いや、エタッてないですよ。ちょっと色々忙しかっただけなんです。
ちょっと時間はかかるかもですけど、絶対完結させますんで、お付き合いよろしくお願いします。
「―――なんっなのよあれは!?」
ガコンッ!と、ヨハネは椅子に踏ん反り返り、踵落としでもするかのように乱暴に机に足を叩きつける。
「ち、ちょっと!下にきこえるでしょ!?」
「防音の結界張ってるから大丈夫よ」
慌てて注意する善子に、ヨハネは不機嫌丸出しの表情で頬杖をつく。正直あんまり自分のそう言う顔は見たくないのだが、彼女のイライラの一端は自分にあるので、何も言えなかった。ちょこんとベッドの上に正座し、バツの悪そうに縮こまる。
「……まぁ、あんたがビビって変身できなかった件と、悪魔を仕留め損ねた件に関しては、もういいわ。初めてなわけだし、あんだけ戦えれば上出来でしょ」
「そ、そう……」
「問題はあの悪魔よ! あんなの、今まで会った事ないわ」
自分が責められなかったことにホッとしたのも束の間、イライラしているヨハネに空気がピリピリと張り詰め、善子は自分の胃がキリキリするのを感じた。どうやらヨハネの不機嫌の主な原因は、悪魔そのものにあるようだった。
曰く、悪魔は人間の魂を無差別に食す。
魂とはその生物の「概念」であり、それが食われる、消えることは、死に直結するという。その為にはただ人間を殺すだけではなく、ある程度人間を痛めつけ、恐怖の感情で満たしてから、体から魂を取り出す必要があるらしい。
なんだかポ◯モンみたいだ。と、善子は思った。
「……けど、悪魔が特定の誰かを狙うなんてあり得ないのよ。あいつらにとって人間はただの食料でしかないのに………」
腕を組み思案顔になるヨハネ、しかしその話を聞いて善子はゾッと寒気がした。つまり、もし悪魔が梨子を狙っていなければ、バスが襲われたあの場所で悪魔による大量虐殺が行われていたのかもしれない。
「でも、そもそもなんで悪魔はリリーを……」
「……まさか、ね」
「ヨハネ?」
「なんでもないわ。それにしても、ここに来たのは正解ね。悪魔がいつまた襲いに来るかもわからないし。一先ず見張り番をつけましょう」
手をヒラヒラと振り、立ち上がるヨハネ。その口調には強引に話題を逸らそうという意思が感じられ、善子はそれ以上あの悪魔について追求はできなかった。ヨハネは何処からとも無くぬいぐるみを取り出す。それはAqoursの活動の一環で、善子が沼津に新しく出来たゲーム店で一日店長をした時にもらったぬいぐるみだった。黄色の一頭身に、愛くるしい顔とは対照的な鋭利な紫の角が二本。腕は線で描いたかのように細く、足はない。「下級リトルデーモン」と名付けたそのぬいぐるみには、その証として「リトルデーモン」と書かれた名札が逆さまに貼られている。
「見張り番って……それ、ぬいぐるみなんだけど」
「はぁ?知ってるわよそんなの。バカにしてんの?」
普通にキレられてシュンとする善子。彼女は未だヨハネのキャラを掴めないでいる。
そんな善子には目もくれず、ヨハネはぬいぐるみを床に置くと、今度はクロウクリスタルと同じような、黄色い球体のクリスタルを取り出す。「それは?」と善子が尋ねるが、ヨハネは「黙って見てなさい」とだけ返すと、クリスタルを指先で砕き、破片をぬいぐるみに落とす。
「目覚めよ。虚の深淵より、我の呼び声に応え、その力を示し給え」
手をかざし詠唱すると、ぬいぐるみを囲むように床から幾何学模様が浮かび上がり、光を帯びる。破片まみれになったぬいぐるみは黒い靄に包まれると、ぬいぐるみは消え、代わりに模様の中心には、砕いたはずの黄色いクリスタルが置いてあった。
「はい。これを指先で砕いて見なさい」
ヒョイとクリスタルを投げ渡すヨハネ。目の前で行われた胸躍る光景に釘付けだった善子は反応が遅れ、慌てて受け取る。
しかし手に取ったそのクリスタルは硬く、とても善子の細い指で砕けるようなものとは思えなかった。それに、例え砕いたとしても破片が指に刺さって怪我をする恐れもある。
あんな命を懸けた戦いの後で何を今更という話ではあるが、小さくても痛いものは嫌だ。
ジトっと、ヨハネからの視線を感じ、仕方なく覚悟を決めてボールのクリスタルを摘み、力を入れる。すると、クリスタルには簡単にヒビが入り、霧散するように粒子レベルの細かい破片となって砕けた。
その様子にあっけにとられる善子。淡く光を放つ破片達は床へと降りていき渦を巻くと、徐々に形を成していく―――。
―――ポムン、ポムン。
そんな擬音が善子の脳裏に浮かんだ。柔らかく床を跳ねるそれは、先程ヨハネが取り出したぬいぐるみ。しかし、ソフトボアの生地でできていたはずの体は、ゴムボールのようにツルツルとしていて光沢を帯び、角もより鋭利に禍々しくなっている。
ポムンポムンと細い両腕を動かしながら床を跳ねるその姿に、善子は色んな意味で目が離せなかった。
「『レイドクリスタル』。天界にいたころ私が開発した、無機物に仮の命を与えるものよ。」
フフンっとどや顔のヨハネの解説を右から左に流し、善子は指先で生物と化したぬいぐるみをつついてみる。
「ぽむーん」
喋った。いや、鳴いた。鳴き声もかわいい。しかも柔らかい。スライムを入れた水風船のような触感。
(かわいいっ!!!!!)
色々堪らなくなった善子は、抱きしめようと手を伸ばす。しかし、ヒョイとヨハネに取り上げられてしまった。
「愛玩用に出したわけじゃないのよ。えーっと名前は……ポム太でいいわね。私たちがここにいる間、悪魔が来ないか見張ってなさい。」
「ぽむっ」
一頭身の体を小さく動かし頷く、下級リトルデーモンもといポム太。ムスッとした顔で睨む善子をよそに、ヨハネはポム太から手を離す。ポム太は体をポムンポムンと跳ねさせながら移動する。ベランダまで行くと、一際大きく体を跳ねさせる。それから戻ってこないポム太を心配し、善子もベランダに出て夜空を見上げると、屋根の上で跳んでは落ち、跳んでは落ちを繰り返す黄色いボールが微かに見えた。
「……っていうか、私のぬいぐるみ!なに勝手に使ってるのよ!」
「別にいいじゃない。どーせただ部屋に飾ってあるだけなんだから」
「そういう問題じゃなくて!せめて一言くらい言いなさいよこのドロボウ!」
「ドロッ!?あ、あんたねぇ!いったい誰のおかげで―――」
「よっちゃーん。お風呂あがっ―――何してるの?」
部屋の扉を開ける音が聞こえた瞬間、ヨハネは黒い靄となって消えたため『彼女』にその姿を見られることはなかった。しかし代わりに、咄嗟にヨハネの姿を隠そうとした善子の珍妙な格好をばっちり見られてしまうこととなった。
「な、何でもないわ!いえっ、そう、この体勢は天からの魔力を受け取るのに最も適しているというか、魔術的な儀式というか!」
「あぁ……そーなんだ。よかったね」
誤魔化すために堕天使ポーズをとる善子だが、苦笑いで流された。大方「いつものこと」だとか思われたのだろうが、それはそれで納得のいかない善子であった。
色々な感情をため息と一緒に吐き出し、改めて目の前にいる『彼女』を見つめる。そこには湿った髪を右手に持ったタオルで拭き、モデルのような細い足で歩く、五体満足の桜内梨子がいた。
「お風呂、冷めないうちに入っちゃって。タオルは洗濯機の上に置いておいたから」
††††††
「―――リリー!!マリー!!」
悪魔を撃退してすぐに廃ビルへと戻る善子。状況は全く変わっていない。
気絶している鞠莉。腰から下ががれきの下敷きになっている梨子。鞠莉には悪いと思いながらも、善子は明らかに重症な梨子の方へと真っ先に駆け寄る。
コンクリートの床にできた血の水たまりが善子の体温を奪う。慌てて確かめた脈はまだ動いていたが、さっきよりも遥かに弱くなっている様に感じた。
(とにかく、早く手当てしないと……! まずは血を止めなきゃ……でも頭を怪我してたら下手に動かさない方がいいっていうし……!)
再びパニックになりそうな頭を両手で押さえつける。
二、三度深呼吸をしてスマホを取り出す。素人が悩んでいても答えなんて出てこない。まずは病院に電話して指示を仰ぐべきだと判断した。
震える指で画面を操作する。
焦って何度か番号を押し間違える。
(落ち着け、落ち着けっ――)
必死に自分に言い聞かせる。
血の水たまりがどんどんと広がっていく。
スマホが手から滑り落ちる。
(助かる。病院に連れて行けば、絶対――)
「必要ないわ、そんなの」
衝撃で画面にひびが入ったスマホを手にしたまま善子は固まり、隣に立つヨハネを睨みつける。ヨハネは彼女を一瞥するとため息をこぼし、パチンッと、指を鳴らす。その音に呼応するように黒い靄が現れ瓦礫を包みこむと、重そうな瓦礫はまるで重力を失ったかのように宙に浮かぶ。そして瓦礫の下敷きとなっていた右肘と下半身を目にした時、善子は息を飲んだ。
梨子の膝から下は、もはや原型をとどめていない。赤黒く変色し、血が飛び散り、グネグネに曲がっている。更に、右肘から突き出している、白く、尖った、棒状の何か―――
目眩がしそうなほど凄惨な状態。思わず叫びそうになる口元を善子は抑える。
「もってあと三分。間に合ったとしても、右腕と両足はもう使い物にならないかもね」
ヨハネの声が空白の脳内で反響する。思考が、その言葉の理解を拒絶する。
使い物に、ならない?両足、スクールアイドルは?それにピアノだって、いや、それより、助からないってどういうこと??リリーが、助からない?それって―――
「そもそも、今生きてることが奇跡に近いわ。どうせ助からない命なら―――」
「うるさい!!!」
冷静な、冷淡な、冷酷なヨハネの言葉を、ただ遮るために叫ぶ。
そんなの、認められない。大切な仲間を、やっとできた友達を、諦めるなんてそんなことできない。
呆れたように鼻を鳴らすヨハネを無視し、やっとの思いで電話をかける。
スマホを耳に当て顔を上げた瞬間―――善子は今度こそ頭が真っ白になった。
重症の梨子に覆い被さるように体を近づけているヨハネ。右腕は床につき、左手は梨子の顎に添えて、顔を近づけている。
っていうかキスしてた。
「え………えぇええええええ―――――!?」
思わず手からスマホが滑り落ちる。あまりにも理解不能な光景というかヨハネの行動に顔が真っ赤になる善子。スマホから「火事ですか?救急ですか?」という声が聞こえているが、それどころではなかった。急いで駆け寄り、ヨハネを引きはがそうと手を伸ばす。
「ちょっと! な、ななな何してっ―――!?」
しかし、ヨハネの体に触れる寸前、善子の動きが止まった。見えない力で押さえつけられたわけではない。目の前で起こる変化に、体が思わず固まってしまったのだ。
ある意味ヨハネの下敷きになっている梨子。その体が薄紫色の光に包まれる。そして光は右腕に収束し、直視できないほどの強い輝きとなる。すると、腕は徐々に元の形へと戻っていき、光が収まると右腕には傷どころか土埃一つもついていない綺麗な状態となっていた。ポカンとする善子。気づけば両足も元に戻り、額の血も消えていた。真っ青だった顔色も徐々に良くなる……どころか頬が上気して赤くなり、「んっ……」という艶っぽい声が―――
「って、ちょっ―――」
あまり聞いては行けない類の声に再起動する善子。しかし迂闊に止めてヨハネの治療(?)の邪魔をし兼ねないと考え、大人しくヨハネが梨子に床ドンしてキスしている様子を眺めているしかない。因みに言うまでもなくヨハネは善子の姿をしているので、善子には自分が梨子を襲っているのを客観的に見ているようですっごくいたたまれない。
(というか普通にやめてほしい……)
「んっ……ふ、うっ……」
「ゃ……んっ……ふぁっ……」
そんなことを考えながらもヨハネの行為(!?)は続く。付いていた手を梨子の後頭部へと持っていき、優しく押さえつける事でより奥まで、より細部まで舌を侵入させる。未だ意識を失っている梨子は、ピクンピクンと小刻みに反応し、頬を上気させ、ヨハネの服の裾をキュッと握っていた。
(な、なんか、えっろ……)
花も恥じらう15歳女子高生の善子はその扇情的な光景に思わず顔を覆う。しかし、同時に思春期真っ盛りな彼女は、人差し指と中指の隙間からしっかりと見ていた。
やがてヨハネは梨子の体をなぞる様に手を下に持っていき、スカートの中に───
「ってちょっとマテェェェええいっ!!」
流石に、それはダメだと思ったのか、ヨハネを梨子から引き離す。
二人の間に透明な橋が架かる。それが顔を赤くして息の荒い梨子の顔にかかり、善子の顔を熱くした。
「何よ。体治してあげたんだからちょっとぐらいいいじゃない」
「やっぱり終わってたのね!あんた本当は天使じゃなくて淫魔なんじゃないの!?」
「失礼ね!あんな四六時中エロい事しか考えてない色欲魔と一緒にしないでよ!!私はただ、可愛い女の子とキスするのが好きなだけ!!」
「私の顔で堂々と何言ってんだこの淫乱堕天使―――!」
††††††
『さてと、次はあのボインちゃんね。その子と違って抱き心地よさそう♪』
『お願いだから怪我治すだけにして!』
ブクブクブクブクッ―――!!
梨子より数倍エロかった鞠莉のリアクションを思い出し、顔にたまった熱を放出するように湯船に顔をつけて空気を一気に吐き出す。本当なら叫び声も上げたいところだが、流石にそれは堪えた。
「何やってんのよ?」
「……悪魔よりも厄介な
ラベンダーの香りの浴槽の中で、その原因であるヨハネをジトっと睨みつける。梨子と鞠莉を救ってくれたことには感謝しかないが、方法が方法だけに素直にありがとうとは言いづらかった。そんな視線を堕天使は「あっそ」と気にもせずに髪につけたトリートメントを流している。一緒に風呂に入っていることとか、そもそも天使も風呂に入る必要があるのかとか、色々な突っ込みを善子は放棄した。いちいち気にしていたら闘い以上に身が持たない。
「まぁ、さっきはああ言ったけど、恐らく悪魔は今日は来ないと思うわ。今日の戦いで結構なダメージを与えたわけだし」
なんの躊躇いもなく浴槽に入ってくるヨハネに善子はスペースを空ける。向かい合うように湯船に浸かる人間と天使。膝を抱えて小さく座る善子に対して、ヨハネは縁に両腕を乗っけて大股を開いている。なんというか、もう自分の色んなところが丸見えで善子は堪らず視線を逸らす。ヨハネに注意したところで無駄と言うことは、今日で嫌という程わかっていた。
「それに私も、瀕死の人間の治療と、
「一々憎まれ口叩かなきゃ心配の言葉もかけられないの……?」
やれやれと首を振るヨハネをジト目で睨む。しかし、ヨハネの言っている事は的を得ていた。確かに生まれて初めて戦った善子の身体は疲労感にまみれ、体に痣や傷は残って無いものの、悪魔から攻撃を受けた箇所はジリジリと熱をもったような痛みが残っている。
正直、もう寝たい。風呂から上がって髪を乾かしたら、直ぐにでも自宅のふかふかベッドにダイブしたい。そうできたらどれだけ幸せだろう。だがそう言うわけにはいかない。ヨハネの言うことはあくまでも推測でしかなく、絶対に悪魔が襲いに来ないという保証はない。ヨハネの天界力が無い以上変身すらも出来ない善子だが、自分も起きているに越したことはない。
(明日は練習も休みだし、最悪悪魔が来てもすぐに逃げられる様にしとかないと……)
今日は一睡もしない覚悟を決めて、善子は浴槽から立ち上がった。
(ムリッ!!!)
善子が睡魔の限界を悟ったのは、時計の針が10時を回った頃だった。
女子高生が床に就くにはまだ早い時間だが、風呂場から部屋に戻った際、梨子もうつらうつらと舟を漕いでいたため、せっかくのお泊まりだが今日はもう寝ようという話になったのだ。
因みに梨子は、何故自分がこんなにも眠いのか、身体が疲れているよか分からず首を捻っていた。当然といえば当然だ。彼女は昼間、悪魔から逃げたことも、自分が死にかけたことも覚えていないのだから。
『2人の記憶改竄で、もうクッタクタ』
風呂場でのヨハネとの会話を思い出す。ヨハネは2人に治療する際、悪魔に関する記憶を消し去っていた。その方が都合が良いと考えてのことだが、確かに悪魔についてや、どうやって助かったのか、上手い言い訳は善子には思いつかなかった。
(2人をベンチに運んで、起きてから誤魔化すのはちょっと苦労したけど、話題が直ぐに曜さんのお見舞いに移って良かったわ……)
風邪の具合が酷いとの事で会えなかった曜も心配だが、今は梨子の命を狙っている悪魔の方をどうにかしなくてはならない。
(けど眠いっ!!すぅっごく眠いぃ!!)
(だぁから、寝なさいって言ってるじゃないの)
不機嫌そうな声に身体がビクッと跳ねる。アニメや漫画ではよく使われるテレパシーは、厨二病全開の中学生の頃に善子も何度か試したことがあるほど憧れてはいた。しかし実際に体感すると、頭に直接響く声は気味が悪いし、なにより自分の思考を常に読まれているようで良い気分ではない。
(人間には休養が必要でしょ。悪魔が出てきても、あんたが戦えなきゃ意味が無いんだから。休めるときに休んどきなさい……)
あくび混じりの声は徐々に小さくなっていく。確かに今の状態で悪魔と闘っても、正直負ける気しかしない。諦めて睡魔に身を委ねることにした善子。しかしふと、ベッドの上の梨子が寝返りを打ってこっちに体を向けるのが見えた。
「……」
ゆっくりと、善子は布団から起き上がり、静かに寝息を立てる梨子の顔に手を添える。くすぐったそうに梨子は身をよじるが、ヨハネは手を離さない。手のひらから伝わる、少し熱いくらいの体温と、確かになり続ける脈動をもう少しだけ感じていたかった。
「っ………!」
不意に、瓦礫の下敷きになった梨子の姿がフラッシュバックし、ヨハネの目から涙がこぼれた。
梨子を狙う悪魔。ヨハネの言い分だと、悪魔と遭遇したこととヨハネとの契約は関係ないらしい。たまたま、今日梨子が悪魔に襲われる運命だったということ。
つまり、それは。
もし、昨日善子が占い師と会わなければ
もし、善子が儀式を行わなければ
もし、善子がヨハネの契約を断っていたら
梨子は
(……ちょっと、あんたいい加減に「ねぇ、ヨハネ」
頭に響くイライラとした声を、善子は声を出して遮る。
梨子や鞠莉を助けた方法が方法だけに、素直には言えなかった。
けれど、今こうして梨子が生きていられるのは、間違いなく、ヨハネのおかげだ。
だから、言わなきゃいけない。と善子は思う。
「ありがとう。2人を助けてくれて……、私に、戦う力をくれてっ………、わた、し、とっ……契約してくれてっ………ありがとうっ……!」
泣きながら、嗚咽混じりの感謝の言葉に、少し間をおいてヨハネの声が響く。
(……別に、あんたのためじゃないわ。こいつらが死んで、あんたが立ち直れなくなったり、戦いを拒むようになったら困るってだけよ)
それは、きっと照れ隠しなどではなく、ただの本音。ヨハネにとって重要なのは、悪魔を100体倒し、天使に戻ること。誰が死のうが生きようが、彼女に興味はない。それは善子もわかっている。
「うん。でも……それでもっ、ありがとうっ………!」
梨子を起こさないように、必死に声と嗚咽を押し殺す。
そんな彼女に、ヨハネは何も言わない。
呆れているのか、蔑んでいるのか、それとも……
ふんっ、と小さく鼻を鳴らすような声が聞こえた気がした。それ以降ヨハネの声が頭に響くことはなく、善子もいつのまにかベッドに突っ伏すような姿勢で、深い眠りについた。
確かに今、生きている梨子の手を握りながら。
意識が睡魔に飲まれる寸前、善子は梨子の声を聞いた気がした。
「………よっちゃん……あり、がとう………」