リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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間違いを犯すことに怯え。
薄い絆に縋って震え。
そんな人生など、無意味だと思わんかね?
     ―ジェイル・スカリエッティ―




LOCUS 2-2

 ユーノへの相談は、昨日今日に始まったことではない。

 最初はなのはやはやて、アリサにすずかが一番の相談相手だった。彼女たちもまた親身になって聞いてくれたから、申し訳ないと思っていても頼りにし、彼女たちもむしろ頼りにしてくれた方が嬉しいと応じてくれた。

 そんな折、フェイトにとって、その後を左右する大きな出来事が起きる。

 

 

 

 家族にならないかという、リンディからの申し出。

 

 

 

 散々迷った末に申し出に応じ、ハラオウンの姓をもらうことになったこのときも、なのはたちに相談を持ちかけていたのだ。

 結論としては、みな賛成してくれた。

 揃って家族が大好きな彼女たちは、家族がいることがどれだけありがたいことかを知っていたから、尚の事だろう。家族ができることへの不安、上手くやっていけるのかという懸念、プレシアへの複雑な感情、そしてどうしたって付き纏う『クローンである』という負い目。その1つ1つを打ち明けながら、フェイトは彼女たちから背中を押してもらった。

 

 けれど、その心の内で、拭い去れない『何か』があった。

 

 はやてを除き、なのはもアリサもすずかも、家族がいる身だ。

 そして親から愛情を持って育てられ、兄姉からも可愛がられてきた。

 

――自分とは違う。

 

 嫌われ、最後の最後まで愛されることはなく、記憶にある愛情もアリシアに向けられたもの。

 だから本当の意味で、フェイトの立場を理解してはいない。できないのだ。彼女たちは、あくまでフェイトの立場を想像した上で相談に応じることしかできない。

 もちろん、だからと言って彼女たちに対して不満はない。親身に相談に応じてくれる人がいる友達が、親友がいるということは、フェイトにとって心の底からありがたく、幸せなことなのだから。

 この件において彼女たちの中で最も頼りになったのははやてだった。

 彼女は幼い頃に両親を亡くしているため、親の記憶も朧気で、愛されるということも同様だ。しかもヴォルケンリッターが出てくるまで、彼女は1人だったのだ。親に嫌われるということはなかったが、家族の愛情に飢えているという点では、フェイトの気持ちを彼女たちの中で誰より理解できる立場だった。

 なのはも幼少の頃、家族の中で自分1人だけが取り残されているような寂しさを味わったことがあるため、愛情を求めている節がある。はやてに次いでなのはの意見もまた貴重であった。

 だからこそ、家族の良さを知るはやてやなのはの賛成は、フェイトに家族への期待を否が応にも強くしてくれたし、なりたいという思いを決定づけてくれたと言える。家族というものを知らなかったヴォルケンリッターたちとすっかり家族となっている点も、フェイトには頼もしかった。

 それでも。

 なぜか。

 どうしても……最後の一歩が、踏み出せなかった。

 家族になりたいという思いが確かにあるのに、やっていこうとする気概もあるのに、『何か』が躊躇わせている。

 時間だけが流れ、ずっと待ってくれているリンディとクロノに、変わらず接してくれる2人に、ただただ申し訳なさが募るばかりで。自分の優柔不断さが情けなくて。

 ついにフェイトは、意図してこの相談を避けていた人物に頼ることになった。

 

 

 

 それが、ユーノだった。

 

 

 

 ユーノが天涯孤独の身であることを知ったのは、P・T事件が終わった後。

 裁判が行われるため、そこで証人として出廷を依頼されていたユーノが快く応じ、なのはの下からやってきたときのことだった。

 クロノとの打ち合わせを終え、久しぶりにクロノとユーノの罵り合いの口喧嘩を見て、それをアルフと一緒に止めて。やがてクロノが席を立った後、なのはのことを知りたくてユーノと少し話をすることになった。

 ユーノの話を聞きながら、フェイトはユーノに対する複雑な感情を扱いあぐねていた。なのはと同じく助けてくれた恩人であるユーノだが、親友となったなのはに比べ、ユーノはどちらかと言うと恩人どまり。親友の親友という位置づけで、友達というには微妙な距離があったのだ。フェイトはなのはと離れ離れになっていたのに、ずっとなのはといられたユーノだからこそ、密かな嫉妬も手伝って、フェイトはついユーノに対して憎まれ口を零してしまったのである。

 いつもなのはといるけど、家族の下に帰らないのかと。

 

「ああ……その、帰れないんだ」

 

 そんな、思いもしない言葉が返ってきた。どうしてかわからず、フェイトが聞き返せば。

 

「僕さ、ジュエルシード発掘の責任者を任せてもらっていたんだ」

「うん、それは聞いてるけど……」

「なのに僕は、その責任を果たせなかった。一族の期待を裏切ってしまったんだ」

「でもそれは、リンディ提督もクロノ執務官も言ってたように、ユーノの責任じゃないよ」

 

 発掘の最中にジュエルシードを起動させてしまったとか、引き渡す前に不手際があったとか、そういった理由があるのなら責任者としてユーノは責めを負わねばならないだろう。

 だがジュエルシードがばら撒かれてしまったのは、引き渡した後の輸送中のことだ。輸送船の事故にしても――何者かによる攻撃の可能性もある――ユーノの責任の範疇にはない。仮にユーノの責任だとしても、もうユーノ1人で責任を負えるレベルでもあるまい。

 だがユーノは首を横に振る。

 

「責任のあるなしに関わらず、もう少しで次元震が起こるところまでいったものだから、発掘したスクライアに対する一定の非難も起こっているんだよ」

 

 スクライア一族には確かに責任はない。

 だが世間は不条理だ。

 被害に遭いそうになったところからすれば、『余計なものを発掘しやがって』という苛立ちもある。また、罪に問うべきプレシアは虚数空間に落ち、フェイトは罪に問うには情状酌量の余地がありすぎ、むしろ同情が集まる立場で、では次元震の余波を受けた被害者たちは誰に対して怒りをぶつければいいのかわからない。そのやり場のない怒りの行き着く先が、時空管理局やスクライア一族だったのだ。

 時空管理局に輸送中の不手際があったのではないか。そもそも発掘許可を出さなければよかったのではないか。スクライア一族はきちんと危険性を説明していたのか……批判一辺倒なメディアもあるし、叩いて出た僅かな埃に反応して食いつく輩もいる。そんな者たちにしてみれば、ユーノもフェイトも美味しい鴨だ。

 子供だろうと就労が可能なだけに、ミッドチルダを始めとした次元世界では子供にも相応の責任を求める。権利があれば義務があり、仕事には責任を求められ、罪を犯せば大人同様に裁かれる。発掘責任者の責任問題を追及し、子供だろうと犯罪の規模を考えれば罪に問うべきであると。そんな声はユーノとフェイトに容赦なく降りかかった。クロノとリンディが後見人や身元引受人となって庇ってくれたことと、P・T事件からそう時間を置かずして発覚した聖遺物盗難事件という大事件――聖王教会の前代未聞の不祥事により、世間もメディアの目も一気にそちらに向いたことが幸いしたのだが。

 

「……ごめんね」

「え? あ、いや、フェイトが謝ることじゃないよ!」

 

 テーブルの上に置いていたユーノの手が強く握りしめられているのを見て、フェイトは頭を下げた。嫌われているとは言え、フェイトにとってプレシアは母である。それは今も変わりがない。だから身内として謝るのは当然だった。

 もちろんユーノはフェイトを責めているわけではないので慌ててフェイトに頭を上げてもらったが。

 

「でも、帰れないってことは、ユーノが家族に怒られているってことだよね? それならやっぱり謝らなきゃ……今は無理だけど、外に出られるようになったら、私も一緒に行って謝るよ」

「いやいや、本当にフェイトが悪いんじゃないんだって! それにこれは僕の問題なんだ。帰れないのは、別に怒られたわけじゃないしさ」

「じゃあ、どうして帰れないの?」

「あ~、その……僕ね、スクライアを名乗ってはいるけど、実は孤児なんだよ」

「……え?」

 

 言葉を失った。目の前の少年を見て硬直してしまった。ドクドクと心臓が激しく鼓動を打ち、背中が急速に冷える。

 踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったと、フェイトは後悔した。

 頬をかいて少し気まずそうにしながら、ユーノは苦笑いを浮かべている。やはり言うべきではなかったかなと零しながら。フェイトのような反応を取られることに慣れているのだろう。

 

「――ごめんなさい!」

 

 今度こそ、フェイトは立ち上がって深く深く頭を下げた。つまらない嫉妬でユーノの過去に踏み込んでしまったことを、心の底から後悔しながら。

 その後、ものすごく落ち込むフェイトを宥めるのにユーノも苦労したもので。

 ようやくフェイトが話のできる状態になって、ユーノが一族の下へ帰れない理由も聞いた。曰く、一族に迷惑をかけたのは事実で、ジュエルシードの回収も結局できず、なのはという現地の人間、そして時空管理局にまで世話になってしまった。一時だろうと世間を騒がせ、スクライア一族に少なからず迷惑をかけてしまった責任は取らなければならない。ただでさえ孤児で、学校まで通わせてもらっていたのに、発掘責任者を任せてもらった期待に応えることができず、自分の失敗はスクライア一族まで批判の対象となってしまい、これでは合わせる顔がないのだと。

 以来、フェイトはユーノの前で家族の話はしなかった。なのはたちがユーノの前で家族の話をし始めたときなど、止めこそしないもののハラハラしたものだ。それゆえに、リンディからの養子の申し出など、相談できるわけがなかった。

 

 けれど、そんな彼だからこそ。

 

 フェイトにはわからない、この『何か』がわかるのではないか。

 

 スクライア一族という家族に嫌われていると思っている彼だからこそ。親を知らない彼だからこそ。親がいない上で血の繋がらない一族に家族として引き取られた彼だからこそ。共通点がはやて以上に多い彼だからこそ。

 

 申し訳ないという気持ちに苛まれながらも、一縷の希望を抱いて、フェイトはユーノの下を訪れたのである。

 

 

 

「フェイトは、間違ってしまうのが怖いんだね」

 

 

 

 1時間。

 それが、フェイトが無限書庫のユーノを訪問してから問うまでにかかった時間である。

 その間、フェイトは黙りこくったり、他愛のないことを話したり。ユーノはそれに逐一付き合ってくれて。もう3杯目になる紅茶をユーノが淹れ直してくれている時に、思い切ってその背中に問いかけたのだ。

 するとユーノは、すぐには返さず。紅茶を2人分のカップに注ぎ。ソファーにまで戻ってきて。フェイトの前に紅茶を置いて。自分の分も置いて。対面のソファーに座って。

 それだけの間を開けてから……本当に手短に、しかし確信と実感が籠もった答えを口にしたのだ。

 ガチガチに緊張し、肩に力が入っていたフェイトは、俯いていた顔を勢いよく上げて。カップの中で揺れる紅茶を、そこに映る自分自身を、どこか冷たい目で見下ろしているユーノをその視界に捉えて。

 

「何が理由になって嫌われることになるか、わからない」

 

 間違うことが怖い。

 ユーノの答えは、至極当たり前の不安だ。何ら変哲も突拍子もないものではない。誰でも思いつく、誰もが感じたことのある、ありふれたものでしかない。

 

「いつ嫌われることになるか、わからない」

 

 なのはも、はやても、アリサも、すずかも。誰もが、フェイトが嫌われることに不安を抱いていると察していた。

 

「どうしたら嫌われずにいられるのかが、わからない」

 

 だからこそ彼女たちもフェイトを励ました。応援するし、助けもするからと。相談にも乗るし、一緒に考えようと。

 

「もう一度好きになってもらえるか、わからない」

 

 頼りがいのある親友たちの温かい励ましは、フェイトを勇気づけてくれた。奮い立たせてくれた。

 

「自分の言動が間違っているのか正しいのかどうか、わからないから……」

 

 けれど、わからない。わからないのだ。

 

「だから……間違ってしまうのが、怖い」

 

 視界がぼやける。感情の籠もらない目をしたまま言葉を紡ぐユーノが、だんだんと朧気になる。1つ瞬きをすると、途端に頬を伝う何かの感触。

 

「間違いを犯して嫌われてしまうのが……怖い」

 

 ユーノの一言一言が、フェイトの『何か』を的確に代弁していた。

 プレシアが自分を嫌った理由は、フェイトがアリシアと違ったから。自分の思い通りに動かなかったから。

 理由は明確だからこそ、フェイトは自分が悪いのだからと必死になった。悪い部分を直し、もっと頑張って頑張って頑張って結果を出せば、きっと振り向いてもらえると信じて。

 けれど、フェイトは結局、プレシアに振り向いてもらえることなどなかった。

 だから、わからない。何をすれば気に入られて、何をしたら嫌われるのか。

 本来ならば、子供は口で教えられつつ、親の背中を見て、そして周囲を観察しながら少しずつそれを知っていく。時に褒められ、時に叱られ、時に喧嘩し、時に笑い合って。少しずつ、人との付き合い方を身に付けていく。その中で、結局疎遠になってしまうこともあるだろう。逆に喧嘩をしても親友へと至ることもあるだろう。そんな成功と失敗を繰り返しながら学んでいく。

 けれどフェイトは、何をしても、認められることはなかった。

 だから、自分が起こす言動の何が正しくて、何が間違いなのかがわからない。同じ対応でも肯定する人もいれば拒絶する人もいるから一概に何が正しい何が間違いとは決められないけれど、それでも一定の基準というものは存在し、基準があるからこそ判断ができる。その基準が、フェイトにはわからない。

 また間違ってしまうのではないか。

 そして、新しい家族ができても、また嫌われてしまうのではないか。

 

 

 

「~~~~!」

 

 

 

 他の誰もがわかってくれなかった。いや、わかるはずがないのだ。そんな経験をしたことがないのだから。

 なのはにとって。はやてにとって。アリサにとって。すずかにとって。

 親とは、まず受け入れてくれる存在。

 自分を怒るときはあっても、叱るときはあっても、でもそこには愛情があり、決して見捨てはしない。

 無条件に、愛してくれる人たち。

 そんな、人間誰しもが持つ、特別な存在。

 

 

 

 そんな存在に、全否定されて嫌われた。

 

 

 

 無条件に愛してくれたことなどない。

 成功しても褒めてもらえない。

 失敗すれば虐待されて。

 笑顔を向けてもらえたことさえもなく。

 求めても突き放されるばかり。

 間違えることが怖いという、誰もが感じたことのある恐怖ながら、フェイトはその度合いが違う。なのはだって、親に叱られたことはある。でも何1つ認めてもらえなかったわけではない。だがフェイトはそうだったのだ。

 なのは・アリサ・すずかが悪いわけではない。彼女たちに同じ辛さを味わえなんて、そんなことは言わない。彼女たちだってわからないのだ。わからないなりに、助けようとしてくれているだけなのだ。

 生まれてすぐに親を失ったはやてならばと期待もしたが、はやては親に嫌われたわけではない。理由があるとは言え、グレアムという存在がいたことは事実だし、グレアムはその罪悪感からはやてにできる限りのことをしてきたし、石田医師という理解者もいてくれた。

 フェイトにもアルフがいてくれたが、アルフ自身も死病に侵された上に群れに見捨てられた過去があり、家族を作るということがわからない。元が獣だけに、そして狼ゆえの本能というものも消えたわけではないからこそ、『人間の家族』についての機微がイマイチわからないということもある。

 彼女たちには真の意味でわからないからこそ――フェイトには、彼女たちの言葉が空虚なものに聞こえてしまうときがある。彼女たちのいう『大丈夫』が、どこか空々しいものに感じてしまう。

 

『どうして大丈夫なんて言えるの?』

『我儘を言ったくらいで嫌われないなんて、どうして思えるの?』

『喧嘩をしてしまっても仲直りすればいいだけなんて、どうしてそんな簡単なことのように言えるの?』

 

 自分の何が悪かったのかがわからない。原因がわからないからどこを直せばいいのかわからない。そんな状態で家族になったら、またそれが原因で嫌われるかもしれないではないか。

 

『嫌われないなんて、どうして言えるの!?』

 

 なのはたちには絶対に言えなかった、心の底に押し込めた叫び。

 その叫びを拾い上げてくれたのが、ユーノだったのだ。

 

「私……私っ……わから、ないよ……っ!」

 

 わからない。これは、同じ経験をした者にしか、わからない。

 なかなかこれを理解できる者はいないだろう。

 

 

 

 けれど、幸か不幸か、フェイトにはいた。こんな近くに。

 

 

 

 寸分違わず理解してくれたユーノに、フェイトは訴える。

 

「フェイト」

 

 ふっと。力いっぱい握り締められたフェイトの拳に、温かいものが触れる。

 瞑っていた目を開ければ、そこには自分の拳の上に乗る、誰かの手。いや、誰かなんて愚かな疑問。ゆっくりと顔を上げれば、いつの間にかフェイトの前に来て、膝立ちしているユーノがいた。彼の手が、フェイトの拳の上に、触れることさえ申し訳なさそうなくらいに、ほんの少し、指の先端だけが、触れていた。

 その温かさを、フェイトが忘れることはないだろう。

 同じような境遇にある彼が、どうしてこんな温かさを纏うことができるのだろうか。フェイトにはそれがわからず、これからずっと抱くことになる疑問。

 ただその温もりが、フェイトには足りないと思えて。申し訳ない程度に触れる彼の手を、フェイトはその温もりをもっと感じたくて、両手で握り返し、それでも足らず、顔を寄せて額に当てた。ユーノはそれに少し驚いた素振りを見せたが、決して引くことはない。かつて伸ばした手は悉く振り払われてきただけに、なのはと同じようにその手に応えてくれる温もりは、フェイトにとって何物にも代え難かった。

 

「僕は、本当の親を知らない」

「っ……!」

「親の顔も名前も知らない。族長からは死別だと聞かされたけど、もしかしたら捨てられたのかもしれない。名前さえ教えてもらえなかったからね。知らなかったら教えられない。つまり、僕の両親はスクライアの人間じゃないってことだ。正直、そうなんじゃないかなって思ってる。僕自身に何かダメなところがあったから、捨てられたんじゃないかって」

「ユーノ……!」

「僕はスクライアのみんなに家族として引き取ってもらえた。とても幸せなことだよ。でもね、だからこそ、すごく怖いんだ。血の繋がりがないから、本当の親子じゃないから、無条件に愛してもらえることなんてないんじゃないかって。だから、少しでもみんなを怒らせてしまったらって思ってきた。何気ない言動が嫌われることに繋がるんじゃないかって、常に恐怖があるんだ」

「うん……うん……!」

「僕とフェイトは、完全に同じじゃあない。フェイトの持ってる、クローンであることへの負い目は、なのはたちと同じように想像でしか共感してあげられない。でも逆に、フェイトはあの人……プレシアさんがお母さんだって知ってるし、フェイトが嫌われたのも、アリシアと何かしら相違があるってことだったから、顔も名前も理由も知ってるからこそ、そのすべてがわからない僕の気持ちを、完全には理解できないと思う」

 

 ごめんね、とユーノは付け加えた。フェイトの傷を嫌でも抉ることになったからだ。

 けれど言わなければならないから。ユーノとフェイトは仲間内では最もその境遇が似ているけれど、でも違うところもあるから。完全に理解はできないと、言っておかなければならない。

 もちろんフェイトもそれはわかっている。抉られる痛みはあったけれど、目の前でユーノもまた、同じ痛みを味わっていることが痛いほどよくわかった。自分の言葉で自分の心を抉る行為をさせてしまったことに罪悪の念すら覚える。

 

「でも……だからこそ、つらいだろうね。フェイトは直接言われたんだから。嫌われた理由にしたって、アリシアとどこかしら違うって曖昧な理由だ。アリシアって子を完全に模倣なんてできるわけがないし、第一それじゃあフェイトは本当にアリシアの代わりにしかなれない。その点でも、僕の方がまだマシかもしれない」

「そんなことない……! 私は、アリシアの記憶であっても、優しい母さんの笑顔を、愛されていたことを知ってる。でもユーノは何も知らない。顔も名前も知らなくて、思い出もなくて、声さえ知らなくて……! そんなの、全然マシなんかじゃない……!」

「ありがとう」

 

 強くユーノの言葉を否定すると、ユーノは微笑で返した。どうしてこんな時に、相手を気遣わなければできない御礼という行為を返せるのか、フェイトにはわからない。本当にわからないことだらけ。

 ユーノはフェイトの疑問を理解し、的確にその心の内を口にした。ユーノも最初からわかっていたわけではないだろう。きっと、ユーノも思い悩んだのだろう。もっと小さい頃から。ユーノはすでに日本で言う大学レベルの学校さえ卒業してしまった身だ。精神的なレベルでも、同年代よりはるかに大人びてしまっている。フェイトにはユーノという相談相手がいたが、ユーノはたった1人で悩み通したのではないか。どのくらい悩んだのか……それでも苦しみ抜いた上で答えに至ったのだろう。だからフェイトの問いに答えられた。

 

(そっか、私は……)

 

 そこでようやく理解した。

 『何か』とは何なのか。それを知りたかった。そして知りたかった以上に。

 

(……受け入れてほしかった……共感してほしかった……この叫びに、気付いてほしかったんだ……!)

 

 励ましてくれた。応援してくれた。相談に乗ってくれた。悩みを共有してくれた。

 なのはも、はやても、アリサも、すずかも、フェイトの力になってくれた。

 けれど、共感はしてもらえなかった。彼らは家族に嫌われたことがないから、共感ができない。経験したことがないから、想像するしかない。この苦しみを、本当の意味で分かち合うことはできない。

 

「ねえ、フェイト」

「……なに?」

 

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 

 その一言が、それからのユーノとフェイトの関係を大いに変えた。

 それまで友達というには中途半端だった2人は、真に友達になったと言えるだろう。

 空虚どころか、これほど安堵を感じることができる『大丈夫』を、フェイトは知らない。

 

「僕は結局、親や一族を含めて多くの人から嫌われてしまったけど、だからこそ、君に言えることもあると思う」

 

 何でもないことのように悲しいことを言うユーノは、しかし、笑顔を浮かべていた。その笑顔に、どうしたらいいのかわからないままそれでも足掻くユーノの苦悩を感じ取った。

 

「失敗ばかりの僕の言葉なんて信じられないかもしれないけど、でもフェイトならやっていけるよ」

「……どうして、そう思うの?」

「あはは。それ、フェイトが聞く?」

「ど、どういうこと?」

 

 本当におかしそうにユーノが笑う。彼本来の温かさを湛えた笑みに、『大丈夫』という言葉以上に惹き込まれ、フェイトはさっきから崩されっぱなしの心をさらにかき混ぜられるように感じながら何とか聞き返した。

 

「フェイトは僕と同じように臆病かもしれないけど、でも、立ち向かっていける強さを持ってるから」

「え……?」

「あんなにはっきり言われても、フェイトはお母さんの前に出て行って、ちゃんと自分の気持ちを伝えたでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「幸せな夢を見せられても、フェイトは囚われることなく、戻ってきたじゃないか」

「……うん」

「今だって、フェイトは逃げてるわけじゃない。自分の中の弱さの正体を知ろうとしたのはどうして?」

「…………」

 

 踏み出したい一歩を妨げる『何か』の正体を知ろうとした。フェイトの臆病な部分が怯えるソレを。

 それを知るということは、自分の弱さの正体を知ることと同義。

 人は、自分の弱さを突きつけられることを好まない。それに目を背け、気づいていないフリを、知らぬフリをしがちだ。自分に都合の良い事実だけを選ぶことはままある。後世に主に伝わる歴史は勝者の歴史であり、敗者の歴史は残らないか、勝者に都合の良いように伝えられていくのと同じように。

 それでもフェイトは、知ろうとした。知りたいと願ったから、ユーノの下へ来た。

 それはなぜか。

 

「フェイトは、どうしたい?」

「……なりたい。リンディ提督の家族に、クロノの家族に……なりたいよ」

 

 なりたいという望みを、そして気概を、邪魔する『弱さ』を知ることで――乗り越えるため。

 自分の『弱さ』と向き合い、戦うためだ。

 

「うん。なれるよ、フェイトなら。君が強く望めば、同じように強く願っているリンディ提督とクロノと、きっと上手くいくよ」

「……そうかな? できるかな、私?」

 

 

 

 大丈夫。

 

 

 

 その一言に、笑顔に、温もりに支えられて。

 数日後、フェイトはリンディの下へと向かった。

 

 

 

 

 

 以来、フェイトは何かとユーノを頼るようになった。

 例えば、リンディをなかなか母と呼べずにいたとき。学費を全部出してくれていると知ったとき。なかなかクロノと兄妹らしくできなかったとき。

 

「僕も呼べなかったなあ……恐れ多いというかさ」

「そうなんだ」

「フェイトは呼びたい?」

「うん……家族なのに、いつまでもリンディ提督っていうのはおかしいから」

 

 母と言えばプレシアのことだったけれど、フェイトはリンディの義理の娘になった。だからリンディのことを母と呼ばなければならない。そう思っていた。

 ユーノもそれに同意してくれたから、頑張って呼ぼうとしてみたのだが、なかなか上手くいかない。最初はリンディも喜んでくれていたし、頑張っていることに「ありがとう」と言ってもくれたのに、いつまで経っても自然には出てこない。

 

「う~ん……フェイトは、リンディさんをお母さんだと思ってる?」

「それはもちろんだよ。家族だもん」

「もしかしてそこじゃないかな?」

「え?」

「家族だからそう呼ばなきゃ"おかしい"――そんな意識、フェイトにはない?」

「……否定、できないかも」

「リンディさんも鋭いから、その義務感みたいなものを感じ取ったんじゃないかな? 僕は結局呼べなかったけど、無理するより普通にしてくれればいい、無理に親だと思わなくていいって言ってもらったことがあってね。悪いと思いながらも、気は楽になったよ。でもやっぱり……呼べばよかったなあって。嫌われた今となっては、どうしようもないんだけどね」

 

 ユーノは親代わりの一族の者に対して父や母と呼んだことはない。それでも彼らは無理していたときよりは喜んでくれていたと思う。

 けれどフェイトは違った。呼びたくないわけではない。呼びたいと思う。義務感のような意識を否定はできなくとも、優しいリンディを母として慕う気持ちがすでにあるからこそ、そして母を母と呼んでこそ家族であることをより実感できるのではないかという思いがあったから。

 それに、ユーノが後悔らしき言葉を口にしたとき、そんな後悔はしたくないと思った。自分のためにも、そして自分の苦い経験を話してくれたユーノのためにも。

 まずはユーノと2人きりのときにリンディのことをそう呼ぶことにして。そのうちなのはたちの前でも違和感なく呼べるようになって。

 

――もう大丈夫だよ。

 

 そう太鼓判をもらって。

 

「ユーノ!」

『ああ、フェイト。どうしたの? ずいぶん嬉しそうだね?』

「呼べた。呼べたよ、私!」

『……そっか。おめでとう、フェイト。リンディさん、喜んでくれたかい?』

「うん!」

 

 喜ばれたどころか抱きしめてもらえたことまで嬉々としてフェイトは報告したものだ。

 

 

 

 一方で、リンディを母と呼べば呼ぶだけ、プレシアとの関係が希薄になっていく気がして、フェイトは怖くなってくる。名前にテスタロッサの姓を残すことでプレシアとの関係が消えないようにとしていたが、リンディやクロノへの遠慮からプレシアのことは口にしないようにしていたためでもあった。

 

「僕も親のことは聞けなかったんだよね。何か、申し訳なくてさ。育ててくれている人を親とも呼べずに、生みの親のことを聞きたいなんて。上手く言えないけど、恩知らずじゃないかと思ったんだ」

「なのはも聞いてはくれるんだけど、どうしてもあまりいい顔はしないんだ」

「なのはを怒らないであげてね。なのははフェイトを悪く言ったことが許せないんだよ。プレシアさんの優しい姿を知らないし、どうしても悪い印象しかないわけだしさ。かくいう僕も、フェイトのお母さんとしてのプレシアさんは、どうしてもいい印象がないんだよね」

「……そうだよね。うん、もちろんわかってる。なのはやユーノのことを怒るつもりなんてないよ。でも、その……ホントに、母さんも優しかったんだよ?」

「じゃあ、僕にプレシアさんのことを教えてよ」

「え? い、いいの?」

 

――大丈夫。気にしないで。

 

 いい印象が無い人のことなど聞かされても、と躊躇うフェイトに、ユーノは無用な心配だと返してくれた。

 

「実を言うとね、プレシアさんの残した論文や成果物って結構興味深いものが多くて、在学時代からよく見てたんだ」

 

 ヒュードラの事件で違法魔導研究者としてその名が挙げられるが、元は魔導工学分野においてプレシア・テスタロッサと言えば大魔導師の名に恥じない魔導師であると同時に、高名な研究者でもある。デバイスにも詳しく、インテリジェントもストレージもAIが自動で魔法を使って術者を守る機能があるが、AIが魔法を使う機構について当時はまだ非常に難航しており、融合デバイスの管制人格を参考にしながらの研究にプレシアも参加していたのだ。その頃は無限書庫も『物置』としてまったく機能しておらず、資料がほとんどない中で、僅かに残る文献から今の高性能AIを作り上げた功績は大きい。

 だがその功績も、違法魔導研究者の烙印が押された彼女ゆえに、研究者のリストの中からはほとんど抹消されてしまっている。

 

「そ、そうなんだよ! ユーノ、知ってたんだ!」

「あ、やっぱりフェイトも知ってたんだ。自分で調べたの?」

「うん。だって母さんのことだもん」

「違法研究者なんて呼ばれてるけど、今のレイジングハートやバルディッシュを見てると思うんだよ。なのはやフェイトのことを自分が壊れても守ろうとしててさ、まるで子供を守る親のようだって。プレシアさんもそんなデバイスを生んだ親の1人だから、優しい心がきっとあったはずだよね」

「バルディッシュはね、リニスが作ってくれたんだけど、母さんの研究成果もたくさん組み込んでくれてる。だから名前だけじゃなくて、バルディッシュも母さんとの大事な繋がりを示してくれるものなんだ。ね、バルディッシュ?」

『Yes, sir』

「う~ん、そうなると……バルディッシュ。君も結構無茶するけど、フェイトを悲しませたらダメだよ?」

『…………』

「ユーノに無茶を諌められたくはないだろうけど……バルディッシュ。返事くらいしないとダメ」

『……Sorry』

 

 レイジングハートに比べて無口なAIであるが、それはそれで主人のフェイトに似ていると言える。そんな『彼』にユーノとフェイトは笑い、また沈黙する『彼』をからかって。

 それからフェイトは嬉々としてプレシアを語った。普段の大人しさが嘘のように。

 プレシアの研究から優しかった当時のこと、アリシアとの思い出。フェイトにとっては悲しい過去でもあるが、今でもやはりプレシアを嫌いになることなどできないし、誰かに話し、本来のプレシアを知ってほしい気持ちが勝る。それを遠慮なく話せる相手は、本当に貴重だった。まして一般的に知られたプレシアを知っており、そしてP・T事件でプレシアを見ていながら、プレシアのことを責めずに関心を持ってもくれるなど。

 

 

 

 ちなみにクロノのことになると、ややユーノも当てにならなかったが。

 

「え、クロノが相手をしてくれない?」

「うん……義母さんとは上手くいってるんだけど、クロノも義兄だから、やっぱりそう呼ぶべきかなって思って呼んだんだ」

「何て?」

「お兄ちゃん」

「っ!」

「そう呼んだら、それはやめろって言われて。ここ最近、何か避けられてるみたいな……ユーノ?」

「ご、ごめん、ちょっとむせちゃって……くっ、ふ……つ、続けてくれていいよ、フェイト」

 

 何だか吹き出したようだが、ユーノはフェイトに顔を見せないように壁を向き、何だかわざとらしいくらいの咳をしながら肩を震わせている。風邪なのかな、とフェイトは気にせず、促された通りに話した。呼びかけるといつも顔を背けること。その呼び方は止めろと嫌がること。

 

「やっぱりクロノって呼んだ方がいいのかな……?」

「いや、いいんじゃないかな。うん、大いに呼んであげたらいいよ。単に照れてるだけだろうから」

「いつになく断言するね、ユーノ?」

「そりゃあもう。絶対大丈夫だよ」

 

 数日後、お兄ちゃんと呼び続けるフェイトについにクロノが折れて謝り、恥ずかしいのだと明かしてくれた。ユーノの言う通りだったので安堵したせいか、ついそれを零してしまい、なぜそこでユーノが出てくるのだと問われて素直に答えて。

 その翌日、クロノが無限書庫に強襲をかけたとフェイトは聞いた。

 

 

 

 

 

 P・T事件から2年を経て家族や友達との付き合い方をだんだん理解してきたフェイト。家族と上手くいくようになって、ユーノに家族のことで相談することはだんだん減りつつあった。それでもフェイトが相談することは多く、家族以外のことでもユーノを頼りにするようになっていく。

 執務官試験を受けると決めてからしばらくの間は自宅で勉強していたため、ユーノの下へいくことは減った。だが1週間ぶりくらいに無限書庫を訪れた際、ユーノが倒れていたと聞き、それまでも実は何度か倒れたことがあったとのことだったので、リンディやクロノから様子を見ておいてほしいと言われたこともあり、フェイトは無限書庫を訪れることが再び増えた。

 

 

「そう言えばなのはに聞いたけど、ユーノって日本でいう大学相当の学校を出てるんだよね?」

「うん、そうだよ」

「ミッドの学校?」

「CWIって言ったらわかる?」

「CWI……って、まさかクラナガン次元世界交際大学!?」

「あ、やっぱり知ってたんだ」

「知ってるよ! 母さんもCMUMを出てるけど、そこやザンクト・ヒルデに並ぶ、次元世界トップクラスの大学なんだよ!?」

 

 クラナガン次元世界交際大学(Cranagan World Interdimentional University)。クラナガン郊外に本部を持つ、複数の次元世界が合同で出資して立てた公立総合大学である。

 ミッドチルダ中央首都大学(Central Metropolitan University of Midchilda)や、ベルカの聖王教会が運営する、幼児から大学まで進学が可能なザンクト・ヒルデ魔法学院の大学部に並ぶ、次元世界最高学府の地位を争う教育機関だ。フェイトが驚くのも無理はないだろう。

 ミッドチルダ中央首都大学は飛び級制度がなく、ザンクト・ヒルデ魔法学院はあくまで魔法が中心となって構成された教育機関なので、早く卒業したいユーノにとって前者はボツで、そこまで突出した魔法資質があるわけではないから後者も場違いという感覚がユーノにはあった。その点、クラナガン次元世界交際大学は複数の次元世界が出資しているだけあって、ミッド寄りでもベルカ寄りでもなければ魔法寄りでもないし、ほとんどの学問を扱ってもいる。中立的で、魔法資質が低かったりなかったりする人の方が多いということもあって、スクライア一族の者もだいたいここを選ぶらしい。

 

「今更だけど、ユーノって天才児なんじゃ……」

「スクライアは放浪の一族だから勉強はできないって思われがちだけど、次元世界間を渡航するわけだから、各地の法律を知っておかなきゃいけないし、政治体制も理解できなきゃいけないんだよ。経済や文化にも明るくないといけないし、魔法も使う以上は魔導知識も当然必要でしょ? 管理世界が主だけど、時に管理外や無人世界にも行くから危険も付き纏うしね。自給自足でもあるから農学や工学も必要になるし、そういう知識は考古学の分野でも活かせるから」

「スクライア一族そのものが学者肌ってこと?」

「そうだね。一族を出た人って結婚とかすると名前を変えることが大半だから知られてないけど、結構有名な人って多いんだよ? スクライア一族が次元渡航を許可されているのも、発掘許可を得やすいのも、そういうパイプを持ってるからなんだ。だから僕が特別ってわけじゃないよ」

「CWIに入れた時点で充分特別だよ。しかも飛び級で卒業って……あの、ユーノって、もしかして考古学以外もわかる?」

「メインは考古学・歴史学・民俗学だけど、必須科目として語学や魔法学があったし、自由科目で法学や経済学もやったかな。奨学生資格を得るために幅広く単位を取る必要があったし」

「……ねえユーノ。迷惑じゃなかったらでいいんだ。お願いがあるんだけど――」

 

 ユーノが法務にも明るく、非常に博識であり、そんな大学を出ているとあらば、フェイトが執務官試験対策の助けを求めるのは自明の理と言ってもいいだろう。

 そこから訪れる頻度が数日おき、そしてほぼ毎日となって。

 

「友達になった子がいるんだけど……」

「スクライア一族で何人か同年代の子はいるけど、友達というより家族に近かったし、学校は飛び級してたこともあって、正直、友達と呼べる人はそんなにいないから、あまり参考にならないけど……」

 

 ユーノの示した方法が必ずいい結果を招いたわけではない。

 それでもフェイトはよかった。少しずつ、こうすればああすればと自分でも経験から導けるものができて、フェイトの中には『基準』ができつつあった。

 加えて、『大丈夫』と言ってもらえる。

 悉くを認めてもらえなかったあの頃とは違う。

 自分は間違っているかもしれない。それが怖い。けれど、ユーノが『大丈夫』と言ってくれる。だから、決して1人よがりではないし、なのはたちも応援してくれている。

 

 

 

 何より、ユーノは決してフェイトを拒まなかった。

 

 

 

 弱音を吐いても。愚痴をこぼしても。不満を口にしても。我儘を言っても。そして唯一強く出ても。

 ユーノは受け入れてくれる。

 

――大丈夫。

 

 本当によく似た境遇の彼が、そう言ってくれる。

 だからフェイトは、安心して前に進むことができた。物事に対することができた。

 

 

 

 だがそれは、強固に見えて脆くもある、まさに諸刃の剣であった。

 

 

 

 フェイトが得られた『基準』とは、『嫌われないこと』が根幹にある。

 だから自分を抑えるし、相手が強く出れば引き下がる。

 それでも時に強く出ねばならないこととてある。戦場に出れば、命がかかっている。普段の生活の中でも、意見の食い違いなんてよくあること。受け入れられないことというのは、どうしたって存在する。

 それに対して弱かったフェイトだが、仲間の存在によって負けることなく立ち向かうことができた。なのはたち親友やリンディとクロノという家族、そしてユーノという存在を得て、少しずつ意見を言い、積極性も見せるようになった。他者から何を言われようと、いちいち揺らがなくなった。

 だがそれは、『確固とした自分』を持っているからではない。

 

 

 

 自分を支える最大のものは、自分自身でなければならない。

 

 

 

 他者への『依存』によってのみ支えられたものは、支えを失えば脆いものである。

 

 

 

 何かあっても、なのはやクロノたち親友や家族・仲間がいる。そんな彼らと何かあっても、ユーノがいる。ましてなのはやクロノたちは『特に嫌われたくない』相手だからこそ、フェイトは反対の意思や不満があっても自分を抑える。そんなフェイトにとって『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン最大の理解者で、いつだって受け入れてくれる』という安心があるユーノの存在は、『絶対に嫌われてはならない』と刻み込まれてしまう。

 

 

 

 だから、『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』を支える『なのはたち親友や仲間、クロノたち家族』と『ユーノ・スクライア』に一度問題が起きれば。

 

 

 

 『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』は、一気に不安定となる。

 

 

 

 なのはが明らかに無茶をし始めた。

 一番の親友の様子がおかしいとあってはフェイトも自分の相談事など持ちかけられるはずがない。それはなのはの負担にしかならない。はやてたちもなのはの心配をしているし、はやてははやてで厳しい目に晒される立場だからこそ、相談事を持ちかけて負担をかけるわけにはいかない。

 支柱の1つが、ぐらつき始めた。

 それゆえに、不安定な支柱に頼ることはできず、フェイトはもう1つの支柱により比重を置くことになる。

 ユーノならと。むしろ、こんなときだからこそと。

 

 

 

 それまでもが、ここ最近、少しおかしい。

 

 

 

 ユーノが倒れて以来、フェイトはユーノを心配した。

 ただユーノも無限書庫の激務、そして周囲からの雑な扱いやひどい対応もあり、機嫌が悪いときがある。フェイトがそれを察して相談はやめておいても、フェイトの機微を察して問いかけてくることは度々あったけれど。

 ついつい相談に乗ってもらってはいたものの、フェイトもさすがにこれではダメだと断ったことがある。人のことより自分のことを考えてほしいと。

 

――大丈夫だから。

 

 いつもなら安心できるその一言が、全然安心できなかった。

 何度かそんなやり取りをしている間に、ユーノの『大丈夫』はことユーノ自身のことになるとまったく信用できないものであることがわかってきた。

 だから2週間前、またユーノが倒れたとき、フェイトもさすがに業を煮やして、その翌日の勉強はもういいからとユーノをいつもよりも強く言って休ませようとした。

 だがそこで、フェイトは思いもよらぬ抵抗を受ける。

 

 

 

――『大丈夫だって言ってるじゃないか!』

 

 

 

 拒絶。

 それは決して、この2年間の中でまったくなかったわけではない。

 なのはも、はやても、アリサも、すずかも、クロノも、リンディも、人である以上は不機嫌な時もあり、人に当たってしまうこともある。同じ対応をしても喜ぶ人がいれば不快に思う人もいる。フェイトだって例外ではない。いくら親友でも、なのはたちに対して不満を覚えることとてある。

 それに対してこれたのは、常に支えてくれる存在があったからだ。

 けれど、自分を支える『確固とした自分』がないフェイトは、仲間たちという支えを失えば、途端に不安定になる。

 確かに付き合い方をわかってきた。わかってはきていた。

 だがフェイトが覚えたのは、あくまで『嫌われない』やり方だ。わかってきたからこそ、もっとも『嫌われない』ための方法を取る。

 それも仕方がないのかもしれない。ある意味で、もっともなのだろう。

 ユーノは、嫌われることを恐れる。フェイトも、嫌われることを恐れる。

 だからこそ、フェイトは嫌われないよう、間違わないよう、ユーノに助言を求め、ユーノもその経験から嫌われないための方法を提案する。

 支えを失ったフェイトは、だからこそ、元の鞘へと帰ってきてしまう。つまり、『嫌われないよう』自分を抑え、引き下がり、譲ってしまう。

 

――『っ……ご、ごめんなさい』

――『あ……フェイト、ごめん!』

――『い、いいよ。気にしないで。私が無神経だったんだ……』

――『ごめん。本当にごめん……!』

 

 強く言わなければならないところで言うことができず、嫌われることを恐れて引き下がる。

 嫌われてしまうかもしれないから。間違いを犯してしまうかもしれないから。

 それは間違いではないよと。大丈夫だよと。そう言ってくれる存在がいないから。

 なのはたちやユーノという『自分を支えてくれる存在』が相手であればこそ、より一層、それを失うことを恐れて。

 

 

 

 ただただ、自分を、押し殺すのだ。

 

 

 

 

 




拙作におけるユーノとフェイトの抱える問題。
前書きに書いた通り、ジェイルの言葉こそがすべてを示しています。

心理描写や経緯を丁寧に描くことに今回は注力しました。
こんなつらい過去があったんだ、と地の文で書いたらそれで済むのかもしれませんが、実際に描いた方がより具体的で、単に一文で済ませるよりもよっほどつらそうに見えるので。
私はテレビ版は視聴したものの、映画版は一切見ていません。
映画版ではプレシアが狂っていった経緯が丁寧に描かれていたそうですが、それによって「そりゃプレシアもおかしくなるわ」と納得される人が多いみたいですね。それと同じ理屈です。具体的に描くのと地の文でさらっとすますのとでは、やはり違いますから。

とは言え、だらだらになると地の文でさっと済ました方がスピード感もあっていいという意見もあるかと。難しいものですね。

本来ならユーノの方の視点も今回に入れたかったのですが、ちょっと長くなったので次話に……。
構想通りにはなかなかいかない。ままならないものですね。
精進あるのみ!
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