灰色騎士と黒兎   作:こげ茶

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2話:灰色の騎士、北へ

 

 

 

 

 

 アルティナ・オライオンにとって、リィン・シュバルツァーは一言で言い表せない難しい人物である。

 そもそも“出荷”されてからまだ1年程度しか経っていないこともあって他の人は一言でも説明できる。例えばルーファス総督はかつての雇い主、オズボーン宰相はその主、<鉄血の子どもたち>は比較的会うことの多い同僚かつ先達のようなもので。皇女殿下とエリゼ・シュバルツァー嬢は自分の任務の被害者で。

 

 リィンさんは初めて真正面から怒ってきた相手で、その割には不埒で、任務を失敗させられて、サポートする相手で、多くの任務を共にしたパートナーで…………お節介、と切り捨てるには色々なことを教えてくれる人。

 

 

 

――――――リィンさんの行為は不埒ですが、リィンさんは不埒なのでしょうか?

 

 

 というよくわからないことも考えてみたりもする。

 悪事は働かず、無駄な殺生をせず、<灰色の騎士>として祭り上げられても、“何か”を守ろうとしているように思える。

 とはいえ時折妙に不快になることがあるので、それがリィンさんの不埒な行為によるものなのは間違いないのですが。

 

 そんなこんなで、<ARCUS>に着信した命令書に従って向かったのはトリスタ――――――トールズ士官学院のある町である。

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

「いやぁ、困った困った。そんなわけでヤツらどこからか持ち出した大型人形兵器で防備を始めてな。政府はジュノーに籠城してる貴族連合を許す代わりに纏めて片付けさせようってわけだ」

 

 

 

 

 リィンにこの半年、“要請”を伝えてくるのは凡そ“彼”だった。

 

 ―――――呼び出された時点で嫌な予感はしていた、というのが本音ではある。

 

 

 しかしいつだって――――最近は特に――――現実は常に想像よりも悪い。

 大型の人形兵器と、機甲兵を擁する貴族連合が正面から激突すれば、そしてそれがもしも市街地であれば、いつかのケルディック以上の被害が出るのは間違いない。

 

 ノーザンブリア。国家的な猟兵団“北の猟兵”を擁する自治州で、その北の猟兵が内戦中に帝国のノルディックで関与した焼き討ちに関して帝国政府が損害賠償を請求していたが、交渉は決裂――――“どこからか”現れた人形兵器と、“どこか”と繋がっている一部の議員が問題になっているということらしい。

 

 

 

「……それで、俺にどうしろと?」

「まぁ簡単に言っちまえば、“結社”と繋がってる連中を逮捕できれば戦う理由は無くなるってわけだ。―――――<灰色の騎士>リィン・シュバルツァー、帝国政府からの要請(オーダー)を伝える。ノーザンブリアでの“結社”の企みを阻止せよ」

 

 

 

 不本意にも見慣れた封筒を差し出され、僅かに逡巡するも受け取る以外に道はない。

 

 

 

「その要請、引き受けました。……今回は、余計な前置きが少ないんですね」

「それだけ時間が無いってことだ。悪いが荷物だけ纏めて30分後には列車でノーザンブリア方面に向けて発ってもらう。クレアも現地で合流する予定だ。あとこっちから一人と向こうからも一人………全部で四人ってとこか」

 

 

「クレア大尉が……それに、あとの二人は?」

「あー、アイツ昇進したから少佐だけどな。で、一人はもう来る筈だ」

 

「……どうも」

 

 

 

 

 いつか買った服に身を包み、銀髪の少女がそこにいた。

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

「――――ブリューナク、照射します」

 

 

 翌日。

 ノーザンブリア南部、帝国の国境にほど近い山岳地帯で、いつもの黒い特務服に着替えたアルティナが高らかに宣言し。

 黒い傀儡人形――――戦術殻クラウ=ソラスが放つ熱線が回転する歯車のようなものを背負った大きな人形兵器、ゼフィランサスの体勢を僅かに崩す。

 

 今です、と聞こえる声は戦術リンクによって繋がったアルティナの意思であり、即座にその巨大な懐に潜り込んだリィンは居合の如く刀を一閃させる。

 <弧月一閃>――――隙を捉え、速さと重さの乗せられた一撃にゼフィランサスの体勢は大きく崩れ、そしてその隙を逃すほどに甘い二人ではない。

 

 

 

 

「―――――アルティナ、今だ!」

「了解です」

 

 

 

 一撃、二撃、クラウ=ソラスの一撃が敵の装甲を弾き飛ばし、リィンの刀が重要なケーブルを切断する。自爆する暇もなく機能停止した人形が地面に崩れ落ちるのを、素早く距離を取りつつ確認した二人は、周囲に警戒を向けつつも互いの武器を収めた。

 

 

 

「……まさか、こんなところにまで放たれているなんてな」

「情報局の方での潜入も芳しくないかもしれませんね。よほど警戒している……と言うよりは自暴自棄のような気もしますが」

 

 

 

 鉄道で国境付近まで来た二人は、馬を借りて帝国とノーザンブリアの国境で最も警戒が強いだろう鉄道網に近いドニエプル門の付近を大きく迂回。車両などで通ることの難しい山間部を縫うようにしてノーザンブリアに入ったリィンとアルティナだったが、その旅路は早くも暗雲が立ち込めていた。

 普通の魔獣が大挙して襲ってきたかと思えば、その後からわらわらと人形兵器が現れだしたのである。

 

 幸いにも付近に村などはないらしいのだが、人形兵器の影響で魔獣も凶暴化しているのか煌魔城や旧校舎での激戦を乗り越えたリィンであっても無視できないレベルの戦力だった。アルティナがいなければ早々に“力”を使うことも考える必要があっただろう。

 

 

 

「とにかく、助かったよアルティナ」

「………任務ですから」

 

 

 

 リィンはつい労うように(ちょうどいい高さにあったので)アルティナの頭に手をやり。手を置いてから嫌がられそうなことに気づいた。

 

 

「――――っと、ごめんな」

「………いえ。リィンさんに不埒な意図は無さそうなので別に」

 

 

 別に、と言いつつも何を思ったのか、というか何かに気づいたのかフードを取るアルティナに、むしろリィンが困惑する。

 視線で意図を問うリィンに、アルティナは僅かに悩むような素振りを見せつつも淡々と言った。

 

 

 

「――――前回の任務でミリアムさんが、親しい相手に頭を撫でられることについてしつこく語ってきまして。………その、わたしは特に親しい相手もいないので、頭を撫でたがる不埒なリィンさんはちょうどよいかと」

 

「いやだから頭を撫でるのは不埒じゃないから。………子ども相手なら」

 

 

 

 とはいえ親しい相手がいない、と言うアルティナに僅かに胸の痛みを覚え。それと同時に、多少なりとも親しいと思われていそうなことに僅かに心が温かくなった。

 

 

 

「何やらとても不快な言葉が聞こえた気がするのですが」

「気のせいです」

 

 

 

 言いながら、銀糸のようなアルティナの髪を撫でたリィンは、何を言われることやらと内心で戦々恐々としたものの――――。

 特に何を言うでもなく黙り込んだアルティナは、「なるほど」と一言呟き。

 

 

「―――――やっぱりなんだか不埒な感じもしますが。……その、ありがとうございます」

「え゛」

 

 

 僅かに頭を下げたアルティナを思わずまじまじと見たリィンは、選択を誤ったことを悟ったが後の祭りである。

 

 

 

「協力して頂いたので感謝しただけですが。……それで驚くということは、やはり不埒な意図が―――」

「違うから」

 

 

「では、今後もお願いします」

「分かった、分かったから―――――って、え?」

 

 

 

 今度こそ聞き返したかったリィンだが、アルティナはそそくさとフードを被り直すとそのままノーザンブリアの首都であるアハリスクがある方角に視線をやった。

 

 

「では、移動再開ですか?」

「………いや、そうだけど。えーと、今後も撫でた方がいいのか?」

 

 

「……………ミリアムさんとの共通の知人の中では、リィンさんが“適切”かと」

 

 

 

 オズボーン宰相とは然程の関係でもありませんし、クレア少佐はミリアムさんの保護者のようなものだと思われます。あとレクター大尉は嫌です。と、さらりと片手の指に満たない自身の交友関係を明かしたアルティナに、Ⅶ組の仲間や学院の仲間、できればエリゼにも優しくしてくれるように頼もうと決心したリィンであった。

 

 

 

 

「………それで、移動しないのですか? 予想以上に警戒が厳しいため、このままでは戦闘が激化するまでに間に合わないと思いますが」

 

「いや、悪い。すぐに出発する。けどその前に―――――この辺りなら大丈夫か」

 

 

 

 魔獣が現れた地点より少し外れた、大きな岩の陰になっているあたりに向かうリィンに、特に何を言うでもなくアルティナが従う。

 リィンは“繋がり”を強く意識すると手を掲げ、己の相棒に向けて呼びかけた。

 

 

 

 

「――――来い、<灰の騎神>ヴァリマール!」

 

 

 

 空間が歪み、一瞬で“転移”してきた巨大な灰色の騎士人形こそは<巨イナル力>の一端とも言われる<灰の騎神>ヴァリマールである。トリスタから列車で国境付近まで運ばれ、そこから一気に転移してきたヴァリマールは、念話によって状態を報告する。

 

 

 

『ふむ、霊力の残量は7割というところだ。しばし休めば回復するだろう』

「そうか……アルティナ、今は全体の道筋の何割くらいか分かるか?」

「2割程度かと。恐らく明日の午後にも国境に貴族連合軍の本隊が到着すると思われます」

 

 

 

 今はすでに昼前。あまり時間はなさそうだ――――と考えたリィンは念話であることをヴァリマールに問いかけた。

 

 

 

『……ヴァリマール、前にアリサと一緒に乗せてもらったことがあったが――――アルティナも乗せてもらうことは可能か?』

『それがリィンの望みであれば、可能だ。とはいえ同乗することになるが』

 

 

 前にアリサを乗せてくれ、と頼んだ時に二人でコクピットに詰め込まれて騒ぎになったことを覚えていたのだろう。わざわざ警告してくれたヴァリマールに、リィンは苦笑して言った。

 

 

 

「いや、十分だ。ありがとう――――というわけで、アルティナ。ヴァリマールに同乗して貰って一気にアハリスクの近くにまで行きたいんだが構わないか? ……クラウ=ソラスはヴァリマールの手に乗ってもらうことになるが」

 

「…………良いのですか?」

 

 

 

 ぽかん、と純粋に驚いたようなアルティナにリィンは苦笑すると、恐らくクラウ=ソラスがいると思われる辺りを見て言った。

 

 

「いや、膝の上にでも座ってもらうしかないから、クラウ=ソラスで後から合流してもらうのでも良いんだが………」

 

 

 置いていくのも心配だ、と言っていいものか悩むリィンに、アルティナは心なしか強く首を横に振った。

 

 

 

「それではサポートの意味がありませんので。わたしは構いません」

 

 

 

 

 というわけで、霊力のチャージを待つ意味でも食事をしておく意味でも、万全を期すために休息をとっておくことになった。

 

 

 

 

「……料理ですか? レーションは所持していますが」

「いや、とりあえず作るから食べてみてくれ」

 

 

 

 そう言って鞄から取り出すのは千万五穀と粗挽き岩塩。基本はこの二つだけで作れる、これまでに何度も世話になった料理である。

 

 

「よし、じゃあまず火を――――」

「―――――ブリューナク、照射」

 

 

 

 バシュッ、と激しい音を立てて用意した枯れ木に火が点いた。

 いや、そこまでしなくてもと思ったリィンだが、<ARCUS>の導力魔法で火をつけようとしていたあたり似たようなものである。

 

 

「いや、ありがとう」

「………いえ」

 

 

 

 実は気にいったのか、大人しく頭を撫でられるアルティナに和むこと数秒。今度こそ導力魔法で水を出したリィンは千万五穀を炊き、独自のアレンジ―――――醤油をつけてのじっくり焼きむすびを手際よく完成させた。

 

 

「よーし、こんなのはどうだ?」

 

 

 香ばしい匂いに、心なしかそわそわしていたアルティナの皿に渡すと、熱かったのか若干涙目になりながらも一口食べて、言った。

 

 

 

「………想定より美味です。レーションの方が、多くの素材と時間を用いているはずなのに……」

「まぁ出来たてだし、軍用の食事は美味しくするために作ってるわけじゃないだろうしな」

 

 

「――――製作者の意図ですか。それは、道理かもしれません」

 

 

 

 どこか悩むような素振りを見せるアルティナに、なんとなくアルティナの抱える悩みがこの食事以外の、もっと根深いものであるのを感じつつもあえて言った。

 

 

 

「―――――アルティナも手伝ってくれたし、より美味しく感じるかもな」

「………え?」

 

 

 

 分かっていなそうなアルティナの頭を撫で、リィンは優しく微笑む。なんとなく行われたことでも、それはリィンにとって嬉しいことだった。頼まれていなくても、それをしようとしてくれたことが。

 

 

 

「―――――アルティナが、自分で火を起こして手伝ってくれただろ?」

「それは、わたしにできる補助だったので――――」

 

 

「何にしても手伝ってくれたことには変わらないさ。だからこの焼きむすびは、アルティナが俺を手伝おうと思ってくれた気持ちと、俺の感謝の気持ちが篭ってるんだ」

 

 

 

 

 だから、美味しいだろう。と。

 アルティナはほんの僅かにだけ頷いて、呟いた。

 

 

 

 

「………やはり、リィンさんは不埒な人ですね」

「うぐっ。た、確かにくさい、とかはよく言われるが……」

 

 

「いいえ、やっぱり不埒です」

 

 

 

 おいしい、と呟かれた声は風に溶けて。

 静かに焼きむすびを頬張る二人を、ヴァリマールは静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 





どうでもいいあとがき




アルティナ「乗りたい………強いて言うならヴァリマールですね」


 あれ、ひょっとしてアリサみたいに同乗した事あるかもしれない? そして同乗希望しちゃうの? 定位置なの?
 そんな妄想から生まれた話。あとⅢからノリノリでブリューナク撃つのもきっとリィン教官のせいだと思いました( )

 とりあえずⅢの某名前を言えない村に行く時の話で「咄嗟にヴァリマールを呼んて迷わず(略」とリィン教官が言ってるのでアハリスクの近くまでヴァリマールが来ていたのは間違いないはず。



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