東北伝   作:独田圭(ドクタケ)

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あらすじ

一刀の出来レースという言葉に従者の和は若干の不安を抱きながらも月へと足を踏み入れる。珍しく寄り道せずに目的の人物の元へと向かう主の姿に安心した和は交渉の段取りを一刀に託したのだが……


15. 月の模様がどんな形に見えるかは国によって違うらしい

 ◇

 

一刀「さて、早速本編を始める前に今年度の東北伝の抱負について述べようと思う。

 

今年から本編の冒頭に小ネタを入れる事にした」

 

和「つまり本編とは全く関係の無い話を冒頭に入れるという事ですね。

 

これにはどういった意図があるんですか?」

 

一刀「簡潔に言うと、これにはだなぁ……

 

『文字数を稼ぐ!』というもやし作者の気持ちが込められている」

 

和「……随分とセコい発想ですね(汗)」

 

一刀「……だってアイツ(もやし作者)本編の最低文字数は10000文字以上っていう妙なノルマを課してるから、いーーーーっつも本編書き上げるのに時間喰ってんだよ。

 

少しでも早く仕上げる為に()()(?)テコ入れしただけだ」

 

和「…まぁ作者がそう決めたのであれば私達もソレに従いましょう。

 

もっと他に方法は無かったのかとツッコミたくはなりますが……」

 

一刀「そこは普通にツッコんでも良いだろ。こんな時にツッコミ女王が仕事しなくてどうする?」

 

和「そんな称号要りませんし、あたかもソレだけが私の仕事みたいに言わないで下さい(汗)」

 

一刀「そんな事言われてもなぁ……

 

和はツッコミありきなキャラである訳だし……」

 

和「(私の存在価値とは一体何なのでしょうか……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【月の模様がどんな形に見えるかは国によって違うらしい】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

一刀「ーーとまぁそういう訳だから、月兎一人連れ戻す為だけにそこまでするとは俺には思えねぇ」

 

和「……」

 

一刀の昔話を聞いた直後に和が率直に思った事は本当に凄い御方の従者になってしまったんだなという思いであった(和「前にも同じ事言った様な気が……」)

 

人妖大戦の事なら和もその噂はある程度耳にした事があった。二万以上もの妖怪の大軍をたった八千の兵で退けた伝説的な戦であると。

 

今でも古参の幻想郷住人の間では語り草となっている歴史的大戦を指揮していた人物がまさか自分の主であったなんて……

 

ある意味衝撃ではあったが、一刀が幻想郷で紫と同等の立場にある事に納得がいった。

 

つまり一刀が出来レースだと言った訳は、一刀と対立関係にあった者共が一斉に粛清された事で軍隊の維持を邪魔する者が居なくなったからである。

 

……とは言ったものの、和にはまだ拭えない不安材料があった。

 

それは和の主、北郷一刀が月の民と別れ地上に残った事である。

 

先程一刀が話した内容が全て事実であるとしたら、一刀はもう軍隊とは何の関係も無い部外者である筈。

 

…という事は一刀が退いた最高指導者の地位には他の誰かが就いていると考えた方が妥当であろう。

 

指導者が変われば軍隊の方針も変わる。その方針次第では交渉決裂からの幻想郷侵攻だって有り得る話なのだ。

 

一刀の事を良く思っていない者が上層部以外にも居たとしたら……

 

和「(……一刀様、それでも一刀様は本当に出来レースだと言い切れるんですか?)」

 

開かれたスキマから見える広大な月面を目にしながら、和は声にならない疑問を主にぶつけていた。

 

その答えが出ないまま、二人はいよいよ月に足を踏み入れる。

 

果たして鬼が出るか蛇が出るか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「侵入者の存在を感知しました」

 

月の都の軍隊の数は一刀が指揮を執っていた頃に比べておよそ二倍以上にその数を増やしていた。

 

中でもネットワークの緻密さには余計に磨きが掛けられ、その規模は都の外にまで及ぶ。

 

その都の中心部に位置する建屋のとある一室が軍の最高指導者が使用する執務室となっている。

 

そこで山積みの書類と格闘している現最高指導者の綿月依姫(わたつきのよりひめ)はたった今都を警備していた兵士の報告を受けていた所であった。

 

…全くこんな時に限って仕事が多い。

 

普段の調練に加えて月兎が脱走した場所の特定、脱走の理由を詳細に纏めた報告書の提出。前者はともかく後者は一刀だったら「知らねぇよ」の一言で済ませそうな事を律儀な依姫は月の王に報告する為に執務室に籠りきりで書類を纏めていた最中の警備隊からの報告。

 

愚痴の一つでも零したくなる気持ちを抑えて、依姫は努めて冷静に対応する。

 

依姫「…人数はどの位だ?」

 

月兎が脱走した場所の特定はある程度出来ている。

 

恐らく()()は幻想郷なる場所に逃げ込んだ筈だ。何故ならあの場所には月と深い関わりを持っていた者が住まう場所であるからだ。

 

月の姫として産まれ落ちながら禁忌とされてきた蓬来の薬を使用した罰で地上に落とされた蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)。

 

月の民を裏切ってでも輝夜と共に生きる道を選んだ月の頭脳、八意永琳。

 

……そして後一人、依姫達月の民が一時たりとも忘れた事の無いあの男。

 

あの人妖大戦を勝利に導き、その後一人地上に残った我らが英雄、北郷一刀。

 

今でも彼の存在は伝説とされ、あの月の王ですらも一刀には一目を置いていた。

 

それ故に幻想郷に攻め入るのは得策とは言えない。戦力という面で言えばこちらに分があるが、彼等を敵に回す覚悟は正直言って無い。

 

だからこそ依姫は判断に迷った。もし幻想郷住人が総出でこちらに攻め入ってくれば、いくら精鋭揃いでも軍を整えていない為に後手に回る恐れがある。

 

「人数は2人。片方は妖怪だと思われます」

 

依姫「……は?」

 

しかし、依姫の予想に反して数はたったの二人であった。兵士からの報告に依姫は目を丸くする。

 

こうなると月の都を攻め入るという可能性は薄くなる。いくら武に自信があったとて、万を超す軍隊を相手に僅か二人で挑む阿呆は居ないだろう。嫌、それを可能とする人間を一人知ってはいるが。

 

そうすると何か別の目的があって来たのか……

 

都の門前を護る守備隊が血相を変えて執務室に入ってきたのは依姫が思案顔で思考を巡らせている時であった。

 

依姫「何かあったか?」

 

「至急依姫様との面会を求める者が現れました!」

 

依姫「……面会?」

 

面会自体はそれ程珍しい事でもない。大体半年に一回ぐらいの頻度で上は月の王から下は月の民まで依姫の元を訪ねて来る。

 

しかし、それにしては守備隊の表情がどうもおかしい。月の王が相手でも表情を崩さない兵がやけに切羽詰まった顔をし、まるで()()()()()()()()に出くわしたかの様である。

 

依姫「数は?」

 

「恐らく2人と思われます」

 

依姫「2人か……」

 

先程の兵の報告も二人だと言っていた。これらを踏まえると、侵入者とおぼしき二人と依姫に面会を求める二人は恐らく同一人物だと思われる。

 

一体目的は何なのだろうか……

 

そんな事を考えている内に執務室の外がやけに騒がしくなってきた。

 

「いけません!いくら貴方様でも依姫様の了解無しではここを通す事は出来ません!」

 

「そんな細けぇこたぁ良いんだよ。つべこべ言わずに中に通せ」

 

「それは出来ません!!依姫様は今忙しくて面会している場合では無いんです!ですからまた今度にでもーー」

 

「じゃかましい。もう中に入るぞ」ズカズカ

 

「あぁちょっと!?」

 

慌てて制止を促す兵の声とは対照的にもう一人の男の声はどことなくかったるく、それでいて強引だ。

 

しかしこの声、どこかで聞いた事ある様な……

 

そうこうしている内に痺れを切らした男が兵の制止を振り切って依姫の了解も得ないまま、勝手に執務室の中に入ってきた。

 

依姫は目を凝らすも、廊下から射し込む照明の光が逆光となって男の顔までは確認出来ない。

 

その男は徐々にこちらへと近付いてくる。依姫は多少警戒しながらも、その人影をじっと見続ける。

 

「…オメェこんな暗い中で仕事してんのか。目ェ悪くなるだろ」

 

やがて人影は依姫の目の前まで近付き、机に備え付けてある照明の光が男の顔を照らし出した瞬間……依姫は固まった。

 

その男の顔を忘れた事は一度も無い。いつかまた会えると信じて止まなかった()()()()が、今自分の目の前に立っていた。

 

一刀「よぉ、元気にしてるようだな」

 

依姫「か……一刀様!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

時は少しだけ遡り、一刀と和が月面に降り立った時。

 

一刀曰く悪趣味な紫のスキマを抜けて、月へと辿り着いた一刀は到着するや否やボソリと一言。

 

一刀「…何も無ぇ」

 

本当に何も無い。少し先に都の明かりが見えるが、それ以外は多少のクレーターがある程度で塵の一つも落ちていない殺風景な光景である。

 

月の裏側には高層ビルが建ち並んでいると何処ぞの誰かは言っていた気がしたが、実際ビルなんかはどこにも無く平屋が連なる都がポツンとあるだけにしか過ぎない。

 

本当地上に残って良かったと一刀は思う。

 

とにかく退屈をとことん嫌う一刀が仮に月に移住したとしても、娯楽が無い都に飽きて早々に立ち去っていたと思う。

 

どちらにせよ、一刀は地上で生活する運命だったのかも知れない。

 

和「一刀様、この周辺……」

 

一刀「あぁ、びっしりあるなぁ」

 

だが何も無いからと言って手付かずだとは限らない。他の者なら誤魔化せても、二人の目は誤魔化せない。

 

一見何も無い様に見えても、月面の至る所に網目の様に張り巡らされた結界が都を中心に広がっている。

 

さほど結界には詳しくない二人だが、身近に結界を操る者が居る為どんな種類の結界かはある程度分かる。

 

一刀「恐らくコイツは連絡用の結界だな。大体こういうのは触れたら結界を管理してる奴に連絡が行く仕組みになってるんだろ」

 

キメが細かく人間の背丈以上の高さの結界を普通に潜り抜ける事は一刀でも不可能。都の防犯対策としては文句の付けどころが無い。

 

和「一刀様、どうしますか?能力を使いますか?」

 

一刀「そこまでする必要は無ぇさ。

 

言っただろ?コイツは完全な出来レースだって」

 

寧ろそっちの方が都合が良いと言って一刀は都に向けて歩き始めた。和もその後に続く。

 

暫く歩くと都の中へと続く門に到着した。門の両脇には守衛のお務めに励む兵士が一人ずつ立っている。

 

その内の一人が一刀の姿を視界に捉えると非常に驚いた顔をした。

 

「……北郷様!!急にどうされたんですか!?」

 

一刀「よう、ちょっと中入るぞ」ズカズカ

 

「イヤイヤちょっと待って下さいって!」

 

軽い挨拶だけで門を素通りしようとした一刀を兵士は慌てて引き止める。紅魔館の時もそうだったが、門番に入門の許可を取るという常識がこの男には欠落している。

 

「せめて用件を伝えて下さい!」

 

一刀「あのなぁ、俺は今からこの中に入る。オメェはソレを黙って見送る」

 

「はぁ……」

 

一刀「じゃあそういう事で」ズカズカ

 

「イヤ意味が分かりませんよ!!」

 

和「……(汗)」

 

一刀の横暴な発言に振り回される兵士を見て、和はどこか親近感を覚える。客観的に見たら自分も我が主とこんな掛け合いをしているんだろうなぁと改めて気付かされる。

 

そんな和も一刀の後に続いてしれっと都の中に入ろうとしていたのはここだけの話だが……

 

一刀「分かった分かった。そこまで言うなら手短に伝えるが……

 

綿月姉妹と話がしたい」

 

「……ですが、お二方は現在とても忙しくて面会出来るかどうかは分かりませんがーー」

 

一刀「そんなこたぁ知らん。良いからさっさと確認を取ってこい」

 

「はい、只今!」

 

渋る兵を一刀は鶴の一声で動かす。強制をしている訳では無い。ただ上下関係の厳しい軍隊であるが故に暗黙の了解として自然と染み付いていった。

 

余程無理難題を吹っ掛けられない限り、断るという選択肢は兵達には無い。

 

兵が綿月姉妹に確認を取りに場を離れて僅か一分と少々、しかし一刀は……

 

一刀「遅い」

 

和「まだ1分しか経ってませんよ!?いくら何でも早過ぎます!」

 

一刀「仕方ねぇ、こうなったら俺が直接出向くしか無ぇなぁ」ズカズカ

 

「北郷様!いけません!!」

 

和「ちょっと一刀様!?」

 

もう一人の兵の制止の声にも聞く耳を持たずに一刀は都の中へと足を踏み入れる。

 

横暴な主の振る舞いに和は心中溜め息を漏らしつつ、兵に「申し訳ありません……」と断りを入れて一刀の後を追っていった。

 

門前に一人残された兵士は「そう言えばあの娘は何者なのだろうか?」と今更ながらそんな疑問を抱いていた。『一刀様』なる発言をした事から、ある程度親密な関係である事は推測出来る。

 

……が、それ以外の事はサッパリ解らないので「まぁいっか」と考える事を止め門番の任務に戻るのであった。

 

さて、門から一歩中に足を踏み入れるとそこはもう別世界。生まれて初めて月の都に降り立った和はまず最初に都のきらびやかさに目を奪われていた。

 

道にはクレーターどころか塵の一つも落ちておらず、建物の造りもまるで世界遺産の建造物かと思わせる程色彩が豊かだ。こんな光景は幻想郷ではまずお目に掛かる事は無い。

 

良く整備されていると和は思う。

 

和が呆気に取られている間も主の一刀は興味無しと言わんばかりにひたすら街中を突き進む。こういう時いつも道草を食ってばかりの主らしからぬ姿。

 

どういう意図があるかは知らないが、一刀の手綱を握らなくて済むので正直助かる。それに我が主が珍しくやる気に満ちているので態々水を差す様な事はしまい。

 

一刀の背中を見つめながら、今回の依頼は意外と早く遂行出来るかも知れないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に思っていた時期が和にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

一刀「イヤだからぁ、あれだけ広大な敷地があるのに娯楽施設(テーマパーク)の一つも無いのは勿体無いとは思わんかね?」

 

依姫「……言われてみれば確かにそうですね」

 

一刀「だろ?オメェも最高指導者の地位に就いてるんだから、そこら辺の気も配ってやらんと部下から不満が出るぞ」

 

依姫「申し訳ありません。以後気を付けます」

 

和「話し合いはどうしたんだぁーーーーッ!!(怒)」

 

制止を掛ける兵士を押し退けて執務室に侵入した一刀が兵士で囲まれた机で忙しなく動く依姫に声を掛けると依姫は非常に驚いた表情をした。

 

話を聞くと何でもこの二人は師弟関係であったらしく、月の軍の最高指導者に就いていた当時の一刀が綿月姉妹の教育係を任されていたと言う。

 

その内の一人が現在一刀と対面している綿月依姫である。その依姫曰く自分の姉、所謂一刀のもう一人の弟子は別の仕事に駆り出されているんだとか。

 

会えない期間が非常に長かった為に久々の再会で近況報告も兼ねた馴れ初め話は暫くの間続いた。

 

……ここまでは良い。積もる話が山程あるのは和にも理解出来る。

 

ところが昔話も一段落してそろそろ本題に入るんだろうなぁと思っていた和の思惑は見事に外れて、一刀が「ここは何にも無い」と言い出したのを皮切りに話は本来の主旨とは違う方向へとズレていった。

 

何がどうしてそうなったかなど敢えて言うまい。ただ主はいつも通りであったとだけ言っておこう。

 

一刀「何言ってるんだ。コレも立派な話し合いだろ?」

 

和「意味合いが全然違うじゃねぇか!!」

 

一刀「だったら俺達は何の用があってここに来たんだ?説明プリーズ(笑)」

 

和「交渉しに来たんですよ!忘れたなんて言わせねぇぞ!!(怒)」

 

一刀「そんな昔の事などとうに忘れたわ!」

大威張り

 

和「フザケんなぁーーーーーーッ!!(怒)」

 

依姫達との昔話は鮮明に覚えているクセに何故つい何時間か前までの話を忘れているのかこの男は。

 

ちなみに和が自己紹介をした際、依姫は彼女が妖怪である事を直ぐに見抜いた。

 

しかしかつて自分達の住む都を壊滅しようとした憎っくき敵である筈なのに、依姫を始めとした兵士達が何の行動も起こさなかったのは一重に一刀の教育の賜物だと言える。

 

そこだけは主の一刀に感謝すべきであろう。……そこだけは。

 

依姫「……交渉?一体何の事ですか?」

 

和の一言に反応したのは一刀ではなく依姫。どうも先程までの娯楽施設のうんたらかんたらとは違う事情があると察した依姫は一刀に問い掛ける。これにより話は無事軌道修正された。

 

一刀「えっと……何だったっけ?」

 

和「本気で忘れたんですか!?」

 

依姫達との過去話は覚えているのに何故ついさっきまでの依頼の話は以下略。

 

一刀の頭の中では依頼の件よりもテーマパーク建設の話の方が優先順位は上らしい。悪いけどそっちの方は後にしてはくれないか。

 

我が主がこの様子では話にならないと思った和は自分から事の顛末を依姫に伝える事にした。

 

和「……月の都からの脱走兵が幻想郷に流れ着いたという話はご存知ですか?」

 

依姫「あぁ、既に特定済みだ」

 

知っている前提で聞いてみたところ、やはり当たりであった。

 

何故和は依姫が月兎の居場所を知っている前提で話を進めたのかというと、月兎の脱走ルートを逆算したのと都の外を埋め尽くす結界の存在が大きかった。

 

和が思うに月の軍隊が今日まで一つの組織として存続出来た理由を一つ挙げるならば、情報を味方に付けていた事が一番の理由だと考える。

 

今でこそ情報の取得手段はメディアやインターネット等と簡略化されているが、大昔の時代には当然そんな物は無く自分の足を使って掻き集めるしか情報を得る事が出来なかった。

 

故に和を始めとした多くの者は見聞を広める旅をしていたのだ。

 

その点月の軍隊は情報収集という分野で他を大きくリードしていたと言えよう。一刀が中心となって確立させた軍独自のネットワークは今や軍のみならず月の都の生命線となっている。

 

それだけ強固なネットワークを駆使すれば、脱走兵の尻尾を掴む事など容易に等しい筈。一刀の昔話を聞いた和はそこまで分析していた。

 

更に一刀でさえも能力を使わなければ突破不可能な結界をただの月兎兵が潜り抜けられるとは到底思えない。触れたら結界の管理者に連絡が行くシステムである以上、侵入者及び脱走兵の情報は瞬く間に丸裸にされるのは至極当然の事。

 

後は結界に触れた痕跡を辿れば月兎兵がどこに向かったか直ぐに解るだろう。

 

和「今回私達はその件でお話があって来たのですが……

 

幻想郷への侵攻を考え直してはもらえませんか?」

 

依姫「……」

 

和「月の軍隊がどれ程の強さかは私には正直解りかねますが一刀様が創り上げた組織であるならば、その兵力は私達幻想郷の住人が総出で迎え撃っても太刀打ち出来ないものだと思います。

 

故に今、月の都を敵に回す事は避けるべきだと私は思います」

 

紛れもない事実を和は打ち明ける。

 

個々の能力だけで言えば飛び抜けている者は何人かは居るが、それもほんの一握り程度で月の軍隊と互角に戦うにはやはり物足りない。

 

それに統率や情報量という面でも月の軍隊に圧倒的に劣る。仮に月から宣戦布告を突き出されたら負け戦になるのは確実である。

 

しかもその軍隊を創り上げたのは和の主である北郷一刀。だらしない様に見えてその実妥協を許さない一刀が中途半端な組織造りをやる訳が無い。

 

その一刀が和に続けとばかりに依姫に語り掛ける。

 

一刀「……俺としても今月の奴等と戦うのは得策じゃねぇ。

 

依姫、オメェの事だから紫が月に細工してる事ぐらいとっくに気が付いてるだろ?」

 

依姫「はい」

 

一刀「だとしたら俺達がここに来た意味も……オメェなら解るな?」

 

依姫「……はい」

 

和「……一刀様、やっぱり覚えているじゃないですか」

 

一刀は単にボケで忘れていたフリをしていた様に思えるが実際は違う。

 

綿月依姫と北郷和、この二人は性格が良く似ていると両者と深い関係にある一刀は思う。

 

パッと見クールで責任感が強く正義感も強い反面、情に流されやすく押しに弱い。

 

似た者同士であるという事は物の考え方も近いのではないかと考えた一刀は、両者の距離を縮める事を目的で交渉の口火を和に託した。

 

結果としてソレが上手くいったかどうかは定かではない(手応えをあまり感じなかったので)。ただ依姫の反応が思っていた程悪くはなかったので収穫はあったと思える。

 

礼儀作法のいろはを独学で学び、自分の物にしていった和の立ち振舞いは大変様になっている。一刀の従者である事を知った時から疑いの目は無かったが、依姫は和の評価を上方修正した。

 

依姫「私達月の軍隊の練度は一刀様が創設した当時に比べて随分進歩しています。その気になれば侵攻は可能ですがーー」

 

そこまで言ったところで外の様子がまたも騒がしくなってきた。

 

ドタドタとやけに慌ただしくこちらに近付いてくる足音。あれ、何だろうこのデジャブ感……

 

どうやら依姫はその足音の正体を知っていたようで大袈裟とも言える溜め息を吐き、一方の一刀も大方の予想が付いていたのか顔がニヤついている。

 

唯一何も知らない和だけがキョトンとしていた。

 

ドタドタドタ……

 

ダァン!!

 

一刀達が来た時と同様に見張りの兵士が制止を掛ける……間も無く扉を吹き飛ばすのではなかろうかという勢いで開き、それでも尚猛スピードで人影はこっちに向かってくる。

 

ソレを見て自分の予想が正しかった事を確信した一刀は満面の笑顔で両手を広げ、従者の和は一応警戒しとこうと白龍に手を掛ける。

 

??「ほーんごーさまぁーーーーーーッ!!」

 

チュドォーーーーーーン!!

 

執務室に入ってきた女性と思しき人影がスピードを殺さぬまま一刀にダイブ。そのまま一刀は女性に押し倒された。

 

しかも一刀が押し倒された場所というのが今さっきまで依姫が書類を纏めていた机の上。それがこの女性の来襲により綺麗に束ねられていた書類の山は一瞬にして舞い散り、床へと派手に散乱する事となった。

 

依姫「……(怒)」

 

依姫は明らかに怒っていた。一日中執務室に籠りっきりで長い時間を費やしてようやく仕上げてきっちり日にち順に束ねていた報告書やその他諸々が今では無惨なまでに床に散りばめられている。

 

費やした労力がどれ程のものかを完全に理解する事は出来ないが、まぁここまで盛大にされて怒るなと言われる方が無理だろうと傍らで見ていた和は思う。

 

般若の面を被った依姫は自身の労力を無下に扱った元凶の元に静かに歩み寄る。そしてこれまた静かに元凶に語り掛ける。

 

依姫「……姉上」

 

……。

 

返事が無い。どうやら姉上なる女性はまだ一刀との再会の余韻に浸っているようだ。そうと解れば二度目はもう遠慮などしない。

 

依姫の身体からどす黒い負の感情が溢れ出す。和は直ぐに気付いたが姉上なる女性はソレに気付くどころか、依姫がすぐ近くに来ている事にすら気が付いていなかった。

 

大きく息を吸い込み肺を空気で満杯にした後、しっかりとタメを作って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

依姫「姉上ェーーーーーーーーッ!!(怒)」

 

ドゴォーーーーーーーーン!!

 

地鳴りが起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

??「……もぉー依姫ったら、もう少し再会の余韻を味わってても良いじゃないの~」プンスカ

 

依姫「…姉上のお気持ちは察しますが、コレを見ていただきますか(怒)」

 

妹の依姫に烈火の如く叱られても全く懲りた様子を見せないのは綿月豊姫(わたつきのとよひめ)。一刀が教育係となって面倒を見ていた綿月姉妹の姉の方である。

 

先程一刀にダイブしたのもこの豊姫。その性格は非常にマイペースで、委員長気質の依姫とはまるで正反対。

 

果たして生まれつきなのか、それとも一刀の影響か。

 

そんな豊姫に依姫は机を指差す。机にあった筈の書類は全て床に散り散りとなっていた。

 

豊姫「あら、床が散らばっているじゃない。

 

依姫、ちゃんと片付けしてるの?」

 

依姫「誰のせいでこうなったと思っているんですか!!(怒)」

 

和「……」

 

……何故だろう、和は月に足を踏み入れてから何かと親近感を覚えるばかり。情報の伝達や技術力などあらゆる分野で優れている月だが、そこに住む者達は幻想郷の人妖達と大して変わらないのかも知れない。

 

和は幻想郷を代表するトラブルメーカーの案本単(あんぽんたん)をチラリと見やる。

 

その案本単こと北郷一刀は和の視線に気付く事無く、「仲のええ姉妹やのぉ~」と呑気に姉妹の痴話喧嘩を眺めていた。

 

和は主に聴こえぬ程度の溜め息をソッと吐いた。

 

豊姫「それより北郷様が何の用事があって月に来たの?」

 

依姫「……それよりって(汗)」

 

豊姫の登場により再び脱線した話が元に戻りそうな感じがしたので、和は話し合いを主に任せてせっせと床に散らばる書類を片付ける兵士達のお手伝いを買って出た。

 

和「…あの、私も手伝います」

 

「宜しいんですか?……ありがとうございます!」

 

豊姫「あら、ありがとね。妖怪さん♪」

 

依姫「本来は姉上が片付けるべきなのですが…」

 

和「……」

 

豊姫には自分の紹介をまだしていない筈だが、こうもあっさりと正体を見抜かれるとは……

 

流石は綿月姉妹の姉と言ったところか。ぽわぽわしたイメージに反して中々侮れない。

 

彼女らの目利きの凄さを垣間見たところで和は雑務に取り組む。こういう仕事は主に主(紛らわしい)のせいで散々やらされているので実に手馴れている。

 

一刀「…まぁザックリ説明すると、『幻想郷への侵攻止めちくれぇ~』って言いに来た」

 

豊姫「…依姫はどう思ってるの?」

 

依姫「姉上の判断に任せます」

 

豊姫「そう、分かったわ。

 

北郷様、私達は元より幻想郷を敵に回すつもりはありません。高々月の兎一人を取り戻す為だけに北郷様達と刃を交えたくはありませんよ♪」

 

一刀「はーい、交渉成立。

 

そんじゃあ次は娯楽施設建設の話をしようか」

 

綿月姉妹「「はい(はーい)」」

 

月の使者との交渉は難航を極めると思われたが、事の外呆気無く話が纏まった為に一刀は寧ろこっちが本題と言わんばかりにテーマパーク建設の話を進める事に。

 

その後綿月姉妹から「折角だから泊まってゆくと良い」と言われた一刀は和の返答も聞かぬまま勝手に了解するのであった。

 

当然ながら後でこの事を知った和からキツイお説教を喰らう羽目になるのだが……

 

それはまた次回の話で。

 

 

 

 




一刀「万事屋組としての異変解決を期待してた者達よ、残念だったなハッハッハッ」

和「あくまで異変解決は博麗の巫女…つまり霊夢さんの仕事ですので、直接的な関わりが無い限り私達が異変解決に動く事は今後もございません。

読者の皆様、どうかご理解の程をお願い致します」

一刀「永夜抄編は紅魔郷編と違うて結構長なるかも知れんってあのポンコツもやしは言いよった」

和「確かにボリュームはありそうですよね。これは2、3話で終わりそうな感じではありませんね」

一刀「まぁ今言えるこたぁ、和のもう1つの顔が拝めるって事だけだ」

和「まだあるんですか!?これまでにも随分あったと思うんですが……」

一刀「ポンコツもやし曰く、今後も和ちゃんのアレやソレを出していくつもりだそうだ」

和「…敢えて多くは言いませんが、目的は一体何なのですか?」

一刀「……そりゃ勿論夜食のオカズにーー」

和「やっぱソレか!!」

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