灰色騎士と黒兎   作:こげ茶

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3話:<鬼の力>

 

 

 

 

 パルムでは、教官と同じくトールズの卒業生だという方から人形兵器の情報を得ることが出来た。パルムの東、アグリア旧道にある高台―――――そこに、飛翔する3つの影を見たという情報。

 

 馬に乗って依頼の<染料集め>のためにアグリア旧道、セントアーク、パルムと長距離を走ったわたしたちは疲労しながらもその高台にたどり着き。

 

 

 

 

「――――大昔の石碑、でしょうか」

「ああ、たぶん精霊信仰の遺構だろう」

 

 

 

 ぽつんと立っていたのは小さな石碑。

 意味ありげな雰囲気に近づいてみると、不意にリィン教官が胸を抑え。

 思わずなにか声を掛けようとしたところで、振り返ったリィン教官が叫んだ。

 

 

 

「総員、警戒態勢!」

 

 

 

 その声に応えるかのように現れたのは、二体の巨大な拠点防衛用の人形兵器ゼフィランサス。空中に浮遊し、多様な弾丸を放つ、午前中に戦った中型のものとは比べ物にならないほどの強敵で。

 

 

 

 

 

「全力をもって撃破するぞ!」

 

「イエス・サー!」

「ヴァンダールが双剣、参る!」

「(……リィン教官)」

 

 

 

 全力で戦うべきなのに、余計なことを考える余裕なんてないのに。それなのにリィン教官が胸を抑えていたこと、そして午前中の大森林でも様子がおかしかったことが妙に気になった。

 

 

 

 

(………なんとか、リィン教官の負担を減らさないと)

 

 

 

「―――――解析、開始します」

 

 

 ディフェクター⊿、解析された情報が脳裏をよぎり、その中でも特に重要だと思われる情報だけ叫ぶ。

 

 

 

「封技と風のアーツが有効です、リィン教官―――!」

「二の型……<疾風>!」

 

 

 

 瞬く間にリィン教官が二体のゼフィランサスを怯ませ、その一体にクラウ=ソラスが殴打を食らわせる。もう一方にはクルトさんが素早い連続斬りを浴びせかけ、更にユウナさんが追撃をかけるの目の端に捉えながらも、目の前の一体に追撃をかける。

 

 

 

「―――クラウ=ソラス! ブリューナク、照射!」

 

 

 

 <堅守>―――戦術リンクによる連携で敵が苦し紛れに放った弾丸を、わたしの前に飛び込んだリィン教官が防ぎ切る。

 その隙に敵の眼前にクラウ=ソラスを飛び込ませ、至近距離から敵の胸部にブリューナクを浴びせかけた。

 流石の大型人形兵器も熱線で撃ち抜かれるのを嫌って僅かに距離を取り――――二体の人形兵器の距離が近づいた瞬間、クルトさんが仕掛けた。

 

 

 

「――――ヴァンダールが双剣、受けるがいい! ラグナ――――インパルス!」

 

 

 

 舞うような、流麗な連撃。そしてそこから雷と一体化したかのような強烈な突撃。

 その奥義が終わるよりも前、リィン教官が何かするより前に、わたしはクラウ=ソラスを呼び戻す。

 

 

 

「トランス、フォーム…! シンクロ完了――――アルカディス・ギア!」

 

 

 

 完全にクラウ=ソラスと一体化し、わたし自身の足という機動力の問題を解消。零距離の接続でフルパワーとなったクラウ=ソラスの斬撃が、クルトさんの奥義の余波で動けないゼフィランサスのうちの一体を真っ二つに切り裂き――――。

 

 

 

「―――――ブリューナク、照射!」

 

 

 

 

 再びの至近距離のブリューナク、しかも今度はフルパワーの照射が容赦なくゼフィランサスの中枢となるパーツを融解させ。自爆に巻き込まれる前になんとか距離を取る。

 

 

 

 

「っ……シンクロ、解除」

 

 

 

 インナースーツから制服姿に戻ると、今日一日の疲れが一気に押し寄せてきて、座り込みそうになる。

 

 

 

 

「す、凄っ……って、無茶しすぎよ!?」

「……いえ、クルトさんが隙を作ってくれていましたし」

「いや、思った以上にタフだったからな。トドメを刺してくれて助かった」

 

 

 

 戦闘が終わり、わずかに弛緩した空気が漂う。

 ユウナさんとクルトさんがわたしに駆け寄ると、黙ったままのリィン教官にユウナさんが気づいた。

 

 

 

「教官も黙ってないで何か――――って、教官?」

「気を抜くな……俺の同窓生は、幾つの影を見たと言った?」

 

 

「3つの影――――」

 

 

 

 

 油断した。

 もう一度クラウ=ソラスを呼び出そうとしたまさにその瞬間、わたしたちの背後にゼフィランサスが姿を現す。――――それも、今にも自爆しそうな状態で。

 

 

 

「クラウ――――」

 

 

 

(間に合わない…?)

 

 

 

 止まりそうになる思考をなんとかつなぎとめ、せめてクラウ=ソラスを爆風の盾にできないかと思ったその瞬間。

 

 

 

「オオオオオオオッ……!」

 

 

 

 

 咆哮と共に、リィン教官が“変わった”。

 白い髪、禍々しい闘気。<鬼の力>を開放したリィン教官はこれまでにない速度で、呆然とするわたしたちの間を抜けると、焔を纏った螺旋の斬撃がゼフィランサスに致命的なダメージを与えて爆散させた。けれど、それは―――――その力は。

 

 

 

 脳裏に、倒れたリィン教官の姿がフラッシュバックする。

 北方戦役でその”力”を開放し、3日間も眠り続け、苦しんでいた姿が。

 

 

 

「す、凄い……」

「い、今のは……」

 

 

 

 

「―――リィンさん……っ!」

 

 

 

 

 何もできなかった、止められなかった――――渦巻く後悔をかなぐり捨てて、リィンさんに駆け寄る。どうして、なんて訊くことはできない。リィンさんなら誰かのために躊躇うことはしないことくらい知っている。

 

 けど、それでも…っ。

 苦しそうに胸を抑えて蹲るリィンさんに、胸が痛くなる。

 

 

 

(――――どうして、わたしは何もできないの…?)

 

 

 

 パートナーなのに。苦しむリィンさんにしてあげられることが何も思いつかなくて。安心させようと笑うリィンさんに胸の中をかき乱されたような気分になる。

 

 

 

 

 

「……大丈夫だ。一瞬、開放しただけだから。とっくに戻っているだろう?」

「だ、だからと言って……」

 

 

 

 一瞬だから、戻ったから、大丈夫?

 ……一瞬なら平気だという保証も、戻るという確信もないのに? そんなに、そんなに苦しそうなのに…?

 

 

 

「―――またあの時(・・・)のようになったら、どうするんですか……!?」

 

 

 

 鬼の力を開放し続けて――――もう二度と目を覚まさないのではとまで思ったのに。

 胸が痛い。わたしに感情と呼べるほどのものなんてない筈なのに、どうしても平静ではいられない。

 

 

 

「他に手は無かった……だが、心配をかけてすまない。ハハ、生徒に心配かけるようじゃ教官失格かもしれないな」

 

「笑いごとではありません…っ! どうして…っ、どうして貴方は――!」

 

 

 

 

 

 どうして、そんな風に笑うのですか。

 どうして、誰かのために命を投げ出そうとするのですか。

 どうして、自分だけで苦しもうとするんですか。

 

 どうしてそんなに、自分を大切にしてくれないのですか―――。

 言葉にしてしまえば、たったそれだけのこと。なのに、言いたいことが多すぎて言葉にならなくて。

 

 

 

――――どうして、わたしはこんなにも胸が苦しいんですか。

 

 

 

 

 

「はは……まあ、病気とは違うがちょっと特殊な“体質”でね。気味悪いかもしれないが極力見せるつもりはないから、どうか我慢してもらえないか?」

 

 

 

 

 ぎり、と拳を握りしめる。

 収まりかけたよくわからない衝動がまた膨れ上がり、その衝動のままに口を開こうとした直前で、ユウナさんが叫んだ。

 

 

 

「が、我慢って! そんな話じゃないでしょう!? 今のだって、あたしたちを助けるためじゃないですか!」

「危ないところを、ありがとうございました。その、もしかして――――」

 

 

 

 

 何か言いたそうなクルトさんを遮って、リィン教官は煽るように言った。

 

 

 

 

「まあ、それはともかく3人とも対応が甘かったな。きちんと情報を聞いていれば残敵を見落とすこともなかったはずだ。初日だから仕方ないが、“次”には是非、活かしてもらおうか」

 

「くっ、この人は~……!」

「今回に関しては、まったく言い返せないけどね」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、付近を捜索したものの人形兵器はそれ以上現れず。

 怪しげな人影にも遭遇しなかったため、パルムに一旦戻り、そのまま最後の人形兵器の目撃ポイント――――パルム間道に向かうことになった。

 

 

 そして、そこでも現れたのはリィン教官の知り合い。

 ……しかも、また女性。不埒な知り合い……ではなさそうですが。釣り仲間、と聞くとそこでも女性に繋がるのですか、と思わず言いたくなる。

 

 しかしその方はなんと不審な機械の駆動音のようなものを聞いたという。

 すぐにその場所へ向かうと―――――あったのは、古いコンテナなどで完全に塞がれた道。明らかに不審だった。

 

 

 

 

「このままじゃ通れそうにないな。どこか他に上がれそうな場所は――――」

 

(……これ以上無駄な時間をかけるわけには)

 

 

 

 そんなことをしたらただでさえ具合の悪そうなリィン教官に無駄な負荷がかかることは間違いない。ざっとコンテナの耐久性を目視で推定し。

 

 

 

「いえ、問題ないかと―――――<ブリューナク>」

 

 

 

 本日何度目かの熱線が完膚なきまでにコンテナを吹き飛ばす。

 

 

 

 

(……よし。これでリィン教官に無駄な負荷はかかりませんね)

 

 

 

 

 クラウ=ソラスの仕事に満足したわたしは小さく頷き。

 なぜかユウナさんとクルトさんに不満げな声をあげられた。

 

 

 

 

「ア、アルティナ、あんたね……」

「流石に思い切りがよすぎるだろう」

 

「時間の無駄を省いたまでです。そろそろ4時過ぎ――――夕刻に入りつつありますから」

 

 

 

 時間が経てば経つほど、<鬼の力>を使ったリィン教官の消耗が顕著になるはず。それにリィン教官の言っていた「夕刻までには終わらせたい」という言葉もありますし。

 

 

 

「まあ、とりあえず道は拓けた。このまま先に進むとしよう」

 

 

 

 

 その先にあったのは、地図にもない道と封鎖された門。

 そして―――――木々の間から現れたのは、奇襲・暗殺用の特殊な人形兵器<バランシングクラウン>。ボールの上でバランスをとっているかのような奇妙な機体で、特殊なギミックまである。

 

 

 

 

「くっ……こいつら、本当に“人形”なの!?」

「いいだろう……返り討ちにしてくれる!」

 

「ギミック攻撃に気をつけろ! 毒や麻痺が仕込んであるぞ!」

「――――来ます!」

 

 

 

 

 

 気味の悪い風貌、奇っ怪な動き。

 ともかくリィン教官が近づける隙を作るべく、クラウ=ソラスを前に出す。

 

 

 

「――――<ブリューナク>、照射!」

 

 

 

 熱線が地面を焼き――――そして、人形兵器は足元のボールを転がすと冗談のような動きでそれを避けて見せた。そして、何の前触れもなく二体の人形兵器から放たれるのは無数の糸。

 それによってユウナさんが糸に囚われるのが視界の端に見えた。戦術リンクを通して、少しの間だけ耐えてほしいとリィン教官の指示が届き――――。

 

 

 

「――――クラウ=ソラス!」

 

 

 

 無数の糸がクラウ=ソラスの腕を抑え、想像以上の力でこちらを引こうとしてくる。

 が、ボールのような脚部でしかない相手にパワー負けするクラウ=ソラスではない。強引に引き寄せると、そのままゼロ距離で――――と、不意にわたし自身の足元が強く引かれた。

 

 

 

「――――しまっ」

 

 

 

 いつの間にか足に絡みついた糸に引かれて地面を引き摺られて転倒。構わずブリューナクを照射するも、また急制動で避けてみせた<バランシングクラウン>に引き摺られて地面を転がる。

 

 

 

 

「――――ぁぐっ、この――――…あ、れ」

 

 

 

 毒針――――いつの間に刺さったのか、上手く身体が動かない。

 足どころか腕にまで糸が絡みつき、磔のように身体を引き上げられ――――。

 

 

 

 

「――――――<ラグナブリンガー>」

 

 

 

 突撃形態となったクラウ=ソラスが、頭上から<バランシングクラウン>に直撃する。前面の装甲を吹き飛ばし、それによって糸も引きちぎれ、地面に叩きつけられそうになったところで――――リィン教官に支えられ、状態異常を回復するキュリアの薬を飲まされる。

 

 

 

 

「……遅くなってすまない、後は任せてくれ」

「いえ、問題ありません」

 

 

 

 

 どうやらユウナさんの救助は終わったようで、糸に気をつけながらクルトさんともう一体のバランシングクラウンにガンナーモードで安全かつ果敢に攻め立てている。

 

 身体のあちこちに痛みはあったものの、クラウ=ソラスを動かすのに支障があるほどではない。なんとか立ち上がると、リィン教官は何か言いたそうだったものの頷いた。

 

 

 

 

「俺が先行する。援護してくれ――――」

「了解です」

 

 

 

「ARCUS駆動―――」

「明鏡止水――――我が太刀は<静>」

 

 

 

「――――カルバリーエッジ!」

 

 

 

 顕現した漆黒の槍が、避けようのない範囲攻撃として人形兵器を襲う。

 そして、それだけの隙があればリィン教官には十分だった。

 

 

 

「――――七の太刀<落葉>!」

 

 

 

 

 素早い動きから放たれる無数の斬撃が、葉を巻き込む嵐のように全てを切り刻む。一撃一撃でバランシングクラウンの持っていた幾つもの武器が剥ぎ取られていき――――斬撃の嵐が止んだ時には、致命的な損壊を受けて爆発する人形兵器の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後のことは、疲れていたこともあってあまりよく覚えていない。

 ただ、まだ隠れていた人形兵器に退路を塞がれてリィン教官の<仲間>であるアルゼイドの剣士が助けに来たこと。そのお陰でリィン教官は<鬼の力>を使わずに済んだこと。………リィン教官がいつも通り不埒に抱きつかれていたこと。そして更に不埒にも抱き返していたこと。

 

 

 ………見違えたとか、綺麗になったとか。明らかに不埒では……?

 

 

 

 

 

 そして、やっと演習地に戻って食事を取れたと思ったら特務活動のレポートを纏めさせられて。――――――そして、それは来た。

 

 

 

 

 対戦車砲と共に、無数の人形を引き連れて。

 

 

 

 

 <結社>による襲撃――――<紅の戦鬼>に、<神速>が。

 

 

 

 

 

 

 




仕方ないので変化がないところはカット。


ちなみにラグナブリンガーはⅡでのアルティナのSクラフトです。


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