仮面ライダーヨハネ   作:がんもどきもどき

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†第一章† 堕天使が異世界から召喚されるそうですよ
†A-1† 召喚


 

「───感じます」

 

 

 

薄暗い部屋に、凛とした声が木霊した。

草木も眠る丑三つ時、とあるアパートの一室。津島善子は趣味である生配信に興じていた。いつも通りの黒い翼のあるゴスロリ衣装に身を包み、カメラの前で右手で顔を隠すようなポーズをとる。

テーブルには複雑な模様の魔法陣が描かれたハンカチと、蝋燭が一本燭台の上で火が灯されていた。

 

「精霊結界の損壊により、魔力構造が変化していくのが。世界の趨勢が天界議決により、かの約束の地に降臨した、堕天使ヨハネの魔眼が、その全てを見通すのです!」

 

視聴者への占いも粗方終わり、今は締めの台詞の最中。演出の為に起動させている扇風機の風をその身に受け服を風で揺らめかせながら、堕天使ヨハネこと津島善子はキリッとした表情でカメラに視線を送る。そのすぐ横に置かれた、今の自分と全く同じ動きをした生配信の画面には、溢れんばかりのコメントが左から右へ流れていく。

 

「全てのリトルデーモンに捧げる、堕天の力を!」

 

ピコンッ!という機械的な音と共に、画面には配信終了を告げる画面が現れる。

それを見届けると善子は小さく笑みを浮かべ、窓を開けベランダへと出る。

 

───またやってしまった!

 

本来なら声に出して叫びたい所だが、流石に近所迷惑なのでグッとこらえて、ベランダの手すりに額をグリグリと押し付ける。

生配信が終わった後はいつもこうだ。堕天使になっている時は平気なのだが、いざ終わって振り返ってみると後悔と少しの恥ずかしさで飲み込まれそうになる。

 

───もう高校生にもなって堕天使って!中学を卒業する時に堕天使もやめるって決めたでしょ!?(それでも十分遅すぎるけど)

 

中学生の頃、学校の屋上でのことが脳裏に浮かぶ。あの時の生徒たちの冷めた目は忘れもしない。結果中学では友達なんて作れるわけもなく、虐められることは無かったものの、ずっと一人だった。

だから高校では堕天使は一切封印して、リア充になるって決めたのに……

 

『善子ちゃんはいいんだよ、そのまんまで!』

『だから善子ちゃんは捨てちゃダメなんだよ!自分が堕天使を好きな限り!』

 

「……千歌さんのせいなんだからっ」

 

自分をスクールアイドルに誘ってくれた、ある意味恩人とも言える少女のことを思い出す。

自分の好きを肯定してくれた、理解してくれた、あの優しい言葉。

それ以降はあまり思わなくなったものの、偶にどうしようもなく自分で恥ずかしくなってしまう時もある。けれど……

 

(あんなこと言われたら、辞められる筈ないじゃない……)

 

手すりに突っ伏すような体勢のまま顔を上げ、夜空を仰ぎ見る。薄い雲が掛かっている下弦の朧月は幻想的で、まるで夜空が微笑んでいるように思えた。

涼しげな風が善子の頬を撫でる。少しだけ肌寒さを感じ、風邪を引かないようにと室内に戻る。明日は朝練はないが、普通に学校だ。早いところ寝なければ……

 

「……あっ、そうだ!」

 

寝巻きに着替えようとする途中であることを思い出し、鞄から黒い箱を取り出す。

 

「寝る前にこれ、試してみようかしら……」

 

ドキドキ。ワクワク。

生配信の時とは別の高揚感を感じながら、その如何にも怪しそうな箱の蓋を開けると、中には如何にも怪しそうな本に、如何にも怪しそうな骸骨と十字架のオブジェが入っていた。

 

 

遡ること数時間前───

 

「ちょっとちょっと、そこのお団子のお嬢さん!」

 

オカルトショップからの帰り道、特に目ぼしいものがなく途方に暮れながら歩いている時だった。

声のする方と振り返ると、そこには何故か露出度の高い踊り子のような衣装に身を包んだ『如何にも』な占い師が座っていた。

善子は最初その怪しい雰囲気よりも、彼女の胸の大きさに目を奪われた。慌てて視線を顔に向けるが、口元以外は半透明の羽衣で覆われていた。

 

「ちょっとだけ占ってみない?今なら無料でやってあげるよ?」

 

独特なイントネーションの喋りで、ちょいちょいと手招きをする占い師。流石に善子も逡巡するが、無料ということであれば遠慮する必要もない。なにより今日の生配信の参考になると思った。

 

占い師に向かい合うように座ると、改めて彼女の胸の大きさに驚いた。最近ようやく涼しくなり、学校では夏服から冬服へと衣替えもしたばかり。それなのにその占い師は、胸部と腰回り以外は裸同然の格好であるにもかかわらず、寒さに震えるような素振りは見せなかった。

 

 

 

「それじゃあ、今から善子ちゃんのことを占っちゃうよー!スピリチュアルパワー、たーっぷり注入!はーい、ぷしゅっ♪」

 

「……い、いただきましたー」

 

思わず「だからヨハネよ!」と言いそうになるが、占いは本名でないと意味がない(いやヨハネが本名だけどね!)のでグッとこらえ、予め説明された通りに声を出す。

若干顔が引きつる善子だが、目の前の光景に思わず絶句する。

占い師が透明な水晶玉にてを翳すと、それはまるで水に絵の具が溶けていくように変色していき、やがて真っ黒に染まってしまった。

 

「あちゃー、これはまずいなぁ……」

 

どんなトリックがあるのかマジマジと水晶玉を見つめていると、占い師の口元が苦笑いを浮かべていた。

 

「……善子ちゃん。いや、ヨハネちゃんかな? 貴女はこれから、数々の不幸に襲われる。今まで不幸体質で流せていたような、そんなレベルのじゃなく。もっと怖くて、もっと辛くて、もっと苦しい。世界に、人に絶望してしまうほどの、大きな不幸が───」

 

「ま、まってよっ……!」

 

乾いた喉から震えた声が出る。予想だにもしなかったことを言われたこともそうだが、それよりも他に気になることがあった。

 

「な、なんで、私が不幸体質だってこと……?」

 

「わかるよ。善子ちゃんのこと……不幸体質のことも、堕天使に憧れてることも……Aqoursのみんなに対する気持ちも……」

 

ドクンッ!と、まるで心臓を鷲掴みにされたような気がした。

コールド・リーディングという技術がある。観察力や説得力を行使し、何気ない会話を交わすだけで相手のことを言い当てる、占い師がよく使う話術だ。

そういうのがあることを、善子は知っていた。にもかかわらず、占い師の言葉には衝撃を受けた。なぜなら善子は自分の名前しか名乗っておらず、それ以外の会話は無しに、すぐに占いに入ったからだ。

 

(それなのに、なんで………!)

 

「本当は、みんな私のことをバカにしてるんじゃないか? こんな厨二病を抱えてる私に、嫌々付き合ってくれてるんじゃないか?」

 

(なんで、そんなことまで……!)

 

千歌ちゃんは自分のこと普通星人とかいう割にみんなをリーダーとして引っ張ってくれてる。

 

曜さんは裁縫もできて水泳もできて、料理も出来る完璧超人だ。

 

梨子ちゃんは都会育ちでピアノも上手で、すごく美人で……それで自分のことを地味だなんて、私への当てつけのつもりなのか?

 

違う

 

ダイヤは生徒会長で頭もいい。人望も厚くて私なんかとは大違いだ。

 

果南さんはとっても優しくて、私より人間が出来てる。いや出来すぎている。

 

鞠莉さんはお金持ちで、しかも学生なのに理事長なんて、本当に狡い。

 

違う……

 

「それにあの二人……花丸とルビィ」

 

「!」

 

(違うっ……)

 

あの二人はいつも一緒にいて

 

花丸は『私の』幼馴染なのに

 

なんで後から知り合ったルビィの方が仲が良いんだろう?

 

「やめ、て………」

 

ルビィなんて……

 

「やめてっ……!」

 

いなくなっちゃえば───

 

「やめてっ!!!」

 

バンッ!!と、机を両手で思いっきり叩く。その衝撃で水晶玉が置き台からゴロンと机に落ち、善子の両手の間で止まった。

 

「違うの?」

 

半透明の羽衣の奥、さっきまでは顔が全く見えなかったのに、今ではエメラルドグリーンの瞳が、しっかりと自分を射抜くように見つめていた。

 

「……ちが、わない………!」

 

ぎゅっと拳を握り、右目に押し付ける。そうしてないと涙が出て来そうで……

黒く、醜く、惨めな自分に負けそうで善子は栓をするように拳に力を込めた。

 

「Aqoursのみんなは、私よりずっと可愛くて、すごくて……それなのに、私はなんにも無くって……心の何処かで、そんな感情を、確かに持っていた……!」

 

善子自身、理解していた。

Aqoursに誘われ、活動を共にする中でどうしても抱いてしまう自分自身へのコンプレックス。自分自身への自身の無さは、いつしか相手への妬みへと変わってしまっていた。

だって、その方が楽だから。

人のせいにした方が、自分が辛くないから……

 

───でも

 

 

「それの何がいけないの?」

 

強くはっきりした声で、拳を顔から剥がす。先ほどまでの今にも壊れそうな表情とは打って変わって、毅然とした態度で占い師を見つめ返していた。

 

「確かにみんなへの黒い感情はあるわ。けど、そんなのほんの一部にすぎない。みんなの嫌いなところ、妬ましいところはある。……けど、それ以上に私は、みんなの良いところをたくさん知っているわ!みんなのことが大好きなの!私のことを受け入れてくれるみんなと一緒にいることが、楽しくって、幸せなのよ!!」

 

それは、紛れも無い善子の本心だった。

 

自分の心の闇を見透かされて、取り繕うでも誤魔化すでもなく、それを認め、その上で自分の中の光に手を伸ばす。

心の内を吐露する善子に、占い師の口元は僅かに綻んだ。

 

「私は、みんなと一緒にいられることを誇りに思うし、みんなが認めてくれた私のこと、最近ようやく好きになれてきたの!だから

っ───」

 

と、ここで善子の言葉が止まった。

いや、正確には目の前で起きた現象に面食らってしまった。

 

占い師が、いつの間にか消えていたのだ。

さっきまであったテーブルも、椅子も、水晶玉も無くなっている。いったい何があったのか? キョロキョロと周りを見回すと、つま先になにかがコツンと当たる。

見ると、足元には黒い箱が置いてあり、その上には可愛らしい文字で書かれたメモが貼ってあった。

 

『大好きがあれば大丈夫ってね!この箱はウチからのプレゼント!本物の悪魔を呼べる魔導書だよ!今回限り特別無料サービスやん!また会おうね!byスピリチュアルな占い師♪』

 

 

 

『本物の悪魔』なんているわけないと思いながらも、試さずにはいられない。魔導書を開き、書いてある通りに準備する。

 

「えーっと先ずは……自分を中心に、西に十字架、東に骸骨と……北にこの本と、南になりたい自分の象徴……?」

 

儀式にあたって準備する物の一覧、最後の項目に首をかしげる。なりたい自分……おそらく自分なら堕天使の事だろう。けれど……

 

(堕天使を象徴するものって……)

 

グヌヌと腕組みしながら考える。堕天使の象徴(まぁ私は堕天使なんだけど)、それを物として準備する必要がある。

即ち堕天使っぽい物……自分が着ている衣装。堕天リング(頭の飾り)。それから……

 

「……あっ!」

 

一つ、思い当たる物を思いつき、鞄の中を漁る。

 

「えーっと……あった!」

 

小ポケットから取り出したのは、1枚の黒い羽。『あの時』、千歌さんから受け取った、一度は捨てた宝物。学校にいる時でもこれを髪の団子に刺されるとつい堕天使モードに入ってしまう。

いつでもなりたい自分になれる、なりたい自分の象徴。それはこの羽以外考えられない。

 

魔導書通りに物を配置し、その中心に座る。儀式には魔導書に書かれている文章を読む必要がある。流石に丸暗記はできなかったので、善子は北側を向き、開いた魔導書に目を落とす。

 

 

その時、善子は気付かない。

締めたカーテンと窓の奥……その上空では、さっきまで美しく輝いていた月はもう見ることはできない。

善子の真上を中心に、分厚い漆黒の雲が渦を巻くように回転していることを……

 

 

そして、儀式が始まる。

 

 

 

暴き給え。

我が魂の深淵、その闇の底を

 

導き給え。

我が魂の欲望、その光の先へ

 

裁き給え。

我が魂の罪過、その炎の罰で

 

赦し給え。

我が魂の汚行、その汝の礎に

 

北に誓いを

南に願いを

東に祈りを

西に誇りを

 

顕現せよ!

我が呼び声に応え、冥府の彼方よりその姿を現せ!!

 

………

…………

……………

 

読み終えて数十秒が経過したが、室内には静寂が広がるのみで、何も起こる気配はなかった。

 

(……ま、そりゃそうよね)

 

「天使も悪魔も、この世界にいるわけがな──────」

 

 

──────ゴゴゥッ!!!

 

 

何が起きたのか、理解するのに時間が掛かった。気づけば轟音と共に、善子の体は宙に浮き、ベッドに仰向けに倒れていた。何故そんなことになったのか、善子にはわからない。ただ背中に鈍い痛みを感じながら、呆然とさっきまで自分がいた場所、部屋の中心に顔を向ける。

 

「っ───ぁぁあああ!やぁぁぁーーっっっぱりシャバの空気はサイッコーーねぇ!」

 

───そこに、誰かがいる。

何故?どうして??さっきまで自分一人しかいなかったのに。泥棒?いや、それよりもさっきの轟音と……風?が吹いたの??いったいなにが……

 

「あら、貴女が私を呼んだの? へぇー中々綺麗な顔してるじゃない」

 

───!!??!?

 

「……へ?え、あっ…………!??」

 

瞬間、頭が真っ白になる。一体全体何が起こったのか。今目の前にいる人物に比べたら、『そんなどうでもいいこと』頭から吹き飛んでしまった。

 

「ちょっと、何とか言いなさいよぉ! ……ってあぁそっか、私の姿見たらそりゃあそうなるわよね」

 

───声は、

自分の発するというのは、骨振動の影響で、自分では正しく聞こえないらしい。

何かの漫画で得た知識を、善子は頭の片隅で思い出した。いや、例え自分の声を正しく聞けていたとしても、気づくことはできなかっただろう。

 

「まぁ良いわ。じゃあ先ずは自己紹介、といきましょうか」

 

 

『それ』は、少女の姿をしていた。

一糸纏わず薄暗い部屋に凛と立ち、ジッと善子を見つめるその顔は、口も、目も、鼻も、耳も、髪型も、声も……体の隅から隅まで、一切合切なにもかも。

 

 

「私はヨハネ。堕天使ヨハネよ。よろしくね」

 

 

津島善子、そのものだった。

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