些細ではありますが、未プレイで新鮮さを大切にしたい方はプレイ後に読んで頂けると幸いです。
「――――リィン教官」
転がした言葉が宙に消える。
トールズ士官学院第Ⅱ分校。その屋上のベンチで眺める景色は、決して特別なものではない。ベンチがリーヴスの町ではなく、グラウンドとか学生食堂の方を向いているためである。
入学オリエンテーリングで、“アインヘル小要塞”を攻略し、Ⅶ組が結成された。
ユウナさんにクルトさん――――場数はともかく基礎は十二分に積んでいるらしい二人は、連携はともかく一定の戦力ではあるらしかった。
『あー、もう! これだから帝国人は!』
『――――八葉一刀流、聞いていたほどではなかったというのが本音ですが』
いくらか訂正するべきかと思うところはあった。
『―――――ノーザンブリア併合にも貢献したと聞いています』
『それって、クロスベルと同じ――――』
『誤情報ですね。正確には―――――』
『いや、よく調べてあるな』
リィン教官に本当のことを伝える不利益などないはずなのに。あれほど苦しんでいたのに、それでも全てを背負おうとする。防げなかったから? 加担したのは事実だから? 考えていると胸がもやもやして、事実なのだから言ってしまって良かったのではとも思う。
そして、“鬼”の力――――。
北方戦役で、全てを使い果たしたかのように眠っている姿を思い出す。
「使わないでほしい」と思うのは、きっと任務を遂行するための合理性で。
使わざるを得ない場面がこないでほしい、と願うのはパートナーだから。
危険が明白な“鬼の力”よりも、それなりの危険しかない<アルカディス=ギア>を使ったほうがいい。……結局、<ブレイブオーダー>で魔煌兵は倒せたのだけれど。
(………あの時、リィンさんから流れ込んできたのは、“守る”という……意思?)
強固な連携が強い“護り”を生むと知っているからの、<要請(オーダー)>。
意思。意思は機械になくて人にあるもの。わたしが存在する理由。
『―――――自分の意思を示してほしい。そうでなければ例え分校長や帝国政府の命令であっても認めるつもりはない』
例え、政府の命令であっても―――――。
それは、その言葉は――――唯一、帝国政府の要請にだけ従うとされた<灰色の騎士>にとっては何よりも重くなければならないはずのもの。1年間任務で共に過ごしていれば分かる、リィンさんがずっと苦悩していたもの。
そんなことを言われても、わたしは「政府の命令には従って下さい」というべき存在だったはずなのに。
リィンさんらしい、と感じる。どちらかといえば好ましく感じてしまう。リィンさんなら、意味もなくそんなことは言わないと知っているから。
『―――――此処に集められた生徒も教師陣も、<捨て石>だ―――――』
任務だからという理由だけで、参加してほしくないと言う。
わたしだって、もう任務でも好ましいものとそうでないもの――――皇女殿下の“保護”のような気の進まないものがあることは既に理解している。
分校にいることが、好ましくないことになるかもしれないと考えているのだろう。
でも、それでも。
「―――――わたしは、リィンさんの。リィン教官の、パートナーです」
小さく呟く。
どうしてか、これは違う、言えないと思っていた言葉。口に出せなかった言葉。
サポートしてきた実績はある。
でも、リィンさんがパートナーを選んだわけじゃない。
『―――――Ⅶ組という言葉の響きにも興味があります』
特科クラスⅦ組――――リィンさんにとっての、特別なクラス。
どうして特別なのか、わたしには分からない。懐かしそうに振り返る姿も、時折何かを思い出していることも。それを、知りたい。
それはきっと、紛れもないわたしの“意思”。
(――――とはいえ、前途は多難ですが)
部活動――――それに参加しなければ生徒会として分校長の小間使いのようなことをさせられるという。それは構わない、ような少々不安なような。
しかし一般的な部活動の知識もなく、新規の部活動の立ち上げというのはどうにも勝手がわかりそうになく―――――。
「アルティナ、こんなところで何をしてるんだ?」
「……リィン教官。少々明日のミッションについて考えていました」
「ミッションって……ひょっとして部活決めのことか?」
「はい」
他人事だからか、どこか呆れたような顔をするリィン教官。
とはいえリィン教官も部活動などはしていなかったということは聞いていたりする。
「………全く手掛かりもないので、悩んでいるのですが」
―――――リィン教官は、どう考えられますか? わたしは、何が向いているでしょうか。
それは、ふと思いついたことだった。
どう思われているのか―――――それが少しだけ知りたくて。
「いや、それはアルティナ自身が決めることだからな」
ばっさりと切り捨てられ、胸がもやもやしてくる。
そしてわたしはそのまま、クラウ=ソラスに乗ってその場を離れ。そのまま一晩中部活動について考えることになった。
――――――――――――――――――
翌日。
今日中に部活動を決める必要があるのに、本などで調べても何も分からなかった。
「―――――えーっと、アルティナ。良ければ部活動を探すのを手伝おうか?」
そう、どこか困ったような顔をしたリィン教官は言った。
胸がもやもやして会いたくなかったので避けてしまっていたからか、どこか遠慮がちに。
決めることに関しては手伝えないが、探すのは手伝ってくれるという。
わたしは頷き、そうして部活動探しは始まった。
………
……
…
そして、最終的に水泳部に決まったのだが。
――――――――――――――――――――――――
夕方。
依頼を片付け、他に困っている生徒がいないか校舎を見回っていたリィンは、プールに明かりがついていることに気づいて立ち寄ることにした。
「……アルティナ?」
そして見つけたのが、プールサイドに学院指定の水着を着て座り込むアルティナの姿だった。相変わらずの無表情ではあるものの、流石に1年近くも一緒に戦っていれば多少の雰囲気くらいは察することができる。
昨晩の拗ねた雰囲気とはまた逆に近いベクトル、どこか沈んだ雰囲気のアルティナは声を掛けられてようやくリィンに気づいたのか、目を瞬かせて言った。
「……リィン教官。なぜわたしは十分に泳げないのでしょうか」
「いや、まだ今日初めて泳いだばかりだろう? 少しずつできるようになっていくものだと思うぞ」
「それはそうだと思いますが……泳げたことがないので、どこが悪いのかも分かりません」
「ある程度泳げているんだから、後はそのうち――――」
「――――ミリアムさんから、リィン教官に泳ぎを教わったと聞きました」
ジト目だった。本人に自覚があるのかないのかはさておいて、急激に機嫌が悪くなっていた。なんとか自立を促したいリィンからすればそれは、アルティナがどこかリィンばかり気にする――――もともと交流が少ない子なのでやむを得ないところはあった――――のは避けたかったのだが、あまりにストレスを与えすぎるのも問題なのは確かだった。
「いや、あのなアルティナ」
「………ミリアムさんはそれでユーシスさんに勝ったのだと自慢げでしたが」
自覚はないのか、「なんでミリアムさんだけ」と恨みがましい目を向けられている気がする。
「……物凄い辛いから、正直オススメできないんだが」
「わたしには不可能なメニューということでしょうか。スペックは同等ですが」
完全に対抗心を燃やしていた。
ちょうど先程アインヘル小要塞でミリアムと会っていたこともあるのだろう。断固としてやる、という意思を見せるアルティナをリィンも少し応援したいと思ってしまった。
……本当はアレは、アリサやラウラ、フィーたちも含めた大勢でやったのだが。
―――――――――――――――――――――――――――
「――――――じゃあ、ミリアムと同じメニューだな」
「それより厳しくても構いませんが」
水着を着て、胸の傷を露わにしたリィン教官とプールに入った。
ミリアムさんが何をやったにせよ、スペックが同等なのだからできない道理はない。そう考えるわたしに、リィン教官は言った。
「じゃあ―――――鬼ごっこをする」
「………はい?」
「まずは俺が鬼だ。10数える間に逃げてくれ」
「………了解しました」
鬼ごっこと水泳に何の関係が。
そう考えつつも、リィン教官がカウントしている間に水中で床を蹴って距離を稼いでいく。そして、カウントが終わり―――――。
リィン教官が、泳いだ。
それは泳げないわたしに不利なのでは、と思うもあっと言う間に追いつかれ、背中にリィン教官の手が触れる。―――――そして、地獄が始まった。
「―――――どうしたアルティナ、もう疲れたのか?」
「まだ、です……っ」
「さあ、まだまだこれからだぞ!」
「……はぁ、はぁ」
水を蹴って、蹴って、蹴って。
それでもあと少しのところでリィン教官に届かない。
水。水の中の景色はどこか歪んでいて、ずっといるとどこか自分がどこにいるのかわからなくなる。音もよく聞こえない。
鼻から水が入り、強い痛みを感じる。息が続かない。
けれど、その感覚もどこか懐かしい。水の中は、懐かしい。
光が遠い。音はもっと遠い。
誰もいない水の中に、独りで浮かぶ―――――。
追いかける。届かない。
追いかける。届かない。
独りで、追いかける。
力が入らない腕で必死に水をかき、水を蹴る。
それなのに、追いつけない。あとすこし、あとすこしなのに―――――。
身体は、諦めろと言っていた。
これ以上やったら溺れるぞ、と。もう無理なことは分かっていた。
遠い。
近くにいるのに。
リィンさんが見ているものを、わたしは見えない。
なにかを望んでいることが分かっても、それが何なのか分からない。
でも、それでもわたしは。
(―――――リィンさん。おいて、いかないで)
伸ばした手が、あたたかい何かに触れて。
そしてそのまま、意識を手放した。
「――――――ごほっ、ごほっ………っは」
「アルティナ! しっかりしろ、アルティナ!」
心配そうなリィンさんの――――リィン教官の顔が、わたしを覗き込んでいた。
手足は凍えそうなくらいに冷たいのに、どうしてか胸はあたたかい。
「すまない。俺がもっとちゃんと限界を見極められていれば―――――」
その言葉に、曖昧だった記憶が僅かに戻ってくる。
追いかけていたこと。諦められなかったこと。
そして、手が届いて。そのまま溺れたこと。
そして、必死に呼びかけるリィンさんの顔と―――――。
(………わたしは、やっぱり不埒になってるのでしょうか)
お陰で心配してもらえた、と思ってしまう。
心配してもらえるのだ、と安堵してしまう。
あまつさえ溺れかけたのも悪くないかもしれない、なんて非合理なことを考えている。
「―――――ありがとうございます、リィン
「え?」
「もちろん特訓と救助のこともですが」
少しだけ、泳げそうな気がしてきました。
そんな何の根拠もない。けれど心からの言葉を口に出した。
悪名高き「限界突破訓練法」(確かそんな名前だったはず)
次回「灰色の騎士と水羊羹」(予定)
和みたい