灰色騎士と黒兎   作:こげ茶

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オズボーン「――――日間ランキングの一角、この私が乗っ取らせてもらった。主人公としてしばらく役に立ってもらうぞ―――――」

アルティナ「いやっほーぅ」





エピローグ:黒兎と入学案内

 

 

 北方戦役――――そう呼ばれた戦いは呆気ないほど迅速に終わった。

 機甲兵師団による電撃的な攻撃と、最大の戦いになるはずだった首都ハリアスクでの攻防戦が人形兵器の暴走によってそれどころではなくなり。そして<灰の騎神>によって大勢の市民が救助されたことと、<結社>と繋がっていた議員が姿を晦ましたことでノーザンブリアはそのまま帝国に併合されることになったのである――――。

 

 

 ああする他は無かった――――けれども、それがノーザンブリア併合を決定づけた。

 

 

 悩むリィンに対して、本来アルティナは「理解できない」で終わるはずだった。

 なぜなら、リィンは「任務を達成している」から。結社の暗躍を防ぎ、無用な被害を防ぎ、帝国の領土を広げた。それは、客観的には<英雄>らしい所業だ。

 

 リィンがなぜ悩むのか、アルティナには分からない。

 「あの人」のやり方に従いたくないのだ、ということは漠然と理解しているけれど。併合を止めたい理由は理解できないのだ。

 

 

 

 

 でも、そう。苦しむリィンさんを見ると胸がもやもやして。

 きっと、リィンさんの要望を叶えるのがパートナーとしての役目だから。もっと、強くなる。今度は、リィンさんの力になれるように――――。

 

 

 

 

 

「―――――シンクロ完了。ごー、アルカディス=ギア――――!」

 

 

 

 新調されたインナースーツを一瞬で身にまとい、クラウ=ソラスと一体化する。

 普段は思考のシンクロによって行われているクラウ=ソラスの行動を、自らの身と一体化させることで極限までロスを減らし、全てのパワーを効率よく運用することができる決戦モード。

 

 これまでは不足していた出力が規定値にまで到達し、ようやく実戦レベルで使えるようになった“奥の手”でもある。

 

 

 

「……ですが、出力が向上した分だけ安定性は低下していますね」

 

 

 

 軽く、普段のクラウ=ソラスを動かすように腕を振るう。

 無駄なく振るわれた、黒い装甲と一体化した自らの腕はリィンさんの“鬼”の斬撃とも遜色ない威力で空を裂き。しかし耐えきれなかった“中身”がミシリと嫌な音を立てる。

 

 

 

「……負荷、規定以上。肉体の強化が必要ですか」

 

 

 

 シンクロ解除――――完全に一体化していたクラウ=ソラスが分離し、インナースーツで帝都にある情報局の拠点の一つ、その訓練室の床に降り立つ。

 

 

 筋肉痛の鈍い痛みを右腕から感じて僅かに眉を寄せたアルティナは、部屋の隅に置かれたダンベルの山を茫洋とした目で見つめ。不意に言った。

 

 

 

「―――――それで、何か御用でしょうか。<かかし男>」

「おっと、気づかれちまったか」

 

 

 

 そう言って出てきたのは、赤毛で軽薄そうな雰囲気を漂わせる<かかし男>ことレクター少佐。日頃の戯言に関してはともかく、仕事に関しては遊びのない人でもある。

 

 

 

「……気づくようにしていただけでは?」

「まあ、そうしないと話ができないからな――――とはいえ、俺の予想の中でも早く気づかれたのは間違いないが。いやぁ、そんなに任務が待ち遠しかったか?」

 

 

「まあ、多少は準備もしていましたので」

 

 

 

 今度こそは役立たずにはならない――――。

 レクター大尉を見据えて言うと、珍しく本気で驚いたのか僅かに目を見張った<かかし男>の姿。何はともあれ次の任務なら――――と考えるわたしに、レクター少佐は何故か目をそらしてこんなことを言った。

 

 

 

「いやー、その、何だ。悪いが任務はしばらく休止だ。シュバルツァーが任務の方から降りるって話になってな―――――」

「―――――え?」

 

 

 

 

 

 降りる? 何を? 任務を?

 

 ―――――――なんで?

 

 

 

「あー、まぁオッサンの企みに反対してってことなんだろうが………士官学院もゴタついてるらしくてな。ともかくしばらく待てばまた何かしら伝わると思うぜ」

 

 

 

 

―――――――リィンさんを支えるのが、わたしの任務で。それで、今度こそはって。

 

 

 

 そういえば、士官学院を卒業したらリィンさんはどうするのだろう。

 帝国軍に? それなら一兵卒にはならないはず。監視は相応の猛者がなるだろう。鉄道憲兵隊ならばクレアさんがいる。実家を継ぐ――――というのは、どうなのだろうか。聞いたこともない。

 

 

 

 

「――――――わたしは、リィンさんのことを」

 

 

 

 データくらいでしか、知らない?

 何も、何も教えてもらっていない。どうするつもりなのか、これまでも、これからも。それはいつものように子ども扱いをされているから? それとも、わたしは――――わたしは、どう思われているんだろう―――――?

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 朝、起きた。

 昨日までに考えてあった訓練メニューは取りやめた。

 意味のないことを行う必要なんて無い。

 

 一応は情報局の所属であるため、新聞や端末に入ってくる最新の情報には目を通す。<灰色の騎士>の露出は極めて少なく、情報も少ない。

 

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 

 また、朝。

 ミリアムさんが来たのだが、相手をすることが億劫だったため帰ってもらった。

 ……いつもならしつこく粘られるけれど、やけに素直で不気味だった。

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 朝。記事で<灰色の騎士>を見つけた。

 どうやら灰色の騎士は清廉潔白で常に帝国のことを考える忠義の騎士であるらしい。リィンさんとは別に灰色の騎士がいるのだろうか。的外れというほどではないにせよ、リィンさんはお人好しで不埒な騎士である。

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 

 朝。情報局の情報では、リィンさんは帝国軍に入るつもりがないらしい。

 トールズ士官学院に教官として赴任するのではないかという予測も見かけた。

 

 

 ………教官にはサポートすることがないのでは?

 

 

 と、その下には「その場合は教官ないし生徒に監視役を派遣する必要性」と書かれていた。合理的である。

 

 

 

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 

 朝。

 アルカディス=ギアの副作用とも言える過度の疲労と身体への負荷は、回数を行うことで身体を慣らすことにした。疲労は想定以上で、それでもこれなら大型の人形兵器に対する決定打になる。わたし自身の速度も大幅に向上できるので、リィンさんに置いていかれることもない。

 

 参考のため、トールズ士官学院の受験に必要な勉強の調査を開始。

 ミリアムさんでも通ったとはいえ、“何らかの措置”を使った可能性も大いにある。わたしの適正を示すためにも勉学を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 

 リィンさんが、新たに開設される「トールズ士官学院第Ⅱ分校」の教官になることが分かった。わたしの学習レベルは一般的な合格者の基準に到達していると思われるものの、更に密度を高めることにする。

 

 なお、正式にレクター少佐を通じてわたしに「リィンさんのサポートと監視」の指令が下された。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

――――――半年ぶり、ですね。

 

 

 帝都近郊の町、リーヴス。

 まだ真新しい第Ⅱ分校のグラウンドに並ぶのは、どこか浮ついた新入生たち。

 

 

 わたしは指定された制服の上に帽子とケープを羽織り、それなりに伸びた髪は一部だけ結んで後は流れるままにした。……<黒兎>らしさは残っているだろうか。

 制服で、いつもの格好ができない以上リィンさんに気づかれないのではという不安があったのだ。

 

 ……制服を着てから気づいたのですが、やや雰囲気は変わり。リィンさんに気づかれなかった場合わたしのパートナーとしての存在感に深刻な疑問を抱かざる得ません。

 

 

 

 

「いやー、担任の教官はいったいどんなお人なんやろうなぁ!」

「士官学院だし、軍の人が来るんじゃないかな?」

「本校では軍以外からも広く優秀な人材が集められていたそうですよ?」

 

 

 

 

 

―――――リィンさんは軍でもそうでなくても優秀な人材どころではないですが。

 

 

 

 本人がどう思っているにせよ、紛うことなき<英雄>。<灰の騎神>を扱える唯一の起動者にして“鬼の力”を持ち、<八葉一刀流>を修めるそれなり以上の剣士でもある。客観的にはリィンさんは若手の一番の有望株と思われる。

 

 

 

 周囲からは「小さい子が」などと視線を向けられるものの、なるほど確かにわたしの身長は身体年齢が14歳相当ということもあって小さい。

 リィンさんのパートナーでなければここにいることもなかっただろう。

 

 

 

 

 そんなことを考えていると―――――来た。

 

 分校長、いつかあったオーレリア将軍を筆頭に鉄道憲兵隊の少佐や“例の支援科”の一員、リィンさんの先輩にして<紅き翼>の艦長代理を務めた才媛、そして、リィンさん――――何故か、眼鏡。

 

 

 

 

(………少しだけ、不埒じゃなさそうに見えるかもしれません)

 

 

 

 目が合い、わずかに驚いたような顔をされる。

 

 

 

 

――――――ああ、気づいてもらえた。

 

 

 

 安堵する。胸があたたかくなり、よくわからない感情が膨れ上がる。

 それは教えてもらえなかったことへの憤りであり、半年では忘れられないくらいにはわたしはリィンさんのパートナーをできていたのだという安心であり、これからの任務でよりリィンさんを支えてみせるという決意で。

 

 

 あたたかくて、苦しくて。リィンさんから目を逸らす。

 そうしないと、なんだか自分が保てないような気がしたから。

 

 

 

 

 

「――――――これより、クラス分けを発表する!」

 

 

 

 

 

 これから始まるのは新たな物語。

 サポートとして隣を、後ろを歩いていた少女が、一步踏み出す物語。

 

 仲間でもなく、相棒でもなく、パートナーとして。

 横支え、時には前を歩けるように。

 

 

 

 

「―――――君自身の“根拠”を示してくれ」

「わたしは――――」

 

 

 

 

 

 

 始まる激動の時代、その渦中に飲み込まれる<英雄>に。

 無から生まれた願いが、どうか届きますように―――――。

 

 

 

 

 

 




続きました。まだ本編入ってないのでセーフ。
病んでません迷子です。








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