こんなに空くと、前回までどんな流れだったか忘れられてしまいますよね。
さて、2ヶ月ぶりの投稿でありながらですが、この物語は次で一旦エピローグになります。
以降は何話か幕間(インタールード)を挟んで、新しい話に入っていく予定でいます。
降りかかってきた砂を払う。ほとんどは結界式の防御魔法で防いで事なきを得たが、高く高く舞い上がった土砂がゆっくりと降り注ぎ続けているためだった。
「いやいや、これは参った。まさか結界魔法であんな威力の攻撃ができるなんて」
「『ベルニッツの法則』。名前や危険性は知っていたが、見たのは僕も初めてだ。確かに、こいつは危険だな」
口に入った砂粒に眉を顰めながら吐き出しつつ、クロノは目前で繰り広げられる攻防を注視していた。砂が目に入ったらしいヴェロッサは目を瞬かせつつ、顔の前で手を振って舞い続ける砂を払っている。
――『この分からず屋!』
――『この駄々っ子!』
ヴェロッサたちがフェイトの後を追ってきたとき、すでにユーノとフェイトの戦闘は開始されていた。
決め手を欠いていた攻防が続き、長期戦になるかと思いきや打って出たユーノ。小競り合いを続けていては魔力量で劣る自身が先に力尽きるからだろう。フェイトの魔力を大幅に消耗させるための賭けに出た。やや予想を外れたようだが、フルドライブの『ザンバーフォーム』による『スプライトザンバー』と『ジェットザンバー』の連続行使、さらに結界破壊による激烈な衝撃波から身を守るため、防御に魔力を割いたフェイト。魔力量というアドバンテージを失わせることに成功している。
「切り札の『ソニックフォーム』まで使わせるとは、フェレットもどきのくせになかなかやる」
「切り札を囮にするあたり、フェイトも考えたな」
「でも本当の切り札は高等技法【デュアルドライブ】か。さすがのスクライア司書もこればかりは予想できなかったようだね」
ユーノが警戒していたのはフルドライブ『ザンバーフォーム』よりも『ソニックフォーム』。バルディッシュの『ザンバーフォーム』は強力だが、武器としては巨大だ。如何にバルディッシュが補助をすることでその大きさに反して軽々と扱えるようになっていると言っても、フェイトの速さに目が慣れてきたユーノにとっては高速移動魔法があれば回避できよう。
フェイトに心理的な罠を仕掛けたユーノもさることながら、それを見破って裏をかいたフェイトも見事。切り札である『ソニックフォーム』にユーノの意識が向いていることを看破し、罠を破って、奥の手である【デュアルドライブ】でユーノを追い込んだ。
しかし戦いは逆転に次ぐ逆転。
「……コラード三佐のカウンター戦法。使い手がフェレットもどきとは言え、まさかこの目で見られるとは思わなかったな」
「確かに彼には使えるだけの制御能力や魔法の知識はあった。とは言え、実戦での使用はこれが初めてだろう? なのにMCM戦術の極致であるカウンター戦法のみならず、その中で一番難しい『カウンターコードC』を成功させるなんてね」
「コラード三佐の戦いを目の前で見たことで、ユーノの中にあった才覚が開花したのかもしれん」
フェイトの『サンダーアーム』は解除され、バインドで拘束されてしまった。クロノも見たことがない捕縛魔法が展開されていく。空間にひしめく捕縛の鎖。鎖は常に動き回り、幾重にもフェイトを囲い、鎖の牢獄を形成する。フェイトも『バインドブレイク』で破ろうとするが、ブレイク対策を施されているのか、バインドは一向に破れない。
「捕らえるだけで終わりとは思えない。おそらく、あの魔法こそスクライア司書の決めの一手」
「……勝負あり、か」
査察官としての性か、すぐに魔法を解析するヴェロッサ。ユーノの魔法が『チェーンバインド』『ブリッツラッシュ』『バインドブレイク』の3つで構成される複合魔法であることを見破った。ただ、それだけならば大した威力にはならない。フェイトのバリアジャケットでも充分に守りきれるし、『ジャケットパージ』で相殺する手もある。
ただ、そこはやはりユーノの決め手。『バインドブレイク』の中に『ベルニッツの法則』が仕込まれていた。あの結界破壊の衝撃増幅を鑑みると、さすがにバリアジャケットでも防ぎきれないし、相殺もできない。殺せはしないが、フェイトを制圧することは可能だろう。
「如何に仲間相手で最初から本気を出せなかったとは言え、戦闘経験豊富な彼女を破る司書。総合Aランクが空戦AAAランクに勝利なんて、そうそう信じちゃもらえないだろうね」
「互いが互いをよく知っているからな。『依存』するほどに」
「それだけじゃない」
それまで一言も発しなかった背中が、鋭く釘を打ち込んだ。
『依存』という問題を抱える者同士の戦いであることは事実なれど、これまでの囚われているだけのユーノとフェイトではない。共に自覚し、その『依存』と向き合い、自分たちなりにそこから脱却しようとしている。『依存』しているだけのままなら、2人はこうして戦うことも、そもそも喧嘩1つすることさえなかったはず。『嫌われる』という、『依存』する原因ともなった、一番恐れる状況も覚悟して行動している。
その覚悟を無視することは許さない。背中はそう訴えていた。自らの弟分の戦いから決して目を逸らさないまま、横にいる女性の肩を抱いて。女性も女性で、立っているのも辛いはずの身体だというのに。
「わかっているさ、赤星。クロノもアコースさんも、ここにいる者は皆、わかっている」
「……大丈夫か、那美さん?」
「大丈夫です……」
支えてくれている赤星の服を握り締めながら、那美はユーノを見続けている。赤星も、無意識のままに那美の肩を抱く左手に力が入ってしまう。
「……止めないのかい?」
「野暮なことを言うな」
「一応聞いただけだよ」
クロノは、眉を顰めた苦々しい表情を崩さなかった。クロノ以上に感情を表に出さない恭也さえ、普段以上に厳しい顰めっ面だ。視線を落とせば、強く握りしめられたクロノの拳。恭也も腕を組み、自らの腕を掴む両手に力が籠もっている。
きっと勇吾と那美も同じなのだろう。
止めたい。でも止めてはならない。
『馬鹿にするな』と言って怒鳴りつけ、一発叩いてユーノの目を覚ましてやりたい一方で、目を背けてきた『依存』と戦っているユーノに『負けるな』と背中を押してやりたくもある。そんな相反する2つの想いが、勇吾と那美の中で鬩ぎ合っているのだ。
ヴェロッサもそれ以上問いかけることはない。何より身内である彼らが止めないのならば、自分が止めてやる義理はない。そんな冷たい思考も否定はしないが、それ以上に、この戦いは自分が割り込んで止めていいものではないと、ベルカの騎士としての自分が訴えている。
「どちらが勝っても、どのみちイデアシードの発掘は無理だしね」
フェイトが勝てばユーノはイデアシードを発掘できずに終わるだけ。ユーノが勝っても同じだ。見たところ、ユーノももう魔力が尽きる。魔力もなしにイデアシードの発掘は不可能。ユーノがあの攻性魔法を身に付けたのも、そもそも遺跡に配備されている罠や傀儡兵などの試練を潜り抜けるため。魔力が尽きた身で挑んだところで死ぬだけだ。
「スクライア司書だって、わかっているとは思うんだけど」
「関係ない」
「だろうね」
クロノの言う通り、関係ないのだろう、そんなことは。
後のことなど考えていない。今はただ、目の前のフェイトを倒すことだけだ。
そしてそれは、フェイトも同じ。ユーノに負けたらユーノは行ってしまう。次に起きたときにはユーノのことを忘れてしまっているかもしれない。勝ったら勝ったで、ユーノに嫌われてしまうかもしれない。それでも、今はただ、ユーノを止めたい。
互い、全力で。自分の持てるすべてを賭けて。
「……皮肉なものだね。『依存』と向き合い、自分の弱さと戦う2人がぶつかるなんてさ」
共闘することだってできたかもしれない。いや、今からでもできないことはないだろう。
けれどそれは、この戦いを越えてからだ。
「互いが最大の『依存』相手だ。自分の行動すべてが、相手に『依存』しているからではないかという疑いを持つことになる。この戦いは、ユーノにとってもフェイトにとっても必然だ」
「『依存』と戦うと決めた時点でな」
仲間に頼ることに『依存』するフェイトと、頼られることに『依存』するユーノ。あまりに2人の『依存』は相性が良すぎた。なのはのことがあってもなくても、そのうち2人は『共依存』状態になったかもしれない。
だからこそ2人は脱却しようとした。するとどうしても、一番『依存』していた相手との関係も変わる。ただ、その方法が違っただけ。
自分に自信がないから、仲間に頼ってしまう。だからフェイトは自分を信じ、自分を貫く強さを求めた。
自分に自信がないから、仲間に頼られることに執着した。だからユーノは仲間に頼られなくても自分をしっかり持てる強さを求めた。
結果としてフェイトは仲間を捨てず、仲間の中でも己を貫ける自分を目指した。ユーノは仲間と距離を置こうとした。『依存』は『依存』でも、その性質が真逆だからこそ、2人は違うやり方を取ったのだ。
「ユーノは嘘つきだ! 嘘ばっかりだ! 私のこと知ってるなんて全部嘘だ! 全然わかってないくせに! これっぽっちもわかってないくせに! 私がユーノのこと、どれだけ大切に想ってるか、全然わかってないくせに!」
嫌だ、負けたくない、と幼い子供のように暴れるフェイト。涙を流す彼女の姿に、ユーノがぐらついた。
「……ダメなんだよ、それが! 言っただろ! フェイトがいるとダメなんだって!」
それでもユーノは拒んでみせる。
「君の手は……君の手だけは、絶対に取れない!」
「駄々っ子!」
「何とでも!」
もはや意地の張り合い。『依存』と向き合うだの、自分との戦いだの、ここまでくるとそんな高尚で複雑なものはいらないのかもしれない。
だから、止めなくてもいいのだ。意地の張り合い、ただの喧嘩。そこに割って入る方が無粋で余計なのだから。
怒るのは後回し。今は思いっきりやればいい。
「それでいいぜ。あとでみっちり怒ってやるから、意地を張るなら張り通しな」
「『依存』なんかに負けないでください……!」
「最後まで諦めるなよ、フェイト、フェレットもどき」
「譲れないものがあるんだろう。だったら譲るな。最後まで貫いてみせろ」
止めるどころか煽っているかのような4人に、ヴェロッサは溜息をつく。意地を張り合っているユーノとフェイトに目を向けながら。
馬鹿みたいだ。こんなことをしている場合ではないのに。この一件は後で色々と立ち回らなければならなくなるだろうから、面倒をかけてくれるというのに。
「まあいいさ。やるならとことんやりなよ」
変わろうとしているユーノとフェイトの絆を、そして2人を応援する仲間たちの姿を、ヴェロッサは投げ遣りな言葉とは裏腹に、どこか羨ましいと思いながら眺める。
その視線の先で、ユーノの決めの一手、『アレスターチェーン』が――炸裂した。
手応えはあった。
炸裂した『アレスターチェーン』は振り向けた残りの全魔力を『ベルニッツの法則』によって衝撃波を幾倍にも増幅して弾け飛び、眩い翡翠の光で周囲一帯を煌々と照らす。フェイトを絡め取っていた鎖は連鎖的に周囲を取り囲んでいた封鎖の檻にも波及し、何本もの鎖が同じように弾け飛び、さらに衝撃波を遠方にまで飛ばす。砂丘を吹き飛ばし、高々と砂を巻き上げ、地を抉り、木々を薙ぎ払う。
「…………」
手元に残った、千切れた翡翠の鎖も魔力素の粒子となり、衝撃波に吹き散らされていく。バリアジャケットも粒子となって消えていく中、衝撃に押されそうになりながらも、鎖を思い切り引ききった姿勢を崩さない。
右手から鎖が完全に消えていっても。
その手首に、金色のリングが取りついても。
まるで他人事のように。
激しい衝撃波と突風にも微動だにしなかった体を、簡単に引っ張られ、両手首を拘束される。拘束力は弱い。『ライトニングバインド』はバインドの初歩である『リングバインド』より多少は強いという程度。破ろうと思えば容易い。
「……僕のこと、秘密主義者だなんて言ってたけどさ」
だがそれも、魔力があればの話。
もう魔力はない。今の『アレスターチェーン』にすべてを籠めた。余力なんて残していない。
焦るところなのかもしれない。ほんの少し、それこそ戦いが始まる前の自分であれば、いや、戦っている最中の時の自分であれば、焦燥感や怒りの前に悪態の1つも突いていたかもしれない。
「君の方こそ、秘密主義者じゃないか」
悔しさはある。敗北を嘆く自分も確かに存在する。
けれど……今は妙に、晴れやかな気分だった。
張り続けていた強情、意地。その裏に隠していた本音や素の感情。まるで嘘のように。
「――フェイト」
穏やかに、ユーノは呼びかけた。
自分の心が素直に反応したのを、フェイトは感じていた。
「…………」
今度こそ。今度という今度こそ。
ユーノを、捕らえた。
これが本当の、最後のチャンス。もう絶対に離してなるものかと強く意識して放ったバインドだった。
ほんの一瞬。
僅かな、本当に僅かな隙だった。『アレスターチェーン』が炸裂する直前、その拘束に微かな綻びができた。そこに気付いたのは本当に奇跡としか言いようがない。気付けば『バインドブレイク』、それもユーノが自分のために編んでくれていた特別な『バインドブレイク』を、無意識のうちに発動していた。吹き荒れる衝撃波と暴風に翻弄されながらも、視界に入ったユーノの姿にバインドを放って。切り札を破ったとあっては、今のユーノはさぞや憎らしげに、恨みを籠めて睨みつけてくるだろう。そのくらいの覚悟もしていたのに。
自分の名前を呼ぶ声には、フェイトがよく知る優しさが。
向けられた笑顔には、いつも背中を支えてくれる温かさが。
フェイトを映す翡翠の瞳には、自分を見ていてくれるという安心を与える不思議な力が。
呆然としていたらダメだということくらいわかっている。もしかしたらまだユーノは僅かに魔力を残していて、だとしたら『ライトニングバインド』など容易く解除してしまうだろう。
そうと理解していてもフェイトの思考は、意識は、完全に奪われてしまっていた。
「まだそれを使っていいなんて許可した覚えはないよ。バルディッシュも、教えていいなんて言ってないのに」
「…………」
『……Sorry』
手元に呼び寄せたバルディッシュでさえ、気を取られているようだった。かろうじて反応はしたようだが。
「まあ、ここまで完璧に使いこなしているんだから、よほど練習を重ねたんだろうね。うん、文句の付けようもないよ。切り札の『アレスターチェーン』を、よりにもよって僕が編んだ強化プログラム仕様の『バインドブレイク』でいなされたなんて、これ以上ない皮肉な結果なんだけど……なんでだろうね。いっそ痛快だよ」
いつも2人で練習していた時のような雰囲気。フェイトが知らない技法をユーノが披露し、フェイトはユーノの予想を超える成長を見せ、互いが互いを驚かせようとする。
そんな、いつも通りのような空気に、フェイトは涙腺が緩みそうになる。
「やられたよ。【デュアルドライブ】といい、『バインドブレイク』といい。『アレスターチェーン』に『カウンターコード』を以ってしても、その上を行かれちゃったね」
「ユーノ……」
「本当に、君たちはいつだって僕の予想のさらに上を行くんだから」
今なら、その手を取れる。手と手を取り合える。
そう思って、フェイトは手を伸ばそうとして。
「――でも」
その手は、やはり。
「僕は……まだ負けていない」
拒まれてしまう。
「…………」
笑顔を消してフェイトを再び強い意志の籠った視線で射抜くユーノ。伸ばしかけた手を、フェイトはゆっくりと戻した。
「もう魔力がないのに、まだ戦うの?」
「魔力が尽きたら負けだなんてルール設定はしていない。僕はまだ動ける。このまま君が何もしなければ、魔力だって回復する。ほら、まだまだ僕は戦える」
潔さの欠片もない。ここでフェイトを降したところで、もはや遺跡を踏破してイデアシードを取ってくるだなんて土台無理な話だ。ユーノ自身、そんなことはわかっているだろう。
それでも、ユーノは行く。このまま何もしなかったら、ユーノは何時間かかろうが魔力を回復させてまた戦い、フェイトを退けて遺跡に潜ろうとするだろう。何度追い込もうとも繰り返す。
ならばどうすればいいのか……なんて、至極簡単なことだ。
――決定的な敗北を突きつける。
たったこれだけのこと。そしてフェイトにはそれができる。ユーノは拘束され、魔力も尽きた。フェイトにはまだ砲撃魔法を放つだけの魔力が残っている。なのはではないが、全力全開で、すべてを籠めて、一撃を叩きこんでやればいい。
「…………」
ただそれは、ユーノが嫌われてでも為そうとしたことを完膚なきまでに阻止するということ。結果、フェイトはユーノに嫌われ、友達ではなくなってしまうかもしれない。たった今感じた優しさ、温かさを、自らの手で遠ざけるということに他ならない。
「……私のこと、分からず屋って言ったよね」
「言ったね」
「つまらない駄々をこねるなって言ったよね」
「そうだね」
バルディッシュをゆっくりと持ち上げ、左手も添えて、フェイトは構えた。俯きがちなために表情はユーノから窺うことはできない。
「ユーノの方が、よっぽど分からず屋だよ」
「お互い様さ」
今一度、翡翠と真紅の瞳が交差する。真剣に、互いの目を見据える。その心の奥底まで見通そうとするかのように。
そうして――互いが互いに、譲らないという意思を見せるのだ。
――「譲れないから」「譲れないんだ」
この戦いの前に、宣言した通りに。
ただ最初の時と違うのは、ユーノもフェイトも、一切の迷いがないということ。
ユーノの瞳に揺れ動くものはない。
フェイトの手に震えも怯えもない。
譲れない。そして、負けられない。
それは互いに対してであり、同時に、自分自身に対してのものでもある。
『依存』。その根源にある、『嫌われる恐怖』。
2人は互いを通して、自分自身の中にあるそれらと戦っている。
ユーノはフェイトの手を何が何でも取ることはできない。拒まねばならないと決めた。
フェイトはユーノの手を何が何でも捕まえる。嫌われようが構わないと決めた。
強情だろうが、くだらない意地だろうが、つまらない駄々をこねようが、潔さの欠片もなかろうが、醜い執念でしかなかろうが。
『依存』と向き合い、『嫌われる恐怖』と戦い、負けない、譲れないと強く自身に戒めてここまで来た。
今ここで妥協することは、その決意や覚悟の一切を無にしてしまうかもしれない。
そうならないかもしれない。もう勝敗は明らかなのだから、互いに手を取り合って仲直りでもいいのかもしれない。
ただ、その判断が『依存』によるものではないと言い切れない以上、最後の最後まで妥協はできなかった。
ましてや、今ユーノは『アレスターチェーン』を決める際、僅かながら綻びを生じさせてしまった。
ましてや、今フェイトはユーノの纏う柔らかい雰囲気に飲まれかけてしまった。
『依存』がさせた行為と受け取れるからこそ、ここで妥協することはできないのだ。
フェイトの体から魔力が迸る。魔力は電光へ、そして雷光へと形を変えていく。
「――バルディッシュ!」
『Yes, sir』
長年の相棒は即答し、残るすべての魔力を籠める主を全力でサポートする。
慣れた魔法だが、ユーノの下で術式の構成から理論や法則の1つ1つを改めて意識するようになった今、その構成速度も緻密さもレベルアップしている。ユーノは構成される強力な魔法を、目を逸らすことなく見つめていた。拘束を解こうと暴れるわけでも、逃げられないと慌てるわけでもなく。ただただ魔法を、そしてフェイトを見つめている。
その視線を真っ向から受け止めていて、フェイトの脳裏にふと懐かしい記憶が蘇ってきた。
2年、いや、もう3年近く前。P・T事件における、なのはとの戦い。決着となったスターライトブレイカーを受けたときのこと。
あのときとは立場が逆。今はフェイトがなのはの立場だ。なのはも同じ気持ちだったのだろうか。戦いたいわけではないけれど、絶対に止めたい。相手の意思を打ち破ってでも、自分の意思を通したい。
自分のすべてを賭して。自分の想いをぶつける。
――『受けてみて! これが私の、全力全開!』
ふっと、フェイトは微笑んだ。きっとそうだ。なのはもあのとき、こんな気持ちだったのだ。目の前の、意固地になっている馬鹿な子に、もどかしさや憤りや優しさ、それら一切合財を込めた全力の一撃を、想いを、ぶつけたのだ。
その想いの丈を、フェイトは誰よりもよく知っている。だからこそ、なのはと親友になれた。
(なのはも不安だったのかな? あの戦いの後……)
全力で戦って、想いをぶつけた。だからと言って仲良くなれると決まったわけではない。実際、なのはは昔、アリサと喧嘩をしてしばらくは口も聞かなかったという。結果としてアリサとすずかと親友になったなのはだが、もしかすると疎遠になっていた未来もあったかもしれない。そうなったらどうしようと、なのはも不安だったかもしれない。自分と戦ったときも。それでもなのはは、フェイトに寄り添い続けた。
今一度、ユーノを見る。表情は硬い。フェイトをじっと、強い意思を湛えた目で捉え続けている。
わかっている。どうせ何を言っても梃子でも意思を変えないと。戦いに負けると知って、それでも意地だけは通すと。でもどこかで冷たくなりきれない、どこまでも優しい男の子。結局、ユーノは最後の最後でフェイトを傷つけることができなかった。だからこそ、自分からフェイトの手を取ることだけは頑なに拒む。自分を止めてほしい気持ちを表には出さず、負けることでしか止まれない。男の意地なのか知らないが、フェイトにとってはこの際知ったことじゃない。これは喧嘩だ。フェイトはユーノと喧嘩をすると宣言した。喧嘩は互いの意地を通すもの。ユーノが意地を通すのなら、自分だって意地を通すまで。いつだって一歩引いていたけれど、今ばかりは引けない。引いてなんてやらない。
「……ユーノの分からず屋」
人の気も知らないで。
「……ユーノの駄々っ子」
散々人を振り回して。
「……ユーノの意地っ張り」
そのくせ冷たくなりきれないし、変に優しさを見せるし。
「……ユーノの嘘つき」
私の気持ちを、私を、何だと思っているのか。
「……ユーノなんて……」
大っ嫌いだと、そう言ってやりたいのに、やっぱり自分には言えないのが腹立たしい。
「――フェイト。バルディッシュ」
今更何を言ったところで、もう止まってなんかやらない。ただユーノの声を無視することはできなかったから聞いてはあげるけれど。
そんなフェイトに、ユーノは――
「僕は君たちが……大嫌いだよ」
それが最後の引き金。
何度言わせるのか。そういう言葉は、もっと冷たく言わないと意味がないと。そうではないから、変に冷たくなりきれていないから、こちらも嫌いになんてなれないのに。
いつも自分を励まして、これ以上ない支えになってくれたあの言葉――『大丈夫だよ』としか聞こえないほど、優しい色を含んだ声で言わないでほしい。
ここまで来て今更。今日一番の優しさを見せるユーノなんて。
『You bastard……!』
「ユーノなんて……!」
それもこれも、すべてユーノが悪い。
人の気持ちも言葉も無視すると言うのなら、無理やりにでもわからせてやる。この全力全開の一撃に、すべてを込めて。
ゆっくりと。ゆっくりと、大上段にバルディッシュを振りかぶって。
――ユーノなんて……大っ嫌いだ!
「ユーノの……バカッッッッ!」
『Take that! 〝Plasma Smasher〟!』
思いっきりバルディッシュを――振り下ろす!
注ぎ込まれた全魔力。目の前の分からず屋の馬鹿に向けて雷光の一撃を解放する。
ユーノからすれば視界を覆い尽くすほどの野太い砲撃。さながら怒れる雷神の一撃。眩い金色の砲撃は、あっという間にユーノへと迫る。
「――――」
目も閉じず、迫る砲撃をただ見ていたユーノは……自身でさえ気付かぬうちに、ふっと、小さな笑みを浮かべて。
次の瞬間には、フェイトの全力をその身に受け、意識を手放した。
「す、すごい喧嘩だったんですね……」
「……普段のお2人からは考えられないです」
呆れの境地にすら至っている息子と娘のような存在――そうなってほしいと望んでいる2人に、ユーノは頬をかきながら苦笑いを浮かべた。
ミッドチルダにある結構な値の張るレストラン。フォーマルなスーツやドレスなどで入るのがマナーというレベルの店だ。ユーノにフェイトは立場上、こういう場所には慣れているが、エリオとキャロは初めて。普段着ている機動六課の制服と違い、いい所の子息と令嬢のようなスーツやドレスで着飾っている。レストラン中央にはピアノがあり、専属のピアニストがゆったりとした曲調の音楽を弾き、音楽に耳を傾ける者もいれば、BGMをバックに食事と歓談を楽しんでいる者など様々。その中でも窓際で夜景が楽しめる絶好の位置取りにあるテーブルを囲み、ユーノはエリオとキャロと話し込んでいた。ユーノもそうだが終始緊張していたフェイトは、気合を入れ直すためか席を外している。ここに来たのは、こんな恥ずかしい話をするためではない。2人に婚約と、そして何より、自分たちの息子と娘になってほしいという真剣な話をするため。ただ、エリオとキャロが、初めて着る服やレストランの雰囲気、そしてユーノとフェイトから何とはなしに感じる真剣さに固くなっていたため、フェイトが席を外している間に場を和ませようと話をしていたら、いつの間にか昔の話になったのだ。
――『ユーノさんとフェイトさんって、よく喧嘩してますよね?』
――『相手に嫌われるかもって、思いませんか?』
きっかけはエリオとキャロがそんなことを聞いてきたことから。2人とも基本的に喧嘩はしないのだが、相手に対する不満がまったくないというわけではないのだろう。ただ、2人とも過去の事情から交友関係が狭く、誰か親しい人と喧嘩をしたことがない。そういうところも、ユーノとフェイトが2人の将来を懸念するところだ。2人には学校に通ってほしいとこの後言うつもりでいるが、学んでほしいことの1つが、まさに人との付き合い方や、自分の感情表現。ユーノとフェイト自身が人との付き合い方や自己表現で苦労してきたからこそ、エリオとキャロには幼いうちから経験し、人や社会と上手に付き合えるようになってほしい。
「まあ、あれほどの戦いをする喧嘩はなかなかないだろうけどね。だから普段僕とフェイトがするような喧嘩は、僕たちにとっては意見を言い合っているだけで、喧嘩って意識はそんなにないんだよ」
「なのはさんとはやてさんは、喧嘩するほど仲がいいってことだよって言ってましたけど」
「ユーノさんとフェイトさんはそれだけ仲がいいってことなんですね」
ユーノとフェイトの喧嘩は、今となっては周囲も慣れたものである。最初のうちはむしろクロノとなのは、ヴェロッサとはやての方が喧嘩をすると思われていただけに驚かれたものだ。それというのも、クロノとなのはは次元航行隊の提督と戦技教導隊の教導官。長期航海に出ればなかなか会えない2人だけに、すれ違いは多くなる可能性が一番高いし、自分の意見は互いにはっきりと言うタイプだということもある。ヴェロッサとはやてにしても、ヴェロッサの軟派な性格に、恋人としてはやてだって思うところはあるだろう。査察官と捜査官――今は部隊長という立場は、査察する側とされる側という事情もあり、大っぴらに付き合える立場でもない。その点、司書長と執務官という立場が邪魔をすることはないし、執務官と言えどずっと艦付きというわけでもなく、仕事柄無限書庫をよく利用することもあるフェイト。さらにユーノが浮気をするなんて考えられず、忙しくとも仕事の都合で会うことも多いだけに、性格的にもユーノとフェイトが喧嘩をするなんてよほどのことだと。
ところが蓋を開けてみれば、一番喧嘩をするのはユーノとフェイトだったのだ。もういろんなところで喧嘩をする2人は目撃されている。やれ時空管理局本局の通路で、やれ公園で、やれ家でと。一番有名なのは、『無限書庫でスクライア司書長がハラオウン執務官にザンバーでホームランされていた』というものだろうか。温厚で知られるフェイトがブチギレしたところだったので、フェイトを怒らせてはならないと、特にこれを目撃した無限書庫司書たちの間では暗黙の了解となっている。
「だいたいユーノさんが謝ってますよね」
「言わないで、キャロ……僕だって本気で怒ったフェイトは怖いんだよ」
「でも、フェイトさんには申し訳ないんですけど、時々ユーノさんが謝らないといけないことなのかなって思うことも僕はあります。たまにはユーノさんも折れなくていいんじゃないですか?」
会えなくて寂しいのだろうというのはわかるが、だからと言ってユーノも好き好んでフェイトを放置しているわけではないし、毎日メールなり通信なりをしていることはエリオもキャロも知っている。エリオとキャロにもユーノは連絡を欠かさないくらいだし、暇を見つけては機動六課にユーノは顔を出してくれるのだから。そんなときに拗ねるフェイトがユーノに冷たくして喧嘩になってしまうにしても、ユーノが謝らなくてもとエリオは思う。キャロはそんな意見に少し不満そうなので、女性としてフェイトの味方か。
「エリオは拗ねたキャロにいきなり冷たくされてもそうできる?」
「…………」
チラリとキャロを見るエリオ。可愛らしく頬を膨らませたキャロに、エリオも今の自分の意見がキャロとしては不満だったのだと気づき、慌てて「ご、ごめん、キャロ!」と反射的に謝ってしまう。そこではたと謝ってしまったことに気づき、ユーノに向き直るエリオは、ユーノの苦笑に迎えられて。
「ほらね」
「……よく、わかりました」
自分が惚れた女性に、男は結局のところ勝てない。そういうことだ。
「でも喧嘩はするんですよね、ユーノさんとフェイトさん」
ちょっとばかり納得がいかないのか、今度はエリオが拗ねたような声でユーノに問いかける。勝てないとわかっていて喧嘩をわざわざするなんて、と。普段は生真面目でそんな姿を見せないエリオなだけに、ユーノは自分とフェイト、そしてキャロには見せてくれる『息子』の素の表情、感情に、改めて嬉しいと思う。
「僕もフェイトも、性格的に遠慮しちゃうところがあるからね」
「……?」
「遠慮するなら、逆に喧嘩しないようにするんじゃ……?」
エリオとキャロが顔を見合わせて首を傾げる。そんな仕草は、とても前線で戦う局員とは思えないだけに、『親』としてユーノは和む。多分に親馬鹿思考であると自覚していても。
エリオとキャロの疑問はもっともだ。そこが、ユーノとフェイトが2人で辿ってきた過去の結果。
「誰にでも一歩引いたり、遠慮してしまうからこそ、僕とフェイトは互いに対してだけは妥協したくないんだよ」
それがすなわち、互いこそが特別だという証。
ユーノの言葉に、まだエリオとキャロは理解が及ばないようだった。どういうことだろうかと目を瞬かせている。そんな姿に、ユーノは微笑む。
普通なら、大切だからこそ一歩引いて譲ったり、相手のことを考えて妥協する。どんなに仲が良かろうと、人の価値観なんて完全な合致を見ることなどまずない。だから合致しないところは妥協する。互いが互いを尊重しつつ譲り合う。それが理想の夫婦や恋人というものかもしれない。
ただ、ユーノとフェイトはそうではないというだけ。
「最終的に折れるとしても、譲るとしてもね。僕の意見はこうで、フェイトの意見はこうだと示す。合致したらそれでいい。でも合致しなければとことん話し合うし、譲れない部分があるなら喧嘩もするよ」
喧嘩に勝つか負けるかの問題ではない。ただ自分の意見をはっきり相手にぶつけること。遠慮せずに。
その関係こそ、ユーノとフェイトがあの戦いから得たもの。あの戦いを切欠にして、今日まで2人で歩んできた時間で育んできたものだ。
「エリオとキャロは知らないだろうけど、2人が局員になるって言い出したときも、僕とフェイトはかなり喧嘩したしね」
「え!?」
「そ、そうだったんですか!?」
エリオとキャロは、渋りながらも最終的にはユーノもフェイトも認めてくれた記憶しかない。まさかそこに至るまでに相当な喧嘩を重ねていたなど、知る由もない。そして今現在も、この喧嘩は互いに譲っていないということも。
「僕とフェイトはお互いに『依存』していたからさ。それまではいつも互いに引いていたんだよ。キャロの言う通り、嫌われることが怖かったんだ」
傷の舐め合い。それをどこかで自覚しながらも、気づかないフリをしていた。だからこそ。気づいた以上は、もう目を背けることはできなかった。
「だからその戦いでユーノさんもフェイトさんも引かなかったんですね」
「ここが引き時かなって思うことは何度もあったけど、そう思うこと自体が『依存』なんじゃないかって考えを否定しきれない以上、最後の最後まで我を通すしかなくてね」
「フェイトさんの手を頑なに拒んだのも……」
「そうだよ」
自分の手を見下ろしながら、ユーノは頷く。
「ここでフェイトの手を自分から取ったら、もう二度と『依存』から抜け出せなくなる……そう思ったんだ」
いつだって拒まず、受け入れてくれた。それはユーノにとってもフェイトにとっても同じことだった。だから互いに一番の『依存』相手だったのだ。
だからこそ拒まねばならない。ここで手を取ったらいつもと同じ。どんなに冷たくしても、ひどいことをしても、フェイトはあそこまで追いかけてきてくれたから。嫌いになどならず、ユーノを助けようとし、ユーノのために涙まで流してくれたから。その優しさや純粋さに救われ続け、『依存』してしまっていたからこそ、最後の最後まで撥ね退けなければならなかった。
「フェイトは最後まで手を差し伸べることをやめなかった。だから僕も、意地でも自分からフェイトの手を取ることはできなかった」
「……それって、僕のときと……」
「うん。まさに、あのときのエリオと同じかな」
エリオもまた自分の手を見下ろした。キャロはよく知らないから不思議そうなのも仕方がない。
当時、保護されたばかりの頃のエリオは、周囲のものを壊したり、誰彼構わず怒鳴り散らしたり、自ら誰も寄せ付けなかった。本当の両親に目の前で見捨てられたのだ。それも当然のことだろう。
そんなエリオに身体を張ってぶつかっていったのがユーノとフェイトだ。電撃を放ちながら攻撃するエリオを、まずフェイトが防御も回避もせずに近づいて強く抱きしめた。それでも放せと暴れるエリオに、ユーノが防御魔法で防ぎ、そしてカウンター戦法で無効化させ、エリオに近づいてその手を握り締めながら、頭をはたき、厳しく叱った。その後、エリオはフェイトにはすぐに懐いたが、ユーノとはしばらくの間いがみ合って。けれどエリオも、ユーノが意識して厳しく接し、甘えさせるだけではなく、悪いことをしたら怒るという当たり前のことを、当たり前にエリオにしていただけと気づいて。それもまた大事に思っているからこその厳しさであり、甘えさせるだけ、優しくするだけが愛情ではない。本当の両親はエリオを捨てたけれど、2人は甘えさせ、優しくして、けれど時には叱ってくれる。本当の親以上に親のようなユーノとフェイト。さらにユーノが無理してそういう厳しい態度を取っているだけと気づくことができたから、今の関係がある。
「あの時のエリオを見ていて、我慢できなかったんだよ。ああ、あの戦いのとき、フェイトはまさにこんな怒りを持っていたのかなあってね。正直なところ、エリオに対して昔の僕を重ねて、その苛立たしさもあった。大人気なかったよね。ごめんね、エリオ」
「いえ、そんな! あれは本当に僕が意固地になっていただけで……ユーノさんとフェイトさんがあそこまでしてくれたから今の僕があるんです。今の僕がもしあのときの僕を前にしたら、正直、ユーノさんと同じようにしちゃうと思います」
「そっか。じゃあ、そのときはキャロが止めてあげてね」
「が、頑張ります!」
「ちなみに僕はあの後、フェイトとかなりの喧嘩をしました」
「そ、そのときもですか!? ぼ、僕が原因ですよね……」
「いやいや、エリオのせいじゃないよ。気にしない気にしない」
フェイトはエリオの電撃を食らい続けたことで両腕にかなりの火傷を負ったわけで、すぐに治療に当たったユーノはその無茶を咎めたのだ。フェイトは電気の魔力変換資質を持っているから耐性があると主張したが、それはそれ、これはこれとユーノは受け入れず。するとフェイトは、エリオに対していきなりあんな厳しく接するなんてひどいと言い返して。あとはいつもの流れ。おかげでユーノとエリオのいがみ合いに、フェイトは自業自得だよと一切仲裁してくれなかった。
「実のところ、あのとき自分からフェイトの手を取らなかったことについては、フェイトには悪いんだけど、今でも間違ってはいなかったって思ってるんだ」
つまらない意地かもしれない。けれどあそこでフェイトの手を取っていたら、『依存』から抜け出せず、何よりフェイトをずっと『依存』の相手にしていただろう。
もっと別の方法を取っていたら、そんな意固地にならずに済んだかもしれない。もっとスマートに、『依存』から脱却できたかもしれない。フェイトと2人、最初から手を取り合い、共闘しながらなんてこともできたかもしれない。
けれど互いに別の方法を取り、状況があそこまでもつれ込んだ以上、そうするしかなかった。フェイトには今でもこの件で愚痴られることもあるけれど、それはあんな極端な手に出てしまったユーノ自身が悪いわけで。やり方は間違っていたけれど、フェイトを泣かせてしまったことは反省すべきことだけれど。それでも、あのときばかりは必要な意地だったのだと、その主張は曲げない。フェイトも愚痴りつつ、理解は示してくれている。
「僕とフェイトは互いに『依存』してるんじゃないかって、まだ思うことはある。喧嘩をしても最終的にはどちらかが必ず折れるだろうし、どんな喧嘩をしても別れるようなことにはならないのは『依存』じゃなくて『信頼』や『絆』だって、そう思い込んでいるだけで、実はやっぱり『依存』しているだけじゃないのかってね」
「そんなことはないと思います!」
「そうです! ユーノさんとフェイトさんのこと、いつも見てますけど、お2人はそんな関係じゃありません!」
「――ありがとう、エリオ、キャロ」
そこでフェイトが戻ってきた。何の話をしていたのかはわからないまでも、最後の方は聞こえていただけに、エリオとキャロの言葉は嬉しかった。何の話をしていたのかをユーノに問いかけながら、フェイトはユーノの隣に座る。
ユーノもまた、純粋にエリオとキャロの言葉には嬉しいと思う。エリオとキャロは辛い過去を背負っているにもかかわらず、真っ直ぐで優しい性格に育ってくれた。純粋な心を失っておらず、そんな2人が自分たちを見てこのように断言してくれるのは、ユーノにとってもフェイトにとっても自信に繋がる。
「2人の気持ちは本当に嬉しい。でも、僕たちはまだそこまでの自信を持ててはいないんだ」
「エリオとキャロの言葉や気持ちを蔑ろにするわけじゃないんだよ? ただね、私たちは過去にそうやって誰かに肯定してもらうことに『依存』していたとも言えるから……」
エリオとキャロの言葉をそのまま受け取っていてもいけない。誰かに認められたからそれでよしとしてしまえば、それこそエリオとキャロに『依存』しているのと同じだ。ましてエリオとキャロは、ユーノとフェイトに好意を持ち、そして保護されている身だ。彼らにその気はなくても、ユーノとフェイトを無意識に肯定してしまうこととてあるだろう。
大事なのは、いざというときに『依存』に走らないことだ。そんな状況に陥ったとき、それでも互いを信じ、自分を貫く。それができて初めて、『依存』を振り払ったと自信を持てることだろう。それがいつになるかはわからないし、本当にそんなときが来るかも断言できはしない。でもそれがいつ来ても揺らがないよう、常から気は抜けないのだ。
ただ、エリオとキャロの気持ちは本物なのだから、それには純粋に御礼を。心からの感謝を込めたユーノとフェイトの笑顔に、エリオとキャロは少し頬を染めながらも照れたように笑い返してくれた。
「あの、それで、お2人の戦いの後ってどうなったんですか?」
「今のユーノさんとフェイトさんを見ていれば悪いことにはならなかったんだと思うんですけど、やっぱり気になります」
「私たちの戦い……ああ、あのときの話だったんだ」
「そうだよ。僕とフェイトの初めての喧嘩にして、後にも先にもない一番の大喧嘩」
「もう。確かに今にしてみれば笑い話かもしれないけど、あのときは本当に必死だったんだよ?」
「もちろんわかってる。あの喧嘩があったからこそ、今の僕たちがあるってこともね」
ユーノとフェイトにもったいぶる気などなかったのだが、エリオとキャロにはそう見えていたらしい。隠さないで教えてくださいと迫る2人に、ユーノもフェイトも頭をかいたり苦笑いをしたり。
「えっと、どこまで話したの?」
「P・T事件の時のなのはを髣髴とさせる、バインドで動けない上に魔力もすっからかんだった僕に、フェイトが容赦ない全力全開の一撃をぶつけてきたところかな」
「う……そ、そんな言い方しないでよ、ユーノの意地悪」
「あはは。ごめんごめん」
「ユーノさんがフェイトさんを泣かせた上に嫌い呼ばわりしてフェイトさんを悲しませたからじゃないですか」
「エ、エリオ!?」
さきほどからかわれたお返しのつもりらしい。ユーノの慌てようにエリオが楽しそうに笑う。意地悪だよとキャロが嗜めるものの、キャロもクスクスと笑いを隠せていない。するとフェイトもこれに乗って。
「そう言えば、ユーノに泣かされたのって、あれが2回目だっけ」
「フェイトまで!」
「だって本当のことだもん。そもそもユーノ以外の男の人に泣かされたことなんてないよ、私?」
「……ユーノさん、フェイトさんをそんなに何度も泣かせたことあるんですか?」
「いやいや、泣かせてしまったことはあるけど、そんな何度もってわけじゃないよ、キャロ!?」
「嘘だよ。つい1週間前にも泣かせたくせに」
「フェイトーーーー!」
エリオとキャロの視線が痛い。多分に親馬鹿なユーノとしては2人から非難の視線を浴びせられるのは苦行だ。頼みの綱のはずのフェイトは意図して勘違いさせてくるばかりで、誤解を修正してくれる様子がない。
泣かせたという事実だけを語るのなら、確かにユーノは幾度もフェイトを泣かせている。実際には泣きはしても嬉し泣きであることも多いが、悲しみの涙を流させてしまったこともあるわけで。
焦るユーノの姿に、フェイトは少しだけ先ほどの意趣返しができたことに満足しつつ、エリオとキャロの誤解を解きにかかる。
1回目はユーノに救われた。ある意味、そこから『依存』が始まったとも言えるけれど、救われたこと自体は決して非難されるようなことではないし、何よりフェイトにとっては大事な思い出。
2回目はまさにその戦いで。これについては本当に悲しくて泣かされたので、誤解ではない。そう言うとユーノは「本当にごめんって……」と謝った。
それからも何度も泣かされたものだ。想いを自覚しながらもこれは片想いなのだと思い込んでなのはとのことを応援していたときとか、ユーノがなのはにすべてを打ち明けたときとか、その数年後に告白してくれたときとか。自身が泣いた話なのでフェイトにとって恥ずかしい話なのだが、ユーノに泣かされたという前提のため、頬を赤くして照れながらもフェイトはどれも忘れられない思い出と言いつつ話した。思い起こすと確かに結構ユーノに泣かされているなあと自分でも思いつつ。
ちなみに1週間前というのは、もちろんプロポーズをされたときのことだ。これについてだけは一旦伏せておく。大事なことだから、これは笑い話の一環にはしたくなかった。
「とりあえず、戦いの後のことだよね?」
「はい。どうなったんですか?」
エリオとキャロの非難にすっかりユーノはしょげてしまっている。エリオもキャロも本気でユーノを責めているわけではないので、やり過ぎたかなとフェイトと共に苦笑。
しょげているユーノはちょっと情けない姿ではある。けれどフェイトはやっぱりそんなユーノも愛おしい。エリオとキャロは優しい目をしているフェイトに、何だかんだ言ってもやっぱり2人は仲がいいんだなと温かい気持ちになる。そんなふうに思われているとは気づかず、フェイトはユーノの背中に手を伸ばす。薬指に指輪が嵌まっている手を。自然と視界に入ったその指輪に、また頬を染めつつ、フェイトはここに至るまでの大きな要因ともなり、そして度々ユーノと喧嘩をすることとなったきっかけともなる初めての喧嘩にして一番の大喧嘩のことを思い起こしていった。
温かい。
意識を取り戻したとき、瞼の裏でも光を感じると共に、何か温かいものに包まれている感覚があった。『母に抱かれているような』という表現はユーノには経験がないからわからないけれど、例えるとするのならこの表現が合うのではないだろうか。頭を撫でてくれる感触と、手を握る大きくて無骨ながら力強さや頼もしさを覚える感触。そしてもう一方の手には、そのどちらとも違う、優しくもしっかりと握りしめてくる、何だか握り返したくなるような柔らかい感触。どれもが心地よくて、このままでいたい。そう思わせてくれる温かさだった。
そしてその温かさには覚えがあった。あのときも、こうして意識を失ってから目を覚ました時だった。
「…………」
覚醒していく意識に追随するように、ユーノはゆっくりと瞼を開く。「あ」「お」と、誰かの声がする。ぼやける視界に、自分を見下ろす影を見た。何度か瞬きをしていると、茫洋としていた意識はクリアになっていって。
「よう、色男」
左手を握ってくれている相手もあのときの再現をしてみたつもりなのだろう。まず捉えた人物に、ユーノは苦笑を浮かべた。どうしてここにいるのかという疑問はひとまず置いておいて。
「よかった……ユーノくん」
視線を上に上げれば、心配そうに見下ろす女性が映る。頭の心地良い感覚は、膝枕をされているかららしい。彼女の目が充血していた。涙を流したのだろうことは明らかだ。この優しい人にこんな顔をさせてばかりだなと、申し訳ない気持ちがさらに募る。
「いっそこのまま永遠の眠りにつかせてやってもよかったんだがな、フェレットもどき」
足下からの声に目を向ければ、恭也に支えられて座り込むクロノ。腹の辺りを押さえており、服に血が滲んでいる。傷が開いたのだろう。苦痛に耐えながらも嫌味を吐く悪友に、今ばかりは何も言えなかった。
「短期間のうちにこうも何度も寿命が縮む思いをさせられるとは思わなかったぞ、ユーノ」
いつもの態度をあくまで崩さないクロノに苦笑しつつ、恭也はジロリとユーノを睨みつけた。普段の表情が怒っているのかと勘違いされることもある恭也だけに、睨みつけられると背筋が冷える。
そして、それとは対照的に。
「……ユーノ」
握る、というより、両手でユーノの右手を掴んでくる金髪の少女が、安堵したような、けれどとても不安そうにユーノが向けた視線に目を逸らす。右手を掴む彼女の両手の力は弱いけれど、それでも離そうとはしない。
「……勇吾さん……那美さん……」
「おう」
「はい」
「……クロノ……恭也さん……」
「ふん」
「ああ」
「……フェイト」
「……うん」
呟きにしっかりと返され、ユーノはこれが幻などではないのだと実感する。実感と同時に、反射的に目を逸らしてしまいそうになって。
唇を引き結び、逸らしそうになった目を勇吾と那美に向ける。
――負けるな。
フェイトから受け取った伝言。それを思い出したから。
締め付けられる心が引きそうになっている。それでも、目だけは逸らさない。逸らさずに勇吾と那美の真っ直ぐな視線を受け止めることで、逃げそうな自分を何とか繋ぎ止める。
自分を助け、支えになると言ってくれた2人。そんな2人を裏切ったのは自分自身。そこから目を逸らすわけにはいかない。嫌われることは……やっぱり怖いまま。それでも、逃げるわけにはいかない。裏切ったのだから、せめて逃げない。どんな言葉でも、どんな態度でも、逃げずに受け止めなければ。
ただ、何よりも先に。言うべきことがある。
「……ごめんなさい」
裏切ったことを、謝らなければ。
許されようとは思わない。それだけのことをしたのだから。嫌われることは覚悟の上。
「それは何に対する謝罪なんだ?」
恭也と真逆で親しみやすい好青年な勇吾だったが、茶化していた顔を真剣なものに一変させると、恭也にも負けないほどの鋭さで視線を縫い付けられる。
威嚇や脅迫のようなものではない。
どこまでも真っ直ぐに、相手を見てくるのだ。
威嚇や脅迫など必要がない。心が弱ければ、相手はその真っ直ぐな目に対することができず、逸らしてしまうことだろう。以前のユーノならば、間違いなくそうなっていた。
――負けるな。
その言葉を何度も頭の中で反芻し、自分自身に言い聞かせ、目を逸らそうとする弱い自分を叱咤しながら、ユーノは勇吾の目を正面から受け止め続ける。
「……勇吾さんと那美さんとした約束を、反故にしました」
「そうだな」
「僕の支えになると言ってくれたおふたりを……裏切りました」
「そうですね」
真剣な目をしているのは那美も同じ。ユーノを見下ろす2人の目に怒りは感じない。けれどそれが怒っていないこと、嫌っていないこととイコールではない。もうユーノを見下げ果てているだけかもしれない。最後に言うことはないかと、せめてもの慈悲なのかもしれない。例えそうであろうと自業自得。わかっていてこの道を選んだ。フェイトの手を自分から掴むことは最後まで拒んだことと同じで、最後までその選択の結果から目を逸らしてはならない。
「だから……ごめんなさい」
「それだけか?」
「…………」
ユーノは一度目を閉じた。視線から逃げるためではなく、今一度勇気を振り絞るために。
「わざわざ嫌われようとしたこと。今も嫌われても構わないって思ってる。そいつについてはどうなんだ?」
ごめんなさい。
と、普段ならそう続けていただろう。
「…………」
唇を噛みしめる。今も出てきそうになるその言葉を堰き止めるために。
覚悟を決めたはずだ。『嫌われてでも、為すべきことがある』と。立ち向かうと決めたはずだ。嫌われる恐怖と戦うことを。
『依存』を、振り払うために。
――負けるな。
フェイトとの戦いには負けてしまったけれど。それでも、最後の最後まで、これだけは。これだけは、負けるわけにはいかない。でなければ、この2人を裏切って、心配させてまでやったことを『ごめんなさい』で終わらせては……2人に嫌われたくないという『依存』に負けてしまっては、それこそこの2人に対する侮辱だ。負けるな、という言葉を向けてくれた2人への、この上ない裏切りだ。
ユーノはまだ力が入りづらい体に喝を入れ、ゆっくりと上体を起こす。
「……ごめんなさいって……言うべきかもしれません。でも……これについては、謝るつもりはありません」
「……なんでだ?」
そこで勇吾が眉を潜めた。きつい表情で、睨んでくる。剣の切っ先を突きつけられるような感覚をユーノは抱いた。
「たくさん間違っていたかもしれません。もっといい方法があったかもしれません。でも、僕にはこれしか思いつけなかった」
なのはにもフェイトにもはやてにも、クロノにも恭也にも勇吾にも那美にも、誰にも『依存』せず、責任を果たす方法。そんな都合がいい方法は滅多にない。その滅多にない機会を、ユーノは見つけてしまった。見つけてしまったのならば、もう無視はできない。
――『なのはちゃんたちと、本当の、本物の絆を、作りたいんだよな?』
――『……はい』
――『だったら、今がその時だ。そうは思わないか?』
自棄になって倒れたところを那美に助けられ、勇吾と直接話したとき、勇吾も言っていたから。
――『怖いよな。失敗するかもしれない。俺もそうだった。実際に嫌われたときは、そりゃきつかった。大丈夫なフリしてたけど、そりゃあつらかったもんさ。けど、ユーノくん、君も男だろ。ここで踏ん張ろうぜ。俺にできたんだ。高町や月村、そして那美さん。他にも美由希ちゃんだってそうだ。もっといるぞ。ここまでのことを、俺だってできたんだ。俺より器用な君なんだ、絶対にできる。断言するぜ』
同じような境遇から立ち直った勇吾。その姿を格好いいと思い、尊敬もした。自分もそう在りたい、この人のようになりたいと望んだ。そんな人からもらった激励を、無駄にすることはできないから。
「強く……強くなりたかった。ここで踏ん張らなきゃ、いつ踏ん張るんだって」
「…………」
支えてくれる人がいる。友達だと言ってくれる人がいる。そんな人たちと対等に在りたいから。
まして、悪友が命を賭けて戦い、成果を出して見せた。『嫌われてでも為すべきことがある』と、自分の信念を貫いて見せた。
「僕にだって、意地があります。クロノには負けたくない……!」
「……生意気言うな、フェレットもどき」
「フェレットもどきって言うな、真っ黒クロスケ」
鼻で笑うクロノに一睨みを入れつつ、ユーノは再び勇吾と那美に向き合った。
「『依存』なんかに……『嫌われたくない』なんて弱い気持ちに、負けるわけにはいかないんです」
フェイトに負けてしまったボロボロの身では説得力も何もないかもしれない。それでも。
「勇吾さんにも那美さんにも、なのはにもフェイトにもはやてにも、クロノにも恭也さんにも、誰に嫌われてでも、僕は……!」
まだ、負けていない。
『依存』なんかに、負けてはやらない。『嫌われる恐怖』なんぞに、今度こそ負けられない。だからボロボロの身でも、最後の最後まで、意地だけは張って見せる。
例えここで見捨てられ、1人置き去りにされようとも。
「馬鹿野郎……!」
「ユーノくん……!」
握られている左手と右の頬に痛みが走った。手の骨が軋むほど思いっきり握りしめられた痛みと、引っ叩かれた痛み。
けれどそれらの痛み以上に。2人に嫌われてしまったという心の痛みの方が、ユーノにははるかに響いた。震える唇を噛みしめ、心の痛みと涙を必死にこらえようとして――
次の瞬間、優しい温もりに、包まれていた。
覚えのある感触に驚いて目を開けてみれば……正面に回り込んでいた那美に、強く抱きしめられていた。
握り潰されそうだった左手も解放され、代わりに大きな手で手首をがっしりと掴まれていた。
「…………」
それは那美に助けられ、勇吾と話したあの時、絶望に堕ちそうだった自分を救い上げてくれたときのよう。そんなところには行かせないと、引き戻してくれる強くも優しい温もり。
ユーノは唖然としてしまう。
嫌われるなんてものとはまるで真逆の温もりに。
頬に落ちる熱いもの……那美の目からあふれ出てくる涙に。
そして。
「まだわからないってのか、この馬鹿野郎」
大きな手はユーノの手首から離れ、頭へ。叩かれると思ったユーノだが、その手は乱暴でこそあったが、ユーノの頭を撫で回すだけ。
「ゆ、勇吾さん……?」
「舐めんなよ」
「え?」
「こんなことくらいで嫌いになってもらえるとでも思ってたのか? ふざけんな、馬鹿野郎!」
さすがに今ばかりは怒っているとユーノにもわかった。
けれど嫌われたわけではないということが信じられない。たった数度話しただけの、遠く離れた、本来なら出会うはずもなかった見ず知らずの子供のことを。助けてもらったのにその恩を仇で返すようなことをした裏切り者を。どうして、この人たちは抱きしめ、あまつさえ涙まで流してくれるのだろう。
――自分のために、泣いてくれる人がいる。
そんな奇特な人がいるなんて思ってもいなかった。
なのにフェイトに続き、那美まで。それに泣いてこそいないものの、頭を撫で回す勇吾の手が震えていて、勇吾が涙を堪えているのだろうことが感じ取れてしまう。
「ほんの……ほんの数日、一緒にいて話しただけですけど。私にとって、ユーノくんはもう放っておけない大事な男の子なんです」
「那美……さん」
「ちょっと目を離しただけでこんな馬鹿なことをして心配かけて。嫌われてもいいだなんて……忘れられてもいいだなんて……そんな悲しいこと、言わないでください!」
ふと気づいた。
ユーノにとっても、勇吾と那美はたった数日を共にしただけ。なのはやフェイト、はやてやクロノとは付き合いの長さなど比べるべくもない。それでも、ユーノにとって勇吾と那美はとても大きな存在になっている。ならば、勇吾と那美にとってもユーノの存在が無視などできるわけもない存在にはならないと、どうして言えるだろう。
「嫌われることが怖いという思いが『依存』に繋がってしまっているのはわかっています。でも、だからと言って嫌われることを恐れる気持ちが悪いことだなんて思わないでください」
この温もりに浸っていてはいけない。そんなユーノの考えを見抜いたように、那美は逃がさないとばかりに一層強くユーノを抱きしめる。
「誰だって怖いんだよ」
頭を撫でつける手が止まる。恐る恐るユーノが顔を上げると、再び真っ直ぐな勇吾の目と目が合う。
「俺だって怖い。那美さんに高町や月村、俺の大事な人たちに嫌われちまうのは怖いんだ。怖いままなんだよ」
「え……?」
嫌われる恐怖を振り払ったからこそ強いと思っていた勇吾の言葉に、ユーノは戸惑う。那美や恭也にも目を向ければ、2人共に頷いて返してきた。
「怖いけどな。それでも間違ってると思ったら黙ってないで指摘して、相容れないときは喧嘩もする。俺と高町なんて何度喧嘩してきたことか」
「同じようにやってきて、疎遠になってしまった者もいたがな」
「それでも俺たちは、親友として今日までやってきた。これからもやっていく」
阿吽の呼吸で言葉を繋げる勇吾と恭也に、そんな『本物の絆』が自分も欲しくて今回の行動に出たユーノ。自分のやったことは完全な間違いだったのか、無駄なことだったのかと、再び迷いが生まれそうになってしまう。
「ユーノくんの『依存』で問題なのは、自分の気持ちを完全に殺してしまうところです」
嫌われたくないから、相手に合わせる。不満に思っても、間違っていると思っても、相手に合わせる。
勇吾と恭也は違う。
間違っていると思ったら互いの問題を指摘し、時には意見を戦わせることもある。自分はこう思うのだと、意見を言う。時には合わせることもあるけれど、譲れないところは譲らない。
同じように対応しても、相容れずに疎遠になる者もいる。自分の間違いや欠点を指摘されて怒る人間もいるし、本気で自分がすべて正しいと思い込んでいる人間だってこの世にはいる。
「俺も恭也も、相手に嫌われるのは怖い。けど、自分の気持ちを押し殺してまで親友やろうとは思っていない。そんなことをする必要がない相手だから親友なんだ」
勇吾の場合、過去に何でも上手くこなしてしまう完璧を求めた。けれどそれは結局のところ、いろんなものを犠牲にしていた。相手から嫌われないため、誰からも好かれるために、自分を殺すことも多かったから。結果として何か1つに綻びが出れば、それまでの付き合いがあった多くの者は落胆して去っていった。そして荒れた勇吾だったが、恭也はそんな勇吾の過去を知っても、態度を変えることはない。
恭也にしても、自分が現代社会において、殺しの剣術を学び、危険な戦場に身を置くこともある自身が受け入れられないことは理解していた。身体にある生々しい傷跡を隠すのも、それが理由の1つだ。他者を傷つけたこともあるし、今後、戦場において相手を殺してしまうこともあるかもしれない。自分が傷つけた相手が報復で大切な人を傷つけるかもしれない。だから他者と深くは関わらなかった恭也だが、勇吾はすべてを承知の上で変わらず。
「自分の気持ちを押し殺す必要なんてないんです。自分の気持ち、相手の気持ち、どちらも大事です。押し殺すんじゃなくて、きちんと出してください。一歩引くことも人付き合いには必要ですが、たまにはぶつけ合ったっていいんです。それでも一緒にいられる相手こそ、本当の絆で結ばれた相手なんですから」
「ユーノくんに必要なのはそこだ。自分の気持ちを隠さず、主張する。相手がどんな反応をするかはわからないし、確かにそれで喧嘩や仲違いをすることもある。嫌われるかもしれない。けどよ、本物の絆ってのは、その先にあるもんじゃないか?」
なのはとフェイトが何よりの例だ。
思いっきり戦って、それでもなのはもフェイトも互いに歩み寄ろうとした。伸ばした手を拒まれるかもしれない。喧嘩をしたのだから。それでも諦めず、友達になりたいと願い、そうして今の関係がある。
ようやくユーノにも理解できてきた。が、理解できてくるとともに、自らの勘違いに愕然としてしまう。
「……じゃあ僕がしたことは……無意味……だった……?」
「そんなことありません」
落ち着かせるように那美が優しく声をかける。ポンポンと、抱きしめる手でユーノの身体を小さく叩きながら。
「確かにやり方は極端だったかもしれません。勘違いしていたところもありました。でも無意味なんてことは決してありません」
「『依存』と向き合って戦おうとしたことは、決して間違いなんかじゃない」
ユーノの頭に置かれたままの勇吾の手も、那美と同じように叩く。不安げに揺れるユーノに、勇吾が誇らしげに、那美が優しく、共に笑いかけながら。
「たった1人で、よく頑張ったよな」
「あ……」
「この短期間で見違えましたよ、ユーノくん」
「~~~~!」
呆気なかった。これまで必死に耐えていたものが、嘘のように決壊してしまう。
ユーノの目から、途端に涙が零れた。
ずっと耐えてきたのだ。嫌われたくないけれど、嫌われようとして。したくもない喧嘩をして相手を突き放して。自分の言葉の冷たさにも、相手を怒らせてしまった罪悪感にも。1人、また1人と自分から離れていって世界に1人取り残されたような孤独感にも。
「フェイトちゃんには負けちまったけど、最後の最後まで『依存』には負けなかった。ちゃんと見てたぜ」
「さっきは怒りましたけど、でもこの状況でも『依存』に負けないって強い想いはちゃんと伝わりました」
『誰かに肯定してもらいたい』。『認めてもらいたい』。それらもまた『依存』ではないかという思いが渦巻く。ここでこそ、そんな優しさや温もりを跳ね除けなければならないのではないか。
「いい加減にしろ、フェレットもどき。これ以上は醜いにもほどがある」
「そろそろ認めてやれ、ユーノ。身も心もボロボロになりながら戦い抜いた自分自身を」
ユーノの葛藤は勇吾にも那美にも、クロノにも恭也にもバレバレ。素直に那美にもたれず、勇吾の手を握り返さない時点で。俯いて声を出さないよう必死に唇を噛んで耐えているユーノに、クロノは大きな溜息とともに呆れて見せた。
『嫌われてでも為すべきことがある』。結果だけを見るなら嫌われてもいなかったし、イデアシードも手にすることもできなかった。けれどたった1つ。『依存』との戦いに、ユーノは勝ったのだ。これまで目を背けて逃げ続けてきたことに、正面切って挑み、戦い抜いた。その勝利を、誰よりユーノが認めてやらなければ。認めてやってほしいと、恭也はクロノが言いたかったであろうことを代弁する。
「『依存』も『嫌われる恐怖』も、一気に片をつけようなんて思わなくていい。一歩ずつでいいんだ。本来、成功と失敗を繰り返して少しずつ知っていくもんなんだ。兄貴ぶるほどまだ付き合い長くも深くもないけどよ、ちょっとは頼ってくれよ。じゃないと俺たちが寂しいだろ」
「たまには寄りかかってください。私でも先輩でも、高町先輩でもクロノくんでも、そしてフェイトちゃんやなのはちゃん、はやてちゃん……誰でもいいんです。休息は必要ですから」
誰もが、疲れたユーノを受け入れてくれるから。そしてもう一度立とうとするユーノを支えてくれるから。時には説教し、時には尻を叩いてでも立ち上がらせ、時には厳しく叱ってくれるから。
「それに、ユーノくんにはもう、そんな絆で結ばれた友達がいるじゃないですか」
「え……?」
視線を誘導するように那美が顔を向ける。
クロノに。
目を瞬きするユーノに、クロノは心底不快そうにそっぽを向く。
「俺たちからすれば、普段あれだけ本音でぶつかり合って、互いの窮地にはイの一番に駆けつけておいて、なぜそこで理解不能という顔をするのかが不思議なんだがな」
ユーノに対してもクロノに対しても、大いに呆れを含んだ恭也の一言が、ユーノとクロノ以外の全員を頷かせる。
「最初から強い絆で結ばれていたと思いますけど、少なくとも、今回ユーノくんは『依存』と戦うために友達を突き放しましたよね? なのはちゃんのために、みんなのためにって」
「……はい」
選んだ方法は極端ではあった。だがユーノにとってはこれが正しかった。一方で、クロノやフェイトにとっては違った。ユーノのやり方は間違っていると断じ、だからこそユーノを止めようとしてぶつかり合った。
ユーノにとって、初めて自分――『我』を思い切り前面に出して押し通そうとした。
疎遠になる未来も、なかったわけではない。可能性を論じるのなら、そうなっていた未来は確かに存在していただろう。けれど、現実にはそうはなっていない。
「……これで借りはなしだ、フェレットもどき」
「クロノ……」
クロノの救援に駆けつけたことを言っているのはユーノにもわかった。クロノにとっては『この程度で終わるほどユーノとの関係は脆弱なものではない』というだけ。フェイトにも言ったことを実際にやっているに過ぎない。まして命の危機に駆けつけてくれた悪友を見捨てるなどと、寝覚めの悪いことこの上ない。
クロノの言葉は、絶交のそれとは違う。いつもと何ら変わらないやり取り。それが何だか、ユーノには無性に大切なもののように思えた。
そして。
今はクロノ以上に。
「…………」
ゆっくりとクロノから顔を向けていく。フェイトに。
「……ユーノの馬鹿」
「フェイト……」
泣きそうな顔をしながら、フェイトは少しムスッとして視線を外した。怒っているらしい。けれど……ユーノの手は掴んだまま。それがフェイトなりの、フェイトにできる精一杯の歩み寄り。
――ぶつかり合って尚、クロノもフェイトも、そしてここには来られなかったなのはやはやても、ユーノは友達であり仲間であるという認識に変わりはない。
道を間違っても、それを正してくれる友達。ぶつかり合っても、それは仲間を大切に思うがこそで、その考え方が違ったというだけ。もともと強い絆があったからと言えるけれど、今回のユーノの行動は、より一層その絆を深いものにしたと言える。
だから。
あとは。
ユーノが、もう1つだけ、勇気を出せばいい。
喧嘩をした友達と、仲直りをするために。頑張った自分を、認めてあげるために。
ゆっくりと。それでいてしっかりと。
ユーノは――フェイトの手を、握り返した。
フェイトが顔を戻した。信じられないように。何度もユーノの顔と握り合った手を交互に見て。
「……僕の負けだよ、フェイト」
「ユーノ……」
「その……ごめん」
ひどいことをたくさん言った。心を傷つけた。言葉を撥ね退け、気持ちを無視してきた。
「それと、ありがとう」
「……うん」
心配してくれたこと。最後まで手を伸ばし続けてくれたこと。こんな所にまで追いかけてきてくれたこと。泣いてくれたこと。止めてくれたこと。その1つ1つに御礼を。
そこでユーノは、繋いだフェイトの手に血の跡がついていることに気づいた。ユーノが傷つけてしまった跡だ。ユーノはフェイトの手を握ったまま、ほんの少しだけ回復したなけなしの魔力を躊躇いなく使う。
「あ……」
翡翠の魔法陣が浮かぶ。温かい感覚が、途端にフェイトの手を包み込んだ。みるみるうちにフェイトの手の傷が癒されていく。
「ねえ、フェイト」
「なに?」
「僕の手、好きって言ってくれたよね?」
「う、うん……」
周囲に人がいる中でそれを言われるのは恥ずかしすぎるのだけれど、フェイトはぎこちないながらも頷いた。
「僕もね、フェイトの手が好きだよ」
「え?」
フェイトは視線を繋いだ手からユーノへと向ける。すると頬を赤くしたユーノが視界に映った。目は繋いだ手に向けたままだ。
「無限書庫でフラフラだった僕を介抱して、僕の手を握ってくれたでしょ? 温かかった。あのときはこの温かさこそ振り払わないといけないんだって改めて思ったけどさ。結局僕は、この温かさを支えにしていたような気がする」
嫌われて平気なわけがなく、ユーノの心は磨り減るばかりだった。そんなときにフェイトの温かさを感じて救われて。だからこそより一層頑なになったわけでもあるが、救われたことは紛れもない事実。
そのときだけではない。
フェイトがユーノの優しさや温かい手、『大丈夫』という言葉に助けられ、2年間支えてもらったように。『依存』であれ何であれ、フェイトの存在がユーノを支えてきたのだ。
「僕の方こそ、ありがとう」
「……うん」
「2年間、僕を支えてくれて、本当にありがとう」
「……うん」
それは感謝であると同時に、1つの終わりを示す言葉。
『依存』の関係を終わらせるために、お互いがこれまでの関係に終止符を打つ。
「それで、その……こんな情けない僕だけど、もう一度友達になってもらえないかな?」
「友達だよ、最初から。一度だって私はユーノの友達をやめたつもりなんてない」
拗ねたようにフェイトはそっぽを向いてしまう。いきなり失敗してしまったらしい。勇吾に那美、クロノに恭也、さらに離れたところで見ているヴェロッサまでもが苦笑したり溜息をついたり。援護は望めないと知り、ユーノがどうしたものかと必死に考えていると、フェイトがポツリと呟いた。
「……私のお願い、聞いてくれたら許してあげる」
「え? あ、うん。僕にできることなら何でもするよ」
「じゃあ、さっき言ってた『サンダーアーム』の改良した術式を教えて」
「それはもちろん。フェイトのために編んだものだし」
「執務官試験の勉強も」
「合格するまで付き合うよ」
「魔法の練習も」
「了解」
「あと、模擬戦にも付き合ってもらうから」
「僕じゃフェイトの相手には不足だと思うけど……」
「……私をここまで追い込んだくせに」
「あ~、これは意表を突けただけで、何度も通じる手じゃないし」
顔は逸らしたまま目だけユーノに向けるフェイト。しかも半目。なまじ綺麗な顔立ちをしているフェイトなだけに、半目で睨み据えられると怖い。加えて今のフェイトにはいつものような遠慮がまったくない。
「さすがにフェイトを相手にするのは結構きついんだよ? 手加減もしてくれないし、最後の砲撃みたいに容赦もないしで」
「……ユーノが使える高等技法と魔法も全部教えてもらうから」
「いいけど、バルディッシュがいるから基本的にフェイトには必要ないような……ていうか、フェイト、もしかして怒ってる?」
何も今回の戦いに限らず、フェイトは戦いになると模擬戦でも本気になりやすい。何事にも全力全開のなのはの影響を受けたのか、元々フェイトがそうだっただけか。ユーノからすれば両方該当するので、付き合う側としては毎回大変なのだ。
しかしながら、今ばかりは失言だったらしい。フェイトが握る手の力を強くした。
「毎日きちんと寝ること」
「……努力します」
「毎日ちゃんと三食摂ること」
「……その、仕事の状況によっては一食くらい……」
「ユーノ?」
「ごめんなさい。ちゃんと食べてしっかり寝ます」
「破ったらスマッシャーかザンバーだからね」
「いや、それは本気で勘弁してください」
「なに?」
「……バルディッシュ」
『
「ですよね……」
バルディッシュも怒っているらしく、ユーノはごめんねと謝るが、バルディッシュはフェイトの言うことをきちんと聞けと返すのみ。もうこうなったらフェイトの言うことを全部聞いてやるさと開き直る。女の子を心配させて泣かせてしまったのだ。当然の報いだろう。ここまで来たら何でも来いとばかりにユーノは身構える。
「……あと、隠し事禁止」
「え?」
「私に隠し事するのも禁止」
そこでフェイトが逸らしていた顔を戻し、正面からユーノを見据えた。
「ちゃんと教えて。楽しいことでも辛いことでも何でも。愚痴でもいいし、自慢でもいいから。隠すのは禁止」
「……うん。わかった」
それが一番に言いたかったことなのだろう。たくさんの『お願い』の中に紛れ込ませようとしたのだろうけれど、顔を赤くしても真剣な表情で迫ってきたら、さすがにわかる。フェイトの『お願い』なんて形にしながらも、ユーノのためを思ってのことであることは明白。その優しさに、ユーノは一にも二にもなく笑って返した。
「フェイトも教えてね。いつだって聞くし、出来る限りのことをするから」
「……それは嫌だ」
「あれ?」
そこはうんって頷くところじゃないかなと、ユーノはガクンと肩を落とした。するとフェイトは慌てたように言い訳を始める。
「だ、だって私、いつもそうやってユーノに『依存』してたんだもん! だから……」
「そうかもしれないけど、でも僕だけ隠し事なしっていうのはずるくない?」
「ずるくない。ユーノは私に負けたんだから」
「ぐっ……人に意地っ張りなんて言っておきながら、フェイトこそ意地っ張りじゃないか」
「む。ユーノは分からず屋で駄々っ子で意地っ張りで嘘つきだよね?」
「そっくりそのままお返しするよ。この際だから言うけど、フェイトだって無茶なこと結構してるよね?」
「ユーノに言われたくないよ」
「フェイトにこそ言われたくないね。僕はフェイトほどじゃない」
「どの口が言うのかな? 今回こんなバカなことをして」
「闇の書事件で頭に血が上って突っ込んだ挙句、取り込まれたのはどこの誰だっけ?」
「無限書庫で何度となく倒れてたの、ユーノだよね?」
「僕は男だから少しくらいはいいんだよ」
「そんなの関係ない」
「関係あるの」
「屁理屈だよ! ずるいよ、ユーノ!」
「ずるいのはそっちでしょ!」
いつの間にか喧嘩を始めるユーノとフェイト。それは今までならばありえなかった光景。あまりの珍しさに驚きつつ、さっそく本音でぶつかり合っている2人に、クロノも恭也も勇吾も那美も、顔を見合わせて苦笑した。そしてそのまま止めずに放置。それを遠巻きに眺めるヴェロッサも、これはしばらく終わりそうにないなと肩を竦めるのみ。止めるなんてそれこそ野暮。
――喧嘩しながらも、2人の手はしっかりと握られたままなのだから。
その後、何年にもわたって幾度となく繰り広げられる2人の喧嘩。真剣なことからつまらない些細なことまで数えきれないほど続くことになる。
『依存』で繋がっていた関係から抜け出し、変わり始めたユーノとフェイト。本当の絆を育てていくユーノとフェイトの物語は、ここから始まったのであった。