躱せたのは、偶然だった。
立ち上がってすぐ怪物の爪に襲われそうになる梨子。しかし足の痛みでガクンと膝が大きく崩れ、爪は頭上を通過した。髪の毛が数本切れ落ち、背後のコンクリート製の柱を破壊する。
間髪入れずに悪魔は二撃目を振り下ろす。しかしその刃が梨子に届くことはなかった。
老朽化の進んだ廃ビルの天井は、悪魔の攻撃による衝撃と、支えの柱を失ったことで崩れ落ちる。悪魔は後退してその範囲から抜け出すが、足の痛みでまともに歩くことすら叶わない梨子は、なす術が無い。
無理だ。間に合うはずがない。
頭で理解しながらも駆け出す善子。伸ばした手の先、指の隙間に覗く梨子は、怯えた表情で善子を見つめていた。
───逃げて
口元が、そう動いた気がした。
瓦礫の雨が、容赦無く降り注ぐ。
轟音が反響し、土煙が室内を満たした。
手を伸ばした格好のまま呆然と固まる善子。
「ぁ………ぁあっ……!!」
やがて土煙が晴れ、視線の先にいる梨子の姿を見て、全身が凍りつく。
まず最初に目がいったのは頭。人形のように綺麗な顔は眠っているように目を閉じているが、額から目元にかけて、血がべっとりと付着していた。
次に右腕。肘の部分に一際大きな瓦礫が乗っかり、そこから先は本来人間の構造上、ありえない方向に曲がっている。
そして足……というより、腰から下は、大量の瓦礫で埋め尽くされ、確認することが出来ない。
「リリィ!!!」
遠目からでも明らかに重症の梨子を見て、善子は慌てて駆け出す。途中足がもつれて転倒するが、それでも一刻も早くたどり着こうと、両手も使って体を前に進める。たった数メートル先なのに、たどり着くまでにひどく長い距離のように思えた。
「りりー……うそ………嘘よね……?」
善子は掠れた声で呼びかける。返事はない、それどころか、まるで本当の人形のようにピクリとも動かない。
───呼吸は?だめ、わからない。しているようにも、していないようにも感じる。
震える手で梨子の頬に触れる。
───冷たい。違う。リリーが冷え性なだけだ。
どうしても頭の中よ過ぎってしまう考えから目を背けるように、いい加減な理屈をつける。
頭を揺らさないように静かに離すと、より一層震える手を、今度は首に持っていく。
これを確かめたら、もう後戻りは出来ない。でも、確かめずにはいられない。
ピトリ、と。指先に血が付いていることも忘れ、梨子の白い喉元に触れる。
───トクンッ
「ぁっ───」
乾いた喉から、掠れた声が漏れ出る。
それはとても小さいが確かな事実。
「私は大丈夫だよ」そんなメッセージが、脈動を通して伝わってくるようだった。
梨子は生きている。呼吸をしている。心臓が動いている。
「っ───」
体の奥から安堵が涙となって一気に目から溢れてくるのを感じる。しかし善子は唇を噛んでグッとそれを堪え、乱暴に目元を拭った。
泣くのは、今じゃない。
梨子は確かに生きてはいるが、すぐに治療が必要だ。このまま放置してたら本当に命を落としてしまう。
それに、鞠莉のことも心配だ。あの悪魔の狙いは梨子だが、二次的な被害が彼女を襲うことも十分に考えられる。
戦うのは怖くて、今にも逃げ出したい。でも自分が戦わなければ、悪魔を倒さなければ、友達が死んでしまう。悪魔に、殺されてしまう。
その未来の方が、ずっと怖いと思えたから、だから善子は、戦える。
決意を固めるように、血のついた右手をぎゅっと握りしめ、悪魔と向かい合う。
「私のリトルデーモンを傷つけた罪、重いわよ」
強気な態度は、自分を鼓舞するため。
悪魔を正面から睨みつけ、クロウクリスタルを指先で持つ。
「……力をかして、ヨハネ」
『最初からそのつもりよ』
ぶっきらぼうな自分の声が脳内に響き、ガシャンッと音を立てて骸骨の口が開く。今度は間違い無く、その口の中にクロウクリスタルを嵌め込んだ。
『Crow!』
流暢な英語がベルトから流れる。
これで、準備は整った。善子は骸骨の下あごに手を添えて、骸骨の口を閉じる。
「変身っ───!!」
パ キ ィ ─── ィ ン
Dress up!
ヨハネ、召喚!
───Ready?
〜♪
甲高い音を立てて、骸骨の歯がクリスタルを噛み砕く。それと同時に、善子にとって聞いたことのある声と聞いたことのある歌───自信が所属するAqoursのユニット、Guilty KissのStrawberry Traperがドライバーから流れ出した。
そのイントロに一瞬気を取られるが、自分の周囲の状況に、目を奪われた。粉々になったクリスタルは神秘的な光を放ちながら、そのまま重力によって落下する事はなく、まるで破片のそれぞれが意思を持つように宙へと浮かぶ。
───瞬間、善子を中心に旋風が巻き起こる。
風は破片を巻き込み、破片たちは無数の黒い羽根へと姿を変え、漆黒の竜巻と化す。
『待ってないよLove♪』
音楽と同時に風は止み、大量の羽根がひらひらと舞い落ちる。その中心に、彼女は立っていた。
白い身体に、黒のドレスのような装甲を纏うその姿は、正に闇に染まった天使そのもの。銀色に輝いていた十字架も、今は漆黒に染まっている。
両目は昆虫の複眼のように大きい。左目は紅、水の雫のように外側に先端が尖った楕円形。右目はドレスと同じ黒、ただしその先端は鳥の羽根のようなデザインをしている。
禍々しくも気高く美しい。
これが、堕天使ヨハネの力をドライバーを通して善子に注ぎ込み、肉体の構造そのものを変化させた姿。
堕天戦士ヨハネ
後に、仮面ライダーと名付けられる、この街のヒーロー。
「───あなたも地獄へ、堕天させてあげる!」
おまけ
ダイヤ「………」ズゥ--ン
果南「ダイヤ、元気出しなよ」
ダイヤ「まさか、黒澤家秘伝のグーが、鞠莉さんに破られるなんて……」
果南「いや、じゃんけんに秘伝とかないから。……っていうか、そんなに曜ちゃんのお見舞い行きたかったの?」
ダイヤ「べ、別にそんな事は! 私はただ生徒会長として、生徒の身を案じているだけで……」ホクロイジイジ
果南「……もしかして、お見舞いついでに看病とかして距離縮めて、あわよくば曜ちゃんに『ダイヤちゃん』って呼んでもらおうとか、考えてた?」
ダイヤ「な、何故それを!?……はっ!」
果南「まぁ、曜ちゃんなら呼んでくれそうだしね〜。っていうか、まだ未練タラタラじゃん」
ダイヤ「ち、違いますわ! ほ、本当は呼び方なんてどうでもよくって……ただもっと仲良くなれるのではないかと、思っただけです」
果南「まったく。それならそうと言ってくれれば、鞠莉だって譲ってくれたと思うよ?」
ダイヤ「それはいけません、勝負は勝負ですから。皆さんと距離を縮めるチャンスは、自分で掴み取ってみせます!」
果南(めんどくさいなぁ……ま、そこがダイヤのいいところなんだけどね♪)
次回
第一章Bパート