SCHOOL IDOL IS DEAD   作:joyful42

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全然関係ない上にどうでもいい事この上ない話なんですが、花丸と花田勝って似てますよね。
それだけなんですけど。







第8話 サイレントマイノリティー

 一年生の教室。通常の高校であれば入学二日目は、まだ教室に多少の緊張感のような物が残っていて、ようやく近くの席になったクラスメイト達と会話をし始める頃だと思うが、この浦の星女学院の場合は事情が違った。何せクラスメイトの殆どが中学校からの持ち上がりなので、皆知った顔なのだ。当然のように初日から一年生の生徒達は休み時間にはお喋りに花を咲かせ、始業時間間際になって教室に戻って来たルビィと花丸にも、どこに行ってたの?何かあった?等と口々に話しかけていた。

 

 そんな教室の隅の席に、津島善子は座っていた。教室を包む始業前の喧騒の中で、善子は一人、じっと椅子に座ってカバーの付いた文庫本を読んでいる。

 

「ねえ、津島さん。」

 

 隣の席の生徒が、善子に話しかける。善子は文庫本を閉じる事もしようとせず、すっと目だけをその生徒に向けた。

 

「津島さんって、市街地の中学に通ってたんでしょ?どうして浦女に入学しようと思ったの?」

 

 善子は少し考え込むような仕草を見せた。

 

「別に、いくつか選択肢があった中でこの高校が一番自分にあってると思ったから受けたのよ。それ以外に理由なんて無いわ。」

 

 そう言って、再び文庫本に目を落とす。

 

「私、中学の時図書委員だったんだ、どんな本を読んでいるの?」

 

「……興味ある?」

 

 生徒がコクリと頷くと、善子は文庫本に巻かれたカバーを取り外した。簡素なデザインの表紙に、"来るべき種族"とタイトルが記載されている。

 

「見た事ない本ね。」

 

「英国の小説家、エドワード・ブルワー=リットンが一八七一年に書いた本よ。」

 

「古い本なのね、どういうお話なの?」

 

「内容自体は大した事無いわ。地底に高度な文明を持った種族が住んでいたっていうお話。言わばSFね。ただ、これが後の世界情勢に大きな影響を与えた。」

 

「世界情勢に影響?SF小説が?」

 

「内容がリアル過ぎたのよ。作中の地底文明の描写が、まるで作者が実際に体験してきたかのようにリアルだった。だから、これは作者の実体験であるに違いないと考える人々が現れた。」

 

 善子は淡々と、語り続ける。

 

「二十世紀初頭のドイツは秘密結社大国でオカルト大国だった。有名なフリーメイソンやイルミナティの他にも、人智学協会、トゥーレ協会、ゲルマン騎士団、薔薇十字団なんかが力を持った。そしてこの"来るべき種族"の影響で結成されたのが、ヴリル協会。」

 

「……」

 

「このヴリル協会にはカール・ハウスホーファーという人物が居た。地政学という学問を提唱した、ドイツの学者ね。オカルト系の秘密結社に著名な学者が在籍していても何もおかしくない時代だった。そしてこのハウスホーファーの地政学に影響を受けた人物が居た。それがヒトラー。」

 

 始業のチャイムが鳴った。が、未だ担任の教師は教室に着いておらず、生徒達もお喋りを止めず、自分の席に戻らない。善子も構わず話を続けた。

 

「この本に出てくる地底種族はヴリルという未知の力を持っていた。ヴリル協会の中には、このヴリルを手にする事で、世界の覇権を掌握しようと考える者も居た。そして何よりも、この地底種族ヴリル・ヤは、種族の純粋化の為ならば他の種族を駆逐しても構わないという思想を持っていた。もしかしたらヒトラーも、このヴリル・ヤの思想に影響を受けていたのかもね。」

 

 一通り話しおわったのだろうか、善子は再び文庫本にカバーをかけ、先ほどまで読んでいたページを開き直す。

 

「……へえ、津島さん、何だか難しい事を知ってるのね。私には何が何だかちんぷんかんぷんで。」

 

「オカルトに興味があってね。今は第一次大戦後のドイツのオカルト思想について調べているの。」

 

「オカルトかあ……じゃあお化けとか超能力とか、占いとか信じてるんだ。」

 

「信じてるわけじゃないわ。」

 

 善子の口調がやや厳しくなった。睨み付けるような目で話しかけている生徒を見る。

 

「あるわけないじゃない、超能力も占いも。ヴリル・ヤなんて居ないし、トゥーレもシャンバラも桃源郷もどこにも無い。ただそういう幻想が人を惑わし、世を惑わし……そういった事実に興味があるだけよ。」

 

 入り口の扉がガラガラと開き、担任の教師が教室に入って来た。お喋りに花を咲かせていた生徒達が一斉に自分の席に戻り始める。善子に話しかけていた生徒も、自分の席に腰を降ろす。そんな様子を見ながら、最後に善子は、吐き捨てるように言った。

 

「オカルトが好きだと言うと、必ずそういうのを信じていると思われる。信じているのと興味があるのは違うでしょ?そんな事もわからない人に、話す事は何も無いわ。」

 

 

 

 昼休み。周りから聞こえる陰口は確実に善子の耳にも届いていたが、一切聞こえぬふりをし、本に意識を集中させた。

 

「ねえ、朝あの子と話してたでしょ?どんな話をしていたの?」

 

「わからないよ。ずーっと難しい話をしてて、適当に話を合わせてたら勝手に怒りだすし。」

 

「あの子、なんだかヤバくない?」

 

「浦女は進学校でも何でもないのに、わざわざ遠くから通ってるなんて絶対おかしいよ。中学校で何かあったのかな?」

 

「あの性格じゃ、どこの学校でも馴染めないでしょ。」

 

 全て聞こえていたが、全て無視した。一向に構わない。セオリー通りにクラスメイト達と仲良くする素振りを見せたとしても、どうせ自分は理解されない。理解されないのであれば、最初から接触を断絶すればいい。私と仲良くなろうとしてもあなた達は何も得しない。私も得しない。ならば最初から下らない繋がりや仲間意識を断絶しておくべきなのよ。善子はそう考えていた。

 

「初めまして、私は国木田花丸っていうずら。」

 

 突然話しかけられた。善子は驚いたが、また同じようにこいつも自分を理解してはくれないのだろうという考えは変わらなかった。

 

「何?」

 

「本、好きかずら?」

 

「嫌いではないわ。でも読書が好きなんじゃなくて、興味のある文献を読み漁ってるだけよ。」

 

 花丸はにっこりと笑って語り始める。

 

「リットンなら、"ポンペイ最後の日"が面白かったずら。それからさっき話してたトゥーレは、ゲーテの"ファウスト"で読んだ記憶があるずら。」

 

「さっきの話、聞いてたの?」

 

「勝手に聞こえてきたずら。」

 

 善子が本を一旦閉じて、花丸の方を見る。

 

「中々知識を持ってるのね。」

 

「マルはあなたと逆。本を読むのが好きだから、自然に知識が付いて行くずら。」

 

「……なら、オカルト関連で何か面白い書籍は無い?」

 

「じゃあ今度の土曜日に、一緒に図書館に行くずら。善子ちゃんのオススメの本も教えてほしいずら。」

 

「……善子って呼ばないでよ。」

 

 善子が視線を落としてそう言う。

 

「じゃあ、何て呼べばいいずら?」

 

「名字でいいでしょ?津島って呼んでよ。」

 

「わかったずら、善子ちゃん。」

 

「やめてよ!」

 

 自分は誰からも理解されない。だけど自分から向こうの価値観に迎合するつもりもない。ならば最初から関わりを持たなければいい。そう思ってこの学校へやって来た。でももし、自分を理解してくる人が一人でも居るのなら、その人と付き合いながらの高校生活も悪くはない。昼休みの終わりのチャイムを聞いて自分の席に戻る花丸を眺めながら、善子はそう思った。

 

 

 

 


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