3提督の後ろ盾を得たことで運営がようやく軌道に乗り始めた無限書庫。依頼に関しても無暗矢鱈なものはなくなり、規定に乗っ取って申請され、優先度をつけられて司書たちが対応する。部署の競争に振り回されたり、責任の擦り付けもゼロとは言わないまでもかなりなくなった。
「嬉しいとは言えば嬉しいのですが、3提督が出てきた途端にこれですから何とも素直に喜べないところがありますねえ」
「同感です」
今日も今日とてメディアの取材に応じていたユーノはスクライア一族の正装姿のままでソファーにもたれて脱力していた。
スクライア一族は放浪の一族なので華美なものは避ける傾向にある。正装にしても冠婚葬祭でそれぞれ設けるようなこともなく、一着ですべてこなせるようになっている。ユーノの正装は普段のユーノのバリアジャケットに酷似しており、異なるのは長袖長ズボンにベレー帽があるくらいである。
「2年間あれこれ手を打って来てダメだったのに……権力の偉大さというか影響力の恐ろしさというか人間の浅ましさというか、色々と学べた気がします」
「その歳で人間の浅ましさを学んでほしくないというのが私の本音ではありますが、今の君なら大丈夫だと思っていますよ」
「ありがとうございます」
変わらず運営面でユーノを補佐してくれるクフィルが冷たいお茶を出してくれる。ユーノとしてはこんな秘書のような仕事をはるかに年上の人にやらせるなど気が引けてしょうがないのだが、上司が部下に茶を出すような真似をしていては舐められてしまうと諭されてしまっては我慢するしかない。上司になることを受け入れたわけではないのだが。
「クロノの奴、本当に容赦なくスケジューリングしてくれたよ。今度依頼してきたらギリギリまで渡さないでやる」
2ヶ月前に提出した論文によってユーノの名前と無限書庫の存在は世間に広く知られた。裏でクロノと3提督が動いたことで本来論文など興味を示さないであろう世間一般にまで。おかげで無限書庫のぞんざいな扱いなども知られ、待遇はかなり改善された。理事官となったカリムや顧問官たちの協力も得られて新人司書の配属も決まり、依頼数は一時的に抑えてしばらくは司書の教育と無限書庫の運営体制の確立を優先するようになっている。
こんなに一気に事が進むとあの2年間の苦労はいったい何だったのだろうかと虚しくなるのもむべなるかな。もうこの世は権力がすべてだなんてアレニア司書がやけっぱちになっていたが、彼女の気持ちもわからないではない。そうして権力欲に囚われてしまう人間も多かろう。生憎とユーノはむしろ余計に権力というものに嫌悪を抱いただけだったが。そのへんは権力に執着しない放浪の一族スクライアの習性なのかもしれない。
ブツブツと不穏なことを零すユーノにクフィルが困ったように肩を竦めていると、呼び出し音と共に空間モニターがユーノの眼前で開いた。
『ユーノ書庫長、お客さんだよ~』
「書庫長じゃありませんよ、アレニアさん。誰ですか?」
『黒い人と白い人』
「――追い返してください」
『はいは~い。というわけでお帰りあそばれてくださいな』
『おいコラ待て』
『いろいろとひどいなあ』
空間モニターが別に開き、口元を引くつかせながらクロノともう1人、最近よくクロノと一緒にいることが多いヴェロッサが映った。受付をしているアレニアにいい加減名前を憶えてほしい、ついでにデートしませんかなんて声をかけているヴェロッサの襟を引っ掴みながら、クロノはユーノを睨みつける。
『教育がなってないな、フェレットもどき』
「教育も何も僕はまだ責任者じゃないし。アレニアさんも普段はもう少しまともな受付をしてくれるよ」
『そうそう……て、ユーノくん? それって結構私を貶してない?』
『アレニア、もういいから下がれ。お前に受付嬢は無理だ』
フェンサー司書がアレニアを連れて行き、ついでに「入ってもらっていいよな?」とユーノとクフィルに許可をもらってクロノとヴェロッサを中に案内する。受付にはクフィルの指示を受け、苦笑しているパナヴィア司書が座った。
「やれやれ。やはり彼女には新人への教育に専念してもらいましょうか」
「それがいいですね。面倒見がいい人ですし」
これ以上アレニアを受付にしておくと無用なトラブルを招きそうだ。無限書庫に対して失礼な態度を取る輩がいなくなったわけではないし、3提督や理事官・顧問官に聖王教会のバックアップも受けるようになったことでやっかむ者も少なからず現れるようになった。逆にこれまで無限書庫を下に見てきた情報部の部長がご機嫌伺いに来るようになるなど、態度を180度変える者も出てきている。とりあえずそうした者を相手にするのにアレニアは向いていないだろう。この前も情報部長の態度の変わりっぷりに嫌悪感丸出しで応対してしまっていたし。
その代わり、アレニアは新人への教育ではいい先輩司書としてすぐに慕われるようになった。抜けているのが玉に瑕だが、そこはフェンサーがいれば問題ない。自ずとこの2人は教育係として無限書庫では認知されつつある。
「いい加減に受け入れろ、頑固な小動物め」
「帰れ腹黒」
「君たち、挨拶くらい普通にしたらどうだい?」
ノックもなしに入るクロノに、ユーノは今更だと応じる。2人にとってはいつものやり取りである。そろそろ慣れてきたヴェロッサはクフィルと顔を合わせて笑うしかない。
「こんなことで僕がいない間は大丈夫なんだろうな?」
憮然とするユーノの対面のソファーにどっかりと腰を落とすクロノ。気心知れた相手だからこそなのだろうが、それでももう少し取るべき礼儀があるのではないかと思うヴェロッサはいちおうユーノに座らせてもらうよと声をかける。クロノとヴェロッサの分の飲み物も用意しようとするクフィルに、ユーノはヴェロッサの分だけでいいと声をかける始末。
「まったく問題ないよ。むしろずっといなくなってくれることを切に願う」
「願うな、馬鹿者。もし長期航海で何かあったらお前の仕業だと疑うぞ」
「『暁の鷹』にでも情報を流そうか?」
「……ずいぶんと突っかかってくるじゃないか」
次元世界最大のテロ組織を引き合いに出してきたユーノにクロノもどこか普段と違う険悪さを感じ、訝しげに問いかけた。
「……はあ。もういいよ」
さすがにユーノも言い過ぎたと思い直し、ベレー帽を取りながら喧嘩腰の姿勢を改める。醜い言い合いをしたことをヴェロッサに謝りながら。
「それで? 依頼? 優先度はクロノであろうと付けさせてもらうけど」
「いや、依頼をしに来たわけじゃない。事前に知らせていた通り明後日から僕は長期航海なんでな。いない間のことについて打ち合わせに来た」
クロノがそう言うと、飲み物を持ってきてくれたクフィルが「では私は席を外しましょう」と言って司書室から出ていく。彼が出ていくのを見届けた後、ユーノは飲み物を勧めながら続きを話し出す。
「アコースさんが一緒ってことはまたどこかとの折衝?」
「無駄に引っ付いてきただけだ」
「無駄とは失礼だなあ。力になれればと思って来たというのに」
聖王教会からのバックアップはカリムを通して行われる。しかしカリムも理事官であって無限書庫のことにかかりきりというわけにもいかないため、ヴェロッサが代理として当たることが多い。さらにヴェロッサは顔も広く、対外的な交渉にも優れた能力を持っているため、クロノやユーノの代わりに他部署や外部との窓口を引き受けることも段々増えてきていた。自ずとクロノを無限書庫再編の統括者とし、無限書庫内部の改革をユーノが、外部との折衝をヴェロッサが取り仕切るという形になってきている。
「本局上層部はまだまだ無限書庫の有用性や運用の特殊性を理解していない。3提督のおかげで再編計画そのものは了承されたが、予算は以前とそう変わりなしだ。やはりまだまだ実績が足りない」
「2年間の実績を小さいとは言わないけど、依頼達成数やかかる日数がどうしてもってところだねえ」
「この数字を達成するのがどれだけ大変かわかってほしいものなんだけど」
「言いたいことはわかる。だが管理局という巨大な組織の中でデータ上に現れてこないことまで考慮していたらキリがないのもやむをえない」
上層部が判断しなければならないことは多い。事件で死者が出た場合、その数を多い少ないと判断するにしても、現場や被害者たちからすれば人の命に軽重をつけるなど何事かと文句も言いたいだろうが、上の人間は時に数で良い悪いを決めねばならないこともある。情けを排除して合理的な判断を下さねばならない立場なのだ。現場が「上は現場をわかっていない」と糾弾し、上層部が「すべてに応じることなどできないのだから決定には従え」と命令する。どこでもある現場と上層部の食い違いは互いの立場というものがあるのであって一言で正否は付け難い。時空管理局と無限書庫もその例に漏れることはないのだ。
「今は実績さえ出せば以前と違ってはっきりとものが言える。やってもやっても前に進まなかったことを思い出せばはるかにマシだ」
「まあね」
クロノもユーノもつい数ヶ月前までの無限書庫の状況を思い出す。懐かしむほど前のことではない。思い出すたびにうんざりしてしまう。いつか笑って「あの頃は大変だった」「まったくだ」と言い合える時が来るのだろうか。2人にはそんなときが来るなんてまだまだ想像できなかった。
提督候補としてクロノは『アースラ』の副長になるとともに階級も三等海佐へと上がっていた。執務官は一尉相当だったので1つ上がった形だ。『相当』であるのと正式に階級を持つのとではまるで違う。おかげで権限がはっきりし、次元航行隊という巨大な組織がクロノの味方になったと言える。執務官ではなくなったとはいえ、執務官資格は保有したままということもあって法務部も変わらず話が通しやすい。さらに3提督のバックアップがあり、総務部では統括官のリンディ、統合幕僚監部にはレティもいる。三佐とは言えクロノの影響力はすでにじわじわと拡大中だ。
「この無限書庫の再編という一大プロジェクトを成功させればハラオウン三佐の経歴にも箔がつく。そうすればますます権限も影響力も上がってより上へと上り詰めることができるって寸法だね」
「ポイント稼ぎってことですね。すっかりクロノも謀略と権力闘争が渦巻く魑魅魍魎の仲間入りか。これだから僕は組織に属すのは嫌なんだ」
「何とでも言え。僕にはやることがある。批判も中傷も覚悟の上だ」
「はいはい。せいぜい後ろから刺されないように気を付けなよ」
「他人事だな、書庫長?」
「書庫長じゃない。僕はあくまで民間協力者の立場を崩すつもりはないからね」
「まだ言うか」
「う~ん。無限書庫が部署として確立するためにはどうしても責任者が必要なんだけどなあ」
頑として受け入れないユーノに、クロノは溜息をつき、ヴェロッサも頭を抱える。
無限書庫の扱いは今のところ本局情報部の中の一部署。責任者は情報部長ということになっている。無限書庫の立場を向上させる上で部署としての責任者を立てる必要があり、まずは情報部から切り離して本局の他部と並ぶ一部門としての地位を確立させることが目標だ。将来的には本局からミゼット直下の統合幕僚監部へと異動させる構想を3提督と共に描いていた。
ところがここで他でもないユーノが無限書庫の責任者である書庫長の地位を固辞したのだ。
「局員じゃない外部の人間が管理局の一部門の長ってのはいろいろ問題があるでしょ」
「やはり局員にはなれないのか?」
「無理。どこまで行っても僕はスクライアの人間だよ。正規の局員になるつもりはない」
権力に執着しないスクライアの習性のためか、ユーノは時空管理局への正式な所属は固辞し続けている。なのはたちが正式に所属してもなお変わらない。むしろなのはが堕ちたことで一層その態度は硬化したと言える。
「それに僕が描く無限書庫は開かれたものであること。時空管理局が占有する今の状態を認められないからなんだ。積み重ねられた知識と歴史、そしてこれほど素晴らしく魅力ある場所はみんなに開かれるべきだ。それを占有した挙句、物置呼ばわりして放置して、あまつさえ侮辱してきたことを僕はスクライア一族として考古学士として、そしてユーノ・スクライア一個人として許せない」
クロノとヴェロッサを前に、ユーノははっきりと告げた。正装姿ということも相まってより厳格にさえ映る。
スクライア一族は発掘した遺跡を占有することもなく、訪れる外部の考古学者や時空管理局を拒絶しない。過去の人々の歴史や知識に敬意を持ち、それは正しく受け継がれるべきだという考えからだ。考古学者とて決して過去を暴きたいわけではなく、今に繋がるルーツを知り、過去から学ぶためだ。ユーノ・スクライアは正しく両者の理想を貫いていると言える。
加えて、ユーノにとっては個人的にも大事な場所だ。なのはたちを支えるために自身ができることを与えてくれた場所であり、無限書庫でできた司書仲間もそうだし、フェイトを始め友達や仲間とも多くの時間をここで過ごした。
何より暴走したあのとき、無限書庫を辞めようとしたこと。あれは多くのものを与えてくれた無限書庫に対する裏切り行為であったと反省している。だからこそ無限書庫のために尽くすことをユーノは決めていた。
「君が民間協力者であること自体が、君の理想を示しているというわけか」
「そうですね。そういうことになります」
あくまで外部の人間として協力する。それを体現した状態なのだ。
「別に責任を取らないって言ってるわけじゃないよ。内部の改革はロッキードさんたちを差し置いて僕が主導してるけど、その責任はきちんと取る。何だったら民間協力者としての契約書に明記してもらったっていい」
「そんな心配はしていない」
責任という言葉に過大に反応して必要以上に背負おうとするのがユーノなのだ。よりにもよって責任逃れをするなんてクロノはまったく考えていない。
「ただ組織において部門の責任者ははっきりさせておかなければならないんだ。肩書きは明確にする上で必要なんだよ」
「……これだから組織ってのは面倒だよね」
「気持ちはわかるよ。でもハラオウン三佐が言う通り、肩書きが物を言うときだってある。責任者が曖昧なままじゃ無限書庫が部門として認められることはないんだ」
「お前の理想を否定する気はない。だがいきなりは無理だ。禁書や機密にすべき書物も数多眠る無限書庫は知識の宝庫であると共に災いを招きかねない場所でもある。危険を防ぎ正しい知識を伝えていくには、まず体勢を整えなければならない」
ユーノとてわかっている。無限書庫が危険な情報に溢れた場所であることも。今いきなり一般開放してしまえば、どう悪用されるかわからない。だからこそ警備は厳重にしなければならない。そのために時空管理局の中にあるということは一定の利益がある。
「いっそ管理局を利用すると考えたらどうかな? 無限書庫が局外の組織だったら運営には資金が必要だ。けれど今の無限書庫にスポンサーなどいないわけだから警備の人間を雇うこともできないし司書の給料も出せない」
「そうだな。一時的に管理局に仮住まいしていると考えたらいい。家主として警備もする。代わりにお前は無限書庫の知識を僕たちに提供する。そういう契約みたいなものだ」
「口が上手いね」
「優秀な人材と場所を易々と手放すことはできないからね。おべっかの類は任せてくれたまえ」
「今はまだ苦労させるが、必ず時空管理局を変える。受け入れてくれ、
こういうときだけきちんと名前で呼んでくるんだからなあ、とユーノは固い表情をしながら心中では苦笑を漏らしていた。
ここまで言っておきながら何だが、別にユーノも局員にはならないまでも責任者という点では何かしら明確にしておかねばという考えはあった。なのはたちを支えるという意味でも時空管理局にいる必要がある。離れる気などない。将来的にはわからないとしても今は。
何より。
「一蓮托生、だったっけ?」
「ああ、そうだ」
表情を崩して問いかけると、クロノもニヤリと不敵に笑う。
約束がある。
クロノ・ハラオウンとユーノ・スクライアの間で交わした大事な約束が。なのは。フェイト。はやて。3人を始めとしたたくさんの仲間たち。彼らを支えるために時空管理局を変える。そのために手を取り合う盟約が。
「書庫長にはなれないけど司書長くらいなら考えるよ」
「部門の長ではなく、司書を束ねる長ということか」
「ふむ。確かに民間協力者に一部門を任せるというのは局としても難しいだろうし、それなら通るかもね」
「現状はまだ情報部の中の一部署という扱いを変えられないだろうし、それなら司書長でも充分か」
「責任の所在は明確になるし、情報部長はあの通り無限書庫にゴマすりに来るぐらいだから、無限書庫が手柄を上げたら自分の評価にも繋がると説明すれば了承しそうだね。書庫長は無限書庫が完全に独立することになってからでいいかな」
「お互いウィン・ウィンの関係でいられる方がいいでしょ」
情報部長としては無限書庫の影響力が拡大することで自己の利益に繋がると考えるからゴマすりに来るわけで。ここで書庫長が配置されたら情報部から独立すると思われかねない。司書を束ねる長であるなら、無限書庫自体は情報部の下部組織のままということになるから、手柄が挙がれば情報部長にも益がある。下手に刺激することはないだろう。将来的にはおさらばすることになるだろうけれど。
「よし、言質は取ったぞ。後で知らぬ存ぜぬとはいかないからな、フェレットもどき」
「フェレットもどきって言うな、真っ黒クロスケ」
「今しがたの真面目なやり取りが吹っ飛んでいくからやめてくれないかい、2人とも?」
挨拶や話のオチなどによく出てくるフレーズにヴェロッサは呆れてしまう。2人の結束の固さを垣間見て羨ましいと思ってしまった気持ちを返して欲しい気分だった。
「さて、将来の無限書庫のために今やるべきことを話し合おう。上層部としては待遇の改善を行った。ならば無限書庫も見合う成果は上げなければならないわけだ」
「わかってるよ。で、局の上層部を頷かせるに足る数字は?」
「3提督と話し合った結果、この程度は」
クロノが空間モニターを開いてユーノの方へデータを飛ばす。ユーノは脇に開いたモニターで確認し……すぐに眉をピクリと動かしてクロノを睨みつけた。
「……ふざけてるの?」
「これでもまけにまけてもらったんだ」
「新人司書のみんなの教育が終わったからってすぐに戦力になれると思ってるの? これどう考えても古参のロッキードさんやパナヴィアさん並みの仕事ができることが前提だよね?」
「言っただろう。無限書庫の運用の特殊性を理解できていないんだ、上は。たかが資料を探してまとめるだけという認識が今だ根強い」
「だからってこれを達成したら『なんだできるじゃないか』って言われてこれが当たり前になるかもっと成果を求められるだけだろ。そうして無茶な勤務状態に逆戻り。それじゃ結局元の木阿弥じゃないか」
「これ以上数字を下げたら3提督でさえ説得しきれないんだ。いいか、この数はあくまで達成の数を問題にしている。1つの依頼の量や難しい依頼といった細かい点は考慮されていない。簡単な依頼をまずは数多くこなしてみせるんだ」
「あのね、優先度の高い依頼を優先しなきゃならないのはわかってるでしょ? 優先度が高いものってのはたいがい簡単なものじゃないよ。簡単な依頼をこなして数を稼げっていうのは優先度の高い依頼を後回しにしろって言ってるのと同じなんだ。それじゃ優先付けの意味がないじゃないか」
「依頼に制限をかけているはずだ。そこまで優先度の高い依頼は回っていないだろう?」
「優先度の高い低いを決める基準自体がまず間違ってるんだよ。例えばこの古代ベルカ式の魔法の解読にしても、まずこの魔法に使われている理論や公式がまるで未知なんだ。ちょっと調べてみたら古代ベルカ史でほとんどわかっていない、歴史学や考古学では『ベルカ史におけるブラックスポット』って呼ばれる時代のものでね。これを調べるとか普通に考えても余裕でランクAだよ。ところが優先基準では魔法解読系の依頼はまとめてランクCなんてされてる。わかる? 無茶苦茶なんだよ、この基準」
「そうなのか……くそ。優先度の基準策定はやはり僕とお前でやるべきだったな」
「これ作ったのどこだっけ?」
「古代遺物管理部だ。本来なら僕とお前で策定するはずだったところを横から掻っ攫われた。優先付けを僕らでやると甘い基準を策定しかねないなんて言いがかりをつけられてな」
「無限書庫を思いっきり敵視してる部署じゃないか」
「わかりやすい妨害工作さ。よほど無限書庫の地位向上が癪らしいな」
クロノの言い分にももっともなところもある。しかしユーノとしても無限書庫の司書たちのために受け入れられないものがあるのだ。
支援してくれる部署は広がりを見せる一方、明らかに妨害をかけてくるところもある。最高評議会の差し金かどうかは不明ながら、3提督に頼り切りというわけにもいかず、対抗策まで練らねばならないだけにクロノもユーノも手を焼いていた。
「いっそ誰でもいいから上層部の人を1人でも連れてきて実際にやってもらえば?」
「投げやりになるな、フェレットもどき。そんな主張を上の連中が『はいわかりました』と頷くとでも――」
「いや、それでいこうじゃないか」
真剣に主張をぶつけ合う2人に、顎に手をやりながら資料を眺めていたヴェロッサが横合いから割り込む。
「前々から協力的な顧問がいるってのは教えただろう? 憶えてるかい?」
「ベルニッツ顧問官でしたっけ?」
クロノとユーノにとって上層部の人間の名前はすべて頭の中にある。その中でもアシュレイ・ベルニッツ知識顧問官は好意的な人物としてカテゴリされていた。無限書庫についても完全に無限書庫の肩を持ってくれるわけではないものの、メリット・デメリットをしっかりと他の上層部の者たちに明示してくれる。派閥などには一切属さず、ミッドやベルカ、聖王教会など一方向に偏った考えも持っていない上、私情も交えない。ある種の合理性の塊と言える。であるがゆえに彼が示したデメリットをしっかりと克服すれば反対派も黙るほどなので、彼が上層部の中でも方針を決める点においてかなり影響力を与える存在であることがわかる。とは言え決して情のない人間というわけでもない。闇の書事件に関してはグレアムに密かに協力するなど長年苦しめられてきたロストロギアへの執念を燃やしたり、不当な聖王教会の圧力からカリムたちを守るなど、権力などに屈さない姿勢も垣間見える。
何よりクロノの決死の行動に対して聖王教会との伝手を使って聖王教会騎士団を援軍として派遣してくれた人物でもある。クロノも一度御礼を言うために訪れており、非常に紳士的な好人物という印象を持っている。
ユーノについてもロストロギアの無断使用を企図した未遂罪とも取れる行動を不問とするために3提督と共に根回しに動いてくれた。闇の書のみならず、ロストロギア全般に対しては特に力を入れる考えらしく、危険なロストロギアを発見した功を以って不問という流れを作ってくれた。
「あの方は知識顧問官だけあって知識の宝庫である無限書庫に興味をお持ちでね。一度訪問してみたいと仰っていたし、どうだい?」
「ふむ。僕はいいと思うが、お前はどうだ?」
「そうだね。御礼を言いそびれていたし、実際に見て体験してもらった方がより深くわかってもらえるし、いいんじゃないかな」
「決まりだな。頼めるか、アコース査察官?」
「OK。段取りは僕がやっておこう。そんなわけで今回はこの数値の達成を何とかお願いできないかな、スクライア司書?」
「……わかりました。まあ以前ほどではないし数日籠もればできるかな。ただし新人の司書たちにはやらせませんからね?」
「采配は任せる。またすぐに辞められてもかなわないからな」
「じゃあ、次は僕からだけど」
クロノの担当分である時空管理局上層部との折衝に関する打ち合わせの次は、ユーノの担当である無限書庫内部の経過報告。教育の進捗、無限書庫そのものの調査で判明した無限書庫の歪曲空間のレポートや、禁書にするべき資料の判断基準策定など。
「質量兵器に関する資料はほとんど禁書扱いか?」
「局の意向だよ。はっきり言って過剰だね」
「まあ、僕たちが予想していた通りとも言えるな」
「魔法こそを唯一の武力行使の手段とするのが最高評議会の支配体制の根幹にあるからね」
すでにクロノもユーノもヴェロッサも最高評議会が敵であるとわかっている。現在の時空管理局による強力な支配体制や魔法至上主義などの問題が、最高評議会の面々が意図して作りだした自らの支配を確立するためのものであるということも。
とは言え彼らの居場所は長年3提督を始めとした勢力が追っているが不明なまま。現在の時空管理局が次元世界の平穏に貢献していることも事実なので、徒に乱すことは逆に次元世界のためにならない。出来うる限り起こりうる混乱や被害は最小限に抑えなければ本末転倒だ。今はまだ決起のときではない――それが3提督たちとクロノ・ユーノ・ヴェロッサの共通認識。
「現状で出回っている質量兵器については、弱点を知って対抗策を練る意味でもある程度開示すべきだと思う。禁書扱いにしたらそれもできない」
「禁書ではなく機密レベルを1つ下げてもいい。無駄だと思うがいちおう意見具申しておけ。できれば現場の部隊や技術部などの署名を集めて正式に意見書として提出したいが」
「やめておいた方がいい。他を巻き込んで大掛かりにやると最高評議会の機嫌を損ねる。目を付けられない程度に意見具申程度に今は留めておきなよ」
現場の人たちを思うと複雑だけど、とヴェロッサが続けるとクロノもユーノも不満を顔に出しながらも頷いて返す。なのはやフェイト、はやてがまさに現場の人間なので、彼女たちの危険をできる限り取り払うためにも何とかしたいところだけに歯痒い気分だった。
ユーノの報告が終われば今度はヴェロッサから。
「渉外について、政界は姉さんが声をかけてるけどなかなか難しいね。局の上層部以上に無限書庫に無関心だ」
「一部の政治家が疑っているとは聞いているが?」
「裏取引とか権力闘争の記録なんてものがないかってところだろうねえ」
「ないわけじゃないんですけどね」
無限書庫と言えども何でもかんでも集めているわけではないことが調査で分かっている。そもそもそこまでわかっていたら捜査機関はいらないという話だ。
無限書庫にあるそういった資料は、警察や公安などが集めた捜査資料などだ。こうした資料は実際に公の図書館や各機関の機密文書保管庫などに収められているものであり、後の時代にとっては1つの学術的価値を持つ。無限書庫は知識の宝庫であるため、『知識』としての価値を持つことが収集の基準なのだろうとユーノは見ていた。裏取引の帳簿など犯罪者たちが持つような記録は『知識』の価値なしとして見向きもされないのだろう。
「今一番外部で無限書庫に興味津々なのはやはり学界だね。特に歴史学や考古学界隈は無限書庫の一般開放を望んでいるよ」
「さっきユーノが言った『ベルカ史のブラックスポット』に関する資料なんてものもあるかもしれないわけだからな」
「考古学士の1人としてはとんでもなく恵まれた立場なんだろうね、僕」
ユーノが肩を竦めると、違いないとクロノとヴェロッサも応じた。
「財界も政界同様、反応は芳しくない。ただ『ノース・ミッド・グランダー・インダストリーズ』が試しに依頼できないかと言ってはきたみたいだよ」
「グランダー社? 次元世界で1、2を争う大企業じゃないですか」
「そう言えばあそこのCEO、確か管理局の理事官だったな」
「シェーン・ホフヌング理事官。キャリアウーマンと言えばこの人と言われる人さ。局の財務顧問官も兼ねていて、ベルニッツ顧問官ともお知り合いだ。おそらくはベルニッツ顧問官を通して知ったんじゃないかな」
シェーンは技術者上がりの経営者だ。知識には貪欲ということなので、無限書庫にも興味を持ったのかもしれない。
残念ながら時空管理局の理事官兼顧問官と言えども、求めてきたものがビジネスに関するものなので民間の企業人としての依頼と判断せざるを得ず、一般開放はしていないことを理由に断っている。
「現状の確認はできた。無限書庫の再編は細かい部分で問題はあるものの、計画はまあ順調と言ってもいいということだな」
総括するのは暗黙のうちにクロノの役割に収まっている。ユーノもヴェロッサも異を唱えることなく頷く。
「ねえ、クロノ」
「何だ?」
「無限書庫の再編ばっかり話し合ってるけど、これでいいの?」
「……僕も3提督には申し訳ないと思っているんだがな」
無限書庫の再編は大切なことだ。しかしクロノもユーノも時空管理局を変えるために3提督と手を結んでいるわけで、無限書庫のことばかりに注力するわけにもいかない。
最高評議会。ジェイル・スカリエッティ。『フッケバイン』。そして『謎の第三者』。
目を向けねばならないことは数多くある。なのに3提督はこれらについてクロノとユーノに何かしらの行動を求めてこないのだ。
「先日、長期航海の件でご報告に伺ったときに言ったんだがな」
――『あれもこれもいきなり同時進行は無理でしょう。普段の業務に加えて無限書庫の再編という一大プロジェクトもある。今は目の前のことに注力なさい』
ミゼットからそう言われてしまったのだ。
ミゼットだけではなく、ラルゴもレオーネも同様だ。
――『わしらには多くの同志がおる。それぞれができるところで確実に事を前に進めておるのだ。おぬしらも今できることを着実にこなしてくれい』
――『焦って事を仕損じるのはままあること。しかしままあっては困るのも事実なのだ。だいたいにして君たちは若手にしては実力があるのは認めるが、我々からすればまだまだ脇が甘い。上ばかり見ていては足下を掬われるぞ? まずは地力を固めよ』
特にレオーネは厳しかった。期待してくれているからこその忠言なのだろうが、1つ1つのことに手厳しく指摘されてしまった。どうすればいいのかを討論しても勝てない。執務官であるクロノは裁判などで論理力や相手を言い負かす力も鍛えられていたつもりでいたが、レオーネにはまるで通用しない。圧倒的な経験と実力の差をこれでもかと思い知らされた。
ミゼットとラルゴはレオーネを宥めてくれた。ただ2人は2人で長期航海に難しい課題を出すわ、無限書庫についても先ほどの達成難易度の高い数字を求めるわと、決して甘くはない。期待してもらっている分、求められるものも大きいということなのだろう。
「それにハラオウン三佐に向けられる目を逸らす必要があるからね。あまりあれこれ手を出して目立つのはやめた方がいいのさ」
「どういうことですか?」
「スクライア司書。たまには外にも出た方がいいよ。これは結構あちこちで噂にもなってるんだからさ」
「噂?」
「〝ハラオウン執務官は功を焦って独断行動に走り、結果殺されかけた。おかげですっかりビビッて現場から逃げた臆病者〟」
「は?」
「そういう噂が立ってるんだよ」
クロノに視線をやるユーノ。クロノは否定せず、さりとて肯定もしない。腕を組んで目を閉じているだけ。
噂の全てが間違っているわけではない。数ヶ月前のクロノの行動は独断行動と言えば独断行動なのだ。現場から離れて上層部への道に舵を切ったのも事実だ。ただ功を焦るだのびびっただの、それは見当違いも甚だしい。ユーノはあからさまな悪意を感じ、クロノを睨みつける。クロノが悪いわけではないのはわかっているけれど、否定しないのが納得できなかった。
「ハラオウン三佐に対する嫌がらせだろうね。権力闘争の中じゃこれくらいは普通さ」
「揺らぐほどのことじゃない。わかっていた話だ。いちいち腹を立てていたらキリがないぞ、ユーノ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「お前だっていろいろ言われているだろう。司書全員がそうだが『穴倉のモグラ』だの『引き籠もり』だの。それと変わらないさ」
言わせておけばいいとクロノは意にも介していなかった。確かにユーノたち司書も同じように誹謗中傷を受けたことは数知れないし、今でも無限書庫へのやっかみはある。しかし自分はともかく仲間が言われもない批判を受けるのは気に入らない。と、そこまで考えてようやく自分がよくてももしかするとクロノやなのはたちは怒ってくれていたのかもしれないと思い至るユーノである。
「ま、本人がこう言ってるんだ。それにさっき言った通り、この噂を利用してハラオウン三佐への悪意を逸らす意味を持たせているんだよ」
クロノへの悪意は数ヶ月前の件で明らかだ。今でもクロノは狙われていると見た方がいい。この噂1つですぐに悪意を解消することはできないだろうけれど、クロノ本人が肯定も否定もしないことでクロノを弱腰と判断して気にしなくなる者も多少はいるかもしれない。
噂通りに前線に出ることに恐怖している演技をすることも考えたクロノであるが、それは変に侮られかねないという3提督やヴェロッサの進言を受けてやめている。敢えて否定しないだけでいいと。情けない上司に命を預けようと思う者はいないのだから。
「幸い、配属先は『アースラ』。エイミィにアレックスにランディと顔見知りばかりだ。僕のことをよく知ってくれている面々だからな。むしろ本局にいるより気が楽でいい」
「はやてと恭也さんも連れて行くの?」
「いや、2人は本局に残る」
そのときヴェロッサが反応して目を細めたことに、クロノもユーノも気づかなかった。気づいたとしても特に意に介することはなかっただろう。そのくらい僅かな反応だったのだ。
「融合デバイスのことがあるし、はやては学校もあるからな。そう言えば管制人格の件はどうなってる?」
ふと思い出してクロノは尋ねた。
はやてはリインフォースに代わる管制人格の創造を技術部のマリエルと共に行っている。なにぶん資料が少ない融合デバイス。しかも次元世界の中で融合デバイスの使用を確認できているのははやてただ1人。管制人格の創造は困難を極めている。
ユーノはその資料を探し続けており、はやては定期的に資料を取りに来ていた。その度に差し入れをしてくれるのでユーノとしてはいいと言っているのだが、せめてもの感謝の印だとはやても譲らないので毎回受け取っている。
「順調……とは言い難いね、正直に言って。自律思考は問題ないんだけど、やっぱり人型を取ることとか、はやてだけじゃなくてシグナムやヴィータ、シャマルにザフィーラとも融合できるようにしてあげたいってはやての希望もあるし、それがなかなか」
はやての強い希望だったので、ユーノもマリエルも叶えてあげたかった。どれほどかかっても。
「最近見てやれないんだが、魔法の方は?」
「それなら少し前から僕が教えてるよ」
なのはが退院する際にはやてが『他の人に魔力運用見てもらうことになっている』と答えていたが、それがユーノである。なのはやフェイトからユーノの魔法制御能力はよく聞いていたし、なのはが撃墜される直前にユーノの制御能力の高さを実際に目にしていたからだ。
はやてはフェイトの『電撃』と同じように『広域』の資質が備わっている。どちらかと言うとはやてのスキルというよりも夜天の書がもたらしたものだ。フェイトの『フォトンランサー・ファランクスシフト』を広域殲滅型の『ジェノサイドシフト』へ変換したように。しかし広域攻撃は魔力消費量が大きく、制御も非常に困難である。はやてはなのはやフェイト以上の魔力量を誇るが、なのはのような単騎で戦える砲撃魔導師ではない。本来の砲撃魔導師のスタンスである固定砲台タイプ。
ところが肝心の魔法制御能力がはやてには不足している。そして最低限、自らを守る小規模だが応用の効く魔法が必要だ。現在のはやてが使えるのは『ブルーティガードルヒ』と『シュヴァルツェ・ヴィルクング』のみ。古代ベルカ式は使い手も少なく、ミッドチルダ式のような汎用性も持ち合わせていないタイプなので、はやても教えてもらう相手に困っていた。
魔法制御や魔力運用に関してクロノとユーノの右に出る者は仲間内にはいない。はやてが2人を頼るのは自然な流れと言えよう。
「はやてに教えるのも結構面白いんだ。なのはやフェイトとはまた違うタイプだね、はやては」
「そうだな。どちらかと言えば感覚で魔法を組むなのはよりは理論的だ。想像力はなのはが上だが、応用力ははやてがリードしている」
「フェイトも感覚で魔法を組むタイプだけど後から理論で強化していくようになってるから魔力も節約できてるし、高等技法もいくつか使えるようになってる。もともと近・中・遠距離の全てに対応できるくらいに多芸で器用。汎用性という点では一番だね。ただ、ちょっと動揺しやすいし予想外のことに弱いから安定性に欠けるきらいがあるのが玉に瑕」
「その点、はやては精神面での安定性は群を抜いているな。技術を磨いて制御能力を高めれば一番安定した運用ができるだろうさ」
総じて天才型であることは3人共通だが、やはり得意な分野と苦手な分野がある。はやての場合、覚えはいいし安定性に長ける能力のおかげで一度習得すれば制御はすぐに身に付いていくことだろう。
「……ずいぶん彼女を買っているんだね、君たちは」
するとはやての話題になった途端に黙っていたヴェロッサが呟く。どこか面白くなさそうな顔をしており、クロノとユーノはあまり見ないヴェロッサのその表情に口を閉じた。すぐにヴェロッサははっと我に返って相好を崩したけれど。
「まあいい。はやてには常に誰かがいるように気を配っておいてくれ。恭也さんにも頼んである」
シグナム・ヴィータ・シャマル・ザフィーラはそれぞれが別の部隊や部署、役割を与えられている。はやてとヴォルケンリッターを一カ所に集めておきたくないという時空管理局の警戒心の表れだ。ヴィータははやてのことを案じつつも、今はなのはの世話を焼くことに注力しているし、はやてもそれを快く認めている。
はやてを狙う勢力は多いし、恨みを抱く者も皆無ではない。ちょっとした嫌がらせなども日常茶飯事。クロノもユーノも誰かと一緒にいるようはやてには言っているし、はやても理解していて悪いと思いながらも誰かにそばにいてもらうようにしていた。
「ちなみに恭也さんは魔法使えそう?」
「…………」
クロノが言い難そうに目を逸らす。それだけでユーノも納得した。あの青年と魔法自体が繋げにくいので、クロノの反応はもっともとも言える。
「弾丸1発放てば魔力切れ。弾丸自体まともに形成できない。尊敬している人を貶す意図はないんだが……恭也さんに魔法の素質はない」
「そっか。そうなると魔力も魔法も融合デバイスの管制人格任せになるね」
「そうなるな」
「いやあ、しかし驚いたよ。まさか融合適性はSだなんて。いったい何者なんだい、あの御仁は?」
「何者なんだろうなあ……」
「何者なんだろうねえ……」
ヴェロッサの呆れ混じりの問いかけに、クロノもユーノも明後日の方を向いて空笑い。
魔法もなしに『フッケバイン』の1人を倒し、魔法としか思えないようなものを「剣術や歩法、つまりは技術だ」と言って行使する。それだけでも驚くべきことだというのにここにきて融合適性Sときたものだ。クロノとユーノでさえ恭也には舌を巻くしかない。
魔力量も魔力貯蓄量もほとんどなし。しかしリンカーコアは存在し、融合適性だけが突出。融合デバイスの使い手を求めた途端に見つかった逸材について、クロノもユーノもいっそう第97管理外世界に不審の念を強くするばかりだ。もともと第97管理外世界のことを調べており、HGSや吸血鬼のことを知ってからは魔力密度の変動と合わせて調査を続けている。もっと精密に調べたいのだが、生憎とますます忙しくなるクロノとユーノにそこまで手を伸ばしている余裕がないという状態だ。
「ああ、もうこんな時間か」
ひとしきり頭を捻って世の不思議を痛感していたが、クロノがふと時計を見て立ち上がった。
「コラード学長との面会時間は30分後だったね。そろそろ行った方がいいかな」
「そうだな……て、おい。なぜ僕のスケジュールを知っている?」
「ん? そりゃ内偵を兼ねる査察官だからね。三佐殿のスケジュールくらい調べればわかるさ」
「公務ならともかく私事の挨拶回りなんだがな?」
「そこはちょちょいと」
「逮捕だ、不良査察官」
「はいはい遅れちゃうから早く行くよ、三佐殿」
「まさかついて来る気か?」
「僕と君の仲じゃないか」
「勝手に深い仲にするな!」
「いいから早く行きなよ」
冷静なツッコミを入れながらユーノも立ち上がって追い払うように手を振る。クロノは何か言いたそうだったが、ヴェロッサに背中を押されて憮然とした表情で歩き出した。が、すぐに思い出したように振り返った。
「そう言えばユーノ」
「なに?」
「お前、フェイトと何かあったのか?」
「…………」
ピクリとユーノの眉が動き、次いでユーノは不機嫌そうに唇を引き結ぶ。その様子を見てやはりかとクロノは溜息をついた。
「……いつものちょっとした言い合いだよ」
「嘘をつけ」
ユーノとフェイトの喧嘩は物珍しさからしばらく仲間内では話の種になっていたが、何度も続くとさすがに『またやってるよ』と苦笑される程度になっていった。真剣な内容の言い合いもあればくだらないものもあるのだが、結局のところはその程度の反応で済ませられるように、本気で相手を罵ったり気まずい雰囲気が漂ったりするものではないのだ。翌日にはまた普通に無限書庫で2人勉強をしているくらい。
ところがここしばらくのユーノとフェイトは互いのことを口に出されると頑なな反応を見せる。特にクロノから見て最近のフェイトはユーノのことになるとなのはたちに対するものとは違う反応をするのだ。ユーノの話題を出さずとも何とはなしにユーノが関係しているのだろうなと想像もつく。
「ここに来たときもやけに機嫌が悪かったようだしな」
「それはお前が勝手にスケジューリングしてくれたからだよ」
「悪かったな」
「その気もない癖に謝罪するな。余計腹が立つから」
ムスッとして乱暴にベレー帽を机から拾い上げ、ユーノは自分の執務机へ。そのまま仕事をしようとする。
ヴェロッサも気にはなったが、ユーノの様子からこれは深入りはしない方がいいなとクロノの方を叩いて出て行こうとして。
その手をクロノが振り払った。
「また逃げる気か、フェレットもどき?」
背後で額に手をやって天井を見上げるヴェロッサに構わず、クロノははっきりと叩きつけた。
ユーノが言われたくないであろう言葉を。
案の定、ユーノはすぐにクロノを睨みつける。フェイトにそうしたように。
「……兄妹揃って僕を怒らせるのが上手いね」
「ほう。フェイトとの仲違いの理由もこれか」
思いがけずフェイトとの件も口にしてしまったユーノは口を噤んだ。だがそれでクロノが引き下がるはずもなく。むしろ一歩進み、ユーノを見下ろすように。その眼力は有無を言わさずユーノに立ち上がることさえ封じるほどだ。
「ならばお前が逃げているように見えるのは間違いではないということだ。誰の目から見てもお前は逃げているようにしか見えないかもな」
「……君もフェイトも、どうして僕となのはの問題に首を突っ込んでくるのさ? 関係ないだろ」
「そうだな。関係ない」
クロノもフェイトもユーノが逃げていると感じた。しかしフェイトとは違い、クロノは関係ないと切り捨てられようと動じることはない。
関係がないというのならそれでもいい。クロノとてフェイト同様にユーノとなのはの関係の深さはわかっているつもりであるし、ここ最近の2人の関係に齟齬が出ていることも気づいている。やはりその理由はわからないが。
が、クロノからすればそれこそ関係ないのだ。ユーノとなのはの問題とは別なのだから。
「お前となのはの間にどんな問題があるのか、僕にはわからない。お前が2人の問題だと言い張るのならそれでいい。フェイトはどうなのか知らないし、別にフェイトの肩を持つわけでもない。僕は僕とお前の間の問題だからこそ言っている」
クロノとユーノの問題。当事者なのだから当然無関係なはずがない。だから口を出す。それだけだ。
「どうしてなのはにまだ何も言っていない?」
「っ……」
「どうせそれに関係することだろう? お前となのはの問題とやらも」
「わかってるように言うなよ……うごっ!?」
ユーノは勝手なことをと顔を背けた。が、途端にその顔をクロノに掴まれ強引に振り向かされる。咄嗟に何をするんだと怒鳴ろうとしたが、ユーノに腕を両手で掴まれてもクロノの腕はびくともしなかった。
「逃げるな、ユーノ」
「!」
怒鳴るわけでも殺意をぶつけるわけでもない。なのにユーノはすべての行動を封じられたかのように、息さえ止めてしまう。クロノの迫力、眼力の前に心が制圧されてしまっていた。
「あれほどの決意を秘めて『依存』と戦って得たものは何だったんだ? 逃避してきたものと向き合う強さが欲しかったんだろうが。1つの戦いが終わればそれで満足、また元に戻るのか? お前はあの戦いを自分で無意味なものにしてしまう気か?」
「…………」
『依存』と戦う覚悟を決めて臨んだ3ヶ月前の一件。勝負自体には負けたが、『依存』との戦いに負けはしなかった。
だが。
勝ったわけでもない。
なぜなら、『依存』を完全に振り払えたわけではないのだから。
ユーノもフェイトもまだ自分の中に『依存』が色濃く残っていることを自覚している。いつ振り払えたと思えるのかはわからない。それでも戦うと決めたはず。緒戦は負けなかったと、ただそれだけ。まだ戦いは続いているのだ。
「僕は馴れ合いでお前と戦友をやってるつもりはない。背中を任せられる、命を預けるに足ると思ったからこそ、お前に協力を求めたんだ」
クロノ自身、3ヶ月の決死の行動で成果を出して勝利を得たが、長い道のりにおける1つの戦いでしかない。時空管理局を変えるという最大目標のための前哨戦のようなもの。まだまだスタートを切ったばかりであり、ユーノと同じなのだ。その意味でもユーノと戦友で在れると思った。こいつなら共に戦っていけると。
そんな戦友が逃げの姿勢を見せている。戦友として黙っていられるわけがなかった。
「僕とお前は一蓮托生だ。自分がさっき言っていたことをもう忘れたか?」
「…………」
「お前が崩れたら僕も共倒れだ。僕が倒れたらお前も道連れだ。それが一蓮托生ってことだろうが」
背中を預けているからこそ、一方がいなくなったら背中はがら空きだ。命を預けているのに逃げられたら元も子もない。こんな迷いを抱えている状態で戦えるわけがない。これで無関係のはずがないではないか。
だからこそ、クロノは告げる。
「逃げるな、ユーノ」
「…………ごめん」
ユーノとて言いたいことはたくさんあった。だが言い返すことはできない。どれもこれも言い訳に過ぎない。口にしてしまえばクロノを失望させてしまうだけであると、かろうじて残っていた冷静な思考で何とか堰き止めることができた。3ヶ月前、この無限書庫でクロノに絶交を突きつけたときのように、言い返せない悔しさや情けなさをそんな行為で隠したときのような弱さをまた繰り返す真似だけは何とか避けたのだ。
素直な謝罪にクロノはユーノの顔から手を離す。満足したわけではないが、言うべきことは言った。後はユーノを信じるだけだ。踵を返し、クロノは成り行きを黙って見ていたヴェロッサをやや強引に押し出し、この場を去ろうとして。
「……戻ってくるまでに何とかしておけ、フェレットもどき」
背中越しに、最後にそれだけを言って。クロノはヴェロッサと共に無限書庫から出ていく。
残されたユーノはクロノたちが出て行った扉を、しばらくの間、ただじっと見つめていた。