リリカルなのは ANOTHER LOCUS   作:ウルフ中隊

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クロノは原作でもヴェロッサによって「みんなの頼れるお兄ちゃん」と称されていると聞きました。拙作のクロノの立ち位置は、この呼称が示している――と、そんなストーリー展開を構想しています。

ならば、フェイトが苦悩している場合、それに兄として接しなくては、ということで今回の話になります。

さて、ここまでで、クロノとなのは、ユーノとフェイト、そしてクロノとフェイトの2者の関係をそれぞれ描いてこれましたので、残りはユーノとなのはになりますね。その後はクロノとユーノを少し描く予定です。それで今作の起承転結の起が終わりってことになります。


LOCUS 4

 執務官になるためには執務官試験を受けて合格することが大前提である。その執務官試験そのものが、ユーノが通っていた次元世界トップレベルの大学並みの難易度を誇るのだが、受けるために必要な資格要件を満たさねばならないという条件まであるのだ。軍隊・警察・裁判所としての役割を兼ね備えるという、日本からしてみたらありえない時空管理局の現体制において、そのすべての職域を跨いで活動することが許される執務官。それゆえの厳しさなのであり、試験を受ける前からふるい落としは始まっているのだ。

 

 大きく分けて受験資格要件は2つある。

 まず、次の4つの条件のうち、3つ以上を満たすこと。

 

 1つに、『資格保有』。中隊以上の指揮官資格。捜査主任以上の役職。法曹資格。これらのうち1つ以上を保有していること。

 1つに、『実務経験』。法務官としての実務を2年以上。捜査官としての実務を3年以上。指揮官としての実務を4年以上。魔導師としての実務を5年以上。これらのうち1つ以上を満たすこと。

 1つに、『学歴』。中等部以上の学校を卒業していること。

 1つに、『魔導師ランク』。A以上であること。

 

 フェイトの場合、学歴がどうしても難しい。日本ではまだまだ小学生に過ぎず、さらに第97管理外世界は『管理外』であるため、次元世界との交流がなく、次元世界の規則や常識が通用しない。それゆえに例え大学を出ていても卒業と見なされないのだ。なのはたちと離れてミッドチルダの学校に通うことなどは避けたいため、フェイトは学歴以外の3つの要件を満たさねばならなかった。

 魔導師ランクはすでにAAAだったのでクリア。

 次に戦闘が得意なこともあり、資格は中隊規模の指揮官資格を真っ先に取った。これはクロノとシグナム、そして第4陸士訓練校で教官をしてくれたファーン・コラード三佐の3人に師事したおかげで在校中に取得できた。

 最後は実務経験。これが難題だった。最短の法務官には法曹資格が必要だし、なってからも2年かかる。が、ここはこれまでのフェイトの働きが生きた。闇の書事件で最大級の貢献を果たしたこと、すでにAAAクラスの魔導師として在ること、そしてなのはと共にカートリッジシステムを初めて装備して運用し、カートリッジシステムの正式配備と量産化という時空管理局の戦力強化に多大なる貢献を果たしたこと。よって特例措置として、魔導師としての経歴5年以上という条件を2年以上へと緩和してもらえたのだ。

 法に関わるだけあり、そして執務官という特殊な役職もあり、当然の了解事項として『前科がないこと』が挙げられるが、P・T事件でのフェイトは情状酌量で無罪となっており、問題とはならなかった。

 

 そして受験資格要件の2つ目。

 

 それが、執務官見習いとして研修を1年以上経験すること。

 

 現役の執務官についていかねばならず、執務官の『実務』なので当然に戦闘・捜査・指揮・裁判などのフィールドワークから、逮捕状や裁判資料の作成・申請などのデスクワークまで、すべてをこなさなければならない。

 見習いをしても合格できなかったら意味がないし、合格してから研修すればいい――そういう意見はある。だがこの制度を指示しているのは、現役・退役した執務官たちであった。彼ら曰く、『花形だからと言って軽い気持ちで執務官になられても困る』。

 

「執務官は忙しいからね。どうせ教えるのなら続けてほしいし、人手が足りないから是非とも頑張ってほしい。執務官も9割は地味な事務仕事だ。裁判1つにしたって、実際の裁判よりも資料を揃えたり、どう判決まで持っていくか、どんな主張を相手はしてくるか、そういうことを考えている時間の方が圧倒的に多い」

 

 まして合格してからも日々変わっていく法律についていかねばならないし、現場に出る以上は戦闘能力や捜査技能の維持向上も必須。その忙しい中でひっきりなしに研修生の育成まで受け持つのだ。生半な覚悟で来られて時間を浪費させられるくらいなら辞めてほしい。思ってたのと違ったなんて理由で辞められるくらいなら、最初のうちにギャップを解消しておいてほしい。本気で来る者だけに時間を使いたい。

 

「クロノもこの制度には賛成?」

「ああ。法務部としても高い意識を持った執務官を揃えたいし、知り合いの執務官たちも口を揃えている。花形と呼ばれることに慢心していてはいけないが、誇りもある。その誇りを地に落としたくはないさ」

 

 半歩分後ろを歩くフェイトに、彼女と歩くといつもこうなる位置関係にも慣れたクロノは、少し顔を向けながら答える。

 フェイトは少々疲れたような表情をしていた。勉強だけに集中したいのに研修実績まで積まねばならないのだ。文句を言いたくなるのももっともだろう。クロノとて過去に同じことを経験している分、その気持ちは大いに理解できる。

 

「君も執務官になればわかるようになる」

「それが難しいんだよ……」

 

 フェイトがここまで愚痴をこぼすのも珍しい。それだけ疲れが溜まっているのだろう。まして学校にも通いながらというのもあるのだ。日本語の読み書きもようやく板についてきたというところだし、やることがありすぎて如何に覚えもよく勉強を苦手としないフェイトと言えども頭が痛かろう。

 とは言え、フェイトを研修生として受け入れているクロノとしては、慮りつつも手を抜く真似はしない。それはフェイトに失礼だという真面目な性格もあるが、執務官としての誇りを持つ部分が許さないというのもある。

 同じ花形と言われながら、最近めっきりその立場を落とした古代遺物管理部機動課のようにはなりたくない。

 

――『自業自得だ』

 

 戦技教導隊も、第二艦隊群も、特別救助隊も、執務官と同様に『花形』と呼ばれる部署では口を揃えて機動課を非難する。そして、自らは決してあのような醜態を晒さないと身を引き締めるのだ。

 首都航空隊と首都防衛隊については、本局と地上本部という所属の差があり、同じ首都防衛という任務を帯びながらその連携はまったく取れておらず、古代遺物管理部機動課ほどではないにせよ落ち目にある。初動が遅いとされる時空管理局の部隊の中でも、最も初動が遅いとして現場からは『彼らが来たときには終わっているし、彼らが来ても縄張り争いばかりで、名前ばかりの役立たず』の声が上がっている。このところ名前をよく聞く首都防衛隊の次官がかなりの武断派で、ミッドチルダの地上本部にて頭角を現し始め、戦力の増強による検挙率のアップを実現し始めており、首都防衛隊は挽回しているようだが。

 まあそれはともかくとしてだ。

 

「最近、よく愚痴や弱音を聞くな、フェイト」

「え? あ、その、ごめん……!」

「はは、構わないさ。ストレスが溜まる時期なんだからな」

 

 執務官試験もついに目前に迫った今、フェイトの緊張は最大と言ってもいいだろう。クロノもそうだったし、フェイトもクロノ同様に生真面目な分、気の抜き方というのがよくわからない。愚痴って少しでも楽になるのなら、家族として義兄として協力は惜しまないつもりだった。

 それでもフェイトは申し訳なさそうにする。それがフェイトのフェイトらしいところだろう。

 

(ずいぶん打ち解けてはいると思うんだがな……)

 

 最初は家族になってもやはり試行錯誤の連続。互いに気を遣う。リンディとフェイトは同じ女性というのもあるが、クロノからすれば異性なのだ。いくら年下だからと言っても、それゆえに言動の全てに気を回さねばならない。これもまた生真面目な性格が災いしたところ。

 なかなか直らなかったのだが、あるときより目に見えて改善していった記憶がある。フェイトがリンディを『母さん』と呼んだときからだろうか。わだかまりが急速に解けてなくなり、距離もぐっと縮まり、本当の家族になっていった。

 何かがあったのだろう。そしてそれはおそらく、無限書庫に行く回数が増えたのが同時期だったことから、ユーノが関わっている。そう踏んでいた。フェイトとの会話の中で、ユーノが出てくることも多い。その声に籠もる信頼は、いつの間にかなのはやはやてにも負けないものになっている。下手をするとリンディやクロノ以上かもしれない。捜査も行う執務官としての直感は伊達ではない。それゆえに、同じく信頼してはいるがどうしても生理的に認められないものがある。

 

(フェレットもどきめ)

 

 なので、クロノがユーノに対して感謝や不満や信頼や疑念や、そうした矛盾したような複雑な感情を抱くのは仕方がないことなのだ。

 まして、ここ最近、フェイトの様子がおかしいことも加われば尚更だ。そこにもユーノの影を否応なく感じるのだから。

 

「……ねえ、クロノ?」

「なんだ?」

「……クロノはいつもユーノと喧嘩するけど」

 

 そら見ろ。

 自らの推測が確信に変わり、クロノはフェイトから見えないように前を向いたままで眉を顰めた。ちょうど通りかかった職員が、ちょっとだけ避けて通り過ぎるくらいには険があるらしい。続きを積極的に促しはしないが、止めもせず、無言でフェイトの言葉を待つ。

 

「どうしてクロノは、あんなふうに喧嘩できるの?」

「どうしてと言われてもな……」

 

 この手の問いは何ら珍しくもない。なのはにもはやてにも、アリサやすずかにさえも聞かれたことがある。ただしその問いは「何でそんなに仲がいいの?」というものであったが。ユーノがその場にいたこともあるので、揃って「違う。悪いんだ」と返し、なぜと続けて問われれば「嫌いだから」と返すのがいつものこと。

 別にユーノのこれがあれがと指摘できるものはない。それは鼻につくところもあるけれど、別にいちいちカリカリするほどのものではない。人付き合いの中では当たり前にある程度で、それさえ流せなければ人付き合いなど土台成り立たないレベル。

 とにかく、気に入らない。

 ただそれだけだ。だからフェイトの問いに明確に答えることができず、クロノは少し迷った。

 

「ユーノとの口喧嘩はもう一種の挨拶みたいなものだからな」

「それもどうかと思うけど……でも、嫌われるって思ったことはない?」

「…………」

 

 喧嘩することが、嫌われることに直結している。

 フェイトはちょっと聞いてみたというだけなのかもしれない。けれど、クロノの直感は、それがフェイトの核心をついていることを察していた。

 

 

 

 フェイトが喧嘩になる前に引き下がるのは、もうクロノもわかっていたから。

 

 

 

 家族になれたのはいいことだ。クロノもここに異存などない。

 だが喧嘩1つない兄妹など、ありえるわけがない。それは、本当の兄妹ではない。

 仲が良いなのはと恭也でさえ、喧嘩なんていつもしていると言う。たいていはなのはが恭也のからかいに対して怒ったり、また何かあって恭也に当たったりということが多いらしい。あとは、稀に無茶をした恭也になのはが泣いて怒るということも。恭也の自業自得な部分もあるが、恭也がそれだけなのはのすべての感情を受け止めてくれる相手だからというのもあるだろう。

 だがクロノとフェイトの間に、喧嘩など一度とてない。そうなりそうということはあるが、その度にフェイトが引き下がるのだ。

 リンディもそれには気付いている。気づかないはずがないのだ。

 

――『やっぱり、実の母に正面切って嫌いと言われた傷は大きいわね……』

――『それでも嫌いになれず、ましてその母親を目の前で失ったんだ……父さんの最後を見たわけではない僕や母さんでさえ、肉親を失ったつらさは今でも忘れられない。フェイトのつらさはそれ以上のはずだろう』

――『そうね……それでなんだけどね、クロノ。私は、艦を降りるわ』

――『そうか』

 

 闇の書事件の後、リンディがフェイトを養子に引き取ってからしばらくして、次元航行隊を辞して後方の総務部へ異動したのも、フェイトとの時間をできるだけ作ることと、危険な前線で自分までいなくなってしまうことを避けるためだ。フェイトに2度も親を失う経験をさせたくはないから。

 母としての決断。

 それをクロノは尊重しているし、そんな母を誇りにも思う。

 

――『あら、たった一言?』

――『母さんが何か考えていたのはわかっていたからな。僕もいい加減、母さんの庇護下からは離れたかったところだ』

――『貴方は……もうちょっとフェイトの優しさを見習ってちょうだい。実の母を鬱陶しい存在みたいに言うなんて』

――『別にそんなつもりはないさ。母さんには……感謝している』

――『無茶をする息子を心配するのは母として当然よ。まだまだ貴方も安心はできないんだけど』

――『僕ももう15なんだが』

――『関係ないの。いつになったって親は子供を心配するものよ』

――『そう思うのなら砂糖が過剰投与された飲み物を出さないでくれ。味覚を潰した上、糖尿病で殺す気か?』

――『……桃子さんとレティにも言われたわね。あとこの前の職員健診でシャマルさんにいい笑顔で禁止令出されたし』

――『当たり前だ。僕の心配をする前に自分の身体を――と言ってるそばから砂糖を入れるんじゃない!』

――『だってこれがないと物足りないんだもの! 糖尿病の前にストレスで死ぬわよ!?』

――『ええい開き直るなああああ!』

 

 余計なことまで思い出してしまい、そこだけは誇りに思えないと内心で愚痴るクロノである。

 総務統括次官となったリンディには、高官だけあって当然秘書がつく。その秘書もすでにリンディの砂糖の件は知っており、絶対に出さないよう伝えてある。隠れて飲んでいる可能性があるのでチェックを頼んであるものの、また様子を聞いておかなければなるまい。

 そんなことを頭の片隅で決めつつ、今はフェイトの質問に答えなければならないと意識を戻す。

 

「確かに喧嘩をしてそのまま疎遠になることはある。付き合いが短ければ、関係が浅ければ、そうもなるさ。だが相手がユーノだからな」

「ユーノは友達でしょ?」

「……あえてそのカテゴリーに入れてやらんでもない」

「もう……友達だからこそ疎遠になりたくないと思うでしょ?」

「その程度で疎遠になるのならそれまでだったということだ」

「そんな……!」

 

 フェイトが少し怒ったように返してくる。ドライすぎるとフェイトには映ったのだろう。

 だがもちろん、クロノもユーノをどうでもいい相手とは思っていない。むしろ生理的には認められないが、クロノがユーノに抱くものは『信頼』なのだろう。友人や親友なんて言葉はどうしても使いたくないと男の意地が邪魔をするが、敢えて友という文字を使うのなら、悪友と称するのが適当か。

 クロノは足を止め、フェイトを振り向く。するとやはり怒っているらしく、フェイトは口を真一文字に引き結びながらクロノを厳しい視線で射抜く。

 

「ここだけの話にしてくれよ?」

「……わかった」

「ユーノのことは、まあ、信頼しているさ。その能力も、人柄もな。僕が無限書庫の立て直しをするのも、ユーノなら無限書庫を任せられるからだ。あいつと疎遠になりたいのかと言われれば、好んでそうなりたいとは思わない」

「じゃあ、どうして?」

「正直に言うが、僕は最初、あいつが認められなかったし、嫌いだったと言っていい」

 

 これは偽らざる本音だ。

 たった1人で命の危険もある中、誰に助けも請わずにジュエルシードを回収しに行った。最後の最後でなのはに助けを求めたものの、そのことをどこかで悔いているところもある。

 甘い。甘すぎるのだ。

 なのはと共に命令違反を犯したことなど、問題ではあるが今となってはどうでもいい。

 そんなことよりも、たった1人でできる範疇にないのにどうにかしようとし、誰に頼ることもせず、挙句誰かを心配させている。心配させたくないなんて言いながら、誰より心配させている。

 

「まあ、なんだ……僕も昔、父さんを失っているからな。それで無理無茶をしたことがある」

「……わかる気がする、なんて言うのは失礼かな?」

「そんなことはないさ。同情が欲しいわけではないが、フェイトが言うなら嬉しく思う」

 

 クロノの父、クライド・ハラオウン。

 闇の書の暴走に巻き込まれて死んだ彼は、最後の最後まで闇の書の暴走を抑え込み、クルーをすべてグレアムなどが載る僚艦に退避させ、犠牲者を自ら1人に抑え込んで逝った。グレアムから信頼され、クルーたちにも頼りにされた、人望の厚い立派な男。クロノはほとんど記憶に残っていないが、時空管理局に勤めてから一層父を誇りに思うようになった。

 そんな夫を失い、優しくも気丈な母が泣いて悲しんでいた姿は、今もクロノの脳裏に刻み込まれている。

 

 

 

 こんなはずではなかった。

 

 

 

 こんな理不尽をなくしたい。

 

 

 

 父のような犠牲を、母のように悲しむ人を、もう出したくない。

 

 

 

 だからクロノは執務官を目指した。

 なる前も、なった後も、無理無茶をしてきた。

 リンディが心配しているのは、そこなのだろう。リンディがクロノの派遣先であったアースラの艦長になったのも、もしかするとリンディが人事のレティに手を回してもらった結果なのではないかとクロノも最近気づき始めている。母として、息子をできる限り近くで見ておきたかったのだろう。

 なのはに出会い、ユーノに出会い、フェイトに出会い、そしてはやてたちにも出会い。

 笑顔を守りたいというなのは。気を置けないところがあるユーノ。親を失った境遇のフェイト。そんな彼らと共に戦い、助けたはやてたち。

 出会いはクロノに影響を与えた。そして今では、クロノも妹を持つ身。それらはクロノ・ハラオウンを否応なく変えてくれたのだ。

 ようやくクロノはコンプレックスであった身長がまるで嘘のように伸び始めてきたが、それもこれも、無理無茶をしてきて自らを省みなかったがために成長が妨げられていただけではないか。

 

「そんなことを、恭也さんに言われたことがある」

「なのはのお兄さんに?」

「ああ。恭也さんも昔、大きな怪我をしたことがあるらしくてね。そこまで詳しくは聞けなかったが、家族を守るために無理無茶をして、それで膝を壊したらしい。そして守ろうとした家族が逆に悲しんでいることに気づいた。それからは家族の笑顔を絶対に自分が曇らせないようにしたようでね」

 

――『皮肉なことに、無理無茶をしてきた頃より、はるかに俺の剣の腕は強くなっていった』

――『それはなぜかお考えになられましたか?』

――『……御神の剣は護る剣だ。『護る』という意味を正しく理解できていなかった。そういうことだと俺は思っている』

 

 結局、自分が自分で勝手に抑え込んでいたものが解放されたことが、影響を与えたのではないか。

 身長と剣の腕ではまるで違うが、クロノはそれを間違っているとは思えないし、納得できたのも事実だ。

 それがユーノとの関係と何の繋がりがあるのかと言えば、それこそおかしな話で。

 

「要するに、同族嫌悪というやつだろうな」

「同族嫌悪?」

「自分1人でどうにかできるものではない。そんなこと、ちょっと考えればわかる話だ。ユーノも頭はいいからな。わからないはずがないんだ。なのにあいつは……わかるだろう?」

「うん……」

「それが気に入らない。昔の自分を見ているようで腹が立つ」

 

 けれど、だからこそ、放っておけない。

 おそらくはユーノも似たようなものだろうとクロノは続けた。

 

「君もリインフォースに向かって飛び込んでいったことがあっただろう?」

「あ、あのことは……言わないで」

 

 頬を染めて自らの失態を恥じるフェイトに、クロノは微笑ましいものを見て笑みを浮かべる。

 リインフォースとの戦いで『駄々っ子!』と怒ってリインフォースに突撃したことがあるフェイト。説得に応じない苛立たしさもあったろうが、何より、意固地になっているリインフォースを見てフェイトは否応なく過去の自分を思い浮かべたのだ。

 同じだったからこそ認められない気持ちは、フェイトにもよく理解できる。クロノとユーノの場合、そこに『男の意地』なんて厄介な、しかし年頃の『男の子』ならば誰もが持つだろう意固地さが拍車をかけている部分もあるわけで。

 けれど。だからこそ。

 本音をぶつけ合えるユーノを、クロノは貴重な相手だと思える。

 

「その程度で疎遠になるのならそれまでと言ったが、僕はユーノと『その程度』であるつもりはない。本当に『その程度』であったら、僕とユーノの関係は当の昔に切れているさ」

 

 無理無茶をしていた頃の僕ならそうなっているだろうし、それを気にも留めなかっただろう。そう続けるクロノを、フェイトは信じられないような驚いた顔をして、そしてすぐに羨ましそうな笑みを浮かべて見ていた。

 そんな関係こそが、フェイトが欲しい関係なのだから。

 だがクロノからすれば、言ってしまえば馬鹿げた話だ。

 今のクロノと、昔のクロノ。それが変わった切欠が当然にある。ではその切欠とは何なのか。

 

「フェイト。僕がユーノとそういう関係で在れるのは、フェイトとなのはのおかげなんだがな」

「え?」

 

 フェイトは誰が見てもわかるほど『わからない』と呆けた表情を浮かべた。じっと見つめるクロノに、自分がいったい何をしただろうかと瞳を左右に揺らし、瞬きをしながら考え込む。クロノからすれば混乱しているフェイトの様子は面白いとしか言いようがない。肩を竦めてやれやれと首を小さく振った。

 

「フェイトとなのはは、本気でぶつかり合った。別に喧嘩をしろとか、ましてやあそこまで苛烈な勝負をしろとか、そこまでは言わないが、重要なのは、本音をぶつけ合ったということだ」

「本音……」

「なのははフェイトの本音が聞きたくて必死になった。結果として激しい戦闘になったわけだが……それでも2人の間に今や溝はない。それどころか互いに親友だと、そう言える間柄になれたわけだ」

「うん」

「まあ、なんだ。つまり僕とユーノもそれをやっているだけということだ」

 

 あくまで『親友』などではないがなと付け加えるクロノ。いちいちそこを強調するクロノに、フェイトは本当に仕方がないなと困った笑顔になる。

 実際にフェイトが思い返せば、クロノといるときのユーノはかなり本音が出ているように見える。倒れるほどの激務の中なのだから当然にあるだろうストレスを、ユーノはクロノにぶつけている。クロノが引き下がるような関係であればユーノは謝るなり、元から自分を抑制したなりしたかもしれないが、ぶつけ合える関係だからこそユーノもお構いなしなのではないだろうか。

 

「……いいな、クロノ」

 

 それが、羨ましかった。その気持ちが素直に零れただけだった。

 だがそれが、クロノを今一度顰めっ面にする。

 否応なくクロノには感じ取れたからだ。お世辞にも他人の心の機微に鋭いとは言えない、少なくともクロノ自身はそう思っているのに、そんなクロノですらわかってしまうほどに。

 

 

 

 逃げていることが。

 

 

 

 羨ましければ自分もそうすればいい。だがフェイトの言葉に、その強さはない。まるで諦めているようでさえある弱弱しさ。

 改めて痛感する。

 フェイトの弱さを。

 フェイトの心に今もって巣食う『傷』の深さを。

 2年間、これを見ていた。感じていた。リンディと共に、何とか癒せないかと気遣ってきた。

 2年間。長いようでいて短い。短いようでいて長い。このくらいの時間で直せるものではないのかもしれない。けれどクロノには、まるで直っていないようにしか思えない。2年前からまったく進んでいないように思える。いや、むしろ……後退したのではないかとさえ映った。

 

(……父さん。貴方なら、どうしただろうか?)

 

 記憶に僅かにある父を思い起こす。優しい顔、笑ってくれた顔……僅かとはいえ、思い出せる顔はいくつもある。幼い頃のおぼろげな記憶ゆえ、もしかするとクロノ自身が作り出しただけの記憶も混じっているかもしれない。

 それでも今、真っ先に思い浮かんだ父は……厳しい顔をしていた。

 

――『なのはには、寂しい思いをさせてきた。できる限りそばにいてやろうとしたが、それでも、なのはの心の中には拭い去れない寂しさや無力感が居座っている。優しさだけでは人は救えない。だから俺も、優しく接するだけではなく、怒ったり悲しんだり、そうして接するようにもした。それがよかったのかはわからないが……少しだけ、なのはと兄妹らしくなったかと思うことも増えた。同じことが言えるかはわからないが、お前はお前の思う兄妹らしさを目指していけばいい』

 

 フェイトが妹になる際、相談した恭也の言葉が蘇る。

 恭也となのはは兄妹ではあるが、『片方分』しか血の繋がりがないということを知ったのは偶々だ。なのはとフェイトの関係で、高町家とも親しくなって、そこからクロノは恭也と話をすることが増えた。互い生真面目な性格だったことで、考え方も合うからかもしれない。そこで冗談交じりに、恭也となのはは外見的にはあまり似ていないですねと言ったのだ。そこで恭也から、半分しか血の繋がりがないことを明かされた。

 だから参考にできると思った。クロノとフェイトとは違い、片親分だけでも繋がりがある恭也となのは。それでも、普通の兄妹よりかは葛藤もあっただろう。11歳という歳の差もあるのだから。

 

(誰かが言わなくては、フェイトは変わらない……)

 

 『依存』。

 クロノは目の前にいる義妹がまさにその状態に陥っていることを察した。

 前々からフェイトはそうだった。

 最初はプレシアに。それが今度はなのはに。そして仲間たちに。その中で特にユーノに対して依存が強まっている。そのユーノと何かしらあったのだろう。

 対立を避けてきたフェイト。対立が嫌われることとイコールで結ばれてしまっている。

 

(こんな状態で執務官になることは不可能だ。いや、執務官になるならない以前に、フェイトの人生が狂う)

 

 執務官は『花形』であるが、犯罪者たちからすれば天敵だ。

 犯罪者と定義される人間も、事情がある場合もある。それでも法を守るため、世界を守るためには捕らえなければならないこともある。

 そしてもう1つ。フェイトが執務官になるに当たって懸念すべきことがある。

 

 

 

 プロジェクトF。

 

 

 

 現在、次元世界においては魔法と科学が結びついた技術や文化が形成されている。質量兵器は禁止条約により厳しく制限されており、それが魔法文化の無い世界にとっては対抗手段を奪われ、他所の世界の人間に守ってもらうことに繋がり、それが反時空管理局、反次元世界という意識に発展している。

 その影響を受けてか、魔法に対する質量兵器の開発や、魔法を無力化させる技術、さらには強力な魔導師を作り出す技術の開発は常に行われている。

 プロジェクトFは、その1つにも位置づけられる、記憶転写型クローン技術の開発計画。魔導師を作り出すための研究ではないが、フェイトのような実例もあり、優秀な魔導師を作り出す人造魔導師の研究に技術が転用されて利用されているのだ。戦闘機人もそうだし、最近世の中を騒がせているエクリプスウイルス、それに感染した者たちによる犯罪も明らかになっている。

 強力な質量兵器の開発は魔法と質量兵器が相争う昔から継続されているし、はやてに話した通り、地方世界『オルセア』においての内戦がその様相を呈している。

 プロジェクトFなどの人造魔導師研究は魔導師を人工的に作り出すことで対抗しようという手法であり、戦闘機人は魔法を使う場合も使わない場合もあって魔法・質量兵器の両側面から対抗しようという手法。エクリプスウイルスはこれにリンクした武器と合わさることで魔法を無力化させる脅威性があり、人を殺戮衝動を持つ狂人に変えてしまう点も問題だ。

 これに関し、現在注目を浴び、時空管理局においても最大級の危険な存在としてマークしている者たちがいる。

 

 

 

 広域次元犯罪者『ジェイル・スカリエッティ』。

 

 

 

 犯罪集団『フッケバイン』。

 

 

 

 前者はプロジェクトFの元研究者であり、現在は戦闘機人など、生命操作技術を中心に違法研究開発を行っている。後者はエクリプスウイルスに感染した者で構成された殺戮集団だ。両者が結びついているという情報はないが、その可能性を完全には否定できていない。

 

(執務官になれば、否応なくこれらに関わることになる)

 

 フェイトの場合、特にジェイル・スカリエッティと無関係ではいられないだろう。まだフェイトはこのあたりのことを知らないはずだが、フェイトのことだからすでに知っている可能性もある。どちらにせよ時間の問題だ。執務官になってもならなくても、フェイトはプロジェクトFを知り、ジェイルを知り、これらを追うことは想像に難くない。

 そのとき、今のように他者に依存したままでは、危険な戦場で生き残れない。そもそもが必ず生き残れるという保証などないのが戦場なのだ。生き残る可能性を余計に縮めてしまう。

 時間だけが解決してくれる、とはよく聞く言葉だ。フェイトの問題も、少なからず時間が必要だろう。

 

 

 

 だが、そんな悠長なことを、言ってはいられない。

 

 

 

 フェイトは執務官を目指す。そして現在でも高ランクの魔導師。危険な戦場に、事件に、赴く可能性は今でも充分にある。

 犯罪者の中には、フェイト以上に辛い過去を持つ者もいるだろうし、世界もどうしようもなく憎む者もいる。フェイトの心の隙を突く者もいるだろう。なのはのように正々堂々と挑む者ばかりではない。卑怯な手段を用いる者もいるだろうし、他人の苦痛を快楽とする非道な者もいるだろう。

 この問題は、解決させなければならない。いつか、なんて後回しにしていてはいけないのだ。

 クロノは今一度フェイトを見た。

 クロノからは視線を外して俯きがちで、悲しそうな笑みを浮かべている。

 

「……フェイト」

「なに?」

 

 真紅の瞳が、クロノを映す。そこに疑心はない。クロノを信頼できる相手として見つめている。

 

「フェイトは、強くなった」

「あ、ありがとう……でも、どうしたの、急に?」

「だが同時に、弱くもなった」

「え?」

 

 訳がわからないのだろう。困惑するフェイトに、しかしクロノはもはや引けないと、真っ直ぐにフェイトを見据える。

 

「愚痴や弱音、それらを零せるようになった。誰かと絆を結べる強さを持てるようになった。それは僕も理解しているし、義兄として嬉しく思う」

「あの、クロノ?」

「だからこそフェイト、君はある一点で弱くなった。かつて持っていた強さを、失ってしまっている」

「……失った?」

「そうだ。フェイト、君は自分を押し通す強さを失ってしまった」

「っ……」

 

 自覚があるのかどうかはわからない。

 だがフェイトは咄嗟に視線を外した。チラッと、ほんの少しだけ。だが再びクロノを見る瞳は、明らかに揺れていた。

 どうして。どうしてそんなことを言うのか。

 怒りだか、困惑だか、クロノを見る瞳に宿る感情は様々なものが入り乱れている。

 途端に内に湧き上がる罪悪感。フェイトにこんなことを言うのはまだ早かったのだと責める焦燥。クロノの中にも多くの感情が押し寄せる。だがそれらを、今言わねばならぬという決意と、義兄として義妹を想う意思が堰き止める。

 

――『俺に言えることがあるとするなら……そうだな。逃げないことだ』

――『逃げないこと、ですか?』

――『戦えば勝つ。それが御神流だ。それはつまり、逃げないこと、諦めないことだ。逃げてしまえば、諦めてしまえば、絶対に勝つことはできないからな』

 

 クロノは、恭也を尊敬していた。

 自分と同じような無理無茶を重ねつつ、失敗をしながら、それでも強くなった彼を。家族を守る彼を。魔法を使うことはできなくても、恭也は確かに強かった。彼のようになれたらと、亡き父を重ね、こんな兄がいたら自分はもっと早く気付けることもあったのではないかと思うこともあった。

 

――逃げるな、クロノ・ハラオウン。

 

 フェイトが逃げていると感じるのなら、自分は逃げてはならない。そんな姿を見せてはならない。

 

「あの頃の君は、実の母に縋っていた。だから周りが見えなくなっていて、なのはの言葉にも耳を傾けなかった」

 

 依存という姿勢は今も昔も変わらない。

 だがそれでも。

 今のフェイトにはないものを、昔のフェイトは持っていた。

 

「誰が何と言おうと自分を貫く。その姿勢を、君は失っている」

「…………」

 

 俯くフェイト。だらりとぶら下がった腕は小刻みに震え始めている。拳は握り締められていて。

 それでもクロノは、閉じそうになる口を開き続ける。

 例え依存であったとしても。母のために、母に認められるために、母に笑ってもらうために。フェイトはただ、我武者羅に走り続けた。何をすればいいのかわからないままに、それでもジュエルシード回収という苦難にも立ち向かってきた。無理・無茶・無謀の三拍子揃った奉仕ではあったものの、フェイトはそれだけ『必死』だった。こうすれば、ああすれば、きっと母は……と、周囲からすれば無駄に終わるだけだと首を振るものであったとしても。

 意固地になっていただけとも言える。すべてがすべて褒められることではなかった。それはつまり、逆に言えば、すべてがすべて悪いことでもなかったということだ。母を慕う心や、1人でも戦う気概は、決して悪いことではない。それこそが求められることとてある。

 

「たった1人でもやっていくというほどの芯の強さというものを、今の君からは感じない」

「……1人になる怖さが、クロノにはわからないんだよ」

 

 フェイトが顔を上げた。途端、クロノを鋭く射抜く視線。

 それはまさに、敵を見る目で。

 だがしかし。クロノを引かせるには及ばない。

 

「クロノは、1人になったこと、ないよね?」

「ああ、ないな」

「そうだよ。だからクロノにはわからないんだ。1人になることの怖さが」

 

 クロノは父を失った。けれど、母はいた。リンディという、いつもクロノを心配し、愛してくれる母が。

 だからかもしれない。どんな無理無茶をし続けても壊れずにいられたのは。

 

「おかしいよ……みんな変だよ。なのはも、はやても、アリサも、すずかも、クロノも。友達なのに、兄妹なのに、どうして喧嘩するの? 喧嘩なんかしなくたって、本音で言い合うことはできるのに」

「……それは本当か?」

「本当だよ」

「そうか。なら聞くが、君の本音とはいったいどれなんだ?」

「……どういうこと?」

「なのはを心配して無理をしてほしくない。そう言いながらもなのはを擁護している。しかしアリサやすずかがなのはの無茶を強引にでも止めるべきという意見にも頷く。さて、これだけ見てもフェイト、君の立場は一貫していない。君の本音はいったいどれだ?」

「それは……!」

 

 はやてはクロノの部下という扱い上、現在の2人は仕事でよく一緒にいる。だからこそ、クロノははやてからフェイトのことを聞くことも多い。そのはやてがある日、不機嫌になっていて、事情を聞けば友人たちと喧嘩をしたからだと聞いていた。その相手に、フェイトも出てきたのだ。フェイトが他者と喧嘩するなどまずない。はやてには悪いがフェイトもついに本音でぶつかり合うことができたのかと一度は思ったが、はやての話を聞く限り、それは思い過ごしだった。フェイトはただ右往左往するばかりで、言い返すことさえもなかったようだから。

 

「考えてみれば、なのはとフェイトが戦った一件についても、あれはなのはがフェイトと話をすること、友達になることを強く望んだからだ。つまりフェイト、君は、君の方から相手に強く望んでいったことがない」

 

 本音でぶつかり合ったなのはとフェイト。しかしその切欠もなのはが強く望んで出たからだ。あの一件でフェイトは成長したわけではない。あの一件では、あくまでフェイトは『救われた』だけ。

 それから母との対峙を得て、フェイトは少し成長した。だからこそ、リインフォース相手に突っ込んで行けたのかもしれない。

 けれどフェイトの成長はそこで止まっている。

 

「君は多くの仲間を得た。友達を得た。家族を得た。だからかもしれないな」

 

 心地よすぎた。

 心地よすぎて、1人になってしまうことに、極端に恐れを抱くようになってしまった。

 母に拒絶された傷と、1人になってしまうことへの拒絶が結びついたがために、自分を抑えてしまう。

 

「それと、今の責める対象に、ユーノが入っていなかったな?」

「!」

「ユーノは頷いてくれたからか?」

「…………」

 

 そしてユーノが出てこなかったこと。それが何より、今のフェイトが一番依存している相手が誰なのかを示している。

 これもまたクロノを苛立たせるところだ。

 そう。ユーノは、断らない。拒否しない。

 あれだけクロノに突っかかるというのに、ユーノは一度としてクロノからの依頼を断らないのだ。依頼だけではない。提案も、強引な指示でも。クロノや仲間たちだけではなく、まったく知らない第三者からでも。挙句の果てには、責任転嫁してきた相手を庇って自分が悪かったのだという始末。

 だから、フェイトは依存するのだろう。いつだってフェイトを受け入れるから。

 だから、ユーノも依存するのだろう。頼ってきてくれるフェイトを。

 はやてたちと喧嘩し、そしてユーノとも何かがあった。だから、フェイトはこんなにも不安定になっている。確固とした自分がないままに執務官になれば、フェイトは命を落としかねない。

 義兄として、それを見過ごすわけにはいかないのだ。

 

「……ひどいよ、クロノ」

 

 だが……フェイトにとって酷なことであるのは事実である。そして悲しいことに、それが当人のためだからと言っても、当人がその気持ちを理解してくれるとは限らないのだ。だから人は他者に厳しく接することを躊躇う。仲を悪くしかねないから。それが親しい人であればあるほど、オブラートに包み、挙句の果てには本音と違うことを言ってしまうことさえあろう。フェイトに限ったことではないが、フェイトはそれが一際強すぎる。

 やはり言ってすぐにわかってもらえるものではない。フェイトの零した言葉に、クロノは痛む心を抑えつける。それでも顔には苦痛の色が出てしまう。フェイトが顔を俯かせているために、その顔を見られないのがせめてもの幸いか。

 

「……そうだな」

「どうして、そんなこと言うの?」

「……言わなければならないからだ」

「……もう、いいよ。クロノの……っ!」

 

 フェイトが踵を返す。そのまま振り返ることなく来た道を引き返していく。

 その背中に手も言葉も向けることはできず、そして向けることが正しいとも思えず。だからただ、クロノは黙ってその背中を見つめることしかできなかった。

 

「……初めて本音らしいものを聞けたとは言え。なかなか辛いものがあるな」

 

 これが恭也となのはがよくするという喧嘩とは違うのだろうけれど。もしこれが兄妹喧嘩なのだとしたら、クロノは二度としたくはないなと、顔を前に戻し、大きな大きな溜息をついた。

 そしてこれからしばらくの間、いつも以上にフェイトのそばにいてやってもらえるよう、多少のお叱りも覚悟の上で、クロノはリンディへと通信を入れるのであった。

 すまない、という喉元まで出かかった言葉を飲み込みながら。

 

 

 

 

 

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