SCHOOL IDOL IS DEAD   作:joyful42

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いよいよ謎が深まってまいりましたが、男は一体何者なんでしょうね。
昼間からずーっと穴を掘っている。不審者かと思えば、千歌に親切に助言したりする。
穴を掘って、何をしているんでしょうか。
ええ土でも探してるんでしょうか。








第7話 野次馬と制服

 次の日の朝、梨子の机は多くのクラスメイトに囲まれていた。どうして転校してきたの?前の学校はどんなだった?東京ってどんな所なの?……次々と浴びせられる質問に、遠慮がちに答えていく梨子。

 

 教室の外にも、十人程度の生徒が集まっており、話題の転校生梨子の様子を廊下から伺っていた。クラスメイトからの質問に答える梨子を見ながら、口々におしゃべりをしている。その中に、鞠莉とダイヤも居た。

 

「騒がしいですわね、たかが転校生一人くらいで。」

 

「いいんじゃない、こんへんぴな所にある学校に、転校生なんてほっとんどいないイベントなんだし。」

 

 ダイヤが、好奇心に満ち溢れたような表情で梨子を見る野次馬達を一瞥する。制服のネクタイの色からでもわかる通り、教室の外に集まっているのは同じ三年生がほとんどであり、それが輪をかけてダイヤを苛立たせていた。

 

「並んでここにいる私達も、傍から見れば一緒だと思うけどね。」

 

「なっ、違いますわ!私は何かが起きた時の為に、生徒会長としてここに居るのですわ!」

 

 声を張り上げるダイヤを、鞠莉がニヤニヤしながら見ている。と、視界の隅に二人の人影が映った。鞠莉がじっと人影を見ていると、やがてダイヤもそれに気付いた。

 

「あら、こんな所で何をしているのかしら。ここは二年生の教室の前ですわよ。」

 

 やや冷たく、ダイヤがそうあしらった。視線の先で、ルビィが体を縮こませる。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 もじもじと下を向くルビィの横で、花丸がこんにちはと挨拶した。

 

「一年生は、こんな所に用は無いはずですが。」

 

「二年生に転校生が来て、その、東京の音ノ木坂からだっていうから……あの……」

 

 ダイヤが明らかに、むっとした表情を見せた。腕を組み、一歩ルビィに近づく。

 

「だから何だと言うのです?転入早々こんなに付き纏われて、きっと桜内さんもいい迷惑ですわ。」

 

 ルビィが押し黙る。教室の中からは質問に答えている梨子の声と、それを聞いて盛り上がるクラスメイトの声が聞こえて来る。ダイヤにばれない程度にちらりと教室内を除くと、立っている生徒の間から、一人だけ違う制服を身に付けた梨子の姿が目に入った。そしてそれは、ルビィにとっては憧れに憧れた衣装であった。

 

「ルビィちゃん、ずっと私に話していました。μ’sっていうスクールアイドルが大好きで、それは東京の音ノ木坂学院っていう学校のグループだったって。」

 

「私もそれは存じておりますわ。しかし桜内さんは以前は学校の部活に入っていなかったようですし、μ’sというグループとは何の関係もない一般人です。」

 

「それは確かにそうずら。」

 

 そう言った後に、慌てる素振りを見せる花丸。小声で、またずらって付けてしまったずら……と呟いている。

 

「とにかく、もう始業の時間も近いですし、あなた達は自分の教室に戻りなさい。」

 

「え?でも……」

 

「私の言う事が聞けないというのですか?」

 

「……はい、ごめんなさい、お姉ちゃん。」

 

 しょんぼりと肩を降ろし、帰ろうとするルビィ。それを呼び止めたのは鞠莉だった。

 

「まだ始業のチャイムまでは7分あるわ。もうちょっとここに居てもいいんじゃない?」

 

「鞠莉さん、あなた!」

 

「ダイヤ、私も話があるの。ちょっと向こうに行きましょう?」

 

「まだ話の続きが……」

 

「向こうに行きましょう?」

 

 鞠莉にそう繰り返され、ダイヤは渋々頷く。去り際に鞠莉は、ルビィの方を振り返った。

 

「仲良くなれればいいわね、桜内さんと。」

 

 手を振りながら去って行く鞠莉に、ルビィは笑顔で手を振り返していた。

 

 

 

 ダイヤは居なくなったが、それでもルビィが梨子に話しかけるのは至難の業だった。流石にクラスメイト以外が教室の中に入って梨子に話しかけるのははばかられ、だからこそ集まって来ている他学年の生徒達は、教室の外から野次馬のように眺めているのだ。特に一年生であるルビィからすれば、昨日入学したばかりの身で上級生の教室に入っていくなど、とても出来る事では無かった。

 

「どうするのルビィちゃん、お話しに行くずら?」

 

 鞠莉はあと7分あると言っていたが、こうしている間にも始業までの時間は着々と減って行っている。話しに行くのなら今しかない。花丸は促すようにそう言った。

 

「や、やっぱり、今日はここから見ているだけにしようかな……」

 

「ルビィちゃんがいいならそれでいいけど、せっかくの機会ずら。マルは、話に行った方がいいと思うな。」

 

「そ、そうかな……」

 

 教室の中を眺めると、先ほどよりもしっかりと、梨子の姿を捉える事ができた。憧れの制服を着る梨子は、柔らかい笑顔でクラスメイトと談笑しており、とても優しい人なんだなという印象を受けた。

 

 ルビィはスクールアイドルが好きだった。特に伝説のグループであるμ’sは憧れの的であり、物心ついた頃には既に解散した後であったが、お小遣いを溜めて、コツコツとグッズやCDを収集した。本当は高校に入ったらスクールアイドルがやりたかったが、家族がそれを許してくれそうになかったし、何よりこの引っ込み思案な性格では、スクールアイドルは無理だろうと考えていた。

 

 進学する高校を決める時、両親からは沼津市街の全寮制の有名私立も進められた。ルビィとダイヤの家は地元内浦の、元網元でもある名家であった。このままだとその後を継ぐのはダイヤである為、ルビィには家から離れたエリート校に通わせる事で、独り立ちをさせようという狙いがあったのだ。しかし、ダイヤはそれに反対した。今のルビィに親元を離れて寮暮らしをさせるのは難しいと口では言っていたが、その裏にある本心も、ルビィは知っていた。浦の星にはスクールアイドルが無かったが、その全寮制高校にはスクールアイドル部が存在した。ルビィがスクールアイドルに大きな興味を持っている事を、ダイヤは知っていたから、その全寮制の学校に通わせる事でルビィがスクールアイドルを始める事を恐れていたのだった。

 

 中学に入る時、父親がルビィの部屋にやってきて、こう言った。

 

「ルビィ、お前もこれからは中学生だ。より勉学に励んでいかなければならない。入学式の前までに、この辺のおもちゃは整理しなさい。」

 

 父親が指さしたのは、こつこつと買い集めたμ’sのグッズだった。

 

 それ以来両親は、ルビィはスクールアイドルのファンを卒業したと思い込んでいた。だから何の迷いもなくその私立校を勧めて来たのだが、ダイヤだけは気付いていた。だから、執拗に浦の星入学を迫ったのだ。

 

 結局ルビィは浦の星入学を選んだ。それでいいと思っていた。生まれ育ったこの街を出ていく事に不安が大きかったのは事実だったし、スクールアイドルも自分には無理だろうと思っていた。何より、親友の花丸が浦の星進学を決めていたから、仲の良い友達と一緒になる事を選んだのだ。

 

 視線の先にいる梨子に話しかければ、音ノ木坂学院の話が聞ける。憧れ続けたμ’sの学校の話が聞ける。この学校に入学を決めた時点で、スクールアイドルへの興味はある程度断ち切ろうと決めていたが、梨子の転入は想定外だった。まだ神様は、自分とスクールアイドルを繋ぎとめようとしてくれてるのではないかと思った。花丸の言葉が脳内で反芻される。話しかけるなら、今しかない。

 

 ルビィが前を向いた。ゆっくりと、教室の扉に近づいて行く。後ろから花丸が、頑張って、と声をかけてくれているのが聞こえた。いよいよ扉が目の前にせまる。胸の鼓動が高鳴った。今まさに扉の敷居をまたごうとしたその時、ドタドタと騒がしい足音が聞こえて来た。もう片方の扉から、一人の生徒が猛スピードで教室に入っていくのが見えた。生徒は通学用の鞄も降ろさぬまま、一直線に梨子の机へと突進していく。

 

「梨子ちゃん!スクールアイドルやりませんか?」

 

 千歌の余りの勢いに、辺りの生徒が慌ててその場を空ける。机を挟んで、梨子と千歌が対面する形になった。その様子を、ルビィは一歩も動く事が出来ぬまま見つめていた。

 

「あなた……誰?」

 

「もう!昨日も自己紹介の時に話しかけたじゃん!」

 

「ああ、あの変な人。」

 

「変じゃないよ!」

 

 一瞬にして、教室内の主役が梨子から千歌になった。辺りの生徒達が口々に、千歌もう少しで遅刻だったよ、とか、この子は高海千歌ちゃんだよ、と梨子に教えたりしていた。

 

「ルビィちゃん、そろそろ戻らないと、始業の時間に遅れちゃうずら。」

 

 花丸に話しかけられ、うんと頷いてルビィも慌てて自分の教室へと向かう。途中、花丸が何度か話しかけてきたが、そのほとんどはルビィの耳には入ってこなかった。

 

 この学校に、スクールアイドルが出来る……ルビィの心の中で、何かが大きく燃え上がっていくのを感じた。

 

 

 

 


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