――――身の程を思い知らせる。<結社>の執行者と、鉄騎隊の筆頭はそう言って演習地を大量の人形兵器で襲撃した。
わたしたちも疲れ果てていたものの、リィン教官の指示で遊撃を行い、<旧Ⅶ組>の加勢もあってこれを辛くも退けた。被害はあったもののデアフリンガー号の損傷は軽微で、死傷者もなし。
(……<結社>ですか。北方戦役の裏でも糸を引いていたと聞いています)
リィン教官なら、間違いなくこのまま黙ってはいないはず。とにかく休める間に休んでおこうと眠りにつき――――寝不足ながら、朝早くからの復旧作業に勤しんでいたときのことだった。
「……あれ、着信だ」
崩れたテントをちょうど張り直したところ、ふいにユウナさんがARCUSを開く。すると、画面にはハーシェル教官が表示され。どこか曇った表情ですね、と呑気にもそんなことを考えた。
『――――Ⅷ組のみんな、そこにいる? ………今、帝国政府からリィン君に要請があったの』
<結社>の目的を阻止するため、<旧Ⅶ組>と共に別行動する――――それを聞いて、わたしたちはちょうどデアフリンガー号から出てきたリィン教官の元へ走った。
「教官……!」
「ユウナ……クルトにアルティナもか」
「い、いまトワ教官から聞いたんですけど、本当ですか!? 帝国政府からの要請で、教官は別行動になるって――――」
「それは……」
「アランドール少佐が来ていたのは、このためですか」
顔を若干曇らせるリィン教官に、また拒否できない状況で要請を突きつけられたのだろうと思い僅かに<かかし男>が厄介事の先触れのように思えた。が、二人からすればそれどころではなかったのだろう。クルトさんが再び問いかける。
「それで――――どうなんですか」
「本当だ。――――特務活動は昨日で終了とする。本日はⅧ組・Ⅸ組と合同でカリキュラムに当ってくれ」
「………!」
「そ、そんな……!」
確かに、<結社>との本格的な戦いを思えば学生を連れて行くのはそれほど合理的とは言えないのかもしれない。とはいえ、わたしは貴族連合に貸与されて<結社>とも肩を並べて戦い、要請でもリィン教官をサポートしてきた実績があるわけで。
「了解しました。では、わたしだけでも――――」
合流させていただきます、と言おうと思った。
言えると思っていた。
「――――例外はない。君も同じだ、アルティナ」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
一拍置いて、それでも脳が理解を拒んだ。そして、間の抜けた声を出していた。
「え。」
断られた。
言ってしまえば、それだけのこと。
わたしのサポートは不要だと、そう言われてしまっただけのこと。
だからわたしは、これに従う。要らないと言われたら納得するのが、サポート役で。指示があったのだから、それに従うべきで――――それなのに、気づくとわたしは反論のようなものを口にしていた。
「……ですが、わたしは教官をサポートするため――――」
サポートするために、ずっと活動してきた? サポートするために、ここに配属された? サポートする任務を受けているから?
そう、教官をサポートするためにわたしはいるのに。
教官がわたしのサポートを不要だというのなら―――――わたしは、何のために…?
「……経緯はどうあれ、今の君は第Ⅱに所属する生徒だ。一生徒を、
個人的な、用事?
<灰色の騎士>としての任務が? ずっと、ずっとリィンさんをサポートしていたのに…?
わたしは、わたしのサポートはもう要らないんですか……?
「
それは、まさに最後通告だった。
リィンさんがわたしを残すと言って、帝国政府がそれを受け入れた。
「………………………………」
呆然と、ただリィン教官を見つめていた。
胸が引き裂かれるように苦しくて、何を言っていいのか分からなくて。
「これもいい機会だと思う……ユウナやクルトと行動してくれ」
「でも、わたしは……」
わたしは、リィンさんと。リィン教官と行動を―――――…。
わからない。わからないけれど。この感情が何なのか、全く分からないのに。わたしは、リィン教官と行動“したい”……?
でも、リィン教官の命令は「ここに残ること」で。
それを拒むことは、命令を拒むことで。サポートとしての任務を拒否されてしまった以上、理由もなくそれを拒むことはできなくて。
それでも、このまま置いて行かれたくなくて。
「…………………………………………」
「一つだけ、聞かせて下さい」
「? ……なんだ?」
「見れば、アルゼイド流の皆伝者を協力者として見込んだ様子……ヴァンダール流では―――いや、僕の剣では、不足ですか」
その言葉は、どうしてかわたしの胸にも響いた。
(わたしではなく、ミリアムさんだったら――――そうしたら、リィンさんも一緒に行かせてくれましたか? ………わたしのサポートでは、わたしでは不足ですか…?)
「……………ああ――――不足だな」
………きっと、そうなんだろう。
言いたかった言葉が凍りついて、口から出せなくなる。
「“生徒だから”とは別にして。いくら才に恵まれていようが、その歳で中伝に至っていようが……半端な人間を“死地”に連れて行くわけにはいかない」
――――半端な人間。
それはきっと、心構えというものについていったはずなのに。
どうしてかそれが、わたしがミリアムさんと比べて“人間らしさがない”、という意味での半端であるような気がして。
「っ………失礼します――――!」
「ちょっ、クルト君……!?」
クルトさんが駆け出し、
「ああもう……アルも一緒に来て!」
ユウナさんに強く手を引かれる。
もう、わたしがここに留まれる理由は残っていなくて――――ただ引かれるままに、歩きだす。
「……何よ、ちょっとは見直しかけてたのに」
わたしは、ただ去っていくリィンさんを見送ることしかできなかった。
――――――――――――――
午前の訓練が終わり、昼食を食べた頃。
自主鍛錬に行こうとするクルトさんを心配してユウナさんが呼び止めて。
そして――――あえて避けていた話題に触れた。
「――――別にいいじゃない、“置いて行かれて悔しい”で。あんな風に遠ざけられて、納得なんてできるわけない。あたしも、アルだって同じだよ」
言われてみれば、確かにそれは納得できる話だった。
遠ざけられて、納得なんてできない――――。
ずっと、ずっと考えていた。
リィン教官に同行を断られて、何をすればいいのか分からなくて。
それでも、いつものリィン教官を、リィンさんを見ていると、いつも相手の気持ちなんて関係なく―――お人好しで、お節介で、強引で、優しくて、不埒に行動していて。
「……“悔しい”かどうかは分かりませんが、おおむね同意見です。これでも一年近く、教官の任務をサポートしてきた実績もあります。形式上“生徒”になったとはいえ、それを理由に外されるのは……正直“納得”いきません」
“生徒だから”、“危険だから”。
そんな理由で大人しくしているのが正しいなら、内戦の時のリィンさんはきっと何もしていなかった。パンタグリュエルにで皇女殿下を救出することも、カレル離宮に乗り込んでくることも、煌魔城に乗り込んでくることも無かった。
任務の合間に各地の人を助けて回ることも、それによって本人の知らぬ間に<灰色の騎士>としての名声を確固たるものにしたことも、北方戦役で、多くの人を救うことも――――。
多くの人が、リィンさんに感謝していた。
決して全ての人ではなんかでは無かったけれど。わたしは、リィンさんのしていたことが無駄だとは感じていない。
わたしは、きっと。リィンさんと――――リィンさんのサポートを、していたい。
例え、リィンさんに断られても。それでもリィンさんのためにできることをしていたいと感じている。いつもの、リィンさんのように―――。
「そっか……って、やっぱりそんな関係だったんだ。……まったく、あの薄情教官はこんな子にここまで言わせて…!」
「……分かってるさ。そんなことは、僕だって」
「――――だけど。だからって、どうすればいい……!? 未熟さも、置いて行かれた事実も、何も変わりはしないのに……!」
「……クルトさん」
それは、確かにそうだった。わたしも未熟で、置いて行かれたことももう変わらない。けれど、リィンさんならきっと――――。
「――――そんなこと、動いてみなきゃわからないじゃない」
だから、その言葉には驚かなかった。
いつも、リィンさんの背中を見ていたから。いつも、リィンさんがしていることだったから。……いつでも、いつだって。どんなに苦しく、絶望的な状況でも。それでも救える誰かを助けることだけは諦めていなかった。
「納得できないことがあるならとにかく動くしかない、でしょ。足掻いて足掻いて、足掻きまくって、いつか“壁”を乗り越えればいい……私が尊敬する人たちも、いつだってそうしてきたんだから」
「…………」
それは、どこかリィンさんに似ていて――――。
「そもそも、一ヶ月程度の付き合いで足手まとい呼ばわりとか失礼な話でしょ」
「……わたしは一年近くなのですが」
「えっ!? いやほら、アルは可愛い生徒だからとかそんな感じで……?」
「――――まあ、不埒なリィン教官なら言いそうです」
言いそうですが、……まあ、実際に言ってくれることは無さそうです。
と何故か確信できた。
「こほん。思い知らせてやろうじゃない――――そっちの目が曇ってたんだって。あたしたちも協力するから――――ね、アル?」
「……断る理由はありません。Ⅶ組のサポートが現状任務ですし」
―――――そしてそれはきっと、リィン教官のサポートにも繋がるから。
「……本当に前向きというか、どこまでも真っ直ぐだな、君は――――そこまで言うからには、何かいいアイデアでもあるのかい? この件を解決しようとしている教官たちに、追いつくための」
「え」
「えっとまあ、それはその。あるような………ないような?」
「まさか、何の案もなしにあそこまでの発言を……? 逆にちょっと感心しました」
あのリィン教官ですら何かしら考えていることがほとんどなのに…。
とはいえ、リィン教官の思考の応用力というか“本質を見る力”というのは少々例外的なレベルな気もしますが。……もしかすると<八葉一刀流>が関係あるのかもしれません。
「う、うるさいわねっ! これから皆で考えればいいでしょ!」
「――――ふふっ、良かった。元気を取り戻されたみたいで」
と、不意に現れたのはミント色の髪をした生徒で。
「確か、主計科の―――」
「ミュゼだっけ? ……えっと、何か用かな」
「ふふ、ちょっとだけお耳に入れたい情報があるんです。――――もしかすると、皆さんのお役に立てる情報かもしれなくって」
それは、先日破壊したコンテナの先にあった“道”のことで――――まさに、教官たちに追いつくために必要なピースだった。