一見すれば、戦いはフェイトが優勢で、ユーノの防戦一方だろう。
それもそのはず。
ユーノは攻撃魔法がほとんど使えない。射撃の初歩の初歩である『シュートバレット』、それでさえ2発が限度。対してフェイトは近距離戦を最も得意としつつ、近・中・遠距離すべてに対応した魔法を使える。どの距離だろうと攻撃を行える上、高速移動魔法『ソニックムーヴ』、高速機動魔法『ブリッツアクション』『ブリッツラッシュ』で、一瞬で距離を詰めてくるとなれば、ユーノは常に緊張を強いられるのだ。
「〝プラズマランサー〟!」
「〝ラウンドシールド〟!」
魔の槍が何十本も殺到。しかし強固な盾は1発とさえ通すことを許さず。
フェイトが立ち止まれば、その瞬間、ユーノは【
(本当に速い……!)
追いきれない。気づけば迫られていることもある。
目で追いかけようとしても振り回されるだけ。それはわかっている。でも……見てしまう。戦いの最中だと言うのに、目を引かれてしまうのだ。空間を縦横無尽に奔る金色に。ドゥビルとはまるで違う。同じ目に留まらない速さでも、ドゥビルのそれに目を引かれるようなものはなかった。ただただ、脅威だけ。フェイトは違う。ふっと視界に移る金色に、つい意識が引き寄せられる。そして引き寄せられた瞬間、その僅かな隙を逃さず。
「そこっ!」
金色の刃が軌跡となって振るわれる。その度にユーノは背筋が冷えてしまう。
「〝ブリッツアクション〟!」
防御は間に合わない。【
「っと!」
刃ではなく柄で。今度は『プロテクション』で防ぐ。と思ったら、再び刃が。逆の手で『ラウンドシールド』。
『〝BARRIER BREAK - SCRYA SHIFT〟』
受け止めても安心はできない。翡翠の盾を突破しようと金色の刃が一際強く輝く。『バリアブレイク』。皮肉にもユーノ自身が教えた術式で強化された障壁破壊魔法が、ユーノの盾を、強情な意思ごと砕かんとばかりに破りにかかる。一撃で駄目なら何度でも。流れるような捌きでフェイトは長柄の武器の長所を生かして刃と柄で連続攻撃を加える。魔力の刃による魔力攻撃と、柄による物理攻撃。刃は対魔防御に優れる右手の『ラウンドシールド』、柄は対物防御に優れる左手の『プロテクション』で防ぐ。時に右手と左手で入れ替え。しかしキリがない。高速機動戦になってしまう。それはフェイトの十八番。フェイトの土俵で勝ち目などない。フェイトに移行しつつある流れを断たねば。『バリアバースト』で吹き飛ばすまで。瞬時に頭に思い浮かべた術式を魔法陣へ送る。
「そう何度も食らわないよ! バルディッシュ!」
『〝SONIC MOVE〟』
術式を見るや否や、フェイトの姿が掻き消える。目を見開く。しかし動揺は一瞬。しゃがみこみ、掲げた右手を地に叩きつける。腕から手へ、手から地へ。魔力を走らせる。淀みなく。遅滞なく。狂いなく。術式を起動し、構築し、発動する。自らを中心に半球状の膜を発生させる防御魔法『サークルプロテクション』。
膜が展張し、完全にユーノを覆うか覆わないか、きわどいタイミング。防御膜に鋭く重い衝撃が。もう1発、今度は背後から。さらに1発。さらに、さらに。上から左から右から前から。
『バリアブレイク』をかけた『ハーケンスラッシュ』による高速での連続攻撃。間隙なく襲い、防御を削っていく。やはりフェイトの姿は捉えられない。時折ふっと金色が映るだけ。
「閃光を相手にしているような気分だよ、まったく!」
防御陣を維持しながら、ユーノは左腕を振る。振った先から魔力を通して防御膜に術式が伝わる。術式追加。自己破壊。衝撃波の発生方向を全方位に調整。
「〝バリアバースト〟!」
金色の閃光を吹き飛ばすように、翡翠の膜が魔力を飛び散らせた。
衝撃波が襲いかかる。フェイトは息を止め、歯を食いしばる。腕で衝撃波から身を守りながら。けれどユーノから目は外さない。片目を開け、腕の隙間からユーノを捉え続ける。肺を圧迫されているかのような衝撃に苦しさを覚えるも、耐えられないものではない。結局、ユーノは『ベルニッツの法則』を使っていないのだ。ならば耐えられる。
優しさが仇になると言ってやるのは、簡単なようでフェイトにはなかなかできない。その優しさこそがユーノの温かさの1つだと知っているからだ。ユーノに失ってほしくない、それ以上に、フェイト自身が失いたくない温かさ。でも止めねばならない。この戦いは、負けるわけにはいかない。優しさが仇になると、その隙を突いてでも、勝たねばならないのだ。卑怯と言うなら言えばいい。嫌われるのは嫌だけれど、今は受け入れよう。たとえ嫌われても、失いたくないものがあるのだから。
「これに耐えれば……!」
息をできない衝撃に押されながら引かず。むしろ押し返すように踏ん張る。
防御を自ら炸裂させる『バリアバースト』。言い換えれば、その瞬間は無防備だ。だから、敢えて衝撃に身を曝した。
「〝ライトニングバインド〟!」
衝撃が収まりきらない中で、フェイトは腕を伸ばしてユーノの両手に捕縛魔法をかける。高速移動魔法で衝撃から逃げると思っていたのか、ユーノはあっさりとかかった。両の手首を拘束され、ユーノは眉を顰める。
捕らえた。同時、フェイトは魔力を放出。迸る魔力は衝撃となり、『バリアバースト』の衝撃を相殺。ぐっと足に力を込め、フェイトは飛び出す。バルディッシュを引き、肩越しに構えて。ユーノに肉薄し、横薙ぎ一閃!
デバイスを持たないユーノ。両手も拘束している。普通なら防御などできない。
けれど。
翡翠の防御陣が、バルディッシュを止めた。
「同じ手を食らい続ける君じゃないことくらい、よく知ってるよ」
「ユーノ……!」
パキンと。頭上で小気味よい音がした。視線を上げれば、フェイトの『ライトニングバインド』がいとも容易く砕けているのが目に入る。砕けたというよりも、まるでバインドが自ら放すように、自然と。拘束を脆くしたところを魔力で吹き飛ばすというのが『バインドブレイク』の基本的な流れ。しかしユーノの場合は、魔力で吹き飛ばすなんて真似も必要ない。拘束力を完全にゼロにしてバインドを解除してしまう。強引さなんて欠片もない。目立たないことではあるが、これ1つとっても制御能力の高さが滲み出ている。
「君の速度は目では捉えきれない。でも僕の索敵魔法なら捉えられる。索敵魔法と連動させて至近距離に迫られたら自動で発動するようにしてあるよ」
「……【
「正解。それともう1つ。〝チェーンバインド〟!」
防御陣の側面から、突然発生した小さな魔法陣。翡翠の鎖がフェイト目掛けて飛び出す。『ブリッツアクション』で躱す。右からの鎖は叩き落す。
「高速機動は許しても、高速移動は許さないよ!」
防御陣を解除したユーノ。右手を大きく左から右へと横に振った。するとその動きに従うように、フェイトの周囲に左から右へと次々に『フローターフィ―ルド』が。障害物で動きを阻むというのだろう。
さらに人差し指を立てた左手を掲げる。いくつもの魔法陣がその先に現れ、フェイトの方へ指を向けると同時、鎖が次々と撃ち出された。
正面からの鎖を避け、背後からの鎖を『ディフェンサー』で防ぎ、足下から狙ってきた鎖をジャンプして躱し、前転しながらバルディッシュを振るう。同時に襲いかかってきた鎖が、刃で断ち切られた。
「〝エリアサーチ〟、自動制御プログラムセット。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの魔力をロック。自動索敵・追尾開始」
避けながら一瞥すれば、ユーノは手の上の魔力に術式を描いていた。その手を離れた魔力は、ユーノの手の動きに従い、地中へと吸い込まれるように消える。おそらく、地中に設置した索敵魔法『エリアサーチ』への追加術式なのだろう。自動制御プログラムということは、制御はユーノの手を離れたということ。ならばユーノは索敵魔法を使いながらも、さらに3つの魔法を同時行使できるということだ。
「行くよ、フェイト! 【
『チェーンバインド』の動きが瞬く間によくなった。より鋭く、より速く。フェイトの動きを的確に追い始める。10本以上の鎖に全方位から同時に、時にタイミングを僅かにずらされて。
『Sir!』
「わかってる!」
その中に、特別動きのいい鎖が2本あることにフェイトは気付いた。
チラリとユーノを見る。ユーノは両腕を前に突き出して交叉させている。フェイトが躱せばその方向へ腕を振り、もう片方の腕を滑らかに回転させるように動かして。すると2本の鎖はフェイトを追いつつ、1本は途中で円を描くように大きく回り込み、フェイトの行く手に先回り。ユーノが広げた両腕を、勢いよく顔の前で交叉。2本の鎖もまた、フェイトの前後から襲い、さらに動きを一気に加速させるではないか。
急速回避。直角に近い角度でフェイトは上へ方向転換。足下で2本の鎖が交錯した。他の鎖が旋回して追う中、その2本だけは鋭く曲がってフェイトに再び迫る。
(本当に上手い……!)
まるで手の延長のように、鎖はユーノの意思に従っている。他の鎖は『エリアサーチ』による自動制御プログラムによって操作されているのだろう。しかし自動制御よりもユーノ自身による制御の方が何倍も何十倍もフェイトには手強かった。
流れるような制御、当たり前のように発揮されている高等技法は、フェイトから見るとあのファーンにも劣らない。美しいとさえ感じる。そしてその制御を一手に担う、フェイトが好きなユーノの手。舞うようにしなやかに、綺麗な円を描いたり、時に鋭く突き出されたり、人差し指だけ立てられたり、力強く握りしめられたかと思えば優しく丁寧に開かれたり。まさかユーノが自分を閃光のようだと見とれているなんて思っていないフェイトもまた、ユーノの手に気を惹かれていた。
「ユーノの馬鹿……」
その手が自分を受け入れてくれないことが悲しい。そして腹立たしい。
意地でも手を取り、捕まえて止めてやるんだと改めて強く思う。だから、捕まるわけにはいかない。躱し、砕き、突き破って。
だがこのままではキリがない。何か方法を……と、フェイトが考えたことはユーノも同じだったのか。ユーノが動いた。
「術式変換。『フローターフィ―ルド』解除。『ラウンドシールド』展開!」
フェイトの機動を阻むために配置されていた『フローターフィ―ルド』の魔法陣の術式が高速で書き変わっていく。防御性能のない魔法陣が防御陣へと。
何を、と疑問を浮かばせたのは束の間。フェイトはすぐに意図を察した。書き変わる術式の中に浮かび上がるプログラム。『バリアバースト』だ。さらに防御陣がフェイトを取り囲むように動き出す。バラバラの方を向いていた防御陣が、すべてフェイトの方に向いていくではないか。
――四方八方からの衝撃波で昏倒させるつもりだ。
「させないっ!」
包囲されたときは一点突破。フェイトは一番防御陣の薄い箇所を即座に看破して突っ込む。バルディッシュの刃を消す。『ラウンドシールド』は対魔法に優れた防御魔法。物理攻撃に対しての耐性もあるものの、『プロテクション』ほどではない。『ハーケンスラッシュ』と『バリアブレイク』の併用で充分壊せる。
『〝HAKEN SLASH〟』
「〝バリアブレイク〟!」
「〝チェーンバインド〟解除! 【トリプルドライブ】〝バリアバースト〟!」
翡翠の盾が次々に炸裂する。盾で構成された即席の檻の中に、衝撃波が荒れ狂う。
その暴力的な衝撃の嵐の中から、僅かに早く。一筋の雷光が飛び出した。
翡翠の瞳が歯痒そうに睨み上げ、真紅の瞳は真っ向から睨み返す。
互いに、決め手を欠いていた。
フェイトは攻撃しても防がれる。接近戦でも中・遠距離戦でも防御を越える一撃がない。連撃でも崩せないのは今の攻防で証明された。接近するにしても設置型の捕縛魔法など罠がある可能性もある。不用意な接近もできない。『バリアブレイク』があるが、他でもないユーノ直伝のものであり、ユーノ本人ならば自分の術式なのだから対処のしようもある。『プラズマスマッシャー』でもだめなら、それ以上の砲撃――それこそ手持ちではフルドライブしかない。だがあんな大技、ただ撃っても当たるわけもなし。バインドなどで固める必要がある。だが『バインドブレイク』もユーノは得意だ。さっきのように、フェイトよりもずっと早く、ずっと上手く、解除してしまうだろう。
対してユーノは、何より攻撃手段が限られる。バインドによる捕縛か『バリアバースト』だけだ。『シュートバレット』には期待できない。フェイトもそれを知っているし、やはり高速移動と高速機動が厄介だ。本気でこうしてぶつかって見て、一層その厄介さがよくわかった。補助魔法も2年前とは段違い。自らが教えたとは言え、フェイト自身の弛まぬ努力もあって、以前のように『捕まえたら勝ち』なんて展開はありえない。何より、技巧派であり、同時に頭脳派でもあるユーノの思考をフェイトが読んでしまう。元々ある鋭い直感や豊富な経験、それに加えて、2年間のユーノとの交流によってユーノのことをよく理解しているから。
方法は、互いにないわけではない。ただ、前準備や条件がいる。大技を当てるにしても、決め技を使うにしても。加えて、互いに互いのことをよく理解しているから、何をしようとしているかが即座に分かってしまうことも厄介。
ゆえに、条件を揃えるためには。
相手の、裏をかかねばならない。相手が思いつかないことを、予想の上を。実現せねばならない。
(……ユーノオリジナルの『バインドブレイク』。私があれを使えることをユーノはまだ知らない)
これまでフェイトが使ってきた『バインドブレイク』は教本通りのものだ。だがここでユーノがフェイトのために編んだ『バインドブレイク』を使えば、ユーノの予想を超えることができるだろう。ユーノはバルディッシュだけに教えていたし、まだフェイトに教えていいとはバルディッシュに言っていない。
(……『アレスターチェーン』。最初に使う相手がフェイトになるなんてね)
複合攻性捕縛魔法『アレスターチェーン』。あれからも鍛錬を重ね、独自の詠唱も組み込むことで1つの魔法として完成していた。見た目は普通のバインドだから、フェイトも今以上の警戒はしないだろう。ただし、あれとて『ベルニッツの法則』なしでは効果は薄い。もはや躊躇っている場合ではないだろう。
(それと……)
(もう1つ……)
本当にできるかどうか、自信はないけれど。ユーノもフェイトも拳を握りしめる。
全力を以って。目の前の相手に、信頼する仲間に、自分にないものを持っているからこそ憧れ、羨んで妬みもした友達に。
――勝つために。
「封時結界、展開」
【ディレイドドライブ】や【サイクルドライブ】で仕掛けていた魔法も含めてすべてキャンセル。ユーノは自身を中心に相手を閉じ込める結界を展開した。何の結界かとフェイトは術式を読み取ろうとし、特段、自身に悪影響を与えるものではないと察し、ならばユーノが何の目的でこれを張ったのかを考える。
「ユーノの【リモートドライブ】の射程の外に私が退避することを阻むため?」
バルディッシュが即座に解析に入る中、フェイトは結界の範囲がそう広くないことから、これも自身の高速機動を阻むための一環ではないかと推測した。デバイスを持たないユーノは、【トリプルドライブ】の高等技法により、同時に3種の魔法を制御できるが、裏を返せば『異なる魔法の同時制御数は3つまで』という制限を持っていることになる。その1つを使ってまで無駄なことはしまい。
「……まだ隠し手でもあるのかな?」
『……I don't know』
【トリプルドライブ】を超えて4種以上の同時制御というのは過去に例がない。理論上は4種以上もできるのだが、そこまでのマルチタスクな能力者は現れた例がないのだ。殊に昨今はデバイスの進化によって、術者本人がそこまでマルチタスクである必要性が薄れているのだから。
ただ、先ほどユーノがやったことが気にかかる。自動制御プログラムを組み込むことで、魔力はユーノから供給するが、制御はユーノの手から離れて起動状態に置いておくという手法。【ディレイドドライブ】と【サイクルドライブ】の融合とも言える技法だが、フェイトはその技法の名前までは知らない。知らないが、何より重要なのは、そうすることでデバイスを持たないユーノが『異なる魔法の同時制御数は3つまで』という制限を限定的に超えることができるということ。
それに、クロノを助けた戦いで『ディストーションシールド』さえ行使してみせたと聞いている。
本当に油断ならない。知らないうちに、どんどん先へ行っている。いったいどの口が『自分は弱い』などと言うのか、この秘密主義者は。
その秘密主義者が、さらに魔法を起動。捕縛魔法の魔法陣に重なる形で、次々に浮かび上がる。が、すぐに消えた。おそらくは【ディレイドドライブ】による条件式か。
「何の魔法を……」
『――Sir!』
「バルディッシュ?」
コアを点滅させてバルディッシュが騒いでいる。珍しいこともあったものだ。解析結果が出たのだろうか。
フェイトが首を傾げていると、バルディッシュはモニターを表示させた。解析していた捕縛結界についての結果が表示されている。やはり通常の捕縛結界だ。いきなりバインドが発射されるといったことはない。本当に空間内部に閉じ込めるための結界。
「これ……!」
そう、結界そのものに問題はないのだ。
ただ1点。
術式の中に、『ベルニッツの法則』が含まれていることを除けば。
「気づいたみたいだね、フェイト」
「ユーノ、まさか!」
「君は強いよ、フェイト。本当に。そんな君を退けるには、もう使わざるをえない」
結界魔法、防御魔法に続き、3つ目の魔法をユーノが右手に生み出す。『バリアバースト』。
「要はさっきやろうとしたことの応用だね。防御陣で君を囲い込んで衝撃波でダメージを負わせる。でも君の速度、そして『バリアブレイク』は厄介だからね。なら、結界内部全体に衝撃波を発生させればいい」
結界は総じて複雑な術式だ。破壊するのはユーノでも即座にとはいかない。
自らの結界を強引に破壊し、その衝撃波を外ではなく、内部に向ける。すなわち、内部に閉じ込められたユーノとフェイトに。『ベルニッツの法則』は手順さえ踏めば容易に解除できるが、強引に破ろうとすると、破壊の際に衝撃波が増幅されるという厄介な術式。
――『この理論で構成された結界はとても強固で、無理に破壊すれば衝撃と共に周囲に甚大な被害を及ぼしかねません』
どれほどの被害が出るかわかっていない機動部隊の長にユーノが警告していたことを思い出す。
古代ベルカでは、守るための結界ではなく、故意に破裂させて攻撃したり、遅延術式や条件術式と組み合わせた罠として使われる攻性結界に使われた法則。守るというより、攻めるために用いられたもの。
「わかってると思うけど、この結界は闇の書事件の緒戦でなのはが破ったベルカの封鎖結界〝ゲフェングニス・デア・マギー〟と同程度の強度を持ってる。破ろうと思えば、あのときなのはがやったように〝スターライトブレイカー〟クラスの威力が必要だよ」
もちろんフェイトにも同じぐらいのことはできる。そんなことはユーノとて百も承知の上だ。だがおいそれとできない。『ベルニッツの法則』が組み込まれているとあっては。
「破ってみるかい? 確かに君の『スプライトザンバー』や『ジェットザンバー』は強力な結界破壊の効果を持つ。でも、そんな強引なやり方で破ったら、その瞬間、四方八方からの衝撃波が襲いかかるよ? まあ、このまま放っておいたとしても、僕が破壊するから同じことだけどね」
「……ユーノって、案外性格悪いよね」
「何とでも言ってよ。それで、どうする?」
「もちろん、こうするよ! バルディッシュ、『ザンバーフォーム』!」
『Yes, sir!』
バルディッシュが変形し、金色の魔力が大剣の形状を取る。そしてこれを向けるのは、結界ではなく、術者であるユーノ。フェイトはユーノが『バリアバースト』を使う前に斬るべく、『ソニックムーヴ』をかけて突撃。
「そう来ると思った! 【デュアル・ディレイドドライブ】〝ラウンドシールド〟フルパワー展開!」
条件を設定して仕掛けておいた魔法が、フェイトの高速移動魔法を引き金にして発動する。翡翠の盾がフェイトの目前に現れた。だがフェイトは止まらない。勢いを殺さず、肩に担いだ大剣を――
「疾風・迅雷!」
「その詠唱文句……【
振り下ろす。
「〝スプライト――ザンバーーーー〟!」
闇の書の闇が構築した空間さえ破壊した一撃。翡翠の盾に激突する。
「ぐっ!」
翡翠の盾の全体にヒビが入った。ユーノの顔が歪む。足が地面を滑る。反射的に突き出した左腕の手首を右手で掴むユーノ。衝突の衝撃が砂塵を巻き上げ、2人の姿を包み隠す。
「〝スプライトザンバー〟に特化した対抗プログラムなんて! 今作ったわけじゃないよね!」
「君たちが妨害しに来ないとは限らなかったからね! 誰が来ても対抗できるよう作っておいたんだよ!」
「誰が来てもなんて、そんなこと思ってる時点で誰かに来てほしかったってことじゃない! ユーノの駄々っ子!」
「勝手なこと言わないでよ! 君みたいなお人好しの分からず屋がいるからこんな面倒事まで背負い込まなきゃならないんじゃないか!」
「ふうん! ユーノが私のことどう思ってるか、よくわかったよ! ユーノの馬鹿!」
「馬鹿はそっちでしょ! ホント、バカ魔力なんだから!」
「もう許さないよ、ユーノ!」
「こっちのセリフだよ! 【トリプルドライブ】〝プロテクション〟!」
砕けそうな『ラウンドシールド』の修復を諦め、ユーノはそのすぐ後ろに『プロテクション』を発動。直後、『ラウンドシールド』がフェイトの大きな魔力と障壁破壊効果に耐えられずに砕ける。そして『プロテクション』が防ぐ。が、こちらもすぐにヒビが入る。
「こ、の……! 〝ラウンドシールド〟、〝プロテクション〟、連続展開!」
さらにさらに、ユーノは2種類の盾を次々に構成。『スプライトザンバー』は魔力刃でありながら対物理攻撃力も持つと気づき2種類の盾を交互に挟み込む。
フェイトも負けてはいない。構成される数に怯まずに押し込み、砕いていく。だが砕いていけば砕いていくほどに、その速度は徐々に遅くなっていく。どんな名刀でも斬り続ければ切断力が衰えていくように、ザンバーの刃の輝きが削られていく。
「もう! ホントに、堅いんだから……!」
フェイト自身の息も続かない。大きな魔力が必要になり、カートリッジも次々に消費するだけに。堅い盾に思い切り激突した反動まで消せるわけではないから、フェイトの腕は反動と力の入れ込みに震えている。味方であればあれだけ心強い盾が、敵にすればこうも厄介なものだとは。
3つ、4つ、5つ、6つと破り、7つ目の盾にザンバーが挑む。けれど、ついにヒビが入れられず。これを見逃さず、ユーノは『バリアバースト』を放った。
「わあっ!?」
弾き飛ばされ、体勢が崩れる。大剣を振り上げた状態で無防備。シグナムだったらこの隙を逃さずに斬られていただろう。
ユーノもまた、追撃の余裕がないようだった。震える左腕を右手で抑えて肩で息をしていた。フェイトも息が苦しいし、バルディッシュを持つ手も力が入りにくい。
が。チャンスだと。そう思ったから。
「バルディッシュ! カートリッジロード!」
『Sir Yuuno,
排出されるカートリッジ。立て続けに。ただでさえ膨大なフェイトの魔力に、カートリッジの圧縮されていた魔力が上乗せされ、瞬間的に魔力がフェイトの身体に収まりきらず、フェイトの周囲に迸る。ユーノの背筋をヒヤリとさせるほどに。輝きを落としていたザンバーが、再び力を得て燦然と光を放って。
「はああっ!」
その場でフェイトは一回転。巨大な刃を振るう。すると華麗な回転とは裏腹に、暴力的な衝撃波が巻き起こり、地を削り土砂を巻き上げて、ユーノに襲いかかる。
「ぐ、あ……!?」
咄嗟に『プロテクション』を張ったユーノだが、容易く吹き飛ばされてしまう。物理的な攻撃力を伴う衝撃波だ。ユーノは腹を打ち据えられ、一瞬だけ身体が宙に浮くほどの衝撃に身体を前に折った。
その隙を逃がすフェイトではなく。
「撃ち抜け、雷神!」
『〝Jet Zamber〟!』
ユーノは身体を折って苦しんでいる。胸は痛むが、今はその痛みを無視。戦うべきときに、このチャンスに、躊躇いは無用。これで終わらせるのだ。今度の刃は『スプライトザンバー』以上の威力と障壁破壊効果を持つ。ユーノでも防げはしない。
回転と共にさらに伸びた大剣を、フェイトは気合と共にその場から振り抜く。
だが、その必勝の籠めた一撃は、見事に――空を切っただけだった。
「えっ!?」
もちろん見ていなかったわけではない。が、一瞬だったために完全に見失った。瞬きしたほんの一瞬だったのだ。
ユーノの姿が、掻き消えたのは。
「そんな、どこに!?」
「――がっ!」
焦るフェイトの耳に、苦悶の声が届く。咄嗟にそちらに振り向けば、自らの結界に背中をぶつけてへたり込むユーノが。相当強くぶつけたのか、強く目を閉じて歯を食いしばっている。ついフェイトが手を伸ばしそうになるほどに。
「げほっ、ごほっ! う、はあ、はあ……」
しかし、開いた目は、フェイトが伸ばしそうになった手を拒絶する。強い視線がフェイトを射抜く。
「し、失策だったね、ごほっ、フェイト」
「え……あっ!?」
フェイトの足下で魔法陣が構成され、次々に鎖が射出される。肩を、手首を、腰を、足を、翡翠の鎖が絡め取る。『バインドブレイク』を即座に発動するが、焦りが妨げになり、構成が曖昧になってしまう。
「〝ディレイド、バインド〟」
「!」
「君が『ジェットザンバー』を、ごほっ、使うことを条件に……発動するように、設定した」
「そ、そんな……!」
「君が僕を、理解してくれて、いるように。僕だって、君のことを、理解している、つもりさ」
わざわざわかりやすく自分の結界や防御を破壊することができる『スプライトザンバー』や『ジェットザンバー』の名前を挙げる。そしてそれさえも無意味であるかのように振る舞えば。
フェイトは、必ず打って出る。
自信があるからこそ、そこに頼る。元々攻撃に傾注しがちなフェイトだからこそ、追い込まれればその癖が出やすくなる。ドゥビルが『ショートジャンプ』に頼り過ぎているように、フェイトにもそういうところがあるのだ。その癖を直そうとしているけれど、染みついた癖はそうそう簡単には直らない。
「危険な賭けであることはわかってるけどね。フェイトの魔力を消費させる必要があった。僕は君と違って、魔力量は平均よりちょっと多めってくらいだからね。長期戦に持ち込まれたくなかった」
あのまま小競り合いを続けていれば、いずれ魔力切れでユーノの敗北は必至。だからこそ自らも結界内に閉じ込めて『ベルニッツの法則』でフェイトを焦らせ、電撃戦を選ばせた。魔力を大きく消費するものの、ユーノの防御を突破できる可能性が高い『スプライトザンバー』や『ジェットザンバー』を使うように煽って。
「確実な『ジェットザンバー』で来ると思ってたから、『スプライトザンバー』で最初に来たときはちょっと焦ったよ。理論的には防げるとわかっていたと言っても」
覚悟を決めても、やはりどこかにユーノと戦いたくない、ユーノを傷つけたくないという気持ちが働いたのかもしれない。『ジェットザンバー』よりは『スプライトザンバー』の方が威力はまだ低いからと。
「それでも、やっぱり失策だったね。そもそもにして君のザンバーフォーム自体が大きすぎるがゆえに大振りでわかりやすい。僕が誘ったこととは言え、およそ一対一の対人戦には向いていない。そして防ぎきれない攻撃を回避するために、君は僕に『ソニックムーヴ』を教えてくれたんじゃないか」
「う……」
「〝サークルプロテクション〟」
冷静さを欠いたフェイトの負けだと言わんばかりに、ユーノは自らを守る半球状の防御結界を形成する。そしてすぐ背後にある結界に手を当てて。接触点から、ユーノの魔力が結界に走る。本来の解除の手段を無視して強引に破る『バリアブレイク』の術式が、結界を走っていく。ピシリ、と。嫌な音がフェイトの耳に届いた。
「熱くなると攻撃に傾注し過ぎるところと、誘いに素直に応えてしまうところ。フェイトのいいところでもあるし、そんなフェイトが僕は好きだけどね。戦いに関しては、直した方がいいよ」
「ユーノ……!」
「これで終わりだ、フェイト……さようなら」
ニコリと、ユーノは自身さえも意図せずに、笑った。
その寂しそうな笑顔に、フェイトはこんなときだと言うのにまた手を伸ばしたくなって。
「――〝バリアブレイク〟」
直後に襲った、耳を劈く破壊音と激烈な衝撃波の中で、ユーノを呼ぶ声はかき消された。
荒野と草原が不自然に混じり合ったこの地で生じた衝撃波が、砂塵と植物の区別なく、根こそぎ破壊していく。木々が振り回され、根元から折れ、宙に放り投げられた上に四方八方から飛んでくる衝撃波で捩じられ叩かれ、原型を留めないほどに砕かれて。上方から叩き落とされた衝撃波が地面を打ち叩き、大地を揺らす。
「く……!」
自分がやったこととは言え、予想外の威力だった。『ベルニッツの法則』がどれだけ危険な術式なのか、これを理解が足らない連中に見せてやりたい気分になる。こんなものを下手な解除で不用意に壊してしまったら、どれほどの死傷者を生んでしまうか。
結界の外は砂塵が舞い、1メートル先さえも見えない。横合いから突然激突音。ビクリとして顔を向ければ、砕かれた木の幹が。荒れ狂う衝撃波は大地に当たって撥ね回り、破れた結界の外へも襲いかかる。砂丘を吹き飛ばし、草木を毟り取り、砂塵の津波が草原を土砂で覆い尽くそうとする。
「…………」
やがて衝撃波は散っていって収束し始めたのか、パラパラと土砂が粉雪のように舞い落ちる。時折ドスンと大きな音を立てて木や岩が落ちてくるたび、まさかフェイトではないかという不安がユーノを襲う。
(……いや、大丈夫だ)
フェイトを殺す気なんてない。バルディッシュもいる。『サークルプロテクション』をかければ耐えられるレベルだ。ただし、ユーノが教えた防御魔法は『ラウンドシールド』や『プロテクション』のみ。『サークルプロテクション』は途上だ。基礎となる『プロテクション』を強化できれば、自ずと発展型の『サークルプロテクション』も強化されることになるが、元々の防御出力が高くないフェイトにとっては負荷になる。完全に防ぎきれず、衝撃波に多少は振り回されることになるだろう。
実際、砂塵が晴れてきた先にいたフェイトは、辛そうに両手を地面に付け、肩で息をしていた。
「……負荷の高い魔法を連続行使したんだ。辛いでしょ?」
「はあ、はあ……!」
ユーノの問いには答えず、フェイトは顔を上げてユーノを睨むだけ。
「いくらなのは以上の魔力量を持つ君とはいえ、フルドライブ形態の『ザンバーフォーム』で『スプライトザンバー』や『ジェットザンバー』を連続で使って、さらに苦手な防御に力を注いだんだ。リンカーコアにかかる負担は相当のはず」
「ユーノの、せいだよ……」
「そう。僕がそうさせた」
すべてはフェイトに魔力を使わせるために。魔力枯渇を狙った長期戦に持ち込ませないために。
最初からユーノがあまりその場から動かないようにしたのも、守り勝つというスタイルを崩さないためというのと、センターガードやフルバックに当たるポジションに該当する自身が動き回るのはよろしくないという理由があった。機動戦ではフェイトに分があるからという理由も。それだけではなく、動き回って下手に魔力を消費しないためでもある。フェイトを動き回らせるように執拗にバインドで追い回したのも。
「これで魔力量という点ではイーブンに持ち込めた。体力的な面で言うと……どうかな?」
「はあ、はあ……んっ!」
フェイトが上体を上げた。足下がややふらつくものの、それでもバルディッシュを支えにすることもなく、しっかりと立って見せる。
まだまだ戦える。負けてはいない。負けるもんか。
そんな意思がユーノに伝わってくる。
だからユーノも、結界にぶつけた背中の痛みや『ジェットザンバー』の衝撃に腹を撃ち抜かれた痛みに耐える。女の子が耐え抜いているのに、男の自分がへたっているわけにはいかない。
「これでお互い大技に頼ることはできなくなったね。まあ、元々僕はそんな大技なんて持ってないんだけど」
「嘘だよ。〝ディストーションシールド〟があるくせに」
「ああ、あれ? あんな隙が大きすぎる魔法、使うつもりなんて最初からないよ。他でもない高速機動が得意なフェイトが相手なんだ。ほんのちょっとの隙を見せただけで距離を詰められるのに、あんな隙だらけの魔法なんて使えるもんか」
「……警戒してた私が馬鹿みたい」
悔しそうにフェイトがムッとする。
フェイトには悪いが、警戒してもらえていたのは幸運だった。戦闘という点ではやはりユーノよりフェイトの方が優れているし、一日の長がある。体力や魔力という点でも。ユーノは頭脳戦と技の上手さ、制御能力の高さで対抗するしかない。警戒して攻撃を慎重にしてくれた方が、とにかく力押しで来られるよりよかった。
ユーノが知る限り、フェイトの魔力量から考えて、もうザンバー級の魔法は使えない。ザンバーフォームそのものが魔力を大きく使用するフルドライブの形態だ。あと唯一警戒すべきと言えば、やはり『ソニックフォーム』か。あの形態になれば、もはや金色さえも目に留まらなくなるだろう。索敵魔法を常時回さねばならなくなる。
「魔力節約の大事さが嫌でもわかったよ」
「それは何より。今後は気を付けなよ。フェイトは速さを追求するあまり、戦闘でも電撃戦を求めがちだからね。長期戦を挑まれた場合も考えた方がいいよ」
「……長期戦を挑まれたら困ってたくせに」
「そうだよ? だから今ばかりは君の癖に感謝してる」
「ユーノ、意地悪だ」
「作戦って言ってほしいな」
条件がようやく並んだだけ。優勢であるかのようにユーノは余裕の態度で振る舞うけれど。余裕なんて、ない。正直なところ、フェイトがこうして立っているというだけで驚いている。
ここまでユーノがフェイトに対して互角にやってこれたことの方が本来ありえないことだ。戦闘においてユーノがフェイトに勝てる要素はほとんどない。戦闘経験も能力も、圧倒的にフェイトの方に分がある。体力や魔力という基礎的な分野においても。頭脳戦なんて言えば聞こえはいいが、その実はフェイトが仲間と思っている自分に本気で攻撃できない優しさをついただけの卑怯な手を使っているだけ。
だから、もう倒れていてほしかった。諦めてほしかった。嫌いになってほしかった。『アレスターチェーン』を使えば、今の攻撃とは違ってシールドも張れない。何しろ直接捕まえて叩き込むのだから。
ユーノのそんな願いは、しかし叶いはしない。顔を一度俯かせたフェイトは、再びユーノを鋭く見据えてきたとなれば尚更に。
「……でも」
「ん?」
「負けないから」
「!」
フェイトの身体が光を放つ。眩しさにユーノが若干顔を背ける。
光が収まってユーノが顔を戻した先には、『ソニックフォーム』を展開したフェイトの姿。
防御を捨て、速度に特化した形態。ユーノの攻撃でもダメージを負ってしまうほど。
同時に、これはフェイトの決意の表れ。
模擬戦でもフェイトは気楽にこの形態は取らない。フェイトがこの姿になるときは、決まって何かの覚悟や決意を固めたときなのだ。
「……本当に、フェイトなんて嫌いだよ」
吐き捨てるように言う。もはや何の意味も持たないことを知りながら。実際、フェイトは寂しげな笑みを浮かべただけだ。
――『……いいよ、嫌いでも』
フェイトが揺れることは、もうない。ユーノが憧れた、決意を秘めたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、こうなったら頑として譲らない。
――『ユーノに嫌われたくはないけど……いいよ。私のこと、嫌いでも』
嫌いなわけがないじゃないか。
――『私、やっぱりユーノをことを嫌いになんてなれない。ユーノに、私のことを忘れてほしくない。ユーノのことを、嫌いになんてなりたくない。ユーノのことを、忘れたくない』
僕だって、君のことを嫌いになんてなれないし、なりたくもない。忘れたくないし、忘れてほしくもない。
――『私は、ユーノを助けたい。ユーノがそう思っていなくても。大事な記憶を犠牲にするなんて間違ってる。それが本当になのはのためになるとしても、私は嫌だ。間違っているとかよりも、とにかく私自身が嫌なんだ』
自分が勝手なことを言っていると、優しい君は罪悪感を抱いているんだろうね。でも罪に思うことなんてまったくない。我儘を言えるようになったんじゃないか、フェイト。
――『なのはやユーノに嫌われても……いいよ。ここで下がれば、きっと後悔するから』
違う。嫌われるのはフェイトじゃない。こんな優しい子が、嫌われるわけがない。
――『私が、ユーノに、忘れてほしくない。だから……だから、いつもユーノとクロノがやってるように、私……私も、ユーノに喧嘩を挑むよ』
喧嘩。クロノ以外と喧嘩をすることなど初めてだ。なのはとさえ喧嘩をしたことはないのに。
――『だって、忘れてしまったら、もう仲直りもできないもん。嫌われても、憶えてはいてもらえるなら、また友達に戻れるかもしれないから』
喧嘩なんてしたら、もう二度と関係修復などできないのではないか。嫌われてしまうのではないか。それを2人して恐れてきたのに。僕は嫌われる覚悟を決めた。フェイトはさらにその先、仲直りをすることまで見据えている。本当に、君はいつでも僕の予想の上を行くね。
――『だから……私、また頑張るよ。ユーノと仲直りできるように。また友達になれるように』
まして、自分如きのために。憧れた少女が、自分との関係を、そこまで大事にしてくれている。
――『ユーノは私の、大事な、大切な、失いたくない友達だから』
その言葉を、そっくりそのまま返したい。フェイト、君は僕にとって、本当に大事で大切で失いたくない友達だと。羨み、妬ましく思いながらも、やっぱり憧れてやまない、優しくて温かい女の子だと。
「そういう言葉はもっと冷たく言わないと、意味ないんじゃないかな」
「……そうだね」
「本当に冷たく言われたらヘコんじゃうけど」
「だろうね」
『嫌い』という言葉は、やっぱり慣れない。言うにしても言われるにしても。ましてそれが、今まさに目の前にいる相手から放たれたとしたら。
「そんなだから、私も諦められないんだよ。あんな寂しい笑顔でさよならなんて言われても。余計に負けられないよ」
「お人好しだね」
「ユーノに言われたくないよ。馬鹿」
「馬鹿は君だよ、フェイト。本当に、馬鹿だ」
構えを取る。別に意図してこうした構えを作ったわけではない。自然と、気づけばこういう構えになっていた。意識を傾けるだけで魔法を発動できるユーノにとって、構えは特に必要がない。謂わばこれが、ユーノなりの覚悟。押し通るという決意の表れ。
どうせ覚悟するのなら、もっと前向きな覚悟を決めればいいのだろうけれど。もはや今更だ。つまらない男の意地だろうと構わない。
「〝エリアサーチ〟」
索敵魔法を展開する。自動索敵・追尾プログラムを組み込み、制御をプログラム任せに。これでまだ3つ同時制御できる。
対『ソニックフォーム』用のプログラムも組み込むが、生憎とフェイトが滅多に『ソニックフォーム』を使用しないため、今まで試せた例がない。ぶっつけ本番だ。おそらく『ソニックフォーム』の速さについていけないだろう。けれどないよりマシだ。
さらに【ディレイドドライブ】で防御魔法や捕縛魔法を待機状態へ。罠として『ディレイドバインド』も設置。『アレスターチェーン』はリング系のバインドでは発動できないが、鎖状のバインドならどれだろうと使用可能。この『ディレイドバインド』にかかった瞬間、『ブリッツラッシュ』と『バインドブレイク』も発動すればいい。2つの魔法も【ディレイドドライブ】で待機。フェイトには何らかの魔法を用意したのはわかるだろう。だが魔法陣は一切見せないよう、足下の地中や背中に隠して展開し、瞬時に隠す。
(あとは……)
もう1つ。『アレスターチェーン』とは別の切り札。切り札と言っても、使える状況はかなり限られている。相手がフェイトだからこそ使えると言ってもいい。フェイトがどんな魔法を使おうが、フェイトの使える魔法はすべて記憶している。その術式が持つ長所も短所も、フェイト独特の癖も。
理論上は、フェイトの『ソニックフォーム』さえも解除させることが可能だ。何しろ『ソニックフォーム』は、フェイト自身の運動性や機動性、攻撃速度などを格段に向上させるというもの。
――自分自身への強化魔法。
であるのならば、『この魔法』の持つ特性を発揮できる。〝エリアサーチ〟は現時点ですでに情報収集を開始。滅多に使われないフェイトの『ソニックフォーム』の貴重なデータだ。今後があるかどうかはわからないが、最大限に活用してやる。
「かかって来ないの、ユーノ?」
「挑発に乗る気はないよ。僕は守り勝つスタイルの魔導師だ」
「……慣れないことはするものじゃないかな」
「そうだね。挑発なんてフェイトには似合わないかな。君は良くも悪くも純粋すぎるから」
だからこそ、読みやすくもある。内心でそう付け加える。
じれったいだろう、と。およそ『待つ』戦いができないのがフェイト。まして防御を捨てた今のフェイトは、先手必勝を地で行くようなもの。相手に先手を譲るカウンタースタイルは、よほどの状況でなければ『ソニックフォーム』の状態でやるべきではない。
「じゃあ……行くよ、ユーノ」
「来なよ、フェイト。正真正銘、最後の勝負だ」
「負けないよ」
「こっちこそ」
翡翠と真紅の瞳が、互いを強く意識し、その姿を一瞬足りとて逃がさないとばかりに見据え。視線が交錯し合う中。
「〝ソニックムーヴ〟」
フェイトの姿が、掻き消えた。
(初動さえ見えない!)
せいぜい、足に生えた『ソニックセイル』の羽が光ったのが見えたくらい。これまでは何とか捉えられていた金色さえも見えない。
索敵魔法からの情報に集中。同時に仕掛けておいた『サークルプロテクション』を発動。どこから攻撃されようとも防げるように。
しかし。
攻撃は来なかった。
それどころか、索敵魔法はユーノの周囲に反応を認めず、意外なところに反応を捉えたことを伝えてくる。
「――上!?」
顔を上げる。すると、そこには雷光の剣を多数展開したフェイトが。
「かかったね、ユーノ! 〝サンダーブレイド〟、ファイア!」
掲げた腕を勢いよく振り下ろすフェイト。雷光の剣が一斉にユーノへと殺到する。
「くそっ! この程度、防いで見せる!」
裏をかかれたことに舌打ちしながらも、ユーノは防御魔法を維持する。
次々に着弾する剣。炸裂し、さらに放電によって周辺一帯を制圧すべく電気が走る。
威力は『サークルプロテクション』ならば充分に防げる。放電にしても同じだ。が、問題はそこではない。ユーノはようやくフェイトの意図を察した。
「し、しまった!」
ユーノへの直接の攻撃もいくつかあったが、どれも大した脅威ではない。そんなことよりも。
剣自体の炸裂と放電により、仕掛けていた罠が次々に壊されていく。
「やっぱり! 『ソニックフォーム』を警戒してると思った!」
「っ!」
罠を仕掛けているところを見せることさえなかったのに、ユーノは仕掛けているところを見せた。あれは、そうすることで罠を意識させてフェイトの動きを鈍らせようとしたのだ。索敵魔法では『ソニックフォーム』のフェイトの速度についていけるかわからないからこその、ユーノが仕掛けた心理的な罠。
だがフェイトは看破していた。
接近すれば罠があるという警戒は、これまでもずっとしていたことだ。何とかしてこの罠を排除しなければ接近戦は挑めない。『ソニックフォーム』を意識するあまり、ユーノは罠があることをわざと教えた。ならばこれを排除すればいい。何の魔法を仕掛けたのかは、この際どうでもいい。広域攻撃魔法『サンダーブレイド』は、炸裂後に広範囲を放電で攻撃できる特性もある。罠がどの位置にあるかおおよその目途がつけば、罠を破壊するには最適だ。
「私がユーノの前でほとんど見せていないフォームだもん! 対策が練れないよね!」
「勝った気にならないでよ!」
仕掛けていたものではなく、直接ユーノはバインドを放つ。捕縛魔法としては初歩の初歩である『リングバインド』だ。ユーノにとっては起動から発動までのタイムラグなどゼロに等しく、詠唱も何も必要ない。意識を向けるだけで足る。が、フェイトもこれならば簡単に解除できる。ものの2秒。鍛えてきた『バインドブレイク』が容易く解除する。
たった2秒。されど2秒。ユーノにとって2秒は大きい。
2秒あれば、フェイトの周囲にさらにバインドを【リモートドライブ】で発生させられる。
(もう一度、こいつだけは設置!)
そして今度こそ、フェイトが躱している間にわからないように罠を設置。さすがに焦りが作業を遅らせてしまうが、何とか設置できた。同時に、フェイトもまたすべてのバインドを回避していて。
「間に合え! 【デュアルドライブ】〝ブリッツラッシュ〟!」
躱された鎖に高速機動魔法をかけ、フェイトに食いつかせる。自動ではなく、すべて自らで制御する。1本の指で1本の鎖を。全部で10本を制御。片や激しいタンツを踊るように、片や激しい演奏を行うように。フェイトが空中を舞うように躱し避けて叩き落として。ユーノが上から下から前から左から後ろから右から鎖を襲いかからせて。フェイトの速度とユーノの制御能力が、真っ向からぶつかり合う。
が、焦りが残っているユーノの制御能力に、若干のミスがあったか。
フェイトが1本の鎖を叩き落したとき、そこにユーノとの間に障害物が一切なくなった。
「今!」
千載一遇のチャンス。フェイトは一気にその隙を突こうとして。
いきなり。ガクンと後ろに引っ張られる。
「させるもんか!」
ユーノが咄嗟に動かした1本の鎖が、バルディッシュの柄の端をかろうじて捕らえていた。
『Sir!』
「――うん!」
バルディッシュのコアが光る。無口な相棒の言いたいことなどわかっている。だからフェイトは。
バルディッシュを手放した。
「なっ……!?」
さらに驚きに染まるユーノを目掛け、フェイトは『ソニックムーヴ』で肉薄する。またたきする一瞬さえも充分な隙と言わんばかりの速度。フェイトは、ユーノの至近に迫っていた。ユーノには、瞬きした直後、フェイトの真紅の瞳が眼前に現れたような感覚だ。
着地の勢いで体を深く沈みこませ、右手に電光を纏うフェイト。ユーノの『サークルプロテクション』は先ほどの『サンダーブレイド』で脆くなっている。今の攻防の中で修復する余裕はとてもなかった。
「ユーノッ!」
「フェイトォ!」
平手を、思い切り防御膜にぶつけるフェイト。途端、結界を覆うように激しく電気が走る。
「『サンダーアーム』……これが君の隠し手か!」
フェイトが今までユーノに見せたことがない魔法だった。近接戦を得意とするフェイトだが、基本的に
「本当に肝が冷えたけど……残念だったね! それじゃ僕の防御は貫けないよ!」
脆くなっているとは言え、ユーノの防御は折り紙つき。『サンダーアーム』はユーノの『サークルプロテクション』を超えられずにいた。
ユーノは少しだけ余裕を取り戻す。
バルディッシュを持ったままであれば、このままバルディッシュが『バリアブレイク』を発動させただろう。それをやられたら厳しかった。だが今のフェイトにバルディッシュの支援は得られない。バルディッシュは離れたところでユーノのバインドに捕まったままだ。
「そう、みたいだね」
が、その余裕が揺さぶられる。フェイトに焦りがまるで見られないのだ。むしろ何か企んでいる目。得意げに、これから何かを見せてあげるとばかりの。
「何を――」
する気だ、と尋ねるより早く。フェイトが左の拳を引いた。小さな魔法陣が生まれ、拳に魔力が。
「もう一発『サンダーアーム』? 手数を増やしても無駄だよ」
「……ねえ、ユーノ」
「なに?」
「私ね、ユーノを驚かせたかった」
「え?」
「私の隠し手はね、『ソニックフォーム』でも『サンダーアーム』でもないよ」
術式を展開する。魔法陣がさらに輝く。
眉を怪訝に歪めていたユーノの目が、その術式に固定される。
ありえない。
それは、ありえないことだった。いや、確かにそれは技法として存在する。自分だって使っているものだ。だがありえない。それをフェイトが使えるなんて知らない。ありえない。
思考が『ありえない』から先に進まない。それだけユーノの意識は完全に奪われていた。
『バリアブレイク』の術式に。
フェイトの右手に目を向ける。『サンダーアーム』はやはり発動したまま。電光は結界を取り巻き、少しでも隙間があれば入り込んでくる勢いだ。
左手に目を向ける。拳の前に展開された術式は何度目を凝らして確認しても『バリアブレイク』に相違ない。
右手と左手。それぞれ違う魔法。
「負けない……この戦いは、負けられないんだ」
「フェイト、まさか……!」
「ふふ、忘れた? ユーノが総合Aランクを取ったとき、【トリプルドライブ】まで使えることを黙っていた罰として、これを教えてって迫ったこと」
得意げに笑うフェイトの笑顔は、こんなときなのにユーノを惹き付ける。
「ずっと練習してたよ。ユーノを驚かせたかったから。だってユーノ、いつも私を驚かせることばっかりなんだもん。けっこう悔しかったんだよ?」
まずい。防げ。どうやって? 修復。そうだ、修復を。『サークルプロテクション』を。いや、むしろ対抗プログラムを組み込むのが先か? どうしたら? どうしたらいい?
「行くよ、ユーノ。これが私の……ううん、私とユーノの絆の力。これが私の、本当の切り札」
絆。その言葉にユーノの思考は惹き込まれる。
「――【
フェイトが告げる。
ユーノに教えてもらい、ユーノを驚かせたくて密かに『バインドブレイク』などと共に練習を重ねてきたものを。ユーノがいつも使っている、高等技法の名を。そして。ユーノに教えてもらっていた補助魔法の名を続けて。
「〝バリアブレイク〟!」
痛みなど無視して、フェイトは拳を叩きつける。
脆くなっていた盾は、ユーノの乱れた精神力を示すかのように、抵抗したのはほんの僅か。
ヒビを入れて――ガラスが割れるような音を立て砕けた。
目を見開くユーノ。驚愕と戸惑いに染まるユーノの顔に、フェイトはしてやったりという得意げな表情を押し隠して。電光を纏う右手を伸ばし、ユーノの手を、止めたかったユーノの手を。
掴んだ。
ようやく。
ようやく、この手が。
ユーノに、届いた。
「うあああああああああああ!」
掴まれた左腕を通し、電撃がユーノの身体を走る。視界が明滅し、身体が痙攣する。
フェイトは苦痛の声を上げるユーノに得意げな顔などできるわけもなく、唇を引き結んでごめんね、と内心で謝る。すぐに放したい衝動に駆られるが、放したらユーノが行ってしまうと思うとできなかった。嫌われてでも止める。今は気絶させねば、ユーノは這ってでも行こうとするだろうから。起きたとき、ユーノは一言も口を聞いてくれないかもしれないけれど。もう一生、心を通わせることができないかもしれないけれど。
それでも、ユーノを、止めたいから。
(……やっぱり、冷たい……)
ユーノの手は、こんなに激しく戦っていたというのに冷たいまま。グローブ越しだろうとその冷たさはわかった。
温めてあげたかった。あの時の温もりを、少しでも返してあげたい。
「ユーノ……!」
「ああぁぁアあぁァあアアあ!」
ユーノが右腕を持ち上げている。電気で痺れながらも。抵抗しようとしていると考えたフェイトだったが、例え掴まれても引っ掻かれても殴られたとしても、この手を放す気はない。
あのとき。無限書庫でユーノに手を振り払われたとき。そこで逃げてしまったことを、フェイトは後悔している。だから、もう逃げはしない。あそこで激しい喧嘩になってでも止めていれば、こんなことにまではならなかったのかもしれないのだ。もう止める機会はない。ここを逃がせば、ユーノとの縁は完全に切れてしまう。縁どころか、記憶も、温もりも、何もかも。
どうとでもしろとばかりに、フェイトはユーノの手を逆に強く握りしめ、放さないという意思を示す。
「があぁアアあぁぁアああア!」
右手が、手の平を天に向けて。何かに指示を出すように。人差し指が、くいっと上へ向けられて。
何かが右腕にまとわりつく感触。
何だろうかと、フェイトがユーノの右手から自身の右腕に意識を向けた瞬間。
『サンダーアーム』が、解除されていた。
「――え」
電撃が消え、ユーノが膝をつく。つい引かれてフェイトも倒れかけるが、何とか耐えた。けれど驚きは消えない。すぐにやり直そうとするが、電撃はやはり生じない。
今度はフェイトが戸惑う。どうして、なぜ、と。
そこでようやく、フェイトは自身の右腕に絡みついているソレに気づいた。
「これ……『ストラグルバインド』?」
「はあ……はあ……」
息も絶え絶えのユーノは俯いたまま。力が入らないのだろう。フェイトが掴んでいる手もだらりと垂れ下がっている。
「――解、析……完了……!」
「ユ、ユーノ、何を……?」
問うこともできない。できないままに、今度はフェイトの『ソニックフォーム』が解除されていく。
「え、え!? な、なんで……!?」
『ライトニングフォーム』に戻ってしまったバリアジャケットに、フェイトは自身の腕、足、手と、意識を目まぐるしく向けていく。
そこで。散逸していく意識を、フェイトは強引に引き戻される。
掴み返してきたユーノの手に。
「捕まえ、た」
「!」
「〝チェーン、バインド〟」
頭上から、正面から、背後から、足下から、雁字搦めに絡みつく鎖。腕を捕まえられては逃げられるわけもなく、フェイトは為す術なく拘束される。抵抗するようにもがくが、がっちりと捕らえた鎖はびくともしない。
鎖がユーノから引き離そうとフェイトを引っ張る。手がユーノから離れそうになる。それは嫌だとフェイトはさらに力を入れるけれど、ユーノが手を放してしまうと、ズルズルとユーノの手を滑っていってしまい……とうとう、ユーノの腕から離されてしまう。
「驚いたよ……本当に、驚いた」
実のところ、ユーノの視界は回復していない。フェイトの顔もはっきりとは見えていない。それでも、チカチカする視界の中にある金色と真紅だけは捉えられていた。その特徴的で、フェイトを示す色だけわかれば充分。
「【デュアル……ドライブ】を、使える、ようになってたなんて……本当に、驚かされたよ、フェイト」
ユーノはまだ痺れや苦痛が残っているため、片目は閉じたままだった。それでも笑った。楽しそうに。教え子の思いがけない成長に喜ぶ師匠のように。まだ顔の神経も筋肉も電撃の影響が残っていて、やや引きつりがちではあったけれど。
「ユーノ……何、したの?」
「……
その呟きが、フェイトの耳に嫌に響く。どこかで。どこかで聞いたことがある。どこだったか、いつだったか、それを直に見せてもらったこともある。ユーノではない。他の誰かに。フェイトの脳裏に思い出される記憶。そう、あれはなのはと共に3ヵ月間だけ通った陸士訓練校で、実際に『ストラグルバインド』で実演してもらったときのこと。
「まさか、コラード先生の……!」
「そう、だよ……〝マスタードライバー〟ファーン・コラード三佐が……編み出した、戦法」
「カウンター戦法……!」
「〝ストラグル……バインド〟」
ゆっくりと持ち上がるユーノの頭。フェイトを見据えるユーノの目と、フェイトの目が合った。
「――〝カウンターコード
ユーノがゆっくりと立ち上がる。フラフラと覚束ないが、それでも立ち上がって見せる。
「いつの間に……?」
「それは僕のセリフなんだけど……まだまだ、使えるとは言えないよ。相手が他でもないフェイトだったから、使えただけに過ぎないしね」
「ど、どういうこと?」
フェイトの疑問に、今更答えてやらない理由はない。電撃で痺れて手足がまだ上手く動かせない。意識や思考を回復させる意味でも、喋って時間稼ぎをしていた方が良かった。
MCM戦術に求められるものは大きく4つ。
1つ目に、相手の魔法を『理解』できるだけの知識量。
2つ目に、相手の魔法を『理解』した上で、効果的な妨害手段を選択し、必要に応じて妨害プログラムを調整する技能。
3つ目に、相手の魔法を探るための探査魔法。
4つ目に、相手の術式に妨害プログラムを打ちこむ魔法か、相手の魔法を無効化させる魔法。
ユーノは上手く動かせない指を1本ずつ立てていき、親指以外の指を立ててフェイトに示す。
カウンター戦法はMCM戦術の奥義。相手の魔法を解析し、理解し、即座に妨害プログラムを編み、『ストラグルバインド』の特性を利用して干渉し、魔法を打ち消したり暴走させたりする。
「クロノを、助けたときも……使おうと、したけど……あのときは、できなかった」
探査魔法は使える。クロノが『反則級』というほどの精度を誇るし、2年間の無限書庫勤務によってユーノの解析能力は格段に上がっている。〝ストラグルバインド〟も十二分に使いこなせる。即座にプログラムを調整する技能とて、ユーノの制御能力を以ってすればできないことはない。
では、足らないのは何か。
『知識』――『理解度』だ。
ドゥビルたち『エクリプスドライバー』のことはただでさえよくわかっていない。『魔力分断』の情報も探りきれなかった。だから打ち消すことも効果を減衰させることもできなかった。ドゥビルたちエクリプスドライバーのこと、『魔力分断』のこと、それらを『知らなかった』。『理解』しきれなかった。
だが、今は違う。
相手は、フェイトなのだ。
「君のことはよく知ってるよ。使える魔法も、癖も。性格も、思考も」
ユーノはフェイトのためにオリジナル術式まで編んだ。フェイトの癖を理解して、フェイトがよく間違ってしまう部分を自動で修正するプログラムを組み込みもした。フェイトの癖を、弱点を、知っていなければできない気配り。
「『サンダーアーム』のことも……知ってたの?」
「知らないと思った?」
フェイトだけではない。なのはにしてもはやてにしても、いつでもユーノは的確にアドバイスをした。『ユーノくんアドバイス』なんてからかわれもしたけれど、『絶対に無駄にはならない』『聞いておいて損はない』と皆が信頼を置いていた。
常に仲間たちを見て、深く理解しようとしていたからできたこと。
いつ、誰に、何を聞かれても、的確なアドバイスができるように。仲間に少しでも頼られるように。『依存』が生んだ成果でもあるが、ユーノがフェイトたちのためにとサポートに徹したがゆえの成果であることは疑いようもない。
「直接見せてくれたことはなかったけど、君が使えるということは知ってたよ。使い方によっては防御としても使える汎用性の高い魔法だから、今度防御用にカスタマイズした術式を教えてあげようと思って準備していたよ」
フェイトがユーノを驚かそうとしたように。ユーノもまた、サプライズを用意していたということ。
MCM戦術の1つにして極致、カウンター戦法。まだまだ使える条件が限定的ではあるものの、相手がよく知るフェイトだからこそ使えた。
ファーン・コラードが、カウンター戦法のために編んだ『ストラグルバインド・カウンターコード』。拘束した対象が自分にかけている強化魔法に干渉して解除するという特性を持つ『ストラグルバインド』を改良し、強化魔法以外にも干渉できるようにしたもの。これを用いてカウンタープログラムを叩き込むのだ。
『カウンターコード』にもいくつか種類があるが、魔法を完全にキャンセルさせてしまう『キャンセラー』は『カウンターコード』の中で一番難しい。減衰させるだけではなく、完全に打ち消すのだから。相手の魔法を一分の隙もなく理解し、相手の癖すらも把握し、完璧なカウンタープログラムがあってこそ打ち消せる。
「羨んで妬んだよ、君を。『立ち向かう強さ』を持っていて、結果を出していける君を」
「……違うよ。私はユーノが思うほど強くなんて――」
「でもね……憧れだったんだ」
「え?」
「僕にとって。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンって子は、眩しくて、優しくて、温かくて……憧れだったんだ」
ユーノが自分に嫉妬していた。それは言い合いの中で知ったことである。けれどその時よりも、フェイトには衝撃的だった。仲間たちに頼られ、なのはに絶対の信頼を寄せられていたユーノを、フェイトもまた羨み、ずるいと思った。そのユーノが、自身に憧れを抱いていたなんて、これこそまさに寝耳に水。
なのはとは固い信頼と深い理解で繋がっていた。フェイトには憧れや温もり、そして嫉妬に『依存』と、プラス・マイナス両面の複雑な、しかしある意味ではなのは以上に意識していたとも言える。『好き』にしても『嫌い』にしても、相手を強く意識しているという意味では変わらない。フェイトはなのはほど意識されていないと思っていたけれど、そんなことはないのだ。
それほど意識していたフェイトだからこそ。
「君のことは、よく知っているよ」
「…………」
なのはに恋焦がれている一方で、フェイトに憧れていたから。なのはに罪悪感を抱く一方で、妬み嫉みといったマイナスの感情をフェイトには抱いていたから。そんな相手のことを、意識から外せるわけもなく。
「知っているから……君が絶対に退いてはくれないことも、わかってる」
俯いて顔を伺えないフェイトに、ユーノは両腕を広げた。ゆっくりと。開いた手の先に、残り僅かな魔力が収束していく。
「だから。今度こそ。終わりにするよ、フェイト」
この戦いを。『依存』を。そして2人の関係を。何もかもを。
今この場で、終わりにするのだ。
両手に魔法陣が生まれる。これが最後。最後の魔法だ。なけなしの全魔力を注ぎ込む。自身が持つ力、すべてを籠める。
『チェーンバインド』。
【デュアルドライブ】、『ブリッツラッシュ』。
【トリプルドライブ】、『バインドブレイク』。
これら3つを融合し、『ベルニッツの法則』を組みこみ、1つの魔法のように扱う『
「広がれ 戒めの鎖」
ユーノの手元の魔法陣から複数の鎖が飛び出す。鎖は高速で空を奔る。翡翠の魔力を散らしながら。散った魔力はさらに魔法陣となり、また鎖が放たれ、瞬く間にその数を増やしていく。
「捕らえて固めろ 封鎖の檻」
何本、何十本と増えた鎖は、高速で空間一帯を奔り回る鎖の牢獄を形成しながら、身動きできないフェイトに次々に絡みついていって。
「……これを見せるのも使うのも、君が初めてだよ、フェイト」
手元の鎖を鷲掴みにして手に巻き付けて。軽く引っ張るだけで、鎖はフェイトを締め付ける。魔力で編んだ鎖なのに、ギリギリと音が鳴る。あと少しでも力を入れたら、張り裂けてしまいそうなほどに。
そこにフェイトの魔力が鎖に干渉してきた。翡翠の鎖に、金色の魔力が纏わりつくが……。
「無駄だよ」
ユーノの手元から走った翡翠の魔力が、金色の魔力を追い払う。突き飛ばすように。
「君の『バインドブレイク』は基礎を徹底的に鍛えたもの。確かに基礎を疎かにしない強さはあるけど、同じく基礎を徹底的に鍛えた上でブレイクに対抗するプログラムを入れ込んだ僕のバインドは解けない」
言っている間もフェイトは何度も同じように『バインドブレイク』を使うけれど、その度にユーノの強固な術式が阻む。それでも繰り返すフェイトに、ユーノは苛立ちを覚えながらやや乱暴に鎖を引き絞った。鎖が強くフェイトを締め付ける。俯いていて表情が窺えないが、唇を噛み締めて耐えているのは見て取れる。見て取れるだけに……ユーノは眉を顰めた。
諦めない。まだ負けていない。まだ、戦える。
そう思っているのがわかるから。フェイトを知っているからこそ、執念の強さもわかってしまうから。
「…………」
何十回目なのかもわからない執念を蹴散らしながら、ユーノは顔を歪めた。
なのはのように、簡単に諦めない子なのは知っている。迷う弱さはあっても、最後には前に進んでいく子であることも。だからこそ尊敬し、憧れてきた。けれど今はそれが腹立たしい。
ユーノはフェイトのことを理解している。同じように、フェイトもユーノを理解している。ならばわかるはずなのだ。ユーノがフェイトを傷つけたくないと思っていることに。いくら覚悟を決めても、そうしなくて済むのならばそうしたい。『ベルニッツの法則』を本気で解放すれば、『アレスターチェーン』の威力は先の結界破壊よりも強力だ。空間全体に衝撃を行き渡らせるが、その分、一点における威力は小さくなる。『アレスターチェーン』は逆。衝撃の威力を拘束する対象にすべてぶつける。理論的には、防御においてユーノに次ぐ固さを誇るなのはさえもただではすまない。防御出力の低い、まして魔力が低下した今のフェイトを気絶させるには充分だろう。そんなことを、させないでほしい。なのに。
しつこい金色の魔力を、翡翠の魔力が振り払う。
「分からず屋にも程があるよ、フェイト」
「……分からず屋はユーノの方だよ……」
ようやくフェイトが『バインドブレイク』をやめた――かと思えば、今度は鎖を掴み、引き千切ろうとする。フェイトにしてはあまりに乱暴な、そしてあまりに無駄な足掻きだった。身体に魔力を行き渡らせただけの、ブースト魔法とはとても呼べない粗雑な身体強化まで行って。それでもフェイトの魔力だ。咄嗟に抵抗するユーノの足が地面を僅かに滑った。
「ううううう……!」
「な、なんて無茶苦茶な……! フェイト、いい加減に――っ!」
怒鳴りつけようとするユーノの目が、フェイトの手を捉えたところで止まった。
――血が、流れていた。
手だけではない。もがくフェイトを縛り付ける太ももや腕からも出血していて、翡翠の鎖に赤い滴が滲んでいく。大した出血ではない。ましてや死ぬようなものでも。
ただ、ユーノに襲いかかる冷たい感覚は、その程度のものではない。
「フェイト、やめるんだ!」
反射的に、ユーノは叫んでいた。
意図しなかったとは言え、とうとう傷つけてしまった罪悪感。憧れていたフェイトを、自分を支えてくれた温かい手を、傷つけてしまった後悔。それらが『傷つける覚悟』など飛び越えてユーノを動かしていた。
だがフェイトは止まらない。引き結ばれた唇の奥で歯を食いしばり、痛みも無視して引き千切ろうとする。
「フェイト!」
「……嫌だ」
「つまらない駄々こねないでよ!」
「嫌だ……!」
「っ……この馬鹿! そんなブーストとも言えない雑な制御で自分を強化なんかしてたら、それこそなのはの二の舞じゃないか! なのはを止めてきた君が同じことをしてどうするんだよ!」
「嫌だ! 絶対に嫌だ!」
「人に駄々っ子とか言っときながら、なに、を、言って……」
小さな子供のように頭を振ってただ嫌だと叫ぶフェイトに、ユーノも湧き上がる怒りのままに言い募ろうとして。
その勢いも怒りも、一気に霧散してしまった。
「嫌だ……負けたくない……!」
「フ、フェイ、ト……」
フェイトの頬に流れる、一筋のソレに、意識の全てが否応なく引き付けられ、縫い止められる。
「……負けたくないよ……!」
フェイトが、泣いている。
手を傷つけたこと以上に、ユーノには衝撃だった。気づけば、一歩二歩と後退してしまうほどに。握っている鎖を落としてしまいそうになるくらいに。
意外ではあるが、フェイトは人前で涙を見せることがほとんどない。少なくともユーノが見たことがあるのはたった2度。P・T事件後に一時的になのはと別れたときと、フェイトが無限書庫に相談にやってきたとき。これだけだ。
プレシアに見捨てられたときも、フェイトはユーノたちの前で涙を見せることはなかった。立ち直ったときに1人泣いただけで、少なくともユーノたちに涙を見せることはなかった。決して非情なのではなく、むしろ誰かのために悲しんで、誰かのために泣くことができる。ただ、自分の中の悲しみに対しては、耐え抜いてしまうというだけ。
そんなフェイトが、泣いている。
フェイトの心が、傷ついている。
傷つけたのは誰なのかなんて、愚かしい疑問。
自分だ。
ユーノ・スクライアが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンを、傷つけた。
「負けたら……ユーノは私のこと、忘れてしまう」
「っ……」
「負けたら……ユーノのこと、忘れてしまう」
「…………」
「そんなの、絶対に嫌だ……!」
「フェイト……」
言葉が出てこず、ただフェイトの名を口にするユーノ。その呆けた様子に、フェイトは顔を上げて鋭く睨みつけた。両目に涙を湛えながら。
「ユーノは嘘つきだ! 嘘ばっかりだ!」
「な……う、嘘なんか」
「私のこと知ってるなんて全部嘘だ! 全然わかってないくせに! これっぽっちもわかってないくせに!」
「そんなことは――!」
「私がユーノのこと、どれだけ大切に想ってるか、全然わかってないくせに!」
「っ!」
ユーノがフェイトに苛立ちを抱いていたように。フェイトもまたユーノに苛立ちを募らせていた。
何が知っているだ。何がわかっているだ。全然わかってなどいない。他の何を知っていようとも肝心のものがわかっていないのなら何の意味もない。『嫌い』と言われても耐える覚悟も、ユーノと戦いたくない気持ちに相反する現実に歯痒く思いながら戦うのも、傷つけてでも止める意思も。そのすべては、たった1つ……ユーノが大切だから。たった1つ、されどこれこそが根幹にあるもの。その気持ちも知らず、言っても聞かず、そのくせなのはや勇吾の存在には言葉1つで反応して。なのに知っているだなんてよく言えたものだ。だから、意地でも止まってなどやらない。皮膚が傷ついて血が流れようが構わない。目の前の駄々っ子を睨みつけて。もう一度、掴んでやるのだ。また冷たかったあの手を掴んで、嫌がろうが何だろうが問答無用で温めてやるのだと。『依存』だろうが何だろうが知ったことか。今はただ、あの手が冷たいことが気に入らない。
「…………」
暴れるフェイトの力に、ユーノが握る手元の鎖がジャラジャラと音を立てる。音を立て、巻き付いたユーノの手を逆に縛り付ける。痛みが走るが、ユーノはその痛みにまるで気付かなかった。気づけるだけの余裕がなかった。
初めてだったから。
――自分のために、泣いてくれる人がいる。
スクライア一族は決して冷たい人々ではない。ユーノが残酷なまでに優しく育ってしまうほど、彼らの愛情は本物だった。ゆえに、ユーノは彼らに対して早く恩返しをしたい、しなければと思い、幼くして一族から離れてミッドチルダの学校に通ったのだから。
笑ってくれる人はいた。怒ってくれる人もいた。悲しんでくれる人も。心を許せる人も。
スクライア一族が、笑って迎え入れてくれたように。
勇吾が怒ってくれたように。
那美が悲しんでくれたように。
クロノが背中を任せられる戦友であるように。
けれど……泣いてくれる人は、初めてだった。
――もう、いいんじゃないか?
ここまでしてくれる人たちがいる。誰も自分のことを嫌ってなどいないし、ここまでして止めようとしてくれる人がいる。これ以上強情を張ったところで何の意味があるのか。今からでも謝れば許してくれる。だからもう……。
「……ダメなんだよ、それが!」
フェイトに向けた言葉でもあり、自分に向けたものでもあった。
無意識のうちに伸ばしかけた手を止める。鎖を放しかけた手に力を籠める。傾きかけた気持ちに活を入れる。
「言っただろ! フェイトがいるとダメなんだって!」
なのはでもはやてでもクロノでも、勇吾でも那美でも恭也でも。
縋ろうとしてしまうから。
だから自ら振り切らなければならなかった。もう何が『依存』によるもので、どうすれば『依存』でないのかがわからない。だからすべてを振り切って1人にならなければならなかった。
今ならはっきりユーノにも分かる。憧れていたからこそ、妬んでいたからこそ、なのはと並んで強く意識していたフェイトだからこそ。
もっとも、振り切らねばならないのだと。
どんなに冷たくあしらっても、こんな所にまで追いかけてきて、そして覚悟を決めて戦ってでも止めようとして、そして……泣いてくれるフェイトだからこそ、自分からその手を取ってはいけないのだと。
「君の手は……君の手だけは、絶対に取れない!」
「駄々っ子!」
「何とでも!」
ユーノは鎖を今一度引き締める。鎖が引き絞られ、今度こそフェイトがどれほど暴れようとも揺らがない。
強引に引きちぎるのは無理だと思ったのか、フェイトは項垂れ、身を任せるように静かになった。目を閉じ、覚悟を決めたかのように。
「……お別れだ、フェイト」
「――――」
フェイトは何も返さなかった。そのことに一抹の寂しさを抱いたのも束の間。今更だと思い、ユーノは鎖を握り締め、トリガーとなる魔法名と共に炸裂させようとして。
再び、フェイトの魔力が鎖に纏わりついてくる気配を感じた。最後まで足掻くつもりらしい。さすがフェイトという気持ちと、いい加減にしてほしいという気持ちが心中を渦巻く。
それら一切合財とともに振り払うつもりで、ユーノは術式に組み込んだ対ブレイク用のプログラムを走らせる。
「【ユニークドライブ】複合攻性捕縛魔法」
体重をかけ、最後のトリガーを――引いた。
「――〝アレスターチェーン〟」