リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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LOCUS 22 通わぬ心

 

 聖王教会総本山は第1管理世界ミッドチルダにある。首都クラナガンの北部にベルカ自治領が与えられており、自治領の中央に存在する自治政府と距離を置くように自治領の端、豊かな自然に囲まれたなだらかな丘陵地帯に本部機能を持つ教会が建っていた。その景観と聖王教の聖地という特別な場所でもあるため、観光地としての面もあり、巡礼者も多い。今日も今日とて正門は旅行者や巡礼者で賑わい、教会騎士団に所属する騎士が警備に当たりつつ記念撮影などにも気軽に応じている。

 彼らを横目にして、1台の高級車がゆっくりと走り抜けていった。

 

「騎士っちゅうもんやから、てっきりイギリスの儀仗兵みたいなお固い感じを想像してたねんけど。結構対応が柔らかいんやね」

「聖王教の騎士の特徴かな。もちろん訓練内容や礼儀に関しては厳格なんだけど、普段はあんなものだよ」

 

 物珍しそうに窓の外を眺めているはやてにユーノが応じる。はやてはすっかり着慣れた時空管理局の制服だが、ユーノの格好の方が普段と違った。正門から離れていく車がやがて角を曲がると、はやては顔を戻してユーノの上から下へと視線を動かす。視線の意味を察したユーノは頬をかいて苦笑する。

 

「やっぱり、らしくないかな?」

「そないなことあらへんよ、ちっとも」

 

 ユーノの服装は彼のバリアジャケットに非常によく似ていた。違うのは長袖長ズボンであることと、マントが肩ではなく腰布のタイプであること。あとは膝の上に置いているベレー帽。はやては一言断ってからベレー帽を手に取り、ユーノの頭の上に乗せる。されるがままのユーノは着慣れないというより、滅多に仲間に見せない格好ゆえにどこか恥ずかしそうだ。

 

「スクライア一族の正装はシンプルなんやね」

「放浪の一族だからね。持ち歩くものは必要最小限に抑えたいから、婚礼・葬儀・祭祀みたいに用途別に持つなんてことはなくてね。これ1つでどこでも対応できるようになってるんだ。あとはこのベレー帽やマントみたいに付け足すくらい。葬儀みたいに華美を避けるべきときは正装だけで帽子もマントも付けないとかね」

「日本でも学生の間は制服が正装みたいになっとるなあ。あと軍服も一級の礼服なんて考えもあるし」

「そうそう。そんな考えが染みついてるもんだから、僕は普段から服装には大したこだわりがないんだよ」

「アカンアカン、一族の風習をダシにして逃げたらアカンよ、ユーノくん」

「……ダメ?」

「ダメダメや。そんなこと言うとるからフェイトちゃんにだらしないて言われてまうんよ」

「別にヨレヨレになるまで着てるなんてことはないし、ちゃんと古くなったら買い替えてるのになあ」

 

 ユーノは所有物が少ない。今も時空管理局の本局内にある職員の居住区画に与えられた一室を自宅としているが、最低限のものしかなく、殺風景な状態だ。

 孤独を嫌うのならばそういう所から変えなくてはと、フェイトだけでなくなのはやはやてもたまに訪れては手を加えていく。特に関わりが多くなってからはフェイトが何かと気にかけてくれているので、ここ最近は少し家具も増えた。

 が、家具は増えてもその中身が全然ない。もうユーノとしては孤独を象徴するような寂しい部屋とは感じていないし、物もそれなりに増えたという認識でいるのだ。

 

「正装除いたら4着しかないとか、そらアカンやろ」

 

 フェイトだけではなく、はやてにしてもなのはにしても溜息をついて呆れたものである。自分を過小評価する以前のユーノは、だからこそ自らを着飾ることにも無頓着。では必要以上に過小評価することはなくなりつつある今、それでも服装に関して変わらないのはなぜかとはやてたちが考えたとき、結論として出てきたある疑惑がユーノに向けられている。

 すなわち『ユーノは私生活がズボラなだけではないか?』である。

 それを聞いたときのユーノはさすがに抗議したものの、未だにその疑惑は晴れていない。

 

「まあ、カップ麺ばっかとか、冷蔵庫にカロリーメイトやら期限切れたものやらしかないとか、そういうあるある的なことはなかったけどな」

「便利だし日本のレトルトやインスタント食品は美味しいから好きだけど、さすがに僕も毎日はね」

 

 そもそも放浪の一族の出であるため、自炊の術は当たり前に叩き込まれている。こう見えてユーノはアウトドアが好きなのだ。まあ、考古学者がフィールドワーク嫌いでは話にならないのだから当然とも言えるだろうけれど。

 

「しかも全部パーカーやし。夏用冬用でそれぞれ持ってるとか、どんだけパーカー好きやねん」

「何となくいつものでいいかって思うと、パーカー買っちゃうんだよね……」

 

 そういう回答が出てくるあたりがズボラではないかという疑惑が晴れない理由になっているのだが、当のユーノは気づいていない。その割に正装は乱れなくきちんと着こなしているのだから、はやてはもったいないと思わずにはいられないのだ。

 

「うん。やっぱいくつか種類持ってた方がええよ。正装かてそんだけ似合てるんやから」

「そう? ありがとう」

「よし、今度私が服を見繕ってあげるわ」

「え? いいよ、そんな。なのはにも選んでもらったことあるし」

「フェイトちゃんは?」

「フェイト? フェイトにはないけど」

「よっしゃ」

「何がよっしゃなのさ?」

「何がて、そりゃあフェイトちゃんがヤキモチをゴホンゴホン」

「その嘘くさい咳が怪しいんだけど」

「気にせんといて。まあ、アレや。私もクラナガンの街を歩いてみたいんよ。案内頼めへんかと思て」

「なら最初からそう言えばいいのに。いいよ。と言っても、僕もクラナガンにそこまで詳しいわけじゃないけど」

「ええんよ。ユーノくんと()()()出かけるということに意味があるんやさかい」

「なんで『2人』を強調したの?」

「そこは察して言わせんのが男の子やろ」

「……デートって言いたいんでしょ? 僕をからかおうとしても無駄だよ」

「あらま。リアクションが淡白になってきたなあ」

「何か知らないけど、最近アリサもすずかも妙に面白がってからかってくれるからね」

「まあ、ぶっちゃけユーノくんをからかう以上にフェイトちゃんの反応を楽しんでるんやけど」

「あんまりフェイトをいじめちゃダメだよ? フェイトは君たちと違って純粋なんだからさ」

「あらあらまあまあ、フェイトちゃんは特別扱いかいな」

「半年前のこともあるし、フェイトには頭が上がらないからね、僕」

 

 フェイトからしたら『頭が上がらないのは私の方だよ』と言うだろうことははやてにも容易に想像がついた。フェイトがユーノのことを殊更気に掛けるのはそういう理由もあるのだろうから。

 もちろん一番の理由は言わずもがな、フェイトが恋する乙女であること。はやてにしてもなのはにしてもアリサにしてもすずかにしても当に周知の事実である。相談などは一切してこないのでフェイトは恥ずかしくて隠しているとはやてたちは見ている。きっとバレていないと思っているのだろうとも。

 まだ恋はしたことがないはやてとしては羨ましいと思うと共に、是非とも応援してあげたい。ただ存分にからかわせてももらうけれど。

 

「フェイトは執務官試験の結果待ちで緊張の毎日なんだし、あまり刺激しないであげてね」

「わかっとるよ。やり過ぎは何事も良うないし。そういや、今日って合格発表の日と違たん?」

「今日だよ。本当は一緒に発表を見に行きたかったんだけど」

「ごめんな」

「謝らないで。これも大切なことなんだし、フェイトも理解して送り出してくれたじゃないか」

「フェイトちゃん、合格してるとええなあ」

「あれだけ頑張ってたからね。手応えもあったって言ってたし、期待していいと思うよ」

「合格祝いは何がええやろか?」

「じゃあ、クラナガンに行ったときに探そうか」

「そやね!」

 

 気が早いかもしれないけれど、フェイトの合格を信じている2人としては当然のことである。

 

「……元気だねえ」

「緊張の裏返しだろう」

 

 これから聖王教会の重鎮に会うとは思えないユーノとはやてのやり取りを見て呆れを零すヴェロッサに、クロノは手元の資料をめくりながらフォローの手を入れた。

 

「へえ。君なら『もう少し場を弁えたらどうだ?』とか『お気楽なことだ』とか言いそうなものだけど」

「否定はしない」

 

 実際、2人を見るクロノの目にもヴェロッサの呆れと同種の色が含まれていた。以前のクロノならばそういうことを言って注意の1つもしていたかもしれない。クロノ本人でさえそう思っているくらい。

 

「まあ、普段からなのはにフェイトにはやての3人娘が揃っているのを見ているからな。女3人寄ればかしましいとはよく言ったものだ」

 

 もう慣れた、と婉曲に語るクロノは顔も上げない。こっちはこっちで緊張しているらしい。重鎮に会うにしてもクロノはそれこそ慣れているはず。ただ今回は相手が相手で、気を抜けないやり手であるからだろう。3提督から任された、大事な意味を持つ非公式の会談という要素もある。

 おそらくはカリムの方も同じだろうとヴェロッサは予想する。今頃はしずしずと執務室の机に座って待っているのだろうが、内心では緊張して紅茶を飲む量が増えているはずだ。会談中にお花を摘みに行きたくなってしまいますよとシャッハが冷静に指摘しているイメージが容易に思い浮かぶ。

 クロノにカリム。揃って生真面目な性分だけに、双方を知っているヴェロッサとしては気が合いそうだと思うが、面白そうなので敢えて黙っていることにする。

 

「さあ、見えてきたよ」

 

 教会からしばらく走り、丘を1つ越えたところで、ヴェロッサはクロノたちの視線を車の外へ誘導する。左手に見えてきた大きな屋敷。

 

 

 

 グラシア公爵邸だ。

 

 

 

「おっきぃなあ……」

 

 簡潔にして明快な感想。正門から見ると開いた屏風のような形をしている、見事に綺麗な白い邸宅。まだ完成直後ですと言われてもまったく疑うことはないくらいに磨き抜かれていることが遠目にもわかる。実際は築数百年であるはずなのに。湖の畔に立っているためか、水面で反射した陽光が白い邸宅をより際立たせるように輝かせている。

 

「ベルカで一番の名家と言ってもいいくらいの家だからね……あ~、今更ながらすごい場違い感が」

「いやいや、ユーノくんどう見てもええトコのお坊ちゃんって感じやん。私なんかホンマもんの庶民やで?」

「庶民どころか定住先のない放浪の一族だよ、僕?」

「歴史がありそうやん、スクライア一族て」

「そりゃそうだけど、僕、孤児だし」

「私も孤児やん」

「そうだったね。あっはっは」

「あはははは」

「……そろそろ落ち着け。はやて、フェレットもどき」

「フェレットもどきって言うな、真っ黒クロスケ」

 

 ただの一般庶民の出であるはやてと放浪の民の出であるユーノ。2人からすれば、次元世界でも大きな影響力を持つベルカと聖王教会の重鎮と会うともなれば、いくら重鎮の知り合いが多いと言えども落ち着きがなくなってしまうようで。

 孤児の話なんて聞きようによっては重いというのに、まったく重さの欠片もない2人のやり取りに、ヴェロッサはさらに呆れの色を濃くする。とは言え、ユーノとはやての気持ちもわからないわけではない。これが普通の反応なのだろう。

 

「で、ユーノ。これについてなんだが」

 

 気を紛らわせるために仕事を持ち出すのもどうなのかとヴェロッサは思うが、ユーノは構わなかった。いつものやり取りのおかげか、すっかり落ち着いている。あのやり取り1つでいつもの調子を取り戻すのだから、『本当にこの2人は……』とヴェロッサもはやても2人して仲がいいことでと呆れてしまう。知ってか知らずか……いや、きっとわかっていないだろう2人は、『第97管理外世界についての第7次中間報告』と書かれた資料について話し込んでいる。

 

「これは本当か?」

「本当だよ。那美さん自身、退魔の仕事をしてるしね。ミッドやベルカとは違う独特の魔法があの世界にはある。僕たちの定義に当てはめると、那美さんは召喚魔導師に近いかな。使い魔については結構似通っている部分があるね」

「使い魔? もしかしてあの狐なのか?」

「そう、久遠ね。人間形態も僕は見てるよ。と言っても僕が知ってるのは子供形態で、本気を出すと大人形態になるみたいだけど」

「……まるで魔力を感じなかったんだが」

「霊力って呼ばれてる力でね。魔力とは似ているけど違う」

「どう違う?」

「ん~、魔力は大気中の魔力素をリンカーコアで加工して精製するでしょ?」

 

 話に割って入るのも何なので黙ってはやてもヴェロッサも聞いていた。

 本好きなはやては、本好きでなくても知っている『霊力』という言葉に、実際に存在するのかと内心で驚く。すでに魔法使いや次元世界という御伽噺だと思っていたものを知っていて、そもそも自身がその魔法使いの1人なのだから驚くのも変な話だが。

 聞きつつはやては知識の復習も兼ねる。リンカーコアのことを。

 はやてもなのはやフェイト同様、クロノやユーノに教えを請うているので、自然と魔法についてデバイスに頼らずに知識を蓄え、理論から理解して魔法を使おうとする癖がつき始めている。

 リンカーコアのことをきちんと理解することは魔導師として必要なことなのだ。

 

(吸収した魔力素をリンカーコアで魔力として使える形に精製するんやったっけ? 確かユーノくん、『原油はそのままじゃ車に使えないから精製してガソリンや軽油にするようなもの』て言うてたなあ)

 

 リンカーコアは精製工場であり、精製した魔力を蓄えるタンクの役割を持つ、言わば魔力コンビナート。その瞬間的な精製量や精製効率、タンクの大きさなどが人によって違う。

 はやての場合はこのタンク(魔力量)がなのはやフェイトより大きく、瞬間的な精製・利用量(大出力)に優れているのがなのはで、フェイトの場合は精製・変換効率が優れているらしい。それが『広域攻撃を連続して行えるほど総魔力量に優れたはやて』、『砲撃魔法を短時間で放てるほど瞬間的な大火力のなのは』、『変換効率が良くて魔力回復力や継戦能力に優れたフェイト』という形に現れている。

 

「霊力は生物が持ってる生命力そのものを外に顕現させたものってところかな」

「そう言えばあの世界には『氣』という概念があると聞くが、それなのか?」

「近いだろうね。魔法文化がない分、そういう方向に進化したのかもしれない。HGSや吸血鬼みたいな変異種が現れるのは、生命力を操作したことで体組織が変異した結果と見ることもできる。そう考えると面白いね」

「面白がるな、学者馬鹿」

「知的好奇心と言って欲しいね」

「その知的好奇心とやらに溺れてしまえ」

「学者にその言葉は応援でしかないよ。是非溺れるほど知識の海にのめり込みたいね。誰かさんのせいで忙しくてその暇がないけど。司書長やめていい?」

「いいわけあるか、頭でっかちめ」

「うるさいよ、学者の敵」

 

 どのみち上層部などにも提出する調査結果なので、ヴェロッサとはやてがいてもクロノもユーノも構わず話した。はやてもクロノの部下という立場があるため、2人が第97管理外世界のことを調べているのは知っているということもある。

 それはともかく、真面目な話をしたいのか軽口を言い合いたいだけなのか、どちらかにしろと申し立てたいはやてとヴェロッサである。

 

「それよりクロノ、最新の魔力状況のデータなんだけどさ」

「ああ、お前の目にも異常と映ったか?」

「そもそもが異常な状態なわけだけど、ここ最近、特におかしいね。警戒レベルを上げた方がいいよ」

「すでに警戒レベル4に引き上げてある。3提督に頼んで『アースラ』が担当できるよう手を回してもらった」

 

 第97管理外世界に存在する魔法、もしくはそれに近い存在の調査についてはそこそこに、クロノとユーノは地球の魔力状況に関する最新データへと話を移していく。

 

「魔力密度が局所的に高い地点が複数。まるで魔力がそこに集中しているかのようだ」

「専門家でも説明がつかないとのことだから、自然発生的なものじゃないね」

 

 なのはの撃墜以前、それこそ闇の書事件終結直後からクロノとユーノは地球、特に事件現場となった海鳴を中心として監視を行ってきた。闇の書の闇は消滅したが、闇の書の脅威が本当になくなったとはまだ言い切れない。『アルカンシェル』の直撃を受けて生き残っているとは思えないが、闇の書の散らした膨大な魔力は地球に未だ滞留しており、地球にどのような影響を及ぼすかもわからないのだから。

 調査の中で継続して行っている魔力密度や分布状況を示すデータ。闇の書事件以降、事件の影響を受けて本来の第97管理外世界ではありえない数値を示しているが、それがここ最近になって顕著になっているのだ。

 

「確かなのはが撃墜された時にお前とこのことで話していたな」

「うん。あのときが第3次だったっけ」

 

 なのはが撃墜された時のことだからはっきりと2人には覚えがある。ちょうど闇の書事件から2年が経った冬のこと。そのときが『第3次中間報告』。それがこの半年で『第7次』。地球の魔力の状況に異変が起きていることがよくわかる。

 

「クロノくん、ユーノくん。それ、もちろん私らも対応メンバーに入ってるんやんな?」

 

 今度こそ身を乗り出してはやては割って入った。事が闇の書に関することであるのならば、はやてに無視できるわけがない。

 

「もちろんだ。はやてやヴォルケンリッターの4人は全員戦力として組み込ませてもらう。ユーノ、お前もだ」

「わかってるよ」

「フェイトとアルフにも警戒するよう連絡を入れている。なのはは悔しがるだろうが、今回は戦力外だ。代わりに恭也さんが即応メンバーに入る」

「他に応援部隊は?」

「後詰めに武装隊1個大隊と航空武装隊の2個中隊、あと聖王教会から教会騎士団第3部隊が派遣される」

「教会騎士団も来るんだね」

「さすがにいつまでも管理局任せにはできないからねえ。ちなみに僕は後詰めじゃなくて前線の戦力として参加するのでよろしく」

「査察官として、ですか?」

「そう、査察官として」

 

 取り立てて何でもないように尋ねるユーノに、ヴェロッサはウインクをして返した。

 一見して普通のやり取りに聞こえるが、はやてにもその意味は分かっていた。

 

――八神はやてを監視するため。ひいては八神はやてを擁護する面子も。

 

 査察官として、というのはそういうことだ。クロノもそれはわかっているのだろう。無言でユーノと一度だけ視線を合わせてから目を伏せた。

 

(まだまだ信用されてないんやねえ、私らは)

 

 夜天の王が叛逆する――時空管理局上層部が恐れるシナリオの1つだろう。暴走のリスクもそうだ。融合騎が未だ完成していないのも上層部が不安がる理由となっているはず。おそらく、上層部の中にはこの異変もはやてたちが起こしているのではないかと考えている者とているだろう。そんなに恐れるくらいなら嫌がらせをやめればいいのにとはやてがツッコミたくなるのも当然か。

 

「後詰めはあくまで後詰めだ。基本的には僕たち『アースラ』即応メンバーのみで対処する」

「可能な限り少数戦力で、大事にならないうちに」

「そうだ」

 

 闇の書の脅威はもう去ったと安堵して気を緩ませてもらっても困るが、脅威を過剰に捉えられていてはいつまで経ってもはやてへの風当たりの厳しさがなくならない。きちんと体制を整え、異変を即座にキャッチして対応すれば充分対処できるということを示す。闇の書の脅威は必ず拭い去れるのだと。そして夜天の王として贖罪と責務を果たしていることを。

 

「1つ1つ着実に行こう、はやて」

「焦る必要はないさ。急いては事を仕損じる、だったか? 日本の諺だったはずだ」

「うん、そうやね。ありがとな、ユーノくん、クロノくん」

 

 自分がやらなければならない。そう意気込んで肩に力が入りかけたはやてだったが、クロノとユーノが落ち着いていることで力まずに済んだ。

 チラリと視線をヴェロッサに向けると、彼は3人に対して思うことがあるような顔を……ということもなく、足を組んだままの姿勢で「何か?」と軽い口調で問いかけてきた。この前までの態度とはずいぶん違うことに幾許かの不可思議さを抱きつつ、はやてはずっと言おうと思っていた言葉を紡ぐ。

 

「あの、アコース査察官。今回のこと、場をセッティングしていただいて、ホンマにありがとうございます」

 

 はやてはヴェロッサに向けて頭を下げる。本当はもっと早く言いたかったが、この前のヴェロッサの態度があるのでなかなか言い出せなかった。

 

「別に構わないさ。つっけんどんな対応を取った非礼もあるしね」

 

 そう返すヴェロッサの顔には小さな笑みさえ浮かんでいた。その笑みに嫌味さはなく、むしろ余裕さえ感じさせる。はやてのみならず、クロノもユーノも内心不思議に思うのはもっともなことだろう。

 

(はやてに対する態度が軟化している?)

(……何を考えているのか読めん)

 

 この前の病室でのはやてに対するヴェロッサの態度は、あからさまに敵対的で嫌味らしさがあった。だが今はどうだ。好青年とまではいかないまでも、やり手のヴェロッサ・アコース査察官そのものだ。クロノとユーノが重ねてきた経験、特にここ最近は3提督やその懐刀によって直接鍛えられている観察眼や洞察力を以ってしてもヴェロッサの内を推し量ることができない。この数日のうちにヴェロッサにこんな変化を与えるほどの何かがあったことくらいしか。

 

(クロノ、この前の話は本当にあったことなんだよね? 君の妄想とかじゃなく)

(失敬だな、お前は。僕に妄想癖はない。だいたい僕の話が妄想だとしたら、お前の話も妄想だろう)

(だよね)

 

 ぎこちなさは残りつつもヴェロッサに話を振っていくはやて。ヴェロッサから話を振ることはないが、はやての話には普通に返しているのを観察しながら、クロノとユーノは念話で探り合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室での一件があった翌日、クロノは今日も今日とてヴェロッサと時空管理局の通路を歩いていた。

 ただこの日に関してはいつもと違い、クロノの方からヴェロッサに声をかけたのだ。

 

「昨日の件だが」

「昨日の今日ですぐにアポが取れるわけじゃない。姉も忙しい身なのでね」

「そうか」

 

 今日もどことなく余裕がないなとクロノは横に並ぶヴェロッサとの話が即座に寸断されて途方に暮れる。雑談のように話に入っていったつもりだが、本題に入ろうとした途端にこれだ。

 クロノはどうしたものかと無言になった空気に頭を悩ませる。

 が、その思考を思い切ってやめることにした。

 相手はやり手の査察官。世間話から本題へ入るなんて普通の流れを作った所で、この男は会話の流れを読んで相手が何を探ろうとしているかなんて察しがついているだろう。そうでなければ査察官なんて務まらない。ましてやヴェロッサの交渉や外交能力はクロノやユーノを上回り、コミュニケーション能力も高い。その相手に話を上手く繋げて本音を探ろうなんて、相手の土俵に自ら足を踏み入れるようなもの。

 こういう場合は婉曲に行くよりストレートに。

 

「夜天の魔導書……いや、敢えて闇の書と言おうか。闇の書が憎いのか?」

 

 この場にユーノがいたらド直球にもほどがあると呆れられるだろうか。いや、呆れられるのだろう。クロノは戦友が思い切り溜息を吐く様子を想像しつつ、我ながらもう少し他に言い方はないものだろうかと、自分自身のコミュニケーション能力の不足っぷりに心の内で苦笑いを。

 

「僕のことを調べたのかい?」

 

 対して返ってきた言葉は、問いかけへの答えとは少しずれていた。が、クロノは質問に質問で返すなとは言わず、せっかく返ってきた応答に乗っていく。

 

「はやてへの態度が気になってな」

「君が知っているということは、スクライア司書も知っていると見ていいのかな?」

「ああ」

「無限書庫に情報があったのかい?」

「いや。実のところ、これはいくつかの情報を基にユーノと出した推測に過ぎない」

「だろうねえ。そう易々と核心となる情報をベルカは与えない」

「情報軽視が蔓延る今の時空管理局には痛い言葉だ」

 

 クロノとユーノは元々ヴェロッサのはやてへの態度は疑問視していた。

 思い返せばクロノが初めてヴェロッサと接触したときもそうだ。ご丁寧にクロノの感情を逆撫でするように、闇の書事件の際にリーゼ姉妹が化けていた仮面の男に扮していたヴェロッサ。人を不快にさせるのが得意だなと文句を口にしたクロノにヴェロッサはこう返している。

 

――『()()()()()()()()()非情な人間に言われたくはない言葉だね』

 

 クロノの父を死に追いやった闇の書――夜天の魔導書。現在の主ははやて。はやてを庇うことを明確に非難する言葉からして、はやてへ何らかの暗い感情を有しているのは明らかだった。

 他にも思い当たる節はある。

 暴走したユーノの行先を探って無限書庫を調査していた時も、狼を寄越してきたヴェロッサははやての問いに対して狼をジロリと睨ませもしていた。

 クロノやユーノについて回ることの多いヴェロッサは、それから今に至るまで、はやての話題が上がったりはやてが現れたりすると態度が少なからず変わる。なのはにフェイト、そして当のはやてもそのくらいは気づいているだろう。だからなのはとフェイトはあまりヴェロッサのことをよく思っていないし、はやては自分と夜天の魔導書に関わることだろうと思って反抗せずにいる。

 

「12年前より前の闇の書による事件はかなり昔だ。お前が恨みに思うほどの親しい相手がいたとは考えにくい。だとすれば12年前の闇の書事件」

「君の父、クライド・ハラオウンが犠牲となり、ギル・グレアムが闇の書に執念を燃やし始める契機となった事件。もう12年も前になるんだねえ」

 

 12年()と口にしたヴェロッサ。しみじみと語るその口調は軽く、茶化すようで。その軽い態度がクロノには挑発と映った。が、気にせずに踏み込む。

 

 

 

「そう。お前の父、アコース侯爵が亡くなった時期と被る」

 

 

 

 ピタリと横を歩くヴェロッサが足を止めた。クロノも立ち止まって振り向く。

 最近、背が急激に伸びたクロノ。もう小さいなんて言えない背丈へとなりつつあるが、そのクロノを軽く上回る長身であるヴェロッサの視線が見下ろしてきていた。視線に宿る威圧は、決して身長の差によるものだけではなく、見下す意図が籠っているのは明らか。

 だがクロノとて死線を越えてきた身。ここで怯えて引き下がるなんてことはなく、真正面から視線をぶつけた。

 

「断言したね。推測の域を出ないままで断言してしまうのは問題じゃないかい?」

「確かに、お前の父が闇の書事件の関連死という確たる証拠は得られていない」

 

 アコース侯爵は、表向きには任務の最中に行方不明になったということになっている。実際、クロノもそれ以上のことはわからなかった。

 

「だがお前は僕に対して、親の仇を庇うような非情な人間と言ったな」

「言ったねえ」

「自分はそんな人間ではないという意味に取れる」

「実際、そこまで冷たい人間ではないつもりだけど? 相手によるけどね」

 

 通路の真ん中で睨み合う2人は、当然ながら注目されていた。巻き込まれまいと遠ざかりつつも不躾な視線を送ってくる局員たちに、しかし2人が構うことはない。

 

「アコース侯爵は12年前の闇の書事件で戦死した。そう受け取っても?」

「お好きに」

「そうか」

 

 聞くだけ聞いたとばかりにクロノは踵を返す。

 するとヴェロッサとしては拍子抜けだったのか、怪訝な表情を浮かべてクロノを追う。

 

「僕はまだ『憎いか?』という問いに答えてはないんだけど?」

「お前のその態度が何よりの回答だろう。話に聞くヴェロッサ・アコース査察官殿とは思えないほど感情が出過ぎている」

「そっくりそのまま返すよ、クロノ・ハラオウン三佐殿」

 

 むしろ拍子抜けしたのはこちらの方だと言わんばかりのクロノは、背後から漂う苛立ちを感じていた。感情抑止の術に長けた『ヴェロッサ・アコース査察官』にしては失態とでも言うべきものだ。

 とは言え、感情が抑えられないのはクロノとて似たようなもの。聞き出そうとするのに挑発的な物言いをするのは基本的に間違っている。感情的になりやすい相手に対し、敢えて煽ることでペラペラと喋らせるというやり方もあるにはあるが、今のクロノはそれを意図しているわけではない。単純に不快だっただけだ。

 

「彼女を恨むな、憎むな、彼女も被害者だ、とでも言わないのかい?」

「そんな気は毛頭ない」

「それはまた冷たいことで」

 

 苛立ちのあまり、お前に言われたくはないと口にするところだったが、寸前でクロノは喉の奥に引っ込めた。

 冷たい。

 事実だ。確かに冷たい。仲間ならば、はやてという少女のことをよく知る者ならば、はやてを庇って然るべき場面なのだろうから。

 だがクロノが()()()ではやてを庇うことはない。今までも、これからも。

 

「お前の憎しみや恨みはもっともだからな。僕だって父を闇の書に殺された身だ。憎悪や怨恨の念を抱いたことがないと言えば嘘になる」

「へえ。いつも彼女を庇っている君の口からそんな言葉が聞けるとは」

 

 口先だけの戯言を。ヴェロッサの口調には明らかにそんな非難の色が籠っていた。

 が、ここでクロノはこれ見よがしに溜息を吐いてやる。大きな大きな、あからさまに『こいつの目も節穴か』と呆れ果てていることが鮮明に伝わるような溜息を。

 そしてヴェロッサはその意図をしっかりと汲み取り、嘲笑の笑みを消した。

 

「僕がはやてを庇うのは理不尽な嫌がらせに対してだけだ。はやてが自らの罪と定めたものに関して責められていても庇ったことはない」

「…………」

 

 ヴェロッサは反論してこなかった。思い返しているのだろう。これまでのクロノの行動を。そして納得したのだ。

 クロノがはやてを庇ってきたのは事実。局員やメディア、聖王教会など、はやてを非難する者は数多い。ただその中には別に被害者でもなく、はやての能力をやっかんでいる者や、その戦力や影響力を手元に置いておきたい者、ただ周囲がそうしているから自分も一緒になってやっているという者もいる。クロノはそうした理不尽な嫌がらせからはやてを庇っているだけ。

 では、その怒りや憎しみが真っ当なものであれば?

 そう、まさに父親を闇の書に殺されたヴェロッサならば?

 

「僕にもしすべてからはやてを庇う意思があれば、お前をはやてに近づけさせてはいないさ」

 

 クロノもユーノも、ヴェロッサがはやてにだけ冷たい態度を見せることは気づいていた。それでもヴェロッサとはやての接触を断つことはない。クロノの言を証明する、何よりの証拠であろう。

 

「……庇うこと自体が問題だと思わないかい?」

 

 かろうじて絞り出したような問いかけだった。クロノの耳には、とりあえず何とか反論の1つもしなければと、裁判で追い詰められた相手がよく見せる諦めの悪さにしか聞こえない。だからこそ。

 

「思わないな」

 

 はっきりと、そう言い切った。

 

「親の仇だろう?」

「そうだな」

 

 『恨むべきははやてではなく闇の書であり、先代の闇の書の主である』

 よくクロノも口にする言葉だ。だが今この時、クロノが同じ言葉を口にすることはなかった。

 

――被害者からすれば、そんな『正論』はまるで意味を為さない。

 

 父を殺された幼いクロノが今目の前にいたら、「そんなの知ったことか!」と言うだろう。大切な肉親を殺されたのだ。闇の書が犯してきた罪を知りながら持ち主となり、ヴォルケンリッターを家族と呼ぶはやてまで憎いと思ってしまうのは、大しておかしな話ではない。『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』とはよく言ったものである。

 この『正論』が通用するのは、理不尽な嫌がらせや弱みを利用しようとするような者のみ。

 だがヴェロッサにはまだわからない。その違いが。常のヴェロッサならば気付いたかもしれないが、冷静さを欠いている今のヴェロッサでは気づきようがなかった。

 

「父は復讐を望む人ではなかったとでも?」

「さあな。それはわからない」

 

 あまり父クライドのことは憶えていない。幼い頃のことだったから。記憶に残っているのは、よく抱き上げてくれたことと遺影に収まった微笑みくらい。それはそれで息子として冷たい話なのかもしれないなとクロノは密かに自嘲した。

 

「てっきりそんな人じゃないと言うと思ってたけど」

「僕の数少ない記憶と母さんから聞いている父さんの話からすると、きっとそういう人だろうとは思うがな」

「いくら父親でも他人の心はわからない。理不尽な死に対してどう思うかなんてね」

「それについては同意する」

「君は父親をヒーローとして見ているだけじゃないのかい?」

「そんなふうには思っていない」

「どうしてだい? 闇の書の脅威から世界を救ったと言っても過言じゃないんだよ?」

「世間でどう評価されていようと、母さんを悲しませた人だ。ヒーローは自分の家族を悲しませないものだろう?」

 

 父に対してひどいことを言っているという自覚はある。それでもクロノは間違ってはいないと思っている。

 

「生き残り、守るべき人の下へと帰ってきてこそヒーローだ」

 

 その『信念』が、今のクロノにはあるから。

 目標とする恭也が諭し、クロノ自身もまた同じ結論に至ったその答え。

 半年前に嫌と言うほど思い知った。生還したクロノに喜び、そして怒った母の涙。悲しそうな義妹の顔。義妹の姉のような存在である使い魔も含め、皆にクロノという大事な仲間を失う恐怖や不安を味わわせてしまった。

 

――『父のような悲しい犠牲を、母のように哀しむ人を、もう出したくない』

 

 そう願い、強く望んだからこそ執務官になり、今でもその想いは変わらずクロノを突き動かす原動力。

 

「父さんが死んだせいで僕も母さんも悲しみ、苦しんだ。次元世界を守ったのかもしれないが、最も守るべき家族を悲しませた点は許せない。だから僕は『父のような悲しい犠牲を、母のように哀しむ人を、もう出したくない』と望む」

 

 なのに自分自身が父と同じように悲しませてしまうところだった。もう二度としない。そのために強くなる。そのために偉くなる。そう改めて決めた。

 

「父の遺志を継いでいるわけでも、父のために戦っているわけでもないと?」

「ああ。僕は父さんのようにはならない」

「ずいぶん冷たいね。実の父親に」

「息子を置いて死んだんだ。このくらいの当てつけは我慢してもらうさ。ただ、僕は父さんを父さんとして越えるべき背中であるとも思っている。息子として父さんを誇りに思っている部分もある。それで納得してもらうしかないな」

 

 息子に誇りに思われたら、父として冥利に尽きる……はず。そうであってくれればせめてもの孝行になるかもしれない。何の孝行もできずに死別してしまったことは残念でならない。クロノとて最初からこんな性格だったわけではないし、父が生きてくれていたらたくさん我儘を言ったろうし、甘えたり遊んでもらったりしただろう。生憎とあまり想像はつかないが。だからこれは八つ当たりでもある。息子を置いて死んでいった父への、せめてもの嫌がらせ。そのくらい苦笑いで受け入れてもらわないと。

 こんな息子で申し訳ない。だが貴方の自業自得でもある。

 心中でそう訴えかけるクロノが無意識のうちに浮かべていた笑みは、果たしてヴェロッサにどう映ったのか。

 

「そんな人を殺したのが闇の書なんだ。本当に君はわかってるのか?」

「わかっているさ」

「わかっていない。君は綺麗事を言って誤魔化しているだけだ」

「そんなことはない」

「いったいどこが!」

 

 耐えきれなかったのか、ヴェロッサがクロノの背中にとうとう怒鳴り声をぶつける。

 そこでクロノは歩みを止め、半身だけ振り返ってヴェロッサを見返し。

 

「はやては夜天の魔導書の主になると決めた」

「それが何だと――」

「夜天の魔導書が闇の書として犯した罪、そのすべてを引き受けると決めた」

 

 ヴェロッサが口を挟もうとするもクロノは無視して言葉を重ねる。そんなクロノに、ヴェロッサは口を引き結んで睨み返す。だから何なのだ、そんなことは知っていると、不満や怒りの一切合財を視線に籠めて。それを汲み取ったクロノは、どうしてわからないのかと怒るでもなく、かと言って諭すでもなく、ただ事実だけを淡々と述べるように極めて平坦な口調で告げる。

 

「はやてが進む道は茨の道だ」

 

 憎悪。怨恨。糾弾。非難。罵倒。侮蔑。

 それらすべてを覚悟の上で、はやてはこの道を選んだ。

 そしてはやては、きっとわかっている。理不尽なものを向けられることも。『すべて』とは、そういう意味だ。

 クロノが庇うまでもなく、はやては耐える覚悟を決めてこの道を進んでいる。ある意味、クロノの庇う行為は余計と言ってもいいかもしれない。はやての覚悟を軽んじているように映ってもおかしくはないのかもしれない。

 ゆえにクロノも庇う行動に一線を引いた。それが、理不尽なものからだけは庇うというものだ。そしてそれ以前に――

 

「僕ははやてがその道を歩んでいくことを止めないし、倒れれば尻を叩いて立ち上がらせる」

「…………」

 

 はやて自身が、それを望んでいる。支えるとは優しくするだけではないのだ。時に厳しく当たることも必要だから。

 クロノとユーノはなのはにフェイト、はやてがその想いを貫いていける環境を整えると決めている。はやての想いとは、すなわち『世界中の誰にも、悲しい夜が来ないように』。

 

――『失くしてしもたもの、起こってしもた出来事、過ぎ去ってしもた過去の時間は、変えることができひん。せやから、失いたくないと思う。守りたいと思う。守るために強うなりたいと、そう思うんや。私が選んだんは、戦って勝ち取っていくことや。見えない未来を、望んだ形に変えていくことなんや』

 

 戦って勝ち取る。何と戦うのか、もはや言うまでもあるまい。

 はやてが想いを貫いていける環境とは、つまりはやてが戦い続けられる環境を整えるということになる。茨の道を歩くと決めたはやてが、その道を進んでいけるようにするということ。

 

「僕ははやてを支える。茨の道を歩かせるんだ。あの歳の子に、これからの人生を人のために使えと言ってるようなもんだ。ある意味、命を奪うよりも厳しい行為だろ。我ながら、これほど冷徹で残酷な宣言もないと思うがね」

「…………」

 

 返す言葉がないのか、ヴェロッサは何も言ってはこなかった。クロノはヴェロッサから視線を外し、再び背中を向けて。

 

「アコース査察官。君も査察官なら、あの子の想い、あの子の覚悟、その本質を見誤らないでくれ」

 

 最後にそれだけを言って、クロノは歩き出す。

 ついてくる足音は……なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「憎しみの連鎖はどこかで断たなければならないんですよ」

 

 ユーノがヴェロッサと話したのはその数日後。どちらかと言えば無限書庫に籠りがちなユーノよりも、動き回ることが多くて所在が掴みにくいクロノの方についていることが多いヴェロッサが、ここ数日間ほど無限書庫に訪れているのでユーノも少し違和感を抱いていたところだった。

 と言っても、ユーノの方から積極的にヴェロッサに話しかけることはなかった。単純に忙しいということもあるが、ヴェロッサが纏う雰囲気が重く、誰も話しかけようとしないほどだったからということもある。

 そんな折、ユーノは残業の後に仕事とは別に残って調べ物をしていた。夜天の魔導書の融合騎に関する情報を求めて。

 夜天の魔導書は、正確には融合デバイスではない。魔導書そのものは大容量のストレージであり、いわば魔導の貯蔵庫。これを素早く検索したり行使したりするために融合騎、別の言い方をすれば管制人格がいるのであり、はやてが持っている杖は行使する魔法の制御を補助するためのデバイス。管制人格こそが融合デバイスであり、夜天の魔導書とは、ストレージと制御デバイスと、これらを統括する融合騎の3つによって構成される複合型デバイスである。

 それゆえに調べることは多く、そのくせ得られる情報は少ない。それでもユーノは持ち前の根気強さで情報発掘を続ける。大事な仲間のためと思えば何ということはない。まあ、無理をするとその大事な仲間たちに怒ったり泣いたり悲しそうにされたりとしてしまうので、程々を心掛けているけれど。その『程々』がどうも仲間たちの『程々』とは結構な食い違いがあるらしく、暴走以前と比べると多少はマシになったとは言え、まだまだ金髪の幼馴染にお説教をされる回数は多い。その金髪の幼馴染は、特にここ最近、いつも以上にやる気に満ち溢れ、先日行われた執務官試験ではかなりの手応えがあったのか、珍しく自信ありげだった。ただ、やる気があるのはいいのだが、いきなりどうしたのかと聞くと頬を赤らめて焦り出す姿が妙に気になっている。

 そんな最近気になっている幼馴染のことを頭の片隅に置きながら、今日はこのくらいにしておこうかなと思ったときに、新たな情報が見つかった。一見しただけでもこれまで見つかった中では一番とも言えそうな情報に少し昂揚していたら、「ずいぶん嬉しそうだね」と声がかかったのだ。

 

「怒りを我慢しろと言うのかい? 犠牲者やその遺族たちにそれを言えるのかい?」

「言えませんね。僕は闇の書の被害者ではありませんから。できればはやてに向けてほしくはないけれど、止めることもできません」

 

 何が見つかったのかと問うヴェロッサに、ユーノは一瞬迷いはしたものの正直に融合デバイスの情報であることを伝えた。詳細は伝えないけれど。

 すると予想通り、ヴェロッサの態度は一気に硬化した。クロノ同様、はやてに対するヴェロッサの態度が気になっていたユーノは、数日前にクロノがヴェロッサと話した結果、はやてに対する怒りや憎しみを抱えていると聞いていたのもあり、少し本気で向き合おうと思ったのだ。

 

「でも同時に、闇の書の被害者でない僕は、彼らと同じようにはやてに接する気もありません。だって僕自身にははやてに向ける憎しみなんてありませんからね」

「だが彼女を守れば君も彼女を恨む者たちからの憎しみを向けられるじゃないか」

 

 実際にこうしてヴェロッサに責められているように。けれどユーノが()()揺らぐことはない。

 

「そうですね」

 

 意図したわけではないけれど、クロノが何でもないことのように言ったように、ユーノもまたさらりと返すだけ。

 

「……本当にわかっているのかい?」

「わかっていますよ? それで友達をやめる人もいるかもしれませんが、僕はやめないってだけです」

「なぜだい?」

「なぜも何も、僕にとってはやては守りたい友達ですからとしか。友達を捨てようなんて思いませんよ。まして周囲がそうだからって一緒になってはやてを貶めるなんてありえませんね。周囲に流される気は毛頭ありません」

 

 そんな『依存』は絶対にお断りである。フェイトだってきっと同じだと自信を以って言える。

 

「依存と戦う君らしい言葉だが、高町三尉やハラオウン候補生と違って、君と彼女の繋がりはそれほどではないはずだけど?」

「そう思っているのでしたら、アコース査察官、貴方の目が節穴というだけです」

「……言うじゃないか」

 

 少しだけユーノはがっかりしていた。

 ヴェロッサの抱える過去を想像すれば、得られている情報からだけでも同情はできる。それでも査察官として私情を排して物事を捉える立場にあり、ベルカの騎士としての高潔さを確かに備えていると感じるからこそ、はやての想いや覚悟の本質も見逃さないのではないかと期待していただけに。

 同時に疑問を抱く。言っておいてなんだが、ヴェロッサの目がそこまで節穴とは思えない。直接会ったことはないが、この半年でカリム・グラシアという存在が信用の置ける誠実な人であると思えるようになった。その義弟であるヴェロッサを、カリムが非常に信頼していることも読み取れたため、そのカリムが敢えてクロノやユーノ、はやてという過去に関わる存在との接触を図らせたのは、ヴェロッサが決して私情に走るようなことはないと信じてのことではないのかという疑問。

 この疑問の答えを得るためにも、そしてはやての想いや覚悟を間違って捉えてほしくないというはやての親友としての想いからも、ユーノはヴェロッサに向き合った。

 

「僕はサポートするしか能がない。その代わり、サポートでは誰にも負けません。クロノが守ると決め、僕はクロノを支えると決めた。はやてはその中の1人です。そして僕にとってもはやてはフェイトやなのはと変わらない、大切な存在」

 

 確かにフェイトのように『依存』と戦う仲間というわけでもなければ、なのはとのような運命の出会いをしたわけでもない。

 だが繋がりの大きさをヴェロッサに決めつけられる謂われはない。

 ユーノにとって、はやては友達。大切な親友。

 

「親友を守り、支えるのは当然でしょう」

「なぜそこまで?」

「理由が必要ですか? 敢えて言うのであれば、そうですね……ご存知の通り、無限書庫は未だ多くの部署から馬鹿にされていますし、敵視されることも増えました。そんな所と仲良くしていたら色々と余計な風聞が付きまといます。なのにはやては変わらず僕や司書たちに接してくれる。はやてがいつもくれる温かいご飯、それが僕にとってどれだけありがたいことかわかりますか?」

「…………」

 

 たかがその程度、とは言わせない。言っていたらユーノはヴェロッサを殴っていただろう。その気概を察したのか、ヴェロッサは無言だった。

 半年前まで、そのありがたさを理解していなかった。当たり前のように感じていた。自分から突き放してしまって失ったと感じた瞬間、その大きさを知った。その失ったものが再び得られている。本来ならこれは奇跡的なことだ。もう見捨てられ、見放されていたっておかしくないのだから。

 それが八神はやてという少女の懐の大きさであり、優しさ。ひどいことを言ってもなお親友だと言って支えてくれる。そんな存在を馬鹿にされることは、ユーノにとって非常につらく腹立たしい。放っておくことなどできるわけがない。

 

「貴方がはやてに思うところがあっても、それは僕には止めようがない。できればはやてに憎しみを向けないでほしいと、そのくらいしか言えません。でも僕が貴方たち被害者や遺族の憎しみ、まして理不尽な思惑に引きずられる理由もありません」

 

 憎しみをはやてにぶつけるのならぶつければいい。はやてはその全てを引き受ける覚悟でいるのだから。クロノ同様、そこにまで手を出すことははやての覚悟を軽んじることになりかねない。

 クロノには甘いと言われるだろうが、ユーノはもっともっとはやてを支えてあげたいし庇ってもあげたい。けれどそれはなのはとフェイトに任せる。なのはとフェイトがはやての最も傍にいてくれるから。自分とクロノの役目は、はやての覚悟を無碍にしないようにしつつ守る。

 

「だからその代わりに、僕は親友として共にその憎しみを受けますよ。憎しみの連鎖を一緒に断つために」

「……大した自己犠牲心だね」

「それだけ僕にとってはやてには恩があるということですよ」

 

 ユーノは笑う。本気でそう思っているからこそ笑って見せる。

 

「はやてもきっとそんな大したことはしてないって言うでしょうけれど、恩の大きさを決めるのは僕の自由でしょう? 恩義に報いるってだけですよ。恩には恩を、嫌がらせには相応の報いを」

 

 優しいだけではない。ユーノはユーノなりの覚悟がある。笑顔の奥に、その意思をチラつかせながらユーノは微笑み続ける。ヴェロッサならばそのくらいは察するだろうと。

 その笑顔が気に入らないのか、もはや話すことはないということなのか、ヴェロッサは踵を返して無限書庫の出入口へと向かってしまう。気持ちが通じていないことは寂しいことだと良く知るユーノだけに、ヴェロッサの行動は少なからずユーノの心に痛みを感じさせた。

 それでもユーノは、これだけはと、その背中に声をかける。

 

「アコース査察官。長年依存に縋って周囲に流され自分から逃げ続けた挙句、暴走した僕から1つ――どうか自分を、自分の心を見失わないでください」

 

 足早に去りゆく、はるかに大きなはずが今はどこか小さく見える背中は、何も返してはこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、面会のアポが取れたという連絡を寄越すまで、クロノもユーノもヴェロッサとは顔も合わせていないし言葉の1つも交わしていなかった。それだけに今のヴェロッサの態度は不可解に過ぎる。目の前ではやてと談笑するヴェロッサは、とても最後に別れたときのヴェロッサと同一人物とは思えない。

 

(軟化してくれたのなら何よりなんだけどね)

(それはないな)

(やっぱり?)

(ああ)

 

 クロノは誘導するように視線を向ける。穏やかな笑みを浮かべるヴェロッサへ。

 一見すれば物腰柔らかな好感を持てる少年なのだろう。

 だがクロノとユーノの目にはそのように映らなかった。

 

(……いつもの『査察官』だね)

 

 穏やか。物腰柔らか。好感を持てる。

 それは『ヴェロッサ・アコース査察官』の常の顔。その顔の奥で相手を探る。自らの思考や感情を仮面によって隠す。

 そうして考えも感情も悟らせない。

 

(僕たち、余計なことをしただけなのかもね)

(かもな。僅かなりと通じてくれればと願ってはいたが、やはり闇の書の過去の根は深いということか)

 

 本当にこの世はままならない。

 はやてには悪いけれど、どうしても空虚に見えてしまう談笑から意識を逸らすように、クロノとユーノは車の外へと揃って視線を投げる。

 そんな4人を乗せた車は、グラシア公爵邸の正門を静かにくぐっていくのであった。

 

 

 

 

 

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