リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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LOCUS 20 想いと迷いの板挟み

 

 執務官試験は1年に2回行われる。冬の試験で落ちたフェイトは2度目となる夏の試験に向けて再び追い込みの時期に入っていた。

 1度目の試験はなのはの撃墜もあって散々な結果に終わった。成績は公表されないが、バルディッシュが記録していた内容を省みるに、事情を知らない試験官からすれば『何をしに来たのか?』『受ける試験を間違っているのでは?』とでも思われたところで仕方がないくらいにボロボロ。挽回を図るためにも挑む2度目。フェイトの合格への意志は一層強く固く。

 ……そうならなければならないのだが。

 

「……ユーノ」

「っ! あ、ごめん」

 

 眠い。

 フェイトが無限書庫に訪れたときから目をしょぼしょぼさせていたユーノは、フェイトの横で舟を漕いでしまっていた。手元の対策問題集からチラリと視線を向けたフェイトが、眠気に負けてかなり笑いを誘うような顔になっているユーノに声をかけると思い切り反応して体をびくつかせ、ユーノは目をこすりながら謝る。

 

「無理しないで寝てていいよ?」

「いや、大丈夫だよ。うん」

「私に気を遣わなくていいから」

 

 勉強しているフェイトを他所に寝るなんて、と思っていることなどお見通しなのだろう。

 ユーノがレオーネに研修を受け始めて1週間。レオーネの研修はフェイトたち仲間にとってはユーノの無理を押しがちな意識を改善させるいい機会だと受け取られている。が、当のユーノにしてみれば苦手な他人への指示・命令をこなせるようにならねばならず、自分の手を離れて任せている仕事が気になって仕方がない。相手が『伝説の3提督』の1人ともなれば畏れ多いという意識もある。以前のような自身を追い込んでいく危うさこそないが、『司書長』という責任の重さが齎すユーノへの負荷は肉体的にも精神的にも響いていて当然であろう。

 ましてやなのはのことがあれば尚更。

 

「いやでも、それじゃ教える立場としてね?」

「…………」

 

 物を教える側としての責任感。そう言いたいユーノに、フェイトは黙って人差し指を立てて見せて。バチリとその指に電撃が奔った。

 半年前の勝負の後にフェイトと約束した中には、『サンダーアーム』の改良術式を教えるというものがあった。攻撃魔法だが威力を弱めれば相手を軽く痺れさせて反応を鈍らせたり、瞬間的に光らせることで相手の目を眩ませることだってできる、意外と攻防両面で使える魔法なのだ。より汎用的に使えるようにユーノが術式を弄ってフェイトに教えており、フェイトは自分でも少しずつアレンジしているらしい。

 結果として指先にちょっとだけ電気を走らせるという器用な真似までできるようになったようだ。何気に無詠唱。さすがはフェイトと言うべきか。しかし……。

 

「……あの、押しが強くなったのはいいけど、脅迫行為はちょっとどうかなと思うわけでね?」

 

 口元を引くつかせつつ、何とかそう言ってみるユーノ。

 フェイトは何かと思い込みやすく、また落ち込みやすい。感情の揺れ幅が大きく、精神の安定性に欠ける嫌いがある。ユーノとの勝負を経てフェイトも少しずつ自分を強く押し出していく強さを取り戻し始めたけれど、ユーノ同様にまだまだ精神的な脆さは払拭しきれていない。

 第97管理外世界では『ヤンデレ』なる言葉があることをユーノは知っている。最近、フェイトがそうなのではないかなあと思うことが増えた。

 そう、まさに今、どこか暗い色を隠しきれていないフェイト。そんなフェイトが『言うこと聞かないと無理やりにでも眠らせるから』という行動に出ると非常に怖いものがある。

 

「ユーノ」

「はい」

「寝てて」

「……はい」

 

 レオーネにも同じように厳しく言われて押し負けるのに、癒しであるはずのフェイトにまで押し込まれてしまう現状に、ユーノは自分がまるで成長できていない気がして虚しくなるばかり。

 半年ほど前のユーノならば反発しただろうけれど、自分を見失ってはいない今は素直に受け入れることにする。フェイトが心配してくれていることがわかるだけに。

 せめてフェイトの邪魔にならないようにと、ユーノは対面のソファーへと移動してから横になる。眠気が激しいのは事実で、横になって体から力が抜けると途端に瞼が落ち始めた。

 

「フェイト」

「なに?」

「ありがとう」

 

 『ごめん』より『ありがとう』と言われた方が嬉しい。

 最近、少しだけ自然と『ありがとう』という言葉が先に出るようになり始めたが、今回はユーノも意識してそう口にした。きょとんとした顔をするフェイトに、ユーノは視線を天井に向けながら小さく笑う。

 

「正直、すごく助かってる」

「そうなんだ。もしかして余計なお世話かなって思ってたから、違うならよかった」

「余計だなんてとんでもないよ」

 

 なのはにフラれてその晩は泣き明かした。勇吾がいてくれたことにも感謝してもし足りない。反面、勇吾にはまた情けない姿を見せてしまったわけだが。

 ただ次の日にはいつまでもメソメソするなと尻を叩かれ、大学があるはずなのに外に遊びに連れ出してくれた。内にこもりやすいユーノだからこそ、敢えてデリカシーのない行動を取って意識を外に向けようとしたのだろう。とは言え酒まで飲ませるのはどうかと思うわけだが。おかげで勇吾と2人して那美に叱られ、二日酔いというのも初めて経験することになった。

 

「勇吾さんと那美さんがいなかったら絶対に暗い部屋で膝でも抱えてただろうね。我武者羅に動いていてもなのはのことが浮かぶんだ。内に籠もっていたらそれこそ堂々巡りの悪循環だったんじゃないかな」

 

 だから翌日からもユーノは意識を常に外に向けるようにした。内に意識を向けたらどこまでも堕ちていきそうだったからだ。仕事でも遊びでも何でもいい。とにかく体を動かし、思考をフル回転させておきたかった。

 

「仕方ないよ。それだけユーノはなのはのこと……」

 

 視線を逸らしてフェイトは気まずそうに言葉を切った。何だか自分以上にフェイトの方が傷ついているように見えて、ユーノはますますフェイトに申し訳なくなってしまう。執務官試験を間近に控えたフェイトに余計な心労をかけるわけにはいかないというのに。

 それでもフェイトに言われて、改めて自身の心にまだなのはが好きだという気持ちが強く残っていることを思い知らされる。

 

「もう3ヶ月経つのに、僕って未練がましいよね……全然成長がないや」

 

 なのはは立って歩けるようになった。クロノも日々厳しい課題をクリアしながら前へ進んでいる。はやてだって相変わらず周囲の冷たい視線や風評、嫌がらせなどに晒されながら明るく笑い飛ばして。そしてフェイトは執務官に向かって再度挑もうとしているのに。

 自分だけが全然前に進めていない。男のくせに情けなくてたまらない。フェイトの前だからか、ユーノは小声ではあるがそう零す。

 

「男の子とか女の子とか、そういうのは関係ないと思う。気持ちを受け入れてもらえないのは誰だって悲しいしつらいよ」

「そうだね。僕らはそのつらさをよく知ってる」

「うん……」

「それでもね、あんな暴走までやらかしたんだからさ。もうちょっとこう、勇吾さんみたいにかっこよくなりたいんだよ」

「わからないことはないよ? 私だって那美さんみたいになりたいなって思うし」

「フェイトの望みは欲張り過ぎる」

「欲張りって……ひどいよ、ユーノ」

 

 隠さず本音を言うユーノに、フェイトがムッとして睨みつける。

 ユーノにしてみれば今のままでも充分フェイトは強いし、女の子としても魅力的だ。なのはやはやてからも、フェイトはアリサやすずかも加えた5人の中ですずかと並んで男子に人気があると聞いている。このうえ那美のような包容力まで手に入れたいなんてのは、やはり欲張りなんじゃないかと思えてならない。

 

「早く整理しないとね。フェイトに迷惑かけっ放しだし」

 

 そんな女の子が自分を支えてくれている。どれだけ幸せなことなのか、ユーノは今更ながらに痛感する。

 整理できないまま3ヶ月。3ヶ月も我武者羅に走り続けてなどいられはしない。息が切れるのは目に見えている。けれど立ち止まってしまえば、なのはのことで思い悩んで内に意識が向いてしまうのもまた然り。

 

 

 

 そんなときにそばにいてくれるフェイトの存在が、どれだけありがたいことか。

 

 

 

 半年前の暴走のときも、フェイトはそばにいて支え続けてくれていた。そのありがたさを理解していなかった愚かさを繰り返したくはない。当たり前のようにいてくれる温かい存在を、『当たり前』とは思わないよう心に戒める。

 

「迷惑なんかじゃないよ」

 

 そっと左手に触れる温かくて優しい感触。目を向けなくてもフェイトが手を握ってくれていることがわかる。その優しさと温かさが、もう手放したくないものになりつつある。

 ゆっくりと顔を向ければ、手を握ってくれるフェイトが笑いかけてくれた。頬を少し赤く染めたフェイトは、ユーノからすればとんでもなく魅力的だ。正視できないほどに。でも見ていたいと惹きつけるものもその笑顔にはあって。ユーノは自身の頬が熱くなっていくのを否が応にも意識してしまう。

 

「ユーノの支えになれるなら、私は嬉しいから」

「えっと……うん。あ、ありがとう、フェイト」

 

 最終的に恥ずかしさに耐えられなくなって視線を逸らすユーノ。

 なのはのことはまだ好きだ。けれど3ヶ月前よりは多少なり失恋のショックも癒えてきているし、もう涙が流れることもなくなった。何しろこんな優しい女の子が支えてくれるのだ。勇吾に那美という支えもあるのだから、なのはへの気持ちを引きずりながらだろうと、せめて心だけでも前に向けることができなかったら男としてダメダメにも程があろう。

 しかし、ここで別の問題が生じている。

 

「で、でもさ。やっぱりいつまでも頼ってばかりはいられないよ」

「……依存しちゃいそうだから?」

「うん。それだけは絶対に避けなきゃいけない」

 

 『依存』との戦いはまだ続いている。ユーノにしてもフェイトにしても。

 あの勝負はあくまで1つのきっかけに過ぎない。言わば『依存』との決別宣言。宣戦布告。いつ『依存』を克服したと言える日が来るかはわからないけれど、いざそのときが来たら『依存』せずに立ち向かっていけるように。

 翻って考えると、フェイトに頼りっ放しの現状はよろしくない。人を頼ることも大事だとレオーネの研修を通して理解できているが、頼りっ放しになったらいけない。レオーネの研修はとにかく『過ぎたるは及ばざるが如し』の徹底的な教え込みと言ってもいい。要するに『適度』を覚えろということだ。

 

――『俺はな、ユーノくん。別に完璧主義が悪いとは言わない。ただな、何にでも完璧であろうとすることだけはやめとけ。身が持たない。持つわけがないんだよ』

 

――『適度に流す』

 

 勇吾に言われたこともある。勇吾もレオーネも同じことを指摘しているのだ。

 

「それを言ったら勉強でユーノを頼りっ放しだよ、私?」

「合格するまで付き合うよって約束したでしょ? それに頼るって言っても、フェイトはもう充分合格できるだけの知識も技術も身についてるじゃないか。今はもう問題集をとにかくこなす段階だしね」

「そう、なのかな……」

 

 そして『依存』以外にもう1つある問題。

 今まさに目の前にいるフェイトのことだ。

 我武者羅だった最初のうちは気づけなかったが、多少はショックが癒えて心に余裕ができたからか、フェイトの様子がどことなくおかしいことにユーノは気づいた。

 

「フェイト、最近何かあった?」

「え? あ……何でもないよ」

 

 フェイトに『暗さ』を感じる。笑顔にも翳りがある。

 先ほどは茶化したもののやはり気になってユーノは聞いてみる。が、やはり答えはいつも通り。困ったように、そして寂しそうに笑って。突き放すというほどではないが、でも引いた一線には踏み込ませないかのような。

 強引にでも聞き出すべきなのか、それとも本当に話すほどのことでもないのか。いくら『依存』と戦う戦友でもあるフェイトだからと言っても、踏み込まれたくないこととてあろう。そこに踏み込んでいくことはまだユーノにはできなかった。

 

(まさか、ね。さすがにそれは都合が良すぎる)

 

 フェイトとの絆は間違いなく以前より強まっている。それこそなのはとの絆にも並ぶのではないかと思うほどに。

 なのはへの恋とフェイトへの憧れ。恋と憧れという違いはあれど、ユーノは2人を意識していた。そしてなのはへの恋に破れた今、まだ完全に恋を整理できてはいないけれど、なのはへの意識は『かけがえのない親友』へと昇華しつつある。

 そうなるとフェイトへの意識はどうなるのか。『憧れ』のままで変わらないかと言われると、やはりそんなことはない。『依存』と共に戦う仲間、戦友。そして何でも本音で言い合える相手。まともに喧嘩だってできるのは今のところクロノを除けばフェイトくらいだ。そして、失恋以降ずっと支えてくれたフェイト。『憧れ』のままで止まっているわけがない。ユーノの中でフェイトの存在は半年前よりずっと大きなものになっている。

 そんなフェイトと通じ合うようになれば、何とはなしに彼女から伝わってくるものを感じられないはずもなし。ましてユーノだってなのはに対して抱いていたのだ。今だってまだ整理できていないそれを。

 思い違いの可能性はもちろんある。まさかそんなはずはない、自意識過剰だと自嘲する気持ちもある。そんな都合のいい話があるもんかと理屈っぽい自分が苦笑している。けれどフェイトが自身に向ける笑顔、その温かさや優しさは、どうしても以前までのものと違う気がしてならない。本能がそう言っている。自分がなのはに向けていたものと同じものだと。

 

(仮にそうだったとしても……)

 

 今の自分がフェイトの気持ちに応えられるのかどうか。

 なのはへの恋はまだ整理できていないし、フェイトの優しさに甘んじている部分もある。こんな状態で応えても、失恋のショックでフェイトに乗り換えただけに過ぎないのではないか。それはあまりにも失礼すぎる。

 だいたい3ヶ月前までなのはのことを想っていながら今度はフェイトをだなんて。なのはがクロノを意識したときに悩んでいたこと――尻軽なのではないかという迷いが、今まさにユーノにも当てはまる。

 加えてフェイトの優しさに『依存』しているのではないかという懸念もある以上、ユーノは積極的にフェイトに踏み込んでいくことはできなかった。暴いたところでどう応えたらいいのかわからないのだから。

 

「そっか。わかった。でも本当に何かあるなら言ってね? 僕にできることなら何でもするから」

「ありがとう、ユーノ。でも今のユーノには何かあっても言えないかな」

「どうしてさ?」

「目の下にそんな大きなクマを作ってる人に頼みごとなんてできない」

「ぐっ……」

「ほら。もう寝てて」

「いやでも、本当に勉強してるフェイトの横で寝るなんて……あ、いや、わかりました。わかりましたから指先バチバチさせるのやめて」

「寝て」

「……はい」

 

 頼ってもらえないことが寂しいユーノであるが、これは自業自得。もうちょっと仕事を減らすようにしないとダメかもしれない。そして……なのはへの気持ちの整理と、フェイトという存在が自分にとって何なのかを今一度考えないといけない。そんなことを考えつつ目を閉じる。一度閉じたら睡魔は一気にやってきた。もう二度と開かせないとばかりに。

 

「……フェイト」

「なに?」

「本当に、ありがとう」

 

 目の前で心配してくれる親友を安心させたくて。

 何より。

 今もずっと彼女から感じる『暗さ』――相手を委縮させる『病んでいる』暗さとは違って、妙に『悲しみ』や『寂しさ』のようなものを感じさせる暗さを少しでも拭い取れればと思って。

 心からの感謝をフェイトに。

 

「……おやすみ、ユーノ」

 

 けれど向けられた笑顔からその『暗さ』は取れなくて。

 それでも彼女の笑顔にはやっぱり癒されて。

 ユーノの意識は、そこで落ちた。

 

 

 

 

 

 あっという間に寝てしまった。フェイトの方に顔を向けたまま眠りに落ちてしまったので、気持ちのよさそうな寝顔が丸見えだ。フェイトは勝手知ったる司書室の奥から仮眠用のシーツを持ってきてユーノにかけてやる。

 

「そんなに眠たいなら最初から寝ればいいのに」

 

 ユーノが眠るソファーのそばに両膝をついてユーノを見る。

 以前よりも何だかたくましくなったような気がするのは……恋というフィルターが入ってしまうためだろうか。気付けば自身の頬が熱い。

 

「…………」

 

 ユーノがなのはに告白したことは、直前に他でもないユーノから伝えられて知っている。そしてユーノが唯一その結果を伝えているのもフェイトだった。

 告白すると明かされた日から10日ほど経った日のことを、フェイトは今でもはっきり思い出せる。

 告白すると伝えられた日は、気づけば那美の所に戻っていて、その日は泣き疲れて眠るまで那美に縋りついた。翌朝、那美に送られて帰宅したが、その日に長期航海に出たクロノと交わした言葉は曖昧にしか憶えていない。その日の学校も休んだ。リンディもアルフも心配こそすれ、フェイトを責めなかった。さすがに次の日はしっかりしなさいと背中を叩かれたが。

 なかなかユーノに会う勇気が出なかったが、なのはの様子を見ていると何となくユーノの告白は成功しなかったのではないかと思うようになった。聞き出したわけではなく、ユーノの話題が出たときのなのはの態度が少しぎこちなかったからだ。

 そんな折、ユーノから通信が来た。何となく顔を見る勇気がなくて、フェイトは音声のみで応対して。

 やっぱり駄目だったよ、と。

 駄目だった理由までは教えてもらえなかった。そこまで明かすのはなのはに申し訳ないからと。

 気にはなる。しかし正直なところ、そのときのフェイトにとっては()()()()()は二の次でしかなかった。

 

――よかった。

 

 そう、思った。

 その感情をフェイトは鮮明に、明瞭に、克明に、憶えている。

 音声のみで応対していて本当に良かったと思う。

 自分がその時、どんな顔をしていたのか。フェイトにはわからないからだ。

 気まずそうにしていたのか。憐みを向けていたのか。

 それとも……嗤っていたのか。

 

「……私は、ありがとうなんて言われる立場じゃない」

 

 大切な親友が。フェイトにとって他の仲間たちへの友愛の念とはまた違う特別な感情を抱く相手が。一世一代の、勇気を振り絞ってぶつかっていって、その気持ちを受け入れてもらえなかったのに。それを喜ぶだなどと。

 ひどい。なんてひどい。

 なんと醜いのか。

 

「ユーノのためなんて言って、本当は私がいたいだけ」

 

 なのはに断られたユーノは、それから目に見えて仕事に取り組み始めた。すわまた無理をし始めたかとはやてたちは眉を顰めていたのだが、フェイトからすれば何とか自分の気持ちを前に向かせようとしていたのだろうことは手に取るようにわかった。だからはやてたちに今はしたいようにさせてあげてほしいとフェイトが止めていて、しばらくすればはやてたちも何とはなしに気付き始めたのだろうか、簡単な注意くらいはするも止めはしなくなった。

 仕事に逃げて現実からも逃げている。そう言われればユーノも否定できないだろう。

 けれどこのときばかりははやても勇吾も那美も恭也も、誰も怒りはしなかった。逃げたくなることくらいはある。もしユーノがいつまでも逃げているようなら、そのときこそ叱り飛ばしてやるつもりだったのだろう。

 その必要はないと判断されたのか。彼らがユーノを叱りつけることは今のところない。

 フェイトもその必要はないと思っている。

 なぜなら、きちんとユーノはフェイトに結果を報告したからだ。なのはともぎこちなさは残るけれど互いに友達として支え合おうという姿勢は変わらないし、驚いたことになのはの恋まで応援し始めた。現実を受け止め、何とか自分の気持ちを前に向けようと足掻いている。我武者羅に。倒れるギリギリまで無理をするところは少々困った所だが、何とか踏み止まっているし、半年前のように暴走はしていない。あのときのような『冷たさ』もユーノからは感じない。

 握った手は、あの日フェイトを救ってくれたときのように、半年前の勝負を経て繋がったときのように、とても温かい。

 

「ユーノはちゃんと前に進んでるよ。自分のことは過小評価してばっかりなんだから」

 

 自分のことは自分が一番よく知っている。

 フェイトはそのフレーズを聞いても信じない。殊にユーノの口から聞こうものなら即座に嘘だと指弾するだろう。

 

「『依存』に負けちゃいけないって、ちゃんと戦おうとしてる」

 

 ユーノがフェイトに『依存』することはない。なのはにフラれても自分を保ち、前に進もうと足掻く姿。それのどこが情けないものか。恋をする贔屓目が入っているかもしれないけれど。それは大いにあるとフェイト自身が思わないでもないけれど。

 

「……かっこいいよ。今はまだ勇吾さんほどじゃないかもしれないけど」

 

 惚れた方が負けという言葉を思い出し、今度はその通りだと思わずにはいられない。ちょっとしたことでいちいち心臓が跳ね上がってしまう。

 『依存』は避けねばとユーノが言ったとき、本当は内心で少しばかり『いっそ依存でも何でもしてくれればいいのに』と思ったことは内緒だ。もちろん『依存』はしてはならない。こんなことを思うだけでも共に『依存』と戦う戦友に対して裏切りだろう。それはわかっている。

 でもどうしても心は望んでしまう。

 自分を見てほしいと。

 高町なのはではなく、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンに振り向いてほしいと。

 純粋にユーノを想う心が望むのだ。

 しかし。

 その一方で。

 

――このままそばにいれば、きっとユーノは自分を見るようになる。

 

 純粋にユーノを思う気持ちを嘲笑うかのように。

 計算高い『フェイト』が頭の中でそう囁く。恋をしてしまったフェイトにとってそれは蠱惑的でさえある。

 実際、さっきもユーノは恥ずかしそうに視線を逸らしていた。別に計算して笑ったわけでも何でもなく、ユーノを支えられるのは純粋に嬉しいという気持ちを伝えただけだ。迷惑しているなんて悲しい誤解はされたくなかったから。

 けれど顔を赤くしたユーノを見て、『フェイト』は手応えを感じてしまうのだ。少なくともユーノ・スクライアにとってフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは異性として認識されているのだと。ユーノだって言っていたことだ。自分はフェイトに憧れていたし、今もそうだと。あの戦いでフェイトのことをとにかく一番に冷たく突き放したのも、裏返せばフェイトを意識していたということに他ならない。ならばこのまま優しくしてユーノの心をゆっくりと浸食し、邪魔な高町なのはの存在を追い出してしまえば……。

 

「……っ」

 

 フェイトは咄嗟に握っていたユーノの手を離す。その手を強く握りしめる。戒めるように。

 

「……私、こんな嫌なこと考える人間だったんだ」

 

 心が綺麗だなどと自惚れてはいない。けれどここまで嫌なことを平然と考えてしまうほど醜いとは思っていなかったのに。

 改めて思う。自分のことは自分が一番知っているだなんて言葉は嘘だ。嘘に決まっている。

 本当のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンはこんなにも――醜かった。それをようやく気付いたくらいなのだから。

 でも。

 それでも。

 

「…………」

 

 気持ちよさそうに眠るユーノの寝顔を今一度見る。

 人の気も知らないで、と恨みがましく思ってしまう気持ちもあるけれど。

 ユーノがそうであるように、自分も気持ちの整理をつけて身を引くという手もあるにはある。ただユーノとは違って、フェイトは気持ちを拒まれたわけではない。なのはとユーノが交際に発展していたらこの恋は忘れて身を引かなければならないけれど、そうではないのだ。

 未練がましいだけかもしれない。

 自分の醜い心をさらに知ることになるだけかもしれない。

 例えそうだとしても。

 

――やっぱり、一緒にいたい。

 

 どうしても自分の気持ちに嘘はつけなかった。

 純粋なフェイトも計算高い『フェイト』も、その気持ちだけは嘘偽りなく同じだから。

 

 

 

 

 

「心が洗われるってのはこういうことを言うんだろうな……」

「はい……」

 

 目の前で勇吾と那美がうんうんと首を縦に振りながらしみじみと呟く姿を、フェイトはわけがわからずに交互に2人の顔を見ているしかない。

 結局、悩むフェイトが相談するのは那美だった。リンディでもアルフでもクロノでもなのはでもはやてでもいいと言えばいいのかもしれない。しかしリンディは忙しいし、アルフは人間の恋というものがよくわからない。クロノは……正直なところ、こういう話は難しかろう。なのはは普段ならユーノに並ぶ相談相手だが、ユーノの想い人であり告白相手だったという、この件についてはフェイトにとって複雑すぎる相手。はやてとアリサとすずかは……恋愛となると面白がっていろいろ立ち回りそうで困る。フェイトの恋心をすでに知っている那美であり、那美こそが気づかせてくれたことやユーノが慕っている相手というのもある。

 たまたま那美に会いに来ていた勇吾は席を外そうかと気を利かせたが、フェイトの方からいてもらうことにした。ユーノのことをよく理解してくれているこの人なら、ユーノならどう思うかもわかりそうだから。

 

「とりあえず、まず自分を卑下すんのはやめような」

「でも……」

 

 自分を助けてくれた恩人であり、かけがえのない親友でもあるなのはを疎ましく思ってしまう嫉妬心。自分に振り向いてくれないことへの八つ当たり。そして弱ったユーノの心に付け入ろうと考えてしまう自分の下心への嫌気。それらがすべてフェイトには醜くて仕方がない。するとそんな心を生んでしまう恋そのものが間違っているようにさえ見えてきてしまう。

 

「私も同じ経験はありますからわかります。でもね、ユーノくんを好きになった心までまるで悪いものみたいじゃないですか。そんなふうに考えるのは悲しいことですよ」

 

 那美が付き合っている相手は勇吾だが、最初に那美が好きになったのは恭也だ。恭也は忍と恋仲になっており、那美は失恋した。フェイトもすでにそのことは知っているからこそ、あなたに何がわかるのかという怒りはない。素直にそうなのかなと受け入れることができた。

 

「何というか、ユーノくんといいフェイトちゃんといい、俺たちに似てるよなあ」

「本当ですね。こんな所まで似なくてもって思いますけど」

 

 勇吾にしても那美にしても、ユーノもフェイトも他人とは思えないところがある。特に勇吾はこの件ではフェイトの気持ちが痛いほどわかった。

 何しろ、今のフェイトの立場はかつての自分そのものだから。

 那美が恭也を好きだった頃から、勇吾は那美を見ていた。那美が恭也に失恋して慰めていた頃なんて今のフェイトそのものだ。

 

「正直言うと、当時の俺も悩んだよ。弱みにつけこんでいい人ぶってってな。あの時の俺が今こうして那美さんといる姿を見たら、純粋には喜ばないだろうさ」

「何となくそんなふうに思ってるんだろうなって感じてましたけど、やっぱりそんなこと考えてたんですね、先輩」

「俺だって別に聖人君子じゃないんだ。いろいろ汚いことも卑怯なことも考えちまうって」

 

 恭也と親友である勇吾でも、当時は恭也に対して妬み嫉みを抱いてしまっていた。フェイトに当てはめればなのはがその対象になるように。

 それは那美とて同じこと。恭也の相手である忍に対し、複雑な感情を抱いた。なまじ先輩後輩として仲が良かっただけに、複雑さは他人の場合よりも増す。

 

「まだユーノくんも新たな恋をって気にはなれないだろうからなあ。恋そのものに対して否定的になっちまう可能性もあるし」

「うぅ……」

「ちょっと先輩!」

「ん? うお、悪い!」

 

 目に見えて落ち込むフェイトに、慌てる勇吾と那美。普段が気の利く勇吾だけに珍しい失態と言えた。

 別にユーノが恋なんてもう二度とするものかと思っているかと言われれば、けっしてそういうわけでもないと勇吾も那美も思っている。だから勇吾としてはあくまで『今は自分への好意に対して否定的に捉えやすくなっているかもしれない』という意味で言っただけなのだ。

 

「ただでさえユーノくんは自分に対する評価が低いからな」

「その癖がなかなか直らないんですよね」

 

 フェイトもよく思うことは、さすがに勇吾も那美もわかっているらしい。ついつい2人を嫉妬の籠もった目で見てしまうのはご愛嬌だろうか。視線に気づいた勇吾と那美がフェイトを見ると、途端にフェイトは我に返ってすいませんと謝る。勇吾も那美もほっこりしてしまういじらしさである。

 

「はあ~本当にフェイトちゃんは純粋ですね。失礼ですけど和んでしまいます」

 

 抱き締めたい衝動に抗えず、那美がフェイトを包み込むように抱きしめる。恥ずかしかったが那美の優しい抱きしめ方が心地良く、フェイトは大人しくされるがままに任せた。

 

「うん、あの色男とは本気で一度話す必要があるな、こりゃ」

 

 冗談なのか本気なのかわかりかねる口調で頷く勇吾に、フェイトは頭を撫でられながら苦笑する。ユーノが聞いたら『勇吾さんには言われたくないです』と言い返すだろうなあと思いながら。

 

「あのですね、これは提案なんですけど」

「はい」

「3ヶ月前にできなかった告白、改めてやってみませんか?」

「…………え?」

 

 意味を理解するのに数秒を要し、何とか返事をするフェイト。瞬きすること十数回、ようやく意味を理解したフェイトは一気に顔を紅潮させる。横で勇吾も思い切ったことを言う那美に驚いていたが、少し考え込んでから「なるほど」と首肯。

 途端にアタフタするフェイトであったが、落ち着いてと声をかけて那美が抱きしめると、顔は赤いままながらフェイトはとりあえず気を落ち着かせた。

 

「フェイトちゃんはユーノくんのそばにいたいんですよね?」

「……はい」

「でも一緒にいると、失恋のショックにつけこんでいるようで自分が嫌になるんですよね?」

「…………」

 

 はっきり指摘されるのも複雑だったが、不思議と那美に言われても嫌だとは思わない。自身の醜い心を晒しても那美は引かないと信じられるからだろうか。那美が昔の自分の失恋や失敗談を、まだそこまで親しいわけでもない自分のためにしてくれたくらいなのだから。ゆえにフェイトは無言ではありつつも頷いて返した。

 

「フェイトちゃんがそういう思いに駆られるのは、ユーノくんに自分の気持ちを明かしていない状況がそうさせている部分が大きいんじゃないでしょうか?」

「落ち込んでいる相手に優しくすること自体は別に何も悪いことじゃない。そうだろ?」

 

 誰だって大切に思う相手が落ち込んでいたら慰めようとする。何ら批判されるようなことではないはずなのだ。

 フェイトが自身のその行動をマイナスに取ってしまうのは、偏にユーノに対する恋心があるからに他ならない。優しくすることでユーノの傷ついた心を自身に振り向かせようとしていると思ってしまう。要するに『下心のある卑怯な優しさだ』と捉えてしまうわけだ。

 

「だから告白することで、いっそオープンにしちまえばいいってことさ」

「で、でも、だからと言って好きだから優しくしてますっていうのも、その……!」

「あざとく感じる?」

「はい……」

 

 ぐいぐいと迫るタイプではないフェイトにとってはなかなかにハードルが高いというのもあるが、何よりオープンも過ぎればあざとさが否めない。露骨な優しさは『あざとい奴だ』と受け取られることもあるだけに、フェイトはユーノにそう思われないかが心配だった。

 

「いや~、そいつは杞憂ってやつだろ。なあ、那美さん?」

「同感です」

 

 ところが勇吾も那美もそれはないと断言して見せる。フェイトが2人の顔を交互に見上げて視線で疑問を投げかけると、2人は揃って言う。

 

「フェイトちゃんだし」

「フェイトちゃんですし」

 

 答えになってないとフェイトは2人を睨むのだが、勇吾も那美もまるで動じる様子がない。むしろ知らぬは本人だけかと呆れたように肩を竦めるだけだ。

 

「フェイトちゃんはユーノくんが間違ったことをしても、ユーノくんを持ち上げて正しいって言うか?」

「いいえ。間違ってるってユーノに言います」

「そんなこと言ったらユーノくんに嫌われるんじゃないか?」

「その時は喧嘩になるかもしれません。でも、ユーノはきっとわかってくれます。逆の立場でもユーノは私を叱ってくれると思います。流されてしまったらいけないから、私たちは」

 

 はっきり何でも言い合える仲だから。そう在りたいと思っているから。それこそが『依存』と戦うという、半年前の一件以来の2人だけの新しい絆だ。

 それを聞いて勇吾も那美も何の問題もないじゃないかと頷いた。

 

「あとは、純粋で嘘がつけなくて、普段から控えめなフェイトちゃんですし」

「そんな子が顔を真っ赤にして貴方が好きですって言って、好きになってほしいってアピールまでしてくるとなりゃ、たいがいの男は陥落するな」

 

 そういうものなのかとフェイトは首を傾げる。

 が、勇吾と那美にしてみれば、そういう何気ない仕草を無意識に、しかも自然と行うところが純粋であることの何よりの証なのだ。こういった仕草はまさに『あざとい』と思われることもあるだろうが、フェイトの場合、普段の大人しさや天然さ、優しさや控えめさもあり、むしろ可愛いと受け取られることの方が圧倒的に多い。可愛いと思われたくてやっているわけではない自然な仕草は、特に那美の保護欲をくすぐるどころか揺さぶるほど強力である。

 普段のフェイトの人柄の良さがいい方向に働いているというわけだ。

 

「まして相手はユーノくんなんだ。フェイトちゃんの好意をあざといと思うとは考えられないな」

 

 むしろ勇吾や那美以上にフェイトのことを理解しているはずなのだ。だからこそユーノはフェイトに『憧れ』を抱いてきた。

 

――『僕にとって。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンって子は、眩しくて、優しくて、温かくて……憧れだったんだ』

 

――『君のことは、よく知っているよ』

 

 あの戦いのとき、実際にユーノが言ってくれていたことをフェイトは思い出す。自分はかなり好意的に見られている。なのはに負けないくらい……とまでは言い切れないあたりが良くも悪くもフェイトの控えめさだろうか。

 

「好意を隠して優しくすることに引け目を感じるのなら、いっそオープンにしちまえばいい。ま、結構強引っちゃ強引だけどな」

「むしろ控えめなフェイトちゃんですから、少しくらい強引なくらいがちょうどいいんじゃないでしょうか」

「それと、ユーノくんがまだなのはちゃんのことを意識しているのはどうしても気になるだろうけどな。だからと言って自分の行動がなのはちゃんを追い出そうとするかのようだなんて思わないようにした方がいい」

「なのはちゃんをユーノくんの心から追い出す必要はないんです。なのはちゃん以上にフェイトちゃんの存在を大きくするんです。3ヶ月前にユーノくんに話をしに行くって決めたとき、ユーノくんの中にあるなのはちゃんと勝負をするつもりだったんでしょう?」

 

 ユーノにとってなのはは特別だ。このまま恋心が昇華されたとしても、かけがえのない大事な親友としてユーノの中に定着することだろう。ユーノの中から追い出そうなんてことは土台不可能な話だ。フェイトだってユーノとなのはが互いに無関心になる様なんて想像したくもないし、そうなってほしくもない。

 だからフェイトが意識するのはなのはがどうとかではなく、自身がユーノの中で一番の存在になっていくこと。

 とは言え、綺麗事だけでやっていけるものではない。どうしたってなのはのことはいろんな場面で出てくるだろう。ユーノが好きなフェイトとしては複雑で歯痒いかもしれない。

 

「俺も恭也の影をあちこちで感じていろいろ欝憤溜め込んだしなあ……」

「私も月村先輩には人には言えない気持ちを抱いてましたし……ていうか先輩、初耳です」

「俺も初耳だぞ、那美さん。どういうこと考えてたのか聞いても?」

「言えるわけないじゃないですか。先輩のデリカシーなし」

「那美さんがそれ言うか? 俺がどんだけあの頃歯痒い思いをしたと?」

「そ、それは本当に申し訳なく思ってますけど……!」

「ホントかよ……今でもたま~に高町に対して何か優しいトコあるし」

「それは先輩の勘違いです! 高町先輩のことはもう吹っ切ってます!」

「ハグしても手を繋ぐにしてもまだ嫌がることあるし」

「嫌がってるんじゃなくて、単に恥ずかしいだけです!」

「そか。ならいいんだ」

「あ……! せ、先輩、今言わせましたね!? 卑怯ですよ!」

 

 痴話喧嘩を始める勇吾と那美に、フェイトは一旦は止めようとしたのだが何となくそのままにしておけばいいんじゃないかなと思って黙っていた。なるほど、これが犬も食わぬ何とやらかと納得しつつ、実は普段のユーノとの喧嘩が他者にはこういうふうに見えているのだろうかと思い至り、恥ずかしくなって俯く。

 

「ま、それはさておき」

「さておかないでください。後でちゃんとお話しますから」

「お手柔らかに頼むな。で、だ。俺や那美さんも同じような経験してるからさ。愚痴や不満はいっぱい出てくるだろうなってのも想像がつくんだ」

「そういうときは私たちに言ってくれればいいですから。もちろんユーノくんには内緒で」

 

 たまにユーノにぶちまけてしまうのもいいだろうなと勇吾は冗談めかして言う。フェイトは何と言えばいいのかわからないので曖昧に笑って答えを濁した。

 

「ほら、そうすりゃ堂々とアプローチできるだろ?」

「ユーノくんがフェイトちゃんを好きになるように仕向けるんじゃなくて、好きになってもらえるようにフェイトちゃんがアプローチしていくんです」

 

 優しくするだけが愛情ではない。時に叱ることも大事であり、互いの意見を尊重しつつ譲れない意見はしっかり戦わせることができるのも互いへの理解と信頼があってのこと。

 断られる可能性はもちろんある。でも上手くいく可能性だって決して低くはないはず。そう言える程度にはユーノの中でフェイトが占める割合には自信がある。きちんと言い合って、喧嘩もできる相手なのだから。フェイトにとってもユーノにとっても、そんなことができるのは唯一互いだけ。それは充分『特別』であると言えよう。

 

「……えっと。ちょっとだけ、考えさせてください」

 

 ただほんの少しだけ、心を整理する時間が欲しくて。優しい表情でもちろんと頷き、いつでも相談に乗ると言ってくれる、フェイトにとって理想の恋人のような年上の2人に、もう少し勇気をもらいたくて。フェイトは跳ねる心臓に息苦しさと、自分が本気で恋をしていることに高揚感に浸りながら、1人の少年のことを想った。

 

 

 

 

 

 どれだけ寝顔を見ていても飽きない。

 勉強しないといけないのはわかっているのだが、どうしても手につかなかった。今日は帰ったら少しだけ遅くなってでも勉強するからと自分に言い訳をして、じっとユーノの寝顔を見詰め続ける。

 

――『正直、すごく助かってる』

 

――『本当に、ありがとう』

 

 ユーノの言葉が何度も頭の中で反響している。言葉だけではなく、そのときの顔も声も。伝わってきた言葉や声に宿る感謝の念に温かさすら感じたが、それさえもはっきりと。

 勇吾や那美に相談してから1ヶ月。ずっと迷っていた。

 断られるかもしれない。でも言わないままじゃ何も変わらない。気付いてほしい。気まずい関係になってしまうかもしれない。

 そんな葛藤の中、計算高い自分自身の存在も相変わらずで、悩みは一向に解決しなかった。それでもユーノを放っては置けなくて、そばにいてあげたくて。そして、フェイト自身がそばにいたくて。

 

「……決めた」

 

 その悩みも葛藤も、今日で終わりだ。

 心の中に何かがストンと落ちた感覚。意志が固まったというのは、こういうことをいうのだろうか。

 

「ねえ、ユーノ。私、ユーノのことが好きだよ」

 

 寝ているユーノに思い切って言ってみる。言ったところで寝ているユーノが何か反応してくれるわけではないことはわかっている。たからこれは予行練習で、そして、宣言だ。誰より、自分に対する宣言。

 

「ユーノはどう応えてくれる? 断るかな?」

 

 ユーノが断らないと断言できるほどの自信は正直に言って持ち合わせていない。ユーノがまだなのはへの恋心を完全に清算できたわけではないし、フェイトに甘えていることに対しても『依存』ではないかと懸念しているということもさっきの会話でわかった。だから勝算は五分五分だと思っている。

 ただ、断られたとしても気まずくなるということはないんじゃないかとも思うのだ。

 卑怯かもしれないけれど、今日のユーノの会話や反応を見ていて、勝算が低いとは思えないという打算もある。

 しかしそれよりも、今まで悩みながらもユーノのそばにいた自身の行動は、決して無駄ではなかったということが大きい。告白したところで下心があるんじゃないかなんて悩みはきっと終わらない。好きになってもらいたいという気持ちは、告白しようがしまいが変わらないのだ。できることならユーノから告白してもらいたいという乙女心も、それはもちろんある。でもそれを待っていられるほど、フェイトの中に積み重なってきた恋心は我慢できそうにない。第一、ユーノの中にあるなのはの存在は今を以ってなお大きい。この大きな存在を越えてユーノの中で一番になるには、告白くらいしないと。

 

「できれば……受け入れてほしいな。でもユーノの今の複雑な気持ちもわかるから」

 

 仮にその場で返答がもらえなかったとしても、なら積極的にアピールするまで。何をすればいいのかはわからないけれど、相談する相手には困らない。

 

「今日明日にっていうのはさすがに無理だけど。もうすぐ執務官試験だよね? だからね、ユーノ。私、試験に合格してみせる。合格して、それでユーノに好きって言うから」

 

 何か目標があった方が張り合いもある。それに合格できる自信はそれなりだ。前回はなのはのことがあってボロボロだったけれど、さらに半年を経て筆記も面接も実技もより充実した。筆記ではユーノ、実技ではクロノ、面接でも試験官の経歴がある人にクロノやユーノ、リンディやレティの伝手でお願いして見てもらったことがあり、それぞれから太鼓判をもらっている。あとは本番で如何に実力を発揮できるかだと。ユーノからランク試験などの資格試験を受けることを提案され、フェイトはそこで『本番』も経験してきた。執務官試験は分野が多岐にわたるため、執務官試験の勉強はそのまま他の資格試験と被っていることも多く、ユーノもそうしていろんな資格を取得してきたらしい。

 ユーノが持つ資格の数もその時初めて聞いて「ユーノ、隠し事はしないって約束したよね?」「いやいや、隠してたわけじゃないから!」といつものやり取りがあった。はやての融合デバイス製作に当たってデバイス関連の資格を取ったと聞いた時はちょっとジェラシーを感じもした。

 きっと今後も同じようなことは続くのだろう。それをユーノに最も近い場所で、最も親しい立場で、最も大きな存在として一緒に経験していけたら。

 

「うん、頑張ろう!」

 

 2回目の執務官試験まで残すところあと僅か。夢を叶えるため、そして新たにできた目標のため、フェイトは意気込んで試験に臨むのであった。

 

 

 

 

 


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