とらいあんぐるハート3においてヒロインの1人である神咲那美。拙作ではリリカルなのはの公式に従って恭也は忍と恋仲になっているので、独自の設定として赤星勇吾と恋人同士という設定になっています。
今回の話にはとらハ3で恭也が那美ルートに入った場合に起こるストーリーを使っています。と言っても、恭也は上記の通り忍と一緒になっていますので、ここでは恭也の役を勇吾にしてもらっています。多少ストーリーを弄っていますけどね。恭也の場合とは多少違う展開にしないと勇吾らしさが出ないので。
今回の話を使って、ユーノと勇吾・那美の3人の関係にフェイトを加えていく意味もあります。拙作のユーノとフェイトの2人にとって勇吾と那美が大事な存在になってもらう必要がありますので。
『依存』と戦う少年が戦友に逃げるなと喝を入れられていたそのとき。
『依存』と戦う少女は海鳴の八坂神社本殿の階段に座り込んでいた。
「…………」
チラリと視線を横に移せば、巫女姿の女性がそよぐ風に身を任せて目を閉じていた。口元は緩やかにカーブを描いて笑みの形になっている。何がそんなに楽しいのかと小馬鹿にする気持ちが湧くも、そんな気持ちが沸き起こったこと自体が嫌になってしまう。自分はこんなに心が狭かったろうかと。
彼女を見ていると居たたまれないために視線を外して俯く。落ちた視線の先に、今度は自分の膝の上で気持ちよさそうに寝ている小動物がいた。子狐だ。横の女性が飼っていて、実は人型にもなれる、この世界で『妖』と呼ばれる存在。魔法の世界で言えばまさにアルフのような存在であるとユーノからは聞いている。そのアルフが見たら「フェイトの膝の上はアタシの特等席だよ!」とでも言って追い散らしそうで、フェイトもすぐにその光景が思い浮かんで小さく笑みが零れてしまう。
「動物、好きなんですか?」
「え?」
声を掛けられて咄嗟に振り向けば、柔らかな笑みを浮かべた女性と目が合った。綺麗な人だな、とフェイトも一瞬見惚れるような笑顔。
「えっと……はい」
「可愛いですもんね。久遠もこうしてると本当に可愛くて」
「普段は違うんですか?」
「やんちゃで悪戯っ子です。目を離せなくて」
「でも甘やかしたくなっちゃうんじゃ?」
「そうなんですよ~。それが困っちゃうんです」
「ふふ。私もアルフが悪戯してダメだよって言わなきゃいけないのに、しゅんとした姿を見てると怒れなくて」
「わかりますわかります。可愛いって罪ですよね」
互いの大事なパートナーのことを話していると、つられるようにフェイトも自然と笑みを浮かべていた。そうさせる柔らかい優しさをこの女性は――ユーノが尊敬と親しみを持って接する神咲那美は持っている。
自分の周囲には本当に色んな笑顔を持つ人がいてくれるとフェイトは思う。愛情が籠もった笑顔をくれるリンディ。元気にしてくれる太陽のような笑顔を向けてくれるなのは。得意げで愉快にさせてくれる笑顔を振りまくムードメーカーのはやて。不器用で照れ屋な微笑を見せるクロノ。そして誰よりも温かい気持ちになる笑顔で接してくれるユーノ。
「…………」
連想ゲームのように那美の笑顔から身近な人の笑顔が浮かび、そうして最後に行き着いた笑顔の持ち主を思い出す。すると途端にフェイトの顔が曇っていく。曇った表情はだんだんとつらそうなものへと変化していき、心もささくれ立ってしまい、フェイトは無意識のうちに那美から顔を逸らして俯いていた。
そんなフェイトに、しかし那美が怒ることはない。困ったように笑うだけだ。
「……本当にユーノくんと似ているんですね」
「え?」
まさか悟られたのかと、フェイトは驚いて那美を見る。
「街でフェイトちゃんを見かけたとき、放っておけない気持ちになったんです。ユーノくんと同じ顔をしてましたから」
「ユーノと?」
「何か、思い詰めていませんか?」
「!」
見事に言い当てられ、フェイトは目を忙しなく動かしてどうしてという疑問をありありと顔に浮かべて戸惑う。
どうしても何も那美からすれば丸わかりでしかないのだが。何しろフェイトを見ていて否応なく蘇るのはユーノの絶望したような顔。意識を引き戻さねばそのまま舌でも噛んで自殺してしまうのではないかと瞬間的に抱きしめてしまうほどの。以来、ユーノがあの絶望の顔を見せたことはないけれど、今でも那美と勇吾はユーノの様子には気を配っている。そのくらい衝撃的だったのだ。
今のフェイトが思い詰めているのは確かだが、絶望というほどの危うさはない。ただ、絶望とは別のものを感じるのだ。何とはなしに。それが気になったからこそ那美は街でフェイトを見かけたときに咄嗟に声をかけていた。
「最近、気になっていたんです。たまにフェイトちゃんに見られているなあって感じることもあったので」
「あ……」
フェイトはますます居たたまれなくなる。気づかれていないかな、なんて今まで考えていた自分を責めてやりたい。
気づかれていないわけがないではないか。
ユーノと親しい人たちに反射的に向けてしまうきつい視線に。湧き上がる『何か』に振り回されるままに不条理な怒りや戸惑いをぶつけてしまっているのに。特になのはにはやて、恭也に勇吾、クロノ。そして那美。フェイトにとって自分よりユーノと近しいのではないかと思われる相手ばかり。
羨望・嫉妬・憧憬・悔恨などが入り混じる寂寥感。なのはが堕ちる前から抱いていた感情は、ユーノとの戦いの後から変化し始めた。それまでならば心の内で抑え込めていたのに、今は抑えきれない。顔に、言葉に、態度に、現れてきてしまう。
「何かフェイトちゃんの気に障ることをしちゃったのかなって」
「……ごめんなさい」
本来なら言いたいことがあるなら言えと反感を買っても仕方のないこと。なのに怒りもせず自分に落ち度があったのではないかと那美に思わせてしまっていたことに心から申し訳ないとフェイトは謝った。
体ごと振り向いて頭を下げるフェイトに、那美は手を伸ばしてすぐに頭を上げさせた。謝罪が聞きたくて連れて来たわけではないのだ。真剣に思い詰めて、真剣に謝っていることはわかっているが、それでも那美はつい浮かんでしまう笑みを止められなかった。
本当に、ユーノとそっくりだから。
思い詰めた顔も、自分が少しでも悪いと思えば歳に見合わないほどの深い謝罪を示すところも。『依存』と戦おうとしている姿も、手を取り合う様子も。
誰かに恋をしているところも。
(きっとフェイトちゃんに自覚はないんでしょうけど)
何から何まで似た者同士。年長者としては微笑ましくなるほど。
那美もようやく理解した。フェイトから感じる、ユーノの時にはなかった『何か』。それは『恋』なのだろうと。ユーノの場合は自覚があるけれど、フェイトにはまだない。その差なのだろう。そしておそらくフェイトにとってこれが初めての経験。だから勝手がわからないし、自分の気持ちに戸惑っている。自覚がない恋心に振り回され、そんな自分にどうしたらいいか悩んでいる。那美も通った道だからこそフェイトを放っておけなかったのだと、那美は自らの直感を褒めてやりたい気分だった。
「ユーノくんですか?」
「っ……」
そこでフェイトが素直に顔を赤くでもすれば、那美は自分の予想通りだったと思えただろう。
が、フェイトの反応は違った。赤くするどころかまた暗くなってしまう。ユーノと何かあったのは間違いないと那美は確信した。
「ユーノくんと何かありました?」
「……喧嘩しちゃって」
「最近よくユーノくんと喧嘩しているのは知っていますけど、いつもとは違ったんですね」
「はい……」
ここまで理解されていると思うとフェイトも少し気が楽になった。あのユーノが甘えを見せる勇吾と那美に対して苛立つ気持ちが嫉妬心であることくらいはわかっている。ユーノの一番になれないことを悔しがり、自身よりユーノに近いと思う相手に対して抱く感情となればそのくらいしかない。
同時に納得もした。那美には自然と話をさせるような包容力がある。頑ななユーノが那美に心を開いたのもきっとそこにあるのだろう。勇吾の懐の広さ、那美の包容力の前には、ユーノの強情なところも勝てなかったということだ。ならばここで意固地になったところで仕方がないと思えてきて、フェイトの尖っていた心も少し落ち着いてくる。
そしてフェイトは最近の自分の行動を包み隠さず那美に話した。ユーノに当たってしまうこと。当たりこそしないまでもなのはにも嫌な感情を抱いてしまうこと。はやてにクロノ、恭也や勇吾、那美に対しても同じであること。そのすべてを那美は時折頷きながら受け止めて。
「不躾なことを聞くようですけど」
「はい」
「フェイトちゃんはユーノくんのこと、好きなんですか?」
「……わかりません」
正直に、フェイトは自分の心に問いかけて返ってきた答えをそのまま口にした。
恥ずかしいという気持ちもあるが、それ以上に不安の方が強い。ではどうして不安になるのかと考えたとき、フェイトが思い至るものは1つしかなかった。
「嫉妬しちゃっているのはさすがにわかっています。ユーノが関わってきてるってことも。だからこれが好きってことなのかなって思ったこともあります」
ユーノがなのはやはやて、クロノに勇吾に那美、そして恭也に接することでフェイトを嫌な気持ちにさせてやろうなんて悪意などあるわけがない。そんなことは百も承知だ。ただフェイトが面白くないと感じるだけ。
フェイトとて小学6年生。男子より精神的な成長が早い年頃の女の子であり、学校でもそういう話題には事欠かない。恋に恋する何とやら。周囲の女子が話す内容、恋というのはこういうものだというイメージ、ドラマやアニメ、漫画で得られた知識もある。自分の状況とそれらを照らし合わせたとき、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、ユーノ・スクライアに恋をしているのではないか、これが恋なのではないかという考えに至るのは自然な流れであろう。加えて恋だと考えると嫉妬にしてもきつく当たってしまうことにしても、3ヶ月前にあそこまで必死になってユーノを止めようとしたのも、すべて納得がいく。ユーノに恋をする理由も闇の書事件以降のことを考えればわからないでもない。
ならば、なぜ『わからない』のか。
どうして『不安』になるのか。
「ユーノが好きだって誤魔化しているだけじゃないかなって思うんです」
「誤魔化している?」
なぜ、どうしてと問うまでもないことであった。首を傾げる那美を他所に、フェイトは眠る久遠をじっと見詰めながら。
「またユーノに『依存』してるんじゃないかなって」
『依存』を『恋』だと勘違いしているのではないか。
もっと言えば、『恋』だと思い込むことで『依存』していることから目を背けているだけではないのか。
ユーノとフェイトの心に深く根を張る『依存』は、ユーノとの戦いを通して脱却へのきっかけにはなった。だがなくなったわけではないからこそ、フェイトにとって当然の疑問であった。
『恋』だとすれば苛立ちや嫉妬もその理由となりそうなものもすべて説明がつく。しかし『依存』であっても説明がついてしまう。
なのはやはやてにクロノ、勇吾に那美に恭也。ユーノと近しい人にきつい態度を取ってしまったり、マイナスの感情を抱いてしまうのは、ユーノを取られるのではないかという恐れとも言える。つらいときに『依存』できる居場所を取られるという危機感だ。それが『依存』を刺激し、ユーノに近づく者を排除しようとしているのではないか。
だから、わからない。
本当にこれが『恋』なのか。それとも『依存』なのか。判断がつかない。
「……ごめんなさい」
「え? な、なんで神咲さんが謝るんですか?」
「そんな難しいことを考えているなんて思っていなかったんです」
好きな男の子ができて、恋愛感情が理解できなくてただ振り回されている。そんなところではないかと思っていた。まさかそんな難しいことを考えていたとは那美も思っていなかったからこそ、軽々しく恋愛話を持ち出したことを謝る。
「『恋』と『依存』ですか。難しいですね」
わずかに赤く染まり出した空を見上げながら那美が零す。フェイトも同じように見上げた。春になって冬よりは日が長くなったとはいえ、もう1時間もすれば夜となるだろう。
「心の中で大きな比重を占めるという点では、どちらも同じですもんね」
「あの……神咲さんは」
「――那美って呼んでくれていいですよ。ユーノくんだってそう呼んでくれてますから」
「あ、はい。じゃあ、その、那美さんは」
「はい」
「赤星さんとお付き合い、されてるんですよね?」
「ええ。私にはもったいないくらいの人ですよ。時々意地悪ですけど」
頬を染めながらもはっきり肯定する那美は幸せそうだった。恋をする女性は綺麗になるという話はフェイトも聞いたことがあるが、本当だったんだと思えるほどに。
ちょうどいいというのは失礼な言い方かもしれないが、フェイトは聞いてみたくなった。今まさに恋をしている那美に。
「フェイトちゃんに好きなのかって聞いておいて私が話さないのも不公平でしたね。面白い話ではありませんし恥ずかしいので、できれば誰にも話さないでほしいんですけど」
「もちろんです」
2人だけの秘密だと那美が口元に手をやりながら言うと、フェイトも頷きを以って返す。食いつきがいいというほどではないが、やはりフェイトも女の子。幸せな恋には憧れるものがある。『恋』であれ『依存』であれ真剣に向き合おうとしている姿に、那美は全力全開ななのはの親友だけはあるなと心が和む。
「最初はね、普通に学校の先輩後輩の関係だったんです」
勇吾との出会いは風ヶ丘高校1年生の頃。出会いと言っても当時2年生だった勇吾はすでに学校で人気者であり、友人と遠目に見ていた程度。本当の出会いと呼べるのは2年生の頃に再会した恭也に勇吾を紹介されたときだ。
「これは先輩も知っていることなんですけど。実は私、高町先輩のことが好きだったんです」
「え? 恭也さんですか?」
「はい」
恭也との出会いはずっと昔、小学生の頃まで遡る。当時、海鳴に遊びに来ていた那美は膝を壊した直後の恭也と出会い、自棄になっていた恭也との間でいざこざがあった。最終的には恭也の膝を霊力で治療し、恭也からは感謝されたがすぐに別れることとなり、高校で再会。恭也にとって那美は諦めないことの大事さを教えてくれた上、治らないと言われた膝に治る希望を与えてくれた恩人で、那美のことを何かと気にかけた。那美にとってもずっと気になっており、出会ったときから放っておけない男の子であっただけに、それが恋に発展しても何らおかしいとは思わなかった。
「フェイトちゃんももうわかると思いますけど、私の恋は叶いませんでした」
「…………」
那美の気持ちは通じず、那美自身も告白する機会もなく、恭也は忍と恋仲になった。
もうずいぶん癒えた傷なので那美としてはこうして話すこともできるのだが、フェイトにとっては気まずい。当人の那美よりも傷ついたようなフェイトに、那美は無意識のうちにフェイトの頭を撫でていた。
「月村先輩もいい人ですし、美人でスタイルもいいし、負けても仕方ないって思いました。思いましたけど……やっぱりつらかったですね、そのときは」
「…………」
那美は少し寂しそうに笑うが、暗いというほどではない。それがフェイトにとって救いだった。本気で落ち込まれたらどう言葉をかけていいものかわからないだけに。
「そんなときに先輩がそばにいてくれたんですよ」
辛いときは誰かがそばにいてくれるだけでありがたい。フェイトにもよくわかる。
だから勇吾が好きになったのだろうかと考えたフェイト。好きになるまでにはもうちょっと複雑な経緯があるのだが、実際その通りと言っても間違っているわけではないので那美は頷いておいた。
「ただね、私もそのとき悩んだんです」
「何をですか?」
「これは本当に恋なのかなって」
「え?」
「本当は高町先輩を忘れられない寂しさを先輩で埋めようとしているだけじゃないかって」
苦笑しながら話す那美は今でも罪悪感を持っているのではないか。フェイトはそう思わずにいられなかった。まったく同じというわけではないが、フェイトの今の心境に似ているところがあるだけに。
当時の那美はまさに『恋』と『依存』の間で揺れていたと言える。失恋の傷心を癒してくれた勇吾というそばにいてくれる人への恋と思い込むことで、未練や心の痛みから逃げて依存しているだけではないかと。
申し訳ないと思いつつも、フェイトはだからこそ気になって仕方がない。どうやって那美はそれを克服したのかが。
「期待外れな答えで申し訳ないんですけど、克服してお付き合いを始めたわけじゃないんです」
しかし那美の答えはフェイトにとって意外なものだった。好きで付き合ったというよりも、ただの流れだったと那美は言うのだ。
「先輩も過去にいろいろあった人なので、私のこんな気持ちなんてわかっていたと思います。それでもそばにいてくれましたし、私も手放したくなくて……幻滅したでしょう?」
「そ、そんなことありません!」
仮にフェイトがその立場に置かれたら、フェイトはその優しさや心地よさを振り払えるかどうかわからない。そこに縋ることが『依存』そのものだとわかっているし、『依存』には負けないという立ち向かう気持ちもある。ただ本当にその立場に置かれたときに魔性とも言える誘惑を振り払うことができるかどうか。ユーノとの一件は1つの前例。嫌われることも覚悟して立ち向かったことは自信に繋がった。しかし次もそうで在れるかどうかはわからない。『依存』との戦いはまさにこの迷いや誘惑との戦いとも言えよう。
幻滅などしない。目の前にいる女性も確かに弱さを持った人かもしれない。けれど彼女と勇吾の関係には『依存』などではない繋がりを感じるのだ。最初は弱さから流されただけかもしれない。それでもどこかで流れを断ち切って向き合ったからこそそんな繋がりを得たはずだから。
フェイトは、それが知りたかった。
いつの間にか身を乗り出して真っ直ぐな目で見上げてくるフェイトに、那美はクスリと笑いながら続ける。
「私が退魔師をしているのは知っていますか?」
「タイマシ?」
「フェイトちゃんたち魔導師とは違いますけど、霊力を使って魔を退治したり鎮魂したりするお仕事です。私の家、『神咲家』は代々退魔を担ってきた一族なんですよ」
神咲。珍しい苗字であるが、退魔の世界では世界的に知られた一族である。妖や悪霊を相手にし、説得して魂を鎮め、どうしても静まらない場合は退治も辞さない。『神咲一刀流』という剣術が表の社会でも知られているが、これは退魔時の戦闘技術である『神咲一灯流』からできた流派だ。
「と言っても私、実はフェイトちゃんと同じ養子なんですけどね」
「そうなんですか!?」
「はい。両親が妖に殺されて、助けてくれたのが神咲のお家だったんです。それでそのまま引き取ってくれて」
生みの親がいないという点ではフェイトと同じだが、殺されたとなるとフェイトはどういう顔をすればいいかわからなかった。暗い顔を見れば何を考えているかすぐにわかるので、那美は気にしないでほしいとフェイトの背中を軽く叩いた。
「私の両親の命を奪った妖……久遠なんです」
「……え?」
フェイトは自らの膝の上で眠る子狐を見下ろす。夕暮れの陽に当たりながら気持ちよさそうに身体を丸めて眠る姿はとても人を殺める妖などには見えない。しかし当時の神咲家の当主が傷を負うなど、久遠は妖の中でも相当の実力を持つ妖狐であったらしい。フェイトは恐る恐る那美に振り返ったが、那美の顔に憎悪などはない。とても優しい目で久遠を見ていた。
「最初は私も久遠のことは嫌いで。でも久遠にも悲しい過去があって、一緒に過ごすうちに大切な存在になっていって」
「……何か、あったんですか?」
「封印がね、解けそうだったんです」
「封印?」
「はい。その封印が解ける前に久遠を退治してしまうべきだってことになって」
「そんな……」
神咲の当主が深手を負うような相手である。そんな声が上がるのもやむを得ないと言えばやむを得ない。過去の人間の所業により久遠も人間に対して恨みを持っていたので、説得など通じるわけがない、通じなかったらどうするのかと。
神咲の一族さえ久遠討伐やむなしの意向が強かったある日、那美の義理の姉が久遠を討伐しようとした。それを必死に止めたのが那美であり、そのとき一緒にいた勇吾である。
「高町先輩のことがあった後のことで私もとにかく不安定になっていて、そんな状態で久遠を説得なんてできるわけがないと言われました」
神咲家は久遠の封印が間に合わなかったことで那美に対して罪悪感を持っており、久遠の生殺与奪権を与えていた。久遠を優しく育て、封印が解けるときに祟りになるようなら斬る覚悟を決めていた那美。しかし失恋に加えて勇吾との関係への迷いもあって精神的に不安定になっていた那美にその覚悟を貫けるのかわからない。義姉が独断行動に出たのも、そんな那美を気遣って那美に久遠を斬らせないためでもあった。
僅かな猶予を与えられた那美は、退魔師のことや神咲の家のこと、久遠のことを勇吾に話した。そこで勇吾が尋ねたらしい。
どうして久遠を斬らないのかと。親の仇だろうと。
「久遠は確かに人を殺めたり、他にもたくさん悪いことをしたりしてきました。でも人間側にも原因はありますし、久遠には霊力がそんなに高くない私よりたくさんの人を救う力があります。偽善と批判されることは承知の上で、それでも命あるものを救っていくことが罪滅ぼしになる。そう先輩に伝えたんです」
「赤星さんは何て答えたんですか?」
――『共感はする。けど、久遠に大切な人を奪われている立場だったら共感できるかはわからない』
勇吾ははっきりそう返したらしい。厳しい意見だが当然の意見とも言える。フェイトとてプレシアが悪いことをしてしまったのは事実なれど、プレシアを殺されてしまっていたら今頃復讐の鬼となっていたかもしれない。那美も今となってはその意見を受け入れるだけの余裕はあった。
が、当時の那美は違った。精神的に不安定だったからこそ、那美は勇吾に全面的な肯定をしてほしかったのだ。自分を、自分の意見を、受け入れてほしかった。
「……それは」
「『依存』ですよね」
フェイトにとってあまりにも理解できる当時の那美の心。かつてユーノに縋っていたのはユーノがいつだって理解してくれるから。ユーノならば理解し、肯定し、『大丈夫』と言ってくれるから。もしあの頃の自分がユーノに否定されていたら、愕然としたことだろう。
当時の那美は、まさに少し前のフェイトと同じだったのだ。
「高町先輩に会う前の先輩……以前のユーノくんがそうだったように完璧主義だった頃の先輩なら、きっと全面的に肯定していただろうなって後で聞いたときに言ってました」
だが那美に肯定を求められた勇吾は一部を肯定しながらもすべてを受け入れることは拒絶した。挫折を経験し、恭也に出会って変わった勇吾は、ユーノが目標とする今の勇吾と同じ。優しくも時にそれが害になることを理解し、大事に想う相手だからこそ突き放さねばならない強さを以って那美の依存を受け入れなかったのだ。
「那美さんは、それで……?」
「――引っ叩いちゃいました」
「え……」
「先輩を思い切り引っ叩いて出て行ってくださいって言って追い出しちゃいました」
階段から立ち上がり、那美は数歩歩く。そして鳥居の方をじっと見つめて。その時のことを思い出しているのだろうとフェイトにも何となくわかった。鳥居の下で勇吾を引っ叩く那美の姿をフェイトは想像してみるが、普段の2人の仲の良さのせいかあまり鮮明にイメージできない。
那美はフェイトを促し、本殿の階段の上に久遠を移してから本殿の奥へと連れて行く。神社の奥、少し森の中に入って行った先に、その跡は残っていた。
森がいきなり開け、大きめの家が丸々収まりそうなほどの大きさに穿たれたクレーター。草が生えては来ているものの、下の土は今も黒く焦げているのが見て取れる。周囲の木々も裂けて根元から折れたものや、不自然に曲がっていたり、枝が一部だけごっそり奪われていたり。
「これ、もしかして……」
「封印が解けた久遠と戦った跡です」
クレーターの端にしゃがみ込み、那美は生えている草に手をやる。呪いや祟りを込めて放たれる妖や悪霊の攻撃で傷ついた跡はなかなか消えない。草木が生えてこないこともある。それが生えてきているということは原因となった久遠から呪いや祟りがなくなってきているということ。当時の那美の甘いと批判もされた理想が叶った何よりの証とも言える。
「私1人のままだったら、きっと私は今ここにはいません」
久遠も討伐されていたかもしれないし、今もまだ祟りとして各地で暴れ回っていたかもしれない。
「赤星さんが来てくれたんですか?」
「はい。高町先輩と月村先輩と一緒に」
追い出された後も勇吾は気にかけて神社には来ていたらしい。恭也にしても八束神社のあるこの山は御神流の鍛錬に使う訓練場だったから、勇吾は恭也に気にかけてやってほしいと声をかけていた。恭也は御神流の剣士であり、忍は『夜の一族』と呼ばれる吸血鬼のような存在。むしろ勇吾だけが一般人だった。それでも勇吾は我先に窮地の那美のために飛び込んでいった。
「後で月村先輩に言われました」
――『好きな子のためにその子が恋をしていた相手に頭を下げてまで貴女のことを守ろうとしたんだからさ。そこんとこ忘れないであげて』
3人の助けを得て久遠を抑え、那美は久遠の祟りを斬ることに成功。久遠の力は小さくなったものの――それでもまだまだ強いのだが――命までは失わず、今では那美の退魔を手伝うパートナーになってくれている。
そしてもう1人。那美を守る人も一緒だ。
「どこで『依存』を振り払えたのか、いつ『恋』だと確信できたのか、正直に言って私でもわかりません。だからフェイトちゃんの悩みにこれといった回答をすることは、私にはできそうにないんです」
久遠の一件以後、那美から勇吾に気持ちを打ち明けた。よく勇吾が受け入れてくれたと那美は今でも思う。
恭也のことをまだ忘れられていないかもしれない。未練があるかもしれない。勇吾に縋っているだけかもしれない。それをそのまま伝えて。
「それでも……先輩と一緒にいたい。そう思ったんです」
夕暮れの赤にも負けないくらいに頬を染めた那美を見て、純粋にフェイトは綺麗だと思った。那美は今でも『依存』しているのかもしれないと言うが、きっともう『依存』から那美は脱却しているのだ。だから今の那美は一片の淀みなく――
「那美さんは、『恋』をしているんですね」
フェイトが温かい気持ちを感じながらそう言うと、那美は恥ずかしそうにしながらもフェイトの頭に鮮明に残るほどの笑顔を浮かべた。
こんな幸せそうな笑顔を、自分もできる日が来るだろうか。そうなれる相手が自分にも現れるのだろうか。と考えたところでユーノの顔が浮かんだフェイトは、自分の頬の温度が上がってしまうのを否応なく自覚した。
「私に言えることがあるとすれば、『恋』も『依存』も切っても切り離せないものであるということです」
「えっと……何となくわかります」
よかった、と那美は安心した。国語の成績は悪くないし本もよく読むが、それでも上手く伝えられるかはわからない。語彙力に多少の自信はあるが、自分でもドジであるのは自覚しているから。何しろ階段から転げ落ちて怪我をするのも「もう慣れました」と言ってしまうくらいに。
切っても切り離せない。そのくらい共通している部分があり、だからこそ『恋』なのか『依存』なのかを一概に判別できない。
わかるのだけれど、それはそれで困ってしまう。『依存』に対しては特に気を付けねばならないフェイトにとってはどうしても明確な基準が欲しいのだ。
「そうですね……『依存』は『恋』の一側面です。けれど『恋』が『依存』の一側面であってはいけない、かな?」
さすがに今度はフェイトもすぐにはわからなかった。那美もどう伝えたらいいものか頬に手をやって考え、何かを思いついて落ちている枝を拾い、地面に簡単な図を描き始める。
『恋』と書いて円を描き、その円の中に収まる『依存』と書いた円を描く。そしてもう1つはその逆。『依存』と書いた円の中に『恋』と書いた円が収まる図。
「恋をすれば、時に縋りたくなることもあります。私も退魔のお仕事をする中で救いきれなかった人がたくさん出ました。とてもつらくて、先輩に何度も泣きつきました」
「…………」
聞きながらフェイトもきっとそんな経験を自分もすることになるのだろうなと予感した。執務官になってもならなくても、人を助ける仕事をする以上、どうしたってそういう場面に遭遇することだろう。クロノにもよくよく言われている。すべてを救うことはできないと。その覚悟はあるかと。クロノも執務官として悲しい経験をしてきたわけで、その言葉にはとても現実味と説得力があった。
誰だって弱くなってしまうことがある。1人で立ち直る人もいれば、誰かの存在が支えになってくれることもあるだろう。つまり、誰とて依存してしまうことはあるということ。那美は『恋』の中に『依存』が内包された最初の図の方を指しながら続けた。
「先輩も受け止めてくれます。でもいつまでもクヨクヨしていたら叱ってくれます。喧嘩もしました」
「……全然見たことがないし、ユーノからも聞いたことがないからちょっとビックリです」
「みんなの前ではしたことがないだけですよ。だからユーノくんとフェイトちゃんの喧嘩を見ていて2人ともよくできるなあって変に感心しちゃいます」
「うう……」
縮こまるフェイトを前にクスクスと肩を揺らして那美は笑った。そして那美は『依存』が『恋』を内包するもう1つの図を指す。
「フェイトちゃんが恐れるのはこちらですよね」
「……はい」
「確かに、『依存』が『恋』より大きかったら、これはもうただの『依存』そのものです。『恋』していると勘違いしたら一層タチが悪いですよね」
那美はその図に大きなバツ印を上からつける。
『依存』することは誰でもあり得る。重要なのは、一時的になら、ということ。これが常になってしまったらもうそれは『恋』ではない。れっきとした『依存』だ。
「フェイトちゃんの求める答え、明確な基準というには物足りない回答になりますけど、私はこれを意識していることが大事だと思います」
「……私にできるでしょうか?」
「できると思いますよ?」
あっさりとそう言われ、フェイトは少し戸惑った。俯いて図をじっと見つめていた顔を上げると、むしろ不思議そうにしている那美。
「えっと……那美さん?」
「ふふ。ユーノくんから聞いてましたけど、フェイトちゃんって本当に自分のことが見えていないんですね」
自分に自信がないからそうなっちゃうのかな、と那美は頬に手を当てて困ってしまう。
ただ那美もわからないでもない。自分のことが一番わからない、わかっていないのが人間というものではないかと思うことはある。実際、フェイトが那美は『恋』をしていると言うが、那美は本当にそうなのかどうかまだ自信を持って言えるわけではないのだから。
滑稽な話であり、皮肉なことでもあろう。目の前にいる相手が悩んでいることは答えが出ているように見えるのだ。那美にしてもフェイトにしても。わかっていないのは自分自身とはこれ如何に。
「フェイトちゃんは『恋』と『依存』に悩んでるんですよね?」
「はい」
「自分が『依存』していた、今も『依存』が自分の中に存在していることを自覚していて、だからこそ負けないという意識を持ち続けている」
「そうです」
「だったら、その気持ちを忘れずに持ち続けている限り、私は『恋』と『依存』を履き違えることはないと思いますよ」
「……本当ですか?」
「はい」
「どうしてそんなふうに思えるんですか?」
「だってフェイトちゃん、実際にそれを意識した上で『恋』しているじゃないですか」
「え?」
自分が正しく『恋』をしている。そう言われてフェイトは何度も瞬いてしまう。他者からすれば実に間抜けた顔に見えているかもしれないけれど、フェイトにそれを気にする余裕はなかった。
那美はどうしようかと苦笑するしかない。何とはなしに勇吾が自分をからかう理由が少しわかった気がする。ドジな自分はこうして間の抜けた顔をすることが多々あるのだろう。だから勇吾もついからかいたくなるのかもしれない。だからと言ってからかわれることに快感を見出すような変わった癖は生憎と持ち合わせていないが。
「う~ん。じゃあちょっとヒントです」
「は、はい」
「フェイトちゃん、最初に言ってましたよね? みんなについ厳しく当たってしまったり嫌な感情を抱いたりしてしまうって」
「そうですけど……」
『恋』ならばただの嫉妬で説明がつくが、『依存』という側面から見ればユーノという『依存先』、つまり居場所を取られてしまうという危機感がそうさせているのではないか。フェイトはそう考えている。
「じゃあ、どうしてユーノくんにまで当たっちゃうんですか?」
「どうしてって……あれ?」
そんなもの決まっていると言わんばかりにフェイトはその先を言おうとして、しかし言葉が出てこなかった。むしろなぜユーノに当たってしまうのかと自分で疑問に思うくらいだ。
周囲の人間に当たってしまうのは説明がつく。だが他でもないユーノに当たってしまったらユーノに嫌われてしまうという危機感が働いてもいいはず。『依存』しているのであれば嫌われてしまうことは絶対に避けねばならないことなのだから。
ユーノなら嫌いに思われることはないという絶対の信頼。確かにそれはある。だから喧嘩ができる。喧嘩と言うより、普段の言い合いは互いの意見をきっちり隠さずに言っているだけというのがユーノとフェイトの認識だ。互いに遠慮してしまう性格だからこそ、2人の間でだけは隠さずに言いたい。だから翌日には普通に2人で勉強したり笑い合ったりすることができる。
しかし理由もなく当たっていたらいくらユーノでも不快に思う。普段の喧嘩とは訳が違うのだから。実際、今回の喧嘩はまさにそれだ。感情的になり、ユーノとなのはの間にある問題に、『わかり合っているのならさっさと会って話をすればいい』という極端な意見をぶつけてしまった。『依存』しているのなら、これは絶対にご法度のはずなのだ。
「ふふ……あはははは!」
「へ? あの、那美さん?」
「ごめんなさい。でもフェイトちゃんがわかっていない様子が本当に可愛いというか面白いというか……あはは!」
「わ、笑わないでください! 那美さん! もう!」
顔を赤くして知らないと踵を返すフェイト。那美は慌てて立ち上がって追いかける。が……つまずいて転んだ。別に大きな石や枝があったわけではないのだが。残念ながらフェイトは転んだ人を放置してさっさと行ってしまう性格ではなく、頬を膨らませながらも手を貸してしまう。
「あはは、ごめんなさい……私ってばこれだから」
「…………」
「あの、フェイトちゃん?」
「知りません」
ぷいっと顔を背けてしまうフェイト。フェイトのような美少女がやっても可愛いだけだとツッコミを入れたい那美であったが、余計に機嫌を損ねるだけなので黙っておく。
フェイトは拗ねてはいるものの、しかしやはり答えがほしいのかそれ以上先に行くことはなかった。恋する少女をこれ以上からかうのも悪いため、那美も悪ふざけはここまでにして。
「フェイトちゃんは『恋』か『依存』、ユーノくんとするならどちらがいいですか?」
「それはもちろん……」
「もちろん?」
「……那美さん、意地悪です」
からかうつもりはなかったのだが、からかわれていると思ったのかフェイトが軽く睨む。
「どこからわかってたんですか?」
恥ずかしい。
さっきまで恥ずかしさよりも不安の方が強かったのに、気づけば恥ずかしいという感情の方が上回っていることを感じながら、ある意味フェイトは認めながらも疑問に思ったことを問う。
「ほとんど最初から、でしょうか」
「な、なんで……!?」
最初はユーノが好きなのかと問われてもフェイトは顔を赤らめることもなかったのに。不安の方が強かったからだ。こうして那美のおかげでじわじわと自覚してきたけれど、どうして那美は最初からわかったのか純粋に疑問だった。同じような経験をしてきたからかとも思ったけれど、那美の答えはまったくの予想外で。
「だってフェイトちゃん、『恋』か『依存』かで迷っていたじゃないですか」
那美にすれば今更な質問でしかない。
フェイトは『依存』に対して敏感になっている。負けないと意識しているからこそだ。ゆえに『依存』が選択肢に出てくるのはわかる。
では『依存』でないとしたら何なのか。そこでフェイトが『別の何か』と言い表したのであればわからなかったかもしれない。だがフェイトは『
「~~~~!」
フェイトの顔が先ほどの那美よりもさらに真っ赤に染まる。それはそれは、夕暮れ真っ只中、一番空が赤く染まっている頃合いだろうに、そんな赤にも負けじとばかりに。むしろ夕暮れの赤がフェイトの顔をより赤く見せる。那美にとっては咄嗟に抱きしめたくなる可愛さであった。
「で、でも、あの、えっと……あう」
「落ち着いてください、フェイトちゃん」
フェイトの両手を取り、重ね合わせてその上から那美の手で覆う。優しく。するとフェイトも段々と落ち着いてきて、そして少しつらそうにする。
「ユーノは……なのはのことが好きだから」
「…………」
那美は自分のドジを恨んだ。忘れていた。完全に忘れていた。
勇吾も那美もユーノがなのはのことを好きであるということは知っていたのに。
しかし知っていたらフェイトを街で見つけたときに声もかけず、この相談にも曖昧に答えていたかと言えばそういうわけにもいかない。その恋は勘違いだと言えるわけもない。尊い、女の子にとって大事な心なのだ。否定されるべきものではないし、応援したいとも思う。まして弟や妹のように思う2人が恋をして幸せになるのであれば、どれほど嬉しいことか。
とは言え、ユーノの気持ちも大事だ。さすがの那美も返答に窮した。諦めよなんて言いたくはないし、さりとて気軽に応援もできない。
「……でも、諦めたく、ない」
「フェイトちゃん……」
だが他でもない、フェイトが強さを見せた。昔ならば遠慮して譲っていたかもしれないところを。
打算的なものもあった。
ユーノもなのはもお互いに一歩引いているところがある。ユーノの中でフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの存在が決して小さくないこともわかる。だから気持ちを伝えてこれから勝負をかけても遅くはないと。勝算が大きいわけではないけれど、だからと言ってゼロでもない。ならここで行動を起こさねば。何もせずにいたら何も始まらない。ただ終わってしまうよりよほどいい。
ユーノも言ってくれていたではないか。
――『羨んで妬んだよ、君を。『立ち向かう強さ』を持っていて、結果を出していける君を』
――『でもね……憧れだったんだ』
――『僕にとって。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンって子は、眩しくて、優しくて、温かくて……憧れだったんだ』
『立ち向かう強さ』を持って、実際に行動を起こしてきた。それが、ユーノ・スクライアの憧れたフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。ならばここで何もせずにいてはユーノの心を掴むことはできない。
だから。
「那美さん、私……ユーノと話してきます」
「……はい」
「あの」
「何ですか?」
「……もしダメだったら……そのときは慰めてもらっても、いいですか?」
思い立ったが吉日と言わんばかりに即行動に移す思い切りの良さに那美が驚く強さを持ったフェイトは、けれどやっぱり弱気なところもあって。そのギャップに苦笑を禁じ得なかった。
「もちろんです。でも最初からそんなこと言ってちゃダメですよ」
「……そうですね。ごめんなさ――いえ、ありがとうございます」
「はい」
フェイトの目線に合わせながら、那美は頭を撫でながら元気づける。自身の迷いはともかく、『妹』がやると決めたことを『姉』として全力で応援してあげたかった。
やると決めたら行動に起こすのは早い。フェイトは早速空間モニターを開いた。横で那美は異世界の技術にまだ慣れていないので驚いていたが。気づかず、フェイトはユーノの連絡先を表示させ、後はボタンを押せばコールできるというところで……指が止まった。チラリと那美を見るフェイトに、那美は安心させようとニッコリと笑って見せる。勇気づけられたフェイトは頷き1つ、さあ押すぞと指を動かしたところで。
逆にコール音が鳴った。
ビクリと身体を震わせるフェイト。驚いて目を瞬かせる。こんなときに誰だろうかと那美もタイミングがいいのか悪いのかわからない相手を知りたくて覗き込むと。
『ユーノ・スクライア』
まさにその人であった。
フェイトは那美と目を合わせ、この偶然に笑いを零しつつ応答する。
『――よかった、出てくれた』
空間モニターにユーノの姿が映った。喧嘩をしていたという割にはユーノの声は穏やかで、表情もどこかさっぱりしていた。
通信の先でユーノもフェイトがそのように映っていたので内心では疑問に思っていたのだが。あんな喧嘩をしたのだから嫌味ごとの1つ2つは覚悟していたし、そもそも応答してもらえないことも考えていたから余計に。
「どうしたの、ユーノ?」
『あ、うん。いま大丈夫かな?』
「大丈夫だよ」
フェイトは身体をずらし、那美が映るようにする。邪魔をする気はなかったので後ろに下がっていた那美だったが、ユーノが気づいたので小さく手を振っておく。律儀に会釈をして挨拶をするユーノ。
『那美さんのところにいたんだ。フェイト、いつの間に那美さんと仲良くなったの?』
「今、かな」
「そうですね。たった今とても仲良くなりました」
フェイトと那美、2人して顔を合わせてそう言うと、ユーノは何があったのか不思議そうな顔をする。それが2人には何だか愉快だった。
「ちょうどよかった。私も今、ユーノに連絡しようとしていたところだったんだ」
『僕に? 何かな?』
「うん。ユーノ、今から会えないかな?」
『あはは、奇遇だね。ちょうど僕も同じことをお願いしようと思ってたんだ』
「そうなんだ。通信では言えないこと?」
『そうだね。できればちゃんと顔を合わせて話したい』
その答えに変な期待感が出てきてしまうのは……仕方のないことか。フェイトはもちろん断ることなく、今からすぐに行くと応じた。ユーノは自分から行くよと言ったが、忙しいだろうし、フェイトも無限書庫に勉強道具を置き忘れたままだったので取りに行きたかったところだ。それにユーノと多くの時間を過ごした無限書庫の方が何だか気持ちも落ち着きそうで。
『わかった。無限書庫で待ってるよ』
「うん。それじゃ、一旦切るね」
『那美さんも、また』
「ちゃんとご飯とお休みは取ってくださいね?」
『お約束します』
苦笑したところを見ると今日はまだもう少し仕事をする気だったのだろうなとフェイトも那美も溜息をつく。これは分が悪いなと思ったか、早々にユーノは通信を切ってしまう。
「まったくもう、ユーノくんは……」
「何度も注意してるのに……」
那美もフェイトもまたワーカーホリックの気が出始めたユーノに呆れてしまう。変わり始めたユーノもこの無理をする性格だけはまだまだ矯正の必要があるらしい。
「じゃあ、那美さん。行ってきますね」
「はい――頑張ってください」
「はい!」
那美の応援を受け、フェイトは高鳴る心臓に逸る気持ちそのままに、トランスポーターのある自宅に向かって走り出す。那美はその背中を、鳥居の先に消えるまで手を振って見送るのであった。
勇吾から電話がかかってきたのはその直後であった。
フェイトが那美に相談したように。
ユーノが勇吾に発破をかけてもらいたくて連絡していたのだ。
それ自体はいいとしても。何の発破をかけてもらいたかったのか。
那美はその内容を聞いて、愕然とせずにはいられなかった。
「……先輩。今なんて?」
『ん? いや、ユーノくんがとうとう覚悟を決めたって話。ちゃんと話をするらしいぜ――』
――なのはちゃんと。