仲間同士が、決して相手を嫌っているわけでもないのに戦うってのも王道と言えば王道ですよね。そういうシチュエーションが好きなもので、拙作ではユーノとフェイトがその役回りになります。
ずっとユーノとフェイトの戦闘の構想はあって、そのために今まで色々と2人を描いてきたのですが……いざ書いてみると、あれ、意外と難産……!?
GODのユーノVSフェイトの動画とか見つけていろいろ参考にしてて気づきましたが、GODのユーノの構えにしても攻撃にしても、やっぱり手が目立ちますね。攻撃も魔法もすべて手。拙作でもちょうど『手』がユーノとフェイトにとってとても大事な要素になってますから、そこら辺をちょっと何かに使ってみようかなと考案中です。ちなみに、拙作でもユーノの構えはGODのユーノの構えと同じという設定です。
温かさを求め。
孤独を厭い。
繋がりを望み。
拒絶を忌み。
好かれるために自らを抑え。
嫌われることを恐れる。
これらは別段おかしいことではなく、誰もが同じ思いを抱えている。
けれど、この世に生まれて最初に愛情を注いでくれるはずの親を知らず、または親に嫌われ、共に捨てられた。
それゆえに、2人は『依存』した。
世界を憎み、人を嫌い、親を恨む選択肢もあっただろう。親の代わりに愛情を注いでくれる人々がいなければ、彼らもそうなったかもしれない。
不幸中の幸いと言うべきか、彼らにはそんな人々がいた。スクライア一族という大家族、またはリニスやアルフという使い魔たちが。
彼らの愛情を受けて、2人はいっそ酷なほどに優しく育った。誰かを想い、誰かのために泣き、誰かを守り、誰かのために在りたいと願うほどに。
自分を二の次にしながら。
そうしなければ、また嫌われ、捨てられてしまうからと。
少年は必死に勉強した。一族を離れて学校に通い、僅か8歳で大学まで卒業してしまうほどに。
少女は必死に魔法を覚えた。わずか9歳でAAAランクに達し、優れた魔導師になってしまうほどに。
少年も少女も、それゆえに仕事を任された。
そして2人は、出会った。
少年は一族の期待に応えられなかったと思い込み、少女は親の期待に応えられなかったと自分を責めて。
そんな2人は、あまりに似通っていたがために。まるで磁石が互いを引き寄せ合うように。互いに互いを求め合った。
仲間たちに縋る『依存』。
仲間たちに頼られることに縋る『依存』。
幸か不幸か、あまりにも2人の『依存』は相性が良すぎた。互いが求めるものを持っていて、互いが恐れるものが自分のことのようにわかって。そのままいけば共依存状態に陥り、もはや抜け出すことはできない深みに嵌まっていったかもしれない。
しかしこれまた幸か不幸か、2人はそうならなかった。2人だけではなく、周囲に仲間がいたからだ。
共に在ってくれる親友たちと、『自信を持て』と言ってくれる義兄。
同じく共に在ってくれる親友たちと、似たような過去を持ちながら立ち直った、尊敬できる兄のような人。
だからこそ、こんなことではダメだという気持ちが刺激され、2人は『依存』と向き合うことができた。
それでも、2人にとって、互いは忌み嫌う相手などではなくて。
共に『依存』と戦う仲間として、手を取り合うこととてできただろう。
ただ。
少年には、少女以外に強く意識する別の存在がいた。恋心と責任という2つの大きな感情を向ける相手が。
それゆえに、2人は道を違えた。
少女は、何も捨てずに『依存』から脱却する道を。
少年は、すべてを捨てて『依存』から脱却する道を。
少女は、少年を止めようとして。少年は少女に抱いていた感謝、そして嫉妬もあって、少女の制止を受け入れず。
少年が求めるものがある遺跡の前で、2人は相対する。
過去の大戦の影響なのか、その遺跡がある惑星は、星の半分が草木一本生えない荒野となっており、もう半分は緑豊かな大地という、あまりに不自然な状態になっていた。そしてその遺跡は、境界線であり関所でもあるかのように、荒野と草原が交わる地にあって。荒野に立つ少年と、草原に立つ少女の、今の2人の立ち位置を象徴するかのようだった。
「そこをどいて――フェイト」
「……嫌だ」
互いに強く意識し、深く『依存』し合っていた
フェイトが間に合ったのはギリギリだ。ユーノが追跡を誤魔化すために幾度の長距離転移をかけて迂回してきたのに対し、フェイトはユーノの予想に反して一気にここへやってきた。
バリアジャケットを纏ったユーノが静かな怒りを宿してフェイトの目を射抜いてくる。その目の鋭さ、向けられる敵意に、フェイトは決意した心が揺らぎそうになるのを必死に奮い立たせる。逸らしそうになる目を、顔を、意識して固定する。
「ユーノがしようとしていることは……見過ごせないよ」
「……やっぱり、あの論文を見たの?」
「うん。ごめんね、盗み見なんてしちゃって」
「別にいいよ。僕自身のミスだ」
イデアシードのことを発見し、調査することに無我夢中になり、整理整頓にまで気が回らなかった。そこにクロノや勇吾、那美、そしてフェイトとの決別があって、心が乱れに乱れていたことも相まって。
「イデアシードを使ったら、記憶がなくなっちゃうんだよね?」
「文献を見る限りね」
トライアン皇国の皇の印もあることから、あの文献はかなり信用性が高いと見ていい。皇に成果を報告する資料に偽証を列挙するとも考え難い。1つ2つくらいは粉飾したものもあるかもしれないけれど、と付け加えたつつ、ユーノはまず間違いないだろうと断定した。
「……なのはの怪我を治すの?」
「そうだよ」
もはや開き直って、ユーノはあっさりと答えた。似ているからこそ、自分がやろうとしていることはフェイトにもわかってしまう。ここまでフェイトは来たのだ。今更隠し立てすることに意味はない。
「なのはは、喜ばないよ」
「……そんなこと、言われなくたってわかってるさ。それどころか怒るだろうね」
なのはが自業自得で負った傷をユーノが肩代わりするようなものだ。なのはが喜ぶはずがない。ユーノへの怒りを抱くかもしれないし、それ以上に思い詰めるかもしれない。
――ユーノがなのはに向ける『責任』を、なのはは察しているのだから。
互いが『最大の理解者』であるユーノとなのはだからこそ、ユーノが抱く『なのはを巻き込んだ責任』をなのはが察しているのは何らおかしい話ではない。むしろ互いを大事に思う気持ちは察せて、マイナスの感情は察せないなんて都合のいい展開の方が楽観的に過ぎる。
「だからこそ、僕のことを嫌いになってもらいたかった」
「……嫌われれば、気にされないから?」
「嫌いになった奴が記憶を失おうと、誰も気にしないでしょ?」
時空管理局を去って行方をくらましても、嫌われていれば誰も後を追いはしないし、気にもされないだろう。そうして誰にも知られないうちにイデアシードを用いてなのはの怪我を治せばいい。代償としてユーノが記憶を失ったところで、誰もそれを知ることはないから、仲間たちが、誰よりなのはが、罪悪感を抱くこともない。
「僕には、責任がある。責任がありながら、今までみんなに、なのはに縋ってきた。まして、あんなことになったなのはに、それでも僕は縋ろうとしてしまったんだ。このままじゃ、僕は何も変わらない。責任を果たして、『依存』から抜け出さなきゃ、僕は何も変われない」
「仮になのはを治せたとしても、もうユーノは……孤独になっちゃうよ」
「……そうだね。でもいいんだ。また前の状態に戻るというだけだからね」
ジュエルシードの件でスクライア一族から嫌われたと思っているユーノは、なのはやフェイト、はやてたちにも嫌われてしまえば、時空管理局にも居場所がなくなる。そうなれば本格的にユーノは1人だ。周囲から頼られることに『依存』してしまうのなら、その周囲と自分を切り離してしまえばいい。孤独に耐え忍び、1人でも生きていける強さを身に付けなければ、また誰かに依存してしまう。それがユーノなりの、責任を果たしつつ依存から脱却する方法だった。
だが、その思惑はフェイトがここに来ている時点で叶わない。
ユーノの策は、仲間たち全員に嫌われることが前提だ。誰にも真相を探られず、知られていないことが必須条件。
「私は、ユーノのこと、嫌いじゃないよ」
「…………」
「ユーノが何をしようとしているかも知ってる。だから……ユーノの思い通りには、もういかないんだ」
「確かに。君の言う通りだ」
「じゃあ……!」
「――だったら、無理やりにでも嫌いになってもらうしかないね」
わかってくれたとは言い難いけれど、諦めてくれたかとフェイトが安堵しかけたのも束の間。ユーノはそんな希望をいとも容易く打ち砕きにかかる。
「僕が調べた限りなら、なのはの足とリンカーコア、2つを治すために必要な記憶は僕1人で何とかなる。でもフェイト、君が僕を嫌いになるように仕向ける余裕はない。だから、悪いけど、君自身の記憶を使わせてもらうよ」
「な……!」
「心配しなくていいよ。君の大事な記憶を失わせるようなことはしない。使うのは君の中の僕の記憶。それを使って書き換えるだけ」
感情と記憶は強い作用がある。嫌な思いをしたという記憶があれば、そんな思いをさせた人物への印象は自ずと悪くなるように。フェイトがユーノに持つ好感の基となる記憶、これを使って逆に嫌悪や敵意を抱くような記憶へと書き換える。ユーノに助けてもらった記憶を、ユーノに傷つけられた記憶に。ユーノに共に過ごした楽しい記憶を、ユーノに侮蔑されたつらい記憶に。
自分がユーノを嫌悪し、敵視する。そんな光景がふと思い浮かんでしまい、フェイトは思い切り頭を振る。嫌な想像を振り払い、そんな未来を拒否する。
「そんなの、絶対にお断りだよ! 幾らユーノでも、そんなことしたら絶対に許さない!」
「そう、許さなくていいよ。それでいいんだ」
「っ……」
まずいと直感した。口論してユーノに勝てる者などなかなかいない。ユーノに会話の主導権が握られている。嫌いになるように仕向けられている。とは言え、こんなことを認めるわけにもいかない。否定しなければならない。そしてその否定を、ユーノは望んでいる。否定され、嫌われることを、望んでいる。
「もう一度言うよ、フェイト。そこを、どいて」
「っ、嫌だ!」
一度だけ頭を振り、フェイトは強く返す。明確な拒絶。そうすることで、揺れる心を叱咤する。
頼りにしていたユーノを、仲間を、拒絶すること。まだまだ心に深く根付く『依存』がフェイトを苛む。ユーノに嫌われてしまうぞと。加えて、他でもないユーノを拒絶することそのものに対するつらさもある。今までなのはたち仲間や親友たちは元より、誰の意見や意思も否定してこなかったフェイトは、誰かの意見を否定しなければならないことにも慣れていない。ましてユーノが『依存』に立ち向かって仲間たちに嫌われてでも為そうと決めたことを否定するのだ。生半な決意ではないだけに、それを否定することはフェイトの内に途轍もない罪悪感を生み出し、謝れと責め立ててくる。
唇を噛み、拳を握りしめて。フェイトはそれらに必死に耐える。
そのフェイトの顔のすぐそばを、翡翠の光弾が走り抜けた。
速くはあるが、本来のフェイトなら難なく避けられる程度のもの。実際、身体は反応していた。
けれど……動けなかった。
背後で何かに当たる音。ゆっくりと振り返れば、岩の表面を僅かに削った跡。大した威力でもない証拠だ。当たっていたところで、バリアジャケットを展開していない今の状態でも、ちょっと痛い程度だろう。殺傷設定で攻撃してくる犯罪者たちに比べれば何のことはない。
「……ユー、ノ……」
なのに。フェイトは避けることも防ごうとすることさえもできず。半ば呆然としながら向き直り、ユーノの名前をかろうじて紡ぐことしかできなかった。
「…………」
フェイトの方へ手を突き出しているユーノ。
弱い心と決別するため。あのとき、フェイトが包んでくれた手の温もりに『依存』しかけたときのような情けない自分にならないため。揺らいでいた心に喝を入れるため。
決めたはずだ。『嫌われてでも、為すべきことがある』と。そしてフェイトを、もう二度と、『依存』の対象になどしてはいけないと。
だからこそ、目の前にフェイトが立ち塞がったとき、いや、フェイトがいきなり現れたとき、一瞬だろうと抱いたものは認めてはならない。泣きたくなるほどの歓喜など、許してはならない。怪我をしたとき、無意識のうちに自室ではなく無限書庫に帰ったのは、あそこにいればフェイトが来てくれるからだ。いつもフェイトは来てくれていたから。そうしてフェイトに『依存』していた。同じなのだ、そのときと。この歓喜は。
あそこまで言っても、冷たく当たっても、フェイトはそれでも自分を頼ってくれる。その優しさに、温かさに、2年間支えられてきた。2年間も、フェイトを『依存』に付き合わせてしまった。それを終わりにしようと、決めたのではなかったか。手を、優しさを、温かさを、振り払ったのではなかったのか。
まだ、自分の中にはフェイトに『依存』しようとする弱いユーノ・スクライアがいる。ならばそんな弱さは抑え込まなければならない。もはや引き返せない状況に自らを追い込め。
ゆえに――撃った。
フェイトを、攻撃した。
大切な友達を。大事な仲間を。傷つけようとした。
これでもう……フェイトとは本当に終わりだ。フェイトだけではなく、仲間や友達全員とも。
「今度は当てるよ」
終わりを自覚すると、途端にユーノは自分の心が冷めていくのを感じた。証明するように、出てくる声は自分でも驚くほどに感情が乗っていない。ああ、今自分はきっと『無表情』なのだろうなと、どこか他人事のように思う。
「…………」
フェイトが唇を引き結んで黙り込む。
だが、それだけだ。
反論こそしないまでも、ユーノから目をそらすことはないし、一歩退くこともない。
(……また強くなったんだね、フェイト)
下手に希望など持つからフェイトの妨害に心が揺らぎ、揺らぎは焦りを生み、焦りが余裕を失わせる。だが、もう心を揺らがせるものはないと認識すれば、例え終わりが待っているとわかっていても、心には不思議と余裕ができた。あとはもう一直線に進むだけだからか。その先が奈落の底だろうが関係ない。進むどころか落ちるだけだろうとも構わない。それが『嫌われてでも為すべきことがある』と決めた、ユーノなりの覚悟だ。覚悟さえ決まれば怖いものは何もないという心境だった。
余裕ができたユーノの思考は、フェイトの心がまた強くなっていることに気付く。
最初はちょっと強く出るだけでフェイトは引いた。次は、一歩退いてしまってはいても、『嫌だ』と自分の意思を見せた。
そして今。フェイトは引くことも一歩下がることもせず、意思を曲げない姿勢を貫いている。
(そう。君はいつだってそうだ)
プレシアに嫌いと真っ向から宣告されても。幸せになれるであろう夢を示されても。それを振り払い、フェイトは自力で戻ってきた。まして今のフェイトは支えてくれる仲間や家族を得て、『依存』を自覚し、戦おうとしている。
フェイトが自分に依存していたのはわかっている。けれどそれはもう過去のこと。フェイトはとっくにユーノへの依存など振り払っている。クロノに言われたのはただのきっかけ。行動したのはフェイト。いつだってそうだったように、フェイトは自分の力で前に進んでいく。今回も。
『立ち向かっていく強さ』を持っているフェイト・テスタロッサ・ハラオウンが、自分如きの脅しなどで引き下がるはずがない。そんなことはよく知っている。だからこそユーノ・スクライアは憧れ、そして、嫉妬してきたのだから。
(……でも、いくらフェイトでも、いきなり『依存』から完全に抜け出せはしない)
親に嫌われ、捨てられる。この『トラウマ』は、そう簡単には癒せない。
これもまた、よく知っている。何しろ、ユーノ・スクライアとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、本当に似ているのだから。
ユーノの目は、フェイトの握りしめられた拳が震えているのをしっかりと捉えていた。必死に耐えているフェイトの心がよくわかるというもの。
確信する。フェイトの『トラウマ』は今だフェイトの心に巣食い、ゆえに嫌われることを恐れ、『依存』を刺激していると。
――ならば、そこを突くだけ。
最低だ。
あまりにひどい方法だというのに、冷めた思考はいとも容易く思い至る。何を言えばフェイトのトラウマを刺激できるか、導き出してしまっている。たった一言。たった一言を口にするだけでいいのだと。それですべて終わる。
――ごめんね。
ただ、一言を口にする前に、そんな言葉が出かけたけれど。何の意味もない、ただの自己満足でしかない謝罪など口にしてどうするのかと、ユーノは自分の中に残る情けない自分自身を心の奥底へと仕舞い込み。
決定的となるであろうその一言を、目の前のフェイトにぶつけた。
「僕は、君が嫌いだ」
フェイトの体がびくりと反応する。ユーノに固定されていた目が揺らぎ、捨てられた小動物のような孤独を宿らせ始めて。ユーノの予想した通りに、フェイトは今度こそ揺らいだ。
これでいい。これで終わりだ。わかっていたことだ。覚悟もしていたこと。
だから。
――この胸をしめつける痛みも苦しみも、すべて勘違いなのだ。
決意していた心が崩れる。あまりにも呆気なく。
少しでも前に進めたかなと思っていたけれど。まやかしに過ぎないのだと、ただの自画自賛、くだらない自己満足の産物でしかなかったのだと。
嫌い。
その一言は、嫌われることを恐れるフェイトにとって、最も言われたくない言葉。向けられたくない感情。全力で避けたい事態。
逆に言えば、その一言こそが、フェイトを追い込むのに一番適した言葉である。
揺れるフェイトの心は身体にまで影響を与え、視界が霞み、過呼吸のように息は小刻みになり、足音が不安定になるほどで。心が痛い。プレシアに嫌いだと宣言されたときのことが鮮明に蘇る。すると、目の前のユーノにプレシアの姿が重なり、『無表情』の冷たい目が『トラウマ』をさらに刺激してきて。
(怖い……やっぱり、私は……)
プレシアの時とは違う。今回は仲間になり、友達になったユーノから嫌われた。一度は好かれたはずの相手から嫌われたのだ。プレシアの時とはまた違う苦痛だった。それでも、似た同じ状況であることは事実。同じ状況になればまた壊れそうになってしまうのだから、自分は全然前に進んでもなければ、強くもなっていないのではないか。
自分に自信を持てというクロノの言葉、仲間の誰もがフェイトを信じているという支えがあっても、この揺らぎはあまりにも決定的だった。
「……?」
そんなフェイトの心が折れる、まさにその直前。
フェイトのグラグラと揺れる視界に、ユーノが映る。正確に言えば、ユーノの身体の一部。
――手が、震えていた。
血の気を失って真っ白になってしまっている。それだけ強く強く握りしめられているのだろう。
――ユーノの手が、震えている。
認識した途端、フェイトの意識が引き上げられる。『トラウマ』に引っ張られ、底なしの穴に落ちていきそうだった意識が。
(ああ……そっか)
唐突に思い出した。
自分にとって最も言われたくない『嫌い』という一言。
それは、ユーノにとってもだ。
嫌われることを恐れるのは、ユーノも同じなのだ。
(……つらいんだね、ユーノも)
ユーノの手。その手の温もりを、フェイトは知っている。その手に、温もりに、救われ、支えられてきたのだから。
手は、心を示すもの。少なくともフェイトにとって、ユーノの手とはユーノの心を映す鏡だ。
手首を掴んできたときのユーノの手は、冷たくなっていた。その時のユーノはとてもつらそうで。ユーノの心が冷えてしまっているとフェイトには映った。だからこそ、無限書庫で怪我をしていたユーノの手を取り、フェイトは温めてあげたいと思った。ユーノに心を救われたときにもらったあの温かさを、少しでも返してあげたいと。
(やっぱり、ユーノはユーノのままだ)
わかっていたことではないか。クロノを助けに行ったことで、ユーノは何も変わっていないと。どこまでも自分のことは後回しで。仲間を、友達を、誰かを、いつだって最優先にして。
そんなユーノだからこそ、ユーノに救われた身として、伝えたのだ。
――ユーノがつらいときは、頼ってほしいと。
なのに、こんなことでどうするのか。友達がつらそうにしているのに、今こそ助けになってあげられるチャンスだというのに。こんなことだから頼ってもらえないのだ。頼りなさ過ぎて。ただでさえユーノは自分を二の次三の次にする性格で、むしろ強引に頼れと迫らなければ頼ろうとなんてしないのに。
ユーノに嫌いと言われるのは、故意だとわかっていても心に痛い。でもきっと、ユーノもつらいはず。いや、絶対だ。だってユーノは、本当に優しい男の子だから。
――『……人を傷つけるのが、昔から怖くて』
攻撃魔法に対する適性が単純にないというのもあるが、何より、ユーノは人を傷つけたくない気持ちを持っている。人を傷つければ嫌われてしまうという恐れがそうさせているところも大きいだろう。けれどユーノだって自分を守ろうとする意思がある。『依存』とは自分を守るための行為なのだから。なのにユーノは、相手を倒さねば自分が傷つけられかねない戦場でも、よほどのことがない限り、相手を傷つけることを厭う。嫌われようとするのも、記憶を書き換えようとするのも、そうすることでなのはやフェイト、はやて、そしてクロノたち仲間が、自分のことで悲しまないようにするためだ。それくらい、優しいのだ。
「ユーノ」
「……なに?」
ユーノは眉を顰めていた。『無表情』がいつの間にか崩れている。なのはのことになると簡単に崩れていたが、今は自分が意図せずに崩している。そのことが、場違いだと理解しながらも、フェイトは何だか嬉しかった。なのはと同じくらい、自分はユーノに意識されているということだから。
「無理、しないで」
「……何のことさ?」
「無理に嫌われようとしなくてもいいよ」
「――――」
自分の『無表情』が崩れていることさえ、ユーノは気付けない。それほどに、フェイトの様子に戸惑っていた。終わりを認識したことで戻ってきた余裕が、今度は予想外の事態になくなっていく。
嫌い。この一言でフェイトが揺れたのは明らかだったのに。
なぜだ。どうして。わからない。
目の前の少女が、決定的な一言を浴びせられながら、なにゆえ浴びせたユーノを気遣っているのか。どうしてそんなことができるのか。
わからない。
「無理なんてしてない」
わからないから、ムキになって返していることにも、ユーノは気付けない。
「『嫌われてでも、為すべきことがある』」
「!」
「クロノから聞いたんだ。元々おかしいと思ってたから、このことを聞いて全部わかった。ユーノがわざと嫌われようとしてるって」
ユーノは鋭い。クロノもだが、相手の弱点やクセを見抜く観察眼や洞察力を持っている。
的確すぎたのだ。
フェイトに対しても、はやてに対しても、クロノに対しても。他の誰に対しても。的確に、ユーノは相手を怒らせる点を突いていた。今だって、フェイトにとって一番言われたくない一言を口にしたではないか。それが仇になった。
そして何よりも。フェイトにとってはもっとわかりやすい理由がある。
「ユーノは優しいから。人を傷つけたくないって言ってたよね?」
「それが何だっていうのさ?」
「ユーノ、やっぱり気づいてないんだ」
「だから何が!?」
「手」
「……手?」
「震えてるよ?」
「っ!?」
反射的に手を隠すユーノ。だがその行動自体が図星を刺された何よりの証拠だ。恐怖に耐えているのではなく、怒りに震えているからだと冷静に返すこともできただろう。だが余裕を失った今のユーノに、冷静な対応など無理だった。
そんなユーノに、フェイトは微笑みかける。するとユーノの脳裏に、無限書庫でフェイトが手を握ってくれたときの笑みが被る。あの時と同じ、少し得意げな笑顔。その笑顔のままで、フェイトは「隠さなくてもいいのに」と言葉をかける。
「私ね。ユーノの手、好きだよ」
恥ずかしくてずっと言えなかったけれど。嘘のように、フェイトは素直に言うことができた。言われたユーノはわけがわからなそうに目を瞬いているが。
「ユーノの手って、すごく温かいんだよ? 私がユーノに初めて相談した日のこと、憶えてる?」
「…………」
「あの時に触れてくれたユーノの手、すごく安心した。なのははユーノがいてくれると背中が温かいって言ってたけど、それがわかった気がしたんだ」
フェイトは自分の両手を胸に持ってくる。そのまま両手を重ね、大事に胸に抱え込むようにして。
「今でも思い出せる。あの時に触れてくれたユーノの手の感触も、温かさも、『大丈夫』って言葉も。だって、私はあれがあったから救われたし、今の私があるんだから」
「…………」
「――本当にありがとう、ユーノ」
「っ!?」
「あのとき、私を助けてくれて、ありがとう。2年間、私を支えてくれて、ありがとう」
「……フェイト」
本当に大事な思い出。なのはが手を取ってくれたときのことや、友達になってリボンを交換したときのことと同じくらい、フェイトにとっては大事な大事な思い出。今の自分が在る、大きな要因。
それからのこと。この2年間のことも、フェイトにとってはやはり大切なことだ。相談したことの1つ1つをすべて憶えているわけではないけれど。『依存』によって繋がっていたところは否定できないけれど。それでも、ユーノと過ごした時間のすべてが『依存』によるものだけではないと、フェイトは自信を持って言える。
――『その程度で疎遠になるのならそれまでと言ったが、僕はユーノと『その程度』であるつもりはない』
だから、2年間で築いてきたユーノとの絆は、この程度のことで切れはしない。クロノがユーノとの関係をそう断じたように。ユーノが無理をして嫌われようとしても、その程度のことで切れる絆ではない。友達だから、仲間だから、ユーノが無理をしていることに気づけるし、助けたいと思う。
「だからね……やっぱり無理なんだよ。私がユーノを嫌いになれるわけない」
「…………」
『依存』がまだ払拭しきれていないから。そしてそれ以上に。フェイトはユーノを、大切な友達で、恩人で、仲間だと思っているから。
「……君はお人好しすぎる」
「それ、ユーノに言われたくないよ」
ムッとして、フェイトが一歩踏み出した瞬間。
再び、ユーノは突き出した手に魔力を生み出し、フェイトに向けて飛ばす。翡翠の弾丸、『シュートバレット』。
今度は先ほどとは違う。フェイトは余裕を持って。
何もせず、見送った。
背後で木に当たる音がする。音からして先ほどと変わらない威力だろう。もうフェイトは振り向いて確認することさえしない。ただ真っ直ぐにユーノを見て。ほら、と肩を竦める。
「今度は当てるんじゃなかったっけ?」
「……今のは制御をミスしただけさ」
「ユーノのお人好し」
ユーノだってミスはする。攻撃魔法は適性がないし、ユーノは敵でさえも傷つけたくないと思うような優しい性根の持ち主だから、攻撃魔法の制御は人一番負荷がかかっている。それにしたって、初歩の初歩たる魔法であり、ずっと訓練してきた『シュートバレット』の制御を、よりにもよって制御能力という点ではクロノと並ぶ腕を持つユーノが誤るとは思えない。
無意識に、外している。
本当に制御をミスしたとしても、今のユーノは『ブリッツラッシュ』で誘導性を弾丸に付加することができる。方向転換して再攻撃することも可能。それをせずにいることが、攻撃を躊躇っている何よりの証左。
(……躊躇うってことは、少なくとも、どうでもいいとは思われてないってことだよね)
ユーノがクロノを助けた際、ドゥビルに対して敵意を見せ、攻撃に繋がるチャンスを作り出したことは聞いている。ユーノとて本気で怒れば敵とみなして攻撃するということだ。滅多にそこまで怒ることがないだけで。
実のところ、ほんの少しだけフェイトは懸念していた。ユーノを止めることができるのは、もうなのはだけではないか。自分ではユーノを止められないのではないか。ユーノは自分を傷つけようと気にもしないのではないかと。
――ユーノが唯一、嫌われる行動を取っていないのが、なのはだから。
他の誰に嫌われようとも、なのはにだけは嫌われたくない。そんな気持ちの表れではないか。仮にこれが正しいとすれば、フェイトは一番ユーノに敵意を持たれていると言える。ユーノが最も冷たく当たったのがフェイトだったのだから。フェイトが止めることは、ユーノを余計に暴走させるだけではないかという懸念が拭えなかった。
今この時までは。
嫌いという言葉には動揺したけれど、それでも、ユーノ自身の『トラウマ』や『依存』まで刺激してしまうこの言葉を使ってまでフェイトを追い込もうとしたということは。
逆に言えば、ユーノがフェイトを強く意識して遠ざけようとしているということ。
(ここでよかったって思うのは、やっぱり『依存』なのかな?)
ユーノにとって一番は……わかってはいたけれど、やはりなのはだ。それがなぜだか悔しい。ユーノがなのはの寝顔を優しい目で見守っていたとき、ユーノがなのはのための魔法を編んだとき、そして今、ユーノはなのはのために『嫌われてでも、為すべきことがある』と決意して『依存』と戦っているとわかった。その度に、このフェイトにもまだよくわからない悔しさや寂しさ、如何ともし難い複雑な気持ちが湧き上がってきた。今も。
この気持ちが何なのか、フェイトにはまだわからない。
ただ、ユーノが強く意識しているのは、なのはだけではなく、フェイトに対しても同じであること。それだけは間違いない。向ける感情が恋慕か、別のものかという違いはあるけれど、例えその『別のもの』が敵意であったとしても、フェイトはユーノに強く意識されているということが、変な話かもしれないが嬉しいと感じる。よかったと思う。
ユーノに強く『依存』しているからこそそんなふうに感じるのか、それとも、このよくわからない気持ちがそうさせるのか。本当にわからないことだらけ。でも今は構わない。今はただ、ユーノを止める。それはどちらにしても共通した思いなのだから。
「どうしても、止まってくれないの?」
「くどいよ」
「……強情だね、ユーノ」
「君もね、フェイト」
「何だか、ユーノとなのはが私を止めようとしたときのことがわかった気がする」
「……僕も、あのときのフェイトの気持ちが、少しわかった気がするよ」
P・T事件で敵対していたときのことが脳裏に蘇る。プレシアを意固地になって信じていたフェイトと、それを助けようとするなのはとユーノ。奇しくも、今ここで、ユーノとフェイトは逆の立場で相対している。
だから。
ユーノも。フェイトも。
お互いが、もう言葉だけでは止まらない、止められないと、わかってしまう。
「ユーノと戦いたくなんてない……でも」
「フェイトと戦いたくはない……でも」
フェイトがバリアジャケットを展開する。バルディッシュも無言のままで応じて起動。それを見て、ユーノもまた半身になって身構える。
「譲れないから」「譲れないんだ」
先手を取ったのは、意外にもユーノだった。
ユーノとフェイトの間だけではなく、周囲一帯の空間に、いくつもの翡翠の魔法陣が生まれる。
「〝フローターフィ―ルド〟……!」
一見すれば『プロテクション』や『ラウンドシールド』のような防御陣と見分けがつきにくいが、ユーノとの訓練ですっかり術式を読み取ることに慣れてきたフェイトの目は、瞬時にその術式から魔法を判別した。
『プロテクション』や『ラウンドシールド』でも、ユーノがやろうとしていることはできる。ただ、魔力の消費を考えると、『フローターフィ―ルド』の選択は適切と言えるだろう。
「私とクロノの模擬戦、ちゃんと調べてたんだね」
「君にアドバイスを求められたときに答えられないんじゃ困るからね」
ユーノの狙いは、フェイトの高速機動を阻むこと。
速度という点においてユーノではフェイトにはとても勝てないし、恭也のような動体視力があるわけでもない。クロノでもフェイトの高速機動は厄介だと思うくらいなのだ。一気に接近されて懐に入られれば、ユーノではひとたまりもない。
ならば、フェイトの足を止めねばならない。
そこでクロノは、周囲一帯に『プロテクション』の防御陣を張り巡らせるという妨害を行ったことがあり、それをユーノが真似た形だ。
「〝フローターフィ―ルド〟は魔力が少ない分、〝バリアブレイク〟を使わなくても簡単に砕けるけどね。真正面からぶつかればさすがに痛い。君の足を止めるにはこれでも充分だ」
「確かに。厄介だね、これは」
周囲を見渡しながらフェイトは返した。クロノよりも展開されている数が多いし、何より【
「デバイスを持たない魔導師なら、この選択はまったく意味がないけど、ユーノの場合は……!」
『Sir!』
バルディッシュが警告すると同時、フェイトは飛んだ。すぐそばに生じた魔法陣から鎖が飛び出し、フェイトがつい今までいたところで互いに絡み合う。ユーノお得意の『チェーンバインド』。
「【
デバイスを持っていない魔導師は、デバイスがないと異なる魔法の同時制御なんてなかなかできない。フェイトでも使えなかったくらいだ。妨害をしても、同時に他の魔法が使えなくなったら、他の仲間でもいない限り、攻撃の手がない。ユーノは
知らなかったら戸惑っただろう。
でも知っているから。
よく、知っているから。
「止まっていてもバインドの的になるだけ。だったら!」
次々に生じる魔法陣から出てくる鎖を、フェイトは得意の高速機動で躱す。だが背後に、ときに頭上に、展開されている『フローターフィ―ルド』が動きを阻害する。比較的弱い衝撃でも壊れやすい『フローターフィ―ルド』でも、ぶつかれば痛い。避けながらバルディッシュを振るい、周囲の魔法陣を壊しながらバインドを避けるフェイト。
「バルディッシュ! ユーノへの道を作るよ!」
『Yes, sir! 〝Plasma Lancer〟』
「ファイア!」
魔法の槍が環状魔法陣から射出される。フェイトとユーノの間の最短距離を、槍は突き進む。『フローターフィ―ルド』に防御性能はない。やすやすと貫通し、砕きながら。槍そのものはユーノが『ラウンドシールド』で止めてしまったけれど。2人の間に障害物はなくなったと見るや、フェイトは動く。
「〝ソニックムーブ〟!」
フェイトの十八番、高速移動魔法『ソニックムーヴ』。砕けた翡翠の魔力がまだ散っている中を、一気に駆け抜ける。ユーノとの距離がたちまち埋められて。
ユーノは動かない。ただじっとフェイトを見ている。フェイトの姿を捉えられているわけではないだろう。フェイトとの2人での訓練の時、フェイトはユーノに捕捉されたことはないのだから。
ただ。じっとしているだけ。
「――まずい……!」
それはフェイトの豊富な戦闘経験があったからこそだろう。急ブレーキをかける。
「さすがに気付くか――〝チェーンバインド〟!」
「〝ソニックムーヴ〟!」
目前に止まったフェイトに、ユーノはそこでようやく反応したようにバインドを放つ。しかしフェイトの反応速度の方が早い。鎖は虚しく空を切った。
「【トリプルドライブ】、〝ブリッツラッシュ〟!」
ならばとユーノは『チェーンバインド』の速度を上げてフェイトを追う。見えていないはずのフェイトを。しかし鎖は的確にフェイトを追撃してくる。右に動いても左に動いても。避けながらチラリとユーノを一瞥。ユーノの手は動いていない。その目も、逐一フェイトを捉えてはいない。なのに鎖はユーノの指示よりも早くフェイトの動きをトレースして。
「――そこだ!」
再度、魔法の槍を生み出す。眼下に向け、一斉射撃! 狙いをつけている暇はない。多少甘いが、弾数でカバーする。攻撃先はユーノ……よりわずかに前方。魔力の流れを感じるそこに、フェイトは己の感覚を信じて撃ち込んだ。
「くっ……!」
槍が土をぶちまけ、突き刺さる。飛び上がる土砂に、ユーノが顔を若干背けた。
パキン、と。何かが割れる音が響いた。
すると、フェイトを追っていた鎖の動きが途端に鈍った。気づくや否や、フェイトは鋭く方向転換し、一気に鎖を引き離す。そのままユーノとの距離を充分に保って止まった。
「……索敵魔法だね」
『Yes』
「おかしいと思った。〝チェーンバインド〟と〝ブリッツラッシュ〟しか使ってないのに、どうして『トリプル』なのかって」
『【Cycle Drive】』
「うん。間違いない……ホント器用なんだから」
バインドでフェイトを追いかけながら仕掛けていたのだろう。【ディレイドドライブ】よりも素早く発動させられる【サイクルドライブ】で、いつでも発動できるように。
フェイトの動きを捕捉できなかったら、バインドを操作できない。だから索敵魔法と連動させたといったところか。バインドに自動追尾機能を付加したようなものだ。
――『その魔法の元々ある性能を調整することが得意なのがクロノで、僕は外部から何かを持ってきたり、根本的に変えてしまうところがあるかな』
ユーノならそんな芸当ができる。ユーノ自身が言っていたことだ。
そしておそらく、真似をしたのはやっぱりクロノ。クロノの複合魔法迎撃プログラム『AEGIS』は、索敵魔法と攻撃魔法を連動させて精密な迎撃ができるようにしたもの。攻撃魔法を使えないユーノは、捕縛魔法に切り替えて応用したのだろう。
ユーノの索敵魔法はクロノをして『反則級』と言わしめる精度を誇る。クロノも『AEGIS』に用いている索敵魔法に、ユーノの術式を組み込んでいるくらいだ。目で捉えられないフェイトの高速機動にさえも反応できる精度。
「……ユーノ、抜け目ないね」
ユーノとずっと2人で訓練してきたのだ。フェイトの動きを間近で見てきたからこそ、ユーノは高速で動く相手に対する策を考えてきたのだろう。ならばその仮想敵役は、当然ながら仲間内で最も速いフェイトになる。フェイトの速度に対応できるように。
実際、その成果はドゥビルとの戦闘で活かされた。クロノもユーノも、普段からフェイトの高速機動を相手にしてきたから、『ショートジャンプ』にも即座に対処できたのだ。
「あの鎖に捕まったらダメ。バルディッシュ、念のために『バインドブレイク』を待機させて」
『
「いい子だ」
すっかりユーノへの対処法も弁えているらしい。フェイトは頼もしい相棒の柄を撫でる。無口だから何も言わないけれど、バルディッシュもユーノを止めたいと思っているのはわかるから。
さあ、どうやってユーノを止めるか。攻撃に積極的なところを狙われたあたりからして、ユーノはフェイトの戦い方も癖もよくわかっているのだ。もしかしたらフェイト自身でさえ気付いていない弱点も把握しているかもしれない。
(接近戦を仕掛けてもユーノだって罠を用意してるだろうし、遠距離戦を仕掛ければ私に分がある。でも私の遠距離攻撃魔法でユーノの防御を貫けるのなんて……)
ユーノは闇の書事件でもリインフォースの砲撃魔法を抑えた実績がある。なのはの『ディバインバスター』でもユーノの防御は貫けないとなると、フェイトの『プラズマスマッシャー』でも難しいだろう。バリア貫通能力のある遠距離攻撃魔法はあるが、ユーノの防御の堅さと術式を修復する速度や制御能力の高さを考えると、効果的ではない。やはり直接攻撃によるバリア貫通を狙った方が、フェイトがユーノの防御を貫く上では適当だろう。
フェイトは構えながら、じっと見上げてくるユーノの視線を真っ向から受け止めた。
「……さすがだね。やっぱり、ただ速いだけのあの鬼なんかより、フェイトは厄介だよ」
フェイトの高速機動を阻むため、『フローターフィ―ルド』を障害物として無作為に多数展開。バインドで追い回し、痺れを切らせたフェイトが突っ込んでくるのを待つ。それが今の攻防でのユーノの狙い。
言うだけなら簡単だが、多数の『フローターフィ―ルド』を維持しつつ、密かに土中に仕掛けておいた索敵魔法を待機させながらフェイトを追い回すのも一苦労。フェイトが思いのほか即座に思惑に乗ってくれたのは幸運だった。
フェイトは普段の遠慮しがちな性格に反して、戦闘では非常に積極的な攻撃を仕掛ける。なのはもそうだが、攻撃に比重を置く傾向がなのは以上に強い。まずい状況になれば、自ずと守り勝つという戦いよりも、攻め勝つスタンスを取る。およそ『待つ』という戦いができないのだ。加えて、ユーノもフェイト直伝の『ブリッツアクション』『ブリッツラッシュ』『ソニックムーヴ』があるとは言え、機動戦になればまず勝てない。本家のフェイトに競り負けることは必至。自分からフェイトの土俵で戦うのは愚の骨頂。どんなに速かろうと、近接戦を仕掛けてくるのならば必ずフェイトの方から接近してくるのだ。ゆえに、敢えてその場から動かず、防御と罠によって守り勝つスタンスを崩さない。
「仕掛けておいた『ディレイドバインド』が無駄になったかな」
罠を解除しながら溜息をつく。
常に起動状態に置いておく【
【サイクルドライブ】と【ディレイドドライブ】は、使い分けが大事。ファーンも言っていたことだ。
「……ダメか。【リモートドライブ】の射程、ギリギリ外」
バインドを遠隔で放とうとするが、それは無理だった。フェイトはユーノの【リモートドライブ】の可能範囲、僅かに外にいる。見計らったような、いや、まず間違いなくその距離を意図してキープしているのだろう。
「まあ、2人であれだけ訓練してたら、ばれるよね」
ましてフェイトには、【
「索敵魔法に気づかれたということは、クロノの『AEGIS』を真似たのもばれたんだろうし……」
如何に三種同時制御ができると言っても、フェイトの高速機動を抑えるために『フローターフィ―ルド』による障害物設置は必要だし、フェイトの高速機動を目で捉えることができない以上、索敵魔法も必要になる。そうなれば同時に使える魔法はあと1つだ。1つだけではさすがに難しい。うまく技法を取り入れながら戦術を組み立て、即座に魔法を切り替えなければ、防戦一方になってしまう。
(遠隔制御の射程に入っていても、『シュートバレット』程度じゃフェイトのバリアジャケットで防がれるし、バルディッシュだって防御してくる。遠距離戦になれば砲撃魔法も射撃魔法も使えるフェイトには勝てない。やっぱり、接近戦を選択してもらわないと……)
遠距離戦になれば防御の堅さで負けるつもりはない。フルドライブ『プラズマザンバーブレイカー』を使われたらさすがに防げないが、あれは単体の相手に使うにはあまりに隙が大きすぎる。さすがにその愚をフェイトが犯すとは考えにくい。
さて、どう守り勝つか。
互いが作戦立案の思考に入っている中で、先に動き出したのは――今度は、フェイトだった。
「〝プラズマランサー・マルチショット〟!」
手を突き出していたフェイトがその腕を真横に薙ぐ。環状魔法陣から多数の槍、それこそ先ほどよりももっと多く、ユーノが展開中の『フローターフィ―ルド』をすべて砕くつもりではないかというくらいの数を撃ち出してきた。
「〝ラウンドシールド〟!」
数に怖気づく必要はない。ユーノは冷静に、右手の先に対魔防御魔法『ラウンドシールド』を展開する。術式に『プラズマランサー』に対する防御プログラムを埋め込むことを忘れない。そうすることで『プラズマランサー』に対する抵抗力を増幅。
強固な盾に、槍が突貫する。
「重い……!」
負荷はそれほどではない。が、反動が強い。屈強な兵士が馬に乗って突き出してきたかのような重さ。それが連続してぶつかってくる。さらにユーノの周囲にも次々に着弾。飛び散る土砂に顔を顰めながらも、ユーノは『ラウンドシールド』に意識を傾ける。
重い。重いが、問題はない。その証拠に、魔法陣にもヒビ1つ入ってやしない。『プラズマランサー』は直射弾だ。誘導性能もほとんどないから、前だけを防いでいればいい。
ただ、そんなことはフェイトとてわかっているはず。
「行くよ、ユーノ! 〝ハーケンセイバー〟!」
『プラズマランサー』の制御をバルディッシュに任せながら、フェイトは魔力の刃をブーメランのようにして飛ばす『ハーケンセイバー』を放ってくる。
「考えたね、フェイト。【マルチドライブ】、〝ラウンドシールド〟!」
もう1つ、左手に盾を生み出す。高速回転してくる金色の刃を、翡翠の盾が――受け止める。ギャリギャリと、金色と翡翠の魔力を火花のように散らせながら、刃と楯が競り合い始める。
散っているのは、バリア貫通の力が働いている何よりの証拠だ。『ハーケンセイバー』は優秀なバリア貫通能力を備えた攻撃魔法。『プラズマランサー』と同時に使用することで、ユーノの制御に負荷をかけようというのだろう。だが、他でもないフェイトの使う魔法。ユーノはフェイトだけではなく、なのはやはやてにも魔法のことでアドバイスを求められることが多かった。それゆえ、仲間たちの魔法についてはきっちりと調べているし、彼女たち独特の癖や弱点、逆に長所もまた知り尽くしている。知っているということ、それはつまり、対『ハーケンセイバー』用の対抗プログラムを組み込むこともできるということ。だから焦る必要はない。
「く、な、何だ……!?」
……はずだった。
『ハーケンセイバー』のバリア貫通の術式に対する充分な効果を発揮する術式だったはず。なのに。
そのプログラムが、予想よりも効果が低い。削られている。ユーノの盾が、若干ではあるが削られ始めている。目を瞬かせながらも、ユーノはすぐにその『ハーケンセイバー』を分析。すると……。
「これ、僕の『バリアブレイク』の……!」
見覚えのある、通常の『バリアブレイク』にはない術式が見受けられた。教本にも載っていない定義。教本に乗せるには難解すぎる定義が、組み込まれていた。まだ荒削りではあるが、他の公式や理論との矛盾はきっちりと抑えられている、ユーノから見てもよくできたプログラムだと感心するほどだった。
フェイトは、補助魔法が苦手だった。『バリアブレイク』も『バインドブレイク』も、アルフやバルディッシュに頼りがち。だからユーノから教わって弱点を克服しようとしていて。
「そうだよ。ユーノが教えてくれたこと」
「!」
意識が取られたのは一瞬だった。しかしフェイトにとっては、その一瞬で充分。金色の魔力を振り撒きながら。閃光のように。フェイトは、ユーノの目前に、迫って。
「はあああああ!」
「〝ラウンドシールド〟!」
魔力を迸らせて振り下ろされた鎌を、寸でのところで防ぐ。
「こ、これもか……!」
「く、うううう! やっぱり、堅い……!」
バリア貫通能力のある『ハーケンスラッシュ』を刃にかけているのだろう。これもまたユーノの『バリアブレイク』の術式を使っているのは明らかだ。ユーノの盾に、ヒビが入っていた。切っ先が僅かに突き刺さっている。だがユーノも防御の堅さは仲間の中でもなのはを上回る。そう易々と通すことは許さなかった。
「3つ同時に防げるかなって思ったんだけど……! 両手が埋まっていても関係ないんだね!」
「【リモートドライブ】が使えるなら、手で直接制御しなくたってできることだよ……!」
「ふうん。私、知らなかったな。まだまだ教えてくれてないこと、いっぱいありそうだね!」
翡翠と真紅の瞳が真っ向からぶつかり合う。両手が埋まっているため、ユーノは意識だけを正面に向けて3つ目の『ラウンドシールド』を制御している。瞳は自然と互いを捉えた。『押し通る』意思と『止める』意思が交叉し。意思は魔法の制御に強く作用し。飛び散る火花を一層激しくさせる。
デバイスを持っていないことがやはり大きく戦局を左右するのか。フェイトはバルディッシュに『ハーケンセイバー』と『プラズマランサー』の制御を任せて全力で戦えるが、ユーノはそうもいかない。ユーノの足が後退する。意図してではない。3つの攻撃の重さに押されているのだ。もう一押し。フェイトは雄叫びを挙げて押し込む。力任せと言えば力任せだが、今は押すべきときだ。意思に従い、金色の鎌の刃は一際輝き、ユーノの盾にさらに食い込んでいく。
だが、『押し通る』意思とて負けてはいない。翡翠の瞳が大きく見開かれて。
「術式再構成! 構成と同時に強化! 再起動! 〝ラウンドシールド〟ォォォ!」
翡翠の魔法陣も光を増した。ヒビが瞬く間に消えていき、食い込んだ刃を逆に逃がさないと締め付けるように。
フェイトはまずいと思って退こうとする。だが心の中に、ここでもう少し耐えて押し込めば、という気持ちが残る。それが次のフェイトの行動を僅かなりとも迷わせた。
その間に、ユーノはもう次の行動に出ていて。
「索敵魔法及び〝フローターフィ―ルド〟解除! 術式構築、詠唱、省略!」
周囲に浮かんでいた『フローターフィ―ルド』が瞬時に消える。目だけ動かしてそれを視認するフェイト。
「――あ!」
その目に、ユーノが魔法陣に浮かばせた術式が飛び込んでくる。防御陣への追加術式。
『バリアバースト』だ。それはいい。問題はそこに組み込まれた法則。とびきりやばいものだ。本来よりも衝撃を増幅させる、あの法則。
――『最近体系として確立してきた近代ベルカ式において、結界を破るための術式――"バリアブレイク"に一部組み込まれています』
それをミッドチルダ式や〝バリアバースト〟に応用させることだってできるだろうか?
答えは――できる。ユーノなら。
強引に吹き飛ばすつもりだ。それを察したフェイトはようやく退こうとするも。
「くっ、しまった……!」
抜けない。ユーノの『ラウンドシールド』に食い込んだ刃が。がっちりと、修復した防御陣に挟まれてしまっていて。
翡翠の瞳がフェイトを見据えた。これで終わりだと言わんばかりに。
だが、フェイトがそれで引き下がることはなかった。
咄嗟に、フェイトは地を蹴った。両足を持ち上げ、ユーノの魔法陣を踏みつけ。
「な……この! 【デュアルドライブ】! 〝バリアバースト〟!」
蹴り込む反動で強引に刃を抜き取るつもりだと察したユーノ。即座に『バリアバースト』を発動させる。3つの『ラウンドシールド』が一度眩く輝き、指向性の衝撃波を伴って炸裂した。
「くうっ……!」
『ハーケンセイバー』も、『プラズマランサー』も、衝撃波に吹き飛ばされる。『ベルニッツの法則』によって衝撃力を強化された威力は、地を削り、土砂を巻き上げ、離れた場所にある太い幹を持つ木々さえも大きくしならせるほどで。
そんな威力に振り回されれば、フェイトとてただではすまない。
だが。フェイトにそんな衝撃はこなかった。
蹴り込んだ勢いで直前に刃を引っこ抜いて離れたフェイトは、多少身体を突き飛ばされた程度の衝撃しか感じない。つまり、本来の『バリアバースト』の威力だけ。まさかここでまたミスをしました、なんてわけもないだろう。
(私のこと、嫌いって言ったくせに)
クスリと笑い、フェイトは空中で後転する。ユーノとの距離はせいぜい数メートル。大して吹き飛ばされていない。
ならば。追撃あるのみ!
真紅の瞳は必勝を期して翡翠の瞳を射抜き。
「〝ブリッツアクション〟!」
身体の動きを上昇させて再度肉薄し、残像さえ残しそうな速度で刃を振り下ろす。
それをユーノは――
「〝ブリッツアクション〟!」
避けた。まったく同じ魔法で自らを高速化。身体を半身にして回避。もう数センチという距離を、刃が空振りして。
その瞬間。2人は、互いの姿を、互いの目を見やって。
「【デュアルドライブ】、〝ソニックムーヴ〟!」
ユーノの姿が掻き消える。距離を取る気か。
「逃がさないよ、ユーノ!」
「させはしない! 【トリプルドライブ】、〝レストリクトロック〟!」
咄嗟に追おうとするフェイトだったが、それより早く、ユーノが捕縛魔法を発動させる。なのはも使う、強力な高位捕縛魔法。フェイトの手足を捕らえようとするリングを、フェイトは高速化した身体で右に躱し左に躱し地を蹴って後退し。しかし最後のリングについに左手首が捕らえられてしまう。
焦りが心に生まれる。ユーノのバインドに捕らえられたとあっては。でも、今こそ落ち着け。ずっと訓練してきたことを、今まさに活かせばいい。他でもない、ユーノが見ている。
――『焦らないで、フェイト』
思い出すのは、焦った時にいつもかけてくれた優しい言葉。温かい声。こんなときでも、その言葉、声は、記憶の中のものでありながら、フェイトを落ち着かせてくれる。いや、こんなときだからこそかもしれない。
ユーノに教えてもらった日から。毎日毎日。欠かすことなく続けてきたことを。もうすっかり馴染んだその手順を。以前とは比べ物にならないスピードで構築していき。
「――〝バインドブレイク〟」
高位だけあって、時間がやっぱりちょっと多めにかかったけれど。フェイトはリングを見事に破壊する。ステップを踏むように数歩下がり、フェイトは1つ息を吐いた。
大きく距離を取ったユーノ。すべての魔法を解除し、再び『フローターフィ―ルド』を発動。無作為に一帯を障害物だらけにしてしまう。
軽く息を吐きながら、ユーノとフェイトは互いを見据えた。
やりにくい。
互いのことを知り過ぎていて。互いの考え、互いの次の一手が読めてしまって。
今は敵対している身。本来なら苦戦と言わざるを得ない状況に緊張して然るべきなのだろうけれど。
ユーノもフェイトも、小さな笑みを、浮かべていた。