SCHOOL IDOL IS DEAD 作:joyful42
小説って、特定の人物の視点で書かれる場合と、第三者の視点で書かれる場合がありますけど、個人的には特定の人物の視点で書いた方がやり易いですね。
そこまで大きな違いは無いのかなと思うんですけど、なんかそっちの方が書きやすい。
だから過去に書いた作品なんかも、大体は主人公の目線とかで書いてるんですね。
ただそれには問題があって、文体をキャラに寄せなくちゃいけないわけですよ。
例えば序章の第3話は神原っていうそこそこのおじさん視点なので、ああいう文体でいいわけです。
だけど同じ文体で千歌とかルビィに語らせると違和感しかないわけですよ。
かといって女の子っぽい可愛らしい文体が極端に苦手&好きな言い回しとかが使えないっていうので、文体を合わせるのも骨が折れる。
だから本作品に関しては悩んで、結果特定の人物視点と第三者視点を織り交ぜて書いてます。
案外そっちの方が上手くまとまっている気もします。
公園のある田舎道から5分も走れば、道沿いに店や旅館が立ち並ぶこの街の中心地に出る。それなりの交通量がある道路の端を、定期的にバスや乗用車に抜かれながら、千歌と曜が走っていく。
「曜ちゃん、もういいでしょ?一体どこまで走るの!?」
曜からの返答は無い。
やがて二人は道路から逸れ、海沿いの敷地へと入っていく。敷地内には古びた建物や倉庫が三棟ほど。奥では小さな防波堤が両サイドに伸びており、その間には漁船や民間の船などが二十隻ほど停泊している。つまりここは漁港であった。二人は漁港の隅で足を止める。
「もう!急に何なの?」
はあはあと荒く呼吸をしながら、やや怒り気味にそう言う千歌。一方の曜はそこまで息を切らしてはいないようだった。
「千歌、あの人と話しちゃだめだよ!」
あの人が例の男を指している事は明白だった。
「だって、新しく引っ越してきた人だったら挨拶しなきゃ!それに、そんなに危ない人っぽくは見えなかったよ!」
「あそこの砂浜、定期的に水泳部が練習で使うから知ってるんだ。」
曜は水泳部の部員だった。
「あの人、ずっとあの辺で穴を掘っているんだよ。顧問の先生が何をしてるのか?って聞いても何も答えてくれないって。」
「でも、結局何もされなかったんでしょ?穴を掘ってただけで。」
「もう、千歌は疑うって事を知らな過ぎ!いつか絶対痛い目見るよ?」
「そうかなぁ……」
千歌は首を傾げている。
「まあ、それが千歌の良い所だとは思うけどねぇ。」
半分呆れたように笑う曜。曜は千歌の親友で、同じ新高校二年生だったが、千歌と比べると幾分か大人びた表情を見せる事があった。
「そんな事より、なんでこんな所に連れて来たの?」
千歌が尋ねる。平凡な女子高生である千歌は、特に用も無ければこの漁港に立ち入る事等無かった。もっとも、ここで働いている人々も大半は顔見知りなのではあるが。
「もう!千歌が言い出したんでしょ、スクールアイドルがやりたいって!」
「そうだよ!だから早く練習しようよ!練習場所なら学校がいいかなって昨日話してたじゃん。」
千歌がスクールアイドルをやりたいと言い始めたのは、この春休みが始まってから何日か過ぎた頃であった。この田舎ではメンバー集めにも苦労するだろうし、ソロアイドル高海千歌ではあまりイメージも沸かなかった為、曜も最初は反対していた。しかし、千歌がこんなに熱心に何かをやり始めようとするのは珍しい事で、何よりこのスクールアイドル全盛時代に、母校である浦の星女学院にはスクールアイドルは居なかった事もあり、最終的に曜が協力する形になっていた。
「練習も大事だけど、その前にやる事があるでしょ。」
「やる事?」
「メンバー集めだよ。」
「でも、こんな田舎じゃメンバーなんて集まらないって言ったのは曜ちゃんだよ?」
「集まり辛いとは言ったけど、集まらないとは言ってないよ。それに、やるなら早く集めないと、ライバルのグループが出てきたらそっちに取られちゃうかもよ?」
「ライバルだなんて、そんな……」
「だからさ、まずは千歌の幼馴染から。」
曜が離れた所にある建物を指さす。厳密には漁港の敷地の隣なのだが、フェンスも塀も何もない為、まるで漁港の一施設のように見えていた。建物は一般の住居のようで、玄関には松浦という表札が見えた。
「そうか、果南ちゃんも誘わなきゃね。」
松浦果南は千歌の幼馴染であった。歳はひとつ上の高校三年生で、実家がこの漁港から船で数分の所にある、淡島という小島でダイビングショップを営んでいる。その為、船の停泊所のあるこの漁港のすぐ隣に住んでいた。
二人で果南の家の近くまで歩いて行く。平屋建てのこの家は、お世辞にも綺麗とは言えない物であるが、千歌にとっては何度も遊びに来た、馴染みのある家だった。
「果南ちゃん、一緒にスクールアイドルやってくれるといいなぁ……」
「やってくれるよ、だって果南ちゃんは私よりも長い間千歌と一緒にいる幼馴染だよ?」
「でも果南ちゃん、お家のお手伝いで最近忙しそうだし……」
「大丈夫だって、それに、果南ちゃんが入ってくれなかったら、他のメンバーが見つかるまで千歌一人だけになっちゃうよ?」
曜がそう言うと、千歌が目を丸めた。
「え、曜ちゃん一緒にやってくれるんじゃないの!?」
「私はあくまで手伝うだけだって。水泳部もあるし、スクールアイドルまでやってる余裕なんて無いよ。」
「えー、曜ちゃんも一緒にやろうよー……」
その時、ガチャリと音がして、玄関の扉が開いた。中から様々な荷物が入った金属製のバケツを手にした松浦果南が出てくる。
「人の家の前で何騒いでるのよ。」
「あ、丁度いい所に!果南ちゃんからも言ってよ、曜ちゃんに一緒にアイドルやってくれって!」
「え、何の話?」
ちゃんと説明しないと伝わるわけないでしょ、と曜が千歌を小突いた。
三人は船着き場までやって来ていた。果南は自分の船に慣れた手つきで次々と荷物を積み込んでいく。せいぜい4人も乗ればいっぱいになる小さな船だった。果南が船の後方へ移動し、備え付けのロープを引くと、ブルンという小さな始動音と共にエンジンが始動する。続いてトトトトという低い音が辺りに響いた。
「スクールアイドルか……私はパスで。」
千歌と曜の方に目もくれず、果南はそう回答した。ゴム手袋をはめ、船内に雑に積まれていたロープを拾い上げて束ねていく。
「え?」
それは千歌と曜からすれば、想像だにしない回答だった。二人とも何だかんだ言っても、果南であれば、話は聞いてくれると思っていたのだ。
「どうして?果南ちゃんなら一緒にやってくれると思ってたのに……前好きって言ってたでしょ?スクールアイドル。」
「別に嫌いじゃないし、やるのが嫌ってわけでも無いんだけどね。千歌が最近スクールアイドルに興味を持ち出した事も知ってたし、ラブライブ!っていう大会の凄さも知ってる。」
「やっぱり、お家のお手伝いが忙しいから?」
少し微笑んで、ゆっくりと首を横に振る果南。束ね終えたロープをどさっと船内に降ろすと、船首のあたりに止まっていたウミネコが、びっくりしたように空へと飛び立っていった。
「そういうわけじゃないよ。ただ、なんか違うんじゃないかって。アイドル。」
全ての作業を終えたようで、ようやく果南は千歌と曜の方を見た。
「そもそもさ、千歌はなんでアイドルがやりたいの?」
「なんでって……」
「こうなりたい!とか、こういう事がしたい!とか。目標っていうの?」
「それは!」
咄嗟に千歌の表情が明るくなった。体を前のめりにさせ、船の方に体を身を乗り出しながら答える。
「学校を……私たちの学校を救いたい!」
街は年々人が減っていた。沼津市自体が人口の流出が進む中、この田舎の街内浦に人が増えるわけがない。少ない若者は大人になるともっと暮らしやすい都市部へ引っ越していくし、わざわざこの街に転入してくるのは、定年後に静かな街で暮らしたい老夫婦くらいだ。近隣を観光地化しようと、この近くに大規模なリゾート施設の建設が計画された事もあったが、数年前に計画自体が立ち消えた。千歌達の通う私立浦の星女学院も、生徒数の減少により数年以内の都市部移転、または統廃合の話が既に出ていた。このままでは、他の地方の小さな街と同じく過疎化の一途を辿る事は明白だった。
「それからこの街……内浦を元気にしたい!今はこんなに人が少ないけれど、いつかもっと、活気の溢れる街にしたい!」
千歌が語り終えると、果南ははぁーっと一つ、ため息をついた。
「それ。」
幾分か、果南の目付きが鋭くなる。
「結局それってさ、受け売りじゃん。千歌が大好きなスクールアイドル、μ’sの。」
はっとした表情を浮かべ、押し黙る千歌。
「それに、μ’sの居た音ノ木坂学院は、東京のど真ん中にあったんだよ。周りには沢山人が居たし、廃校を防ぐ為には学校自体が注目を浴びれば良かった。」
果南の話が続く。
「でも浦の星はそうじゃない。まずはこの街に人を集める事から始めなくちゃならないし、それは政治家レベルの話であって、スクールアイドルで出来る事じゃない。」
静まり返る千歌。やがてどこからかまたウミネコがやってきて、再び船首の近くに止まった。
「伝説のスクールアイドル、μ’s……」
船内に腰掛け、遠くを見るように、果南が話し始める。
今から10年程前、丁度スクールアイドルという物が高校の部活として定着し始めた頃の話。とある伝説のスクールアイドルグループが誕生した。国立音ノ木坂学院スクールアイドル、μ’s。彼女達の活躍により、当初廃校が決定していた音ノ木坂学院高校はそれを撤回し、今に至るまでスクールアイドルの名門としてその名を全国に轟かせている。
μ’sの功績は母校の廃校を阻止した事以上に、スクールアイドルの発展に尽力した事にある。スクールアイドルの全国大会、ラブライブ!のチャンピオンとして乗り込んだアメリカでのライブは、日本全国のスクールアイドルブームに火を付け、その後彼女らの解散直前に全国のスクールアイドルを集めて秋葉原で行ったフリーライブは、その人気を不動の物へと押し上げた。
今では、全スクールアイドル関係者が口を揃えて称える、まさにレジェンドだった。
「でもさ、その後の流れが気に食わない。」
より険しい表情で、果南がそう言う。
「流れ?」
首を傾げる曜をチラッと見て、果南が続ける。
「μ’sの成功によって、スクールアイドルといえば学校や地域を背負う物、大きな目標を持ってやる物っていう風潮が出来上がってしまった。」
「でも、スクールアイドルってそういう物でしょ?そこがプロのアイドルとの違いで、そこが魅力であって。」
「今やスクールアイドルが脚光を浴びすぎて、プロのアイドルなんて数えるほどしか居ないじゃない。」
スクールアイドルとしての活動を終えた後、プロのアイドルとしてデビューするグループは現在に至るまでかなりの数が存在する。しかしそのほとんどが、現役スクールアイドルの人気に勝てず、またパフォーマンス力の面でプロの歌手やダンサーに勝つことが出来ず、表舞台を去って行った。スクールアイドルの台頭と共に、それまで数多く居たプロのアイドルグループはほとんどが姿を消し、現在ではアイドルと言えばスクールアイドルを指す事が一般的になっている。
「アイドルってさ。もっと自由な物だと思うんだよね。キラキラして、ワクワクして。余計な縛りとか、可能性を狭めるだけだよ。だから、今のスクールアイドルは好きじゃない。それに……」
果南が立ち上がる。
「私は好きだよ。今のままのこの街が。」
空を見上げ、青空から刺す日差しに眩しそうに手をかざしながら、果南が微笑んだ。この海の向こうの淡島にあるダイビングショップのオーナー、つまり果南の祖父は、リゾート施設の建設計画に真っ向から反対していた人物であった。
「そっか、そうだよね……」
「なんか学校を救う!とか軽はずみに考えすぎてた気がするよね、私達。」
顔を見合わせて笑う千歌と曜。それを果南はじっと見つめている。
「あとさ……」
二人の会話を遮るように言う果南の顔には、先ほど一瞬見せたような優し気な表情は無い。
「私と千歌は幼馴染で、そこにあなたが引っ越してきて千歌と仲良くなって。だから、私とあなたってそんなに仲が良いというわけではないから。いきなり三人でアイドルを組みましょうっていうのも何か違うでしょ。」
突き放すようにそう言い放ち、果南はエンジンの所へと歩いて行く。えっ?と小さく驚くような声を上げたのは千歌。曜は、やっぱりなというように、にやりと笑った。
「じゃあ行くから、私。」
エンジンが一際大きな音を立てると共に、船が徐々に陸から離れていく。何も言葉を発する事もなく、二人は遠くへ行く船を見送っていた。