンクを人質に取られたトーレはジェイルの命でしぶしぶ援護しただけだ。協力などと言われるのは不本意極まりない。
その2人の様子から、クロノもユーノも両者が協力していないと判断した。元々、ジェイルを追う過程で、ジェイルの研究施設のうち、放棄されたいくつかの施設が徹底的な皆殺しに遭っており、『フッケバイン』の仕業ではないかと思しき証拠も出ている。そのため、両者はむしろ敵対状態にあるのではないかと見ていたくらいだ。その意味では、トーレがカレンに協力している現状の方が想定外だったと言えよう。
だからこそ。クロノと一度目を合わせたユーノは、今一度カレンに問いかける。
「……貴方の今回の目的。実際のところは他にあるんじゃないですか?」
「どうしてそう思うの?」
「貴方たち『フッケバイン』は、今日までジェイル・スカリエッティの施設をいくつか襲撃していますよね?」
「そういう依頼だったしね」
「『世界を殺す猛毒』を謳う貴方たちが……特に貴女が、依頼されたからってだけで動くとは思えない」
「…………」
悪名を上げるためか。それとも資金や物資を集めるためか。
トーレの目を通じてこの流れを見ているジェイル――無限書庫とユーノに興味を持っており、自分を執拗に追うクロノとともに、一度見ておこうと思って見ていた――も、当初はそう予想していた。ジェイルは空間モニターの先で、顎に手をやりながら密かに口角を上げてユーノの推論に耳を傾ける。
「さっき言ってましたね。自分たちにはするべきことがあって、引き際を見失うほど馬鹿じゃないって」
「言ったわね」
「クロノの暗殺依頼にしても、貴女はこれを利用して自分の仲間の驕りを無くすことこそを優先目的としている。その意味だと、貴女の目的は
その瞬間、ほんの僅かではあるものの。
カレンの眉が動いたことを、ユーノの目は見逃さない。
「そんなことないわよ。実際にこうしてサイファーたちはボロ負けしてるわけだし」
すぐにカレンは平然として返し、サイファーたちをこき下ろす。が、もうユーノのある種の確信は崩せない。
「それは恭也さんにコラード三佐、アコースさんにシャッハさんという援軍があってのことです」
「君もね、少年?」
「僕のことはどうだっていいんです」
「いやいやいやいや」
エクリプスドライバーにとっての武器である『魔力分断』は、カレンにとっても大きな武器の1つには変わりない。それのみに頼ろうとしたり、過剰な自信は持っていないというだけ。この『魔力分断』を儀式魔法という大掛かりなものとは言え、対抗手段を示して見せたのだ。敢えてドゥビルの攻撃に身を曝し、痛撃を幾度もその身に受けながら耐えて『ショートジャンプ』を誘ったことも、見上げた度胸と言える。これを成したユーノを、カレンが脅威と思わないわけがない。
カレンだけではなく、トーレを通して送られてくる映像の先で、ジェイルもまた「儀式魔法を個人で使って絶好の機会を生み出しておきながら、どうでもいいで切り捨てられては、敗北した鬼が居た堪れないだろうに」と零す。
「そしてその援軍は、貴女にとって想定外だったんですよね? つまり、仲間の驕りをなくすためという貴女の目的が達成されたのはクロノによるものじゃない。クロノは油断して負けた。サイファーさんなんか、調子に乗ってクロノの頭に足を乗せていい気になっていたじゃないですか」
「何だと!?」
「黙ってなさいな、サイファー」
「くっ……」
敗北した者が吼えるな。そう言いたげなカレンの目に、サイファーは勢いを殺される。
サイファーたちの鼻っ柱を一度折る必要があった。だからクロノはちょうどいい相手だった。
それがカレンの言。
しかしクロノは、最後の最後で、サイファーたちから意識を外してしまった。敵を前に、油断してしまったのだ。クロノも自覚していることだ。サイファーはそんなクロノを思い切り嘲笑っていた。すぐには殺さず、クロノをいたぶり、蔑み、愉しんでいた。鼻っ柱を折るどころか、余計に調子に乗っていたのだ。あのままクロノが殺されていたら、サイファーたちはむしろ実力者として有名なクロノを殺したことで、尚一層調子に乗っていたはず。
「貴女にとって、クロノは感謝する対象にはならないはずです」
クロノを前に、ユーノははっきりと言った。クロノの口元が若干ひきつっているが、ユーノはまったく気にしていない。
「こらこら少年。貴方、執務官を助けに来たのよね? 味方を思いっきり馬鹿にするのは、お姉さん、ちょ~っとどうかと思うんだけど?」
「サイファーさんを思いっきりこき下ろしている貴女が言えたことじゃないでしょう……それに、僕はいいんですよ。こんな無茶をやらかした馬鹿に、現実を知らせてやっただけなんですから」
「……お前……に……言われ、たく……ないぞ……」
「うるさいな。黙ってなよ、半死人」
「……この……フェレット……もど、き……!」
「フェレットもどきって言うな、真っ黒クロスケ」
カレンだけではなく、恭也もファーンもシャッハも、そして通信の先でジェイルも苦笑を浮かべてしまう。サイファーとヴェイロン、トーレは唖然としているが。ただ共通していることは、皆一様に呆れているというところか。
「それでも貴女は、クロノに『感謝する』と言った」
強引に話を戻したユーノ。カレンは苦笑したままだったが、さてその苦笑はクロノとユーノのいつものやり取りのためか、それとも別の意味があるのか。ユーノはそこを判別するために、言葉を紡ぐ。
「だから貴女には、仲間の驕りを無くす以外の目的があり、それは達成された。だからそのきっかけとなったクロノに感謝している」
「……はあ。これは失言だったわね。サイファーたちのことを言えないわ」
大仰に頭を振ってカレンは目を瞑り、溜息を1つ。
それは婉曲な肯定。
ユーノはさらに押し込もうとする。意図的に、カレンにもわかるように、視線をトーレに向けて。
「貴女の目的は、ジェイル・スカリエッティとの接触」
カレンの顔から、それまでの余裕の笑みが――消えた。
「違いますか?」
「……少年。これ以上喋ると、貴方はブラックリスト入りよ?」
「っ……貴方たち『フッケバイン』を前にした時点で、それは覚悟すべきことでしょう」
笑みを消したカレンからの真っ直ぐな視線に、ユーノは刃を喉元に突きつけられたような、湧き上がる恐怖を抑えるので必死だ。カレンにはそんなもの見透かされているだろうけれど、それでもユーノは押し隠す。
「それもそうね」
ふっと、カレンに笑みが戻ったけれど。それでもユーノの体は小刻みに震えたままだ。
ならばいったい、何の目的があったのか。次に聞き出すべきはこの一点なのだが、そこでユーノの口は閉じてしまう。カレンの脅しは、ユーノの心を完全に掴んでしまっていて。
「ふふ」
カレンはただ微笑むのみ。
この2年、時空管理局内外に渦巻く権力闘争や思惑に晒されてきて、否が応にも揉まれて学習する羽目になった。相手の思惑を見透かし、こちらの腹の内は読ませない。読ませたように思わせて、裏をかく。そうした権謀術数という名の処世術を身に付けなければ、巨大な組織の中で改革を行えなかった。
そんなユーノにさえも、微笑みの下に隠れた彼女の真意は、もう見通せない。
ユーノを『ブラックリスト』に入れたカレンは、もう読ませることを許さない。
『いやあ、実に見事だ。ユーノ・スクライア司書』
誰もが口を開けない状況の中。
非常に楽しげで軽い口調が割って入った。空気の読めない、むしろ読まない介入者は、しかし、そんなことを意にも介さず、空間モニターの先でユーノに向けて拍手までして見せる。
クロノが、ユーノが、目を見張る。視線はトーレのそばに開いた空間モニターに映る男――ジェイル・スカリエッティへと注がれる。
『初めまして、ユーノ・スクライア司書。そしてクロノ・ハラオウン執務官。『世界を殺す猛毒』の首領、カレン・フッケバインといい、君たちといい、こうして相見えることができた今日という日は、本当に、本当に、良き日だよ』
恭しく頭を下げるジェイル。クロノもユーノも激しい敵意を向ける中、トーレは少し驚いていた。
ジェイルは普段から紳士然として礼を口にするが、頭まで下げることは滅多にない。それだけクロノとユーノを高く買っているということ。ジェイルが2人に興味を持っていたことはトーレも知っていたが、そこまでとは思っていなかっただけに意外であった。
「何のつもりかしら、ジェイル・スカリエッティ?」
『いやなに。私は君の口から聞くまで、君たちが私の施設を立て続けに襲ったのは、単に私を殺すことで悪名を高めるためか、単なる資金稼ぎというところだろうとしか思っていなかった。しかしその2人は、私に対して君が何らかのメッセージを発しているとまで読んだのだ。見事じゃないかね。情報から導き出す根拠ある理論。会話の中に散りばめられた僅かな情報さえも逃さず、しかも即座に妄想などとは言えない、理屈立てた推論さえ立てられるのだ。1人の研究者として、これほど聡明な人物と話してみたいという欲は抑えられないのだよ』
まして、魔法という力に頼り、情報を軽視しがちな風潮の中では尚更に。
ジェイルも戦闘機人を生み出しながら、現在稼働するウーノ・ドゥーエ・トーレ・クアットロ・チンクのうち、トーレとチンクを除く3人を情報戦に長けた機人として作った。それだけ情報戦を重要視している。クロノとユーノはその情報戦に真っ向から挑んだと言ってもいい。
ユーノについてはエクリプスウイルスに関する資料を見て、そして無限書庫の司書だと知って以来、興味を持っていた。反面、クロノは面倒な相手としか認識していなかったジェイル。しかしクロノが今回こうして無茶を犯したのは、情報を掴むためだと言い換えることができる。命を懸けてでも1つの情報を追い求めるその姿勢を、ジェイルは高く評価したのだ。
『昨今、エクリプスウイルスの感染者が増えている。その点について、私が関わっている可能性があると彼女は踏んだようでね。それで私に接触を図ってきたのだよ』
「口が軽いのね、このマッドサイエンティスト」
『娘を人質に取られたのだ。このくらいの意趣返しは許されて然るべきだろう』
さして怒ってはいないのだろうが、見た目にカレンは不機嫌そうに肩を怒らせる。対してジェイルは大仰に肩を竦めて腕を広げ、おどけて見せる。世を揺るがす者同士の会話は、クロノやユーノたちを尻目に、まるでご近所同士のような軽い口調で行われていた。
クロノもユーノも納得する。確かに、ジェイルは生命操作系の分野をメインとする研究者。エクリプスウイルスという未知のウイルスも、人間に寄生する生物兵器と捉えれば、生命操作系の脅威と言えなくもない。事実として、エクリプスウイルスの感染者が増加傾向にあることも見逃せない。理由はまったく不明。カレンがジェイルとウイルスの関連を疑うことにおかしい点はない。
「お前が……なのはを撃墜した戦闘機械の開発者とやらか?」
追い求めた敵。通信の先にいるとは言え、会話ができる状況。好機と言えば好機だ。だがいきなりジェイルと話すことができるなどと思っていなかったクロノとユーノは、何を言えばいいのか、何を聞き出せばいいのかに時間を要した。
そんな2人よりも先に口を開いたのは、恭也だった。ジェイルは恭也が向ける敵意を前にしても動じることはなく、むしろ何のことだと一瞬わからなそうにした。通信の先でウーノが耳打ちすることで、ようやく何のことかを理解したらしい。「ああ、ああ。あったなあ、そんなこと」と何度も首肯する。その態度が、余計にクロノにユーノ、そして恭也の敵意を増幅すると知ってか知らずか。
『あれは私が開発したものではなく、かつて古代ベルカの時代に使われていたものをレストアしただけだ。私の傑作である娘たちと同列になど並べるべくもない。その程度のものに撃墜される者のことなど、いちいち覚えてはいないものでね』
「…………」
「……ジェイ、ル……スカリ、エッティ……!」
「なのはをあんな目に遭わせておきながら、よくも……!」
クロノでさえ体を起き上がらせようとするほどに、3人はこみ上げる怒りに体を震わせる。すぐに飛び出さないだけでも御の字だ。シャッハやファーン、ヴェロッサも、3人を制止しつつも非難の目を向けるのはむべなるかな。
しかしそんな6人の様子にも、ジェイルはどうでもよさそうだった。それよりも、とジェイルは身を乗り出して1人1人へと視線を向ける。舐め回すかのような視線。まるで研究対象を見つけて観察しているかのよう。
と言っても、ジェイルにとっては至極当然のことだ。興味を持つなという方が無理な話。
『ユーノ・スクライア司書。〝ディストーションシールド〟もさることながら、君の高等技法の腕、魔力運用、そして洞察力に論理力。多面的な物の見方ができ、マルチタスクで思案を巡らせ、情報の価値を知り、活かすことができる力。私は魔力量に物を言わせる魔導師になど興味はないし、情報を軽視する輩も愚かだと思っている。君は私にとって、まさに理想に近い姿であり、それゆえに脅威を感じているよ』
「……貴方に注目されても、まったく嬉しくないですね」
『それは残念だ』
「それよりも答えてもらいますよ? 貴方と時空管理局の関係を」
『いいとも。どう答えてほしいかね? 肯定かね? 否定かね? どちらでも構わない。どちらにしてもあまり意味のあるものではない。君ならそんなことは理解しているだろうけれど、答えろと言うのなら答えようじゃないか』
「……もういいですよ。確かに、意味はないですね。僕にもうちょっと観察眼や洞察力があれば、貴方の言葉の真贋を判断できたのでしょうけど」
君は本当に聡明だね、とジェイルは肩を揺らして笑う。本当に侮蔑も嘲笑もない。ただ本心からユーノに興味がある。
惜しむらくは自分に自信がないことか。ジェイルは自分に自信を持っているし、誰にも負けるつもりはない。特に研究分野においては。世界が敵になろうとも怖いなどとは欠片ほどにも感じない。その点で『理想』からは若干ユーノも外れる。
ジェイルがここで時空管理局と裏で繋がりがあると肯定しても否定しても、その言葉の真贋を見抜くのは難しい。まだそこまでの決定的な証拠がない。今回の件でわかったのは、ジェイルが時空管理局の昨日今日の情報さえも取得できるということ。内通者がいるのか、密かにクラッキングでもされているのか、工作員でも潜ませているのか。そのすべての可能性があり、時空管理局内部の誰かの傘下にあるのかどうかもわからない。
(クロノの今回の行動は、ジェイルの逮捕に繋がる証拠を掴むため。そしてもう1つは、ジェイルを追うことで管理局の裏に繋がる証拠を掴むため)
クロノやユーノがジェイルを追うと、捜査を妨害するように縛り付けが増した。ジェイルは時空管理局の情報を的確に入手しているように逃げおおせている。そして時空管理局が戦闘機人を押収という形で手に入れているのではないかという推測。クロノに接触してきた監視者――ヴェロッサの、ジェイルに関わるなという警告。
いろんな要素があり、多くの思惑と、思惑を抱く者たちの間でも敵対関係があるようにも見受けられる暗部。それらを結びつけるものが、偶然にもフェイトの今後のためにと個人的にクロノとユーノが追うジェイル・スカリエッティだった。だからクロノは、ジェイルを追うことでジェイルを捕まえるという目的と、暗部に迫るという目的の2つを同時に成せると考え、今回の行動に出た。
(ジェイル・スカリエッティがここにいたことで、クロノが昨日提出したばかりの報告書を入手していることは明白。管理局内部に、ジェイルと関係を持つ者がいる。ただ、それが誰かはわからない……)
愉快そうな笑みを浮かべるジェイルを憎らしげに思いながらも、ユーノはジェイルからその『誰か』までは聞き出せそうにないと断念する。仮に最高評議会なのかと聞いて、それにジェイルが肯定したとして。その回答を信用することはできない。否定したとしても同様だ。結局のところ、真贋を判別できるだけの根拠となるものがない。これではむしろ聞くことでジェイルの言葉に振り回されそうだ。ならば今は聞かない方がいい。
そしてもう1つ。ユーノは視線をカレンへと移す。
(ジェイルと関係を持つ『誰か』と、『フッケバイン』にクロノ暗殺を依頼したという『誰か』。これが同一の存在かどうかもわからない)
時空管理局の部隊がクロノ暗殺に動いていたら同一と判断してもいいだろうけれど、そこは『誰か』も考えているということだろう。小癪にして姑息。しかし堅実と認めざるをえまい。『誰か』を掴みきれない悔しさと歯痒さ、ジェイルに振り回されそうになっている自分自身の不甲斐なさに、ユーノは歯を噛み締めて苦虫を噛み潰したような苦渋の表情を浮かべた。
『クロノ・ハラオウン執務官。フェイト・テスタロッサは息災かね?』
「……その、名を……口に、する、な……!」
『そう言わないでくれたまえ。実際に生み出したのはプレシア・テスタロッサ女史だが、フェイト・テスタロッサは私が基礎理論を立てたプロジェクトFの落とし子。私の娘と言ってもいいのだよ。その身を案じるのは当然じゃないか』
「だ、まれ……!」
『やれやれ。私は心から感謝しているだけなのだが』
無理矢理に体を動かそうとしたので、途端に激しく痛む身体に顔を歪めながら、クロノは一発殴りたい衝動のままに歯を食いしばって睨みつける。
クロノがジェイルを追うのは、今でこそなのはのためでもあるが、当初はフェイトの将来を案じたからだ。どうしたってフェイトとジェイルの因縁の関係は消えない。ジェイルを野放しにしておけば、必ずフェイトの人生に大なり小なり関わってくる。フェイトのことだから自分から関わっていこうとするかもしれない。だからこそ先んじてフェイトの進む道からジェイルという障害を取り除こうとしたのであって。
そんなジェイルがフェイトを『娘』と呼び、『父親』のように振る舞うのは、義兄として到底我慢ならない。ユーノが聞き出そうとしたことはクロノが聞き出そうとしたこととまったく相違ない。だからクロノが問い質しても同じ結果に終わったろう。それだけに、ユーノと同じ苦渋の思いも重なって、ジェイルへの嫌悪感が増していくばかり。
『高町なのは、だったか。その関係者かね、君も?』
「……兄だ」
『ほう。これは失敬。身内を殺されかければ、まあ、その怒りはもっともなのだろうね』
クロノとはまともに話もできそうにないと判断したか、ジェイルは恭也へと対象を移す。
『どんなカラクリかわからないが、高速魔法や『ショートジャンプ』とも何かが違う、あの動き。空間転移というわけでもない。それにそこの鬼の装甲さえも無視する攻撃。いや、実に興味深い。魔力は一切感知できなかったし、単なる手品などというわけでもない。是非とも教えてほしいものだ』
「吐かせてみるか?」
『いや、やめておこう。トーレがそこの鬼と君には非常に興味を持っているようなのでね。知りたくはあるが、今は手を出す気もないよ』
『ライドインパルス』。トーレの持つ特殊技能だ。
高速機動による格闘戦こそがトーレの戦闘スタイルなので、高速機動とも取れる『神速』や『ショートジャンプ』はトーレにとって気になるものだ。ジェイルとしては娘が興味を持つものは、有効であれば是非とも与えてやりたいし、今後の改良にも活かしていきたい。
トーレとしては戦ってみたいのだが、カレンはこの場からの早期撤退が目的であり、進んで戦闘に及べば加勢してくれないかもしれない。いくらトーレでもこの場の全員を敵に回すのは辛い。そんな行為に出れば、カレンは喜んで勝手にやってくれと言ってさっさと撤退することだろう。戦ってみたいという気持ちよりも、今はカレンの喜ぶ顔が見たくないという気持ちが勝る。
『ファーン・コラード。君の教え子たちには毎度苦労させられているよ』
「そのわりに楽しそうですが」
『楽しいとも。君の教え子たちは総じて優秀だからね。その点、高町なのはは残念だ。君の教えを受けながら、なぜあんなガラクタ如きに敗北するのか』
「たった3ヶ月で教えられたことなんて少ないものです。偏に教官としての私の指導不足。とは言え、最初から何から何まで優秀な子などいません。失敗や挫折を繰り返して強くなっていく。あの子は必ず、貴方に後悔させますとも」
『期待しておこうじゃないか』
ファーンがジェイルを追ったことはない。だがファーンが教導官時代、そして現在に至るまで、教え、叩き込んできた技術や思想は、前線と後方、武装局員から技術局員、情報局員、事務局員と、部署も立場も問わず、少しずつ浸透してきている。全体から見れば僅かな数だ。それでも、各自が各自の戦場で日々を戦い、己が任務を全うしている。優秀な師に鍛えられた教え子たちは、ジェイルの罠や思惑を振り払ってジェイルを追いたてる。
『ヴェロッサ・アコース。ふむ、聖王教会から出向扱いの査察官かね』
「僕をご存知とは。なかなか優秀な目と耳をお持ちのようだね」
『今回、君たちが間に合ったのがどうしても不思議でね。早過ぎると思うのだよ。いったい、どうやって調べたのかね? 君のレアスキル『
「それは内緒」
それ以上、ヴェロッサもジェイルも話さなかった。ただ互いの目を見ながら不敵な笑みを浮かべ合う。下手に喋れば情報を抜き出されると思ってのことだ。
何とはなしに、この年若い査察官こそが、ドゥーエの情報工作や隠密活動を妨害し、そして正体を暴かせなかった『もう1人のクロノの監視』なのだろうと、ジェイルは看破していた。
ヴェロッサにしてみても、自身の情報は特に隠蔽や偽装工作を念入りにしておいた。それがばれている。時空管理局内部に内通者がいるか、潜入している者がいると見るに充分な証拠だ。自身のことはばれてしまったが、わかっていて行動したのだ。後悔はしていない。こうしてジェイルがここにいたことで、そして今の発言からだけでも得られたものは大きい。失ったものの対価としては決して悪くない。
『シャッハ・ヌエラ。聖王教会のグラシア卿の娘、カリム・グラシア理事官のお付きか。お付きが主人の下を離れてもいいのかね?』
「カリム様とて教会騎士団所属。侮ると痛い目を見ますよ?」
実際のところ、シャッハとしてはカリムの元を離れるのは気がかり。カリムは立場のこともあるが、秘匿されている特殊技能『
じっとしていられない気持ちを押し隠し、努めて冷静に。カレンが突きつけてくる刃に意識を向けつつ、シャッハは言い返した。
全員と話し終わると、ジェイルは今一度6人、さらにカレンやサイファーにジェイル、ドゥビルを見渡した。そして1つ首肯。
『いやあ、何度見ても面白い組合せじゃないか。執務官に無限書庫司書、元教導官。聖王教会出身の査察官に同じく聖王教会のシスター。極めつけは管理外世界の住人。何ともはや、どんなチームだね。加えてその相手はエクリプスドライバーの集団『フッケバイン』。そして『無限の欲望』たる私と、戦闘機人のトーレ。それが一堂に会している。それぞれの思惑を以って。そして我々の他にも思惑は介在している。どうだね、諸君?』
思わせぶりに、ジェイルが腕を広げ、謳うかのように言ってみせる。
「何が言いたいんですか?」
こんな状況下でここまで楽しそうにできる神経に不快感を抱きながら、代表するようにユーノが問いかける。するとジェイルはその質問を待っていたとばかりに空間モニターに顔を近づけた。
『普通ならありえない。そう思わないかね?』
「……クロノのせいでいいでしょう」
「……おい……!」
別にユーノも茶化したわけではない。クロノ自身も思わないでもないことだ。
クロノとユーノが無限書庫や仲間のためにと2人で協力し。その過程で時空管理局に不審を抱き。そして今回の行動に繋がった。なのはの事故やフェイトの依存、はやての生き急ぐ姿勢など、いろんな問題が関わってくるが、突き詰めれば過程はここに繋がってきている。運命だの奇跡だの、そんな非合理的なものなど介在しない。
そう思う一方で。
確かに、ここでこの場の全員が一堂に会することに、普通であれば説明がつかない『何か』を感じるのだ。その『何か』さえなければ、この場の人間が会うことはなかったのだと。
(……考えてみれば。普通ならジェイル・スカリエッティとの関係が疑われている状況で、彼を動かそうとは思わないはず)
普通なら。
ジェイルには動くなと厳命するだろう。
仮にこれがジェイルが勝手に動いたとしても、ジェイルが気まぐれでリスクのある行動を取るとは思えない。クロノが執務官として行ったジェイルのプロファイリングによれば、ジェイルは興味が少しでもあれば行動するが、興味のないことにはとことん無関心と出ている。実際、ユーノもこれまでのジェイルの言葉を思い返すと、なのはのことにはまるで無関心だった。レストアしただけとは言え、自身のものである戦闘機械がAAAランクの魔導師を撃墜しているのにだ。
この場所が元々ジェイルの破棄した施設だったからというのも理由にはならない。ジェイルが破棄した施設は多い。そのいずれにも、ジェイルが舞い戻ったというデータはない。捨てたものに関心は持っていない。
とすれば、ジェイルが動いたのは、ジェイルにとって興味のある出来事があったからだ。ここに集う者たちに、ジェイルが興味関心を持っていたからだ。
(ジェイル・スカリエッティが興味を持つ者を呼び寄せた第三者がいる。僕やクロノが追う『誰か』とはまた別の『誰か』が)
クロノやユーノが追っている『誰か』の中で可能性が高いのは、候補として最高評議会と3提督だった。今回のことでヴェロッサが3提督側であることがわかっている。となれば『誰か』は3提督ではないということだ。そうなると最高評議会の可能性が一番高いということになる。
だったら最高評議会は尚更ジェイルをこの場に寄越さないはず。クロノを暗殺するにしても、時空管理局の部隊を動かすことはないだろう。だからカレンたち『フッケバイン』を動かしたという説は成り立つ。
(でも最高評議会が『誰か』だとしたら、この説には不可解な点がある。時空管理局はこれまで魔法至上主義を推し進めてきた。『フッケバイン』――エクリプスドライバーはそれを真っ向から否定しかねない存在。そんな存在を許しておくだろうか?)
クロノとユーノが2人で話したとき、時空管理局はどんどん肥大化し、戦力も過剰に強化していっていることが話題に上がった。平和な時代に戦力を強化することは容認されにくい。そこで都合よく強い相手を作り出すことで、それを倒すために戦力の強化を世に容認させるという流れを作り出しているのではないかと。
ただし、強い相手というのも、あくまで『倒すことができる』程度に強い相手だ。戦闘機人は強力だが、魔法で対抗できる。AMFにしても、魔法で対抗することができるのもわかっている。
だがエクリプスウイルスは違う。魔力分断のことはまったくわかっておらず、AMF以上に脅威度が高い。しかも最近、感染者が増加傾向にあることも事実。AMFへの対処も確立しきっていない中、それ以上の、手に余るほどの脅威を許し置くだろうか。
(僕なら……数が少ないうちに殲滅する)
手に余るからこそ、今のうちに芽を潰しておこうとするだろう。
『わかったようだね、ユーノ・スクライア司書。クロノ・ハラオウン執務官。それとヴェロッサ・アコース査察官にファーン・コラード元教導官、あとはカレン・フッケバインもかな?』
回答に辿り着いたユーノたちに、ジェイルは心からの称賛と言わんばかりに拍手する。詳細を知らない恭也とシャッハはユーノとクロノ、そしてヴェロッサに目を向け、サイファーとヴェイロンはカレンに、そしてトーレはジェイルに。
『我々がここに一堂に会したのは、偶然などではない。普通ならありえないことだ。だが運命だの奇跡だの、そんな非合理的なものが作用したなどと私は思わない。これは必然なのだよ。偶然のようなこの事態を、必然へと変えた何者かがいる』
愉快そうに演説の如く語るジェイル。その態度に不快感や呆れなどの差はあれど、否定する者はいない。ある1つの部分においてだけは、全員の意見は一致しているからだ。
『どうかね? 今もどこかから眺めているであろう誰かさん。引きずり出して灸を据えたくはないかね?』
「……まあ、そこは同意しましょう」
「……頷い、て……おい、て……やるさ……」
「やれやれ。大変なことに首を突っ込んじゃったもんだよ、僕も」
「……確かに。いい気はしませんね」
「『世界を殺す猛毒』を利用しようとは、舐められたものね」
我が意を得たりとばかりに「そうだろう」と何度もジェイルは首肯する。また余計な問題を増やしてくれたと、クロノとユーノは本当にロクでもない存在と認定したジェイルに八つ当たりの視線を向けつつ、新たな『誰か』という脅威をはっきりと認識した。
『だからこそ、今回はこの辺でお開きとしようじゃないかね』
「上手く話を持ってきたわね」
『いやいや、この場にいれば全員危険かもしれないからだよ。その『何者』か、このまま私たちを逃がすとは思えないのでね。君もさっき言っていただろう?』
――『さて、時間もないことだし。取引しましょう、善良なる管理局の皆々様?』
ジェイルがカレンの最初の言葉を持ち出すと、カレンは「貴方だけは安全な場所にいるんだからいい気なものね」と皮肉を言う。それを言われると痛いとジェイルはからからと笑うだけだったが。
『ヴェロッサ・アコース査察官にファーン・コラード元教導官が不自然なまでに黙っているしねえ。来るのだろう? 3提督が寄越した援軍が』
「……私たちが口を出せば逆に不審かと思っていたのですが、これは失敗だったかしら」
「3提督と繋がりがある僕たちが話し始めると時間を稼いでいるように見えるかなと思ったんだけどね。その辺を知らないスクライア司書やハラオウン執務官が喋ってくれたし、ちょうどよかったしさ。ただ、もう一歩、遅かったかな」
ヴェロッサが懐から何かを取り出す。小さなアンテナがついた、手の中に隠れるほど小さなデバイス。発信機だ。録音の機能もあるので、この場の会話はすべて入っている。
さすがは査察官ねとカレンが腰に手を当てる。得意げにウインクするヴェロッサに、カレンはもはや何も言わず、ヴェイロンがドゥビルを担いだのを見て、そして恭也がユーノを背負い、ファーンやヴェロッサと共に距離を置いたのを見て、サイファーやヴェイロンと共に離脱を図る。
『トーレ。チンクを連れて離脱したまえ。ウーノ、クアットロ。接近する管理局の艦ともう1隻の艦……これは聖王教会かな? 広域ジャミングとクラッキングをかけて追跡を妨害してくれ』
「承知いたしました、ドクター」
『かしこまりました』
『了解ですわ』
トーレは離脱していくカレンの背中を恨めしげに見ていたが、すぐにその場から姿を消した。
恭也たちは構わず、すぐにクロノとシャッハに駆け寄り、クロノを搬送するための準備を進める。その最中も、クロノはまだ空間モニターで見ているジェイルを見据え続ける。
「……おま、えも……か……なら、ず……つか、まえて……やる……!」
動かせる右腕を伸ばし、力の入らない右手で拳を作り。クロノは宣言する。諦めはしないと。今は退くけれど、いつか必ず、お前を捕まえてみせると。
それを、ジェイルは心底嬉しそうに、楽しそうに。
『やってみたまえ、クロノ・ハラオウン執務官。そのときは相応の準備をして出迎えようとも』
また次に会える時を楽しみにしているよ。
そう言い残し、ジェイルもまた空間モニターを消すことでこの場を去った。
あの後、3提督が寄越してくれた援軍の高速護衛艦――『花形』とされる第二艦隊群所属艦だった――に回収され、3提督が気を遣って同乗させてくれていたシャマルが執刀医となって艦内にて緊急手術が行われた。
クロノが次に目を覚ました時はすでに3日が経過しており、目を開けた途端、リンディとフェイト、アルフに怒鳴られ泣かれと大変なことになって。
後から聞いたが、やはりジェイルやカレンは捕まえられなかったらしい。どうもヴェロッサやシャッハが救援要請をしていたのか、聖王教会の教会騎士団が追跡を担当してくれたようだが、取り逃がしたとのことだった。
(結局、『誰か』はわからずじまい。さらに新たな『誰か』まで出てくる始末。前進できたのか後退してしまったのか、わからないな)
ジェイルが出てくるとは思っていなかったし、クロノは『フッケバイン』と遭遇し、交戦しながら生還した局員第一号となったので、充分な戦果であると言える。だがクロノ自身は複雑な心境だった。
「クロノ、聞いてるの?」
「無視とはええ度胸やなあ、クロノくん?」
考えに耽り過ぎたらしい。声も聞こえないほどに思考の海に深く潜っていたため、フェイトとはやてがすこぶる不機嫌そうであった。
「ああいや、すまない」
「……また考え事?」
「まあ、な」
「……ホンマ、何をしに行ってたんよ?」
「……すまないが、職務上の秘匿事項だ。君たちでも喋れない」
不機嫌そうな顔がさらに不機嫌になるかと思いきや、寂しそうにするフェイトとはやて。心配してくれているのだろうことは明らかだった。
クロノは今回のことについて、リンディやフェイト、アルフたち家族にさえも教えていない。もちろん仲間の誰にもだ。状況からしてユーノも喋っていないらしい。と言うより、どうもユーノとは仲間の誰もがぎくしゃくしているらしく、フェイトとはやても全然会えていないらしい。
悪いとは思う。けれど、やはり喋ることはできない。
ジェイルやカレンのことを喋れば、必ず時空管理局の持つ闇に話が及ぶ。上手く隠そうとしても、フェイトもはやても鋭い子だから、どこかしらで疑問を持つ可能性がある。
さらに言えば、フェイトやはやてと話をしていると、どうも『フッケバイン』と交戦したことやジェイルや戦闘機人と出会ったことも、公にはなっていない。『フッケバイン』と交戦して生還した局員第一号ともなれば話題性は抜群なのにだ。だからこそ、余計にクロノも喋れなかった。喋らないようにした。下手に喋ってフェイトやはやてがこのことを知れば、2人にどのような害意が向けられるかわかったものではない。事情を知る恭也やファーンが2人の護衛を影ながら引き受けてくれているようだが。
「お詫びにもならないと思うが、何でも1つ、言うことを聞く。それで手打ちにしてもらえないだろうか?」
そんなことをフェイトもはやても望んではいないだろう。卑怯な手段だとも思う。
ただ、寂しい顔や悲しい顔をしてほしくない。怒鳴ってくれてもいい。身震いするようなお仕置きを仕掛けてくれても、まあ構わない。ただ、負の感情に苛まれて欲しくない。できることなら、笑っていてほしい。別にその笑顔が自分に向けられていなくてもいい。幸せそうにしていてくれれば、それだけで自分は頑張れるのだから。
「……ホンマ、ひどいお兄ちゃんやな」
「まあ、これがクロノだから」
散々な言われ様だ。当然だと思うけれど、やはり言われると心が痛い。嫌われてでも為すべきことがあるとは言え、これに耐えるのは厳しい。
だが、クロノもまだまだわかっていなかった。
「ほな、1つと言わず、10回は聞いてもらおか」
「……多いな」
「何でも1つ、言うこと聞くんだよね、クロノ?」
「……卑怯な」
にししとはやてが得意げに、フェイトが仕方がないんだからと呆れたように。
笑いかけてくれた。
嫌われてでも、などととんでもない。クロノはフェイトとはやての、自分に向けられた家族・仲間としての強い思いを如何に履き違え、読み違えていたのかを理解させられる。
この程度で嫌うほど、彼女たちの思いは軽くないのだと。
(……ああ。やはり、そうか)
わかっていた。自分が浅はかだったことなど。
あのとき。
ユーノや恭也たちが助けに来てくれたとき。この部屋で初めて目を覚ましたとき。
ずっと考えていたけれど答えが出なかった、あの問いの意味を。
今更ながらに、理解できたと思っていた。
が、理解できたつもりでしかなかったらしい。
まだまだ、理解しきっていなかったようだ。それを、2人に教えられた気分だ。
「……わかった。いくつでも言ってくれ」
「お、言うたな、クロノくん? 男に二言はないやんな?」
「ふふ。知らないよ、クロノ?」
だからこそ。
クロノは1つ溜息をつき。
改めてフェイトとはやてを見て。
「――ありがとう」
普段ならなかなか言えないその一言を。
素直に、口にすることができた。
「…………」「…………」
突然の御礼に、フェイトもはやても目を瞬かせ、きょとんとしていたけれど。
ややあって、少しだけ頬を染めつつも。
「……うん」
「……ええよ、わかってくれたんやったら」
心配してくれてありがとう。許してくれてありがとう。
色んな意味を含んでのことだから、伝わるかどうかわからなかったけれど。クロノの心からの言葉は、きちんと2人には伝わっているようだった。
――『みんなのお兄ちゃん』と慕ってくれて、ありがとう。
慕っているから心配するのであって。慕っているから無茶を怒っているのであって。そして慕う心は、変わらず抱いているのであって。喋ってくれないのも、きっと自分たちのためなのだろうからと、フェイトもはやても感じているからであって。それだけ、クロノを信じているからであって。
だからこそ、『みんなのお兄ちゃん』として、クロノは礼を言わずにはいられない。『妹たち』を心配させ、不安にさせ、そしてその大きな思慕の念を正しく理解できていなかったことに、心からの謝罪と、何より感謝を。
謝りすぎだと言われたこともあるから、ごめんな、ではなく、ありがとう、を。
「…………」
「…………」
「…………」
何だか誰もが言葉を発せない雰囲気になってしまい、クロノは急速に湧き上がる恥ずかしさに顔を逸らし、フェイトは俯き、はやても頬をかいて視線をあちらこちらに動かして。
そんな3人だったから、扉をノックする誰かに、内心で感謝しきりであった。はっと我に返ったフェイトとはやてが2人して扉に向かい、その誰かを迎え入れる。
「失礼する……ん? もしかして、タイミングが悪かっただろうか? 何なら出直すが」
何とはなしに気まずい雰囲気を察した恭也の言に、3人は揃って首を横に振り、むしろ居てくださいとばかりに椅子を進める。
が、しかし。
来客は、さらに3人いた。
「失礼するよ」
「失礼しますね」
「失礼するわ」
「え、コラード先生? それと……」
「は……?」
「…………」
恭也に続いて入ってきた1人の老提督と教官、そして緑髪の少年に、フェイトとはやてが呆気に取られたような言葉を漏らす。大なり小なりの違いこそあれ、クロノもまた驚いてはいた。が、すぐに我に返り――敬礼する。
「座りながらの無礼、お許しください」
「構わないで」
「怪我人に立てなどと言う気は毛頭ありませんよ」
恭也に案内されて入ってきた3人は、呆然としたままのフェイトとはやてに笑いかけつつ、クロノに敬礼を返す。老人などとはとても思えないほど、背筋をまっすぐに伸ばし、年季の入った無駄のない、それでいて自然とできるだけの域に到達した、文句のつけようがない敬礼を。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。ファーン・コラード三佐」
「いいえ。貴方を助けられて本当によかったわ」
「それと……」
「や、1週間ぶり」
「……お前じゃない」
「おや、ひどいなあ」
「まあまあ、そう喧嘩腰にならないで――はじめまして、クロノ・ハラオウン執務官。お怪我の具合は如何かしら?」
「おかげさまで、この通り順調に回復しております。お気遣いと、そして此の度の私的な行動への過分の救援を手配いただいたご厚意、どれだけ感謝しても足りません」
思ったよりもずっと早かった。その『予想』があったからかもしれない。フェイトやはやてよりも早く反応できたのは。
「――ミゼット・クローベル提督」
クロノが自身の来訪を予想していたことさえも察したのか、彼女――『伝説の3提督』が1人、ミゼット・クローベルは、誰もがほんわかとするような、穏やかな笑みを浮かべた。