『伝説の3提督』。
そう言われるだけの経歴を持つ3人の提督は、全員が魔導師というわけではない。
正確に言えば、魔法資質は3人共に持っていたが、レオーネ・フィリスは後方型の魔導師で、平均以下の資質しか持っていなかった。後方型は現在でも軽視されるが、実のところ、これでもまだマシになった方だ。時空管理局創設時の混乱していた黎明期の当時はよりひどく、酷使されたレオーネは他の後方型魔導師同様にリンカーコアに異常をきたしてしまい、前線で戦える状態ではなくなった。魔導師としての活動をほとんどしなくなり、将として指揮や体制構築などに取り組んだタイプ。国家やそれ以上の規模の組織との戦いから、テロ組織のような比較的規模が小さく、かつ分散型の脅威こそが主になってきた中、その時流を読み、フロントアタッカー・ガードウイング・センターガード・フルバックの4人1組の機動力や柔軟性に富んだフォーメーションを考案。実際に隷下の部隊で運用し、実績を重ね、現在に至るまでの形を作り上げた。他にも、陸海空各戦力の統合的運用を主張し、統合幕僚監部を創設したこと。執務官という、軽快かつ広範に動ける役職を作ったこと。バックアップとなる後方の充実化のため、自ら後方のトップである総務統括官となって改善に尽力したこと。これら功績の数々は文武両面において数知れず、現在の時空管理局の、まさに屋台骨であり、土台を作ったと言ってもいいだろう。3提督が、前線・後方双方の魔導師のみならず、魔法資質を持たない者からも敬意を向けられるのは、偏にレオーネによるところが大きい。
ラルゴ・キールは武装隊一筋でやってきた砲撃型の魔導師。士官学校にも通わずに叩き上げでここまで上り詰めた。射撃・砲撃型の魔導師でありながら、同時に鉄壁の防御力を持って、ときに前に出ては仲間の盾になり、時に後方から圧倒的な火砲支援を行う。その型にはまらない、むしろそうした型にはまることを嫌った彼は、『単独で戦える射撃・砲撃型魔導師』の最たる例であろう。本来なら中衛にある立場ながら、フロントアタッカーやガードウイングなど最前線に出ることを好み、その姿勢は現在でも艦に乗って現場で指揮を取ろうとする行動にも現れている。
そしてミゼット・クローベル。彼女はラルゴとは真逆の、典型的なセンターガードタイプの魔導師だった。若くして高い士気統率能力を発揮し、エリート街道を進んできて、レオーネが4人1組の陣形と柔軟な運用を確立したことで、一層彼女の活躍は目立った。レオーネはミゼットが一番やりやすいようにこの陣形や運用方法を考案したとの説もあるくらいだ。同時に教育の方面でも貢献度は大きく、彼女の教育や訓練を受けた局員は、戦技教導隊教導官や執務官を始め、優秀な人材となって時空管理局を支えた。執務官でもあった『英雄』ギル・グレアム、そして元教導官ファーン・コラードは、まさにその世代だ。
(……動きが早いな)
そんな3人のうちの1人が今まさに目の前にいる。何らかの接触を図ってくるのではないかとクロノも予想していたし、期待してもいた。が、まさか面会謝絶が解けたその日にやってくるとは。しかも自ら。老いたとは思えない行動力である。
(風林火山という言葉を聞いたことがあるが……なるほど。この人たちはまさにそれだな)
速きこと風の如く。
静かなること林の如く。
侵略すること火の如く。
動かざること山の如し。
これまでクロノが動いても正体を見せず、クロノがちょっと突いてみても『山』の如く動かなかったのに。動くと決めたら『風』の如く即座に接触を図ってきた。そのくせ、会話を急ぐわけでもなく、クロノが話し出すのを待っているように、『林』のように静かに椅子に座っている。
あとは『火』であるが……彼女が今『火』の姿勢を見せたとしたら、果たして自分は防ぎきれるのか。
(……無理だな)
実力でも言葉でも。ミゼット・クローベルにクロノ・ハラオウンが勝てるはずがない。クロノ・ハラオウン如きでは、この人を突き崩せるわけがない。時空管理局という巨大な組織を相手にすることの大変さはこの2年間でよくわかった。ミゼットたちはその中で活き、功績を上げ、変革してきた人物。現在でも、多くの権力を削がれながらも戦っている。それがわかるだけに、何かを成せたとはとても言えないクロノに、何を言えるだろうか。
フェイトとはやてはこの場にはいない。恭也が少し席を外してほしいと頼んだため、ファーンはともかく、
「まずは、貴方にお詫びしたいことがあります」
だから、ミゼットの方から話しかけてくれたことには感謝したい気分になる。それと同時に、ミゼット・クローベルから謝られるなどとは露にも思っていなかったからこそ、わけがわからない気持ちにも。頭まで下げられたら尚のこと。慌ててクロノは頭を上げるように頼んだ。
「貴方を試すような真似をして、本当にごめんなさいね」
「……やはり、ですか」
チラリとクロノは視線を、扉の近くで壁にもたれて立っているヴェロッサ――あのとき接触してきた監視者に向ける。
――『君が知りたがっていることを教えてあげよう。覚悟があるのなら来るといい』
ヴェロッサがそんな誘い出しをしてきたこと自体、明らかに試していたと言える。度胸を試していたとも言えるし、どのような考えをクロノが持っているかを図るためでもあったのだろう。
とは言え、認められるようにクロノが喋っていたなんてことはない。あのときヴェロッサに言い放った言葉はすべて本心からのものだ。時空管理局のためではなく、心の底から、なのはにフェイト、はやてにユーノたち仲間のことを想い、彼らが理想を信じて戦っていける場所にするために時空管理局を変えてやるのだと思って。
あの後、ヴェロッサは隠密に徹して接触してこず、締め付けが厳しくなってくる一方ということもあり、試された結果として不合格だったのではないかとクロノは受け取っていた。
「貴方がたに認められなかったのだろうかと思っていましたが……ここにこうして来ていただけたということは、及第点くらいはいただけたということでしょうか?」
「及第点などと……とんでもありませんよ。むしろ私たちが貴方を合格か不合格かなどと決めることさえおこがましく思います。それでも敢えて言うのであれば、もちろん、合格です」
そうですかと、クロノは安堵の表情を浮かべる。それを見て、ミゼットはたいがいこの少年も自己評価が低いに過ぎるなと思わずにはいられない。
ミゼットからすれば、長年追い求めた敵。姿を見せず、その影がちらついているのはわかるのに、一向に踏ませてもらえなかった。時空管理局の裏。暗部。闇。
これを明確に、はっきりと、影を掴んだ。
『伝説の3提督』などと呼ばれている自分たちでさえなかなか掴めなかった決定的な証拠の1つ。これを成したのがクロノなのだ。これほどのことを成して見せたのだ。なのにその自覚がないとあっては、自覚があって尊大に振る舞われた方がまだマシなのではないかと感じてしまうのも仕方がないではないか。
それもそうだろう。
『伝説の3提督』をも、
「本当にお見事です、と言いたいところですが、無謀であることは咎めねばなりません」
「……深く反省しています」
ヴェロッサ、ひいてはミゼットたちが仕掛けた誘い出しのことを言っているのではない。今回のクロノの無茶な行動についてだ。
時空管理局の暗部のトップがいったい誰なのか。ジェイルにつながっている者が誰なのか。
最高評議会はクロノが自分たちを疑っているとは思っていないし、時空管理局の内部なのか外部なのかさえもわかっていないだろうと判断している。だからこそ、今回差し向ける刺客について、ばれた場合も外部だと思わせるために聖王教会のラルド卿を使ったわけだが。
それは違う。
クロノは、この行動を仕掛ける以前に、すでに時空管理局内部に目をつけていた。
最高評議会か、統合幕僚長――つまり、『伝説の3提督』か。
そのどちらかであろうと。
「どちらが救援に来るか、どちらが刺客を差し向けてくるか。どちらか一方さえわかれば、貴方の目的は達成できるという寸法ですね」
「……お見通しですか」
「私たち自身が試されている。善意であれ悪意であれ、自分たちに向けられた意思に気づけないようでは、巨大な組織の暗部と戦うことはできませんからね」
クロノがこうして『伝説の3提督』が接触を図ってくるだろうと――本人たちが来るとまでは思っていなかったが――予想していたのも、それが理由だ。無謀ではあったが、今回の行動でジェイルと時空管理局の繋がりは確実になった。そしてクロノは自分に接触してくるのが『伝説の3提督』側であろうことも。
何しろ『伝説の3提督』側が、自分たちだと示してきたのだから。
「高速護衛艦『ハーン』。花形と言われる次元航行隊第二艦隊群所属艦でしたね。貴方がた3提督によって有名になった艦隊だけに、今でも貴方がたの影響下にある艦隊。これが差し向けられた時点で、貴方がたが救援側であることはわかっていました」
ファーンやヴェロッサを見てもまだどちらによる救援かはわからなかった。わかったのは救援に駆けつけてくれた艦を見てのことだ。その意味で、恭也やユーノを救援のメンバーに選んだヴェロッサの人選もまた的確だったと言える。この2人がいることでクロノは救援と見せかけての罠の可能性も排除できたのだから。
「分の悪い賭けです。いくら追い込まれていたと言っても、もう少し自分の身の安全も考えなさい」
「お言葉ですが、そう悪い賭けではなかったと思います。ある程度、貴方がたの方が救援側になってくれるのではないかという算段もありましたし」
「……理由をお伺いしても?」
「もちろんです。その前に1つ、お尋ねしておきたいことが」
「何でしょう?」
「1年前。無限書庫が責任を追及されそうになった際、密かに裏で立ち回っていただけたのは、御三方で間違いありませんか?」
「あら、ばれちゃったのかしら?」
別に隠すつもりもないらしく、ミゼットはクロノの問いにあっさりと答えた。
クロノは前線で我武者羅にやってきた過去の経緯から、時空管理局内にそれほど親しい者がいない。つまり後ろ盾がない。リンディやグレアムという強力なバックは確かにいたが、グレアムがいなくなり、リンディも後方に下がった。いくら後方のトップである総務統括官のリンディと言えども、たった1人だけでは無限書庫をクロノが庇いきることは不可能だった。花形の執務官と言えども、階級で言えば一尉相当でしかないクロノは、権力という点においては大したものではない。1つの部署を庇えるような権限も影響力も持ち合わせていない身。ましてあのとき、追求してきたのは地上本部の本部長。本局でさえ無限書庫を庇う気がなかったのだから、それで無限書庫が部署として解散させられないはずがない。
庇った者がいるはずなのだ。これらを抑えきることができてしまうだけの権限と影響力を持つ者が。
「正直、誰なのかというのは僕もユーノもわかっていませんでした」
「そう。それで、私たちがあなたの救援に回る側になるという算段が付いた理由と、どう繋がるのかしら?」
「はい。次に、グランガイツ隊長の件です。彼にも警告をされていたそうですね?」
「ええ、したわね。残念ながら、彼は助けられなかったけれど……」
「これが2つ目。そして僕へも警告された」
二度続けば偶然ではないという。ならば3度続けば。
「いつも先んじて行動を起こされるのは、貴方がただ」
「…………」
もう一方は、姿を見せず、裏から縛り付けるばかり。警告も何もない。組織の権力を用い、有無を言わさない。
対してミゼットたちは警告をしたり試したりと、何らかの行動を起こしている。それで害を被ったことがないのも大きい。
こうして見ると、直接的な方法を用いてきたのはミゼットたちだからミゼットたちの方が危ないように思えないこともないが、その実、ミゼットたちの行動は守る側だった。そして逆に、この警告に従わなかったゼストたちは襲撃され、全滅するに至る。
「もう一方の何者かが動くときは相当なときだけ。しかも自分たちの手を穢さない方法で来る。クローベル提督、貴方がたは違う。権力を笠に着て強引に抑え込む手法は取らないし、いざとなればご自分たちの持つ力が多少削がれてでも守るために動かれる」
今回の救援にしても、ファーンという、まさかというツテさえ使った。今後はファーンも監視されるだろうし、下手をすれば何らかの押さえつけがあるかもしれない。クロノの救援のために多くのカードをミゼットたちも切ったのだ。
「貴方がたからの警告があった以上、グランガイツ隊長がそうであったように、これ以上動けば確実に命を狙われるということだろうと理解していました」
「私たちが助けに来ない可能性は考慮しなかったのですか?」
「考慮していたからこそ、危険な賭けに出たんです。まさかジェイルや戦闘機人が実際に出張ってくるとまでは思いませんでしたが」
暗殺するにも用意する時間がない。だからある程度大雑把にならざるを得ないし、粗が出る。その隙を突ければいい。
この隙を見逃すミゼットたちではない。実際、ミゼットたちにとっても今回のことで判明したことは大きいし、動かないなんて選択肢はクロノの提出した報告書を読んだ時点ですでになかった。
それでも、前提条件が多い賭けであったことは事実だ。クロノの報告書は、ミゼットたちに届いたときは改竄されてしまっていたし、その対応や救援に対する妨害工作もあって救援はかなり遅れた。あとほんの少しでも遅ければすべては台無しになっていたくらいに。
「理由をお聞きになりましたが、コラード三佐を連れてこられている時点で、この答えも予想されておられたのでは?」
「本当にお見事です、ハラオウン執務官」
ジェイルとファーンは明らかに敵意を向け合っていた。つまりファーンが味方する側はジェイルと敵対する側であると言える。そしてそのファーンを連れてミゼットが来た。クロノがミゼットを信用できる要素になるからだ。
ミゼットはそばに立つファーンと顔を合わせ、頷き合う。そしてクロノに顔を戻すと、至極真剣な表情を浮かべ、これ以上腹の探り合いをするのはやめましょうと前置きしてから。
「もう予想しているでしょうけれど、私たちは今、時空管理局を裏から思い通りに動かそうとする者を追っています」
「最高評議会ですか?」
「そう睨んでいます」
その回答から、クロノは、ミゼットたちもまだ最高評議会であると確定しきれていないことを読み取る。
最高評議会については、一般人は元より、局員でも詳しいことは何も知らないのだ。
まだ混乱していた黎明期、時空管理局はまだまだ組織としてできたばかりの弱いもので、最高評議会が狙われることも多かった。多くの世界が実権を握ろうと権力抗争を繰り広げたこともあり、管理局法で最高評議会の権限は大きく制限されることになった。形式的に時空管理局の最高機関であり、実際に方針や予算案などの決裁は行うが、実質的な運用は本局局長や統合幕僚長など、現場に任されるようになったのだ。メンバーは任期があって定期的に入れ替えが行われており、基本的には局員の高官が選出され、信任を以ってメンバーとなる。
「長年、この最高評議会を追ってきましたが、ようやく、最高評議会の裏に本物の『最高評議会』があるのではないかというところまで来たのです」
「本物の『最高評議会』、ですか?」
「ええ。人が変われば、時代が変われば、考えも自ずと変わってきます。ですが、時空管理局は混乱していた黎明期、いえ、それ以前、時空管理局が設立される以前から、何ら変わっていないのです」
ミゼットの言に、クロノは目を瞬かせて考える。
確かに、クロノ自身、はやてに話したことがある。時空管理局が持つ機能が、なのはたちの世界、地球の日本でいう裁判所と警察と軍隊に相当すること。これはまずいと。治安維持や軍事は行政権の範囲。しかし裁判は司法。捕まえた者が裁くことまでできたら、冤罪を防ぐことはできなくなる。行政権を振るう者が司法権まで握れば、反対する者や意に沿わぬ者を牢に放り込むことができてしまうのだから。
――『時空管理局が善と言えば善。悪と言えば悪――これを止めることができなくなる』
――『なんでこんなことが認められてるん? ベルカは元々、王とか盟主とかが治める君主制やったわけやし、専制政治にも慣れてるんかもしれんけど。ミッドは共和制の民主主義やろ?』
――『時空管理局が設立された当時は、戦乱が続いていてな。強権もやむなし、だったんだ。伝説の3提督だって強権を振るう立場にあった。実際、それで平和が成ったのも事実だ。ただ問題は、その体制のまま現在にまで至っていること。3提督が最大の失敗だったと悔やんでいるってのはグレアム元提督から聞いているよ』
戦乱が続いていた時代ならば、強権を振るうことも容認されたかもしれない。独裁や専制は、民主的な合議制よりもはるかに決定が早い。どちらが即応できるかと言えば、特定の人間が物事を決定してしまえる独裁や専制体制の方だろう。
そんな体制が、現在もまだ生き続けている。それが歪んでいる原因だろうとクロノははやてに話した。
では、なぜそんな体制が続いているままなのか。どうして根本的に解決が図られないのか。3提督のように、大きな影響力と権限を持つ者たちがずっと動き回っているのに。
そんな疑問が、ミゼットの言葉によって説明がついてしまう。
「僕たちが知る最高評議会はフェイクで、その裏に真の『最高評議会』がいて、そして彼らは管理局設立時、もしくはそれ以前の考えを今でも貫いていると?」
ミゼットがゆっくりと一度首肯した。
人が変われば、時代が変われば、考えも自ずと変わってくる。ミゼットの言葉とは真逆だが、何事も例外は存在し、変わらぬ者もいる。時代に取り残されてしまった者もいれば、自分が正しいと信じて変わらない者もいるだろう。
そんな者たちが、変わっていくはずの流れを堰き止めているとすれば。この裁判所と警察と軍隊が一緒くたになったような歪んだ体制のままなのも頷ける。
変化がないのではなく、故意に変化しないよう、現体制を維持しようとする者たちがいるということ。
「ですが設立からどれだけ経っているとお思いですか? まして設立以前ともなれば……」
すでに新暦に入ってから60年以上。当時生まれたばかりと仮定したところでもう60歳を超えている。3提督はその頃から働き続けてきたから、少なくともミゼットたち以上の年齢のはず。
「よくある左翼や右翼、そうした者たちが固まり、世代が交代しても変わらないままでいるという可能性もあります」
地球を例にしても、未だにナチズムや原理主義など、危険とされた思想を信じる集団はいる。時代が変わっても人が世代交代しても、同じ思想を受け継いで。
当初はミゼットたちもそんなところだろうと踏んでいたのだが、ここに来てもう1つの可能性が出てきた。
「もう1つの可能性?」
「設立当時の、もしくは、それこそ次元世界が平定された約150年前。古代ベルカが崩壊してから長きに渡って続いた戦乱と混乱の次元世界を平定した、3人の存在」
「まさか……それこそ生きていられるものでは」
「――ジェイル・スカリエッティ。そう言えば、わかりますか?」
「……生命操作技術。記憶転写型クローン……プロジェクトF?」
時空管理局が設立されたことで旧暦は新暦となった。67年前だ。だが次元世界が一応ながら平定されたのは約150年前。後に時空管理局を設立し、質量兵器禁止条約を各世界に結ばせた3人の人物がいた。時空管理局設立時点で相当な高齢だ。普通に考えれば生きていられるわけがない。
しかしこの次元世界では、かつて権力者が自らのクローンを生み出したり、記憶を新たな肉体に転写して永遠に生き続けようとするための技術が模索されていた。
そしてここでジェイルを繋げればどうなるか。ジェイルは人造魔導師や戦闘機人など、生命操作の分野を一番の研究対象とする違法研究者。記憶転写型クローン技術は人造魔導師のための前段階として基礎理論を立てたものだが、実際にプレシアが完成させてしまえるほどに基礎理論としての完成度は高かった。もし彼が本気で記憶と言わず、感情などもすべて転写できてしまう技術を研究し始めたら、開発できてはしまわないだろうか。これまでの研究成果を考えれば、できるわけがないと否定できるだろうか。
「途方もない話ですが、ジェイル・スカリエッティの存在と、そして今回貴方が掴んだものにより、この説の可能性は高まりました。もしこの3人が健在であるとすれば、150年の間に根を張った人脈や権力は相当のものです」
『伝説の3提督』と言えども、易々とは変えられないということ。
彼らはどこにでもいて、どこにもいない。そんな表現がクロノの頭に浮かんだ。各世界の政界・財界・官界、他にも彼らの影響力は及んでいるかもしれない。
「確かに彼らによって、次元世界は一応の平定を見ましたし、時空管理局が一定の平和を維持しているのも事実です。これは認めねばなりません」
「……仰る通りです」
悔しいが、そこを認めないわけにはいかない。
ある意味、クロノやミゼットたちがしようとしていることは、今の平和を乱しかねないことなのだから。
改革に犠牲は付き物。改革の過程で壊さねばならないものもあるし、削ぎ落とさねばならないことも出てくるだろう。流れについて行けず、取り残されてしまう者もいるだろう。混乱も起こるだろうし、それに乗じて蠢く者とて出てくるだろう。
それはクロノもミゼットも理解していた。非難を浴びることとてあるだろうとも。
「このままでもいいのかもしれません。最高評議会が強権で支配を目論むようなことなく、多少歪んではいても平和が維持されるのであれば、我々がしようとしていることは無暗に混乱を招くだけでしょう」
「ですがここ最近、時空管理局は拡張主義を進め、魔法至上主義を徹底し、平和にも拘らず戦力を強化する一方です。この流れが続けば、いずれ質量兵器にも手が及びかねません」
実際、質量兵器と見紛う兵器の計画もある。質量兵器と魔導兵器の違いも、単なる動力源の問題だけになりつつある。魔法を唯一の武力と位置付けたことについても、そうすることで武力行使を魔導師に限定させ、そして魔導師を時空管理局が我武者羅に集めて独占することで、時空管理局一極体制を確立しようとしているようにも見えてくる。
本局と地上本部の関係の悪さを改善させるどころか、地上本部に肩入れをして対立を煽るような行動も問題だ。一極支配によって敵がいない。敵がいないと武力強化が問題となる。競争相手がいれば兵器の進化は進む。戦力の強化もなる。
そこに来てジェイル・スカリエッティだ。時空管理局との繋がりはどうしたって臭う。ジェイルが現れて以来、ジェイルが戦闘機人や人造魔導師の研究を一気に加速させ、危機感から人造魔導師や戦闘機人への容認論も浮上する始末。戦闘機人を押収という形で時空管理局が手に入れており、このままの流れで行けばいずれ戦力化されることだろう。
「実際にジェイルに会ってみて、如何でしたか?」
「……不気味な男です。さらに別に勢力の存在を示唆し、それさえも楽しんでいるようでした」
「私も長年、多くの犯罪者を見てきました。その中でも、あの男ほど危険な臭いを感じる者は稀。レオーネもラルゴも同じでした」
「僕もユーノ……スクライア司書もです。得体のしれないものを感じています。貴方がた3提督全員もそうなのであれば、まず間違いなく、あの男は危険な存在なんでしょうね」
気になる言葉をジェイルは口にしていた。『無限の欲望』と。
会話からでも情報に気づくユーノを褒めていたジェイル。ジェイルもまた同じなのだろうと推測できる。だとしたらジェイルは故意に『無限の欲望』という言葉を使ったはず。愉快犯らしい態度だが、愉快犯なんて程度で済ませていいものではない。開発しているのは命を弄ぶもの。そしてそれを使って世の中に不安を撒き散らしているのだ。
こんな危険な者と、最高評議会は繋がっている可能性があるとなれば、これを認めていいわけがない。
「それでも僕は……やめるつもりはありません」
「なぜです?」
「……ひどく、個人的な理由ではありますが」
「構いませんとも」
クロノは一度、ミゼットから視線を外した。
理由など、簡単なことだ。時空管理局の問題点、昨今の風潮、それがもたらす弊害。並べていけばいくらでもあるが、言ってしまえば些末事だ。突き詰めてしまえば、そんな小難しいことではない。
ただ1つ。たったそれだけ。
――『父のような悲しい犠牲を、母のように哀しむ人を、もう出したくない』
よく抱き上げてくれた父の、突然の死。見上げた先にある、柔和に微笑む父の遺影。
人前では気丈に振る舞っていた母。その母が、夜中にたった1人泣いていた背中。
記憶にも残らない幼い頃の、たった1つ鮮明に憶えているその光景こそが、今も昔もクロノ・ハラオウンを突き動かす原動力。
そして今は、それだけではない。
誰にも認められず、誰にも賞賛されず。それでも自分のことなど省みず、ただ仲間のためにといつもいつも動きながら傷ついている馬鹿。誇らせてやりたい。自分を大事に思えるようにしてやりたい。いや、殴ってでもそうさせる。こいつとなら、どんな強大な相手だろうと背中を任せて共に戦っていけると思える友がいる。
悲しい別れを経験し、重い十字架を自ら背負い。冷たい視線や心無い言葉に晒され、後ろ指を指され、理不尽な批判さえも受け止めて。それでも『世界中の誰にも、悲しい夜が来ないように』と、自分を犠牲にしながら戦い抜こうとする仲間がいる。
クローンであり、親に捨てられた辛い過去を背負いながらも。必死で今を生き、前を向いて戦って。友達を得て家族を得て、少しずつ笑うことが増えて。それでもまだ心の中に弱さを抱え、放ってはおけない義妹がいる。
クロノが見失いかけた想いを拾い上げ、再び火を灯してくれた笑顔の持ち主。悲しみと涙を撃ち抜き、兄と同じく『みんなの笑顔を守りたい』と願い。『笑顔』と『無表情』という、本来の彼女とは真逆の表情を浮かべるほどに追い込まれ、それでも諦めず、自分の涙や傷ついた心を押し隠して戦う、優しい少女がいる。
「そんな馬鹿が、そんな彼女たちが、『みんなのお兄ちゃん』と言って慕ってくれています。信じてくれているんです。だからこそ、彼らが苦しみ、悲しみ、涙する姿など見たくはないんです。ましてそれが、時空管理局や蔓延する風潮によるものであるなどと、絶対に認められません」
そこの奴には言いましたが、とクロノはヴェロッサを見て前置いて。
「フェイトも、はやても、そしてなのはも、人を救い、笑顔を守るために戦おうとしています。管理局のためではなく、悲しんで涙を流している誰かのために自分の力を活かすことができると、そう純粋に信じて戦おうとしています。ならば僕は。彼らが信じる正義や理想を、貫けることができる管理局にしてみせると、そう決めました」
わかっているということか、ヴェロッサは肩を竦めて笑みを浮かべる。馬鹿にしているのではなく、ただあのときと同じ大言壮語に呆れているような、そんな笑み。
「……確かに、これ以上なく個人的な理由ですね」
「公平な立場に立つべき執務官として問題発言と言われても仕方がないことは、重々承知しています」
けれど、間違っているとは思わない――そうはっきりと告げる。
クロノ1人では無理だけれど、なのはなら、フェイトなら、はやてなら、もっと多くの人を守れるだろう。多くの人を助け、悲しみから救い、笑顔を守ってくれるだろう。そんな彼女たちだって、守られて然るべきだ。誰かのために戦う彼女たちを、守ってあげなければならない。
「『妹』を守るのは、『兄』の役目です」
ならば、『みんなのお兄ちゃん』として、『妹たち』の笑顔を、心を、守らねばならない。義務ではない。守りたい。何より、守りたいのだ。
「そんなボロボロの身では説得力に欠けるけどね」
「ぐっ……」
片目だけ開けて、ヴェロッサが鋭い指摘をしてくる。事実なのでクロノには言い返せない。ミゼットは真剣な表情を崩さなかったが、ファーンや恭也は苦笑を漏らした。せめてもの反撃と睨んでやるクロノであったが、ヴェロッサはもう目を閉じてすまし顔。まるでユーノを相手にしているような気分になる。
「大事な者たちのためとは言え、無茶は無茶だ、クロノ。守るべき妹に心配させては本末転倒だ」
追従するように今度は恭也。ただ、からかう色はなく、代わりに責める強みが声に籠っていた。
「申し訳ありません。恭也さんにも、本当にご迷惑をおかけしました」
「俺のことはいい。だがフェイトにはやて、そしてなのはにユーノ、ハラオウン総務統括官、シグナムにヴィータ、シャマル、ザフィーラ……他にも大勢の者がお前のことで不安に苛まれた。仮にもなのはのことがあった後だ。仲間が生死の淵を彷徨うようなことになれば、どれだけ苦しい思いをするか、なのはのことで嫌というほどわかっていたはず。このこと、ゆめ忘れるな」
「はい」
いつも無愛想であるが、今日はいつもより表情が硬く、口調も厳しい。怒っているのだろう。当然のことだ。クロノは恭也の視線から逃げることなく向き合い、反省していることを伝える。
そして同時に。
もう1つのことを、視線に乗せて訴えて。
恭也はしばし無言でいたが、それを察したのか……。
「……答えが出るのが少し遅かったな」
目を閉じ、困ったような小さな笑みを浮かべた。クロノもまた「返す言葉がありません」と苦笑する。
「自分がどれだけ浅はかだったか。どれだけわかっているつもりでしかなかったのか。よく、わかりました」
「こう言ってはなんだが、俺も心配する立場になって改めてわかった。俺自身がやったことの重さがな」
「……僕の場合、先にそちらの立場を味わっていました。それでありながら、こんな行動に出たんです。言い訳のしようもありません」
何の話をしているのか。ミゼットにもファーンにもわからないことではあるが、彼女たちは口を出さず、黙って聞いていた。それこそまるで空気になったように。
恭也に、考えてほしいと言われていたこと。
――『御神の奥義の1つに、『閃』というものがある。それが当時の俺の目指す境地だった。だが俺はそれに辿り着けず、先に美由希の方が辿り着いた。なぜ美由希の方が、と考えて、俺なりに出した答えがある。そして今は、俺も『閃』の境地に至ることが出来た。俺なりの答えは、間違っていないのだと思っている』
――『こんなときに、余計なことをと思うだろうがな。今のお前には、どうか考えてほしい』
なのはの撃墜事件に対し、捜査の担当を申し出て却下されたときのこと。自分の不甲斐なさや何もできないことを否定し、どうあってもジェイル・スカリエッティを追い、時空管理局の裏を掴んでやると強く思っていた。なのはのために、フェイトのために、はやてのために、ユーノのために、そして仲間たちのために。『みんなのお兄ちゃん』として、何もできないなんて絶対に認められず、何もせずになどいられなかった。
今になってよくよく考えてみれば、それはかつて、恭也が、父の士郎が重傷を負って生死の境を彷徨っていたときに無茶を押した話とよく似ている。
「意識が戻ってからずっと考えていました」
「聞かせてくれるか?」
一度恭也から顔を逸らし、目を閉じて。今一度自分の考えを吟味するように間を置き。
そして、再び恭也を見上げて。
「守るべき人を守るだけではなく、自分もまた生き残り、その人の下へ帰ること」
恭也の問いに対する、クロノの答え。
意識が戻り、目を覚ました時。
フェイトにリンディ、アルフが、涙を流して喜んだ。
――『クロノの馬鹿……!』
――『この親不孝者……! どれだけ親を心配させれば気が済むの、貴方は……!』
――『フェイトにリンディを泣かせてんじゃないよ、この馬鹿! アタシまで心配しちゃったじゃないか!』
喜んだだけではなく、怒り、悲しんでもいた。その顔、その涙。そして抱きしめられたときの母の、手を掴む義妹ともう1人の家族の温かさ。
見た瞬間、感じた瞬間に、思い知った。思い知らされた。
『こんなはずじゃなかった』なんて言い訳、思う余地さえなかった。
ああ、とんでもないことをしてしまったと。
護る者として、やってはならないことをしてしまっていたのだと。
そしてこれが、恭也がかつて味わい、後悔し、以降は強く自分を戒めるようになったものなのだろうと。
「僕はこうして帰ってこれましたが、それは恭也さんたちのおかげ。何かがほんの少し違えば、僕は今、ここにはいない」
「そうだな」
死体となって帰ってくることになったろう。そうなれば仲間たちをどれだけ悲しませることになったか……。
「合っていますか?」
「この問いに模範解答はないさ。ただ……俺の場合に照らし合わせれば、その通りだ、クロノ」
そこで恭也が、この部屋に来て初めて笑みを見せた。相変わらず、わかりにくいほど微かな笑みだったが。
「美由希の方が先に『閃』に至れたのは、あいつはこのことがわかっていたからだろう。俺はそのとき、死ぬ覚悟をしていた。それほどの相手だったのでな。だが美由希は、同じ相手を前にしても、生きて帰る意思を貫いていたんだ」
死ぬ覚悟ではなく、生き残る覚悟。自分1人生き残らせることが難しい状況でも、それでも帰りを待つ、護るべき人のことを想い、その人の下へ自分を帰らせるために戦う。
それこそが、『護る剣』である御神流に必要な覚悟。
少なくとも恭也にとっては、これこそが御神の剣だ。剣の腕より、技術より、何よりまずなくてはならない覚悟。それを理解してこそ、御神の剣士。
「なのはも、同じ答えに至ったんじゃないでしょうか?」
「かもしれん」
「……難しいですね」
「ああ、難しい」
何が、なんていちいち口にする必要はなかった。
簡単なようでいて、これを実現することは難しい。
恭也は剣の道に生きている。今でも裏社会の者からは狙われることもあるし、ボディーガードの仕事をしているともなれば、自分から危険に身を晒しているも同義だ。
クロノとて同じ。クロノが目指す道は、時空管理局という巨大な組織を相手にする。今回こうして命を狙われることにもなった。今後もこの道を進むのであれば、いろんな謀略や思惑に巻き込まれることだろう。
それでも、守るべき者、守りたいものを守りきって、その上で自分も守り、生きて無事に大切な人たちの下へ帰ってこなければならないのだから。
「その上で聞く。それでも、諦められないか?」
「……諦められません。諦めたくないんです」
「なぜ?」
「恭也さんのように、守る者であり、守れる者で在りたいんです」
ふっと。恭也は今一度笑った。
なぜなら、今のクロノに、なのはの姿が被ったからだ。
事故に遭う直前、なのはと通信で話した時。今とまったく同じ問いをした恭也に、なのははクロノと同じ答えを返した。
――『おにーちゃんみたいに、守る人に、守れる人に、なりたかった』
――『……うん。諦められない。諦めたくないよ』
自分などの背中を追うのはお勧めしない。その気持ちは今も変わらない。
けれど。
「なら守って見せろ、クロノ。俺が見ていてやる」
「っ!――望むところですよ」
大切な妹と、弟のように思う少年が、自分を目標だと言い、懸命に追おうとするのは、正直なところ、やはり嬉しいと思う気持ちは否定できないし、もう否定すべきではない。
2人にとって目指すべき目標で在り続けられるかわからない。けれど恭也は、わからないと思うのはやめる。
それは、2人に失礼だ。
自分が迷っていては、2人もまた迷ってしまう。なのはの事故も、今回のクロノの無茶も、恭也が迷わず、こう在るべきという姿を見せていたら、避けられたことかもしれない。だから自分も反省しよう。分不相応かもしれないが、ここまでして目標だと、なりたい姿だと、目指すべき背中なのだと言ってくれるのであれば、彼らがいつか追いつき、追い越して行くそのときまで、恥じることなき目標であり、姿であり、背中で在り続けよう。
クロノと目を合わせながら不敵な笑みを浮かべ合い。
恭也もこの時、1つの意思を固めた。
「……提督」
「ええ。わかっていますとも、ファーン」
ずっと黙っていたミゼットとファーンの会話に、はっと我に返るクロノと恭也。
「し、失礼しました、クローベル提督、コラード三佐!」
「大変失礼な真似をいたしました。申し訳ありません」
「いいえ」
まったくそんなことはない。
そう言うかのように、ミゼットはゆっくり、されどしっかりと、顔を振って。
椅子から立ち上がり、一歩クロノに近づいた。
「ハラオウン執務官」
「はい」
手を前へ。クロノの方へ差し出し。
「私たちと共に、戦っていただけませんか?」
階級など関係ない。年齢も関係ない。所属も。立場も。
クロノがユーノに『こいつとなら』と思ったように。
ミゼットもまた、クロノにそう思ったのだ。
クロノのために、多くのカードを切った。少なからざる損失を負った。
けれど。
まったく、後悔はない。
むしろ、自分たちの判断は正しかったのだと。この上なく、当たっていたのだと。
確信さえしている。
(レオーネ。ラルゴ。私たちは、守るべき者を守れたのです。私たちが思っていた以上に、素晴らしい子たちを)
誇りに思おう。こんな立派な子を守れたことを。救えたことを。
レオーネもラルゴもファーンも、そして他にも大勢いる、志を同じにする者たちも。このことを知れば、きっとこの判断を認めてくれることだろう。
「…………」
対してクロノは差し出された手に唖然としていた。個人的な理由を言って、ようやく気付けたほどに鈍感で、こんな無茶をしてしまった自分に、ミゼット・クローベルが協力を要請してきたのだから。
部下になれ、でも、傘下に入れ、でもない。
対等な立場で、仲間になってほしいと望まれている。
どんな大きな期待を寄せられているのか。筋違いではないのか。何より、期待外れにならないだろうか。
そんな気持ちは否定できないけれど。
クロノは恭也へ視線を向ける。すると、恭也は笑って頷いた。『お前の好きにするといい』と、そう言ってくれていた。
だからクロノは。
差し出された手に、手を伸ばして……しっかりと、握った。
実に有意義な出会いと時間であった。
ミゼットはここ最近ないほどの気分の良さを感じながら、クロノの病室を後にする。
こう言うと言い方は悪いが、クロノの救出のために多くのカードを切り、ファーンという切り札まで切ってしまった。今後はファーンもおいそれと動かすことはできなくなるだろうし、最高評議会は、戦技教導隊へのミゼットたち3提督やファーンの影響力も削ぎ落としにかかってくるかもしれない。
手痛い損失であることは事実。
けれど。
それを補って余りある成果がある。最高評議会に繋がる証拠と、クロノ、そして恭也という新たな切り札が。
そしてそんな打算的なものはすべて二の次で。
自分たちが守ってきたこの世界で、あんな優しく、強い子供たちが育ってくれている。それが、純粋に嬉しい。
「彼の仲間の協力までは取り付けられませんでしたね」
「いいのよ。予想していたことでもあるわ」
クロノはまだ怪我が癒えていない。面会謝絶こそ解けたとは言え、まだ安静にしている必要もあろう。本来ならこんな話を持ち込んでいい状態ではないのだ。
なので、詳細はクロノが復帰次第、レオーネやラルゴ、他にもファーンも含め、他の有力な同志たちとの顔合わせを兼ねて、また会うことを約した。
ただその前に、1つだけ、ミゼットはクロノに依頼したことがあった。クロノの仲間たちにも、協力を要請したいと。
恭也もそのうちの1人だ。クロノに先んじて、ミゼットは恭也に会っており、協力を要請していた。恭也も今回の一件に関わった以上は狙われる可能性があるし、このまま帰しても危険だ。もちろん、魔導師ではないとは言え、あれほどの戦闘能力を持つ者を引き入れたいという打算もある。隠すことなく、恭也には伝えている。
――『返答は保留させていただけますか? 俺の答えはもう決まっているのですが、クロノの回答に影響を及ぼすことは避けたい』
恭也も間もなく家庭を持つかもしれない立場であり、魔法が使えないという問題もあった。
だがクロノが応じたことで、恭也も答えを出してくれた。まだまだ放っておけない、危なっかしい弟と妹を、できるだけ傍で見守る必要があると言って。
ただし、そんなクロノと恭也も、他の仲間たちについては明確に拒否した。
「さっきも言っていたように、彼が組織の裏と戦うと決めたのは、その仲間たちのためですもの。彼らを巻き込むことは絶対に認めないでしょう。仮に私たちが強引に巻き込もうとしたら……」
「確実に私たちをも敵としてくるでしょうね」
クロノを追い落とそうと思えば、ミゼットにならば容易いことだ。権力もあるし影響力もあるし、個人的な武力においてもまだまだ若すぎるクロノに負けるつもりなどない。それでも、厄介な敵になることは確かだ。ああいう諦めない、強い思いを持った手合いを敵に回すことの恐ろしさや厄介さを、ミゼットは豊富な経験から察していた。
――『彼女たちも成長して世の中を知れば、自ずと組織の持つ裏の部分に気づくかもしれません。それでも、僕はなのはにも、フェイトにも、はやてにも、知ってほしくない。できれば知らないままでいてほしいんです。彼女たちは真っ直ぐに、ただ自分を信じて戦ってほしい。自分の所属する組織を疑い、仲間のはずの局員に疑心暗鬼になってほしくはありません。彼女たちは、それでも信じようとするくらい、本当に優しい子たちですから。彼女たちは陽の光の当たる所にいるべきなんです。そうして、笑っていてほしい』
なのはにフェイトにはやてのための犠牲になるということではなく、単なる役割分担。前線をなのはたちに任せ、なのはたちが後方を憂うことなく、己の正義や理想を信じて戦い、そして何より、彼女たち自身もまた笑っていられるようにする。
――『それが『兄』としての、僕の役割ですから』
そんなクロノの『兄』である恭也と共に笑っていた姿が、ミゼットにはとても印象的だった。
代わりに、逆にクロノの方から頼んできた者がいた。
――『こいつはむしろ巻き込んでおくべきです。絶対に、マイナスにはなりません。僕が保証します』
――『いいのですか? 彼の許可も得ずに』
――『こいつは例外です。巻き込んだところで気にすることではありませんので。むしろ巻き込んでやればいいんですよ』
何ら疑いなどないと言わんばかりの自信を感じさせる声。それだけ『彼』を信頼しているのだろうとわかる。なのに不本意だと言いたげに憮然としていたのが、どうにも苦笑を誘ったものだ。言っていることと浮かべている顔が真逆なのだから。要は『不本意だが信頼している』ということらしい。その姿を見ていて、ふとレオーネとラルゴがいつもの馬鹿なやり取りをしている姿が重なったのは、気まぐれでも偶然でもあるまい。
「できれば『彼』にも早めに会っておきたいのですが」
「あ~、それがですね。無限書庫に行ってもいつもいなくて」
「ハラオウン執務官ほどではないとは言え、かなりの怪我をしていたはずでしょうに……聞いていた通り、また無茶をする子のようね」
「アコース査察官、探索や索敵、何より情報の扱いに長けた貴方でさえ行方を探れないのかしら?」
「どうも僕が追っているとわかってるのか、すっごい警戒されてるみたいで」
『ウンエントリヒ・ヤークト』まで使って探しているのだが、『彼』は今回の一件でヴェロッサの狼たちをしっかり見ていたらしく、自分の位置を把握させない術式を組んだらしい。追跡させても幻術で作りだした影で狼たちを騙してきた。非常に緻密かつ精巧にできていて、ヴェロッサや狼でさえ近づかなければわからないほどなのだ。転移魔法でどこかに行っていることまでは突き止めたが、その転移魔法にも解析妨害がこれでもかと言うほど執拗かつ複雑に編み込まれており、どうやら相当自分の動きを掴まれたくないらしい。
「仕方ないんで、無限書庫の司書室や彼の自室を捜索したいんですけど。査察を理由に使っていいですか?」
無限書庫にも結界が張られており、捕縛機能まで組み込んだらしく、勝手に出入りすると捕縛されてしまうのだ。正式な名目がないと近づけない。
「まあ待ちなさい。強硬な手段に出てはハラオウン執務官の不信を買いかねません。ここはハラオウン執務官に依頼して、『彼』に面会の話を通してもらいましょう」
「承知しました。あ、それと、新たな情報を入手しました。今回の一件で、『暁の鷹』も動いていたようですよ」
「聖王教会はともかく、『暁の鷹』までですか。情報漏れが甚だしいようですね。困ったものです」
ヴェロッサからの新情報にも、ミゼットは周囲の者たちの驚きの混じった敬礼に微笑みで応えながら思考を巡らせる。由々しき事態であることは重々承知しているし、可能な限りの対応も行っている。情報戦は常時行われているということ。
教会騎士団が駆けつけてきたことに関しては、カリムやヴェロッサを密かに手助けしているアシュレイ・ベルニッツ顧問官が、聖王教会に働きかけたことによる援軍であるとわかっている。
(カリム嬢もロッサも彼を同志に引き入れてはと推しますが……)
名目上のこととは言え、アシュレイは聖王教会の強硬派である『ラルド派』だ。ラルド卿とは家同士の長い付き合いがあるため、『ラルド派』に入っているだけで、実際は距離を置いているとのこと。
けれど同志に引き入れることについては、ミゼットもレオーネもラルゴも待ったをかけている。
アシュレイには、グレアムが闇の書事件の裏で密かに動き回っていた際、それに手を貸していた件もある。闇の書――夜天の魔導書に対する個人的な私怨があるようだとも聞いているし、仲間に引き入れるのはもう少し考慮を重ねるべきだとの意見に落ち着いていた。
「なら、次に僕が探るべきはその辺ですかね?」
「お願いできます?」
「お任せを。ちょっと気になることもありますし」
ヴェロッサが胸を叩いてウインクする。3提督の1人を前にしてよくもまあそんな軽い態度が取れるものだと、ファーンは横で呆れていた。そのファーンが、「あら」と零す。その声に目を向けて見れば、ファーンは交差する通路の先を見ており、視線を追ってみると、そこには車椅子に乗っている1人の少女が。
「なのはさん?」
「――うにゃあぅ!?」
背中を向けていたので、後ろから声をかけた形になる。それにしては驚きすぎな気がするし、即座に振り向いたなのはの顔は……いやに真っ赤だった。
「あ、えと、あの……!」
「お、落ち着いてなのはさん。私のこと、憶えてないかしら?」
「も、もちろん憶えてまふっ――はにゃ!?」
舌を噛んだらしい。幼くしてエース級、『不屈』の二つ名を持つ魔導師であると噂に聞いていたが、どうにも落ち着きのない子だなと。それがミゼットの、高町なのはの第一印象だった。悪い意味ではない。年相応に、可愛らしいという意味で。
チラリと視線をヴェロッサに向けると、「すいません」と素直な謝罪が返ってきた。
聞いていたのだろう。話を。
ヴェロッサのことだから、聞かせてはならない部分と聞かれてもまだいい部分の区別くらいはついているだろう。それに、ヴェロッサが気づいているのなら、恭也だって気づいているはずだ。部屋の壁1つ隔てたくらいでは、恭也の気配察知からは逃れられない。つまり、恭也自身、なのはが聞いていることに気づいていたはずなのだ。気づいていてそのままにした。
(『兄』として、せめて1人くらいは理解者がいてやってほしいという気持ちですか)
恭也はなのはの兄であり、クロノの『兄』。クロノがなのはたちのために動く上で、どうしてもなのはたちにもわかってもらえないこととてあるだろう。今回のことでもクロノはフェイトやはやてに詳しいことは話していない。フェイトもはやてもクロノを信じているから今回のことは聞かなかったけれど、今後もこのようなことが続けば、仲違いをしてしまうこととてあるだろう。
そのとき、誰か1人でも理解していてくれれば。
『弟』の気持ちを汲みつつも、『兄』としては、お節介を焼かずにはいられないというところか。
「貴方が、高町なのはさん?」
「にゃ……は、はい」
噛んだ舌の痛みにちょっとばかり涙を浮かべつつ、頬を染めたままのなのはが見上げてきた。
クロノが守りたいと願う少女。
なのは。フェイト。はやて。
義妹の名前よりも、彼が先に挙げた名前。
義妹のフェイトのことを軽んじているわけではないし、はやてのこととて同じだろう。
別に意図してのものではないのかもしれない。ミゼットの思い過ごしなのかもしれない。
けれど、何よりクロノが意識をしていたのが、この高町なのはという少女なのだと、ミゼットは感じていた。
「ミゼット・クローベルと申します。よろしく」
「あ、はい。た、高町なのはです。よろしくお願いします!」
ミゼットの手を握り返しながら、なのはは笑った。それは咄嗟に浮かべた愛想笑いだったのかもしれないけれど。
とてもそうとは思えない、満面の笑顔は、ミゼットの心を本当に温かくしてくれた。
だから、理解できた。
これが、クロノ・ハラオウンや高町恭也が守りたいと願うものなのだろうと。
「お怪我の具合は?」
「だいぶん良くなったと聞いてはいるのだけれど、どう?」
「まだリハビリを始めたばかりなので、足は全然動かないんですけど……でも他は大丈夫です! この通り元気元気!」
「そう」
「安心したわ」
辛いリハビリだ。大丈夫なんて言葉も簡単には言えないほどに。聞いてはいたけれど、本当にそれを感じさせない、強い子だ。こんな子に無理をさせていたのが時空管理局であり蔓延する風潮だったのだと思うと、ミゼットでさえ気分が悪くなる。クロノや恭也が憤り、戦うと決めるのもよくわかるというもの。
「無理はしないようにね。貴女が無理をすれば悲しむ人がいる」
「……知っています。よく、わかりましたから」
「それを忘れなければ、きっと貴女はもう間違えないわ」
「忘れません。絶対に」
胸に持ってきた手を握りしめ、少女とは思えない、決意を秘めた瞳がミゼットを射抜いてくる。ミゼットは自然となのはの頭に手を置き、優しく撫でる。なのはも嫌がることはない。もっと幼い頃に同じように撫でてくれた祖母を思い出すくらい、その手は気持ちが良かった。
「貴女のお兄さんも、そして彼も、貴女を心から大事に思っている。疑うわけではないけれど、貴女も彼も、もっともっと自分を大切にしなさいな」
「は、はい……」
これ以上赤くなることはないというくらいに赤かったのに、まださらに赤くなる。耳まで染まったなのはの様子に、『伝説の3提督』と謳われるほどのミゼットの精神力をして、もうちょっとからかってみたいという悪戯心は抑えきれなくなりそうだった。
そうなる前に手を放し、ミゼットは咳払いを1つ。
「それじゃ、また会いましょう。高町なのはさん」
そう言って手を振り、微笑んで。ミゼットは踵を返す。
「なのはさん、復帰したら私の所に来なさい」
「え?」
「痛感したの。たった3ヶ月で貴女に教えられたなんてとても言えない自分の指導不足にね」
「そ、そんな! コラード先生は何も悪くなんて……!」
「だからね」
ミゼットは心の中で同情する。なのはに。
「治ったらもう一度、1から叩き直してあげるわ」
「へ!?」
「基礎鍛錬を疎かにしたこと、ブースト魔法を自分自身に使ったこと、それでいて過剰な量の訓練をしていたことなどなど、すべて聞いていますよ?」
「はうっ……あ、あのその!」
「言い訳は結構です。高町なのは准空尉。復帰後、第4陸士訓練校への出頭を命じます。いいですね?」
「うぅ……コラード先生の訓練はおにーちゃんやクロノくん並みにきついので、できればお手柔らかにお願いしたいのですが……」
「何か言ったかしら?」
「何でもありません……承知いたしました、コラード三佐……にゃうぅぅぅ」
ファーン・コラード三等空佐。
戦技教導隊の副隊長さえ務めた元教導官。
教導官たちのご多分に漏れず、『鬼教官』であった。