リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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拙作ではクロなのが決定しているため、なのはとユーノの関係をどうするかが難しいところでした。最初から恋愛とは無関係だったということで書こうと考えたこともありましたが、『最大の理解者』という公式でも言われているのが厄介なところで。
なのは・フェイト・クロノ・ユーノ、4者4様の悩みを書けたらなあと思います。とは言え、クロノだけ歳が離れているので、まだ現時点で小学生のなのはに対して恋愛意識は持たせませんが。

ちなみに、ちょこちょこと時間軸をこのへんかなと想像していただけるような描写をしてきたつもりですが、幕間はいろいろ飛びやすいので補足しておきます。
先日までの本編は闇の書事件からちょうど2年後の冬頃。新暦65年の冬が闇の書事件でしたから、新暦67年の冬ってことになります。夏頃からなのはの様子がおかしくなって半年ほどそれが続いたという描写をちょこちょことしてましたので、だいたいわかってもらえていたかと思いますが、如何でしょう?

だいたい12月になのはが撃墜され、それから1ヶ月ほどの間にクロノの行動とユーノの暴走があったというところです。それから1ヶ月、つまり撃墜から2か月後になのはが退院。これがエピローグの時期なので、だいたい2月くらいでしょうか。
今回の話はそれからさらに2ヶ月ですので、なのはたちも6年生になってすぐの4月頃くらいを想定しています。P・T事件が新暦65年の春頃なので、ちょうど3年後の新暦68年ってことになりますね。
 


INTERLUDE 4

 

 

 

 

 

 互いが最大の理解者であった。

 だからこそ、ずっと感じていた。

 

 

 

 

 

「はあ、はあっ、っ、はあ……!」

「……なのは」

「だ、大丈夫……!」

 

 へたりこんでしまったなのはに、ユーノがしゃがみこんで話しかける。なのはに手を伸ばそうとしたが、持ち上がった手をぐっと握り込んで……下ろす。気付いていたなのはは苦しそうながらも何とか笑顔を浮かべて返す。

 いくらでも手を伸ばしてあげたい。その背中をさすり、攣った腕に癒しの魔法をかけてあげたい。足が動かないため腕だけで体を支えなければならず、歩行訓練の棒に捕まり続けていた腕はただでさえ力が入らない状態なのだ。

 

「頑張って、なのは」

「うん。もう一回……!」

 

 わずか5メートル程度の距離。普通ならものの10歩もあれば済む距離。数秒の先。しかし今のなのはにとって、この距離はあまりに遠かった。1メートル進むだけでも汗だくになり、5メートル進んだときには腕は疲労困憊。翌日の筋肉痛は如何ともし難いものとなる。

 足が動くようになる確率さえも低く、まして以前のように普通に歩き、そして戦闘もこなせるようになる可能性はさらに低い。そうとわかって挑むリハビリは、なのはに幾度も絶望と諦観を齎そうとする。やればやるだけ。結果だけでも伴えばいいのだが、その結果はまるで上がってこない。『やるだけ無駄』――動かない足よりも疲れ切った身体よりも、そんな虚しい思いとの戦いの方がなのはにとっては辛い。

 

「諦める……もんか……!」

 

 されど歯を食いしばり、零れそうになる涙を必死に堪えて。なのはは震える腕を伸ばし、棒を掴む。

 

(おにーちゃんは何年も苦しんで這い上がってきたんだ。2ヶ月で諦めてちゃ、おにーちゃんに追いつくなんて絶対にできない)

 

 今でこそ普通に歩き、鍛錬もできるようになっている恭也。しかし現在でも病院には通っているし、膝に大きな負担をかける『神速』も制限をかけるなど、完治はしていない。そんな恭也も治ることはないと断言された過去がある。完治の希望が出てきたのはずっと後になってから。それでも恭也はリハビリをこなし、御神の剣士として完成することはないと知りながらも剣を捨てることなく今日まで懸命に生きてきた。なのはから見て輝いている恭也の姿は、足掻いて足掻いて足掻き抜いてようやくここまで来た苦難の証でもある。

 恭也の背中を追いかけるということは、同じだけの艱難辛苦を乗り越えていくということ。

 恭也は10年近く続けてきた。なのははまだ2ヶ月。諦めるにはあまりに早すぎる。もうあの背中を追いかけることはできないと思い込んだこともあったけれど、今一度チャンスを得た。このチャンスをフイにしてしまったら次はないだろう。

 

(クロノくんだって決意したんだ。私だって……!)

 

 迷いに迷った末にクロノもとうとう決意し、執務官から次元航行隊の提督候補へと歩を進めた。隠れて聞いてしまったことは申し訳なく思うが、あのときに宣言していた通り時空管理局を本気で変えるための第一歩を踏み出したのだろう。

 大きな差をつけられてしまったが仕方がない。足を止めたらもっと差は開いてしまうだけ。

 

――大丈夫。

 

 以前なら焦って慌てて我武者羅に無理を重ねていただろうけれど。

 もうそんなことはしない。

 やるときには全力でやって、休む時には全力で休んで。たまにはサボって遊びに行くこともあるだろう。

 どんなときでも心に余裕を持たせることの重要性をなのはは学んだ。己を省みて、自分の身を慮ることの大切さを知った。

 苦しいし辛いけれど、それでも心の片隅に余裕を持たせているからこそ今のなのはの目にはかつて見えていなかったものが見えている。目指すべき背中が。ちゃんとそこに在って、なのはが来るのを待ってくれている。今ではその隣にもう1人。同じ背中を追いかけるクロノの姿も見える。クロノもまた進みながらもなのはを置いて行こうとはしていない。

 当然だ。クロノはフェイトにはやて、そしてなのはたちが甘いと言われるかもしれないような理想を本気で貫いていくことができる、そんな時空管理局に変えようとしている。ここにはいなくても、クロノも恭也も自分を支えてくれている。

 だから少しでもその背中へ近づけるよう、急がず慌てず焦らずに、一歩一歩確実に。なのはは震える足を必死で動かそうとする。今はただ、文字通り一歩を踏み出せるように。

 

(それにユーノくんにも……これ以上情けない姿は見せられないよ)

 

 絶望と諦観から泥臭く這い上がるその姿に、ユーノもまた唇を噛みしめて見つめていた。手を貸したくても貸してはならない。下手な甘さは毒にしかならないから。

 

「頑張れ。頑張れ、なのは……!」

 

 だからどんなに歯痒くてもユーノはただ声をかけて励ますだけ。なのはもまた、甘さを望んでなどいないから。

 

 

 

 

 

 互いが最大の理解者だったからこそ。

 そのくらいはわかる。

 けれど。

 ユーノもなのはも、以前と違うと感じていた。以前ならばそばにいなくたって感じ取れていたものがないのだ。

 

 

 

 

 

 『背中の温かさ』が。

 

 

 

 

 

 訓練しているところに大勢で周りを取り囲んでも気が散ってしまう。なのはにしても歩けず無様に倒れ込む姿など好んで見られたくはないだろう。

 だからユーノだけをなのはのそばにいさせて、フェイトとはやて、ヴィータは訓練室の外から見守っていた。

 

「もうちょっと、もうちょっとだからよ……ああくそ、やっぱダメか。ちくしょう」

 

 本当ならユーノのようになのはのそばにいたいのだろう。ヴィータは窓枠に張り付くようにして見ていた。度々後ろからはやてが覗き込みすぎだと引っ張るものの、すぐにまた同じようにしてしまう。

 

「もう2ヶ月近く経つのに全然だね……」

「そんなもんや」

 

 歩いているというより、腕で何とか進んでいるだけにしか見えない。かろうじて足がずるりずるりと動いてはいるが、なのはの体を支えるという意味ではまったく機能していない。少しでも腕の力が抜けて足に体重が乗れば、あっという間に倒れ込んでしまう。

 なのはよりもフェイトの方が先に落ち込んでしまいそうだった。そんなフェイトを責めるわけではないが、はやては感情の乗らない声で応じる。同じように苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、はやては『普通に歩ける』今を手に入れたのだ。同じ苦しみを味わったからこそ、余計な甘さを与えてはいけないし下手な同情はなのはのためになるどころか害にしかならないと理解しているからこその態度。

 

「体力作りでも良く言われるやろ? 結果が出るんは3ヶ月先やて。普通でさえそうなんや。もう動かん可能性の方が高いときてるんやさかい、半年先、1年先でもおかしゅうないわ」

 

 むしろ結果が伴ったら奇跡。なのはの足が動くようになる可能性はそれほどまでに低い。酷な話ではあるが、2ヶ月程度で結果を求めるなど気が早すぎる。

 

「それでもなのはは諦めねえ。絶対にあいつは諦めねえんだ」

 

 振り向くことなく、ヴィータは言い放つ。大好きなはやての言葉を強く否定するような口調は、まるで自らに言い聞かせているようにも聞こえる。そんなヴィータにはやてが怒ることなどなく「……せやな」と小さく笑って呟いた。

 

「ヴィータの言う通りやね。私らが先に諦めて暗うなっとったら話にならん」

「うん。一番つらいのはなのはなんだから」

 

 なのはが倒れ込む姿に目を背けるようにいつの間にか俯いていた顔を上げるフェイト。自身の腕をもう一方の手で強く握りしめ、真っ直ぐになのはを見据える。

 

――頑張って、なのは!

 

 口には出さないまでも、3人揃ってなのはへと視線を送る。

 すると声をかけたわけでも念話を使ったわけでもないのに、なのはがふとフェイトたちを見た。ヴィータはすぐに拳を突き出し、フェイトは心配しながらも笑いかけ、はやては力強く頷いて。そんな3人に、なのはは流れる汗を拭いつつユーノの助けを得ながら今一度棒に手を伸ばしていく。無視したのではなく、さすがに笑い返す余裕まではないのだろう。それでも3人にとってはなのはの行動こそが何よりの返答になる。

 

――諦めないよ。

 

 強い光が、今のなのはの目には宿っている。決して以前のような危ういものではなく、今一度明確に目標を見据えている力強い光が。『のっぺりとした無表情』でも仮面の如く張り付いた『笑顔』でもない。一生懸命で、負けず嫌いで、諦めない高町なのはの本当の強さが全面に現れている。

その目にはきっと、膝を壊して苦しみ、それでも家族を守れる御神の剣士として在ろうとし続けた兄の背中が映っているのだろう。

 そう、高町なのはは諦めない。高町恭也の背中を追うことを。足が治ったところで、それはスタート地点に戻ったに過ぎない。そこから再び遠い背中を追うことになるのだ。だから高町なのははこんなところで諦めてなどいられない。

 

「本当になのはは強いね」

「一段と強うなった感じがするわ」

 

 挫折から這い上がった者が持つ強さとでも言おうか。今のなのはからはかつてなかった新たな強さや芯ができたようにフェイトやはやてたちには感じられた。

 

「ユーノくんもよう耐えるわ」

 

 と、ここではやてがフェイトとヴィータの意識を誘導するように、感嘆の溜息を吐きながら呟く。

 

「冷たいこと言うた私がこんなこと言うのも何やけど、あんな近くにおったら私は手ぇ伸ばしてまうやろね」

「……アタシもだ」

「……うん」

 

 なのはのそばでぐっと耐え忍んでいるユーノ。なのはが少し進めば共に喜び、激励する。たまになのはを助けはするが、それはなのはが倒れ込んで怪我をしかねないときや、もう一度棒を掴むために立ち上がる補助をするときだけ。前に進む歩行訓練には一切手出しをしない。

 

「暴走したこともあるんだろうけどさ、ただの罪悪感や責任感だけでああはできねえんじゃねえか?」

「せやな」

「…………うん」

 

 こういう話になるとフェイトの様子が変わるのをはやてはこの2ヶ月の間に感じ取ってはいた。普段なら茶化すところであるが、この場でまでそのようなつもりは毛頭ない。

 それに、何とはなしに感じるのだ。

 違和感を。

 

「……けど、なんか……なんかちゃうんよ」

「ああ、上手く言えねえけど、はやてが言いたいことはアタシもわかるぜ」

「…………」

 

 なのはとユーノ。

 2人の間にあった絆は、仲間の誰が見ても特別なもののように見えた。実際、なのはもユーノもお互いを特別な相手としていた。『背中が温かい』という表現をなのはは使うが、フェイトもはやてもヴィータもその意味が何とはなしにわかるくらいに。

 ところが今のなのはとユーノからはそんな絆を感じない。明確にこうだと言える様子があるわけではない。ただ距離がある。実際の距離ではなくて、心の距離が。

 ユーノが心を鬼にしてなのはに下手に手を差し伸べないようにしているからかと最初は思ったが、心を鬼にしていてもそれはなのはの強い意志を慮ってのことであって、決してなのはを突き放そうとしているわけではない。そしてなのはならばユーノの気持ちがわからないはずがないのだ。

 

「以前なら厳しいことも言いそうなもんなんやけど」

「クロノがなのはに厳しく言ったときみたいにな」

 

 激励はあっても、叱咤はない。厳しさに積極性がなくなっているといったところか。手を出さない、口を出さないなど、消極的な行動が目立つ。以前ならこういうとき、『ほら、いつまでもへたってないで立つんだ!』とでも言いそうなものなのに。

 

(……笑顔が違う。なのはもユーノも)

 

 はやてとヴィータにはわからないらしい。しかしフェイトだけはより鮮明に違うと感じていた。間違いないとまで言い切れるわけではない。それくらい微かな違い。貼り付けた仮面のような笑顔とは違う。あれはある程度の付き合いがある者ならばはっきりとわかる。けれど今回の違いははやてやヴィータですら気付けないほどだ。

 それがフェイトにだけわかったのは、おそらくなのはと、そしてユーノとも強い絆を持てたからだろう。2人と強い絆で結ばれたからこそ、これまでなのはとユーノの間にあった特別な信頼関係の深い部分まで見通せるようになったのだ。

 どこかぎこちない。互いが遠慮しているように引いてしまっている。なのはとユーノの間に、見えない溝ができてしまっているようだった。

 

「なのはとユーノらしくない、よね」

「そうなんよな。何かこう、思い切りがないねん。言わんでもわかってる、みたいな」

 

 フェイトが無茶をしていた時、ユーノは命令違反をしてでもなのはを行かせた。はやてを救うために、迷うなのはにユーノは思い切り行けと道を示した。なのははそんなユーノを全面的に信頼し、疑いなど欠片も持たなかった。単に背中を守っているというだけではなく、必要な時に必要な支援を的確にしてくれて、迷っているときに道を示してくれる。

 だからこそなのはは『背中が温かい』と言い表したのだろう。

 だからこそユーノは『なのはならわかってくれる』と、『依存』にある中でもなのはにだけは絶対の信頼を置いて依存しない行動も取れたのだろう。

 

「なのはちゃんの撃墜とユーノくんの暴走が原因なんやろなあ」

「お互いにごめんと謝ればいいような気もすんだけどさ。アタシらにはわからねえ何かがあるんだよな、きっと」

「…………」

 

 ヴィータの言う通り。

 以前ほどではないとは言え、やっぱりなのはとユーノの間には特別なものがあって。少しは見通せるようになったフェイトでも、まだ理解が及ばない深い部分がある。今だってフェイトたちなら手を伸ばしてしまいそうなところをユーノは必死に押し留まっている。

 

(どうして……)

 

 はやてとヴィータにとっては純粋に疑問に思うだけなのだろう。そしてなのはとユーノのことを心配する。他の仲間達でも同じだろう。

 けれど、フェイトだけは違った。

 

(なんでいつも……)

 

 疑問もある。心配する気持ちもある。どうにかしてあげられないかとお節介を焼きたい気持ちも。

 これらと同じくらいに。

 言葉にできないような『何か』が心に渦巻いている。ともすれば疑問や心配を飲み込んでしまうくらいに。

 その正体をフェイト自身がよくわかっていない。戸惑い、その『何か』に嫌悪し、不快に思いながらも抑えることができない。

 

(……私じゃないの?)

 

 気付けば唇を噛んでなのはとユーノを鋭く見据えてしまっている。はやてやヴィータもその表情には気付いていたが、2人はなのはのつらそうな姿に必死に耐え忍んでいるのだろうと特に何か言うことはない。

 もともとこれは以前から感じていたものだ。いつから抱くようになったのかはわからない。だがなのはが堕ちる前から感じていたことは確かだ。

 

――『そんなふうにはなりたくないけど……なのはは、きっとわかってくれると信じてるからね』

 

 ユーノがなのはへの特別な信頼を見せたとき。

 逆に、堕ちる前の孤立しがちだったなのはが最後までユーノだけは頼りにしていたとき。

 思えば、なのはとユーノの2人の信頼関係や仲の良さを見せられたときに、この『何か』はフェイトの心を支配しようとしてきたことが多い。羨望・嫉妬・憧憬・悔恨……それらが入り混じる、この寂寥感が。

 これを感じ始めたのはいつからかと振り返ってみてもはっきりとは覚えていない。きっと始めてユーノに相談を持ちかけたとき以後であろう。

 

――『……なのは、寂しがってるよ?』

――『っ』

 

 なのはが堕ちてから様子がおかしくなり始めたときも、頑なだったユーノはなのはの名前が出てきた途端に崩れた。ユーノとの戦いのときでさえも、ユーノはなのはの伝言には一際大きく反応して見せた。

 なのはとユーノに限ったことではない。

 

――『その程度で疎遠になるのならそれまでと言ったが、僕はユーノと『その程度』であるつもりはない。本当に『その程度』であったら、僕とユーノの関係は当の昔に切れているさ』

 

 クロノとユーノも強い絆ができている。なのはとユーノの関係とは違い、喧嘩は日常茶飯事で互いに嫌いだと公言して憚らないのに。

 

――『あいつは僕以上に生真面目でドのつくほどの律儀な奴だからな』

 

 ユーノがどこに行ったのか無限書庫を調べている時、クロノはユーノの性格から目星をつけており、実際にそこからイデアシードの情報が見つかったように。相手を深く理解しているのだ。そして明確な仲直りをしたわけでもないのに、2人は以前のように手を組んで何かをしている。

 

――『勇吾さん、那美さん!』

 

 しかも勇吾と那美まで、もう兄姉と弟のような親密な関係を築いている。あのユーノが頼り、尊敬しているのが如実に見て取れるほどだ。

 闇の書事件から2年。P・T事件から数えればもう3年になる。当時と違い、ユーノと最も多くの時間を過ごしてきたのはクロノとフェイトだろう。にもかかわらず、勇吾や那美とも強い信頼関係を作り、クロノとは背中を任せ合える戦友となり、なのはとは多少の揺らぎはあってもまだまだ深いところで互いを理解し合っている。

 比べて自分はどうだろうかとフェイトは思う。同じ『依存』を抱えていて、だからこそ深い部分でわかったところもあって。突き放され、それでも『依存』と戦おうと決意して嫌われることも覚悟の上で戦って。そうしてやっと手に入れたのに。

 ユーノにとって、自分は一番ではない。良くてクロノたちと並ぶ程度。

 

 

 

 そう、フェイトも何もかも理解できていないわけではなく。

 『何か』が心の内に湧き上がる原因がユーノであることは気づいていた。

 

 

 

 なのはに対してもクロノに対しても恭也に対しても勇吾に対しても那美に対しても。等しく沸き起こりはするものの、そこには必ずユーノが絡んでいる。

 そして以前まで感じていた寂寥感とは別に、無性に苛立ちがこみ上げたり息苦しいほどの痛みが胸を突いてきたり。そのせいか、反射的にユーノやユーノと親しい者たちを睨んでしまい、特にユーノには手を出したり冷たい言葉を浴びせてしまうこともある。すぐにやってしまったと気づくのだが、止められないときているのだからタチが悪い。

 

(……わからない)

 

 自分の気持ち。自分の行動。それがフェイトにはよくわからない。わからないままに、イライラしたりズキズキしたりする心に苦しんだり、それらを紛らわせるように無意味な喧嘩を吹っかけてしまったりといった言動を繰り返している。『何か』に振り回されていることを自覚しながらも、今のフェイトにはどうしたらいいかわからなかった。

 

「……ユーノの馬鹿」

 

 わからないままに、フェイトは視線の先のなのはと、そして数日前の『喧嘩』以来一切口を聞いていないユーノを見詰めながら、唇を引き結び拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトには関係ない。

 ユーノの口から発されたこの一言が喧嘩の原因であることは確かだろう。ただこれがすべての原因かと問われればそうとも言い難い。

 

「なのはのことが好きなんだよね?」

「もうそれは聞かなくても知ってるでしょ」

 

 ムッとするフェイトにもたじろぐことなく、ユーノはもうこの話はおしまいだと言わんばかりにソファーから立ち上がって背中を向けてしまう。

 学校が休みの日だった。ユーノと共になのはのリハビリに付き添い、なのはを自宅に送り届けた後、そのまま無限書庫で執務官試験の勉強をしていた。『青春日記』と幾度もからかわれた行動も、なのはの退院祝いのパーティーでの喧嘩がきっかけとなって少しずつマシになり、最近は互いに少しの照れを感じる程度にまで収まっている。

 この日もフェイトは機嫌が悪かった。なのはのリハビリに付き添うユーノ、2人がどこか違和感のある笑顔を浮かべているのを見ていたくなくて。また心のうちに『何か』が湧き上がるのを自覚していた。それもユーノと2人きりになると薄れていき、機嫌も良くなる――はずだったのに。

 ユーノがずっと悩んでいることはフェイトも薄々感じてはいた。何を悩んでいるのかまではわからなかったけれど。

 

――『ねえ、ユーノ。話くらい、私だって聞けるよ?』

――『何のこと?』

――『誤魔化さないで』

――『……ごめん。でもこれは僕自身の問題だから』

 

 いくら『隠し事はしない』と言っても話したくないことは誰にだってある。そのくらいはフェイトもわかっている。だからいつもいつもその約束を盾に迫るような不躾なことはしない。ユーノとの一件を経て少しずつ積極性を身に付けつつあるとはいえ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンという少女は生来他人を慮り気遣うことのできる性格の持ち主なのだから。

 ユーノが悩んでいるのであれば助けたい。ユーノがつらいのなら頼ってほしい。しばらくは様子を見て黙っていたフェイトであったが、せっかくの2人きりの時間なのに何かに悩んで集中できていないユーノに、少しくらいならと話しかけたのがきっかけ。

 ユーノはフェイトにはわかってしまうかと納得したものの、申し訳なさそうにしながら悩みに関しては口を噤んだ。

 

――『……なのはのこと?』

――『…………』

 

 悩みが他のことであったら。なのはがここで出てこなかったら。フェイトも引き下がっていたかもしれない。『いつでも相談に乗るし、話くらいいくらでも聞くから』とでも言って。

 再び心に湧き上がる『何か』がフェイトの機嫌を急速に悪化させ、冷静な部分が止めようとしながらもいつものようにまったく止められず、フェイトは見ていた参考書をやや乱暴に閉じる。その音に驚いたユーノを、フェイトは『何か』に唆されるがままに睨みつけた。

 そうしてなのはが好きなんだろうと強く迫ってしまったわけであり、自分の問題だからいくらフェイトでも踏み込まれたくないという気持ちくらい理解できるだろうとユーノもムッとしてしまったのだ。

 

「まだなのはに打ち明けられないの?」

 

 ユーノの背中に向けた言葉が、責めるような言い方になっていることはわかっている。それでも、さらに強く渦巻いていく『何か』と頑なに振り向かないユーノの姿にフェイトはますます抑えが利かなくなる。

 ユーノの暴走。イデアシードのこと。これらをユーノはまだなのはに打ち明けていないことをフェイトは察していた。それがなのはとユーノから最近感じ取れる『溝』の理由であろうことも。すべてではなくても理由の1つではあるはずだと。

 

「怒るかもしれないけど、なのはならきっと許してくれるよ」

「そんなこと言われなくてもわかってるよ」

 

 そういうことではない。ユーノは婉曲ながらそう言っているつもりだった。なのはならどうしてそんなことをするのかと怒るだろうし、許してくれなくても許してもらえるまで何度でも謝るつもりだった。だから許してもらえるという応援が欲しいのではない。

 

 

 

 ただ……なのはに会いに行けば、話をそれだけで終わらせることはできないだろうということもまた理解しているから。

 

 

 

 きっと話をすればなのはとの関係は大きく変わることになる。嫌でも。

 

 

 

 なのはもわかっているはずだ。互いが『最大の理解者』なのだから。

 

 

 

「ならどうしてちゃんとなのはと話さないの?」

 

 『最大の理解者』ではなくとも、フェイトも前以上になのはとユーノのことを理解できるようになった。ならばユーノが打ち明けられない理由が許してもらえるかどうかの1点だけではないことくらいわかる。それが何なのかまではわからなくともだ。

 けれどそれがフェイトにとってはもどかしくて腹立たしい。なのはもユーノも自分にはわからない部分で通じ合っていることがわかるがゆえにイライラする。すると2人が互いに遠慮し合っていることさえも気に障るようになり、わかり合っているのなら手をこまねいてないでさっさと会って話せばいいじゃないかという、やや無神経な論理をユーノに叩きつけてしまう。

 息苦しく、痛いほど撥ねる心臓。フェイトは服の上から鷲掴みにするように強く握り込みながらユーノに迫った。

 

「……フェイトには関係ないでしょ」

「っ! そんな言葉で逃げないでよ、ユーノ!」

 

 フェイトにとっていま最も言われたくない言葉だったと言えるだろう。ユーノにとっての一番ではないことが『何か』に深く関係しているだけに、無関係であると、それも他でもないユーノに言われたくはなかった。

 しかしながら。間の悪いことに。

 フェイトの言葉もまた、ユーノにとっていま最も言われたくない言葉だったのだ。

 

「うるさいな! 僕となのはの問題に口出ししないでよ!」

「私は2人のためを思って言ってるんだよ!」

 

 振り向きざま大声で怒鳴るユーノに、フェイトは一歩も引かずにむしろ身を乗り出して。双方完全に着火していた。

 

「余計なお世話だ! 僕たちのためだって言うなら変に首突っ込む真似はやめてほしい! 無神経すぎるよ!」

「そんなことわかってるよ! だから今までずっと何も言わずにいたんじゃない! でもいつまで経っても変わらないから!」

「だから何さ!?」

「なのはこと好きなんでしょ!」

「そうだよ! しつこいな!」

「だったら打ち明けないことはなのはに対する裏切りだよ!」

「好きだからこそ言いにくいことだってあるんだよ! 好きとか嫌いとかそれだけで片づけられないんだ!」

「そうやって言い訳するのが逃げてるって言ってるんだよ!」

 

 売り言葉に買い言葉。ここ最近よく見られるようになった2人の喧嘩だが、この日は険悪な空気が漂っており、休憩にやって来たフェンサー司書とアレニア司書は止めるに止められず。

 

「もういいよ! ユーノの馬鹿!」

「馬鹿で結構!」

 

 勉強道具のことさえ忘れてしまうほど怒り心頭なフェイトは、呆然として道を開けるフェンサーとアレニアの間を通って司書室から出ていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天国と地獄をあろうことか病院で味わう羽目になるとは思わなかった。

 

「……クロノくん、生きてる?」

「ああ……」

「死んじゃった?」

「ああ……」

「どっち?」

「ああ……」

 

 処置室から出てきたクロノは幽鬼のようにフラフラ。処置室そばの椅子に座りこんだかと思えば壁に体を預け、全身を弛緩させて天井を仰いでいた。車椅子に座って声をかけるなのはへの返答もおざなり。しかしなのはが怒ることはない。クロノがこうなるのは致し方のないことだから。

 

「とりあえずわかってくれた?」

「全面的に謝罪する……」

「よろしい……あ、やっぱり私もまだダメ……」

 

 ふんぞり返って見せてやろうと身体を反らすものの、力なくフニャフニャと脱力するなのは。車椅子に座りながらぐったりと体を倒す。

 魂が抜けた亡骸が2体。処置室のそばを通り過ぎる看護師や技師たちは苦笑するばかりで声をかけることはない。誰もがこうなると知っているし、彼らの中にも自ら体験した者とているからだ。

 最初に亡骸になったなのはを見て「だらしがないぞ、なのは」と言ったクロノは、つい15分ほど前の自分を殴ってやりたい気分だった。身体に力を入れるのも億劫ではあるが。

 

「おにーちゃんでさえこれを受けた直後はフラフラなんだから」

「だろうな……ある意味彼女こそ最強かもしれない」

「あはは、フィリス先生が聞いたら怒るよ~……にゃふう」

「あ~……」

 

 何とも聞いているだけで気が緩んでしまいそうな会話である。若い者が2人してみっともない。そう言われても仕方がない光景である。が、今ばかりは誰もそうは言うまい。

 リハビリで身体を壊してしまったらそれこそシャレにならない。ゆえになのははリハビリの後、毎回この処置室でマッサージを受けていた。

 

――『いい腕を持っている先生を紹介するわ。疲れが明日に残らないの。ちょっと、まあ、最中はいろいろと大変なんだけどね。そう言えばなのはちゃんもお兄さんもご存知でしたっけ?』

――『はい、知ってますけど。おにーちゃん、受けておいた方がいい?』

――『……受けておけ。最中はともかく、終われば体が軽く感じるのは確かだからな』

 

 微妙に不安が抜けない石田医師と恭也の勧めを受け、なのはも受けるようになったマッサージ。

 やってくれるのはこの海鳴大学病院の医師であるフィリス・矢沢。恭也だけではなく、士郎や勇吾も世話になったことがある、綺麗な長い銀髪を持つ小柄な女性である。

 完治不能と言われていた恭也の膝が完治に向かっているのは、那美が持つ霊力のおかげでもあるが、恭也の不断の努力やフィリスの献身的な治療によるところも大きい。恭也も御神流の厳しい鍛錬によって身体に溜まる疲労を抜き、同時に壊した膝の治療という意味も含め、もう10年来彼女の世話になっていた。なのはとも顔見知りであり、会えば会話を交わす間柄。石田医師と共になのはの治療やリハビリにも付き合ってくれており、その後のマッサージも快く引き受けてくれた。

 

『膝、良くなってきていますね』

『先生のおかげです』

『恭也くんが頑張ったからですよ――で・も! 3ヶ月くらい前に膝にかなりの負荷をかけましたよね?』

『……やむを得ない事情があったんです』

『それは仕方ないとしても、だからしばらく1週間に1度来てくださいって言いましたよね? 私言いましたよね?』

『……言われましたね』

『前回は10日。今回は2週間。これはいったいどういうことでしょうか?』

『……申し訳ありません』

『謝るくらいならちゃんと言いつけを守ってください! 完治が目の前に来ているからこそ今が大事なときなんです! いいですか! こういうときに気を抜いたらせっかくの今日までの頑張りが無になってしまうことだってあるんです! 恭也くんは昔から無茶ばかりするし私の言うことは聞かないし! そういうことをしているからなのはちゃんも恭也くんの真似をしてしまうんですよ! 反省してますか!?』

『心の奥底から反省しています。していますのでどうかお手柔らかに……ぐっ!?』

 

 処置室の方から聞こえるやり取りに、クロノもなのはも恭也に同情しつつ自業自得だとも思う。2人は処置室の中に向かって合掌。

 恭也でさえ苦悶の声を押し隠せないマッサージ。存分に味わった身としては中から聞こえるパキポキという小気味のいい音は少々耳に悪い。とりあえず受付前のロビーで待っていようというクロノの提案を即座に快諾したなのはは、クロノに車椅子を押してもらって処置室から離れることにした。

 

「にしても不思議だ。本当に体が軽い」

「でしょ~?」

 

 ロビーで車椅子をロックし、向かい合う形でクロノは備え付けの椅子に座って腕を回しながら感心する。

 執務官を退いたとは言え、クロノは日々の鍛練を怠らない。執務官資格を保有し続けることが条件だったということもあるし、何かあれば前線にいつでも出られる『常在戦場』の心意気を忘れないためにも。鍛錬の後の身体のアフターケアも忘れない。恭也に組んでもらっているのは何も鍛錬メニューだけではなく、鍛錬前のウォームアップと鍛錬後のクールダウンも込み。おかげでクロノは身体の故障とはまるで無縁だ。フィリスに診てもらったときも『毎日鍛えているわりに身体に疲れや硬さがほとんどありませんね』と感心されたくらい。

 それでもやはり日々の疲れは蓄積していたらしい。フィリスのマッサージは自覚がなかった疲れや硬直を完全に癒し解してくれた。今後も定期的に受けに来ようか……と考えはするものの、最中の地獄のようなマッサージを思い出すと少々腰が引けるのだが。

 

「リハビリ、相当きついそうだな」

「うん。まだ全然で」

 

 視線を足に落とすなのはは若干悲しそうな表情を浮かべる。しばし無言でなのはを見ていたクロノは、言おうかどうか迷っていたが言うことにする。

 

「無神経な言葉だとは思うが、安心した」

「安心?」

「君がつらい思いをしていることは僕なりにわかっているつもりだ。そうして正直に顔に出してくれることに安心した」

 

 3ヶ月前の撃墜される前のなのはであれば、つらい気持ちなど押し隠そうとしただろうから。なのはのつらそうな顔を見るのは好まないが、あの仮面のように張り付いた『笑顔』を見るよりはよほどマシだった。

 

「君の笑顔は良くも悪くも反則だからな」

「どういう意味かな、クロノくん?」

 

 ニッコリと笑うなのはに、クロノは顔を引くつかせて慄く。決して貶しているわけではないと即座に言い訳をするクロノに対し、なのははニコニコと笑い続ける。別にクロノの言葉に悪意を感じたわけではないし、むしろそんなものはないとなのはもわかっている。ただちょっとからかってみたかっただけ。何しろなのはの病室でクロノがなのはにぶつけた言葉と、クロノの病室でなのはが聞いてしまったこと。この2件のことでなのはの心はこの2ヶ月、振り回されていたのだから。

 

「いや、君の笑顔はどうにも続く言葉を言わせてもらえなくなると言うかだな……」

「そんなに私の笑顔は怖いってこと?」

「そうは言っていないだろう」

「言ってないだけでそう思ってる気がする」

「……否定はしない」

「否定してよ!」

「実際、今の笑顔は怖かったからな」

「ふ~~~~~~~~ん」

「否定してほしかったら今浮かべている笑顔はやめてくれ」

 

 降参だと手を掲げるクロノ。怖いと言われたことに少しばかりの失意を感じつつ、クロノを困らせることには成功したのでよしとするなのはである。上機嫌になっていたのだろう。クロノが「それだよ」と指差してきた。

 

「君が笑うともう何も言えなくなる。確証も何もないのに大丈夫と安心するし、君がそう言うのならと前向きになる。それが厄介なんだよ」

「へ……?」

 

 困った笑みを浮かべるクロノに、ふと恭也の影が重なる。似たような笑みを浮かべる恭也と本当に良く似ていた。するとなのはの顔はみるみるうちに温度が上昇していって。

 

「えっと、あの、その! きょ、恐縮です……」

「何だそれは?」

 

 クロノが不思議そうにする。本当に君は先が読めない子だなと笑いながら。

 

(クロノくんの方が反則だよ!)

 

 そんなクロノをまともに見られず、赤くなった顔を見られないように俯きながらもチラチラと視線をやりながらなのはは心の中で叫んだ。

 どうせわかっていないのだろう。恭也と同じくこういうことには鈍いのだ、この年上の男の子は。もともと雰囲気は似ていたし、生真面目な性格も同じ。無愛想なところもからかい好きなところも不器用なところも。不器用なりに優しいところも。元々似ていたから親近感もあったのに、そこにあの2つの出来事。これでクロノを意識するなと言われてもなのはには無理な話だ。

 

 

 

 高町なのはは、クロノ・ハラオウンに懸想している。

 

 

 

 他者の好意や自分の気持ちに鈍いと言われることもあるなのはだが、実際のところはそうではない。幼い頃の、父である士郎の大怪我と翠屋の開店という出来事が重なって家族といる時間が少なかったことから、なのはは昔から他者の気持ちに敏感な子供だった。恋にしても、恭也という兄に幼いなりの初恋と恋破れた経験をしており、恋とはどういう感情かもすでに理解している。

 そうした経験を幼い頃から積み重ねた結果、恭也がそうであったようになのはも大人びて達観した考えを持つに至った。鈍いと思われているのも、自分より他者を優先してしまうところからくるものである。自分の気持ちを封印してしまうのだ。ユーノにも通じるものがあり、そこが『最大の理解者』となれた理由でもあるだろう。撃墜につながった無茶にしても、周囲が寄せる期待を自分の身体より優先させたがゆえであり、過去の経験が作り上げたなのはの歪んだ部分、これが生んだ悲劇とも言える。

 

 

 

 

――『高町なのはは『高町なのは』だ! 高町なのはは――誰よりも眩しくて明るい笑顔で笑う、ただ1人の、女の子なんだ!』

 

 

 

 そんななのはの歪みを吹き飛ばしたのがクロノだ。

 周囲の期待を裏切らぬようにといつしかなのは自身が作り上げてしまった『高町なのは』を、クロノ・ハラオウンは突き崩した。悲しいときは泣き、苦しいときは立ち止まり、嬉しいときは喜んで、楽しいときは笑う、そんなどこにでもいる1人の女の子。本来が寂しがり屋で甘えん坊なお兄ちゃん子であり、恋だって普通にする。『不屈のエース』でも『希望の星』でもない。それらの前に高町なのはという1人の少女であると、何よりなのは自身に思い出させた。

 他者の気持ちに敏いからこそ、フェイトやはやてでさえもなのはに頼る部分が大きいことを察していた。そんななのはが完全に弱さを曝け出せたのは恭也とユーノだけだ。その恭也がいなくなったことがなのはの迷走に繋がった。ユーノが最後の支えになってはいたが、そのユーノとも今はしこりを感じている。

 ユーノから元々感じていた責任感や罪悪感を、より強く感じるようになったのだ。

 

 

 

 魔法の世界に引き込んだそもそもの原因という責任感や罪悪感を。

 

 

 

 ユーノもそれをわかっているからなかなか話してくれないのだろう。話せば、きっとこの『しこり』についても話が及ぶ。そうなればきっとこれまでのような関係ではいられないだろうから。

 話してくれないことについてなのははユーノを責める気などない。なのはもまた強く出られないのだ。ユーノの『しこり』を大きくしてしまったのは自らの撃墜、そしてそこまでの無茶が関わっているのだから。

 

「ああ、そうだ。君にも伝えておかなければならないことがあったんだった」

 

 クロノが思い出したように口にしたことでなのはの思考が引き戻される。

 

「え、えっと、なに?」

 

 ともすれば思考の海にどこまでも潜って行きそうだった意識を戻し、なのはは話を振ってくれたことに好都合とばかりに乗った。

 

「大したことではないんだ。『アースラ』が整備中であることは知っているだろう?」

「うん。結構大掛かりな整備だって聞いてるけど」

 

 L級次元航行巡航艦も就役してかなりの年数が立っている。次期巡航艦M級の開発が遅延しており、正式配備には至っていないため、『アースラ』を始めとしたL級の耐用年数向上を図っており、『アースラ』も近代化改修を含めて半年に及ぶ整備を受けていた。

 L級を基にした派生型のLS級は正式配備が決定したが、L級を代替するものではない。LS級は大気圏内での運用に比重をおいた艦だからだ。次元空間での運用に主眼を置いたL級に代わる艦はM級を待たねばならない。

 

「3日後に整備が終わる。外観はさほど変わりないんだが、中身がかなり変わっているものでね。『アースラ』はL級で最優先に整備されたこともあって、一度試験航海に出る必要があるんだ」

「クロノくんもようやく『アースラ』で指揮が執れるんだね」

「そういうことになる。座学は受けたし先達の艦長たちにも教えは受けたが、部隊はともかく艦の指揮を執るのは初めてだ。緊張しているよ」

「いつもリンディさんを見ていたクロノくんなら大丈夫だよ」

 

 『アースラ』の副艦長に任命されたクロノだが、いきなり艦に乗って指揮するわけではない。今まで執務官だったのだから艦の指揮官としては新米もいいところだ。『アースラ』が整備中だったこともあり、クロノは本局内で講義を受け、シミュレーションで演習を重ねる日々を過ごしていた。リンディが元提督で艦長だったため、クロノも何かとリンディに教えを請うていて、改めて母の凄さを感じることもあったようだ。

 

「実は整備完了と共に3ヶ月の長期航海に出ることになった。君たちには伝えておかなくてはと思ってね」

「え……?」

 

 いきなりの話とは言え思いのほか衝撃を受けていることに、なのは自身が驚いていた。

 3ヶ月も会えなくなるのかと。

 

「心配しなくても恭也さんやはやてまで連れ回すつもりはない。はやては学校もあるし、恭也さんもあくまで嘱託だ。今は融合デバイスの開発に付き合ってもらわなくてはならないってのもある。航海中、幾度か演習を予定しているからそのときは2人にも共に来てもらうことになるが、長距離の次元転送で事足りるしな」

 

 クロノとしてはなのはの不安を取り除くために言ったつもりであった。今のなのはならもう迷走も暴走もしないだろうが、心の拠り所であろう恭也やはやてがそばにいなくなることは避けたい。恭也が自身の護衛という意味も含めて嘱託として時空管理局に所属していることはわかっているし、3提督も恭也をクロノのそばに置きたかったようだが。

 加えてはやてのそばに護衛を置いておきたいという狙いもあった。カリムのおかげではやてへの執拗な接触は減ったとは言え、はやてを狙う勢力や嫌がらせをする連中は後を絶たない。はやてを1人にしないようにしなければならなかった。

 恭也が近くにいてくれることはなのはも嬉しい。ただそれとはまた別問題だ。想いを自覚してすぐに離れ離れになるというのだから。

 

「クロノくんも次元転送で戻ってくるのは……」

「さすがに副艦長職にある者が艦を離れるわけにはいかないさ」

「そうだよね……」

 

 長距離の次元転送は基本的に手続きがいるし、日々の通勤で軽く使えるものではない。特に艦船の場合、一度艦を停止させておかなければ座標軸を固定できないし、クルーたちも原則として航海中は艦を離れられない。副艦長が特例として艦を度々離れて帰宅していては示しもつかないだろう。

 

「もちろん通信はできるから、何かあればしてくれ」

「……うん」

 

 何でもないように用件を伝えるクロノに、改めてなのはは落ち込む。わかってはいたことだが、この少年は自分のことをそういう対象としては見ていない。大事に思ってくれているのは確かだが、あくまで仲間としてのもの。『みんなのお兄ちゃん』として『妹』を大事に思っているに過ぎない。年齢が6歳も離れているということもあるだろうし、クロノは現在18歳で、なのはは先日の誕生日でようやく12歳になったばかり。地球で言えば高校生と小学生だ。そういう対象として認識されるには無理があるだろう。

 だからと言って寂しいとは言えない。恥ずかしいというのもあるが、なのははユーノに対してと同様、クロノにも積極的にアピールすることができずにいた。

 

(……私って軽いのかな?)

 

 自分の気持ちに、なのはは自信が持てずにいるからだ。

 恭也への初恋は淡いものながら間違いない。これは間違っていたとは思わない。

 なのはが次に恋らしきものを抱いたのはユーノだ。『最大の理解者』となれたほどの相手であり、あの迷走していた間でさえも最後まで頼りにしていたのがユーノなのだから意識しないはずがない。もし『しこり』――ユーノが抱いているであろう責任感や罪悪感がなければ、ユーノを好きになっていたと言い切ってもいいだろう。

 しかし今のなのはが懸想しているのはクロノだ。

 

(おにーちゃんに似ているっていう理由も何か失礼な気がするし……)

 

 軽々しくユーノからクロノに鞍替えしているのではないか。もしかすると今でも恭也への想いが燻っていて、恭也にますます似てきたクロノをちょうどいい相手として見ているだけではないのか。

 自分の心に疑心暗鬼になって、クロノへの感情に積極的になれない。そのくせクロノと離れ離れになることにショックを受けている。恭也が戻ってきたのに気付いて「さて」と言って立ち上がるクロノを見上げ、急激に背が伸びたクロノにますます置いてけぼりになるのではないかという焦燥や年齢の差という壁を感じてしまう。

 

「大丈夫ですか、恭也さん?」

「……何度受けてもあれは慣れなくてな」

「まったくを以って同意します」

「とりあえず、待たせてすまなかった。いい時間だ。俺が出すからどこかで食べて行かないか?」

「奢っていただくのは申し訳ないので遠慮しますが、食べに行くのは賛成です」

「遠慮するな。年上の顔を立てさせてくれ」

「そういうことでしたら」

「なのははどうだ?」

「ふえ? あ、う、うん。私も行きたい」

 

 疑心暗鬼になりながらも、それでも恭也と、そしてクロノといられるのならいたい。

 都合がいいと思いながらも、なのはは自分の気持ちに嘘はつけず、そんな自分を嫌悪する気持ちを感じつつも今はこの時間を得難いものとして浸るのであった。

 

 

 

 

 

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