*元作品と作者が同一であろうという判断は「運営者に確認済み」です*
怨霊の願いと亡霊の朝
深い深い闇の中で、自分の意識だけが揺蕩っている。
流されているような、押されているような。
表現し難い感覚を全身に感じる、奇妙な空間だ。
――愚かよね、私って
誰かの声が、頭の中で直接響くように聞こえてくる。
――本当に、愚かだわ
自嘲するような、女の声。
ひどく疲れたような、沈みきった声。
――ねえ――私も――……――なれるよね?
直接脳内に響くようなその声はとても耳障りだったけれど、言葉が途切れると、言葉の内容や煩わしさは、次第に頭からスッと抜け落ち、綺麗に消えてしまった。
それはまるで、今まで何の声も聞いていなかったかのように、スッ、と。
私の頭の中に、円形の空白ができてしまったかのように、ポッカリと……。
「ん……」
やがて、辺りの硬質な闇は柔らかなまどろみへと変わり、意識が表層へと浮上してゆく。
頭にさえかかるような重い靄をひどくゆっくりと突き抜けると、そこでようやく、私の身体にも意識が戻ってきた。
「ぅ……」
水分を失って掠れた声。
やけに鈍く、重だるい全身の感覚。
錆びたかのように動きの悪い両まぶた。
「……何……」
苦心して目を開けると、上にあったのは白く清潔そうな天井。
けれどそれは、私にとって知らない、見たことのない天井だ。
全身に触れるのは、さわり心地の悪い固いシーツ。
鼻を突くのは、名前もわからない薬品の匂い。
「どこ……」
かすかに震える喉と、聞いたことのない声。
「だれ……」
胡乱げに掲げた細腕には、指の先に嵌められた指輪型のソウルジェムが輝いていた。
「ソウル、ジェム……」
そう。
これは、この宝石は、ソウルジェム。
魔法少女として契約し、願い事を叶えた者にのみ与えられる、自らの魂そのもの。叶えた願い事の対価。
同時に、ジェムに穢れが蓄積し、完全に黒く染まった暁にはグリーフシードへ変化してしまい、魔法少女の宿敵たる魔女へと変貌してしまう厄介なシロモノでもあるのだが……それまでの間は、魔法少女としてのソウルジェムだ。
つまりこれを持つ者は、魔法少女に他ならない。
……そうだ、私は魔法少女だ。
魔女を狩り、グリーフシードを手に入れる者。
そしてソウルジェムが濁りきった時、いずれ魔女に変わり果てる者。
……そして。
そして……そして、私は。
私……私?
私は……私の……私……。
「思い、出せない……私は、何者だ……?」
自分の名前もわからない。
自分の願いもわからない。
わかるのは、天井が白くて、頭がひどく痛いことだけ。
「私は一体、誰なんだ……?」