高等技法の中でも最高難度に類別される【
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これらがユーノが使える高等技法だったと、フェイトは記憶している。
「……さっきの『ラウンドシールド』の修復と強化、あれってもしかしなくても【
「正解だよ、フェイト」
「無詠唱や術式の構成省略でいったん発動した魔法を、後から本来の順序に従って再構成や後述詠唱することで強化する技法、だよね。知らないよ、私。そんな高等技法まで使えたなんて」
「フェイトに試験を受けさせられたときは使えなかっただけだよ。あれから1年経つんだ。僕だって魔法の訓練は怠ってないからね」
「それだけじゃないよ。さっき【リモートドライブ】を使えたら手で制御しなくても意識を向けるだけで制御できるって言ってたけど、起動から発動までのタイムラグさえなかった」
『【
「さすがだね、2人とも。魔法学の勉強の成果が出てる」
本当にユーノは秘密主義なんだからとフェイトは愚痴を零す。それに対してユーノは「別に秘密にはしてない。聞かれなかっただけさ」と返して。
ユーノにとって、思いがけない収穫があっただけ。あの〝マスタードライバー〟ファーン・コラードの戦いを目の前で見ることができたのだ。流れるような高等技法のオンパレード。まだまだ継ぎ接ぎだらけのユーノの戦い方とは違う。技法が次の技法を助け、次の技法はそのまた次の技法へとバトンタッチしていき、時に2つの高等技法が見事に重なって相乗効果を生み。クロノを追い込んだサイファーをいとも容易く追い込んでいた。格の違い、実力の差をまざまざと見せつけられた気分だ。
ユーノは独力で多くの高等技法を身に付けてきた。しかし『師』がいるとやはり違うということなのだろう。師と弟子、教官と生徒といった関係ではないが、ユーノにとってファーンはあの瞬間、確かに魔法の師のような存在だった。
だから忘れないうちに、記憶に鮮明に残っているうちに、ユーノはこの1週間を使って鍛錬を重ねた。元々あらゆる高等技法に手を出していて、しかし何かが足りなくて習得には至らなかった高等技法は、ファーンというこの上ない見本・教本を得たことで一気に開花。その成果が、【リフレクトドライブ】、そして今の【リフレクトドライブ】と【リモートドライブ】の融合とも言える反射的かつ意識だけを向けて制御した『ラウンドシールド』だ。
「……怪我したのに入院もせず、しかもそんなことしてたんだ」
「いてもたってもいられなくてね」
「無茶ばっかりするんだから」
「君たちに言われたくないよ。だいたいフェイトこそ、まさか僕の『バリアブレイク』の術式を攻撃魔法に組み込んでるなんて。聞いてないよ。だから使う羽目になったんじゃないか」
「ちょっとは、驚いてくれた?」
「そうだね。定義や公式の矛盾は一応ないみたいだし。ただ、繋ぎがまだまだ甘いけど」
「うう……そ、そんなこと言うなら、ユーノだって、『ソニックムーヴ』の動きがまだまだだよ」
戦いの最中だというのに、フェイトは問題点を指摘されて頬を染め、そうさせたユーノを上目遣いで睨んだ。するとユーノはいつものような、困った笑みを浮かべる。満面の笑顔や、ユーノの優しい笑顔とは少し違うけれど、それでもフェイトは嬉しかった。久しぶりに、ユーノの笑顔を見ることができたのだから。
「つっかえなくなっただけ、マシになったと思うんだけどなあ……まだ上手く止まれないけど」
「ちゃんと練習してた?」
「してたよ。だから……クロノを助けるときの戦いでも、本当に助けになってくれた。それこそ起死回生の一手になってくれたくらいに」
「そっか。ちゃんと役に立ったんだね。よかった」
「そう言えば、その御礼をしてなかったね。ありがとう、フェイト」
「うん。どういたしまして」
状況を忘れたように、ユーノもフェイトも笑みを浮かべて。まるでいつも無限書庫で話に興じていたときのように。訓練室で互いに教え合っていたときのように。とても今この時、譲れぬものを抱いて対立しているとは思えない表情で。心から楽しそうに、いや、本当に楽しいという感情を抱いている。
「『バインドブレイク』、もうすっかり物にしたね」
「ううん、まだまだだよ。今のだって少し時間をかけ過ぎちゃった。ユーノが追撃してきたら間に合わなかったよ」
「初歩の『リングバインド』じゃなく、高位の『レストリクトロック』なんだから仕方ないよ。バルディッシュの支援があれば大丈夫じゃないかな。バルディッシュも前以上にフェイトのサポートが上手くなってるし。以前は全般的にサポートしてたのが、今は必要なところに集中して補助できてるからね」
『
「……S2Uもそうだったけど。僕は君の
『…………』
そこで無言になるんだ、とユーノは無口なAIに苦笑する。まるで機嫌を損ねたフェイトを相手にしているような気分だった。主従揃って寡黙な部分があるからこその感覚だろう。
そんな2人のやり取りがフェイトには嬉しくて、自然と笑みが浮かんでしまう。レイジングハートもユーノのことは元マスターとして変わらず認めているところがあるし、なのはがユーノを信頼するのと同じくらい信頼を置いている。フェイトとバルディッシュもユーノとそんな関係になれているように思える。それが純粋に嬉しい。
だから錯覚してしまう。
いつまでもこんな時間が続くんじゃないかと。
願ってしまう。
ユーノのことを忘れ、それどころかユーノを嫌悪し、敵視してしまうなんて、そんなことにはなりたくないと。
「でも、だからこそ」
所詮、錯覚でしかないのだと。願いなど叶いようがないのだと。
一度目を閉じたユーノが、再び目を開いた瞬間。
笑みを消し、『無表情』となり。フェイトを敵として見据えて。
「邪魔をする君たちが、僕は嫌いだ」
触れなくてもわかるくらいに。心を冷たくして。
ユーノはフェイトの目を冷徹な視線で射抜く。
瞬間、ユーノの足下に魔法陣が発生。フェイトが反応して構えたときには発動し、ユーノの姿が掻き消える。
「転移魔法……! どこに!?」
『Sir!』
探す間も与えてくれないらしい。フェイトの周囲に次々に翡翠の魔法陣が現れる。包囲された。次の瞬間、魔法陣から射出される鎖。フェイトは咄嗟にかけた『ブリッツアクション』によって前に身を投げて躱す。包囲する魔法陣が邪魔をするが、バルディッシュで叩き割り、脱出口を開く。が、すぐにまた魔法陣が囲い込んできて。
「バルディッシュ!」
『Yes, sir』
逃げ切れない。察したフェイトは敢えて動かず、鎖に捕まる。もちろん諦めたわけでもなければ、負けを認めたわけでもない。
鎖にヒビが入る。
常に待機状態にバルディッシュがしておいてくれた魔法を、起動状態に。即座に鎖を解析。対抗プログラムを走らせて。
「〝バインドブレイク〟!」『〝BIND BREAK〟』
弱まったところを、魔力で吹き飛ばす。
解放されたフェイトは、翡翠の魔力が粒子となって舞い落ちる中、『ソニックムーヴ』でその場から飛び上がる。追うように魔法陣がフェイトの周囲を囲い出す。再び『フローターフィ―ルド』で足を止める気か。させはしない。包囲されそうなら包囲される前に一点突破。魔法陣による包囲網の一角にバルディッシュで魔法陣を砕いて穴を開け、離脱。
「本当に、大嫌いだよ」
振り向いた先にいたユーノに、バルディッシュを構えて向き直る。
もういちいち表情には出さないけれど、真っ直ぐにその視線を受け止めるフェイトの心は、やはり鋭い痛みを感じてしまう。やはりこの『嫌い』という言葉には慣れることができない。今だ燻り続ける『依存』、さらに『依存』の根本にある『嫌われるのが怖い』という弱さがある限り、フェイトも、そしてユーノも、この言葉に慣れることはないだろう。
「嫌いだったら、どうして攻撃してこないの?」
「…………」
ユーノの睨みがさらにきつくなる。僅かに顎を引き、目を細めて。目にかかる前髪でから覗くユーノの目がさらに暗くなる。
「さっきの『バリアバースト』……『ベルニッツの法則』を使えば、私も吹き飛ばせたはずだよね? 私に向けた『バリアバースト』だけ、組み込まれてなかった」
「……………………」
それどころか本来の『バリアバースト』よりも若干威力が低かったのではないか。ユーノと離れた距離なんてせいぜい数メートル。ちょっと弾かれた程度とも言える。
そんなことをするから。
そんな優しさを見せるから。
諦めることなんてできないのだ。あのときのように……プレシアに言われて心が折れてしまったときのように、倒れることなんてできない。むしろ希望を持ってしまう。心が痛くても、譲りたくないという気持ちもまた強くなるばかりで。
ちょっと腹が立ってくる。
無茶ばかりして心配させて。人が一番言われたくない言葉とわかっていながら何度も口にして。自分だって傷ついているくせに平気な顔をして。そのくせ手は震わせるし、全然攻撃は当ててこないし、優しい言葉はかけるし。いったい何がしたいのだ。こちらを悲しませたいだけなのか。困らせたいだけなのか。心を折りに来るならもっとちゃんと折りに来いというものだ。嫌いになってほしいのなら、もっとしっかり嫌われろ。
だいたい何なのだ。いつもいつも、なのはのため、なのはのため。こっちだって同じくらい心配しているし、むしろ2年間クロノと並んでなのは以上に長い時間を過ごしてきたのはこっちだというのに。誰かのための魔法を編んだのもなのはが先。こっちは他の仲間たちと同じなのに、なのはには特別優しい顔をするし。いや、なのはが好きなのはわかっているけれど。それにしたって、ちょっとなのは依存が過ぎるのではないか。こっちがどれほど言葉や態度で示しても崩れない『無表情』も、なのはの名前を出しただけで簡単に崩れるのだから。
もはやフェイトにさえも理解できない、個人的な八つ当たりも入ってきた怒り。普段のフェイトならばこうした感情は抑え込んでしまうけれど、相手がユーノで、そして冷たい目を向けてくるともなると、引いてしまうどころか押し返してやりたくなる。八つ当たりだろうが知ったことかと、乱暴な思考さえ容認してしまう。
何より、許せないこともある。
さっき、ユーノは何と言った?
――『仮になのはを治せたとしても、もうユーノは……孤独になっちゃうよ』
――『……そうだね。でもいいんだ。また前の状態に戻るというだけだからね』
何がいいのだ。全然よくない。
それだけじゃない。
――『だったら、無理やりにでも嫌いになってもらうしかないね』
――『僕が調べた限りなら、なのはの足とリンカーコア、2つを治すために必要な記憶は僕1人で何とかなる。でもフェイト、君が僕を嫌いになるように仕向ける余裕はない。だから、悪いけど、君自身の記憶を使わせてもらうよ』
――『心配しなくていいよ。君の大事な記憶を失わせるようなことはしない。使うのは君の中の僕の記憶。それを使って書き換えるだけ』
これだ。これが一番許せない。
「私の記憶を使うって言ったよね?」
「そうだよ。君の中の僕の記憶を使って、その記憶を書き換えるだけ。実際、文献では心の病にかかった人に、その原因となったつらい記憶を書き換えることで復帰できるようになったって証拠もたくさん――」
「そんなこと、どうでもいいよ」
知りたいのは証拠がどうのではない。フェイトはユーノの言葉を切り捨てる。ユーノもようやくフェイトの憤りに気づいたのか、顔を顰めて不可解そうにしている。そこで不可解、わからない、どうして、という顔をすることもまた、フェイトには気に入らなくて。
「大事な記憶を失わせるようなことはしない? 嘘だよ、それ」
「嘘じゃないよ。本当にできるんだ」
「できるできないの問題じゃないよ」
「じゃあ何だっていうのさ?」
さすがに不愉快らしい。ユーノが口をへの字にする。だが不愉快なのはフェイトの方も同じだ。むしろ自分の方がもっと不愉快だとフェイトは言葉でも雰囲気でも示すように。
「私にとって、ユーノの記憶は大事な記憶なんだ!」
「っ!?」
そこで驚くことも、意外そうにすることさえも腹が立つ。今まで何度となくユーノと過ごす時間は大事なものだと思ったし、同じ『依存』を抱えていることもあって、ユーノも同じでいてくれると思っていただけに、意外そうにされることは不本意極まりない。ユーノにとって、自分との時間はその程度のものだったのか。所詮は『依存』だけだったのか。
――そんなこと、認めない。
認めたくないのではない。認めない。認められない。
「私、ユーノを嫌いになんてなりたくない! ユーノとの大切な記憶を失いたくない! 私を助けてくれた手も、温かさも、『大丈夫』って言葉も! 戦ったことも! 勉強を教えてもらったことも! 一緒に魔法を練習したことも!」
「っ……〝チェーンバインド〟!」
ユーノの『無表情』が崩れた。それを隠すように、自棄になったように『チェーンバインド』を放ってくる。ユーノにしてはあまりに雑。しかもたった1本。それでフェイトを捉えられるわけもなく、高速魔法さえ使わず、反射神経だけでフェイトは躱す。さらに放たれた鎖も、フェイトは躱し、時にバルディッシュで強引に叩き折る。
当たり前だ。ユーノがフェイトを攻撃できないのは、純粋にユーノ自身の中に忘れたくない、忘れてほしくないという気持ちがあるのだから。なくなったのではない。それを強く抑えつけているだけに過ぎない。
なのはに嫌われてしまうとか、他の仲間たちの記憶を失えば孤独になるとか、今のフェイトにはそれこそが『依存』しているように思えてならない。自分たち以外の誰かが嫌がっているからやめようなんて説得、それこそ彼らに縋っているみたいだから。重要なのは、自分がどうかだ。だからフェイトは訴える。第三者が聞けば自分勝手だなと思われるかもしれないが、今は他の誰かなんてどうでもいい。
「私だってユーノに『依存』してた。だってユーノは、誰より私のことをわかってくれたから。いつだって受け入れてくれたから」
なのはだって、はやてだって、クロノだって、アルフだって、リンディだって、シグナムだって、ヴィータだって、シャマルだって、ザフィーラだって。仲間たちはみんなわかってくれた。
けれど、彼らの理解は『想像』の域を出ない。実際に『経験』しなければわからないものがあり、彼らではどうしたってわからないものがある。
真の意味でフェイトの心の奥底にある叫びに気づけたのは、似たような経験をしているユーノだけ。
ユーノでもまったく同じではないから、完全にわかるわけではなかったけれど。それはフェイトにとっても同じこと。それでも深い部分でわかり合えたからこそ、2人は『依存』してしまった。仲間に縋るフェイトと、仲間に頼られることに縋るユーノ。あまりに合致した2つの『依存』は、瞬く間に離れ難いものとなり、2年間、そのままできたけれど。
「〝ソニックムーヴ〟!」
あまりに中途半端な攻撃が鬱陶しくて、そして距離が開いているのがじれったくて、フェイトは途中にある『フローターフィ―ルド』を叩き割りながらユーノに肉薄する。さっきはしっかりと罠を仕掛けていたユーノだが、今回はそれさえない。呆気なく近づいたフェイトに、ユーノは『プロテクション』で振り下ろされたバルディッシュを受け止めた。
「今こうしてユーノを止めようとしてることも、『依存』じゃないって、今の私にはまだ言い切れないけど……でも『依存』だけがユーノを止める理由なんかじゃない! 私はユーノを助けたい! 大切な友達だから! 私を助けてくれた、大事な友達だから! つらいのなら頼ってほしい! 私じゃ頼りないかもしれないけど、私、頑張るから! だからユーノ、一緒に頑張ろうよ! 孤独になんかならなくたって、強くなることはできる! 私にできるんだから、ユーノだってできるよ!」
「……違う。僕と君じゃ、まるで違う」
「何が違うの!? 全然違わないよ!」
「違う!」
目を逸らしていたユーノがフェイトを強く見返し、今度はフェイトの言葉に被さるように叫んだ。再びフェイトを捉えるユーノの目は、先ほどのような影など感じさせない、フェイトが良く知るユーノの目だった。2人の間にある『プロテクション』の防御陣が、フェイトにとって今はやけに邪魔に思えてならない。
「フェイトは僕なんかと違う! 確かに『依存』は後ろ向きかもしれない……でもフェイトは、最後には必ず前を向いてたじゃないか! 一族と未だ会いに行くこともできない僕に比べて、フェイトはリンディさんやクロノと家族になるために頑張ってたし、学校で友達を作ろうともしてた! プレシアさんのことで周りからひどいことも言われてたのに耐えて、それでいて誰かが理不尽な目に遭っているのを見過ごせないからって執務官まで目指してる! 『立ち向かう強さ』を持ってるフェイトと僕が一緒なわけがないんだ!」
認められない。認めたくもない。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが、ユーノ・スクライア如きと同じだなどと。
誰よりも、ユーノが認めない。
無限書庫に籠もるしかなくて。その程度でしか仲間のサポートもできなくて。それさえも上手くいかない2年間。フェイトとの差はどんどん広がっていくばかり。同じように右往左往していても、最後には必ず前を向き、成果を出して見せているフェイトと、どうして自分が並べられるだろうか。
「だから! それができたのがユーノのおかげなんだ!」
「そこが違う! 僕はただ、相談を受けただけに過ぎない! 行動したのはフェイトだ!」
前に進むフェイトと、前に進めない自分。そんな自分がフェイトの足枷になってはいけない。フェイトを『依存』の対象になどしてはいけない。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンを、穢してはいけない。だから、フェイトの言葉は認められない。どんなに嬉しかろうとも、だ。分を弁えろと、ユーノは拳を震わせながら自分に強く言い聞かせる。
そんなユーノが手に取るようにわかり、フェイトはその頑固すぎる意地に苛立つ。押し返そうとしてくるユーノを、フェイトは体重をかけて押し負けないように踏ん張る。
「だからこそ、僕はフェイトが嫌いだ! 妬ましくてたまらない! 僕にないものを、『立ち向かう強さ』を持っている君が! 友達を、仲間を、家族を、次々に輪を広げていく君が! そんな醜い自分にも腹が立つ! だから――!」
「そんなこと言うなら私だって――!」
2人同時に限界が来たように、一度相手に大きく押し込んだ。両者ともに譲らず、ユーノが咄嗟に発動した『バリアバースト』により、フェイトは咄嗟に離れ、ユーノも反動で距離を取る。そうしてまた『フローターフィ―ルド』による妨害。この妨害がユーノの拒絶を示すかのようで、フェイトは眉を顰めた。
初めて知る、ユーノが抱いていた嫉妬。フェイトはこれを知って、しかし昂る感情は、『嫌い』という言葉さえ跳ね返す。心はダメージを負うどころか、今まさに抱いている苛立ちをぶつけ返す。
「私だって、ずるいって思うよ! 私と違って、ユーノはみんなに頼られてた! わからないことがあったらユーノに聞けばいいって。ユーノなら何でも知ってるし、的確なアドバイスだってくれるって! なのはのことだってそう! 私はなのはに嫌われるのが怖くて、なのはを止められなかった! なのにユーノは、好きななのはに嫌われてでもって行動してたじゃない! 赤星さんなんてほんの数回しか会っても話してもないのに、なのにユーノは前に進んでて! 私の方がずっと長く一緒にいるはずなのに、私じゃ何にもできなくて、ユーノは1人で前に進んでいるように見えて、どうしてって寂しかったよ!」
無限書庫で寝ていたなのはを、ユーノはなかなか起こさなかった。『笑顔』や『無表情』が常だった頃のなのはだ。怒り、嫌われるかもしれない懸念があった。にもかかわらず、そうはなりたくないけれど、ユーノはなのはとの絆を信じて、敢えてなのはの意思に反して休ませていた。フェイトだったらできなかったことだ。
今回のこの行動だって、行き過ぎではあるけれど、嫌われることを何より恐れてきて、だからこそ『依存』してきたのに、ユーノは自ら嫌われることを覚悟して行動してきた。結局のところ、誰からも嫌われてはないのだけれど、これまでずっと恐れてきたことに真っ向から挑んだユーノは、生半可な覚悟ではなかっただろう。
ユーノ・スクライアは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンに嫉妬してきた。ならば。逆だって言える。フェイトはこの際何を隠すことがあるかと、思い切り言ってやる。
「ユーノは私が『立ち向かう強さ』を持ってるなんて言うけど、ユーノだって持ってるじゃない! 私より、ずっと前からユーノは1人で戦ってきた! 戦ってきたから、私にあんなアドバイスをしてくれることができたんじゃない!」
「でも僕は、結果を出せなかった! 結果まで出した君とは違う!」
「それこそ違わない! なのはは喜んでた! ありがとうって、ユーノに言ってたじゃない! ちゃんと結果を出してるよ!」
「責任1つ取れないでなのはに縋っている僕が、そのくらいで結果を出したなんてどの口が言えるのさ!」
わかっていない。本当にわかっていない。
フェイトには歯痒くてたまらない。ユーノが自覚していないだけで、ユーノに助けられてきた者がどれだけいるかを。何より、ここにこうして、フェイトという例がいるのだから。
第一、妬ましいと思っていたフェイトを、それでもユーノは支え続けた。八つ当たりのようなことはあったが、少なくともフェイトはユーノに嫌がらせを受けた覚えはない。誰だって醜い感情の1つ2つなんて抱いている。フェイトが今まさに抱いている、よくわからない感情だって、醜いと言えば醜いのかもしれない。
どうしたらユーノにわからせてやることができるのだろう。フェイトは上手い言葉が思いつかず、言いたいことが言えないもどかしさに身を震わせる。
勢いに任せてこれまで溜めてきたものを思い切り吐き出す2人。言いたくても言えなかったことを、この土壇場だからこそと。称賛なのか、罵倒なのか、よくわからない言い合い。大人びた2人が見せた、歳相応の子供の口喧嘩のようで。もちろん言い合っている2人にとっては真剣そのものなのだけれど。
「そんなフェイトを羨んで、妬ましくも思ったけど……! それ以上に! なのはと同じくらい眩しくて! 優しくて! 温かくて! そんなフェイトが頼ってくれることが嬉しかったよ! その力になりたかった!」
「なってくれたよ、ユーノは!」
「だからこそ! そんなフェイトの足枷になんかなりたくない! なのはに縋っちゃダメだと思った矢先に、僕はフェイトに縋りそうになった! あのときも、今も!」
2人が会うときは、無限書庫が圧倒的に多かった。だから訓練で無茶をして怪我をしたときも、ユーノは無意識のうちに無限書庫に来ていた。自室ではなく、無限書庫に。いつも来てくれたからだ、フェイトが。なのはの前で倒れることができないし、情けない姿を晒すわけにはいかない。そんなときにユーノが弱さを見せるのは、フェイトだった。ユーノがフェイトを拒まなかったように、フェイトもユーノも拒まなかったから。どんなに突き放しても、冷たくあしらっても、きつい言葉をぶつけようとも、フェイトはユーノのそばにいてくれた。
「ダメなんだよ、フェイトがいると!」
ユーノは叫びながらフェイトを追いこもうとする。執拗な妨害と捕縛魔法の連続。本来ならばうまく罠に追い込むような戦術も取れるユーノだが、今はフェイトの高速機動にただ振り回される。それだけ、冷静さを失っていた。冷静さを失ってしまっては、ユーノのような技巧派の魔導師は終わり。完全にこのことが頭から抜けていた。妨害に慣れてきたかのように、迷路のような空間を魔法陣に当たらずにフェイトは小刻みに、鋭く走り回る。ユーノは腕を振り回し、目を忙しなく動かして、必死にそれを追おうとして。
「なのはの代わりを求めてしまうんだよ! フェイトだけじゃない! はやても、クロノも、勇吾さんも、恭也さんも、那美さんも! ほかのみんなも! 誰かがダメなら次の誰かって、そんなふうにだらだらと!」
誰も彼も、みんな優しいから。彼らが悲しまないために嫌いになってほしかった。けれど嫌われなければならない理由は彼らのためだけではない。ユーノのためでもあった。もう誰にも『依存』しないために。縋らないように。
特になのは、そしてフェイト。勇吾や那美、クロノにはやてもその中に入ってくるだろう。この6人には絶対に嫌ってもらわなければならなかった。そうして嫌われて嫌われて嫌われて……この痛みに、苦しみに、辛さに、耐え忍んできて。ようやく、ここまできたのに。
「なのに! 最後の最後まで! こんな所にまで! どうして来るのさ!? いい加減にしてよ! どうして僕を嫌いになってくれないんだ!?」
「――ユーノの馬鹿!」
「っ!」
背後。完全に見失っていたところだった。振り向きざまに展開した『プロテクション』が寸でのところで間に合う。バルディッシュが激突。『バリアブレイク』か。『プロテクション』から翡翠の魔力が削り取られていく。削られる先から修復のプログラムを展開するユーノ。
「く、ううううう! バルディッシュ、押し込んで……!」
『Sir Yuuno……!』
「こ、このくらい……!」
ユーノとフェイト、バルディッシュと『プロテクション』。籠められた意思が、注ぎ込まれる魔力が競り合う。
「〝バリアバースト〟!」
籠めた分だけ、
衝撃波のせいだろう。頭が若干クラクラして、フェイトは頭を振って瞬きする。視界が少しぼやけていたが、それだけだ。特に怪我はしていないし、身体にも痛いところはない。ユーノも似たようなものだろう。
吹き飛ばされたのはせいぜい5メートル程度か。また『ベルニッツの法則』は使わなかったのだろう。使っていたらまず数十メートルは吹き飛ばされ、背後の森の木々に背中から激突していたのは間違いない。
「……馬鹿にしないで」
自分が『特別』の中にいる。こんなときなのにフェイトの心の内には歓喜する自分がいて。『依存』もあるだろうけど、それとは別の、わからない感情までもが喜んでいる。戦っている相手に、嫌いだと言う相手にまで、どこまでも鬼になりきれないユーノも、そして喜んでいる自分も、どちらも馬鹿だ。
同時に、1つ、理解できたことがある。
フェイトはバルディッシュからあるものを出してもらい、その手に優しく握りしめる。
恭也から渡された、那美の不思議な力が宿った御守り。那美と、そして勇吾の、ユーノを想う気持ちが籠もったもの。
――『負けるな』
勇吾が、『依存』と戦おうとしているユーノにかけた激励。
そしてもう1つの伝言。
――『馬鹿にするな』
何とはなしにわかる気がしていた。それが今、真の意味で理解できた。
そう、いい加減にするのはユーノの方なのだ。だからフェイトは、ユーノを鋭く睨みつけて。
「私たちがユーノを想う気持ちを――馬鹿にしないで!」
「!?」
――『この程度のことで縁が切れると思ってんのか、ふざけんな馬鹿野郎!』
きっと、そんな気持ちが籠もった『馬鹿にするな』なのだろう。
そうでなければ、那美が3日間も力を籠め続けて倒れるものか。直接会いに行けない、怒りをぶつけられない勇吾の気持ちはどうなるのか。一発殴ると言って、負傷の身をおして出ようとしたクロノも。自分がどんな批判を浴びようとも出て行きたいと思っていたはやても。共にクロノを助けに行き、共に戦った恭也も。
そして、なのはも。
――『ユーノくんに伝えて……馬鹿って』
フェイトはユーノに見えるように御守りを見せる。『八束神社』の刺繍が見えるように。それだけでユーノには伝わったものがあるだろう。一歩、ユーノが引き下がった。
嫌われて嫌われて嫌われて、ここまできた。そうユーノは思っていた。だがそれ自体がすでに勘違い。誰も彼もが、ユーノのことを嫌ってなどいない。
「那美さんが3日間も、倒れるまで力を籠め続けた御守りだよ」
「……そんな……」
「赤星さんからの伝言。『負けるな』。それと、『馬鹿にするな』って」
「…………」
「ロッキードさんたちからは、『こんな退職願は受け付けられない』って。退職願も私が預かったよ」
「…………」
「クロノも、あんな身体で来ようとしたんだよ。一発殴るって」
「……そう」
「はやてもね。止めるの大変だったんだから。一発引っ叩いて目を覚ましてやれって言われた」
「……はやてらしいね」
「それから……なのはからの伝言」
「っ!」
「――『馬鹿』って」
「……なのは」
なのはの『馬鹿』に、何を感じ取ったのか。勢いよく上がった頭が、再びゆっくりと俯いていく。なのはとお互いに『最大の理解者』であったユーノの気持ちは、フェイトにはわからない。
わからないから。また複雑な気持ちが湧き上がってくる。
また。またなのはだ。
同じ『馬鹿』という気持ちをぶつけて、どうして自分の『馬鹿』はこうも負けるのか。なのはにも、勇吾にも。
「私たちを……私の気持ちを、馬鹿にしないで。ユーノの馬鹿」
「……ごめん」
ようやく。ようやくユーノの口から謝罪の言葉が出てきた。だがフェイトの気持ちはまったく晴れない。聞きたいのは謝罪ではないからだ。そしてユーノは、謝罪したところで止まらないことがわかるから。
ユーノは言った。嫌ってもらえないなら、無理やりにでもと。
もうここまで来たら、なのはのため、というのはただの言い訳に過ぎない。残るのはもう、ユーノの意地だけ。
わかりたくなんてないけれど、フェイトにはわかる。かつて自分がそうだったから。こうなったら、もう倒れるまでやるしかないのだ。止まれないのだ、自分では。
「……ねえ、ユーノ?」
「……なに?」
「私のこと、嫌い?」
「……嫌いだよ」
「……そっか」
平気……とは、やはり言えない。どうしても慣れない。この心の痛みは。
それでも。
ユーノが『嫌われてでも、為すべきことがある』という覚悟を決めたように。
フェイトも、覚悟を決める。
「……いいよ、嫌いでも」
ユーノが目を見開いた。ようやくフェイトが自分を嫌いになったとでも思ったのだ。嫌いな相手が嫌ってこようが、もうどうでもいいとフェイトが言っていると。望んだはずの展開。本来ならば、やっとか、と溜息の1つもついて応えるべきところ。だが胸を掻き毟りたくなるほどの痛みが走り、ユーノは唇を噛んで必死に耐えねばならなかった。
そんなユーノに、フェイトは少しだけ溜飲が下がった。馬鹿、とはっきり感情をユーノにぶつけたこともあるからだろう。溜め込んでいたものをすべて開けっ広げにできたことも。
ユーノが、自分に嫌われることに、必死に耐えねばならぬほどの衝撃を感じていることも。
ユーノには悪いと思うが、ここまで世話を焼かせるのだ。このくらいの八つ当たりは受けてもらって然るべきだろう。
その代わり。
「ユーノに嫌われたくはないけど……いいよ。私のこと、嫌いでも」
「……フェイト?」
思った通りに勘違いしていたらしいユーノを、フェイトはクスリと笑う。満面とはいかない、寂しげな笑みではあるけれど。
「私、やっぱりユーノをことを嫌いになんてなれない。ユーノに、私のことを忘れてほしくない。ユーノのことを、嫌いになんてなりたくない。ユーノのことを、忘れたくない」
助けられ、救われ、いつも支えられてきて。安心を、温もりを、与えてもらってばかりだった。『依存』から脱却するには、これらを跳ね除けなければならないのかもしれない。ユーノのように、すべてを振り切る覚悟がいるのかもしれない。しかし『依存』を払うためにすべてを捨てるなんて覚悟は、フェイトにはやはりできないことだ。
「私は、ユーノを助けたい。ユーノがそう思っていなくても。大事な記憶を犠牲にするなんて間違ってる。それが本当になのはのためになるとしても、私は嫌だ。間違っているとかよりも、とにかく私自身が嫌なんだ」
なのはを理由にしたくない。はやてであってもクロノであっても、他の誰でもあっても。ましてユーノであっても。
ただ、自分がここに来た、一番の理由。ただただ、ユーノを止めたいという、そのさらに奥にある気持ち。
自分勝手なことはわかっている。批判されても構わない。
悲しいけれど。つらいけれど。胸を穿つような痛みはあるけれど。
「なのはやユーノに嫌われても……いいよ。ここで下がれば、きっと後悔するから」
「フェイト……君は……君って子は……!」
本当は怖い。笑顔なんてとても浮かべられるものじゃない。
それでも。
どんなに不細工でも。どんなに形だけであろうとも。
フェイトは、笑って見せる。
「私が、ユーノに、忘れてほしくない。だから……だから、いつもユーノとクロノがやってるように、私……私も、ユーノに喧嘩を挑むよ」
「……フェイト」
「だって、忘れてしまったら、もう仲直りもできないもん。嫌われても、憶えてはいてもらえるなら、また友達に戻れるかもしれないから」
「!」
「だから……私、また頑張るよ。ユーノと仲直りできるように。また友達になれるように」
「フェイト……どうして……そこまで……」
「そんなの決まってるよ。ユーノの馬鹿」
「え?」
「ユーノは私の、大事な、大切な、失いたくない友達だから」
その笑顔を、ユーノが忘れることは、一生ないだろう。例えイデアシードで記憶をすべて代償にしたとしても。これだけはずっとユーノの脳裏に蘇るだろう。
そう確信させるほどに、その時のフェイトの笑顔は、ユーノにとって、あまりにも悲しく、それでいて決意を帯びた、綺麗なものであった。
そしてフェイトは一度俯いて。もう一度顔を上げたとき、そこには決意に満ちた、凛とした表情があった。
まさしくそれは、ユーノ・スクライアが憧れた、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンそのもの。
「……馬鹿は君の方だよ、フェイト。どうしてわからないんだ」
「わからないよ、秘密主義のユーノの考えることなんて」
構えるフェイトに続き、ユーノもまた構えを取る。左手を前に突き出し、右手を肩の高さまで上げて引く。互いに魔力を練り上げ、戦術を組み上げて。目の前の『馬鹿』な相手を見据え――
「――この分からず屋!」
「――この駄々っ子!」
己が意地を通すために、真っ向からぶつかる意地を打ち叩くために、2人は同時に飛び出した。