次はちょっと戦闘シーンを持ってくる予定ですので。
親と死別したり嫌われたりと、リリなのの子たちってあまりに親との関係で問題を抱えているんですよね……何かあそこまで親との関係に何かある子ばかりだと、それが普通に見えてきてしまうんですが。
親がいなかったり嫌われたりなんて、大なり小なりトラウマになると思います。
二次創作だと、ユーノとフェイトがよく性格が歪んでしまった理由がその辺にある事も多く、それで病んでる風に描かれたり、自己犠牲心が過ぎて死んでしまったりということもあり、その設定に飽きたって声も聞きます。
けど、私はその設定が当たり前ではないかと思うんですよね。むしろそれを跳ね飛ばして普通に成長してることの方が異常だと思います。
……いやまあ、それでヤンデレになるとか、他者を突き落としてでも独占するとか、そこまでいくのはどうかな~と思うんですけどね!
まあ、リリなのの子たちはみんな大人以上に大人な子供ばっかりなんですけども!
やだもう。何がやだって、それでも読んでしまう二次創作好きの性に決まってるじゃないですか……!
……そんなことはさて置いて。
重大な問題がありますよね。
肝心のなのはが登場してない……!
というわけで、次回はなのはに登場してもらいますので。
「はあ……」
キーボードを叩く音が止まる。キーボードの上で止まっている自らの手を見下ろし、ユーノは重いため息をついた。
チラリと視線をソファーの方へと動かすが、そこにはもう誰もいない。
本や資料を保護するために無限書庫の照明は薄暗く、外部からの光は完全に遮断されて入ってこないようになっている。司書室にはきちんと照明が設置されているものの、ユーノは自分の机の周辺だけ点けているので、ソファーの辺りは薄暗い。
『今日はこれで帰るね』
『うん。気をつけてね』
『ユーノはまだ帰らないの?』
『もうちょっとやっておきたくてね』
『……あの』
『どうしたの?』
『……ううん、何でもない。それじゃあ、また明日ね』
『また明日』
最後のフェイトとのやり取りを思い出しながら、ユーノは背もたれにもたれかかる。ずっと同じ姿勢で仕事をしていたためか、僅かな動きでも体が痛む。セメントで固められたように重く感じる。
「フェイトに悪いことしたなあ……」
最後に言おうとしていたのは、おそらく『無理しないで』とか『休んで』とか、そんなところだろうか。
それを飲み込んだ理由は明白だ。
「……何やってるんだよ、僕は……!」
腕で目元を隠しながら背もたれを倒すほど深く体を預けながら天井を振り仰ぐ。その声には重い後悔や罪悪の念が入り混じっていた。
「クロノならともかく、フェイトにまであんな態度を取るなんて……」
ここ最近、どうにもおかしい。
疲れているのは自覚している。ストレスが溜まっているなと、自分でも理解している。
それでも、別にユーノにとっては『このくらい』で済ませることができる。仲間たちが心配してくれることはありがたい。心配させてしまっていることには申し訳なく思う。
けれど、ユーノにとっては本当に『このくらい』なのだ。
「……在学時の方が、もっときつかったはずなのに」
ユーノの学生時代は決していい思い出という言葉で済まされるものではない。
10歳にも満たない子供が大人と言える年頃の若者に交じって学ぶのだ。如何に子供でも就労可能な次元世界と言えども、異質な存在である。クロノとも6歳差があるが、在学時代の歳の差は10歳以上であり、それだけ離れた彼らと友達になれることはまずなく、いじめに遭わなかっただけマシなもので。
当時に比べれば、友達と呼べる存在がいる今は天地の差だ。
だから。
耐えられないはずがないのに。
ユーノとて人間だ。機械ではない。
頼られれば嬉しいし、嫌なことをされれば怒る。褒められれば上機嫌にもなるし、疲れれば不機嫌にもなる。
ただその感情、特にマイナスの感情を表に出さずに押し殺すことに慣れているだけ。
「……これ以上……」
――嫌われたくない。
それは闇の書事件が終結してからおおよそ1年ほど経った頃だろうか。
この頃はフェイトが執務官試験の勉強を始めて少ししたあたりで、まだその手伝いを頼まれておらず、無限書庫に来る頻度が少なくなっていた。
ユーノはと言えば、すでにクロノと本格的に無限書庫立て直しのために動いていた。まだ依頼もクロノ以外はなく、整理が主。しかも司書はユーノを含めて5人だけ。
それでも地道に実績を積み重ねた結果、クロノがユーノの調べ上げた情報でだんだんとロストロギア対応に弾みがつき、ベルカのカートリッジシステムや融合デバイスに関しても資料が見つかって、研究開発の速度が加速。さらに、すでに封印済みだったロストロギアについても、その封印方法に問題があることがわかって適切な対応が取れたり、ロストロギアの場所を事前に掴んで古代遺物管理部だけではなく、危険度が低ければ武装隊や次元航行隊ですら対応可能なまでにしてしまう。そうなれば、当然その有用性は少しずつ話題になっていく。
そんな折、無限書庫に1つの依頼が舞い込む。試験的にいくつか依頼を受け入れてみようという段階で、その依頼は特に重要性が高くないものだった。少なくとも、ユーノを始めとした司書はそう判断した。
カートリッジシステムに対する情報提供依頼。実はその中身は、すでに別方面から依頼が来ていて資料を提供できており、そのことをユーノは依頼元にも伝えた。
ところがそこで問題が起こった。
技術部のメンテナンス及び改修でデバイスにカートリッジシステムを取り付けて引き渡され、実際に任務に当たった部隊で、カートリッジシステムが不調を起こした挙句、暴走し、武装局員に重傷者が出たのだ。
『おい、この欠陥は調査済みじゃなかったのか! うちの技術部は知らないと言っているぞ! どういうことだ!?』
「そんなはずは……確かに技術部にお伝えしているはずです。何でしたら技術部のマリエッタ主任にお聞きくだされば――」
『……その主任はどこの所属だ?』
「はあ……本局技術部ですが。それが何か?」
『何か、だと!? くそっ……所詮は貴様らも『海』の人間ということか……!』
「そ、それはどういう……!」
『もういい!』
ユーノにも他の司書にもわけのわからないことだった。
しかししばらく後に行われた公開意見陳述会にて、この件は大きく取り上げられた。
――本局の情報部と技術部による、意図的な情報の隠蔽により、我が『地上本部』の隊員が負わずとも済んだ怪我を負った。
厳しく本局の責任を追及すると地上本部の首都防衛隊長官ががなり立てる様子を、ユーノも司書たちも真っ青な顔で見ていることしかできなかった。
確かに、ユーノも司書たちも、情報を伝えていた。
『本局』の技術部に。
では『地上本部』の技術部はと言えば……その情報は伝わっていなかったのだ。
本局と地上本部には、それぞれに技術部や査察部、情報部などがある。しかしその連携は、本局と地上本部の険悪な関係により、まったく取れていない。
すぐに技術部のマリエッタが直接無限書庫を訪れて謝罪したものの、ユーノも司書たちも彼女を責められるわけがない。彼女は情報を隠すような意図などないし、当然に時空管理局内で共有されるべき情報として、時空管理局全体の共有データベースに保管しようとしていたのだ。
それを、本局情報部と技術部の上層部が、待ったをかけていたのである。
該当の欠陥に対する解決法は、カートリッジシステムのみならず、デバイスそのものにとっての性能向上に繋がるものだった。本局情報部と技術部は、発見した情報と技術を自らの協力により開発したものとして、まさにその公開意見陳述会にて披露するつもりだったのだ。地上本部との開発競争で一歩抜きんでていることをアピールするために。次の予算をより多く回してもらうために。
「くそ! ふざけている……!」
「……言っていても仕方がないよ、クロノ。僕が悪かったんだ」
「なに?」
「本局と地上本部の仲の悪さは知っていた。連携が取れていないことも。本局の技術部に伝えているからって、地上の技術部にも伝わっていると勝手に思い込んでいたのは僕だ」
「お前が背負い込むことじゃない。マリーもだ。これは管理局そのものの問題なんだ。そこを履き違えるな、ユーノ」
「…………」
このことで責任を追及されたのは、当然に本局の情報部と技術部の上層部である。マリエッタが罪に問われることもなかった。
しかし、無限書庫も少なからず影響を受ける。
無限書庫の現在の位置付けは、『本局』の情報部に所属する一機関であるからだ。
そして、体制が整っていない無限書庫の責任者は情報部の長が務めている。ゆえに、地上本部からは厳しい目を向けられることになる。
以来、ユーノは本局・地上本部を問わず、その依頼の結果がどうなっているかをチェックした。資料の中でも、わかりやすく、情報の共有を願う記載を入れておいた。
そうして余計な手間は増え、特にしばらくは地上本部からの依頼には慎重に、丁寧に、かつ優先的に応じる必要に迫られた。通信ではなく、直接地上に出向いて手渡しをしたこともある。当然、冷たい対応を取られたが。加えて本局からの妨害や、情報部の部長からも『お前たちは海の側なのに陸に便宜を図るのか』などという圧力を受けることもある。無限書庫が今まで『物置』と呼ばれるお荷物部署だったため、情報部内でも予算の無駄遣いなどと嫌われているのだ。ユーノの仕事にかかる量的・精神的負荷は溜まる一方だった。
クロノも依頼の制限や依頼方法のマニュアル化、そして無限書庫の特殊性を鑑みて無限書庫の情報部からの独立化などを進めようとするが、執務官とは言えども無限書庫の責任者でもない以上、できるのはあくまで進言に過ぎない。
積み重なる一方の負荷は、どんなに大人びていようとも10歳の身の上には耐えきれるものではなく。
「勝手に入るぞ。返事をしないのが悪いんだから文句は言うなよ、フェレットもど――ユーノ!?」
ある日、ユーノは司書室にて倒れているのがクロノによって発見された。
嫌われたくない。
誰だって、嫌われたくない。好き好んで嫌われようとする者はいない。それは当たり前の感情だろう。
けれどユーノにとって、嫌われるということは絶対に避けねばならないことで。
――両親は、きっと死別ではなく、自分を捨てたのだ。
それはユーノ・スクライアという存在にこびりついたもの。常について回る楔。
顔も知らない。名前も知らない。何もかもわからない両親。
スクライア一族はユーノを大事に育ててくれたし、ユーノも彼らから愛情を感じ、恩義を抱いているし、彼らのことが大好きだ。育ての親が好きで、大切に思うからこそ、別に生みの親のことを知ろうとする必要はない。自分を捨てた両親など、どうでもいい、気にする必要はないのだと。
……本当に、ユーノがそう割り切れる人間だったら、どれだけ楽だっただろう。
「……嫌いだったのかな。僕のこと」
ユーノは、優しい子だった。
捨てたにせよそうでないにせよ、両親を恨むことはできなかった。憎むことができなかった。
スクライア一族は決して冷たい集団ではなく、大事に大事に育てられたユーノは、彼らの愛情を受けて、それゆえに自分を捨てたと思い込んだ両親でさえも『自分に至らないところでもあったから嫌われたのだ』と庇うほどに、優しい少年になった。
「……どこが、駄目だったんだろう?」
ユーノは、聡明な子だった。
だから自分のダメな部分を徹底的に洗い出した。
まず知識がない。魔力はあるが魔法が使えない。発掘技術もない。
ならばと彼は学校に通わせてもらい、飛び級で9歳までに卒業してしまうほどの学力と知識と魔法を身に付け、さらにスクライア一族で知識のみならず実地での技術を身に付けて、発掘責任者まで任せてもらえるほどになった。
周囲からも、何より一族からも、大いに褒められた。認めてもらえた。
それが、嬉しかった。
「……嫌われたく、ないな」
ユーノは、臆病な子だった。
嫌われたくないのは誰でも同じだ。それを臆病と評するのなら、誰もが臆病ということになるだろう。
けれど、ユーノは、輪をかけて臆病だった。
10にも満たない歳でスクライア一族から離れて1人でミッドチルダの学校に通うほどでも。飛び級で卒業までしていても。ジュエルシードが飛び散れば1人で危険な封印作業に取り掛かっていても。命を失うかもしれないとわかっていて行動するほどでも。
彼は恐れなかった。1人で過ごす孤独感にも、周囲に異質な目で見られる疎外感にも、命の危険があることにも。
ただ、ただ1つを除いて。
その1つこそが、『嫌われること』だった。
どんなに頑張っても。どんなに誰かに好かれても。どんなに今が幸せでも。
最初に、自分を生んだ両親に、『嫌われた』という思いこみは消えない。思い込みとは言うものの、ユーノはある種の確信を持っていた。なまじ幼くして機微に鋭く聡明であったからこそ、彼は死別であると自分に伝える一族の者たちに自分への思いやりや気遣いを感じ、それはつまり本当のことなど言えるわけがないという彼らの胸中を証明するものだと解したのだ。
嫌われた理由が示されたフェイトとは違って、ユーノの場合はわからないから。
だからユーノは、いつまで経っても、何をしても、その楔を解き放つことができなかった。
ゆえにユーノは、とにかく『嫌われること』を、恐れるのだ。
倒れたユーノを、仲間たちは皆揃って心配した。病室を訪れては、安堵すると共にユーノを強く諌めた。
その気持ちは純粋にありがたかった。心配してくれる仲間がいることは、ユーノにとって何にも勝る。
(……よかった。嫌われてはいない)
頑張らなければいけなかった。
仲間たちはそれぞれの場所で活躍している。だから自分も頑張らないといけなかった。会う回数が少なくなって寂しかろうと、1人でいることに不安を覚えようと。
仲間たちと違って戦う力のない自分は、せめてこの無限書庫で成果を残し、仲間をサポートしなければならない。どんなにきつい職場だろうと、居場所がないよりはマシだ。
何より、P・T事件――ジュエルシードの一件で一族からは嫌われたと考えるユーノは、もうここしか居場所がない。
「ユーノくん!」
「あ、なのは。いらっしゃい。ずいぶん嬉しそうだね。どうしたの?」
「えへへ~。コラード先生に褒められたんだ~!」
「へえ。ファーン・コラード三佐って言ったら、元戦技教導官だよ。すごいじゃないか、そんな人に褒められるなんて!」
「うん、ありがとう! なんか嬉しくて誰かに言いたくて。ごめんね、こんな自慢話」
「謝らなくていいよ、なのは。むしろ話してくれてありがとう」
「えっと……ユーノくんなら自慢しても嫌がらずに聞いてくれるかなって、ちょっとずるっこいこと考えてたりしたんですが。純粋なユーノくんを見ていると罪悪感が……」
「ええ!? いやいや、なのは、落ち込まないでよ!」
「う、うん、大丈夫大丈夫。それでね、そのコラード先生から宿題を出されまして」
「宿題? どんな?」
「えっとね、強さとは何かを考えてくることなんだ。それで、ユーノくんの意見を聞いてみたいなって」
「ずいぶん難しい問いだね。う~ん、強さかあ……そうだな、僕は――立ち向かっていけること、かな」
「勇気ってことかな?」
「そうだね。一言で言えばそうなるかな。別に迷ったっていいんだ。時に振り向いたり立ち止まったっていい。ただ最後には一歩踏み出して立ち向かっていけたらなって。あはは、意見って言うか、僕の理想みたいなものなんだけどね」
ユーノにとって、なのはとの絆は本当に得難く、そして絶対に無くすわけにはいかないもの。
だが闇の書事件を経て以来、なのはとは会う機会が減り、話をする機会さえも然り。なのはが目指すは戦技教導官。その夢の邪魔をするわけにはいかない。
――『ユーノくん、いつも私と一緒にいてくれて守っててくれたよね。だから戦えるんだよ。背中がいつも温かいから』
何よりも、その言葉さえあれば。
自分の存在が必要とされている。自分の存在が求められている。
なのはに、友達だと思ってもらえている。
だから大丈夫なのだ。
折しも、闇の書事件が終わってからしばらくして、なのはよりも会う機会が増えたフェイトの存在も、ユーノにとって本当に大きかった。
「フェイトは、本当にすごいよね」
「え、な、何が?」
「ううん、何でもないよ」
「……気になるよ」
「本当に何でもないから。今フェイトが気にすべきは執務官試験のことでしょ?」
「そうだけど……上手く丸め込まれた気がする」
当初、フェイトがユーノに対して複雑な感情を持ち、友達というより恩人どまりという微妙な立ち位置と捉えていたのに対して。
ユーノはフェイトに、憧れの感情を抱いていた。
親に嫌われた。天涯孤独となった。
ユーノにとって誰よりも、なのはよりも自分に近い境遇を持つ少女。敵であったにもかかわらずユーノが出廷依頼を快諾したのも、フェイトに対するマイナス感情がまったくないのも当然。フェイトを見捨てることは、自分を見捨てることのようにユーノには感じられたからだ。
フェイトに孤児であることを打ち明けたのは失敗だったかなと、フェイトがユーノの前では明らかに家族や過去の話を避けるのに気付いて困っていた矢先。彼女から養子の申し出について相談を受けた。
彼女の苦悩はすぐにわかった。それはかつて、自分も通った道。彼女が何に思い悩み、何を恐れ、何を知りたがっているのか。手に取るようにわかった。
だがそこで、ユーノは以前から感じていた、自分と決定的に違う点を、改めて痛感させられる。
「フェイトは、どうしたい?」
「……なりたい。リンディ提督の家族に、クロノの家族に……なりたいよ」
そうフェイトは口にした。
それこそが、何よりユーノとフェイトが違うところ。
フェイトは、自分の『弱さ』の正体を知ってなお、戦おうとしている。
(やっぱり。フェイト、君はすごいよ)
なのはに対するものとはまた別の感情――憧憬。羨望。
目の前で親にはっきりと嫌いだと断言されながら。優しい夢を見せられながら。
立ち上がり、幸せな夢を振り払い、苦悩しながらも前に進むその姿。綺麗な生き方ではない。何度も倒れ、何度も迷い、何度も泣いて。それでも前に進もうとする。
ユーノには、ついぞできなかったことだ。
ユーノとて戦おうとした。知識を得ようとして学校に通い、技術を身に付けて一族へ恩返しをしようとした。だが結果には結びつかない。育ての親を、父と、母と、呼ぶことすらできなかった。彼らの下を離れてミッドチルダの学校に1人暮らしをして通ったのは、ある意味、逃げたのだ。一族のためにという言い訳をして、彼らの困った笑顔から逃げた。帰ってからも我武者羅に技術を身に付け、彼らから目を背け続けた。そしてジュエルシードの一件で致命的なミスを犯し、一族そのものにも合わせる顔がないなんて理由を付けて逃げている。
だから、泣いても迷っても、最後には勇気を出して立ち向かい、そして結果を出して見せるフェイトは、ユーノにとって憧れだった。
(僕も、もう一度頑張ってみようかな……)
フェイトを見ていたら、少しだけそんな気になった。無限書庫での仕事に、少しだけ前向きに臨めるようになった。
だがそれも、すぐにユーノを苦しめることになる。
――『まだ情報は揃わないのか?』
――『……所詮は貴様らも『海』の人間ということか……』
――『もういい!』
――『我が『地上本部』の隊員が負わずとも済んだ怪我を負った』
――『本局の所属にもかかわらず地上の便宜を図るとは何事だ!』
――『機動四課の犠牲、無限書庫の曖昧な情報が原因らしいな』
――『あの事故は我々の責任ではない! 無限書庫からの情報にはなかった! 責任は無限書庫にある!』
万人に好かれることなど、できはしない。
どこの偉人だろうが、どれほどの善人だろうが、どんな聖人君子だろうが、全ての人に好かれ、嫌われずにいられることなど土台無理な話なのだ。
ユーノは聡明だから、そんなことくらいは百も承知。
だが頭で理解しているのと感情が納得するのとは訳が違う。
ユーノは、『嫌われること』を極端に恐れている。それは仲間や家族という親しい関係にある者から嫌われることはもちろんのこと、他の誰からであろうともだ。
なぜなら、わからないから。
嫌われた理由が明確であったフェイトとは異なり、ユーノは自身が嫌われた理由がわからないまま。
フェイトに助言ができたのは、フェイトよりはるかに長い間、その聡明な頭で考え続けたから。自身が嫌われた経緯から、そうしなければいいのではないかとか、少なくとも同じ行動はとらない方がいいとか、その程度だ。フェイトはずいぶんとユーノを頼りにしているが、ユーノはそこまで感謝されるほどのことはしていないという認識に過ぎない。
わからないからこそ、他の誰かに嫌われることが、親しい仲間や家族にも嫌われる原因になりうるという恐怖を拭い去れない。だから無理を押しても仕事をし、心配されても元気なフリをし、依頼を決して断らない。
なのはやクロノ、はやて、そしてフェイトからの相談や頼みごともまた然り。むしろ優先して応じた。
けれどユーノがどんなに頑張っても、どれほど有能でも、所詮は人1人。限界というものがある。
無限書庫に向けられる非難、批判、中傷、八つ当たり、やっかみ、責任転嫁……それらすべてが、ユーノの『嫌われたくない』というトラウマ、強迫観念を激しく揺さぶった。
それでも、かつてのように逃げ出すことはない。もうここしか居場所がないという焦りもあるが、仲間たちのこと、そしてなのはとの絆、クロノとの連携、そして今一番自分を頼りにしてくれているフェイトの存在が、ユーノをかろうじて踏み止まらせていた。
似たトラウマを抱えるフェイトは、なのはたちやユーノに『依存』した。
だがユーノは、仲間に縋りつくことすら避け続けた。なぜなら、迷惑がかかるかもしれないから。それが元で嫌われることになるのではないかという恐怖があったから。
仲間たちに依存したフェイトとは異なり、ユーノは『絆』そのものに依存したのだ。
仲間たちを能動的に頼るフェイト。対して、仲間たちに頼られてそれに応じる受動的な姿勢を崩さず、それによって仲間たちとの『絆』を感じ、それに縋りついたユーノ。
仲間たちに依存するフェイトと、仲間たちに頼られることに依存するユーノは、
ユーノとて人間だ。
まして『嫌われること』を極端に恐れる少年が。
無限書庫立て直しという激務の中、権力闘争に巻き込まれて
利用された挙句責任を押し付けられて
無限書庫で情報を探すことの困難さを知らないために、好き勝手言われた挙句の果てに
情報を軽視する風潮の中、『役立たず』『物置』『無駄飯喰らい』『穴倉のモグラ』と
ユーノは『在学時代より友達がいるだけマシ』などと考えているけれど、在学時代などより、はるかに厳しい環境に置かれていた。
ユーノですら意識しないうちに、耐えられると思っていた心は、だんだんと摩耗していく。
じわり、じわりと。
侵される彼の心を、さらに『ある感情』が助長する。
奇しくもそれは、彼を支えていたはずのフェイトの存在に起因していて……。
憧れとは、自身が理想として抱くものを、相手が持っていたときに起こる。
フェイトは、ユーノにない強さを持っていた。
フェイトは、ユーノが実現できなかったことを、実現して見せた。
『呼べた。呼べたよ、私!』
「……そっか。おめでとう、フェイト。リンディさん、喜んでくれたかい?」
『うん!』
家族を得て、迷い悩みながらも、フェイトはリンディを母と呼べるようになった。喜ぶフェイトに、一瞬返事に間が空いてしまったのは、「すごい」「さすがフェイト」と思うと共に、『ある感情』が湧き上がったからだ。
「そ、そうなんだよ! ユーノ、知ってたんだ!」
「あ、やっぱりフェイトも知ってたんだ。自分で調べたの?」
「うん。だって母さんのことだもん」
母のことを知らないユーノに、フェイトがプレシアという母のことを嬉々として語っているときも、実際は「聞きたくない」「君は僕が親のことを誰にも聞けなかったって知ってるよね?」と思う暗い感情があった。
「やあ、フェイト」
「やあ、じゃないよユーノっ! 医療部に行ってもいないからまさかって思って来てみたら……!」
「だ、大丈夫だよ。いつまでも休んでなんていられないし」
「昨日倒れたばかりなのに何言ってるの! あれからまだ9時間だよ! せめて今日1日くらいは休んで!」
初めて倒れた日。請け負っていた仕事もあり、ユーノは止める医師たちを振り払って無限書庫に来ていた。そこにやってきたフェイトは、制服のまま。休日ではなかったので、学校に行くはずだったのだろう。医師がリンディやクロノに連絡したのかもしれない。リンディもクロノも忙しかったから、フェイトに頼んだのかもしれない。それでも、心配してくれているという嬉しさや申し訳なさに隠れて、「うるさいなあ」という感情があったことは否定できない。
それらを、いつも通りに抑え込めていたユーノ。
だがその抑制に、綻びが生じる。心を侵す焦燥・恐怖が、綻びの隙間からユーノのその感情を逆撫でた。
――『大丈夫だって言ってるじゃないか!』
もう何度目かわからない気絶。いつも通りに翌日には復帰して仕事。
2週間前のその日。
リンディにいい加減にしなさいと怒られ。シャマルからも再三の注意を食らって。クロノからも休めと言われて言い返して。司書たちにまで心配されて。
彼らには、いつも通りに対応できた。かなりギリギリではあったけれど。クロノにだけは嫌味だの愚痴だのを吐いておいたが。
だが、フェイトを前にして、その抑制はついに破られた。
――『っ……!?』
そのときのフェイトの反応を、怯むその姿を、信じられないものを見る表情を。
それらを見た瞬間に生じた、一気に冷たくなった背中を、凍りついた思考を、『嫌われる』恐怖を。
ユーノは、鮮明に、覚えている。
そして同時に。
自分がフェイトに抱く憧憬や羨望以外のもう1つの感情――『嫉妬』を、否が応にも、自覚させられたのである。