リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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LOCUS 17

 

 嫌われてでも、為すべきことがある。

 2人の少年は、そう心に決めた。ただ、同じ決意を持ちながらも、2人の歩みが重なることはなかった。共に歩むという道がなかったわけではない。言葉にしないだけで、2人は互いをよく理解していたし、互いに自分が持っていないものを持っている相手を尊敬してもいたし、こいつとならやっていける、背中を任せられるという絶対に近い信頼すら抱いていた。

 ではなぜ、2人は共に歩むという道を選べなかったのか。

 それは1人の少女に起因する。

 彼女にとって、『兄』であり『同じ背中を追う好敵手』であった少年と、『最初の魔法の師匠』であり『最大の理解者』であるもう1人の少年。彼女にとってはどちらも大切な仲間。軽重をつけられるものではなかった。ただ信頼の度合いは、後者の少年に当初は分があった。何しろ彼女にとって、後者の少年は『最大の理解者』であったのだから、当然のことと言えよう。

 

――『僕には、責任がある』

 

 その少年は、負い目を持っていた。本来なら彼女とは出会ってはならなかった。魔法の世界へと引き込んでしまったという負い目。また自分自身に自信が持てないがゆえに、彼女を含む仲間たちに依存してしまっていたということもあるだろう。

 お互い『最大の理解者』であるがゆえに、彼女は彼のその責任感に気づいていた。だから『そんなことないよ』と行動で彼に示し続けていた。そのまま何事もなければ、ずっと同じ関係でいられたのかもしれない。

 しかしそうはいかなかった。

 彼女の前に現れたもう1人の少年は、彼女と同じ背中を追い、彼女がかつて幼い恋心を抱いたほどの兄と同じ雰囲気を持っていた。戦い方にも通じるものがあり、次第に彼女は『みんなのお兄ちゃん』としてこの少年を慕うようになっていく。

 『最大の理解者』であったはずの少年は歯痒さを抱いていた。闇の書事件から2年という時間、彼女の家から出て1人暮らしをしていたこともあり、段々彼女との心の隙間が広がっていくように感じられたからだ。折しも彼女自身が無茶をし始め、心が荒んでいったことから、以心伝心だった意思の疎通にも齟齬が出ていた。それでも、戦う方面での才能があったとは言えない彼は、無限書庫でできる限りのことをして、バックアップやサポートに努めることでその隙間を埋めようとした。

 そんな努力を嘲笑うかのように、彼らの関係を大きく揺さぶる事件が起きる。

 彼女が、撃墜されたのだ。

 『兄』たる少年は、彼女のために事件を追うと決めた。そしてその過程で時空管理局の暗部や蔓延する風潮とも戦う意思を固めて。例え彼女や義妹、他の仲間たちに理解されずとも、嫌われようとも、為すべきことがあると。

 決意を秘めた目で言い放つ『兄』たる少年に、『最大の理解者』であるはずの少年は、尊敬の念を抱いた。嫌われることを恐れる少年にとって、『兄』たる少年が見せた覚悟は、あまりに眩しかったのだ。

 同時に、嫉妬した。

 彼の義妹に対しても嫉妬したように、『最大の理解者』たる少年は、『兄』たる少年に嫉妬したのである。

 『最大の理解者』としての意地。男としての執念。それらが渦巻き、『最大の理解者』たる少年もまた、同じ覚悟を決めることになる。

 

――その時点で、『最大の理解者』は、ミスを犯したと言える。『最大の理解者』であるのならば、今こそ彼女のそばにいてあげなければならなかったのだ。

 

 それに気づかず、『最大の理解者』()()()少年は、自ら仲間たちに嫌われる行動に走るようになる。たった1つの、彼女のためにできることだと思い込んだもののために。

 

――『兄』たる少年が危機に陥ったのはそんなときだった。

 

 彼を救うことはできた。それはいいとして。

 彼は、大きな成果を齎した。『伝説の3提督』さえ唸らせるほどの成果を。

 そう。

 彼は、見事に、結果を出して見せたのだ。

 翻って、自分はどうだろうか。

 

――僕は、まだ何も為せていない。

 

 目を覚ました『兄』たる少年に、泣いて喜ぶ彼の義妹や家族、仲間たちの姿を見て、無茶をすればこうして仲間たちを悲しませるだけではないかと、戸惑う心があったことは事実。そこで思い留まれればよかったけれど。

 何も為せていないという事実が、今更止まることを許さなかった。『兄』たる少年は、仲間たち全員が頼りにする存在。彼がいれば彼女を含む仲間たちを守ってくれるだろう。今度こそ、後顧の憂いなく、目的を果たしに行けるというもの。

 

 

 

 なのに。

 

 

 

 どうして、邪魔をするのか。

 

 

 

 なぜ、ここにいるのか。

 

 

 

 なにゆえ、君なのか。

 

 

 

「……そこをどいて」

 

 

 

 例え君でも、いや、君だからこそ、立ち塞がるのなら容赦しない。

 

 

 

「――フェイト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭也やユーノたちがクロノを助けてくれた。

 これを知ったとき、仲間の誰もが恭也たちはもちろんのこと、ユーノにも感謝した。特にクロノの家族であるフェイトにリンディ、アルフは言わずもがな。特にフェイトは、どんなになってもユーノはユーノなのだと安心したものだ。

 ここ最近のユーノは仲間の誰に対しても冷たく、その場ではついカッとなって言い合いになってしまうも、後になって落ち着いて考えると、どうにも違和感が拭えないと皆が首を傾げる。仲間の全員に対して同じという点も気にかかるし、はやての時がそうであったように、わざわざ相手の突かれたくない点を突いて怒らせているようにしか思えないのだ。何しろ的確すぎる。的確に、相手の怒らせる点を突いているのだ。騎士道を貫くシグナムならば、騎士道に背くようなことを言い、なのはのことで過敏になっているヴィータならば、なのはを守れなかった点を論うように。

 ユーノが『依存』していることは、クロノやリンディ、恭也や勇吾たちが察していたこと。フェイトもまた、自身の『依存』を自覚すると共に、ユーノもまた同じであることに気づくことができた。だからこそおかしいと思う。嫌われることを恐れるユーノが、どうして自分から嫌われようとするのか。

 

(……ダメだよ、ユーノ)

 

 フェイトは自分の手を見下ろす。手というより、手首を。

 何をしていたのか今を以ってわからないが、怪我をしたユーノが無限書庫に戻ってきたとき。自分が治療してもあまり効果がなかったため、シャマルを呼ぼうとしたときのことを思い出す。

 あのとき、フェイトの手首を掴んできたユーノの手は……ひどく、冷たかった。フェイトが恐怖するほどに。

 本来、ユーノの手はとても温かいはずだった。そして手は、心を示すものだと聞いたことがある。温かいユーノの手は、温かいユーノの心そのもの。その手に、その心に、『大丈夫』という言葉に、救われた。支えられてきた。その手があれほど冷えていたということは、ユーノの心も冷えてしまっているのではないか。

 決してユーノが冷たい人間になったということではない。そうであれば、命のかかった危険な戦場にまでクロノを助けに行くはずがない。ユーノは、フェイトが知るユーノのまま。そうフェイトは信じている。だからきっと、また無理をしているのだ。手が、心が、あれほど冷えてしまうほどに、自分を押し殺して。

 

――『僕に構わないでよ!』

 

 思い出すたび、胸がズキリと痛む。向けられた『無表情』が浮かぶたび、心が竦んでしまう。何とかユーノと仲直りをしたいという気持ちが引いてしまう。

 そんな弱気を、フェイトは頭を振って振り払う。

 

「……できないよ、そんなこと」

 

 できるはずがない。だって、ユーノに言ったのだから。

 

 

 

 つらいときは、頼ってほしいと。

 

 

 

 自分がいつも頼っていたように。助けてもらっていたように。

 今度は自分が、ユーノを助けたい。そう思ったのだ。あの言葉に偽りはないし、構うなと突き放されても、気持ちに変わりはない。

 もしかすると、これも『依存』のせいなのかもしれない。突き放されてもユーノにまだ『依存』しようとする心が行動させているのかもしれない。フェイトに、それを否定することはできない。

 けれど、ユーノを放ってなどおけないという、純粋に友達を想う気持ちまで『依存』のせいだなどとは思わない。そこまで自分は弱くないと思う。自分に自信を持てと、クロノに言ってもらったこともある。この気持ちを、今は信じるのみだ。

 

「どこに行ったの、ユーノ?」

 

 パタンと、フェイトの周囲に浮いていた2冊の本が閉じる。この本も外れだ。棚に戻しながら、ここにはいないユーノに問いかけるように、フェイトは天井の見えない無限書庫の上方を振り仰ぐ。

 クロノのことで御礼を言いたかった。ところがユーノは来援した高速護衛艦『ハーン』の中でクロノの緊急手術の間、シャッハによって治療してもらっており、本局帰還後も入院すらせず、周囲の心配も他所にその場を辞したという。クロノの容体が安定し、もう大丈夫だと聞くだけ聞いて。それ以後、ユーノを見た者が近しい者の中には誰もいない。無限書庫に行ってもユーノの自室に行っても、姿が見当たらない。司書たちも知らないのだという。怪我をしていることもあり、1週間の休暇を特別に支給されているから無断欠勤ではないのだが。それも今日までだ。

 

「…………」

 

 だが、このままいっても無断欠勤にはならない。

 なぜなら、フェイトが懐に忍ばせているものが、今日の朝、司書のリーダーを務めるロッキード・マーチン司書の机に置いてあったのだという。

 

――『退職願』

 

 封筒にはユーノの律儀な性格が表れているような、しっかりとした字でそう記されていた。開封はしていない。したところで、どうせ定型的な文言しか書かれていないだろうことは明らかだからだ。

 机は綺麗に整頓されていて、私物も何も残っていない。始めからそこは空席だったかのように。

 クロノの病室にミゼットが訪れた際、フェイトとはやてには聞かせることができない話をするからと退室した後、はやては通常業務へと戻っていき、フェイトは非番だったので無限書庫に来て、このことを知った。慌ててクロノやはやて、さらにリンディやシグナムたちにも連絡。

 迷ったが、なのはにも伝えることにした。

 なのはも手伝えることはないかと訴えたが、魔法を使えないし、車椅子の身ではできることもない。リハビリをしているとは言え、それでもリハビリ以外はまだあまり動かしてはならない身体だ。辛いリハビリを全力でしているからこそ、それ以外の時間はゆっくりと体を休めねばならない。ユーノが悪いとは言え、ここでなのはを無理に動かすことはユーノも望んでいないだろう。なのはは悲しそうな顔をしながらフェイトたちにお願いするしかなく、フェイトはなのはのためにもユーノを止めなければと気を引き締める。

 

――『ユーノくんに伝えて……馬鹿って』

 

 何だかフェイトにはわからない、でもきっとなのはとユーノだからこそ伝わるのだろう、いろんな意味が籠められたようなその言葉を伝えるためにも。

 

『フェイトちゃん』

 

 少しだけ頭が痛い。こめかみを押さえていると、空間モニターが開いてはやてが声をかけてきた。

 

「はやて。どうだった?」

『ザフィーラから連絡あったわ。ユーノくんの自室、引き払われてて空っぽやて』

「……はやての方は?」

『アカン。全然わからん。転送ポートでユーノくんがミッドに下りたんは間違いないねんけど、その後がまるで掴めへん』

「はやてでも?」

『たぶん、これユーノくんが故意にわからんようにしとるんよ。私らが追うことをわかってて、掴ませへんつもりやで』

「なんでそこまでして……」

『わからん。フェイトちゃん、他に何か手がかりになりそうなことあらへん?』

「それを今探してるんだけど、全然……」

 

 広域の魔法に長けているがゆえに、はやては特別捜査官にはうってつけ。クロノもはやてのその能力は非常に頼りにするくらいだ。そのはやてでさえ、ユーノの行方が掴めない。仲間だからこそ、はやての捜査能力をユーノは加味していたのかもしれない。

 そうまでして、追われたくない理由がある。

 その理由に、フェイトは心当たりがあった。

 

 

 

 ユーノが怪我をしていたあの日、司書室のユーノの机で見つけた、ジュエルシードに関する論文。

 

 

 

 ユーノは性格的なものもあって、整理整頓をきっちりとする。綺麗好きというほどではないが、資料がどこに置いてあるか把握しやすくするためであったり、整理整頓をすることで頭の中も整理できるからだったり。

 そんなユーノが机に乱雑に置いていた論文。ジュエルシードのこととなれば、仲間の間ではかなりデリケートな話題になる。出会いのきっかけになったものでもあるが、同時にフェイトにとってはプレシアとの別れでもあったのだから。無限書庫にフェイトがよく来る以上、ユーノなら見つからないようにしておくだろう。実際、あの日までフェイトはそんな論文をユーノが作成していたことも持っていたことも知らなかった。

 

「ロッキードさんたちもみんな総出で探してくれてるんだけど、このペースだといつになるか……」

 

 フェイトの周囲ではロッキード司書を始め、フェンサー・フロッガー司書、アレニア・グレヴィッチ司書、パナヴィア・アエルマッキ司書、そして司書ではないクフィル・ネシェルまで書架の本を調べている。

 

「この列も、多分違うと思うんだけどな……」

「んなこと言っても、どこに遺跡の情報があるかわかんないでしょ! ほら、さっさと次!」

「これも関係なし……これも、かしら。痛た……」

「アエルマッキ、頭痛が収まるまで下がって休め。そっちは俺が探そう」

「魔法が使えないことをここまで悔いたのは初めてですよ、まったく……!」

 

 探すと言っても、無限書庫は広大だ。あまりにも、広大だ。だからフェイトも含め、彼らは書架の一部だけを集中的に探していた。なのはが撃墜され、ずっと見舞いに行っていたユーノが急に訪れなくなった頃。つまり、ユーノの行動に不審な点が見られるようになった時期から、ユーノが探索していた辺りを。

 検索キーワードは『ジュエルシード』や、ジュエルシードを最後に保有していたとされる『トライアン皇国』など。フェイトが1枚だけ持って帰っていた論文の一部はここにはないが、もうフェイトは暗記してしまっていた。それだけ、ずっと気になっていたのだ。

 

『フェイトちゃん、その論文は学会誌とかに掲載されてないん?」

「考古学会に問い合わせたけど、そんな論文は発表されてないって。そもそもユーノ、学会にも入ってないし」

 

 ジュエルシードのことやトライアン皇国に関する論文はすでにいくつか出ているが、ユーノが書いたと思われるその論文は、判明している1枚の内容だけでも、考古学会としては目を見張るものらしい。是非見せてほしいし、その論文を書いたユーノを紹介してほしいと、むしろ懇願されたくらいだ。

 無限書庫のことがあるのに、学会にまで参加している暇はない。責任感が強いユーノのことだから、無限書庫の激務を放って趣味の考古学まで手を伸ばすのは失礼とでも考えたのかもしれない。

 

『何とかして資料を探すしかないんか……』

「このペースじゃ、間に合わないよ……」

 

 ユーノの検索・速読の能力の高さを改めて痛感させられる。4人の司書、さらにクフィルやフェイトを以ってしても、ユーノ1人の能力に敵わない。検索のみ、速読のみならば、4人の司書が揃えばユーノに匹敵するが、ユーノは【デュアルドライブ】で一気に両方を行ってしまう。単純計算で作業ペースは4人の司書を併せた仕事量の2倍ということになる。その上、はやてが以前指摘した通り、ユーノは自分の五感をシャットアウトさせて意識の深層で処理するという危険な行為までしていた。つまり作業ペースはさらに上がっているということだ。

 『間に合わない』。

 それはユーノが何かを為し、結果としてなにか決定的な問題が起こることが前提となった言葉。どんな問題なのかはわからない。わからないけれど、フェイトはこれを止めることができなかったら、もうユーノとの繋がりが消えてしまうような気がしていた。

 いつがタイムリミットなのかはわからない。明日かもしれないし、明後日かもしれないし、はたまた1時間後かもしれない。ただ、時間がないことは間違いないのだと、直感が騒いでいる。

 

『直接ミッドに下りたいねんけど……』

「それはダメだよ、はやて」

 

 はやてが歯痒そうに口を引き結んだ。

 今は通常業務の時間。定時までまだまだ時間もある。仲間としてユーノを追いたい気持ちはあるが、時空管理局の中でも微妙な立場にあるはやては、仕事をサボって私事に走れば、たちまち問題視されてしまう。僅かな埃でさえも批判の材料にしようとする者たちは多いのだ。はやてだけがその対象になるのなら、はやてとしては構わないのだが、事はそう単純ではない。はやてが責められれば、芋蔓式にシグナムたちにまで害意は及ぶ。それでもはやてやシグナムたちは動こうとしたのだが、フェイトやクロノが止めていた。

 

「――君にはここでしたいことがあるんだろう、はやて?」

 

 下方、無限書庫の入り口の方から声が届いた。目をやれば……。

 

「ク、クロノ!?」

『ちょ、なに動いとんの!?』

 

 恭也の肩を借りている、いつものバリアジャケット姿のクロノがいた。慌てて支えようと下りるフェイトに対し、クロノは無重力の方がむしろ病室にいるより楽でいいと制しつつ、フェイトやはやての責めの視線を受け流す。

 

「なのはでさえ無理に動いたらダメって言われてるのに、まだ1週間しか経ってないクロノが動いていいわけないよ!」

『そや! 恭也さんも何で連れて来たん! そこは止めてくれへんと!』

「すまん。だがクロノは自分ならわかるかもしれないと言うものでな……」

「恭也さんを責めないでくれ。僕が無理を言ったんだ。それより……」

 

 口論している時間ももったいないと言わんばかりに、クロノはフェイトの横を通り過ぎて書庫の中を進んでいく。足はかろうじて動くが、左腕は四肢の中で最もひどい状態だったので未だにギプスが取れない。魔法も行使してはならないと言われているため、飛行魔法は使わず、右腕だけでクロノは進んでいく。

 

「あ、クロノ、そっちは違うよ」

『そこは整理済みの書架やで?』

「わかっているさ」

 

 クロノはフェイトたちが探していたところではなく、整理済みの書架が並ぶ区画へと進んでいく。危険指定や禁書指定を受けた書物はさらに奥であり、立ち入りには司書の立ち合いが必要になっている。本当は区画を分けるだけではなく、立入制限をかけられる隔離スペースを設けたいのだが、許可が下りていない。

 ともかくも、クロノは整理済みの書架に辿り着くと、懐からS2Uを取り出した。どうやら損傷がまだマシだったS2Uを技術部で先に受け取って来ていたらしい。起動させ、杖の状態になるS2Uを見て、フェイトは今度こそクロノの腕を掴んだ。

 

「魔法を使う気?」

「……緊急事態だ」

 

 使うなと主治医のシャマルに言われているのに使おうとする兄を、厳しい目をして止めるフェイト。そこに空間モニターを通してはやてが宥めに入る。

 

『けどクロノくん、整理済みの区画探してもないと思うで?』

 

 ユーノが探していたのはユーノ個人が目的とするものがあってのことで、書庫整理をするためではない。だから探したものを整理までしていたわけではないはず。そうフェイトたちは思っている。

 が、クロノは違った。

 

「あいつは僕以上に生真面目でドのつくほどの律儀な奴だからな」

 

 それだけを言い、S2Uに検索魔法を起動させようとする。理由になってないよとフェイトは即座にS2Uを横から取り上げた。

 

「私がするから」

『フェイトちゃんもやめといた方がええよ。さっきこめかみ押さえてたやろ?』

「はやて……」

『そんな恨みの籠もった目せんといてや。廃人になりたいん?」

「そ、それは嫌だけど……」

『ほなやめとき。ユーノくんの忠告や。ほら、『ユーノくんアドバイス』は聞いておいた方が絶対にええもんやろ?』

 

 苦笑するはやてに、フェイトは反論できない。『ユーノくんアドバイス』を持ち出されると、クロノでさえも反論しないのだ。ユーノのアドバイスがそれだけ仲間内で信頼されている証拠である。

 とは言え、そうなると他の誰かにしてもらわなければならない。司書の誰かに頼もうとフェイトが声をかけようとしたとき、背後からフェイトの肩に触れるものがあった。驚いて後ろを振り向くと……。

 

『それじゃあ、僕がしようじゃないか』

「ひっ……!?」

 

 爽やかな好青年そのものの笑顔を浮かべたヴェロッサ……ではなく、彼の声で喋る青色の瞳を持つ狼が、器用に前足を上げて挨拶をしていた。

 フェイトは身を翻して一歩引き、距離を置く。そんなフェイトを、クロノと恭也が守るように前へ。

 

「何かに尾けられているとは感じていたが……」

『本当に貴方の気配察知は尾ける側としては厄介ですね』

「尾けていたのは認めるんだな」

『いやいや、ちょっと待って! 今のは言葉の綾だよ。尾けていたわけじゃないんだ』

 

 恭也とクロノが身構えると、慌てたように座りながら両の前足を左右に振る狼。例のレアスキルによる召喚獣なのだろうが、相変わらずいちいち芸が細かすぎる。見ていたフェイトとはやてが思わず可愛いと呟いてしまうほどに。

 

『君、さっき言ってたろう? スクライア司書を巻き込むべきだって。だからスクライア司書の居場所を探してたんだよ』

「だからと言って本局内でレアスキルを使うのはどうなんだ?」

 

 レアスキルなのだから、普段はそうそう使わずに隠すものではないのか。そう指摘するクロノに、ヴェロッサは緊急なんだから仕方がないと返す。

 ファーンと共にミゼットを執務室までエスコートした後、ヴェロッサはいつものようにユーノを探し始めた。転移魔法でどこかに行ったところまでははやて同様にわかっている。ただ解析しようにも、術式に解析妨害が執拗なまでに張り巡らされていて、解析には時間がかかる。だから解析しつつ、こんなことをするくらいだから何かあったのだろうと思い、ユーノがどこに行ったか、何をする気なのか、仲間たちならわかるのではないかとクロノたちに狼を接触させようとしたところ、無限書庫にクロノたちが集まっていたものだから声をかけたのだ。

 

『それで、この整理済みの書架にヒントがあるのかい?』

「そうだ」

『ふむ。じゃあ任せてくれ。スクライア司書ほどじゃないが、僕も査察官だ。情報の扱いは専門分野だよ』

 

 トコトコと空中を歩く狼に、恭也とクロノも毒気を抜かれてしまい、大人しく道を開ける。フェイトとはやてもだ。通りすがりに驚かせてごめんねとフェイトに謝るヴェロッサ。謝るのはいいのだが、その際にペコリとまたもや狼にそんな仕草をさせるものだから、フェイトはついつい反射的にその頭を撫でてしまう。

 

「――はっ!? い、いけない。アルフにするのと同じ感覚で……!」

 

 狼も狼で気持ちよさそうに足を止めて目を閉じながら受け入れるものだから、フェイトが我に返るまで若干の時間を要したほどだ。なぜいちいちそう余計な演技をさせるのかとクロノは頭を抱えてしまう。誘いに応じて初めて対面したときは緊張感の中でヴェロッサとやり取りをしたのに、実はこんなお茶目な人物でしたとあっては、警戒しまくっていたあの時の自分があまりにも馬鹿に思えてきてならない。

 

『あっはっは。気にしなくていいよ。ブラウは喜んでいるしね』

「ブラウ?」

 

 フェイトは首を傾げる。一瞬、何のことかわからなかったから。

 同じ狼の姿をしてはいるものの、使い魔のアルフとは違い、ヴェロッサの狼はあくまで魔力で構成された召喚獣。本来、意思など持たない存在でしかない。名前を付ける意味などないのだ。

 ところが、そこがただの召喚と違う、『ウンエントリヒ・ヤークト』がレアスキルと呼ばれる所以。

 

『僕の狼たちは、一定の意思を持っているんだ。魔力で構成するけど、変換式で具現化して物理的な肉体を持たせることもできる。触った時、温かかったでしょ?』

「はい。アルフを触った時みたいに……」

 

 肉体を持っていて、体温まである。そこでクロノがはたと気づいた。

 

「そうか、だからブースト魔法をかけられたのか……いや、ちょっと待て」

 

 最初はちょっとした気づきだったのだが……クロノの顔がすぐに変わる。驚愕のそれへと。

 

『おっと。さすがハラオウン執務官だ。鋭い目利きだね』

 

 ユーノが『チェーンバインド』に『ブリッツラッシュ』をかけたように、魔法に対して魔法をかけることはできる。しかしブースト魔法についてはかけられない。ブースト魔法は、人間や動物、使い魔など、生命を持つ対象に対して効果を持っているのだ。生命が持つ『生命力』に対して、強化を施していると言い換えてもいい。

 だからこそ、ブースト魔法をかけるのは危険なことでもある。生命力をいじるのだから当然だ。下手をすれば生命力に異常をきたしてしまう。それだけ負荷が重いということであり、なのはが自分に対してブースト魔法をかけたのを皆が咎めたのは、これが理由でもある。

 ここで重要なのは、ヴェロッサがヴェイロンとの戦闘で、自らの足に狼たちを取りつかせたことだ。魔力で構成された魔法そのものの存在である召喚獣に、ブースト魔法をかけて。魔法に対して、ブースト魔法をかけられるはずがないのに。

 

『えっと……どういうことや?』

 

 はやてが空間モニターの先で首を捻るが、それに対して狼はジロリとはやてを一瞥したが、すぐにクロノへと視線を戻した。

 

「ブースト魔法は魔法に対してはかけられない。それができたということは、この狼は生命力を持っているってことだよ」

「もっと言えば、命を宿しているということだ」

『……はい!?』

「……ふむ。ようやくわかった。クロノとフェイトが驚いている理由が」

 

 単に魔力で構成しただけの召喚獣を召喚する術ではなく。

 

 

 

 命を与えてしまう召喚術。

 

 

 

「なるほど。レアスキルなわけだ……」

 

 クロノの言葉に、狼を除く全員が頷く。

 召喚術を得意とする召喚魔導師は、それほど多くはない。竜を召喚し、使役することで有名なル・ルシエの一族などはかなり珍しい存在だ。

 だがそんなル・ルシエ一族にしても、命を与えてまではいない。彼らが使役している召喚獣は、もともと命を持った獣を召喚しているに過ぎない。

 

 

 

 命を与える。それは神に等しい行い。

 

 

 

 ヴェロッサの『ウンエントリヒ・ヤークト』がレアスキルとされる最大の理由は、偵察能力の高さだの無限の召喚数だの、そんなものではなく、ここにこそあるのだ。

 魔法をよく知らない恭也でさえも、さすがに事の重大性は理解できる。それだけに、クロノにフェイト、はやての驚きは相当なものだ。知らずに触ってしまったフェイトは、軽挙だったと恐縮してしまうほどで。

 

『驚いてくれたかい?』

「この上なくな」

『それは何より』

 

 鼻先を上げる狼。鼻高々、とでも言いたいのだろうか。いや、事の大きさにそうされたところで嫌味とは感じない。実際、それほどのことなのだから。

 

『まあ、正確に言えば、僕の生命力を分け与えているだけだから、新たな命を宿しているってわけじゃないんだけどね?』

「おい。それを先に言え」

『言ったら面白くないじゃないか』

「そういう問題か!」

『緊張感で場がピリピリしてたからね。場を和ますユーモアさ。こういうのは上を目指すなら必要になるよ、ハラオウン執務官』

「余計なお世話だ」

『人の好意は素直に受けたらどうだい、まったく』

 

 分け与えるだけでも易々とできることではないから、驚くべきものである。

 なのだが。

 この軽妙なやり取りのせいか、フェイトもはやても顔を合わせて困ってしまう。確かに肩の力はやや落ちたけれども。

 

『な~んか、このやり取りに見覚えがあんねんな~』

「私も」

「ふむ。普段のクロノとユーノのようだな」

 

 恭也もまた同じ気持ちであった。このクロノとヴェロッサのやり取りが、どうにも普段のクロノとユーノのいつものやり取りと被るのだ。おかげでフェイトとはやてはヴェロッサと会ってまだ数回にもかかわらず、妙な親近感を覚えてしまう。

 

『いろいろ欠点もあるんだよ? 僕の生命力を分け与えることで、一時的に仮初の命を与えられるけどさ。その分僕の体力や魔力の消費は大きくなるし、狼たちは肉体を得ることで物理的な攻撃ができる代わりに、自分たちも物理的攻撃でダメージを受ける。ダメージを受ければ生命力が落ちるから、当然それは僕に返ってくるってわけでね。何なら試してみるかい? そうだなあ……フェイトさん、額に一発デコピンしてくれるかい?』

「え!? で、でも……」

『いいからいいから』

 

 狼は本来なら強い動物である。簡単には人間に懐かない。

 けれどフェイトを見上げてくる狼の青い瞳は本当に綺麗で、アルフが見上げてくるのと同じ優しさを湛えている。フェイトを信じていると言わんばかりの瞳。その瞳の先にヴェロッサがいるわけだが、からかうのが好きそうな彼とは思えないほどに純粋にフェイトには映る。

 ゆえに。そんな狼にデコピンをしろと言われても戸惑ってしまう。動物虐待という言葉が脳裏に浮かんでしまって、そんなニュースを聞くだけで不機嫌になるような心の持ち主であるフェイトには、あまりと言えばあまりな頼みであった。

 もちろん、それをわかってやっているのであろうが。

 それを察したクロノは、義妹を弄る不届き者を成敗すべく、冷たく言い放つ。

 

「思いっきりやってやれ、フェイト」

「クロノ!」

『できれば手加減してくれると嬉しいんだけど。僕もマゾヒストじゃないしさ。でもまあ、フェイトさんがサディストだったのなら仕方がない。運が悪かったと思って受け入れようじゃないか! さあ来たまえ!』

「サ、サディストなんかじゃないです!」

『せやな。どちらかっちゅうたらフェイトちゃんはMやろ』

「はやて!」

『あっはっは!』

 

 真っ赤になってクロノとはやてに抗議するフェイト。そして狼、ひいてはヴェロッサにもいい加減にしてほしいと厳しい目を向ける……が、つぶらな瞳に見上げられてその勢いは急速に萎えてしまい。その繰り返し。

 

「……こんなことをしている場合じゃないぞ、お前たち」

 

 恭也が横から止めなければ、もうしばらくは続いていただろう。我に返って早く探さないとと慌て始めるクロノにフェイト、はやて。が、それを尻目に、こんな状況にした犯人は。

 

『あ、今見つけたよ?』

 

 などと、のたまってくれる。

 一瞬固まったクロノたちが書架に目を向けると、いつの間に現れたのか、赤い目をした狼が一冊の本を咥えていた。

 

『ま、こんなふうに相手の目を引き付けて情報をスイッと抜き出すのは、査察官の常套手段の1つでね。憶えておくといいよ、君たちも』

 

 事も無げに、やや呆然としているフェイトに本を渡しながらヴェロッサは言う。

 

「……執務官の目前で不法行為を働くな、不良査察官め」

『不法じゃないよ。ここは無限書庫で、この本は君たちのものじゃない。僕は喋りながら探してただけ』

「店員の目を引き付けて他の仲間が万引きを働くときのような手法だろうが」

『そう言わないでほしいな。僕らが査察するような相手は情報を隠そうとするような手合いだよ? 馬鹿正直な手ばかりじゃ査察なんてやっても意味ないよ。ある程度、こういった手も必要になるさ。君だって法廷で三段論法やちょっと強引なこじつけで相手の反論を躱すことだってあるだろう?』

「……否定はしない」

『今度、君を査察してあげようか、不良執務官?』

「やってみろ」

 

 もはや板についたかの如きやり取りを半ば無視し、フェイトは本を速読魔法で調べていく。やはりまだ少し頭が痛むが、ヴェロッサとのやり取りのおかげか、余裕が戻ってきている。1冊の速読程度なら問題はないだろう。

 その本はトライアン皇国が持っていた技術や、その研究施設などを記したものだった。『敵国に知られてはならない』だの『最高機密に指定された』だの、技術大国の機密情報を記した内部資料なのだろうことが読み取れる。さすが無限書庫と言えばいいのか、こんなものまで蒐集しているらしい。ユーノとクロノが、時折フェイトが勉強している横で、危機意識を共有して隔離スペースを作るべきといったことを話していたのも頷ける資料だった。

 

『業務時間外に個人的に調べていたものなんでしょ? なんで律儀に整理までしてたんだろうね、彼は?』

「だから言っただろう。生真面目でドのつくほどの律儀な奴だと」

『……ユーノくんらしいわ』

 

 はやてが苦笑するそばで、フェイトも同じように口元に笑みが浮かぶ。

 例え自分が勝手にやっていることでも、調べたのだから整理はしておこう。そういうことなのだろう。整理整頓をきっちりする、生真面目なユーノらしい行動だ。追い込まれていても、染みついた生真面目さは抜けないらしい。

 それをクロノはわかっていたのだ。本当に、口では何と言っていようと、ユーノのことをよくわかっているらしい。それが何だか悔しくもあり、嬉しくもある。

 

(だからユーノ。お願いだから早まらないで……!)

 

 みんな心配しているから。ユーノは嫌われたと思っているのかもしれないけれど、誰も嫌ってなんていない。多少はユーノの最近の言動に怒っているかもしれないけれど、これまでユーノがどれだけみんなのために頑張ってきたか、みんな知っているのだから。

 

「ところで恭也さんもユーノには用があったようですが、何の用だったんですか?」

「ああ。これを渡すよう頼まれていてな」

「これは?」

「御守りだ」

 

 速読魔法は展開したままで、フェイトもチラリと片目を開けて恭也の方を見る。手の上に乗る、小さな御札。『八束神社』と縫われた文字があった。

 

「赤星と那美さんにもユーノが怪我をしたことは知らせていてな。何とか連絡をしたいようなんだが、2人から連絡は取れないし、許可が下りる身ではないから管理局に来ることもできない。だからせめて、これを渡してほしいと頼まれた」

 

 病気や怪我が早く治るようにという祈願がされた御札らしい。恭也曰く、那美は不思議な力を持っていて、本当に怪我に効果があるそうだ。回復の魔法などではないからフェイトにはよくわからないが、完治不能と言われていた恭也の膝に回復の傾向が見られ、完治への道が開けたのもその力のおかげだそうだ。そんな力を、那美が3日間籠め続けたものだという。力を使いすぎて寝込んでいるからと、赤星が恭也に届けに来たそうだ。

 

「本当なら、自分で渡して、説教の1つもかましたいそうだ」

「何と?」

「――『負けるな』と。そして『馬鹿にするな』だそうだ」

「……そうですね。確かに、そう言ってやりたいですよ」

 

 きっとなのはも同じでしょう、と。そうクロノが言うと、恭也も頷いた。

 詳しいことはわからないけれど、フェイトも何とはなしに心の中で同意する。

 何となくだが、赤星からの伝言らしいその言葉を聞いて、ユーノがしようとしていることがフェイトにはわかったからだ。具体的に何をする気かは相変わらずわからないけれど、ユーノがどうしてこんな行動に出たのか、おぼろげながらも理由が見えてきたから。

 

――『依存』と戦おうとしている。

 

 嫌われること。好き好んで嫌われたいと思う人はいない。ただユーノもフェイトも、これを極端に恐れるからこそ、『依存』した。ユーノの行動は、その『依存』に真っ向から挑むようなもの。

 だから『依存』の対象となっている仲間を遠ざけようとしているのかもしれない。いわゆる、背水の陣。自分を厳しい状況に追い込もうとしているのではないだろうか。だから赤星は『負けるな』と叱咤しているではないか。

 

(……でも、それだけじゃない)

 

 何かが違う。

 背水の陣という言葉は、確かに退路を無くす行為を指す。ただしこれは、『覚悟を決めて戦い、()()()()()()』ことが前提だ。ユーノの行動には、『活路』がない。戦いの先にあるはずの『希望』がないのだ。

 仲間を遠ざけるにしても、何も嫌われる必要はない。事情を話して一時的に距離を置く。それだけでいいはず。ユーノのやり方は、最初から頼を戻すことを考えていない。仮に『依存』から脱却できても、孤独になってしまう。

 赤星はそれをわかっているのかもしれない。それが、『負けるな』に続く『馬鹿にするな』という言葉に繋がるのではないか。赤星はいったい、何を以って『馬鹿にするな』という言葉を恭也に託したのだろうか。

 その答えは残念ながら見えてこないけれど、でもなぜか、その言葉は間違っていないと思える。ユーノに向けるべき言葉として、その言葉はひどく適当であると感じる。それはきっと、フェイトがユーノに向けるべき言葉でもあるのではないかと。

 

(……なんでかな?)

 

 なぜなのだろう。なぜ、いつも自分ではないのだろう。

 なのはといい、クロノといい、恭也といい、赤星といい。

 いつもそうだ。

 いつも、ユーノのことでは、自分よりも他の誰かが、特にこの4人が、先に気づいている。この2年間では、クロノと並んでユーノとは最も多く時間を共有してきたのは自分なのに。

 なのはとユーノは互いが『最大の理解者』だった。だからこそ、ユーノの今回の行動を知ってなのはは『馬鹿』と伝えてほしいと言ったのかもしれない。赤星と同じ、『馬鹿』という言葉を使った。これはきっと偶然などではあるまい。

 クロノはユーノの性格や行動をよく知っているからこそ、あれほど探すのに苦労していた資料の場所を当てた。赤星の言葉にだって、すぐにわかったように同意したじゃないか。

 恭也もそうだし、赤星だって。自分と比べればユーノと共有した時間なんてほとんどないのに。なのに、考えにすぐに思い至るほど共感している。

 だからこそ、悔しい。

 所詮は『依存』で繋がっていただけの関係だからと言われているようで。

 本当に個人的な感情だけれど、フェイトも『馬鹿』と言ってやりたい。八つ当たりも多分に含まれているけれど。

 そんな精神が反映されたのか、資料を探す魔法に力が入る。資料に罪はないけれど、そこに書いていることが今のユーノの行動に関わっていると思うと、書いている文字や載せられている画像にまで恨みをぶつけてしまいそう。

 だからというわけではないだろうけれど。

 

 

 

 検索魔法が、1つの単語を拾い上げた。

 

 

 

「――『イデアシード』?」

 

 パラパラと高速でめくられていた資料が止まり、そのページを開いた状態に。横からクロノや恭也たちも覗き込む。

 ジュエルシードに本当によく似た結晶の写真も載っている。

 

『――スクライア一族がこのジュエルシードの発掘を行った際、この代償の点を改良したと見られる別のエネルギー結晶体の存在を示唆する古文書が共に見つかっており――』

 

 フェイトの脳裏に、すべて記憶している論文の記述が浮かんだ。それはクロノも同じらしく、もう魔法を使わず、手でページをめくり、自分の目で文章を追っていく。その間に、ヴェロッサが検索を『イデアシード』に限定し、さらに整理済みの書架を検索。いくつかの本がすぐに探り当てられ、司書たちも混じって調べ始めた。

 

「間違いない。これだけすぐにイデアシード関連の書物が同じ所から出てきたのなら、ユーノが調べていたのはこいつだ」

「うん」

 

 フェイトとクロノが見ていた資料には、イデアシードに関する研究中の状況だけだったので、詳細までは掴めない。書架に戻し、見つかった別の資料に手を伸ばす。さすがに資料の調査、編集に長けた司書たちが混じったことで、実に効率的に情報が拾い上げられ、纏められていく。

 イデアシードは皇国でも成功としては扱われず、試作段階で封印処理されたこと。しかし皇国が敵対していた相手が使った兵器を抑えるために使わざるを得ない状況に追い込まれたこと。結果として侵攻は防げたが、結局、このイデアシードを使ったがために国は滅びたこと。

 

「相手の使った兵器ってのがよくわからないな……こっちの資料だと次元災害として扱っているが」

「現在の旧トライアン皇国領は無人なんだね。首都のあった惑星の半分だけが草木一本生えない、不毛の荒野。なんでこうなったのかがまるでわかってないみたい」

「次元災害説もあるし、技術大国らしく、何かとんでもないものを作った挙句、暴走したために起こった人為災害だという説もある。皇族も皇国民も全員死んだという話もあるし、生きていたけど誰も何も知らなかったなんて話も残ってる。古代ベルカ時代のことは謎が多いけど、ベルカじゃ結構有名な話だよ、この皇国崩壊の謎は」

「唯一ヒントとなりそうなのは、この『ヒドゥン』という単語だが……」

『これ以上のことはわからんね』

 

 ユーノは論文の中で『侵略する敵国を退けた』と記載していたし、考古学会に連絡したときも『断定している根拠があるはずだ』として気にしていた。その辺も調べていたのかもしれない。

 とは言え、今は『ヒドゥン』のことはいい。必要なのはイデアシードのことなのだ。

 そして。

 纏められていけばいくほどに。

 ユーノが何をやろうとしているのかが、わかってしまう。

 なぜ背水の陣というだけではない、嫌われてしまうという行動まで取ったのかも。

 

 

 

――記憶を代償にして願いを叶える。

 

 

 

 そんな都合のいいものがあるものか。『こんなはずじゃなかった』というクロノの言葉に、真っ向から異議を唱えるような、そんな代物。

 けれどそれが、すべての資料に共通して記されているとなれば。

 

「……記されている証拠が本物だとすれば、信じるに足るね」

 

 査察官としての見地から、ヴェロッサはそう告げるしかない。執務官のクロノや捜査官のはやてから見ても、この証拠を並べられたら反論のしようがない。せいぜい、すべての資料が嘘八百を並べているという、反論とも言えないものくらいしか思い浮かばない。当時の研究者たちも同じような批判に遭ったのだろうか。行われた実験の数々は膨大で、証拠はこれでもかというほど並べ立てられていた。

 ただの御伽噺と言いたくても、資料の中には皇国の統治者たる皇に提出するためのものがあったり、国の直轄機関が提出したものであったりと、考古学を知らない人間でも、考古学的歴史学的にも信用性の高い資料だと言わざるを得ない。何より、ユーノが信用したのだ。仲間の中では最も学があり、それも考古学を専攻していたユーノが。

 

 

 

 そしてトドメと言わんばかりに。

 

 

 

 不治の病とされていた少女さえも癒した。全身不随の少年が動けるようになった。

 

 

 

 そんな文言と、そして彼らの写真、その後の彼らを詳細に、克明に記した経過観察の資料。

 

 

 

 その裏で、記憶を失った、イデアシードに寄生された人のことが、同じくらい詳細かつ克明に記されていれば。

 

 

 

「あの馬鹿が……!」

「……ユーノっ!」

『あ、ちょ、クロノくん、フェイトちゃん!』

 

 飛び出そうとしたのはフェイトだけではなかった。クロノも同じだ。けれど傷がまだ癒えていないクロノは、すぐに顔を顰めて蹲ってしまう。横で義兄が倒れそうになれば、さすがにフェイトも足を止めたが。

 

「クロノ、これ以上は無理だ。お前は病室に戻れ。傷が開く」

「そういうわけにはいきません。殴ってでも止めなければ……!」

 

 いや、むしろ一発殴る。そう言ってクロノは向かおうとするも、さすがに恭也が譲らなかった。

 

「お願いします。行かせてください。今回のあの馬鹿の行動には、少なからず、僕にも原因があるんです」

『それってどういうことや、クロノくん?』

「……〝嫌われてでも、為すべきことがある〟。僕はあいつの前で、そう言ったことがある」

「なるほどね。それにスクライア司書が影響を受けたということかい?」

 

 影響を受けたなんてどころではない。クロノは断言する。

 あの日、無限書庫でユーノと袂を分かった。ユーノがなのはの下を訪れなくなったのはその日以降だ。間違いない。あの言葉は、むしろトリガーになったのだと。ユーノがなのはに対して抱いていた罪悪感、何もできないという無力感、この2年間でできたことなどロクにないという虚無感。それらが一気に噴出したのだろう。

 まして、同じ姿勢を貫いたクロノは、結果を出してしまった。『伝説の3提督』に認められ、協力を請われるほどの成果を。クロノが悪いとは本人以外、この場の誰も思わない。けれど、ユーノが触発されたのは疑いようがない。

 

「クロノ。私が行くから」

 

 そんなクロノを、フェイトは目線を合わせて止めた。

 

「……フェイト」

「……わかってる」

 

 クロノが言いたいことは、わかっている。その上でフェイトは頷いて見せた。

 ここまでしたのだ。ユーノは止まらない。仲間の誰が行ったとしても、ユーノはむしろ余計に止まらないことだろう。

 戦うことも、覚悟せねばならない。

 それはフェイトにとって、あまりにも悪すぎる手合い。仲間に頼ってしまう『依存』をまだまだ払拭しきれていないフェイトだからこそ、クロノは懸念している。フェイトが如何に自らの『依存』を自覚し、少しだけ前に進むことができたと言っても、ユーノと戦うことでどうなるか。

 ユーノを止めるということは、ユーノの目的を阻むということ。ユーノが『依存』する原因、その根幹にある『嫌われることを恐れる』という闇に、ユーノ自ら挑むほどの覚悟を決めているのに、その覚悟を否定することになる。強く出られればフェイトは押し負かされかねない。押し返したとしても、これでユーノが絶望することにでもなったら、自分が友達の心をへし折ったなんて事実に、フェイトの心は果たして耐えられるのか。

 クロノの脳裏に思い浮かぶのは、プレシアに正面切って嫌いだと言われ、自分を失ったフェイトの姿。あんなフェイトを、もう見たくはない。

 

「大丈夫だから」

 

 もちろん、兄のそんな気持ちを、妹としてわからないわけもなく。自分でもそんなことになる恐れを予感しながらも、それでもフェイトは言い切って見せる。

 

「ユーノはどこにも行ってない。ユーノは、ユーノのままだよ。私たちが知ってるユーノのまま。だからきっと、ユーノもわかってくれる」

「…………」

 

 嫌われようとしているのは全て演技。クロノを助けに向かったことで明らかだ。仲間の誰もが、これを知ってユーノが心変わりなどしていないことはわかっている。だから心配しているのだ。変わらず、仲間だと思っているからこそ。

 ただ、まだクロノの懸念は晴れなかった。

 ユーノを信じている。その姿勢はわかる。クロノだって信じていないわけではない。

 だがその姿勢が、フェイトの場合、『依存』によるものであることが否定できない。如何にフェイトが『依存』を自覚して変わろうとしていても、自覚したのはつい先日。ましてや今回の相手は、フェイトが一番依存を深めていたユーノなのだ。ユーノも同様にフェイトにかなり依存していたはず。ユーノが一番に依存していたのはなのはだろうが、ここ最近、ユーノが一番つらく当たっていたのはフェイトなのだから。

 心配性なんだから、とフェイトは苦笑する。そう思われても仕方がないのはわかっているけれど。義兄に心配させているのは、これまでの自分が悪いのだから。

 

「私、信じてるから。ユーノと『その程度』の関係でしかなかったなんてことはないって」

「それは……」

 

 以前、クロノ自身がフェイトにかけた言葉。それをフェイトが言っていることはクロノにもわかった。

 

――『その程度で疎遠になるのならそれまでと言ったが、僕はユーノと『その程度』であるつもりはない。本当に『その程度』であったら、僕とユーノの関係は当の昔に切れているさ』

 

 なのはが恭也の背中を見てきたように。フェイトもまた、クロノの背中を見てきた。

 あのとき、逃げていた自分に、敢えて厳しい言葉を浴びせてきたクロノ。クロノ自身がそうすることで、大事だからこそ、時に対することとて必要であるという姿勢を教えてもらった。フェイトはそう思っている。

 

(……またこの子は、驚くほど成長するな)

 

 そんな義妹に、クロノは驚きつつも改めてあの時に逃げなかった自身を褒めてやりたくなった。

 逃げるなと。あのとき、クロノは自分自身に強く言い聞かせていた。フェイトが逃げていると感じるのなら、自分は逃げの姿勢を見せてはならないと。

 フェイトは、迷って悩んで落ち込んでと、歩みは決して真っ直ぐではなかったけれど。回り道をして時間をかけてではあっても、気づけばこうしてまた強くなっている。

 クロノの目に映るフェイトは、どこか、かつてなのはと敵対していた頃のフェイトの姿を髣髴とさせた。憂いを帯びた悲しげな目ではあったけれど、当時のフェイトは誰に何を言われようとも母の愛を信じて疑わない、ある意味、自分を曲げない強さを持っていた。なのはやクロノ、ユーノはだからこそ苦労したのだが、こうして仲間として家族して今一度この強さに相対すると、信じたくなってくる。

 フェイトなら。この子なら、大丈夫だと。

 

「クロノ、言ってくれたよね? みんな、私を信じてくれてるって。だから、自分自身を信じてやれって」

「……ああ」

「だからね、クロノ……私を、信じて。みんなが信じてくれている私を、信じてほしい」

 

 もう何も言う必要はなかった。仲直りをしたときにクロノが言ったことを、フェイトは忘れていないのだから。

 欲を言えば、もうちょっと自信ありげに言ってほしかったが。ちょっと不安そうな目で見上げてこられると、若干の心配は拭えない。ただ、それもフェイトらしいと言えばフェイトらしい。自信満々なフェイトを想像しろと言われても想像しづらいのが実際のところなのだから。

 だとしたら。

 そんな妹に兄としてできることはと言えば。

 

「――頼んだぞ、フェイト」

 

 フェイトの頭に手を置き、はっきりと告げる。お前に任せる、と。

 

「あの馬鹿を、止めてやってくれ」

「うん」

 

 兄の信頼に、妹は力強く頷いて。

 

『転送ポートの使用許可、取っといたで』

「ありがとう、はやて!」

『ユーノくんの頬、一発引っ叩いて目ぇ覚ましたり!』

 

 はやてからのエールに、本当ははやても行きたいのだろうことを感じつつ、はやてのためにもユーノを止めなければと強く思い。

 

「フェイト。これを」

「……御守り。いいんですか?」

「君に託す。赤星の伝言と那美さんの想い、ユーノに届けてやってくれ」

「はい。必ず」

 

 御守りを受け取ったフェイトは、それを優しく握りしめて。

 

「ユーノくんのこと、よろしく頼むぜ」

「連れ戻してきてよ。ここにね」

「こんな退職願は受け付けられない。そう彼に伝えてくれ」

「ユーノくんがいなくなったら、無限書庫も悲しむわ。もちろん私たちも」

「スクライア司書がどれだけ必要とされている存在なのか、教えてあげてきてください、ハラオウンさん」

 

 司書たちの言葉に頷きながら、フェイトは無限書庫を今一度見上げる。フェイトにとって、時空管理局内で安らげる場所の1つを。それはきっと、ユーノにとっても同じはず。ユーノはいつもここにいた。1人の自室よりもここが安らげるから。そう思うと、無限書庫もユーノがいなくなるのを悲しんでいるように思えてくる。

 

「――行こう、バルディッシュ!」

『Yes, sir』

 

 相棒をもう片方の手に、踵を返し、無限書庫の出口へと向かって飛び出した。

 仲間たちの信頼を。気持ちを。一身に背負って。大事な仲間に届けるために。

 そして。

 ユーノともう一度、心を通わせるために。

 『依存』などではなく、本当の『絆』を、作るために。

 

 

 

 

 





ここからは拙作で書きたかったシーン、パート2でしょうか。
ていうかそもそも長くなりすぎましたね。30話超えるとか……本来の構想ではとっくに終わっているはずだったのに。
恋愛という意味では、この第1編はまだ始まるきっかけなので、いちゃついてるところを描けないのが残念なところ。

クロノとなのはについては、まだ始まったとも言い難いですね。とりあえず、なのはにクロノを意識させるところから始めなければならないので、そこはできたかと思っています。クロノとくっつけようと思うと、公式でも『最大の理解者』という扱いだったユーノとのことをどうにかしないといけないので、そこが苦労する点ですね。クロノは現状、特に3人娘について誰も恋愛という意味では意識はしていない状態です。恭也という同じ背中を目指す者としてなのはを意識していますけど、あくまで『みんなのお兄ちゃん』の域を出ません。なのはが鈍感で気づかないという設定のSSが多いので、拙作では逆になのはに頑張ってもらいます。

ユーノとフェイトは意識し合っている状況ですよね。今は『依存』によるところが大きいですが。クロノとなのはの場合と違って、某SSのおかげでこんな関係という目標イメージが固まっているので、そこで向かって突っ走ればいいんですけど。問題はこれまた原作でユーノがなのはを意識しているという設定。これを無視すればどうとでも書けますけど、この設定を無視せずにフェイトとくっつける以上、どうしても失恋してもらわねばならないのがユーノに申し訳ない……ごめんよ、ユーノ。

クロノとなのは、ユーノとフェイト。同じ恋愛にしても、きちんと違う形の恋愛模様を描けるように頑張ります。
ヴェロッサとはやてにつきましては、次編で。ようやく今編でも2人が出会っていますが、原作の様子にはまだほど遠い関係です。一番イメージがつきにくいペアだけに、苦労する予感が今からひしひしと……!

あと少しで今編も終わりです。拙作などにお付き合いくださっている方々には改めて感謝いたします。
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