仮面ライダーヨハネ   作:がんもどきもどき

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†A-3† 堕天使

──────

 

「いや!やめて!!」

 

部屋の中で少女は耳を塞いで蹲る。

その背後には黒いモヤがまるで生き物のようにうねっていた。

 

『どうしたの、憎いんでしょう? 今までずっと一緒にいた、幼馴染を取ったあの子が』

 

モヤから聞こえる低くくらい声。頭の中から直接響くそれに意識を奪われそうになり、少女は首を強く横に降る。

 

「そんなことない!私は、ふたりのこと……あの子のことが……」

 

『えぇ、大好きなんでしょう?けれど、心の何処かでは鬱陶しく思っている』

 

「っ……!」

 

図星を突かれたのか、少女は何も言い返せない。ギュッと歯を食いしばり、目を強く瞑る。

 

『……大丈夫。私は味方だよ。君のその願い、私が叶えてあげる』

 

そして少女の目の前に出されたのは漆黒の宝石。それはまるで、自分の心の闇を具現化したもののようで……

気づけば少女は、その宝石を握りしめていた。

 

 

 

───

──────

─────────

 

 

 

ジリリリリリ───

 

いつもの目覚ましの音で善子は目を覚ました。なんだかいつも以上に体が気だるい。微睡みの中ボーッとしばらく天井を見つめていたが、不意に眠気が吹き飛び、ガバッと体を起こした。

 

思い出すのは昨日の深夜のこと。

 

(そうだ、私は、悪魔……堕天使を召喚して、それから……!)

 

ベッドから飛び降りるようにして、急いで部屋の中を見回す。勉強机、姿見、タンス、ビデオカメラ………全て昨日のまま、いや、気のせいか昨日よりも片付いてるように見える。

しかし今そんなことはどうでもいい。

無い。昨日儀式に使用した、魔導書と、十字架と、髑髏と、羽が。

部屋中くまなく探す。タンスの中身も全部出し、カーペットの下から何から何まで全て探す。しかし、見つからない。

夢であるならば、儀式の配置通りに置いてあったりしている筈なのだが、どこにも見当たらないというのは妙だ。

 

(…もしかして、全部夢だったの?あの占い師にあった時から……?)

 

だとしたら、なんて夢を見ていたのだろうか。堕天使の召喚だけならまだしも、あんな……

 

(あんな、き、キスまで───)

 

頭をブンブンと降って、記憶から追い出そうとする。やけに生々しかったが、結局は夢であったのだ。そう思うと気持ちが楽になり、同時に部屋の惨状に落胆した。下着も、私服も、堕天使グッズも散らかり放題。まぁ今自分が散らかしたのだが……

 

(急いで片付けなくっちゃ……)

 

『全く、朝から元気ねぇ〜』

 

ゾワッ!!

身体中から嫌な汗が噴き出した。突如聞こえたそれは、昨日と全く同じ、艶を帯びた自分の声。つまりは、堕天使ヨハネの声だ。でも、どこから……

 

『何してんのか知らないけど、早く片付けないと学校遅刻しちゃうわよー?』

 

再び、嫌な汗が噴き出す。

声の聞こえた方向は、自分のすぐ真下。恐る恐る視線を下に持っていき……そこで善子は、自分が身に覚えのない物を身につけていることに気づいた。

 

それはベルトだった。

右に骸骨。左に十字架。夢と全く同じものがバックルに収まっている。趣味の悪いと言わざるを得ないベルト。

 

恐る恐るそのバックルに触れると、骸骨がグルンと回って上を向き、目の部分空洞の奥の赤い光を善子の視線と合わせる。

 

『おはよう、善子。いい夢は見れたかしら?』

 

骸骨が、喋った。

 

───イィィイヤァァァアアア!!!

 

「ママァ!ママァーーー!!」

 

ドタドタ、バタバタ、ドンガラガッシャン。

恐怖で震えもつれそうになる足をなんとか動かしつつ10回ほど転び壁にぶつかりながら、ようやく母の元までたどり着く!

 

「こら善子!朝からなに騒いでるの!!」

 

朝ごはんを作っている途中。聞こえた大声と騒音に声を荒げて注意するが、突如自分の腰に抱きついてきた、震える娘の様子を見て只事ではないも思い、優しく頭を撫でる。

 

「なにがあったの?」

 

「べ、ベル、ベルトがっ、しゃ、喋って……だ、堕天使っ……悪魔がっ……」

「今すぐ顔を洗って来なさい。もうちょっとでご飯だから」

 

堕天使というワードを聞いた瞬間、善子ママは冷めた顔でグイッと引き剥がす。「どうせいつものあれだ」と思ったのだろう。善子も理解し、地団駄を踏んで自分の腰を指差す。

 

「ちーがーうーのー!!とにかく、この気味の悪いベルトが喋ったのぉ!!」

 

「ベルトって……どこにあるのよ?」

 

「どこにって───あ、れ?」

 

善子は自分の指差す方を見ると、其処には何も無い。ただ服にピンクのハート模様が描かれているだけだった。

 

「まったく、いつまでも子供じゃ無いんだから。そんなこと言ってないで早く顔洗って来なさい」

 

「違っ……」

 

否定、しようとするにも、善子は黙ってしまう。さっきのは気のせいだったのだろうか。それにしては鮮明に記憶に残っている。あの禍々しいデザイン、喋る骸骨、そして、大人びた自分の声……。

説明しようにも証拠が何も無い。仕方なく善子はトボトボと洗面台に向かった。

 

『───クスッ♪』

 

 

──────

 

「……はぁぁ……」

 

いつもの通学路を肩を落としながら歩く。今日も善子の不幸体質は絶好調だった。道につまづき、犬に吠えられ、小学生とぶつかり、自転車に轢かれそうになり……。

いつもはどれか一つか二つが起こる程度なのに、今日は数えるだけでも10回以上は不幸な目に遭っている。

「ため息をすると幸せが逃げていく」なんて言葉があるが、そもそも逃げていくだけの幸せも持ち合わせていないので、善子は少しでも悪い気を出すように盛大にため息をついた。

 

「これで水でもかけられたら不幸の満漢全席ね」

 

『へぇ〜、本当に不幸体質なのねぇ、あなた』

 

「まぁ、今日に限ってはいつもより多い───」

 

まただ!

また声がする。視線を自分の腹部に持っていくと、案の定あった。いや、いた。

バックルの右に骸骨、左に十字架のオブジェがついている、漆黒のベルト。

再びドクロはぐるんと周り、善子へと顔を合わせた。

 

「また出たっ……! このっ!!」

 

今度は流石に驚かない。というより、得体の知れない物への恐怖よりも母に勘違いされたことと、朝からついてないことばかりで蓄積された怒りの方が大きかった。

今度はすぐに無くならないよう、イライラをぶつけるように乱暴にバックルを両手で掴む。しかしガチャガチャと動かすが、一向に自分から離れる気がしない。

 

「な、何よこれ! 留め具どこにあんのよ!?」

 

『そんなものないわ。私は一度つけたら外せないのよ』

 

「はぁ!?何よそれ! 呪われてんの!?」

 

『なんとベルトには呪いがかけられていた。善子は呪われてしまった』〜♪

 

「なんっで堕天使がドラ○エ知ってんのよ!」

 

しかもBGM付きだった。

しばらくベルトとギャーギャー騒いでた善子だったが、道行く人の視線に気づき、いそいそと公園へと避難する。人影は見当たらないが、一応ドーム型の遊具の中に入り腰を落とす。

 

「……たぶん今日は、今年一不幸な日な気がする。そうじゃないとやってらんない」

 

『お気の毒にwww』

 

「なに笑ってんのよ!ぶっ壊すわよ!!」

 

ガンガンと音を立てながら両拳で骸骨を何度も叩く、しかしさしてダメージが入る様子もなく、善子の手に鈍い痛みが残るだけだった。

 

 

「っ〜〜〜………はぁっ、もういいわ。で、あんたは一体なんなの? 本当に悪魔?」

感情的になる自分を押し殺すようにため息を吐き、落ち着きを取り戻す。骸骨の頭部をコツンと叩くと、再び骸骨はグルンと頭を回転させて善子と向き直った。

 

『昨日も言ったでしょう?私はヨハネ。悪魔じゃ無くって、堕天使よ。そこんとこ重要だから……っていうより、あなたが喚んだんじゃない』

 

「呼んだって……じゃあやっぱり昨日のは夢じゃ───」

 

『待って、やっぱこれ話しにくいわ。首疲れるし』

 

「は?」

 

疲れたような声で骸骨は正面を向く。首なんてどこにあんのよ……と善子が訝しんでいると、突然ベルトは黒いモヤへと変化し、あっさり善子から離れた。

ギョッとする善子。しかしモヤはそんなこと御構い無しにモヤは善子の正面で人型に姿を変えていく。そしてふとした瞬間に、いつの間にかモヤは完全な人間の姿へと変化していた。

 

それは、昨日の夜見た自分の分身。

自分と同じ容姿で有りながら、自分とは全く異なる存在。体も、顔も、声も全く同じ。だが、一つ一つの仕草と顔の表情と纏う雰囲気がまるで違っていた。

そしてもう一つ。今この場で、ある決定的な違いがあるとするなら。

 

目の前の自分が、全裸であることだった。

 

 

「ぎゃああああああ!!」

 

「もう大袈裟ねぇ、昨日だって見たんだから、そんなに驚かなくても」

 

「服を着ろォォオオオ!!」

 

女の子とは思えない絶叫がドーム型の遊具の中で反響する。いくら人目につかないからと言って、こんな公共の場所で、自分の顔で裸体を晒されては堪ったもんじゃない。

 

 

「うるさいわね……これでいいんでしょ?」

 

鬱陶しそうに善子を見ながらパチンッと指を鳴らす。すると普段善子が配信の時に使っているゴスロリの衣装を一瞬で纏った。

ゼェゼェと息を切らす善子。全然知りたいことが知れず、もう正直どうでも良くなってきたが、何とか持ち直してヨハネと正対する。

 

「いい加減話を進めましょう……とりあえず、ちゃんと説明して」

 

「んーっと、何処から話せばいいかしら……じゃあまず、改めて自己紹介からさせてもらうわね」

 

言って、ヨハネはコホンと小さく咳払いをすると、胸に手を置く。

 

「私は堕天使ヨハネ。とある理由で天界を追放された、元天使よ。よろしくね」

 

「て、天界?そんなのがあるの?」

 

「えぇ。神が治め天使が住まう、この世の彼方、別の次元の話だけどね」

 

「別の次元……じゃあ貴女はそこに住んでいたってこと?」

 

「そういうこと。あぁ、因みにこの姿は仮初めよ。天界を追放される時、天使は自分の体と魂を分離させられるの。私の姿は召喚した人間の容姿がそのまま反映されるのよ。」

 

色々と人智を超越した話ではあるが、善子はすんなり受け入れる事ができた。それどころか自分が想像していたような世界の話に、寧ろ目を輝かせていた。

 

「というか貴女、得体の知れない人間……しかも如何にも怪しい占い師から貰った魔導書を、よく使う気になれたわね」

 

「だって……本当に何か起こるなんて思わなかったし……」

 

普段堕天使を演じている善子だが、それは存在しないからこそ憧れるものであり、要は雰囲気があれば十分なのだ。

実際善子は魔導書の通り儀式を行っても何か起こるなんて期待していなかった。ただ「魔導書に書かれていることを実行する自分」そのものに意味があり、その結果が本物の堕天使を降臨するとは、さらにその堕天使が普段自分が堕天使となる上で使っている名前そのままだとは、夢にも思わなかった。

 

「あれ?そういえばあなた、なんで占い師のこと知ってるの?」

 

「契約ついでに、貴女の記憶を読み取らせて貰ったのよ」

 

「け、契約?」

 

「昨日交わしたじゃない。契約の証、身も心も一つになっちゃう様な、甘〜い、キ・ス・を……」

 

いつの間にか鼻と鼻が当たりそうなぐらい移動してたヨハネは、善子の顎に手を添え耳元で囁く。聞いたことも出したこともない自分の艶のある声と、昨日のことを思い出した恥ずかしさで一気に顔が茹で蛸の様になる。

 

「け、けけけけいやくって!!あんなの殆ど無理やりじゃない!」

 

「だって貴女、驚きすぎてパニックになってたじゃない。だから私が先導してあげたの。まぁ、本当は召喚した時点で契約成立だから、本当はキスする必要なんて無いんだけど」

 

「は、はぁぁああ!?じ、じゃあ何!?なんでき、キキキキキキキスなんか……」

 

「その方が堕天使っぽいから?」

 

「もう一度地獄へ堕ちろ!!」

 

顔を真っ赤にしてカバンを投げつけるが、ヨハネは余裕の表情でひらりと躱す。忘れていたわけでは無いが、改めて言われると昨日のことがフラッシュバックの様に蘇った。

口内を舌でゆっくりとかき回され、嫌悪感も不快感も、不思議な快楽で上書きされかけたあの感覚。自然と頬に熱が帯びていく。

 

「わ、私、初めてだったのに……っ!」

 

「天使となんだからノーカンよノーカン」

 

「モノによるわよ!!あ、あんなし、ししし舌まで入れてっ……!!」

 

「だから、貴女のこともよーく知ってるわよ。津島善子、浦の内女学園の高校一年生でスクールアイドルAqoursの一員で、自分のことを堕天使(失笑)だという厨二病キャラで人気を博している。中学の頃は自分のことを本当に堕天使ヨハネだと思っていて(笑)、高校入学時では思いっきり堕天使キャラで自己紹介をしてしまった結果、数日間不登校(嘲笑)、その後も油断するとつい堕天使キャラに───」

 

ついに耐えきれなくなり、ヨハネは腹を抱え、ゲラゲラと地面に笑い転げる。対して善子は、今度は羞恥で顔がかぁ〜っと熱くなるのを感じた。本物の堕天使からしたら、自分の真似事をしている人間なんて滑稽で仕方ないのだろう。

あの魔導書を使ったことを本気で後悔する。むしろヨハネへの怒りで、善子の方が堕天しそうだった。

涙目で睨みつける善子を他所に、笑いすぎて涙目なヨハネは一通り満足したのか、目を指で拭いながら起き上がる。あれだけ土の上を転げ回ったのに、ヨハネの服には土埃の一つもついてはいなかった。

 

「はぁー笑った笑った……さて、と。それで契約の内容なんだけど、あんたには私に協力して欲しいのよ」

 

ヘラヘラと笑いながらヨハネは善子の正面に腰を下ろす。その態度についに堪忍袋の尾が切れ、乱暴にカバンを掴んで立ち上がった。

 

「誰がするか!!もうあんたとは金輪際口も聞きたくな───」

 

「いいから聞きなさい」

 

ビクッと善子の体が震える。さっきまでのふざけた雰囲気は何処へやら、ヨハネは真面目な顔で、鋭く射抜く様な目で善子を見つめていた。

 

 

「貴女にとっても、二つの意味で悪い条件じゃ無いの。私の力、人を救うために使ってみない?」

 

人を、救う。善子の記憶を読み取ったヨハネが、あえてこの言葉を選んだのか定かでは無いが、それは善子を話に引き込むには充分すぎる一言だった。晴天に照らされる外の砂場へと歩む足を止め、再び薄暗い遊具の中に戻り、腰を落とす。

 

「救うって、何から?」

 

「悪魔から。今、この世界は悪魔に狙われてるのよ」

 

 

───

 

まず前提の話だけど、世界っていうのはね。いくつも存在するのよ。

今私たちが存在している人間界。私がさっき言った天界や、悪魔の棲む魔界。

因みにこの二つは、天国と地獄とはまた異なるわ。天国は天国で、地獄は地獄で世界があるのよ。まぁ主に死者と、私みたいな堕天使が行くところだけどね。

そして、人間界だけでも別の次元にいくつも存在するの。そう、平行世界……パラレルワールドってやつよ。理解が早くて助かるわ。

 

悪魔はね、人間界の世界を奪って回ってるのよ。

 

理由は二つ。一つは、悪魔にとって人間の魂が食料であること。そしてもう一つは、悪魔たちの無意識に放つ負のエネルギーが、悪魔の棲む世界そのものを壊してしまうから。

 

……おわかりかしら?つまり、元々魔界なんて世界は存在しないの。悪魔によって支配され、負のエネルギーで崩壊した人間界の成れの果て、それが魔界なのよ。

 

崩壊した世界は、悪魔自身も住めないほどボロボロになってしまう。だから彼らは、生きるために常に世界を移動しなければいけない。

まったく、不憫な生き物よね。

 

でも、そうやって世界を壊され続けてたら、いつしか人間界も無くなってしまうでしょう?

 

だからそのバランスを保つのが、私たち……いえ、天界にいる天使の役目なの。

 

具体的には、悪魔を倒して侵攻を止めてるんだけど……あぁ、一つ勘違いしないで欲しいのは、決して天使は人間のためにやってるわけじゃ無いわ。悪魔で世界の均衡のためよ。天使には人間嫌いなやつが多いし。

 

私も含めてね……まぁ私は堕天使だけど。

 

話が逸れたわね……そして、次に標的になったのが、この世界よ。

 

人間界と魔界を繋ぐゲートホールが何処かにあって、そこから悪魔がこの世界に入ってくるの。

ただし、ゲートホールはとっても繊細で、一度に大量に進入すると壊れちゃうから、一日に一体ぐらいしか入ることは出来ないわ。

 

今までは他の天使達がなんとかしてくれてたみたいだけど、ある日地獄に堕天した私に、神様から通知が来たのよ。

 

『悪魔を100体倒せば、望みは叶えてやる』って。

まどろっこしい言い方よね。私の望みなんて、天界に戻る以外に無いこと、知っているくせに……!

 

っと、また話が逸れちゃったわね。ごめんなさい。こうやって誰かと話をするのってかなり久しぶりなのよ。地獄じゃずっと一人だったからね。

 

どれくらい前に堕天したかって? そうね、その話を始めるとまたまた逸れちゃうから、貴女達人間の生涯よりずぅっと長く、とだけ言っておくわ。

 

えぇっと……どこまで話したかしら? そうそう、神様からの通知ね。

それが来たはいいけど、私は自力で地獄から出ることは出来ない決まりだったの。

だから、閻魔大王に許可を貰って、人間によって召喚された場合のみ、地獄を出ることを許されたのよ。

それから召喚されるまで一週間、指名を待つキャバ嬢の気分だったわ。私はキャバ嬢じゃないけどね。

 

まさか、こんな風に召喚されるとは思わなかったけど。

 

さて……とりあえず、私の話はこんなとこよ。契約した以上、嫌でも協力して貰うわ。悪魔を倒して、私が天界に戻るための、ね───。

 

 

───

 

「……もっとも、見た所断る気が全くなさそうだけど………」

 

クスリと小さく笑いながら、ヨハネは相対する善子の表情を見る。その顔は、目は爛々と輝き、口元は感激に綻び、頬は興奮で蒸気していた。

今までずっと憧れてた、自分の妄想の中だけのはずだった世界。その入り口を目の前にして、善子が興味を示さないわけがなかった。

 

「そ、それでそれで!?具体的にはどうやって戦えばいいの!?」

 

「そ、そうね。じゃあまずは簡単に───」

 

ズズィッとヨハネに詰め寄る。その勢いに若干引き笑いを浮かべつつ、右の掌を差し出す。そこには昨日の儀式で使った黒い羽根が置かれていた。ヨハネはそれに左の掌を乗かざすと黒の羽根は光を放ち、変形していく。サイズは徐々に小さく、指で摘めるぐらいにまで縮小し、鳥の翼の形を成したクリスタルへと姿を変えた。

 

「教えてあげるわ。ヨハネの力の使い方……堕天戦士・ヨハネへの変身を!」

 

 

─────────

 

───身体がだるい。

 

酷く憂鬱な気分だ。なんだか嫌な夢を見ていた気がする。

ベッドから重い身体を持ち上げるように起きる。コロッと、枕から何かが転がった。

 

それは、昨日や夢に出てきた宝石。私の中にある嫌な感情をさらけ出し、願いを叶えてくれるという黒い石。

 

───あぁ、なんだ。

「ゆめじゃ、無かったんだ……」

 

まるでことりの雛を包むように、大切な宝物に触れるように優しく、漆黒の宝石を両手で包む。

 

すると宝石からは黒い煙のようなものが溢れ出して、それはだんだんと形を成していく。

それを見つめる間、私の中にあるのは酷く醜くどす黒い感情。

 

カーテンを閉める。

一体今私はどんな顔をしているのか、知りたく無かったから。

窓の外に広がる現実と、向き合いたく無かったから。

 

 

─────────

 

 

 

「……とまぁ、粗方の手順は大体こんな感じね」

 

「よ、ようし!それじゃあさっそく変身して───」

 

「嫌よ」

 

変身の手順を粗方理解し、気合を入れて立ち上がるも、ヨハネに冷めた目で拒否されてしまった善子。ズゴーっと昭和のコメディのようにずっこける。

 

「な、なんでよ!」

 

「変身には結構エネルギーを使うから、そう何度も出来るもんじゃないのよ。精々一日に三回ってところかしら。万が一のこと考えて、無駄使いはできないわ」

 

「で、でも、実際に使ってみた方が覚えるというか……」

 

「あなたは変身してみたいだけでしょう?バレてるわよ」

 

ジト目で図星を突かれ、ギクリと善子の肩が跳ねる。説明書を読まないタイプの善子としてはあながち嘘ではなかったのだが、未知の力をこの身で体感してみたいというのが大方の理由だった。

 

「ま、心配しなくてもその時になれば色々教えてあげるわよ。それじゃあまたね」

 

眠たげに欠伸をしながら手を振ると、ヨハネは再びモヤへと変化し、そのまま姿を消した。

 

「……ち、ちょっと!………全く、用心深いんだかいい加減なんだか……」

 

気まぐれなヨハネの性格に呆れたように呟く。一人となり静まり返った遊具の中で、善子は手のひらにある黒の翼のクリスタル───ヨハネはクロウクリスタルと呼んでいた───を親指と人差し指で摘んで上に掲げる。

遊具に入る僅かな光に照らされ、クリスタルは怪しく輝く。その眩しさと、感触と、僅かながら確かに感じる重さが、現実であることを教えてくれる。

 

 

悪魔を倒し、世界を救う。そんなバトル漫画のような不思議な力を目の前で体験し、そして自分は主人公のように戦う力を与えられた現実に、善子はポーズを決めて笑う。

 

「ククク……ついに始まるのね。この堕天使ヨハネの戦いの物語が!」

 

誰もいないのをいい事に、善子はノリノリで堕天使モードになる。

これからそう遠くない未来の起こりうる出来事に胸を踊らせ、善子は遊具を飛び出した。

 

……何かを忘れてる様な気がする。

 

サーっと、先ほどまでの興奮が嘘の様に顔から血の気が引き、冷や汗が吹き出る。慌ててポケットから携帯を取り出し、画面を開く。

トップ画面に映った時刻は、二限目の授業開始時間を知らせていた。

 

津島善子、本日三度目となる絶叫が晴天に響き渡った。

 

 

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