リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

42 / 47
本当に長い間を開けて申し訳ありません。



INTERLUDE 4-4

 

 なのはにすべてを打ち明ける。

 勢い込んで無限書庫にやって来たフェイトは、来てくれたことへの御礼と先日の喧嘩のことに謝罪するユーノが次に発した言葉に心を大きく揺さぶられた。心臓が一度大きく跳ね上がり、息苦しくなる。それまでも心臓は緊張や不安に跳ねてはいたが、期待も含まれていて、ユーノに笑顔で迎えられたときは温かいと感じて喜びに震えていたのに。今はただただ苦しい。

 

「そ、そう、なんだ……」

 

 それだけ絞り出すのがやっとだった。想いを伝えようとした相手からの不意の一撃をくらっていつまでも地震のように揺れ続ける心。フェイトは動揺を見せまいと必死に平静を装った。

 もしユーノが常の冷静な状態であるのなら、事も無げに看破しただろう。ユーノでなくても誰であっても動揺を見抜いただろう。そのくらい今のフェイトの笑顔は作られたものであり、しかもあまりにぎこちなかった。しかし幸か不幸か、隣に座るユーノも緊張していて目を伏せていたことで気づかなかった。ここに来たときのフェイトのように頬を赤くしており、恥ずかしがっている。幾度も見たことがある顔だ。なのはのことを想っているときに浮かべる顔。

 同じ想いを抱き、同じ顔をしていながら。想いを向けるベクトルがまるで違っていた。フェイトはユーノを見ていても、ユーノはなのはを見ている。

 どうして今なのか。なぜそれを自分に言うのか。その顔を自分以外に向けないでほしい。今ユーノの前にいるのは自分なのに誰を見ているのか。

 戸惑いや嫉妬などがごちゃ混ぜになった想い。それを必死に抑える。顔には、声には、態度には出すまいと。代わりのように、知らず知らずのうちにフェイトは手を握り締めていた。

 

「……どうして、私に?」

「フェイトには言っておきたかったんだ。いつまでもダラダラと先延ばしにして逃げていた僕を叱ってくれたのもフェイトだったし、それに――」

「『依存』と戦う仲間だから?」

「うん」

 

 隠し事はしないと約束したからね、とユーノはどこか晴れがましい顔で続ける。迷いがなくなった、こうと決めた真っ直ぐな目。イデアシードを手に入れようとしていたときも暴走ではあったものの、頑として譲らないユーノの真っ直ぐさがあった。あのときのような悲壮感もない。決意を秘めた男の目、と言ったら大仰かもしれないが、フェイトにはそう映った。その男の子に恋心を抱く身としては純粋に引き寄せられて。同時にその目が自分ではない、他の女の子に向けられていることが悔しくて歯痒くて。

 

「告白……するんだよね?」

 

 ユーノはさらに頬を赤くして忙しなく瞬きしつつ、若干の間を置いて頷いた。自分で聞いておきながら再び大きな衝撃を受ける心の叫びを、フェイトは唇を噛み締めることで耐える。

 単純に暴走した経緯を話すだけではないことくらいフェイトにもわかる。それだけならユーノが今日までなのはに言えなかったはずがない。加えて、以前よりさらに深くなったユーノとフェイトの関係、そしてフェイトが好意を抱いたからこそ、ユーノのことには敏くなる。

 皮肉なことに、だからこそわかってしまう。なのはに対する好意も、その裏にあるなのはへの罪悪感や責任感も。それらすべてが暴走に繋がった原因である以上、暴走のことを話すとなれば好意があることを言わずにはおけない。

 ゆえに話をすることができなかった迷いを、皮肉を通り越して酷なことに、払ったのが他でもないフェイト自身。生来の素直さを発揮できないままユーノにきつく当たったことが、逆にユーノの迷いを払う何よりのきっかけとなってしまった。しかもフェイト自身が恋を自覚して打ち明けようとした矢先に。これからなのはと正々堂々と勝負だと決意したのに、勝負は始まる前から決してしまっていた。

 これを皮肉と言わず酷と言わず、何と言えばいいのだろうか。如何に温厚なフェイトと言えども恨み節の1つも投げかけたいところ。しかし投げつける相手がいない以上、フェイトはただただ耐え忍ぶより他になくて。

 

「たぶん、ダメだと思うんだけどね」

「最初からそんなこと言ってちゃダメだよ」

 

 奇しくもここに来る前に那美に励まされたことを、今度はフェイトがユーノに言っていた。那美はユーノとフェイトが似ていると評したが、フェイトもこれではそう言われても仕方ないなと思いながら。

 

「大丈夫」

 

 フェイトはユーノの手をとり、両手で優しく包み込む。

 かつてこの手とこの言葉、そして温かさに救われた。以来ずっと支えられてきた。フェイトにとってまだまだ返しきれたとは思っていないほどの恩。少しでも返したい気持ちは変わらない。

 例えこれらが自分に一番に向けられないものであると理解していようとも。心が張り裂けそうであろうとも。

 

 

 

 一緒に『依存』と戦う仲間のために。

 

 

 

 想い合う仲にはなれなくても(想いを封印して)、ずっと親友でいるために。

 

 

 

「……フェイト?」

 

 酷な現実を受け入れようとするフェイトに、ようやくユーノも気づいた。恋は盲目と言うが、フェイトの温かい手に包まれて意識がやっとフェイトに振り向けられたのだ。

 フェイトの手が……僅かに震えている。視線を上げればフェイトは笑っていて。けれどその笑顔はとても固くて、今にも壊れそうな危うさがあった。

 

「怒るかもしれないけど、なのははきっとわかってくれるから。なのはとユーノの間には私たちじゃ敵わないくらい、深い絆がある。だからきっと大丈夫だよ」

「…………」

 

 励ましてくれているのだろう。

 ただユーノにはフェイトが泣きそうになっているようにしか思えなかった。気づいているのだろうか、手が震えていることに。声が震えていることに。

 むしろ自分こそがフェイトの手を取って支えてあげなければならないのではないか。直感のままにユーノはフェイトの手をさらに上から被せようとして。

 

「っ」

「あいたっ!? ちょ、いたたたたた! フェイト、痛い痛い痛い痛い!」

 

 フェイトがいきなりユーノの手を思い切り握り締める。被せようとした手はギブアップだと訴えるようにフェイトの手を叩く。それでもフェイトが放してくれそうな気配がないため、ユーノは半ば無理やりに引っぺがした。何をするのかと困惑の視線を向けるとフェイトの姿はなく、代わりに背中を押してくる力に歩かされる。

 

「あの、フェイト?」

「ほら、早く行って」

「いや、でも」

「私のことはいいから」

 

 振り向こうとしてもフェイトがそうさせてくれず、押されるままにユーノは扉の方へと進む。確かに行かなければならない時間になりつつある。けれど今はどうしてもフェイトのことが気にかかる。

 早く行ってという言葉が行かないでという言葉に聞こえて。私のことはいいからという言葉が私のことを気にかけてという言葉に聞こえて。背中を押す手がユーノの服を握り締めているのがまるで引き止めているかのようで。言動がすべて逆になっているかのようで。

 それは直感ではあるが、所詮は勘だと切って捨てられるものではない。なのはとユーノの間にある『最大の理解者』という強い繋がりと同じように、今はユーノとフェイトの間にも強い繋がりがあるのだから。その勘は信じてもいいはず。だからこそ勘を信じて強引に振り向こうとするユーノであったが。

 

「振り向かないで、ユーノ」

 

 ユーノが不審に感じ始めていることくらい、フェイトだって気づくことができるのだ。

 必死に心を押し殺し、言葉や行動の裏に入り込んでしまう気持ちを引き剥がす。振り向いてほしい、行かないでほしいという本心を完全に退けるように、ユーノの背中を押しながらも引き止めるようにユーノの服を握り締めていた手を少しずつ解いて。そのまま背中に体を預けたいという大胆な、けれどそれほどに募る想いを唇を噛み締めながら耐えて……今度こそ、ユーノの背中を優しく押す。自分から引き離すように。

 

「今は前だけ見て」

「フェイト……」

「1つのことに集中すると他が見えなくなるのが私の欠点だってユーノに言われたけど、ユーノはいろんなことに目が行き過ぎるのが欠点だよ。今はなのはのことだけ見て」

「……わかった」

 

 察せない部分はあれどフェイトが自分のためを思ってくれているのはわかるだけに、ユーノも振り向くのは逆に失礼だと戒める。

 どうしても気にはなるけれど、確かに今はなのはとのことに全力で当たらねばならない。ともすれば逃げ出しそうになってしまうのだ。今この時も。これからのなのはとの関係がどうしたって変わるのは明らかで、それがどういう形となるかはユーノにも分からない。わからないからこそ不安で、今日までのように腰が引けてしまう。フェイトはそんな自分に活を入れてくれた。さらに背中を押してくれる。『依存』と共に戦う仲間で大事な親友の気持ちを裏切るわけにはいかない。

 フェイトの気持ちに応えるために、ユーノは背中を押す手から離れて足を踏み出す。

 けれど、だからこそ。

 ユーノは一度だけ立ち止まって。

 

「ありがとう、フェイト」

 

 それだけは、言っておきたい。伝えておきたかった。

 

「行ってらっしゃい、ユーノ」

「行ってきます!」

 

 後ろ髪を引かれるようなどこか放っておけない気がかりを感じながらも、押し出してくれるフェイトの優しい言葉に後押しされて。

 ユーノはもう迷わないと司書室の扉を開けて駆けだした。

 

 

 

 

 

 思い切り扉を開けたはいいが、閉めもせずに向かっていくユーノの後ろ姿を見詰めていたフェイト。振り返されることはないとわかっていながらも胸の前で手を小さく振っていたが、やがてユーノが無限書庫から出て行くとその手をゆっくりと下ろし。

 

「……なのはのことだけ見てって言ったのに」

 

 手と共に頭も俯いていって。同時に必死に堪えていたものも溢れ出して床に落ちていく。1つ、また1つと。シミとなっていくそれらをどこか他人事のように見ていたが、拭うために目元に手をやる。しかし拭っても拭ってもきりがない。拭おうとする手を滴って床に落ちていく。

 

「……頑張って……て、言えなかったなあ」

 

 どんなに気持ちを押し殺そうともその言葉だけは言えなかった。ダメだなあとフェイトはふっと笑う。震える唇では歪な笑みにしかならなかったけれど。

 改めて自覚させられる。こんな簡単な一言さえも言えないくらいに。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは。

 

「……こんなに好きだったんだ……」

 

 痛む心を抑えるように両手を胸の前で握り締め、流れる涙に頬を濡らしながら、あまりに遅かった自身の想いへの気づきに後悔する。

 なのはに取られたくない。はやてであろうとアリサであろうとすずかであろうと。クロノであろうと勇吾であろうと那美であろうと恭也であろうと。他の誰であろうとも。

 ユーノが一番に信頼し、誰より想う相手になりたかった。

 

「……これが、『恋』、だったんだ……」

 

 今ならわかる。『依存』との違いが。

 『依存』ならばただの喪失感に襲われるだけだろうが、それだけでなく、喪失してなお熱い気持ちは消えない。ユーノを想う気持ちまで失うことはない。『依存』だったらユーノを取り返そうとでも暗い気持ちが働くだろうし、実際にそんな気持ちがないわけでもない。『依存』が今なお自分の中にある何よりの証拠なのだろうが、それよりも何よりもユーノを想う気持ちの方が強い。ユーノのことを想うからこそ、ユーノの気持ちが成就してほしい、ユーノが幸せになってほしいという気持ちの方がはるかに勝る。

 できることならば、ユーノをそうさせるのは自分でありたかったけれど。

 

「……『依存』には勝てたけど、『恋』では勝てなかったな……」

 

 ユーノの背中を押せた。引き留めたい気持ちの中にあった『依存』を振り払ってユーノの恋を優先できた。これはかつてのフェイトならばできなかったことだろう。いざというときにこそ『依存』を振り払えるかどうかが『依存』と戦っていく上で大切なこと。今この時、フェイトは確かに『依存』に打ち勝てたのだ。

 けれど『恋』は叶わなかった。だから本来ならば得られるであろう『依存』に打ち勝った手応えもまるで感じられない。

 

「……1つのことに集中すると他が見えなくなるのが欠点って言ってたけど……ユーノだってそうだよ……」

 

 気づかれてはいないと思う。なのはのことばかり見ていたユーノだから。どうせ気づいたところでユーノのことだから『まさかそんなはずがない』とでも思うのだろう。

 だからあの『ありがとう』は、ただ勇気づけて励まして背中を押したことへの御礼。それだけ。自分の中の熱い想いは知らず、純粋に感謝しただけに過ぎない。それ自体は悪いことではない。けれど今この時ばかりは、鈍感が罪だと知るべきではないだろうか。

 

「……初恋は実らない、だったっけ……」

 

 とは言え仕方がない。鈍感で同い年で幼馴染でなのはに恋をしていると知りながら、その男の子を好きになってしまったのは他でもない自分自身なのだから。

 でも。それでも。

 

「……ユーノの……馬鹿……っ!」

 

 このくらいは、許してほしい。

 文句の1つをぶつけるくらいは。

 床に頽れながら涙を流すフェイト。他に誰もいない無限書庫で、彼女の嗚咽だけが虚しく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴臨海公園から見渡せる海は綺麗なもので、だからこそ人気の場所である。生憎と夜はさすがに暗くて海は楽しめないけれど、周囲に高いビルはあまりないことで人工の照明が邪魔をしないために、雲がない日は夜空に広がる星を楽しめることで有名であった。

 

「ごめんね、こんな時間に」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 今夜もチラホラと人気のある海鳴臨海公園。そこにやってきた車椅子に座るなのはと車椅子を押すユーノ。小学6年生に当たる2人がいるのは少々問題になりそうな時刻だけに人目を引いたが、可愛らしいカップルと言えばそうとも映るのか、微笑ましそうな目を向けられるだけで済んでいる。

 なのはもユーノも視線には気付いていた。そんな余裕がないほど緊張していたはずだが、改めてこうして2人になると2人の間にある『最大の理解者』という強い絆がいい方向に働いたらしい。

 

「…………」

「…………」

 

 ただ本題にはなかなか入れなかったが。さすがにこの絆もそこまで都合よくは働いてくれない。むしろ今はその絆が一番の問題を抱えているとも言える以上、仕方のないことか。

 

――やっぱり背中が冷たい。

 

 言葉にせずとも2人は感じていた。ある意味通じ合っているようで、実際のところは通じ合えていないからこそ冷たく感じている。以前は無言の時間も心地良かったのに、今は居心地が悪い。さりとて本題を切り出せない以上、世間話をしようなんて空気でもない。

 無言のまま、2人は海鳴臨海公園を進んでいく。どこに行くのかをユーノが示すことはなく、なのはも聞かなかった。

 言う必要も聞く必要もなかったからだ。

 こうなった以上、話し出すきっかけが必要だ。そのきっかけとなる所は『あの場所』しかない。海鳴臨海公園にある林。遊歩道から少し林の中に入った先。僅かに開けた空間。車椅子で林の中に入っていくのは大変なので、遊歩道からその空間へと視線をやる。

 

「ユーノくん、ちょっと立たせてくれるかな?」

 

 ユーノを振り仰ぎながらなのはは声をかけた。ユーノは頷いて肩を貸し、まだまだ歩くどころかまともに立てないなのはを支える。

 

「……見えた」

 

 何が見えたのかなんていちいち聞くまでもない。暗くて街灯の光が届くか届かないか微妙なあたりにある『あの場所』。

 

 

 

 なのはとユーノが初めて出会った場所。

 

 

 

 3年前のちょうど今頃。なのはが小学3年生に上がって間もない春。暗がりの中、わずかに見える『あの場所』で、2人は出会ったのだ。

 

 

 

 すべての始まりとも言える『あのとき』、『あの場所』。これほどなのはとユーノが語り合うに相応しい場所はない。

 

 

 

「本当に? なのはって夜目が効く方じゃなかったのに」

「にゃはは、夜間訓練もしてたからかも。夜の鍛錬に行くおにーちゃんとおねーちゃんを追いかけて山に入ったこともあるし」

「それ、気づかれなかったの?」

「もちろん気付かれてました。しかも暗すぎてすぐ見失っちゃって。ちょっと怖くなってきたところに後ろから……」

「あはは。恭也さんも美由希さんもなのはをからかうの好きだからね」

「笑い事じゃないよ、ユーノくん。本当に心臓が止まりそうなくらいビックリしたんだから」

「ごめんごめん。でもあの2人の気配察知の鋭さは尋常じゃないことくらい、なのはも知ってたでしょ?」

「……夜間訓練でちょっとは自信があって」

「油断大敵? それとも自信過剰?」

「両方とも言われました……」

「そう言えばなのは、いきなり索敵魔法を教えてほしいって言ってきたことあったね。気配を消す魔法はないのかっていうのも同時に。もしかして、その出来事が理由?」

「さすがユーノくん」

「なのはってわかりやすいよね」

「うう……」

 

 それまでの言葉少なさが嘘だったように、なのはもユーノも笑顔も見せながら言の葉を交わす。久しぶりに交わす絶妙な会話の間、期待通りのリアクションに、共に嬉しさを感じた。

 変わらないものなんてない。互いの存在が大事なものであるという事実も、その大事さが強まるなり弱まるなりする。けれど、大事なものであるということそれ自体は変わらない。

 この事実を感じることができた。今はそれが何より嬉しい。

 そして。だからこそ。

 きちんと、大事な存在には打ち明けなければならないと。改めて自身に訴えかけるものを感じて。

 もういいよと声をかけるなのはに応じ、ユーノはなのはを車椅子に下ろした。しばらくの間、『あの場所』へと視線をやりながら再びの無言を挟んで。

 

「……3年前になるんだね」

「……うん。3年、経った」

 

 『まだ』3年。それとも『もう』3年か。長いようで短いようで。

 確実に言えるのは、この3年はなのはにとってもユーノにとっても、それまでの人生の中でも、そしてこれからの人生にとっても、忘れられない3年になるだろうということ。

 

「あのときはね、ここからじゃ『あの場所』は見えなかったんだ」

「はやてほどじゃないけど、なのはも小柄だもんね」

 

 子供にとって、特に成長期に当たるなのはとユーノには、身長は大きな変化の1つ。女子の方が成長は若干早く来るので、今のなのははユーノとほぼ変わらない。出会った頃はユーノの方がやはり大きかったのだ。3年という時間を否応なく感じた。

 

「私にとってあの出会いは本当に運命だったよ」

「…………」

 

 その言葉が、本題の始まり。

 もちろん理解してなのはは口にした。この夜のお誘いがユーノからだったから、話し始めるのは自分から。そうでないと対等じゃない。

 

「ユーノくんにとってはどうだった?」

「僕は……」

 

 なのはは真正面に立つユーノへと穏やかな目を向けて問いかける。一度言葉を切るユーノ。若干の逡巡。苦い表情。そこになのははいろんな感情を見て。しかしユーノの答えを待つ。

 

「うん。僕にとっても運命だったよ」

「そっか」

 

 その言葉に嘘はない。ユーノはきちんと伝わってほしいと願い、なのはは伝わったことを伝えるようににっこりと笑い返した。

 

「大切で、本当に大事な、決して忘れられない、忘れたくない出会いだよ」

「うん。私も」

 

 満面の笑みに心からの温かい想いを湛えるなのはに、ユーノは頬を赤くする。好きな女の子が大好きな笑顔を見せ、それも自分との出会いをこれほど大切にしてくれているのだ。嬉しさに頬くらい赤くする。

 同時に、これ以上なく後悔の念を抱いた。

 

(ああ……僕は本当に馬鹿だ)

 

 馬鹿馬鹿とクロノとフェイトに言われてきたが、今ばかりは受け入れざるを得ない。

 最初からこうすればよかったのだから。

 この始まりの記憶、そこに宿るたった今口にした通りの想いのままに、それだけを信じていればよかった。これこそがなのはとユーノの間にある『最大の理解者』の根幹にあるものだったのだから。

 ただそれだけでよかったのに。

 

(僕は……逃げた)

 

 信じるということは大変だ。疑おうと思えば人はいくらでも疑うことができてしまう。その方が簡単で楽だから。

 信じきることができず。『依存』に勝てず。弱いままに流されてしまった。

 今日まで話せなかったのも同じこと。また逃げていた。

 でも。もう逃げない。そう決めて今日、こうしてなのはと会い、ここに来た。

 

――『逃げるな、ユーノ』

 

――『大丈夫』

 

――『今は前だけ見て』

 

 逃げていることを突きつけられ、裏切りだと断言されて。でも最後には背中を押して送り出してくれたクロノと、そしてフェイトのためにも。

 

「なのは」

「うん」

「僕はなのはに話さないといけないことがあるんだ」

「うん。聞かせて」

 

 まっすぐになのはの目を見ると、なのはも真剣な表情で受け止める。

 

「イデアシードのことはもう知ってるよね?」

「うん。自分の記憶を代償にして願いを叶えるロストロギアだよね?」

「そう。ジュエルシードを基にしてトライアン皇国っていう旧ベルカ時代の技術大国が作り出したもの」

 

 なのはとてユーノが話さないからといって何も知らないままでいたわけではない。足が動かなくても調べられることはある。ましてユーノが発表した論文は大々的にミッドを中心に次元世界に広く知れ渡ったのだ。なのはの耳にも自然と入ってくる。

 ユーノが何をしようとしていたかなんてそれさえ聞けばわかる。『最大の理解者』という絆は伊達ではない。だからなのはが知りたいこと、そしてユーノが話さねばならないことはその先だ。

 

「私がそんなことされて喜ぶわけないって、それくらいユーノくんならわかってくれてるよね?」

「うん。わかってたよ」

「じゃあ、どうして? どうしてそんなことしようとしたの?」

「……僕はね、なのはにずっと『依存』してきた」

 

 3年前の今頃、この場所で。なのはに救われた。それだけならば『依存』することはなかった。しかしその日からなのはと共に在り、当時のなのはが抱いていた疎外感や無力感などを知っていって、どうしようもなく似ていると感じ、ユーノはなのはへの親近感や連帯感からだんだんとなのはに対する『依存』を深めることになった。言ってしまえば、『最大の理解者』という立ち位置に『依存』していたと言ってもいい。

 

「でもユーノくん、いつも一線は引いてたよね?」

「やっぱり気づいてたんだ」

「当たり前だよ。私とユーノくんの仲なんだから」

 

 ユーノの『依存』が泥沼に嵌まるのを防いでいたのは、ユーノがなのはに抱いていた罪悪感や責任感。すなわち、なのはを魔法の世界に引き込んでしまったという思いに他ならない。なのははもちろんそれに気づいていて、だからこそユーノには感謝している、ユーノが自分を責める必要などないと、時に言葉で時に態度で何度となく示し続けていた。

 フェイトへの『依存』との違いは、まさにここにある。フェイトは元々魔法世界の住人だったし、罪悪感や責任感を抱く理由はなく、そして何より、ユーノとフェイトの『依存』の相性が問題だった。仲間たちに依存するフェイトと、仲間たちに頼られることに依存するユーノ。この相性が最悪なまでにマッチしてしまったがゆえにどんどん深みに嵌まっていってしまった。なのはは仲間たちに頼られることで無理を押すタイプなので、どちらかと言えばユーノ寄り。だから共依存になるようなことはなかった。

 

「でもなのはが堕ちて、僕はこの罪悪感と責任感に押し潰されそうになった」

「……ごめんね」

「そんな。なのはが謝ることじゃないよ」

「ううん。これは謝らないといけないことだよ」

 

 なのはにとってもユーノの存在は大きかった。無理を重ねて周囲が見えなくなっていた時期、最後まで頼り続けたのがユーノだった点からも明らかだ。ユーノが身体や心を気遣ってくれていたことはしっかり覚えている。それを曖昧に流して無視してきたのはなのは自身。堕ちでもすればユーノの罪悪感や責任感を増大させてしまうことなどわかりきったことなのに。

 それでもユーノはやはりなのはが謝ることではないと重ねた。

 

「無理をして堕ちたことについてならともかく、僕が罪悪感と責任感に押し潰されそうになったことは別だよ。なのはは気にしてないって言ってくれてるのに抱き続けているのは僕自身なんだから」

 

 ユーノの罪悪感と責任感はユーノ自身のもの。なのはが肩代わりをするものではないのだから。が、なのはも引き下がらない。

 

「でも通じ合えなくなってきたのがユーノくんに負担をかけてたはずだよね?」

「それは……」

「通じ合えなくなってきたのはユーノくんのせいじゃない。私が周りの声を聴かなくなっていったのが原因。だからやっぱり私も謝らないと」

 

 なのはの言うことも事実である。罪悪感と責任感、そしてなのはとの間にできてきた溝が、何よりユーノを追い込んでいったのだから。

 互いに謝り、謝罪合戦になりそうなのでやめようかと苦笑し合う。

 

「それでもね、僕はなのはとの絆を信じて行動すればよかった。それができなかったんだ」

 

 本来のユーノなら、なのはに時に厳しく当たる。なのはを導く役目はユーノだったのだ。

 だがその役目を果たしたのは――クロノだった。クロノが悪いわけではなく、ユーノがその役目から逃げてしまったのが悪い。挙句、ユーノはクロノを責め、クロノと絶交さえ宣言してしまった。

 

「情けない嫉妬だよね」

「ユーノくん……」

「そうして逃げて、逃げた事実を突きつけられて、嫉妬してさ。『最大の理解者』っていう立ち位置にまだ『依存』しようとしていることに気づかされて……あんなひどい目に遭って、死にかけて、こんな後遺症まで負ったなのはにまだ縋りつこうとしている自分が嫌で」

「だから嫌われようとしたの?」

 

 なのはの責めるような視線を真正面から受け止めつつ、ユーノは頷いた。

 暴走した最後のトリガーこそクロノの『嫌われてでも為すべきことがある』という言葉なれど、クロノの責任ではない。何よりはなのはとの絆を信じ通せなかった、強く在れなかったユーノ自身の責任である。

 

「ユーノくん」

「うん」

「二度としないで」

「……うん。約束するよ。絶対にしない」

 

 静かに怒るなのは。なのはに原因がまったくないわけではなくても、これは怒らずにはいられない。

 『最大の理解者』だからこそ、怒らねばならないのだ。

 激昂するわけではなかったが、なのはの怒りは十二分にユーノに届いた。何しろ先ほど『忘れたくない出会い』と言っておきながら、やってしまったことはそれと真逆の行為。裏切り以外の他に何と言いようがあろうか。これでは先の言葉などまったく信用できないと言われても文句は言えない。

 しばしなのははユーノを睨みつけていたが、視線を逸らすことなく受け止め続けるユーノに肩の力を抜く。

 

「ユーノくん。その言葉、信じていいんだよね?」

「一度裏切った身でおこがましいことはわかってる。でも、もう一度だけ信じてほしい。そして見ていてほしいんだ。これからの僕を」

「うん。じゃあ、今回は許してあげる」

「ありがとう、なのは」

「でも次はないよ?」

「肝に銘じておくよ」

「それと、ユーノくんもこれからの私を信じて見ていてね。もうあんな間違いはしないから」

「了解」

 

 互いに笑みを浮かべ、どちらからともなく手を差し出す。もう一度、互いにやり直そうと。誰も見てはいない、2人だけの誓いの儀式だ。

 この瞬間、それまでの『最大の理解者』という絆は一度リセットされた。これから始まる関係は、それまでの絆ではない。

 ではこれからの絆はどんなものになるのか。

 ある意味、これが何よりなのはとユーノが今日まで互いに話を切り出さなかった何よりの理由と言える。

 

「お話は、これでおしまい?」

「……ううん。もう1つあるんだ」

 

 察しはついていると思うけど、という言葉をユーノは飲み込んだ。

 このなのはの生まれ故郷である日本には『察し』の文化があることはユーノも知っている。良くも悪くも日本の文化や国民性として定着しているこれは、なのはたちと接するうちにユーノやクロノにも染み込んできていた。

 が、今は『察し』で済ませるべきではないとユーノは判断した。はっきり言葉で示すことが重要だから。ましてもう『最大の理解者』ではないのだ。今までその絆で通じて済ませてきたものであっても、今この時からは違う。

 

「なのは」

「はい」

 

 覚悟はしてきた。それでも手が震え、頬が赤くなり、心臓が跳ねるのは如何ともし難い。3年間抱いてきた想い、余さず伝わってほしいとばかりに、ユーノは一度大きく息を吸って。

 

 

 

「僕……なのはのことが、好きだ」

 

 

 

 言った。言えた。言ってしまった。

 続く言葉はさすがに出てこなかった。他に気の利くような言葉も何も出ない。言えば伝わる想いを薄めてしまうだけのような気がして。

 

「――――」

 

 一方、なのはは何とはなしに察していたとは言え、はっきりと口にされて言葉を失っていた。何か言わなければならないとわかっているが、言葉が出てこない。

 答えはもう出ているのだ。ただそれをどう言葉として伝えればいいのかがわからない。

 最初に心を満たしたのは嬉しいという気持ち。なのはだって女の子だ。親しい男の子、それもつい今の今まで『最大の理解者』という絆で結ばれていた相手から言われ、なのはとて少なからず恋心のようなものを抱いていた身として嬉しくないわけがない。

 

 

 

 だからこそ……できる限り、傷つけたくない。

 

 

 

 それがどんなに偽善であろうと、そう願ってしまうのは悪いことだろうか。

 俯くなのはに、ユーノは固くなっていた顔を緩め、先ほどの緊張した告白の一言よりもずいぶんと力が抜けていつもの優しさが戻った声をかける。

 

「なのは。迷わなくていいよ。どんな答えでも僕は受け入れるから」

 

 思ったままに言ってくれればいい。

 いつものユーノらしい言葉であった。

 いつでも優しくて受け入れてくれるユーノ。困っていると必ず助けてくれる。迷っていると道を示してくれる。いつだって守ってくれていて。

 だからいつも背中が温かかった。久しぶりのその温かさを、よりにもよって今こんなときに感じて。

 なのはは、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 ユーノのストレートな告白と同じように、ストレートな答え。何を言っても言い訳がましい気がして、どうしたって傷つけてしまうことに変わりはなくて。

 なのはの答えに、ユーノはしばし何も言わなかった。少しずつ自分の中に受け入れていくように目を閉じて顔を俯かせていたが、ややあって。

 

「ありがとう、なのは」

 

 満面とはいかなかったが、何かを果たしたような、清々しい笑みを浮かべてユーノはお礼の言葉をかける。

 少しだけなのはは意外だった。無理をしているのだろうことはわかるし、ユーノらしい対応だとも思う。だからその点ではなく、『ごめん』ではなく『ありがとう』と言ったことが意外だった。

 でも少し考えれば、これが今と少し前までのユーノとの違いであり、何より、早速ユーノが変わったことを示すものだとなのはは気づいた。

 

「わかってたんだ。きっと断られるだろうなって」

 

 弱気な気持ちがそう思わせていたというのももちろんあるけれど。それを除いても断られるだろうとユーノは察していた。

 

「なのはが本当につらいときにこそ支えるべきだったんだ。それでこそ『最大の理解者』だったのにね」

 

 本当に馬鹿だったのだ。

 だから思いっきり罵倒されることも覚悟していた。叩かれるかもしれないし失望されるかもしれない。裏切り者と言われたって仕方がない。

 なのになのははそうせず、ユーノの告白を真正面から受け止め、そして断った。告白を断る、それも憎からず大切に思う友達からの告白ともなれば断るのにも勇気がいるし、大なり小なり2人共に心が痛む。なのははそれにも一切文句も何も言わず、ユーノのことを気遣いまでして。

 それにユーノには告白はしないままに思いを封印するという選択肢もあった。けれどそれは逃げているだけ。時に逃げることもありかもしれないが、逃げ続けてばかりだったからこそそうするわけにはいかない。とは言え、それはユーノの都合であってなのはには関係のないこと。それでもなのはは告白に真っ直ぐ向き合ってくれた。

 そんななのはだからこそ、ユーノが言うべき言葉は『ありがとう』で正しいのだ。

 

「……ユーノくん、早速約束守ってくれたね」

「約束を交わした直後に反故にしたんじゃ、話にならないし」

「ふふ。ユーノくん、本当に変わったよ」

「そうかな?」

「いつもなら絶対に『ごめん』って言ってたもん」

「そうだね。以前の僕ならそう言ってただろうね」

 

 ちょっとは前に進めているのかな、とユーノは笑う。笑って見せる。

 その笑顔に、なのはも少し後悔の念が湧いてくる。謝ってばかりだったユーノがこんな笑顔を見せるようにするのは、本来『最大の理解者』であった自分のはずだったのだから。けれどそれを為したのはなのはではない。

 

「ねえ、なのは。1つ、聞いてもいいかな?」

「なに?」

「なのはが好きなのって、やっぱりクロノ?」

「――にゃっ!?」

「あ、やっぱりそうなんだ」

 

 一瞬で顔を赤くするなのはに、ユーノは特段驚くこともなく、いろいろと複雑な感情が詰まった息を吐くばかり。

 誤魔化すことが下手ななのはだが、普段ならもう少し抑えることも隠すこともできたろう。しかし唐突だったことが災いし、あからさまな反応をしてしまうのを抑えられなかった。

 

「にゃ、や、やっぱりって、はにゃ、えと、あの……!」

「落ち着きなよ、なのは」

 

 無理に決まっているだろうに。ユーノもそれがわかっていて言っているのだろう。これはからかっているなとなのはも少しずつ収まってくる動揺とともに理解し、顔は赤いままにユーノを睨み据える。しばしの間、どうどうと抑えようとするユーノと睨むなのはという構図が続いた。

 

「……わかっちゃう?」

「そりゃあね」

 

 こっちはずっとなのはを見てきたわけだから。そう言うユーノに、なのはは『最大の理解者』というのも時として考えものだなあと思う。乙女心を察してほしいときもあれど、読まれすぎるというのもあまり好ましくない。

 

「たぶん僕じゃなくても気づいているんじゃないかなあ。はやてとかすずかとか。アリサもかな。フェイトは……どうだろう?」

「ちょ、ちょっと待って! 気づいてるって、ユーノくんだけじゃないの!?」

「……なのは、気づかれてないと思ってたの?」

「なんでそんな呆れた顔するの!? にゃあああああ! なんでなんでなんでなんでええええ!?」

 

 『最大の理解者』とかどうとか以前にわかりやすすぎる。ユーノは自分がこういった恋愛事にむしろ疎い方だと分析しているが、それでもなのははわかりやすかった。恋愛事に鋭いはやてやすずかにアリサ、ましてや彼女たちの年頃を考えればこういう話題に敏感になるだろう。近しい友達、それも親友の恋愛事情ともなれば尚更に。

 前々からユーノもはやてにフェイト、さらに最近では勇吾や那美にも恋愛事ではバレバレだったからからわれていた。それを思い出すと、こんな微笑ましい感覚だったのかなあと珍しくからかう側に回って新鮮な感慨に耽る。いつまでも耽っているわけにもいかないのでキリのいいところで慌て続けるなのはを宥めに入るも、なのはに涙目で見上げられて後ずさる。いくら振られることがわかっていて実際に振られたとは言え、直ちに恋心がなくなるわけではない。むしろ未練たらたらである。そんな身になのはの涙目・真っ赤な頬は危険すぎる。咄嗟に抱きしめたくなる衝動を抑えるのが大変だった。

 

「え~っと、さ。クロノに対してどこか遠慮してない?」

「…………」

 

 狙ったわけではないが、ちょっと気になっていたことを口にすると、慌てていたなのはがピタリと止まった。

 

「……そんなに私ってわかりやすい?」

「わかりやすいって言うか、ん~、何か一線引いてた僕みたいな感じだったからかな」

 

 内心では『そりゃわかるよ』と思っていたが、そこは察するユーノ。上手く言葉を濁してやり過ごす。ほっと胸を撫で下ろすなのはの様子に、クロノにまでばれないかとでも思っていたのではないだろうかと推測してみた。

 

「なのはは自分の気持ちに真っ直ぐだからね。迷いはしても決意したらぶつかっていく」

「それが悪い方にいくこともあるんだけどね……」

 

 足をさすりながら目を逸らすなのは。自らの暴走が今の自分の状態を招いただけに、素直にユーノの評価をプラスに受け取ることはできない。

 そんななのはに、ユーノはこの問題がなのはにとってかなり重たくのしかかっていることを理解した。クロノを好きだということは間違いない。そこはなのはも認めている。自覚もある。ならばその気持ちに真っ直ぐに応えていくことができない理由はいったい何なのか。

 

「良かったら、相談に乗るよ? もちろん話しにくいことだろうから無理にとは言わない」

「……えっと」

 

 両手の人差し指を合わせてモジモジするなのはは、チラリとユーノを見たもののやはり踏ん切りがつかないようで。

 実際、なのはにすれば少々話しづらい。ユーノが告白してくれて、しかも振った直後である。自分が好きだと言ってくれたユーノを前にクロノのことで相談を持ちかけるのは、あまりにデリカシーがない気がするのだ。

 が、ユーノからすれば気を遣ってくれるのはありがたいものの、これからのことを考えると今は気にしないでほしかった。

 

「僕のことなら気にしないで。そりゃまあ僕も複雑な気持ちはあるけど、こうしてさ、お互いに気を遣ってだんだん疎遠になる方が僕は嫌なんだ」

 

 ある意味、それが怖くて告白できなかったというのはある。以前のユーノならば、断られてもいつまでも引きずってなのはを避けるかもしれない。まだまだなのはを好きな気持ちは消えないし、整理できるまで時間がかかるだろう。でもその間になのはとの関係が途絶えてしまうのはお断りだ。

 なのはにしてもユーノは大切な親友。魔法との出会いのきっかけを作ってくれた男の子であり、最初の魔法の師匠でもあり、背中を預けることができる仲間であることに変わりなどない。だからなのははまだ少し迷ったけれど、ここはユーノの芳心に甘えることにした。

 

「あのね」

「うん」

「私って、尻が軽いのかなって」

「ええっと……ごめん、なのは。どういうことかな?」

 

 さすがにいきなりすぎたか、何でもかんでも以心伝心とはいかないらしい。申し訳なさそうにするユーノに、なのはは気にしないでと返しながら少しずつ話す。話しながら今一度自分の気持ちを整理して。

 

「私ね、最初はおにーちゃんのことが好きで。もちろん兄妹だから無理なことはわかってたし、もうさすがに昔の話だけど」

 

 いくらユーノ相手と言えども異性に自分の恋愛談を話すのは恥ずかしい。ただユーノは真剣に、それでいて優しい微笑みを浮かべて聞いてくれるから、なのはは頬が赤くなるのを自覚しながらも落ち着いて話すことができていた。

 恭也への初恋に敗れたなのは。心の整理もつけて恭也とは仲のいい兄妹を続けている。そんななのはにとって次に異性を意識した相手は、やはりユーノだ。さすがになのはだって年頃の女の子。初めてできた異性の親友を意識するのは必然とも言える。自分をいつも支えてくれた背中の温かさは、かつて恭也に抱いていた想いの熱さがまるでなかったかと言われれば嘘になる。ユーノが引いていた一線がなければ。どこまでも互いを信じて今回もなのはを支え、立ち上がらせたのがユーノであったならば。その温かさは信頼や友情から恋慕へと昇華していったかもしれない。

 だが今こうしてなのはが恋を意識するのはクロノだ。

 

「そっか。そういうことか」

 

 ここまで言えば察しのいいユーノのこと、なのはの言葉の意味を理解するに足る。

 要するに、ユーノを意識していたくせにクロノの方に想いが向いてしまったことを、なのはは尻軽なのではないかと悩んでいるわけだ。

 クロノは恭也と似ているところも多く、クロノ自身が恭也を目指しているともなれば尚のこと恭也のようになっていくだろう。もしかするとクロノへ向ける想いは、過去のものになったと思っていた恭也への初恋が実はいまだになのはの心の中に燻っていて、それが恭也に似たクロノに対して反応しただけかもしれない。恋多き少女なんて言えば聞こえはいいのかもしれないが、誰かを好きになるということは大きなことであり、軽々と移ろいゆくようなのはどうだろうかと。

 

「なのはには悪いんだけど、ちょっと嬉しいかな」

「え?」

「なのはがそうやって悩んでくれるほど、僕の存在がなのはの中に確固としてあるんだなってわかったから」

「……ユーノくん、恥ずかしいこと言うね」

「自覚してる。まあ、告白して振られちゃったから今更ってトコだよ。後になって悶えそうだけどね」

 

 苦笑するユーノに、なのはもつられるようにして肩を揺らして笑った。

 

「あくまで僕の意見だけど、僕は尻が軽いなんて思わないよ」

「それって慰め?」

「う~ん、振られた方の僕が慰めるのはおかしくないかな?」

 

 肩を持ってくれるのはありがたいが、なのはとしては別にユーノに肯定してもらいたいわけではない。ダメなところはダメと言ってほしい。それができるのが本当の意味での背中の温かさ。『最大の理解者』だった間柄。

 ただ、本当にユーノとしては尻が軽いなどとは思わない。どうしてそう断言できるのかと視線で訴えるなのはに、ユーノはクロノとの間を取り持つようで癪ではあるけれど、その気持ちは押し込めて真摯になのはと向き合った。

 

「確かにクロノが恭也さんと似ている部分が多いっていうのはあるかもしれない。でも、ただ似ているだけでなのははクロノのことを好きになったの?」

「そんなことはないよ!」

 

 似ているだけでクロノを好きになっただなんて、それはあまりにもクロノに失礼だ。似てはいるけれど、クロノはクロノ。恭也にはないクロノの長所や欠点だってあり、いくらでもなのはは挙げることができる。

 失礼なことを言わないでほしいと迫るなのはに、ユーノは若干驚きながらも次の瞬間には笑う。

 

「落ち着いてよ、なのは。僕はわかってるから」

「あ……」

 

 無意識のうちにユーノに対して迫っていたことに気付き、なのははいつの間にか前に乗り出していた上体を所在無げに戻す。

 

「なのはが僕に対して抱いていたのはあくまで友情だよ。なのはは僕からクロノにひょいっと変わっちゃったみたいに思って悩んでるみたいだけど、そもそもそこから違う」

 

 本当にそうなら尻が軽いと言われても仕方がないのかもしれない。でも例えそうだとしても、一概に尻軽だと決めつけるのは間違っているとユーノは思うのだ。

 

「なのはは死にかけて、体と心に深い傷を負った。そんなときこそ、僕はなのはのそばにいるべきだった。僕はそれができなかった。なのはが向けてくれていた信頼を裏切ったんだよ」

「裏切っただなんて――」

「いいんだよ、なのは。これは事実なんだ」

 

 綺麗な言葉に言い換えるだけ虚しい。厳然とした事実として受け止めなければならないこと。なのはの気遣いの言葉も受け取れないとユーノは強く制した。

 

「誰もがなのはにどう接していいか、どう励ませばいいのかわからなかった。恭也さんでさえも」

 

 しかし、クロノは違った。

 いや、クロノとてわからなかっただろう。ただわからないながらもクロノは動いた。皆が言えないことを言い、なのはが立ち上がるきっかけを作った。恭也がクロノにどう礼を言ったらいいかわからないと言っていたことがなのはの脳裏に蘇る。

 

「逃げた僕に対して、なのはと真っ直ぐに向き合ったクロノ。死にそうになって、なのはの中の信念や想いが砕けそうになっていて、そこから引き上げたのがクロノなんだよ。悔しいけどさ……カッコいいと思うよ、僕でさえ」

「ユーノくん……」

 

 嫌われてでも為すべきことを為す。そう言い放った際のクロノの姿は、不本意だけれどユーノの記憶に強烈なインパクトを持って今も存在する。その時に感じたクロノへの羨望や憧憬の念も覚えている。男の目からしても『かっこいい』と認めざるを得ない。

 

「なのはは見ちゃったんだよね。クロノがクローベル提督と話しているところを」

「の、覗き見する気はなかったんだよ?」

「あはは、クロノの失態なんだからなのはを責める気なんてないよ」

 

 仲間たちには黙って動くことがクロノとユーノの決め事。この点を鑑みればなのはに見られたことは褒められない。

 

(怪我が癒え切っていなかったクロノはともかく、恭也さんやクローベル提督、しかもコラード三佐までいながらなのはの気配に気づかないとは思えないし)

 

 故意に見過ごしたのだろうとユーノは推測し、ならば敢えてクロノに物申す必要はないと判断した。注意を促すくらいでいいだろう。なのはの話を聞いていると実際に何をするのかなど具体的なことは聞いていないようだから。

 

「まっすぐに前を見て行動したクロノと、うだうだ考えて後ろばっかり見ていた挙句に裏切った僕。会えば喧嘩喧嘩の僕でさえ、クロノがかっこよく映ったくらいなんだ。今のなのはの話を聞いていても、今の僕じゃまるで勝てる気がしない」

 

――『そんな馬鹿が、そんな彼女たちが、『みんなのお兄ちゃん』と言って慕ってくれています。信じてくれているんです。だからこそ、彼らが苦しみ、悲しみ、涙する姿など見たくはないんです。ましてそれが、時空管理局や蔓延する風潮によるものであるなどと、絶対に認められません』

 

――『フェイトも、はやても、そしてなのはも、人を救い、笑顔を守るために戦おうとしています。管理局のためではなく、悲しんで涙を流している誰かのために自分の力を活かすことができると、そう純粋に信じて戦おうとしています。ならば僕は。彼らが信じる正義や理想を、貫けることができる管理局にしてみせると、そう決めました』

 

――『恭也さんのように、守る者であり、守れる者で在りたいんです』

 

――『望むところですよ』

 

 なのはの脳裏に強く刻み込まれたクロノの言葉、クロノの姿。それらはユーノにとっても大きく心に響いた。どうあっても今の自分ではクロノに勝てないのだと。

 しかもクロノはなのは・フェイト・はやてだけではなく、『そんな馬鹿』――つまりユーノのことも守るべき存在であり、守るために戦おうとしていることも知ってしまった。恋敵なのに憎むに憎めないではないか。

 クロノの青臭いと言われても仕方がない目標。これが恭也やミゼット、ファーンほどの人物にさえ認められた。

 いや、違う。()()()()()()()。仲間たちに嫌われてでも為すという気概と、命をかけて齎した実績を以って。

 これを男として負けたと言わず、何と言えばいいのか。ユーノの豊富な知識、語彙力を以ってしてもわからなかった。

 ユーノでさえこれだけ大きなインパクトを与えるのだ。守るべき存在であると、それだけ大切に思われていると知って、実際に自身を立ち直らせもした少年をなのはが想うようになることはまったくおかしいことではない。

 

「軽々しく気持ちが移ったなんてことはないよ。なのはの心が向くほどなのはにとって大きな出来事があって、だからなのはの心はクロノに向いた。僕には『なるようになった』、『なるべくしてこうなった』って思えるよ」

「そう、かな?」

「うん。だからさ、自信を持って、なのは。なのはがクロノに向ける想いは、とても純粋でとても女の子らしい、大切なもののはずだから」

「――うん!」

 

 頬を赤くしながら満面の笑みで頷くなのはを見て、その笑顔が自分に向けられたものではないという事実がユーノの心を締めつける。それでもユーノは必死に押し隠した。

 

「まあ、クロノみたいなセリフ、背中がむず痒くて仕方がないけどね。僕には言えそうにないや」

「あ、ユーノくん、ひどいんだ」

 

 せめてこのくらいの文句は言わせてもらおう。好きな子の恋、それも恋敵との恋を応援しようと言うのだ。これくらいは許されて然るべきだ。

 黙っていたら心から湧き上がってくる気持ちに押し負けそうになってしまう。だからユーノはクロノに当てつけるようにして言葉を紡ぎ、なのはに見えないように震える拳を背に隠して強く強く握りしめた。

 

「いやいや、なのはだって思うでしょ?」

「お、思わなくはないのですが……」

「ほら」

「で、でも! でもね!」

「でも?」

「ちょっと、その……嬉しかったりも……します、です、はい……」

 

 なのはの脳裏では何度もクロノの言葉と姿がリフレインしているのだろう。ユーノにもそれがわかるくらい、なのははまだ赤くなるのかと言いたくなるほど頬を染め、口元はニヤけまいとしながらもその努力も虚しく綻んでしまっている。

 

「……なのはって意外と少女漫画好き?」

「どういう意味かな、ユーノくん? て言うか、ユーノくんこそ日本の少女漫画なんて知ってたの?」

「まあ、僕の気持ちはバレバレだったからね。参考にしろってよく読まされてたから」

「それってアリサちゃん?」

「うん。まあ、アリサってああいうの好きそうだから驚きはなかったけど。まさかなのはもとは」

「ど・う・い・う・意・味・か・な?」

「いや、なのはって回りくどいのは嫌いかなって思ってたからさ。もっとこう、ストレートに好きだって言われる、むしろ自分から好きだってアピールする方かなあと」

「わ、私だって憧れくらいあるもん! ちょっと手が触れてお互い照れるとかお姫様だっことか!」

「あはは、わかった。わかったから。袖掴まないで。あいたっ! 抓まないで! あとその笑顔やめて怖いから!」

「ユーノくんの馬鹿! バカバカ大馬鹿ああああ!」

 

 両手を振り回してユーノを叩くなのはに、ユーノは大袈裟に痛がりながら謝る。

 

「ユーノくんだってフェイトちゃんにすっごく恥ずかしいこと言ったくせに! 『青春日記』!」

「ぐふっ?! ちょ、なのは! それどこで、ていうか誰から聞いたの!?」

「管理局中の噂になってたよ! あとアレニアさんが全部教えてくれた!」

「アレニアさああああん!」

「『フェイトのいいところでもあるし、そんなフェイトが僕は好きだけどね』」

「ぐはあっ?!」

「『僕もね、フェイトの手が好きだよ』」

「わ、わかったわかったわかりました! 僕が悪うございました! だからこれ以上は勘弁してなのは!」

 

 なのはに負けず劣らずの真っ赤な顔でなのはを止めるユーノは土下座すら敢行しそうな勢いである。それくらいすでにユーノの中では黒歴史認定であった。もちろんフェイトとの大事な思い出なのだが、一部のやり取りは封印指定なのである。それはそれはもう危険度第一級ロストロギア並の厳重封印である。

 ユーノのその慌て具合にはなのはの方が若干引いてしまうほどだったが、これを以ってなのはの溜飲も下がる。

 

「さ、さてと。さすがにもう遅いし、今日はこれで帰ろうか」

「そうだね。仕方がないからこれくらいにしておいてあげます」

「ご温情痛み入ります、お姫様」

「うむ。良きに計らえ、詩人さん」

 

 お互いに最後のちょっとした当てつけを行いながらふふっと笑う。

 まだ心の中にお互いに対するわだかまりがあるのは感じている。けれどこれが2人を完全に別つことはもうない。あとは整理をつけるだけだと。

 そこでユーノは最後に1つだけ。なのはへのお返しであり、そしてなのはを応援するために、1つのお節介をすることに。断じてクロノのためではなく、なのはのためだと心に強く言い聞かせて。

 

「じゃあ1つ良きに計らおうかな」

「え?」

「ねえ、なのは。クロノが明後日から長期航海に出るのは聞いてる?」

「うん、クロノくんから直接」

「じゃあ、出港の見送りをする予定は?」

「そのつもりだよ。それがどうかしたの?」

「あ~、やっぱり。クロノの奴、明後日としか言ってなかったんだね」

 

 なのはは首を傾げているので、言えば見送りにくるだろうと思ってのことなのだろうとユーノは推測する。クロノはなのはからの好意に気づいていないので、まだ車椅子のなのはに無理をさせたくないという気遣いだろう。まあ気づいていようがいまいが関係ない。なのはのためのお節介なのだから。この際クロノの気遣いなど無視だ。

 

「明後日は明後日なんだけど、出航時間は早朝でね。クロノの奴、前日のうちから乗り込んでしまうんだよ」

「ええ!?」

「だから見送りをするなら明日しかないよ」

「き、聞いてないよ、そんなこと! なんでそんな時間に出港なの!?」

 

 なぜかと問われれば、これも訓練の一環だからだそうだ。クロノは何も言っていなかったが、クロノとユーノは互いのスケジュールや訓練内容などは情報共有していて、今回の長期航海についても計画や予定などはユーノも目を通していた。

 今回の長期航海はアースラの試験航海が第一。第二にクロノの副艦長、ゆくゆくの艦長としての経験を早期にみっちり教え込むためである。航海計画を立てたのは『伝説の三提督』の1人、ラルゴ・キール栄誉元帥であり、承認しているのがミゼット・クローベル統合幕僚長であることからも間違いない。名前は載っていないがレオーネ・フィリス法務顧問相談役も噛んでいるだろう。今は無限書庫のことに注力しなさいと言いつつ、やはり彼らは厳しい。

 そして裏の目的として、アースラは試験航海をしながら情報収集活動を行う予定だ。アースラの近代化改装は内部のシステム更新がメインであり、特に情報収集や解析機能が大幅にアップデートされているのである。艦船としての戦闘能力よりも前線支援や後方活動の能力重視だ。

 さすがは三提督である。抜け目なく、かつ、こき使ってくれる。

 

――『あれもこれもいきなり同時進行は無理でしょう。普段の業務に加えて無限書庫の再編という一大プロジェクトもある。今は目の前のことに注力なさい』

――『わしらには多くの同志がおる。それぞれができるところで確実に事を前に進めておるのだ。おぬしらも今できることを着実にこなしてくれい』

――『焦って事を仕損じるのはままあること。しかしままあっては困るのも事実なのだ。だいたいにして君たちは若手にしては実力があるのは認めるが、我々からすればまだまだ脇が甘い。上ばかり見ていては足下を掬われるぞ? まずは地力を固めよ』

 

 非常にお優しい言葉なのだが、額面通りに受け取っていたら二流三流。その言葉の裏を考えておかなくてはいけない。それもまた三提督の課す『試験』なのかもしれないのだから。

 明確に情報収集せよとは命じられていない。だがそれが可能な機能を有した艦船を任せ、長期航海に出れば無限書庫のプロジェクトからは一旦離れるわけで、ならば『目の前のことに注力せよ』とは航海訓練を『着実にこなせ』という意味とも取れる。『地力を固めよ』という言葉にも反しない。クロノは提督を目指すことになるのだから、提督として艦船や大部隊の指揮能力を高めるのは必然。

 クロノもユーノも口にこそしないが、思うことは同じだ。『この狸どもめ』である。だがこれをこなせば確実に自分の能力は上がり、得られるものがある。そしてそれらは決して今後のために無駄にならず、クロノとユーノが守りたいものを守れる力へとなっていくことがわかるだけに文句など言えようはずがない。だから重ねて思うのだ。『この狸どもめ!』と。

 とは言え、このくらいは覚悟の上での共闘である。三提督はもっと多くの事案に同時に対処しているのだ。しかもあれこれと最高評議会からの邪魔が入る中を。クロノもユーノもまだまだ彼らの庇護を受ける立場。文句などいったらそれこそ罰が当たるというものであろう。

 

「あとアースラが何番ドックにいるかも言ってなかったでしょ?」

「あ」

「25番ドックだよ。出港は明後日の0400時。クロノは明日の夜には乗り込むだろうし、ちょっと理由あって出港前の見送りも制限されるみたいだから、乗り込む前が最後のチャンスだよ」

「そっか。あ、でも、いつ乗り込むんだろ……?」

「関係各所に挨拶回りで忙しいからもう家には帰らないだろうね。乗り込む直前の1時間は空けてるみたいだよ。そうだね……1800時くらいにドックで待ってたらいいんじゃないかな?」

「うう、なんでユーノくんには教えてるのに私には教えてくれないのクロノくん……」

 

 肩を落として落ち込むなのは。ますます自分の好意は現状では一方通行であることを思い知らされる。しかもユーノの方がよく知っているということが複雑だ。胸のもやもやを想像上のクロノにガツンと投げつけてやるなのはである。

 

「相手はあのクロノなんだから、苦戦するのはわかってたでしょ?」

「それはそうだけど……これは正直ショックだよぅ」

「ほらほら、元気出して。僕は応援するからさ。全力でサポート……は、ちょっとまだできないけど。必ずできるようになってみせるよ」

「……ありがとう、ユーノくん」

 

 申し訳なさそうな顔をするなのはに笑顔を返し、ユーノは遊歩道の先に恭也の姿を認め、彼に手を振った。気づいた恭也は何を思ったのかそこで止まって待っていてくれる。

 

「ユーノくんは見送り行く?」

「う~ん……いや、やめとく。今は素直に送り出せないと思うし」

「……そっか」

「ああ、そんなに気にしないでよ、なのは!」

「うん……何か伝言とかある?」

「いいよ。あの真っ黒クロスケのことだから、どうせ悪態が返ってくるだけだろうし」

「もう」

「僕のことはともかくさ――頑張ってね、なのは」

「うん。ユーノくん、今日はお話してくれて、あと……私を好きになってくれて、ありがとう」

「こちらこそ。話に付き合ってくれて、それと、これからも一緒にいることを許してくれてありがとう。好きでいさせてくれて、本当にありがとう」

「気持ちに応えられないのに図々しいとは思うけど……これからも仲良くしてくれると嬉しいな」

「もちろん。むしろ僕からお願いするよ。よろしくね、なのは」

「うん。よろしくね、ユーノくん」

 

 もう一度だけ握手を交わし、笑顔を交わして。

 なのはがすっかり手慣れた様子で車椅子を動かして恭也の元へ去っていく。恭也の元まで送るべきだったかと思ったが、きっとなのはは断っただろう。

 

「握手した時点でバレバレだよね……」

 

 自分の手を……震える手を見下ろしながらユーノは零す。どんなに隠したところでなのはにはどうせばれていただろう。『最大の理解者』だったのだから。それでもなのはは気づかないフリをしてくれた。自分は好意をフった側なのだから慰める資格はないと。

 恭也のそばまで行くと、なのははもう一度だけ手を振ってくれた。ユーノも手を振り、去っていく2人の背中を見えなくなるまで見送って。最後に恭也がユーノの方を見たようだったが、気遣ってくれたのかなとユーノは思った。

 

「…………」

 

 だらりと手が下りて。顔も自然と俯きがちになって。膝からくずおれそうであったが、それだけは耐えた。耐えなくてももはや誰も見ていないのだから、気にしなくてもいいのかもしれない。ただ男の意地というだけである。

 

「……え」

 

 が。

 振り返った先に映った人影に、そんななけなしの意地など意味を持たなかった。

 

「よう、色男」

 

 すっかり定着した最初の声のかけ方。

 今日ここに送り出す最後の勇気をくれた青年。ユーノが憧れ、目標とする人。

 

「……勇吾さん」

「おう」

 

 少し気まずそうにしながらも、勇吾はユーノに頷いて見せる。

 よくやった、と。言葉でなくともそのくらいわかる。

 

「――っ!」

 

 ユーノは唇を噛み締める。その場で動かず……否、動けずに立ち尽くしながら。必死に今の今まで堪え続けていたものが堰を切って飛び出そうになっているからだ。ほんの少しでも動けば、もう止められないだろうとわかるから。

 そんなユーノを見かねてか、勇吾の方から近づいて、そして。

 ユーノの頭を撫でて。

 そんなことまでされたら、もう限界だった。

 

「おっと」

 

 勇吾の大きな体に飛び込み、その服を思い切り掴んで引っ張って。服が伸びてしまうけれど、勇吾は何も言わなかった。

 

「今日は泊まってけ。いくらでも聞いてやるからさ。愚痴でも泣き言でも」

 

 勇吾としてはそれが『兄貴』としてできるせめてものこと。背中を押して送り出した者としての責任。

 送り出した後にフェイトのことを那美から聞いた勇吾は、その後フェイトが那美の所に再びやって来て泣き疲れて眠ってしまったことも続けて聞いていた。だがもちろんそのことは言わない。フェイトのことは那美に任せ、今はただ恋敗れた弟分を慰めてやることが最優先だ。

 恋の戦いは、ユーノの場合は今以って抱え続ける『依存』との戦いにも直結する。恋敗れ、『依存』との戦いには勝った。ずっと恐れて言えなかったことを言い、なのはと正面から向き合い、今後も友達として共に在り続ける姿勢を貫いた。最後にはまたなのはの恋を応援までして。今の今まで涙を耐え続けた。しかし今のユーノに『依存』に打ち勝ったことへの実感などないだろう。恋に破れたのだから。恋に破れて『依存』に勝つ。何とも皮肉な話だと勇吾は苦笑しつつ、涙をまだ堪えようとするユーノの頭を軽く叩く。

 

「ほら、いつまで我慢してんだ。家に着いたら泣けないぞ、近所迷惑になっちまうからな」

「……っ……ぐ、う……!」

 

 しばらくすると服が湿ってきて、もうユーノが涙を流していることに気づいた勇吾。だが声だけは上げないらしい。みっともないと思っているのか、男らしくないとでも考えているのか。

 

「……強情だな、この馬鹿野郎」

 

 手間のかかる弟分を、勇吾は泣きやむまで黙って頭を撫で続けてやるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何とか間に合いそうだな」

 

 腕時計を見ながら足早に通路を歩いて行く。ガラガラと大きなカバンを引っ提げ、まだ着慣れない青と白を基調とした次元航行隊の制服を来たクロノを、通りがかった局員たちが敬礼して道を譲る。

 すでに時空管理局でも有名になったクロノ。良くも悪くもだ。敬礼をする者たちの中には新進気鋭の最年少提督候補として敬う者もあれば、前線を恐れて執務官を辞めて『栄転』した臆病者として嘲笑う者もいることだろう。どちらにせよクロノにはさほど気にする必要のないことである。

 手にした航海計画書を改めて読み直しながら『アースラ』が停泊している25番ドックへと急ぐ。もう何度も目を通して頭に叩き込んである内容だけに、今更読み返す必要もない。それでも見てしまうのは、それなりにクロノも副艦長としての初勤務に緊張しているということだ。

 それともう1つ。

 

「フェイトは大丈夫だろうか……」

 

 挨拶回りで昨日も帰りが遅くなった。もう帰るのも億劫なくらい疲れていたのだが、今夜は帰らずに乗艦することが決まっていただけに、昨日は荷物を取りに帰らねばならなかったのだ。

 それはいいとして、気になるのはフェイトだ。

 昨夜はどこかにフェイトは泊まっていたらしく朝になって帰ってきた。『朝帰り』という単語で連想される不埒なことを想像しがちだが、フェイトがそんなことするわけがないと思っていたクロノ。しかし帰ってきたフェイトを見てまさかと疑った。

 

――『フェ、フェイト? どこか具合でも?」

――『……何でもないよ』

 

 明らかに作り悪いと取れる笑顔に力はなく、目は充血しており、まるで一晩中泣き明かしたようにも見えた。その割にリンディやアルフは慌てることもなく、なぜか今はそっとしておいてあげなさいとクロノが諭される始末。クロノが今日からいなくなると聞いててっきり明日だと思っていたフェイトは驚いていたが、いってらっしゃいと言ってくれたのがせめてもの救いだ。リンディもアルフもいるから大丈夫だとは思うけれど。見送りに律義についてこようとしていたフェイトだったが、クロノの方から休めと言っておいた。

 

「まったく、フェレットもどきといいフェイトといい、悩みの種は尽きないな」

 

 手のかかる悪友と義妹に溜息を吐く。意外と問題の核心に近いところを突いているのだが、クロノは昨晩彼らの間であったことを知らないので気づくはずもなく。

 頭をかきながら到着した25番ドックへと入っていくと、見慣れた艦体が姿を現した。

 

「……改めてよろしく頼む、『アースラ』」

 

 帽子を取り、頭を下げる。また厄介になる艦に。これから指揮することになる歴戦の兵に。

 そんなクロノを、見慣れた整備員やクルーたちが見ている。彼らの目に、先ほどの局員たちの中にあった蔑みの色はない。みな一様に信頼と敬意、親しみと心強さが籠っていた。アレックスやランディ、そしてエイミィを始めとした、いつもの面々。厳しい課題を課しつつもバックアップは丁寧に。三提督の配慮にクロノは感謝した。

 

「クロノくん!」

 

 と、そこでかかった明るい声に、クロノは『アースラ』にばかりいっていた意識を戻す。

 

「なのは?」

 

 正面、アースラから伸びるタラップの前。いつの間にかクルーたちが左右に二列に並んでおり、その一番奥で車椅子の少女が手を振っていた。

 

「クロノ・ハラオウン副艦長に、敬礼!」

 

 艦長・副艦長に次ぐ艦のナンバー3の地位に当たる管制司令を務めるエイミィのいつにない威厳のある声に、並ぶクルーたちが一斉に敬礼する。

 

「…………」

 

 さすがのクロノも束の間呆然としてしまったが、ややあって苦笑と共に敬礼を返す。他の誰に馬鹿にされようとも、この信頼できるクルーたちがいるのなら百人力。どうかよろしく頼むとクロノは敬礼と共に言葉少なながら万感の思いを込めて声をかけた。

 すると整然としていたクルーたちが途端に帽子を投げたり喝采を挙げたりしてクロノをもみくちゃにする。

 

「お、おい……!」

「副艦長! いい響きだな、おい!」

「リンディ提督がいなくなって寂しがってた『アースラ』も喜んでるぞ!」

「お帰りなさい、執務官!――じゃなかった、副艦長!」

「執務官の制服もバリアジャケットも黒で統一してたお前さんに次元航行隊の青と白の制服は似合わんなあ!」

「うるさい。気にしてるんだから言うな」

「はっはっはっはっは!」

「くそ……決めた。僕はバリアジャケットで過ごす。今決めた」

「拗ねるな拗ねるな! 副艦長!」

「副・艦・長! 副・艦・長!」

「やめんか!」

 

 さっきの粛々とした雰囲気は何だったんだとツッコミを入れたいクロノ。しかしこれがリンディ指揮下の時期より続く『アースラ』の空気である。艦長は変わっても現在の老艦長はその空気を受け継いでくれているらしい。『騒がしくてちと疲れるがのう』とは彼の言である。ちなみに彼も三提督側の人間だ。こんな空気をクロノ自身が嫌いではないのだから、どうやらこの空気は次代も受け継がれそうである。

 

「や、昨日ぶり」

「水臭い奴だ。せめて見送りくらいさせろ」

 

 さっそく黒いいつものバリアジャケットを展開させたクロノに、なのはと共に来ていた恭也とヴェロッサが声をかける。訓練の最中だったのか、恭也は局内では見慣れない戦闘用の服に身を包んでいる。クロノも直接見たことはないが、おそらくは地球の香港国際警防隊という武力精鋭実行部隊の戦闘服を模しているのだろう。数度だけ写真などで見た覚えがあった。

 

「すいません。気を遣ったつもりが逆に気を遣わせてしまったようですね」

 

 こいつが教えたなと、ヴェロッサにはチラリと責める視線を送る。全然堪えていないらしく、親指を立てて返してくる始末。

 

「なのはもすまないな。わざわざ来てくれるとは」

「そんなこと気にしないで。クロノくんが副艦長さんとして臨む初めてのお仕事だもん。これくらいはさせてほしいな」

 

 はやてたちも来たかったようだが、特別捜査官としての仕事が入っており、融通が利かなかったらしい。教えてもいなかったのだ。はやてたちが局内では微妙な立場であることを鑑みれば、そうそう融通してはもらえないだろう。代わりになのはから伝言をもらった。『体壊さんようにやで! 私らは大丈夫やさかい!』だそうだ。シグナムたちもそれぞれ伝言を頼んでいたらしく、仲間たちの激励の言葉をクロノは1つ1つ頷いて聞いた。

 

「教えてくれたの、ユーノくんなんだ。昨日の夜、ちょっとお話して」

「フェレットもどきが?…………そうか」

 

 クロノはそれ以上聞こうとは思わなかった。立ち向かえとユーノを炊き付けたのが無駄にはならなかったことに安堵するだけだ。さすがに昨日の今日ですぐに動くとは思わなかったけれど。不本意なことだがやはりユーノもやるときはやる、戦友として申し分ない奴だと改めて評価する。もちろん決して口には出さないが。

 

「……むう。何なのかな、この何も言わなくても通じてる感……」

「どうかしたか、なのは?」

「何でもありません!」

「……なぜ怒る?」

「怒ってません! ちなみにユーノくんからの伝言はありませんでした!」

「別にそれはどうでもいいが。あったところで気味が悪いだけだからな」

「む~~~~!」

「……なぜ睨む?」

「知りません!」

「何だというんだ……」

 

 鈍感なクロノにはわかるわけもなく。

 ユーノが昨晩言っていた通りの態度を取るクロノに、なのはは自分よりもユーノの方がクロノと分かり合っていることに複雑な感情を抱くばかりだ。もしかすると一番のライバルはユーノなのではないかと思ってしまうほどに。ユーノが聞いたらショックを受けて心停止しそうである。

 そんな2人に、恭也もヴェロッサもエイミィたちクルーも揃って苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「なのは、あまり時間を取らせるわけにもいかん。渡すものがあるんだろう?」

「う~~……」

 

 恭也に促され、なのはは渋々と車椅子の背の荷物入れに入れておいたものを取り出し、クロノにおずおずと差し出した。

 

「はい」

「これは……弁当か?」

 

 いい匂いがする。なのはのパーソナルカラーであるピンク色の手提げ袋に包まれたそれは、受け取るとやや温かい。作り立てなのだろうか。

 

「……私が作ったから美味しくないかもしれないけど」

「いや、なのはの料理の腕は知っている。ありがたく頂くさ」

 

 なのはの料理の腕がそれなりであることはクロノも知っている。

 暴走していた時期に料理などまったくしていなかったので、なのはは出かける直前まで出来に納得できず何度も何度も作り直したのだが、それは恥ずかしいので言わずに置く。受け取ってくれたことになのははそれまでの不機嫌も吹っ飛び、安心して笑った。

 

「……安心した」

 

 するとクロノが小さく口元を綻ばせながらそう零した。すわ自分の心が読まれたのではないかと思ったなのはだったが……。

 

「安心?」

「ああ。すっかりその笑顔を取り戻してくれたんだなと」

「え?」

 

――君の、本当の笑顔を、取り戻してほしい。

 

 クロノが命を賭けて行動を起こす前に願ったこと。自分に向けられなくてもいい、ただなのはがまた前を見て笑顔を浮かべられるようになってほしかった。そう思ってあの戦いに臨んだクロノにとって、今なのはが浮かべた本当の笑顔が自分に向けられるのは、今更ながらに命を賭けた甲斐があったというものである。

 

「あの時の僕が見たら、信じられないと思うんだろうな」

「うにゃ……きょ、恐縮です」

 

 なのはが瞬間沸騰するところを目にし、恋する乙女だなあとこの場の誰もが確信するに至る。

 とは言えだ。恋する乙女を口説き落とすが如き弁を、このクロノ・ハラオウンという少年にできるはずがないのもまた、この場の誰もが知っていることである。つまり、この少年は無意識。

 

(何という罪深い男……!)

 

 当事者2人を除く皆の心が一致した瞬間であると共に、なのはのこの恋を全力でサポートしてやろうとクルーたちが一致団結した瞬間でもあった。

 まあ、そうでもしないとこの少年は気づきもしないだろうし。

 

「あ~、ごほん。お2人さん、いい雰囲気のところ大変申し訳ないんですけども」

「エイミィ、何だその回りくどい言い方は?」

「や、こうもなるから」

 

 ぞんざいに吐き捨てるようにエイミィは言う。砂糖をマーライオンの像の如く吐き出しそうな甘ったるい空間に居合わせて、横から口を割り込むことの大変さを理解しろと言いたいエイミィである。

 

「そろそろ乗艦時間なんで」

「そうか」

 

 裏の目的として情報収集を兼ねる今回の試験航海。訓練という名目で関係者以外はドック内への立ち入りもこれから制限される。なのはに恭也、ヴェロッサとはここでしばしのお別れである。

 

「じゃあなのは、見送りと弁当、本当にありがとう」

「うん。あ、あの、クロノくん!」

「何だ?」

「えっと、その、あの……1つ、お願いがあるのですが!」

「ああ。言ってくれ」

「……連絡」

「ん?」

「通信でもメールでもいいから、連絡してもいいでしょうか!?」

「それくらいならお願いするほどのことでもないだろう。いつでもしてきてくれ。まあ、任務の都合上、すぐに出られないことや返せないこともあると思うが」

「それでもいいです!」

「そ、そうか」

 

 食い気味に迫るなのはに、クロノはわけがわからず腰が引けてしまう。別に連絡くらいどうということでもないのでお願いされるまでもないのに。 

 

「ああ、そうだ。S2U」

『Rojer』

 

 クロノは懐から待機状態のカード状になっているS2Uを取り出した。なのはが首にかけているレイジングハートに近づけると、S2Uとレイジングハートの間でデータのやり取りが行われ、レイジングハートが『確かに受け取りました』と知らせる。

 

「何のデータかな?」

「君の課題である魔力運用に関して僕なりに改善策を考えた。後で送るつもりだったが、ちょうどいいから今渡しておこうと思ってね」

「……ありがとう」

 

 今はまだリハビリの最中であり、まだまだ満足に歩けないなのはに対して無粋極まりないものではないだろうかとも思っていたクロノ。だがなのははとても大切なものをもらったかのように、レイジングハートをそっと両手で握りしめる。

 

「ただし。今の身で魔力運用の練習などしないように。リンカーコアが治りきっていない状態でそんなことをしたら――」

「わ、わかってるよ! こんなときにまでお説教しなくても!」

「む。それもそうか。すまなかった」

「うう……これじゃ世話の焼ける妹とか弟子とかだよ。全然意識してもらえてないよ……」

「本当に大丈夫か、なのは?」

「大丈夫です!」

「……ならいいんだが」

 

 周囲で「あの朴念仁、一発殴っていいよな?」「やめとけ、ランディ」「いくら年齢差があるとは言えなあ……」「なのはちゃんが憐れすぎる」といった会話が交わされているが、クロノには何の事だかわからない。

 

「クロノ。俺もこういったことには疎い身なので大きなことは言えないが1つだけ言っておく。痛い目を見る前にもう少し女性の気持ちというものを察せる力を養っておけ」

「……それは経験談ですか?」

「聞くな」

「……わかりました」

 

 肩を叩かれ、哀愁たっぷりに言われてはクロノもそれ以上は何も言えず。ただとりあえず現状のままではいけないということだろう。何がいけないのかからわからないのでそこからだが。

 

「鈍いのは罪ということだよ。精進したまえ、鈍感副艦長」

「お前に言われるのは不愉快極まりないぞ、不良査察官」

 

 もう一方の肩に手を置いて憐憫の色が籠った視線を向けてくるヴェロッサには本気で不快だと視線を向ける。やはり全く堪えていない仕草を見せられるだけだった。

 

「ではそろそろ」

 

 さすがにいつまでもこんなことを続けるわけにはいかないので、クロノは思いもかけない見送りに名残惜しさを感じながらも今度こそ切り上げることに。

 

「僕がいない間のこと、恭也さんに何もかもお願いする形になってしまいますが、どうかよろしくお願いします」

「気にするな。なのはたちのことは俺が必ず守ってみせるさ。お前は自分のことに全力で当たってくれ」

「こちらのことは気にせず、任せておいてくれたまえ」

「お前はむしろ不安の種だ。余計なことはするなよ?」

「ひどいなあ」

 

 恭也とヴェロッサに後を託し、そしてなのはに向き合って。

 

「行ってらっしゃい、クロノくん」

「ああ。行ってくる」

 

 手を振るなのはに軽く振り返して。クロノは『いい航海になりそうだ』と自分でもらしくもないと思う楽観的な思考に今はそれでいいじゃないかと笑みを浮かべつつ。

 自分が望んでいた満面の笑顔に見送られ、クロノは翌朝、副艦長として初めての航海の途に着いた。

 

 

 

 

 




 拙作ではクロなの・ユノフェと宣言しておりますが、その前に大変なのがなのはとユーノの関係をどうするか。以前も少し申し上げていましたね。
 なのはとユーノの間にあるのはあくまで友情という流れにしてしまうのが手っ取り早いのですが、やはりそんな簡単な話ではないだろうと最初期の無印版から見てきた私には思えてならないので、ユーノがフられるという今回の流れのようになりました。
 今回の話が1つの区切りです。
 次回から第2編に入ります。第2編ははやてとヴェロッサに重点を置きつつ、クロノとなのは、ユーノとフェイトも絡ませていくという形になる予定です。
 相変わらず拙い文章ではありますが、読んでくださる皆様に僅かでも楽しんでもらえれば幸甚に存じます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。