アザミのような貴方へ【完】   作:きょうの

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どうにか間に合った!
11月22日は、いい夫婦の日らしいので。

最終話投稿後もお気に入り登録や閲覧してくださる皆様に感謝を込めて、レルゲン夫妻のその後です





番外
日常の変化


 ぱちり、とその青い瞳が開かれる。

 

 

 『白銀』ターニャ・デグレチャフあらため、ターニャ・フォン・レルゲンの朝は早い。妻となっても軍人生活は抜けず、毎朝同じ時間に目が覚める。

 

 ぐーっと背伸びをした。彼女の艶やかな髪がそれにあわせてさらりと流れる。

 隣では夫がまだ心地良さそうに寝息をたてている。その腕をどかして、彼女は寝台を出た。

 

 

 今日もまた1日が始まる。

 

 

 素早く身支度を整えると、彼女は朝食の準備に取りかかる。

 そのうち、たん、たんと音がして2階から彼が降りてくるのに気がついた。今日も彼女が起きてからきっちり30分後のお目覚めだ。

 

「おはよう、ターニャ」

「おはようございます、エーリッヒ」

 

 キッチンを覗いて挨拶だけ交わすと彼は洗面台へと向かう。彼もまた素早く身支度を整え、玄関に新聞を取りに行く。

 

 彼がダイニングにつく頃には、卓の上に朝食が並んでいた。彼はテレビをニュースにあわせて、席につく。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 ターニャのくせにならって、エーリッヒも手を合わせる。一緒に住み始めた頃から移った癖はすでに二人の習慣になっていた。

 

「今日も寒くなりそうだ」

 

 テレビでは冬物で出掛けるようにと天気予報士が話している。

 

「上空の寒さに比べればまだまだですよ」

「私にはわからない世界だな」

 

 そんな雑談をしながら朝食を終えると、ターニャがコーヒーの準備を始める。その間にエーリッヒは新聞を広げた。

 

 毎朝レルゲン邸に届く新聞は全部で3紙。テレビと共に情報を比較して、時勢を読み取っていく。

 ふたり分のコーヒーを用意し終えたターニャもそこへ合流する。

 

「おや、また上がりましたね」

 

 コーヒーを片手に株価のページをめくっていたターニャが手を止めた。その言葉にエーリッヒは複雑な顔をする。

 

「またか。そろそろ局長から疑われているのだが」

「私はなにもしていないですよ」

「それは知っている」

 

 嬉しいはずなのに苦々しいという、どうしようもない顔のエーリッヒを、ターニャは肩を竦めて笑ってやる。

 

「優秀な妻ではありませんか」

 

 そのとき、ゴーンと柱時計が時間を告げた。

 パッと冗談を止め、ふたりはそそくさと新聞を片付ける。そして、そのままコートを羽織って家を出た。

 

 彼らは今、ある軍事会社を営んでいる。その部下は元サラマンダー戦闘団の部下たちなので、帝国の外部組織と言ってもいいくらいだ。そういった影響もあってか、職場での彼らの呼び名は昔とあまり変わりがない。

 

「おはようございます、隊長殿、参謀殿」

 

 事務所につくとすでに揃っている部下の面々に迎えられた。

 

「おはよう、戦友諸君」

 

 職場に入ると同時に、ふたりの振る舞いは軍人のそれに切り替わる。

 

 

 ターニャにとって、その日は非常に穏やかな日だった。先日終わった作戦の事務処理にさえ集中すればよい。

 代わりに大変そうなのはエーリッヒである。渉外を一手に引き受ける彼は、今日も電話でカンパニーとの連絡が続いている。

 

 その周りではヴィーシャも細々と書類を片付けている。

 実はヴィーシャは今、エーリッヒの秘書をしているのである。ターニャのやり方をよく知っている彼女のおかげで、ターニャが各国を飛び回るときも齟齬が生じることなく合衆国とのやり取りが行われていた。また、社内で唯一魔導師でないエーリッヒを万が一のとき守ってくれる者としても、彼女の力量はターニャが任せられるものだった。

 

 

 

 昼過ぎ、ターニャが昼食休憩から戻ると、エーリッヒがちょうど外出するところだった。訳を聞けば、カンパニーから厄介事が舞い込み、直接打ち合わせが必要なのだという。

 

「すまない。今日は共に帰れると思っていたんだが」

「構いません、仕事ですから。お帰りはどのくらいに?」

「そう遅くはならないはずだ」

「では夕食はお待ちしております」

 

 ターニャの言葉に微笑んで、エーリッヒは事務所を出ていった。彼女がそれだけ見送って再び自分の席につくと、からかいの声が飛んでくる。

 

「あの隊長殿もすっかり奥方ですねぇ」

「参謀殿が羨ましいですよ」

 

 いつものように茶化すのはケーニッヒとノイマンだ。途端に事務所内がわっと盛り上がる。

 

 普段なら叱り飛ばすところだが、今日は作戦終わりで通常業務の他は特別やることもない。今日くらいは許してやるか、とターニャもそれに参加する。

 

「貴様ら、揃って雪中マラソンを希望かね?」

「勘弁してください。隊長殿と違って、俺たちは毎日が寒いんです」

 

 独り身組がそれに大きく頷いた。

 

「あんなに熱々なら少しは分けていただきたいです」

「・・・・・・そんなに言われるほどだろうか」

 

 あまりの言われようにターニャが半眼になると、周りから悲鳴が上がった。「無意識だったんすか?!」から「許すまじレルゲン野郎」までてんやわんやである。

 

 その惨事にターニャがあきれ返っていると、いつのまにか隣に来ていたヴィーシャがクスクスと笑う。

 

「お気になさらず、隊長殿。男どもにはわからないかと。私は微笑ましくていいと思います」

「ひどい言い草だなヴィーシャ」

 

 さすがにヴァイスが苦言を呈す。だが、それさえもヴィーシャは笑って流した。

 

「ヴァイス大尉はお酒癖を治してから仰ってください」

 

 う・・・っ、とヴァイスが詰まる。

 

「こ、これでも酒の量は減ったんだが」

「減ってあれですか?!」

「自覚無さすぎですよ副隊長殿~」

 

 次はヴァイスが槍玉にあげられて事務所は更にざわめいていく。

 

 いい加減ついていけなくなって、ターニャはぼんやりとそれを眺めていた。

 今日の夕飯はどうしようか。

 そんなことを考えながら。

 

 

 

 街が宵闇に包まれた頃、エーリッヒは足早に自宅への帰り道を急いでいた。その顔は不満に歪んでいる。

 思った以上に遅くなってしまった。

 律儀に待っているだろうターニャを考えその足は駆け足になっていく。

 

「帰った。遅くなってすまない」

 

 ばたばたと玄関の戸を開けると、夕食のいい香りがしてきた。

 

「お疲れ様です」

 

 奥からターニャが出迎えた。

 エーリッヒはそれに再度謝りながら、手土産を差し出した。彼女は驚きながら受けとる。

 

「珍しいことをなさいますね」

「嫌いかね?」

「とんでもない。ありがとうございます」

 

 彼女が笑みを見せたので、エーリッヒもようやく表情がほころんだ。

 

 待ちかねた夕食を楽しみ、からだが温まった頃。ターニャがいつもどおり食後のコーヒーを淹れようとするのを、エーリッヒが留めた。

 

「今日は私が淹れよう」

「え?」

 

 座っていなさいと言われて、ターニャはおとなしくそれに従う。

 今日はずいぶん珍しいことをする、と思っていると、背中を向けたままエーリッヒが独り言のようにそれを口に出す。

 

「知っているかね?極東の国では11月22日をいい夫婦の日というらしいぞ」

「はぁ」

 

 確かに遠い心の故国はそんなことを言っていたような気がする。なんでもかんでも取り入れるのはこの世界でも変わらないらしい。

 

 ことり、と音をたて、彼女の目の前にコーヒーが置かれる。

 

「ターニャ、日頃の感謝をきみへ」

 

 彼の差し出したコーヒーから、ゆるやかに香りが広がる。それを感じて、ターニャは眩しそうに目を細める。

「こちらこそ。ありがとうございます、エーリッヒ」

 

 こくりと口にすれば、そのコーヒーは普段と少し違う風味がした。彼もそれに気づいて困ったように眉根を寄せる。

 

「やはりきみが淹れた方がうまいな」

「当然です」

 

 ターニャがふふ、と自慢げに笑う。

 

「あなたと飲むコーヒーは、私の何よりの楽しみですから」

「・・・・・・そうか」

 

 彼女がここまではっきり言ってくれることは珍しい。聞いてるこちらが恥ずかしくなってしまう。耳を赤く染めながら、感謝を伝えてよかったと、エーリッヒは彼女を見つめていた。

 

 

 時間とは不思議なもので、穏やかな時間ほど、あっという間にすぎていく。

 

 

 彼らのそのときも終わりが近づいていた。ふと時計をみれば、もう寝る時間である。こんなときでもからだに染み付いた時間厳守は直らない。ふたりはパタパタと寝仕度を整える。

 そして、いつも通り日が変わる前に寝台に入った。

 

 今日も1日が終わる。

 

「おやすみ、ターニャ」

「お休みなさい、エーリッヒ」

 

 そう言ってターニャは彼に背を向けて寝に入る。エーリッヒはそんな彼女を嬉しそうに包み込んだ。塹壕暮らしが抜けないターニャにとって、無防備な背を預けるのは相応の覚悟が必要になる。それを預けてくれたのはまさに信頼の証だと、そう気づいたのは、実はここ最近のこと。

 

 寝つきのいい彼女は差ほど経たずに寝息を響かせる。

 

 とくん、とくん。

 

 彼の腕の中であたたかな鼓動がリズムを刻む。幸せを刻むその音に誘われ、エーリッヒも眠りについた。

 

 とくん、とくん。

 

 ふたりの眠ったあとも、その音は、しかし確かに脈打っていく。寄り添うように軽やかなリズムを刻み続ける。

 

 とくん、とくん。

 

 ふたりの鼓動に新たなリズムが重なった。

 変化を告げるその鼓動。

 彼らがそれを知るのは、まだしばらくあとになる。

 




こんな感じの書き下ろしを入れた再録本を作ろうとしています。
鋭意執筆中なので、興味のある方は引き続きよろしくお願いいたします。
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